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記事 5件
  • Vol.218 結城浩/『数学ガール6』を書きながら/規模を見誤らない/

    2016-05-31 07:00  
    216pt
    Vol.218 結城浩/『数学ガール6』を書きながら/規模を見誤らない/結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2016年5月31日 Vol.218
    はじめに
    おはようございます。
    いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
    もう五月も最終日になってしまいました。 時の経つのは早い……って、毎週言ってしまいます。
     * * *
    次の本の話。
    先月末に『数学ガールの秘密ノート/場合の数』が刊行されました。 「秘密ノート」シリーズは毎年二冊のペースで出していきたいので、 そろそろ次の本の準備に掛かろうと思っています。 次は、
     『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』
    にしようと計画中。 いつものように数学ガールたちの楽しい会話を通して、 統計についてやさしく学ぼうというものです。
    『数学ガール6』だけではなく、 『数学ガールの秘密ノート/やさしい統計』の方も、 少しずつ進めていきます!
     * * *
    六週間は10!秒という話。
    これは楽しい話題です。 WikipediaのJimmy Wales氏(@jimmy_wales)によるツイート。
     ----------  I'm inordinately happy to learn there are 10! seconds in 6 weeks.  I mean, how excellent is that?  https://twitter.com/jimmy_wales/status/735531678786048000  ----------
    つまり、六週間を秒でカウントすると、 ちょうど10×9×8×7×6×5×4×3×2×1=3628800になるという話ですね。 六週間は、6×7×24×60×60=3628800で、確かに一致します。 不思議! でも、これは数学的に何か理由があるわけではなく、 いうなれば偶然の一致です。 でも、ちょっと楽しい気分になります。
    結城が特にすてきだと思うのは「7」の使われ方です。 階乗10!を素因数分解したとき、7は1個しか出てこない。 一分は60秒で、一時間は60分で、一日は24時間と、 いずれも2,3,5という素因数がふんだんに入っていて、 等分割しやすくなっています。でも「7」は出てこない。 「7」は一週間は7日というところ《だけ》に出てくる。 だからこそ、六週間が10!秒に等しくなることができた。 そこが「いいなあ」と感じるのですが……あまり伝わらないですかね。
     * * *
    Google Spacesの話。
    Google Spacesというサービスの話題が出ていました。 少人数での情報共有やグループ活動を行うためのサービスのようです。
     ◆Spaces  https://get.google.com/spaces/
    少人数で共有スペースを作り、 そこに記事やURLを投稿し、コメントし合ったりできる……という感じですね。
    こういうのは少し触ってみないとわからないので、 さっそく「おしゃべりすなば」というスペースを作ってみました。 Googleアカウントを持っていれば自由に書くことができます。 遊んでみてください。現在88人ほどの方が試しています。
     ◆おしゃべりすなば - Spaces  https://t.co/I0HVLfRgV3
    結城自身は(多くの参加者も)飽きていて、 なにもやっていないのですが…… そのうち削除するかもしれません。
    結城の場合は、ここでできることはTwitterでできるし、 わざわざ少人数に絞って情報共有するシーンはないので、 Spacesを使うことはいまのところなさそうです。
    しかし、Twitterのときを思い出してみますと、 アカウントを作ってしばらく放置し、 あとになってから急にまた使うようになりました。 そしていまではTwitterなしではいられない。
    そういえばEvernoteもそうです。 Evernoteが出始めたころ、 結城はその意味がさっぱりわからなかった。 熱くEvernoteを語る友人がいたのですが、 そんなの使う意味あるのかなあと思ったものです。 でもいまではEvernoteなしではいられない。
    どんなサービスが自分に定着するのか、 予想は難しいものですね。
     * * *
    多層的な理解の話。
    じっくり考えて文章を書くと、文章の書き方についての知見も深まります。
    じっくり考えて文章を書くときには、 「こう書いた方がいいかな? いや、違うな。こっちの方がいい」 のように考えるわけですよね。 つまりそこで「こちらの文章の方がいい」という《判断》を行っている。 その《判断》が妥当かどうかも頭の中で検討する。 それは、とりも直さず、文章の書き方の知見を深めていることになる。 当然のことですね。
    文章書きに限りません。 私たちは一つの仕事を進めながら、いつも複数の仕事をしているのです。 つまり、
     ・仕事そのもの  ・仕事をどう進めるかを考える仕事
    という複数の仕事のことです。
    仕事の中には「これは役に立つ!」という思うものもあれば、 「これは無駄なんじゃないか」と思うものもあります。 しかし、そこでいう「役に立つ」「無駄」という価値判断は、 「仕事そのもの」のレベルでの話ですよね。
    たとえ「これは無駄な仕事だ」と思うようなものでも、 「仕事をどう進めるかを考える仕事」のレベルではどうでしょうか。 作業を進めている自分をいかに効率的に効果的に動かすかを考える。 管理者の視点ですね。
    自分の仕事というものを、多くのレベルで、 いわば多層的に考えるなら、 完全に無駄な仕事というものは少なくなります。
    「これは役に立つ!」という仕事をやっていても、 「仕事そのもの」だけに注目するのはもったいない話です。 「仕事をどう進めるかを考える仕事」を怠ると、 その仕事から得られるメリットは半減してしまうでしょう。
    どんなに「ブラック」な仕事であっても、 与えられた仕事は唯々諾々と従うべきだ、 といいたいのではありません。そうではなくて、 せっかく時間を使って仕事をするんだから、 しっかり頭を使わないとね、という話をしているのです。
    自分がやっている仕事から、 たっぷりとうまみを、多層的なうまみを引き出すのです。 そう考えると、どんな仕事にも魅力が出てきます。
    「仕事観」とは、
     「あなたにとって仕事とは何ですか?」
    という問いに何と答えるか、です。 わたしにとって仕事とは何か。唯一の正解などはありませんし、 他の人と同じである必要もありません。
    でもだからといって考えることが無駄だというのでもない。 私たちは毎日たくさんの時間を「仕事」に注いでいるわけですから、 仕事とは何か、それをどのように扱っていくか、 その認識は大切です。
    やや大げさにいうならば、 「自分にとっての仕事」を考えることは、 「自分の毎日をデザインするか」に直結しているからです。
     * * *
    イライラを解消する簡単な方法の話。
    イライラ、モヤモヤした気分を解消する簡単な方法があります。 それは、
     大急ぎで飛び乗れば間に合うかもしれない電車を、  わざと一本見送る
    というものです。
    みんながあわててホームを走り、 電車に間に合おうとあせっているところで、
     「よし、私はこの電車を一本見送ろう」
    と決める。そして、ゆっくりと歩く。
    たったそれだけで気分ががらっと変わります。 機会があったらぜひお試しください。
    ポイントは、
     「状況が、自分を支配している」感覚から、  「自分が、状況を支配している」感覚への移行。
    ここにあると思います。
    時間が迫ってる! あせるあせる!  早く電車に乗らなくちゃ! 走らなくちゃ! というのは「状況が、自分を支配している」感覚ですね。
    それに対して、 「よし、私はこの電車を一本見送ろう」 というのは自分の判断です。 電車が発車して、行ってしまっても、 それは私が判断した結果にすぎない。私はまったく動じない。 これは「自分が、状況を支配している」感覚ですね。
    電車を一本見送ることだけではありません。 どんなにささいなことであっても、
     自分がそれを決めた。  だから、状況はこうなった。
    という場面を意図的に作り出すのです。 そうすると、心にさわやかな風がさあっと吹きます。
    ぜひ、お試しください。
     * * *
    WorkFlowyの話。
    アウトライナーとして、WorkFlowyというサービスを使っています。 先日は『数学ガール6』の章立ての再確認をするのにWorkFlowyを使っていました。
    なにも見ずに、各章ごとに項目を立て、 その章で自分が書くはずの内容を書いていくのです。
    アイディア出しではありません。 自分の記憶をリフレッシュし「自分がきちんと把握している項目は何か」 をあぶりだすためにやっています。 自分で「理解度チェックテスト」を作って解いているようなものですね。
     ◆スクリーンショット(伏せ字が多くてごめんなさい)
