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  • 人工知能は予防医学を支援するか?(石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第5回) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.419 ☆

    2015-09-30 07:00  
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    今朝のメルマガは予防医学研究者・石川善樹さんの連載『〈思想〉としての予防医学』の第5回です。今回は人間の脳における「大脳新皮質」と「大脳辺縁系」の違いに触れつつ、人間の創造性を支援する装置としての〈人工知能〉の可能性について考察します。
    石川善樹『〈思想〉としての予防医学』前回までの連載はこちらのリンクから。
     まずは前回の議論のおさらいから始めます。
    前回記事:わずか6年で日本人の寿命は25年伸びた――私たちが知らないGHQの人類史的偉業(石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第4回)
     私は前回、GHQがトップダウンで日本中に保健所を作り、衛生状態を改善する施策を行うことで、日本人の寿命をたった6年のあいだに25年も延ばすことに成功したことを述べました。しかし、1990年代に入り、状況は大きく変わりました。「地域保健法」が改正されてトップダウン型ではないボトムアップ型での保健行政が日本でも敷かれることになったのです。
     この新しい保健行政への転換は、地方分権の流れから来たものであると同時に、現代の予防医学が直面している問題に対応したものでもありました。
     前回に述べたように、予防医学には5つの柱があります。まずは、病気の原因を調査する学としての「疫学」と「統計学」、そして上下水道や都市デザインなどの都市計画に関わる「環境保健」、それから法律の制定や保健所システムの構築などの「政策の策定・運営」――この4つは昔ながらの公衆予防医学で、まさに戦後にGHQがトップダウンで行って、国民の健康管理の土台を作りあげたものです。
     しかし、現代の予防医学の抱える問題において重要なのは、5つ目の「行動科学」に関わる要因です。これは自由に個人が生活する際の「行動」に関わってくるものであり、トップダウンで国が命じるような健康の施策ではサポートしきれないものです。
     20世紀における予防医学は、まさに戦後日本のGHQの手法に典型的なように、トップダウン型の施策によって、感染症や脳卒中などの身体の健康における大きな課題を解決してきました。その結果、先進国の人々の問題意識は徐々に、人間の精神における「健康(health)」に移っています。
     その一方で消費社会の発展は、人々に自由な生活と多くの選択肢を与えました。行動科学にまつわる問題は、こういう状況でいかに予防医学の課題を遂行していくかに関わっています。しかし、そのための明確な手法はまだ確立していません。日本に関して言えば、地域保健法の改正から約20年の月日が経ったものの、このトップダウンではない保健についての明確なビジョンは現在もなく、混乱は続いているのです。
    ■ 人間の「快楽」は2パターンしかない
     この問題を考えるために、前回の最後に話したダイエットの問題から議論を始めましょう。
     ダイエットにおいては、「脂肪」と「糖」を中心とした「アッパー」な味覚の快から、日本のお出汁の文化のような「ダウナーな味覚」の快への変化が重要であるという話をしました。
     人間が感じる「快」というのは、脳の構造を見るに意外と単純なものです。大きくは、まさにこのダウナーとアッパーの二通りです。しかし、そのように人間の快楽が大きく二通りであり、前者から後者への移行が必要であったとしても、そのプロセスは決して単純なものではありません。
     というのも、私たちは各々の生活環境などから形成された「習慣」に縛られる生き物だからです。そのことは人間の脳の構造を見ると、よくわかります。
     人間の脳は三層構造になっています。まず、人間の大脳の外側にあるのは大脳新皮質と呼ばれる、新しい刺激に反応する部位です。これは理性やクリエイティビティを司る場所で、「人間らしい」と言われる活動の多くに関わっています。その内側にあるのは大脳辺縁系と呼ばれる部位で、ここでは人間の感情が司られています。

    ▲大脳辺縁系(Limbic System)(出典)
     この部位の役割は、さらにその内側にある大脳基底核と呼ばれる部位の役割を知ることで見えてきます。
     この大脳基底核は、人間の「習慣」を司っている脳の中でも最も古い部位です。そして、大脳辺縁系はこの大脳基底核を大脳新皮質から守るようにして包み込んでいます。大脳辺縁系の大きな特徴は、変化を嫌っており、それを本能的に恐れるようになっていることです。これは大脳新皮質が変化を好む部位であることを考え合わせると、習慣とはいかなるものかが見えてきます。

    ▲脳の構造(出典)
     脳という臓器は数億年をかけて進化してきた、人体の中でも非常に特異な臓器です。最も古い大脳基底核と、最も新しい大脳新皮質の登場の間には数億年の時間差があります。人間が環境に適応しながら、常に新しい事柄を学習して創造していく生き物になったとき、大脳新皮質はそれを司るものとして登場してきました。
     しかし、最も古い大脳基底核は「習慣」を司ります。これは人間ほど大きく環境が変化する中を生きていない多くの生物にとって、もっとも重要な機能です。自分の生息する環境において生存に適した習慣を日々繰り返していくことこそが、生き延びるために重要だからです。だから、そんな簡単に習慣が変化してはいけないのです。
     このふたつの矛盾の間で、大脳辺縁系は大脳新皮質の変化を好む影響が大きくなり過ぎないようにしています。変化を恐れるように感情をコントロールすることで、大脳基底核の「習慣」を守っているのです。
     以上のことを考えたときに、いわばダイエットにおける痩せる行動習慣の変化というのは、この数億年のジェネレーションギャップを超えて、未知の味覚を試したりすることで、新しい習慣を大脳基底核に与えていく作業であるといえます。
    ■ 行動習慣とコーディネート問題
     では、その新しい行動習慣に変えていく作業とはどういうものなのでしょうか。
     ダイエットの問題に即して言えば、最近の私が興味を持って研究しているのは、新しいレシピの可能性です。
     実は、「脂肪と糖分」と「うま味」の美味しさは、料理としてはかなり離れたところにあります。いきなり習慣を変えるのが難しいのは、そのためです。こういうときに行動科学の観点で重要になるのは、大脳辺縁系が抵抗感を覚えない程度に、徐々に習慣を変えていくことです。つまり、脂肪と糖分を中心にした食事と、うま味の食事の間を上手く橋渡しをするようなレシピができれば、人々を徐々にそっちの方向に誘導することができる可能性があるのです。
     ここで面白いのが、食文化においてはまだ多くの食材の組み合わせが試されていないことです。というのも、これほど膨大な食材が流通するようになったのは近年の出来事にすぎないからです。「脂肪と糖分」と「うま味」の美味しさの間には、実は膨大な新しい味覚が隠されている可能性があるのです。
     もちろん、これは食における習慣をどう変えるかという問題にすぎませんが、「人間はいかにして習慣を変えるのか」というより一般的な問題の一例でもあります。
     これについては、ある一つの問題に答えさえすれば、食にかぎらずファッションから住居、健康、あるいは音楽などの娯楽に至る様々な問題が一挙に解決していく可能性があります。それが――「コーディネート問題」です。
     例えば、ファッションを例に取りましょう。
     クローゼットの中にたくさんの服が入っていたとき、一体どの服を選べば自分はときめくのか……その問いに答えるロジカルな分析方法は、現在もまだ確立していません。
     食事についても同様です。
     冷蔵庫の中にいま存在している食材で、どんな組み合わせで料理を作るのが最も美味しくて健康的なのか……これもロジカルな分析方法は存在していません。
     世の中に言うクリエイティビティやイノベーションというものの多くは、組み合わせの妙で生まれると言われます。しかし、その組み合わせをいかに上手く行うかという研究はほとんどされてこなかったのです。
     これは「幸福」を考える上でも重要です。従来のテクノロジーは、人間が「早く目的地に着く」だとか「コスト低く情報にアクセスする」だとかの「効率化」を重視した観点から開発が行われてきました。
     しかし、現在の世の中で多少の効率化で生活を便利にしたところで、私たちがかつてほど幸福の度合いが上がることはあるのでしょうか。それよりも、普段の生活のなかで直面する、様々なコーディネートにまつわる意思決定を支援してくれるテクノロジーのほうが、よほど私たちの幸福に大きく貢献するのではないでしょうか。
     そして、ここで私が注目しているのが、近年の人工知能の発展なのです。

