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記事 4件
  • Vol.222 結城浩/あふれでる中から選ぶ/フラグメントと業務分析/

    2016-06-28 07:00  
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    Vol.222 結城浩/あふれでる中から選ぶ/フラグメントと業務分析/結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2016年6月28日 Vol.222
    はじめに
    おはようございます。
    いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
     * * *
    最初にお知らせです。この結城メルマガは、 まぐまぐ!とブロマガで配信していますが、 ブロマガは以下の日程でメンテナンスになります。 したがって、この日程でWebが閲覧できません。 ご了承お願いいたします。
     ----------  【ブロマガメンテナンス】  2016年7月12日(火) AM 6:00 〜 AM 11:00  ※状況により終了時間が前後する場合があります。  ----------
    まぐまぐ!で購読なさっている方には影響はありません。
     * * *
    もう一つお知らせです。
    「SBクリエイティブ晴耕雨読キャンペーン」が6月末まで行われています。 結城浩の以下の二冊(電子書籍)が半額セール中ですので、 よろしければどうぞ!
     ◆数学ガールの秘密ノート/式とグラフ(Kindle版)  https://www.amazon.co.jp/dp/B00L0PDMIQ/hyuki-22/
     ◆数学ガールの誕生 理想の数学対話を求めて(Kindle版)  https://www.amazon.co.jp/dp/B00NAQA33A/hyuki-22/
    『数学ガールの誕生』というのは結城の講演集です。 公立はこだて未来大学での講演全文と、 大学の先生や研究者さんとのディスカッションを収録しています。
    上記二冊はKindle版以外の電子書籍も半額です。 リンクは以下のページに並べてありますので、 他の電書ストアをお使いでしたら、こちらからどうぞ。
     ◆「式とグラフ」「数学ガールの誕生」が半額セールです!(結城浩の日記)  http://bit.ly/293hYjx
     * * *
    『若き科学者へ』の話。
    先日もアナウンスしましたが、ノーベル生理学・医学賞を受賞した科学者メダワーの書籍、 『若き科学者へ』が新版となり、みすず書房から刊行されます。本書には、 若い科学者ならびに科学者を志す若者へ向けてのアドバイスが書かれています。 本書巻末に結城が「新版への解説」を書いています。
    最近、科学の世界でも「倫理性」が話題になる事件がよく起きます。 本書には科学者の倫理性に関わる部分も実践的に扱われています。
    アマゾンでも予約が始まっているようですので、 よろしければどうぞ!
     ◆『若き科学者へ 新版』(ピーター・B・メダワー)  http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4622085305/hyam-22/
     * * *
    ミニマリズムの話。
    こんな記事を見かけました。
     ◆日本のレゴ、美しい「杉のつみき」  http://wired.jp/2016/01/22/japans-minimalist-lego/
    隈研吾(くま・けんご)建築都市設計事務所がデザインした 「木のつみき」です。レゴブロックのように組み合わせて立体を作ったり、 小さな建築物を作ったりすることができます。
    つみきといっても単純な直方体ではなく、切れ込みの入ったV字型で、 おそらく角度も絶妙に計算されているのだろうと思います。
    お高いので購入はちょっと…なのですが、 基本的なブロックをデザインして、 それを組み合わせると無限のものが作り出される、 そういう発想は大好きです。 ゲームでいえば、オセロのようなものでしょうか。
    子供の頃、コンピュータが好きで本をいろいろ読んでいました。 その中に、CPUの命令セットを決める本があって、 それを夢中になって読んだのを覚えています。 基本となる命令セットが「たったこれだけ」なのに、 自由にどんな計算でもできる、 という事実にめまいがするほど感動しました (当時はチューリング完全という言葉は知りませんでしたが)。
    数学でもそういう場面がよくありますね。 いくつかの公理を使うことを認めるだけで、 複雑で豊かな世界がそこから生まれ出す感動の場面です。
    『数学ガール/フェルマーの最終定理』でテトラちゃんが、 「要素数が2個の群は必ずアーベル群になること」や、 「要素数が素数の剰余環は必ず体になること」に感動します。 あの感動には結城も非常に共感しますね。
    その感動というのは、ひとことでいえば、
     こんなに複雑な・美しい・豊かなものが、  こんなに単純なものから生まれてくるのか!
    とそういう感動だと思います。
    そしてその感動を契機として、進む道は二つあります。
     ・もっと他に豊かさを生み出すものはないか  ・もっと複雑で豊かなものを作れないか
    という二つです。 この二つはもちろん排他的なものではありません。
     * * *
    アプリの話。
    結城はiPhoneでもMacでも、 新しいアプリやサービスを使ってみるのが大好きです。
    たとえばiPhoneのEvernote関連アプリでも何十個も試しました (というのは少し大げさかな)。無料・有料を問わず、 自分の仕事によい影響を与えるものを探しています。
    そんなふうに多数のアプリを試していますが、 ずっと使い続けるものはめったにありません。 それはそうですよね。 使い慣れているEvernoteアプリがあるのに、 よっぽどの優位性や特徴がなければ、 他のアプリに乗り換えることはありません。
    最近「どういうアプリなら乗り換えるかな」と考えました。 まず思いつくのは、
     デフォルトが大事
    ということです。デフォルト、 つまり初心者がそのアプリを使い始めるときの設定です。 デフォルトの設定は、 使い始めたときのインプレッションを決めます。 使い始めたときに「使いにくそう」や「わかりにくい」 と感じさせるのはよくありません(当然ですね)。
    アプリ作成者側は、 「設定を自分好みにすれば使いやすくなるのに」 といいたくなるかもしれませんが、 使用者の側にしてみれば、 正直「そこまでの義理はない」わけです。 また、設定項目がたくさんあふれていると、 それだけでいやになる場合もあります。 その意味では、
     設定項目に何を提示するかも大事
    といえますね。アプリを使っていて、
     ・けっこう使いやすいな……   (デフォルトがよい)  ・ここさえ調整できたらいいのにな……お、できるじゃん!   (設定項目がよい)
    アプリ使い始めの段階でこういう体験をすると、 そのアプリへの期待感や信頼度が高まるように思います。
    ちなみに結城が現在おもに使っているEvernoteのiPhoneアプリは、
     ・Evernote純正アプリ  ・SmartEver  ・TagEver,MoveEver
    の三種類です。
     * * *
    予算消化の話。
    以前から不思議に思っていることです。 年度末になると、あちこちの組織では「予算消化のための出費」を行うと聞きます。 つまり、年度初めに確保した予算が思ったよりも余ったとき、 それを特に必要でもない活動に振り向けて使ってしまうという行動のことです。
    それは、なぜだろうとよく思います。
    いや、通りいっぺんの答えは私もわかります。 予算が消化できず、余ってしまったら、その部署は次期予算を減らされる。 なので予算を減らされたくない部署は使い切ろうとする。 そういうロジックがあることはわかります。
    でも、どうも納得がいかないのです。
    実際、予算が消化できなかったということは、 それだけの予算は要らなかったわけですよね。 じゃあ、なぜ予算を減らされるのがいやなんだろう。
    予算を闇雲に確保したいと思うのは、なぜだろう。 自分の権限を拡大したいから? 大きな顔をしたいから? やりたいことができなくなるから? あるいはまた、 不測の事態に備える余裕がなくなるから?
