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Vol.239 結城浩/本との出会いと楽しみの演出/《私のために書かれたものだ》と感じてもらうには/
2016-10-25 07:00220ptVol.239 結城浩/本との出会いと楽しみの演出/《私のために書かれたものだ》と感じてもらうには/結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2016年10月25日 Vol.239
はじめに
おはようございます。
いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
一点おわびがあります。
前回の結城メルマガVol.238で、 同じ内容を一通の中に二回繰り返して配信してしまいました。 つまり一通のメールが二倍の長さになったのです。 これは結城が配信予約時にメルマガ内容を二回ペーストしてしまったためです。 混乱させてしまい、申し訳ありませんでした。
Vol.238の結城メルマガで「再読」が一つのテーマだったので、 「もしかして、メルマガが再読に耐えるかのテストですか?(笑)」 というご感想もいただきましたが、純粋に結城のミスです。 お恥ずかしい。おわびいたします。
なお、この件は、まぐまぐ!で配信したメールについてのみです。 ブロマガでは問題ありません。 また、まぐまぐ!のバックナンバーでも現在は修正してあります。
* * *
新刊の話。
いよいよ今週末ごろから、 『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』が書店にならびます! たいへん長い時間が掛かりましたが、 これでようやく読者さんの手にお届けできますね。
◆『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』 http://note8.hyuki.net/
これが結城の46冊目の本。 とっても、うれしいです!
今週水曜日にサイン本を作る予定になっています。 サイン本の取り扱い店舗や、 メッセージカード同梱書籍を販売するチェーン書店さんなど、 詳しい情報は随時Twitterなどでアナウンスする予定です。
◆結城浩のTwitter https://twitter.com/hyuki
応援よろしくお願いしますね。
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映画の話。
数学者ラマヌジャンの映画が封切りになりました。 ラマヌジャンとハーディの研究と友情を描いた映画、 「奇蹟がくれた数式」です。
◆映画「奇蹟がくれた数式」 http://kiseki-sushiki.jp/
関係者から、試写会のご招待をいただいていましたが、 たいへん残念なことに自著の校正とバッティングした関係で、 結局試写会には行けませんでした。ほんとに残念。
字幕などにもきちんと数学的な監修が入ってると聞きました。 ぜひ、観に行きたいです。
◆映画「奇蹟がくれた数式」(予告編) https://youtu.be/e4UQrjlS6w8
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「舟を編む」の話。
TVアニメ「舟を編む」が始まりました。 結城はアマゾンプライムビデオで観ています。
『大渡海』という辞書を編纂する人たちの物語ですね。 すでに映画を観ているので、話の概略は知っているのですが、 もちろんそんなことは気になりません。 先日、第二回までを観ました。これからも楽しみです。
◆TVアニメ「舟を編む」 http://www.funewoamu.com
◆「舟を編む」 第3弾PV https://youtu.be/XOiIHHxMqE4
「言葉を扱う仕事」という点に興味をそそられるのはもちろんそうです。 でも、もう少し一般化することもできます。 「長い間、こつこつと一つのことに取り組む仕事」に惹かれるのです。
人は、長い間一つのことに取り組むとき、 ずっと《それ》についてどこかで考えています。 《それ》が心から離れず、頭から離れず。 気がつくとまた《それ》のことを思っている。
まるで、恋みたいですね。
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パリの話。
一昨年、初めてパリに行きました。
数日パリに滞在して、 シャンゼリゼ通りや、ヴェルサイユ宮殿や、 ルーブル美術館などの観光地をゆっくり巡る旅程です。
パリの町は道幅が広く、 町並みも東京に比べたら田舎くさい感じがします。 それでも、それだからこそ確かに歴史は感じられます。 ある日、道を歩いていてふと、 「このあたりの道はガロアも通ったのではないか」 と思いました。
ガロアが歩いたであろう道を通り、 ガロアが渡ったであろう橋を渡る。 確か、この橋でガロアは逮捕されたのではなかったか。
記念にあなたの写真を撮りましょう、 と妻が言ってくれたけれど、私は撮らなくてもいいかな、 と思いました。何となく、そぐわない気がしたからです。
* * *
写真と文章の話。
スマートフォンのおかげで、 写真やビデオを撮るのはとても簡単になりました。 昔とは比べものにならないくらい、 たくさんの写真が手元にあります。
ところで、写真だけでは残しにくいものがあります。 それはそのときに感じた「気持ち」です。 もちろん、あとから写真を見返して「こうだったな」 と思うことはあります。でも、思い出すのは現在の自分。
先日、自分が子育てをしていたころの日記が出てきました。 そこには、子供が大きくなっていくようすを見ている 「自分の気持ち」が書かれていました。
不安な気持ちや嬉しい気持ち。それらは、 現在の自分からしてみれば、 ほんとうにささやかな気持ちです。 「そんな問題はすぐ解決するから心配しなくていいよ」 と過去の自分に言いたくなるようなことまで書いてあります。 このような記録は、写真では残しにくいなと思いました。
一枚の写真や、あるいはビデオは、 確かにその時点での映像を記録するでしょう。 空気感のようなものもとらえるでしょう。 でも、心の中までは写せないし、残せない。
文章で自分の気持ちを残すことは、自分にしかできません。 他人の心の中はのぞけないからです。
写真と文章でどちらが強いという話ではありません。 相補的に働いて、過去の自分を見せてくれるはずです。
家族のちょっとした様子を記録するときに、 自分の感じたことや心の中も文章として書いておくのは、 とてもいいものですよ。
* * *
まちがいの話。
何事につけ、まちがいを起こさないことは大切です。 しかし、まちがいを起こした後にきちんと対処できることの方が大切かも。 きちんとした対処をすることは難しいのですけれど。
もしも、自分は絶対にまちがいを起こさないという人がいたら、 その人はプログラマには向かないし、科学者にも向かないでしょう。
自分がまちがいを起こしたときに、それを決して認めなかったり、 人のせいにばかりする人がいたら、 その人はきっと成長できないでしょう。
人間がまちがいを起こさないことを前提としたシステムは、 脆弱なものです。
さまざまなニュースを眺めながら、 ふと、そんなことを思いました。
* * *
物語構造の話。
Twitterで @non_archimedean さんがこんなツイートをしていました。
-------- ゲームやアニメ等の映像作品でしばしば序盤の曲のアレンジ曲が 終盤に来ますが、そういうのって伏線以上に衝撃を覚えます。 視覚情報ではそれほど衝撃を覚えないのですが、 何で曲をアレンジしただけであれ程感慨深くなるんでしょうね。 長い物語が曲で紡がれた感じがして。 https://twitter.com/non_archimedean/status/787799830848425985 --------
なるほど。確かにそういう現象はありますね。
「序盤に曲が流れる」→「終盤にそのアレンジ曲が流れる」
このコンボで謎の衝撃と感動があるという現象ですね。 @non_archimedean さんも「長い物語が曲で紡がれた感じ」 と表現していらっしゃいますが、結城も理由を考えてみました。
衝撃と感動が生まれるのは、もともと物語が、 「物語の前後での登場人物の成長や変化」 を描いているからではないでしょうか。
