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記事 21件
  • 「あだち充の恩返し」だった『スローステップ』| 碇本学

    2020-08-31 07:00  
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    ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉――あだち充と戦後日本の青春」。今回は、昭和と平成をまたぐ時代に連載された『スローステップ』について。『タッチ』のヒットで国民的漫画家となったあだち充が、最後に描いた「少女漫画」である本作。その自由奔放な作品性と成立背景に光を当てていきます。
    碇本学 ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春第13回 「あだち充の恩返し」だった『スローステップ』
    幕間の短編集『ショート・プログラム』
    国民的なヒット作となった『タッチ』の連載終盤であった1986年に、少女漫画誌「ちゃお」同年9月号で連載が始まったのが『スローステップ』だった。あだち充にとっては『陽あたり良好!』(「少女コミック」)以来の少女漫画誌での連載となり、1991年3月号まで約4年半続いた。また、この作品以降あだち充は少女漫画誌で連載をしておらず、今のところ最後の少女漫画誌で連載された作品になっている。『スローステップ』の連載期間は、元号が「昭和」から「平成」に変わった時期でもあった。 一方、「少年サンデー」では『タッチ』の次作となり、あだち充作品の中でも『タッチ』と肩を並べるほどの人気作となる『ラフ』(1987年17号〜1989年40号)も同時期に連載されていた。また、『ラフ』の次作となる時代劇×SF作品『虹色とうがらし』(1990年4・5合併号〜1992年19号)も連載されていた。 あだち充はこの連載でも指摘しているように『ナイン』以降、何作か並行して連載をしている。そして、短編作品もその間に何編も描いているという、実は多作な作家でもある。『タッチ』終盤の1985年から『ラフ』連載中の1988年にさまざまな漫画誌で描かれた短編が収録されたのが短編集『ショート・プログラム』だった。

     読切を描くきっかけは、大抵義理で、恩返しです。ある程度売れて名前も出たので、だいたい元担当がいるところで描いてます。  元担当が異動するたびに、異動祝いで読切を描かされるという。亀井さんがやたらと異動してくれるんで大変でしたよ。〔参考文献1〕

    ということで、『ショート・プログラム』収録作品は掲載雑誌がバラバラである。下記、単行本での掲載順ではなく、雑誌発表順に収録作品を並べると、この時期のあだち充の多彩さが見えてくる。
    ・『なにがなんだか』(「少年ビッグコミック」1985年1号&2号) 『タッチ』の反動か、かなり力を抜いている作品。超能力や不思議な力がアクセントになっている。後の作品でいうと『いつも美空』の系統だと言える。
    ・『むらさき』(「ちゃお」1985年6月号) 『陽あたり良好!』以来の少女漫画。ある人物がタイトルについて発言するセリフが軸になって出来上がった短編。少女漫画なのに格好いい男の子よりも可愛い女の子をメインで描いているのがあだち充らしい。
    ・『チェンジ』(「少年サンデー増刊」1985年10月増刊号) 『ナイン』以来の「少年サンデー増刊」で描かれたこの短編は、ボーイッシュな女の子が変わる話。まさしくチェンジする物語だが、この部分は『スローステップ』の主人公である「中里美夏」が変装する点を彷彿させる。
    ・『交差点』(「少年ビッグコミック」1986年4月号) いつも同じ場所ですれ違う少女に恋心を抱き始めた主人公。しかし、友人(『陽あたり良好!』美樹本似の克明)のせいでファーストコンタクトに失敗してしまう。希望を残すような終わり方は、台詞で語りすぎないあだち充らしさが光る。
    ・『プラス1』(「ちゃおデラックス」1986年初夏の号) もはや昭和的なアイテムになっている懐かしの「カセットテープ」が小道具になっている短編。「カセットテープ」に登場人物の思いを吹き込んだという部分は、『ラフ』に近い要素を持っている。
    ・『近況』(「少年ビッグコミック」1987年1号) 昔好きだった女の子との同窓会での再会を描いた短編。主人公の杉井和彦、彼が好きだった高沢亜沙子、中学時代からモテていた二枚目の東年男の三角関係がメインとなる。杉井と二人は違う高校に進み、高校でも亜沙子と年男はお似合いのカップルだと思われていたが、互いのコンプレックスで想いがすれ違う様子が描かれる。 中学時代の和彦は成長が遅く、いつも年男に守られている存在であり、亜沙子が年男にあげるために作っていたマフラーは、逆に手先が器用な和彦が手伝っていた。そして年男の側は、亜沙子からの気持ちにも気づかなかった和彦に高校時代ずっと嫉妬しており、彼と距離を置いてずっと会わないようにしていた。こうしたチグハグが、短編ながら回想シーンの多用で描かれるのが特徴的。 成長が遅かったから好きな女の子はもう違う誰かと付き合っていた、相手にされないと思い込んでいたというモチーフは、のちの『H2』の主人公・国見比呂を彷彿させる。
    ・『ショート・プログラム』(「ヤングサンデー」1987年創刊号) 『ナイン』以降にも何度か作中で描かれることのある、「覗き」をモチーフとした短編。主人公はヒロインと交際しているが、実は付き合い始める前から彼女の部屋を望遠鏡を使って覗いていた。そこで彼女に言い寄る別の男性に襲われそうになったところで電話をかけたり、鍋が沸騰しそうになったりした時にも、あらゆる手を使ってヘルプしていたことが後にバレて振られるというもの。つまりヒロインにとって、恋人になった男は今で言うところのストーカーみたいな存在だったのだ。感想は非難轟々だったらしいが、読んでみると納得ではある。 本作は「ヤングサンデー」創刊号に寄せられた短編だが、創刊編集長は『みゆき』の担当だった亀井修だった。だからなのか、『みゆき』連載時のような「覗き」モチーフで亀井を喜ばそうと、タガが外れた内容になってしまったようにも見受けられる。このように、重鎮となったかつての担当編集者との絆もあって、あだちが新雑誌の創刊や周年のお祭り事には欠かせない看板作家になっていたことがうかがえる作品だ。
    ・『テイク・オフ』(「ヤングサンデー」1988年7月号) 高校を卒業しても毎年背が伸びていく長身の永島と、走り高跳びの選手で、記録に挑戦し続ける仲田里美。あるとき永島は、里美の毎年の記録の伸び方が、自身の背と一致していることに気づく。そこから、里美が永島の背と同じ高さをクリアする2ページにわたるシーン運びは見事なほどに美しく、当時のあだち充の作画力の円熟を示す作品になっている。
    「ミツルの恩返し」から始まった『スローステップ』
    『タッチ』で「少年サンデー」を代表する漫画家になったあだち充の次作連載作品が、なぜ少女漫画誌である「ちゃお」だったのか?
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  • 三宅陽一郎 オートマトン・フィロソフィア──人工知能が「生命」になるとき〈リニューアル配信〉第五章 人工知能が人間を理解する

