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記事 23件
  • 男と病|井上敏樹

    2021-08-31 07:00  
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    平成仮面ライダーシリーズなどでおなじみ、脚本家・井上敏樹先生のエッセイ『男と×××』。今回は敏樹先生の、ふたりの友人のエピソード。彼らの仲が深まったきっかけと、ある病の感染経路について語ります。
    「平成仮面ライダー」シリーズなどで知られる脚本家・井上敏樹先生による、初のエッセイ集『男と遊び』、好評発売中です! PLANETS公式オンラインストアでご購入いただくと、著者・井上敏樹が特撮ドラマ脚本家としての半生を振り返る特別インタビュー冊子『男と男たち』が付属します。  詳細・ご購入はこちらから。
    脚本家・井上敏樹エッセイ『男と×××』第66回 男 と 病     井上敏樹 
    友人がコロナになった。しかもふたり同時にである。中川(仮名)が三十代、岸本(仮名)が四十代。私とこのふたりは同じ職業という事もあって、ちょくちょく飲食を共にしたり旅行に行ったりする仲である。従って私も罹患してしかるべきなのだが、私が多忙な期間、中川と岸本は夜な夜なふたりで行動を共にしていたらしい。私を仲間外れにしたわけではないが、半端なふたりが半端な遊びをするからこういう目に合うのである。神はいる。『それで、一体どこでコロナに罹ったのだ?』長い自宅療養の末、ようやく保健所から外出許可の出たふたりに私はまずそう尋ねた。『それが……』と、なにやらふたりしてもごもごしている。
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  • 選択肢拡張術 ②偶然を計画する ──(意識が高くない僕たちのための)ゼロからはじめる働き方改革 第16回〈リニューアル配信〉

    2021-08-30 07:00  
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    (ほぼ)毎週月曜日は、大手文具メーカー・コクヨに勤めながら「働き方改革アドバイザー」として活躍する坂本崇博さんの好評連載「(意識が高くない僕たちのための)ゼロからはじめる働き方改革」を大幅に加筆再構成してリニューアル配信しています。働き方について複数の選択肢を得ようと情報収集するためには、「偶然」の出会いから自らの世界を広げることが大切です。今回は偶然の出会いを計画的に増やしていくコツを、坂本さんがコミケ通いに勤しんでいたころの習慣を交えながら紹介します。
    (意識が高くない僕たちのための)ゼロからはじめる働き方改革〈リニューアル配信〉第16回 選択肢拡張術 ②偶然を計画する
    あらすじ
     アンテナ脳を鍛えて様々な情報に興味を持って調べる習慣がついて、より「多様」な世界に触れられるようになれば、ますます知識の幅は広がり、選択肢が浮かぶ確率や浮かぶ件数も増えていきます。 しかし、人はなかなか「自分の興味の範囲外の世界」には立ち入りにくいものです。それは悪いことではなく、ある意味合理的な判断です。つまり、世界が広がらないことは「必然」なのです。 ではどうすれば自分の知らない異世界に入ることができるかというと、「偶然」に依存することになります。 ただし、単に偶然を待つのではなく、計画的に偶然に出会えるように行動する習慣をつくることが可能であり、そうすることで、より広い視野・選択肢を得ることができると考えます。
    世界を広げることができれば、ますます選択肢は増える
     アンテナ脳が鍛えられれば、目や耳に飛び込んでくるいろいろな情報に関心を持つことが無意識的に習慣化されます。それによって多様な知識が脳内に蓄積され、いざというとき活用できるようになります。 その効果をいっそう高める上では「目や耳に飛び込んでくる情報」の拡張も重要です。 それをせず、常に同じような情報しか流れてこない世界に身を置いていると、目・耳にする情報がだんだん画一的なものになってしまい、新しい選択肢につながる多様な情報が入ってこなくなってしまうかもしれません。 この、目や耳に飛び込んでくる情報を拡張することを、私は「世界を広げる」と表現します。 自分が今いる世界(職場だったり、家だったり、交友関係だったり)から得られる情報は、長期的には固定化されており、どんなにアンテナ脳が育っていても、「そもそも新しい情報が飛び込んでこない」ということになりがちです。 そこで、自らその世界から出て、新しい職場に飛び込んだり、引っ越して生活環境を変えたり、新しい交友関係を広げるような「世界を広げる」機会を設けることで、新たに関心を持つことができる情報の総量を増やすということが重要になるわけです。
    自分の世界の限界
     第13回で、自分の視野を広げてやりたいことを見出すための手法として「他人探し」についてご紹介しました。これも一つの「新たな世界」を広げる行為です。そしてこのやり方としては、いくつかあります。 たとえば、講演会やセミナーに参加することが挙げられます。また、自伝などの本を読むことも、他人の体験を自分の中に取り込むよい機会になるでしょう。最近では、FacebookなどのSNSやYouTubeを開けば、いろいろな他人に出会うこともできます。TVのドキュメンタリー番組も他人と出会う機会として生かせます。 ただし、注意したいことがあります。それは、そうしたセミナーや読書、SNSやTV番組などで他人を探し続けていると、「次第に同じような人ばかりが目に留まるようになる」ということです。 人は、無意識的にリスクを避ける傾向があります。ランチをとる店を選ぶときにも、美味しいと分かっている定食屋と、一度も入ったことがなく見た目からは美味しそうな料理がでてくるかどうかわからない寂れた店とでは、なかなか後者を選ばないものです。そのため、セミナー案内サイトや書店、TV番組表などを見るときにも「これを見れば役立ちそう」というコンテンツに目がいきやすいですが、なんだかわからない・自分にとって関係がなさそうな人が登場するコンテンツは「ひょっとすると時間の無駄になるかもしれない」と、除外されてしまいがちです。 SNSやYouTube、Amazonなどのテクノロジーを駆使した情報プラットフォームは、本来はあらゆる可能性に開かれているはずなのですが、漫然と使っていると、さらにその傾向が強まります。フォローしている人の投稿しかタイムラインには流れてきませんし、オススメ動画やオススメ本は過去の閲覧履歴や登録されたお気に入りチャンネルの種類をもとにしてサジェストされるので、自分の視野を大きく広げるような「これまで興味を持たなかったコンテンツ」にはなかなか出会いづらくなってしまうからです。 これでは、せっかく時間をかけて他人探しに勤しんでいても、結局は同じような人ばかりにしか出会えず、選択肢が広がりません。それどころか、その同じような体験をしている人ばかりが目に飛び込んでくることで、自分のやりたいこともその方向性しかないと錯覚してしまうかもしれません。 他人探しは、ワンパターンな他人ではなく多様な人に出会うことが重要です。ときには「食わず嫌い」をしてきたような、自分の性格に合わない人や自分の人生とはまったく関係のない世界の人に出会うことで、新しい性格が芽生えたり、新たな世界が開けたりするかもしれません。 しかし、そうした「自分の『チャンネル登録』に入ってこない人」に出会おうという行為は、ともすれば時間の無駄になったり気分を害するなど、損をする結果につながりかねないリスクの大きな選択です。 たいていのビジネスパーソンは合理的な判断が好きですので、こうしたリスクがある選択はなかなかとりづらいものです。 つまり、自分の視野や選択肢を広げてくれる人・本などに出会うという機会は、必然的(合理的)には起こりづらいわけです。
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  • Daily PLANETS 2021年8月第4週のハイライト

