-
Vol.300 結城浩/朝の時間は勉強と執筆のどちらに使うべきか/「やりたいこと」を見つける/充実した人生/
2017-12-26 07:00220ptVol.300 結城浩/朝の時間は勉強と執筆のどちらに使うべきか/「やりたいこと」を見つける/充実した人生/結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2017年12月26日 Vol.300
はじめに
おはようございます。結城浩です。
いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
今回は2017年最後の配信になりますが、 ちょうどVol.300になりました! 継続的な応援をありがとうございます!
* * *
数学ガール6の話。
今年の重要プロジェクトの一つは『数学ガール6』の刊行でした。 残念ながら年内刊行は間に合いませんでしたね。 それどころか年内脱稿も無理でした。
しかし、何とか第8章まではレビューアさんに送付できるほどになり、 現在も第9章を誠意執筆中。 がんばって今年中には第9章までたどり着きたいです。
そして、来年こそ『数学ガール6』刊行!といきたいものです。
ちょっと振り返ってみます。
「数学ガール」シリーズは現在5巻まで刊行されています。 『数学ガール5』にあたる『数学ガール/ガロア理論』は2012年刊行。 そこから「数学ガールの秘密ノート」シリーズの刊行にシフトし、 『秘密ノート1』から『秘密ノート9』までがすでに刊行されています。
要するに『数学ガール5と6』のあいだに、 「数学ガールの秘密ノート」シリーズは9冊出たことになるのですね。 かんたんな図で表すと、こんな感じです。
◆シリーズ各巻の出版順序図解
いまさらですが、そんなにたくさん 「数学ガールの秘密ノート」シリーズを書いたのか……と、 謎の感慨にふけってしまいました。 読者さんの応援にひたすら感謝です。
それはさておき、 がんばって『数学ガール6』を進めましょう!
第9章を、何とか今年中に(切実)!
* * *
数学書の話。
数学書にはしばしば「明らか」や「自明」という表現が出てきます。 説明の途中で「ここから明らかにナニナニが成り立つ」や、 「ナニナニが成り立つのは自明」のように使われます。
数学書で、そこまで読んできた内容を本当に理解していれば、 「明らか」や「自明」と書いてあったときに、 確かにそうだなと共感できるかもしれません。
でも「どうしてこれが明らかなんだろう?」や、 「私には自明とはとうてい思えない」 というときもよくあります。
「明らか」や「自明」という表現は、 数学書の「あるある」な話題として、 軽口やネタになることもよくありますね。
「明らか」や「自明」に関して、 ネットでいろんな方の意見を読んでいるうちに、 結城はこれをキャッチフレーズにまとめたくなりました。
数学書で「明らか」が出てきたら、こう考えましょう。
あなたは《これ》を、基本的だと感じ、 楽々答えられますか。確認しましょうね!
「明らか」という表現が出てきたら、 読者は自分の理解度をちゃんと確認しましょう。 そういう意味のキャッチフレーズです。 キャッチフレーズにしては長ったらしいですが、 実はこれ「明らか」という言葉が折り込まれているのです!
・「あ」なたはこれを、 ・「き」ほんてきだとかんじ、 ・「ら」くらくこたえられますか。 ・「か」くにんしましょうね。
同じように「自明」もキャッチフレーズにしてみました。
自分でちゃんと確かめよう。 面倒がらず。嫌がらず。
これも「自明」という言葉を折り込みました。
・「じ」ぶんでちゃんとたしかめよう。 ・「め」んどうがらず。 ・「い」やがらず。
こういう言葉あそび、楽しいと思いませんか。
* * *
パズルゲームの話。
結城はパズルゲームが大好きです。 執筆の合間で気分転換したいときに、 パズルゲームを一面だけチャレンジします。 執筆とは別の頭を使うため、たいへんいいのです。
文章を書いた後にパズルゲームを行うと、 自分の頭に残っている情報が一掃されるので、 校正するのに好都合です。 自分の頭に残っている情報を頼りにせず、 文章として書き表された情報を読もうとするからです。
いわば、結城にとってのパズルゲームは、 頭を「リセット」するためのツールなのですね。
さて、最近のお気に入りを三つ紹介します。 いずれも難易度がほどほどで楽しいパズルゲームです。
一つ目は「Gorogoa」です。