一人の人がいる。苦難や努力や試練などの「物語」を通り抜けていく。 物語を通り抜ける前と後では、同じ人なのに少し《成長》や《変化》がある。 アレンジ曲はそのことを言葉や映像ではなく音楽で描いている。 アレンジ曲を耳にした視聴者は、登場人物の成長や変化を直接感じ取る。 だからこそ、衝撃や感動を受け取るのではないか。
そんなふうに考えました。
少し話は変わりますが、 『荒木飛呂彦の漫画術』という新書で、 物語で登場人物をどう変化させるかについて、 荒木先生がこんなふうに書いています。
-------- 理想的なパターンは、ページをめくる度、 主人公は次々にパワーアップした困難に見舞われるけれども、 その都度勝っていき、 「次は負けるのかな」 と読者に思わせるほどの状況に陥っても、 最後は必ず勝つというものでしょう。 そのプラスを積み重ねていく部分のアイディアをどうするか、 これがストーリー作りの要です。 『荒木飛呂彦の漫画術』(p.112) --------
ここに書かれているのは、主人公がどんどん勝っていくというパターン。 そしてそれを物語作者が実現するためには、 登場人物がどう変化しているか、変化していくか、 変化したかを注意深く意識する必要があるでしょうね。
ちなみに、主人公がどんどん勝っていったら「インフレ」 が起きてしまうわけですが、物語作者はそれをどう制御するのでしょう。 それについては荒木先生が新書の中で詳しく語っています。 荒木先生の名作『ジョジョの奇妙な冒険』で取られているシステムですね。
◆『荒木飛呂彦の漫画術』【帯カラーイラスト付】(集英社新書) http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B012MLQ9SG/hyam-22/
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物語構造の話をもう一つ。
たのしい企画記事が多いARuFaさんが、 またまたおもしろい記事を公開していました。
◆【検証】老若男女が並べば『能力者』っぽい写真が撮れるんじゃない? | オモコロ http://omocoro.jp/kiji/93013/
内容は、タイトルに書かれている通りです。 特殊な能力を持つキャラクターが登場してバトルを繰り広げる『能力者』 を写真だけで作ろうという企画ですね。
タイトルを見ただけで「ああ、確かに。それは撮れそうだな!」 と思って読み進めたのですが、途中で笑い出すほどおもしろかったです。 あなたが未読なら、ぜひ見てください。
ひとしきり笑ってから結城は「このおもしろさはどこから来るんだろう」 と思いました。言うまでもなく、 この企画のアイディアから大変おもしろいのですが、 記事の構成もおもしろさにかなり貢献していると感じます。
・これから示す記事のコンセプトをわかりやすく提示する。 ・最終的な形態を作るまでのプロセスを少しずつ提示する。 ・飽きないようにときどき細かい笑いを入れる。 ・個々の構成物に一つ一つフォーカスを当てる。 ・最後に全体像をドーン!と見せる。 ・その後はテンポよくバリエーションを見せる。
そのような作りになっていることがわかります。
「これから何をやるのか」 を読者が理解しないうちに先に進んでもしょうがないので、 図を交えてわかりやすく説明しています。
また、いきなり最終的な完成物を見せても盛り上がらないので、 制作プロセスを少しずつ見せていくのも効果的ですね。 少しずつ見せると長くなり、飽きてしまうかもしれないので、 途中に細かい笑いを入れて飽きないようにしています。 そのようにして、一つ一つの構成物(ここでは「能力者」) にフォーカスを当てていくと、 最終的に全体像を見せたときの印象も強いですね。
全体像を見せたあとのバリエーションを見せるところでは、 あまり細かい制作プロセスは見せず、スピーディに進む。
これもまた物語をどう示すかに繋がる話ですね。
一本の記事からも、学ぶことは多いと感じた次第です。
* * *
継続の話。
父はよく「継続は力なり」と私に話してくれたものでした。
現在思うこと。確かに「継続」は力となってくれるものですけれど、 そもそも「継続する」ということ自体にも力は必要です。 それも、かなりの力が必要です。
流行の言葉でいえばサスティナビリティが高いとでもいうのでしょうか。 そのような状態を保つことには力が必要です。 自分の仕事や業務や生活そのものに力は必要だけれど、 継続させるための仕組みを作ることにも力が要るということです。
よくいうことですが、 病気を治すためにはよい薬があるだけではだめで、 その薬を忘れずに飲み続ける仕組みが必要です。 継続に力が要るとはそういう意味。
「継続するための仕組みを考える」というのは、 突き詰めていえば「自分を不必要にする方法を考える」のに似ています。 自分が病気になって休んだら立ちゆかない組織というのは、 サスティナブルではありませんよね。 だから、たとえ自分がいなくなっても組織が回るような仕組みを考える。 それは、一時的に自分がいなくても大丈夫な仕組みを考えているわけです。
継続する仕組みを極端に考えるなら、 自分がぜんぜんいなくても回る仕組みになりますね。
でも、ちょっと待った。ということは、 単に継続性だけを考えるだけではまずいということになります。 だって、自分が手を動かして実施したいと望む仕事からさえも、 自分を除いてしまうことになりかねませんから。
つまり、継続性を考える上では「何を継続させたいのか」や、 「何のために継続させたいのか」も明確に考えることが必要でしょうね。
自分が現場で作業することを継続したいのか、 自分が将来ここからいなくなっても現場が回ることを継続したいのか。
あたりまえのことを考えているのかもしれませんけれど。
* * *
名前と信頼の話。
将棋のタイトル戦である「竜王戦」が気になっています。 結城は将棋はさっぱりできず(駒の動かし方もうろ覚え)、 普段から特に対局を見ているわけではありません。 なのに「竜王戦」が気になっているのは、 「ソフト指し」をした疑惑で挑戦権を奪われたニュースが流れたからです。
結城がこの話題を気に掛けているのは、 「信頼」に関わる話題だからかもしれません。 棋士は不正をしないという信頼。 盤面の勝負で決着を付けるという実力勝負の信頼。 団体は将棋とメンバーを守るという信頼。 そのようなたくさんの信頼を一気に失いかねない事態が起きているからです。
竜王戦での勝者は「竜王」というタイトルを名乗ることができます。 たった二文字をみんなで守っているともいえます。 どれほど厳しい勝負を経てそのタイトルを得たか、 それをみんなが知っており、信頼しているからこそ、 たった二文字に大きな意味があるのです。
信頼の象徴としての名前、です。 名前をどうやって守るか。 「○○さんは竜王です」という言葉の含意のために、 関係者が力を尽くしています。 その対応が話題に上っているから気になるのでしょう。
ブランディングマネジメントですね。
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感想文の話。
今年の夏に結城は福岡の筑紫女学園で特別授業(講演)をしました。 その様子はこの結城メルマガでも「数学ガールの特別授業(筑紫女学園編)」 としてPDF配信してきましたね。
◆数学ガールの特別授業 http://www.hyuki.com/girl/lesson.html
先日、お世話してくださった増田先生がPDFをまとめて生徒さんに見せ、 生徒さんの感想文を結城に送ってくれました。
生徒さんの一つ一つの感想を読みながら、 結城はうれしい気持ちでいっぱいになりました。 全般的な「お話をありがとうございました」という感想だけではなく、
・数学を知れば知るほど世界が広がっていく! ・言葉って本当に不思議で興味深い。 ・数学は確かに言葉ですね! ・教科を別々に考えていたけれど、実はつながっている。
のように、一段深く踏み込んだ感想も見られました。 生徒さんのこれらの感想は、私にとって「宝物」です。 何しろリアルな読者さんの声が詰まっているのですから。
一つの活動を終えたあとにフィードバックをもらうのは、 ほんとうに大切なことだと思いました。
* * *
では、今週の結城メルマガを始めましょう。
どうぞ、ごゆっくりお読みください!