    2020-08-28 07:00  
    550pt

    (ほぼ)毎週金曜日は、ゲームAI開発者の三宅陽一郎さんが日本的想像力に基づく新しい人工知能のあり方を展望した人気連載『オートマトン・フィロソフィア──人工知能が「生命」になるとき』を改訂・リニューアル配信しています。今朝は第五章「人工知能が人間を理解する」をお届けします。人間と人工知能は理解し合えるのか。西洋と東洋のAI観を比較しながら、人間と人工知能がそれぞれに抱える虚無の深淵と、その差異について考察します。
    (1)人工知能が人間を理解する
     15年ほどですが、人工知能を研究していると、最もよく聞かれるのが、「人間にとって人工知能とは何か?」「人工知能は人間に比べてどこまでできるか?」という質問です。そういう質問はとても嬉しく、人工知能の冬の時代を経験した人間にとっては、もう興味を持っていただけるだけで充分な気持ちになります。  しかし、この質問と同じぐらい大切なもうひとつの問いがあります。それは「人工知能にとって人間とは何か?」「人間は人工知能と比べてどこまでできるか?」という問いです。人工知能という分野では、常に人間側と人工知能側の2つの視点から見ないと、本質を見失うことになります。人間と人工知能を双対(duality)に見ることで、はじめて人間と人工知能の関係が見えてきます。  以前の章でも引用しましたが、「深淵を見るものは、また深淵に見入られる」とニーチェは言いました。この場合、深淵とは人間の知能のことです。人間の知能はとても奥深い深淵です。人工知能の研究は基本的には人間を規範にしながら進められてきました。「人工知能」という言葉の発祥と位置付けられる「ダートマス会議」(1956年)の開催においても、「人間が使う言葉や概念、思考が機械にできるようにすること」が主旨として挙げられています。つまり人間という知能の深淵を見据える一方で、そのわずかな一部を機械の方に移す、という地道な作業が進められてきたわけです。  ですから、人工知能にとって人間というものは、未知の深さを持ったミステリアスな存在であるはずです。人間ができることの多くを、人工知能は行うことができません。この世界で自然に生まれた自然知能たる人間は、この世界の中でさまざまなことができるように生成・適応・進化してきました。  ところが、人工知能は、組み上げられた存在です。極論を言うと、たとえば、他の惑星や人工衛星の中でも組み上げることができます。つまり最初から地球の自然環境に馴染んでいる存在ではないのです。むしろ、それは自然とは対極から出発します。そこから、この世界に馴染むようになるための学習が始まるのです。
     人工知能開発の目標は2つあります。 「高度な人工知能を作ること」そして「人工知能に人間を理解させること」です。 人工知能が人間を理解するとは、どういうことか、それは哲学的な問いであると同時に、サイエンスの問題でもあります。
     第三次AIブームの人工知能は、人間の大量の統計データを集めることで人を理解します。統計的特徴を見出すことで、「20代はカラオケでこんな歌を歌う」とか「30代はこういう映画が好きだ」といった傾向を会員情報から抽出できるわけです。また Amazonなどのイーコマース(電子上取引)の分野では、リコメンド・システムという商品をユーザーに向けて推薦する仕組みがあります。これはそのユーザーとよく似た購入履歴を持つユーザー群を探した上で、そのユーザー群に人気のある商品を推薦するという「協調フィルタリング」と呼ばれる方法を取ります。  また、逆に一人の個人のデータを多面的(マルチモーダル)に集めることで、その人個人を理解しようとする仕組みもあります。SNSの書き込み、写っている写真、作り出す絵、音声などを集めて、その人の性格を診断します。また、ゲームの中では、ゲーム開始時から蓄積されたログデータからプロフィールを抽出することで、プレイヤーの特性を理解します。
     このように個人に対しても集団に対しても、人工知能は理解しようとしていますが、表面的な嗜好はわかっても深い部分に入っていくには、さらなる探求が必要です。  人工知能には人間にはない忍耐強さがあります。たとえば、個人をカメラから24時間ずっと監視し続けて、そこからその人の仕草の癖などを抽出することができます。それにより、たとえば「座る時は右足を左足より前に出す」「グラスを握る時は薬指から付ける」といった本人や友人でさえ気づいていない癖などを見つけることができるかもしれません。このように人工知能は、人間自身でさえ気付いていない特質を認識できる可能性があるのです。  人工知能は人間の知能という深淵に深く分け入っていきます。それはまるで海底探査のように、徐々に深度を深くしながら、深淵の様子を持ち帰るのです。
    (2)人間が人工知能を理解する
     では翻って、人間が人工知能を理解するとは、どういうことなのでしょうか。あるいは、人工知能は理解すべきである、という衝動の底には何があるのかを、ここでは問いたいと思います。
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  • 男と食 29|井上敏樹

