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記事 21件
  • いま文化系にとって野球の楽しみ方とは?――「プロ野球ai」からなんJ、『ダイヤのA』、スタジアムでの野球観戦、そしてビヨンドマックスまで ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.293 ☆

    2015-03-31 07:00  
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    いま文化系にとって野球の楽しみ方とは?――「プロ野球ai」からなんJ、『ダイヤのA』、スタジアムでの野球観戦、そしてビヨンドマックスまで
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.3.31 vol.293
    http://wakusei2nd.com


    本日のメルマガは、「いま文化系にとって野球の楽しみ方とは?」をめぐる座談会です。文化系の野球好きが集い、腐女子的な楽しみ方から「体育会系と文化系」の関係、野球人気低下の真相、マンガやネットカルチャーとの関連、そして参加型スポーツとしての野球の可能性やビジネス的視点まで、(なぜか)2万字の大ボリュームでお届けします!
    ※本記事は好評につき全文無料公開しています。
     
    ▼座談会出席者
    野条:82年生まれ。世を忍ぶ仮の姿とし
  • 『BTTF(バック・トゥ・ザ・フューチャー)』からカルチャーと時代の〈繋がり〉を考える (石岡良治の視覚文化「超」講義外伝 vol.2) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.291 ☆

    2015-03-27 07:00  
    216pt
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    『BTTF(バック・トゥ・ザ・フューチャー)』からカルチャーと時代の〈繋がり〉を考える(石岡良治の視覚文化「超」講義外伝 vol.2)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.3.27 vol.291
    http://wakusei2nd.com


    本日は、新連載「石岡良治の視覚文化「超」講義外伝 」の第2回をお届けします。昨年、「紀伊國屋じんぶん大賞2015」2位となった石岡さんの『視覚文化「超」講義』は、これまでのカルチャー批評とどこで一線を引いたのか? そして、スピルバーグ/ゼメキスの代表作『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を今、改めて考えることの意義を解説していきます。
    「石岡良治の視覚文化「超」講義外伝 」これまでの連載はこちらのリンクから。
    ※本連載は、PLANETSチャンネルニコ生「石岡良治の『視覚文化「超」講義』刊行記念講義」(第1回放送日:2014年7月9日)の内容に加筆・修正を加えたものです。
     
     
    ■『「超」講義』」であえて触れなかった事柄たち
     
     本書ではそれぞれの分野そのものに踏み込まないようにしました。そして分野ごとに濃淡をつけています。特に一番禁欲したのは「マンガ」です。本書の注意書きでも触れていますが、マンガについては雑誌『ユリイカ』を主な場に、いくつかの論考を執筆しています。去年(2013年)のものだと「今日マチ子」さんの特集で『Cocoon』を論じていたり、今年(2014年)の週刊サンデーの特集で『らんま 1/2』を論じています。このように個別の作品について語っているモノグラフはあります。今期のアニメで松本大洋さんのマンガ『ピンポン』がアニメ化されていましたが、ユリイカの特集で昔、松本さんのボクシングマンガ『ZERO』をフォーマリズムっぽく語った文章を書いています。(それらを集めた論集『「超」批評 視覚文化×マンガ』が2015年3月に刊行されました。マンガ論だけでなく伊藤若冲やガンダム、仮面ライダーディケイド論なども入っています。)
     
    【発売中!】

    ▲石岡良治『「超」批評 視覚文化×マンガ』青土社
    書籍版はこちら→http://amzn.to/1FLsDb0
    Kindle版はこちら→http://amzn.to/19U7w99
     
     本書を読んだ方に、マンガの作品についてもっと取り上げて欲しかったという声がありますが、目的が違うと考えて割り切りました。というのは、私のような性格の人間は、どこかに焦点を合わさないとうまくまとまらないからです。
     
     たとえば、マンガ『ハンター×ハンター』に「念能力」というものがあります。マンガに出てくる「誓約と制約」ですね。
     要するに本書にはかなりの縛りをかけています。とはいえ、完全に縛りをかけたのではなくて、一部ゆるい部分があります。
     
     具体的には「作品分析〈そのもの〉」、つまり作品は作品そのものとして見るべきであるという了解への縛りです。一作品の構造分析は「自宅警備塾」でもよくやっています。前回の「自宅警備塾」では、短時間のPV『On Your Mark』を割と細かい部分まで構造分析しました。過去の動画でも色々語っていますので、PLANETSチャンネルのアーカイブ動画を参照してください。「自宅警備塾」では、作品のバックグラウンドについても語っていますが、作品そのものの構造分析を常に行うように意識しています。構造分析に一番困ったのは『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ [新編]叛逆の物語』でした。「4回観た結果」と語っていますが、要するに、この作品は4回観ないと構造が把握できなかった。そんなふうに、一度構造分析してから、ざっくりとトークに落とし込む作業を私なりにしています。そんな感じで作品分析は日課なのですが、それを本書では意識的にしていません。
     
     あとは「理論」です。理論そのものに関してはあまり立ち入ってません。本書の第5回の1パート「メディア、メディウム、メディエーション」ではメディア論と様々な哲学の話について語っていますが、そこでも概論にとどめました。
     
     ゲームに関しては第4回の2パートで、ゲーム研究と遊戯論についてまとめて語っています。ここでも理論そのものに踏み込むのはギリギリのところで止めています。能力がないと言われたらそれまでですが、私なりに一応の考察をしています。
     また、「外国語文献の参照」も、ピエト・モンドリアンの文献とメディウム論の文献、具体的に言えばイヴ=アラン・ボアとロザリンド・クラウスと、エルンスト・ゴンブリッチという3人の美術史家の文献以外は、本書から外しています。つまり、私の性格上、外国語文献までたくさん入れてしまったら、本書の刊行に間に合わなかったとのではないかと考えています。
     
     もうひとつの制約は「注記からの二次的注」です。いちおう、注記には分野ごとの参照本が書いてあります。つまり、その分野で定評のある本や、そこから広がっていく文献などですが、範囲を絞りました。私自身はトリビアルなものが好きで、大学時代には、フランス思想研究で有名な、今は明治大学の教授である合田正人さんのゼミに所属していました。彼もフランス思想の文献をネットワークのように掘るタイプの人で、そこで学んだので、少し彼とキャラクターがかぶっているところがあります。他に影響を受けた人に、美術批評家の岡崎乾二郎さんなどいろいろな人がいます。そういう意味で「注記からの二次的な注」を網羅していく作業を、私自身はすごく好きです。思想史マニアには注記だけ読むという伝統があります。注記で有名な思想家として、マックス・ウェーバーとエルヴィン・パノフスキーが挙げられます。彼らの著書には、本文より注記が長いという特徴があります。そこまでではありませんが、本書でもページ下のコラムに二次情報的なものを入れています。制約を外してしまい、注記があふれかけたことがあったので、だいぶ添削しました。
     
     もちろん制約を課したことで、内容面で薄くなり、断片的になったかもしれません。ページ数についても、当初は7回を想定していたのですが、500ページを超過するので断念しました。
     
     
    ■作品を「◯◯年代」で考えることは有効か?
     
     もう一つ考えていたこととして、これは私の本質的な関心の一つなんですが、「ディケイド区切り」についてです。文化的に意識の高い人の何割かは、無条件でディケイド区切りを嫌います。私が疑問を持っている考え方として、作品そのものを語るときに「〜年代」を語るのは良くないとか、逆に年代や世代について語ると作品そのものについて語れなくなる、という発想が定番化していると思います。ですが、「作品」と「年代」の二つの語り方は、言われているほどには対立しないと考えています。もちろん本当に対立していることもあるでしょうし、あらゆる対立が無効とは思っていません。でも、大多数の一見して対立に見えるものの多くは無効ではないのだろうか、区切りを思いっきりシャッフルし直せるのではないかと考えています。
     
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  • なぜDMMは秋葉原にMakersの施設を作ったのか?――DMM.com会長・亀山敬司インタビュー ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.290 ☆

    2015-03-26 07:00  
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    なぜDMMは秋葉原にMakersの施設を作ったのか?――DMM.com会長亀山敬司インタビュー
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.3.26 vol.290
    http://wakusei2nd.com


    本日のメルマガに登場するのは、DMM.com会長の亀山敬司さん。「知る人ぞ知る」巨大IT企業、DMM.comはどうのようにして生まれたのか? さらには「艦これ」、太陽光発電、そして「DMM.make AKIBA」など次々に新しい事業を仕掛けるDMMの本当の狙いとは――?
    「モーニング」連載中、三田紀房先生の投資マンガ『インベスターZ』に亀山会長が登場!
    ▼マグネットでの「インベスターZ DMM編」試し読みのリンクはこちら。
    インベスターZ DMM篇を読む
     

    ▼プロフィール
    亀山敬司(かめやま・けいし)
    石川県のレンタルビデオ店からアダルト、IT業界の大物まで登り詰めるも、めったに人前に姿を現すことがなく、その正体は謎につつまれている。
    ※「かめっち会長」LINEスタンプはこちら。
     