    2021-08-28 09:00  
    おはようございます、PLANETS編集部です。
    先週まで行っていた新雑誌『モノノメ』のクラウドファンディングは、大好評につき達成率505%、1129人の方々にご支援いただきました! ほんとうにありがとうございます。
    さて、今朝のメルマガは今週のDaily PLANETSで配信した5記事のハイライトと、これから配信予定の動画コンテンツの概要をご紹介します。
    今週のハイライト
    8/23(月)【連載】(意識が高くない僕たちのための)ゼロからはじめる働き方改革〈リニューアル配信〉選択肢拡張術 ①アンテナ脳を鍛える|坂本崇博

    (ほぼ)毎週月曜日は、大手文具メーカー・コクヨに勤めながら「働き方改革アドバイザー」として活躍する坂本崇博さんの好評連載「(意識が高くない僕たちのための)ゼロからはじめる働き方改革」を大幅に加筆再構成してリニューアル配信しています。働き方イノベーターの条件は、働くうえでの選択
  • 「ダメおやじ」の原型となった兄・あだち勉と父親の視線をめぐる物語としての『KATSU!』| 碇本学

    2021-08-27 07:00  
    550pt

    ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本の青春」。前回に続き、21世紀に入ってから連載されたボクシング漫画『KATSU!』を取り上げますが、本作からは従来のあだち作品にはない家族像の変化が読み取れます。漫画家・あだち充の「父」的存在であり連載中に他界した兄・勉と、平成不況による家族構造の変化は物語にどのような影響を与えたのでしょうか?
    碇本学 ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春第19回 ② 「ダメおやじ」の原型となった兄・あだち勉と父親の視線をめぐる物語としての『KATSU!』
    あだち充作品における「父」の原型となった実父と兄
    初めてボクシングをメインにした漫画『KATSU!』がそれまでのあだち充作品と違うのは、主人公の活樹とヒロインの香月の父親が共に元プロボクサーだったという部分だろう。活樹の父親は結婚前にはボクサーを辞めていてサラリーマンとして働いており、香月の父親はプロ引退後に自らボクシングジムを経営していた。 『タッチ』や『H2』では主人公の父親が会社をさぼって球場に応援にくるというお決まりのパターンがあった。また、あだち充作品の主人公の家庭は大抵の場合は父親がサラリーマンで母親が専業主婦、家は一戸建てでペットを飼っているというかつてのサラリーマン家庭だった。それは郊外の核家族を描いた代表作ともいえる『クレヨンしんちゃん』の野原家と同じである。しかし、『クレヨンしんちゃん』のアニメが始まった1992年時点ではまだありふれたものだった郊外のサラリーマン家庭は、時代を経ていくとともに若者が欲しくとも手に入らないものとなっていく。そのくらいに「失われた30年」で日本は貧しくなっていったのだ。
    阪神・淡路大震災やオウムの地下鉄サリン事件が起きた戦後50年目となる1995年は、日本にとって大きな転換期となった。世紀末にノストラダムスの大予言は当たらなかったものの、ゼロ年代以降にはバブル崩壊後の就職氷河期世代が「ロスト・ジェネレーション」(1975-1979年生まれ)と呼ばれるようになった。その世代はバブル崩壊の余波や社会的な環境の変化も大きく影響し正社員になれずに契約社員になった者も多かった。その後、2010年代後期になってから内閣官房による就職支援プログラムなどが始まったが、遅きに失している印象がある。なにもかもが遅すぎた。
    新世紀が始まった2001年にはアメリカで同時多発テロが起きたことによりイラク戦争が始まり、2008年には「リーマン・ショック」が起きて連鎖的に世界規模の金融危機が起きた。もちろん日本もその影響を大きく受けることになった。そのことで契約社員やバイトだったロスト・ジェネレーションの世代の人間はそのままの雇用形態が続くことになり、低賃金であったり年齢的に親の介護問題なども出てきたりしたことで、結婚や出産を諦める者も増えていく。そうした背景に加え、ゼロ年代初頭の堀江貴文のライブドア事件などで起業して新しいイノベーションを起こそうという気概が失われたことも影響してか、彼らの下の世代以降では正社員となって定年になるまで同じ会社で働きたいという願望が上の世代よりも強くなり、かつての「昭和」的なサラリーマン家庭への願望が強くなっていく傾向もみられた。
    こうした経緯によって、ゼロ年代、10年代も過ぎた2021年現在では、野原家のような家庭環境はありふれたものではなく、ある種、憧れの対象に変わってしまったのである。そして、同様にあだちが描き続けてきたのは戦後の復興後の「昭和」的なサラリーマン家庭がベースになっており、あだち作品における主人公の家庭環境の描写はある時期を除いては大きく変わっていない。あだち充作品を代表するそれぞれのディケイドの野球漫画を例にあげてみよう。
    1980年代の『タッチ』ではサラリーマンの父と専業主婦の母、一戸建てに住んでいて犬のペット(パンチ)を飼っている。 1990年代の『H2』ではサラリーマンの父と専業主婦の母、一戸建てに住んでいて犬のペット(パンチ)を飼っている。 ゼロ年代の『クロスゲーム』ではスポーツ用品店を経営する父と店を手伝う母、店舗兼住宅に住んでいてペットは飼ってない。 2010年代の『MIX』では再婚同士のサラリーマンの父と専業主婦の母、一戸建てに住んでいて犬のペット(パンチ)を飼っている。
    このように4つの代表作を並べてみるとゼロ年代の『クロスゲーム』だけが他の作品と違う設定になっているのがわかる。『クロスゲーム』のひとつ前の連載作品だった『KATSU!』は先程書いたように、主人公の父親はサラリーマンだったが、ヒロインの父親はボクシングジムの経営者という設定だった。 ゼロ年代という新しい世紀に入ってから、それまでの「昭和」的な価値観や社会システムが崩れていく中であだち充の漫画もそれを反映するかのように、この時期は「昭和」的なサラリーマン家庭の設定が揺らぎ始めていた。 次作『クロスゲーム』では主人公もヒロインの両親も共に店を自営している設定になり、サラリーマン家庭ではなくなった。また、『KATSU!』の主人公の父親である里山八五郎は勤めていた会社の社長が夜逃げによって会社が倒産したことで、息子の活樹の高校ボクシング部の顧問を引き受けることになった。この時点ではすでに「昭和」的なサラリーマン家庭を描くことを一度諦めている。 だが、2012年から連載が始まった『MIX』では『タッチ』や『H2』といった昭和後期と平成前期にはまだ一般的だった「昭和」的サラリーマン家庭を復活させている。『MIX』がタイトルのようにあだち充作品のリミックスであり集大成となる最後の「少年漫画」だからだ。そのため、あだち充作品と言えば多くの読者が思い浮かべる「昭和」的なサラリーマン家庭を描くことになったのだろう。そこには年長世代にとってのかつての原風景やノスタルジーを換気させるものがあり、同時に若い世代が抱く憧れとしての家庭環境にもなっている。 若い女性が専業主婦になって夫やパートナーに養われたいという願望が以前よりも強くなっているとニュースや記事を見ることがあるが、実際には正社員であっても男女の賃金格差があり、女性の非正規雇用の割合が高いという現実がある。正確には専業主婦になりたいというよりも、日本社会における男女の雇用問題がかつての「昭和」的なサラリーマン家庭がモデルのままで大部分では続いてしまっているため、女性の自立を妨げているという背景がある。そして、「平成」を通して続いた不況の影響とその変わらない社会構造への諦めも含めた専業主婦願望の高まりがあるのではないだろうか。
    話を戻すとあだち充は「少年漫画」の書き手として読者の大多数が当てはまりやすい「昭和」的なサラリーマン家庭を描くことで読者を増やしていった部分がある。そのほうが物語に没入しやすいからだ。そこにはあだち充自身の家庭環境は反映されていない。反映されているのは酒飲みでダメな親父という部分ぐらいであり、彼自身は安定したサラリーマン家庭で育ったわけではなかった。あだち充自身の家庭環境がどうだったかと言うと、インタビューで実父についてこのように語っている。