    個人で仕事をしていると、 「予算が消化できないから何かを買わなくちゃまずい」 という方向には考えが進みません。 それは、組織で仕事をしているわけではないから、なのでしょうかね。
    確かに、個人で仕事をする場合でも、 自分の仕事を確保し、生きていくための努力はしています。 営業努力というのは、組織でいえば予算確保と似ているようなもの。 そこは同じだと思います。
    よくわからないのは、組織における予算消化(といういわば無駄)は、 個人で仕事をしているときにはまったくないのかな、ということ。 組織で予算消化をすることが当然と思われているように、 個人で仕事をしている自分にもそういう盲点があるのでしょうかね。
    気になっているけれど、答えは特にありません。
     * * *
    新刊執筆の話。
    秋に刊行予定の「やさしい統計」の本を書いています。 「数学ガールの秘密ノート」シリーズ第8弾となる、 『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』です。
    先日は、第1章本文をレビューアさんに送信しました。 ほんとうは先週末に第2章も送信する予定だったのですが、 執筆進行上の都合で、もう少し先になりそうです。
    「やさしい統計」をWeb連載していたのは、 ちょうど一年前、初めてニューヨークに行ったころですね。 旅行のばたばたの中でちゃんとWeb連載が継続できるのか、 どきどきしていたのを思い出します。
    (旅行に行く前に書き溜めておけばよかったではないか、 という正論はあります。それは確かに正論ですが、 いえ、その、正論です)
    Web連載を書籍化するときには、 Web連載のときとほぼ同じ内容で書籍化できる章と、 構成を大変更しなくてはいけない章とがあります。 Web連載のように毎週届けるものと、 書籍のようにひとまとまりでぜんぶが届くものとでは、 構成が変わるのは当然のことですからね。
    そして、その構成を変更するのはとても難しい。なぜかというと、 Web連載の時点でそれなりにまとまっているからです。 再構成するためには、その「まとまり」をいったん壊さなければいけない。 タンパク質をアミノ酸に分解して、 別のタンパク質を作りなおすようなものです (これは適切な比喩なんだろうか)。
    まとまりを壊すのは勇気が要ります。 でも、しっかりと壊さないと再構成が中途半端になってしまう。 やるなら、バッサリです。 なので、判断がとても難しいですね。
    そのときに書き手は「判断基準」を問われることになります (問われるといっても、自分自身で問うわけですが)。 つまり、
     ・いまのままでは、どこがなぜまずいのか。  ・再構成によって、そのまずさは改善するのか。  ・再構成によって、別のまずさは発生しないのか。
    そのような問いかけにしっかり答えなくてはいけない (答えるといっても、自分自身に答えるわけです)。
    その自問自答のプロセスというのは、 煎じ詰めれば、
     ・この本は、どういう本なのか。
    という問いへの解答を探すプロセスです。
     ・この本は、どういう本であり、  ・誰が読む本であり、  ・その目的達成のためにどう構成するのか。
    それへの解答を探すのは著者の仕事です。 そしてその解答は、著者が読者に説明して回るものではなく、 著者が書く「本そのもの」によって描かなければなりません。
    この本の読者が、読み終えたときに、
     ああ、なるほど!  この本を通して私はこういうことを知った。  こういう知見を得、こういう体験をした。
    と実感してもらうことが大事。
    そんなことを思いつつ、 毎日こつこつと言葉を並べる。
    それが、著者の日常なのです。
     * * *
    では、今週の結城メルマガを始めましょう。
    どうぞ、ごゆっくりお読みください!
