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記事 5件
  • Vol.157 結城浩/フロー・ライティング/note(ノート)を一年利用して/仕事の心がけ/高校時代の思い出/

    2015-03-31 07:00  
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    Vol.157 結城浩/フロー・ライティング/note(ノート)を一年利用して/仕事の心がけ/高校時代の思い出/結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2015年3月31日 Vol.157
    はじめに
    おはようございます。 いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
     * * *
    新刊の話。
    『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』は再校読み合わせを無事終えました。 これで結城の手はほぼ離れて、編集部そして印刷所にボールが渡りました。 私には、四月に入ってサイン本を作るお仕事が残るのみです。
     ◆『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』  http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4797382317/hyuki-22/
    今回は「数学ガールの秘密ノート」シリーズの五冊目。 とうとう「数学ガール」シリーズと冊数が並んでしまいました。 がんばって「数学ガール」シリーズ(本編)も書かなくては!
     * * *
    電子書籍の話。
    『数学文章作法 推敲編』の電子書籍が配信されました。
     ◆『数学文章作法 推敲編』(Kindle)  http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00UWBR406/hyuki-22/
    電子書籍発売を記念して、筑摩書房さんより、
     ・結城浩の直筆メッセージカード  ・1000円分のQUOカード
    のプレゼント企画が行われています(2015年4月3日まで)。 詳しくは、以下のページをご覧ください!
     ◆【プレゼント】結城浩さん直筆メッセージ&QUOカード ツイッターキャンペーン  http://www.chikumashobo.co.jp/blog/news/entry/1114/
     * * *
    SNSでのもめごとの話。
    結城はTwitterでよくおしゃべりをしている。 比較的自由にしゃべっているけれど、注意していることもある。 たとえば、人や物事を闇雲に批判しない(disらない)というのはその一つである。
    自分が嫌いなものであっても、それを好きな人もいる。 自分が好きなものを闇雲に批判されたらムッとくる人も多いだろう。 もめごと回避のためには闇雲な批判は避けた方がいいと思っている。
    しかしながら、もめごとを回避することが100%可能というわけではない。 また、もめごとを回避した方がいいかどうかも難しいところである。
    それこそ、もめごとが起きるので具体的には書かないが、 ずいぶん以前、結城のツイートに含まれている単語に対して、 ある人から文句を言われたことがある。 相手は、その単語に対してカチンと来たらしいのだ。
    そういうとき、どうしたらいいのか。
    まずは、脊髄反射的にリプライしない方がいい、と思っている。 深呼吸の一つでもして「自分はその単語にこだわりを持っているのか」 と自問する。
    もしもこだわりを持っていないなら、 必要に応じて発言を撤回するなり、お詫びをするのがいいと思う。 もしもこだわりがあり、自分にとって重要な意味を持つものなら、 きちんと自分の考えを述べるのがいいと思う。 当たり前のことである。
    ただし、自分の考えを述べることで、 相手の考えを変えようと思うのは無駄だ。 自分の考えを述べることは自分の問題だけれど、 相手が考えを変えるかどうかは相手の問題だからである。 一言でいえば、
     「論破しようとするな」
    である。そこを間違えると、 相手と不毛なやりとりを繰り返すことになってしまう。
     * * *
    編集者の話。
    ある出版社の編集者は、結城が原稿を送ったときの返信で、 必ずと言っていいほど、
     「今回の原稿を一読した個人的感想」
    を一言書いてくれる。もちろん、私はとてもうれしい。
    こういう行動というのは、編集部で教わるものなんだろうか。 それとも、その編集者が個人的技量なのだろうか。 また、その編集者は意識的にやっていることなのか、 それとも自然とやっていることなのか。 そんなことを思う。
    念のため書いておくと、 原稿を送ったときの返信に「一言感想」を書かない編集者に対して、 不愉快に思っているわけではない。 原稿を渡し、編集してもらうということに関して、 「一言感想」を書くかどうかというのは本質的ではないと思っている。
    現実問題、長い原稿の場合には一読するのも時間が掛かる。 「一言感想」のために返信が遅れるのでは本末転倒である。
     * * *
    pplogの話。
    最近、pplogというサイトがお気に入りです。
     ◆pplog  https://www.pplog.net
    このサイトは、 「最新の1件しか公開されたネット上に残せないブログのような何か」 を書くためのサイトです。ブログでいう一つのエントリ(記事)は、 このサイトでは「ポエム」と呼ばれています。 ポエムといっても詩が書かれているとは限らず、 あくまで「ブログ記事のような何か」なのですが。
    iPhoneでこのサイトにアクセスし、 ぽつぽつと文章を書き残すのが最近のマイブーム。
     ◆結城のポエム  https://www.pplog.net/u/hyuki
    他の人が書いたポエムも最新の1件しか見ることができないので、 大げさに言えば、文章との一期一会が生まれることになります。
    pplogでは、次のポエムを書いたら、 過去のポエムは他人から見られなくなる「安心感」があります。 そのためか、ほんとにポエムっぽい文章が登場したり、 あまり公の場では見られないような心情の吐露が行われたりします。 なさけない弱音だったり、愚痴だったり、不安だったり。
    でも不思議なもので、そのような心情の吐露によって、 逆にそのポエムの書き手への共感や親しみが湧いてくることも多いのです。 文章ってあなどれません。
    一般に、誰かと「深い会話」をするためには、 どこかで自分の深い部分を開示する必要があります。 互いに表向きの顔をし続けたまま、 「深い会話」に入るのは難しいですよね。 でも、自分の深い部分を開示するのには、 いろんな意味でのリスクがつきまといます。 誰しも、かっこわるい自分を他の人に見せたくはないものですから。
    ところがこのpplogでは、 図らずも深い部分の開示が行われてしまうことがあり、 そのために深い共感や親しみを感じてしまうのかもしれません。
    このpplogというサイトの可能性に興味津々です。
     * * *
    彼女の話。
    結城は彼女(妻)からこんなふうに言われることがある。
     -----  あなたはよく、     『これならばこうだ。    でも違ったならば、こうだ』    と言う。  でもそれじゃ、あなたはどう思っているのかわからない。  あなたの考えがわからない。  -----
    どうも、条件を切り分けたり、分析的な言い回しで考えを述べることが、 《当事者意識の欠如》と誤解されているのではないかと思う。 というこの文章自体が分析的だな。
    しかし、自分としては《当事者意識》があるときほど分析的になる傾向がある。 つまり、当事者となって、何とかしなくちゃと思えば思うほど、 感情ではなくて論理で判断しなくてはという傾向が強まるという意味である。
    そういえば、結城は彼女に対して「大事な問題なのに、 そんなにのめり込んだら適切な判断はできないんじゃないか」 と思うことがある。考えてみると、さっきの彼女の発言とちょうど正反対である。
    特に結論はない。
     * * *
    アイコンの話。
    先日のホワイトデー(3/11)で、 結城のアイコンと数学ガールの登場人物を「クッキー」 にしてくださった方( @Ruriatto さん)がいらっしゃいましたのでご紹介。
     https://twitter.com/Ruriatto/status/576644054319935488/photo/1
    こちらは同じ方の円周率クッキーです。
     https://twitter.com/Ruriatto/status/576678788244713472/photo/1
    また、結城のアイコンをピクセルで描いてくださった方( @nun_ さん) もいらっしゃいましたので、ご紹介します。
     https://twitter.com/nun_/status/575466174449774594/photo/1
    それから、結城のアイコンをフェルトマスコットにしてくださった方( @ippikihtz さん) もいらっしゃいました。彼女の分まで作ってくださり感謝です!
     https://twitter.com/ippikihtz/status/580355868165701632/photo/1
    みなさんに感謝です!
