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記事 5件
  • Vol.253 結城浩/作ったもので語る/幸福について/

    2017-01-31 07:00  
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    Vol.253 結城浩/作ったもので語る/幸福について/
    結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2017年1月31日 Vol.253
    はじめに
    おはようございます。結城浩です。
    いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
     * * *
    『数学ガール6』の話。
    第3章でまだまだ苦戦中です。
    そんな中、編集長と今年の出版計画について作戦会議(という名の新年会) がありました。編集長と現状を相談した結果、 『数学ガール6』の執筆は継続しつつも、 「数学ガールの秘密ノート」シリーズ第9弾となる 『数学ガールの秘密ノート/積分を見つめて』 の刊行を先行させた方がいいかもという結論になりました。
    スタック(stuck)した状態があまり続いてしまうと、 他の仕事がスタック(stack)してしまうので、 その方がよいと判断しました。
    ということで秘密ノートの積分の書籍化に力をシフトすることに。 気分一新、よい本を作るため、うまく仕事を回していきましょう!
     * * *
    Web連載の話。
    毎週金曜日にはWeb連載「数学ガールの秘密ノート」を公開しています。 先週から「バビロニアの数学」が始まりました。今週は後編になります。
    当然のことですが、歴史は膨大な情報にあふれていて、 参考書もたくさんあります。 それらを調べながら題材選びをしていると、 次第に深みに入っていくのを自覚します。 要するに「めちゃめちゃ面白い」のです。
    しかしながら、時間は有限です。うまいところを切り出して、 ていねいに味付けをする必要があります。その案配はとても難しいですね。
    一般的なことなのか、私に固有のことなのかわかりませんけれど、 調べ物をして書くときの注意事項が一つあります。 それは、
     「自分が調べて知ったことをすべて書こうとするな」
    というもの。調べ物をしていると、
     「うわ、おもしろい」  「これもいい題材」  「あっちも盛り込みたい」
    という気持ちでいっぱいになります。でもそれを「すべて」 一つの文章に書こうとするとどうなるでしょうか。 一般には、
     生焼けのカオス料理
    ができあがります。おもしろい題材でも、ぜんぶ入れてしまうと、 一つ一つの取り扱いは雑になります。また、相互関係をよく理解しないと、 単に混ぜただけの結果になるでしょう。つまり「生焼けのカオス料理」です。
    結城が書くような文章で大事なのは、よく調べた上で題材を厳選し、 そのおもしろさが十分に読者に伝わるようにきちんと調理することでしょう。
    ここでもう一つ注意。きちんと調理するというのは、 必ずしも「詳しく書く」という意味ではありません。 題材の軽重をよく理解して、詳しく書くべきポイントは詳しく書き、 さらっと流すポイントはさらっと流す。そのようなバランスの良さが大事。 お刺身をじっくり焼いてはいけないし、 唐揚げをべとべとにしてはいけないということです。
    結局のところ、調べて書く文章でも、 自分の頭だけで書く文章でも話は同じです。いつもの、
     《読者のことを考える》
    という原則に立ち返ることが大事です。 調べ物は時間が掛かりますから、 自分が注いだ時間をつい文章に変換してしまいがち。 「せっかく調べたんだから、これも書こう」と考えるのは、 《読者》のことを考えているのではなく、 《著者》のことを考えているのですね。 「せっかく調べたから書く」ではなく、 「これを書いたらわかりやすくなるから書く」という態度が正しいのです。
    そんなことを考えながら、毎週のWeb連載を書いています。
    今週もおもしろいですよ!
     ◆Web連載「数学ガールの秘密ノート」  https://bit.ly/girlnote
     * * *
    亜人(デミ)ちゃんの話。
    毎週日曜日の夜、 アマゾンプライムビデオで「亜人(デミ)ちゃんは語りたい」を観ています。
    先週の第3話「サキュバスさんはいい大人」も、 今週の第4話「高橋鉄男は守りたい」もたいへん楽しめました。 次回も楽しみです。
    このアニメは学園コメディで、 かわいい女の子がたくさん出てきます。 いまのところ、主なキャラとして出てくる男性は、 生物の教師(高橋鉄男)一人だけです。
    男性教師と女子生徒ということで、 ややハラハラするシーンもあるのですが、 絶妙なラインで魅力的なドラマとなっていますね。
    亜人は人間と違う性質を持つ存在。 人間関係に少数派の亜人が絡むことで、 きっと話はこう進むんだろうな……ところが、 いい意味で期待を裏切るストーリー展開。 そこがとても心地よいです。
    前回は「各個人の個性」と「亜人であるがゆえの悩み」 というテーマが現れ、たいへん興味深く観ました。
    この物語では、 亜人がいるファンタジーの世界を描きながら、 同時に私たちがいる世界の状況も描いています。 そこがおもしろい。
    私たちは、互いに共通点を持っているからこそ、 他人に共感や反感を抱きます。 でも、それと同時に各個人は各個人として扱われたい。 その難しい関係を「亜人(デミ)ちゃんは語りたい」 ではうまく描いていると思うのです。
    これからの展開も楽しみです。
     ◆『亜人ちゃんは語りたい』(Kindle版)  https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00U23WV3E/hyam-22/
     * * *
    図形の観察の話。
    筑波大学の三谷純先生(@jmitani)が、 宿泊先の壁面に現れた双曲線の写真をツイートしていました。
     --------  双曲線の観察。  (軸に平行な面での円錐の切断)    照明の光が届く範囲 → 円錐  壁面 → 切断面  壁面上の光の届く範囲の境界 → 双曲線    宿泊先で綺麗に撮れたので。  https://twitter.com/jmitani/status/823123118877122560/  --------
    照明の光が壁に作る図形というのは、 誰しもいろんなところで見かけるものです。 でも、三谷先生がツイートしたように、その図形を
     「円錐を面で切断して現れた双曲線」
    として見る人はどれだけいるでしょう。
    自分の目に写った形を当たり前のものとして見過ごさず、 わざわざ撮影してツイートする価値があると考える心も素敵です。
    結城はこういうツイートが好きです。
    円錐の光を切り取って双曲線にしたのは壁ですが、 この映像を切り取ってツイートしたのはあなたの心です。 ……なんてお伝えしたくなるほど。
    自分の見ているものをきちんと切り取って、 言葉として射影する。 これこそ、知的いとなみではないでしょうか。
     * * *
    GoogleとHTTPSの話。
    Google先生から、こんなメールが来ました。
     --------  2017 年 1 月より、Chrome(バージョン 56 以降)では、  パスワードやクレジットカード番号を収集するページで、  HTTPS で配信されないものについては、  「安全でない」と明示することになりました。  --------
     ◆スクリーンショット
    このようなメールが来たのは恐らく、 結城が自分のWebサイトの一部で、 「Google Search Console」を使っているからだと思います。
    Google先生がクロールしている途中で、 HTTPSじゃないのにパスワード入力を求めているページがあるので、 アドバイスとして知らせてくれたというわけです。
    確かに、結城のサイトではパスワード入力を求めているページがあるのですが、 それは本当のパスワードを入力させるというより、 フィードバックフォームで、 botではなく人間であることの判定用に使っていたのでした。
    それはそれとして、 Googleは以前からWebサイト全体をHTTPSに移行させたがっています。 結城も少しずつ、自分のWebサイトをHTTPS化させようとしています。 新しいサービスはできるだけ hyuki.net ドメインで HTTPSを使うようにしています。 昔から使っている hyuki.com はどうしようか。 どこかのタイミングで hyuki.com 全体を移す必要があるかなあ……
    激しくめんどくさいのですが……
     * * *
    ツイートの書き方の話。
    結城はTwitterが大好きで、毎日あれこれつぶやいています。 まじめな話も書きますし、冗談や軽口もよく書きます。
    ところで、世の中には誤読する人が多いので、 誤読されそうなツイートには明示的に「冗談」や「軽口」 などと書くように心がけています。
    明らかに「冗談」だとわかるときには、 「冗談」などと書かない方が楽しいツイートになるのですが、 誤解される可能性を考慮して、無用なトラブルを防ぎたいと思っています。
    たとえば(と例を挙げるのも変な話ですが)、 「冗談」と書いたツイートにはこんなものがあります。
     --------  「足らぬ足らぬは工夫(くふう)が足らぬ」  (運用現場への要望)    「足らぬ足らぬは工夫(こうふ)が足らぬ」  (人材不足という主張)  #冗談  https://twitter.com/hyuki/status/681037271223513088  --------
    これは「工夫」という熟語の二通りの読みを利用したツイートですが、 人によってはたいへんな現場を揶揄・非難していると解釈するかも、 と思って #冗談 とハッシュタグを付けました(もちろん、 冗談や軽口と書いたからといって免責されるわけではないですけれど)。
    「軽口」という説明書きを付けたツイートにはこんなものがあります。
     --------  国際基督教大でも単位が出やすい先生は仏と言うのだろうか #軽口  https://twitter.com/hyuki/status/823743151407919106  --------
    これは、単位が出やすい/出にくい先生を「仏」/「鬼」 と表現することと、 国際基督教大というキリスト教系の大学とを混ぜた軽口です。
    これも、まあ、軽口だとわかると思うのですが、 宗教に絡む話なので、あまり真面目にとられても困るなと思い、 「#軽口」というハッシュタグを付けました。
    ちなみに、このツイートにはリプライがあって、 「自分の在学当時はそう呼ばれる先生がいた」という方と、 「マジレスしてしまうといわないですね」という方がいて、 楽しかったです(もちろん、観測範囲が違うでしょうから、 お二人が矛盾しているわけではありません)。
    「冗談」や「軽口」の他にも、 「皮肉」という説明書きも皮肉を言うときにはつけると思います。 ただ、皮肉になるような文章は、もともと避けるように心がけています。
     ◆皮肉について  http://www.hyuki.com/dig/irony.html
     * * *
    それでは、今回の結城メルマガを始めましょう。
    どうぞ、ごゆっくりお読みください!