    目次
    はじめに
    あふれでる中から選ぶ - 文章を書く心がけ
    フラグメントと業務分析 - 本を書く心がけ
    数学の問題を出す楽しみ
    おわりに
     
  • Vol.221 結城浩/『数学ガール6』を書きながら/子供の学習予定表/意識的に仕事をする意味/

    2016-06-21 07:00  
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    Vol.221 結城浩/『数学ガール6』を書きながら/子供の学習予定表/意識的に仕事をする意味/結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2016年6月21日 Vol.221
    はじめに
    おはようございます。
    いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
    急に暑くなって「すっかり夏気分」になりましたよ。 先日は、今年初めてクーラーを入れました。
    暑くなると薄着になります。 ところがカフェなどでは非常に強くクーラーが掛かっていて、 逆に寒すぎることも多いですね。 お店の中では、むしろ春先よりも厚着になったり。 調整はなかなかむずかしいものです。
    あなたのところはクーラーを入れましたか。
     * * *
    最近のお仕事の話。
    結城メルマガやWeb連載の他に、 最近気に掛けている仕事が大きく四つあります。 一つ目はもちろん『数学ガール6』の執筆。 二つ目は秋に刊行する『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』の執筆。 三つ目は来月に予定している講演会の準備。 そして四つ目は先日入ったお仕事で、コラム記事の執筆です。
    今回のコラム記事はお世話になった先生からのご指名で、 たいへん光栄なことなので、喜んでお引き受けしました。 今月いっぱいくらいをめどにまとめる予定です。 どんなことを書かせてもらおうかな……
    コラム記事や書評などのお仕事依頼をよくいただくのですが、 特別な事情がないかぎり、お断りすることが多いです。 文章そのものは短くとも、 そこに掛かる労力は長い文章を書くときとあまり変わらないからです。 また、文章が短い場合、〆切までの時間が短いことも多く、 私のキャパシティを越えてしまう場合が多々あるからでもあります。
    仕事の分量を適切にするのは、 私にとって、とても難しい課題です。
     * * *
    打ち上げの話。
    先週、四月に刊行された『数学ガールの秘密ノート/場合の数』 の打ち上げを編集長と二人で行っていました。 少し遅くなったのは、 打ち上げを予定したときに私の体調が良くなかったためです。
    打ち上げと称していますが、その実態は、 「『数学ガール6』をがんばって書いてくださいね」 という編集長からのプレッシャーの場でもありました(苦笑)。
    プレッシャーかどうかはさておき、 編集長からはいつも大きなはげましをいただいています。 「本を書く機会」が与えられていることはたいへん感謝なことですから、 がんばって書き進めたいと思います。
    『数学ガール6』の執筆状況については、 また後ほど書きましょう。
     * * *
    「何の役に立つか」という話。
    あるとき、道を歩いていたら急にこんな会話が降ってきました。 降ってきたといっても、まわりにいる人が実際にこういう会話をしたわけではなく、 私の頭の中に降ってきたのですが。
     「三角形の面積を求めることが、   僕の人生にどんな役に立つというのですか」
     「簡単なルールを与えられたときに、   それを具体例に適用することは、   誰の人生にも役に立つと思うよ」
     「三角形の面積の話と、そのルールの話と、   何か関係がありますか?」
     「具体例を見たときに、   そこに隠れているルールを見つけることも、   人生では大切かもしれないね」
     「そんなにややこしくて抽象的なこと、   僕にはできませんよ」
     「うん。だから、具体的な三角形の面積で、   それを学んでるんだ」
    ……というここまでの一連の対話が降ってきて、 私はそれにじっと耳をすませていました。
    この対話に対して「なるほど」と思う気持ちと、 「そうかな?」と思う気持ちと、両方が働きます。
    この対話で語られているのは「三角形の面積を求めること」を、 思考の訓練として見なす態度のようです。 それはそれで一理あるのですが、 「三角形の面積を求めること」 はそれだけでも楽しいことなんじゃないかな、 と私は思ってしまいます。
    何かの知識や何かの技能が「何に役立つか」という発想も大事だけれど、 それ自体が「おもしろい」かどうかという基準も大事なんじゃないかな。
    「学ぶことは何の役に立つんですか?」 という問いかけに、パッと答えるのは難しい。
     * * *
    仕事のありかたの話。
    何年か前、ある年配の方から、
     「結城さんは好きな仕事ができていいですね」
    と言われたことがあります。特に皮肉ではなく、 軽く「うらやましいな」という気持ちを込めた言葉でした。 別れてからずっと、そのときの対話を反芻しています。
    ちなみに結城はよくそういうことがあります。 ひとつの対話を何年も何十年も繰り返し思い出し、 「あれはどんな意味があったんだろう」と振り返る。
    「好きな仕事ができていいですね」と言ったその年配の方も、 傍目には立派な仕事をなしており、 第三者から見たらうらやましいと言われるような方です。
    でもその人に言わせると、 やってきた会社の仕事というのはあくまでも、 生活のための仕事であったというのです。
    プライベートと仕事というものを切り分けて考え、 プライベートはプライベート、 仕事は仕事として長年過ごしてきた。 でも定年が近くなってくると、 大きな空洞のようなものが心にある感じがする、と。
    つまり(ここからは必ずしもその方の言葉ではなく、 結城の解釈も含まれるのですが)、 自分が「仕事」に振り向けてきた時間は、 いったいどこに消えてしまったのか。
    毎年、会社の中で仕事に追われて、 「これが大事だ」「こここそが正念場だ」 と思ってがんばってきたけれど、 いま振り返ってみると、本当にそうだったのだろうか。
    ……その方の主張の根幹にあるのは、 そういう思いでした。
    結城は対話を何度も振り返り、 そこに語られた言葉の意味を考えています。
    私自身は確かにずっと好きな仕事をしていますが、 でも、それほど単純に「好きな仕事でよかった」と、 自分の仕事を評価することはできません。 確かに好きな仕事ができるのは感謝なのですが、 なかなかそう一言でまとめられない重みがあるといいましょうか……
    結城はもともと不器用で、 たくさんのことをいっぺんにはできないから、 同じことをずっと続けてきただけかもしれません。
    目標を立ててヴィジョンを描き、 それへ向けて計画を立てて進むというのも苦手です。 だからその都度、 自分にできるささやかなことだけに力を注いできたとは言えます。
    三十代後半から少しずつ楽になり始め、 年を経るごとに、「これしかできないし、 これでいいし、これでいいのだ」と思う気持ちが強くなりました。
     「これが私なのだ」
    という開き直りに近いのかもしれませんね。
     * * *
    アプリの起動の話。
    仕事はしたくないけれど、何かしたいときには、 環境改善するのが一番です。
    結城はMacを使っていますが、 そこで使うアプリは数が限られています。
     ・iTerm2  ・Evernote  ・Safari  ・メール  ・Twitter
    頻繁に使うものはそんなところです。 ですから、これらのアプリをパッと起動できるかどうかというのは、 作業環境で重要なポイントになります。
    これまで結城はQuickSilverというアプリを使い、 「キーボードショートカット」を登録していました。
     iTerm2なら Control + Command + ; (セミコロン)  Evernoteなら Control + Command + O  Safariなら Control + Command + N  メールなら Control + Command + E  Twitterなら Control + Command + T
    どうしてSafariを起動するのに Control + Command + N なのかというと、 それはもう歴史的事情というしかありません。 なにしろ、N は Netscape(いまとなっては古代のブラウザ) の Nですから!
