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記事 13件
  • 庭について:その15(1,728字)

    2023-01-27 06:00  
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    リチャード・ボイルとは何者か?
    彼は、またの名を「バーリントン伯爵」という。このバーリントン、チジック・ハウスをはじめとする素晴らしい庭(建築)を造ったのは、実は「3代目」にあたる。初代と2代目(彼の曾祖父と祖父)は、これもまた有名な貴族だった。3代目バーリントンは、そういう有名な貴族一家の出だった。
    そこでこの記事では、ボイル家、あるいは初代バーリントン伯爵はどんな人物だったのか?――というところから見ていきたい。
    まず初代バーリントン伯爵は、3代目と同じで名前を「リチャード・ボイル」という。1612年にアイルランドで生まれた。ちなみにこの初代の父親の名前もリチャード・ボイルというのだから、なんともややこしい。
    初代バーリントンは、有能な政治家であった。さまざまな政変を乗り越えながら、とうとうアイルランド貴族のトップにまで上り詰める。その功績を称えられ、時の国王から「伯爵位」を叙爵される

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  • 庭について:その13(1,658字)

    2023-01-13 06:00  
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    イギリス式庭園とは、どんな庭だろう?
    その最も分かりやすい定義は「直線を嫌う」というものである。
    これはもちろん、ローマやアラブ、そして何よりフランスの庭が直線を好んだことへの対抗だ。だから、イギリス庭園は一種の「カウンターカルチャー」ともいえる。それはイノベーションだった。
    そして17世紀以降、庭というと「イングリッシュガーデン」が一般になった。主流になった。むしろフランス式庭園は嫌われるようになった。それは悪い意味で「貴族的」であったため、封建社会の象徴となった。
    貴族的な庭園は、今でも世界中で散見される。皮肉なことに、何らかの権威を誇示したいなら、フランス式庭園は打ってつけだからだ。
    日本でも、明治期に政府の権威を見せつけるため、フランス式庭園が数多く造られた。日本を代表する公園の一つ「上野公園」も、そんな主旨に則って作られた庭園である。そこでは自然が可能な限り幾何学的に配置されてい

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  • 庭について:その12(1,696字)

    2022-12-23 06:00  
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    18世紀に活躍したイギリスの造園家ウィリアム・ケントは「自然は直線を嫌う」という言葉を残して、庭園における非幾何学的なデザインを押し進めた。これがイギリス式庭園のスタイルを作り出したのだが、一方ではこれを「風景式庭園」とも呼んだ。どこを切り取っても風景としての美しさをたたえているという意味だ。
    このケントの生み出した庭の様式が、その後北欧に渡り、また日本にも渡ってきた。今日、日本でガーデニングをしている人の多くが日本式庭園ではなくイギリス式庭園、あるいはその流れを汲む北欧式庭園を指向している。これは庭を造る文化のある国において全世界的な傾向であろう。
    北欧式庭園では「森」が大きなアクセントになっている。なぜなら森こそが非直線的な自然の象徴であるからだ。北欧人は「自然」と聞くと、自動的に森のことを思い出す。では、北欧式庭とは具体的にどのようなスタイルか?
    イギリス式との一番の違いは、生け垣や

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  • 庭について:その11(1,601字)

    2022-12-16 06:00  
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    「北欧風庭園」とは何か?
    「キナリノ」というサイトに、こんなふうに説明されている。
    「北欧ガーデンはイングリッシュガーデンの影響を受けつつ、独自の進化を遂げています。整然と作りこまれた庭園のようではなく、まるで森や林の中に住んでいるような、自然と調和する庭造りと、北欧の植物やカラーリングとの絶妙なコラボレーションが特徴的です」
    日本でもできる?憧れの「北欧ガーデン」で映画のような世界を作ろう
    なぜ北欧はイギリス式庭園の影響を受けたのか? そこにはさまざまな経緯があるだろうが、きわめて簡潔にまとめると、18世紀にイギリスで産業革命が起き、この影響で世界中をイギリス文化が席巻した。その一環として北欧にもイギリス文化が流れ込み、そこで庭の文化も継承されたのではないだろうか。
    特に北欧は、北イギリスと景観が似ていたため、庭園形式も真似しやすいということがあった。では、「北イギリス」あるいは「北欧」

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  • 庭について:その10(1,715字)

    2022-12-09 06:00  
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    庭の文化はエジプトから始まった。その後ギリシアを経てローマに受け継がれる。いわゆる「ヘレニズム文化」だ。
    ローマは「建築」と「水道」が自慢だったので、庭もそのまま「建築」と「水道」あるいは「池」が主役となった。それが一つの定番となって、ルネサンス期まで引き継がれた。
    一方、ローマの庭はアラブ世界にも引き継がれた。アラブはローマより乾燥していたので、より「水道」の重要度が増した。水道を引き込み、その水で植物を育てた。
    だから勢い「建築」が主役になった。石が主役になったのだ。そうしてアラブでは幾何学的な庭が流行した。
    また、ローマ式庭園はフランスにも引き継がれた。フランスは国土全体が緩やかな傾斜地なので、イタリアほどに水道を張り巡らせなくとも川から豊富な水を引き込むことができた。そのため植物がよく育ったので、水道や建築は必ずしも庭の主役とはならなかった。それに代わって植物が主役になった。
    ただ