目次
はじめに
本との出会いと楽しみの演出について - 本を書く心がけ
いろいろ、つらいとき
《私のために書かれたものだ》と感じてもらうには - 文章を書く心がけ
あなたとわたし
おわりに
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Vol.238 結城浩/再読に耐える本/セカイ系/プレゼントの意味/
2016-10-18 07:00220ptVol.238 結城浩/再読に耐える本/セカイ系/プレゼントの意味/結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2016年10月18日 Vol.238
はじめに
おはようございます。
いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
* * *
新刊の話。
編集部から、 『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』の責了の連絡がありました。 これで編集部の手からも本書は離れ、あとは印刷所のお仕事になります。 結城のところでテキストファイルだったものが、 編集部のところで版面となり、 印刷所のところで物理的な本になるわけですね。
ということで予定通り、
・サイン本は最速で27日(木)に、 ・サイン本&通常本は28日(金)以降に、
書店の店頭にならぶことになります。
流通のタイムラグや書店さんの方針がありますので、 そこから先は私にもよくわかりませんが、 ともかくぎりぎり10月中には発売となりますね。 応援に感謝です!
サイン本が並ぶ書店さんや、 メッセージカードが同梱されるチェーン店さんの情報も、 発売日が近くなりましたらアナウンスしたいと思います!
◆『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』 http://note8.hyuki.net/
* * *
結びの話。
「ロマンティック数学ナイト」という数学イベントがあります。 先日(2016年10月17日)、 朝日新聞の天声人語がこの数学イベントを取り上げていました。 こういう数学イベントが詳しく取り上げられるというのは、 とてもよいことだと思いますね。
一点だけ残念なことがあって、それは天声人語子の結びの言葉。 「ただわが身をふりかえると、 空間図形や微分積分にはひどく泣かされてきた。 素数や数式の魅力を一晩全身に浴びても、 どこかロマンに浸り切れないのが恨めしかった。」
これは天声人語子の正直な感想なのでしょうし、また 「自分も泣かされたなあ」と読者の共感を得るのには役立つのでしょう。 でも、数学読み物を書いている身としては、この結びは残念ですね。 もっと若い世代、次の世代へのメッセージとなるような、 そのような結びであったならよかったのに、と思ってしまいました。
文章の最初と最後はとても大切です。 文章の最初では、読者をしっかりとつかまなければいけません。 そして文章の最後では、読者に適切な読後感を送らなければ。 途中の議論や話の展開の詳細は忘れてしまっても、 文章の最後、すなわち「結び」が残す印象は大切なのです。
文章の「結び」は人との別れの挨拶に似ています。 にこにこ握手して、手をふって別れるのか。 さびしい顔をして、涙で別れるのか。 何が正解というわけではありませんが、 記憶に残る一シーンを作り出すのが「結び」なのです。
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顔文字の話。
Twitterなどで「顔文字」がよく使われます。顔文字は、 自分の気持ちを表現したり無味乾燥になりがちな文章に潤いを与えたりする、 とても大事な要素です。特に最近は、 ASCII以外の文字を使ったかわいい顔文字もたくさん生まれています。
あるとき「目と口」の文字だけ指定すれば、 いろんな表情の組み合わせはプログラムで書けるな、 とふと思いつきました。
それでさっそく、こんなプログラムを書いてみました。
◆顔文字生成するRubyスクリプト
◆実行結果
こんなちょっとしたプログラムでも動かすと楽しいものですね。 ソースは以下にあります。
◆顔文字生成するRubyスクリプト(face.rb) https://gist.github.com/hyuki0000/6c4e1e4ca09a23d65196446d23751671
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差別と謝罪の話。
先日、こんなWeb記事を読みました。
◆「それ差別ですよ」といわれたときに謝る方法 - feminism matters http://yk264.hatenablog.com/entry/2016/10/11/103619
ここの意見のすべてに賛成するわけではありませんが、 私自身の考えを改めされた部分が大きいのでご紹介。
ここには「それ差別ですよ」と言われたときに、 どんな謝罪が無意味であるか、 どんな謝罪であるべきかについて書かれています。
理解する。行動する。感謝する。 条件をつけない。「そんな意図ではなかった」は無意味。 などが書かれています。
私が個人的になるほどと思ったのは、 「相手を不快にさせたことが問題なのではない」というポイントです。
「あなたのその発言は差別ですよ」と言われたときに、 「あなたを不快にさせてしまってごめんなさい」というのは、 差別発言に対する謝罪としては無意味という話。 差別を指摘した人の個人的な感情が問題なのではない、 その反応では、何を指摘されているのかを理解していない、と。
結城が差別を指摘されたら、 「そういう意図ではありませんでした。 あなたが不快に思ったらごめんなさい」 という謝罪、いかにもやってしまいそうです。
ところで、元記事からは離れるのですが、 「それは差別だ」と言って少数者を守ろうとする発言と、 「それは差別だ」と言って相手の口を封じようとする発言との間に、 明確な境界線は存在するのだろうかという疑問が浮かびました。
すると、Kawaiさん(@anohana)から、 こんなツイートをもらいました。
-------- Kilo Kawai @anohana<br /> @hyuki その場の目的に関係のない、 身に備わった属性で判断され社会的に不利益を被ること、 またそれを助長すること、が差別なので、線引きが難しい場合は、 問題となった属性を持つ集団が社会的継続的に不利益を受けているか、 その発言は不利益を固定化するか、等個別具体的に考えると良いです。 --------