     * * *
    さて、それでは今週の結城メルマガを始めましょう。
    今週は文章を書くことについての連載エッセイ「フロー・ライティング」で、 「春に思う」というお話をお届けします。 春になって新しいことを始めたいけれど……という話題です。
    それから、note(ノート)を始めて一年になるので、 一年間の数字を交えて簡単な振り返りをします。
    「仕事の心がけ」のコーナーでは 「作業ログとお知らせシステム」という話、 「教えるときの心がけ」のコーナーでは 「高校時代の思い出」をお送りします。
    お楽しみください!
    目次
    はじめに
    フロー・ライティング - 春に思う
    note(ノート)を始めて一年を振り返る
    作業ログとお知らせシステム - 仕事の心がけ
    高校時代の思い出 - 教えるときの心がけ
    おわりに
     
  • Vol.156 結城浩/数学文章作法 - 執筆の基本/Q&A - 受験時代の数学を振り返って/

    2015-03-24 07:00  
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    Vol.156 結城浩/数学文章作法 - 執筆の基本/Q&A - 受験時代の数学を振り返って/結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2015年3月24日 Vol.156
    はじめに
    おはようございます。 いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
     * * *
    新刊の話。
    『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』 は先週末に再校のゲラが届きました。 今週末の読み合わせに向けてチェックする作業に入ります。
    今回の本に相当する部分をWeb連載していたのは2013年8月〜10月のこと。 もう二年前になるんですね!
     ◆『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』  http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4797382317/hyuki-22/
    再校ゲラの読み合わせが終わると、 基本的に結城の手を離れることになるので、 今週がいわばラストスパートです。
    がんばらなくちゃ!
     * * *
    電子書籍の話。
    もうすぐ(2015年3月27日から)、 『数学文章作法 推敲編』の電子書籍が配信されます。
     ◆『数学文章作法 推敲編』(Kindle)  http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00UWBR406/hyuki-22/
    昨年末の刊行からずいぶん間が開いてしまいましたが、 ぜひご利用ください。
    ところで、電子書籍発売を記念して、筑摩書房さんより、
     ・結城浩の直筆メッセージカード  ・1000円分のQUOカード
    のプレゼント企画が行われています。 詳しくは、以下のページをご覧ください!
     ◆【プレゼント】結城浩さん直筆メッセージ&QUOカード ツイッターキャンペーン  http://www.chikumashobo.co.jp/blog/news/entry/1114/
     * * *
    映画の話。
    先月『繕い裁つ人』という映画を観ました。「つくろいたつひと」と読みます。 中谷美紀さん主演の「仕立屋さん」のドラマです。 原作はコミックらしいです。
     ◆映画『繕い裁つ人』  http://tsukuroi.gaga.ne.jp
    これを観ようといったのは家内です。 以前『舟を編む』という映画を夫婦で観てよかったので、 今回も期待して観にいきました(『舟を編む』のほうは辞書編纂の物語)。
    『繕い裁つ人』は、相手役の男性がちょっとイメージと違うかなと感じたけれど、 全体としてなかなか楽しめました。特によかったのが、 ヒロイン南市江を演じる中谷さん。
    仕立屋さんの話なので、アトリエというか作業する部屋でミシンを掛けたり、 布を裁ったりするわけですが、その仕草一つ一つがとてもいい。 こつこつと何かを作っていく職人さんの姿は魅力的です。
    手を動かしていっしんに何かを作っているのを観ていると、 私自身も何かを作りたくなってきます。 こういう気持ちはどこから来るんでしょうね。
     * * *
    ゲームの話。
    結城は「頭をリセット」するためにiPhoneのゲームを楽しむことがあります。 原稿を書いていて疲れたときなどに数分遊ぶと、すごく頭が切り替わります。
    最近のお気に入りの「頭リセット用」のゲームは、"RGB Express"というものです。 荷物を運ぶトラックの道筋を決めてやるというパズルゲームです。 難易度のバランスがとても良くて、行き詰まらないのがいいですね。 グラフィクスがとても可愛いのもいい。
     ◆RGB Express by Bad Crane  http://rgbexpress.com/
    このゲームに限らない話だけれど「あいだをあける」ことの意味をときどき考える。 ずっと根を詰めて書いていると何だか行き詰まってくる。 でも、ちょっとだけゲームをやって戻ると、元気になっていて、 また新鮮な気持ちで次の文章書きに向かうことができる。
    そしてまた、パズル自体もそう。 難しい面を完成させようとして何度もトライしてもなかなかうまく行かない。 でも、ちょっとだけ原稿を書いてから再トライすると、 一発でその面が解けたりする(ちょっと待った。 原稿とパズルとどっちがメインなんだ?)。
    仕事の側でもパズルの側でも休憩は大事。 きっと、いったん頭をからっぽにして、 別の発想で仕切り直しすることが大事なんだろうな。
     * * *
    休憩の話。
    休憩で思い出しました。 こんなページがあります。
     ◆定期的な休憩を取る「52・17」ルールで生産性を最大化  http://www.lifehacker.jp/2015/03/150306_5217rule.html
    これによると、
     -----  52分の仕事時間は課題をこなし、  物事を片付け、業務を進めることに集中するのです。  一方、17分の休憩時間の間は完全に仕事から離れます。  -----
    というリズムが最も生産性が高いのだそうです。
    まあ52分と17分という具体的な数値はさておき、 これはよくわかります。 休憩を間にはさむことはなかなか馬鹿にできません。
     * * *
    フラクタルの話。
    先日Twitterで、 「フラクタルを理解するためのフローチャート」 というものを見かけました。
     ◆A flowchart for understanding fractals  https://twitter.com/mathemaniac/status/574556134763143169
    野暮な解説をすると、 このフローチャートそのものがフラクタルになっているのです!