     
    ◎聞き手:稲葉ほたて/構成:真辺昂
     
     
    ■ 世界から”レンタルビデオ店”が消えたなら
     
    宇野 亀山さんは「『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』を見たとき、レンタルビデオ店は世界から消えると思った」と、色々なインタビューで仰っていますよね。
    亀山 元々は税理士を目指すのに飽きて、歌舞伎町のコマ劇前で露天商をやってたんだよ。そこでお金を貯めて、田舎でレンタルビデオ店を開業したんだよね。で、ある日、確か店番をしていたときだと思うのだけど、『バック・トゥ・ザ・フューチャー2』を見て衝撃を受けたんです。あの映画の中で、テレビに向かって話しかけたら、チャンネルが変わるシーンがあるでしょう。それを見て、ふと、今のオンデマンドみたいな感じで、ビデオがなくなる気がした。
    そうなると、レンタルビデオという業態は厳しい。土地に縛られているからね。レンタルビデオは返却の必要があるから、みんな一番近い店で借りるでしょう。だから、シェアの範囲がそのまま「店の周り半径何キロ」になるの。僕がレンタルビデオ店をやっていられたのも、石川県加賀市のド田舎にいて、当時はそんな辺境の地まで大手が攻めてこなかったからですよ。
    宇野 それが、将来的に技術が発達したら成り立たなくなる予感が生まれた。
    亀山 そうそう。まあ、そもそも流通業というのは、今だったらAmazonなんかがそうだけど、広いシェアを取っているところが最終的には強いの。どのみち僕のような小さいところは、どこかで生き残れなくなったっただろうけどね。
    宇野 実際、その後に、TSUTAYAが出店攻勢をかける時代がやってきましたよね。
    亀山 いやもう、あの時点で地元の大手は来てましたよ(笑)。だから、もう早々に頭を下げに行ったね。「フランチャイズになって上がりを渡すから、頼むから来ないでくれ」と言ってさ。向こうも、「じゃあ、それなら」と言って、来なかったよね。
     
     
    ■「僕、衛星飛ばせないしなあ……」
     
    宇野 亀山さんはその後、アダルトビデオの製作を始めますよね。インターネットを使った流通や配信よりも前に、まず製作を始められた理由は何だったのですか?
    亀山 正直に言うと、当時はインターネットがまったく理解できていなかったの。衛星テレビのイメージくらいしかなくて、「衛星は飛ばせないしなあ……」とか的外れなことを考えていた(笑)。本当に、単に田舎の片隅で商売をしていただけだからね。ネットについて教わったのは、30代後半になって、確か上場準備をしていた頃の、オン・ザ・エッヂ時代のホリエモンに会ったときだよね。
    ――かなり早くから手がけているイメージがあったので、意外ですね。
    亀山 ホリエモンに会ったときに、メールの話をされても「電話でいいじゃないか」と答えてたんです。当時、もう30代後半だったけど、時代についていくために勉強したよね。
    そんな感じだから、最初にサイトを立ち上げた時も、"なんちゃってインターネット"ですよ。当時、課金の仕組みを作ると言ったら「半年かかります」と言われたので、見た目だけ作って、裏ではパートのおばちゃんを雇ったんです。カード情報をユーザーに入力させて、翌日裏でみんなに番号を打たせて、OKなら通すし、ダメならそのまま。回らなくなったら、おばちゃんを増やせ(笑)
    宇野 サーバーを増やすのではなく、おばちゃんを増やす(笑)
    亀山 ただ、話を戻すと、そもそもメーカーはシェアがなくても戦えるんです。例えば、当時は「ドラえもん」のビデオなんて、値段がめちゃくちゃ高くて1万円以上したの。でも、人気商品だから仕入れなければいけないんだよね。そういうのを知っていたから、一応メーカーなら人気商品さえ作れれば、高い値段で売れるという算段もあったわけです。
     
     
    ■ 亀山会長は、インターネットを先取りしていたーー!?
     
    宇野 その後、亀山さんは作った作品をいわゆる「富山の薬売り商法」で売っていったわけですよね。
    亀山 ある日、本屋に行ったらビデオが置いてあって、「どうしてんの?」と聞いたら、「なんか業者が置いていくんだよね」と言われたんです。だから、まあ出版業界からパクったんだよね(笑)。それで、当時は「映像メーカーから問屋を通じて小売店へ売る」というスタイルが主流だったところに、商品を直接店に送って返品から逆算して請求する方式にしたの。
    ーー問屋を挟まなかったんですね。
    亀山 それで、とにかく出荷担当が店に送りまくって、返品が来たらそのデータを集計してフィードバックを繰り返す、ということをしていった。まあ、ときどき返ってこなかったりもするんだけど、別に大した原価じゃないからスルーですよ。そんなことより、問屋を介さないことの方が美味しい。営業マンを雇う必要もないし、交通費もかからない。その分の人件費が丸ごと浮くわけ。
    ――元は出版業界の手法だったんですね。
    亀山 ただ、出版業界は当時POS(販売時点情報管理システム)を高く売りつけようとしていて、そこは甘いなと思ったよね。書店に聞いたら、何十万円とかかると言うんだよ。でも、僕は元がとれると思ったから、POSを無料で配っていったの。その後も、あの業界は付箋みたいなのをつけてるけど……
    宇野 いやあ、あれは本当に嫌になりますよね(笑)。
    でも、亀山さんの今のお話は、リクルートがAirレジでやってる手法ですよね。流通インフラに注目してモノを作っていたら、結果的にインターネットが当たり前になった世界での商売のやり方を20年ほど先取りしていた、というわけですね。
    亀山 当時は電話回線だから一日一回だったけど、契約したお店から「どの商品がどのくらい売れたか」という情報をリアルタイムで手に入れることができたんだよね。その分析を元に新作を作るから、どんどん売れるわけです。それを繰り返しながら、だんだん会社の規模を大きくしていきました。
    ――中抜きをなくして、ひたすらPOSデータで効率よく売る。まさに後のネット企業そのものですね。
    宇野 言い換えれば、戦後の出版界の独特の流通システムの一部がハックされて、今のECに極めて近い発想を編み出していたってことですね。
    亀山 まあ、問屋は元手なしで出来る商売だから怠慢な業者も多いし、よく飛ぶというのがあって、懲り懲りしたのもあるんだけどね(笑)。
     
    【1】POS(販売時点情報管理システム)
    物品販売の売上実績を単品単位で集計する経営の実務手法。POSシステム導入の最大の利点は、商品名・価格・数量・日時などの販売実績情報を収集して「いつ・どの商品が・どんな価格で・いくつ売れたか」という売れ行き動向が経営者にとって把握しやすくなる点にある。(wikipediaより)
     
     
    ■ プラットフォームはしぶとく生き残る
     
    宇野 90年代は戦前から作り上げて来た出版や広告の仕組みがほぼ完成していた時期で、その完成した仕組みでいかに収穫するかという次期だったと思うんですよね。その結果として当時のコンテンツ業界はバブル期で、「この出来上がった仕組みの上に、いかにカネになるイメージを流していくのか」という発想でしか考えていなかった。
    そんな中で、亀山さんのようにインフラの方に注目してモノを作っていた人は珍しいと思うんです。
    亀山 僕は田舎から始めた人間で、本当にバブルとは無縁の人生でだからね。会社も世の中の景気とはあまり関係なく、常に一定の成長を続けているだけです。
    宇野 例えば、TSUTAYAを運営しているカルチュア・コンビニエンス・クラブ(以下CCC)とDMMって対照的だと思うんです。CCCは代官山蔦屋書店にしろ新宿・渋谷のフラッグシップショップにしろ、「80年代から発展していった既存のインフラを生き残らせるために、その上に乗っかる新しいイメージをどう打ち出すか」というゲームをいまだにやっている。それに対して現在もDMMさんはそういうゲームにはまったく乗っていない。
     
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  • 井上敏樹エッセイ『男と×××』第7回「男と運」 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.289 ☆

    2015-03-25 07:00  
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    井上敏樹エッセイ『男と×××』 第7回「男と運」
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.3.25 vol.289
    http://wakusei2nd.com




    本日のメルマガは、平成仮面ライダーシリーズなどでおなじみ、脚本家・井上敏樹先生のエッセイ連載『男と×××』の第7回をお届けします。なんと、ついに宝くじで高額当選を果たした敏樹先生。そこで敏樹先生が改めて学んだ、「人生に向き合う姿勢」とは――?


    井上敏樹エッセイ連載『男と×××』これまでの連載一覧はこちらから。
     

    ▲井上敏樹先生が表紙の題字を手がけた切通理作×宇野常寛『いま昭和仮面ライダーを問い直す[Kindle版]』も好評発売中!
     
    【PLANETSチャンネル会員限定! 井上敏樹関連動画はこちらから。】
    ・関連動画(1)
    井上敏樹先生、そして超光戦士シャンゼリオン/仮面ライダー王蛇こと萩野崇さんが出演したPLANETSチャンネルのニコ生です!(2014年6月放送)
    【前編】「岸本みゆきのミルキー・ナイトクラブ vol.1」井上敏樹×萩野崇×岸本みゆき
    【後編】「岸本みゆきのミルキー・ナイトクラブ vol.1」井上敏樹×萩野崇×岸本みゆき
    ・関連動画(2)
    井上敏樹を語るニコ生も、かつて行なわれています……! 仮面ライダーカイザこと村上幸平さんも出演!(2014年2月放送)
    【前編】「愛と欲望の井上敏樹――絶対的な存在とその美学について」村上幸平×岸本みゆき×宇野常寛
    【後編】「愛と欲望の井上敏樹――絶対的な存在とその美学について」村上幸平×岸本みゆき×宇野常寛
     
     

    男 と 運
              井上敏樹
     
     
     宝くじに当たった。それも高額当選である。それほど熱心なわけではないが街をぶらついていて宝くじ売り場が目につくとたまに購入する。
     買ったはいいがそのまま忘れてしまう事しばしばである。大体当たる気がしない。だから当選日を心待ちにする事もない。それでももちろん、もしかしたらと言う淡い期待があるから購入するわけである。
     以前、机の上を整理していたら本の間から何十枚かの宝くじが出て来た。支払い期限をとうの昔に過ぎている。こういう場合は当選番号を確認してはいけない。もし当たっていたら発狂するほどの悔しさである。
     先日、また、掃除中に宝くじを発見した。いつ買ったのか記憶になかったが、確認してみるとまだ有効期限内である。さっそく当選番号を調べようと思ったが結構な量で面倒臭い。私はトレーニングジムに通っていて、ジムの側に銀行があり宝くじを売っている。そこでジムに行くついでに売場で調べてもらう事にした。
     窓口のおばさんに宝くじを渡すと、機械で調べてくれる。小さな電光パネルに当選枚数と金額が表示されるのである。窓口で調べてもらうのは初めてだったので、興味深く見守っていると、外れの枚数だけが増えていく。たまに当たりがあっても500円である。まあ、こんなものだ、とさほどがっかりもしなかったが、やがて『高額当選』の場所に『1』の数字が表示された。もちろん、一枚大当たりが出た、と言う意味だ。