    ところでQuickSilverというのは高機能なユーティリティですが、 高機能過ぎて、設定が非常に面倒になっています。 そこで、この機会に別のユーティリティを使うことにしました。
    検索してみると、Automatorでワークフローを作れば、 簡単にショートカットが作れそうです。 以下の記事を参考にしました。
     ◆[Mac] 特定のアプリケーションをショートカット一発でアクティブにする方法  http://blog.odoruinu.net/2015/03/26/mac-how-to-launch-app-with-shortcut-key/
    簡単にいえば、
     ・Automatorというソフトで「Evernoteを起動」のようなサービスを作る。  ・そのサービスに対して、システム環境設定でショートカットキーを割り当てる。
    という二段階を踏めばよさそうです。 スクリーンショットを撮ると、以下のようになります。
     ◆Automatorでサービスを作る(スクリーンショット)
     ◆システム環境設定でショートカットキーを割り当てる(スクリーンショット)
    ちなみに、ショートカットキーを作るまでもない使用頻度のアプリは、 Spotlightを使って起動しています。 先頭数文字で見つけてくれるので重宝しています。
    自分がよく使うアプリがさっと起動できると、 たいへん気分良く毎日の作業ができるのでいいですね。
     * * *
    「支配」の話。
    私は最近「支配」についてよく考えます。
    それはおそらくドラマ「重版出来!」に出てきた新人漫画家、 中田伯に影響されているのかもしれません。
     ◆ドラマ「重版出来!」  http://www.tbs.co.jp/juhan-shuttai/
    ドラマの中で中田伯は母親に虐待されていたという設定で、 自分にあれこれ世話を焼く女性に対して「自分を支配するな!」 と叫びます。
    何が「支配」であり、何が「世話を焼くこと」なのか、 その区別は必ずしも明確ではないでしょうけれど、 親が子供を世話することは、場合によっては支配といえます。
    「これは支配ではないか?」という目で見ると、 世の中にはたくさんの「支配」が見つかります。 必ずしも親子関係に限りません。
    他人を支配したい。状況を支配したい。 自分の能力や感情や行動や環境や人間関係を支配したい。 いじめや自己嫌悪や不安や妬みや執拗な攻撃やストーカー。 それらはすべて「何かを支配したい気持ち」と表現できないでしょうか。
    もちろん「支配」がすべて悪いというわけではありません。 「支配」というとピンとこない人でも、 「コントロール」と考えるとわかりやすいかも。
    「何か」を「コントロール」したいという気持ちは、 健全な場合もあるし、必要な場合もあるけれど、 それが度を超してしまうと、恐ろしいことになりそうです。
    「支配」が健全かどうかの境目というのは、 「度を越すかどうか」あるいは「適切な範囲を越えるかどうか」 にあるのかもしれません。「分をわきまえているかどうか」といえるかも。
    結城がときどき書く「生活を改善する話」でも、 環境を自分がコントロールできているかという感覚が大事と書きました。
    環境に自分が振り回されているというのは、 環境に自分が「支配」されている状態で、 それはすごく心の健康に良くない。
    どんな小さなことでもいいから、 環境を自分のコントロール下におくことができれば、 「うん、自分はなんとかやっていけそうだ」 という感覚を手に入れられるように思います。
    支配されている感覚と、支配している感覚。 その視点で自分の生活を見直すと、新たな発見がありそうです。
     * * *
    機械の役割の話。
    以下の記事を読みました。
     ◆新井紀子教授が予見!ロボットで失業するのは「銀行の窓口」より「半沢直樹」  http://www.sbbit.jp/article/cont1/32252
    なるほどと思ったのは以下の部分です。
     ----------  どんな分野なら  ロボットは人間よりも高い精度で処理できるのかを  非常に細かく見ることができる。  そうすれば2030年に、  どんな職業がロボットに代替されて、  どんな職業が人間に残るのかを正確に予測できる。  ----------
    「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトは、 ロボットが東大に入れるかどうかが大事なのではありません。 その研究プロセスの中で、どのような知的活動がロボットで代替しやすく、 どのような知的活動が代替しにくいかが明確になる点が大事なのですね。
    ここでは、試験するものとされるものが巧妙に逆転しています。 通常の試験は、試験問題によって人間の能力の識別を行うためのものです。 しかし「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトでは (もちろんロボットの能力も調べているわけですが)、 振る舞いがよくわかっているロボットを試金石にして、 試験問題や知的活動の識別を行っているといえるでしょう。
    テスターで電池の電圧を測定することと、 すでに電圧がわかっている電池でテスターの能力を測定することにも似ています。
    知的能力のリファレンスとしての人工知能ですね。
     * * *
    Ulyssesの話。
    以下の記事を読みました。
     ◆ライティング環境「Ulysses」で仕事がはかどるようになった  http://cyblog.jp/modules/weblogs/23422
    文章を書くアプリケーションUlysses(ユリシーズと読むのかな?) の記事です。 Ulyssesについては名前をちらちらと聞いてはいたのですが、 ちょっとお高かったので試したことがありませんでした。
    でも上の記事にあった「HDDに直接書き込んでいる感覚」 という表現がおもしろかったので、それを味わいたくて購入してみました。
    確かに「HDDに直接書き込んでいる感覚」というのはわかります。 いちいちファイル名を指定せずに「いきなり」書き始められることや、 すでにフォルダに存在しているファイルについても、 「その場で」編集できることから、そのように感じるのでしょう。
    Markdownで文章を書いている人、 複数のファイルを渡り歩いて書いている人、 いろんなアイディアを書いたりまとめたりする人には、 なかなか良さそうな感じをうけました。
    私自身は少し使ってみましたが、 常時使うツールになるかどうかは微妙なところでした。 むしろUlyssesを使っているうちに、 別のツールSimplenoteを頻繁に使うようになりました。
    Simplenoteについてはまたいつか。
     * * *
    では、今週の結城メルマガを始めましょう。
    どうぞ、ごゆっくりお読みください!