     * * *
    統一感の話。
    駅に行くと、地方のキャンペーン企画のポスターを見かける。 「○○県にはこんな特産物があるし、温泉もあるから来てね♪」 のようなもののことである。 駅前で、地方の特産物の即売会が催されることもある。
    しかし、その地方がアピールする印象がバラバラなことが多い。 さっき駅にあったポスターと、この即売会は同じ県のものなのに、 共通のメッセージが提示されてない、と感じるのだ。 統一感がないのである。 それは、ブランディングとして もったいない話じゃないだろうか。
    例外的に優れているのは熊本県。 いわずとしれた「くまモン」がいるからだ。 スーパーにいくと「くまモン」がいる。 デパートにも「くまモン」がいる。 あの「ゆるキャラ」を見るたびに熊本県のことを少し考える。 キャラクタの力は大きい。
    凝集力を高めるのはやはり「一人(一匹)のキャラ」だからだろうか。 くまモンというキャラに信頼や興味や期待を集結させているから統一感が生まれる。
    結城は個人で仕事しているから、 私の仕事は私という個人に結びついている。 だから管理や制御も楽といえば楽だ。 どういう仕事をし、ツイッターでどういうことをつぶやき、 Webに何を書くかをすべてコントロールできる。
    それに対して、複数人が絡むプロジェクトの場合は違う。 コンセプトデザイナーというか、ディレクターというかはわからないが、 ともかく方向を決定する人、 これはよし、これはダメという人が必要になる。 でないと、統一感を出せないからだ。
    聞くところによると、 無印良品というブランドで商品を出すには、 ある少人数の人たちの判定が要るらしい。
    もしかすると、広い意味でのデザイナー(設計者)の仕事は、 そこにあるのではないだろうか。 これはいいが、これはダメと言い続ける仕事である。 いちいち人間が判定するのはたいへんだから、 省力化するためにデザイン図(設計図)を描くのだ。
     * * *
    数学の得意不得意の話。
    結城が知っている範囲で「数学が得意な人」の多くは、 数学でよく出てくる「ルール」に対して、 以下のような考え方をしているように見える。
     ・ルールをよく守ろうとする。  ・ルールの境界(限界)を理解しようと思う。  ・そのため、ルールぎりぎりのことを試みることがある。  ・暗黙知で解釈せず、ルールを言葉通りに扱おうとする。  ・一度定めたルールを正当な理由なく変えるのを好まない。  ・ルールは便宜上定めたものだとよく理解している。  ・だからこそ(正当な理由がない限り)厳密に守ろうとする。
    「ルールを厳密に守る」というと、 融通がきかず、頭が固いような印象があるけれど、 数学が得意な人ほど「自由さ」を持っているように感じる。
    たとえば数学者。 自由さにおいて、数学者の右に出る人はなかなかいないのではないか。 数学者は、ルールに対して、何ができるかできないかを厳密に理解しようとする。 「どんな意味でどれだけ自由だと言えないのに、自分が自由だとなぜいえる?」
    逆に、結城が知っている範囲で、 数学が不得意な人は以下のように考えているように見える (数学を学ぶ上では好ましくない考え方だと結城は思っている)。
     ・言われたことの意味を考えない。  ・理解できないことがあったときに、   理由を誰かに尋ねたり時間を掛けて考えるよりも、   「暗記しちゃえ」としがち。  ・不明確なことがあっても確かめない。  ・言葉を厳密に使わず、   意味はいつでもいくらでも変更してかまわないと思っている。  ・「厳密さ」とは不寛容であり、好ましくないと思っている。
    上に書いたことと重複するけれど、結城が知っている範囲で、 学ぶことが苦手な人が考えがちなこと (以下に列挙する考え方は、学ぶ上で好ましくないと結城は思っている)。
     ・意味不明でも覚えよう。  ・自分が理解することよりも、テストの点が良いことの方が重要。  ・先生に質問するのは失礼だ。  ・質問は愚かさを示すことであり、好ましくない。  ・先取り学習は悪である。  ・二週間前のことを復習するのは敗北だ。  ・数学は積み重ねだから、今すぐ理解できないなら理系進学は諦める。
    なお、上に書いた項目は、あくまで結城が知っている範囲での話です。 どれだけ広範囲に適用できるか、そもそも正しいかどうかはわかりません。
     * * *
    信頼関係の話。
    ある会社と事務的なメールのやりとりをしていた。 でも、何度メールが行き交っても話が噛み合わない。
     相手「いただいたメール以外の情報はいついただけるのでしょうか」  結城「先ほど送ったメールですべてですが」  相手「でも先日のメールによりますと……」
    どうも何かがおかしいと思って、 それまでに双方がいつどんなメールを送ったかを一覧にして整理し、 どういう情報が相互に伝わっているかを確認した。
    すると相手から「4番目のメールは途中までしか来ていないようです」 との連絡があった。何らかのメールトラブルで一部が文字化けしたために、 メールの前半部分だけが先方で読める状態になっていたらしい。 なるほど、そういう状況だったら話が噛み合うはずがないな、 と膝を打った次第である。
    メールは便利だけれど、
     「自分が見ているものを相手も同じように見ていて当然」
    という錯覚を起こすことがある。
    相手が同じものを見ているはずと錯覚すると、
     「見ればすぐにわかるじゃないか、  なんでそういう話になるかなあ」
    といらだちそうになる。相手の理解度を疑ったり、 しまいには「私に悪意があるのでは」とまで考えたりする危険性がある。
    そんなとき、
     「見ればすぐにわかるはずなのにわからない、  ということは、同じものが見えていないのでは」
    という発想に立てるかどうか。
    その発想に立つと「相手がおかしい」ではなく、 自分や相手以外の「何かがおかしい」という気がつくことができる。 そして、相手と協力して問題解決に当たることができる。
    そういう好循環に持ち込むには、相手との信頼関係が欠かせない。 相手と信頼関係ができていれば協力しやすいし、 誤解が解ければスッキリする。 でも相手との信頼関係ができていないと、 ほんのちょっとした行き違いから疑心暗鬼が生まれ、 いらいらした言葉遣いからさらに相互不信が深まる。
    今回のメールのやりとりで、信頼関係の重要さを改めて学んだ。
     * * *
    執筆依頼のメールの話。
    あるとき、ある出版社の編集者さんから書籍執筆の依頼メールが来ました。 まあ、これは珍しい話ではありません。 ありがたいことに、ときどき雑誌記事の執筆や、書籍執筆の依頼をいただきます。
    でも、結城自身のスケジュールは基本的にいっぱいなので、 いただいた依頼をお引き受けするということは、そんなに多くはありません (絶対ないわけでもありませんけれど)。
    で、先ほど話した編集者さんからのメールの件でも、 お断りする旨の返信をしました。 でもその際に、その編集者さんの書籍や出版に対する考えをお聞きしたいな、 と思って率直な質問をいくつか書きました。
    ところが、その後返信が来なくなってしまいました。 送ったメールが未達であった可能性もあるので再送したのですが、 やっぱり返信はありません。
    もともと「お断りします」という返事のメールなので、 しつこく再送するのも変だし、わざわざ電話かけるのも違うし……。 考え込んでしまいました。
    お仕事のメールをいただいたときは、 引き受けるときもあれば、お断りすることもあります。 でも、最初の一通をいただいて、 こちらからの返信に答えがないというのは珍しいことなので、 少し気に掛けています。 まあ、気に掛けてもしょうがないのですけれど。
     * * *
    講演の話。
    スケジュールといえば、 今度の六月にある高校で講演をすることになりました。 講演といっても、参加できるのはその高校の生徒さんに限られており、 一般公開されるわけではありません。
    数学を学ぶ話を切り口に、 いつもとは少し違う話題を盛り込んでみようと考えています。
    まだ未定ですが、もしもスライドなどの資料がまとまるようなら、 講演後にこの結城メルマガでまた記事にしようかと思っています。
    続報をお待ちください。
     * * *
    図書館の話。
    作家の村上春樹さんが期間限定で質問に答えるサイトを運営しています。 あるとき「図書館で借りて読んでもいいですか?」という質問に答えていました。
     ◆図書館で借りて読んでもいいですか? − 村上さんのところ  http://www.welluneednt.com/entry/2015/03/04/203200
    図書館で読んでもいいですかという質問に対して、村上さんは、 「どんなかたちであろうが、自分の本が読まれていれば嬉しい」 と答えていました。 結城も、自分の本についてまったく同じように感じます。
    そしてまた、 「いちばん望ましいのは、図書館で借りて読んだけど、 やっぱり自分の手元に置いておきたいので、 書店で買い直しました、というケース」とも。 これについても同じように感じます。 そんなふうに思ってもらえるような本を書くことを目指したいですね。
    さて、結城の本を読者さんがどうするかとは別の話ですが、 私自身は本をどんどん買うタイプです。
    基本的に「時間が惜しい」ので、図書館で本を借りることは少なく、 自分の時間が節約できるならすぐに本を買ってしまいます。
    林先生の『不完全性定理』は二冊買いましたし、 洋書と邦訳書を買うこともめずらしくありません。 一つの良書を版ごとに買うこともよくあります。 奥村先生のLaTeX本や、Rivestのアルゴリズム本は何冊も買いました。 「時間を節約するために本を買う」のは極めてコスパのいい投資だと思います。
     * * *
    さて、それでは今週の結城メルマガを始めましょう。
    今週は『数学文章作法 執筆編』第2章のメルマガプレビュー版、 「執筆の基本」をお届けします。
    お楽しみください!
