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記事 22件
  • 『海外進出白書』から読み解くグローカルビジネスのトレンド|鷲澤圭

    2021-06-02 07:00  
    550pt

    中小企業の海外進出が専門の明治大学・奥山雅之教授とNPO法人ZESDAによるシリーズ連載「グローカルビジネスのすすめ」。地方が海外と直接ビジネスを展開していくための方法論を、さまざまな分野での実践から学ぶ研究会の成果を共有していきます。今回は、株式会社Resorzにて海外進出プラットフォーム「Digima~出島~」 の編集長を務める鷲澤圭さんが、多くの企業からの相談を元にまとめたレポート「海外進出白書」でのデータを元に、コロナ禍によって大きく変化した海外進出をめぐるビジネス環境の変化と意外なチャンスの到来を解説します。

    本メールマガジンにて連載中の「グローカルビジネスのすすめ」の書籍が、紫洲書院より発売中です。各分野の第一線で活躍する人々の知識と経験とともに、グローカルビジネスの事例を豊富に収めた、日本初のグローカルビジネス実践マニュアルです。 ご注文はこちらから!
    グローカルビジネスのすすめ#08  『海外進出白書』から読み解くグローカルビジネスのトレンド
     近年、新たな市場を求めて地方の企業が国外市場へ事業展開する動きが活発になっています。日本経済の成熟化もあり、各地域がグローバルな視点で「外から」稼いでいくことは地方創生を果たしていくうえでも重要です。しかし、地方の中小企業が国外市場を正確に捉えて持続可能な事業展開を行うことは、人材の制約、ITスキル、カントリーリスク等、一般的にはまだまだハードルが高いのが現実です。 本連載では、「地域資源を活用した製品・サービスによってグローバル市場へ展開するビジネス」を「グローカルビジネス」と呼び、地方が海外と直接ビジネスを展開していくための方法論を、さまざまな分野での実践の事例を通じて学ぶ研究会の成果を共有します。 (詳しくは第1回「序論:地方創生の鍵を握るグローカルビジネス」をご参照ください。)
     今回は、株式会社Resorzにて海外進出プラットフォーム「Digima~出島~」 の編集長を務める鷲澤圭氏にご担当いただきます。「Digima~出島~」に寄せられた相談や情報、支援の変遷をまとめた「海外進出白書」をひもとくと、海外進出の形態が状況に合わせて刻々と変化してきたことが分かります。とくに、コロナ禍下で日本企業の海外進出がどう変化し、また進化したのかを探ります。 (明治大学 奥山雅之)
    海外進出ポータル「Digima〜出島〜」
     鷲澤です。コロナ禍では、ビジネスを取り巻く環境が大きく変化しました。本稿のテーマは二つ。一つ目は日本企業の海外進出動向のトレンドについて、二つ目は海外マーケットにおけるビジネス環境の変化について、データから分かったことを解説いたします。 その前に、まずは私自身と「Digima〜出島〜」について、また日本企業の海外進出動向を分析するにあたって過去7年間にわたって作成してきた「海外進出白書」という、毎年1年間のデータとその分析をまとめたレポートについて簡単に紹介いたします。 私は、株式会社Resorzにて「Digima〜出島〜」の編集長を務めています。経歴としては、もともと株式会社PHP研究所という出版社にて書籍の編集を行なっていました。2012年にResorzに入社し、企画営業やメディア運営を経て、2015年に「Digima〜出島〜」の編集長を拝命しました。日々海外のビジネスニュースやノウハウなどを発信しつつ、情報を分析してレポートを執筆・発表しています。 PHP研究所においては、ソフトな雑誌から、堅い内容の単行本まで幅広く扱ってきましたが、ビジネスに関する知識はゼロからのスタートでした。しかしResorzにて、企業の海外展開というプロセスにおける当事者の一員として支援を行ってきた結果、さまざまな知見を得ることができました。500を超える案件に関して専門家と面談を重ねてきたこと、海外進出を検討している企業の現地視察にアテンドして現地の状況を見てきたこと、また「Digima〜出島〜」に寄せられる海外進出相談をヒアリングしてきたことなど、これらの実務をこなすことにより、海外ビジネスに関する知識を短期間のうちに深め、現在では大抵のことについては語れるようになったと自負しています。 「Digima〜出島〜」とは、「グローバルで活躍する日本企業を1万社つくる」ということをミッションとして掲げて活動する、海外ビジネスの支援プラットフォームです。その目標を達成するため、海外進出のハードルを下げるための様々な活動を行っています。海外進出を検討するにあたり、何から手をつけるべきか分からないという場合は多いと思います。その不安や情報不足を取り除き、まずは一社でも多く海外進出をしてもらうこと、また海外進出した企業の母数を増やすことで成功のノウハウを蓄積させ、さらに多くの企業の海外進出を成功させることを理想としています。具体的には、海外のビジネスニュースや情報を発信したり、コンサルや会計など海外ビジネスサポート企業に所属するエキスパートからの情報を掲載したり、場合によっては事業者とのマッチングなども行っています。 このような活動を行う中で、我々しか持っていない情報があることに気づきました。我々は、海外進出のポータルとして相談を月に100件以上受けているため、実際の進出プロセスに関するデータをどこよりも広範囲かつ豊富に蓄積しているのです。そのようにして集められたデータを分析して文章化したのが「海外進出白書」です。1年間ごとに「Digima〜出島〜」に寄せられる4000件以上の相談の分析に加えて、これまでの10年間で集めた海外進出を検討している会員企業2万社、ならびに海外進出サポート企業1500社以上へのアンケートをもとに作成した最新のトレンド情報を含む、A4サイズで全67ページ、4万字にのぼる詳細なレポートです。進出先の国別ランキング、業種の割合、海外進出をサポートするサポート企業のサービス参考価格一覧などをはじめ、他ではあまり見られないような内容も掲載しています。「Digima〜出島〜」ウェブサイトにて全文が無料公開されていますので、ダウンロードしてお読みいただければ幸いです。 本稿では、2019〜2020年度のレポート内容に基づき、コロナ禍における日本企業の海外進出動向の変化および海外マーケットの変化に関する情報を共有しようと思います。前置きが長くなりましたが、日本企業の海外展開にどのような変化があったのか、コロナ禍で有効な販路拡大手法は何なのか、どの分野にチャンスがあるのかなど、グローカルビジネスに役立つ情報をご提供したいと思います。
     海外進出白書においては、データを示すだけではなく、その分析をまとめた「トピック」と呼ばれる章を設けています。2019〜2020年度版のレポートでは6つのトピックを掲げていますが、グローカルビジネスに直結するのは、「『中小・地方企業の海外進出』の増加傾向は着実にすすむ」という分析でしょう。実際この5年間に、この傾向は少しずつ進んでいます。コロナ禍におけるビジネス環境の変化のお話に加えて、このトレンドについてもお話ししようと思います。これまで地方企業・中小企業は一度東京に出て販路を拡大するというステップを踏むことが定石とされていました。しかし近年、このステップを飛び越して東京を経由せずに直接海外に展開するという動きが活発になってきています。この傾向に拍車をかけるのではないかということを予見させる事例があるため、その点についてもご紹介できればと思います。
    変化する海外進出の「質」
     まず、大まかな日本企業の海外進出動向の変化についてご紹介します。2019年度、進出先として人気上位の国をまとめると、ASEAN諸国、中国、アメリカなどが選ばれていることが分かりました。コロナの影響が本格化したのは2020年2月末から3月にかけてのことですので、3月以降のデータを改めて集計してみました。今後さらにデータを蓄積させ来年の白書に掲載することを目指して編集を進めていますが、3月から9月にかけて集められたデータをもとに作成すると図表1のようになります。
    図表1 進出先の人気上位10ヵ国(2020年3〜9月)  出所: 出島〜Digima〜「海外進出白書」を元に筆者作成
     過去から各国の順位が多少変動しましたが、正直なところ全体のトレンドにはあまり変化がみられません。3月から10月までの集計によると、海外進出案件の総数に至っては、昨年の同じ時期に比べて、708件(2019年3〜10月)から758件(2020年3〜10月)に増加しています。ビジネスの世界全体が大きな影響を受ける中で、海外ビジネスに向けた意欲が低下してしまうのではないかという懸念がありましたが、実際にはその逆であるということが分かりました。 しかし、量的には大きな変化がみられなかった反面、質的にはこれまでにない変化を遂げていることも分かりました。
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  • 日本アニメのグローカリゼーション ── アジア国際共同製作の現場から(後編)| 三原龍太郎

    2021-05-28 07:00  
    550pt

    中小企業の海外進出が専門の明治大学・奥山雅之教授とNPO法人ZESDAによるシリーズ連載「グローカルビジネスのすすめ」。地方が海外と直接ビジネスを展開していくための方法論を、さまざまな分野での実践から学ぶ研究会の成果を共有していきます。今回は、アジア地域を中心とした日本アニメのグローバルビジネス展開について、文化人類学者の三原龍太郎さんが、数々の国際共同製作プロジェクトへの参与調査を通じて得られた知見にもとづく分析と提言を、前後編に分けて行います。後編では、実際にアジア地域でのアニメ作品の国際共同製作プロジェクトにフィールドワーカーとして参与する中で見えてきた「ブローカー」役の重要性と、今後の海外での創造産業の振興に向けて必要なアプローチを展望します。 ※本記事は、去る2021年4月7日に誤配信した同名記事の完全版です。著者ならびに読者の皆様には、多大なご迷惑をおかけしましたことを改めてお詫び申し上げます。