    WorkFlowyはたいへん便利なサービスですが、 キー割り当てが直観に反する部分があってちょっと困ります。 たとえばCTRL+Bは文字をボールドにするのに割り当てられているのですが、 Emacs風味にカーソル左移動にしてほしい。 また、SHIFT+TABで子孫を引き連れたoutdent(indentの逆)してほしい。
    とはいうものの、こんなに手軽で使いやすいツールがWebですぐに、 しかも無料で使えるのはありがたいことですね。
     ◆WorkFlowy  https://workflowy.com
     * * *
    小学校でのプログラミング教育の話。
    先日から「小学校でのプログラミング教育」の話題を見かけます。 文科省が「小学校でのプログラミング教育の必修化を検討」 と報道されてからでしょうか。
    結城自身は小学校教育に詳しいわけではないので、 常識的なことしか考えられませんが、 気になるのは以下のようなポイント。
    「教えること」について。 授業内容が、賞味期限が短い話や、 あまりにも特殊な話に終始しないだろうか。
    「教えられる側」について。 学校や児童ごとに能力や理解の「ばらつき」は非常に大きいと思うので、 そのばらつきを許容してほしい。 優秀な子をつぶさないようにしてほしい。
    「教える側」について。 先生は対応できるのだろうか。 また、外部に依頼するとしたら全国の小学校で大きなお金が動くことになるので、 関連企業が安易に参入して利権の温床になることは避けてほしい。
    ……そんなことを思います。
    なお、以上は新井紀子先生にTwitterで聞かれた対話をもとにして書きました。
     https://twitter.com/hyuki/status/732726789458386944
     * * *
    気持ちがこもる言葉の話。
    たとえば、こんな文を例にしてお話しします。
     -----  今日は、たくさんアンケート形式で問題を出してしまいました。  -----
    これは結城がTwitterに書いた文の一つです。 ツイートとしては特におかしくはないのですが、 これを書籍にするときには後半部分を、 以下のように修正することになるでしょう。
     -----  今日は、たくさんアンケート形式で問題を出してしまいました。  ↓  今日は、アンケート形式の問題をたくさん出してしまいました。  -----
    違いは明白です。「たくさん」の位置が変化していますね。 「たくさんアンケート形式〜」ではなく 「たくさん出して〜」にしたということです。
    Twitterなど、オンラインであまり推敲せずに文章を書くときには、 「たくさん」「すごく」「きちんと」「絶対」「必ず」 のような「気持ちのこもる言葉」は、文の《前》に来る傾向があります。 これは結城だけでしょうか。あなたはいかがですか。
    私の想像ですが、 文章を書いていくときには「勢い」が必要なので、 「気持ちのこもる言葉」が前にくるのかもしれません。
    書くときにはその方が書きやすいからいいのですが、 推敲時にはその勢いを制御して、 文としての姿を整える必要がありますね。 普段から自分の文章の癖を見極めておくと良さそうです。
    そういえば、先日azu(あず)さん (@azu_re)の、 textlintというツールを見かけました。
     ◆JavaScriptでルールを書けるテキスト/Markdownの校正ツール textlint を作った  http://efcl.info/2014/12/30/textlint/
     ◆textlintで日本語の文章をチェックする  http://efcl.info/2015/09/10/introduce-textlint/
    まだ試していないのですが、ルールを記述して作る校正ツールのようなので、 自分専用のルールなどがうまく作れるのであれば、便利かもしれません。
     * * *
    カップ焼きそばの話。
    「文豪がカップ焼きそばの作り方を書いたら」 という企画がネットで盛り上がっていました。 ご存じない方は、「文豪 カップ焼きそば」で検索していただくとして、 私も(文豪ではありませんが)自作自演で参加してみました。
     ◆結城浩がカップ焼きそばの作り方を書いたら
    何のオチもヒネリもない文章ですが、 たったこれだけの文章でも考えるところはあります。 つまり《読者のことを考える》原則をどう適用すべきか、 という話です。
    この文章を読む読者は、 カップ焼きそばを作ろうとしています。 そこで結城は、
     「細かい手順はさておき、ありがちな失敗を防ぐ」
    という文章にしようと思いました。
    カップ焼きそばには「やりがちな失敗」があります。 それは、以下の三点です。
     ・お湯を注ぐ前にソースや青ノリを入れてしまい、   薄いソースや、びちゃびちゃな青ノリにしてしまう失敗。
     ・お湯切りをするときに、麺が飛び出してしまう失敗。
     ・お湯切りをする前にソースを入れてしまい、   味が薄い焼きそばになってしまう失敗。
    そこで、この三点を回避するような文章にしたつもりです。
    さらに細かい留意点としては、読みやすくするために、
     ・ステップ数を3に抑える。  ・「麺」ではなく「めん」と書く。  ・「青海苔」ではなく「青ノリ」と書く。
    としてみました。いかがでしょうね。
    全体としてこの企画は単なるお楽しみなのですが、 文章を書く練習としてはあなどれないかもしれませんね。
     * * *
    文章を書く場所の話。
    最近ずっと「文章を書く場所」の話を考えています。 結城の仕事は文章を書くことですが「文章を書く場所は大事だ」 と強く思うことが多くなりました。
    この結城メルマガでも何度も話題にしていますが、 「滞りがちな作業の再起動」では「場所」が大事な役割を果たします。 どうしても手が付かず後回しにしがちな作業に手を付けるためには、
     その作業専用の場所を新しく作る
    のがかなり有効なのです。
    「場所A」に行ったら、自動的に「作業A」をする気分になる。 そのような場所を作るということです。 この方法は、ほんとうにうまく行くんですよ。
    滞りがちな作業でなくてもかまいません。 継続的に行うべき「作業X」が生じたなら、 作業Xのための新しい「場所X」を用意する。 たとえば結城の場合には「場所X」は新たな「カフェX」だったりします。
    そして、その場所Xに行ったら、作業Xしかしない。 席についてメール読んだりしない。作業Xに集中する。 何回かそれを実行すると、場所Xに行くと自然に作業Xが進むようになるのです。 習慣づけとでもいうんでしょうか。 私のことは「パブロフ結城」と読んでください(冗談です)。
    文章を書くというのは、精神的な作業ですが、 精神をその「場所」に持っていくために、 身体自体をその「場所」に移動させるのが有効なのでしょう。
    自分のモチベーションを自分の気持ちで制御するのは難しいことです。 なぜなら、モチベーションと気持ちは、 どちらも精神的な世界の話だから。
    それに比べると、作業場所を制御するのは楽です。 なぜなら、作業場所を移動するというのは、物理的な世界の話だから。 物理的に、
     「自分の身体を場所Xに持って行く」
    という行動によって自分のモチベーションが上がるとしたら、 なかなかいいと思いませんか。
    自分の肉体を移動して、自分の精神を移動するのです。
    作業の性質に応じて場所を作るのはいい発想です。 「おっくうな作業」が生まれたら、その作業場所を変える。 「おっくうだなあ」という気持ちを切り換えるために、 その作業場所を変えるのです。
    その他にも「短時間だけいる場所」「めったに来ない場所」 などをうまく自分の作業と結びつけるとおもしろいことができそうです。 物理的な場所が持つ性質を利用して、 精神的な成果物の品質を調整することはできないかしら。
    たとえば、
     「自分がここに来るのは一年ぶりだ」
    あるいは、
     「来週まで、ここには足を踏み入れることはない」
    という場所に関する感慨は、 いつもと違う精神状態を自分に作り出し、 いつもと違う発想を導く助けとなるかもしれません。
    場所を仕事に生かすこと。 それは必ずしも立派な書斎を構えることや、 机や椅子を整えることを意味しません。 場所という物理的なものが、自分の精神にどのような影響を与えるかを意識し、 それをうまく生かすということではないでしょうか。
     * * *
    大量のRTの話。
    先日、何気なくつぶやいた以下のツイートが大量にRTされました。
     ----------  個人のTwitterアカウントに  義理人情や義務感を持ち込んだら  とても疲れることになると思う。  眺めていたいなという人をフォローし、  読みたいなと思うツイートを読む。  なるほど、いいね、ありがとう、読みました…と  自分の気持ちのままにハートをつけたり、RTしたり。  思いのままにしてたら疲れない。  https://twitter.com/hyuki/status/734926752993021953  ----------
    たくさんリツイートされたということは、 多くの人が同じように感じているんでしょうね。 結城はTwitterが大好きですが、 それは自分の気持ちのままにふるまえるサービスだからです。
     * * *
    では、今週の結城メルマガを始めましょう。
    どうぞ、ごゆっくりお読みください!
