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記事 21件
  • その異業種交流会はなぜイケてないのか~オリンピックからイノベーションまで地下鉄4駅!?~(橘宏樹『現役官僚の滞英日記』第10回) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.355 ☆

    2015-06-30 07:00  
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    その異業種交流会はなぜイケてないのか~オリンピックからイノベーションまで地下鉄4駅!?~(橘宏樹『現役官僚の滞英日記』第10回)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.6.30 vol.355
    http://wakusei2nd.com


    本日は橘宏樹さんの連載『現役官僚の滞英日記』最新回をお届けします。今回は、「英国のシリコンバレー」として再開発が進むロンドン五輪の会場跡地周辺を実際に巡りながら、「イノベーションが生まれる空間の条件」について考えました。
    橘宏樹『現役官僚の滞英日記』前回までの連載はこちらのリンクから。

     
     
    こんにちは。ロンドンの橘です。学期末試験をなんとか乗り切りました。次には8月末締切の修士論文が待ち構えているものの、さすがにちょっと一息つかせていただいております。日本も毎日だいぶ暑いと聞いていますが、こちらもすっかり夏日和です。夕方5時ともなればバーの周りやカフェテラスに、夕涼みと会話を楽しむたくさんの笑顔が並び、太陽は夜の9時を回っても沈みません。休日にはサングラスをかけたTシャツ短パンの家族連れがぶらぶらと日光浴を楽しんでいます。ヨーロッパ人の誰もが待ちわびた最高の季節がやってきました。試験が終わった私にとっては、日差しの眩しさもひとしおです。
     

    ▲陽光を存分に浴びて、芝生でくつろぐ人々。
     
    ロンドンの休日風景でつくづく印象的なのは、公園の芝生で極めて多くの人が、座っておしゃべりしたり、寝そべって日光浴をしていることです(店内で食べると場所代を上乗せされてしまうこともあるのですが)。特に広い公園では公共のデッキチェアがそこかしこに置かれていたりしています。不定期に巡回する係員がデッキチェアの利用者から料金を徴収しています。平日でも、ランチなど、私のクラスメイトたちもそうですが、友達同士がそれぞればらばらに好きな店からテイク・アウェイで持ち寄ってきて、芝生集合という感じです。そして食べたあとは、寝そべります。とにかく、ロンドンの公園では、「何かをしている」人々よりも、「何もせず」ひたすら寝そべっている人が圧倒的に多いのです。特に白人系に顕著です。ブラジル人の友達も「そうだ。ロンドンの連中はみんな芝生で寝てる。俺もそう思う。」「自分の国は暑いからむしろ公園では日向ぼっこというより日陰を探す。太陽を浴びたければビーチだ!」と言っていました。そこで私も、さすがに試験が終わったこの解放感に存分に浸ってみるべく、陽当りの良い芝生を見つけて、とことこん寝そべりに行ってみようと思い立ちました。ロンドンオリンピックのメインスタジアムがあるオリンピック・パークはキレイだぞ、と前から人に勧められていたので、出かけてみました。
     

    ▲改装工事中のメインスタジアムの左は、パークの象徴である「オービット(衛星)」ロンドン最大級の彫刻作品で展望台に登れます。
     
    オリンピック・パークと言えば、『PLANETS vol.9』でも都市の再開発とオリンピック「後」の施設活用計画を連動させて考える「オリンピック・レガシー」がテーマになっていましたね。2012年開催のロンドンオリンピックのメインスタジアムがある一帯は、「クイーン・エリザベス・オリンピック・パーク」の名前で2014年に再オープンしました。来てみると、確かに、運河や遊歩道や花壇が綺麗に整備されています。大会で使用されたプール・体育館も一般市民が使っています。園内では無料wifiも使えます。メインスタジアムは、2倍の大きさにするための拡張工事中で、2016年完工予定です。完成したら、プレミアリーグのウェストハムという地元のチームのホームスタジアムになることが内定しています。
     

    ▲ロンドンオリンピックでも使用されたプール・体育館。今では市民に開放されています。
     

    ▲工事中のメインスタジアムの擁壁に掲示されたポスター。具体的な数字を並べて公共事業の効果をPR。いかにもイギリスらしい。
     
    そして、最寄のストラトフォード(Stratford)駅には非常に巨大なショッピングモールが併設されていました。H&Mやユニクロ、TOPSHOP、激安が売りのPRIMARKといった、ハイブランドというよりは市民にとって身近な人気ブランドが軒を連ねており、平日昼間に行ったのですが、フードコートもたいへん賑わっていました。全体的に、ターミナル駅、体育施設と公園、ショッピングモールが上手に連動していて、人々は、設計された通りに溜まったり流れたりしている印象でした。私は、自分の地元の、錦糸町駅・墨田区総合体育館と錦糸公園・オリナスの構造に似ているなと思いました。こちらも近年の再開発の賜物なのですが、ストラトフォードの5分の1程度の規模ですけれど。
     

    ▲オリンピックパークに隣接するストラトフォードの駅ビル。巨大ショッピングモールの入口です。
     
    しかし、それでも、この比喩がなんとなくしっくりくるように思えるのは、もともとこのロンドンの東側の地域もまた、「下町」であるからだろうと思います。ストラトフォードは、前号で取り上げた、元アラブ人街・準スラム街から前衛アートやファッションの一大発信地に生まれ変わったショーディッチから、地下鉄で東にたった2駅の場所にあります。投資も集まらず、貧しい人々や移民が暮らし、治安も良くなかったこの地域を抜本的に刷新する上で、オリンピック・スタジアムの建設は、非常に直接的で効果的なきっかけになりました。当時イギリス経済を苦しめていたリーマンショックから立ち直るためにも、大々的な公共事業が行われたというわけです。整地・開発が及ばなかった周辺地域には、落書きなど荒廃していた時代の名残が見られます。
     