    目次
    はじめに
    数学文章作法 - 執筆の基本
    Q&A - 受験時代の数学を振り返って
    おわりに
     
  • Vol.155 結城浩/フロー・ライティング/数学文章作法のスケッチ(10)/受験のときの「お守り」/

    2015-03-17 07:00  
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    Vol.155 結城浩/フロー・ライティング/数学文章作法のスケッチ(10)/受験のときの「お守り」/結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2015年3月17日 Vol.155
    はじめに
    おはようございます。 いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
     * * *
    新刊の話。
    先週の金曜日『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』の初校読み合わせが、 何とか終了しました。何点か再校までの「宿題」を残しましたが、 無事にボールを編集部に返すことができました。感謝です。
    今回の新刊はいろいろと難産です。 昨年末の脱稿のときにも体調を崩しましたし、 初校直前の先週も体調がよくありませんでした。
    しかしながら、何とか初校読み合わせを終えて四月刊行には間に合いそうです。 体調を整えつつ再校に臨みたいと思います。
     ◆『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』  http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4797382317/hyuki-22/
     * * *
    感謝の話。
    結城が好きな聖書の言葉に「すべての事について、感謝しなさい」がある。 文章の通り、すべてに感謝しなさいという意味の命令である。 これに対して、ときどき「すべてのことを感謝するなんてできないよ」 と言う人もいる。まあ、実際問題として、それはそうである。
    そうなんだけど、すべてに感謝しようとする習慣は大事ではないかと思っている。 実際に感謝できるかどうかという結果だけではなく、 実際に感謝しようとするという姿勢が大事だという意味だ。 「すべてに感謝しよう」という習慣は、 さまざまな局面で「感謝を探し出す」習慣につながっていくものだから。
    「感謝を探し出す」習慣が身に付いていないと、 自分がどんなにすばらしい状況に置かれても、 どんなに恵まれた環境に置かれても、感謝するのは難しいのではないだろうか。
    学校でも会社でもいいけれど、人が集まるところでぐるっと見渡してみよう。 いつもニコニコして感謝している人がいる。 その一方で、いつも不平しか言わない人もいる。 そんなことはないですか。
    知人がどんなことを言いそうかを想像したとき、 感謝の言葉が出てくるか、不満の言葉が出てくるか。 そして自分のことを他人が想像したときに、 どんなことを言いそうだと他人が考えるか。
    とはいっても、不平や不満を言う人を非難したいというわけではない。 各人の感情の発露を他人があれこれ非難しても意味はないから。
    安全のために(?)自分の話にしよう。 私としては、できたら、「感謝することを探す習慣」を身に付けたい。 それは、批判精神を失えということではないし、改善をサボろうと言うのでもない。
    油断すると不満ばかりに目が行きがちな習慣を正し、 感謝の心を忘れずにいたいと考えているのである。
    そして、おもしろいことに、いつもたっぷり感謝をしていると、 感謝すべきことが倍増してやってくるのである。
     * * *
    誠実さの話。
    数学はおもしろい。でも、数学は難しい。
    難しい数学をやさしくすれば、みんなが数学を好きになるだろうか。 そんなことはない。 やさしくすれば取っつきやすくはなるだろうけれど、 それだけで好きになる保証はない。やさしくすることで、失われるものがある。
    数式を少なくすれば、みんなが数学を好きになるだろうか。 そうとも限らない。 数式を少なくすれば読みやすくなるかもしれないが、 数学が表現しようとしている大事なものが失われることがある。
    「やさしくすればいい」「数式を少なくすればいい」 と安直に考えたのではきっと駄目で、 教える側がほんとうによく考えなければいけないだろう、と思っている。
    『数学ガール』を書いて感動したことがある。 少なからぬ数の中学生が、
     「数式の意味はわからないけれど、数学が好きになりました」
    という感想をくれたことだ。読者が「ここには本物の何かがある」と感じとってくれた。 読者が「ここには自分の時間をかける価値のある何かがある」と思ってくれた。 読者のフィードバックから、私はそんな思いを感じ取ったのである。
    「数学ガール」シリーズで描かれているのはいつも、 本物の数学と、それに微力ながらも真摯に立ち向かう若者たちである。 そこから数学を読み取る人もいる。 若者の学びを読み取る人もいる。 若者への教授法を読み取る人もいる。
    大切なのは誠実さだ。真摯さ、正直さ、何と呼んでもいいけれど、 ともかく「真面目にことにあたる心意気」のことである。 数学に限らず、学ぶことは誠実さに直結している。 教師のいうことを素直に聞けたなら、教育の半分は成功ではないだろうか。
    教師のことを盲目的に聞けというのではない。 健全な懐疑の態度も含め、生徒は教師の誠実さをすぐに見抜く。 信頼できる教師と、信頼できない教師を、若者は残酷なまでに峻別する。
    だから、教師は「ちゃんとやる」のが最善の策である。 真面目に考え、生徒のことを考え、準備する。 生徒に媚びるのではなく、本当の学びの面白さを語る。 生徒はすべてを見抜く。 教師が本物に感動し、生徒にその感動を伝えるしかない。 自分が「本物の教師」になるしかない。そんなふうに思う。
    教師は自分に限界があることを認めつつ、 真摯に最善を尽くしている姿を見せる必要があるのだろう。 生徒の目は厳しい。他の教師と見比べる。 でも、生徒は、本当に信頼できる教師を、本当に信頼する。
    結城メルマガでも何度も書いているが、 結城はいつも、現場の先生に深い敬意を抱いている。
    私は本を書く仕事をしていて、本は何度も校正できる。 でも、先生はリアルタイムで、たくさんの生徒の前で全ての発言を行っている。 これはすごいことだと思う。
    若者に直接に語る機会を持つ先生に対し、 結城は心からエールを送りたい。
    「大変な、でも大切なお仕事をありがとうございます」
    厳しいけれど、大事な仕事である。 良いメッセージをたくさん送ってください。 ポジティブなストロークをたくさん与えてください。
    先生、生徒たちをよろしくお願いします。
     * * *
    労働の話。
    ベストセラーとなった『WORK SHIFT』はとても濃厚な本で、 これを読んでいるだけで未来が来てしまいそうなボリュームである。 でも、繰り返し読む価値のある珍しい本の一つかな、とは思います。
     ◆『ワーク・シフト ─ 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図』  http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B009DFJE9Q/hyuki-mm-22/