     
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  • ディズニー/ピクサー的CGアニメは「宮崎駿的手法」を取り込むことができるか?――落合陽一、宇野常寛の語る『ベイマックス』 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.288 ☆

    2015-03-24 07:00  
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    ディズニー/ピクサー的CGアニメは「宮崎駿的手法」を取り込むことができるか?――落合陽一、宇野常寛の語る『ベイマックス』
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.3.24vol.288
    http://wakusei2nd.com

    本日のメルマガは、先日公開され話題となったディズニーの新作3DCGアニメ『ベイマックス』をめぐる落合陽一さんとの対談です。『アナ雪』大ヒット以降のディズニー/ピクサーが、「CGテクノロジーの進化」と〈宮崎駿的なもの〉という2つの課題にどう向き合ってくのかを考えます。

    初出:『サイゾー』2015年3月号(サイゾー)
     
    ▼作品紹介
    『ベイマックス』
    監督/ドン・ホール、クリス・ウィリアムズ 脚本/ジョーダン・ロバーツ、ドン・ホール 原作/『ビッグ・ヒーロー6』 製作総指揮/ジョン・ラセター 配給/ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ 公開/14年12月20日
     
    “サンフランソウキョウ”に住む天才少年ヒロ・ハマダは、兄タダシに見せられた工科大学のラボや、彼が作ったケアロボット「ベイマックス」に衝撃を受け、飛び級入学のための研究発表会に参加する。見事合格を勝ちとるが、直後に会場で火災事故が発生。残されたキャラハン指導教授を助けるべく、タダシは火の中に飛び込んでいった。兄を亡くした失意からヒロは心を閉ざしてひきこもるが、タダシが残したベイマックスと再会し、さらに自身が研究発表会のために製作したマイクロボットが何者かに悪用されていることを知り、タダシの死に隠された真相があるのではないかと疑問を抱く。ベイマックスのバージョンアップと、兄のラボの友人たちにパワードスーツや武器等を製作し、共に敵の陣へと乗り込んでゆく。
     東京とサンフランシスコを合わせたような都市が舞台だったり、主人公たちが日本人とのハーフだったり、設定からして日本の要素が多く取り入れられた、ディズニーアニメの最新作。
     

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    ▼対談者プロフィール
    落合陽一(おちあい・よういち)
    1987年生まれ。筑波大でメディア芸術を学び、2011年卒業、東京大学学際情報学府で修士号を取得(13年)。米MicrosoftResearchを経て、東大にて博士審査中(14年)。筑波大学非常勤講師。
     
    ◎構成:有田シュン
     
     
    落合 『ベイマックス』は予告編の印象と全然違って【1】、『アイアンマン』(08年)万歳! と思っているような理系男子の話をアニメで作るとこんな感じかな、と思っておもしろく観ました。ヒロがキーボードを叩いて、3Dプリンタとレーザーカッターでなんでもつくれる万能キャラという非常にコンティニュアスに成功したナードとして描かれているのは新しいし、研究と開発が一体化していることに誰も疑問を抱かないところを見ると、観る人の科学に対する意識がアップデートされているのかなとも思えた。頭のいい奴が手を動かせば、そのままモノをつくれるというイメージがつくようになったのはすごくいいなと思う。登場人物たちが、極めてナチュラルにモノをつくっているんですよね。ディズニー映画の製作期間はだいたい4~5年くらいと聞くから、『ベイマックス』はちょうど2010年代前半につくられたとすると、ちょうどプログラマーという人が簡単に社会変革を起こすものをアウトプットできるようになった時期なんですよね。だから、このタイミングでこういう作品というのは必然なのかもしれない。
     
    【1】予告編の印象と全然違って
    日本で公開されていた予告編では「少年とロボットのハートフルストーリー」のように見せられていたが、実際のところはアメコミ原作だけあってヒーローものになっている。
     
    宇野 ゼロ年代のディズニー/ピクサーだったら、兄貴がラスボスになっていたと思うんだよね。対象喪失のドラマという要素をもっと前面に出して、科学のつくる未来に絶望した兄貴と、科学の明るい未来を信じるヒロ君が対決する。単純に考えたらそっちのほうが盛り上がったと思うけど、今回のスタッフはその方向を取らなかった。個人的な動機に取りつかれた教授が暴走【2】する話になっていて、ヒロと科学をめぐる思想的な対立をしていないんだけど、そこは意図的にそうしたんじゃないかな、と。ピクサーの合議制のシナリオ作り【3】の中で兄弟対決が挙がらなかったわけはないんだよね。そういうあえて選択された思想的な淡白さが、今回のひとつのポイントだと思う。
     
    【2】教授が暴走
    事故で兄タダシと一緒に死んだと思われていたラボの指導教官。ロボット工学の天才博士が、ある個人的な動機に基づいてヒロの発明品を悪用しようとしていた。
    【3】合議制のシナリオ作り
    ディズニー/ピクサー作品においては、複数のスタッフがストーリー会議を行って脚本をつくり上げているのが有名。
     
    落合 もういまや科学技術批判が意味を持たない、ということが重要なんだと思う。科学技術批判、コンピューター批判してられないだろうっていうのは、『ベイマックス』のひとつの重要なファクター。今までの流れだったら、ヒロ君が作ったナノボットが知恵を持って暴走して人間に攻めてくる、みたいなシナリオもありだったと思うんですよ。でもそっちにはもういけないよね、と。
    宇野 ピクサーは、特にジョン・ラセター【4】は『トイ・ストーリー』(95年)から一貫してイノセントなもの、たいていそれは古き良きアメリカン・マッチョイズムに由来する何かの喪失を描いてきた。アニメでわざわざ現実社会に実在する喪失感を、それも一度過剰に取り込んで見せて、そして作中で限定的にそれを回復してみせることで大人を感動させてきたのがその手口。『バグズ・ライフ』(98年)も『ファインディング・ニモ』(03年)も『Mr.イングレディブル』(04年)も『カーズ』(06年)も全部そう。そして『トイ・ストーリー3』(10年)は、そんなラセターのドラマツルギーの集大成で、あれは要するに観客=アンディにウッディとの別れを告げさせることで、ピクサーが反復して描いてきたものが映画館を出たあとの現実社会には二度と戻ってこないことを、もっとも効果的なやり口で思い知らされる。
     しかし、その後のディズニー/ピクサーはこの達成を超えられないでいると思う。『シュガー・ラッシュ』(12年)はガジェット的にはともかく内容的にはほとんどセルフパロディみたいなもので、『アナと雪の女王』(14年)は、保守帝国ディズニーでやったから現代的なジェンダー観への対応が騒がれたけど、要は思い切って非物語的なミュージカルに舵を切ったものだと言える。そしてこの流れの中で出てきた『ベイマックス』は、ラセターが持っていた強烈なテーマや思想を全部捨ててしまって、ほとんど無思想になっている。単にこれまで培ってきた「泣かせ」のテクニックがあるだけで、これまで対象喪失のドラマに込められてきた「思想」がない。そこで足りないものを補うために、今回はアニメや特撮といった日本的なガジェットをカット割りのレベルで借りてきている。言ってしまえば、定式化された脚本術と海外サブカルチャーの輸入だけで、ピクサー/ディズニーの第三の方向性としてこれくらいウェルメイドなものがつくれてしまったということにも妙な衝撃を受けたんだよね。
     
    【4】ジョン・ラセター
    ピクサー設立当初からのアニメーターであり社内のカリスマ。06年にディズニーがピクサーを買収し、完全子会社化したことでディズニーのCCOに就任。ディズニー映画にも多大な影響を及ぼしている。
     
     
    ■ 3つに分岐したCG表現の矛先
     
    落合 『モンスターズ・インク』(01年)の頃までのピクサー映画は、いかに新しいレンダリング技術を取り入れて映画を作るかがサブテーマだったんです。『トイ・ストーリー』の頃はツルツルしたものしかレンダリングできなかったけど、『モンスターズ・インク』はモッサリした毛の表現ができるようになった。そこからしばらくはそうした技術の進化を楽しむ作品がなかったんだけど、『アナ雪』では雪のリアルな表現ができるようになった。あの雪の表現をつくるために書かれた論文があって、それなんか本当にすごい。雪をサンプリングして一個一個の分子間力を分析することで自然のパウダースノーをレンダリングするっていう。またこれで技術を見せる作品が続くのかな、と思ったら『ベイマックス』には何もなかった。だから、またそういう時代が数年続いて、その後にまったく新しいものが出てくるんだろうと思っています。

     
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  • 月曜ナビゲーター・宇野常寛 J-WAVE「THE HANGOUT」3月16日放送書き起こし! ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.287 ☆

    2015-03-23 07:00  
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    月曜ナビゲーター・宇野常寛J-WAVE「THE HANGOUT」3月16日放送書き起こし!
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.3.23 vol.287
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    大好評放送中! 宇野常寛がナビゲーターをつとめるJ-WAVE「THE HANGOUT」月曜日。ほぼ惑月曜日は、前週分のラジオ書き起こしダイジェストをお届けします!
     

    ▲先週の放送は、こちらからお聴きいただけます!
     