    ▲オリンピックパークを東側から展望。開発されておらず落書きや塗炭屋根の建物が残っています。
     

    ▲オリンピックパークをぐるりと囲む運河。遊歩道をたどってメインスタジアムの方向に向かって歩いています。
     
     
    ■ キャメロン首相「イギリスのシリコンバレー」宣言の「勝算」を読み解く
     
    そして、ポスト・オリンピックの都市計画に関して極めて興味深いのは、2010年11月のキャメロン首相の発言です。彼は「ショーディッチの創造性やエネルギーとオリンピックパーク周辺のとてつもない可能性を掛け合わせることで、東ロンドンをシリコンバレーに匹敵するハイテクとイノベーションの中心地にしたい」と述べています。
    (参照:Olympic Park to rival Silicon Valley in David Cameron's vision for east London | Sport | The Guardian )
    実際、プレスセンター跡地は“Here East”と改称され(http://hereeast.com)、スポーツ専門テレビ局や、デジタル関連のメディアスタジオが入居し、英国内大学ランキング11位のラフバラ大学が研究センターを置いたりと、テクノロジー関連の産業集積が既に始まっています。当時の選手村もそのまま住宅地にリニューアルされています。貧民街をオリンピックを挟んで「英国のシリコンバレー」に生まれ変わらせてしまおうという、相当野心的な巨大都市開発プロジェクトが行政のリーダーシップで進んでいるのです。
     

    ▲オリンピックパーク北側の工事現場。9万平方メートルの広大な敷地内で、建設中の地区はまだまだ多い。
     
    Here Eastは、「理想的な空間イノベーションを生み出し続けるコミュニティを築く理想的な空間であり中心地」であることを標榜しています。しかし、そこで私が少し気になったのは、一切を真新しくあつらえられたような場所で、「イノベーションを生みだし続けるコミュニティ」は機能するのかなあ、ということです。機能する可能性を考えるなかで、この間聞いた話を思い出しました。
     
     
    ■ イギリスの勝ちパターンを裏支えしてきた「クラブ」
     
    先日、日本における産官学連携の理想的な空間づくりを考える調査団が、ロンドンにやって来ました。知り合いも参加しており、イギリスにおける産官学連携やイノベーションの実態に関してインタビュー調査を行いたいとのことでしたので、有識者を数件コーディネートさせていただきました。隣席して聞いていると、有識者たちが口を揃えて言うには、ロンドンでは、会員同士の社交を目的とした「クラブ」を単位とする伝統的な社会人サークル(こちらではソサエティ(society)と呼びます)が大きな役割を果たしてきたと思う、とのことでした。
     
    例えば、大学の同窓生や教職員限定のクラブ、医者だけが入れるクラブ、ポーランド関係者だけが入れるクラブ、などの社交クラブが英国社会にはたくさんあるそうです。もちろん会費を払わなくてはいけません。格式の高いクラブへの加入は会費も高く、紹介制であることはもちろん、厳正な身上審査を通る必要があったりします。そして伝統があり裕福なクラブは、巨大で豪華なクラブハウスを持ち、宿泊施設やプール、ジム、食堂、カジノ、講堂などまで完備しているそうです。もはや高級ホテルです。まさにプロサッカーチームやゴルフ場が所有している、あのクラブハウスという感じですね。クラブのイメージとしては、「80日間世界一周」という古い映画をご存知の方も多いと思います。劇中、80日間で本当に世界が一周できるかどうか紳士たちが賭けをしたり、帰国した主人公が駆け込んできて勝利を宣言するシーンがあります。あれは「リフォーム・クラブ」という社交クラブのクラブハウスの中という設定です。(尚、同名のクラブは実在します。ホームページの写真から英国の上流クラブの雰囲気がお分かりいただけると思います。)
     
    私自身も、イギリスの自由民主党のクラブ会員の方に、グラッドストン(19世紀、保守党のディズレーリと交代で首相を務め、自由党(今の自由民主党)を率い二大政党政治を展開。大英帝国の黄金期を支えた)がつくったという、クラブハウスに連れていっていただいたことがあります。ロンドンの本当にど真ん中、テムズ川の最も美しい河岸の一角にあり、宮殿のように豪華な建物でした。
     
    「喫煙室」という名前の懇談用の居間では、グラッドストンの威厳に満ちた巨大な肖像画が、そこで語らう会員たちを見守っていました。文字通りクラシックに黒檀などの木目調で揃えられた家具たちは、華美な装飾は抑えられていながらも、手入れも行き届いてつやつやとしていて、一点一点から質の良さがひしひしと伝わってきました。これがイギリス紳士好みということなのでしょう。内装の素晴らしさは、貴族の邸宅を利用した美術館にもいくつか訪れましたが、この10ヶ月見てきたインテリアのなかでは、一番凄みを感じました。館内の写真を撮ってはいけないとのことで、こちらに掲載できないことが非常に残念です。
     
    会社の喫煙室でもいろいろとひそひそ話してるよなー、でも同じ喫煙室でも段違いだな、などと思いながら奥に入っていきました。ふと壁を見ると、グラッドストン第一次内閣のメンバーが勢ぞろいして、ソファーや椅子に腰掛けて何やら話している様子の絵がかかっていたのですが、その絵の中の調度品やソファーは、現在の喫煙室の様子と配置も含めて、まったく同じでした。これにはとてもびっくりしました。会員の方が得意気に(その分こともなげに)おっしゃるには、200年前には、この場所には、絵のとおりグラッドストンが本当に座っていたということだそうです。
     

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  • 月曜ナビゲーター・宇野常寛 J-WAVE「THE HANGOUT」6月22日放送書き起こし! ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.354 ☆

    2015-06-29 07:00  
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    月曜ナビゲーター・宇野常寛J-WAVE「THE HANGOUT」6月22日放送書き起こし!
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.6.29 vol.354
    http://wakusei2nd.com


    大好評放送中! 宇野常寛がナビゲーターをつとめるJ-WAVE「THE HANGOUT」月曜日。ほぼ惑月曜日は、前週分のラジオ書き起こしダイジェストをお届けします!
     