    結城にとって、本は主に「考えるために読む」ものです。 読みながら考える。 そこに書かれたことを「ほんとうかな?」などと問いつつ読む。 その過程を楽しんでいます。
    WORK SHIFTに話を戻そう。私たちは働いている。 でも、その働き方は今後どれだけ有効なんだろうか。
    私たちが労働について語るときには、とても少ない情報をベースに語るものである。 なぜなら、直接体験できる労働というのは、自分の職業の近辺のみだから。 他の人の話を聞くにしても、せいぜい身の回りの十数人くらいですよね。 WORK SHIFTでは、大規模な調査と未来予測を元に、 半分ストーリー仕立てで「労働」を考えています。
    最近、ネットでも「将来消える職業」が話題になる。 自分の子供世代は現在は存在しない職業に就く、などと。
    自分が惚れ込んだ活動で頑張るのは当然としても、 そもそも、その分野は未来どうなっているのか。 WORK SHIFTという本は、それを少し垣間見させてくれるものである。
    現代から未来にかけてテクノロジーがさらに発展するのは間違いないから、 コンピュータや技術に無知では居られないだろう。 でも、では、プログラマになるのが至高の道なのか。 そうとも限らないだろう、と私は思っている。 世の中の動向を知ることは大事だろうけれど、 そこに流されるばかりでいいのか。とも思う。
    やはり人には得意不得意というものがあるし、好き嫌いもある。 クリエイティビティがある人が必要とされるのはそうだろうけれど、 人の幸福はそんなに単純なものではない。
    現代こそ、理屈を越えた思考が重要になる時代かもしれない。 論理的に考えたら「こういう仕事が儲かる」あるいは「こういう活動がウケる」 と理解しつつも「いや、私はあえてこれを選ぶ」 という判断が大事になってくるのかもしれない。 『WORK SHIFT』の中にもそういう事例がいくつか出てきた。 金銭以外の価値を求めて働く人たちの話だ。
    結城がいつも思うのは、個人としての満足感である。 いくらお金が入っても、いくら他人から賞賛されても、 自分が個人として深い満足を抱けないなら、それは幸福ではない。 幸福は個人的なものなのだ。
    幸福は極めて個人的であり、極めて主観的なものである。 何百万何千万儲けたら、その個人は幸福であるなどと、 客観的な指標を立てることは不可能だ。
    労働の選択は、人生において重要な問題である。 何をして生活の糧を得るか。 何をして人生の重要で長い時間を過ごすのか。 これは重要な選択であると同時に、非常に個人的な選択である。 ある意味では、誰も他人の選択に口をはさめないし、責任も取れない。
    大きな会社が左前になったり、リストラしたり、 というのは別にめずらしい状況ではない。 そのリストラされた世代の人たちも、 就職時に「これで一生安泰」と思ったかもしれない。
    人生は残酷である、と同時にチャレンジに満ちている。 リストラされた人の中には絶望にあった人も多いだろうけれど、 そこで何かをつかんで、 新しい人生を見つけた人もいるだろう(と結城は確信している)。
    人生は予測不可能な困難に満ちている。 でも、その困難に出会ったときにめげる人もいれば、新たな道をつかむ人もいる。 受験もそうかもしれない。 合格/不合格は一つの結果だけれど、それが直接、 幸福/不幸に繋がるものでもない(長期的に見れば)。
    人生は困難に満ちている。
    でも、チャレンジにも満ちている。
    『WORK SHIFT』を読みながら、そんなことを考えている。
     * * *
    老いと失言の話。
    ネットが発達した現代は「失言」があっというまに 「ネガティブキャンペーン」になってしまう。しかも国際的に。 一ヶ月くらい前に、 有名なおばあちゃん作家が国際的な失言をするという話題があった。
    あのニュースを、結城は関心をもってながめておりました。 自分も歳を取ったらあんなふうになってしまうのかな、こわいな。 そういう思いで見ていたのです。
    もちろん、自分の存在意義に関わることならば、 頑として自己の発言を曲げないことも大事だろう。 しかし、単純な失言だったならば素直に謝るとか、 認識が時代遅れだったら「お恥ずかしい」と認めるとか、 その方が大事ではないかと思っている。
    例のおばあちゃん作家を見ていて悲しかったのは、 作家ならば未来を向いてほしいのに、柔軟な思考ができてほしいのに、 と感じるからだ。 自分を守るための言葉選びに終始してほしくないからだ。
    そして、我が身を思う。 あと30年後に私もあんな感じに耄碌するんだろうか。 いやだけど、ありえないことではない。
    将来、結城が何かトンデモな発言をしたときに、 「ねえ結城さん、それちょっとおかしいですよ」 と言ってくれる人がそばにいるようにしたいな、と思う。
    いつも若い人と接するようにしよう。 自分を建設的に批判し、励まてくれる人を大事にしよう。 そんなふうに思った。
    記憶で書いてるから、詳細は怪しいけれど、作家のC.S.ルイスは、 老いつつあるときに「自分の短気さがつのる」ことを気にしていた。
    結城は、自分の老いを思うとき、短気さがつのることは気にしていない。 もともとそんなに怒りっぽい方ではないからだ。 気になるのは自分の尊大さと傲慢さ、 それから「自分のことを特別扱いしてほしい」というさもしさ。 気にしているのはそのあたりの欠点である。
    きっと、それらの欠点は歳を経るごとに大きくなるだろう。 悲しいことだけれど。
    できるだけ若い人の声を聞き、アドバイスに耳を傾け、 傲慢にならないように(でも言うべきことは言う)という生き方を、 自分は80歳以降も続けられるのだろうか。 これから30年近くある。気を引き締めていかんとな、と思う。
    先月のおばあちゃん作家の出来事は、 反面教師として、また、セルフブランディングでやってはいけない事例として、 記憶に残している。特に「自分は正しい」と思ったときが危険そうだな。
    これから長い年月が過ぎて、結城が耄碌して、 公の場で怪しいことを言い始めたら、ぜひ、優しい声で、
     「結城さん、ちょっとずれてきてませんか?」
    と教えてくださいね。お願いします。
     * * *
    学ぶ話。
    中学生の息子がときどき、
     「ねー、おとーさん、これ教えて!」
    と数学の問題を持ってきます。 多くの場合、結城はその問題文や、 直前に書いてある例題を解説もなしにゆっくりと音読します。
    その後で息子に、
     「それで?」
    と聞き返すと、息子は「あっ!」と声を上げて何かに気付きます。
    数学を学ぶ上でもっとも大事なことの一つは、 教科書に書かれたことを読んで、本当に理解しようとする気持ちである。 結城はそう思っています。
     * * *
    カップルの話。
    夜遅く、家に帰ろうとしている私は、駅のホームに立っていた。
    ふと見ると、初々しい社会人カップルが「別れの儀式」を行なっていた。
    二人は、じっと立って見つめ合う。
    やがて、両手をつないで、くるくる回り始めた。
    きっと、どうしようもない思いを身体で表現しているんだろう。
    「儀式」がこのまま続けば、 空から七色の光を放つUFOが現れるのかも、と思ったけれど、 その前に電車がやってきた。私はカップルを残してその場を離れる。
    電車の窓から振り返ると、まだホームで二人はくるくる回っていた。
     * * *
    さて、それでは今週の結城メルマガを始めましょう。
    今週は「フロー・ライティング」で「心を探る」というお話をお送りします。
    お楽しみください!