    目次
    はじめに
    数学の問題に挑戦しよう!(問題編)
    公開しても、しなくても - 文章を書く心がけ
    作ったもので語る
    足ることを知る
    権威について
    数学の問題に挑戦しよう!(解答編)
    おわりに
     
  • Vol.252 結城浩/例示と理解と問いかけと/

    2017-01-24 07:00  
    216pt
    Vol.252 結城浩/例示と理解と問いかけと/結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2017年1月24日 Vol.252
    はじめに
    おはようございます。結城浩です。
    いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
    もう「冬まっただなか」という感じです。
    日本海側は雪が降るし、太平洋側はごんごん寒くなるし。
    あなたも、お風邪など召しませぬように……
     * * *
    で、暗号技術入門の話。
    翔泳社主催の「ITエンジニア本大賞2017」として、 一般投票で選ばれた技術書のトップ10が発表され、 結城が書いた『暗号技術入門第3版』もそのうちの一冊に選ばれました。 応援してくださった読者のみなさんに感謝です!
     ◆翔泳社主催の「ITエンジニア本大賞 2017」、  一般投票で選ばれた技術書・ビジネス書のトップ10が発表  http://codezine.jp/article/detail/9937
     * * *
    必要条件、十分条件の話。
    数学の中には「まちがえやすい用語」というものがあります。 「必要条件」「十分条件」という用語もその一種でしょう。
    xに関する二つの条件P(x)とQ(x)があったとき、 その二つを「ならば」で結んだ新しい条件、
     P(x)ならばQ(x)
    が成り立つとします。
    このとき、P(x)はQ(x)の「十分条件」といい、 Q(x)はP(x)の「必要条件」といいます。
    これって、いかにもまちがえそうですよね。
    結城が高校時代のときも、この用語にめんくらった覚えがあります。 「必要」と「十分」がどっちがどっちかわからなくなるのです。 結城は、
     「このような用語が付いているのには理由があるはずだ」
    と考えて、以下のような理解にたどり着きました。
    「東京にいる」ならば、それだけで《十分》に「日本にいる」といえる。 だから「東京にいる」ことは「日本にいる」ことの十分条件である。
    一方、「日本にいる」ことは「東京にいる」ために《必要》なので、 「日本にいる」ことは「東京にいる」ことの必要条件である。
    だから「東京にいる」ならば「日本にいる」という形のときは、 「東京にいる」が十分条件で、「日本にいる」が必要条件。
    このような理解です。ここまでは特に問題はありません。 ところで高校時代の私は、
     「これはこれで正しいが、スピードが稼げない」
    と思いました。試験の時にいちいち考えたくない。 そこで、丸暗記する方法も考えることにしました。 要するに、
     (十分条件)ならば(必要条件)
    という流れを覚えればいいので、 「十分→必要」という順番を覚える方法を考えればいい。 もっと縮めるなら「じ→ひ」さえ覚えればいい。
    そこで結城は(数学的な内容とは無関係に)、
     「自費で旅行に行く」
    というフレーズを考えました。純粋に丸暗記用です。 「自費で旅行に行く」というフレーズで、
     じ→ひ
    という流れを覚えようと思ったのです。
    スピードがいるときには「自費で旅行に行く」ことを思い出し、 考える必要があるときには「東京にいる」ならば「日本にいる」を考える。 それでこの話題を乗り切ろうと考えました。
    でも実は、 このくらい暗記法を一生懸命考えると、 自然と身についてしまうものです。 なので、結局「自費で旅行に行く」 という暗記法は使わなくても済んでしまいました。
    受験時代の懐かしい思い出です。
    ちなみに、 今年2017年のセンター試験にもこの類の問題は出題されています。 数学I・数学Aの第1問〔2〕に、 ばっちり必要条件と十分条件が出てきましたね。
     * * *
    繰り下げの話。
    センター試験のニュースで、
     「雪で開始時刻を繰り下げ」
    という表現を見かけました。 私だったら、たとえば9:00を10:00に変更することを「繰り下げ」ではなく 「繰り上げ」と言いそうなのでちょっと気になりました。
    開始時刻を数だと考えると、未来というのは数が大きい方だと感じるので、 「下げる」よりも「上げる」に近いんじゃないかと思ったからです。
    しかしながら、時間が上から下に流れていくイメージだと、 「繰り下げ」という表現にも納得がいきます。
    「繰り上げ当選」や「繰り上げ合格」という表現の場合は、 価値が高い方が上にあるイメージなのかなと思いました。 でも複数の方から、 価値というよりも「名簿での順位」の上下なのではないか、 というご指摘をいただきました。なるほど。
    抽象的な概念に方向性を当てはめるのは意外に難しいものです。 「予定を先送り」の「先」は未来ですよね。 「計画を前倒し」の「前」は未来とは逆方向でしょう。 ブログ記事で「次」の記事を示す矢印は、右方向を向くべきでしょうか、 それとも左方向を向くべきでしょうか。 自分ではこちらの方向が当たり前と思っていても、 読者は同じように感じるでしょうか。
    本を書くときでも「上の図で」のような方向の表現は注意が要ります。 組版をしたときにその図が「上」にあるとは限らず、 「左」のページになることがあるからです。
    上下について考えているうちに、 「予定していた仕事を早々に切り上げる」ときの「上げ」 はどうして「上」なのだろうと思い始めました。 ここでの「上げ」は「終わらせる」感覚なのでしょうか。 たとえば、双六の「上がり」も「終わり」という意味を持ちそうです。 仕事が終わって「本日は上がらせていただきます」の「上がる」 も同じでしょうか。そういえば「一丁あがり!」という表現もありますね。
    Twitterのフォロワーさんからも、関連する話題をいくつかいただきました。 「優先度を上げる」というとき、 数字は必ずしも大きくならないのではないかと。 「優先度1」と「優先度5」ではどちらが優先度が「高い」でしょう。 「優先度5が《一番》優先度が高い」と書いたら混乱しそうですね。
    センター試験の場合「開始時刻を繰り下げ」よりも、 「開始時刻を遅らせ」の方が誤解が少ないのではないか、 という意見もいただきました。確かに私もそう感じます。
    その一方で「繰り下げ」には「開始時刻だけを遅らせるのではなく、 それ以降すべて予定がずれていくことを示唆しているのではないか」 という意見もありました。なるほど!
    日本語おもしろいです。
     * * *
    レトロニムの話。
    言葉といえば、先日「レトロニム」という用語を知りました。 レトロニムというのは「昔から存在していたが、 新しく登場したものと区別するために変更された言葉」 のようです。
    たとえば「紙の本」という言葉。「本」は昔から存在していましたが、 電子書籍が登場したために、それと区別するために「紙の本」になりました。
    もっと身近なものとしては「アナログ時計」。 「デジタル時計」が出たために、 これまでの「時計」は「アナログ時計」となりました。
    これが、レトロニム。なるほど!