    ▲先週の放送は、こちらからお聴きいただけます!
     
     
    ■オープニングトーク
     
    宇野 時刻は午後11時30分を回りました。みなさんこんばんは、評論家の宇野常寛です。見てくれている人もいるかもしれないですが、僕は4月から、日本テレビの朝のワイドショーの「スッキリ!!」に、木曜レギュラーで出ています。さすがにレギュラーがはじまって3ヶ月が経つので、だいぶ慣れてきましたね。はじめの頃は、すぐにテレビ局とケンカして番組を辞めてしまうんじゃないかなと思っていたんですよ。僕は過去に何回もそうやって番組をおりているので、今回も1ヶ月か2ヶ月でそうなるかなと思っていたんです。でも、意外とやれていますね。というのも、スタッフさんがすごく熱心で、テレビっぽいノリが嫌いな気持ちとか、僕の業界批判みたいなこともある程度わかった上で、「宇野というプレイヤーをどう活していくか」ということを一緒に考えてくれているんですよね。おかげで、今のところすごく楽しく、やりがいを持ってやれています。
     スタッフさんの話によると、月曜から金曜までの間で、僕が出ている木曜日は、特に出演者同士が和気あいあいとしていて、いい雰囲気らしいんです。先日も打ち合わせの時に、けっこう盛り上がったんですよね。番組がはじまる前に、コメンテーターとスタッフで打ち合わせをするんです。で、僕の出ている木曜日は、おおたわ史絵さんという内科医の女性と、タレントの松嶋尚美さんと僕の3人でコメンテーターをやっているんですけれど、先週、そのおおたわさんと松嶋さんがふたりとも黄色い服を着ていて、被っていたんですよね。で、女子のふたりが「被っちゃったねー」とか言いながらすごく盛り上がっているんですよね。で、僕はちょっと蚊帳の外に置かれて寂しかったんですよ。だから、「じゃあ僕も来週は黄色い服を着ていきますよ」って、冗談で言ったんですよね。僕的には、「また宇野くん、そんなこと言っちゃってー」という苦笑いを想定していたわけですよ。あくまでその場の冗談だったんだけど、「お、いいねー! それ、やろうや!」って、松嶋さんが超盛り上がっているんですよ。それで、「あ、じゃあ私も用意しておくね」っておおたわさんが爽やかにそこに乗っかって、僕はもう完全に後に引けない感じになったんですよね。「まじですか、じゃあ来週は黄色い三連星ですね」とか言いながら、心の中では「マズイことになったな……」と思いました。
     だいたい、僕は黄色い服とか持ってないんですよ。
     
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  • 10年代のユースカルチャーを語るために(稲葉ほたて) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.353 ☆

    2015-06-26 07:00  
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    10年代のユースカルチャーを語るために(稲葉ほたて)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.6.26 vol.353
    http://wakusei2nd.com

    ▲10秒動画コミュニティ MixChannel(ミックスチャンネル)より

    本日は、ネットライター・稲葉ほたてによる論考「10年代のユースカルチャーを語るために」を配信します。ゲーム実況など最新のユースカルチャーを考えるために、既存の文化批評の言葉に足りない要素とはなにか?を考えた論考です。
    初出:「文化時評アーカイブス2014-2015」(朝日新聞出版)
     
     
     この10年で起きたことを端的に言えば、支配メディアの覇権が、雑誌やテレビからインターネットへとシフトしたことである。それに伴い、コンテンツ産業では「売り切り型」のビジネスモデルが急速に崩壊し、新たなビジネスモデルの模索が課題となった。継続的にユーザーにサービスを提供していく「運営型」のビジネスモデルは、その状況における最適解の一つである。
     
     
    10年代はCGMの時代
     
     その中で台頭したのが、基本無料でありながら、払える人間からはガッツリ貰うという、AKB48などのグループアイドルや『パズドラ』などのソーシャルゲームで駆使された「フリーミアム型」、それもCDや魔法石を買えば買うだけサービスが受けられる「アイテム課金方式」のビジネスモデルであった。
     しかし、こうした文化で若者が中心になれることはない。単純な話だ。子供はカネを持っていない。実際、ネットの「嫌儲(けんもう)」と言われる文化圏には、実は子供の書き込みが多いとしばしば言われる。代わりに、彼らはむしろニコニコ動画やpixiv、あるいは掲示板などの、無料ユーザーでも有料ユーザーとほぼ変わらずに楽しめるネットのCGM文化へと流れこんだ。
     かくして、カネに余裕のある大人ほど有利な「運営型」の有料文化に対して、カネはないが時間だけは有り余っている子供ほど有利な「CGM(コンシューマー・ジェネレイテッド・メディア)」の無料文化という、ある意味では大変に殺伐とした図式が成立した。パッケージモデルという、良い物を作って定価で売るサイクルを繰り返せばよかったビジネスモデルの時代には、ここまで露骨にはならなかった「格差」とも言える。
     