なるほど! たいへんわかりやすい。
Kawaiさんのこのツイート、たった1ツイートなのに情報量は多く、 しかもわかりやすい。一度読むだけですっと理解できました。 (実際に自分が当事者になったときに、うまく謝罪できるといいのだけれど)
* * *
過労死の話。
仕事しすぎで過労死寸前の人は、 本人の判断力がまったく当てにならない可能性があります。 徹夜や休みなしが続いている人の判断力は信用できません。 周りの人が動くしかないと断言してもいいです。 配偶者、家族、親しい友人がその力を発揮するときかもしれません。
特に危険なのが、責任感の強い真面目な人。 普段から真面目で、働き者で、人の信頼に応えようとする人は特に危険です。 周りの人は、その本人に恨まれる覚悟で対処すべきときもあります。
疲れていて、身体も心もボロボロになっていても、 責任感によってにっちもさっちもいかない人は多いです。 そんな人に、ふと、魔が差したなら、とてもこわい事態になるでしょう。 仕事に忙殺されている人の配偶者・ご家族・親しい友人は早め早めの対処を…
結城自身にもそういう時期がありました。 わたしは、妻に、助けられました。
周りの人の個人的な力に頼らなければならない状況はまちがっています。 社会的な問題として扱うことも大切です。 でも、とりあえず、自分の身近な人、 大切な人の様子には注意を向けているべきだと思います。 (たとえ本人が大丈夫大丈夫と言ってても) 関心を向けていたほうがいいです。
死は、不可逆であり、 決して取り返しがつかないのですから。
* * *
牛丼クーポンの話。
先日からSoftbankが金曜日に使える「クーポン」 を配布するというニュースが話題になっています。 第一弾が吉野家の牛丼が無料になるというもの。 蓋を開けてみると金曜日の吉野家には行列ができたようです。
「牛丼一杯無料になってうれしいの?」とか、 「二時間並んで牛丼を無料にしたいのだろうか、時給いくら?」 という声を聞きましたし、結城自身も同じことを考えました。
でも、ふと、思い返しました。それだけ行列が出来たということは、 キャンペーンに対して応じた人が多かったということですよね。 実際の営業・宣伝効果まではわかりませんが、 少なくとも誰も喜ばないキャンペーンではなかったことがわかります。
言い換えるなら「そんな企画、うれしいの?」という考えた人には、 このクーポン配布という企画は通せなかったことになります (私もそうですね。企画会議に出席していたら「そんな企画、うれしいの?」 としたり顔で言いそうです)。
そのように考えると、キャンペーンを仕掛けた人は、 「そんなの、うれしいの?」という人とは「違う世界」 が見えていたことになります。
しばらく後でこのキャンペーンのCMを見ました。 すると、その宣伝の中で白戸家の面々は、 「牛丼、欲しい?」「ぜんぜん」と言い合っています (結局金曜日になると牛丼に行くというオチがつく)。
◆ソフトバンク CM 白戸家「信じるな」篇(30秒) https://youtu.be/y3bmjXCTpDU
つまり、ちゃんと宣伝側では「そんな企画、うれしいの?」 という声まで考えていたことになりますね。
結城自身は牛丼無料だからといって行くことは(たぶん) ないと思いますが、自分の見えていない世界がたくさんあるということは、 いつも考えていたいと思っています。さもないと、 「私がこう考えるから世界はこうなのだ」 というわなに陥ってしまうからです。
しかし、牛丼無料か……
(結城はソフトバンクユーザなので、クーポン来てました)
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執筆の話。
『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』が一段落しているあいだに、 今年の重要な仕事の一つである『数学ガール6』執筆を進めます。
現在は途中の章を飛ばして第10章(最終章)をあれこれひねっているところです。 どういう状況になっているかというと、 すでに分量としては一章分の長さをはるかに超えてはいます。 しかし、章としての体裁はなしていない。
素材はたっぷり用意されていて調理を待っているのだけれど、 まだ本質的な要素が何か欠けているために、調理を開始できない感じ。 せいぜい素材を洗ったり、下ゆでをするくらい。
章というのは複雑な構築物なので、 全体像がわからないとなかなか組み上げることはできません。 資材が集まっても建物にはならない。
そんな状態で何をしているかというと、 「自分の理解を深める」という作業をしています。 そこに並んでいる素材や資材をひとつひとつ眺めながら、 これはどんなものなのだろう。全体の中でどう位置づけるものだろう。 と考えている状態ですね。
順番もわからないし、要不要もよくわからない。 とりあえず、ひとつひとつをチェックしている状態になります。 ミルカさんに解説をお願いして、それを結城が書き留めています。 その解説の大半は後日ぜんぶ削除することになるのですけれど。 工事現場の足場のようなものですから。
そうやって歩き回っているうちに、 何かひらめかないかなあ…と思っているのです。
* * *
文章変換の話。
こんなツイートを見かけました(@vib_0117さん)。
-------- 中学の夏休み、ノルウェイの森の比喩表現全部取っ払ったら、 だいたい3分の1の分量になってとても読みやすいです、 という自由研究をやって国語の先生に提出したら 無茶苦茶怒られた (後でわかったことだけどそいつハルキストだった) ちなみに実際は1/3どころか1/7くらいになった記憶ある。 https://twitter.com/vib_0117/status/786639617101475844 --------
この方は国語の先生に怒られたようですけれど、 誰かが書いた文章を何らかの指針を持って書き直すというのは、 文章の練習にとてもよいと思います。 この方の場合には「比喩表現を取っ払う」という指針だったわけですが、 それに限らず「自分だったらこういう書き方をする」というのもいいですよ。
結城は以前、村上春樹の『レキシントンの幽霊』を全文タイプして、 自分の文章に置き換えてみたことがあります。 もちろん著作権上の問題があるので公開はしていません。
そもそもタイプする時点ですでに勉強になりますね。 勉強になるといっても、 村上春樹のような書き方をするための勉強ではありません。 ふだん自分がもっともじっくり文章に接するのは、 自分の文章を書くときです。でも人の文章をタイプすると、 他の人の文章の書き方をじっくり味わうことになります。 それが勉強になるのです。