    目次
    はじめに
    フロー・ライティング - 心を探る
    数学文章作法のスケッチ(10) - 執筆計画
    受験のときの「お守り」
    おわりに
     
  • Vol.154 結城浩/再発見の発想法/バランスの取れたアドバイス/自分の価値観を発見する/数学文章作法のスケッチ(9)/

    2015-03-10 07:00  
    220pt
    Vol.154 結城浩/再発見の発想法/バランスの取れたアドバイス/自分の価値観を発見する/数学文章作法のスケッチ(9)/結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2015年3月10日 Vol.154
    はじめに
    おはようございます。 いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
    もう3月10日ですよ! 時間が過ぎるのは早い早い……
     * * *
    新刊の話。
    今年(2015年)4月に刊行される『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』は、 現在初校ゲラを読んでいる段階です。 今週の金曜日には編集部で初校の読み合わせがあります。
    読み合わせについては、結城メルマガでも何回かお話ししてきましたね。 編集部で初校ゲラを一ページ一ページめくりながら、 どういう修正を入れるかを結城と編集長とで話し合う作業のことです。
    結城はこの「読み合わせ」が大好きです。 本が生まれていくプロセスの重要な一部分になっているからですが、 自分が書いた本をどのように改善すべきかを再確認する場でもあるからです。
    ちょっとわかりにくいですかね。
    結城は文章を書くのが好きですが、 少しメタな立場で「文章をどのように書くか」を考えるのも好きなんです。 で、読み合わせの場では「ここの段落はこう変えます」と編集長に説明するんですが、 そのとき心の中では「なぜなら、こうした方が誤解が減るから」 と補足解説をしています。それが心地良いんですね。
    プログラミング言語に関わる本を書くのも、数学文章作法のような本を書くのも、 言葉について言葉で説明することですから、 私にとってはたいへん甘美な体験ですね。
    ということで、今週金曜の読み合わせに向けて、 現在せっせと初校ゲラを読んでいるのです。
     ◆『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』  http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4797382317/hyuki-22/
    ちなみに、Twitterで「合格祝い」や「誕生日プレゼント」として、 「数学ガール」シリーズや、「数学ガールの秘密ノート」シリーズ が選ばれているのをときどき見かけます。
    中学生・高校生・大学生のお知り合いがいらっしゃる方、 ぜひ!
     * * *
    なつかしい本の話。
    『古文研究法』や『新釈現代文』はなつかしい受験参考書です。 現在、ちくま学芸文庫で刊行(復刊?)されています。
     ◆古文研究法 (ちくま学芸文庫) 小西 甚一  http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480096604/hyuki-22/
     ◆新釈 現代文 (ちくま学芸文庫) 高田 瑞穂  http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480092234/hyuki-22/
    古文研究法は途中で挫折したけど、新釈現代文の方は高校時代に熟読しましたね。 めぐりめぐって自分が本を書く態度に大きく影響を与えました。 受験参考書なのだけれど「文章とは何か」「若者が知的に生きるとはどういうことか」 まで踏み込んだ話になっていたと思います。
     * * *
    校正の話。
    ツイッターでおもしろい校正の話がありました。
     https://twitter.com/kamezonia/status/566162799580045313/photo/1
    初校で「100メーター競争」と書かれており、 修正指示で「ター」の部分を「トル」に変えようとした。 ところがその結果として「100メー競争」になってしまったという話題です。
    これは「トル」という赤文字が「指定部分を削除(取る)」 という指示に見えてしまったからですね。
    似たような話で「父親」を「パパ」に修正指示したのだけど、 その修正指示を取り消しする目的で「ママ(そのままの意)」と書いたら、 「父親」が「ママ」に変わってしまったというのも聞いたことがあります。
    校正の笑い話ですが、言及というものの難しさをちょっぴり表現していますね。
     * * *
    読者さんに教えてもらった話。
    高橋源一郎さんの『ニッポンの小説3』という本で、 結城の『数学ガール』が取り上げられていました。
    「あの日」以来、本が読めなくなったけれど、 「ぼくでも読める本があったんだ」として『数学ガール』が6ページ半に渡って取り上げられています。
     ◆高橋源一郎『「あの戦争」から「この戦争」へ ニッポンの小説3』  http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4163901809/hyuki-22/
    思いがけない方に取り上げていただいたので、 ちょっと驚きつつも感謝しております。
     * * *
    さて、それでは今週の結城メルマガを始めましょう。
    今週は「再発見の発想法」のコーナーで、 「ラッパー」というキーワードにまつわる話をお送りします。
    その他「仕事の心がけ」や「文章を書く心がけ」などの各コーナーもどうぞ。
    お楽しみください!