     
    ■オープニングトーク
     
    宇野 時刻は午後11時30分を回りました。みなさんこんばんは、評論家の宇野常寛です。今日は冒頭から「希望」について話したいと思います。この前の金曜日の夜のことです。仕事が終わって「今週も疲れたな。本当にいろんなことがあったな」と、そんなテンションの時に、僕はドライブに行ってきたんです。クルマをかっ飛ばして、横浜の港に行ってきました。Jam the WORLD金曜日でお馴染みの元NHKアナウンサーであり僕のマブダチ、堀潤と。30代既婚男性が深夜に二人で横浜にドライブに行ってまいりました。
    先週すこししゃべったんですけれど、先日とあるテレビ局のトラブルに巻き込まれて、僕はすごくヘコんでいたんですよ。そしたら、風の噂を聞きつけた堀潤が、僕を慰めに連絡をくれたんですよね。「宇野さーん、今日はもうパーッといこうよー!」みたいな感じで言ってくれて、Jam the WORLDを終えた彼が、六本木から買ったばかりの愛車を走らせて、表参道で仕事をしていた僕を拾って、そのまま二人で深夜の高速道路をかっ飛ばして横浜まで行ってきたんです。堀潤にけっこういろいろ案内してもらいながら、最終的には大さん橋ってところに行きました。客船のようなものが停泊していたり、出港していったりような船のデッキで、公園兼展望台のようなところですね。ダイナミックな夜景を見ながら、嫌なことを忘れようと思って行ってきたんですよ。そういうわけで繰り出してみたんですけど……結論から言うと、カップルしかいませんでしたね。もうね、想像を絶するリア充空間でした。辺りが暗いことをいいことに、すれ違うやつらが全員くまなく手を繋いでいるんですよ。「お前ら周りから見えなきゃ何やってもいいと思っているのかよ」とか思いましたね。「公衆の門前だぞここは」みたいな。
    30代の男性二人で来ているのってマジで僕と堀潤だけなんですよ。
     
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  • 僕らの石岡さんがついにメルマガでも不定期連載を開始!「石岡良治の視覚文化「超」講義外伝」vol.1 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.286 ☆

    2015-03-20 07:00  
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    僕らの石岡さんがついにメルマガでも不定期連載を開始!「石岡良治の視覚文化「超」講義外伝」vol.1
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.3.20 vol.286
    http://wakusei2nd.com


    PLANETSチャンネルで毎月1回放送中のニコ生番組「最強☆自宅警備塾」でおなじみ、批評家の石岡良治さんによる不定期連載が始まります! 「紀伊國屋じんぶん大賞2015」2位にも選ばれ昨年の話題の書となった石岡さんの『視覚文化「超」講義』。300ページ強の本のなかに入りきらなかった内容や、本書のコンセプトを講義形式で解説していきます。
    ※本連載は、PLANETSチャンネルニコ生「石岡良治の『視覚文化「超」講義』刊行記念講義」(第1回放送日:2014年7月9日)の内容に加筆・修正を加えたものです。
     
     
    ■ はじめに
     
     自宅警備塾を放送している石岡良治です。今日は発売されたばかりの『視覚文化「超」講義』を取り上げて、月一で連続講義を行っていきます。まだ一回目ということで試行錯誤をしながら、(ニコ生の)コメントで皆さんのリクエストも聞いていきたいと思います。
     早速、講義を始めていきたいと思います。
     まず、購入していただいた皆様、ありがとうございます。また興味を持っていただいた方、購入の検討よろしくお願いします。
     通常、自宅警備塾が毎月後半の水曜日に行われていますが、隔週で連続講義を行います。
     

    ▲石岡良治『視覚文化「超」講義』フィルムアート社、2014年
     
     
    ■ 本書の趣旨
      
     本書の主旨に関してなんですが、この本が出ているフィルムアート社ホームページの『視覚文化「超」講義』のページにYouTubeの動画があります。そこでは、この本についてのショート・ヴァージョンとロング・ヴァージョンの本書ポイント解説動画が上がっています。動画をフル画面でも観ていいのですが、このフィルムアート社のページと2窓で観ていただければと考えています。この本についてはいろいろなところで語っているのでお分りいただいていると思いますが、3つ4つのウインドウを複窓で観たり、人によってはマルチモニターで観たり、よくあるのはスマホと、テレビもしくはパソコンの画面を観るなど、今現在ニコ生を視聴するとき、複数のウインドウを同時に観る経験がよくあると思います。なので、フィルムアート社のページとこのニコ生を同時に観るということに挑戦していただきたい。
     
     今日は「はじめに」の前書きの部分と「あとがき」を取り上げます。この2つで本書の成り立ちについて解説しているので、ここを詳しく解説します。あとは本書に載せることのできなかったこぼれ話を織り交ぜながら解説していきたいと思います。
     本書はタイトルの通りなんですが、「視覚文化」について主にポピュラー文化を対象にして5つの視点から語る講義です。第1回から第5回までのレクチャーが載っていまして、分量として一番長いのは第5回で74ページあります。
     具体的な内容や構成については最後に語ります。
     主にポピュラー文化を取り扱うと本書で書きましたが、個人的には「ポピュラー」と「ハイアート」の枠組みをできるかぎり取っ払いたいと思っています。
     実は仮タイトルでは「教科書」と書いていたのですが、教科書的な雰囲気を減らしたかった。最初期、「教える」とか「入門」のようなことを書いていたのですが、個人的には本書に入門という意識はないです。
     具体的に、本書の舞台を「消費社会」と設定してみました。その起点は1950年代のアメリカとしています。
     「人類文明と視覚という壮大なものを期待していたら、映画以降の話なんですね」という読者からの感想があったのですが、実は少しだけ壮大な話を示唆はしています。第5回での「イメージについての人類学的な研究」の話をしたり、実はレクチャー1回につきハンドアウト1枚を制作しています。このハンドアウト一枚を一回分として、その収録時間に90〜120分を想定していたのですが、「あとがき」にも書いているように、一番長い収録で5時間を超えてしまいました。それゆえに書籍化する際にかなり刈り込んでいます。第5回は74ページあるのですが、当初は75ページ×7回を想定していました。でもそれだと500ページを超えてしまいます。そこで、収録したものを削ったり、再構成して入れ替えたり、再収録して加えたりして、その際に編集の方にお世話になりました。このような紆余曲折があり、本書は刊行されました。また、例えばメロドラマやPVを扱ったチャプターでは、既存の本や論文をかなり参考にしています。注意書きにも書いているので是非ともご覧ください。参照した本を読んでいただくと、取り上げた作品の内容のあらすじや解説が多いことに気づくと思います。そういう意味で私の語っている事柄は、完全に独創性のある主張はしていません。しかし、消費社会以降の現代に至るまでのカルチャーのうち「視覚的イメージ」または「視覚的表象」を含むものを想定してみて集めてみました。
     
     主旨としては今言ったように、映画論の歴史などの体系的な密度よりは、時代と対象領域の広がりを重視しています。
     そのため話が断片的であったり、飛び飛びだったりします。ゆえに内容が濃いと思っていらっしゃる方の予想と異なるかもしれません。
     あと、議論が枝葉末節に入り込んでいるかもしれません。これはぶっちゃけて言うのならば、「ヌルい」「浅い」と思われるおそれです。現にフィルムアート社ホームページでのロング・ヴァージョンの動画で「この書籍は大学生の私が超disりそう」と自分から言っていますね。この本の「ヌルさ」や「浅さ」についてはあとで簡単に説明していきます。
     ポイントとしては「分野の横断性の意識」、これが一番大きいです。フィルムアート社のホームページと2窓にしていただいていると思うのですが、その状態について考えたいということなんです。
     
     コンセプトがわかりにくいかもしれないというコメントがありましたが、「視覚文化論」的なものを想定しています。
     まえがきにも書きましたが、すごく大雑把に言うならば、基本的に文学理論として展開されていた「批評理論」という流れに、「ポピュラー文化」が加わることで割となんでも語れるという雰囲気が生まれました。ただ、人によってはそれでは雑であると考えたり、ポストモダンというだけで怒る人もいます。このように必ずしも万人に受け入れられる基準であるとは言えない。また、各自、得意不得意な分野がありますよね。私は大学時代、ジル・ドゥルーズやミシェル・フーコーに興味があったので哲学科にはいづらく、フランス文学科にいました。音楽については、高校から大学生時代、いわゆる洋楽好きでした。けれどもとりあえず文学と音楽は「視覚文化」からは外してみる。そういうイメージでぼんやりと考えてみてください。
     しかし、例外も多いです。映画を考察するときに映画音楽は避けて通れないですね。それに第3回の後半では「PV」の話をしています。いくつか文学の話もしています。例えばステファヌ・マラルメの詩ですね。私はマラルメの詩をガチで読みこめるほどの語学力はないのですが、好きでした。
     
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  • 情報化される実空間と都市再編――不動産ポータルは日本の「住」をどう変えたのか /井上高志(不動産ポータル「HOME'S」運営 株式会社ネクスト代表取締役)インタビュー ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.285 ☆

    2015-03-19 07:00  
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    「情報化される実空間と都市再編――不動産ポータルは日本の「住」をどう変えたのか」
    井上高志(不動産ポータル「HOME'S」運営 株式会社ネクスト代表取締役)インタビュー

    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.3.19 vol.285
    http://wakusei2nd.com


    本日のメルマガは、不動産ポータル「HOME'S」を運営する株式会社ネクスト代表・井上高志さんへのインタビューです。この10年で「HOME’S」のような不動産ポータルは家探しの定番サイトとしてすっかり定着しましたが、そこで井上さんは日本の「住」にどんな革命を起こしていたのか? そしてさらに、中古住宅・リノベーションを有効活用した「これからの住まい方」まで、じっくりとお話を伺ってきました。

     

    ▼プロフィール
    井上高志(いのうえ・たかし)
    株式会社ネクスト 代表取締役社長
    1968年生まれ。青山学院大学経済学部卒。新卒入社した株式会社リクルートコスモス(現、株式会社コスモスイニシア)勤務時代に「不動産業界の仕組みを変えたい」との強い想いを抱き、独立して1997年に株式会社ネクストを設立。インターネットを活用した不動産情報インフラの構築を目指し、不動産・住宅情報サイト『HOME'S(ホームズ)』を立ち上げ、掲載物件数No.1のサイトに育て上げる。2011年からは『HOME'S』のアジア展開にも着手。2014年には世界最大級のアグリゲーションサイトを運営するスペインのTrovit Search, S.Lを子会社化。日本のみならず世界で情報インフラの構築を進め、国籍や言語に関わらずスムーズに住み替えができる仕組み創りを目指す。
     