結城個人の考えですが、その「勉強」というのは、 自分の文章の書き方を改めて意識する点にあると思います。 句読点の打ち方、語彙、論理の運び方、接続詞の使い方、 どこまでを明示的に書き、どこからは読者にゆだねるかという間合い…… そのような細かいものをタイピングするだけでかなり意識できるのです。
同じような作業は村上春樹の『辺境・近境』や、 筒井康隆の『旅のラゴス』でもやりました。 どの場合も、私なりの発見がありました。 タイプしたり、書き直したりしたからといって、 文章がすぐにうまくなるわけではありません。 しかし、新たな刺激を受けることにはまちがいありません。
* * *
対話の話。
先日「うだま夫婦のLINE」というブログを見ました。
◆うだま夫婦のLINE http://line.udama.jp
このブログの特徴は、夫婦の話がLINE風に対話形式になっているところです。 画像も何もなく、ただ二人の対話が続いていきます。
それだけなのに、けっこうおもしろいのはなぜだろう、 と思いました。夫婦の会話の息吹みたいなものまで伝わってくるみたい。 掛け合い漫才と似ているけれど、それとも少し違う。
おもしろい理由の一つは、 夫婦間のハイコンテキスト度合いにあるのかも、 とも思いました。 結城は自分の家内とメッセージのやりとりをするとき、 あいさつも何もなく用件をさくさくと進めます。 その距離感とスピード感を心地よく感じるのかもしれません。
たとえば、夫婦のLINEに状況説明の絵を付けたらもっとおもしろくなるか、 といったら、そうでもないと思います。 状況説明はわかりやすくなるけれど、 ぽんぽんと進むスピード感は失われそうです。
必要最小限の情報交換で、 それでも意味のあるやりとりが展開される。 そのあたりにおもしろさがあるのかな…と思っています。
いや、結城は自分の書き物において対話が重要な要素だと思っているので、 いろいろと研究したいのですよね。
* * *
著書一覧の話。
結城は自分の「著書一覧」というPDFを管理しています。 その名の通り、結城が書いた本の一覧ですね。
今月末に『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』が出るので、 結城浩の著書一覧を更新しました。この新刊が「46冊目」となります。 読者さんの応援には心から感謝です。
いま「46冊目」と書きましたが、実は本のカウントはいささか難しいです。 同じタイトルでも「改訂版」や「新版」や「増補改訂版」 などの別があるからです。翻訳はどうするのとか、電子書籍版は?とか、 本のカウントには条件設定が必要になります。
先ほどの「46冊目」というのは紙の本で、日本語版だけのカウントです。 ただし「改訂版」や「新版」や「増補改訂版」のように、 ISBNが別に付けられた本については別の本としてカウントしています。 通常の増刷ではISBNは変わりませんので同じ本としてカウント。
言い換えると、 日本語の紙の本で「結城浩の本」といえるものはISBNで46個分ある、 といえます。 そう言い換えたから何かおもしろいことが起きるわけではないですが。
もう少しまとめて、 結城浩は何種類くらいの本を書いてきたかをカウントしてみます(いえ、 暇なわけじゃなくて、23年間の仕事の規模感をつかもうとしてるだけです)。
本の種類でいうと、C言語エッセンス、C言語レッスン2冊、CGI本2冊、 Java言語レッスン2冊、Perl言語レッスン、デザパタ本2冊、Perlクイズ、 暗号技術入門、Wiki、プログラマの数学、Javaリファクタリング、 数学ガール5冊、秘密ノート8冊、数学文章作法2冊。 ということで、約14種類になります (数学ガールと秘密ノートはごっそりまとめました)。
処女作は1993年の『C言語プログラミングのエッセンス』。 今年で23年目(素数)。いろんな本を書かせていただきました。 読者さんのおかげで、とっても楽しくて幸せな23年でした! これからもいろんな本を書いていきたいと思っていますので、 応援よろしくです!
◆結城浩の著書一覧(PDF) http://www.hyuki.com/pub/pubs.pdf
* * *
では、今週の結城メルマガを始めましょう。
どうぞ、ごゆっくりお読みください!
目次
はじめに
「君の名は。」でふと思ったこと(少しネタバレあり)
サイン本無料プレゼント企画 - 本を書く心がけ
再読に耐える本 - 本を書く心がけ
おわりに
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Vol.237 結城浩/新サービスmine(マイン)で考えたこと/再発見の発想法/書籍のタイトル/
2016-10-11 07:00220ptVol.237 結城浩/新サービスmine(マイン)で考えたこと/再発見の発想法/書籍のタイトル/結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2016年10月11日 Vol.237
はじめに
おはようございます。
いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
ここ数日で急激に寒くなりましたね。 このあいだまで暑くて汗が出るほどだったのに、 最近は「寒い!」と言うほどになりました。
* * *
新刊の話。
『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』の再校読み合わせが終わりました! 先週の水曜日に無事再校読み合わせが終わり、 これで結城が今回のテキストに関してできることはほぼ終了しました。 あとは本ができあがるのを待つばかりです。
現在の予定では今月の26日(水)にサイン本を作ることになっているので、 物理的な本はその時点ではできあがっているはずです (そうでないと、サインできませんから)。
ということはサイン本が店頭に並ぶ可能性があるのは最速で27日(木) になりますね。実際には流通のタイムラグや書店さんの方針がありますので、 その週末から週明けに販売される可能性もあります。
いずれにしましても、今月末あたりで刊行ということになります。
ここまで、ようやくこぎ着けることができました。 応援ありがとうございます!
この本では、誤解しやすいグラフのトリックに始まり、 平均と期待値、分散、標準偏差という基本的な統計量を学びます。 標準偏差の重要性を体験し、チェビシェフの不等式、 大数の弱法則、仮説検定の基本まで。 数学ガールといっしょに統計を学び始めましょう!