    2020-08-27 07:00  
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    平成仮面ライダーシリーズなどでおなじみ、脚本家・井上敏樹先生のエッセイ『男と×××』。今回は、京都旅行でのエピソードです。観光客が少なく、閑散とした京都の街。こんなときこそ、高級食材を次々と出しては普段の倍ほどの料金を取る店があったりと、大将の心意気や店の品格が垣間見えます。そんな中でも、敏樹先生が恐れる大将が見せた名店の格とは……?
    「平成仮面ライダー」シリーズなどで知られる脚本家・井上敏樹先生による、初のエッセイ集『男と遊び』、好評発売中です! PLANETS公式オンラインストアでご購入いただくと、著者・井上敏樹が特撮ドラマ脚本家としての半生を振り返る特別インタビュー冊子『男と男たち』が付属します。 (※特典冊子は数量限定のため、なくなり次第終了となります) 詳細・ご購入はこちらから。
    脚本家・井上敏樹エッセイ『男と×××』第58回 男 と 食 29     井上敏樹 
    京都の路地裏を歩いていると、小物屋の店先で手作りのマスクを売っていた。その名も『悪代官マスク』。時代劇で『お主もワルよの〜』と、お決まりの台詞を吐く悪代官が着ているような布柄で作ったマスクである。説明書を見てみると『当店のマスクの紐は画期的にもパンストを使用しております』とある。『もちろん未使用のパンストでございます』と。買った。コロナ禍にあって、こういうユーモアを見るとうれしくなる。さっそく『悪代官マスク』をつけて予約しておいた割烹に向かった。だが、先着していた友人たちの反応が鈍い。あまり受けない。『はいはい分かった分かった』という感じである。私のマスクよりもみんなこれから出て来る料理への期待感で一杯なのだ。今回の京都旅行は総勢5名で2泊、4軒の店を回ったのだが、気づいたのは大将の心意気、店の格というようなものである。コロナのせいで概ね京都は暇であった。ひと通りも少なく、街全体が閑散としている。こんな時に客を迎え、『いいカモだわい』とばかりに次々と高級食材を出して普段の倍ほどの料金を取るような店はどうかと思う。ある割烹など、最初の料理にキャッチャーミットほどのフカヒレが出て来てびっくりしてしまった。その後もマグロだの、牛肉だの、毛蟹だのと続いてこっちはもうへとへとである。大体フカヒレが食べたければ中華に行くし、マグロなら鮨屋に限る。マグロは酢飯と一緒に食べて初めて真価を発揮するもので、お造りにしてもくどいばかりだ。酒にも合わない。話もあまり弾まない。最近ではどこに行ってもそうだが、自然とコロナが話題に上る。コロナばかりではない、今夏の鮎不足を招いた九州での豪雨、或いはアフリカ大陸のバッタの大量発生、さらにアメリカでの新型ウイルスの話、この蝉が媒介するウイルスに感染すると人はゾンビのようになると言う。私はふと、ある先輩脚本家の事を思い出した。私が業界に入ってから、初めて出来た先輩にして友人である。以前は三日と開けずに酒を飲み、夢を語り馬鹿話に興じたが、数年前に糖尿病に鬱病を併発し、田舎に引っ込んでしまった。
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  • 『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』──「私たちって超イケてる!」が大前提な青春映画の新機軸|加藤るみ

    2020-08-26 07:00  
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    今朝のメルマガは、加藤るみさんの「映画館(シアター)の女神 3rd Stage」、第7回をお届けします。今回ご紹介するのは、高校生活を勉強に捧げてきた女子高生バディが高校生活の最後の思い出を取り戻そうとする大冒険を描いた青春映画『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』。青春映画にありがちな、「イケてない子」が変わっていくストーリーとは異なる、新たな路線を打ち出す本作の魅力を語り尽くします。
    加藤るみの映画館(シアター)の女神 3rd Stage第7回『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』
    おはようございます。加藤るみです。
    今回は間髪入れず、映画紹介します! 自信を持って、めちゃくちゃおすすめな作品です。
    紹介する作品は、『ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー』です。

    ▲『ブックマート 卒業前夜のパーティーデビュー』(画像出典)
    最近では『リチャード・ジュエル』(’19)での出演が記憶に新しい女優オリヴィア・ワイルドが、アメリカのコメディ界を牽引する、「俺たち」シリーズや『バイス』(’18)でおなじみのウィル・フェレルとアダム・マッケイのバックアップの元、華麗に映画監督デビュー。 すでにアメリカでは数々の映画賞を席巻し、日本の映画ファンの巷でも話題となっている作品です。
    とにかく、最っっっっっ高‼‼ 未だかつて、こんなにもエネルギッシュで、こんなにも愛おしい青春映画があったでしょうか。 超笑えるけど、心がヒリヒリ痛くなって。しっかり、じーんとできて。そう、私はこんな青春コメディが観たかったんです。 革命的な青春ハイスクールコメディの爆誕です。 これは、間違いなく2020年のベストに入ります。
    良い大学に入るため、高校生活を勉強に捧げてきた親友同士のモリーとエイミー。 しかし、遊んでばかりいたはずの周囲のパリピたちも、ハイレベルな就職や有名大学への進学を決めていたことが発覚。 卒業前夜にして「勉強ばっかりして、遊んでなかったのウチらだけ?」と、失った時間を取り戻すべく、パーティに乗り込むことを決意。 最強バディのティーンエイジャーが高校生活最後の思い出を取り戻すべく決死の大冒険に出る物語です。

       © 2019 ANNAPURNA PICTURES, LLC. All Rights Reserved.
    まず、この映画の大好きなところは、今までの青春映画で描かれてきたジェンダーに対する葛藤や容姿に対する悩みとか、自己肯定感が大事とか、そういう話はもうとっくに済んでいて、当たり前になっているところから始まること。
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  • 【特別対談】桑原悠×宇野常寛  日本最年少町長に聞く、津南町の生存戦略

    2020-08-25 07:00  
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    今朝のメールマガジンは、新潟県中魚沼郡津南町(つなんまち)町長、桑原悠さんと宇野常寛の対談をお届けします。少子高齢化による過疎化や、財政など、さまざまな問題に直面している津南町。全国最年少町長として奮闘する桑原さんに、さまざまな地方自治体を見てきた宇野常寛が切り込みます。※こちらの記事は、新潟県中魚沼郡津南町の旅1日目の夜に収録されました。旅のレポート記事はこちらから。
    【特別対談】桑原悠×宇野常寛日本最年少町長に聞く、津南町の生存戦略
    34歳、若き町長の挑戦
    宇野 まず、桑原さんがそのご年齢でどういった経緯で町長を務められているかについてお伺いしたいんですが。この2年間で1万回くらい聞かれていると思いますが(笑)、改めて。
    桑原 一つは郷土愛ですね。私はここで生まれ育ったんですが、いったんは広い世界に出たくて、東京の大学へ行きました。東大の院にはできる人がいっぱいいて、もちろん勉強にはなったんですが、実体経済への実感が湧かなかったんです。そこで、実際に働いてみようと思って。1年休学して、箱根の旅館で働いていました。ところが、箱根の旅館から大学院に復学してちょっとしてから、東日本大震災が起こりました。津南町はその次の日に長野県北部地震で被災して、すごく衝撃を受け、価値観が変わりました。東京ではご飯や水をお金で買わないと得られない。でもこの環境は、実はすごく不安定なんじゃないかと思って、危機感を感じたんです。  ちょうどその年の10月に町議選があると知って、これはやはり帰郷するタイミングなんじゃないか、と思って。家族や大切な人たちがいる地元に帰って、手伝いたいと思って立候補しました。