    Wikipediaには「レトロニム一覧」という項目があり、 「言われてみれば、なるほど!」を連発する言葉ばかりがあります。 以下はいくつかWikipediaから抜粋しています。
    「可視光」は、紫外線や赤外線なども「光」としたためにできた言葉。
    「固定電話」は、携帯電話の普及で生まれた言葉。
    「ホットチョコレート」は、もともと温かい飲み物だったチョコレートが、 固いチョコレートが出てきたことで生まれた言葉。
    「生演奏」は、もともとライブしかなかった演奏が、 録音技術が発達したことで生まれた言葉。
    言葉っておもしろいですね!
     * * *
    ツイート編集の話。
    結城は毎日Twitterで文章を書いています。 Twitterは140文字の制限があるので、たくさん書こうとすると、 ひとつのツイートに収まりません。
    結城は多くの場合、 できるだけ一つのツイートでまとまった内容を書こうとします。 もちろん、長文になるときは無理ですけれど、200文字程度の文章ならば、 あちこちを編集して140文字に収めようとするのがふつうです。
    そして、たいていのツイートの場合、 何割か短くすることはそれほど難しくありません。 読点を調整したり、無駄な言葉を省いたり、 一つの話題に集中したり。どうしても難しいときには、 文を「体言止め」の形にすれば文字はかなり削れるのです。
    おもしろいことに、そのようにしてツイートを短くした方が、 誤字脱字も減り、読みやすく理解しやすい文章になることが多いようです。 当然ながら、誤解される可能性も減らせます。 読み返し、編集することで、校正したような効果があるからでしょう。
    現代国語の練習問題として、長めの文章を与えて、 「以下の文章を1ツイートにまとめよ」 という問題はなかなかいいんじゃないでしょうか。
     * * *
    日本国語大辞典の話。
    言葉といえば辞典ですが、 物書堂(ものかきどう)さん(@monokakido)が、 こんなツイートをしていました。
     --------  iOSアプリ「精選版 日本国語大辞典」をリリースしました。  日本が誇る最大の国語辞典「日本国語大辞典 第二版」の精選版です。  2017年1月31日まで発売記念セールを行います。  どうぞよろしくお願いいたします。  https://twitter.com/i/web/status/821160525337751552  --------
    結城は不勉強で知らなかったのですが、 この『日本国語大辞典』というのは日本最大規模の国語辞典とのこと。 関係者には「日国」(にっこく)という略称で親しまれているらしいです。
    今回、通常価格7,800円のところ特別価格4,800円で販売ということで、 結城もiOSアプリの「精選版」を購入しました。
    このアプリ、 言葉の「パターンマッチによる検索」がとても楽しいです。 たとえば「雪@」のように「@」を付けて検索すると、 「雪」の後に「かな」が続く語が検索できます。 「雪@」で検索すると「雪ぐ」という言葉が見つかりました。 何と読むのでしょう。「ゆきぐ?」じゃないし……
    「一つは寃罪(うきな)を雪ぐが為に」(当世書生気質) この「雪ぐ」は「そそぐ」と読むそうな。楽しいですね。
    他のパターンマッチ方法として「三#五#」のように「#」を付けて検索すると、 その部分が漢字になる語句が見つかります。「三#五#」は9項目ありました。
     ◆「三#五#」で検索した様子(iPhoneのスクリーンショット)
    結城の「結」で始まり、ひらがなが続く語は19項目ありました。 趣深い語が多くて良いですね。
     ◆「結@」で検索した様子(iPhoneのスクリーンショット)
    こんな辞典が常時携帯できる時代なのですね。
     * * *
    笑顔の話。
    買い物をするとき、レジで「にっこり」と微笑むと、 たいていの場合、店員さんも「にっこり」してくれます。
    笑顔になると気分がよくなります。 また、自分に向けられた笑顔を見るのもいいですよね。 さらには「自分の行動がきっかけで、ものごとが少しよくなった」 という感覚も気持ちいいものです。
    笑顔、おすすめ!
     * * *
    デミちゃんの話。
    アマゾンプライムビデオで、
     『亜人ちゃんは語りたい』(ペトス)
    というアニメを見ています。まだ見始めたばかりで、 話の展開もよくわかっていないのですが、とてもおもしろいです。
    この物語は、亜人(デミ)と呼ばれる「人間以外の存在」 が登場する学園もののコメディです。 ヴァンパイアや、雪女や、デュラハン(首と胴体がわかれている存在) の女の子たち(少数派)が、人間といっしょに生活している世界。
    結城がおもしろいと感じたのは、この物語で 「多様性」や「他者の受容」という側面が効果的に描かれているのでは? という点です。
    デュラハンの女の子(町京子)は、首と胴体がわかれているので、 いつも首を持って歩きます。そのような存在と、 友人達はどう付き合っていくのか、 どこまで身体的なことをジョークにできるのか、 なにをどうしたらお互いが仲良くできるのか…… そのような繊細な問題がうまく描かれる可能性があると思ったのです。
    物語がどう進むのか私は知りません。 でも、こんな話題も出てきたらいいなと思っています。 多数派のように感じられている人間の側にも ひとりひとりの事情があること。 他の人と同じように見える存在でも、 可視化したなら他人とは大きく乖離した姿が現れる可能性があること。 互いの相違点と相違点を受容し合うこと。 そんな物語になったらいいな、と勝手なことを想像しています。
    これからの展開が楽しみです。
     ◆亜人ちゃんは語りたい(公式サイト)  http://demichan.com
     * * *
    過去と未来の話。
    結城はふだん外に出て、カフェで仕事をしています。 そのときに大事なのはインターネット環境の確保です。
    結城は基本的に無料WiFiは使わないようにしていますので、 自分で用意したモバイルルータやiPhoneのテザリング機能を使っています。
    先日、使っていなかったモバイルルータが「解約月」になったので解約しました。 いわゆる「二年縛り」がある機械なので、解約月を待っていたわけです。 解約月の判断というのは意外にまちがいやすくて、 期間によっては違約金を払った方が支払金額が少なく済む場合があり、 注意が必要です。
    昨年末、解約しようかと手順を調べたら、 解約月直前であることに気付いたので、数日待つことにしました。 そこまで調べた解約の手順をEvernoteにメモしておき、 日付を合わせてアラームをセットし、 「未来の自分あての手紙」も書きました。 こんな感じです。
     --------  未来の自分へ。  2016年末にモバイルルータの解約をしようと思って調べたけれど、  2017年1月がちょうど解約月になることがわかった。  Evernoteのページに必要な情報が書いてあるから見ること。  手順は楽だから、めんどうくさがらずにすぐやろう。  (以下略)  --------
    新年になって、家庭の事情でバタバタしていて、 このような「自分あての手紙」を書いたことをすっかり忘れていました。 でも、日付通りにアラームが起動し、自分あての手紙がやってきました (IT時代すばらしい)。
    過去の自分が念を押したように、手順は大変楽で、 電話一本で解約作業が済みました。
    思わず私は、
     「ちゃんと段取りしていた先月の私、偉いぞ!」
    と言いたくなりました。
    最近、ほんとうに忘れっぽくて困ります。 でも、コンピュータの助けによって、 過去の自分と協力し合うことができますね。
    そして「現在の自分」は、 「未来の自分」に「偉いぞ!」とほめてもらえるような、 そんな毎日を送らなくちゃね。
     * * *
    失敗がこわいときの話。
    最近「似た匂い」を感じるいくつかの主張があります。
    以下に列挙します。
     ・失敗がこわいから、実験しない。  ・うまくいかないのが嫌だから、試さない。  ・百パーセントといえないなら、ゼロパーセントだ。  ・味方じゃないなら、敵だ。  ・一回目で成功しなかったら、一生成功できない。  ・理解できないかもしれないから、この本は読まない。  ・新卒で採用されなければ、人生はおしまいだ。
    これらの主張は、違うといえば違うのですが、 私には「似た匂い」を放っているように感じます。
    それぞれの主張には一理ありますし、 そう感じる理由もわかります。 でも、落ち着いて考えると、 ここに列挙した主張はいささか「極端」ですよね。
    そして(自分自身を振り返ると)、 極端な主張を支持したくなるときというのは、 自分に余裕がなくなってきているときが多いようです。
    ですから、これらの極端な主張に与したくなったなら、 主張の真偽を議論するよりも前に、 「自分の生活」や「心の健康」を再確認したほうがいいのかもしれません。
    そんなことを思いました。
     * * *
    凍るシャボン玉の話。
    荒堀さん(@Cheetah_mineo)という方が、 シャボン玉が凍る様子を動画で公開なさっていましたのでご紹介。
     --------  氷点下20度を下回る極寒の北海道で撮影された  シャボン玉が凍っていく様子です。  少しずつ結晶が広がっていく様子をご覧下さい。  ちなみに早送りとかしてません。  この速度で凍っていました #荒堀写真  https://twitter.com/Cheetah_mineo/status/820265817732329473  --------
    おもしろいですね! そもそも「シャボン玉が凍る」 という概念を考えたことがありませんでした。 また、これほど繊細な変化が起きるものだとも。
    ところで、 この動画を見ながら結城がイメージしたのは「線香花火」でした。 思わず息をひそめて見つめてしまうところや、 一瞬にして消えるところや、最後に切ない気持ちが残るところ。 凍るシャボン玉は、線香花火に似ています。
    厳寒の冬でシャボン玉が凍る様子が、 夏の終わりの線香花火に似ているというのは、 何だか不思議ですね。
     * * *
    それでは、今回の結城メルマガを始めましょう。
    どうぞ、ごゆっくりお読みください!