美しい絵の中に入り込んでいくようなパズルゲームで、 しかも絵と絵の境界、過去と未来の境界を越えていくもの。 二次元なのに四次元のような空間移動をするパズルです。
ゲームという形でないと味わえないファンタジーともいえます。 有名なMonument Valleyというゲームが好きな人は気に入るはず。
結城は最後までコンプリートしました。
◆Gorogoa http://gorogoa.com
二つ目は「Hexa Turn」です。
六角形のボード上で、基地を攻撃してくる敵を防御するというもの。 攻撃や防御といってもターン制なので、じっくり考えることができます。 地味なのですが、かなりおもしろいゲームです。
結城は三場面だけ残してコンプリート。
◆Hexa Turn http://apple.co/2Bztj3S
三つ目は「Campfire Cooking」です。
キャンプファイアでマシュマロを焼いたり、煮物をしたりするゲーム。 一つの串に二つも三つもマシュマロが刺さっていて、 同じ面を二回以上焼いてはいけないという制約の中、 全面をおいしく焼こう!という楽しいゲーム。
シーンが進むごとに難易度が少しずつ上がっていきますし、 しかも毎回、発想の転換を要求されますので、 なかなか楽しめます。
◆Campfire Cooking http://www.laytonhawkes.com/campfire-cooking
ところで、 パズルゲームにチャレンジしていて、 非常によく起きる現象がふたつあります。
一つ目は、
どうしても解けない面があって、 何度続けてもダメなのに、 少し時間おいて試すとさらっと解ける
という現象です。本当によくあります。 できないからといって、 何度も続けてチャレンジするのは得策じゃないということです。 いったん時間をおいてから試すのがいいみたいですね。
自分の中には「この方法しかない」という思い込みがあり、 続けてチャレンジしてもその思い込みを振り払えません。 その結果、同じルートをたどって失敗する。 でも、時間をおくことでその思い込みを忘れ、 新たな気持ちで取り組むので正解にたどり着けるのでしょう。
パズルゲームでよく起きる現象の二つ目は、
少しずつ答えに近づくのではなく、 突破口を見つけたとたんすべてが解ける
という現象です。
パズルゲームの各面には「これがわかれば解けるけれど、 わからなければ解けない」というカギがあるのです。 ですから、カギをつかむ(突破口を見つける) ことがすべてを決めるということ。
パズルゲームには、発見の困難と、発見の歓喜があるのです。
* * *
ネットプリントの話。
「ネットプリント」ってご存じですか。
◆ネットプリント https://www.printing.ne.jp
ネットプリントというのは、富士ゼロックスが運営しているサービスです。 文書や画像を登録しておき、 それをセブンイレブンのコピー機で印刷できるというもの。
たとえばイラストを描いている人(絵師さん)が、 自分の描いたイラストを印刷して誰かに渡したいとしましょう。 そのときに「ネットプリント」というサービスを使うと、 郵送料を掛けずに印刷物を送ることができます。
ネットプリントの流れはこうです。 送信者(絵師さん)は、ネットプリントに画像ファイルを登録し、 番号を受け取ります。送信者は受信者にその番号を伝えます。 受信者はコンビニのコピー機でその番号を入力し、 印刷代(数十円)を払って印刷物を受け取ります。
結城はこの仕組みで何かおもしろいことできないかな、 とよく思います。 物理的なものを低コストでたくさんの人に渡せるというのは、 可能性を感じます。
受信者が払うお金はいわば印刷代なので、 送信者に料金として支払われるわけではありません。 でもnote(ノート)で番号を販売すれば、 有料の配布物も実現できそうです (各種規約を確かめてはいないので、実現できるかどうかは不明)。
たとえば「結城浩ミニ文庫」として販売しているような文章を、 ネットプリント用に再編集して販売することができそう。 ネットでダウンロードしてプリントアウトするのと、 直接紙で入手するのとではちょっと違うように思うのです。
◆結城浩ミニ文庫 http://www.hyuki.com/mini/
* * *
それではそろそろ、 今回の結城メルマガを始めましょう。
どうぞ、ごゆっくりお読みください!
目次
はじめに
朝の時間は勉強と執筆のどちらに使うべきか - Q&A
「やりたいこと」はどうしたら見つかるか - Q&A
充実した人生とは何でしょうか - Q&A
おわりに
よいお年を!