    目次
    はじめに
    『数学ガール6』を書きながら - 本を書く心がけ
    規模を見誤らない - 仕事の心がけ
    数学のおもしろさを再認識したきっかけと、学ぶ上で大切なこと
    おわりに
     
  • Vol.217 結城浩/『若き科学者へ 新版』解説/幸せについて/子供に勉強を教えるとき/

    2016-05-24 07:00  
    216pt
    Vol.217 結城浩/『若き科学者へ 新版』解説/幸せについて/子供に勉強を教えるとき/結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2016年5月24日 Vol.217
    はじめに
    おはようございます。
    いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
    ここ数日で、急に暑くなりました。 「今年初めての真夏日」といった表現がニュースに登場しています。
    急激に春から夏に向かっているようですね。 毎週、結城メルマガを書くたびに感じるのは、
     「うわあ、時間が過ぎていくなあ……」
    ということです。
    時間が過ぎなければ活動は何もできないのですけれど、 時間が過ぎていくのを実感すると、ちょっと焦っちゃいますね。
    焦らず騒がず、日々を過ごしていきたいものです。
     * * *
    校正の話。
    先日、 『セルフパブリッシングのための校正術』 という校正の本が話題になっていたので買ってみました。
    Kindleで216円とお手頃価格で、 さらっと読めそうな感じがしたからです
     ◆『セルフパブリッシングのための校正術』(大西寿男)  http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B01FXA31MK/hyam-22/
    実は、まだ前半しか読んでいないのですが、 「セルフパブリッシングのための〜」とタイトルに冠してあるように、 校正をする専門家向けではなく、書く人のための本のようです。 校正の基本的な話から始まって、 校正をする目的や具体的なコツまで書かれています。
    知っていることも多かったものの、 具体的なコツのところは、確かに書き手の参考になりそうです。 本書に書かれている「一人読み合わせ校正」というのは、 なかなかいい方法ですね。
    自分の原稿に書かれている同音異義語の確認として、 たとえば「対称」という単語が出てきたら、 「対称{たいしょう、シンメトリーのこと}」 のような言い換えをして読み上げるというのです。
    我が意を得たりと思ったのは「木も見て森も見る」 という態度についても触れられていたこと。 校正はどうしても「重箱の隅をつつく」ことになりがちなので、 部分を見るだけではなく全体も見るという態度が重要だと書かれていました。 そのことがきちんと書かれていたのがうれしかったです。 校正というとどうしても細かなところ「だけ」に終始しがちですが、 それだと、全体を通じて流れる意図を見失ってしまいます。
    ということで、もしもあなたが文章を書く人で、 これまで校正をあまり考えたことがないなら、 本書を一読するのもよいと思います。
     * * *
    重版出来!の話。
    『重版出来!』(じゅうはんしゅったい)というコミックがあります。 結城メルマガVol.117(2014年6月24日)でも、 このコミックがおもしろい!と紹介しましたが、 現在ドラマになって大変な人気になっています。
     ◆コミック『重版出来!』(1)(松田奈緒子)  http://www.amazon.co.jp/dp/4091850405/hyuki-22/
     ◆TBS火曜ドラマ『重版出来!』  http://www.tbs.co.jp/juhan-shuttai/
    水曜日の朝は、前日に録画しておいたこのドラマを、 妻と二人で鑑賞する習慣になっています。 毎回笑ったり、泣いたり、たっぷり楽しんでいます。
    もともと本に関わる物語なので、 部数決定、サイン本やPOP書き、メッセージカードの準備、 編集さん、営業さん、書店さんなどのエピソードなど、 結城も共感するところがたくさんあるのです。 重版出来が決まったときの喜びなど、 涙を流さない回は一回もありません。
    第2話では「ひとりでに売れる本なんてない。 売れているものの背後には必ず売っている人がいる。 おれたちが売るんだ!」という名セリフがありました。 これは毎回うるっときてしまいます。
    また、内容だけではなくドラマの作りもすばらしいです。 各回に張られた伏線がしっかりと回収されたり、 登場するひとりひとりのキャラクタが生き生きとしていて、 まさにドラマを作っているのですね。
    重版出来! 今週も楽しみです!
     * * *
    WindowsからMacへの移行の話。
    結城のメインマシンは数年前からMacBookに変わりました。 一方、家内が使っているマシンは私が使っていたThinkPadのお下がり。 Windows 7を使っています。
    最近、家内のマシンが不調になってきたので、 この機会にと家内のマシンもMacBookに変えてみました。
    MacはiPhoneとの連携がずっと楽なので、
     「どうしてもっと早くMacに移行してくれなかったの?」
    と言われてしまいました。家内が使っているのは、 メールとWebとスケジューラくらいで、 WindowsからMacに移行しても、 日常生活にはほとんど影響がありませんでした。
    マシンを移行するとき、特にWindowsからMacに移るときは、 ほんとうにクラウドの威力を感じます。 また、ふだんの作業がクラウドベースになっていると、 マシンの移行によるストレスも非常に少ないものになりますね。
     * * *
    適切な削除の話。
    コンピュータ上で仕事をしていると、 「大事なファイル」の取り扱いについて考えさせられます。 たとえば重要な情報を整理したExcelファイルがあるとします。
     「このファイルを万一にも消してしまったら大変だな!」
    と不安になると、
     「念のため、別名で保存しておこう」
    と考えたくなります。別名で保存。
    数日して、そのExcelファイルに修正が入ったので、
     「そうか、この時点のものも保存しておかなくちゃ!」
    と気付きます。別名で保存。
    こんなことを繰り返していると、 フォルダ内は何だか似たようなファイルであふれ始めます。
     最新版.xls  最新版-念のため保存.xls  最新版-念のため保存final.xls  最新版-念のため保存final2.xls  最新版-念のため保存final3.xls
    そのうち、本当の最新版と誤って、 古いバージョンのExcelファイルに修正を入れてしまい、 頭を抱えることになりそうですね。 あちこちに修正を入れてしまったら、 手が付けられなくなります。
    誤って大切なファイルを消しても大丈夫なようにしよう、 という考えは正しいのですが、 別名で保存しておこうというのはあまり適切ではありません。 バックアップは別の手段で取っておき、 不要なファイルはきちんと削除する必要があるのです。
    不要なファイルがたくさん残っていて、 本当に大事なファイルがそこに埋もれてしまったなら、 大事なファイルを失ったのと同じ結果になるのですから。
    ちなみに結城は、ファイルのバックアップ用に、
     ・Time Machineを使って外部メディアにバックアップを取る  ・定期的にzipで固めてDropboxに放り込んでおく  ・Gitを使ってBitbucketに保存する
    という三つの方法を併用しています。
     * * *
    ツイッターさんの話。
    SNSを「擬人化」したコミックがあります。 月刊アライブでも連載中の、 ツキギさんが描く「ツイッターさん」という漫画です。
     ◆ツイッターさん  http://twittergirl.ifdef.jp/index.html
     ◆ツイッターさん(これまでの漫画一覧)  http://twittergirl.ifdef.jp/comic.html