    本メールマガジンにて連載中の「グローカルビジネスのすすめ」の書籍が、紫洲書院より発売中です。各分野の第一線で活躍する人々の知識と経験とともに、グローカルビジネスの事例を豊富に収めた、日本初のグローカルビジネス実践マニュアルです。 ご注文はこちらから!
    グローカルビジネスのすすめ#05  日本アニメのグローカリゼーション ── アジア国際共同製作の現場から(後編)
    アニメのグローバル化を理解する視角
     前編では、日本アニメのアジア地域へのグローカリゼーションに関する私自身の研究についてご紹介しました。それでは、このような研究は、アニメのグローバル化に関してどのような新しい視角を提供できるでしょうか? 未だ探究の途中ではありますが、現時点で暫定的に考えていることをご紹介したいと思います。
     私の研究は、「誰が、どのようにしてアニメをグローバル化させたのか?」という文化人類学的な問いに対しては、以下の新しい視角を提供できるのではないか、と考えています。すなわち、前編でご紹介した通り、これまでの研究では、当該の問いに対して「ファンとクリエイターの利他的な情熱がアニメをグローバル化させた」という趣旨の議論を展開してきました。それに対して、私の研究──イケヤマさんのインド市場向けアニメマーチャンダイズベンチャーの奮闘や、日本のアニメ業界人が中国やインドをはじめとしたアジア諸国のパートナーと共同でアニメ作品を作ろうとしたときに生じる様々な軋轢とそれを解決しようとするプロデューサーの努力に関するフィールドワーク──は、「ビジネス主体が関係者の商業的利害を仲介し、対立を乗り越えることでアニメをグローバル化させた」という全く別の視角を提供できるのではないか、ということです。
     これまで議論してきたこととの関連でもう少し別の言い方をすると、要は、アニメのグローバル化はブローカーの活動によって推進されるという構造があり、それはアニメのグローバル化のビジネス面に焦点を当てることで初めて見えてくるのではないか(逆に言えば、クリエイターやファンだけに焦点を当てていると見えにくくなってしまうのではないか)、ということです。そしてそのことを、アニメのアジア地域へのグローカリゼーションに係る私のフィールドワークが示している、と。
     イケヤマさんのベンチャービジネスや、日本とアジアの国際共同製作プロジェクトにフィールドワーカーとして関わらせていただく中で実感(というか痛感)したのは、「アニメのグローバル化は、放っておいてもひとりでに起こるようなものではない」という、ある意味当たり前の事実です。
     日本でのアニメビジネスのやり方と、ほかのアジア諸国におけるアニメ関連ビジネスのやり方は大きく異なるケースが多いので、日本のアニメ業界人はそういう「馴染みのない」海外の相手とは基本的にビジネスをやりたがりません。そういった相手と不用意に組んでしまえば、いくらアジア地域が有望と言っても、お互いの流儀が相容れないものであれば結局プロジェクトが空中分解してしまう可能性が大きいので、そんなリスキーなプロジェクトに時間とお金を費やすくらいなら、自分たちにとって「馴染みのある」国内の相手と日本国内でビジネスをやっておく方が無難だ、というわけです。お互いに異なる彼我のアニメの商習慣に関する「俺たち」対「奴ら」という二項対立的な軋轢がアニメのグローバル化を阻む障壁となっている、と言い換えることもできるかと思います。
     アニメのグローバル化とは、誰かが汗をかいてこの軋轢を乗り越え、「俺たち」と「奴ら」との間を取り持ち、両者をつなぐことで初めて成立するものである、ということを私は自身のフィールドワークを通じて知ることができました。要は、アニメのグローバル化とは「起こっている」ものでなくて「起こす」ものだということです。  これはある意味(特に現場で日々アニメのグローバル化に取り組んでいる実務家の方々にとっては)言われるまでもないほど当たり前の話だろうと思いますが、これまでのアニメ研究のように、つながっていることが所与のインターネット空間におけるファンやクリエイターの和気藹々とした協働だけを見ていると、この「当たり前」には気づきにくいのかもしれません。お互いの利害がむき出しでぶつかるアニメのビジネス面を直視することで、初めて見えてくるものなのかもしれません。
     実際、イケヤマさんのマーチャンダイジングベンチャービジネスも、日本とアジアのアニメ国際共同製作も、それを進めるにあたっては軋轢の連続でした。プロジェクトを進めるうえでのあらゆるマイルストーンで、商習慣上の軋轢が生じたと言っても過言ではないと思います。  例えば、何らかの売買契約を結ぶときに、まず最初に高い金額を吹っかけてから現実的な金額に落とし込んでいくという交渉スタイルは受け入れ可能でしょうか? また、金額を値切ろうとしたり、納期をどんどん遅らせたり、前もって計画を立てずに泥縄式にものごとを進めるような仕事の仕方はどうでしょうか?  イケヤマさんのケースでは、インド側プレイヤーのこのようなビヘイビアが何度も問題になりました。これらの仕事の仕方は、日本のアニメ産業界の相場観からすると「信用ならない」し、場合によってはとても「無礼」なものに映ります。日本側とインド側が協力して日印間のアニメマーチャンダイジングプラットフォームを構築しようとする中で、インド側がこのような態度を取るたびに日本側との軋轢が生じ、決裂の危険にさらされましたし、実際に決裂したインド側プレイヤーも出ました。
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  • 日本アニメのグローカリゼーション ── アジア国際共同製作の現場から(前編)| 三原龍太郎

    2021-05-27 07:00  
    550pt

    中小企業の海外進出が専門の明治大学・奥山雅之教授とNPO法人ZESDAによるシリーズ連載「グローカルビジネスのすすめ」。地方が海外と直接ビジネスを展開していくための方法論を、さまざまな分野での実践から学ぶ研究会の成果を共有していきます。今回は、アジア地域を中心とした日本アニメのグローバルビジネス展開について、文化人類学者の三原龍太郎さんが、数々の国際共同製作プロジェクトへの参与調査を通じて得られた知見にもとづく分析と提言を、前後編に分けて行います。前編では、アニメをはじめとする日本のクリエイティブ産業の海外進出をめぐる研究が従来どのような観点からなされてきたのか、そこにどんな見落としが潜んでいたのかを検証していきます。 ※本記事は、去る2021年4月7日に誤配信した同名記事の完全版です。著者ならびに読者の皆様には、多大なご迷惑をおかけしましたことを改めてお詫び申し上げます。