    群馬県人って、幕末でさえ何もやってないですから。時代を変えようって人が出てこない土地柄なんです。とりあえず賽の目暮らしが性に合ってるから、あそこで天下を語る人なんかいないでしょう。男はとりあえず博打。だから女房が働いてる家が多かった。だいたいがカカア天下で、奥さんがちゃんとしていないと家が潰れてしまう。〔参考文献1〕


     親父の甲斐性がなくてやたらと引っ越してたから、生まれた家の記憶はほとんどないんだよね。 (中略)  親父はその頃は会社に勤めてたけど、勤める会社がいつも潰れてた気がする。詳しい話は聞いたことないんだけど。  だからおふくろも和裁の仕事とか、いろんなことをやってましたね。でも周りもみんな貧乏だったから、まったく気にしてなかった。〔参考文献1〕

    このことからあだち充作品に出てくるサラリーマン家庭は実際の安達家とはほど遠いものであったことがわかる。そこに描かれていたのは、当時の漫画雑誌を読んでいる子供たちの典型的な家庭だったと言えるだろう。 安達家が一般的なサラリーマン家庭とはかなり違った環境だったことは、あだち充のインタビューや、兄の勉の描いた『実録あだち充物語』や勉の弟子だったありま猛による『あだち勉物語』にも描かれている。

    充「あんちゃん、おれ…もうマンガかく自信なくしちゃった…」 勉「あにいうだ、充!! こんなことでくじけてどうすんだ!! ここでやめたら一生負け犬で終わっちまうんだぞ!!」 充「やだ! そんな人生やだよ!!」 勉「さあ、いつもの“いましめの言葉”を大声で叫ぼう!!」 勉&充「父ちゃんみたいになっちゃうぞ!!」〔参考文献2〕


    証言・その2 偉大なマンガ家を二人も息子にもつ安達恵喜蔵 そりゃあ、おめ…なんだよ。父親つうのは、子供たちの鏡でなきゃいかんべよ。 勉にタケノコのかっぱらい方を教えてやったのも、このワシよ。 充に「人の家を訪ねる時はメシ時をねらえ!!」と教えたのも、このワシだ。 今じゃ、二人ともえらくなったもんで、ワシも鼻が高いで!! (談)〔参考文献2〕

    安達家の子供たちは四人の兄弟で、出来の良かった長男の欣一は母のきよの姉が嫁いだ小山家に養子に出され、その下に次男の勉、長女の恵子、三男の充がいた。 小学五年生の充、中二の勉、二十歳の欣一、五十歳の恵喜蔵の四人で家族麻雀をさせられたことで無理やり麻雀を覚えさせられたというエピソードが『あだち勉物語』に描かれており、そのこともあって上京して漫画家になったあだち兄弟は赤塚プロなどの漫画家やアシスタントや編集者たちと麻雀をしても、とんでもなく強かったとありま猛に回想されている。兄の勉が師匠の赤塚不二夫と立川談志の立川流「芸能コース」で弟子入りした際につけられた名前は「立川雀鬼」だったというのもそれに由来している。 以前にも書いたように、あだち充はフリージャズ的な手法で漫画を描いているが、麻雀というツキと流れをたのしむゲームに幼い頃から慣れ親しんでいたことが、漫画家としての資質や物語展開にも影響を及ぼしているように思える。 『タッチ』における原田正平はとりえあえず出してみただけのキャラクターだったが、物語が進むたびに達也を鼓舞し、ナビゲーター的な役割を果たしていく重要な存在になったあたりは、麻雀でたまたま手元に来た牌を捨てずにそれを使って役を作っていく感じにも似ている。同様に手元にあっても使えないとなるとすぐに捨てるというのも出したキャラクターが使えないと次第に出なくなっていくことを彷彿させる。
    あだち兄弟から漫画のネタにされる父は家ではいつも冷酒(ひや)を飲んでいて、家族で麻雀をしていていたようだ。だが、勉と充が大きくなっていくと彼らが同級生を家に連れてきて麻雀をするようになったことで、安達家は兄弟の友達のたまり場となっていく。父は彼らと一緒に麻雀をやりたがったが、ゲーム代を支払わなかったことで次第にハブられるようになっていったという。その辺りを聞くとあだち兄弟はわりと金銭にはシビアだったことが伺える。 父とは対照的な母のきよは、家庭が裕福でなかったものの毎月のように月刊誌『ぼくら』と『冒険王』を欠かさずに買ってきてくれていた。このことがあだち兄弟を漫画家にする大きな要因となった。昭和四十年代は学校などで「マンガなんか読んでるとバカになる」などと普通に言われていた時代であり、母の存在がなければ兄弟は漫画に触れ合う機会は少なくなっていただろう。それもあってか高校生になった頃には兄の勉は貸本漫画家としてデビューしていた。
    高校生の勉は麻雀のたまったツケ代わりに全額出すからと同級生を東京へ連れていったが、平日だったこともあり補導されて浅草署に連れていかれた。その際に勉が当時の警察官の給料の何倍もの現金を持っていたので犯罪絡みかとも疑われたが、それは貸本漫画の原稿料として出版社から受け取っていたものだった。 このように安達家では、すでに高校生の勉が自分の手でしっかりと金を稼いでおり、勉のアシスタントをしていた充もアシスタント料としてお金をもらっていたので小遣いには不自由な思いをしなかった。その意味でもあだち充の一番最初の師匠は兄のあだち勉であり、その環境がデビュー時に「描きたいもの」がなく、「何でも」描けてしまう漫画家のあだち充を生み出していくことになったと言える。 あだち充が実際に自分の描きたいものを見つけて、手応えを感じるようになるのは「少年サンデー」を放逐されて、「少女コミック」に活動の場所を移してからとなる。その時も焦らずに漫画を描いていたのは、いい流れが来るのを待っていればいいという考えがあったからかもしれない。
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  • 「ジャリ番」の天才が目指した「作家性」-『竜とそばかすの姫』|山本寛