    ■ 人工知能は人間の創造性を支援するか?
     ――というのも、人工知能におけるフロンティアになっているのが、この大量の組み合わせのパターンを試していく領域だからです。特にこの大量の組み合わせのパターンを作ることで、機械が人間のクリエイティビティをどれだけ助けられるかという問いはとても重要なものとして認識されています。
     もちろん、最終的なクリエイティビティの判断は結局のところ、「これはイケてる」だとか「美味しい」だとかという感覚の問題に行き着くので、最後は必ず人間による判断に行き着くのだと思います。しかし、そこに至る無数の組み合わせの試行錯誤は、人間にはなかなか出来ないものです。
     この、人間の創造性にまつわる能力をコンピュータに補助・代理させていく発想を、「コンピューテーショナル・クリエイティビティ」といいます。

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  • 『石岡良治の現代アニメ史講義』京都アニメーション:境界の両岸(1) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.418 ☆

    2015-09-29 07:00  
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    『石岡良治の現代アニメ史講義』京都アニメーション:境界の両岸(1)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.9.29 vol.418
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    今朝のメルマガは、批評家の石岡良治さんの連載『現代アニメ史講義』の第2回です。
    取り上げるのはゼロ年代アニメブームの牽引役として『涼宮ハルヒの憂鬱』『らき☆すた』『けいおん!』などの数々の名作を送り出した京都アニメーション。今回配信する前編では、作品に頻出するモチーフである「川」が、「青春」を描くアニメスタジオである京アニにとってどんな意味を持つのかについて考察します。
    前回記事:『石岡良治の現代アニメ史講義』第1回:シャフトと情報イメージ
    ◎構成協力:籔 和馬
    ◼ 今世紀アニメを象徴するスタジオ、京都アニメーション(アニメーションDoも含む)
     みなさん、こんにちは、石岡良治です。先月からはじまった「現代アニメ史講義」の第2回を始めていきたいと思います。今回もホームページ上からハンドアウトをダウンロードし、参照していただきます。
     今回は京都アニメーション(京アニ)を「境界の両岸」という観点から語りたいと思います。この10年くらいの深夜アニメ市場において、「京アニ派」が圧倒的多数を占めていたという感触があります。京アニとは言わずもがな、『涼宮ハルヒの憂鬱』『らき☆すた』『けいおん!』などのヒット作をゼロ年代に連発したアニメーション制作会社ですね。
     しかし私自身はどちらかというとシャフト派でした。シャフトは前回扱いましたが、京アニと並んでヒットメーカーとして知られる会社ですね。
     なぜ私が京アニよりシャフトを推していたかというと、京アニのアニメ演出ではいろいろと犠牲になっているものがあることが気になっていたからです。この講義を始めていく前に、まず私が京アニに対して懐疑的な立場であったことをご了承ください。
     ゼロ年代以降、アニメ批評の文脈では、とにかく京アニと、どこか別のスタジオを比較するという論調が目立っていましたよね。時代を代表する話題のアニメスタジオは変わり続けているのですが、この10年間、京アニはアニメスタジオのキングの地位を獲得し続けてきました。
     ポイントとしては、木上益治(きがみよしじ)さんが京アニの作画すべてのマトリクスを築いている点です。京アニスタッフは、ほとんど木上派であるといっても過言ではありません。木上さんは元々アクションを得意とするアニメーターでしたが、近年はむしろ丁寧なキャラ作画、とりわけ仕草の作画に独特の個性があります。この仕草における木上イズムが京アニのすべてのアニメーターに行き渡っているといえるでしょう。
     また、新海誠さんに由来する「取材に基づく背景」の「コモディティ化」をいち早く確立した点も京アニの「功績」です。京アニでは新海誠さんの『ほしのこえ』以来のデジカメで撮った写真を絵に起こす「取材に基づく背景」という方法をとっています。この方法は現代のアニメ制作環境を考える上で避けられないことで、いったん京アニ作品に集約され、そこに原点があると言っていいでしょう。
     この背景の作画方法は、アニメの外側にもイノベーションを起こしました。キャラクターと実在の背景がアニメ上で組み合わせることで、視聴者たちの「この背景のモデルとなっている場所に行きたい」という欲望を生み出し、一連の「アニメ聖地巡礼」ブームが巻き起こりました。その意味でも、京アニがもたらした影響は多大です。
     私の意見ですが、京アニはレイアウトシステム(注1)を厳密に取り入れているとは言い切れないと思います。京アニは劇場版アニメを手がけるようになる前までは、画面上の構図をしっかりと撮る意識はそこまで強力ではないように思えます。私には、人物のアクションと背景そのものに関心が向いているように感じられたのです。背景とキャラクターの作画それぞれを職人的に洗練させて、それらのマッチングについて経験的に確立していったのではないかと考えています。ただし、この京アニのレイアウト問題については議論の余地があると思うので、異論がある方は是非とも意見をいただけたら嬉しいです。

    注1:「レイアウトシステム」…簡単に描かれた絵コンテから1カットの完成画面を想定し、背景の構図とキャラクター動きや配置を決定してより緻密に描かれた設計図を「レイアウト」と呼ぶ。この設計図を基本としてアニメを制作する方法を「レイアウトシステム」と呼ぶ。

     京アニの特徴としては、元請(注2)の初期にKeyのノベルゲーム原作を数多く手がけた点も挙げられます。その代表作として『CLANNAD』を取り上げます。Key作品は『AIR』(2005年)『Kanon』(2006〜2007年)『CLANNAD』(2007〜2009年)の順番にアニメ化されています。しかし、このなかで現代の京アニに通じた部分が多いのは『CLANNAD』だけだと考えています。『CLANNAD』は相当な話数(注3)をアニメ化していて、ここで得たメソッドが未だに貯金になっています。

    注2:「元請」…アニメ制作のメインとなる、仕事を最初に請け負ういわば受注元の会社。
    注3:『CLANNAD』(本編22話+番外編1話+DVD特典1話)と『CLANNAD ~AFTER STORY~』(本編22話+番外編1話+DVD特典1話)で合わせて48話がアニメ化されています。(『CLANNAD~AFTER STORY~』の総集編1話は除く)

