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記事 10件
  • 情報リテラシーはどうやったら身につくのか?:その10(1,725字)

    2020-11-24 06:00 23時間前 
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    今回は、コークのCMの美しさについて、論理的に解き明かしてきたい。
    まず、「美しさ」とは何か?
    結論からいうと、それは「バランスが良い」ということである。バランスの良さこそが美しさである。逆に、バランスが悪いことを「醜い」という。バランスこそがだいじなのだ。
    なぜバランスがだいじなのか?
    それは、この世のだいじなものは、たいてい「相反する二項の間のどこか」に位置するからだ。その両者が「バランスするところ」にある。
    「生と死」をはじめ、この世に二項対立は多い。ぼくが最近テーマとしているのは「短期的利益と長期的利益」の相反関係だ。また、「新しいものと古いもの」の相反関係も気になる。
    組織の経営に限らず、何かを行うことは短期的利益と長期的利益が相反する。目の前に美味しそうなケーキがあると、食べると短期的には「美味しい」という利益を得られるが、長期的には「太る」という不利益を被る。逆に、食べないと

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  • 情報リテラシーはどうやったら身につくのか?:その9(1,587字)

    2020-11-17 06:00  
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    この連載は、「情報リテラシーを身につけ方」を伝えるために書いている。そして、情報リテラシーを身につけるためには、「美的感覚」がだいじであり、まずはそれを身につける必要がある――と説明した。
    では、どうすれば美的感覚を身につけられるのか?
    それは、「美しいもの」を見ることによってなのだが、では、その見るべき美しいものを選ぶにはどうすればいいのか?
    実は、そこでも結局美的感覚が必要になってくる。話が堂々巡りなのだ。
    以前、ホームレスがハローワークへ行って仕事を見つけようとしたところ、「就職するには住所が必要だ」と言われた。そこで不動産屋に部屋を借りに行ったのだが、今度は「部屋を借りるには就職している必要がある」と言われた。
    そうして堂々巡りに陥り、二進も三進もいかなくなったという笑えない笑い話があるのだが、それと似た状況といえよう。美的感覚は、けっして大袈裟ではなく人の生き死にを決定づけるだい

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  • 情報リテラシーはどうやったら身につくのか?:その8(1,808字)

    2020-11-10 06:00  
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    情報リテラシーの身につけ方について考えているうちに、思わぬ形でコークのCMに辿り着いた。あらためてこのCMを見てみると、これは「情報リテラシーのあるなし」を見分けるための、よくできた「リトマス試験紙」になっていることが分かる。
    というのも、このCMに「胡散臭さ」や「嘘くささ」を感じる人は一定数いると思うのだが、その人たちはむしろ「情報リテラシーがない」といえるからである。このCMを素直に美しいと感じたり、あるいは逆に一周回って美しいと感じたりする人たちこそ、情報リテラシーがあるといえよう。おかげで、嘘の情報に惑わされる可能性も少なくなる。
    このCMは、確かに嘘である。しかし嘘にも二種類あって、「人を貶めようとする嘘」と、「人を喜ばそうとする嘘」がある。これを上手に見分けられるのが情報リテラシーのある人で、見分けることもなくどちらも嘘だからと忌避する人は、情報リテラシーがないといえる。
    なぜ

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  • 情報リテラシーはどうやったら身につくのか?:その7(1,514字)

    2020-11-03 06:00  
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    バブル時代のCMは「掃き溜めに鶴」だ。トータルとして美しいわけではないが、その分、底知れぬ膂力を秘めている。
    それは、マニラのゴミ捨て場で生活のためにゴミを拾う子供たちにも似ている。バブルという醜悪な時代に、なんとかそこだけでも美しくあろうとした反逆精神が垣間見える。
    そう、「反逆精神」こそ美しさの一つの本質と言えよう。
    例えば、世界で一番美しい絵を描く画家の一人にセザンヌいるが、彼の作品を作る姿勢は反逆精神の塊だ。他にも、ダ・ヴィンチやミケランジェロ、ゴッホ、ダリ、日本でいえば広重や北斎なども、皆当時の絵のあり方に強く反発した反逆児であった。そうした反逆児としてのあり方が、100年経っても色褪せることのない永続的な美を絵画に宿らせたのである。
    そして、バブルの時代の一部のCMも、そんな反逆精神に満ちていた。物を売ることが圧倒的な善とされる世界で、あえてそれに抗い、必ずしも売ることを最終目

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  • 情報リテラシーはどうやったら身につくのか?:その6「マニラ ゴミ捨て場 子供」でGoogle画像検索してみてほしい(1,578字)

    2020-10-27 06:00  
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    「掃き溜めに鶴」という言葉がある。掃き溜めに鶴がいると、一瞬「美しさが強調されそう」と考えるものだが、しかしよくよく考えてほしい。実は鶴も、掃き溜めより美しい田園風景にいた方が「映える」。掃きだめに鶴がいても、人はあまり美しいと感じないのだ。
    「醜いアヒルの子」の寓話にもあるように、美しいものは醜いものの中にあっては逆に目立たない。美しいものは、美しいものの中にあってこそその美しさをより輝かす。
    だから、清貧の時代に美しくあるのは、実はそれほど難しくない。なぜなら、田園の中の鶴のように、より美しく輝けるからだ。
    しかし、富める時代に美しくあることは、「掃き溜めに鶴」で、あまり目立たない。そのため、費用対効果がきわめて悪い。文字通り「醜いアヒルの子」になってしまう。
    そのため、美しいものは貧しい時代より富める時代の方が価値が高いのである。だから、富める時代――すなわちバブル時代の美しいものに