    宇野 いきなり町議に立候補するのはなかなか勇気のいることだと思うんですが……
    桑原 あまり深く考えてなかったんですが(笑)、今振り返ってみると勇気のいることだったと思います。そこから町議は6年半務めました。
     その間、途中で結婚して出産を経験しました。自分が母親になって、自分の将来だけでなく、この子たちの将来に責任があるんだと思いました。その時、このまま議員を続けるか、それともちょっと別の道を選択するかを考え、執行権のある行政のトップという選択肢が出てきました。郷土愛と母親としての思いが次の挑戦になっていきました。
    宇野 でも、町議をやるのと町長をやるのとでは次元が全然違いますよね。まず立候補すると決めた時の周囲の反応はどうでしたか? 
    桑原 皆さんやはり、首長をやるのは老練で、歳を重ねた人というイメージが強くて。
    宇野 日本の地方の、特に町村や郡部の首長は、いわゆる地元の名士の「あがり」のポジション、というイメージが強いですよね。
    桑原 私の場合、「経験が少ない」とか「小さい子供がいるのに」という声は多くありました。今はいろいろな方法があり、両立できる自信があったので、そうじゃないんだけどなぁと思っていましたね。おかげさまで子どもたちは心身ともに健康に育ってます。
    宇野 そういう声が上がってしまうというのは、今の日本の悲しい現実ですね。たとえばニュージーランドの首相は在任中に出産してましたよね。だいぶ前からそれが国際標準になってるはずなんですが……。
    桑原 多くの女性が悩んでいらっしゃいますよね。でもわたしはその悩みを経験できてとても良かったと思うし、家族や町役場の協力も得て両立しているので、後に続く人も周囲の理解や協力を得る努力をしながら、自分の進みたい道を進んでもらいたいと思っていますね。
    宇野 いろいろな記事を読むと、議会も大変そうですし、若い女性というだけで色眼鏡で見られているところもある印象を受けました。でもこういうケースが日本の、しかも地方から生まれてくるということは、無条件にこの国を前に進ませると思います。
    桑原 若くして政治の道に入るくらいだから何か野心があるんだろう、といった先入観や偏見があるのではないかと思います。女性だからか弱いだろうとか。かえって私にとっては、若くなければ挑戦できなかったと日に日に実感しています。エネルギーを使いますよ(笑)
    人口減にどう立ち向かうか
    宇野 今の一番の課題はなんだと思われますか?
    桑原 住民の所得を増やしたい、ということですね。町議の時から思っていたんですが、町長になってからは、改めてこの9300人の町民に生活してもらわなければならない実感が、より強くなりました。
    宇野 桑原さんには「この町がこうなってほしい」という理想はありますか?
    桑原 そうですね……。東京に住んでいる豊かさと質・量が変わらないような豊かな環境を作りたいという気持ちはあります。
    宇野 難しいですね。もちろん、人間は生まれる土地を選べないので教育の機会や、医療の水準で不公平があってはいけないと僕は思いますが、東京水準の消費生活を目指すというのは、逆にその土地の良さを殺してしまいかねないところがあると思います。  東京みたいな暮らしがしたいなら、東京か、せめて数十万の人口が集積しているような地方の中核都市に住むしかないと思っています。田舎に住むのであれば多少の不便を甘受しても自然とともに生きたいと考えるような、田舎の良さを愛している人じゃないと、そもそも住むべきではないと思うんです。
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  • 【全文無料公開】新潟県津南町で、自然とともに暮らす魅力と難しさを考えてきた

    2020-08-24 07:00  

    「全国最年少の町長ががんばっている」と聞きつけて、宇野常寛とPLANETS編集部が新潟県中魚沼郡津南町にお邪魔してきました。豪雪地帯ならではの気候を活かした農産物、世界一のユリ栽培、津南の魅力を発信するために奮闘する女将たち……。人口減に立ち向かう地方自治体のリアルとは? 2日間にわたる津南町の旅のレポートをお届けします。
    新潟県津南町で、自然とともに暮らす魅力と難しさを考えてきた
    「来月あたりに新潟県の津南町に行きます。カメラとレポートよろしく!」
    こんにちは。唐突な出張の連絡に目が点になりました、PLANETS編集部員です。
    今回はさまざまなご縁で宇野常寛とPLANETS編集部が訪れた、新潟県津南町1泊2日の旅をレポートしていきます。
    新潟県津南町の概要
    まずは旅の前に、今回訪問する津南町の概要をご説明します。
    ▲黄色が津南町です(参考)
    津南町は新潟県の中越地方に位置する中魚沼郡に
  • 三宅陽一郎 オートマトン・フィロソフィア──人工知能が「生命」になるとき〈リニューアル配信〉第四章 キャラクターAIに認識と感情を与えるには