    2021-08-26 07:00  
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    アニメーション監督の山本寛さんによる、アニメの深奥にある「意志」を浮き彫りにする連載の第23回。今回は、今夏公開の細田守監督の劇場最新作『竜とそばかすの姫』について取り上げます。業界が求める「ポストジブリ」の国民的アニメ監督としての期待は、『サマーウォーズ』までは発揮されていた細田監督の作家性を、どのように剪定してしまったのか?
    山本寛 アニメを愛するためのいくつかの方法第23回 「ジャリ番」の天才が目指した「作家性」-『竜とそばかすの姫』
    今まで一度だけ、細田守監督に会ったことがある。 吉祥寺の居酒屋だっただろうか、かなり長時間話をさせてもらった。
    当時僕は『らき☆すた』(2007)を降板させられ、細田監督は『時をかける少女』(2006)のヒットでやっと上昇気流に乗った時期、対照的だった。 僕は京都アニメーションを辞めようと決意していた。その僕の話を黙って聞いていた細田監督は、こう返してきた。 「ヤマカンさ、今は我慢して、粛々と目の前の仕事こなした方がいいんじゃない? チャンスはいずれ来るからさ」 それは以前の細田監督の自分自身を投影していた。彼もそう言っていた記憶がある。 『ハウルの動く城』でジブリに意気揚々と出向してからの降板劇、東映アニメーションに出戻ってからの燻り、そして退路を断って東映を出てからの『時かけ』の成功。 経緯は似ていた。
    しかし、僕はそのアドバイスを聞くことなく、京アニを去った。
    さて、今回は彼の最新作『竜とそばかすの姫』(2021)を取り上げる訳だが、僕はあの時の細田監督の言葉が、いろんな意味で頭から離れない。 その理由を少しずつ詳らかにしてみよう。
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  • 中華ビジネスの実験場、南シナ海|佐藤翔

    2021-08-25 07:00  
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    国際コンサルタントの佐藤翔さんによる連載「インフォーマルマーケットから見る世界──七つの海をこえる非正規市場たち」。新興国や周縁国に暮らす人々の経済活動を支える場である非正規市場(インフォーマルマーケット)の実態を地域ごとにリポートしながら、グローバル資本主義のもうひとつの姿を浮き彫りにしていきます。今回は、東南アジアを中心に南シナ海に面した諸国のインフォーマルマーケットを巡ります。正規か非正規かを問わず、いまや世界中の市場に商品が流れ出していく華僑系ネットワークの玄関口でもある南シナ海。インドと中国という2大国に挟まれ、多地域からの文物が入り混じる文化圏に根を張る屋台市のカオスから、様々な社会階層の人々の生き様を追いかけます。
    佐藤翔 インフォーマルマーケットから見る世界──七つの海をこえる非正規市場たち第8回 中華ビジネスの実験場、南シナ海
    南シナ海は中国ビジネスの実験場
     太平洋とインド洋に挟まれた南シナ海。北は中国、南はインドネシアやベトナムといった東南アジアの国々に囲まれています。東南アジアは、中国からの移民の最大の受け入れ先であるとともに、中国とインドという大国に挟まれ、多地域から文化や産業など様々なものを積極的に取り込んできた歴史があります。中国から世界中のあらゆる正規・非正規のマーケットに商品が流れていく玄関口でもあり、中国のフォーマル・インフォーマルなビジネスの実験場ともなっている地域でもあります。
     これまでの回では、大西洋で活躍するレバノン人、インド洋で躍動するパキスタン人について話をしてきました。南シナ海は、名前にシナという言葉が入っているように、華僑と呼ばれる中華系の人々の影響力が極めて大きい地域です。タイやインドネシア、フィリピンなどの国々では、中華系の財閥が様々な産業で重大な影響力を持っていますし、中国企業も海外進出となると、まず東南アジアを念頭に置くところが多いようです。最近は中国で堂々と海賊版を売っていたような商城や、海賊版を制作していた工場は大都市では姿を消し、地下に潜行してきていますが、中国で摘発され、追い出されていった偽物ビジネスの工場の本場は、今やベトナムやタイなど東南アジアに広がってきています。
     ただ、私たちが誤ってはいけないのが、こうした東南アジアで活躍する中国系の人々は必ずしも一枚岩にはなっていない、ということです。広東系のコミュニティと福建系のコミュニティは別々に民族互助団体を持っていることが多いですし、客家系の人々は、広東人とも福建人とも違う独自のアイデンティティを持っています。実際に東南アジアのビジネスを観察すると、必ずしも中国系同士が協力し合っているばかりではなく、むしろ中国系企業の最大のライバルが中国系企業、などとなっていることもあり得るようです。東南アジアにおける中国人の関わりはフォーマル・インフォーマルの双方に及ぶ幅広いものなのです。
    ▲スリランカにある、福建省出身者のための商工会議所。
     東南アジアのインフォーマルなビジネスに目を向けると、華僑以外では意外にムスリムが多いことが目につきます。インドネシアは世界一のムスリムの人口を抱える国ですし、マレーシアやブルネイの国教はイスラームです。シンガポール、タイやフィリピンではマイノリティにイスラームが信仰されています。ミャンマーにおけるロヒンギャ・ムスリムは国際社会でも近年よく知られるようになりました。さらに規模は小さくなりますが、ベトナムやカンボジア、ラオスでも少数民族でイスラームを信奉している者がいます。このように東南アジアには結構な数のムスリムがおり、特にフィリピン南部、タイ南部のような地域ではかなりの結束力を持っているようです。彼らが華僑から商品を仕入れ、東南アジアの色々なところで、フォーマルなビジネスが扱いにくい商品を売りさばいている、という構図があるようですね。
    ▲フィリピン・マニラに多数あるモバイルアプリのダウンロード屋の様子。
     東南アジアは、中南米やアフリカなどと比べると日本にずっと近いので、日本のマーケッターにとって観察がしやすい地域のはずです。しかし現地へ行くと、都市中心部の立派なショッピングモールやビジネスディストリクトに目を奪われ、インフォーマルセクターがどうなっているのかについては、なかなか目が行かないものです。南シナ海のインフォーマルマーケットというと、本来は中国南部も含まれるのですが、東南アジアだけでもインフォーマルビジネスにまつわる、様々な興味深い話がありますので、今回は中国国内のお話は最小限にとどめたうえで、東南アジアや香港のインフォーマルなビジネスについて、その実態を書いていきます。
    中華系のショッピングモールと名もなき屋台市
     東南アジアにおけるインフォーマルマーケットの広がり方についてですが、キプロスのドルドイやウクライナの7kmマーケットのように、国の中に国があるような感じではなく、中国の電脳商城のように、特定のショッピングモールで偽物や怪しい商品が取引されています。私がこれまで行ってきた場所を振り返ってみると、こうしたショッピングモールは中華系の資本が運営していることが多かったです。具体的に名前を挙げると、インドネシアのマンガ・ドゥア、フィリピンのグリーンヒルズ・ショッピングセンター、ベトナムのベンタイン市場のような場所が偽物市場として有名です。
    ▲インドネシアの怪しげなショッピングモール。
     東南アジアで特徴的なのは、屋台商売の規模の大きさです。繁盛している商業施設の周りには、必ずと言っていいほど屋台が広がっています。商業施設の近くにあるものは一応商業コミュニティとして一定の統率が取られ、許可も得ているようで、ある程度は秩序があるのですが、それらの屋台のさらに周縁にある屋台は許可など取っている様子がなく、怪しげな商品をいろいろ販売しています。もちろん、この屋台市の層の厚さは東南アジアの中でも国や都市によって異なるのですが、こうした名もなきインフォーマルマーケットとしての屋台市は東南アジア諸国の経済において、重要な存在となっています。
    ▲フィリピンのマニラ、商業施設の前に屋台が広がる。
    ▲フィリピンのマニラの夜。夜限定の屋台(ナイトマーケット)は東南アジアらしい光景。
     ここでは東南アジア各国のコンテンツ関連のインフォーマルな商売について見ていきます。タイのバンコクは、10年前にはアジアの偽物がよく取り扱われていました。例えば下の写真にある、バンコクにあったゲーム系のインフォーマルマーケットがそうです。川の上に杭を立てて床を敷き、商売をしている辺り、日本で言うと東京・江戸川区にかつてあったヤミ市、小岩ベニスマーケットに似ているところがあるかも知れません。土地の権利がうるさい都市中心部においては、このように川の上でインフォーマルなビジネスが発達するというケースがしばしばあります。逆に言うと、川のそば、ちょっと郊外で交通の便が多少良いところ……とアタリをつけて探しに行ってみると、知られざるインフォーマルマーケットが見つかることがあったりするのが面白いところです。
    ▲バンコクにあったゲーム系インフォーマルマーケット。すでに閉鎖されている。
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  • 「飲むこと」はもっと拡張できる──木食、クラフトコーラ、ノンアルスピリッツから考える|古谷知華