◆『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』 http://note8.hyuki.net/
◆『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』(ランディングページ)
* * *
《ブツ》を作る話。
初校ゲラを読むのに比べると、 再校ゲラを読むのはそんなにつらくありません。 むしろ、読んでいて楽しいともいえますね。 大半はスムーズに読めるからです。
今回の『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』の場合、 執筆プロセスで一番つらかったのは第3章〜第5章のあたり。 章の構成がなかなか固まらず大手術を繰り返していた頃ですね。
章の構成というのは土台のようなものです。 土台が出来てくれば細かい修正も改善もできますが、 土台が固まらないとどうしようもありません。 細かい修正をしても全部がふっとぶ可能性もありますから、 自分がやっている作業の意味がわからないまま進まざるを得ません。
文章を書くときには、 曲がりなりにもレビューアさんに送れるレベルにするまでがつらいものです。 それはゼロからイチを作るまで、ともいえますかね。 ひとさまに読んでもらえるレベルまでたどり着けば、 あとはなんとでも改善が可能だし、他の人のアドバイスももらえます。 レビューアさんから指摘を受けられるようになった時点では、 一番つらいところは終わっているのです。
自分の作品について、指摘・感想・批評・意見・アドバイス…… といったものをもらうためには、 ともかく形のあるものを作らなければなりません。 「はい、これをお読みください」というものを提示できなくてはなりません。 そこまで行って初めてスタートラインに立ったことになります。
* * *
美しさの話。
Sisyphusという芸術的な「テーブル」があります。 まずは以下のページにある動画をごらんください。
◆Sisyphus -- The Kinetic Art Table https://www.kickstarter.com/projects/1199521315/sisyphus-the-kinetic-art-table
◆Sisyphus(上記のページから)
◆Sisyphus(動画より)
テーブルの中に置かれた砂、 その上をモーターで制御された球が転がっていくことで、 美しい文様が砂の上に浮かび上がるという仕組みです。
文様が絵として描かれたテーブルではなく、 立体的な文様が描かれていく過程が見えるテーブルということですね。 こんなテーブルがあったら、 ものおもいにふけりつつ、長い時間見つめてしまいそうです。
動画を見ながら、この美しさはどこから来るのだろう、 と結城は思いました。 規則的な模様が美しさを生み出しているのはまちがいありませんが、 それがリアルタイムで描かれていくというのも重要なポイントだと思います。
砂の上に描かれた図形は刻一刻と変化していきます。 いま現れたパターンは、一瞬の後には別のパターンへと変化していきます。 そのような「変化」と共に「継続」も表現されています。 だって、突然異なるパターンが生まれるわけではなく、 過去のパターンの延長線上に現在があり、 現在の延長線上に未来のパターンがあるのですから。
いうなれば、このテーブルは「流れていく時間」を体現しているのですね。
あなたはこのテーブルに何を思いますか。
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もう一つ、美しさの話。
PANORELLA(パノレラ)というサービスは、 「全天球カメラで撮影された写真を傘の内側にプリントする」 というものだそうです。
◆思い出の360度写真を傘に「PANORELLA(パノレラ)」 http://www.fashion-press.net/news/26331
◆PANORELLA(パノレラ)の一例(上記ページより)
自分を取り巻く360度を撮影した映像を、傘の内側にプリントします。 そうすると、傘をパッと開いたときに、 自分を取り巻く360度の映像がそこに広がることになります。
パノレラという名前はきっと、 「パノラマ+アンブレラ」から来ているのでしょう。
それは「広がる空と海」かもしれないし「美しい夜景」かもしれない。 あるいはまた「にぎやかな繁華街」かも。 自分を取り巻いたその全体を保存し、何度も楽しむというのは、 《エクスピリエンス》を商品化するうまい視点だと思います。
* * *
数学の話。
質問:
数学は、他の自然科学の分野に比べて、どのような違いがあるのですか。
回答:
数学は、自然や宇宙とは独立に理論を展開することができます。 その点がもっとも大きな違いだと思います。
自然科学は、 私たちが住んでいるこの宇宙や自然界の姿を明らかにしようと試みます。 自然科学の理論や仮説は実際の宇宙や自然によって検証されます。 自然科学者は、この世界の未来の姿を予言することを試みたり、 あちらこちらで見つかる証拠との整合性を確かめたりします。
それに対して数学は、 基本的にこの宇宙や自然界とは無関係に進みます。 もちろん、数学者が何らかの数学的概念に興味を持つきっかけが、 この宇宙や自然からやってくることはあるでしょう。 たとえそのような場合であっても、 どこかの段階で、いったん現実世界とは切り離され、 数学的に適切に扱えるような抽象化が行われるはずです。
念のために書いておきますが、 それは数学と自然科学でどちらが「えらい」とか、 どちらが「すぐれている」という話ではありません。 純粋に「違い」なのです。
* * *
自分の仕事を「デザイン」する話。
「実力がある人が正当に報われる」というのはとてもいいことだと思います。 しかし、それと同時に「ひょんなことから、ある人にチャンスが与えられる」 という場面も大事なのではないかとよく思います。
確実で実績があって、結果を出した人が正当に報われるのはいいけれど、 それがなければまったくチャンスが与えられないというのはまずい、 という意味です。それは冒険をしない社会、チャレンジができない組織、 予想外のことが起きないコミュニティのようなもの。 それだと、おもしろいことがだんだん起きなくなるのではと感じます。
程度問題、といえばそれまでなのですけれどね。
あまり主語を大きくするのは問題なので、 結城個人の考えとして書きましょう。結城は、ものを作る身です。 ですから、こう考えています。
いつチャンスが巡ってくるかわからないのだから、 どんな作品でも、どんな仕事でも手を抜かないようにしよう。
ここでちょっと余談。 「手抜きをしないように」というと、 新約聖書(マタイによる福音書25章)に出てくる 「ともしびを持って花婿を迎えに行く十人の乙女」 のことを思い出します。 十人の乙女のうち五人はともしび用に油を準備していたが、 五人は油を準備していなかったというお話。
「そのとき」がいつ来るかわからないなら、 「そのとき」がいつ来てもいいように備えていなければなりません。
ところで、仕事に関して「備えている」というのはまた難しい話です。 仕事というのは、いろんな粒度で存在するからです。
目の前の仕事をしっかりやることは、確かに備えではありましょう。 しかし、忙殺されて未来のことを考えないのはまずいですよね。 目の前の仕事を懸命におこなうことが、 未来のことを考えない言い訳につながってしまう危険性があるのです。
そのような、時間軸を含めた自分の仕事を「デザイン」することは大切です。 デザインというのは、短いスパンならスケジューリングと呼んでもいいし、 長いスパンならキャリアパスと呼んでもいいでしょう。 自分の仕事そのものではなく、自分の仕事のあり方のことですね。
自分の仕事のあり方を、他人に丸投げすることは原理的に不可能です。 仕事のあり方を考える上で、他人の評価や意見は大いに参考にするとしても、 とどのつまり、他人に「わたしの仕事のあり方」を考えてもらうことはできません。 なぜなら、それは奥深く探っていくと人生観や価値観に関わってくるからです。
「わたしはどんなふうに生きたいか」
それを他人に決めてもらうことは無理ですよね。
自分がどのような仕事を引き受けて、どのような仕事を断るか。 それをしっかり考えていくと「自分の仕事のデザイン」へ繋がります。 なぜなら、何かの仕事を引き受けて、その成果を出すなら、 その仕事に類する仕事が増える可能性を高めるからです。
あなたは、どんなふうに生きたいですか。
あなたの日々の判断は、その考えにリンクしていますか。
* * *
では、今週の結城メルマガを始めましょう。
どうぞ、ごゆっくりお読みください!