-
Vol.299 結城浩/学び方の上手い人、下手な人/怒りについて/
2017-12-19 07:00220ptVol.299 結城浩/学び方の上手い人、下手な人/怒りについて/結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2017年12月19日 Vol.299
はじめに
おはようございます。結城浩です。
いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
* * *
ABC予想の話。
つい先日のこと(2017年12月16日)、 朝日新聞にABC予想に関する記事が掲載されました。 望月新一教授が「ABC予想(ABC Conjecture)」 を証明した論文が査読付き専門誌に載るという内容です。
◆数学の超難問・ABC予想を「証明」 望月京大教授 http://www.asahi.com/articles/ASKDD5Q6MKDDPLBJ007.html
ABC予想は、数学のいわゆる「未解決問題」です。 数学の「未解決問題」の多くは、 そもそも問題自体の主張を理解するために専門知識を必要としますが、 ABC予想はフェルマーの最終定理に似て、 問題自体の主張を理解するのは難しくありません。
以下では、鯵坂もっちょさんが、 たいへんていねいにABC予想の主張を解説しています。
◆"独創的すぎる証明"「ABC予想」をその主張だけでも理解する http://www.ajimatics.com/entry/2017/12/16/175035
望月新一教授は、 宇宙際タイヒミュラー(IUT)理論という新しい理論を作りました。 以下では、加藤文元教授がその理論について解説しています (「数学の祭典 MathPower2017」のイベント生放送)。
◆話題の「ABC予想」に関する番組を公開 http://blog.nicovideo.jp/niconews/55890.html
難解な証明の場合、 証明がほんとうに証明になっているのか、 それを判断するのは専門家でも難しいものです。 今回の望月教授の証明も査読に5年掛かっています。
今回の証明が正しいかどうかは、 もちろん私にはわかりません。 また、査読誌に載った証明に、 後から誤りが見つかった例も存在すると聞きますので、 まだどきどきは続くのでしょう。
しかしながら、 大きな未解決問題に対して証明がなされ、 それが査読誌に載るというのはやはり興奮するできごとですね。
* * *
定理発見の話。
こんな質問をいただきました。
結城さんはいままで、 「新しい定理を発見した」という経験はありますか。 そんなときどうしましたか。 自分もそのような定理を見つけたので参考にしたいです。
結城の回答は、こうです。
自分で定理を発見したり、 非自明なことを世界で初めて私が証明したり、 という経験は私にはありません。
もしもあなたが、 そのような発見や証明をしたのであれば、 数学の先生に相談してみることをお勧めします。
回答は以上なのですが、 以下、補足的なお話を書きます。
世の中には有名な「不可能問題」があります。 いわゆる「角の三等分問題」などです。 数学的に不可能なことが証明されているので不可能なのですが、 「がんばったらできるのでは」と勘違いする人がいるので、 その点は注意が必要になりますね。
定理を発見した!というときに、 数学の先生に相談するのをお勧めするのは、 そういう理由からです。
「角の三等分問題」に関しては『数学ガール/ガロア理論』 にやや詳しく書きました。 そこでは「五次方程式に解の公式が存在しない」 こととの類似性と合わせて解説しています。
◆『数学ガール/ガロア理論』 http://www.hyuki.com/girl/galois.html
「不可能問題」の別の例として「立方体の倍積問題」があります。 「与えられた立方体の二倍の体積を持つ立方体を作ることは不可能である」 という問題です。この問題のポイントは、 定規とコンパスしか使ってはいけないという条件がある点。 この条件がなければ、もちろん可能になります。
「不可能問題」はしばしば誤解されます。 問題の前提条件や数学における証明の意味をよく理解していないと、 「自分は解いた!証明した!」と勘違いしてしまうからです。
一般論として、数学の非専門家が新たな発見をすることは珍しいです。 有名な問題である場合は特にそうです。 ただし、既存の有名な問題に別の証明を与えたり、 条件をやや変化させることで新しい定理を作ったりすることは、 非専門家でもできますね。
新しい証明を見つけることや、少し変形させた定理を作ることは、 数学の活動として楽しく、また素晴らしいことです。 しかし、それが学問としての数学上、 どのくらい意味を持つかは、専門家でないと判断は難しくなります。
天才が本当に新しい理論を作ったようなケースでは、 専門家でも判断が難しくなります。 新しい理論の場合には、表現する言葉自体が荒削りだったりするので、 「まったく意味をなさない!」 と誤解されてしまうことがあるからです。
専門家でなければ新しい定理を探すのが無意味だ、 といってるわけではありません。 また、未解決問題の証明に徒手空拳で取り組むことは無意味だ、 というのでもありません。 過去、幾多の数学ガールや数学ボーイが、 フェルマーの最終定理に徒手空拳で挑んだことでしょうか。 実際にフェルマーの最終定理を証明したワイルズも、 少年時代にそのような一人だったのです。
「小さなことでいいから新しい発見をして数学を楽しみたい!」 という方へのおすすめは、
「フィボナッチ数列」 「パスカルの三角形」
です。フィボナッチ数列の各項のあいだに面白い関係はないか。 パスカルの三角形の中に見える図形と数とに面白い関係はないか。 探してみるのはとても楽しいですよ!