     京アニの元請初期ではスポークスマンとして山本寛(やまもとゆたか)さんが目立っていました。しかし、山本さんの京アニ退社以後、自分から発言して主張する監督はあまりいなくなります。今では、京アニは作品・作家性を主張しないスタジオというイメージが定着しているのではないでしょうか。
     しかし、京アニには同時に一作品に集中するため「累積性」が強いというアドバンテージがあります。アニメーションスタジオでアニメーターは色々な絵柄を書き分けられるほうが優れていると言われています。一方、京アニでは「前の作品」の絵柄が、次の作品へ影響しています。『涼宮ハルヒの憂鬱』は『Kanon』に影響を与え、『Kanon』は『らき☆すた』に影響を与え、『らき☆すた』は『CLANNAD』に影響を与えるという具合に連綿と続いています。もっとも、近年ではチームが分化しているので、近年の作品である『中二病でも恋がしたい!』『Free !』『甘城ブリリアントパーク』『響け!ユーフォニアム(ユーフォニアム)』などは描き分けられていますが。
     ともかく京アニは、現代のアニメスタジオでは珍しく、まるで一人の作家が描き続けているかのような「累積性」を持ったスタジオであると言えます。『けいおん!』から『ユーフォニアム』まで同一作家であるとすら言っていい統一性を持っています。私は、集団制作作画における同一作家性こそ京アニの際立った個性であると考えています。
     また、京アニの堀口悠紀子さんが別名義である「白身魚」でキャラクターデザインしている『ココロコネクト』はSILVER LINK.によってアニメ化されていますが、京アニ作品とは違う別物になっています。
    ◼「エブリデイ・マジック」と川のシンボリズム:日常性と「超越」の位置
     「エブリデイ・マジック」は京アニの特徴です。「エブリデイ・マジック」とはファンタジー小説でよく言われている「日常に魔法が入ってくる」という作風のことを指します。また京都の地形的特徴である「川」へのこだわりも、もうひとつの大事な特徴といえるでしょう。「エブリデイ・マジック」と川のシンボリズムの組み合わせによって、日常性と「超越」の位置に独特の考えを生んでいるわけです。
     「超越」は難しいテーマですが、京アニについては語らなければいけないと考えています。京アニの花を植えるCMを見てもらえばわかると思いますが、京アニのCMには微妙な怖さを感じますよね。

    ▲京都アニメーション CM「花編」
    http://www.kyotoanimation.co.jp/company/cm/flower/
    真顔で健康的な雰囲気が強調されすぎているといいましょうか。木上益治監督作『MUNTO』における、不良の和也が病弱の涼芽を背負って河川敷を歩いて渡りきるシーンにも同様の怖さがあります。『MUNTO』は問題作であり、京アニで一番ウケなかった作品です。川渡りシーンはOVAとテレビ版(『空を見上げる少女の瞳に映る世界』(『MUNTO』のテレビ版タイトル)第3話「立ち向かうこと」)の両方で登場します。このシーンにこそ京アニの本質があると私は考えています。このシーンでは、二人が川を渡りきった瞬間、周りのみんなが拍手し祝福します。このあたりは『新世紀エヴァンゲリオン』最終話の「おめでとう」シーンに似た「承認の場面」かもしれません。

    ▲MUNTO
     このシーンは、やや不気味なところもありますが、京アニの持っている「超越」への意志のエッセンスがあると考えています。このシーンを単に気持ち悪いとだけ思わせないのが、京アニの力技で、今でもこのモチーフは色々な作品の中に生きています。
     たとえば最新作『響け!ユーフォニアム(ユーフォニアム)』の宇治川でのシーン(http://cycle-junrei.hatenablog.jp/entry/2015/04/11/215708)は、このエッセンスが活かされているシーンと言えるでしょう。京アニは「エブリデイ・マジック」と「超越」をテーマとして作品に織り込もうとしています。

    ▲響け!ユーフォニアム(1)
     花を植えるCMが微妙に見えるのは、自然の描写にあります。自然の描写になぜか「健全な青春」が入ってくる点です。『氷菓』の文字演出がもっさりとした印象を受ける(文字演出参考画像: http://nextsociety.blog102.fc2.com/blog-entry-1865.html )のは、「青春」というテーマに全ての力を注いでいるからです。そして私はこの「青春」というテーマこそが、京アニがスタジオとして表現したいものであると考えています。
     花を植える自社CM、『MUNTO』の川渡りシーンに見られる底の抜けたような本質を、ただのカルト的演出であるとみてはいけないと私は思います。このような意味合いの底が抜けたシーンには、ある種のナンセンス性を感じます。しかし、きちんとやりきらないとサムいシーンになってしまいます。京アニはそこをきちんとやりきっているからこそ、独自の表現にまで達していると考えています。

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  • 月曜ナビゲーター・宇野常寛 J-WAVE「THE HANGOUT」9月21日放送書き起こし! ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.417 ☆

    2015-09-28 07:00  
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    2015.9.28 vol.417
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    大好評放送中! 宇野常寛がナビゲーターをつとめるJ-WAVE「THE HANGOUT」月曜日。前週分のラジオ書き起こしダイジェストをお届けします!

    ▲先週の放送は、こちらからお聴きいただけます!
    ■オープニングトーク
    宇野 時刻は午後11時30分を回りました。みなさんこんばんは、宇野常寛です。今日は悲しいお知らせからはじめようかなと思います。ここ数年間、僕はとある秘密結社、というか慈善団体を運営していたんです。団体の名前は「第06宇野小隊」という、ガンダムの外伝のビデオアニメのタイトルをもじったものです。なにを目的としているかというと、30代既婚男性の、30代既婚男性による、30代既婚男性の魂を開放するための団体です。
     いままでけっこういろいろな活動を行ってきました。といっても中年男性でつるんで遊んでいただけなんですけれども(笑)。男4人でスカジャンを着て、人気のパンケーキ屋さんに並んで雰囲気を壊そうとしたりとか、昼間から寿司を食べて呑んだくれて竹谷隆之さんというカリスマフィギュア造形師の展覧会に行ったりとか。あとは、ネタで歌舞伎町の出会い喫茶に行って、たまたま連れて行っていたやつがプロに引っかかりそうになったのでそいつを残して逃げたり、そしたらその先に行った立ち食いそば屋で酔っぱらいのケンカがはじまって、それを眺めて「これが歌舞伎町24時かー」と思っていたら「すみません、宇野さんですか?」みたいな感じで派手なシャツの男に話かけられて、俺もからまれるのかと思ったら、「『日本文化の論点』とか買いました」って言われて、普通に読者と出会ったりとか。彼とはけっこう話が盛り上がりましたね。
     そんな思い出深い宇野小隊なんですけれども、本当に残念なことに、先週の木曜日をもって解散することになりました。この宇野小隊はわずか1年でメンバーの定義、資格であるところの「30代既婚男性」ではなくなるメンバーが続出したんですよ。人生にはいろいろあるんですよね。30代ではなくなることもあれば、既婚ではなくなることもあれば、男性ではなくなることもあるんです。うちの場合は、男性ではなくなったメンバーはいなかったんですけれど、さまざまな理由から、既婚ではなくなったメンバーが続出したんです。理由は僕にはわからないけれど、人間というのは法的に既婚じゃなくなることがあるんですね。

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  • 【集中連載】井上敏樹 新作小説『月神』第4回 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.416 ☆

    2015-09-25 07:00  
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    【集中連載】井上敏樹 新作小説『月神』第4回
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.9.25 vol.416
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    平成仮面ライダーシリーズでおなじみ脚本家・井上敏樹先生。毎週金曜日は、その敏樹先生の新作小説『月神』を配信します! 今回は第4回です。
    小説を読むその前に……PLANETSチャンネルの井上敏樹関連コンテンツ一覧はこちらから!入会すると下記のアーカイブ動画がご覧いただけます。
    ▼井上敏樹先生、そして超光戦士シャンゼリオン/仮面ライダー王蛇こと萩野崇さんが出演したPLANETSチャンネルのニコ生です!(2014年6月放送)
    【前編】「岸本みゆきのミルキー・ナイトクラブ vol.1」井上敏樹×萩野崇×岸本みゆき
    【後編】「岸本みゆきのミルキー・ナイトクラブ vol.1」井上敏樹×萩野崇×岸本みゆき
    ▼井上敏樹先生を語るニコ生も、かつて行なわれています……! 仮面ライダーカイザこと村上幸平さんも出演!(2014年2月放送)
    【前編】「愛と欲望の井上敏樹――絶対的な存在とその美学について」村上幸平×岸本みゆき×宇野常寛
    【後編】「愛と欲望の井上敏樹――絶対的な存在とその美学について」村上幸平×岸本みゆき×宇野常寛
    ▼井上敏樹先生脚本の「仮面ライダーキバ」「衝撃ゴウライガン!!」など出演の俳優、山本匠馬さんが登場したニコ生です。(2015年7月放送)
    俳優・山本匠馬さんの素顔に迫る! 「饒舌のキャストオフ・ヒーローズ vol.1」
    ▼井上敏樹先生による『男と×××』をテーマにした連載エッセイです。(※メルマガ記事は、配信時点で未入会の方は単品課金でのご購入となります)井上敏樹『男と×××』掲載一覧
    ▼井上敏樹先生が表紙の題字を手がけた切通理作×宇野常寛『いま昭和仮面ライダーを問い直す』もAmazon Kindle Storeで好評発売中!(Amazonサイトへ飛びます)

    月 神
    これまで配信した記事一覧はこちらから(※第1回は無料公開中です!)