    2021-08-24 07:00  
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    健康志向ではなく、「美味しさ」や「楽しさ」を増やすという観点から、ノンアルコール飲料を考えてみたい。そんな一心で、元祖クラフトコーラ「ともコーラ」やノンアルコール専門ブランド「のん」、日本全国に眠る”美味しい植生たち”について蒐集、記録、発表をする研究ブランド「日本草木研究所」などを手がける、フードプロデューサーの古谷知華さんに話をうかがいました。飲食文化をもっと面白くするためにはどうすればいいのか、飲食に新しい価値をもたらし続けている古谷さんと、徹底的に議論します。(聞き手:小池真幸・宇野常寛、構成:小池真幸)(※現在PLANETSでは「飲まない東京」プロジェクトと称してノンアルコール業界を特集する企画を進めていますが、これは酒類の提供を行う飲食店への営業自粛を強いる政策を支持するものではありません。また、本誌編集長・宇野常寛は一連の政策に対して極めて批判的です)
    「飲むこと」はもっと拡張できる──木食、クラフトコーラ、ノンアルスピリッツから考える|古谷知華
    栄養観点では「非効率の極み」の木を、嗜好品として食べる
    ──古谷さんは、クラフトコーラブームの火付け役となった元祖クラフトコーラ「ともコーラ」や、ノンアルコール専門ブランド「のん」を立ち上げるなど、既存の飲食文化に対するオルタナティブを提示し続けています。今日は「これからの飲食文化はどうすればもっと面白くなるか?」を一緒に考えていきたいのですが、ちょうど最近(2021年6月)、またユニークな取り組みを発表されましたよね。日本全国に眠る”美味しい植生たち”について蒐集、記録、発表をする研究ブランド「日本草木研究所」です。「木を食べる」という発想が予想外で、良い意味でとてもぶっ飛んでいるなと思ったのですが、これはどういったプロジェクトなんですか?
    古谷 実は、今日はまさにその木で作ったドリンクを持ってきたんですよ。日本草木研究所として初めて手がける、軽井沢・離山が舞台の木食(もくしょく)ブランド「木(食)人」の第一弾商品「FOREST SYRUP」です。ノンアルコールのシロップをソーダで割ったので、ぜひ飲んでみてください!
    軽井沢・離山が舞台の木食ブランド「木(食)人」の第一弾商品「FOREST SYRUP」。モミ、アカマツ、カラマツ、アブラチャン、コブシ、ヒノキなど軽井沢で採れる六種の香木を蒸留した新感覚飲料で、「森に入った瞬間の抜けるような爽やかさを凝縮した味わい」。炭酸水等で割るほか、お菓子やお料理に使うことも可能だという。
    ──本当ですか! それでは、いただきます……なんだか、これまでに味わったことのない不思議な味ですね。でも、たしかに木の香りが感じられて、爽やかな飲み口です。夏に合う気がします。
    宇野 思ったより爽やかな感じですね。普通に美味しい。
    古谷 ありがとうございます。まずはシロップそのものと、ソーダで割ったものの2種類を販売予定なのですが、持っている香りの成分が異なる焼酎で割るのも美味しいんですよ。トニックウォーターの風味もそれなりに強いとは思うのですが、飲んだとき鼻に抜けるような感覚があって、特に香りから木を感じられるのではないでしょうか。この香りの成分は、ジンに含まれるジュニパーベリーというスパイスに近いんです。
    ──これはどんな木から作られているんですか?
    古谷 モミ、アカマツ、カラマツ、アブラチャン、コブシ、ヒノキなど、軽井沢で採れる6種類の香木から作っています。木の皮や幹、葉っぱなどを蒸留した液、そして砂糖の中に漬け込んで抽出した液の2つを混ぜると、このシロップになります。  木って基本的に、どれもわりと似たような香りがするんです。含まれている科学的な芳香成分が、似通っているからです。でも、完全に構成が一緒というわけではないので、使う木を変えると、味や香りも少しずつ違ってくる。芳香成分が強くて香りが立ち、なおかつ人間が嗅いだときに「もっと嗅ぎたい」と思える木を選んでいます。日本はどこにでも森林があるので、基本的には全国各地で原材料を獲れるのですが、特に青森県と鹿児島県には、植生学上の条件の関係で面白いものや珍しい木が多いですね。
    ──食用に向いている木と、そうでない木があるのですね。
    古谷 そもそも木って、栄養摂取という観点では、非効率の極みのような食べ物なんですよ。木の皮や枝は、半分はセルロース、もう半分は糖分でできているのですが、細胞壁がとても固いリグニンという成分で覆われているので、人間にはその糖分を分解できません。将来的にはバイオエネルギーを活用して、リグニンを一度分解してセルロースをむき出しにして、消化しやすくする方法も実現するかもしれないと言われていますが、現時点ではエネルギー効率が良くない。たとえば木の枝の部分をそのままむしゃむしゃ食べても、分解ができずそのまま排泄されてしまいます。  ですから、栄養摂取のための食糧としてではなく、基本的にはフレーバーやスパイスを楽しむ嗜好品として食べるものだと考えています。フィトンチッドという、人間に癒しや精神安定をもたらすと言われている成分も入っていますしね。
    ──面白いですね。昨今の社会風潮に鑑みると、「木を大切にして地球を守ろう」というサステナビリティの文脈で木食を捉えることもできそうですが、そうではなく嗜好品として、楽しみのために食べるのだと。
    古谷 もちろん、副次的にサステナビリティ的な効果もあるとは思います。木に食用品としての価値が認められて、少量生産でも高く売れるようになれば、山の持ち主が原材料を提供するようになって、将来的には里山の管理が進むかもしれません。でも、私のモチベーションとしては、純粋に新しい嗜好品や食文化を見てみたいというところが一番大きいですね。
    ──木食ならではの面白さや美味しさは、どんな点にあると感じていますか?
    古谷 ジビエとも近いかもしれませんが、農作物として育てていなかったり、そこら辺の山にただ生えていたりするものが価値化されるのが面白いなと思っています。多くの人は、木を見たときに「これ美味しそう」とは思わないじゃないですか。でも、木食を広めることで、木を見て「料理に使える」と思ったり、人間が木に腹を空かしたりする現象が起きてくるのかなと思っていまして。そうした価値転倒が起こったら面白いですよね。
    3年経てば、木食も当たり前になる?
    ──そもそも、なぜ「木を食べてみよう」と思ったんですか?
    古谷 私はもともと、「ともコーラ」をはじめスパイスやハーブを使った商品を作ってきたのですが、最近はスパイスもハーブもかなり普及して、手軽にインターネットで買えるようになりました。そんな中で、もっと面白いものを探索したいなと思っていたとき、この木(アオモリトドマツ)に出会ったんです。2020年の春頃のことでしたね。こんなに香りの良いものが雑木林として扱われているのはもったいない、日本にはたくさん木が生えているし、木を食べることができたら面白いのではないか。そう考えるようになりました。  そこで海外の事例を調べてみると、フィンランドなどの北欧地域では、食べるものが限られていることもあり、マツの新芽をピクルスにしたり、若い松ぼっくりをジャムにしたりして食べる文化があると知ったんです。日本は植生が豊かなので想像しづらいですが、肥沃ではない土地では、工夫して木が食べられている。ということは、日本でも木食を開拓できるのではないか。そう思って、自分でさまざまな香木を集めて、煮たり焼いたりするようになりました。安全性をクリアできれば、他にはない唯一無二のフレーバーや価値が生み出せるのではないかと。