    目次
    はじめに
    再発見の発想法 - 再発見の発想法 - Wrapper(ラッパー)
    バランスの取れたアドバイス - 仕事の心がけ
    数学文章作法のスケッチ(9) - 書き進めるコツ/執筆の計画/文章のパーツ
    自分の価値観を発見する - 文章を書く心がけ
    おわりに
     
  • Vol.153 結城浩/数学文章作法 - 著者の不安/Q&A/仕事の心がけ/

    2015-03-03 07:00  
    220pt
    Vol.153 結城浩/数学文章作法 - 著者の不安/Q&A/仕事の心がけ/結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2015年3月3日 Vol.153
    はじめに
    おはようございます。 いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
     * * *
    新刊の話。
    『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』の初校ゲラがやってきました。
    ゲラとは、結城が編集部に送った原稿をいったん組版して紙に印刷したものです。 この初校ゲラを読んで、朱を入れ、編集部に渡すと、再校ゲラになって帰ってきます。 同じように再校ゲラを読んで、朱を入れ、編集部に渡すと、 あとは私としては出版を待つばかりになります。
    で、初校ゲラ。 読み返すとザラザラするところがあちこち見つかりますので、 そこにていねいにヤスリを掛けていきます(比喩)。 これまでも本を出すたびに行ってきた作業ですが、 毎回、初心に返って行います。
    結城はいつも、
     「今回の本が生まれて初めて書いた本であるかのような気持ち」
    で校正に取り組むのが好きです。 初心忘れるべからず。初めの愛から離れるな。 ということですね。
    筆者の立場からして何冊目の本であったとしても、 今回の本で初めて、結城の本に出会う読者さんもいるわけですから、 当然の心がけだと思っています。
    刊行は四月の予定。
    がんばらなくては!
     ◆『数学ガールの秘密ノート/微分を追いかけて』  http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4797382317/hyuki-22/
    ちなみに、Twitterでのようすを見ていると、 「数学ガール」シリーズや、「数学ガールの秘密ノート」シリーズは、 進級・進学のお祝いによく選ばれているようです。
    中学生・高校生・大学生のお知り合いがいらっしゃる方、 ぜひ!
     * * *
    数学の本の話。
    以前も紹介したことがありますが、最近また改訂されたので改めてご紹介。
    学習院大学の田崎晴明氏が書いた数学の本が無料で公開されています。 かなり大部の骨太な本ですけれど、 大学数学に興味のある高校生にはぴったりの一冊ではないかと思います。
     ◆数学:物理を学び楽しむために  http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/mathbook/
     * * *
    ちくま学芸文庫の話。
    結城「数学文章作法」シリーズは、筑摩書房から出版されています。 私の本を出してもらっているから書くわけではありませんが、 ちくま学芸文庫のMath&Scienceシリーズは、 数学に関連した本をぞくぞく出していてすごいと思います。
    特に、古典的な本や絶版で手に入りにくい本が文庫化されるのはありがたい。 シャノン。コロモゴルフ。エミール。遠山啓。マンデルブロ。 千円程度で買えてハンディに読めるというのは素晴らしいことだと思います。
     * * *
    ゲームの話。
    結城はiPhoneでパズル的なゲームをするのが好きです。
    最近のお気に入りはMartin Magniの「Odd Bot Out」。 すでに100面をコンプリートしましたが、 これはたいへん楽しいゲームでした。
    物理エンジンとパズルが組み合わされており、 ヨタヨタ歩くロボットを出口まで導くというものです。 運に頼る要素が少ないため、かなり論理的に考えることができます。 しかしながら、現実世界のように不安定な要素もあり、 そのバランスが非常におもしろい。
    結城はゲームを楽しむとき、難易度の調整に特に注目します。 というのは、結城が書く本でも似たような「難易度の調整」が必要になるからです。 あまり難易度が高すぎるといやになるけれど、低いものばかりではつまらない。 難易度の調整をうまく行って、 飽きずに先に進みたくなるようにするのは重要な技法なのです。 このOdd Bot Outは少し易しめだけれど、飽きずにこなせる良いゲームでした。 ところどころ、はからずもロボットがコミカルな動きに なってしまうのも最高ですね。
     ◆Odd Bot Out  https://itunes.apple.com/jp/app/odd-bot-out/id919968216
     * * *
    新たな発見の話。
    先日、中学生の息子に「ハノイの塔」の話をしました。
    中学生の息子はハノイの塔は知っていたけれど、 最小手数の求め方は知らなかったようでした。 そこでクイズにして、答えをいっしょに導きました。
    ちょうど、「僕」とユーリが数学トークをするのと同じような感覚があり、 非常に楽しいひとときでした。 こういう経験は結城が本を書くときにもきっと役立つはずです。 息子との会話が一段落したあと、結城は「これも読んで」と自分の本を渡しました。 ハノイの塔について図版つきで解説しているからです。
     ◆『プログラマの数学』  http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4797329734/hyam-22/
    「ハノイの塔」に限りませんが、 数学読み物には「定番の題材」というものがあります。 そういう定番の題材を本で紹介するときには、 初めての人にもやさしくわかるように、 また、聞き飽きている人にも何かしら新たな発見があるような、 そんな描き方を心がけています。
    (おっと、これは今回の結城メルマガの、 『数学文章作法 執筆編』に通じる話題ですね)
    そして、読者に新たな発見があるような本を書くためには、 書いている私自身が何かを発見しなくてはならないと思っています。
    発見といっても、ほんのささいなことでいいのです。 とにかく「はいこれね!」みたいに、 雑な提示の仕方にならないようにしなくてはと思っています。 そしてそのためにも、私自身の発見や、喜びや、ワクワクが大事なのです。
    自分の発見があるなら「何とかよりよく伝えたい」と工夫したくなりますからね。 「せっかく気付いた、これとこれの関係を描きたい」 のように。
    この話題は、先日結城メルマガで連載していた、 「数学ガールの特別授業(教師編)」でも少し書きましたね。 昨年の新潟での講演会でも、先生方に喜んでいただけてとてもよかった。
    著者は新たな発見をして、その感動を読者に伝える。 発見自体が小さくても、それは大きな仕事である、 そんなふうに結城は思っています。
     * * *
    発見と理解の話。
    発見といえば、本を書いていると、毎日のように小さな発見がある。 自分の文章を書く中で真剣に考えるからだろうか。
    ネットで得る情報や本を読み流して得る情報と、 自分が体験した発見とは大きく違う。 得た情報そのままでは自分の血肉にはなっていない。 情報をよく噛み砕いて、取り込んで、消化して、初めて血肉になる。
    そして、いったん血肉になると、 同種の情報に出会ったときにその意味がよくわかる。 深みや広がりを感じることができる。 そんなふうに思う。
    表面的な情報をたくさん集めても、上滑りで終わる。 でも一つでも自分の発見があると、それが変わる。 一点突破でいいのだ。十分掘り下げた経験と、 そこで見つけた小さな輝く石。それだけで、 たくさんの表面的な情報の意味まで変化する。