    2020-08-21 07:00  
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    (ほぼ)毎週金曜日は、ゲームAI開発者の三宅陽一郎さんが日本的想像力に基づく新しい人工知能のあり方を展望した人気連載『オートマトン・フィロソフィア──人工知能が「生命」になるとき』を改訂・リニューアル配信しています。今朝は第四章「キャラクターAIに認識と感情を与えるには」をお届けします。自己像を外界から切断する西洋型認識論と、主体と外界が溶け合う東洋型認識論を比較しながら、感情の働きや自己投影を通じて、知性が世界へと干渉するプロセスを読み解きます。
     この世界で人工知能はどれほどのものを背負うことができるでしょうか。たいていの場合、人工知能は、決められた仕事を与えられ、それを遂行します。それが現代の問題特化型の人工知能です。人工知能はフレーム(問題設定)を超えられませんが(フレーム問題)、決められたフレームの中では効率よく学習し人間よりずっと賢くなります。  しかし、前章で述べたように汎用型人工知能が発展し、人間が持つような責任感、倫理感、判断、生きる意味、他者への尊敬のようなものを捉えることができるなら、人間はさらに人工知能にいろいろなものを託すことができるでしょう。世界の意味を背負うものであるならば、さまざまなものを託すことができるでしょう。  時に我々は、人工知能に人類の持つ重荷まで背負ってほしいと願うこともあります。人類の歴史は、人工知能にその一端を担ってもらうことで、人類に課せられた、課せられたと思っている世界の歴史を部分的に人工知能に託すことができます。  ゲームの中でキャラクターたちはさまざまなものを背負うことができます。しかし、それは決められた物語の中だからです。では、この実世界で人工知能が高い意識を持って自分の役割をきちんと理解する、ということはあり得るのでしょうか?
     前章の議論では、デジタルゲームにおけるオープンワールド環境のなかで人工知能がどう環境とインタラクションするかという問題から出発して、機能特化型の西洋型人工知能と、混沌に存在の根を持つ東洋的人工知性の発想をいかに架橋すれば、汎用人工知能が構想できるかという可能性に辿り着きました。  問題に特化しない汎用人工知能は、ゲームの登場人物を動かすキャラクターAIをつくる場合の究極の理想でもあります。本章では、ここまでの議論の延長線上に、キャラクター(擬似生命)としての汎用型人工知能が、どのような主観的認識や感情を持ちうるのか、そして彼らにどんな役割を託していけるのかについて、さらに掘り下げていきたいと思います。
    (1)西洋型の認識論
     西洋の認識論は人間を規範として構成されています。それは、明文化さえされない暗黙の前提です。「人間は神の下に作られ、人間を規範にするのは当然のことである」という了解が暗黙とされています。ここにおいて、人間探求は人工知能と通じる経路を得ます。人間を探求し、それをエンジニアリングによって実現するのが、人工知能である、ということです。  西洋の人工知能における認識の構築は、まず自分と世界を対峙させるところから始まります。自己意識をコアとし、自らの存在を世界から独立的に考えます。そして、その上で自分について世界について考えます(図4.1)。

    ▲図4.1 環境と人工知能(圧縮)
     そうでありますから、認識は常に世界から切り離された自分を確認する、という作業でもあります。身体感覚は常に世界と自己を明確に分節化し、自我の境界を形成します。そんな自己と他者を分かつ強い分割の力は自己を形成する力であると同時に、他者を排斥する力でもあります。アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(ガイナックス、1995)では、その力を「ATフィールド」と呼び、各存在はLCLと呼ばれる実体で、ATフィールドによって自己の境界を保っているという世界観が描かれます。同作の物語の中核になる人類補完計画とは、全生命のATフィールドを消滅させ生命をひとつの存在としてしまう試みでした。このあたりはアーサー・C・クラーク『幼年期の終わり』と似ています。人は自己の境界ゆえに形を保つと同時に孤独であるという矛盾を受け入れることなしに生きることはできないのです。
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  • 與那覇潤 平成史──ぼくらの昨日の世界 第13回 転向の季節:2013-14(後編)

    2020-08-20 07:00  
    550pt

    今朝のメルマガは、與那覇潤さんの「平成史──ぼくらの昨日の世界」第13回の後編をお送りします。宮崎駿監督の4度目の「引退作」となった『風立ちぬ』が「最良の歴史修正主義」たる相貌をみせた2013年夏の参院選では、平成政治の劇的な展開の原動力となってきた「ねじれ国会」がついに解消。安倍政権の国家主義的な宿願が次々と叶えられていくなかで、右派・左派を問わず歴史の文脈を空洞化させながら、いよいよ「戦後」への逆戻りが本格化していきます。
    與那覇潤  平成史──ぼくらの昨日の世界 第13回 転向の季節:2013-14(後編)
    歴史の墓地
     アベノミクス相場と連動するかのように、社会や文化の全体にデーモニッシュな熱量が走った2013年、平成を駆け抜けてきた映像史上のプロジェクトが終わりを迎えました。9月、公開中の『風立ちぬ』を最後に長編アニメの世界を退くことを、宮崎駿監督が表明。引退宣言自体は『もののけ姫』から数えて実に4度目でしたが、内容が宮崎氏のプライベートと重なる「零戦設計者の葛藤」だったことから、今度こそは本当だと多くのファンが受けとめました。11月には高畑勲監督の『かぐや姫の物語』が公開。当初は1988年の『となりのトトロ/火垂るの墓』以来、四半世紀ぶりの同時公開を狙ったのが、例によって高畑さんの納期遅れで半年ずれ込んだもので、こちらも年齢的に最終作となるのは確実と思われました(18年に逝去)。そして2014年夏の『思い出のマーニー』(米林宏昌監督)を最後に、ついにスタジオジブリの制作部門は解散します。
     『風立ちぬ』をひとことで要約するなら、皮肉ではなく平成が生んだ「最良の歴史修正主義」と呼ぶべき作品でしょう。主人公は零戦を設計した航空技師・堀越二郎と、結核を病み内向的な作風で知られた同時代の作家・堀辰雄(療養体験に基づく代表作が、1938年刊の『風立ちぬ』)をミックスした設定で、未来の戦闘機を設計しながらも時局から距離をとり、軍国主義を肯んじない繊細な魂を保ち続ける。彼を支えながら病に倒れてゆくヒロインの菜穂子(堀のまた別の代表作と同名)が終幕、敗戦で事業が灰燼に帰した二郎に「生きて」と呼びかけるラストが──百田尚樹氏を含む[32]──多くの観客を涙させましたが、実在の堀越二郎は1965~69年にかけて防衛大学校の教授。国民感情としても自衛隊違憲論が強く、左派勢力が「軍靴の音がまた聞こえる」と強く糾弾していた時期のことです。宮崎作品が描く二郎とは、だいぶ違う人物だったことはまちがいありません。
     アニメの中の二郎はヘビースモーカーですが、結核を治療中の菜穂子の隣でさえ(仕事に必要だと言って)喫煙するシーンは、表層的なポリコレ違反を超えた「女性に対する無責任な甘え」の象徴だとして、公開時から一部で疑問視されました。ストーリーの全体としても、そもそも二郎はサナトリウムに入院中だった彼女を手紙で招き寄せ、それは「愛情ではなくエゴイズムじゃないのか」と叱る上司を押し切って結婚に踏み切ったのですから、女は男の活躍を支えるためにいるといった保守的な固定観念を、宮崎監督の世界観に見出す批判が生じるのも当然ではあります[33]。しかし今日同作をふり返って興味深いのは、実はまさしく同様の批評を平成の開幕期、昭和的なジェンダー観の権化というべき江藤淳が──宮崎作品の主人公の半身である──堀辰雄に加えていた事実との関係です。
     江藤は1985年から連載を始め、昭和の終焉を見届けて89年(平成元年)に完結させた『昭和の文人』で、純情な自伝的作家と見なされてきた堀辰雄が、いかに自身の出自を作中で偽ってきたかを暴露し、そうした書き手が「劃然と昭和文学の到来を告げる」[34]存在となったことの意味を問おうとしました。江藤は堀の出世作『聖家族』(初出1930年)が、本人と芥川龍之介の親交を素材にしながら現実感を欠く仮名を用い、軽井沢と本郷以外は地名も記されない抽象化された空間で物語を展開することを、こう指弾します。