    本メールマガジンにて連載中の「グローカルビジネスのすすめ」の書籍が、紫洲書院より発売中です。各分野の第一線で活躍する人々の知識と経験とともに、グローカルビジネスの事例を豊富に収めた、日本初のグローカルビジネス実践マニュアルです。 ご注文はこちらから!
    グローカルビジネスのすすめ#05  日本アニメのグローカリゼーション ── アジア国際共同製作の現場から(前編)
     近年、新たな市場を求めて地方の企業が国外市場へ事業展開する動きが活発になっています。日本経済の成熟化もあり、各地域がグローバルな視点で「外から」稼いでいくことは地方創生を果たしていくうえでも重要です。しかし、地方の中小企業が国外市場を正確に捉えて持続可能な事業展開を行うことは、人材の制約、ITスキル、カントリーリスク等、一般的にはまだまだハードルが高いのが現実です。 本連載では、「地域資源を活用した製品・サービスによってグローバル市場へ展開するビジネス」を「グローカルビジネス」と呼び、地方が海外と直接ビジネスを展開していくための方法論を、さまざまな分野での実践の事例を通じて学ぶ研究会の成果を共有します。 (詳しくは第1回「序論:地方創生の鍵を握るグローカルビジネス」をご参照ください。)
     今回は、アカデミアの立場からアニメの国際共同製作のエコシステムを研究する、三原龍太郎氏の登場です。海外でも人気の高い日本のアニメ作品ですが、そもそも「誰が、どのようにして」作品をグローバル化させたのでしょうか? これまでのアカデミアでは、ファンベースを基軸にアニメの海外展開を捉える姿勢が一般的でしたが、商業的な折衝を行うキーパーソンに注目すると見方が変わります。アニメの国際共同製作の現場を数多く見てきた経験を踏まえて、日本アニメの現状と未来のシナリオを考えます。 (明治大学 奥山雅之)
    はじめに
     本稿では、日本アニメのグローカリゼーション、とりわけそのアジア国際共同製作の現場というテーマについて論じたいと思います。アニメのグローバル化が現在どのような状況にあるのか、中でも特にアジアという地域(ローカル)との関係で見た場合、それを理解する視角としてどのようなものがあり、また今後の展望はどのようなものであり得るか、さらに私自身がそのテーマに対してどのように関わってきたのか等について議論します。
     まずは簡単に自己紹介を。私自身のアカデミックバックグラウンドは文化人類学です。日本の創造産業(クリエイティブ産業)が海外に展開するときに何が起こるのかということを、フィールドワークといういわば現場密着取材の方法論で研究しています。創造産業には、アニメをはじめとして、映画、食、ファッション、デザインなど、いわゆるクリエイティビティ(創造性)というものが競争力の源泉になっている産業が幅広く含まれます。そのような日本の創造産業の海外展開はいかにして可能か? というのが自分の大きな研究トピックで、現在は創造産業の中でもアニメ、地域としてはアジアに焦点を当て、アニメがアジア地域へどのように展開しているかを調査しています。
     その際の理論的着眼点は「ブローカー」です。何らかのビジネスが海外に展開する(グローバル化する)際にはさまざまな個人や組織が関わりますが、「ブローカー」とはその中でも特に立場の異なる人々の間を仲介する商社的・起業家的役割を果たすプレイヤーのことを指します。ビジネスが国境を超えて展開するような場合は、彼我の商習慣の違いが原因でものごとがスムーズに進まないといったことがしばしば起こります。そのようなときに両者の間に入って双方のやりとりをとりもつことでプロセスを円滑化するのがブローカーの役割のひとつです。そのような役割を果たす「主体」に注目した場合は「ブローカー」(broker)となり、「行為」に注目する場合は「ブローカレッジ」(brokerage)となります。このような主体・行為としてのブローカーについては、英語圏の文化人類学(や社会学)の分野では分厚い研究の蓄積がある一方、日本語としてしっくりくる訳はあまりないというのが現状なのではないかと思われます。訳すとすれば「仲介者」といった形になるかと思いますが、ここでは英語をそのままカタカナ化した「ブローカー」を使います。
     アニメが海外に展開する際にもこのような「ブローカー」がカギとなる役割を果たしているのではないか、というのが自分の発想の出発点です。アニメのグローバル化においてブローカー的役割を果たしているのは誰で、そういった個人・組織は日々の海外展開実務の中で具体的にどういった仲介者的ふるまいをしているのか、そしてそれが実際の海外展開のパフォーマンスにどういったインパクトを与えているのか、といったことを明らかにしたいと思っており、そのために具体的なアニメの海外展開プロジェクトのフィールドワークを行っている、という格好です。この発想に基づき、博士論文ではアニメのマーチャンダイジングがインドに展開する現場のフィールドワークを行い、また現在では日本と中国及びそれ以外のアジア諸国との間の複数のアニメ作品の国際共同製作の現場に入っています。
    グローバルにエンカウントするアニメ
     アニメのグローバル化は現在どのような状況にあるのでしょうか? 私がアニメの海外展開に関心を持ち研究を開始してから10年ほどが経過しました。その間、世界各地のアニメの現場に足を運ぶ中で肌感覚として感じているのは、アニメが世界に発現する場が、各地で定期的に開催されるアニメ関連のイベントの会場の中という限定的なものから次第にその外に浸み出し、広く世界の日常風景の中に入り込みつつあるのではないか、ということです。
     アニメ関連のイベントは世界各地で活況を呈しています。私が海外のアニメ関連イベントに参加するようになったのは、2007年に米国のコーネル大学(文化人類学修士課程)に留学してからです。留学期間中(2007年~2009年)に、修士論文のフィールドワークのためにアメリカ中のアニメ関連イベント(「アニメコンベンション」と呼ばれています)を回りました。ロサンゼルスのアニメエキスポ、ボルチモアのオタコン、ニューヨークのニューヨークアニメフェスティバル、ニュージャージーのアニメネクストなどです。特に2008年のオタコンで、現在も活躍するアニソン歌手グループのJAM Projectのライブに参加し、彼らの圧倒的なパフォーマンスと会場の熱狂を体感したことが強く印象に残っています。またサンディエゴで毎年開催されているコミコン(Comic-Con International)にも参加しました。コミコンはアメコミ中心のイベントであり、日本のアニメがメインというわけではないのですが、その中にあっても、会場でピカチュウの風船が大きく展示されていたのが印象的でした。
     2013年に英国のオックスフォード大学(文化人類学博士課程)に留学してからは、欧州及び調査先のインドのアニメ関連イベントに参加する機会を得ました。2014年に、スイスのモントルーというレマン湖畔のリゾート地で、「ポリマンガ」というアニメ関連イベントに参加しました。ポリマンガはその年、アニメ監督の吉浦康裕さんを日本からゲストとして招待し、同監督の劇場アニメ『サカサマのパテマ』をはじめとした各作品の上映会や、彼のステージトークショーなどを開催したのですが、私は英国からスイス入りして、吉浦監督がポリマンガに参加する際の現地でのアテンドを担当しました。作品上映やトークショーは大きな会場がいっぱいになるほどの盛況で、スイスのこのような決して大都市とは言えない場所でも日本アニメに関する感度やアンテナがこれほどまでに高いのかと感銘を受けました。
     ポリマンガでもう一つ印象に残っているのはトニー・ヴァレントさんというマンガ家と出会ったことです。彼は会場の物販エリアで自身のマンガ作品である『ラディアン』を販売していました。アートワークは完全に日本のマンガであるにもかかわらず、言語はフランス語でフランスの出版社から出版されており、フランス語圏で流通しているとのことでした。マンガの「本家」たる日本から遠く離れて、ある意味日本とは全く関係のないところでマンガのエコノミーが成立していることに強い衝撃を受けました。その場で第1巻を購入し(フランス語なので私には読めないのですが)、ヴァレントさんにその購入した第1巻の裏表紙に本作のヒロインであるメリのイラストを描いてもらいました。その後ヴァレントさんとは残念ながら交流の機会はなかったのですが(なので私が一方的に覚えているだけなのですが)、しばらくして『ラディアン』の邦訳が日本で出版され、また日本でのテレビアニメシリーズも開始されたというニュースに接したときは、「あのときの『ラディアン』が!」と一人で勝手に興奮してしまいました。メリのイラスト入りのフランス語版『ラディアン』は今でも私の宝物です。
    ▲トニー・ヴァレント『ラディアン』邦訳版
     博士論文のためのフィールドワークでインドのアニメ事情について調査していた際も、現地の様々なアニメ関連イベントに参加する機会がありました。デリーやムンバイ、ベンガルール(旧バンガロール)といった主要都市だけでなく、一部の地方都市でもアニメイベントが活況を呈していたことに驚きました。  これは私自身が参加したわけではなく、実際に参加されたフィールドワーク先の方から伺った話なのですが、インド北東部にあるミゾラム州アイゾールというミャンマーとの国境地帯にある地方都市でもアニメイベントが開催され盛況だったそうです。この地域は民族・文化的にはむしろ東南アジアの方に近く、インド「中央」のいわばヒンドゥー的な文化圏からは「遠い」ところなのだそうですが、国民国家的枠組みの下では「インド」だが文化的には「中央」の影響が小さいこういった地域に、日本のアニメが、その「すきま」を満たすようにして当地の若者文化として浸透しているとのことでした。  同じくインド北東部のナガランド州の若者が当地でアニメイベントを開催するために奮闘するドキュメンタリー番組(『Japan in Nagaland』)も制作されたほどで(私も取材を受けました)、アニメのグローバル化にはこのような態様もあるのか、と非常に感銘を受けました。
     このように、アメリカ、欧州、インドといった世界各地のアニメ関連イベントに焦点を絞ってみても、アニメのグローバル化という事象がいかに広く多様に進行しているかが浮き彫りになるかと思います。  ただ、前述の通り、現在のアニメはそういったイベント会場の枠を超えて、現地の日常生活空間の中にまで広がってきているのではないかというのが私自身の肌感覚です。わざわざアニメ関連イベントの会場まで足を運ばなくとも、海外で普通に生活していて、街角や公共交通機関、スーパーマーケットといった何気ない日常生活空間の中で、思いがけず唐突にアニメ(的なもの)と遭遇(エンカウント)する(してしまう)機会が増えてきたのではないか、と言い換えてもいいかもしれません。
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  • 「1本5000円レンコン」から考えるグローカルビジネス|野口憲一

    2021-05-19 07:00  
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    中小企業の海外進出が専門の明治大学・奥山雅之教授とNPO法人ZESDAによるシリーズ連載「グローカルビジネスのすすめ」。地方が海外と直接ビジネスを展開していくための方法論を、さまざまな分野での実践から学ぶ研究会の成果を共有していきます。今回は、農園経営者と民俗学者という二つの顔を持つ野口憲一さんが、自身の農園で育て上げた「1本5000円のレンコン」を大成功に導いた事例から、戦略的なブランディング手法としての海外進出について。日本における農業経営の実態を研究者の目で分析しつつ、ビジネスマンとして価値設定権を取り戻してみせたマインドと手法とは?