◆『数学ガール/フェルマーの最終定理』 http://www.hyuki.com/girl/fermat.html
* * *
共通テストの話。
2017年11月13日〜24日の期間、全国の約1900校で「大学入学共通テスト」 の試行調査(プレテスト)が行われました。 ここで出題された問題がそのまま使われるわけではありませんが、 分析のための検討材料となるようです。
2017年12月4日に結果速報が大学入試センターによって公開されました。
◆試行調査(平成29年11月実施分)の結果速報等について http://www.dnc.ac.jp/news/20171204-01.html
試行調査で出題された数学の問題のあちこちに 「会話文」が登場していました。 数学的な命題が与えられ、それを探求していく過程の会話文を読み、 条件を変えて話を発展させるというスタイルになっています。
◆数学I・数学A(必答問題 第1問[2])より
◆数学I・数学A(必答問題 第1問[2])より
数学ガールでは「数学トーク」と称して、 数学的な対話で理解を深めていく場面がよく登場します。 会話が有効に使われるなら、 思考や論理の流れを追う問題として面白い出題ができると思っています。
◆平成29年度試行調査(趣旨、試験問題など) http://www.dnc.ac.jp/corporation/daigakunyugakukibousyagakuryokuhyoka_test/pre-test_h29.html
* * *
信頼の話。
止まっている時計は一日に二回、正しい時刻を示す。 だからといって時計の役には立たない。 「正しい時刻をいつ示しているか」 までは教えてくれないからだ。
正しい時刻からちょうど一時間遅れている時計は、 決して正しい時刻を示すことはない。 しかし、一時間遅れていることがわかっているなら、 正確な時計として使うことは可能だ。
信頼には、 予測可能性が関わっていることがわかる。
* * *
文章作成の力の話。
質問
結城先生は、どうやって文章作成の力を身につけましたか。
回答
「雑誌や本の原稿を書くことで身につけました」 というのが短い答えとなります。 つまり、見よう見まねで文章を学びました。
でも、小さいころからたくさんの本を読んできた経験が、 見よう見まねで文章を学ぶことを支えていると思います。 文章をたくさん読まなければ文章は書けません。 本をたくさん読まなければ本は書けません。
読まなければ書けない
というのが重要であると思います。
「読まなければ書けない」という表現には二つの意味があります。
一つは、前もってたくさん読んで、 自分の中に単語や文章表現のストックがなければ、 文章を書き始められないという意味。
もう一つは、自分が書いた文章を自分で読み、 良し悪しを判断できなければ書き終えられないという意味。
文章を書くプロセスの中には、 文章を作り出す段階と、それを練る段階があります。 そのどちらにおいても「読む」ということが重要になるのですね。
実は『文章読本』や『小説の書き方』 の類いの本もたくさん読みました。 それらの本は害にはなりませんでしたが、 直接的に役に立ったかどうかはよくわかりません。 結局は、
とにかく文章を書いてひとさまに読んでもらう
という経験が一番役に立っているように思います。
ああ、それからもう一つ。 結城は、
自分の文章を繰り返し読む
のが大好きなんです。 それは文章を書く力をつけるのに役立っていますね。 特に、
自分の文章を時間をおいて読み返す
のが役に立ちます。なぜかというと、 書いた文章を読み返したとき、 意味がわからなくて驚く経験をするからです。
読者は、文章からのみ情報を得ます。 そのような読者の立場に立つのに、 自分の文章を時間をおいて読み返すのは有効じゃないかと思います。
* * *
それではそろそろ、 今回の結城メルマガを始めましょう。
今回は「Q&A」特集のような内容になりました。
どうぞ、ごゆっくりお読みください!
目次
はじめに
ささいなことが気になる/学び方の上手い人、下手な人 - Q&A
怒りについて/生きることを学ぶ旅 - Q&A
どうしたらプログラミングが楽しくなりますか - Q&A
おわりに
-
Vol.298 結城浩/再発見の発想法 - A/Bテスト/老人とのコミュニケーション/たくさん売れる危険性/
2017-12-12 07:00220ptVol.298 結城浩/再発見の発想法 - A/Bテスト/老人とのコミュニケーション/たくさん売れる危険性/結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2017年12月12日 Vol.298
はじめに
おはようございます。結城浩です。
いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
* * *
生き残るためのスキルの話。
こんな質問をいただきました。
今後、生き残っていくことができるエンジニアとは、 どんなスキルを持っている人でしょうか。
結城はこの質問に対して断定的な答えができるわけではありません。 でも、この質問に関連したお話をしてみましょう。
この質問を読んでまっさきに考えたのは、
「このスキルを持っていれば生き残れる」 というスキルは存在するか?