    キャラクタがかわいいのでお気に入りです。 Twitterというシステムそのものは巨大ですが、 このように擬人化すると、とても身近に感じられますね。
    また、Twitterの「あるある」な話や機能変更などが、 ツイッターさんの日常生活に変換されて語られるため、 なかなか楽しいのです。
    この楽しさを少し抽象的にいうなら、 自分がすでに見聞きしているものに、 別の光を当てた楽しさなのかもしれません。 つまりは「再発見」の楽しさなのでしょう。
     * * *
    ビリヤードの話。
    先日Webで「絶対にハズれない」ビリヤード台というものを見かけました。
     ◆数学者が作った「絶対にハズれない」ビリヤード台  http://www.roomie.jp/2016/05/334544/
    要するに、ビリヤード台全体が「楕円」の形をしていて、 二つある焦点の一つに穴が空いているというもの。
    楕円という図形は、焦点の片方から光線を発して周囲で反射させると、 必ずもう一つの焦点を通過するという性質があります。 ですから、焦点からビリヤードの玉を転がすと、 必ず穴に入ることになります。
     ◆スクリーンショット
    どちらの方向に転がしても(玉にスピンなどが掛かっていなければ)、 必ず穴に入るというのがおもしろいですね。
    こちらに動画もあります。
     ◆Elliptical Pool Table  https://youtu.be/4KHCuXN2F3I
    楕円のこの性質は「ささやきの回廊」と呼ばれる建築物にも利用されています。 周囲の壁が楕円をしている広間で、片方の焦点に立って小声で話しても、 他方の焦点に立っている人には(距離にも関わらず)はっきり聞こえるらしいです。
     ◆スクリーンショット
    この題材はWeb連載「数学ガールの秘密ノート」で使ったことがあります。
     ◆第84回 卵のないしょ話(後編)  http://bit.ly/girlnote84
     * * *
    書籍解説の話。
    ノーベル生理学・医学賞を受賞した科学者メダワーの書籍、 『若き科学者へ』が新版となり、みすず書房から刊行されます。
     ----------  『若き科学者へ 新版』(仮題)  ピーター・B・メダワー著  鎮目恭夫訳  みすず書房  ----------
    本書には、若い科学者ならびに科学者を志す若者へ向けての、 時を越えて語られる力強いアドバイスが書かれています。
    この本は結城が大学一年生のころに愛読した本ですが、 新版を刊行するにあたり、結城が 「新版への解説」を書かせていただくことになりました。 何だか、時代がひとめぐりした感覚があります。
    本書は、今年の七月下旬にみすず書房より刊行の予定です。 目次は以下の通り。
     ----------  まえがき  1 序 論  2 科学研究の適性とは?  3 何をしましょうか?  4 科学者として進むための装備の仕方  5 科学における性差別と人種差別  6 科学者の生活と作法の特殊性  7 若い科学者と年長の科学者  8 研究の発表  9 実験と発見  10 賞と栄誉  11 科学の方法  12 科学的メリオリズム(改良主義)と科学的メシアニズム(救世主義)
     新版への解説(結城浩)  訳者あとがき  ----------
    ぜひ、機会がありましたらお読みください。
     * * *
    では、今週の結城メルマガを始めましょう。
    どうぞ、ごゆっくりお読みください!
    目次
    はじめに
    その都度、形にしておく - 仕事の心がけ
    学びについて、幸せについて、個人的に思うこと
    子供に勉強を教える - 教えるときの心がけ
    おわりに
     
  • Vol.216 結城浩/再発見の発想法/親の仕事/インタビュー記事の校正事例/

    2016-05-17 07:00  
    216pt
    Vol.216 結城浩/再発見の発想法/親の仕事/インタビュー記事の校正事例/結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2016年5月17日 Vol.216
    はじめに
    おはようございます。
    いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
    先週の結城メルマガを書いている途中、 月曜日から体調が急激に悪くなり、 結局、月・火・水とあまり仕事ができませんでした。 のど痛を中心とした症状の、たぶん風邪ですね。
     ◆先週は、こんな状況でした(イメージイラスト)
    幸い、木曜日には復帰できたので、 Web連載の執筆には何とか間に合いました。やれやれです。
    現在は復調していますけれど、 そんなこんなで先週はあっというまに過ぎてしまった感があります。
    健康なとき、忘れているもの、それは健康。 そんな言葉がありますが、健康はほんとうに大事ですよね。
     * * *
    決心の話。
    気がつけば、もう五月も半ばを過ぎています。
    この春に、
     「よーし、新しいことを始めよう!」
    と思った人の中にも、 もうすでに決心が鈍っている人がいるかもしれません。 決心は持続させるのが難しいものです。
    結城が好きな話の中に「薬で病気を治す方法」があります。 薬で病気を治すには、二つの条件が必要だというのです。 その二つの条件は、
     (1)良い薬を手に入れる。  (2)その良い薬を飲む。
    というもの。当たり前ですよね。 当たり前なのですが、 実はこの話は一種の「たとえ話」なのです。
    つまり、何かを達成するためには、
     (1)良い方法を知る。  (2)その良い方法を実行する。
    という二つの条件が必要だと。 いたたた……耳が痛い話です。 さらに、その何かを達成するために長期間必要だとするなら、 さらにもう一つ、
     (3)その良い方法を実行し続ける。
    という条件が必要になるでしょうね。
    ここ何週間か、 結城メルマガでは「再開がおっくうになったプロジェクトの再開」 の話題に触れてきました。
    「新しい場所」で「一定時間作業する」ことで、 何とか再開を果たそうという方法です。
    実際、現在の結城の長期的課題である、 『数学ガール6』の執筆はこの方法で何とか再開しつつあります。 ほぼ毎日、おっくうがらずにじわじわと執筆を続けています。 まだまだ道は遠いのですが、 じっくりと「実行し続ける」ようにしたいと思います。
     * * *
    その『数学ガール6』を書いていて思うこと。
    仕事は、頭が動いているときに進めてなんぼである。 午前中の頭が回っているうちに、 一時間でも45分でもいいから、フルパワーで仕事をとにかく進める。 やみくもに進めてもいいし、無駄になってもいいから、 「よしここだ!」というところを進める。
    頭の中に「もやもや」が残らないように、テキストとして吐き出してしまう。 重複があっても、弱いところがあっても構わない。 とにかく書いてしまえ。吐き出してしまえ。
    吐き出されたものは後から直せる。 どうしても駄目なら削除すればいい。 とにかく毎日一定の時間使って、書き進めよう。書き進めよう。 そうすると「満足度タカシ君」になれる。
    それに対して、疲れてから重い仕事に取り組むと、 気持ちがめげる。頭が回らないときに進もうとしてもつらい。 ふわっと仕事を進めても、心に手応えがない。
    仕事は、頭が動いているときにフルパワーで進めるのがいい。 一回の時間は短くてもいいから、毎日進めよう。 力を十全に出し切ると手応えがある。 それは、次の一歩を進める大きな力になる。
    場所も大事だ。うまく書き進められないとき、 うまく力を出せないときが何回かあったら、 ガラッと場所を変える。違う場所で「さて」と構える。 これはとても効くようだ。
    「壊れてないなら直すな」というのはエンジニアの警句だが、 それと同じように「壊れているなら直せ」は真理なのかもしれない。
     うまく進められるなら、進め!  うまく進められないなら、何かを変えよ!