     では、そこで若者が殺到したCGM文化とはどんなものか? ここでカゲプロやヒカキン、マイクラやミクチャなどの固有名を挙げるのは簡単だ。しかし、CGMの本質はそこにはない。重要なのは参加型メディアとしてのネットにおける、人間の「使い方」であり、人々が込める「欲望」である。それを「ミーム」と呼んでもよい。
     例えば、かつて「ゼロ年代批評」とでも言うべきものが存在した。当時の若手批評家が担ってきたそのムーブメントは、特に後半においては、ほぼ情報技術がもたらすソーシャル性優位の文化の登場に、旧来のカルチャーや政治がいかに向き合うかが主題となっていた。
     
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  • ネットワーク時代の予防医学(予防医学研究者・石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第2回) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.352 ☆

    2015-06-25 07:00  
    216pt



    本日は石川善樹さんの連載『〈思想〉としての予防医学』第2回、「ネットワーク時代の予防医学」をお届けします。今回は「自己啓発」の歴史を振り返りながら、人間の〈意志〉と〈行動〉の関係、そして〈行動〉に影響を与える人間関係のネットワークの在り方について、最新の予防医学の知見を参照しながら解説していきます。
    前回記事:思想としての予防医学を考える(予防医学研究者・石川善樹連載「〈思想〉としての予防医学」第1回)
     
     
    1.「自己啓発本」の源流をたどる
     
     しばしば、自己啓発本では高いモチベーションで物事を成し遂げていくことの重要性が語られます。こういう本に出てくるような意味での「意志」を最初に著したのは、英国の医者にして作家であったスマイルズであると言われています。スマイルズは、19世紀半ばに書いた『自助論』で欧米の300人に及ぶ成功者について書き記し、不屈の意志をもって物事を成し遂げることの重要性を語りました。
     

    ▲サミュエル スマイルズ (著), 竹内 均 (翻訳)『スマイルズの世界的名著 自助論 知的生きかた文庫 』三笠書房
     
     スマイルズがこういう著作を記した背景には、人類が都市文化の中で生きていくようになったことがあります。彼の言うような意味での「意志」とは、地域の規範を必ずしも守らなくても生きられる時代が来て、初めて登場した考え方だったとも言えます。
     ただし、スマイルズの『自助論』はあまりにもストイックな成功伝であり、そう簡単に真似できるものではありませんでした。それに対して、「もっとポジティブに行こうよ」という考え方で登場してきたのが、『思考は現実化する』の著者ナポレオン・ヒルです。彼が凄かったのは、スマイルズの『自助論』からさらに一歩考えを進めて、「では、その不屈の意志はどこから生まれるのか?」という問いを立てたことです。
     彼の結論は、それは願望の力である――というものでした。願望が強ければ強いほど、意志は強くなるというわけです。よく自己啓発本に、「自分が1億円を手にした姿をイメージしよう」みたいな言葉が出てくると思いますが、こういうふうに願望を具体化させて、意志の力を高めていこうと考えるのは、ナポレオン・ヒルに始まる発想です。現代の、「夢を持つのは良いことだ」という考え方の源流がここにある、とも言えるでしょう。
     

    ▲ナポレオン・ヒル (著)『思考は現実化する』きこ書房
     
     彼らの語るような「意志」や「夢」の機能は、今や私たちにとって特に珍しい考え方ではないくらいに浸透しています。
     しかし、行動科学の観点から言えば、夢を持つことは決して良いことばかりではありません。例えば、研究者の間で「偽りの希望シンドローム」と呼ばれる心理状態があります。そもそも人間が希望を抱くタイミングというのは大抵、落ち込んだときなのです。そういうときに手に取ると未来に希望を抱けるというのが、自己啓発本の一つの効用なのだと思います。
     しかし、基本的にはそういう希望の持ち方は危険です。なぜならば、高い希望を抱いたときに、脳はそれだけで満足するようにできているからです。オリンピックで一流選手たちの試合を見終えて、「よし、俺も明日から頑張るぞ」なんて思う人は多いですが、残念ながらそういう言葉は大抵、翌日には忘れられているものです。本来、行動というのはある種の不足感が生むものです。高い希望を抱くことは、かえって自分の脳を満足させてしまい、本当に取るべき行動を取るためのモチベーションを削ぐのです。
     また一方で、そういうふうに夢に向かって本当に邁進できるようになったとしても、なかなか到達することはできません。その過程は辛い一方でしかない――というのも、よくある話です。モチベーションを上げ過ぎるのは、決して幸福なことではないのです。
     
     実のところ、予防医学でも21世紀に入った頃、こういう「意志」の存在を前提にして研究が行われました。しかし、行動の変化に意志の影響がどの程度あったのかを定量化してみると、その影響を明言できるのはたった3割に満たない程度でした。人間がなにか行動を起こすときに、意志によらない影響というものが、実は8割近くを占めているのです。
     スマイルズが考えたような意志と、現実の行動の間にはどうやらギャップがあるようです。その間を埋めるものは――例えば、「習慣化」のテクニックかもしれないし、「楽しそうな感情」かもしれません。いずれにせよ、現在の我々は意志と行動の果てしないギャップを埋める作業をしているといえるでしょう。
     
     
    2.意志と行動を埋められない
     
     少し議論が込み入ってきたので、ここからは行動科学の観点から、意志についての論点を整理してみたいと思います。行動科学では、意志は基本的に3つの要素からなると考えます。それは、「態度」、「規範」、そして「自信」です。
    「態度」というのは、知識と言い換えたほうが分かりやすいかもしれません。ダイエットで言えば、「痩せるとこういういいことがあるぞ」と自ら思う姿勢のことです。それに対して、「規範」というのは「周りがそうしているから」という理由で、自分もそうするということです。そして最後の「自信」は、目指している行動がそもそも可能だと思っているかどうかです。
     行動科学では、この3つを切り分けた上で、これらが働くことで意志を形成しているという観点から分析していくのです。
     