    5
     おれは便所の中で生まれた。まだ、水洗トイレなどなかった時代である。おれは汚水漕に糞尿を垂れ流すいわゆるぼっとん便所に産み落とされた。
     もっとも時代に関係なく、あの島に水洗トイレが導入されるとは考えにくい。もしあの島がまだ存在するなら、きっと未だにぼっとん便所だ。
     あの島の成り立ちについて、おれはほとんどなにも知らない。いつからあそこに人が住むようになったのか、原住民のようなものがいたのかどうか。島の大きさは二日もあればぐるりと一周できるぐらいで、住人の数は百人か二百人程度でそのほんどが女だった。そして女のほとんどは娼婦だった。
     その他に知っている事と言えば、おれが生まれる前、島は漁師たちの遊び場だったことぐらいだ。昔は遠洋漁業で大儲けした漁師たちが札束をばらまいたものだ、と元娼婦で今は裁縫屋として娼婦たちに尽くす婆のひとりが言っていた。きっとすでに枯れ果ててしまったが、以前は島の近くに鱈やら鰊やらが捕れる豊かな漁場があったのだろう。懐にうなるほど札束を詰め込んだ漁師たちを目当てに娼婦たちが集まって自然と島に村が出来たのかもしれない。おれが生まれた頃は婆たちが懐かしむ好景気は終わっていたが、それでも女を求める本島の遊び人たちが行き来していた。
     女が島の特産物だった。
     本島からやって来るのは遊び人ばかりではなかった。女もまたやって来た。その全てがすでに娼婦か、これから娼婦になろうとする女だった。いずれにせよ本島では生きていけない暗い過去の持ち主だった。
     女たちはまず元締めに面会し、娼婦としての契約を結び、村の長屋に部屋をもらった。契約といっても手続きはひどく簡単だった。元締めの前で全裸になり五体満足である事を証明する。それから勝手に島を出て行かない事、子供を産まない事、客と本気にならない事を約束する。要するに奴隷になると誓うのだ。その代わり元締めは女の生活と安全を保証する。客とのイザコザはもちろん、本島から追手があれば相手を殺してでも女を守る。
     一度島の娼婦になれば皆同じような一生を送った。
     数限りない客をとり、暇な時は島でただ一軒の居酒屋で仲間たちと卑猥な冗談を飛ばし或いは過去の思い出に涙を流し、女として使い物にならなくなると若い娼婦らの身の回りの世話をしたり百姓をしながら歳老いていく。ただし、これは途中で死ななければの話だ。病気になっても本島に送ってもらえる見込みはなくろくな治療は受けられない。自殺する者も多かった。
     おれの母親もそんな娼婦のひとりだった。
     信じられないかもしれないが、おれは女の腹の中にいた頃から目覚めていた。
     激しい痛みが眠るおれの意識を覚醒させたのだ。暖かい羊水の中でとろんとしていた小さなおれに硬く冷たいものが噛みついた。そいつはおれの頭に齧りつきぐいぐいと引っ張る。おれをおれの場所から引き出そうとする。この時は分からなかったが母親はおれを堕ろそうとしていたのだ。
     おれは余りの痛みに泣き叫びながら抵抗した。今にして思えば痛みに強いおれの精神はこの経験のおかげかもしれない。
     おれはおれに襲いかかる様々な器具をかわしながら羊水の中を泳ぎ回った。どれぐらいの時間が経ったのかは分からない。羊水は再び穏やかに落ちつき、おれは痛みから解放された。だが、おれはこの時から眠るのを止めた。いつまた敵が襲って来ないとも限らない。柔らかな闇の中で、おれは敵の襲撃に備えて用心深く身構えていた。
     やがて誕生の時が来た。これはどうしようもなかった。おれは本能的に外に出るのを恐れたが、女の体全体が誕生を命じ、この時は女とひとつだったおれの肉体も誕生を望んだ。暖かな世界が成長したおれを異物とみなして吐き出したのだ。
     ひどい悪臭が鼻を突いた。胎内よりもさらに暗い。後で分かったのだがそこは便所の中だった。堕胎を諦めた母親はおれを便所に産み落として始末しようとしたのだ。
     だが、母親はおれを知らなかった。すでに胎内で戦う事を学んだおれは母親の思惑を裏切った。
     おれは便所の中で宙ぶらりんの状態だった。おれと母親はまだ臍の緒で繋がっていた。おれは小さな手で臍の緒を握って登り始めた。臍の緒などせいぜい五十センチぐらいのものだろう。だが、この時のおれにはとてつもない長さに感じられた。数メートル、いや、数十メートルはありそうだった。
     おれは開いたばかりの目で頭上の光を見つめていた。遙か彼方でうっすらとした丸い光が滲んでいる。一瞬、その光の中に女の顔が現れた。逆光の中で表情の分からない黒い顔はおれを見降ろしすぐに消え、だが、女は臍の緒を掴んで股の闇からそれを引き出しさらに出し、何キロにも延びた道のりを、おれは腕に力を入れ脚を絡め、少しずつ光を目指して登って行った。誓ってもいいが、この時、おれの筋肉は覚醒したのだ。
     
     トレーニングジムから帰宅するとクマルはまだ眠っていた。タオルケットを体に巻いておれが出掛ける前と同じ恰好で穏やかな寝息を立てている。おれは寝相のいい女が嫌いではない。野心のない感じがする。
     四本のバナナと一緒に今日二回目のプロテインを飲み一階に降りた。
     恐竜の化石の下に座りいつものように店番をする。店番ということはつまりなにもしないと言う事だ。おれが座る籐の揺り椅子は先代が愛用していたもので百八十キロを超えるおれの体重を支えてぎしぎしと軋む。だが、一度も壊れた事はない。古い物は信頼できる。今時の薄っぺらな物とは格が違う。おれもこうありたい、と思う。
     おれは籐椅子を揺らしながら店内を見回す。気が向くと品物にはたきをかけたり乾いた布で拭いたりするが今日はしない。うちの商品はほとんどが家具、電化製品、そして衣類だが、中にはリサイクルショップに似つかわしくないものが混じっている。
     もしかしたら先々代の頃、この店は質屋か骨董屋だったんじゃないだろうか。そうでなければ小判や外国製の古い懐中時計や縄文土器や掛け軸の説明がつかない。
     ぼんやりしていると客が来た。鼻にピアスをした男だ。これを見て欲しいと両手に下げた紙袋を差し出す。ぎっしりと詰まった古着はほとんどが派手な柄のアロハだった。
    「なぜピアスをしている?」客に訊ねた。
     相手は目を見開いておれを見つめた。戸棚に妖怪でも見つけたような表情だ。
     しばらく待っても返事がない。耳でも悪いのかと思い大声でもう一度繰り返した。
    「なぜ鼻にピアスをしている? 親からもらった体に傷をつけてはいけない」
     男はなにも言わないまま逃げるように姿を消した。紙袋を忘れている。
     また、客が来た。今日は珍しく忙しい。今度のは中年の男だ。つまり、若造ということだ。
     男はガムを噛みながら品物を見に来て欲しいと早口に言う。近々引っ越しをするので処分したいものが幾つかある、と。
    「ガムを吐き出せ」おれは籐椅子の上で脚を組み直した。「人と話をする時にガムを噛むな」
     男はおれと恐竜を見比べ、床にガムを吐いて外国人のように両手を広げて肩をすくめた。
    「行くか」おれはゆっくりと腰を上げた。おれが立ち上がると丁度恐竜の頭蓋骨の下に頭が達する。「お前の住処を見てやろう」
     男は指先で床のガムを拾い上げた。そして二歩三歩後じさりすいませんと頭を下げていなくなる。
     電話が鳴った。篠原だった。店に着いた、と言う。そう言えば約束をしていたな、と思い出した。すぐに行く、と答えて電話を切る。