    本メールマガジンにて連載中の「グローカルビジネスのすすめ」の書籍が、紫洲書院より発売中です。各分野の第一線で活躍する人々の知識と経験とともに、グローカルビジネスの事例を豊富に収めた、日本初のグローカルビジネス実践マニュアルです。 ご注文はこちらから!
    グローカルビジネスのすすめ#07 「1本5000円レンコン」から考えるグローカルビジネス
     近年、新たな市場を求めて地方の企業が国外市場へ事業展開する動きが活発になっています。日本経済の成熟化もあり、各地域がグローバルな視点で「外から」稼いでいくことは地方創生を果たしていくうえでも重要です。しかし、地方の中小企業が国外市場を正確に捉えて持続可能な事業展開を行うことは、人材の制約、ITスキル、カントリーリスク等、一般的にはまだまだハードルが高いのが現実です。 本連載では、「地域資源を活用した製品・サービスによってグローバル市場へ展開するビジネス」を「グローカルビジネス」と呼び、地方が海外と直接ビジネスを展開していくための方法論を、さまざまな分野での実践の事例を通じて学ぶ研究会の成果を共有します。 (詳しくは第1回「序論:地方創生の鍵を握るグローカルビジネス」をご参照ください。)
     今回は、アカデミアにて民俗学を研究しつつ、自らの農園のレンコンを世界に展開する野口憲一氏にご登場いただきます。近年「ハイテク農業」をはじめとして、農業は注目を集めています。しかし、実際の市場には、その変革を長らく阻んできた、社会的な認識と流通システムが存在します。野口氏は農産物をブランド化することによりこの複雑な問題にメスを入れ、世界中のミシュラン星つきレストランに卸すほどの実績を残してきました。グローバルな競争力をもったモノを、ローカルはいかにして生み出すことができるのでしょうか。「1本5000円レンコン」のエピソードから、グローカルビジネスの成功につながるマインドと手法を学びます。 (明治大学 奥山雅之)
    はじめに
     肩書きが多くて紹介に困るということをよく言われますが、私は会社役員として実家のレンコン農園の経営に携わると共に、日本大学にて非常勤講師を務めております。社会学の博士号を有しており、専門は民俗学と食・農業の社会学です。実際に今でも大学でオンライン講義を担当しています。最近は経営コンサルタントも始めました。ここでは、自分の肩書を民俗学者と名乗ることにしましょう。 さて、本稿では、「1本5000円のレンコン」を販売するなかで得られた知見をもとに、ローカルからグローバルへの展開が、特にローカルにおいてどのような意味を持つのかについて説明しようと思います。 このレンコンは私が役員を務める株式会社野口農園のラグジュアリーレンコンです。レンコンの一般的な販売価格は1本当たり1000円程度、つまり「1本5000円レンコン」の価格は、相場の5倍です。 私は、この原稿の基になった第13回ZESDA×明治大学グローカル・ビジネス・セミナーを依頼されるにあたって、「グローカルビジネスについての苦労話を語ってください」との注文をいただきました。しかし私は即座にこの注文を断りました。なぜなら、端的に言って、海外進出の苦労は何一つなかったからです。いわば、「雪だるまが転がるようだった」、というのが率直な感想です。しかしその雪だるまの核となったのは、確かに私が作り上げた「1本5000円レンコン」でした。すなわち、「1本5000円レンコン」を日本(≒世界)で初めての、そして同時に日本一(≒世界一)のラグジュアリーブランドレンコンとして鍛え上げたことが、海外進出成功の鍵だったのです。 だからと言ってこのレンコンがそう簡単に売れたわけではありません。海外進出の苦労がなかったこととは異なり、ブランド化に至るまでの過程は、本当に悪戦苦闘の連続でした。しかし、結果としてこの破格値の高級レンコンは、多すぎる注文を断り続けなければならないような商品となりました。それでは、なぜ私はこのような常識はずれな価格のレンコンを売り始めたのか、まずその経緯について説明していこうと思います。
    問題の所在 ―― 1本5000円レンコンの背景
     「はじめに」でも述べたように、私は、会社役員としての立場の他に、研究者としての顔を持っています。長らく農業や農家についての民俗学・社会学的な観察を続けてきました。その中で、一般的には注目されにくい、農家や農業の状況が見えてきました。以下にその主な内容を四つのポイントにまとめてみました。
     一つ目は、農業に対する社会的イメージの再生産です。あまりポジティブでないイメージがメディアを中心として再生産され、農家の実像はそこに入る余地がなく、メディアによって作られたイメージが広められているという状況がありました。 二つ目は社会的なやりがい搾取の構造です。これは2000年周辺に始まったと私はみています。それまでの農業に対する社会的なイメージは、単に儲からない仕事あるいは大変な仕事というものが主でした。しかし、1999年後半から2000年にかけて、TOKIOの「ザ!鉄腕!DASH!!」などの番組の登場により流れが変わってきます。 最近でいうと「金スマ ひとり農業」などです。例えば雨の日は家の中で蕎麦を打ったり、読書したりして、そして晴れの日には畑を耕すというようなイメージです。そこには、現代社会の早いスピードに取り残された人々、疲れてしまった人々が、癒しとして農村の暮らしを求め、消費するという構図が出てきます。 生活のスピードが遅いということは、ある意味の癒しになります。表面的にはポジティブに演出されているものの、本質的な価値観には変化はありません。 このことは、農産物の価格観が固定されているということと深い関係があると思います。車で例えると、ファミリーカーとスポーツカーは、同じ車という商品カテゴリーにあっても、常識的に価格が異なるものとして受け止められています。しかし農作物に関しては、そのような値段の違いが受け入れられていません。品質や栽培方法に違いがあっても、小松菜は小松菜、レンコンはレンコンだと捉えられてしまいます。この点が利益率の低さの根本的な原因になっています。 このような状況につながる原因としては、農家がこれまで価格交渉権をほとんど持たなかったということが挙げられます。現在は少しずつ改善される動きもありますが、大半の農作物はJAに全量出荷され、JAから市場に持ち込まれ、そこで仲卸が購入したものが量販店に分配されるという流れが一般的です。そのプロセスの中には、市場で付けられた価格をJAがそのまま表示するという慣例があり、農家の意思が価格に反映されることは一切ありませんでした。 要するに、実際に農業を経営している人とは異なる人々によって、販売価格が一方的に決定されることが長く続いたのです。一つ目のポイントと合わせて、都市部の人間が勝手に作り出した「儲からないけど、楽しい職業」というイメージが固定化されてしまい、その結果やりがい搾取の構造が生み出されていたのです。
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  • レタスの村のグローカルビジネス|西尾友宏

    2021-04-21 07:00  
    550pt

    中小企業の海外進出が専門の明治大学・奥山雅之教授とNPO法人ZESDAによるシリーズ連載「グローカルビジネスのすすめ」。地方が海外と直接ビジネスを展開していくための方法論を、さまざまな分野での実践から学ぶ研究会の成果を共有してゆきます。今回は、長野県川上村の副村長を務めた農林水産省の西尾友宏さんが、シビアなデータ分析に基づいた施策で村の課題に対処していった事例を紹介します。レタスの生産高日本一を誇りながらも、付加価値の低下と人口減少にあえいでいた村の苦境に対し、特に女性と外国人の労働環境にケアすることで新たな可能性を切り拓いていったプロデュースの手法とは?