     前回、肥満の友人関係ネットワークにおける影響で「規範」という言葉を出しました。もう一度おさらいすると、ある人が太った際には、その友達の友達の友達にまで肥満をめぐる「規範」の緩みが伝達されていきます。その数は、おそらくは数百万人にも及ぶとてつもないものでした。
     ここで言う「規範」という言葉は、上の行動科学の用法を踏まえたものです。そして、この「規範」がネットワークで伝染していくというのが、ネットワーク科学が明らかにしたことなのです。
     つまり、顔も知らない誰かの生活習慣が、皆さんの生活習慣に影響している可能性があるわけです。そして、こういう複雑な影響関係は、人間が自分の意志決定を全てコントロールできているという「幻想」を打ち砕くものです。具体的な問題として言えば、太ってしまった人が、「さあ、痩せるぞ」ということで「態度」や「自信」を抱いたとしても、今度は自分がその周囲のネットワークに与えた太りやすい「規範」によって、肥満しやすい生活習慣をなかなか改善できなくなってしまうのです。
     
     
    3.ネットワークにどう接していけばいいか
     
     では、このように意志決定が複雑な影響関係のもとにあると分かってしまった状況で、私たちはどういうふうに対策を取ればいいのでしょうか。
     この肥満の問題については、一つ面白い解決策が見つかっています――それは、その人の友達の友達と一緒にダイエットをさせるという手法です。
     友達と一緒に……ではありません。友達の友達と一緒に、です。なぜかといえば、肥満している人の友人は既に肥満する生活習慣の影響を受けていて、その友人こそがリバウンドの要因であるからです。しかも、同じことはその友人にも言えて、痩せる生活習慣の影響をその友人に与えたとしても、今度はその友人が周囲のネットワークから影響を受けて、また元に戻ってしまうので、その影響を自分もまた受けてしまい……と、またもや肥満する生活習慣に逆戻りしてしまうのです。
     
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  • 「山スカート」はなぜ生まれたのか? アウトドア誌「ランドネ」編集長・朝比奈耕太に聞くファッションとライフスタイルの接近 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.351 ☆

    2015-06-24 07:00  
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    「山スカート」はなぜ生まれたのか?アウトドア誌「ランドネ」編集長・朝比奈耕太に聞くファッションとライフスタイルの接近
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.6.24 vol.351
    http://wakusei2nd.com


    近年、レジャーの一環としてアウトドアはすっかり定着し、高機能の登山用ウェアを街中で着ている人たちも珍しくなくなりました。2009〜2010年ごろには「山ガール」という言葉も話題となり、ファッションとアウトドアの垣根はますますなくなりつつあります。
    今回はそのファッションとアウトドアという2つの「文化」を結びつけ、登山やキャンプ初心者のバイブルとなったアウトドア誌「ランドネ」の朝比奈耕太さんに、文化としてのアウトドアウェアの歴史を聞いてきました。
     
     これまで主に男性の趣味と思われていた「アウトドア」が女性に人気となり、メディア上で「山ガール」と名付けられ話題になったのは2009〜2010年ごろのこと。カラフルな防水ジャケットや伸縮性のあるタイツ、スカートなどを組み合わせ、オシャレなウェアで登山やキャンプ、野外フェスを楽しむ女性が目立つようになりました。女性のファッションにこうした「機能」を売りにしたアウトドアウェアが流れ込むようになり、レジャーとしてのアウトドアブームも現在まで拡大の一途をたどっています。
     そんなブームを牽引したのが、2009年に創刊されたアウトドア誌「ランドネ」(エイ出版社)。カジュアルにウェアを着こなしながら、楽しく登山やキャンプに足を運ぶ女性たちのあいだで広く読まれた雑誌です。今回はその「ランドネ」編集長の朝比奈耕太さんに、女性ファッションとアウトドアの関係についてお話を伺ってきました。
     