    ということだ。
     * * *
    子供の話。
    普段一人暮らししている大学生の子供が、 先日帰ってきた。家に一泊してまたすぐ戻っていったけれど。
    子供が帰ってくるのは久しぶりなので、 家内は家中をきれいに(いつもとは違うレベルまで)掃除している。 「子供」という扱いというより、 「お客様」という扱いになっているのかもしれない。
    久しぶりの一家団欒。 たくさん焼いた餃子をみんなで食べながら、 毎日の出来事や、日々の勉強の話を聞く。
    食後、彼はソファでMacBookを開けて、 普段作業しているコンソールを見せてくれた。 最近やってる研究のノートや、 予定がぎっしりつまっているGoogle Calendarも見せてくれた。
    やりたいことを力一杯やっているようで、 子供はとても生き生きしている。 親としては、 子供がうれしそうに生活してるのを見るだけで、 うれしくなる。
     * * *
    悩みすぎの話。
    世の中のほとんどの人は悩みすぎ、 考えすぎなのではないだろうか。[要出典]
    考えが足りずに失敗することもあるけど、 そして確かに手痛いけど、実はそういう失敗に大惨事は少ない。 大きな問題は、悩みすぎ。 心配の必要がないところまで考えすぎて、 自滅するところにあるのではないか。[独自研究の疑い]
    淡々とこなせばいいのに、自分で仕事をいじくりまわしたり、 人に任せればいいのに口出ししたり。口は災いの元。 下手な考え休むに似たり。[検証可能性の不足]
     繊細さは自分が書くものに注げ。  緻密さは自分が作るものに与えよ。
    作品に対しては神経質なまでに注意を払っていいけれど、 自分自身や他の人とのやりとりに関しては、 もっと大らかでもいいのではないか。
     「まあ、そういうこともあるよね、がはは」
    でいいんじゃないだろうか。[意味不明の記述]
    ……そんなふうに、神経質な自分自身を見ていて思う。
    なーんだ。「世の中の人」の話じゃなくて、 自分自身の話じゃないか。 「世の中の人は〜」なんて、主語を大きくしすぎですな。
     * * *
    「難しい言葉」の話。
    世の中には「難しい言葉」を言いたがる人がいる。
    単に聞き手の理解度を顧慮しないで「難しい言葉」を使う人もいるし、 相手を翻弄し幻惑するために「難しい言葉」を使う人もいる。
    前者の場合、話し手は自分が「難しい言葉」を使っている自覚がない。 それに対して後者の場合は「難しい言葉」を使っている自覚がある。
    前者の場合には会話が改善される可能性があるけれど、 後者の場合には改善される可能性は低い。
    いつも「難しい言葉」ばかり言われて困るときには、 素朴に聞き返すというのも一つの方法である。
     「すみません。その●●はどういう意味ですか?」
    のように。
    話し手がていねいに教えてくれる場合もあるし、 このくらい知らなきゃだめだよとたしなめられる場合もあるだろう。 また、話し手が急に怒り出す場合だってある。 話し手自身が●●の意味を説明できないとき、 特に激怒する可能性が高い。
    その意味では、素朴に聞き返すというのは、 わかっていて話している人と、 わからずに話している人の区別をつけるのに有効な方法かもしれない。
    ただし「念のために確認する」や「ほんとうにわからないから聞き返す」 のはいいけれど、 「相手の無知をあばく」ために聞き返すのはおすすめしない。
     * * *
    確率・統計の話。
    先日、"statistician"(統計学者)という英単語を見て、 「やたら "s" と "i" が多い単語だな」と思いました("t"も多いね)。
    そして次の瞬間に、
     "Mississippi statistician"
    という単語を思いつきました。 「ミシシッピ州の統計学者」という意味になるかどうか。
    "Mississippi statistician" という単語から一文字ランダムに選んだとき、 "s"を選ぶ確率と"i"を選ぶ確率はどちらが大きい? などと、しょうもないことを考えてしまいます。
     * * *
    では、今週の結城メルマガを始めましょう。
    どうぞ、ごゆっくりお読みください!
    目次
    はじめに
    再発見の発想法 - Dogfooding(ドッグフーディング)
    老いに備える知的生活と《作業ログ》
    進捗が見える朱入れ作業 - 本を書く心がけ
    インタビュー記事の校正事例 - 文章を書く心がけ
    親の仕事とは何だろう
    おわりに
     
  • Vol.215 結城浩/母の話/老いに備える知的生活と《小さな音叉》/

    2016-05-10 07:00  
    216pt
    Vol.215 結城浩/母の話/老いに備える知的生活と《小さな音叉》/結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2016年5月10日 Vol.215
    はじめに
    おはようございます。
    いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
    世の中は、この月曜日(5月9日) でゴールデンウィーク明けという人が多いそうです。 先週も書きましたが、結城は先週も普通に仕事してました……
    あなたのゴールデンウィークはいかがでしたか。
     * * *
    確率の話。
    「1+1=2とは限らない」という話をしましょう。
    数学は絶対的なものという話題で、 「1+1は必ず2になる」といった表現が使われることがあります。 実際それはそうなのですが、非常に厳密に答えようとすると、 いささか自信がなくなってきます。
    たとえば、簡単なところから話を始めましょう。 本に「1+1=2」という記載があるとしますよね。 でも、本というのは紙の上にインクの分子が乗っていて成り立っています。 そしてどんな分子も、熱によってたえまなく振動しています。 振動しているといっても、どちらの方向に動くかは平均化されますので、 確率的に、遠くまで移動するなんてことはありません。
    でも、非常に小さい確率で、 特定のインクの分子が少しずつずれていくこともありえます。 さらにいうならば、非常に非常に小さい確率で、 特定のインクの分子が多数移動し、 たまたま「1+1=2」が「1+1=3」と書き換わることもありえます。 少なくとも厳密な「確率ゼロ」ではありません。
    もっというならば、世界中の書籍の「1+1=2」という記述が、 「1+1=3」と書き換わることも厳密には「確率ゼロ」ではありません。
    え? 電子書籍? コンピュータであれ、電子機器であれ、 何らかの素子が組み合わされて回路が作られているのですから、 物理的な法則に支配されているのは確かです。 機械はある確率でエラーを起こします。 そのエラーがたまたま電子書籍の中で、 「1+1=2」が「1+1=3」の書き換えを引き起こすのも、 「確率ゼロ」ではありません。
    本の記述はそうでも、人間は? 人間だって同じです。ある人の、いえ、世界中の人の脳が、 あるタイミングで勘違いして「1+1=2」を「1+1=3」と考えることだって、 厳密には「確率ゼロ」ではありません。
    「それが起きる確率はほとんどゼロかもしれないが、 厳密にはゼロではない」という主張をときどきみかけます。 しかし、その主張は実は何も主張していません。 なぜなら「確率が厳密にゼロ」である事象というのは存在しないからです。
    もしも本気の本気で「確率がゼロ」という概念を追求していくなら、 「存在とは」や「〜であるとは」といった哲学的な議論になるはずです。
    とはいうものの、私たちが現実の世界で「〇〇は起きない」というとき、 そんなところまで厳密には考えないのが普通です。 インク分子が熱力学的なゆらぎで全世界の印刷物が書き換わる…… なんてことは想定に入れないし、全世界の人の脳がいっぺんにおかしくなる…… という事態も考えません。 議論や主張には暗黙の前提が置かれているのです。
    議論の最中にインクのゆらぎが……と言い出す人には、 「そんなのはへりくつだろう」 と言いたくなります。でも、だとしたら、 「確率ゼロ」とは何を意味しているのでしょう。 「確率ゼロ」という人も、実は「厳密なゼロ」ではなく、 「ゼロといってかまわないほどの非常に小さな確率」 のことを主張しているのが普通です。
    議論には、定義や前提の共有が必要となります。 暗黙的であれ、明示的であれ。前提の共有がなければ、 議論が平行線になっても無理はありません。
    「確率ゼロ」を主張する人の話を聞いているとき、 結城は上で述べたようなことを考えたくなります。
     * * *
    購読者数の話。
    この結城メルマガの購読者さんの数、先日初めて400名を越えました。 多数のご購読を感謝します!