    本メールマガジンにて連載中の「グローカルビジネスのすすめ」の書籍が、紫洲書院より発売中です。各分野の第一線で活躍する人々の知識と経験とともに、グローカルビジネスの事例を豊富に収めた、日本初のグローカルビジネス実践マニュアルです。 ご注文はこちらから!
    グローカルビジネスのすすめ#06  レタスの村のグローカルビジネス
     近年、新たな市場を求めて地方の企業が国外市場へ事業展開する動きが活発になっています。日本経済の成熟化もあり、各地域がグローバルな視点で「外から」稼いでいくことは地方創生を果たしていくうえでも重要です。しかし、地方の中小企業が国外市場を正確に捉えて持続可能な事業展開を行うことは、人材の制約、ITスキル、カントリーリスク等、一般的にはまだまだハードルが高いのが現実です。 本連載では、「地域資源を活用した製品・サービスによってグローバル市場へ展開するビジネス」を「グローカルビジネス」と呼び、地方が海外と直接ビジネスを展開していくための方法論を、さまざまな分野での実践の事例を通じて学ぶ研究会の成果を共有します。 (詳しくは第1回「序論:地方創生の鍵を握るグローカルビジネス」をご参照ください。)
     今回は、農林水産省の西尾友宏氏にご担当いただきます。西尾氏はレタスの生産で名高い川上村の副村長を務めるなかで、村のビジネスモデルや習慣が抱えていた問題を見抜き、グローカルビジネスをプロデュースしました。また女性活躍の筋道を立てることで、彼女らのニーズやポテンシャルを汲み取りながら従来型の産業に頼らないビジネスを構築するという方法は、他の地域にも十分応用が見込めるものでしょう。行政からグローカルビジネスの支援を行う成功例に注目します。 (明治大学 奥山雅之)
    「レタス日本一の村」の現実
     本稿では「レタスの村のグローカルビジネス」と題して、地方創生、多様性、女性活躍をテーマとしたグローカリゼーションの事例をご紹介させていただきます。 まずは簡単に自己紹介をさせていただきます。私は農林水産省に勤めており、平成27年から30年度にかけて長野県の川上村に赴任し、副村長を務めました。当時は安倍内閣の政策として地方創生に重点がおかれており、川上村のプロジェクトも地方創生政策の一つの事例をつくるという目的をもって立ち上げられました。実際に現場に入り、当事者の目線で地方創生施策を主導してきたというのが私の主な経歴です。 川上村は長野県の東の端に位置する小さな村です。長野県で唯一埼玉県の秩父の裏側に接しており、東京から直線距離だと100㎞も離れていない場所にあります。標高が非常に高く、年間の平均気温も8.5度と非常に低いため、夏場も涼しくてレタスや白菜などの高原野菜の生産が非常に盛んな地域です。人口はわずか4000人ほどで、農家の数は500軒ほどにも関わらず、野菜栽培で年間208億円もの年商をあげています。農家一軒あたりの平均年商が4000万円を超えているということなので、農業の分野では非常に成功している部類に入る村だと言われていました。 そもそも地方創生とは、全国の地方で人口の減少を止めるために多くの政策を考えて実行していきましょう、という施策の体系です。地方に稼げる仕事がないことから、若い人が大都市、特に東京に集中してしまいます。このローカル人材の流出を防ぐことが、地方創生の一つの大きな意義であると言えるでしょう。 その意味では、川上村は一見して特殊な状況にありました。川上村には、先にご紹介した通り、高原野菜の栽培という年商4000万円超を稼ぐことができる大きな仕事がありました。にもかかわらず、川上村の人口は着々と減少していました。地方創生という観点から見ると、川上村も例に漏れず人口が減少しており、何らかのアクションが必要な状態だったのです。
     私が赴任をして最初に行ったことは、川上村の人口減少の根底にある原因を探ることでした。人口減少のトレンドを表すいくつかのデータを見てみましょう。まず世帯増減の推移に注目すると、2009年〜2013年における平均転入数が88.4人であるのに対し、転出数は140人。すべての年で転出超過になっていることが分かりました。また、合計特殊出生率の推移をみると、バブルまでは2を超えていましたが、徐々に減ってしまい、現在は長野県の平均と比べても低くなっています(図表1)。
    図表1  合計特殊出生率の推移 出所: 人口動態保健所・市区町村別統計
     その理由は人口ピラミッドが物語っています。人口ピラミッドの女性の部分、とりわけ一般的に出産適齢期とされる20代から40代の人口が少なくなっていたのです。つまり、若い世代の女性が少ない。これは地方に典型的なことなのですが、村から出た女性が都会に移り住み、村の女性が少ない故に子供が生まれない、という分かりやすい状況です。
     しかし問題は人口の推移だけではありませんでした。図表2は川上村の主力産業であるレタスの収穫・出荷量の推移と、人口の推移とを横に並べたグラフです。レタスは保存が効かないという特徴があるため、その需要量は単純に胃袋の数に比例することになります。そのため、人口が多い時代には生産量も上がり、人口が横ばいになると生産量も落ち着いてきます。今後、日本は大きな人口減少時代を迎えます。そのときに、レタスの栽培面積がどうなるかというのは、火を見るより明らかです。
    図表2 相関するレタスの全国収穫・出荷量(左)と国内人口(右)の推移 出所: 農林水産省「農林水産統計年報」 / 国立社会保障・人口問題研究所「H18 日本の将来推計人口」
     しかし、レタスを生活の糧にする以上、結論としては量をさばくことでしか稼ぎは見込めません。そのため、個々の農家は収益を増やすために、レタスの生産量を増やすことになります。過去30年間、日本人一人当たりのレタスの消費量は横ばいで、年間1.9㎏であるとのデータがあります。しかし、日本で生産されたレタスの総量を日本の人口で割ると、およそ3.6㎏栽培しています。このことから、日本人は実際に消費する量にせまるレタスを廃棄していることが分かります。 レタスの需要量が減っていく一方で、レタスをつくらないとお金が稼げないというような産業構造を維持するというのは、非常に危ういと言わざるをえません。これが当時、川上村のおかれていた状況でした。
     加えて注目すべきは、川上村の「付加価値額順位」(人口一人あたりのGDP)です。これは一人あたりどれだけの付加価値を産み出しているかという指標です。この指標に関して、川上村の額は117万円となっています(図表3)。4000万円超売り上げているにも関わらず、付加価値額の順位を全国の市町村に並べると、全国約1700ある市町村の中で1467位になっています。つまり、GDPベースに換算すると、実はまったく稼げていないということになります。
    図表3 川上村の一人当たり付加価値額と全国市町村順位 出所: 環境省「地域産業連関表」、「地域経済計算」(株式会社価値総合研究所(日本政策投資銀行グループ)受託作成)
     売上高は多いけれども、収益の部分が実は非常に低いのです。117万円というと、社会保険における扶養の基準である130万円にも満たない額です。川上村の農業が成功していると言われていても、実際に一人当たりで稼いでいるのはアルバイトよりも少なかった、というのが川上村の経済の本質でした。高コスト構造であり、付加価値生産額が非常に少ないということです。また、地域経済の自立度が低いことも問題でした。これは多くの田舎に当てはまりますが、せっかく200億円稼いだとしても地域に商店などが少ないため、そのほとんどを自分の村の外で使ってしまっています。外で使ってしまっているが故に、地域の中での再生産がなかなか起きないというような低経済循環でした。 この経済の構造を整理してみましょう。まず川上村の産業構造の特徴として、巨大な生産シェアが挙げられます。真夏の期間、川上村のレタスは全国のレタスのシェアの8割に迫る場合もあります。みなさんが何気なく食べているレタスも、実は川上村のレタスだということが多いでしょう。 しかしこの巨大生産地は、労働あたりの生産性が低く、さらに生産の量に依存するという大きな課題を抱えていました。長期的に見ても需要量が減っていき、レタスの価格が低下していく分を、個々の農家ではその翌年の生産量の拡大で賄おうとします。需要量が減って、モノが余っていくのに、農家が生活を安定させるためにますます生産量を増やしていってしまうといういびつな構造があるということです。 また、労働集約型の農業であるが故に、外国人の労働者をたくさん確保しなければいけないという点もこの問題を助長していました。生産のピークを迎える時期には、外国人労働者の労働力は貴重な戦力になります。しかし農業という業種には、一年を通して一定の仕事量があるわけではなく、栽培に適さない「農閑期」と呼ばれる期間があります。一度外国人労働者を抱えてしまうと、その期間におけるコストを抑えるために、本来は農閑期であったはずの時期にもさらに生産を増やそうとしてしまいます。 私はこの現地の問題に対して、いわゆる減反政策などに代表されるような、計画的に生産をコントロールしていくというタイプの施策には未来がないと感じました。問題は、まさにモノカルチャーのレタスの栽培でしかお金を稼げていないことにあります。そこで、この村に他の産業を新しく創っていくことで、相対的にレタスに対する依存度を落としていこうということを策として掲げました。
    なぜ女性の幸福度は低いのか?
     経済の問題に加えて、人口減少の対策にも取り組まなければなりません。川上村では20代から40代の半分以上に配偶者がいないという状況で、配偶者がいなければ当然子供も生まれません。人口減少に拍車がかかるのも納得です。 農業の主役となる男性の配偶者は、村の外から来ることが多いのが現状です。この点がある以上、外から移り住んでくる女性が住み良いと思える地域でなければ、非婚率は下がらないのではないかと考えました。女性に川上村の生活を楽しんでもらい、川上村で生活をしたいと思ってもらえるような環境をつくらなければいけないということで、先ほどの経済の多角化とならんで、女性の活躍推進をもう一つの施策としてすすめました。 実際の子供の数と理想の子供の数を統計に照らし合わせて比較すると、川上村の暮らしに満足している人の方が、実際に満足していない人よりも、理想の子供の数が増えていることが分かりました。 地方創生のためによく行われている施策として、子供が生まれた時に自治体からお祝い金を支払うということが挙げられます。もちろん、それは一市民、一国民としてありがたいことですが、それがストレートに少子化対策につながるかというと、疑問が残ります。そのような一時的な措置ではなく、むしろその地域の生活に満足していることの方が、希望する子供の数、実際の子供の数ともの増加につながるということも、実際のアンケートデータとして出ていました。
     図表4は、結婚幸福度調査にもとづく川上村の位置付けです。これを見ると、男性と女性の間で川上村の生活に対する意識が分かりやすく異なっており、女性の幸福度が非常に低くなっています。女性の幸福度が低い状態が続けば、都会に出た村の女性は帰ってきませんし、外からの女性も来てくれないというのは当然の結果です。
    図表4 総合・男女別の結婚幸福度順位(括弧内はQOM指数) 出所: パートナーエージェント「全国QOMランキング」 川上村の数値は2016年時点での概算値(筆者提供)
    【明日4/22まで!】特別電子書籍+オンライン講義全3回つき先行販売中!ドラマ評論家・成馬零一 最新刊『テレビドラマクロニクル 1990→2020』バブルの夢に浮かれた1990年からコロナ禍に揺れる2020年まで、480ページの大ボリュームで贈る、現代テレビドラマ批評の決定版。[カバーモデル:のん]詳細はこちらから。
     
  • アジアにおけるグローカリゼーション:都市エリートと地方アーティストの役割 |藪本雄登

    2021-03-25 07:00  
    550pt

    中小企業の海外進出が専門の明治大学・奥山雅之教授とNPO法人ZESDAによるシリーズ連載「グローカルビジネスのすすめ」。地方が海外と直接ビジネスを展開していくための方法論を、さまざまな分野での実践から学ぶ研究会の成果を共有していきます。今回は、メコン地域を中心にASEAN各国で「法律」と「アート」という対照的な領域で活動する藪本雄登さんが、多様なローカリティをもつアジアで「ローカル」と「グローバル」の矛盾を超えてビジネスを浸透させるには、どんな哲学が必要なのかを考察します。