    目次
    はじめに
    数学の問題に挑戦しよう!(問題編)
    自分自身に厳しくあたってしまう心理
    例示と理解と問いかけと
    「科学的に考える」を考える
    時間という「いやし」
    数学の問題に挑戦しよう!(解答編)
    おわりに
     
  • Vol.251 結城浩/再発見の発想法/いにしえの数学/

    2017-01-17 07:00  
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    Vol.251 結城浩/再発見の発想法/いにしえの数学/結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2017年1月17日 Vol.251
    はじめに
    おはようございます。結城浩です。
    いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
     * * *
    Vol.250を過ぎた「結城メルマガ」の話。
    今回の結城メルマガはVol.251です。 つまり、これまで251通の結城メルマガを配信してきたことになります。
    毎週火曜日に休みなく……といいたいところですが、 体調を崩して何回か極端に短いメールになったことはありますね。 つまり「実質上のお休み」です。
    購読者さんの数は、 ここしばらく400名前後を推移しています。 読者層は学生さん、研究者さん、数学関係・教育関係・技術関係の方々、 それから出版・編集に携わる方々、作家さん、イラストレータさん、 主婦の方など……もちろん、 すべてを結城が把握しているわけではありませんが、 いただく感想メールから判断すると、読者さんは多様です。
    結城メルマガは2012年4月に配信開始しました。 今年の春(2017年4月)で丸五年になります。 購読者数の推移グラフは以下の画像の通りです。 これほど長いあいだ有料メールマガジンを運営できているのは、 ひとえに購読者さん(あなた)の応援のおかげです。 深く感謝します。
     ◆結城メルマガの購読者数 推移グラフ
    フリーの著作者として生活していると、 特に書籍を中心に執筆していると、収入が不安定になりがちです。 でも、結城メルマガは毎月の定期収入となり、大きな助けです。 購読者さんには深く感謝しております。
    先ほど掲げた購読者数の推移グラフをじっと眺めますと、 「継続は力なり」という言葉をしみじみと思います。 推移グラフを見るとわかる通り、常に細かいアップダウンがあります。 ときには続けてダウンしていく時期もあります。 でも、五年を通して眺めると、 少しずつアップしているのが読み取れます。 まさに「継続は力なり」ですね。
    この推移グラフを見ていると、 一喜一憂せずに続けることの大切さに気付かされます。 必要以上に数字に振り回されず継続することの意味、 自分の身の丈にあったスタイルでコツコツと続けることの意味です。
    はっと、気がつくともうすぐ五年。 有料メルマガを始めたのはほんのちょっとしたきっかけでした。 「有料メルマガ」を運営しようと思っていらっしゃるライターさん、 クリエイタさん向けに「マガジン航」で短期集中連載を書いたことがあります。 ここには結城がどんなことを考えてきたかを、 以下のような三回に分けてまとめてあります。
    第一回 皮算用編では、 私が「結城メルマガ」を始めようとした経緯と、 始めたばかりの頃に起きたことについて書きます。
    第二回 転換編では、 初期の体験から自分が考えたこと、 そしてそれを踏まえて行った「結城メルマガ」の方針変更を書きます。
    第三回 継続編では、 現在の私が考えていることを中心に、 メルマガ執筆を継続させることの意味、 継続させるために工夫していることなどを書きます。
    少し古い情報ではありますが、ご興味のある方はお読みください。
     ◆私と有料メルマガ - マガジン航  http://magazine-k.jp/category/series/on-my-paid-email-magazine/
     * * *
    入試の話。
    先週末(土日)は大学のセンター試験でした。 大雪に見舞われて、受験生のみなさんはほんとうに大変そう。
    結城の受験時代は「センター試験」ではなく「共通一次」でした。 私が受験したときも試験の日はとても寒く、たいへんだった記憶があります。
    私の妻は毎年「しょっちゅう大雪になって、 これほど寒くなる時期に大学入試があるのはまちがっている!」 と怒ります。実施する側にさまざまな事情や理由があるとしても、 その怒りは至極ごもっとも。
    それはそれとして、この季節には受験生はもちろんのこと、 そのご家族の心労を思います。 どうか試験に集中できますように。 そして実力を十分に発揮できますように。 心から願い、祈ります。
    合格不合格は同じ大学を受ける他人が関係しますから、 自分がすべてコントロールできるわけではありません。 でも、受験生ひとりひとりが、 現在の力を十分に発揮できることはとても意味があります。 力を尽くしてチャレンジした体験は絶対に無駄になりません。 がんばれ受験生!
    受験といえば先日、カフェで仕事しているときに、 近くの席に赤ちゃんを抱っこした若いお母さんがいました。
    それは別に珍しいことではありません。 でも、そのお母さんの前に置かれている本は、 大学入試の問題集のようです。たぶん英語。 がっつり勉強しているみたい。
    ときどき赤ちゃんをあやしながら問題に取り組む姿に、 思わず心の中で強く応援エールを送りました。
     * * *
    ノイタミナとエマープの話。
    「ノイタミナ」は深夜アニメーション放送枠の名称です。
    最初に「ノイタミナ」という単語を目にしたのがいつか、 もう覚えていません。 でも「いい感じの音が並んだ言葉だなあ」と感じたのは覚えています。
    ノイタミナ、ノイタミナ。
    「ノイタミナ」という言葉の意味を音から勝手に想像しました。 きっと「ノイタミナ」というのは、 エスペラントか、あるいは北欧のどこかの言葉をもじったもので、 「自由の国」みたいな意味なんだろうな……そんなことを思いました。
    そんな私が初めて「ノイタミナ」の綴りを見たときの衝撃といったら。
     「Animationを逆さに綴ってnoitaminAなのか!」
    アニメーションはAという母音から始まっていて、 逆さ綴りにしたときにも 自然(?)な日本語のローマ字綴りになるんですね。 これには驚きました。
    数学で逆さ綴りというと「emirp」(エマープ)というものがあります。 これは「prime」(素数)の逆さ綴りですね。 emirpの定義は、MathWorldによると以下の通りです。
     --------  An emirp ("prime" spelled backwards) is a prime  whose (base 10) reversal is also prime,  but which is not a palindromic prime.  http://mathworld.wolfram.com/Emirp.html  --------
    すなわち「逆方向にしても素数になっている素数で、 回文になっていないもの」がエマープだそうです。 たとえば、13は素数ですが、逆方向にした31も素数です。 したがって13はエマープのひとつ(31も同じようにエマープ)。 一方、101は素数で、逆方向にしても同じ101なので素数ですが、 エマープではありません(回文になっているから)。
    エマープには、
     13, 17, 31, 37, 71, 73, 79, 107, 113, 149, 157, ...
    などがあるそうです。おもしろいですね。
     * * *
    元号の話。
    平成が終わって新しい元号になるかも、という話題が流れていました。
    新しい元号になるといえば、 当然「どんな元号になるか」という予想したくなるのは人情です。
    どんな元号かなあ……と思っているうちに、 ふとこんなことを思いつきました。
     これまでに元号で使われた文字をもとにして、  すべての二文字の可能性を考えたらどうだろう!