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  • 弱者なら「守り抜く」のではなく「打って勝て!」――高校野球文化と「散る美学」(『砂の栄冠』完結記念・三田紀房インタビュー) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.415 ☆

    2015-09-24 07:00  
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    弱者なら「守り抜く」のではなく「打って勝て!」
    ――高校野球文化と「散る美学」
    (『砂の栄冠』完結記念・三田紀房インタビュー)

    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.9.24 vol.415
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    今朝のメルマガは、「週刊ヤングマガジン」で好評を博した高校野球漫画『砂の栄冠』の完結を記念し、作者・三田紀房先生へのインタビューをお届けします。『ドラゴン桜』『インベスターZ』などのビジネス・教育漫画で著名な三田先生が高校野球を描き続ける理由とは? そして日本独特の「高校野球文化」について、たっぷりと語ってもらいました。

    ▼プロフィール
    三田紀房(みた・のりふさ)
    1958年生まれ、岩手県北上市出身。明治大学政治経済学部卒業。代表作に『ドラゴン桜』『エンゼルバンク』『クロカン』『砂の栄冠』など。『ドラゴン桜』で2005年第29回講談社漫画賞、平成17年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。現在、「モーニング」「Dモーニング」(http://app.morningmanga.jp/)にて “投資” をテーマにした学園漫画『インベスターZ』を連載中。
    三田紀房公式サイト mitanorifusa.com
    公式ツイッター @mita_norifusa
    ◎聞き手・構成:中野慧