目次
はじめに
再発見の発想法 - Turing Test(チューリングテスト)
新サービスmine(マイン)で書き始めるにあたって考えたこと - 仕事の心がけ
書籍のタイトルについて - 本を書く心がけ
おわりに
-
Vol.236 結城浩/スマートフォンと親密さ/ファクトベースの自己アピール/ガブリエルのラッパ/
2016-10-04 07:00220ptVol.236 結城浩/スマートフォンと親密さ/ファクトベースの自己アピール/ガブリエルのラッパ/
結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2016年10月4日 Vol.236
はじめに
おはようございます。
いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
なんと! また台風が来ているとのことです! 今年は異様に多くありませんか、台風。
台風そのものはもちろんいやですけれど、 台風が近づくと、気圧が大きく変化して、 寝苦しかったり、昼間も頭がぼうっとしがちです。 まったく困ったものです。
とはいえ、そんな私の「困った」は大したことがないですね。
台風の被害を受けている/受けた地域の方々に、 お見舞いを申し上げます。
* * *
新刊の話。
『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』のカバー画像が到着! それに合わせて、 いつものように書籍案内のランディングページを作りました。
◆『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』 http://note8.hyuki.net/
カバー画像が到着すると、がぜん楽しくなりますね!
ところで肝心の原稿ですが、現在再校ゲラを読んでいるところです。 今週の水曜日に再校読み合わせがあり、 これで結城の手からはほぼ離れることになります。 いよいよラストスパートです。
発売に合わせた販促企画もあります。
・サイン本無料プレゼント (結城が個人的に企画。実施中)
・サイン本先行販売 (北海道から沖縄までのいくつかの書店さんで、 発売日よりも少し前から結城の直筆サイン本を販売予定)
・メッセージカード同梱販売 (チェーン書店さんの一部で、 結城が手描きしたメッセージカードが 同梱された書籍を販売予定)
結城が個人的に企画しているサイン本無料プレゼントは、 以下で実施していますのでぜひどうぞ!
◆『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』《サイン本無料プレゼント》 https://snap.textfile.org/20160921120829/
その他の「サイン本先行販売」と「メッセージ同梱販売」については、 またおいおいアナウンスしていく予定です。
《統計》は、21世紀のリテラシー。 でもなかなかとっつきにくいのも事実です。 今回の本では、かなりの部分が中学生でも読めるはずです。 『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』をぜひ応援くださいね。
◆『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』 http://note8.hyuki.net/
ちなみに、本書の価格が「12の3乗になっている」 というご指摘を @himmelnote さんからいただいて感動しました。 ほんとだ!
-------- 数学ガールの秘密ノート、価格が12の3乗だ https://twitter.com/himmelnote/status/780773989631176705 --------
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コラムの話。
野崎昭弘先生の新刊『数学と方法――もっと数学が好きになるヒント』が、 十月初旬に刊行されます。僭越ながらその中に、 結城の書き下ろしコラム「自由な数学を楽しもう」も載せていただきました。 野崎先生、ありがとうございます。
◆野崎昭弘『数学と方法――もっと数学が好きになるヒント』 https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4489022514/hyam-22/
なお、野崎先生の御本には、 新井紀子先生、松野陽一郎先生のコラムも掲載されます!
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睡眠の話。
気圧のせいなのか、年齢のせいなのか、 最近朝早く目が覚めてしまうことが多いです。
以前「朝早く起きてるわたしかっこいい!」 みたいな意識を持ったことがあるのですが、 最近は少し気持ちを改めました。
睡眠が少ないのはよくないです。 睡眠が少ないと、活動時間は確かに増えます。 しかし問題はその活動時間の「品質」です。
睡眠が少ないと、どうしても疲れやすくなったり、 いらいらすることが多かったり、 ぼうっとする時間が増えたり、 食後の睡魔と戦うことが多かったりします。 これではいくら活動時間が増えてもしょうがないですよね。
なので最近、目覚めが早すぎた場合には、 意識して二度寝するようにしています。 少しでも身体を休め、 活動時間の長さではなく、 活動時間の品質を上げたいと思っています。
◆睡眠重要です。おやすみー
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謝罪の話。
開店前のお店で、店員さんを集めて発声練習するところってありますよね。 お仕事のユニフォームを着て並び、
「いらっしゃいませ!」 「ありがとうございます!」
と声を揃えるものです。 きっとああやって練習しておくと、 お客さんがいらしたときもスムーズに挨拶や感謝ができるのでしょうね。
ところで、ネットで発言する人は、あのノリで、
「わたしのまちがいでした。すみません!」 「さっきは言葉が過ぎました。申し訳ありません!」
と謝罪の練習をするのはどうだろう、と思いました。
ネットでは炎上騒ぎやもめごとが毎日のように発生します。 そんな中で絶対に謝らない人がいるために、 話がこじれるということもよくありますね。
他人のもめごとの場合には、 「早めに一言謝ればこんなにこじれないのに」 と思えますが、自分に関してもめごとが発生したらどうでしょう。 ついカッとなったり、意固地になったりして、 同じ轍を踏んでしまうかもしれません。
ふだんから謝罪の練習をしておくと、 いざというときにサッと謝れる……かな?