    「かかる架空の時空間の内部で展開される『心理』とは、必然的に始終疑似的な架空の心理以上のものにはなり得ず、人生上の真実とも文学上の発見とも程遠いものでしかあり得ないのではないだろうか。要するにてっとり早くいえば、ここに『嘘』以外のいったい何があるのだろうか?……そこに僅かに『夢』が存在し、辛うじて小説の『嘘』を減殺しているとするなら、その『夢』の核心を成す衝動こそは、単に出自の抹殺にとどまらず、むしろ日本からの離脱の願望そのものといわなければならない。」[35]

     読者はこの批判が宮崎駿の『風立ちぬ』にも一見、そのままあてはまることに気づくでしょう。戦闘機の設計者の「出自を抹殺」し、死の影を背負う文学者にすりかえることで、みんな内心では戦争は嫌だったとする虚構の歴史を作り上げる。特高警察の横暴さを聞いた二郎が「近代国家にあるまじきことだ」と口にし、「日本が近代国家と思ってたのか」と哄笑されるシーンに表れているように、そうした繊細さに託されているのは「日本からの離脱の願望」である。しかし結果として、自己犠牲のために命を失いながら笑って二郎を許す菜穂子といった、男性目線に都合のよい「嘘」が生まれてしまう──。
     2013年の夏に『風立ちぬ』を劇場で見たとき、私は発病まであと一年を残した「日本近代史の研究者」でした。もしそのままずっと大学で歴史を講じていたら、ここまでで結論としたかもしれません。しかし病気を経た後に再見したいま、私はむしろそうした批判は、同作にとってすべて織り込み済みではなかったかとの念に打たれています。
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  • 與那覇潤 平成史──ぼくらの昨日の世界 第13回 転向の季節:2013-14(前編)