    ──そこから約1年あまりで、商品化まで漕ぎ着けたのですね。今後もFOREST SYRUPのような商品を開発されていく?
    古谷 そうですね。でも、商品を作ること自体を目的にしているわけではありません。私がやりたいのは、日本の里山にある木や野草や花などに食品としての価値を見出し、広めていくこと。とはいえ、いきなり木そのものを渡されてもよくわからないと思うので、その魅力を伝えるためのメディアとして、まずはFOREST SYRUPのような商品を開発しているんです。たとえるなら、スパイスやハーブを次々と商品化しているエスビー食品の、里山版を作りたい。  いずれは、エスビー食品が出しているようなホールスパイスの形で販売することも考えています。スパイスやハーブって海外産の印象が強いと思うんですが、実は日本の里山にもいろいろあるんです。たとえば、この琉球ニッケイ。日本にもシナモンがあるんですよ。シナモンやローリエは既にたくさん食用として使われていると思うのですが、ああいうものが日本の里山の中からも生まれてくるようにしたいんです。  自分たちで商品を作って売っているだけでは、「日本の草木を食用化していく」ことはなかなか達成できない。ですから、興味を持ってくれたメーカーや飲食店さんに原材料を提供するなど、さまざまな場所と積極的にコラボレーションしていけるといいなと思っていますね。実際、すでにいくつかお問い合わせもいただいています。
    日本草木研究所で食用化を研究中の草木の一例。カラキ、アオモリトドマツ、アブラチャン。それぞれ異なる、比較的強めの香りを感じた。
    ──お問い合わせしてくれる人たちは、どんな反応をするのでしょう?
    古谷 「どんな味ですか?」「 食べられるんですか?」「どんな木なんですか?」…… やっぱり、みなさん「?」が最初にありますね。でも実際に飲んでみると「普通に飲める」「美味しい」といったリアクションで、意外と違和感なく、すんなりと受け入れていただけています。クラフトコーラは3年ほどで世間に浸透しましたが、木も3年くらい経てば「ふーん、これも木で味付けしたんだ」「流行っているよね」といった反応をしてもらえるようになるかもしれません。すでに日本草木研究所だけでなく、これまで難しかった木自体の発酵を技術革新で可能にして、木のお酒を作ろうとしている人たちもいますしね。
    お酒に求めていたのは、アルコールそのものではなかった?
    ──クラフトコーラの話が出ましたが、ここ数年で一気に普及しましたよね。日本にクラフトコーラ文化を根付かせたパイオニアでもある古谷さんは、この状況をどう見ていますか?
    古谷 最近はカレーを作るように、一般消費者が百均のスパイスを使って自宅でコーラを作る動きも広まっていて、とても良いことだなと思っています。クラフトコーラって、蒸留も必要ないですし、煮込むだけで簡単に作れるんです。「ともコーラ」を始めたときも、夏に誰かの家に行ったときに麦茶を出してもらうように、「田中家のコーラ」くらいの感覚でみんなが作るようになるのがゴールだと考えていました。  ただ、大企業のクラフトコーラの扱い方に関しては、「どうなのかな?」と思うこともあります。「クラフトコーラ」の定義は難しいですが、私は「100%天然素材由来で作られていて、作り手の意志やストーリーが反映されているコーラ」と捉えています。でも、大企業が作ったものの中には、香料なども使っており普通のコーラと大差を感じられないにもかかわらず「クラフトコーラ」と名付けているだけのものもあるように思えます。ちょっと前にレモンサワーが流行ったときもそうでしたが、「とりあえずクラフトコーラと名付ければ売れるのではないか」と、ワードとして消費されてしまっている印象がある。そうしたワードを消費しただけのものが「クラフトコーラ」だと思われるようになると、「ともコーラ」のような小さいブランドも、ジャンル全体としても、死んでいってしまうと思うんです。もちろん大企業の中にも、たとえば成城石井のクラフトコーラのように、スパイス成分が見られて、ちゃんと作られているような印象を受けるものもあります。
    ──なるほど、普及してきたからこそ生じている問題ですね。3年前に「ともコーラ」を始めたときとは、やっぱり世間の反応は全然違いますか?
    古谷 違いますね。当初はよく「コーラって作れるんですか?」「普通のコーラとどう違うんですか? 」「何を使ってるんですか?」といったことを聞かれました。「コーラは化学的なもので、ブラックボックスで包まれていて、作れるわけがない。Coke以外のコーラってこの世に存在するんですか?」くらいの受け止められ方だった気がします。  ちなみに、コーラはもともとクラフトで作られていて、実はクラフトコーラは原点回帰なんですけどね。コカ・コーラは最初、南北戦争で負傷した兵士を癒すために、感覚を麻痺させるためにコカインなどを混ぜて作っていた薬膳飲料だったんです。
    炭酸で割るだけで、クラフトコーラを楽しめるコーラの素「ともコーラ -THE ORIGINAL- 200ml」。ウィスキー、ミルク、豆乳、赤ワイン、バニラアイスとも組み合わせられるという。
    ──そうだったんですね。でも、なぜ受け入れられるようになったのでしょうか。言い換えれば、人びとはクラフトコーラのどういった点に惹かれているのですか?
    古谷 もちろん、美味しさや面白さを魅力に感じてくれている人も多いのですが、「クラフトコーラがあれば、お酒は飲まなくていい」という声があったのは興味深かったです。普段、パーティーなどでノンアルコール飲料かお酒かを選べるシーンでは、お酒を選ぶ人が多いですよね。どうも、その理由は、ノンアルコールを選ぶと損している感覚になるからみたいなんです。たしかに、お酒はいろいろ種類があるのに、ノンアルコールは原価が安そうなオレンジジュースや烏龍茶しかありませんよね。しかも、いわゆるノンアルコール飲料には、味や香りについて語れるものも少ない。  でも、知人の結婚式の二次会で「ともコーラ」を振舞ったとき、意外な場面に遭遇しまして。ラムやウィスキーも用意して「お酒で割ることもできますよ」という形にしたのですが、多くの人が「お酒はいらないです」と言っていたんです。普段お酒を飲む人であっても、「クラフトコーラなら損した気分にならない」「クラフトコーラなら面白いからお酒みたいに楽しい気持ちになる」と言っていた。そのとき、みんなアルコール成分そのものというより、原材料が少し高そうだとか、楽しくなれるとか、付随する別の価値を求めてお酒を選んでいたんだと気づきました。
    日本でノンアル市場が開拓されてこなかった理由
    古谷 美味しさや楽しさがあればノンアルコールも選ばれると気づいてから、ノンアルコール専門ブランド「のん」を立ち上げて、ノンアルコールスピリッツも作るようになりました。海外のスパイスなどを蒸留して作っていて、ノンアルコールなのに、ジンのような匂いがする飲み物。日本の珍しいスパイスや野草で作ったものもあって、日本草木研究所を立ち上げるきっかけにもなりました。
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  • 選択肢拡張術 ①アンテナ脳を鍛える ──(意識が高くない僕たちのための)ゼロからはじめる働き方改革 第15回〈リニューアル配信〉