    ◎聞き手:小野田弥恵
    ◎構成:小野田弥恵、中野慧
     

    ▲「ランドネ」編集長の朝比奈耕太さん
     
     
    ■ アウトドア不遇の時代だった90年代後半から、「フィールドライフ」の創刊へ
     
    ――ランドネは現在に続くアウトドアブームの火付け役だと思うのですが、その創刊を手掛けた朝比奈さんは、そもそもなぜ「女性向けのアウトドア誌」を作ろうと思ったんでしょうか。
    朝比奈 僕が最初にアウトドアに興味を持ったのは、もう20年近く前の1997年、シーカヤック(*1)の雑誌を制作したことがきっかけです。取材で奄美大島諸島を一週間かけてシーカヤックで周ったんですが、それはもう震えるほどの体験でした。無人島にテントを設営して、薪を集めたき火をし、海に潜って魚を突いて、じゃんけんで負けたらカヤックを漕いで商店までビールを買いに行く。「こんなに楽しいことがあるんだ」とすごく感動して、それ以来「雑誌の力でもっと多くの人たちをアウトドアに巻き込みたい」と思うようになりました。
     その雑誌は休刊となってしまったんですが、他ジャンルの雑誌をつくりつつ、「アウトドア誌を作りたい」と会社にプレゼンをし続けていました。ですがタイミングが悪く、90年代後半から2000年代前半ってアウトドアが下火になった時期だったんです。ショップもメーカーも規模を縮小して、90年代まではたくさんあったアウトドア誌も数えるほどになってしまっていました。
     そんなときに「R25」(*2)が2004年に創刊してフリーマガジンのブームが起きたのを見て「同じように広告料だけで無料のアウトドア誌をつくれないか」と思い立って制作したのが、今年で12年目になる「フィールドライフ」です。それから数年後に「ランドネ」を創刊できたのも、この雑誌が支持されたことが大きいですね。
    (*1)シーカヤック…カヌーの一種で、シャフトの両端に水をかくパドルがついており、カヌーに比べ小ぶりで小回りの効く艇のことを「カヤック」と呼ぶ。川や湖などフィールドによってタイプが異なり、海で利用するものを「シーカヤック」という。海上散策から数泊に及ぶキャンプツーリングまで、用途に分けて艇の型もさまざま。
    (*2)R25…リクルートホールディングスが発行する、25歳以上の男性をターゲットにしたフリーマガジン。2004年7月に創刊し、首都圏の主要駅や都心10区のコンビニ、大手書店などで無料配布されている。同年3月に期間限定配布したところ人気が出たため、創刊に至った。
    ――「フィールドライフ」といえば、よくショップに置いてある、アウトドアユーザーにはお馴染みのフリーマガジンですよね。
    朝比奈 はい。最初は2〜3万部のスタートでしたが、おかげさまで現在は平均10万部ほどを刷って、たくさんのショップに置いてもらっていますね。
     

    ▲「フィールドライフ」1号目では、キャンプ、カヤック、クライミングなどを取り上げている
     
    ――「フィールドライフ」では、どういう人をターゲットにしていたんですか?
     
    朝比奈 本当の意味での「初心者のユーザー」をターゲットにしていました。エイ出版社は「趣味の雑誌」をキーワードにいろんな雑誌・本をつくっていますが、雑誌を買ってくれるのってその趣味にエントリーしてから1〜2年目の人たち、つまり「初級〜中級者」が多いんですよ。始めようか迷っている本当の初心者の人たちは、数百円出してまで有料の雑誌を買わない。でも「フィールドライフ」は無料にすることで、逆に初心者に向けてつくることができたんですね。
    ――なるほど、それまでアウトドア誌では「初心者向け」のものが作りづらかったんですね。
    朝比奈 それともうひとつ「フィールドライフ」が良かったのは、広告費さえ集まれば好きなように特集を組めることでした。山の雑誌って普通は「初夏に北アルプス特集をして、秋前に八ヶ岳の特集をする」というように季節ごとの制約があるんですが、そういった縛りがないので自由に遊び方を提案することができたんですね。
     
     
    ■ アウトドア人口拡大のカギは「女性」
     
    朝比奈 僕が「フィールドライフ」で目指していたのは「アウトドア人口の拡大」でした。でも、どうしても越えられない壁として「女性ユーザーが増えない」ということがありました。自然のなかには虫もいるし、お風呂に入れないし、日焼けもするし、トイレだって不自由しますし、それらを解決する術(すべ)は基本的にないわけです。
     ただ、そのハードルさえクリアすればもっともっと楽しいことが待っている――そのことを伝えたかった。そこで女性をイメージキャラクターにして表紙に登場してもらい、2年間色んなフィールドでアウトドアを経験し、どんどんスキルアップしていく姿を紹介していきました。1年目は国井律子さんに、その次はモデルのKIKIさんに登場してもらいました。そうやって地道にやっていけば女性のアウトドア好きも増える……と思っていたんですが、でもなかなか右肩上がりというわけにはいきませんでしたね。ようやく変化が見られるようになったのは2007年ぐらいのことです。
     

    ▲アイコンとなる女性モデルはあらゆるアウトドアをおよそ2年かけて経験し、成長して、次世代へ交代していく
     
    ――それは、どんなきっかけだったんでしょうか?
    朝比奈 アウトドア業界にも、自動車業界でいうところの「モーターショー」のような国際規模のショーがあるんですが、そこで2007年ぐらいに急に女性向けのアウトドアブランドやラインが一斉に増え出したんです。カラーリングも彩り豊かになり、機能の面でも、バックパックなら女性のバストを締め付けない構造のストラップが登場したり、ウエアならウエスト部分を細く、ヒップ部分に余裕を持たせるような女性の身体を考慮したものが目立つようになりました。
     それまでの女性用アウトドアギアって、男性市場のおまけくらいの位置づけで、ウエアも男性用のダウンサイジング版でしかなかったんです。もともと北米やヨーロッパって、日本に比べると女性のアウトドア人口は多かったんですけど、この時期から明らかに女性市場を拡大しようとする動きが起きていましたね。
     
     
    ■ 「山スカート」の誕生(2006年頃)
     
    ――この時期に女性市場を開拓する動きが出てきたのはなぜなんでしょうか。
    朝比奈 ひと昔前に流行っていた「LOHAS(ロハス)」の一環で、健康的な生活をするべく公園でヨガをしたり、森のなかをハイキングしたりする女性が急増したのを受けて、2005〜2006年ごろからアウトドアメーカーが動き出したんだと思います。
     この動きに気づいてすぐ、アウトドアメーカーの人たちに「来季はもう少し女性向けのウェアを拡大できないか?」と言って回ったんですが、その時期はまだ「売り場にスペースがないから……」と断られてしまうことが多かったですね。
     そうこうしているうちに、「クラウドベイル」というブランドの来季商品にランニング用スカートが出ているのを発見して、「このスカートで山登りをしてみるのはどうだろう」と思ったんです。
    ――数年後に、「山ガール」と呼ばれる女性たちが高尾山などでこぞって履くようになった「山スカート」の原型ですね。
    朝比奈 他ブランドでも似たようなものはいくつかありましたが、当初は山専用ではなかったと思います。初めはなかなか受け入れられませんでしたね。誰に話しても反応は良くなかったし、結局女性用の商品が広く市場に出始めたのはそれから2年後のことでした。
    ――以前取材したスポーツ/アウトドアショップのオッシュマンズの角田さんも、ランスカートについて「最初は全然受け入れられなかった」とおっしゃっていました。今ではすっかり当たり前になりましたが、「山スカート」も同様だったんですね。
     