    ◎聞き手:宇野常寛
    ◎構成:稲葉ほたて
     
     
    宇野 今日は、井上さんに不動産ポータル以降の「住まう」ということについて、お伺いしたいんです。
     僕がホームズをはじめて知ったのは2000年代の半ばです。当時は、インターネットが本格的に台頭してきて、ネットユーザーのほとんどが不動産ビジネスがポータル化していく流れを不可避だと感じはじめていたはずなのですが、当の不動産関係者のほうは「ブログって何?」という状態だったと思うんです(笑)。リクルートの「住宅情報(現SUUMO)」も、大して状況は変わらなかったと思いますね。
     ところが、そういうふうに広告屋や出版屋が見よう見まねでネットをやっている中で、明らかにホームズだけが異彩を放っていた。インターネットの文脈で、正しくプラットフォーム運営を行っていたポータルサイトだったと思うんです。当時、みんな表立っては絶対に言わなかったけど、内心は「HOME’Sに追いつけ追い越せ」だったと思うんですよ。
     そこでまず聞きたいのですが、不動産ポータルというのは、もしかしてホームズさんの発明と考えてよいのですか?
    井上 スタートが一番早かったのは、間違いありません。
     僕がリクルートを辞めたのは1995年の7月でした。そして、9月には見よう見まねで、手打ちでホームページを作っていますから、実はスタートはWindows 95よりも早いくらいです。まあ、当時の掲載件数は数百件程度だったので、今となってはポータルと呼べるか怪しいところですけどね。ただ、日本語のページで不動産情報が集積されたサイトは、他にはありませんでした。そういう黎明期を経て、徐々に物件数を増やしながら、商用サービスとしてスタートしたのが1997年の4月です。その時点でも、やはり一番早く着手していると思います。
     当時の僕らの勝算は、料金プランにありました。前職がリクルートだったので、いずれは必ず「住宅情報」でネットに攻めてくるだろうと確信していたので、彼らのコスト構造では絶対に参入できない徹底的な価格破壊モデルを行いました。当時は、紙媒体の「住宅情報」で1軒分を2週間だけ掲載するのに、1万5千円が相場でした。それを僕たちはWeb媒体である強みを活かして、1万5千円で載せ放題のモデルにしました。これで初期は、一気に契約件数を伸ばしています。
     ただ、決して順風満帆だったわけではありません。やはり、先行者メリットを享受できたのは90年代の後半だけで、00年代に入ると、リクルートとアットホームという老舗の大資本が後追いで入ってきて、営業力であっさりと加盟店数を抜かしてしまいました。そのときに、SEO対策を素早く行って検索エンジン経由のユーザー数を大幅に伸ばしたのが、現在も生き残れている要因でしょうね。
    宇野 ただ、僕が見た00年代半ばのホームズは、やはりウェブサービスとして群を抜いていたと思いますよ。極端に言ってしまえば、ホームズを見てみんな作っていたくらいだと思います(笑)。確かに、リクルートやアットホームの方が営業力も高くて、その点で井上さんたちは危機感を抱かれていたのかもしれない。でも、当時の彼らは結局のところ、インターネットを単に紙媒体が置き換わっただけのものとしか思っていなかったように見えます。
     それに対して、ホームズはSEO対策も含めて、不動産のポータルサイトとしてやるべきことをキッチリとやっていたし、新しい機能を貪欲に追加していた。他と比べて明らかに使いやすかったし、地図検索のような全く新しい機能が登場してくる。やはり鮮烈でした。
    井上 他者とウチの違いを聞かれたときには、リクルートやアットホームはメディアで、我々はプラットフォームなのだと答えています。実際、彼らは基本的には外注で作っていて、紙の文化なんですよ。それに対して我々はネット専業で、エンジニアたちが日々ユーザーのことを考えながら、スパイラル型で作っていくわけですね。
     それに、ビジネスモデルも全く違うわけです。リクルートのスタイルでは、結局のところ大都市圏のお金をいっぱい払ってくれるクライアントを増やすのが一番重要です。でも、僕らは稚内の情報だって、鹿児島の情報だって、青森の情報だって、全部広げて取っていくのが重要です。だから、僕らの創業時からの目標は国内に6千万件ある不動産情報を全てデータベース化して、インフラになることなんです。現在は、なんとか1800万件まで来たところですね(*)。
    (*)居住中の物件も含む。
     
     
    ■ ホームズは「情報の非対称性」をいかに解消したか
     
    宇野 この5年くらいのインターネット業界は、とにかく「ソーシャル」だったわけじゃないですか。でも、井上さんはひたすらデータベースを整備して検索性を上げていって、最適化していくことが価値を産んでいくんだという思想を崩していませんね。
     今となっては、ホームズのように、ここまで徹底的に検索できなかったものをひたすら検索させることで突き進んできた会社は、そうはないように思うんですよ。
    井上 それは、ありますね(笑)。ただ、日本の不動産業界とソーシャルは、あまり相性が良くないかもしれませんね。
     アメリカのように不動産のエージェントが弁護士や会計士と並び称される専門職であれば、ソーシャル的なサポートにも意味があるでしょう。でも、日本の不動産仲介業には、そういうノウハウはありません。逆にユーザー側の口コミはというと、そもそも転居にはそんなに回数がないので、セミプロが沢山いる分野になり得ない。外食であれば、毎日行く機会があるわけで「食べログ」のような口コミサービスは成立しますが、なかなか不動産では信頼性のある情報にはならないですよね。
     結局のところ、日本の不動産の問題点は「情報の非対称性」なんですよ。とすれば、まず重要なのは、真っ当な情報が沢山ある状態を作ることなんです。そのために必要なのは、やはりソーシャルよりも、まずはデータベースの充実だと思いますね。
    宇野 不動産ポータルという文化が日本に定着したことで、不動産業界や日本人の住まい方に変化はありましたか?
    井上 まさに大きく解消されたのが、この不動産における「情報の非対称性」ですよ。
     僕がホームズを作った背景には、情報の囲い込みや隠蔽によって儲けている不動産業界への怒りがあったんです。例えば、仲介業でよくあるのが、あえて見劣りのする物件を先に2,3件見せたあとで、自分のマージンが高い物件を見せて、「これは最高の掘り出し物ですね」なんて言うような手法です。当時の僕は、そういうやり方が横行しているのに憤慨していました。
     だから、僕は6千万件のデータベースを作りたいと言い続けるんです。全てのデータが目の前にあって、誰もが見られる状態になり、不動産会社の評価・ランキングまで作ってしまう。そうなれば、もう良い業者にならなければ絶対に淘汰されていくわけです。
    宇野 僕はホームズの地図検索が出てきたときに驚いたんです。だって、実際にその物件がどこにあるかという情報は、ほとんど半ば意図的に隠されていたものでしょう。当時の僕は衝撃を受けました。
    井上 宇野さんが仰るように、どこよりも早く地図検索を始めたのはウチです。なんでも一番でやるのが好きな会社なのですが、お陰で業界とすったもんだはありました(笑)。物件の位置がわかると、オーナーのところに直接行かれてしまうんですね。
     そもそも、今の若い人には信じられない話かもしれないですが、2000年代前半までは間取り図すらも載せない風潮でしたからね。間取りも写真も載せずにおいて、とりあえずお客さんから電話をかけてもらって、「じゃあ、店に来て下さい」と言って営業をかけようという発想です。そこで僕たちは、間取りや写真の数が多いものほど、ソート順で上にあげていくという発想で対応しました。これでクリックレートは劇的に変わるわけですよ(笑)。その結果、2000年頃にはせいぜい10%だった間取りや写真の掲載率が、たった3年程度で90%まで上昇したんです。
    宇野 いや、当時の僕は色んな条件で検索して遊んでいたのですが、もう東京に全く別の地図が出現してきた気がしたのを覚えています。僕らが普段見ている風景とは全く違う世界が広がりだして、「ファミリー物件は意外とこんなところにあるんだ」とか「この辺りは意外と人気がないんだ」とかが一目で分かるんです(笑)。
    井上 ええ。こういう情報技術を通じた「見える化」を進めてきたことで、物件情報以外にも「ここは住みやすいエリアなんだっけ」というような、周辺情報まで可視化されていきました。実は、ここは意外と見過ごされがちな、大きな変化だと思いますね。
     