    2020-08-19 07:00  
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    今朝のメルマガは、與那覇潤さんの「平成史──ぼくらの昨日の世界」第13回の前編です。第二次安倍晋三内閣で掲げられた「アベノミクス」の看板政策として採用された「リフレ」。デフレ脱却を旗印に異次元の金融緩和が繰り返されるなか、それは経済政策としての領分を超え、二度目の東京五輪招致とも結びついて「高度成長期への回帰」ムードを招き、改革の時代としての平成の価値が根底から覆されていく潮流の引き金となっていきます。
    與那覇潤  平成史──ぼくらの昨日の世界 第13回 転向の季節:2013-14(前編)
    知性の経済的帰結
     民主党政権の顛末が「平成の政治改革」の破綻を象徴したとする評価は、今日めずらしくないでしょう。しかし後を襲った第二次安倍晋三政権の初期にあたる平成25~26(2013~14)年が、それ以上に平成という時代の価値が根底から崩れ去ってゆく時代だったことに気づいている人は、いまも少ないのではないでしょうか。
     この時期、政権奪還の直前から安倍氏が掲げていた「アベノミクス」は国民に好評で、株価の急騰や大幅な円安をもたらし、画期的な成果をあげていると見なされていました。長期不況のデフレ思考にさよなら、ここからはすべてが好循環する明るい時代が来る──。2013年8月、指原莉乃さんが初めてセンターを務めた「恋するフォーチュンクッキー」でAKBブームが頂点に達し、無数のアマチュアグループが笑顔のダンス動画をYouTubeに投稿。翌14年の日本レコード大賞は、やはり特徴的な振りつけのパフォーマンスがバカ受けした三代目J Soul Brothersの「R.Y.U.S.E.I.」。前向きにあらずば人にあらず、といった空気を感じるほど、異様な「ポジティヴ推し」の風潮が世に溢れたのがこの2年間です[1]。
     かつて自民党からの政権奪取をリードした知識人たちは、なにをしていたのか。圧倒的多数は、いっしょに踊っていたというほかありません。この熱狂をもたらした最大の要因は、アベノミクスが看板政策に「リフレ」(リフレーション。中央銀行による人為的なインフレ誘導)を採用したことでしょう。経済論壇で執筆する狭義のリフレ派のみならず、平成世代の書き手にファンの多い政策が日の目を見たことは、市場の反響も相まって「なにはともあれ、民主党時代よりはましだ」とするムードを世相に浸透させていきました。
     ポスト冷戦政治の国際比較という視点で見たとき、このアベノミクス初期のリフレ・ブームは、2つの参照軸で位置づけることができます。1997年に発足した英国のブレア政権(~2007年)から15年ほど遅れた日本版の「第三の道」としての性格と、2017年に発足する米国のトランプ政権に先行した「反知性主義」の突出という側面です。
     第三の道とは、18年ぶりに保守党を破って労働党の単独政権を築いたアントニー・ブレア首相が掲げたスローガンで、①経済を停滞させた産業国有化など古い労働党の社会主義(第一の道)は放棄するが、②人びとの紐帯を破壊したサッチャリズムの新自由主義(第二の道)も採らない、という趣旨です。市場競争の弊害を矯める場として、保守的な旧来の共同体(家族や教会)ではなくNGOなど自由参加型の組織を伸ばす志向が特徴で、日本では2000年代を通じた「新しい公共」の議論に影響を与えました。しかしこの可能性は、民主党政権の人気凋落によって潰えてゆきます(第11回)。
     一方、主に小泉政権下の平成の思想界でリフレ派が台頭した過程も、「一見すると」似ています。①古い自民党、すなわち田中角栄型のバラマキ政治は維持不可能なのでやめるべきだが、②小泉純一郎(というよりも竹中平蔵)式の「痛みを伴う構造改革」も、弱肉強食のネオリベで好ましくない[2]。こうした両すくみを打開する手法として、政府の予算を用いる財政政策には歯止めをかけつつ、日本銀行の金融政策で景気を好転させるリフレの発想が注目を浴びました。具体的には、日銀に「前年比2%のインフレをめざす」といったインフレ目標を宣言させ、それを達成するまで市中の銀行から国債を日銀が買い上げることで、マーケットに資金を供給する大幅緩和を行わせよという提案で、これが主に野党時代(民主党政権下)の安倍さんに影響を与え[3]、アベノミクスの骨格となったのです。
     もしそのとおりにいくなら、「国の借金」を増やさずに人為的な好景気を作れるのですから、よいことづくめでしょう。しかし日銀の金融緩和だけでインフレを起こすには、そもそも「デフレは貨幣的な現象である」[4]──中央銀行による貨幣の供給不足以外には、日本経済にそう大きな問題点はないという前提が必要です。第二次安倍政権の発足とほぼ同時(2013年1月)に刊行された吉川洋『デフレーション』を中心に、当時の経済論争を再訪すると、株価の復活で国民を大興奮させたアベノミクスが、実際には出発点から限界に突き当たっていたことに気づきます。
     今日では改元直後のバブル崩壊からずっと、漫然と「平成不況」が続いていたように思われがちですが、経済学者として定評のある吉川氏が論証するとおり、国民の生活実感に影響を及ぼし始めたのは、1997年のアジア通貨危機による輸出減少が響いた98年からです(第5回も参照)。来年は今年より物価が上がると答える(=インフレを予想する)消費者の割合が、75%から25%へと急落。さらに同じ時期、欧米と異なり日本でだけ名目賃金の下落が始まったことが、デフレの最大の要因になったとするのが吉川さんの分析です[5]。
     アベノミクスには「官製春闘」と呼ばれた、首相自身による経済団体への賃上げ要請も含まれるので、それならやはり良策ではと思われそうですが、問題はそこではありません。同書に沿って平成の経済史をふり返ると、不況が底を打ちインフレ期待が戻ってくる2003年以降の景気回復も、逆にリーマンショックの影響で再びデフレマインドに陥る08年以降の景気悪化も、ともにその内実は「輸出主導」[6]。輸出が牽引したイメージのある1960年代の高度成長が、現実には人口の移動・増加(上京による世帯形成)と耐久消費財(主に家電)の普及を中心とする「内需主導」だったのに対し[7]、平成期を通じたグローバル市場の一体化は、日本経済をかつてない「外需依存」の体質に変えていたのです。
     世界市場が完全に近いほど一体のものとなった環境では、(海外で生産する)ユニクロの衣類やファーウェイ(華為)のスマートフォンのように、国外から「良質かつ低価格」の製品が流入することで物価は下落し、それを国ごとの政府や中央銀行の力で止めたり、まして反転させることはできません[8]。それが「できる」と無理に言い張れば、昭和期の体育会系のしごきにも似た「できていないのは、当事者の気合が足りないからだ」式のロジックになってゆく。もしくはその国に覇権国家的な地位がある場合は、後のトランプのアメリカのように「力ずくでも輸入品を締め出せ」とする、狂信的な保護主義になるわけです。
     これは過言ではなく、当時の経済論壇で観察されたことでした。たとえば若手リフレ派のエースだった飯田泰之さんは、アメリカの連邦準備制度理事会(FRB。金融政策を担当)が「米国経済を背負って立つ気概を持っているのと対照的」に、日銀はなにもする気がないと批判し、対談相手の小幡績氏(経済学。反リフレ派)に「日銀が日本経済がどうなってもいいと思っているとか〔は〕……明らかな誤解」とたしなめられても、「そう誤解されても仕方がない行動をこれまで取ってきた」[9]。遅ればせながらリフレ支持に合流した竹中平蔵氏にいたっては、インフレが来ると国民に予想させれば本当にインフレになるのだと主張すべく、なんと「われわれが忘れてはならないのは、『期待は自己実現する』という事実である。……日本全体が『日本は一〇%成長できる』と考えているならば、消費も投資も積極的に行ない、結果、一〇%成長を達成できる」[10]。ここまで来ると正直、経済言説が自己啓発本に近づいてきたと言わざるを得ません。
     そもそも日銀およびその背後にいる財務省のあり方が、「日本経済の桎梏になっている」とする議論の嚆矢は、榊原英資と野口悠紀雄(ともに大蔵官僚出身で、平成期にはエコノミスト)が1977年に「大蔵省・日銀王朝」を批判した論考です。しかしその論旨は、戦時下の総力戦体制の残滓である金融統制──日銀や長期信用銀行などごく少数のエスタブリッシュメントが「陰の参謀本部」となって資金の流れを差配し、官主導でパイを拡大させる高度成長期の経済モデルは限界に達したと説くものでした。内には自前で海外の金融市場から調達できるトヨタ等の(今日でいう)グローバル企業が出現し、外からは日本は国策でダンピング輸出をしているとする批判が高まる[11]。ある意味で、後にアベノミクスの障壁となる諸条件が発生する瞬間を捉えていたとも言えるでしょう。
    榊原・野口の両氏はこうした金融面での疑似戦時体制が崩壊してこそ、はじめて「日本にとって真の戦後が始まる」と宣言して論を結びます。1990年代の行政機構改革までは論壇の主流だったこうした発想は、しかしデフレ不況の下で180度逆転。2013年初頭のアベノミクスの発足時にはすっかり「強力な首相が日銀総裁に命令して、人為的に好景気を作る」とする正反対の潮流にお株を奪われたばかりか、同年9月には二度目となる東京オリンピックの招致が決定し、むしろ「高度成長期への回帰」を彷彿とさせるリーダーシップが国民の快哉を呼びました。平成という時代は結局、それぞれのやり方で自立してゆく個人を育てるよりも、子供じみた「全能の国家」への集団的な帰依に終わるのか──。そう感じて、虚しかったことを覚えています。
     今日ではその帰結は、はっきりしています。安倍首相の肝いりで任命された黒田東彦・日銀総裁は2013年4月、マネタリーベース(通貨供給量)を「2年間で2倍にし、2%のインフレを達成する」との目標をパネルを使い、コンサルのプレゼンのように表明。株価を急騰させますが、これは主に外国人投資家が乗ったことによるもので、6月に(成長戦略の乏しさから)急落して以降はGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)による、国民の年金を賭金とした株価の買い支えが常態化[12]。なにより政権の最大のブレーンと呼ばれた浜田宏一・内閣官房参与(経済学)自身が2016年秋に、財政政策ぬきの金融緩和のみではデフレ脱却は不可能と認め[13]、リフレ理論は崩壊しました。結局、前年比2%のインフレ率は今日にいたるまで実現せず、またアベノミクスの成果と呼ばれるGDPの増加も、多分に算出基準の改変によって嵩上げされていたことが明らかになっています[14]。
     そもそも第二次安倍政権の成立をもたらした2012年12月の総選挙をふり返って、当時の野田佳彦首相は「原発は争点になると思って、われわれはかなり街頭などで訴えたのですが……聴衆の反応で、優先順位が変わったのです。経済が一番になった」と回想しています[15]。それだけ野党時代から自民党総裁として安倍さんが掲げた金融緩和への期待は大きく、ポスト3.11の論客と呼ばれた識者の多くも「リフレをやってくれるなら安倍支持」に傾いていました。たとえば飯田さんとともにネットメディア「シノドス」(2009年に会社設立)の運営を通じて、平成世代にリフレへの期待を広めた荻上チキさんは、アベノミクスの開始から1年が経った後にも「これ〔=デフレマインドの払拭〕は本来、政権を問わず、もっと早期に行われるべきものでした」[16]として、ほぼ全面支持の立場をとっています。
     荻上編集長時代(~2018年)のシノドスに集った若手学者の多くはリベラル派で、年長世代のカルチュラル・スタディーズが「もっぱら道徳的な観点ばかりで自身の進歩性を誇る」文化左翼に陥ったことに飽きたらず(第8回)、政策科学として現実に実践しえる議論を志向しました。それ自体はまちがいなく高い理想でしたが、しかし当の「政策」のほころびが明らかになっても見解を改めないようでは、有効な政権への批判はなしえません。結果として安倍政権の経済運営を否定できない平成リベラルは、憲法解釈・歴史認識・教育論・ジェンダー観……といった「保守対革新」の時代からおなじみの争点へと傾斜し、かつて反面教師としたはずのポリティカル・コレクトネス的な論調に転じてゆきます。
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  • 父親の話|高佐一慈