という疑問でした。 質問にそのまま答えようとすると、 生き残るためのスキルを探してしまいます。
たとえば「プログラミング言語の○○を習得しよう」とか、 「ハードウェアの知識が必要になる」とか、 「コミュニケーションの能力が意外に必要」とか。
でも落ち着いて考えてみると、 必要なものはいつの時代も同じだと思いました。
・英数国の力を持ち、本や他人から学ぶことができる。 ・変化を受け入れ、変化を起こすことができる。 ・知識を大切にするが、必要とあれば捨てることもできる。
無理に一言でいえば「スキルを身につけるスキル」でしょう。 すなわち「メタなスキル」が大切となるのです。
どういうことなのか、もう少し言い換えます。 表面的なスキルや知識だけを求めるのはよくありません。 「このスキルさえ身につけていればもう大丈夫」と考え、 そのスキルにしがみついているのではまずいでしょう。
なぜならば、世の中は変化していくからです。 どんな知識でも、どんなスキルでも、すぐに古くなります。 特に最先端のものほど、あっというまに古くなります。
一つの技術、一つの知識、一つのスキルを過学習してしまうと、 時代が変化していったときに困ってしまいます。 知識やスキルが悪いというのではありません。 それにしがみつくのが良くないのです。
そのように考えますと、学校で英数国を学ぶのは大事なことですね。 学校で学んでいるのは、将来社会に出てから、 必要なスキルを身につけるための基本スキルになるのです。
財産にたとえるなら、学校で学んでいるのはいわばタネ銭。 「学ぶためのタネ銭」といえるでしょう。 学ぶ力は複利で増えます。学校で学んだ知識をもとに、 本を読み、人の話を聞くことができるからです。
学校で学んだことが即、役に立つかどうかはわかりません。 あまりにも基本的であるために、 一見すると役に立たなく見えることも多いでしょう。 でもそれは、財産形成のタネ銭が見劣りするようなものです。 大切なのはタネ銭を持つことと、それをいかにして増やすかを考えること。
私が先ほど「メタなスキル」と言ったのは、 自分が持っているタネ銭を増やすスキルのことなのです。
ご質問ありがとうございました。
* * *
クリエイタの心構えの話。
「イノベーションのジレンマ」は個人クリエイタにもある。
成功体験はクリエイタを殺す。
未来を生み出す存在が、 過去の威光に振り回されるのは悲劇であり喜劇である。
幼児の歩みを見よ。 新たな一歩を踏み出すためには、 現在のバランスをいったん崩すことが不可欠である。
過去に生きると決めた人は、 未来に死ぬことを選んでいる。
* * *
レスポンシブデザインと機会損失の話。
歳をとると、紙の本を読むのがつらくなります。
目が弱くなったからというのが大きな理由です。 紙の本だと光の影響を受けやすく、 場所や角度で見え方が変わるので疲れやすいのでしょう。 大きな本の場合、視線の移動量もばかにできません。 重さの問題もありますね。 紙の本を持つ手は疲れやすいけれど、 iPhoneなら片手で持ったままじっと読めますから。
ということで、結城は、紙の本で読むよりも、 コンピュータの画面やiPhoneの画面で読む方がずっと楽です。
ですから、iPhoneで読めるテキストはとても大事です。 ところが残念なことに、ネット巡回をしていると、 iPhoneで読めないWebサイトが意外に多いことに気づきます。
すこし古いWebサイトだと、 レスポンシブデザインになっておらず、 字が小さくて読めないことが多いのです。
モダンなブログサービスを利用していたら大丈夫ですが、 独自のやり方でサイト構築していた場合には、 気づかないうちに時代遅れになっていることもあるでしょう。
新しいサイトはもちろんのこと、 昔ながらのWebサイト管理者は、 ぜひ、iPhone(スマートフォン)で自分のサイトを見ていただきたいです。 そしてレスポンシブデザイン対応してほしいなあ……
* * *
年齢層の話。
Twitterのサイトで「ツイートアクティビティ」という情報ページがあります。 その「オーディエンス」という欄を眺めていたら、 結城のアカウント(hyuki)をフォローしてくださっている方、 その年齢構成が表示されていました。 下図のように、 18〜24歳が33%、25〜34歳が39%、35〜44歳が16%でした。 結城が体感で想像しているよりも年齢層が高いと感じました。
◆フォロワーさんの年齢構成(Twitterの情報)
フォロワーさんから「アンケートしてみたら」とアドバイスをもらったので、 期間は一日で年齢構成のアンケートをとってみました。 すると下図のように、 18〜24歳が43%、25〜34歳が26%、35〜44歳が19%という結果に。 こちらの方が、結城の体感に近いと思いました。
◆フォロワーさんの年齢構成(アンケート)
どちらの信憑性が高いかは判断できませんけれど、 「Twitterのアナリティクスが教えてくれるもの」と 「一日アンケートでお答えいただいたもの」とでだいぶ違いがあるようですね。
* * *
数学の教え方の話。