    ▲『砂の栄冠』最終第25巻は全国の書店やAmazonで好評発売中!
    ■ 唯一絶対の存在である「高校野球の監督」
    ――今回は、ヤングマガジンで大人気を博した高校野球漫画『砂の栄冠』の完結記念ということで、三田先生にいろいとお話を伺っていければと思います。
    まず三田先生といえば、ドラマ化などもされた『ドラゴン桜』『エンゼルバンク』、そして現在モーニングで連載中の『インベスターZ』といったビジネス漫画のイメージが一般には強いかもしれませんが、『ドラゴン桜』以前からずっと野球、特に『クロカン』(1996年〜2002年にかけて週刊漫画ゴラクで連載)や『甲子園へ行こう!』(1999年〜2004年に週刊ヤングマガジンで連載)のような高校野球をテーマにした漫画を描いてきていらっしゃいますよね。
    そこで最初にお聞きしたいのですが、そもそも三田先生が高校野球漫画を描こうと思ったきっかけは何だったんでしょうか?
    三田 直接のきっかけというのはあまり思い当たらないんですけど、父の友人で高校野球の監督をやっていた人がいたんです。僕の地元は岩手県で、その人はご実家のお仕事をされていたんですが、仕事のほうはそこまで熱心にやっていたわけではなく、日中はわりとブラブラしていて、午後になると高校に行って野球部の監督をやっていた。「仕事はそこそこで、好きなことをやって生きていける」って、なんかいいじゃないですか(笑)。で、その人は甲子園も3回ぐらい行っていて県内では有名人で、高校行くと監督ですから国の王様みたいな感じだったのも印象的でしたね。その人をなんとなくベースにして、高校野球の監督を主人公にしたいと思って描いたのが『クロカン』です。
    ――それ以前から、三田先生は野球を好きで見ていらっしゃったりしたんですか。
    三田 いえ、高校野球もプロ野球もそこまでちゃんと見ていたわけではないんです。岩手県なんで巨人戦しか見れなかったり、そもそも中継があんまりなかったので、関西や関東の野球好きの人のように「野球が生活の一部になっている」という感じではなかったですね。
    『クロカン』連載当時は漫画家デビューして2〜3年目ぐらいだったんですけど、やっぱりまずは自分が企画として考えた『クロカン』を描きたいという思いがあって、いろんなところに持ち込んだんです。でも、「主人公がプレイヤーじゃないからダメだ」「監督がベンチに座ってサイン出してるだけの漫画なんて成り立たないよ」と言われてなかなか採用されなかったですね。それでようやく「週刊漫画ゴラク」で企画が通って、本格的に高校野球漫画を書き始めていって、それからですね。
    ――今でこそ主人公が監督という漫画は珍しくなくなりましたけど、当時の漫画誌はそういう雰囲気だったんですね。
    三田 高校野球って、特に監督の存在が非常に大きいじゃないですか。そこを描いたら絶対に面白いと思っていたんですけど、90年代半ば当時はなかなか理解されなかったというのはありますね。
    ――僕も高校野球をやっていたんですが、たしかに高校野球って監督の良し悪しがチームの強さをかなり左右しますよね。監督5割、ピッチャーが5割なんて言われたりも。
    三田 監督って一球ごとのサインを出したりしますし、そもそもベンチのなかで唯一の大人なんですよね。だからどうしてもおっしゃるような関係性になってしまうということはあります。
    ■ 「正しい投球フォーム」なんてない!〜『甲子園へ行こう!』
    ――『クロカン』や『甲子園へ行こう!』を描いていらした時期は、高校野球の現場をたくさん取材されたりしたんですか? 他にも、参考にされた漫画があったりしたんでしょうか。
    三田 うーん、それはあまりないですね。取材もあまりしていないですし、漫画にしても水島新司さんの作品はいろいろ読んだりはしてましたけど、基本的に自分でいろいろ考えて描いています。
    『甲子園へ行こう!』の頃は「ピッチング理論をちゃんと描こう」というのが企画のコンセプトとしてあったので、牛島和彦さん(80年代〜90年代初頭にかけて中日・ロッテで抑え投手として活躍。引退後は横浜(現:横浜DeNA)の監督なども務め、現在は野球解説者)にお話を聞きにいったことはありました。
    「誰でもこれをやればすごいピッチャーになれる」というような”正しいフォーム”の理論のようなものがあるんじゃないかと期待して行ったんですけど、牛島さんからは「正しいフォームなんてない。良い球が行けばそれでいいんだ」とキッパリ言われてしまって(笑)。
    ――なるほど。牛島さんといえば投球術や「試合への向かい方」のようなメンタル面で鋭い解説をされていて理論派として知られていますが、その牛島さんでさえも投球フォームについては「正しいフォームはない」という考え方なんですね。
    以前、長嶋茂雄さんがバッティングに関して「正しいフォームなんてない、来た球にタイミングを合わせて、前に強い打球が飛ばせればそれでいいんだ」「日本人選手はフォームの綺麗さを気にしすぎている」とおっしゃっていました。長嶋さんが言うと「天才だからでしょ」なんて言われてしまうんですが、最近のスポーツ科学でも「人間は意識の指令だけで自分の身体を思い通りに動かすことはできない」っていう知見も出てきていたりしますね。
    三田 『甲子園へ行こう!』ではピッチャーが少し前傾姿勢になって「まっすぐ立つ」というテクニックを紹介していますけど、あれも「強いて言えば、いいピッチャーのフォームにはこういう共通点があるかもしれない」というぐらいのものなんですよ。
    やっぱり、単に「正しいフォーム」で投げたからといって、打たれたら意味がないわけです。逆に言えば変なフォームでも打たれなければそれでいい。そう言われればそうか、という感じですよね。
    たとえば「怪我しにくいフォーム」というものも描きましたけど、それはあくまでも確率論であって、変な投げ方してても怪我しない人はしないし、いい投げ方してもする人はする。身体のつくりも人によってまったく違いますし、何が合っているかは人それぞれなんです。
    要は「正しく投げる」ということは野球にはまったく当てはまらない、と。それはそれで描いていて新鮮だなと思いましたね。「こうすれば正しいに違いない」と思い込んでいたものが、意外と大した価値がなかったりするわけです。
    ――なるほど、フォームのような「過程」ではなく、打ち取れるかどうかという「結果」から逆算していくわけですね。
    ちなみに『甲子園へ行こう!』では神奈川の県立高校が舞台でしたが、地区予選のブロック大会から描いていましたよね。神奈川の地区大会って、秋と春は最初は地区ごとに、抽選で4チームずつに分かれて総当りでリーグ戦をやるわけですが、良いグラウンドを持っている「会場校」というシステムがあってそれに基づいて組み合わせが決まる。つまりどんな弱小校でも必ず強豪校と一回当たらなければいけないんですが、その独特の緊張感を描いているのがとてもリアルだなと感じました。
    三田 「なるべくリアルに再現しよう」というのは、ひとつのこだわりでしたね。神奈川って私立の強豪校がたくさんあるのもそうですし、県立高校もレベルが高くて他県と全然違うんです。
    『甲子園へ行こう!』でも舞台を県立高校にしていますが、非・強豪校が勝ち抜いていくには一番ハードルが高くて、そこでもがいて頑張っていく感じが出しやすいんですね。そういう高いハードルにチャレンジしていくところを描きたかったということがあります。
    ――神奈川県予選では準々決勝からすべて横浜スタジアムで試合が行われるわけですが、お客さんもたくさん入りますし、甲子園とはまた違った独特の雰囲気がありますよね。ベスト8ぐらいだとどこが甲子園に出てもおかしくないぐらい強くて、横浜・東海大相模・慶應・桐蔭・桐光……挙げればキリがないですが、お互いよく知っていて毎年当たるからライバル意識も強い。横浜スタジアムには独特の高校野球文化があるように思います。
    三田 やっぱり高校野球って地域ごとに全然違う文化があるんですよね。逆に大阪府なんて、開会式こそ大阪ドームでやりますけど、準決勝と決勝はわざわざ「舞洲ベースボールスタジアム」という海沿いの不便なところで開催しています。これってわざとそうしているらしいんですよね。
    ――もし大阪大会決勝で大阪桐蔭 VS PL学園のような好カードが実現したとして、甲子園球場自体は兵庫県(西宮市)なのでできないかもしれませんが、せめて大阪ドームとかでやればいいのにと思ってしまうんですが……。
    大阪府は47都道府県で唯一、夏の大会でのシード制を採用していなかったりしますけど、要は「甲子園以前」の大阪府予選にあまり注目を集めたくないんでしょうか(笑)。
    三田 大阪はやっぱり、ちょっと変わったこだわりがありますよね(笑)。
    ■ 『砂の栄冠』で描かれた、本当にいる「高校野球オタク」な人たち
    ――『甲子園へ行こう!』までは高校野球のドキュメントというか、選手一人ひとりの頑張りのドラマであったり、練習やそれ以外の時間を含めてチームの結束をどう固めていくかという部分に焦点が当たっていたと思うのですが、今回の『砂の栄冠』は高校野球全体の「文化論」になっていると感じました。このコンセプトはどういう経緯で生まれたんでしょうか?
    三田 『甲子園へ行こう!』の後も、「ヤングマガジン」が取材のパスを毎年用意してくれていたので、高校野球のマンガを描いてなくてもちょこちょこ甲子園を見に行ったりはしてたんです。で、『砂の栄冠』でも描いたことでもありますが、甲子園のバックネットって開場時間に来て毎日観戦しているようなおじさんたちがたくさんいるんですね。
    たとえばバックネット裏で試合前のシートノックを見ながらカウンターをカチャカチャやっている人がいて、プロ野球のスカウトが近くにいたんで「あの人って何やってるんですか?」って聞いたら、「ああ、あれは制限時間内に監督が何本ノックを打ったかを数えているんですよ」と言っていて。
    ――「制限時間内にどれだけノックを数多く打てるか」という指標で、そのノッカーの技術を測っているわけですよね。
    三田 そうなんです。そういったことをたくさん目の当たりにして、自分がそれまで思っていた「高校野球」とちょっと違う一面を感じたんですね。「こういう人たちがいてこそ甲子園なんだな」と。だから高校球児そのものと、プラスそれを取り巻いてる人間模様を描いたら面白いんじゃないかと思っていました。

    ▲『砂の栄冠(20)』より。濃い高校野球ファンたちは、それぞれ独自の視点から試合を観戦している。
    ――言ってしまえば「高校野球オタク」の人たちですよね。雑誌でいうと『野球太郎』(廣済堂出版)――昔だったら『野球小僧』(白夜書房)ですが――というものがありますが、プロ野球選手ではなくまだ高校生〜中学生の注目選手の情報を集めて、他県での練習試合まで遠征して追いかけるような人たちが実はたくさんいるんですよね。あの文化って、野球をやっている人間としては存在は知ってはいたものの、身近にそういう人が全然いないので「なんだろう?」と思っていたんです。でも『砂の栄冠』を読んで「ああ、こういう人たちなんだ!」と具体的なイメージが湧きました。
    三田 高校野球って、たとえば伝統校だと毎日バックネット裏とかに練習を見に来るおじいさんっているじゃないですか。「練習を見に来る」というのは、ひとつの高校野球の特徴だと思いますね。
    たとえば静岡高校なんて、毎日20〜30人ぐらい、90歳近いおじいさんたちが来ていたりするんですよ。これは他の競技にはない特徴なんじゃないかと思います。他にも高校野球部ってOB会だったり、父母会だったりといろんなものがくっついている。そういう外側のことも描いたら面白いんじゃないか、と思っていました。

    ▲『砂の栄冠(18)』より。高校野球ファンのなかには、お気に入りの選手を追いかけるため遠方まで観戦に出向く人も。上のシーンの人物は、静岡からわざわざ埼玉まで地方予選を観戦しに来ている。
    ■ 無能な監督、眉毛戦争、父母会の権力争い……高校野球を取り巻くディープな人間模様
    ――『砂の栄冠』では父母会で(なぜか)起こる主導権争いも描かれていましたが、元高校球児からすると「あるある」とすごく共感してしまいました。選手と関係ないところで無駄にドロドロしていたりしていて……子どもの側からするとたまったもんじゃないんですけど(笑)。
    三田 高校野球は父母のみなさんもすごく熱心ですから。やっぱり地域や父母と一体となって取り組むというのがひとつのポピュラーなかたちですね。
    ――他にも主人公の高校の監督(作中では「ガーソ」というあだ名で呼ばれている)が典型的な無能上司だったり、「眉毛戦争」と言われるチーム内での太眉派VS細眉派の対立があったり、強豪校野球エリートの嫌な感じだったりとか、ああいった綺麗事ではないリアルな側面も描かれていましたよね。
    三田 高校野球漫画って「みんなで頑張ろう」という話は書き尽くされている部分があるので、なにかしら作品の特徴というか、今までにないもの描きたいとは思っていました。あと、話を聞いていると意外とガーソみたいな監督って多いんですよね。