    目次
    はじめに
    『数学ガール6』を書きながら - 本を書く心がけ
    子供の学習予定表 - 教えるときの心がけ
    意識的に仕事をする意味 - 仕事の心がけ
    おわりに
     
  • Vol.220 結城浩/再発見の発想法/書籍の「自炊」で思うこと/学びを支える要素/

    2016-06-14 07:00  
    216pt
    Vol.220 結城浩/再発見の発想法/書籍の「自炊」で思うこと/学びを支える要素/結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2016年6月14日 Vol.220
    はじめに
    おはようございます。
    いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
    気持ちのいい春から、 雨の季節へと移りつつありますね。
    雨の季節。
    雨の季節というと、 新海誠監督の『言の葉の庭』という映画を思い出します。
    この映画を初めて観たとき、 まったく予備知識なしで観たので、
     「いったい何が起こるんだろう」
    という気持ちでいっぱいになりました。 美しい映像が物語にぴったり合っていて、 とても好きな作品の一つです。
    以下が公式サイトですが、トップに予告動画があるので、 もしも「予備知識なしで観たい」という方はご注意ください。
     ◆『言の葉の庭』  http://www.kotonohanoniwa.jp
     * * *
    Web日記の話。
    結城はWeb日記を自分のサイトで公開しています。 現在のフォーマットにしたのが2002年ですから、今年で約14年。 以下で公開しています。
     ◆結城浩の日記  http://www.hyuki.com/d/
     ◆結城浩の日記(過去日記一覧)  http://www.hyuki.com/d/#calendar
    約14年というと月単位で並べてもこれだけの分量になります。 ちょっとした分量ですよね。
     ◆スクリーンキャプチャ
    最近は、日々の活動や思うことを書くときには Twitterでさくっとツイートする方がずっと多くなってしまいました。 でも、Web日記を完全にやめちゃうのは抵抗があります。 何しろ14年も続けてきたわけですから。
    たまに読み返すと、懐かしい記事が見つかります。 たとえばこちらの日記は『数学ガール』(無印)が刊行されて、 結城の手元に本が初めて到着したころ(2007年6月)の日記です。
     ◆2007年6月26日の日記  http://www.hyuki.com/d/200706.html#i20070626224554
    いまからちょうど9年前の話!これが一冊目ですから、 当然まだ「数学ガールの秘密ノート」シリーズもありません。 最近は「数学ガール」どっぷりの毎日なので、 この日記はたいへん新鮮な感覚で読めました。
    以下の日記は2002年1月11日のもので、 「文章教室」というWebコンテンツを更新したというアナウンスです。 「文章教室」というWebコンテンツは10年以上の年を経て、 『数学文章作法』という書籍に結実したことになりますね。
     ◆2002年1月11日の日記  http://www.hyuki.com/d/200201.html#i20020111000000
    これだけ昔の日記を、もしも紙の日記帳に書いていたら、 現在まで残っていただろうか。 あるいはファイルに書いたとしても、 どこにも公開せずに自分のコンピュータ上だけに置いていたら、 現在も読めただろうか。 ときどき、そんなことを思います。
     「Webで公開しておく」
    というのは、ほんとうにうまい情報の保存方法だと思います。
    もし紙の日記帳だったら、引っ越しのどさくさでなくなりそう。 自分のコンピュータだけに置いていたら、 どれがマスター版かわからなくなりそう。 単なるファイルとして置いてあっても読み返しにくいですしね。
    でも、Webで公開してしまえば、その心配はなくなります。
     他の人にとって読みやすいものは、  自分にとっても読みやすい。
    そんなことが言えそうです。
    Webというのはほんとうにありがたい発明だと思います。
    そして、
     「自分の成果物をWebで公開していく」
    という発想で活動してきた、昔の自分をほめてあげたい。 その発想のおかげで現在、 こうやって自分の成果物を振り返ることができるわけですから。
    あなたは、自分の成果物、 どのように管理していますか。
     * * *
    インタビューの話。
    結城の『暗号技術入門 第3版』の中国語版(簡体字版)が刊行されます。 それを記念して、 出版会社Turing Booksが運営している「iTuring Interview」 というWebコラムに結城浩のインタビュー記事が掲載されました。 以下で中国語版・日本語版を読むことができます。
     ◆結城浩へのインタビュー(日本語版)  http://www.ituring.com.cn/article/216184
     ◆結城浩へのインタビュー(中国語版)  http://www.ituring.com.cn/article/216181
    このWebコラムでは、読者の「著者について知りたい!」 という要望に応えるため、総計100名以上の著者にインタビューしています。 クヌース先生やカーニハン氏もインタビューされていますね。 Webコラムの上とはいえ、その並びに加われるなんて光栄なことです。
     ◆Webコラムの一覧(中国語)  http://www.ituring.com.cn/minibook/12
    クヌース先生のインタビューは冒頭からなかなか深い話が。
     ◆クヌース先生へのインタビュー(英語版)  http://www.ituring.com.cn/article/742
     ◆クヌース先生へのインタビュー(中国語版)  http://www.ituring.com.cn/article/details/747
     ◆カーニハン氏へのインタビュー(英語版)  http://www.ituring.com.cn/article/1592
     ◆カーニハン氏へのインタビュー(中国語版)  http://www.ituring.com.cn/article/1725
     * * *
    学校の話。
    ふと、こんなことを考えました。
     「自分が生きていくために必要な知識のかなりの部分は本から得られる」
    まあ、あたりまえのことですが、 でも、そもそもこの「知識は本から得られる」という知識は、 学校で教えているでしょうか。 あまりにもあたりまえ過ぎて教えていないでしょうか。 わたしは学校で教わった記憶はないのですが、 忘れてしまったのでしょうか。
    本に限った話ではありません。 学校は「知識」を教えるだけではなく、 「知識を得る方法」を教えているでしょうか。
    どうでしょうね。
    こんなふうに話してくると、 まるで学校を非難しているように聞こえるかも知れませんが、 そうではありません。素朴な疑問なんです。
    もっとも、結城は必ずしも「知識を得るため」に本を読んできたわけじゃありませんね。 結果として知識は得たけれど、それを主目的として読んできたわけじゃない。 役に立つから知識を得ようとしたのでも、役に立つから本を読んだのでもない。 もっと単純で、
     「おもしろいから本を読んできた」
    というのが正確な状況だと思います。