    ▲のちにランドネで紹介されるようになった山スカート。カラフルなタイツと組み合わせる
     
     
    ■「アウタージャケットを1week着回し!」参考にしたのは女性ファッション誌
     
    ――そんな空気のなかで朝比奈さんは2009年に「ランドネ」を創刊したわけですが、どうやってそこまで漕ぎ着けたんでしょうか?
    朝比奈 2008年に「フィールドライフ」の書店売り版としてアウトドアギアのカタログ号を作って、そのなかで「Out Girls」という企画を綴じ込みでやったんです。友人の編集者・福瀧智子さんが「女性向けのアウトドア誌を作りたい」と提案してくれていたのを受けて作ったものです。これが好評だったので、ようやく会社で企画が通って、女性向けのアウトドア誌として「ランドネ」を創刊することになりました。
     

    ▲ランドネの原型は、フィールドライフの綴じ込み企画だった
     
    ――雑誌の当初のコンセプトはどういうものだったんでしょうか?
    朝比奈 朝比奈 ショッピングや美味しいものを食べに行くのと同じくらいの感覚で、ピクニックやキャンプに行ってくれたらいいなと思っていて、女の子を振り向かせる手法としてカラフルな「アウトドアファッション」を取り上げました。
     僕個人は実践的なアウトドアが好みなので「格好から入るというのはどうなんだろう」という思いはありつつ、でもファッションがきっかけで自然の中で遊ぶ魅力に気づく人が増えてくれたらいいなと。だから当初の「ランドネ」はあえてアウトドア誌らしい作り方はしていなくて、当時人気のあった女性ファッション誌を研究して参考にしていましたね。 記事ではウエアを中心に紹介しつつ、コスメについても扱ったり、登山のみでなくあらゆるアクティビティを広く紹介したりして、今までにない広がりのあるアウトドア誌になっていたと思います。
    ――女性ファッション誌の作り方というのは、たとえばどういう部分を参考にしたんでしょうか?
     
    朝比奈 「一週間の着回しをアウトドアウエアをベースに紹介する」というようなものです。中心は「街のアウトドアファッション」的なものでした。
     

    ▲女性ファッション誌ではよく見かける「1週間着回しコーデ特集」。”アウトドアウエアでハイキング”は、休日のお楽しみという位置づけになっている
     
    ――「アウトドアウエアを日常着としても活用しよう」という提案なわけですよね。
     
    朝比奈 やっぱり「日常着でも使えるよ」ということをどうしてもアピールしないといけなかったんです。例えば登山の必須道具であるレインウエアは、高価なものだと5万円以上します。その値段だと購入までのハードルが高くなってしまう。だから、「日常使いもできます」というアピールが重要だったんですね。
     
     
    ■ 野外フェスから高尾山へ、そしてさらなる高みへ
     
    朝比奈 それと初期の「ランドネ」の特徴のひとつに、さっき言った「山スカート」の提案があると思います。この頃にはメーカーさんも「女性のアウトドアブームの機運も高まっていますし、今度こそやりましょう」という流れになっていて、すんなり受け入れてもらうことができました。
     僕達が最初に提案したのは、クライミングの聖地であるカリフォルニアのヨセミテで、80年代にクライマーたちの間で流行ったファッションでした。スカートやショートパンツに柄物のタイツを組み合わせた派手でクラシックなスタイルです。
     

    ▲サイケデリックなタイツを、スカートやショートパンツに合わせる
     

    ▲80年代のカリフォルニアのクライマースタイル。ヴィヴィッドカラーが眩しい。(40 Years of American Rock - Climbing | Climbing より)
     
    ――原色使いで、カラフルですね。女性としては、これを着て気分を上げたい気持ちがよくわかります。いつもの通勤服では地味に抑えている分、休みの日に自然のなかにいくなら、こういう色鮮やかな装いで気分を上げたいですよね。
    朝比奈 当時の登山の世界ではこんなに派手な格好をする人はいなかったし、山のなかでおしゃれをするという発想自体が「あり得ない」ものでした。ただ、ウエアのデザインが派手なこと自体は悪いことではないんです。万が一遭難したとき、ウエアが派手なほうが発見されやすい。……という大義名分のもと、当時のランドネでは「カラフルな色の組み合わせでかわいくオシャレに登山を楽しもう」ということを提案していました。街のなかだと人目が気になるけど、山のなかでなら一層映えるし、何より「派手であればあるほど安全」という大義名分が背中を押してくれて、胸を張ってカラフルな格好ができるわけです。
     

    ▲「街中では人目が気になるけど、山中でなら…」という思い切りと、「派手なほうがリスク管理につながる」という大義名分が後押しする
     
    ――初期のランドネには、野外フェスのレポートも多いですよね。
    朝比奈 朝比奈 ランドネが創刊した2009年ごろは、すでに野外フェスブームでした。音楽だけを楽しむのではなくて、よりアウトドア志向の、キャンプを伴ったかたちで行うフェスがある程度の市民権を得た時期ですね。
     野外フェスでは雨具が必要だから、レインジャケットを購入する女性も多いし、バーナーやテントを購入する人もいる。これらはすべて登山でも活用できるものばかり。だから「山でも使ってみようよ」という提案ができる。そのため、当初はフェスの特集にもかなり力を入れてやっていました。
     そうやってフェスに参加していた女性が、今度は一気に高尾山へ押し寄せた、という感じではないかなと思っています。つまり山に入った女性の第一波は、野外フェスですでにギアを揃えた人たち。第二波で、純粋に登山がしたくてウエアを購入した、という女性が入ってきたんだと思います。
     