私も謝罪の練習をしておかないと……
「いつも勝手なことばかり言ってすみません!」 「もしかして、あなたを傷つけた発言があったかもしれません。 ごめんなさい!」
えっと、以上は軽口といえば軽口ですが、 それほど不真面目な話でもありません。
* * *
「とする」「となる」の話。
Twitterで @takey_y さんが、 数学の答案に関係してこんなツイートをなさっていました。
-------- 「・・・とおく」 「・・・とする」 「・・・となる」 「・・・である」 の使い方は、一度まとめておきたいと思うのだけど、 既にどこかにあるだろうか。 https://twitter.com/takey_y/status/780222695828955136 --------
こういう基本的な言葉遣いの話は、 数学読み物を書いている身としてはたいへん興味があります。 結城個人の語感からは、以下のようになりますね。
「・・・とおく」というのは、 複雑な式を一つの文字で置き換えるときなどに使います。 たとえば「x+y+zをaとおく」のように (複雑な数式がテキストでは書きにくいので、あまりよい例ではないですが)。 このように「おく」ことで、x+y+zと書く代わりにaを使うことができるので、 以降の議論が単純になります。
「・・・とする」というのは「・・・とおく」と同じ状況でも使いますが、 もっと広く、条件を何か仮定するときも使います。 たとえば「ここで x = y とする」のように。 「・・・とする」ことによって「とすれば、こういうことが成り立つ」や、 「とすることによって、これが導ける」のように議論が進み始めます。
「・・・とする」が仮定だとすれば「・・・となる」は結果になります。 議論が進んできて、結果として何かが導けたなら、 そこで「・・・となる」という言い方をしますね。 「・・・となる」は「・・・がいえる」とも似ています。
「・・・である」というのはニュートラルな主張を表します。 仮定でもなく結果でもなく、たとえばすでに知っていること、 正しいと知られていることなどに使います。 議論を進めるときの論拠などでも使います。
いずれにしても、 これらの表現は議論を進めるための重要な道しるべになります。 読者はこれらの言葉を読みながら、議論を追っていくことになりますね。
* * *
「君の名は。」の話。
映画「君の名は。」が大ヒットしています。 結城も家内と観に行き、たいへん満足しました。
ネットを見ていると批判的な記事も見つかりますが、 それだけ多くの人にリーチしたんだろうなと思っています。 多くの人にリーチすると批判も増えるものですから。
ところで先日カクヨムに「君の名は。」のサイドストーリーが 掲載されているのを知りました。
◆君の名は。 Another Side:Earthbound https://kakuyomu.jp/works/1177354054881743073
こういう多次元的な企画が出てくると「なるほどなあ」と思います。 一つの物語が生まれると、その設定や世界観が読者の心の中に宿り、 キャラクタたちがそこで動き始めることになります。 このようなサイドストーリーは、 そのニーズに応える「あるべき姿」なのでしょう。 これは広く二次創作にもいえることですね。
物語の力というと、村上春樹と河合隼雄の対談集を思い出します。
◆『村上春樹、河合隼雄に会いにいく(新潮文庫)』 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101001456/hyam-22/
この対談は、最初から最後まで物語について語り合ったもので、 結城はたいへん興味深く読みました。物語へのコミットについて。 物語が人をどう導くか(惑わすか)。ほんものの物語について。 そのようなことが書かれた一冊です。
物語は夢と同じで、ふわふわしているようだけれど、強いものです。 うっかり関わるとこわい面もあります。だからこそ魅力があるのですけれど。
そういえば「君の名は。」も夢の話ですね。
* * *
未来を切り拓く話。
「君の名は。」といえば、先日、 新海誠監督が2014年に作成した、 Z会の広告アニメーション「クロスロード」を見ました。
◆新海誠監督によるZ会の広告アニメーション「クロスロード」 https://youtu.be/AfbNS_GKhPw
このアニメーションも「君の名は。」と同じように、 都会の男の子と田舎の女の子の人生が(入れ替わりはしないけれど) クロスするお話になっています。
あいかわらずの美しい画面とどきどきする演出で、 何度も何度も見てしまいました。
このアニメーション「クロスロード」の中で結城が好きなシーンは、 女の子が坂道を自転車でのぼるところ、 男の子がコンビニバイト終わって勉強に取り組むところ、 試験開始でいっせいに問題用紙を開くところ、 そして女の子が心配そうな母親を後にして合格発表を見に出かけるところですね (女の子のセリフがいい)。
このアニメーションは通信教育のZ会の宣伝なので、 ちゃんとZ会の内容が盛り込まれています。 友達は塾に行くけれど、この男の子は塾に行かない(行けない?)。 コンビニバイトが終わってから受験勉強をZ会でやっている。 女の子は田舎で塾がないけど、受験勉強はZ会でやっている。 通信教育のZ会の特徴をうまく織り込んでいるなあと思いました。
このアニメ、何回見ても「試験開始」のシーンで泣けてきます。 試験開始で、受験生がいっせいに問題用紙を開くシーンです。 若い人が真剣に努力して自分の未来を切り拓こうとする姿に、 心からエールを送りたくなるのです。 もちろん人生で大学受験がすべてではありません。 しかし、大学受験を大きなステップとして未来へ進む人は多いはずです。
がんばれ、受験生。
◆新海誠監督によるZ会の広告アニメーション「クロスロード」 https://youtu.be/AfbNS_GKhPw
* * *
レスポンシブデザイン対応の話。
結城のメインWebサイトは www.hyuki.com です。 このサイトは1999年ころからずっと使っているもので、 昔のページはいわゆる「レスポンシブデザイン対応」になっていません。
レスポンシブデザインというのは、一つのWebページが、 PC・タブレット・スマートフォンのどれでも適切に読める Webデザインのことです。PCではきれいに読めるけれど、 スマートフォンだと文字が小さすぎて読めないというのは、 レスポンシブデザインではありません。
現代のWebページの読者は、多彩なデバイスで読みます。 ですから、レスポンシブデザインに対応しておかないと、 読者を遠ざける危険性があります。
ということで結城は、 時間を見つけては自分のWebサイトの古いページを こつこつとレスポンシブデザイン対応しています。
先日は「絵本を読むときのパターン・ランゲージ」を直しました。 これは、絵本を「読み聞かせ」するときのちょっとしたヒント集です。
◆絵本を読むときのパターン・ランゲージ http://www.hyuki.com/writing/ehonpat.html
「絵本を読むときのパターン・ランゲージ」 を公開したのは2001年ころ。いまから約15年前になります。
この文章を読んだ親御さんに絵本を読み聞かせしてもらった子供たちは、 現在はもう高校生か大学生、もしかしたら社会人になっているんですね。 時間の経つのは早いものですね。
この15年間でこのページが何人に読まれたかは知りませんが、 決して少なくはないはずです。そう思うと、 自分の考えをせっせと文章にしてどんどん公開するのは大切なことですよね。 時間は夢のように過ぎていきます。 自分の考えも夢のように巡り行き、変化していきます。 その都度その都度、書き留めておかなくてはね。
「絵本を読むときのパターン・ランゲージ」は全文Webで読めますが、 電子書籍でも100円で販売していますので、よろしければどうぞ。
◆絵本を読むときのパターン・ランゲージ(Kindle版) https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00AIZ3NFQ/hyuki-22/
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では、今週の結城メルマガを始めましょう。
どうぞ、ごゆっくりお読みください!
目次
はじめに
スマートフォンと親密さ - 文章を書く心がけ
ファクトベースの自己アピール - 仕事の心がけ
ガブリエルのラッパ
おわりに
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