    学校の授業も、自分の将来に役立つから聞いていたわけじゃなくて、 おもしろいから聞いていたし、おもしろいから勉強していたような。 そして「おもしろい」と思ったことだけ、自分の身についている。 そんなふうに感じます。
    あなたは学校で、 自分の進路について「ちゃんと」考えましたか。
    結城は、長期的な展望に立って自分の進路を切り開いていく、 という意識はほとんどなかったし、 現在でもそんな意識はないですね……
     * * *
    Twitterでの「数学の問題」の話。
    先日、Twitterで結城をフォローしてくださる方が32000人になりました。 たくさんの方にフォローしていただけて大変光栄なことです。
    フォローしてくださる方が多いせいかどうかわかりませんが、 最近「数学の問題」をTwitterで出題することがとても多くなりました。 たとえば、以下のリンクでは結城が出題した問題が出てきます (Twitterでの検索リンクです。読み物としてまとめようとしましたが、 あまりにも数が多かったので、またいつか)。
     ◆結城浩がTwitterで出題した「数学の問題」  https://bit.ly/1PnCC73
    フォローしてくださる方が多いと、 問題を出題したときの反応も多くなりますし、 解答のバリエーションも増えます。 アンケート結果も見ていて楽しくなります。 感謝なことですね。
    最近はアンケートで出題することも、 また手描きの画像を使って出題することもあります。 いずれにしても問題の出題は楽しいです。
    問題ができるだけあいまいにならないように (でもくどくならないように)したいですし、 アンケートでの出題なら、選択肢をうまく用意したい。 手描きの画像なら、眺めても楽しくなるような絵にしたい。
    どんなに簡単な問題でも、気まぐれな出題でも、 せっかくなので読者さんに楽しんでもらいたいのです。 そのための工夫を考えるのはとても楽しいことです。
    そして、おもしろいことに、 そのようにして工夫して出題すると、 問題で扱っている内容は自分自身の頭にもしっかり残るんです。
    問題として出題すると、 数学の概念が自分の中に定着するなんて、 すてきなご褒美ですね!
     * * *
    心がけの話。
    結城は何か仕事や作業をするとき、 いつも「心がけ」を見つける習慣があるようです。
    「本を書く」でも「プログラムを作る」でも、 あるいはもっと家庭的な作業、 たとえば「ゴミ捨て」でもかまいません。 ともかく自分が何かを行うときに、
     どうしたら、うまくいくだろうか。
    を考える習慣があるということです。 そして、何かがうまくできたとき、
     なぜ今回はうまくいったんだろうか。  次回もうまくいくためには、  どんな《心がけ》をすればいいのか。
    と考えるのです。
    だからこそ結城は「○○の心がけ」 のような文章をよく書くのですね。
     ◆結城浩の心がけ  http://www.hyuki.com/writing/
    どうも結城は、 何かの心がけ……ゆるい行動規範のようなもの……を見つけ、 それに従って行動するのが好きなようです。
    自分がやっていることはいきあたりばったりじゃない。 行動規範に従っているのだ、と感じたいのかも。
    そうやって一つメタの立場に立って考えたり、 行動を観察したりするのが楽しいのでしょうね。 あなたはいかがですか。
     * * *
    アマゾン定期おトク便の話。
    結城の家では、定期的に買うものをアマゾン定期おトク便で買っています。
     ◆アマゾン定期おトク便  http://amzn.to/1YmFc4G
    これを使うと、重いものでも頻繁に買いに行かなくてすみ、 買い忘れの心配もなく、しかも近所の店で買うよりも安いのです。 ここまで顧客にメリットが多いとアマゾンを使わない理由がない! ……といいたくなるほどです。
    定期的に配達してくれるというのは、 「三河屋さんの御用聞き」の現代版といえそうです。
    「アマゾン定期おトク便」のようなサービスは、 できてみれば当たり前に見えますけれど、 これを実現するためにはいろんな障害があるのでしょうか。
     * * *
    クヌース先生の話。
    先日、クヌース先生(Donald E.Knuth, TeXの生みの親)が書いた、 TAOCP(The Art of Computer Programming)という本を読んでいました。 ふと、ちょっとした改善箇所に気付いたので、 どきどきしながら指摘メールを送りました。
    クヌース先生は誤りの指摘におもしろいシステムを採用していて、 世界で最初に誤りを指摘した人に「小切手」を送ってくれるのです (といっても、現在は諸事情によりおもちゃの小切手ですが)。
    そして、まちがいを指摘した人は、 "The Bank of San Serriffe"(サンセリフ銀行) という仮想の銀行にアカウントが作られ、 まちがいの指摘数に応じた残高が記録&公開されているのです。
    クヌース先生は有名な完璧主義者で、まちがいが非常に少ない。 そんな先生の本にまちがいを見つけるというのは自慢できること。 要するにサンセリフ銀行のアカウント残高は、 TAOCPを読む層にとって自慢なのです。
     ◆サンセリフ銀行のアカウント残高一覧  http://www-cs-faculty.stanford.edu/~uno/boss.html
    ちなみに結城はすでにアカウントを持っております(自慢)。
     ◆Knuth先生から小切手をいただきました!(2013年7月26日の日記)  http://bit.ly/1c8VbdE
     ◆結城の残高は 0x$1.00(スクリーンショット)
     ◆和田英一先生の残高は0x$23.00ですね(なお、23は16進数)
    今回の指摘メールでまた残高が増えるといいなあ……
     * * *
    「あたりまえ」と「あらためて」
    文章を書いていて気付いたことがあります。 結城はどうも、
     「あたりまえ」のことを、  「あらためて」考える。
    というのが好きなようです。
    自分が見たもの、聞いたもの、ふと思いついたこと。 それが「あたりまえ」だとしても「あらためて」考える。 どうもそれを楽しく感じるようなのです。
    「あたりまえ」というと、考えるのをそこでやめそうになります。 だって、あたりまえなんですから。考えるまでもないことなんですから。 でもあえてそこで「あらためて」考えてみる。
     ・ほんとうに「あたりまえ」なのかな。  ・自分は「あたりまえ」と感じたけれど、実は違うんじゃないかな。  ・「あたりまえ」と思っていたけど、見逃している要素があるんじゃないかな。
    そんな疑問がふわふわっと心の底から浮かび上がってくるのです。
    そして実際、どんなことでも、いろんな角度から見ることができます。 少し考え直すだけで新しい局面が発見できるものです(ほんとに)。 結城は、そういう発見が大好きです。
    「あたりまえ」のことを「あらためて」考える。 そして何かしらの発見がある。そうすると、 つまらないと感じていた毎日が、 おもしろくないと感じていた生活が、 新しく生き生きと輝き始めるのです。
    なーんだ。 毎日がつまらないのではない。 生活がおもしろくないのでもない。 ただ、自分の目が曇っていただけじゃないか。
     「あたりまえ」のことを、  「あらためて」考える。
    あなたもぜひ、お試しください。
     * * *
    では、今週の結城メルマガを始めましょう。
    どうぞ、ごゆっくりお読みください!