    2021-08-23 07:00  
    550pt

    (ほぼ)毎週月曜日は、大手文具メーカー・コクヨに勤めながら「働き方改革アドバイザー」として活躍する坂本崇博さんの好評連載「(意識が高くない僕たちのための)ゼロからはじめる働き方改革」を大幅に加筆再構成してリニューアル配信しています。働き方イノベーターの条件は、働くうえでの選択肢が広いこと。「意識が高くない」大多数の社員がさまざまな情報への感度を高め、選択肢を広げていく(オタクならではの)コツを紹介します。
    (意識が高くない僕たちのための)ゼロからはじめる働き方改革〈リニューアル配信〉第15回 選択肢拡張術 ①アンテナ脳を鍛える
    あらすじ
     前回、働き方イノベーターは「選択肢が広い」こと、そしてそのために自分の意図を明確に持ちながら、多様な事象にアンテナを張って「知っていることを広げている」ことを紹介しました。 今回は、そうした働き方イノベーターに私たちがこれからなるために、どうすれば多様な事象にアンテナを張れるようになるのかについて考えたいと思います。 キーワードは「脳」です。ちょっとした工夫で自分自身の脳をコントロールして、日頃実践できていなかった習慣を身につけるテクニックをご紹介したいと思います。
    「もっとアンテナを張れ」という精神論からの脱却
     社会に出ると「もっと世の中の情報にアンテナを張れ」と精神論的な指導がされることがあります。そうした指導に対して「どうやって?」と具体論を聞くと、たいていは新聞を読め、いろんな本を読め、人の話を聞けといった分かりきった答えが返ってきてモヤモヤすることはないでしょうか。 ただ、これは質問する側が悪いのかもしれません。「どうやってアンテナを張ればいいですか?」という質問だと、こうした答えになることもやむを得ないでしょう。 私は、アンテナを活発に張ることができていない人が発するべき問いは「どうすれば日頃できていない行動習慣を、自然にやれるようになれるか?」であると考えます。つまり、アンテナを張るという行為への着目ではなく、「普段できていないことができるようになる」ことに着目し、その自己改革を図るべきだと思うのです。 日頃からアンテナを張って様々な情報を収集できている「意識の高い人」は、そういった問いを立てるまでもなく、様々な情報をキャッチして自分の認知に加え、アイデア出しに生かしています。 しかし、私のようにそんなに意識高く生きてこなかった人間は、自分の興味のないことにわざわざアンテナを張るなんて「面倒だ」と感じるものです。もはやこれは習性・感性と言ってもよいでしょう。 ですので、たとえやりたい事がある程度明確になったとしても、日頃からアンテナを張るという行動に慣れていない私たちは、染みついた引き篭りの習性・感性を切り替えることに注力をしなければなりません。
    無意識的に様々なことにアンテナを張る「脳を」鍛える
     その一つとして私が実践していることが、脳をだます習慣づくり、名付けて「ドーパミン・コントロール」です。 脳研究の第一人者である東京大学大学院の池谷裕二教授曰く、「人のやる気は脳内で分泌されるドーパミンによって引き起こされる」そうです。 そして、ドーパミンは快楽物質とも言われます。一度何らかの行為でドーパミンが分泌される興奮状態を覚えると、無意識的に、つまり脳が勝手に「もっともっと」とそれを繰り返させようとするというのです。これが俗に言う「ハマる」という状況です。 たとえば、スマホゲームの「ガチャ」でレアキャラをゲットしたときなどがそうです。ギャンブル性が高いゲームで勝つことでドーパミンが分泌され、その行為を無意識的に、つまり脳が勝手に「好んで行う」ようになるのです。 以前、池谷氏と対談させていただく機会があったのですが、こうしたお話をお聞きしながら、私の中で、何か新しい情報を得るという行為に「ハマる」ことができれば、自然に新しい情報に注意を払う人間(脳)になれるのでは? と考えるようになりました。 そして、「何かにハマる」ことは私のような意識が高くないオタク層にとってはお手のものです。要は、ちょっとしたコスト(時間・お金・勇気)をかけてアニメを視聴したりグッズを購入することで「快感」を得てしまえばよいわけです。 たとえば、こう見えて私も10年くらい前までは美少女フィギュアなんてさすがに恥ずかしくて買ったことはありませんでした。自分の中で「超えてはいけない一線」のようなものがあったわけです。しかし、あるときUFOキャッチャーでもうひと押しで取れそうだった『ワンピース』のナミのフィギュアをついついGETしてしまいました。UFOキャッチャーで景品が獲得できた興奮と相まって、「フィギュアを所有する」という沼にハマってしまった私は、今もそこから這い上がることはできず、ゲームセンターでフィギュアを見つけてはついついお金をつぎこんでしまう「脳」になっていったのです。 話を戻すと、「アンテナを張る」という行為が習慣にない人は、一度でも良いので、アンテナを立てて情報収集して快感を得るという、「沼にハマる」ために一歩踏み出すことが大事ということになります。
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  • Daily PLANETS 2021年8月第3週のハイライト