     
    ■ 不動産のフリーワード検索が機能しなかった理由 
     
    宇野 よくプラットフォームを運営していると、「意外とユーザーはこういうものを求めているんだな」という発見があると聞くんです。井上さんにも、長年の経験で見えてきたことはありますか?
    井上 「フリーワード検索」の話が、それかもしれないですね。よく不動産の調べ方で、都道府県を検索させて、次に賃貸か売買か、売買なら中古か新築か、などを選ばせるでしょう。でも、僕はそれを業界の押し付けにすぎないと思うんです。だって、そもそも通勤エリアが川崎だったとして、別に居住地は東京でも神奈川でもいいし、場合によっては千葉でもいいわけじゃないですか。
     だから、そういう人間が全体で3分の1くらいはいるはずだと思って、「フリーワード検索」という機能を入れてみたんです。これは「海が見える」とか「二世帯住宅」とか、好きなワードでグーグルライクに検索して、住居を選べる仕組みです。絶対にこっちのほうが便利だと思って出したら……なんと、実際には全体の1割しか使ってくれませんでした(笑)。
    宇野 自分のライフスタイルから逆算して住まいを探すという文化が、そもそもユーザーにまだ定着していないんですね。不動産ポータルなんて、ついこの間まで世界に存在していなかったものですし。
    井上 まだ過渡期なんですね。ユーザーの方も、不動産ポータルで探すときには、都道府県を選択して、次に駅の路線か地域か、あるいは通勤通学時間なのかを選択して……みたいな風に、もう探し方を「こういうものだ」と学習してしまっていて、まだ抜け出せずにいます。
     そこで次に考えているのが、レコメンデーションエンジンです。まだ開発途上ではありますが、最終的な目標としては、例えばユーザーの行動履歴を見ながら、「この人は現在、賃貸から売買の方へと意識が変化し始めている。でも、資金繰りのところで躊躇しているようだ」なんて解析して、「住宅ローンのいろは」みたいなページのコンテンツをレコメンドして見せてしまうくらいにはしたいですね。
     とにかく、情報をどんどんパーソナライズして、人間の感性の変化に合わせながら、その人間の「今」のタイミングにぴったりな情報を提供するのが良いと思うんです。
    宇野 つまり、ユーザーが自分のライフスタイルを検索できるレベルまで言語化できないのならば、その支援装置を作ってしまおう、というわけですね。ただ、例えば僕は「模型オタク」なのですが、「模型がいっぱい飾れるところ」で検索しても、まだ引っかからなそうですね。実は模型好きにとっては日照は「害悪」なんです。だから、日当たりが良い部屋にコレクションを置かざるを得ないときは、もう遮光カーテンを選んで買っていますからね(笑)。とはいえ、街の不動産会社ならば対応できるかというと……。
    井上 いやいや、対応できないです。単純に良い情報を教えてくれるだけならば、もう機械の方が自分にフィットしたものを与えてくれるようになっていくでしょう。そもそも不動産仲介事業者というのは、別にライフスタイルの提案ができる人たちではありませんから。むしろ、そこはリフォームやリノベーションの会社の領域ですね。彼らであれば、お客さんのニーズを聞きながら、提案はできると思います。
     
     
    ■ 「生活スタイルの提案」はアルゴリズムにはできない?
     
    宇野 実際のところ、不動産業界というのはすごく古い業界だと思うので、僕のようにいい歳をした大人が趣味の模型をメインの条件で部屋探しをするなんて、絶対に想定してないでしょうからね。
     それにしても、明らかに最近のホームズは、ライフスタイル提案の方に舵を切られていますよね。インテリア事業や介護事業への進出は、その現れだと思います。ただ、僕がそこで気になるのは、井上さんはデータベース整備によるプラットフォーム運営に限界を感じて具体的な価値観を提示する方に向かっているのか、それともむしろプラットフォーム運営の必然として価値観の提示の方へと向かっているのか、一体どっちなのだろうかということです。
     

    ▲『HOME'S介護』:有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅など、さまざまな高齢者向けの住まいを探すことができる介護施設検索サイト。
     

    ▲『HOME'S Style Market』:インテリア・家具・雑貨のECサイト。
     
    井上 それは、中期戦略の中で明確に決めていて、その戦略を「DB+CCS」と呼んでいます。
     物件からインテリアまで含めた巨大なデータベース(=DB)を構築する一方で、コミュニケーション・アンド・コンシェルジュ・サービス(=CCS、Communication and Concierge Serviceの略)を構築する。これは、お客様とコミュニケーションしながらコンシェルジュする機能を、人間と機械・システムによるハイブリッド型で提供するのですが、そこでは巨大なデータベースが必要になるわけです。さらに、この膨大なデータへの検索をレコメンデーションエンジンで支援したり、ザッポスのようにコールセンターを設けて、「あなたにとってのピッタリはこれでしょう?」と提供したりして、マッチングを進めるのです。まあ、本来はここのマッチングは、不動産仲介会社がやるべき仕事なんですけどね。
    宇野 今のお話で重要なのは、もはやレコメンドそのものはもはやプログラムの方が将来的に発展していき、人間に残されているのは価値の提案そのものになっていると考えていることだと思うんです。

     
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  • 住宅建築で巡る東京の旅――「ラビリンス」「森山邸」「調布の家」から考える(浅子佳英×門脇耕三×宇野常寛「これからのカッコよさの話をしよう」第3弾) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.284 ☆

    2015-03-18 07:00  
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    住宅建築で巡る東京の旅――「ラビリンス」「森山邸」「調布の家」から考える(浅子佳英×門脇耕三×宇野常寛「これからのカッコよさの話をしよう」第3弾)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.3.18 vol.284
    http://wakusei2nd.com


    本日は、好評の「これからのカッコよさの話をしよう」第3弾をお届けします。今回のテーマは「住宅建築」。浅子佳英さん、門脇耕三さん、宇野常寛の3人で、東京にある3軒の住宅建築を巡りながら「住まい」のデザインと機能について考えました。
    ▼これまでの記事
    ・これからの「カッコよさ」の話をしよう――ファッション、インテリア、プロダクト、そしてカルチャーの未来
    ・無印良品、ユニクロから考える「ライフデザイン・プラットフォーム」の可能性(「これからの『カッコよさ』の話をしよう」第2弾)
     
    ▼プロフィール
    門脇耕三(かどわき・こうぞう)
    1977年生。建築学者・明治大学専任講師。専門は建築構法、建築設計、設計方法論。効率的にデザインされた近代都市と近代建築が、人口減少期を迎えて変わりゆく姿を、建築思想の領域から考察。著書に『シェアをデザインする』〔共編著〕(学芸出版社、2013年)ほか。
     
    浅子佳英(あさこ・よしひで)
    1972年生。インテリアデザイン、建築設計、ブックデザインを手がける。論文に『コムデギャルソンのインテリアデザイン』など。
     
    ◎構成:中野慧
     
     
     「これからのカッコよさ」鼎談シリーズ第3弾となる今回は、門脇さんの発案で、都内にある3軒の有名住宅を一日かけて周りました。最初に訪れたのは80年代の集合住宅の代表作のひとつである、杉並区下井草の「ラビリンス」。そして90年代から00年代的方法論の最高傑作とされる「森山邸」を訪れ、その後はJR南武線に乗って多摩地区に向かい、2010年代的なリノベーション住宅である「調布の家」を訪れました。それぞれの時代精神を象徴する3つの住宅から見えてきた、これからの「住まいとライフスタイル」が向かうべき未来とは――?
     
    当日の宇野のツイートはこちらから。
    http://twilog.org/wakusei2nd/date-150122
     
     
    ■周辺環境からの〈切断〉と内部への〈演出〉――80年代の「ラビリンス」(杉並区井草/設計:早川邦彦建築研究室、1989年)
     
    宇野 今日のテーマは「建築めぐり」ということですけど、まずこのコンセプトメイクをした門脇さんから今日の趣旨説明をお願いします。
    門脇 今日は80年代、90年代から00年代、2010年代の各年代の建築デザインを代表するような、現在でも「カッコいい」と思える3つの有名な住宅建築を周りました。建築にはヒトの生き方そのものをデザインするようなところがあるので、いつの時代も「カッコイイ生き方・ライフスタイルとはどういうものか」を考えているところがあるんだけれども、その「カッコよさ」がどんな世界観・空間観に基づいているのかを紐解きつつ、そもそも各時代の「カッコよさ」が、周辺領域のどういう文化と関連しながら形成されていったのかも考えていきたいと思っています。
     最初に行った「ラビリンス」は、80年代トレンディドラマの代表格である『抱きしめたい!』(1988年放映、フジテレビ系)で、主演のW浅野(浅野温子・浅野ゆう子)のうち、浅野温子のほうが住んでいたマンションを設計した早川邦彦さんの作品なんですね。そのマンション(=「アトリウム」)は中野区にあったんですが、すでに取り壊されてしまっていることもあって、下井草にあるこの「ラビリンス」を訪れることにしました。これはいわば「デザイナーズマンションの走り」ですね。
     

    ▲「ラビリンス」の外観。中庭を囲むように敷地の周縁部に建物が配置されています。
    (写真提供:早川邦彦建築研究室)
     

    ▲フジテレビ開局50周年記念DVD 抱きしめたい! DVD BOX
     
    浅子 「アトリウム」も、この「ラビリンス」と同じくパステルカラーが全面的に使われているのですが、さらに尖った色とデザインで水盤まであったんですよ。あそこまで作り込んだ外部空間は中々ないのでもう一度見たかった! 最近は80年代的なもののリバイバルがあり、それこそ復活したKENZOにはとても似合ったはず。なくなったのがとても残念ですね。 それはともかく、2つとも、中庭を公共スペースとして大きく取り、その周りを住戸で固めるという設計になっています。
     

    ▲各住戸への階段は複雑に張り巡らされています。
    (写真提供:早川邦彦建築研究室)
     
    門脇 我々は建物のブロックとしてのまとまりを「ボリューム」と言うんだけれど、ボリュームの中庭側はさまざまな色で彩られていますが、街並みと連続する道路側は実は落ち着いた色に塗られています。そのことによって、中庭側に足を踏み入れた瞬間にハッとするような、すごく特異な「カッコいい」世界が、まさに「演出」されている。
    浅子 一方で各住戸の内部のプランは割とオーソドックスで、そんなに特殊なものではないんですよね。
    宇野 ちなみにあの中庭の共用部はどう使われてたんですか?
    門脇 詳しいことはわかりませんが、基本的にはあまり使われていないと思います。ただ、集合住宅として考えると、あそこで家族の記念撮影とかはしたんじゃないかな。普通のマンションって家族写真を撮りたくなるような場所はないけれど、集合住宅にそういうフォトジェニックなスペースがあるというのはすごく良いことだと思います。
    浅子 あとは、集合住宅の機能的なこととは別に、階段を抜けると全然違う場所にたどり着くという「迷路」のような空間自体を作りたかったということもあると思います。
    門脇 迷路性と関連させると、「ラビリンス」は面ごとにさまざまな色が塗られていて、それが重層的に重なることによって、奥行きのようなものが作り出されています。建築的には色々ルーツが考えられますが、すぐに指摘できるのが、建築史家であり建築家でもあったコーリン・ロウによる「透明性」についての議論です。コーリン・ロウは、モダニズムの代表的な建築家であるル・コルビュジェの作品分析を通じて、さまざまな面が重なり合って奥行き感が生まれるような空間を、視線は抜けなくても体験的には「透明」であると位置付け、後の建築に大きな影響を与えました。「ラビリンス」の色の塗り方は、カラースキームとしてもコルビュジェの作品に通じるものを感じますので、モダニズムの文脈との結びつきは強く感じます。
     ただやっぱり、当時の80年代の日本のポップカルチャーとの結びつきも大きい気はしますね。
    浅子 さっきの『抱きしめたい!』もそうだし、今改めて見ると、色使いに関してはわたせせいぞうのイラストや、江口寿史の『ストップ!! ひばりくん!』に近いものがある。 ポップさや、 アメリカ的な物をそれこそ平面的に取り入れる80年代のあのちょっと浮かれた感じの世界観。やっぱり建築史的なルーツとは別に、他ジャンルとの近接性を感じますよね。
     