    本メールマガジンにて連載中の「グローカルビジネスのすすめ」の書籍が、本日3/25より紫洲書院から発売となります。各分野の第一線で活躍する人々の知識と経験とともに、グローカルビジネスの事例を豊富に収めた、日本初のグローカルビジネス実践マニュアルです。 ご予約・ご注文はこちらから!
    グローカルビジネスのすすめ#04  アジアにおけるグローカリゼーション:都市エリートと地方アーティストの役割
     近年、新たな市場を求めて地方の企業が国外市場へ事業展開する動きが活発になっています。日本経済の成熟化もあり、各地域がグローバルな視点で「外から」稼いでいくことは地方創生を果たしていくうえでも重要です。しかし、地方の中小企業が国外市場を正確に捉えて持続可能な事業展開を行うことは、人材の制約、ITスキル、カントリーリスク等、一般的にはまだまだハードルが高いのが現実です。  本連載では、「地域資源を活用した製品・サービスによってグローバル市場へ展開するビジネス」を「グローカルビジネス」と呼び、地方が海外と直接ビジネスを展開していくための方法論を、さまざまな分野での実践の事例を通じて学ぶ研究会の成果を共有します。 (詳しくは第1回「序論:地方創生の鍵を握るグローカルビジネス」をご参照ください。)
     今回は、メコン地域を中心にASEAN各国で活躍するOne Asia Lawyers創業者の藪本雄登氏にご担当いただきます。海外進出の事例を数々見てきた中で、生半可なグローバル化、哲学なきローカル化をするだけの製品・サービスは淘汰されると藪本氏は予見します。グローカルビジネスにおいて、都市エリートがローカルな感覚に呼応するためには何が必要なのでしょうか? 「アート」というキーワードを切り口に迫ります。
    (明治大学 奥山雅之)
    アジアにおけるグローカリゼーション
     弁護士法人One Asiaの創業者、メコン現代美術振興財団の代表を務める藪本と申します。本稿では、私が取り組んでいる法律の話とアートというテーマをめぐって、アジアにおけるグローカリゼーションについてお話しさせていただきます。 まずは簡単に自己紹介をしたいと思いますが、私はかなり変わったキャリアを経験してきました。大学を卒業していきなりカンボジアに飛び込み、法律事務所を作りました。私自身は弁護士でもなく、別に英語を話せるわけでもないので、どうしてカンボジアに行ったのかとよく聞かれるのですが、一言でいうとバカだったのだと思います。バカはバカなりにどう生き残ろうかということを考えて、大学4年生のときにノリと直感をたよりにカンボジアを訪れました。そしてここだったら何とかなるかもしれないと思い、法律事務所をいきなりつくってみたという単純なストーリーでした。 当初は見積もりの作り方や請求書の出し方も分からず、愛のある現地の方たちに助けられながら、10年間事務所を続けてきました。仕事はインフラ関係が主であり、国づくりに直結する水力、電力、水道などの仕事に多く対応しています。また、私自身カンボジアに留まらず、ラオスやミャンマー、タイと住居を転々としており、メコン地域に関する著書も出版しました。 私は和歌山県の熊野古道の出身で、藪本という姓の「藪」という字も、紀伊山地にしか見られない名前です。この熊野古道の中辺路に18年住んで、大学時代は八王子で過ごし、その後すぐにカンボジアで10年ほど過ごしてきました。歌川広重が大好きで、この静謐な自然と情緒的な人たちを残したい、この環境こそ、まさに世界平和を体現してるのではないかという価値観のもとに生きてきました。海外というとグローバルなイメージが先行しますが、私自身は長い期間、ローカルな世界で生きてきたということから、珍しいキャリアだと思います。
     近年、メコン地域では、田舎でも都市化が進んでいます(図1)。左の写真はラオスで、コンドミニアムがすさまじい勢いで建築されています。右の写真はスリランカで、巨大なビルが建ち並んでいます。このような風景を目にするたびに、非常に残念な気持ちになります。
    図1.開発されるメコンの風景 ラオス(左)とスリランカ(右) 出所:筆者提供
     都市化の進展によってローカルな土地の良さそのものがなくなっていくような感覚は、日々の業務の中でも感じられます。例えば日本企業が進出する際に現地の役所とやり取りをする場合にも、トヨタは来ないのか、工場は作らないのか、イオンはまだか、というように、都市化を前提としたリクエストが出ることが多いのです。三島由紀夫の言葉を借りて表現するならば、「無機質で空虚で、中立でニュートラルな、中途半端に富裕な人たち」がどんどん増えていき、良いところが無くなってしまっているという気がします。 何とかこの潮流に対して反逆したいと考えている中で、ZESDAが唱えるグローカリゼーションという指針には、非常に共感するところがありました。私が共に成し遂げたいのは次の2点です。 1点目は「田舎が外貨を稼ぐ」ことです。ZESDAは日本発のグローカリゼーションを取り扱っている一方で、私の場合はアジアの田舎、スリランカやラオスなどからも、グローバルな競争に耐えうる新しい価値の創出をして、全世界輸出に貢献していかなければならないと考えています。 2点目は「都市を世界と田舎のハブにする」ことです。これを実現するためには、都市設計のレベルでグランドデザインを描いて実行していかなければならないと考えています。 GDPの基本的な構成要素としては、国内消費、投資、非政府支出、純輸出の4つがあります。しかし、前者3つについては人口増加と内需の拡大を前提にしているので、人口減少国の日本にとっては、まったく優位性がないといわざるを得ません。そのように考えると、原資を獲得することは難しいため、輸出を増やさなければならないということになります。
    言葉で表せないものをアートが補う
     さて、私たちがやっていることは、この2つの目的の実現に大きく重なります。設立後10年ほどのOne Asia Lawyersでは、真のグローバルを目指した会社になるため、アジアでの17拠点を含め、ロンドンや大阪にも事務所を構え、200名ほどの所帯で展開しています。 そもそもなぜOne Asia Lawyersという名前を選んだのかという点に立ち返って説明しましょう。もともと、弁護士の「士」とは、侍を意味する文字です。侍は江戸時代の社会構造、すなわち士農工商において頂点に位置付けられていました。それは、彼らの役割が技術的な側面のみならず、グランドデザインを描いて実行に移すということを含んでいたことによるのだと私は考えています。この時代の指導者たちを見ると、例えば古田織部をはじめとする利休七哲や高山右近、細川忠興など、侍であると同時にアーティストでもあり茶人でもある、いわゆるパラレルキャリアを経験している人々が多く存在します。彼らのように多くの視座を持ち合わせた人にこそ、社会を俯瞰したグランドデザインを描くことができ、社会に対してその責任を背負うことができるのだと思います。
    【4/8(木)まで】特別電子書籍+オンライン講義全3回つき先行販売中!ドラマ評論家・成馬零一 最新刊『テレビドラマクロニクル 1990→2020』バブルの夢に浮かれた1990年からコロナ禍に揺れる2020年まで、480ページの大ボリュームで贈る、現代テレビドラマ批評の決定版。[カバーモデル:のん]詳細はこちらから。
     
  • 台湾概況と日台経済関係──グローカル・パートナーシップの視点から|周立

    2021-03-03 07:00  
    550pt

    中小企業の海外進出が専門の明治大学・奥山雅之教授とNPO法人ZESDAによるシリーズ連載「グローカルビジネスのすすめ」。地方が海外と直接ビジネスを展開していくための方法論を、さまざまな分野での実践から学ぶ研究会の成果を共有してゆきます。今回は、国際経済のプレイヤーとしての台湾と東アジア各国の架け橋として長きにわたり尽力してきた周立さんに、グローカルビジネスの「テスト市場」としての台湾が持つポテンシャルと課題について、日台関係の歴史的経緯に遡りながら概説していただきました。
    グローカルビジネスのすすめ#03  台湾概況と日台経済関係──グローカル・パートナーシップの視点から
     近年、新たな市場を求めて地方の企業が国外市場へ事業展開する動きが活発になっています。日本経済の成熟化もあり、各地域がグローバルな視点で「外から」稼いでいくことは地方創生を果たしていくうえでも重要です。しかし、地方の中小企業が国外市場を正確に捉えて持続可能な事業展開を行うことは、人材の制約、ITスキル、カントリーリスク等一般的にはまだまだハードルが高いのが現実です。 本連載では、「地域資源を活用した製品・サービスによってグローバル市場へ展開するビジネス」を「グローカルビジネス」と呼び、地方が海外と直接ビジネスを展開していくための方法論を、さまざまな分野での実践の事例を通じて学ぶ研究会の成果を共有します。 (詳しくは第1回「序論:地方創生の鍵を握るグローカルビジネス」をご参照ください。)
     今回は、長年にわたって台湾と東アジア各国との関係構築に尽力してきた台北駐日経済文化代表処の周立氏が、台湾の概況と日台経済関係について説明します。近年では旅行先としても人気を誇る台湾は、AcerやASUS、Giant、htcなどの有名企業を抱える経済立国のモデルケースでもあります。進出先の市場として、あるいはビジネスパートナーとして、日本企業は台湾をどのように捉えるべきなのか。台湾市場におけるグローカルビジネスや、世界市場に向けた日台協力によるグローカルビジネスの可能性を考えます。 (明治大学 奥山雅之)
    台湾概況
     台北駐日経済文化代表処の周です。ほとんどの方にとっては見たことのない肩書きかと思います。『処』はお互いが会う「ところ」というイメージでしょうか。公には民間の機関とされていますが、実質的には台湾と日本との間の外交や経済交渉などの窓口として、大使館や領事館と同じような機能を果たしています。 本稿では台湾事情の入門ということをテーマに、台湾経済の概況と日本国との関係について説明し、グローカルビジネスについて考えるための機会につなげたいと思います。 まずは台湾の歴史を簡単におさらいしておきましょう。台湾と日本との関係の発端は、今から200年ほど前にさかのぼります。当時、中国本土では明という国がその歴史に幕を閉じようとする中、明の一員として国土の復興を目指し、革命勢力に抵抗を続けているという人物がいました。彼は当時台湾を統治していたオランダ東インド会社の軍事勢力を追い出し、台湾に独立した政権を打ち立てました。このことから鄭成功は、「開発始祖」として台湾で尊敬を集める存在となりました。その鄭成功の父は中国系、そして母が日本人、長崎県平戸出身であったことが、現在歴史に残る日台交流のはじまりだと言えるでしょう。 明が滅亡すると、残された政府の人材は台湾に渡りました。その後、清が治めていた時代の台湾には積極的な投資が行われず、あまり開発が進みませんでした。対して日本は鎖国を解き、富国強兵・殖産興業をかかげて急速に力をつけていました。それ以外のアジアの国々に目を向けると、例えばフィリピンはスペインの植民地に、ベトナムはフランスの植民地になっていました。その中で台湾だけが取り残されたのです。そして1894年に勃発した日清戦争を経て、50年間にわたって日本が台湾を統治する時代に突入します。日本領になってからは、大統領府や官邸などをはじめとするさまざまな近代建築、ダムや鉄道などのインフラなどが開発され、当時のものは今でも多く残っています(図1)。
    図1. 現存する日本統治時代の建物やインフラ:嘉南大圳(左)と台湾総統府(旧台湾総督府:右) 出所:筆者撮影
     歴史的な背景もあり、現在の台湾では北京語をはじめとする複数の言葉が使われています。人口の内訳は漢民族が98%、残りの2%は漢民族が渡来する以前からの先住民です。全体の98%を占める漢民族の内、85%は戦前から台湾に住む人々、その他は戦後、蒋介石とともに中国本土から台湾へと渡ってきた人々です。 時間が経つとともに落ち着いてきましたが、かつてはこれらの人々の間でたびたびトラブルが起きていました。特に我々の一つ上の世代は、非常に苦労をしたと聞いています。戦前に日本本土で教育を受けて、戦後台湾に引き揚げた人々は、厳しい政治的弾圧に見舞われました。歴史にも刻まれている通り、日本人や日本国籍を有する台湾出身者の弾圧・虐殺事件、いわゆる「二・二八事件」などをはじめとする混乱が続き、当時のインテリ層がかなり被害を受けました。いまだに当時の動乱で何万人の人々が亡くなったか分からない状態で、私の一族の人間も何人犠牲になったか定かではありません。 そのような背景もあって、1948年頃から1987年くらいまでの約40年にわたって戒厳令がしかれた期間がありました。当時は一党支配が続いていたので、言論の自由も認められず、政党を作ることもできませんでした。そうした苦難の時期を経て、やっと勝ち取ったのが現在の自由と民主主義です。今の香港を見ると、昔われわれが民主主義・自由主義を勝ち取るために闘っていたときのことを思い起こします。このような政治的な風土があり、この価値観をみなさんと共有したいと思います。
     さて、これを踏まえて現在の台湾に目を向けてみましょう。沖縄よりもさらに南方、中国や東南アジアにも近い南シナ海に位置する台湾は、東西に大きく分けて考えることができます。東側には(日本統治時代には新高山と呼ばれた)玉山をはじめとする高い山が連なり、住んでいる人も比較的少なめです。対して工業都市などを含み、人口が集中する都市部は、南北にまたがる西半分のベルトに位置しており、首都の台北をはじめとする5つの主要都市は西海岸に走る新幹線が結んでいます。実はこの新幹線、日本が輸出したインフラの唯一の例でもあります。 GDPでいうと世界21位、1人当たりGDPは世界で37位。2300万人の人口を擁し、およそ九州と同じくらいの面積があり、IT産業を中心に経済に力を入れて頑張っています。主な企業は後ほど紹介いたします。 ここで一点興味深い事実をご紹介しましょう。アジアを代表する大都市の一つとして、香港という都市の存在はビジネスシーンでも大きな存在感を示していると思います。実はこの香港で活躍する人々には、台湾で教育を受けた方が多いのです。今でこそ香港の大学は数多くありますが、昔は数えるほどしかありませんでした。私が大学にいた時代は、香港だけではなく、海外の華僑の枠というものが別枠でありました。台湾大学や国立政治大学など、台湾を代表する名門大学にはそうした別枠が充実しており、華僑の枠の半分くらいが、香港出身の方であったと言われています。こうした制度が設けられるようになったのは、高校まで中国語の教育を受け、中国語での大学教育を望むエリートを受け入れたためだと言われています。ゆえに、現在の香港で活躍する人々の中には、台湾の教育を受けた人々が多くいるのです。 1997年、香港が中国に返還されるということが決まると、中国政府のやり方に不安を覚える香港人は多く海外に移住しました。遠くはカナダ、トロントなどの都市にまで移り住んだ方もいたようです。その中で先のような教育制度の歴史もあり、海外に移住する際の第一の選択肢として挙げられたのは台湾でした。ここ最近の香港での政治不安もあってか、2019年にはふたたび香港からの移住者が増えました。 このように半ば独立しているとも言える関係にある台湾と中国本土の政治システムですが、憲法の問題により、私のような行政官は「中華民国政府の行政官です」と言い切ることが難しい微妙な状況に置かれています。オリンピックなどの国際大会でも、中華民国という名前を使うことができません。図のような旗とともに、チャイニーズタイペイという名前をお聞きになったことがある方も多いかと思います。国花である梅に国章の「青天白日」をあしらったこの旗が、現在の台湾のアイデンティティを表しています(図2)。
    図2. 国際的な場で用いられる「梅花旗」 出所:Wikimedia Commons
    本当はすごい! 台湾の経済
     このような背景から、経済に力を入れるということは、台湾の生き残り戦略の一つでもあるということが分かるでしょう。戦後長らくコツコツと築き上げてきた日本との経済関係も、これまで経済に力を入れて頑張ってきた結果であると言えます。まずは、代表的な台湾企業をご紹介します。
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  • 「ご当地バーガーを、高知から世界へ」──女性起業家がめざすグローカリゼーション|森本麻紀