    目次
    はじめに
    再発見の発想法 - デファクトスタンダード
    書籍の「自炊」で思うことあれこれ - 仕事の心がけ
    学びを支える要素 - 教えるときの心がけ
    『数学ガール6』を書きながら - 本を書く心がけ
    おわりに
     
  • Vol.219 結城浩/たったひとりのあなたのために/場所を変えてチャレンジ!/未来を生きる若者へのエール/

    2016-06-07 07:00  
    216pt
    Vol.219 結城浩/たったひとりのあなたのために/場所を変えてチャレンジ!/未来を生きる若者へのエール/結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2016年6月7日 Vol.219
    はじめに
    おはようございます。
    いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
     * * *
    執筆の話。
    現在の結城が執筆している主な本は以下の二冊。 一つは『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』で、 もう一つは『数学ガール6』です。
    『やさしい統計』の方は、 ベースになっているWeb連載の原稿がありますから、 それをもとにして書籍への変換作業を着々と続けています。
    ちなみに、ベースになっているWeb連載の原稿というのは、 連載10回分で、その文字数は13万1831文字。 図版の数は56個になりますね。
    変換作業は、 全体を読み返し「書籍としてふさわしい形」に直していく地味な作業です。 図版を直し、練習問題と解答を新規に作っていきます。 連載時にはひとつの章が2週にまたがっていましたので、 そのつなぎ目部分も整える必要があります。
    そうやって変換作業をしているうちに、 もっと本質的な問題を発見します。 それは、Web連載のときには気にならなかった「全体のバランス」です。 書籍というのはひとつの「まとまり」ですから、 その中でひとつの世界を作らなければなりません。 本を一冊読み終えたときに、
     ああ、わたしはこういう世界を通ってきたんだなあ
    という感慨を持っていただくための工夫が必要になります。
    もちろんWeb連載の時点から、そのようなことは意識しています。 連載10回分で一冊の本になりますが、 その10回には共通のテーマがあり、 そのテーマにそって話を進めてきましたから。 しかしながら、あらためて書籍として見直すと、 どうしても「でこぼこ」が出てしまいますので、 そこをどう直すかが勝負になるのです。
    ちょっと面白い話。
    Web連載としてまとまった文章を書いたわけですから、 その分野のことはある程度わかっていることになります。 しかし、書籍にまとめる作業をしていると、 「ああ、これにはこういう意味があったのか!」 という《発見》が必ずあるのです。
    念のために書いておきますが、ここでいう《発見》というのは、 新しい数学的発見というようなすごいものではありません。 そうではなくて、よく知っていると思っていた概念に、 新しい価値があることに気付くという意味です。
    書籍を作っていく途中では、 そのような《発見》がほぼ確実にあります。 そして、そのような《発見》があると、 作業はがぜん楽しくなりますね。
    結城はよく「本を書くことは楽しい」といいます。 作業として、お仕事としては「楽」ではありませんが、 自分が書いている文章を通して自分が学び、 「なるほどなあ!」という《発見》に出会うとき、 それは「楽しい」としか表現のしようがないものになります。
    どんなにささやかなものでもかまいません。 自分が心の底から「なるほど!」と思える《発見》があり、 そしてその喜びを言葉に表現して読者に何とか伝えようとする。 結城はこのような仕事ができることをうれしく思っています。
    ということで、 『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』と『数学ガール6』、 がんばって仕事を進めましょう!
     * * *
    成果の比較の話。
    「他人の成果」と「自分の成果」を比較して意気消沈するのは、 良い態度ではありません。 コミック『ガラスの仮面』で北島マヤがアルディスを演じ終えたとき、 ライバルである姫川亜弓のオリゲルドに対して拍手した、 そのような態度でいたいものです (コミックを読んでいない人にはわかりにくいたとえ)。
    実のところ、 「他人の成果」と「自分の成果」を比較して《意気消沈する》のだけではなく、 「自分の方がいい」と《手放しで喜ぶ》のも良い態度ではないと思っています。 その理由は「誰かとの比較」という狭い視野だけで、 仕事の成果を評価することになりがちだからです。
    誰かとの比較(だけ)で仕事を評価するのではなく、 自分が設定した基準によって評価したいですね。
     * * *
    ゲームの話。
    結城はパズルゲームが大好きです。 最近はiPhoneで Mekorama (メコラマ)というゲームにはまっています。
     ◆Mekorama by Martin Magni  http://www.mekorama.com
     ◆Mekorama(スクリーンショット)
    以前Odd Bot Outというゲームを結城メルマガで紹介しましたが、 Mekoramaの作者はあのゲームと同じMartin Magniです。
     ◆Odd Bot Out by Martin Magni  http://www.oddbotout.com
    Mekoramaはマインクラフト風の世界で、 よたよた歩く一つ目のロボットを出口まで導くというパズルゲームです。 その様子は、こちらの動画で見ることができます。
     ◆Mekorama紹介動画  https://youtu.be/vaSJyEDmgWA
    結城はアクションゲームやスピードを競うゲームが苦手で、 複雑に組み合わされた謎を解くようなゲームが好みです。 このMekoramaは、タイミングをはかる要素が少ないので、 たいへん楽しめました。
    さらにMekoramaは、 自分で新たなゲーム画面を作ることもできます。 そしてそれをTwitterなどでシェアし、 他の人に解いてもらうこともできます。 画像ファイルをシェアするだけで、 実際に機能するゲーム画面をシェアできるのはいい仕組みですね (QRコードを利用)。 結城はこれまでに、20個以上のゲームを作りました。 作ったゲームは、以下のリンクからたどれます。