高校一年生の女性から、以下のような質問をいただきました(要約)。
テスト前に友人から数学の質問を受けます。 でもうまく説明できません。 自分では理解していると思っているのに、 うまく言葉になりません。 人に数学を教えたり説明したりするときの心得を教えて下さい。
人に数学を説明するときに大事なのは、
「いま相手は何をわかっているのか」
を知ることです。なぜなら、 わからない状態で新しいことを伝えても、 なかなか理解は進まないからです。
相手が何をわかっているのかを知るためには、 「これはわかってる?」などと問いかけ、 相手からの返答によって判断します。 相手の理解度に応じて、 説明内容を考える必要があるでしょう。 すなわち、
「相手と歩調を合わせて進む」
ように説明することが大切なのです。 先生役のあなたがいくら先を急いでも、 生徒役の相手がついてこれなかったら意味がありませんから。
自分はわかっているけれど、 他の人に教えることが苦手な人が陥りやすいミスがあります。 それは「これはわかってる?」と聞いて返事が返ってこないとき、 相手を怒ってしまうというミスです。
あるいはまた「これはわかってる?」と聞く口調が、 相手を問い詰めるような言い方になってしまうミスもよくあります。
自分はわかっているけれど、一発で相手に説明できないとき、 どうしても先生役の人はイライラしがちです。 そのイライラが、相手への怒りになったり、 問い詰める口調になったりするわけですね。
それから、相手が「○○についてはわかったよ」といっても、 実際にわかっているとは限らないのも要注意です。 これは同年配同士で教え合うときによくあります。 「わからない」と言いにくいため、 つい見栄をはってしまい「わかった」という場合です。 あるいはまた、ほんとうに「わかったつもり」 になっている場合もあります。
いずれにせよ「どこまでわかっているのか」を確かめた上で、 的確に次の一歩を進めることが大切になります。
そして、そのように「教える」という経験は、 実は自分自身が学ぶときも役に立ちます。 なぜなら、自分に対して、 「これはわかっているかな?」 と根気よく問いかけることができるようになるからです。 わかったふりをせず、本当にわかっているのはどこまでかを確かめ、 的確に次の一歩を進めることは、学ぶ上で大切なことですね。
「数学ガール」シリーズで描かれているのは、 まさにそのような「わかったかどうか」を確かめる対話かもしれません。 数学ガールを読んで「教え方の参考になった」や「学び方がわかった」 という方が少なからずいるのは、そのへんに理由がありそうです。
ご質問ありがとうございました。
* * *
それではそろそろ、 今回の結城メルマガを始めましょう。
どうぞ、ごゆっくりお読みください!
目次
はじめに
再発見の発想法 - A/Bテスト
老人とのコミュニケーション
たくさん売れる危険性 - 本を書く心がけ
おわりに
-
Vol.297 結城浩/登場人物は命を持っている - 数学ガールの執筆メモ/いま、書こう/
2017-12-05 07:00220ptVol.297 結城浩/登場人物は命を持っている - 数学ガールの執筆メモ/いま、書こう/
結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2017年12月5日 Vol.297
はじめに
おはようございます。結城浩です。
いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
* * *
クイズの話。
ある日のことです。
結城が夜遅く家に帰ってくると、 家族がみんな眠っていました。
家中の明かりはつけっぱなし。 いろんな活動はぜんぶやりかけ。
家族全員、 それぞれの部屋で活動途中の状態で深く眠り込んでいます。
結城は部屋の電気を消し、 ふとんに入って寝るように家族をうながしました。
ではここでクイズです。 帰宅した結城は、家のようすを見てグリム童話『○○○○○』を連想しました。 それは何でしょうか。○○○○○はひらがな五文字です。
答えは後ほど。
* * *
『数学ガール6』の話。
『数学ガール6』の執筆、 現在は第8章に取り組んでいます。
第8章、第9章、第10章という三章が絡み合っているので、 そこをうまく解きほぐす必要があるのですが、 なかなかやっかいです。
もちろん、 執筆を開始するときには各章に何を書くかを決めます。 書籍の全体像を想像して、 その全体像を作るために必要な要素を各章に分けるのです。
「だったら、第8章に何を書くか決まっているのでは?」
確かにその疑問は正当です。 正当なのですが、現実はなかなかそうはいきません。 どうしても書き進めていくうちに変更を余儀なくされます。
変更を余儀なくされるのは、なぜでしょうか。
理由はいくつかあります。
もっとも大きな理由は、
「私自身の理解が変化する」
という点にあります。