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  • 学校から解き放たれたスポーツ教育――古田敦也が語る未来の野球文化(無料公開) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 号外 ☆

    2015-09-23 17:00  
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    学校から解き放たれたスポーツ教育――古田敦也が語る未来の野球文化(無料公開)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.9.23 号外
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    2020年の東京五輪計画と近未来の日本像について4つの視点から徹底的に考えた一大提言特集『PLANETS vol.9 東京2020 オルタナティブ・オリンピック・プロジェクト』(以下、『P9』)。その『P9』の中から、特に多くの人に読んでほしい記事をチョイスし、10日連続で無料公開していきます。
    最終回となる今回は元プロ野球ヤクルトスワローズ選手・監督の古田敦也さんへのインタビューです。
    『PLANETS vol.9』連続無料公開記事の一覧はこちらのリンクから。
    ※無料公開は2015年9月24日 20:00 で終了しました。
    2020年のオリンピックが、一過性の熱狂で終わる大会になってはつまらない。五輪とい
  • メダルの数より大切なことがある――有森裕子が語る2020年に向けた取り組み(無料公開) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 号外 ☆

    2015-09-22 17:00  
    220pt

    メダルの数より大切なことがある――有森裕子が語る2020年に向けた取り組み(無料公開)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.9.22 号外
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    2020年の東京五輪計画と近未来の日本像について4つの視点から徹底的に考えた一大提言特集『PLANETS vol.9 東京2020 オルタナティブ・オリンピック・プロジェクト』(以下、『P9』)。その『P9』の中から、特に多くの人に読んでほしい記事をチョイスし、10日連続で無料公開していきます。
    第9弾となる今回は元女子マラソン選手・有森裕子さんへのインタビューです。
    『PLANETS vol.9』連続無料公開記事の一覧はこちらのリンクから。
    ※無料公開は2015年9月24日 20:00 で終了しました。
    東京五輪決定の高揚の陰で、東北福島の問題をはじめ日本社会の課題は山積みのままだ。2020年へ
  • 【保存版】2020年の東京はこうなる――主要6エリアの再開発計画からわかる未来像/ぽむ企画(無料公開) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 号外 ☆

    2015-09-21 17:00  
    220pt

    【保存版】2020年の東京はこうなる――主要6エリアの再開発計画からわかる未来像/ぽむ企画(無料公開)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.9.21 号外
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    2020年の東京五輪計画と近未来の日本像について4つの視点から徹底的に考えた一大提言特集『PLANETS vol.9 東京2020 オルタナティブ・オリンピック・プロジェクト』(以下、『P9』)。その『P9』の中から、特に多くの人に読んでほしい記事をチョイスし、10日連続で無料公開していきます。
    第8弾となる今回は企画ユニット「ぽむ企画」さんの論考です。各デベロッパーの再開発計画から見えてくる2020年の東京近未来図とは?
    『PLANETS vol.9』連続無料公開記事の一覧はこちらのリンクから。
    ※無料公開は2015年9月24日 20:00 で終了しました。

    2020年のオリン
  • 月曜ナビゲーター・宇野常寛 J-WAVE「THE HANGOUT」9月14日放送書き起こし! ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.414 ☆

    2015-09-21 07:00  
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    2015.9.21 vol.414
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    大好評放送中! 宇野常寛がナビゲーターをつとめるJ-WAVE「THE HANGOUT」月曜日。前週分のラジオ書き起こしダイジェストをお届けします!

    ▲先週の放送は、こちらからお聴きいただけます!
    ■オープニングトーク
    宇野 時刻は午後11時30分を回りました。みなさんこんばんは、宇野常寛です。夏が、完全に終わりましたね。僕は毎週のように高田馬場からこの六本木ヒルズまで歩いてきているんですけれど、今日は肌寒くて、秋用のウィンドブレイカーを羽織ってきましたからね。ちょっと短かった気がするんだけれど、今年の夏は我ながらよく遊んだんですが、その中で僕はひとつ大事なことを話し忘れていたんですよ。
     みなさんアニメの「世界名作劇場シリーズ」ってご存知ですか。90年代末までずっとやっていた、欧米の児童文学をアニメにしているシリーズなんですよ。キー局だと土曜日の夜7時半とかに放送していました。古いところだと『フランダースの犬』とか『赤毛のアン』とか。『小公女セーラ』とか『愛少女ポリアンナ物語』とかが僕の世代ですね。わりかしシリーズの最後の方だと『ロミオの青い空』とか『名犬ラッシー』とか、ちょっとロリっぽい絵柄の感じのアニメをやっていました。
     この夏に、池袋でやっていた世界名作劇場の展覧会をこっそり見に行っていたんです。

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  • 知っておきたいオリンピックの歴史――クーベルタンの夢が拝金主義に陥るまで(白井宏昌) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 号外 ☆

    2015-09-20 17:00  
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    知っておきたいオリンピックの歴史――クーベルタンの夢が拝金主義に陥るまで (白井宏昌)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.9.20 号外
    http://wakusei2nd.com


    2020年の東京五輪計画と近未来の日本像について4つの視点から徹底的に考えた一大提言特集『PLANETS vol.9 東京2020 オルタナティブ・オリンピック・プロジェクト』(以下、『P9』)。その『P9』の中から、特に多くの人に読んでほしい記事をチョイスし、10日連続で無料公開していきます。
    第7弾となる今回は建築家の白井宏昌さんによる「オリンピックと都市開発の歴史」です。五輪は都市をどう変えてきたのか? そしてその歴史の蓄積は、どのようにして2020年の東京五輪に結実していくのか――? 60年代以降の各大会の施設配置を「分散型」と「集約型」に分類しながら、大会後の施設活用や財政面での課題など、より俯瞰的な視点から分析します。
    『PLANETS vol.9』連続無料公開記事の一覧はこちらのリンクから。
    ※無料公開は2015年9月24日 20:00 で終了しました。
     「世界中の競技者を一堂に集めて開催される偉大なスポーツの祭典」は、その歴史を重ねるに従い、開催都市の景色を一変させるまでの影響力を持つようになった。スタジアムをはじめとした競技施設、選手村の建設、交通インフラの整備など、オリンピックは都市開発の「またとない機会」である反面、“その後”に大きな負の遺産を残すこともある。これまでの開催都市の“その後”から、2020年の東京が目指すべきものを考察する。
    ▼執筆者プロフィール
    白井宏昌〈しらい・ひろまさ〉
    1971年生。建築家、H2Rアーキテクツ(東京、台北)共同主宰。博士 (学術)明治大学兼任講師、東洋大学、滋賀県立大学非常勤講師。2007-2008年ロンドン・オリンピック・パーク設計 チームメンバー。2008年度国際オリンピック委員会助成研究員。現在も設計実務の傍ら、「オリンピックと都市」の研究を継続中。
    ■1960年以前――「都市の祭典」への道程
     オリンピックは「スポーツの祭典」であると同時に「都市の祭典」である――。
     これまでのオリンピックが開催都市に与えてきた影響を振り返ると、社会学者ハリー・ヒラーが発したこの言葉に大きく頷いてしまう。特にその舞台が都市の中心部となる夏季大会では、政治家、企業家が長年温めてきた都市再編の野望を実現する「またとないチャンス」を開催都市にもたらしてきた。
     とはいえ、このようなオリンピックと都市再編の密接な結び付きは、19世紀の終わりに、フランス人教育者ピエール・ド・クーベルタンが近代オリンピックの復興を唱えたときには存在しなかった。1896年に最初の近代オリンピックがアテネで開催されてからしばらくは、オリンピックはその存続を確固たるものとすべく、紆余曲折を経ることとなる。当初は、別の国際的イベントの一部として開催することで、何とかグロール・イベントとしての体裁を維持してきた経緯もあり、当然この時代にはオリンピックが開催都市の再編に大きな影響を及ぼしたとは言い難い。
     しかしながら、1908年にロンドンが世界初の「オリンピック・スタジアム」を建設すると、これに続く都市は「オリンピック・スタジアム」を都市あるいは国家を表象するものとして捉え、その後の遺産として都市に永続的に残るものとして計画するようになる。もちろんその具体的な利用に関してはどの都市も苦労することになるのだが、時代はオリンピックが建築と結びついた時代だったのである【図1】。