    2020-08-18 07:00  
    550pt

    お笑いコンビ、ザ・ギースの高佐一慈さんが日常で出会うふとしたおかしみを書き留めていく連載「誰にでもできる簡単なエッセイ」。今回はちょっと変わっているという高佐さんのお父さんについて。大人になってから、自分の親に対する認識が変わったこと、ありませんか。
    高佐一慈 誰にでもできる簡単なエッセイ第8回 父親の話
     僕の父親は変わっているらしい。  「らしい」というのは、僕自身は父親のことを別段変わっているとは思っていないからだ。いや正確に言うと、思っていなかった。今は思っている。  僕は18歳の時までは実家暮らし、そこから大学進学とともに上京し、もう東京での生活はかれこれ20年以上にもなる。
     今年71歳。もう定年で退いたのだが、父は学習塾を経営していた。家の隣に車庫があるのだが、その上に部屋を増築し、そこを塾としていた。通うのは主に町内の中学生。僕もクラスメートとともに、自分ちの車庫の2階に通っていた。
     各家庭には、各お父さんがいる。友達のユウスケくんのお父さんはスーパーの店長。タナベのお父さんは学校の先生。フジのお父さんはタクシーの運転手。他にもサラリーマンのお父さんや、歯医者のお父さん、自衛隊のお父さんなど様々だ。色んなお父さんがいるので、別段塾の講師をしている自分の父のことを変わっているとは思っていなかった。ああ、うちのお父さんは塾の先生という仕事をしているんだなぁ、くらいの。  しかしポイントはそこじゃない。  いわゆる内面や行動のことだ。  大人になり、色んな人と出会い、色んな経験をした上で、改めて父親を思った時、父は完全に「変わってる人」だった。  変わっていると言っても、全身ピンクの服を着て休みの日は勝手に町内のパトロールをするだとか、飲み屋で仲良くなった素性も知らない人たちを大勢引き連れて次の日バーベキューに行くだとか、そういう豪快さを孕んだ、ある種わかりやすい「変わってる人」ではないのだ。なんというか、静かに変わっているのだ。
     この連載の前々々回くらいで軽く触れたが、父は携帯電話を持ったことがなく(今現在も持っていない)、家にはテレビもない。家では寝る時間以外はずーっとラジオを聞き続けている。  しかも3台同時にだ。FMでクラシックとポップスをかけながら、AMを聞く。ちなみにAMはNHK第一放送しか聞かない。  僕が知ってる中で同時に何かを聞く人は、聖徳太子か父親くらい。聖徳太子は十人の話を同時に聞くのだから、僕の父親はさしづめ「三割聖徳太子」だ。だからもしも父がこれから「冠位3.6階の制度」と「5.1条の憲法」を作ったら、いつか三千円札の顔になるかもしれない。
     父親のことを父親としてしか見ていなかった子供の自分。大人になって一人の人間として父を捉え直した時に、思い出は途端に色を変える。ブルーだったはずの景色がオレンジに。グリーンだと思っていた言動がワインレッドに。
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