    2021-02-04 07:00  
    550pt

    中小企業の海外進出が専門の明治大学・奥山雅之教授とNPO法人ZESDAによるシリーズ連載「グローカルビジネスのすすめ」。地方が海外と直接ビジネスを展開していくための方法論を、さまざまな分野での実践から学ぶ研究会の成果を共有してゆきます。今回は、高知のご当地グルメ「龍馬バーガー」の仕掛け人・森本麻紀さんが登場。日本国内の「地元ネタ」が通用しないはずの海外でご当地バーガーをブレイクさせた、そのユニークな事例を紹介します。
    グローカルビジネスのすすめ#02 「ご当地バーガーを、高知から世界へ」──女性起業家がめざすグローカリゼーション
     近年、新たな市場を求めて地方の企業が国外市場へ事業展開する動きが活発になっています。日本経済の成熟化もあり、各地域がグローバルな視点で「外から」稼いでいくことは地方創生を果たしていくうえでも重要です。しかし、地方の中小企業が国外市場を正確に捉えて持続可能な事業展開を行うことは、人材の制約、ITスキル、カントリーリスク等、一般的にはまだまだハードルが高いのが現実です。 本連載では、「地域資源を活用した製品・サービスによってグローバル市場へ展開するビジネス」を「グローカルビジネス」と呼び、地方が海外と直接ビジネスを展開していくための方法論を、さまざまな分野での実践の事例を通じて学ぶ研究会の成果を共有します。 (詳しくは第1回「序論:地方創生の鍵を握るグローカルビジネス」をご参照ください。)
     今回は、高知のご当地グルメとして名の知れた「龍馬バーガー」を生み出した「5019(ゴーイング)PREMIUM FACTORY」の森本麻紀さんにご登壇いただきます。高知のご当地バーガー「龍馬バーガー」が、香港で絶大な人気を誇っています。なぜ香港で高知発のご当地バーガーの味が認められたのか?──地方の名産品や飲食店がグローカルに展開していく際の成功のポイントを探ります。
    (明治大学 奥山雅之)
    創業までの紆余曲折
     はじめまして、森本麻紀です。「5019」と書いて「ゴーイング」と読む、5019プレミアムファクトリーという、カフェ&バーを中心に事業を展開している会社を経営しています。  読者のみなさまは、高知を訪れたことはあるでしょうか。高知の良いところといえば、ずばり人と食です。人に関しては実際に行ってみなければ分かりませんが、食に関しては、大手旅行会社の「行ったことがある観光地でおいしかったところはどこ?」というランキングで過去10年間で7回、1位に輝いています。なかなか行く機会がないかもしれませんが、本当に食に恵まれた場所なのです。  私はその高知県で、高さ20センチぐらいあるご当地ハンバーガーを売りにしたハンバーガー屋を経営しています。坂本龍馬の地元ということで、「龍馬バーガー」と名付けました。高知県の名産である鰹が入っていたり、高知県が生産量日本一を誇るナスとピーマンなど地元の食材を使ったりしています。「高知から世界へ」という話をすると、地元の人ですら「何じゃそりゃ」という風な反応をされることもあり、実際に、現在に至るまでには多くの苦労や方向転換を経験してきました。本稿では、そのような来歴を辿りつつその中で得られた教訓を整理し、これを踏まえてプレイヤーの視点から海外に挑戦するということについて私見を述べようと思います。
     さて、改めて自己紹介をさせていただきますと、私は高知県生まれ、高知県育ちで、高知以外に住んだことはありません。私の両親は、高校を中退して私を産んでくれました。父は、いつも「発想、決断、実行」これを考えながら生きていきなさいと教えてくれました。また母からの教えで、常に笑っていなさいと。歯茎が乾いて、唇がカサカサになるぐらい笑ってなさいと。そのような家庭で育ちました。
     親は非常に厳しくもあり、高校生になっても門限が夕方の4時半。学校が終わったら自転車で急いで帰らなくてはいけないほどでした。そのような事情もあって早く結婚して親から逃れたいなと思い、19歳で結婚し、早くに子供にも恵まれました。まもなく、義父が地元で結構大きな車屋をやっていたこともあり、自動車の損害保険などの勉強をしなさいということで、保険会社に入社をしました。もともと営業が大好きなこともあり、どうせやるならランキングに乗るぐらい頑張ろうと一念発起し、3年間連続で西日本一の営業成績を残すことができました。
     翌年、22歳のとき、高知で大水害がありました。高知市内の半分が2メートルぐらい浸かるほどの大水害で、その際に義父の会社は多額の損失を被りました。これがきっかけで主人のお給料も2年ほど出なくなりました。私は損保会社で稼いでいたので何とか生活できていましたが、生活は苦しくなりました。最終的に義父の会社が倒産を余儀なくされ、24歳にしていきなり、5千万円の借金を背負うことになりました。
     その後たまたま主人の同級生に会った時には、「あれ? 高知にいたの?」って聞かれたこともあります。あまりにも大規模な倒産であったため、逃げていなくなったのだと思われていたようです。息子は小学校1年生でしたが、同級生の女の子から、「おうち貧乏やろ? 大丈夫?」などと言われたらしく、「お母さん、うちはそんなに貧乏なの?」と聞かれました。その時は非常に悔しかったのですが、貧乏上等、家族で仲良くご飯を食べられるなら、貧乏暮らしを楽しんでやろうという意気込みで生活をしていました。
     主人は高校卒業と同時に父の車屋でずっと営業してきた人です。会社はなくなりましたが、それまでに付き合いができていたお客様達が車の仕事をくれていたので、もう一度気を取り直して二人で車屋を始めようということに決まりました。「5019(ゴーイング)」というのは、もともとこの時に立ち上げた車屋の名前です。もう後ろを振り返っても仕方ない、前を向いて行くしかない、という決意からとったものです。
     最初は小さなアパートの一角で始めた車屋でしたが、徐々に従業員を増やすことができるようになり、しばらくすると300坪ほどの比較的大きな土地を借りられることになりました。中古車につきまとうなんとなく悪いイメージを払拭し、クリーンな店にしたい。若い女性でも気軽に来てくれるような店にしたい。このような目標から、新たに借りた土地の一角にあった倉庫を改装して、カフェを併設することにしたのです。
     その際、なにか目玉になるような商品を作ろうという話が持ち上がりました。ゴーイングという強引な当て字の会社名なので、どうせなら強引に具を詰めたハンバーガーを作ろうと思い、最初に「強引具バーガー」というメニューを作りました。それを売り出し始めた頃、ふとあることに気付きました。高知には、ご当地バーガーがなかったのです。そもそもその頃は、ちょうど佐世保バーガーが注目されてきた時期で、ご当地バーガーというものもポピュラーではありませんでした。ならば自分たちで高知のご当地バーガーを作ろうと思い、高知の食材を入れて、シンプルに坂本龍馬の名を冠した「龍馬バーガー」を作りました。身長が高かったと言われる坂本龍馬にちなんで、縦に長くインパクト絶大なバーガーです。  この取り組みがヒットしました。この目玉メニューの人気に火がつき、ついに高知県のカフェランキングで長い間1位を独占するようになりました。次々と取材をしていただいたり、車屋とカフェという取り合わせの珍しさから、日経新聞に取り上げていただいたりもしました。最近では、全国の人気グルメ番組でも取り上げていただくほど、知名度も上がってきています。
     その後は借金も完済し、2009年に株式会社グラディアという法人を立てました。このグラディアというのは、ゴーイングをラテン語にしたものです。今では5019の看板をこの会社に移し、メイン事業である飲食店の経営を行っています。
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  • [新連載]グローカルビジネスのすすめ 序論:地方創生の鍵を握るグローカルビジネス|奥山雅之