    【図1】夏季オリンピック都市開発の変遷
     そしてオリンピックに必要とされる競技施設やアスリートのための宿泊施設である選手村を集約することで、オリンピックをきっかけに作られるのは、「建築」から、ある広がりを持った「地区」へと展開していく。
     この流れを作り出したのが1932年に第10回大会を開催したロサンゼルスであり、このオリンピック地区をさらに象徴的に作り上げたのがその次の1936年大会を開催したベルリンである。ナチス主導により政治的な意図を持って開催されたベルリン大会はベルリン郊外に複数の競技施設を集約し、象徴的なイベント空間を作り上げた。それは今日も、ナチスドイツの残した歴史的遺産として存続している。
    ■1960年以降――オリンピック都市の彷徨
     そしてこれらのオリンピック地区を戦略的に複数に作り、それらを結び付けるインフラを整備することで、オリンピックによる都市再編の影響を都市全域にまで広げたのが、1960年のローマ大会だったのである。この大会をもってして、初めて「オリンピック都市」の誕生とすることも可能であろう。
     ただ、この流れは当時すべての人々に好意的に受け入れられたのではない。特にスポーツの振興を最大の活動意義とする国際オリンピック委員会(IOC)にとっては、スポーツを都市再編のために「利用された」と捉える動きもあり、その是非は次大会の1964年の東京に持ち越された。
     ここで東京は、ローマをはるかにしのぐ規模でオリンピックを都市再編のために「利用する」こととなる。そして、その世界的アピールが後続の開催都市にオリンピックとは都市再編あるいは都市広告のための「またとない機会」というイメージを作り上げる。
     この流れは1976年のモントリオールでピークに達する。フランス人建築家ロバート・テイリバートによる象徴的なオリンピック・パークは当時のモントリオール市長による「フレンチ・カナダ」のアピールの場となるはずだった。
     だが、オリンピック・スタジアムは大会までに完成せず、その後30年にも及ぶ借金返済という大きな負の遺産を残すこととなる。オリンピック都市の「野望」が「苦悩」へと変容した事例であり、モントリオール大会は、オリンピックは「リスク」であるという新たな警笛を世界に発したマイル・ストーンとなったのだ。
     これと対極をなすように、次の1980年大会を開催したモスクワは、社会主義政策に基づく徹底した合理主義にのっとりオリンピックを開催する。さらに、その次のロサンゼルスは、徹底した既存施設の転用と公共資金の不投与という戦略で、経済的なリスクを回避。民間資金によるイベント運営という手法を導入することで、大会運営の黒字化にも成功する。
     このことが、オリンピック=チャンスというイメージを与えることとなり、再び開催都市にオリンピックを都市再編のきっかけとする機運を作り出す。イデオロギーの差こそあれ、モスクワもロサンゼルスも、その合理的な手法により、モントリオールの悪夢を払拭したのである。都市の美化と新たな公共拠点作りを目指した1988年のソウルや、地中海都市の復活をかけ、長期的な都市再編キャンペーンの一つとしてオリンピックを取り込んだ1992年のバルセロナにより、オリンピックは再度、都市再編の道具と化していくのである。
    ■2000年以降――オリンピック・レガシーの時代
     2000年代に入ると、オリンピックと都市の関係はさらなる変容を遂げることとなる。これまではオリンピックに向けて何ができるかに大きな注目が集まっていたのに対し、オリンピック後に何が残るか、あるいはそれらをどのように維持していくことができるかが重要視されてきたのだ。いわゆるオリンピック・レガシー(遺産)の問題である。
     これを主導したのが2001年よりそれまでIOCを率いてきたサマランチから会長の座を引き継いだジャック・ロゲである。商業化による拡大路線を追求してきたサマランチと異なり、ロゲが求めたのは巨大化したオリンピックの見直しと、オリンピック後の施設運営も視野に入れた施設計画の指針作りである。
     新旧IOC会長の視点の違いは、2000年大会の開催都市シドニーで、11万席を擁するオリンピック史上最大のオリンピック・スタジアムを眼にしたときの反応に如実に現れる。「これまで見た中で最高のスタジアム」と称賛したサマランチに対して、ロゲはその後の利用に大きな懸念を示したのだ。かくしてロゲの新たな戦略はオリンピック憲章や招致ファイルでの必要記載事項に「オリンピック・レガシー」が盛り込まれることで現実化していく。
     それに建築・都市計画のレベルで応えたのが、ロゲがIOC会長として仕切った2012年の開催都市ロンドンである。ロンドンは招致の段階から当時のIOCの最大関心事項「オリンピック・レガシー」をキーワードに招致活動を行い、競技会場の中心となったロンドン東部の「オリンピック・パーク」の長期的展望を具体的に示すことで、ニューヨーク、パリといった世界の強豪都市を抑えて勝利したのだ。招致後も仮設施設の積極的な利用や競技施設の減築など、「オリンピック期間中よりオリンピック後」を見据えた建築・都市計画を進めていくことになるのだが、その際「レガシー」という言葉がオリンピック開催による莫大な公共資金の投与を正当化するものとして使われた。
     当然のことながら、2020年に夏季オリンピックを開催する東京も、これまでのオリンピック都市の変遷、特に2000年以降IOCが取り組んできた「オリンピック・レガシー」重視の政策を取り込んだ都市再編の延長にあるものと捉えることができる。特に2020年夏季オリンピック招致を、レガシーの流布に尽力したジャック・ロゲの12年の任期の総決算として捉えた場合、その意義はとてつもなく大きい。
     この問いかけに、東京は1964年オリンピックのレガシーを再利用するヘリテッジ・ゾーン(代々木地区)と2020年後の新たなレガシーとなるベイ・ゾーン(湾岸地区)を想定し、異なる時間軸を持った「オリンピック・レガシー」を都市に作りだすというコンセプトで応えることなった。ロゲ体制のもと、2回目のオリンピック開催を目指す都市でこそ作りえた優等生的なコンセプトだと言えよう。
    ■2020年のトーキョー:分散型施設配置
     かくして、東京は56年の歳月を経て2度目のオリンピックを2020年に開催することとなるが、もちろんのことながらその空間作りは1964年とはかなり異なるものとなる。まず施設配置に関して、1964年の東京オリンピックでは代々木公園、神宮外苑、駒沢公園の3つの地区に競技施設を集約させたが、2020年では代々木、神宮外苑を含むヘリテッジ・ゾーンと湾岸のベイ・ゾーンの2つのエリアにイベントに必要とされる施設を「コンパクト」に配置すると招致時から一貫して強調されてきた。
     しかし、この「コンパクト」という言葉に惑わされてはいけない。というのも、2020年の東京が提唱する「コンパクト」な施設配置は歴史的には「コンパクト」と言えない節があるからだ。