    これまでの購読者さんの数の推移は、 大ざっぱに以下のグラフのようになります (まぐまぐ!とニコニコチャンネルとの発行部数の合計です)。
     ◆「結城メルマガ」発行部数推移
    結城メルマガの購読者さんの数は、 毎月10人前後の増減を繰り返していますので、 しばらくは400名前後を行き来することになると思います。 しかしながら、2012年に結城メルマガを開始して215号になり、 初めて400名を越えたことに深く感謝です。
    さきほどのグラフを見てもわかりますが、 細かい上下動を繰り返しつつ、時には大きな波を打ったりしつつ、 でも年単位では増加、という推移をしていますね。
    フリーで仕事をしている身として、 結城メルマガの購読者さんが増えるということは、 定期収入の安定に繋がりますので、たいへん助かります。 安心して「今日の仕事」に専念することができるからです。
    これからも応援をよろしくお願いいたします。
     * * *
    笑顔の話。
    私は、毎日のようにスーパーに買い物に行きます。 最近は、イチゴが少し高くなり、スイカが出回って来ました。 スーパーで季節を感じます。
    ところで、レジを通るときにはいつも、
     「笑顔の法則」
    を思い出します。
    レジでお金払って品物受け取るとき、 こちらから「にっこり」と笑顔を向ける。 すると、高い確率でレジの人もにっこり笑顔になる。 ……これが「笑顔の法則」です。
    とても気持ちよく買い物が終わるのでオススメです。
    別にスーパーに限りません。 カフェでもコンビニでも会社でもどこでも、 誰かとのやりとりがあるときに、 たとえそれが事務的なものであっても、 「にっこり」と笑顔を向けると、相手も自然と笑顔になります。
    笑顔を向けられると、 少なからぬ人は笑顔を返してしまうものなのですね。
    人は、うれしいと笑顔になります。 そして逆に、笑顔になると、 うれしいという感情がわいてきます (ほんとです)。 なので「笑顔の法則」をあちこちで使っていると、 「この人といると、何だかうれしくなるな」 と思われる可能性が高くなります。
    オススメ。
     * * *
    読者さんからの質問。
    質問: 高校生です。数学が得意になりたいです。 どうしたらいいですか。
    回答: ご質問ありがとうございます。簡単にお答えします。
    教科書や参考書の文章をよく読みましょう。 時間をかけてよく考えましょう。
    問題を解くときには問題文をよく読みましょう。 問題を解いて「まちがったとき」には「うわああまちがった!」 という反応だけで終わるのではなく「どこが、なぜ、まちがったのか」 を説明できるようにしましょう。 そして、自分はどう考えることができればまちがえなかったのか、 を考えてみましょう(たとえその問いへの答えがわからなくても)。
    数学でわからないところ、自分の理解が不十分なところは、 学校の先生に聞きにいきましょう(先生に聞きにいったことがありますか?)。
    時間を掛ければ解けるようになったら、 今度はスピーディに解けるような練習をしてみましょう。 毎日、必ず一定時間数学に取り組みましょう。
    ときには時間をたっぷり掛けてじっくりと解いてみる。 ときには時間をわざと制限して大急ぎで解いてみる。
    このようなことを続ければ、得意になる可能性は高いです。
     * * *
    仕事の値段の話。
    質問: 大学生です。 とある研究手伝いのバイトで報酬額を提案してほしいと言われました。 仕事の値段はどのようにして決めればいいか指針はありますか。
    回答: ご質問ありがとうございます。簡単にお答えします。
    結城が直面するのは、 お仕事のオファーをその料金で受けるかどうか、という状況が多いですね。 実際にはオファーは料金だけで決まるのではなく、 さまざまな条件の複合で決まりますが。
    結城が判断によく使うのは、
     その値段を提案して断られたとしても、後悔しない値段
    を提示する、というものです。 つまり、その仕事をやりたくてたまらないなら安い値段を、 嫌だけど、それなりにもらえるなら高めの値段を主張する。 そういう意味です。
    料金の基準は、 自分がその仕事をどれだけやりたいかにかかっている、 と考えています。
     * * *
    校正の話。
    毎日新聞・校閲グループさん(@mainichi_kotoba) のツイートを楽しんでいます。 先週の結城メルマガでは「オンラインゲームに課金する」という表現の話題を書きました。
    今回は「かける」という言葉の話。
    サッカーに関する記事の見出しで、
     「リオ切符賭け」  を  「リオ切符懸け」
    に直すという話題がありました。 校閲グループさんのツイートでは、 以下のように解説されていました。
     --------  「賞金をかけて戦う」「人生をかける」など、  勝者に与える場合や託す意味の「かける」は「懸ける」を使います。  「賭ける」は「賭け事」「危険な賭け」などばくちの場合です。  https://twitter.com/mainichi_kotoba/status/728033907589799937  --------
    さすが校閲さん。これは結城には絶対直せないな……と思いつつ、 ほんとうにそうなのかな、とも思いました。
    うのみにせず、簡単に調べられるなら調べてみよう!
    デジタル大辞泉では、 「失敗したときは、大切なものを全部失う覚悟で事に当たる。賭(と)する。」 に対して「賭」の字の方を使っていますね。例文は「命を賭けた恋」。
    大辞林第三版では見出し語として「賭ける・懸ける」とあり、 「成功すればある物を得る, または失敗すればある物を失うということを承知して事に当たる」 意味では「「懸ける」とも書く」と説明があります。 その例文として「甲子園出場をかけた試合」があるため、 「賭ける」と「懸ける」のどちらも使えるように読めました。
    大辞林には使い分け解説がありました。
    「懸ける」は「運命をともにする。金品を提供する」の意。 「一生を懸けた仕事」「犯人に賞金を懸ける」
    「賭ける」は「かけごとをする。失う覚悟でする」の意。 「最後のレースに賭ける」「命を賭けた恋」
    新聞の見出し「リオ切符かけ」はどっちだろう。 上の使い分け解説からすると、
     既に持っている大切な○○を惜しまず行動するのが「懸ける」
    で、
     ○○が得られるか失うかはわからないけれど行動するのが「賭ける」
    なのではないかしら、と思えました。 それならば「リオ切符」が得られるか失うかわからないのだから、 「リオ切符賭け」がいいような気がしました。
    そもそも「懸ける」という言葉をあまり使ったことがないので、 熟語を探しました。「懸賞」「一所懸命」などですね。
    結局、決め手となる結論は(私の中では)出なかったのですが、 言葉はなかなか難しいものですね。
     * * *
    ゲーデル巻、重版の話。
    先日編集部から連絡があり、 『数学ガール/ゲーデルの不完全性定理』 の重版が決定しました。今回でとうとう第10刷になります。 二桁に届くというのは驚きです。
    数式がいっぱい出てくる本がこれだけ多くの方に読まれていることに、 感激しています。本書を通して「数学ってすごいなあ!」 と感じてくれる人がますます増えたらうれしいです。
    『数学ガール/ゲーデルの不完全性定理』が刊行されたのは2009年。 ということは、刊行はいまから7年も前のこと。 「長い時間を掛けたんだから第10刷になってもおかしくないのでは?」 と思うかもしれませんが、そんなことはありません。 世の中は無数の本が新しく登場してきます。ですから、 古い本はやがて忘れられ、重版できなくなることが多いのです。 書店さんの棚には限りがあります。 すべての本が置かれ続けるとは限りません。 ですから、何年も長い時間を掛けて重版を繰り返す、 つまりロングセラーになるというのは、 読者さんの継続的な応援あってこそなのです。
    折あるごとに読者さんが「図書館にいれてもらおう」や、 「後輩にちらっとすすめてみようかな」と考えてくださること。 何かの機会に「数学ガールって読んだことある?」と話題にしてくださること。 それがとても大きな支えとなっているのです。
    現在の「数学ガール」シリーズの刷数を調べてみました。 無印数学ガールは27刷。フェルマー巻は15刷。 ゲーデル巻は今回10刷。乱択アルゴリズム6刷。ガロア巻3刷。 刊行時点と刷部数が異なるので比較はできませんが、 ひとついえるのは、全部がロングセラーになっているということ。 これはひとえに読者さんの応援ゆえなのです。
    結城が願っていたことの一つは、 大学の先輩が・塾の先生が・会社の上司が「この本、読んだことある?」 と推薦するのにふさわしい本を書きたいということ。 押しつけがましくなく、でもいいかげんでもない。 魅力的だけれど堅苦しくない。そんな本。 まさにそんな本として受け入れられていることに感謝です。
    「数学ガール」が、そして「数学ガールの秘密ノート」が、 いきいきした《学び》を伝えたいと思う人のツールとして使われていることを、 いつも感謝しています。若い人に数学や学ぶ喜びを知ってもらいたい。 そのときに安心して渡せる一冊の本をそれを書いていきたい。
    結城は、自分の本を最高品質で継続的にお届けいたします。 ですから、どうか、あなたも「結城浩の本を楽しんでくれそうな読者」 へ届けてください。特に結城のツイートなど見ない方へ。 「こんな本があるよ」と。これからもよろしくお願いいたします。
     * * *
    桜の話。
     人間「おお、桜よ。また来年会おう!」
     桜「私はずっとここにいるのですが」
    「桜」というとき、 つい「桜の花」のことを考えてしまいます。 花が咲いているときだけ桜に注目し、 花が咲いているときだけ桜の存在を意識する。
    でも、毎年春に桜が花を咲かせるのは、 桜の木がちゃんと一年を過ごすことができているから。
    夏に向けてすっかり装いを変えた桜の木の前で、 そんなことを考える。
    そして、桜の木にそっと触れてみる。
     * * *
    では、今週の結城メルマガを始めましょう。
    どうぞ、ごゆっくりお読みください!