    ということで「元号ジェネレータ」を作りました。 これは「これまでに元号で使われた漢字」からなる、 すべての二文字列を生成するRubyスクリプトです。
     ◆gengo.rb - 元号ジェネレータ。  https://gist.github.com/hyuki0000/44d889b29a5320493e987020adfd8385
     ◆元号ジェネレータで生成した「元号」たち(一部)
    なお、元号に使われた漢字として以下の文字を選びました。
     万中久乾亀亨享仁保元勝化吉同和喜嘉国  大天字安宝寛寿平康延建弘徳応感慶成承  授政文斉昌明昭景暦正武永治泰白祚神祥  禄禎福老至興衡観護貞銅長雉雲霊養
    これは、Wikipediaから手動で持ってきたので、 誤りがある可能性があります。
    見ていると、確かに趣のある文字が多いことがわかります。 時間を表しそうな文字(久、永、暦)や、 落ち着きを表しそうな文字(平、中、安、泰)や、 幸福と感情を表す(喜、感、慶、福)や、 大きさ(大、長)や、財産(宝、禄、銅)など……
    元号にはその時代ごとの「願い」が込められているのでしょう。
    その一方で、現代では選ばれなさそうな文字もあります。 選ばれなさそうな文字としては「武」「老」「銅」「霊」など。
    結城はクリスチャンなので、ここにはありませんが、 「信」「望」「愛」などが入ってほしいですね (参照:コリント人への第一の手紙13章13節)。
    これは軽口ですが、新元号を「西暦」にして、 新元号が開始する西暦の数値から開始したら、 とてもいいと思うのですがどうでしょう。 たとえば、2019年から新元号が始まるとしたら、 その年を「西暦2019年」とするのです。
    ふだん西暦に慣れている人にとっては、 役所の手続きや書類を書くときだけ元号に変換するというのは、 やっかいに感じるものです。またコンピュータで使われているシステムでも、 元号との変換プログラムが必要になります。 新元号を西暦にすれば、その問題が一気に解消すると思うのですけれど。
    ところで、先ほどの「元号ジェネレータ」は、 「窓の杜」というサイトのコラムで取り上げられました。
     ◆次の元号は?『数学ガール』の結城氏が元号ジェネレータスクリプトを公開  http://forest.watch.impress.co.jp/docs/serial/yajiuma/1038540.html
    ここで取り上げられてから数日間、エゴサーチ(自分の名前や作品名で検索) がこのコラム関連のツイートで埋まりました。 「窓の杜」で取り上げられるというのは、 想像したよりも大きな影響があるんだなと思った次第です。
     * * *
    音声とテキストの話。
    有名なソフトウェア技術者、宮川達彦さんが運営しているPodcastで、 結城の『Java言語で学ぶデザインパターン入門 マルチスレッド編』 が紹介されていました。ありがとうございます。
     ◆171: Psychologically Safe Podcast (naoya)  https://rebuild.fm/171/
    ところで、Podcastは音声なので、検索にひっかかりません。 今回の紹介は、ソフトウェア開発者のてぃーびーさん(@tbpgr) のツイートで知りました。感謝です。
     https://twitter.com/tbpgr/status/818807912705323008
    将来的には、音声も自動的にテキスト化され、 検索可能になるんでしょう。
    と、いうところで自分の執筆の話に発想が移ります。
    結城の仕事は本を書くことなので、 文章をどのようにテキスト化するかにはとても関心があります。 これまでも音声入力⇒テキスト化を何回か考えたことがありますが、 結局、タイプによるテキスト化しかやっていません。
    理由はいくつかあります。大きな理由のひとつは、 結城は外のカフェで執筆していることが多いので、声に出せないというもの。
    それから、タイプの作業(指を動かす作業)自体が楽しいので、 あまりその手順を省略したいと思わないという理由もあります。 いくら効率的だといっても、自分の楽しみを省略してしまっては、 つまらないです。
    最近行った大掛かりな「音声⇒テキスト」変換作業は、 筑紫女学園での特別授業(講演会)の録音をテキストにしたときですね。
     ◆数学ガールの特別授業(筑紫女学園編)  http://www.hyuki.com/girl/lesson.html
    そのときに結城がとった方法は、 iTunesで音声データを断続的に再生しながら、 それをタイプするという原始的(?)なものでした。
    ただし、この方法はいわゆる「文字起こし」とは異なります。 それは、語られた言葉を一字一句テキストにしているわけではなく、 そこで語られた内容を読み物の形に変換したからです。 話そうと考えていたけれどうまく言葉にできなかったところを加筆し、 言いよどんだ部分を削除し、文章を整え(でも整えすぎず)、 読みやすい形に直す作業です。
    その作業は、結城にとって「とても楽しい」ものでしたから、 そこをあまり機械化したいとは思いませんでした。
    なぜ楽しかったのでしょう。 一般に、文章を書くときには「《次》に何を書くか」に頭を使います。 でも、自分の語った内容をテキスト化するときには、 《次》に書くべきもので悩むことがありません。 なぜなら、書くべきことが自分の音声を通じて次々に与えられるからです。
    自分がやるべきことは、 いま聞いた内容を自分の意図に合わせて整えることだけ。 それを繰り返していくだけで、 意味のある文章がぞくぞくと作られていくのは、 とても気持ちのいい作業でした。
    この楽しさは、あくまで、 自分が語ったことを自分で編集しているから来るものです。 他人の語った音声をテキスト化するとなったら、 いったん機械の助けを借りたくなるのかもしれません。 やったことがないので、わかりませんけれどね。
    そういえば、文字起こしのときには「自分の音声」を聞くことになります。 自分の音声を自分で聞く作業を苦痛に感じる人は多いらしいです。 そもそも、録音した自分の声は、自分の声に聞こえませんからね。 「このしゃべってる変な声のヤツは誰だ?」という気持ちになるものです。 結城も若いときは、 自分の声を聞くのが死ぬほど恥ずかしかったのを覚えています。
    でもあるとき「実際に他人が聞いている声はこっちの方なんだよな」 と気付いてからは、それほど恥ずかしくなくなりました。 自意識の変化とでもいいましょうか。
    あなたは、自分の音声をテキストにしてみたことはありますか。
    そのとき、どんなことを感じましたか。
     * * *
    それでは、今回の結城メルマガを始めましょう。
    どうぞ、ごゆっくりお読みください!
    目次
    はじめに
    数学の問題に挑戦しよう!(問題編)
    再発見の発想法 - ad hoc(アドホック)
    正しい答えを持っている人ほど、丁寧な言葉遣いをしてほしい
    Web連載「数学ガールの秘密ノート」新シーズン「いにしえの数学」開始!
    数学の問題に挑戦しよう!(解答編)
    おわりに
     
  • Vol.250 結城浩/天使が指をさしている/誤りの指摘/書くことは、スキーに似ている/

    2017-01-10 07:00  
    216pt
    Vol.250 結城浩/天使が指をさしている/誤りの指摘/書くことは、スキーに似ている/結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2017年1月10日 Vol.250
    はじめに
    おはようございます。結城浩です。
    いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
    早いもので2017年になって、もう十日目ですね。
     * * *
    数学ガール6の話。
    今年に入ってから『数学ガール6』第3章を書いています。 大きな骨組みと素材は十分用意できているので、 正確には「書いています」よりは「読んでいます」の方が的確ですね。
    しかしながら、あちこちがぎくしゃくしているし、 トーンの調整も出来ていないし、物語の運びがわざとらしいので、 直す部分はまだまだたくさんありますね。 これからしっかり磨いていかなければなりません。
    それにしても、まだ第3章をうろうろしている状態。 第10章にたどり着くのはいつになるでしょう……
    いや、違います!
    そんなことで不安にならず、淡々と現在のテキストに集中しましょう!