     http://twilog.org/hyuki/search?word=mekorama
    Mekoramaはゲームなのですが、 簡単な物理シミュレーションのように使うこともできます。 たとえば、以下のゲーム(?)は、 素数を見つけるエラトステネスの篩を模して作ったものです。
     ◆Mekoramaで作ったエラトステネスの篩
    動画で見たらこんな感じです(一瞬で終わりますが)。
     ◆Mekoramaで作ったエラトステネスの篩(動画)  https://youtu.be/NyuLofbBk1c
    Mekorama楽しいですよ。
     * * *
    何を見ているかという話。
    先日、こんなWeb記事を読みました。
     ◆空間知覚をハックして、狭い室内を無限にまっすぐ歩き続ける「無限回廊」VR  http://wired.jp/2016/05/20/unilimited-corridor/
    いわゆるVRを利用して「自分はまっすぐ歩いている」と知覚させるが、 実際には同じ所をぐるぐると回っているだけという仕組みの話です。 上記記事には動画もあります。
    「自分はまっすぐに歩き続けていると思っているのに、 現実には同じ所をぐるぐる回っている」 というこの話は、比喩的な意味でこわいものがあります。
    自分はプロジェクトをまっすぐに進めていると思っていたのに、 実は堂々巡りをしていたという話に聞こえてしまうからです。 「進捗はどうですか」「ぐるっとひと回り」なんて、 悲しい話です。
    自分がどんなふうに歩いているかという「目」が正しく機能しているか。 そもそもそのような「目」を持っているかどうか。 あたりまえの話ですけれど、それはとても大事なことなのだと思います。
     * * *
    二つ名の話。
    ふと、「カタカナルビ付きの《二つ名》」がほしいと思いました。 よくライトノベルなどで登場人物にかっこいい(?)別名が付くことがあります。 そのキャラクタの特徴をあらわした、 ちょっと難しい言葉を使った「あだな」のようなものですね。
    たとえば「数学ガール」のミルカさんには《饒舌才媛》、 テトラちゃんには《元気少女》という二つ名があります。
    それで「結城自身にもそんな二つ名がほしいな」というツイートをしたら、 親切なみなさんがいろいろ考えてくださいました。 以下、いくつか紹介いたします。
    みなさんが考えてくださった「結城浩の二つ名」です。
     @zrzk_yakamasiki さん  愛徒結城(アンパンマンフレンズ)
     @hisano_yuki さん  (数学者の)卵を温める者
     @nolimbre さん  数学軟化剤《ミーティギトール・マテマティカエ》
     @hakusaii さん  インキュベーター(きゅうべえ)
     @mishuk0517 さん  数と少女を紡ぐ者(マス×ガール)
     @kagakuma さん  虚実境界線(シュヴァルツシルト)
     @world_fantasia さん  万能機械<パーフェクトシミュレーター>
     匿名希望さん  《愛妻家》(ワイフラバー)
     @2sin30cos30 さん  《幻影の数学伝道師》 Phantasmal Mathematica Evangelista
     @roidy_tm さん  閃光頭脳(スパークリングブレイン)
     @john_smith_XG さん  ラブワイフ!
     匿名希望さん  愛妻電脳執筆家《ラブワイフ!》
     @kumonogu さん  相数相愛(アイビーコン)
     @kusoposi さん  虚空から言葉を紡ぎ出す者《ゴーストプログラマー》
     @takako_ja さん  神と共に在る数学師(マス×プレイヤー)
    結城の他愛もない願いに反応してくださったみなさんに感謝です……。
    あなたなら、自分にどんな《二つ名》を付けますか?
     * * *
    振り子の等時性の話。
    「振り子の等時性」というのは、糸で吊った重りを振り子としたときに、 糸の長さが一定ならば、 一往復する時間は一定であるという物理学の法則のことです。
    これは小学校の理科でも学ぶこと。でも、 この法則が成り立つのは《振れ幅が十分に小さいとき》という条件が付きます。 振れ幅が大きくなると、sinθがθで近似できなくなるからです。 振れ幅が大きくなると、振れ幅が小さいときに比べて一往復する時間は長くなります。
    奥村先生の以下のページでは、 振れ幅が大きいときにはどうなるかという考察をしています。
     ◆振り子の等時性?  http://oku.edu.mie-u.ac.jp/~okumura/stat/pendulum.html
    振れ幅が大きいときに振り子の等時性が崩れることは、 小学生の実験でも検出することがありえます。 でも、文科省の実験の手引きには、等時性に反するような実験結果を得たら、 それは児童が「自分の予想や仮説に合うようにデータを処理しているから」 という決めつけが掲載されているとのこと。
    科学的主張のもとになっている付帯条件は、 つい見逃してしまいますが、 思わぬところでひっかかってしまうものですね。
     * * *
    数学ボーイの話。
    先日、数学検定一級に13歳の少年(菅原響生さん) が合格したというニュースが流れていました。
     ◆数学検定最難関1級、史上最年少13歳合格  http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye2788016.html
    彼は、以前から結城の『数学ガール』を愛読しており、 結城がときおりTwitterで出す数学クイズにも、 よく解答してくれています。
    今年(2016年)の元旦に積分の問題を出題したときも、 すばらしい解答を出していました。この積分の問題は、 結城が高村教授(はこだて未来大)からお聞きしたものですが、 高村先生も彼の解答を秀逸とほめておられました。
     ◆上記の話題の関連ツイート  https://twitter.com/hyuki/status/683090417961713665
    これからも、 彼がその能力をしっかり伸ばしてくれるといいですね。
     * * *
    では、今週の結城メルマガを始めましょう。
    どうぞ、ごゆっくりお読みください!
    目次
    はじめに
    たったひとりのあなたのために - 文章を書く心がけ
    場所を変えてチャレンジ! - 仕事の心がけ
    未来を生きる若者へのエール
    おわりに