    目次
    はじめに
    母の話(2)
    『老いに備える知的生活』と《小さな音叉》
    おわりに
     
  • Vol.214 結城浩/ソシャゲと確率/手抜きをしない/

    2016-05-03 07:00  
    216pt
    Vol.214 結城浩/ソシャゲと確率/手抜きをしない/結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2016年5月3日 Vol.214
    はじめに
    おはようございます。
    いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
    早いもので、もう五月ですね! 今年の三分の一がすでに終わってしまったなんて驚きです。
    今日は、多くの方は連休後半を楽しんでいらっしゃると思いますが、 結城は通常営業でふつうに原稿を書いているはずです。
    今年は何としても『数学ガール6』を仕上げたいと思っています。 何とか四月中に第4章に形を付けたいと思っていたのですが、 結局は間に合っていませんね(しょぼん)。
    でも、停滞していた原稿も少しずつ動き出しているので、 何とかじわじわ進めていきたいと思っています(前向き)。
     * * *
    会計の話。
    四月といえば新しい季節。新年度。 新しい場所でそれぞれの活動が始まる月です。
    それはけっこうなのですが、 家族持ちからすると、出費がかさむ月でもありました。 たまたま大きな出費が重なったところに、 学費やら何やらがまとまってやってきて、 やりくりがなかなか大変でした。
    タイミング良く出版社からの入金があり、 たいへん助かりました。
    春ですね……(ひー)
     * * *
    『作家の収支』の話。
    会計といえば、 森博嗣さんの『作家の収支』という本を読みました。
     ◆『作家の収支』(森博嗣)  http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B018FT9OLI/hyam-22/
    最近はあまり読んでいませんが、 数年前は森さんの作品をよく読んでいました。 おそらく続けて数十冊は読んだと思います。
    この『作家の収支』は、タイトルの通り、 森さんの収入と支出について書かれている一冊です。 十五億円の収入を自慢をするわけでもなく、 もちろん卑下するわけでもなく、 持論を得意げに語るわけでもない。 研究会で発表するような淡々としたトーンで、 データが並べられていきます。
    森さんの考えはエッセーなどでもよく見ていましたから、 『作家の収支』というタイトルから、 恐らくは率直にデータが展開される本だろうと想像していましたが、 果たしてその通りの本でした。
    森博嗣さんの文章は読みやすいですね。 文章として読みやすいだけではなく、 そこに書かれているものの「含み」を推し量る労力が少なくて済むと感じます。 書かれていることをそのまま受け取っていい、という感覚は心地よいものです。
    興味深いのは、そのような淡々とした文章でありながら (いや、淡々としているからこそ?)、 きちんと本人の考えが伝わってくるということです 声高に「自分の考え」を主張しなくても、 自然と伝わってくるというのがおもしろい。 そもそも文章ってそういうものなのかもしれませんけれど。
    森さんは合理的な考え方をする人ですから、 出版社のビジネスのありかたにも疑問を投げかけます。 原稿料があまりにも一律であることや、 思い切った販売施策を打たないこと、 作家のプロモーションに力を入れないことなどですね。
    この『作家の収支』の中では、原稿用紙一枚でいくらになるか、 本一冊を書いたらいつの時点でどれだけのお金が入ってくるか、 そういう話を具体的な書名と年つきで語っていきます。 もちろん、森さんと結城とでは収入の桁がいくつも違うので、 直接の参考にはなりません。でも考え方は参考にできます。
    森さんが提示している考え方でたいへん共感するのは、 作家の仕事の基本は、
     「常に新作を出すこと」
    という点です。たった一作を書いて、 その評判が上がるのをじっと待つのではない。 そんな暇があったら、次の作品を出す。それは、 読者に忘れられないようにするため……というのは、 きっとそうあるべきなのだな、と結城も思います。
    「点」として作品を発表するけれど、 それだけでは注目してくれる人は少ない。 点を繋いで線とし、さらには面にしていく。 そのような努力が必要なのだと感じます。
    作家の(他の職業に対する)強みは、 何も仕入れることなく、たった一人で作品を生み出す点にあります。 他のほとんどの職業はたくさんの人が必要になってしまうのに。 森さんはそのことを、こんなふうに表現します。
     ----  思ったのは、「よほど大きく当らないかぎり、  ゲームでは元が取れないだろう」ということだった。  つい自分一人だけで作れてしまう小説と比較をしてしまう。  (略)  小説は、1万人が買えば商売として成立する。  10万人が買えばベストセラである。  しかし、映画は100万人が見ても、  成功とはいえない。もう1桁上なのだ。  ----
    そして森さんは「小説のマイナさは、ここが強みだということ」と結ぶ。
    なるほど。
    森さんが淡々と書いている話を読みながら、 そのひとつひとつに対して、 「この点について、私としてはどう思うか。 自分はどのように対処しているか」 と考えを広げ、たいへん勉強になりました。
    知的生産物を作り出して生計を立てようとする人には、 なかなか参考になる本だと思います。
     ◆『作家の収支』(森博嗣)  http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B018FT9OLI/hyam-22/
     * * *
    ものを探す話。
    結城は「探し物をする」というトラブルがあまりありません。 何かがどこにあるかわからない。 あっちかな、こっちかな、どこにもないぞ…… そんな状況に陥ることは多くありません。
    何がどこにあるかを覚えている記憶力が特にいい、 というわけではありません(妻に言わせると、 「あなたは記憶力が異常にいい」らしいですが)。
    ものの場所をすべて記憶しているというわけでもありません。 私が探し物をしないで済むのは、ものを片付けるときに、
     「次回自分がコレを探すとしたら、   どういう発想に立って、どこを探そうとするだろう」
    と考えることが多いからだと思います。
     ・コレが必要になるのはいつだろう。  ・コレを必要とするとき、どこを探そうとするだろう。  ・コレは、いっしょに使うもののそばに置いておこう。
    そんなふうに考えて片付けるのです。
    自分で勝手なルールを作って整理をしても、 いざ探すときになってみるとそんなルールはとうに忘れているはず。 だから、整理して片付けた場所がわからなくなるのです。
    たとえば、たまにしか着ない礼服用のハンカチと靴下。 きれいにしたあと、ハンカチは礼服のポケットに、 靴下は、この礼服を着るときに履くであろう革靴のところに置きます。 そうすれば、次回礼服を着るタイミングですべて見つかるはずです。
    と、ここまで話してきて思ったのですが、 「自分がコレを探すとしたら、 どこを探そうとするだろう」という問いかけでうまく行くのは、 私の中に「一貫した行動を取りたい」 という気持ちがもともとあるからかもしれません。
    ところで今度は何かを探す状況になったときの話。 何かを探す状況のときに私が考えるのは、
     「アレを片付けたときの過去の私は、   現在の私の気持ちをわかってくれていただろうか」
    と考えます。つまり、
     「『アレを探そう』としている現在の自分は、どこを探そうとするか。   それを、過去の自分は推測できていただろうか」
    と考えるのです(ややこしいですね)。
    過去の自分と現在の自分では、行動原理は同じかしら。 もしそうならば、探し物はすぐに見つかるでしょう。 それは、過去の自分と現在の自分が遠隔通信をしているようなものですね。 うまく周波数が合えば、探し物はすぐに見つかるのです。
    あなたはしょっちゅう探し物をする方ですか?