     * * *
    寿命100年時代の話。
    結城はリンダ・グラットンさんの『WORK SHIFT』という本が好きです。 そのリンダさんが新刊の『LIFE SHIFT』を出したタイミングで、 糸井重里さんと対談していました。 以下がその対談記事です。
     ◆寿命100年時代をどう生きる?  http://www.1101.com/lynda2/index.html
    ここには三回に分けて「寿命100年時代」 をどのように生きるかが書かれています。 たいへん興味深く読みました。
    特に、自分の人生を「学ぶ時期/会社勤めの時期/引退後」 のように3ステージとしてとらえることから変化するという話は、 深く共感するものがありました(「人生のマルチステージ化」)。
     --------  旅をしたり、経験を積んだりして社会の見聞を広める  「エクスプローラー」のステージ。  キャリアを外れ、自分で職を生み出す  「インディペンデント・プロデューサー」のステージ。  同時にいくつもの活動に関わる  「ポートフォリオ・ワーカー」のステージ。  すでにいま、そういった生き方を選ぶ人たちが  増えてきているんです。  http://www.1101.com/lynda2/index.html  --------
    ここからは、連想して結城が思ったことです。
    寿命が延びたとしても、自分には老いがやってくる。 老いを「劣化」としてとらえるのではなく「変化」としてとらえたとき、 その変化をどのように自分が生きる時間軸に収めるのがいいのでしょう。
    若い時代に「自分の人生はこうでなければいけない」 と思っていたのと違う何かが起きるとき、起きたとき、 それをどのように受け止めるのがいいのでしょう。
    能力的にあるいは経済的に受け止められない事態が起きても、 自分が柔軟な価値観を持っていたら、ぐっと(あるいはふわっと)、 どんな事態でも受け止められるのかもしれません。
    そこには一見「矛盾」に見える現象があります。
    しっかりした信念を持ち、トラブルに備える計画性があったとしても、 いつでも想定外のことが起きるものです。 自分には限界があり、すべてを予見して備えることはできない、 そのようなことを認めたときこそ、備えができつつあるのかも。
    人生は謎に満ちていますね。
     ◆『ワーク・シフト ─ 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図』  http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B009DFJE9Q/hyam-22/
     ◆『ライフ・シフト ─ 100年時代の人生戦略』  http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B01LYGI45Q/hyam-22/
     * * *
    百人一首の「五文字要約」の話。
    Suto Kentaroさんの個人サイト「ねこいりねこ」には、 面白いコーナーがたくさんあります。 以下のページは、小倉百人一首を一首ずつ「五文字要約」しています。
     ◆小倉百人一首(ねこいりねこ)  http://catincat.jp/information/100nin1sh.html
    上記サイトから、いくつか例を引用します。
     わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣り舟  ↓  旅に出ます
     忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は 物や思ふど 人の問ふまで  ↓  顔に出た恋
     夜をこめて 鳥のそらねは はかるとも よに逢坂の 関は許さじ  ↓  逢うの無理
    ひとつひとつの要約もおもしろいのですが、 そもそも「五文字要約」をしようという発想がおもしろいですね。 五文字という制約を自分に課すことで、 新しいユーモアや発見が生まれているようです。
    このサイトは、まきむぅ(牧村朝子)さん (@makimuuuuuu)のツイートで知りました。
     https://twitter.com/makimuuuuuu/status/815930515882577924
     * * *
    「過度の一般化」を避ける話。
    「過度の一般化」を避けるだけで、人生はちょっぴり楽になります。 「過度の一般化」というのは、
     自分が見聞きした少数の例が○○になっていることから、  すべてが○○になっていると結論すること
    を意味します。P(a)から∀x[P(x)]を導出するようなこと。
    たとえば「自分と同世代の《あの人》や《この人》がやってること」は、 「同世代の人すべてがやっていること」だと考え、 さらには「同世代である自分もやらなくてはいけない」と考えること。 それは、典型的な「過度の一般化」でしょう。
    「過度の一般化」を避けるコツを一つ伝授します。 自分が「○○をしなくてはいけない」と感じるとき、 しなくてはならない理由を明示的に文章に書いてみることです。 私は「なぜ」これをするのかを考える。それを文章にしてみる。 文章として書かなくてもかまいません。 口に出してみて、吟味する。自分は○○をしなくていけない理由は何か、と。
    ときには他人が「過度の一般化」を理由にして、 あなたに何かを強制してくる場合があります。
     他の人もみんなやっていることだから、  あなたも○○しなさい。
    という主張ですね。これは「同調圧力」と呼ばれることもあります。
    「同調圧力を掛けてくる日本社会はまちがっている!」とか、 「世間の目が気になる日本は住みにくい」などと主張するのもいいですが、 まずは、自分の目の前の行動に注力するのも大事です。 世の中を呪詛する気持ちもわかるけれど、 自分の次の一歩で《革命》を起こす案はいかがでしょう。 《革命》というと物騒ですが、
     あなたはそうおっしゃいますが、  私は○○しません。
    という道があることを意識するという意味です。
     あなたはそうおっしゃって、  私に同調圧力を掛けてきましたが、  私は自分の判断で、こうします。  もちろん、この判断でこうむる不利益はわかっています。  でも、私はこちらを選びます。
    という一言がありえるという意味です。 いままで言えなかったこの一言が、 ある日、あるとき言えたなら、それは《革命》の名に値します。 もしも、誰も、この一言を言えないとしたら、 何万年経っても世の中は変わらないでしょう。
    実際、どんな選択肢にも、 メリットとデメリットはあるのです。 選択するというのは、メリットとデメリットの両方を享受するということ。
    もちろん「この場面では長いものに巻かれておくか」も選択肢の一つです。 他者に文句を言われる筋合いはありません。 革命家からの同調圧力に屈してはいけません。
     おい、お前も、同調圧力に負けず革命起こせ!  みんなやってるぜ!  革命してないのはお前だけだ!
    というのはナンセンスですね。自己言及的なナンセンス。
    私は、各人の選択を尊重することは「多様性の受容」に繋がると思います。 本人がよく考えて選択したことなら、その選択を尊重する。 人の選択の多様なあり方を認め、尊重する。 そのような選択の尊重は、 相手をきちんと生身の人間として扱うことに通じると思います。
    とはいうものの、話はそんなに単純じゃありません。 ある人が、明らかに危険な道に踏み込もうとしているとき、 それは「個人の選択だから、危険な道に進むのも尊重しよう」 と言って見過ごすべきなのか。 それとも「そっちに行くな!それは危険だぞ!」と言うべきなのか。 それは単純な話ではありません。まったく単純じゃないのです。
    しかしながら。
    自分が「過度の一般化」を行っていないか。 同調圧力に屈してばかりいないか。 それを振り返るのは、決して無駄なことではありません。 自分の生き方を不当にゆがませないようにするために。
    あなたはどう思いますか。
     * * *
    点のまとまりの話。
    じゃがりきんさん(@jagarikin)が、おもしろい動画をツイートしていました。
     https://twitter.com/jagarikin/status/816406112886890496
    これは、いくつかの点がぐるぐると動いている動画です。 そこに描かれる大きな円が変化することによって、 点の動きが変わるように見えるのですが、 実は点の動きはまったく変わっていないというのです。 以下、上のツイートの動画から画像をいくつかキャプチャしました。 動画は上のツイートのリンクをたどってください。
     ◆画像キャプチャ1
     ◆画像キャプチャ2
     ◆画像キャプチャ3
    人間の目がまとまりを認識してしまうために、 こんな見え方になるのでしょうか。
     * * *
    ディープラーニングの話。
    「機械学習」や「ディープラーニング」という単語をよく耳にします。 いまのところ結城はこれらについて何か語れるほどの知識はありません。 もちろん関心はありますし、いくつか本をながめています。
    そんな中、ネットで評判がよかったので、 こんな本を買ってみました。
     ◆『ゼロから作るDeep Learning    Pythonで学ぶディープラーニングの理論と実装』(斎藤康毅)  https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4873117585/hyam-22/
    これは大変いい本だと感じました。お勧めです。 お勧めの理由は以下の通り。
     ・Pythonを知らない人にも配慮している。   けれど、あまり細かいところまでくどくどとは書いていない。  ・行列の計算方法を知らない人にも配慮している。  ・細かすぎる内容にはあまり立ち入らず、   淡々といろんな手法を語っている。  ・語るときには必ず具体的なコードと図を示している。
    なので、 細かすぎず粗すぎもしないという粒度になっていますね。
    結城がぱらぱら読んだ中での不満点も一応書いておきますと、
     ・「なぜ」その方法でうまくいくのかという理由、   その記述がいまひとつ物足りなかった。  ・最初から最後まで、同じテンポだったので、   ややもどかしかった。   最初はもっとゆっくりで、最後はもっと急いでほしかった。
    でも、これらの不満点は些細なことです。 この本は、多くの人に助けになると感じました。
     * * *
    ネット上のもめごとの話。
    Twitterでは毎日のようにもめごとが起きていますが、 インターネットのWebページが広がり始めた遠い昔から、 「Web掲示板」や「Webチャット」でも同じようなもめごとが起きていました。 人間は変わらないものですね。
    ところでその時代から結城が見つけた法則をいくつか列挙します。
    「人は、自分が言われると嫌なセリフを攻撃に使うもの」
    言い換えると、その人が攻撃に使っているセリフは、 その人が言われたら嫌なセリフということになりますね。
    「言い合いで、最後の一言を言いたがる人は愚か者にみえる」
    つまり、捨て台詞は愚かに見えるということです。
    「人は、自分と何かが《同じ》相手と激しく争う」
    愛憎わかちがたいとも言えますし、同族嫌悪とも言えます。
    「愚かな人は、目の前の論敵を負かすことだけを考える。 賢い人は、多くの見えないギャラリーの存在を意識する」
    ネットでは、やりとりされる発言をたくさんの人が無言で見ています。 もめごとの相手のことだけを考えるのは賢明ではありません。
     * * *
    「おみせやさん」の話。
    辞書編纂者の飯間浩明さん(@IIMA_Hiroaki)が、 こんなツイートをしていました。
     --------  「新年明けましておめでとう」はおかしい、  新年が明けたら来年になってしまうではないか  という意見があります。  でも問題ない。  「毛糸を編む」でなく「セーターを編む」、  「水が沸く」でなく「湯が沸く」という言い方があります。  結果を主語に持ってくる語法が日本語にはあるのですね。  https://twitter.com/IIMA_Hiroaki/status/815710021665234944  --------
    なるほど。
    このツイートで結城は、幼稚園のころの疑問を思い出しました。
    幼稚園のとき「おみせやさんごっこ」という遊びがありました。 同じクラスの園児が紙で「お金」を作り、 折り紙や毛糸などを材料にして「商品」を作るのです。 ある子は果物屋さんになり、別の子はお花屋さんになるという具合です。
    何日か掛けて「お金」や「商品」を準備しておいて、 準備が出来たところで「おみせやさんごっこ」を開きます。 園児同士が売ったり買ったりのまねごとをして楽しむのです。
    園児時代の結城も「おみせやさんごっこ」を楽しみにしていたのですが、 ふと気がつきました。
     「果物屋さん」は「果物」を売る。  「お花屋さん」は「お花」を売る。
    だとしたら、
     「おみせやさん」は「おみせ」を売るのか?