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  • 庭について:その9(1,637字)

    2022-12-02 06:00  
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    面白いことに、Wikipediaに「庭園史」なる項目がある。
    庭園史 - Wikipedia
    このことからも、「庭」というのは実に「文化的」な存在だということが分かる。
    ところで、これをつらつら見ていて思ったのは、ぼくがヨーロッパの「庭園」と聞いて、まず思いつくのはイタリアの「カゼルタ宮殿」である――ということだ。
    カゼルタ宮殿 - Wikipedia
    この庭の特徴は、なんといってもその「壮大さ」と「幾何学性」だ。誰が見ても、完全に常軌を逸している。およそ「ヒューマンスケール」というものからはかけ離れている。実に非人間的な景観である。
    この庭は、歩いていてもちっとも楽しくないだろう。完全に「眺めるため」の庭だ。それも、宮殿の決まった場所から眺めないと面白くないはずだ。それゆえ、「思わぬ発見」というものにも出会えない。完全に演出された空間である。
    それゆえ、この庭はしばしば「日本庭園の極北」

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  • 庭について:その8(1,728字)

    2022-11-25 06:00  
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    日本は世界的に見ても浮浪者が多いと思う。調べたわけではないが、気候的に浮浪者に適しているのだ。
    まず浮浪者の一番の敵は太陽だが、日本は木が多いためにこれを避けられる可能性が高い。また二番目の敵は雨で、これは木でも防げないが、日本は雨が多いため、逆に屋根つきの公共建築が多い。公園にも屋根つきの東屋がよく建っている。そのため、浮浪者が住み着ける場所がそもそも多いのだ。
    これに比べ、日本以外の国は熱すぎるか寒すぎるかして、浮浪者が少ない。そもそも、外で暮らすことができる場所は、世界中でも東南アジアやアマゾンのジャングルくらいだ。
    例えば、東アジアの中国や韓国は、外で暮らすことに向かない。大半が寒すぎるのと、木が少ないことが理由だ。そのため雨が大敵で、屋根が必須なのである。
    そのため彼らは、屋内で過ごすことが文化として定着している。だから、公園はそれほど力を入れて作ってこなかった。そのため、街に浮

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  • 庭について:その7(1,664字)

    2022-11-18 06:00  
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    代々木公園は、「庭」としてはつまらない。つまらないが、しかし見事な「公園」ではある。人々が集い、賑わっている。清潔で、安全である。およそいかがわしい雰囲気がない。
    そのため、大人気だ。都民の興感を集めている。評判も高い。代々木公園を嫌いという人は、なかなかいないだろう。
    しかし、それでも、庭としてはつまらない。そこには、庭に必要な重要な何かが決定的に欠けている。
    では、庭に必要な何が欠けているのか?
    それはおそらく、ありふれた言葉になるが、「面白さ」だ。「個性」である。端的に「魅力」といってもいい。そういうものが欠けている。
    そういうものは、庭には絶対的に必要だ。しかし、公園には必ずしも必要がない。
    そもそも公園は、言うまでもなく「公共」のものである。そこに所有者はおらず、そのため無個性性や無色性が重視される。特に都会の公園は、近隣の住民に貴重な「自然」を提供する場所でもあるので、なおさら

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  • 庭について:その6(1,858字)

    2022-11-04 06:00  
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    ぼくは、庭には二つの機能があると思う。一つは「歩く」。もう一つは「見る」である。この二つの機能をどんな庭も基本的に持つ。そしてこの二つの機能を高いレベルで満たせることが、いい庭の条件ではないだろうか。
    イギリスの庭は、どちらかというと「見る」ことに特化している。それは、イギリスの空が格好の背景となるため、見栄えが良くなりやすいからだ。観賞用として成立しやすい。
    だから、見ることに比重が置かれる。また、狭い場所でも成立しやすい。
    それに比べると、日本の空は白いために、なかなか見栄えが良くなりにくい。そうなると、どうしたって「見る」ことよりも「歩く」ことに比重が置かれる。
    実際、日本の庭園は極度に歩くことが重視されている。歩くことによって生まれる、その景色の変化を楽しむことに主眼が置かれている。そうして、「見る」ことを楽しめる庭園はきわめて少数となっている。
    そのため、日本ではなかなか個人の庭

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  • 庭について:その5(1,501字)

    2022-10-28 06:00  
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    日本の庭文化は、今はほとんど一部のお金持ちの趣味になってしまった感がある。しかも、相当のお金持ちでも趣味のいい庭を持っているケースはきわめて希である。
    ほとんどの人が、庭にお金をかけるくらいなら家にお金をかける。そうして「豪邸」は日本のほうぼうにあるのだが、「豪庭」はきわめて希少な存在になってしまった。
    ただ、最近になって庭を見直す人々も現れている。ただ、その人たちはたいてい「西洋風の庭」を指向している。日本庭園を造る人はほとんどいない。
    それは、西洋風の庭は造りやすく、しかも喜びや楽しみが大きいのに比べると、日本庭園は造るのが難しい割に、得られるものが少ないからだ。費用対効果が極めて低いのだ。
    そのため、西洋風庭園がどうしたって人気になる。特に、イギリス風庭園は多くの日本人に好まれる。なぜか?
    それは、イギリス庭園が基本的に「花を楽しむため」に設計されているからだ。しかも小さなスペースで

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