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  • 情報リテラシーはどうやったら身につくのか?:その5「本質的な美はむしろバブルの時代にこそ生まれる理由」(1,727字)

    2020-10-20 06:00  
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    情報リテラシーは、美的感覚を身につけると養われる。なぜなら、正しい情報は圧倒的に美しいからだ。だから、美しさを見極められれば、正しさも見極められるというわけである。
    しかしながら、美しさを見極めるのは難しい。特に、真の美しさを見極めるのは難しい。
    なぜなら、美しさには「かりそめの美」と「永続的な美」の2種類があるからだ。そして、本当にだいじなのは永続的な美の方だ。かりそめの美はむしろまやかしである。それゆえ、惑わされやすい。本当の美を見極めるためには、このかりそめの美に誘惑されない必要がある。
    かりそめの美と永続的な美の違いは、能の創始者・世阿弥が端的に表している。「かりそめの美」は「若さ」や「勢い」である一方、「永続的な美」は「いい年齢を重ねる」ということだ。違う言い方をすると「よく枯れる」ということである。
    「よく枯れる」という現象の中にこそ、永続的な美がある。つまり、表面的には美しく

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  • 情報リテラシーはどうやったら身につくのか?:その4「正しい情報とはしわの刻まれた老婆の乾いた肌のようなものだ」(1,588字)

    2020-10-13 06:00  
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    情報取得リテラシーを身につける上では「美的感覚を鍛えること」が役に立つ。なぜなら、正しい情報というのは美しく、その逆に誤った情報というのは醜いからだ。
    ただし、その美しさと醜さは単純なものではない。正しい情報の美しさとは「美しい老婆」に似ている。老婆にも美しい人と醜い人とがいるが、正しい情報はこのうちの美しい老婆に似ているのだ。
    では「美しい老婆」とは何かというと、「正しく年を取っている」ということである。その逆に、「醜い老婆」というのは「年の取り方が悪い」ということである。
    このうち、説明が簡単なのは「醜い老婆」の方だ。「年の取り方が悪い」とはどういうことかというと、老いに抗っている――ということである。直裁にいうと、若作りしているということだ。年齢不相応ということである。年を取っているのをごまかしているということだ。
    そのため、例えば肌がつるつるであっても、それは薬品でそうなっているの

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  • 情報リテラシーはどうやったら身につくのか?:その3「美的感覚の『敵』とは?」(1,643字)

    2020-10-06 06:00  
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    情報リテラシーは、美的感覚を鍛え、感情を豊かにすることによって育まれる。それは、理論的にではなく感覚的に身につく。脳ではなく身体に染み込んでいくのだ。
    そのため、一朝一夕で身につくものではない。反復が必要である。
    また、一度身についたものが永遠に持続するわけでもない。たゆまぬメンテナンスが必要である。絶えず磨き続ける必要があるのだ。
    「老害」という現象が起こるのは、そのためである。若い頃にすぐれた情報リテラシーを持っていた人が、年老いると明らかなデマでもコロッと信じてしまうようになることがある。最近では、高齢者のネトウヨ化をはじめ、情報リテラシーに乏しい老人が一種の社会問題となっているが、それは彼らが老人になったことによって情報リテラシーのメンテナンスを怠ったからだ。そうして、若い頃には有していたそれを失ってしまったのである。
    このように、情報リテラシーを身につけるためには「反復」が欠かせ

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  • 情報リテラシーはどうやったら身につくのか?:その2「身につける3つの方法」(1,715字)

    2020-09-29 06:00  
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    情報リテラシー(情報の真贋を見抜く力)はどうやったら身につくのか?
    結論からいうと、以下の3つになる。
    1.美的感覚を鍛える
    2.感情を豊かにする
    3.1と2を反復する
    まず、これらを概観していこう。
    最初に、1の「美的感覚を鍛える」ということについて。
    誰だかは忘れたが、ある数学者がこんなことを言っていた。
    「正しいものは美しい」
    これはけだし名言である。美しいものというのは、まず間違いなく正しいのだ。
    だから、美的感覚を鍛えて美しいものを見分けられるようになれば、すべからく正しいもの見分けられるようになる。そうして、情報リテラシーが自然と身につくのだ。
    そうなると、問題になるのは「美的感覚とは何か?」ということだ。また「美的感覚はどうすれば鍛えられるのか?」ということである。
    これらのことは、追々詳しくご紹介していきたい。
    続いて、2の「感情を豊かにする」ということについて。
    情報リテ

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  • 情報リテラシーはどうやったら身につくのか?:その1「ほとんどの人は情報リテラシーを有していない」(2,180字)

    2020-09-22 06:00  
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    最近、子供が気難しくなってきた。
    例えば、雨が降っていないのに傘を差したいという。広げて渡してあげると、1分くらいはご機嫌だが、あまり面白くなかったのかすぐにポイと放り投げてしまう。仕方なく畳んで持っていると、しばらく経ったらまた広げろと言い出す。それで、同じことのくり返しになるから断ると、泣いたりわめいたり暴れたりする。
    違う日、出先で車に戻ったとき運転席に乗りたいと言い出した。乗せるとあちこち計器を触って遊んでいる。それが30分くらい続く。さすがに帰る時間になったのでチャイルドシートに座らせようとすると、泣いたりわめいたり暴れたりする。
    どうしてこうなるのか、ネットで調べてみると、どうやらこの時期、子供は「癇癪」というのを起こすらしい。自分の思い通りにならないことがあると、泣いたりわめいたり暴れたりするのだ。
    それが分かって、ほっとした。どんな子供でもそうなるのなら、おそらく何らかの意

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