    ▲わたせせいぞう 卓上ポストカードカレンダー 2014年度版
     

    ▲ストップ!!ひばりくん!コンプリート・エディション 2
     
    門脇 80年代のイラストって、ベタに塗った面の上に星や三角形などの記号的なアイコンを散らせたりするなど、面としての重層性で奥行きを出すという方法で、作り方としては近い感じがある。
    浅子 2015年の感覚でみると、そもそも共用部をあれだけ広く取るというのがいまいち理解できないはず。だって、普通に考えたら、あの空間には何の機能もないしメンテナンスも大変だし、それだったら一つ一つの住戸がもっと広いほうがいいですよね。ただ、当時の感覚からすると、建築家というのは、それなりの規模の建築を作る場合には、そこに住む住人のためだけではなく、周囲の人々のために公共空間を作らなければならないという意識があったんですよ。実際にあそこが公共的な役割を持てていたかどうかは別にして。
    宇野 しかしこれは単純なツッコミですけど、下井草のど真ん中にああいう建物があったとして、周辺住民は景観被害のように捉えなかったんですか?
    門脇 周辺にはきちんと配慮していて、敷地を囲むように建物を配置して、周辺と切断した上で、中に独自の空間を生み出しているんですよね。だからこそ「演出」的な感じを強く受けるとも言える。けれどもそのように「表」と「裏」を作らざるをえなかったことへの反動として、90年代、00年代の「裏表のない世界」への志向につながっていく。同じ頃、周辺領域にもトレンディドラマのようなキメキメの世界観から自然体へという流れがあって、おそらく建築界にも共通した雰囲気はあったんじゃないかな。
     

    写真提供:早川邦彦建築研究室
     
     
    ■90年代・00年代デザインの結晶としての「森山邸」(東京都南部/設計:西沢立衛建築設計事務所、2005年)
     
    門脇 そうした中で、90年代になると、たとえば雑誌なんかだと文字組みを均一にしていって、すべてがフラットなものが「カッコいい」とされる時代になっていくわけです。その流れの中に、次の「森山邸」も位置付けられると思います。
     

    ▲「森山邸」の外観。大小様々なかたちの「箱」が並んでいて、それぞれが住人の部屋になっています。オーナーの森山さんによれば、左側の建物の屋上スペースでは住人同士でバーベキューをしたり、さらにはここで出会って結婚した方までいらっしゃるそうです。
    (C)TakeshiYAMAGISHI
     
     ちなみに「森山邸」の設計者の西沢立衛(にしざわ・りゅうえ)さんは、妹島和世さんとプリツカー賞(建築界でももっとも権威ある賞)を受賞していて、お二人は世界的な建築家ユニットです。
     この住宅は「ラビリンス」のような演出された空間とは違って、「日常世界にいかにフラットに連続させていくか」という問題意識に基づいているように思えます。周辺から切断された特異な世界を差し込むのではなく、外の世界との連続のなかからどのように日常を豊かにしていくか、というアプローチをしているんですね。
    浅子 これまで見た事のないほど強烈で新しいデザインでありながら、小さな建物の多い周囲の街並みに溶け込むようにもなっているんですよね。
     あと「森山邸」が特徴的なのは、塀がないこと。「ラビリンス」はある種の閉ざされた世界をつくっていたけれど、こちらは小さな庭をいっぱい配置しながら敷地の外側の世界とも完全に連続している。
     

    ▲下町風景の残る周辺の街並みにもそれほど違和感なく溶け込んでいます。
    (C)TakeshiYAMAGISHI
     
    宇野 あれは非常に素晴らしいと思いましたね。敷地内の地面や木を、窓の配置や採光を工夫することで間接的に取り込んでいく。建物外の環境に対して切断的でなくて連続的な空間になっているわけですよね。
     さらにいえば、それほど広大とはいえない敷地のなかでも、窓の位置や大きさを使って部屋ごとに取り込む風景を変えているじゃないですか。あの狭い空間の中に、あれだけ多様な文脈を共存させるという設計は舌を巻くものがある。
    浅子 「森山邸」もラビリンスと同様に集合住宅なのですが、一見適当に箱をばらまいているだけに見えて、たとえば隣の棟の窓がふたつとも開いていると、自分の窓から他人の家の窓を貫通してさらにその先が見える、というように実はとても緻密な設計がなされている。写真だと平面的に見えるんだけど、実際にはすごく奥行きが感じられますよね。
    宇野 その上で、ちゃんとプライベートな空間も確保されていて、非常に計算されていますよね。今日(収録は1月下旬)は雨だったこともあって家の中がすごく寒かったんだけど、その問題さえなければ、ビジュアル的・空間的には一番魅力的な住宅だと思いました。
    浅子 実際、この「森山邸」がこの十数年の住宅建築のなかではもっとも素晴らしい建築だと言ってもいいと思いますよ。宇野さんの言っている寒さの問題にしても、それほど広くない敷地のなかにたくさんの部屋を共存させるためにはどうしても壁を薄くせざるをえないというところもある。要は外壁を間仕切り壁のように扱っているわけで、建物ひとつひとつそして庭がそれぞれ部屋になっていて、リビング、ベッドルーム、キッチンやお風呂がそれぞれ独立し大量にばらまかれているわけだから。
     

    ▲建物の中にも外にも読書やお茶ができるスペースが。ちなみにこの棟の梯子を登った上の階には「茶室」があります。
    (C)TakeshiYAMAGISHI
     

    ▲森山さん専用のバスルーム。こちらも独立した建物になっています。森山さん曰く「露天風呂のように使っていて、雪の日なんかはとてもお風呂が楽しいんです」。共同風呂ではないのに他の住人の方も時折「借りたい」と言って入るんだそう。
    (C)TakeshiYAMAGISHI
     
    門脇 「森山邸」では、私的な領域を細かくして敷地にばらまいた結果、公共スペースも細かくなっているわけですが、小さな公共スペースは親密な雰囲気を醸し出しはじめていて、私的領域と公共的領域が境目なく混じり合ってしまうんだよね。
    宇野 住民がよく屋上でバーベキューをしているって話が象徴的ですよね。ただ、僕が気になったのは入居者のライフスタイルというか、センスがどの部屋も似たり寄ったりになっていたこと。
    浅子 共通チケットが要る、ということですね。
    宇野 意外と住むのが難しい部屋で、若い人がうっかり住んじゃうとことごとく代官山のショウウィンドウのような、いわゆる「オシャレ」な生活が並んでしまうことになってしまうんだと思う。
    門脇 ある程度他人の部屋が見えてしまうということによって、むしろ自分の生活をディスプレイする欲求が生まれてしまう。
    宇野 やっぱり限界があると思うのは、ここには変態は住めないこと。生活が丸見えだから。特に日本の場合、ある特定の文化的コミュニティの中で承認されているライフスタイル以外は、あそこまでオープンにすることはできない。浅子さんの言う通り、暗黙のうちに特定の文化圏の住人であるというアピールを要求されてしまっていると思うんだよね。建物を取り巻く文化状況とのかかわりの中で、Facebookのリア充写真投稿がみんな同じパターンになるのと近い現象が起こってしまっていると思う。
    門脇 80年代的作り方は「演出」的だから、物語的なアイテムをたくさん使っているんですよね。壁をチェック状にペイントしてみたりだとか。それはあくまで見せる場所、つまり公的な領域でしか発露しなかったのだけど、「演出」だからこその非日常性にも到達できた。その非日常性が私的領域にも及べば、「変態」と表現されるような異質なものの宿り代にもなり得たかもしれませんが、それはいずれにしても「表」と「裏」の切断をもたらしかねない。ジレンマですね。
     デザイン言語的にも、80年代的な「演出」に対する反動として、90年代から00年代は徹底的に抽象性を志向した時代です。建築にはもともと屋根とか庇(ひさし)とか、雑多なものがくっついてくるんですが、そうした雑多なものを徹底的に排除して、四角いシンプルなかたちにして、色も白で、というようにダイアグラム的に空間をつくろうという意識が強い。で、「森山邸」になると「集合住宅を解体して四角の箱にしてばら撒くという論理的な操作だけで空間が作れますよ」というダイアグラム的方法論の達成に至るわけです。
     ところがそうした表現は、浅子さんがこれまで2回の座談会で指摘してきたような「白いもの」、つまりアートギャラリーのような空間に近づいてしまう。「白いもの」は00年代に蔓延しきった結果、文化的な記号としても作用するようになってしまったから、そこで宇野さんの言っているような排他性の問題も生まれてしまうんだと思います。
    浅子 屋根だったら雨を受けて下に流すという機能があるし、壁だったらまた違う機能があるんだけど、例えば森山邸は屋根も壁も床も同じ鉄板で出来ている。本来は別々の材料で、別々の作り方で作っていたものを1つの要素で作ってみようという挑戦をした結果、デザインとしては極端にシンプルになったのだけど、なってしまったとも言える。
    宇野 ウェブデザインもそうだけれど、ああいった一種のミニマリズムって、画一的なプラットフォームの上に多様なコミュニティを花開かせるために採用されているものじゃないですか。でも建築の場合、森山邸のような達成ですらも、多様性を生むことに成功していないような気がする。これはどうしてなんでしょうか?
    門脇 建築の場合は「プラットフォームであろう」としても、それ自体がどうしても形を持ってしまうんですよね。
    浅子 つまり、コンテンツの側面がどうしても出てきてしまって、単純なプラットフォームだけにはなりえない。「森山邸」のデザインも様々な人を受け入れるプラットフォームとしての機能より、この見た事のない新しく面白いデザインの家に住みたい、というコンテンツの機能のほうが大きいんじゃないかと思うんです。
    宇野 つまり建築という存在自体が、定義的にミニマルであり得ないと。ミニマルというイデオロギーにはなり得るけど、ミニマルなプラットフォームにはなり得ない。
    門脇 建築が存在を感じさせないようなものになり得るのであれば、それこそオープンなプラットフォームだと言えるんでしょうが、建築のデザインとして、それは白くてミニマルなものではない、ということなのでしょうね。
     