    そんな疑問を抱いたのです。 「○○屋さん」という呼称には一貫性がないと思ったということです。
    さらに「世の中には『おみせ』を売る商売もあっていいはずだ」 と考えたことも覚えています。 幼稚園児のときに考えていたことと、現在考えていることは、 あまり違いがありませんね……
    ところで後日談。
    幼稚園で実施される「おみせやさんごっこ」の当日。 身体が弱かった結城は風邪を引いて幼稚園をお休みしてしまいました。 せっかく楽しみにしていたのに……。 家の布団で横になって、
     ああ、いまごろ、みんな、  『おみせやさんごっこ』してるんだ……  いいなあ……
    と、悲しい気持ちになりました。涙がこぼれそう。
    二日ほど過ぎて風邪が治った後、 祖母が、私一人のために「おみせやさんごっこ」をしてくれました。
    結城が畳の上に折り紙で作った商品を並べ、 祖母が紙で作ったお金を持って「浩ちゃん、これくださいな」 と買い物に来るのです。
    楽しみにしていた「おみせやさんごっこ」に参加できずにいた私。 そんな私をなぐさめるために、 たった二人だけの「おみせやさんごっこ」を開催してくれた祖母。
    そんな、やさしいおばあちゃんのことを、 いまでもなつかしく思い出します。
    別の意味で、涙がこぼれそうになりながら。
     * * *
    それでは、今回の結城メルマガを始めましょう。
    どうぞ、ごゆっくりお読みください!
    目次
    はじめに
    天使が指をさしている - 本を書く心がけ
    誤りの指摘 - 文章を書く心がけ
    書くことはスキーに似ている - 文章を書く心がけ
    必要な、はげましの言葉
    おわりに
     
  • Vol.249 結城浩/文章読解力/書くという仕事/会話の心がけ/

    2017-01-03 07:00  
    216pt
    Vol.249 結城浩/文章読解力/書くという仕事/会話の心がけ/結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2017年1月3日 Vol.249
    はじめに
    あけましておめでとうございます。
    いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。
    今回が2017年最初の配信となります。
    本年もどうぞよろしくお願いいたします。
     ◆今年もよろしく!(イラスト)
     * * *
    数学ガール6の話。
    昨年2016年末にもがいていた第2章は、 大晦日にようやくレビューアさんに送ることができました。
    現在は第3章へ進み、 レビューアさんに送れる段階まで磨いているところです。 これが第10章まで続けば脱稿になる……のですが、 まだまだ道は遠いですね。
    何とか2017年には刊行したい。 地道に一歩一歩進みます。
     * * *
    理解の話。
    ある先生からこんなエピソードを聞きました。
    勉強がよくできる中学生が「確率」で引っかかり、 どうしても納得がいかず、前に進めなくなり、次第に成績も落ちてきた。 先生に勧められて『数学ガールの秘密ノート/場合の数』を読んだあと、 急に理解が進み、結果的に成績も回復した。 うまく説明できないけど、何かを悟ったらしいです。
    もちろん、著者としてそういうエピソードはうれしいですが、 この話を聞いたとき結城は別のことを考えていました。 それは、
     いくら成績が良い生徒でも、  何かに引っかかって理解が進まなくなる
    という現象はよくあるということです。
    何かに引っかかり、理解が進まなくなるというのは、 必ずしも本人が悪いわけではありません。 能力が低いわけでも、そのときの教師が悪いわけでも、 教え方や課題が悪いわけでもないことがあるのです。
    まじめに数学に向かう人や、ほんとうに理解したいと願う人の場合は特に、 理解が進まなくなるという現象がありそうです。
    人間の理解は、コンピュータにデータをダウンロードするのとは違います。 ボタンを押して時間が過ぎれば理解完了!とは行かないのです。
    大事なところで引っかかったなら、できれば……
     疑問点の周りを散歩したり、  問題と一緒にダンスを踊ったり、  数式と一緒にコタツに入ったり……
    謎とともに時間を過ごすのがいいのです。できれば。
    「こんなの、理解できるだろう!」と怒鳴っても、 理解が進むわけではありません。 「あと三時間で理解すること。用意スタート!」という要求は、 いささかナンセンスです。
    理解とは、複雑なプロセスなのです。
    理解のためには忍耐が必要なことも多いでしょう。 「数学は魅力的である」と感じている人は、忍耐しやすいものです。 「数学には何かしらホンモノの匂いがする」と感じている人もまた、 忍耐強くいられるでしょう。
    教師の真摯な態度や、学ぶ仲間の誠実さ、 それらは理解とは無関係に見えるかもしれませんが、 数学の学びを底支えしていると思います。
     * * *
    執筆の悩みの話。
    結城の場合、執筆のために勉強をしていると、 以下のような現象がよく起きます。
     勉強する。  ↓  理解が進む。  ↓  自分が書いているものの不備に気付く。  ↓  さらに勉強する。  ↓  さらに理解が進む。  ↓  さらに、自分が書いているものの不備に気付く。  ↓  嫌になってくる。
    つまり、勉強すればするほど、理解が進めば進むほど、 自分が書いているものの不備に気付いていやになるという現象です。 これはなかなかつらいです。 だって、まるで、自分の不備に気付くために努力しているように思えるからです (まあ、それは、まちがっているわけじゃないですが)。
    本というものは、 著者が理解した範囲でしか書くことができません。 ですから、勉強して理解を広げる必要があります。 でも、時間的な限界や、能力的な限界がありますので、 どこかで「落としどころ」を決める必要があります。
    落としどころというのは、 次のような場所のことです。
     もう少し勉強して深い話にした方が、  数学的にはおもしろい読み物になりそうだけれど、  それをやるためには膨大な時間が必要になるし、  自分の能力を超えてしまうために生煮えになってしまう。  だから「この場所」で踏みとどまって、まとめよう。
    その判断は、私の場合とても難しいです。 なまじっか勉強した断片が頭に残っているために、 「もうちょっと深みに行けるのではないか?」 という迷い(色気)が生じてしまうのです。
    このような迷い、落としどころを見つける悩みは、 本を書くたびに発生します。必ずです。
     ここで踏みとどまって、安定させる?  でも、それだと、陳腐でつまらない本にならないか。
     もう一歩、踏み込んで、深い内容にする?  でも、それだと、生煮えの題材を扱う本にならないか。
    この判断は、とても難しいものです。正解はありません。
    しかしながら、このように悩むことそのものは、 決して無駄ではありません。自分の理解の最前線を探ることは、 最終的には書籍の品質を上げることに貢献します。
    本を上梓して数年が経ち、自分の本を読み返すと、 とってもおもしろい本になっていることがわかります。 それは単純な自画自賛というわけではなく、 私という人間の変化による現象です。
    つまり、当時勉強したことの多くの部分を忘れてしまっているので、 書かれているものをベースにして楽しむことができるということです。
    自分の理解の最前線で、あれこれ悩み、落としどころを考える。 それはつらいですが、大事なステップなのですね。
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    決まり文句による言葉遊びの話。
    「決まり文句あるある」というのを考えていました。 以下、列挙してみます。主にネットでよく見られるフレーズです。
    誤解を恐れずあえて言うと、誤解される。
    「最後に一言だけ言わせてもらうけど」と言ったくせに、 最後の一言にならない。
    「あなたは私の書いたものをちゃんと読んでないですよね」と言う人も、 相手の書いたものをちゃんと読んでない。
    「それもまたレッテル貼りだよね」もまたレッテル貼りだよね。
    「あんたは、いつもそう言う」と言う人は、 いつも「あんたは、いつもそう言う」と言う。
    「□□は悪いと言うくせに○○を悪いと言わないのは片手落ち!」 と言うくせに 「■■は悪いと言うくせに●●を悪いと言わないのは片手落ち!」 と言わないのは片手落ち!