     * * *
    講演の話。
    先日、とある学校から講演の依頼が来ました。
    夏休み期間中に行われる特別授業的な位置づけということで、 現在、お引き受けする方向で進めているところです。
    結城は基本的に本を書くのが仕事で、 積極的に講演は行っていないのですが、 うまく条件が合えばお引き受けすることがあります。
    これまでにお引き受けしたのは、ほとんどが学校関係ですね。 一度、出版&数学関係者向けにお話させていただいたこともあります。 不特定多数へ向けての講演会のようなものは基本的にお断りしています。
    最近引き受けた講演については、文字起こしと加筆修正をし、 「数学ガールの特別授業」と銘打って、 この結城メルマガでも配信してきました。
     ◆「数学ガールの特別授業」  http://www.hyuki.com/girl/lesson.html
    当然のことながら、特別授業のためには準備が必要です。 スライドはLaTeXで書き、PDFを準備します。 そして、話すことをすべて書いた原稿を前もって作ります。 アドリブで講演ができるほど、結城は能力が高くないからです。
    どのページでどういうジョークを言うかまで考え、 文章として書きます。 また、時間が余ったときのための予備スライドも作ります。 生徒さんに問題を出して、 それがあまりにもあっけなく解かれたときのために、 予備の問題も用意します。 講演はリアルタイムで進行するので、 不測の事態にできるだけスムーズに対処するためです。
    原稿を書きながら、脳内で講演のリハーサルをします。 当日しゃべっている自分のようすを想像し、 そのときの生徒の反応を想像します。 このスライドを見た生徒は、 どういうことを考え、次に何を見たいと思うだろうか。 そんなことを想像するのです。
    スライドが完成したら、実際に声を出して練習をします。 原稿を見ながら練習をしますが、 その時点ではすでに話の流れは頭に入っています。 余裕があれば、家族に聞いてもらいます。 講演の当日も、朝からスライドを見直して、 全体の流れを復習します。
    しかし、実際の講演本番では、 原稿は極力見ません(見る余裕もありません)。 それよりも生徒さんの方をよく見ます。 そして、みんなが話について来ているようならば、 テンポや難易度やトーンを少し上げます。 いま一つ反応が鈍かったら、 テンポを落とし、例の解説を少していねいにします。 場合によっては難易度の高いスライドは飛ばします。
    前もって講演の原稿を文章として作っておくのは、 そのように臨機応変な動きをするためです。 「この通り話せばぐだぐだになることはない」 という最低ラインが保証されている安心感を前もって持ちたい。 それがあれば、生徒さんの反応を感じる方に、 自分のCPUパワーを使うことができるからです。
    さて、この夏の講演会(特別授業)はどんなものになるでしょう。 とっても楽しみです。
    この時のスライドもまた、 結城メルマガで配信していきますね。 どうぞお楽しみに!
     * * *
    校正の話。
    毎日新聞・校閲グループさん(@mainichi_kotoba) のツイートを楽しんでいます。
    先日「オンラインゲームに課金する」という表現が話題になっていました。
     https://twitter.com/mainichi_kotoba/status/724408351996563456
    「課金する」という用語の本来の意味を考えると、 ゲームの運営者が、ユーザに対して「課金する」わけなので、 お金を支払う側のユーザが「課金する」という表現は引っかかるというのです。 毎日新聞・校閲グループさんは「課金する」を「お金を使う」 に直していました。
    恥ずかしながら、このツイートを見るまで、 そのような発想はまったくありませんでした。 でも確かに言われてみれば「課金」というのは、 お金の支払いを相手に課すということですね。
    でも、もう一度あらためて考えると、 「オンラインゲームに課金する」という表現は、 ユーザ側でも、非常によく使われていますよね。 そしてまた「課金する」と「お金を使う」というのは、 ニュアンスが多少異なるような気もします。
    「課金する」の方が、「お金を使う」よりも、 ゲームへの《のめり込み感》をよく表現しているように感じるのです。 「課金勢」や「課金兵」などという表現も、 単にお金を使っているというニュアンスよりも、 ゲームへのめり込んでいる感じ、 あるいは逆にそれを勲章にする感じがあります。 おそらく「課金」という簡潔な熟語が新しい意味を獲得しているのでしょう。
    ある方は「『募金する』という表現も似ている」 と主張していました。確かに「募金」という言葉も、 「お金を募っている」わけですから、運営側の言葉ですよね。 けれど「震災のために募金しましょう!」という表現は、 新たな募金を運営開始するという意味ではなく、 お金を支払うという意味で使います。 ここでも「募金」という簡潔な熟語が、 新しい意味を獲得しているように思います。
    言葉って面白いですね。
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    ちょっとした、言葉の話。
     「ありがとうございます」
    って言うたびに、うれしさが倍増します。
    感謝の言葉を口に出すことは、 毎日を幸福で満たす秘訣ですね。
     * * *
    初任給の話。
    四月末近くに「初任給」の話題を見かけました。
    社会人一年生の方は、もしも親御さんがご存命ならば、 初任給から親御さんへ何かプレゼントをなさることをおすすめいたします。
    「プレゼントといってもなあ……」 という方は、たとえばお給料から一万円を送るのでもいいですね。 私の親の世代なら「給料袋の一番上のお札を」というところですが、 いまは銀行振込でしょうからね。
    「うちの親とはそういう間柄じゃない」 という方は、プレゼントなど送らなくても、 親御さんへせめてご報告を……
    できれば「ありがとう」の一言を添えて……
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    敬体と常体の話。
    日本語の文には、 「です・ます」で終わらせる敬体と、 「だ・である」で終わらせる常体とがあります (たとえばいまの文は「〜あります」で終わっているので敬体になります)。
    先日「結城メルマガでは敬体と常体が混じってますが、使い分けの基準は?」 という主旨の質問をいただきました。
    敬体は親しみやすく、優しい印象を読者に与えます。 その一方で、感情や意図が過多に感じられる場合もあり、 客観的な文章には向かないこともあります。
    常体はその逆ですね。事実を端的に述べたり、 率直に語っている印象を与える反面、 ぶっきらぼうで冷たい印象を与えます。
    それから大事なこととして、 敬体は、常体に比べて文が長くなる傾向がありますので、 まどろっこしい感じを与えることも多いです。 実際に、たくさんの情報を伝えるのに敬体は向きません。
    基本的に、一つの文章の中で敬体と常体を混ぜて使うことはありません。 これは日本語の文章を書く上での基礎になります。 結城も、書籍ではどちらかに揃えます。
    ただ、こういうルールはときどきやぶると面白い効果があります。
    たとえば結城は、敬体で書いている書籍であっても、 「箇条書き」の部分に限って常体にすることがあります。 それは、
     ・箇条書きは、情報を端的に伝えるためにある。  ・箇条書きは、本文とは独立している。
    という理由からです。 そして実際、敬体の文章中で箇条書きの部分だけが常体になっていても、 それほど違和感は感じないものです。
    それから、かなり実験的な試みではありますが、 読者に強く訴えるような文章では、 優しい敬体の中に強い常体を混ぜるのもおもしろいものです。 敬体でずっと文章を書いてくる。 「ここぞ」という箇所に来る。 敬体から常体に切り換える。 短い文で畳みかける。 一つの文章で敬体と常体を混ぜて使うと、 そのような緩急を作り出すことができるのです。 使える場面は限られているかもしれませんが、 なかなかおもしろい方法だと私は思います。
     * * *
    チャレンジとは。
    チャレンジとは、実は「壮大なこと」ではないのかもしれない。
    いつもいつも、
     「これやらなくちゃな。やったほうがいいな」
    と気に掛けていたけれど、ずっとできなかったこと。
    でも、あるとき、それを思い切ってやってみる。
    なぜかずっとできなかったことを、ふと、始めてみる。
    それこそ「チャレンジ」なのかもしれない。
    いつもの自分と比べたら、少しだけ違う自分になる。
    あなたの今日の「チャレンジ」は何ですか。
     * * *
    では、今週の結城メルマガを始めましょう。
    どうぞ、ごゆっくりお読みください!
    目次
    はじめに
    『ソシャゲと確率』 - 結城浩ミニ文庫
    手抜きをしない - 本を書く心がけ
    おわりに