    参考書を読む。重要な部分や役立つ部分は、 あとで参照するために画面キャプチャしたり、 カメラで撮ったりする。 その行為で記録としては残るけれど、 私の頭に残るわけではない。印象も薄い。
    でも、手を動かして書き直したり、 タイプし直したりすると、変化が始まるようだ。 掛けている時間の問題なのか、 それとも身体を動かすことに意味があるのか。
    よくわからないけれど、 今年は手書きに注目している。
    ただし、画面キャプチャを否定しているわけではない。 キャプチャしておくと、複数の参考書を比較して考えるのに極めて有効だ。 Evernoteで整理しておくと、 自分の関心事にぴったりあったマイ参考書が完成する。
    要は、道具を使いこなせということなんだろうな。
     * * *
    一パーセントの話。
    結城は毎週金曜日にWeb連載「数学ガールの秘密ノート」を更新しています。 更新後24時間は全文無料で読めるのですが、そのURLをツイートしています。
    では、そのツイート経由で何人くらい読んでいるのでしょうか。
    Twitterでは、毎週200から400くらいクリックされています。 また、Facebookでも同程度のリーチがあります。 TwitterとFacebookの両方でダブる人も多いでしょうけれど、 オーダーとしては「毎週数百名にリーチしている」とはいえるでしょうね。
    Twitterでの結城のフォロワーさんは、現在2万数千人いらっしゃいます。 ですから、数百名というオーダーは1%から2%にあたることになります。 結城メルマガの購読者さんの数もそのくらいのオーダーです。
    極めてざっくりした話になりますが、SNSでは、
     「潜在的人数の1%くらいから反応してもらえる」
    と考えるとしっくり来ることが多いです。 「数万人の1%で数百人」ですね。 結城の個人的な感覚としては、ということですが。
    逆に「1人から反応をもらった場合、 同様のことを感じている人はその100倍くらいいるかも」 とも思っています。 つまり、反応してくださった方はその100人の代表者といえる。 ですから、1人の反応もおろそかにしてはいけないな、と思うのです。
    もちろん、Twitterなどで反応してくださった方すべてに対して、 こちらから反応する必要はまったくないのですが、 いつも感謝しつつ、みなさんの反応を受け止めたいと思っています。
     * * *
    面談の話。
    ずいぶん以前の話だけれど、結城も会社勤めをしていたことがあり、 そこでは上司との面談の機会があった。 一対一で話し合い、仕事に関しての要望や意見などを互いに交換する機会である。
    最初の頃は「こんな面談なんて改めてやらなくても、 普段の仕事の中でやりとりすればいいのではないか」と思ったけれど、 やがて「いや、改めて面談するのも意味があるな」と思うようになった。
    普段の仕事の中ではどうしても、差し迫った課題だけが話題に上る。 脊髄反射的な反応や、やりとりが多くなりがちである。 でも、場所と時間を確保して「面談」という形でモードを変えてやると、 時間的に長いスパンを見越した話し合いもできるし、 その話し合いの中で発見することもある。
    ところで、通常の会社では「上司・部下の面談」に時間を使うと思うけれど、 同じように「自分自身との面談」にも時間を使ってみたらどうか、と思った。
    つまり、会議室に一人でこもり、仮想的な自分が、 リアルな自分に対して面談を行うのである。
     「最近、どう?」  「ここしばらくはこういう仕事だったけど、不満は何かある?」  「長期的に、こうしたいという要望はあるかな?」
    こんなことを、自分で自分に問いかけてみるのである。 意外に大きな発見があるのではないか。 ポイントは、ばたばたしたところで行うのではなく、 時間をきちんと取り、あたかも本当に問いかける人がいるかのように 振る舞うところだと想像する。
    深いレベルで、心の健康にも役立つように思うのだが、どうだろう。
    よく知らないのだけれど、もしかすると、 GTDなどの「レビュー」にはそういう効果もあるのだろうか。
     * * *
    Twitterの話。
    Twitterの欠点について考えていた。
    Twitterは便利だが、 なまじっか簡単にネットへの書き込みができることから生じる欠点もある。 「自分が普段関心もなく、格段の知識を持っているわけでもない話題」について、 わけ知り顔に言いたくなり、思いついたら即ツイートできてしまう。
    確かにそれはTwitterの欠点だな……と思ったのだが、 よく考えてみると、それはTwitterの欠点というよりは、私自身の欠点であった。 Twitterが悪いというよりは、Twitterは私の欠点を単に増幅しただけである。
    それに関連して、C.S.ルイスのこんな言葉を思い出した (出典が思い出せないので、記憶で書いています。すみません)。
     地下室で急に電灯をつけたらネズミが騒ぎ出した。  でも電灯がネズミを生んだわけではない。  電灯は現実を明らかにしただけだ。
     * * *
    動画の話。
    Hiroki Kokubunさん(@cocopon)のツイートから、 素敵な図形(動画)をご紹介します。
     ◆「フラクタル」のスケッチ  https://twitter.com/cocopon/status/563344622886215681/photo/1
     ◆「フラクタル」のスケッチ ジャギーのかたまり  https://twitter.com/cocopon/status/563345270243475458/photo/1
    こういう動画というのは、 じっと見ているとパターンが見え隠れして楽しいですね。
    いったい、どういうまとまりがどういう動きをしているのか。 目で形を追いかけているうちに、 頭に何だか新しい刺激が与えられるように感じます。
     * * *
    短歌の話。
    素数が無数にあることの証明を短歌にしてみました。
     無限個の素数はないと仮定してそれらの積に1を加えよ(結城浩)
    なかなか気に入っています。
    簡単に解説します。 素数が無数にあることの証明として、 背理法を用いたものがよく紹介されます。 以下のようなものです。
    素数が有限個しかないと仮定します。 たとえばn個しかないとすると、 素数は、2,3,5,7,...,Pn のようにすべてを並べることができます。
    これらすべての積に1を加えた数Mを考えます。
     M = 2×3×5×…×Pn + 1
    実は、この数Mもまた素数になります。 なぜなら、どんな素数(2,3,5,...,Pn)でMを割っても、 割り切れない(1あまる)からです。
    ところが、Mは素数なのに、2,3,5,7,...,Pn の中には含まれていません。これは矛盾です。
    したがって背理法により、 素数が有限個しかないという仮定の否定である、 素数は無数にあることが証明できました。
    先ほどの短歌(?)はこの証明の鍵になるMの作り方を詠んでいるのです。
     無限個の素数はないと仮定してそれらの積に1を加えよ(結城浩)
    いかがでしょうか。
     * * *
    さて、それでは今週の結城メルマガを始めましょう。
    今週は『数学文章作法 執筆編』の第1章「著者の不安」をお届けします。
    執筆するとき、著者は誰しも不安を感じるものです。 書く能力について、書く時間について、そして書く意味について。 今回はそのような「著者の不安」について考えます。
    これまで何回か「数学文章作法のスケッチ」と題して準備運動をしてきましたが、 今回は少し踏み込んで、実際の書籍になる予定の章をPDFでお送りします。
    今後も、執筆編の執筆(ややこしいな)については、 「数学文章作法のスケッチ」というコーナーでお送りし、 実際の書籍になる予定の章についてはPDFでお送りしようと思います。
    それではお楽しみください!
    目次
    はじめに
    数学文章作法 - 著者の不安
    Q&A - お気に入りのTEDトークは?
    十年前の活動を振り返る - 仕事の心がけ
    おわりに