    2021-01-15 07:00  
    550pt

    今回から、明治大学経済学部の奥山雅之教授とNPO法人ZESDAによるシリーズ連載「グローカルビジネスのすすめ」がスタートします。この連載では、中小企業の海外進出を専門とする奥山さんのナビゲートで、地方が海外と直接ビジネスを展開していくための方法論を、さまざまな分野での実践の事例を通じて学ぶ研究会の成果を共有します。初回は、主催の奥山さんに「グローカルビジネス」とは何かとその意義について、ご紹介いただきます。
    グローカルビジネスのすすめ#01 序論:地方創生の鍵を握るグローカルビジネス
     PLANETSメルマガ読者のみなさま、はじめまして。明治大学の奥山と申します。地域産業、中小企業の研究者で、繊維・アパレルの産地を中心に日本の各地方をぐるぐると巡っています(今年はコロナ禍であまり行けてないですが)。こうした研究の一環として、地域産業のグローバル化、すなわち、地域の産業がローカルの良い部分を残しながら、グローバルに展開し、外貨を稼ぐスタイル(グローカルビジネス)について研究しております。 地方創生が叫ばれて久しいですが、地方創生にはその地域の「生産」「所得」「消費」という経済循環を太くしていくことが不可欠であり、経済循環を太くするためには独自の「産業」と、産業をお金に換える「市場」、それを担う「人材」、この3つを備えることが重要です。私が各地域を巡っていると、すでに先進的な地域は、市場として東京だけでなく、アジアや欧米など世界に目を向けていました。私はこれらを「グローカルビジネス」と名付け、研究者の立場から振興していきたいと考えました。これが、私がグローカルビジネス研究をスタートさせたきっかけです。 地道に研究をしている途中で、PLANETSメルマガ読者の皆さんにはきっとお馴染みのNPO法人ZESDAさんと出会いました。ZESDAさんも、日本の地方が海外から直接おカネを稼げるような経済システムをデザインするべく活動をしてますので、方向性がピッタリと合い、意気投合し、一緒に研究成果の普及や実戦に向けて取り組むことになりました。このメルマガでは、ZESDAさんと奥山研究室との共催で2年かけて取り組んできた議論を読者の皆様と共有し、グローカルビジネスという新しい地域産業、企業の経営スタイルについて一緒に考えるきっかけになればと考えています。
     さて、近年、日本では人口減少や東京など大都市部への一極集中が起こり、地方創生、地方再生が大きな課題となっています。歴史的にみれば、農林水産業や伝統的な工業製品で繁栄した地方は、戦後、都市部からの工場誘致によって工業化し「国土の均衡ある発展」を目指しましたが、その後、経済・社会のサービス化によって都市部の経済的な優位性が再び鮮明となりました。くわえて、グローバル化の流れの中で地方に立地した工場が海外へと移転し、地方の経済に打撃を与えました。こうした中、地方の経済をどのように再生・発展していくのかが重要な課題となっています。この課題を解決するための有効なビジネスおよびその考え方が、この連載でご紹介していく「グローカルビジネス」です。 現代の産業社会では、海外需要の取り込みなどグローバル化への対応が重要課題の一つとなっている一方、地方移住などローカルへの注目も高まりつつあります。この「グローバル」と「ローカル」は対立するものではなく、融合することができます。それが「グローカル」という言葉です。グローカル(glocal)とは、グローバル(global:地球規模の、世界規模の)とローカル(local:地方の、地域的な)を掛け合わせた造語として知られています。もはや、都心の大企業から地方の中小企業まで、すべての企業はグローバルな競争に巻き込まれてるのです。「地方の特定地域で、ローカルな顧客を相手にする商店はグローバル化に関係ない」と思うかもしれませんが、けっしてそんなことはありません。何か物を買うときに、「その商店で買うか」あるいは「グローバルに活躍するAmazonで買うか」ということを消費者は選択するわけですから、この消費者をめぐって、地方の商店であってもAmazonと競争しているということになります。「グローバル化は自分達とは関係ない」というようにローカルビジネスに閉じこもることはできないということです。 こうした中、市場のグローバル化とアジア経済の台頭、日本文化への世界的評価の高まりなどを背景として、国内各地域において地域資源を基盤としたビジネス(「ローカルビジネス」)が、海外への事業展開(「グローバル展開」)する動きが活発となっています。こうした動きは、地方に立地している中小企業のグローバル化の一形態ではありますが、明治初期からの総合商社、家内手工業を中心とする生糸・絹織物等の輸出や、1970年代まで多くみられたカメラ、双眼鏡等の輸出型中小企業群、あるいは大手企業の海外進出に伴う一次・二次下請企業群の海外展開などとは異なります。近年の動きは、日本が大量生産を得意としていた時代の、低価格、大手商社主導の輸出戦略ではありません。それぞれの地域の特徴、地域性を前面に押し出した製品・サービスのグローバル市場への展開といえます。とくに近年は、清酒などの伝統的飲食品、漆製品などの工業製品、地域独特の織物製品、地域の飲食業など、地域に密着した比較的小規模な企業がグローバル市場へと展開している例が出てきました。こうしたビジネスこそがローカルとグローバルを掛け合わせた「グローバルビジネス」です。
    グローカルビジネスとは何か
     「グローカルビジネス」とは、一言でいえば「地域資源を活用した製品・サービスによってグローバル市場へ展開するビジネス」です。下の表をご覧ください。この表側(行)はターゲットとする市場による区分であり、ローカルまたはドメスティック(国内)のみに展開するビジネスと、グローバル市場にも展開するビジネスとを区分しています。表頭(列)は、ビジネスの重要な構成要素や特性の面で地域性というものがあるかどうかでの区分です。これによって4つの象限に分けてみると、第一象限である①は地域性をビジネスの主な要素とせず、かつローカルまたはドメスティック(国内)市場をターゲットとする「国内ビジネス」、②は地域性をビジネスの主な要素とせず、グローバル市場をターゲットとする「グローバルビジネス」、③は地域性をビジネスの主な要素としながら、ローカルまたはドメスティック(国内)市場をターゲットとする「ローカルビジネス」、そして④は地域性をビジネスの主な要素としながら、グローバル市場をターゲットとする「グローカルビジネス」、となります。これからは「グローカルビジネス」が地方創生において重要であるとすれば、表中の青色の矢印、すなわち「ローカルビジネスが、ビジネス要素としての地域性を維持しながら、グローバルビジネスへと進化していくにはどうすればよいか」を考えることが重要となります。 ここで「地域性」とは、地域の特徴や地域性をビジネス(製品やサービス、経営スタイルなど)に内包していることをいいます。典型的「地域性」は「地域資源」です。地域資源とは、特定地域に固有の自然資源のほか、特定の地域のみに存在する特徴的なものを資源として活用可能なものと捉え、人的・人文的な資源をも含む広義の総称であり、2007年6月施行の「中小企業による地域産業資源を活用した事業活動の促進に関する法律(中小企業地域資源活用促進法)」では、①農林水産物、②鉱工業品およびその生産技術、および③観光資源を「経営資源の3類型」としています。「グローカルビジネス」の「ローカル」の要素は、こうした地域資源にみることができます。
    グローバルビジネスとは
    地方の中小企業の海外進出はこれから伸びる
     グローカルビジネスを直接示す統計データはありませんが、周辺のデータから、グローカルビジネスの主な実施主体となる中小企業および小規模企業の海外市場への展開は徐々に進んでいることが推測できます。ここでは、中小企業に関する統計によってグローカルビジネスの状況についてみていくことにしましょう。
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  • 「プロデューサーシップ®」とは何か|桜庭大輔

    2020-10-28 07:00  

    NPO法人ZESDAによる、様々な分野のカタリスト(媒介者)たちが活躍する事例を元に、日本経済に新時代型のイノベーションを起こすための「プロデューサーシップ®」を提唱するシリーズ連載。第11回目の最終回は、NPO法人ZESDA代表の桜庭大輔さんが、連載の総括を行います。
    プロデューサーシップのススメ#11 「プロデューサーシップ®」とは何か
     本連載では、イノベーションを引き起こす諸分野のカタリスト(媒介者)のタイプを、価値の流通経路のマネジメント手法に応じて、「inspire型」「introduce型」「produce型」の3類型に分けて解説しています。(詳しくは第1回「序論:プロデューサーシップを発揮するカタリストの3類型」をご参照ください。)今回は連載の最終回として、NPO法人ZESDA代表の桜庭大輔氏から、連載の総括とともに、プロデューサーシップとは何かについて論じていただきます