    2021-08-20 07:00  
    おはようございます、PLANETS編集部です。
    今日は新雑誌『モノノメ』のクラウドファンディングの最終日です! ゆっくり考える場を取り戻すための「紙の」雑誌、本日中はご支援を募集していますのでぜひよろしくお願いします。
    さて、今朝のメルマガは今週のDaily PLANETSで配信した4記事のハイライトと、これから配信予定の動画コンテンツの概要をご紹介します。
    今週のハイライト
    8/16(月)【連載】(意識が高くない僕たちのための)ゼロからはじめる働き方改革〈リニューアル配信〉働き方イノベーターは「選択肢」が広い|坂本崇博

    (ほぼ)毎週月曜日は、大手文具メーカー・コクヨに勤めながら「働き方改革アドバイザー」として活躍する坂本崇博さんの好評連載「(意識が高くない僕たちのための)ゼロからはじめる働き方改革」を大幅に加筆再構成してリニューアル配信しています。働き方改革に必要な、既存の枠にとらわれ
  • JR浅草橋駅から浅草橋問屋街、国際通り、大江戸線蔵前駅まで|白土晴一

    2021-08-19 07:00  
    550pt

    リサーチャー・白土晴一さんが、心のおもむくまま東京の街を歩き回る連載「東京そぞろ歩き」。今回歩いたのは、JR総武線の浅草橋駅から蔵前にかけてのエリア。多くの人が“浅草”と間違えて彷徨う「浅草橋トラップ」にあえて嵌まりながら、歴史ある日本有数の雑貨問屋街の周辺に垣間見える、昔ながらの街並みと現代的なセンスの再活用のおもしろさを堪能してきました。
    白土晴一 東京そぞろ歩き第5回 JR浅草橋駅から浅草橋問屋街、国際通り、大江戸線蔵前駅まで
     JR総武線浅草橋駅あたりを歩いていると、しばしばトラップに掛かっている人を見かけることがある。  このトラップのことを、私は勝手に「浅草橋トラップ」と呼んでいる。  浅草橋駅前でキョロキョロあたりを見渡している人から、「すいません。雷門はどっちでしょうか?」と尋ねられたら、その人は間違いなくこの「浅草橋トラップ」に掛かってしまっている。  人力車が走り仲見世が軒を連ねる浅草寺周辺をイメージして、JR浅草橋駅を降りた人はあまり観光地に見えない駅前の風景に面食うだろう。 こういう人に「ここから雷門だと結構歩きますよ。タクシーか地下鉄で行った方がいいです」と教えてあげると、驚いた後に複雑な表情を浮かべる。 東京の地理に詳しくない人に説明すると、JR浅草橋駅と観光地である浅草寺の雷門は、直線だと1,7kmほど離れている。地下鉄の駅だと二駅ほど先で、ここまで離れていると、まったく違う場所と言っていい。 本来、浅草は台東区の東半分を占める浅草地区全体を指す地名である。しかし、浅草と言われれば浅草寺周辺の観光エリアのイメージが強すぎて、浅草という地名が駅名に付いているので、雷門は近いはずという思い込みで浅草橋駅に降りてしまうのだろう。  東京に住んでいても、このトラップに掛かってしまう人がいるらしいので、浅草がRPGダンジョンだとしたら、冒険者はまずこの浅草橋のトラップを十分警戒しなければならない。
     そんな訳で、今回はあえてこの「浅草橋トラップ」に自ら嵌って、JR総武線浅草橋駅に降りてみることに……、いや、その前に駅の構内をじっくり観察することに。  古い鉄道の駅の構造体などにレールを再利用したものを見かけることがよくあると思う。ここ浅草橋駅の上家(雨露よけの屋根をかけた簡単な建物)もそうなのだが、この古いレールで作られたアーチは都内屈指の美しさを誇ると思う。

     レールを材料にした構造体はまだ各地に残っているが、ずいぶん建て替えられて姿を消しつつある。こうした屋根を支えるアーチまでレールというのは珍しいので保存を望むが、いずれは姿を消す可能性もあるので、ぜひその目で。  しかも、この古いレールに記された製造した会社を確認すると、もう少し面白いことに気づく。



     これらの古いレールは、ドイツのクルップ社、同じくドイツのウニオン社、そしてイギリスのキャメル・シェフィールド社、いずれも19世紀から世界中に輸出されたヨーロッパ製レールであることが分かる。  明治時代の日本は急激に鉄道を導入したが、国産レールが開発されるまではこうしたヨーロッパ産レールを輸入しており、浅草橋駅はこうした19世紀ヨーロッパ工業国のレールを再利用して作られているのだ。  総武線は東京から明治時代に東京本所(現墨田区。のちに両国まで延伸)から千葉県各所を結ぶ武総鉄道と総州鉄道が合併し(両社の頭文字を取って総武)、その後国有化された路線。この路線が関東大震災の復興からさらに万世橋駅まで延伸されたのに伴い、昭和7年に急遽建設開業したのが、この浅草橋駅である。  震災の復興中で資材節約などを鑑みながら建設されたので、その時点で効率的に利用できる明治時代の古いレールを建設に流用したのだろう。浅草橋駅でヨーロッパの産業革命の匂いを嗅ぐのも悪くない。 プラットフォームだけで、19世紀のヨーロッパ産業革命と日本鉄道の近代化と震災復興の歴史を感じさせてくれる。浅草橋駅は侮れない駅である。
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