     
    ■多様なものを包摂する「住まい」とは?――「調布の家」(調布市調布ケ丘/設計:青木弘司建築設計事務所、2014年)
     
    門脇 この新たに生じた問題をどう乗り越えるのかということについて、ひとつの解答を示していると思えるのが、最後に見た「調布の家」です。
     

    (C)TakeshiYAMAGISHI

    ▲一見普通の集合住宅の1階・2階と屋根裏部分をぶち抜き、三階建ての居住スペースにリノベーションした「調布の家」。3階から下を見ると2階部分とガラスで隔てられた1階部分が少し見えます。
    (C)TakeshiYAMAGISHI
      
     この住宅は「建築が本来持っていた雑多な要素はそのまま扱っていいんじゃないか」という思想で作られている。その建築の雑多な要素ひとつひとつをデザインとして自律させて、バラバラに見せていくと、建築のスケールが空間未満に小さく解体されて、家具とか人とか犬とか、建築以外の要素とも混じり合ってしまう。そういう作り方ですね。
     また、「調布の家」は敢えて仕上げを剥がしたり、逆に仕上げをしていたり、古いものを残したり、新しいものを作ったりと、とにかく情報を増やすような設計になっています。
     

    ▲2階部分。写真右下の暖炉の熱が上下の階に行き渡り、室内はとても暖かかったです。
    (C)TakeshiYAMAGISHI
     
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  • つながるものを扱うために(稲葉ほたて『ウェブカルチャーの系譜』第5回) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.283 ☆

    2015-03-17 07:00  
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    つながるものを扱うために(稲葉ほたて『ウェブカルチャーの系譜』第5回) 
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.3.17 vol.283
    http://wakusei2nd.com



    本日のメルマガは、好評連載『ウェブカルチャーの系譜』第5回です。
    ふだんネットを使っていて、「なぜネット上で人々は(一見)利他的に振る舞うんだろう?」という疑問を抱く人は多いのではないでしょうか。今回はこの問題について、モースの『贈与論』のような学問的蓄積と、インターネット以降の様々な知見を接続しながら考えていきます。

    稲葉ほたて『ウェブカルチャーの系譜』これまでの連載はこちらのリンクから。
     
     
     なぜ人間はインターネット上で、一見して"利己的"とは思えない行動を取るのだろうか。
     この問題について、一つの回答を与えているのが、エリック・レイモンドのオープンソースにおける古典的文書『伽藍とバザール』に続く一連の文書である。とりわけ、二つ目の文書『ノウアスフィアの開墾』では、レイモンドは「なぜ人間がオープンソースのプロジェクトに参加するのか」という動機の問題を解説している。『伽藍とバザール』が、オープンソースについて開発スタイルの具体的なあり方という、言わば「How?」の側面から大きく取り上げた文書だとすれば、この『ノウアスフィアの開墾』では、なぜ人間がそんな行動を取るのかという「Why?」を深掘っている。
     
    Homesteading the Noosphere: Japanese
     
     その内容はウェブ上で全文が読めるが、その箇所の内容を端的に言えば、「仲間内の評判」を求めて、ハッカーたちはオープンソースに参加するというものだ。
     その説明を、彼は「贈与文化」に求めている。レイモンドによれば、私たちの社会に広く普及している、中央集権型の再分配や貨幣による交換経済のような分業の体制は、希少な財をいかに配分するかの適応行動から生じたものである。だが、温和な気候で食料の豊富な地域や、あるいはショービズやセレブのような財があり余った世界では、現在も贈与文化が見受けられる。そこでは、文化人類学者マルセル・モースらが分析してきたように、気前よく他者に贈与を行うことで「仲間内の評判(名誉)」を得るためのゲームが発展する。
     レイモンドの慧眼は、ハッカー文化にもこの特質が当てはまると指摘したことだ。
     

    オープンソース・ハッカーたちの社会がまさに贈与文化であるのは明らかだからだ。そのなかでは「生存に関わる必需品」――つまりディスク領域、ネットワーク帯域、計算能力など――が深刻に不足するようなことはない。ソフトは自由に共有される。この豊富さが産み出すのは、競争的な成功の尺度として唯一ありえるのが仲間内の評判だという状況だ

     
     そして、ここからレイモンドはオープンソースにまつわる様々な慣習について、贈与経済の特質と英米慣習法における土地所有権の理論から説明を加えていく。この文書を編著『角川インターネット講座 (10) 第三の産業革命経済と労働の変化』(角川学芸出版・2015)で紹介した山形浩生は、序文において本書をこう説明している。
     

    「フリーソフト/オープンソースのもたらす動機の分析として、いまだに本論を超えるものはないとぼくは思う。(中略)急に有名になったあらゆる現象の常として、フリーソフト/オープンソース運動にもそれなりの誤解がついてまわった。何やらソースコードさえ公開すれば、どんなソフトでも誰かが勝手に開発や改良を引き受けてくれるとか、オープンソースの旗を掲げればどんなソフトでも誰かが無料で開発してくれるとか。もちろん、そんな虫のイイ話はない」

     
     オープンソースという運動は、もちろんネットワーク技術の特性が可能にしたものだ。だが、可能であることと実際に機能することの間には大きな開きがある。オープンソースの参加者に働く独自の法則性のようなものを知らねば、掛け声だけが虚しく響く結果に終わる。当たり前の話といえば、当たり前の話である。
     しかし、この文書の認識の凄みは、まさにそんな単純な事実を鋭く指摘した点である。インターネットは、いつも「自由」と結びつけて語られがちだ。だが、私たちはそこにおいて、「いかなる行動でも取れる」というわけではない。これは、パソコン通信やインターネットが登場したことで見えた、人間についての一つの知見である。この文書の面白さは、プログラマのような合理性を尊ぶ人々が、いわば「未開の」社会の現象として観察されてきた行動原理にぴたりと当てはまる振る舞いを、まさに合理的であるがゆえに選択していることなのである。
     
     
    3つの関係意識の不変性
     
     さて、前2回において、私は1985年の電気通信事業法の施行以降に登場した、ダイヤルQ2をめぐって登場した言説から、3つの関係意識を抽出してきた。
     
    ・なぜチャットは「部屋」なのか(稲葉ほたて『ウェブカルチャーの系譜』第3回)
    ・"つながるのその先"は存在するか(稲葉ほたて『ウェブカルチャーの系譜』第4回)
     
     この1対ゼロ・1対1・1対Nの関係意識というのは、1対1の通信を行うアーキテクチャである電話の分析において取り出してきたものだ。今回は、これをインターネットの議論に繋げるための準備作業を行いたいと思う。そのためにまず確認しておきたいのは、この3つの関係意識がインターネットのようなN対Nの相互に絡み合ったネットワーク構造においても強く残存しているという事実である。
     
     例えば、インターネットの黎明期から、「ネット上の発言は常にオープンの場に曝されると意識せよ」や「双方向性の時代なのだから、オープン性を拒否するのはインターネット的ではない」などの言説が繰り返し登場する。事実、このオープン性を称揚する思想は一見して、インターネットという技術から自然に導かれるものに見える。
     だが、そのような発言はインターネットの可能性をむしろ過小評価している。一方で、インターネットにおいては黎明期から「暗号化」されたプライベートな通信への希求もまた、強烈に存在してきたからだ。スティーブン・レビーが著作『暗号化』に書き残したように、必ずしも衆人環視のもとで行いたくない欲望もまた、人々はインターネットに込めてきたのだ。その欲望と黎明期の技術者たちの情熱こそが、「暗号化」の技術にまつわる米政府の妨害を退け、電子メールや電子商取引を可能にしたのである。
      
     実際、前回に浅羽通明氏にまつわる議論で提示した、ECサイトやクラウドソーシングを用いて市場の中で孤独に閉じていく「1対ゼロ」の生き方とは、暗号化技術にもとづくオンライン決済なしにはありえない。また、携帯メールやLINEのように、新しい「1対1」関係の結び方もインターネットは可能にした。そして、オープンな場においては、ニコ動の歌い手やキャス主、ユーチューバー、あるいは地下アイドルブームの隆盛など、プチカリスマを大量に生成する装置としての機能(「1対N」)もウェブ以降のインターネットが果たしてきたのは言うまでもない。
     
     だから、私たちは事実を注意深く見なければいけない。ダイヤルQ2をめぐる電話論が提示してくれた関係意識の系譜は、後世にも残り続けている。だが一方で、1対1のアーキテクチャで物理的に閉じていた電話と、N対Nのネットワーク構造を扱うインターネットでは、やはり状況が異なってくる面もある。そこで、ここからは論の構成を、よりネットワーク上での情報のやりとりに向いた形に置き換えたいと思う。
     

    ▲スティーブン・レビー『暗号化 プライバシーを救った反乱者たち』紀伊國屋書店、2002年 
     
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