結城は、書籍に書く内容を、 それなりに理解して書き始めます。 でも、書き進めるうちにその理解は変化していきます。 各章でいろんな内容を説明するために勉強しますので、 理解が深まるのはもちろんです。 また、自分が誤解していた部分が修正されることもよくあります。 自分が浅く理解していたときに考えた章立ては、 適切ではないと気づくことも多いですね。
バランスを調整したり、章の順序を入れ換えたり、 章の内容を変更したりするのは日常茶飯事となります。
自分の理解が変化すること以外にも、 もう一つ、執筆途中で変更を余儀なくされる理由があります。 それは、
「分量の見積もりを誤る」
場合があるからです。ある内容を説明するのに、 これだけのページ数があれば十分だろうと見積もりますが、 その見積もりはしばしば誤ります。 多くの場合、見積もった分量をはるかに超えてしまいます。 不思議なことに逆はほとんどありません。
自分の頭の中では、 よっぽど情報が圧縮されているのでしょうね。 頭の中の理解を文章に展開し、 読者に伝えるために言葉を補っていくと、 あっという間に分量は増えてしまうのです。
二十数年も本を書いているのに、 いまだに分量の見積もりを誤るというのは困ったものですが、 しかたがないのかもしれません。 それだけ、「自分の理解」を理解するのは難しいのでしょう。
ともかく、現在は第8章〜第10章までを解きほぐすと共に、 第8章を固めていく作業を続けています。 今週いっぱいで第8章はかたをつけたいところですが……
文章を書くとき、あなたは分量の見積もりをしていますか。
* * *
Web連載の話。
そんなふうに『数学ガール6』の執筆が佳境を迎えているため、 毎週金曜日に更新しているWeb連載をしばらくお休みすることにしました。 具体的には、2018年1月末までWeb連載は更新しません。
「無限を探そう」シーズンを始めて四週目での中断は、 あまり望ましいとは思っていません。 でも、自分のキャパには限りがあるので、 思い切ってお休みすることに。
どうぞご理解ください。
その代わりといってはなんですが、 毎週金曜日には「過去記事の時間限定無料公開」 を行いたいと思います。アナウンスはTwitterで行いますので、 ご興味がある場合にはフォローをお願いします。
https://twitter.com/hyuki/
* * *
自分に自信を持つ話。
先日、匿名の読者さんから、こんな主旨の質問をいただきました。
自分に自信を持つにはどうしたらいいでしょうか。
結城はこの人が誰かわかりません。 背景情報がほとんどない状態で、 このような一般的な質問に答えるのは難しいものです。
でも、わかることもあります。 それは、この方は「自分に自信を持っていない」ということ。 そして「自分に自信を持ちたい」と願っていること。
さらに少し想像を巡らせるなら、 「自分に自信を持ちたいと思っているが、 何をどうやっても、なかなか自信が持てない」 という状況であるとも思えます。
その状況をふわふわと思い浮かべると、 さまざまな活動をするけれど、 その活動や結果に満足できない姿が想像できます。
勝手な想像なので、 実際はどうかわかりませんが、 少なくともそのような人はたくさんいるでしょう。
そこまで想像した上で、結城はこんな回答を書きました (当初の回答をもとにして修正しています)。
小さくてもいいので実績を積み重ねること。 事実に立脚して考えること。 そして、自分の評価を信用しないこと。
「何かを作った」や「何かを発表した」は実績であり事実です。 どんな小さなものでもいいから何かを作りましょう。 どんな小さなことでもいいから何かを発表しましょう。 作ることや発表することにこだわるわけではありませんが、 とにかく、あなたの環境で「事実」として認識できる「実績」を重ねましょう。
それに対して、 「作ったけど、大したものじゃない」や 「発表したけど、すごくもなんともない」は、 自分がくだした評価にすぎません。
実績と事実に注目して、自分の評価はとりあえず信用しない。 このような態度は、 もしかしたらあなたが自信を得る助けとなるかもしれません。
なぜそう思うかというと、 もしかしたら、あなたが自分に下す評価自体がゆがんでいるために、 自信を得られないのかもしれないと思ったからです。
最初から「自分はダメ」というハンコを押している。 自分で自分に押している。そんな可能性を考えたのです。
「自分はダメ」とハンコを押してばかりいると、 他者が自分を高く評価してくれたときに、 それを受け入れることができなくなります。 また、他者が自分を褒めてくれたときに過剰にそれを否定しがちです (そうすると、ほめる人を減らす結果にもつながります)。
ですから、少なくともいったんは、 自分が自分に下す評価ではなく、 実績と事実を積み重ねることに力を注いではいかがでしょうか。
私はあなたのことを知りませんので、 まったく見当外れのことを書いている可能性も高いです。 結城は、あなたの状況を勝手に想像し、 それに答えているわけですから。
それでも、あなたの、 何かの参考になればいいのですが。
* * *
プログラミングの話。
先日、自動販売機でコーヒーを買っているときにふと、 プログラミングの課題として、