     * * *
    コトとヒトの話。
    ○○について批判するとき、
     「〇〇をするのは悪いコトだ」
    という言い方と、
     「〇〇をするお前は悪いヒトだ」
    という言い方があります。でも、この二つは異なるものです。 「悪い」を「愚か」に変えてもいいですし、 別の批判的な単語に変えてもいいでしょう。 ともかく「コト」と「ヒト」を批判するのは違うと思います。
    コトとヒトが一致する場合もあります。でも、 一致しない場合もよくあります。 何かを主張するとき(特に批判するとき)には、 自分はどちらを主張したいのかなと考えるのはいいことだと思います。 コトを批判したいのか、ヒトを批判したいのか。
    コトを批判すれば済むところでヒトを批判すると、 無用な軋轢を生む場合があります。 その一方で、コトを批判するのは的外れで、 ヒトを批判すべきこともあるでしょう。
    そのヒトが何度も何度も同じコトを繰り返すならば、 やがて、そのヒトとコトは分かち難いほど一体になるでしょう。 よいコトであれ、わるいコトであれ。
    罪を憎んで、人を憎まず。
    タバコの煙を憎んで、喫煙者を憎まず。
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    数学の本の難しさの話。
    数学の本の難しさの一つに、 「書かれていることをそのまま受け取る難しさ」 があります。 書かれていることをそのまま受け取りさえすれば正しい理解になるのに、 自分で勝手な解釈や類推をしてしまって、 かえって誤解するまちがいが多いのです。 少なくとも私はそういうまちがいがよくあります。
    自分の心理をモノローグふうに書けばこうです。
     「む? これはどういう意味だろう」  「これは、○○と似てるな……」  「ははーん、これは○○について書いてあるんだな!」
    文章には「○○のことです」とはまったく書いてないのに、 表面的な類似だけをもとに解釈してしまう。 運良くその解釈が合っていればいいのですが、 まちがってしまえば、迷宮に足を踏み入れることになります。
    数学の本の場合、書かれていることを文字通りに過不足なく受け取るのが、 結局は一番の近道だったりするのです。 論理の本を読むときには特に、そう感じます。
    自分で一生懸命「考えて」しまうと失敗するというのはなかなか悲しいです。 文章として書かれていることをそのまま受け取るというのは難しいこと。
    『数学ガール/ゲーデルの不完全性定理』のp.133で、 ミルカさんはこんなことを言いました。
    「形式的体系の話をするときには、体温を落とし、機械の気持ちになる。 意味に引きずられてはいけない」
    このアドバイスは、著者である私自身に大きな助けとなっています。 数学の本の内容を勝手に解釈し、 実際とは異なる意味を引き出さないように注意するということ。
    数学の本の難しさにはもう一つ、 「人間の誤解について書かれていない難しさ」 があります。
    数学の本には「これはこうなる」のような形で、 数学のことが書かれています。当然ですね。
    数学の本には「これはこうなる、と考えがちであるが、 それはよくあるまちがいだ」のように、 人間の誤解について書かれる場合は少ないのです。
    実は、
     ・書かれていることをそのまま受け取る難しさ  ・人間の誤解について書かれていない難しさ
    という二点は相互に関連しています。 書かれていることをそのまま受け取るのは難しくて、 つい勝手な解釈をして誤解しがち。 それに加えて、本を読み進めてもその誤解を正すチャンスがなかなかない。 これは確かに読むのが難しそうです。 まちがえやすい道になっていて、 しかも道しるべがないようなものだからです。
    数学の入門書や啓蒙書を書くときには、 「読者がよく陥る誤解」をうまく拾って解説できれば、 読者の助けになるでしょう。 でも、そんな誤解をしない人にとっては、 かえって読みにくくなる可能性もありますね。
    そんなんばっかりや! 本を書くときって、 そういう矛盾とトレードオフばっかり起きるんですよ!
     * * *
    意思疎通の話。
    ネットでの言い合いで、
     「そんなこと自分は言ってない」
    や、
     「そんな意味で言ったわけじゃない」
    というフレーズをよく見かけます。
    よく知らない相手との対話で、 このような言い回しが多く出てくるようになったら、 対話の終わりを検討した方がいいかもしれません (要するに、話を切り上げる潮時ですよという意味)。
    それはなぜかというと、 「そうは言ってない」や「そんな意味じゃない」 というレベルで議論のすりあわせをするのは、 ネットではたいへん難しいからです。
    議論において、言葉の意味を確認することは大事です。 でも、お互いに共通の土台をまったく持たない状態から、 意味のある議論を展開することは困難なことも多いでしょう。
    ましてやネットという制約がかかった状態では、 リアルでは対話することのない相手との対話も多く発生します。 すると「これは言わなくても伝わる」とか、 「この言葉にはこういうニュアンスがつく」 といった認識からずれが発生するので、すりあわせは大変です。
    「そうは言っても、この論争で相手に一矢報いないことには、 腹の虫がおさまらない」という人には、こんなセリフをお届けします。
     「私たちは、ここで出会うべきではなかったのだ…」
    心の中でこんなナレーションをつけると、楽しくスルーできます。
    話は少し離れますが、結城はよく、
     「言った言わないの議論が多いプロジェクトは失敗」
    だと思っています。
     「おまえ、そんなこと言ってなかったじゃないか」  「いやいや、ちゃんと言ったよ。ほら前回の会議で」
    のような議論が多いプロジェクトは、 意思疎通において大きな欠陥を抱えています。 その根本原因はいろいろあるでしょうけれど、 基本的な意思疎通ができないのに成功するプロジェクトはありません。
    ですから、 「言った言わないの議論が多いプロジェクトは失敗」 だと思うのです。
     * * *
    父の話。
    小学生のころ、父のすすめでアマチュア無線の国家試験を受けました。
    「混信にはどんな種類があるか例を挙げよ」という問題が出て「混変調」 と答えて正解しました。試験が終わってその話をしたら、 父から、
     「よく答えられたな!」
    と手放しでほめられました。 それから何十年も時は過ぎ、父もすでに亡くなりました。 でも、私は、父からほめられたことをまだ覚えています。 胸の奥がぐっと温まるような思いと共に。
    ほめられることは、学びにおいて、とても大事です。 もしかすると、子に対する父の仕事というのは、 ここぞというときに褒めることではないか、などと思うこともあります。
    記憶を探ってみても、 私は父から「悪意のこもった言葉」を受けたことがありません。 怒られたことはあるけれど「罵倒」されたことはありませんし、 理不尽なことを要求されたこともありません。たった一度も。 もちろん母親からもありません。
    もしかすると、そのことは、 私が両親からもらった、とてつもなく貴重な財産なのかもしれません。
     * * *
    それでは、今回の結城メルマガを始めましょう。
    どうぞ、ごゆっくりお読みください!
    目次
    はじめに
    数学の問題を出す楽しみ(問題編)
    文章読解力
    書くという仕事
    会話するときには何を意識すればいいですか? - Q&A
    数学の問題を出す楽しみ(解答編)
    おわりに