「自動販売機のシミュレータを作れ」
というのはいい題材ではないかと思いました。
どうしていい題材と思ったかというと、
・親しみがあり、どんなものかみんな知っている。 ・基本的な入力(お金と購入ボタン)と出力(商品とお釣り)が明確である。 ・難易度がいくらでも変えられる。 ・できたものをプログラミングに詳しくない人にも説明しやすい。
という特徴を持っているからです。
自動販売機のシミュレータというと、 商品が出てくる実際の機械をイメージしてしまいますが、 もっとも簡単なものは、次のようなものです。
・金額を入力するフォームとボタンが画面に表示される。 ・金額を入力してボタンを押す。 ・金額が十分あるときには、 「ご購入ありがとうございます。お釣りはXXX円です」 とメッセージが出る。 ・金額が不足しているときには、 「金額がXXX円不足しています」 とメッセージが出る。
これは自動販売機の一部をシミュレートしているといえます。
でも、すぐに不満が出てきます。
・たくさんの種類の商品をあつかってほしい。 ・購入を取り消すボタンがほしい。 ・入力は100円玉何個、10円玉何個のように、 金種を考えるべきではないか。 ・商品が在庫切れになるところもシミュレートしたい。 ・釣り銭切れもありうるぞ。 ・購入者だけじゃなくて、 商品や釣り銭補充をする管理者も相手にすべきでは。
つまり、現実の自動販売機をよく知っているために、 自分が作ったシミュレータの限界がわかりやすいのです。
金種を考慮するなら、シミュレータの内部では、 現在自動販売機内にある「金額」だけではなく、 「金種」を管理する必要があるとわかります。
管理者も考慮するなら、 管理者であることをしめす「鍵」が必要だとわかります。
そのように考えを進めていくなら、 大げさに言えば、
「世界を見る目が変わる」
と思います。自動販売機のようにありふれたものでも、 たくさんのことを考えなければ実現できないと体感できるからです。
また、ふだんは入力と出力しか見えないもの、 つまりブラックボックスの中を想像したり、 実現したりするようになるでしょう。 それは、世の中の仕組みを知る上でも重要です。
プログラミングを学ぶ点では、 いったんプログラムができたあとに 「仕様変更」を考えるといいですね。 そうすると、 自分が作ったプログラムの拡張性の高さを実感できるからです。
仕様変更の例としては、商品の名前や値段を変える、扱い数を変える、 日本専用ではなく海外でも使えるようにする……といろいろ考えられます。 海外でも使えるようにするためには、メッセージを変更したり、 金種を変更したりする必要もあるでしょうね。
「自動販売機」と「ECサイトのショッピングカート」 とを構造的に比較する課題もおもしろそうです。 ログインの有無、商品の購入取り消し、商品配達のトラッキング……
プログラミングを通して世の中のプロセスやフローが見えるようになるのは、 大切な技能の一つです。 また、複雑なプロセスやフローを見たときに、個々の要素に注目し、
「ここを変えれば別のことができるんじゃないだろうか?」
と思うことも大切です。
TeXを作った有名なコンピュータ科学者&数学者のKnuth先生が書いた、 The Art of Computer Programming Vol.1 (通称TAOCP Vol.1) には、
「エレベータのシミュレータを作る話」
が出てきます。 エレベータは自動販売機とは違う要素(刻々変化する状態と、 複数人の処理)が入ってきますね。
TAOCP Vol.1 の練習問題(日本語版p.289)に「我が意を得たり」 と言いたくなるものがありましたのでご紹介します。
(引用開始)
次のことを記すことはおそらく大事なことである。 筆者〔Knuth先生〕はエレベータを何年間も使ってきて、 エレベータについてはもう十分に知っていると思っていた。 ところが、実際にこの節を書き始めたら、 エレベータシステムが次に向かう方向を選ぶ方法について、 それまでには知らなかった事実がいくつも存在した。 (中略) われわれは、ものごとについて十分知っていると思っていても、 それについてコンピュータのシミュレータを書こうとするまで、 まったくわかっていないと気づかないことが多い。
(引用終了)
◆The Art of Computer Programming Volume 1 Fundamental Algorithms Third Edition 日本語版 https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4048694022/hyuki-22/
あなたは、ふだん使っている自動販売機やエレベータを、 どのくらい理解しているでしょうか。
* * *
それではそろそろ、 今回の結城メルマガを始めましょう。
どうぞ、ごゆっくりお読みください!
あっと、その前に冒頭のクイズの答え。
正解は『いばらひめ』でした。
目次
はじめに
登場人物は命を持っている - 数学ガールの執筆メモ
いま、書こう - 文章を書く心がけ
おわりに
1 / 1