    ▲野外フェスでも、登山でも、はじけるようにカラフルな装いが目立つ
      
    ――今見ると、彼女たちの装いは「森ガール」にも近い気がしますね。
    朝比奈 「〜ガール」というのが流行ったのは2008年ごろからで、「山ガール」と言われだしたのもこのころです。 
     
    ――「山ガール」という言葉を最初に使ったのは、やはりランドネなんですか?
     
    朝比奈 いえ、ランドネでは一度も「山ガール」という言葉を使ってないんですよ。やっぱり流行り言葉になってしまうと消費スピードも早くなってしまいます。一過性のブームで終わらせたくはなかったんです。
     
     
    ■ ブーム定着後のネクストステップ――登山情報のニーズの高まり
     
    ――野外フェスを通じて登山を始めたり、アウトドアファッションを通じて登山を始めたりした女性は、どんな人たちだったんでしょうか。
     
    朝比奈 普段は運動をまったくしない「文化系」の子たちが圧倒的に多かったですね。もともと運動が好きな子は自分でどんどん開拓していってしまいますから。あと、登山はウエアやギアを揃え、さらに交通費や宿泊費も含めるとどうしてもお金がかかるので、働いていて自分である程度自由にお金を使える、20代後半から40代前半の方が多かったですね。これは創刊から今も変わらない傾向です。
    ――20代後半以降なんですね。やっぱり、20歳すぎの女子大生くらいだと、なかなか山に登るところまでは行かないですよね。
     
    朝比奈 アウトドアは街のなかで遊ぶことに飽きてきたころになってやっと「楽しいな」と思えるものなので、20代前半ぐらいだとまだその魅力に気づきにくいのかもしれません。
     
    ――メインの読者はやっぱり都市部に住んでいる方が多いんでしょうか?
     
    朝比奈 最も多いのは関東近郊で、あとは大阪などの都市圏が中心です。大型書店があることも大きいと思いますが、そもそも山の近くに住んでいる人たちは外遊びを欲しないというのもありますね。実際、山が好きで麓に移住した人も、案外山に行かなくなっちゃうんですよ。ないものねだりというか、都会で仕事をしていてストレスを感じれば自然が恋しくなるし、その逆もまた然りなんでしょうね。
     
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  • 『山田孝之の東京都北区赤羽』が明らかにした〈映像表現〉の臨界点(松谷創一郎×宇野常寛) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.350 ☆

    2015-06-23 07:00  
    216pt

    『山田孝之の東京都北区赤羽』が明らかにした〈映像表現〉の臨界点(松谷創一郎×宇野常寛)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.6.23 vol.350
    http://wakusei2nd.com


    本日は、前クール話題のドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』をめぐる、松谷創一郎さんと宇野常寛の対談をお届けします。虚実ないまぜのフェイクドキュメンタリー的手法で話題となったこの作品の意義を、同時期にアメリカで話題となった映画『バードマン』などと比較しながら考えます。

    初出:「サイゾー」2015年6月号(サイゾー)
     
    ▼作品紹介
    『山田孝之の東京都北区赤羽』(Blu-ray BOX)
    原作/清野とおる 監督/山下敦弘、松江哲明 構成/竹村武司 出演/山田孝之、清野とおるほか 放映/テレビ東京にて毎週金曜24:52~25:23(15年1~3月)
    原作は、作者自身が生活する東京都北区赤羽で見聞きする出来事や、そこに住むクセの強い人々らを描いたコミックエッセイ。スランプに陥った山田孝之が、原作マンガを読んで感銘を受け、知人である山下敦弘に「赤羽に暮らす自分を撮影してほしい」と依頼する形で物語が始まる。
     
    ▼対談者プロフィール
    松谷創一郎(まつたに・そういちろう)
    1974年生まれ。著書に『ギャルと不思議ちゃん論』(原書房)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(共著/恒星社厚生閣)など。
     
     
    宇野 朝日新聞の連載コラムで、この作品について「フェイクドキュメンタリー最後の傑作」と書いたんですよ。それに対して、映像ディレクターの大根仁さんがテレビブロスの連載で「あれは果たしてフェイクだったのか?」と書いていた。それは「撮影に参加したら、山田孝之の様子がおかしかったから」ということだったんだけど、なんだか話が噛み合っていないと思った。ある程度まで作り込んで、ある程度はガチンコで生の反応を撮るのはフェイクドキュメンタリーの常套手段でしょう?
    松谷 大根さんは「フェイク」という言葉に引っかかったんじゃないかな。『東京都北区赤羽』(以下『赤羽』)と同じく役者が主演しているフェイクドキュメンタリーで、『容疑者、ホアキン・フェニックス』【1】という映画がある。作中で主演のホアキンはぶくぶく太ってヒゲを生やして奇行に走ったりしているんだけど、演出があったにせよ、太ったことや奇行に走ったことは、事実として残る。山田孝之で言えば、現実にある北区赤羽に放り込まれ、そこで生きている生身の人たちと交流したのは紛れもない事実。そこはいくら山田孝之が芝居をしようとしても、ほころぶ瞬間が必ずあって、それこそが面白い。つまり、この手の作品を語るときに、嘘と本当がきっぱり分けられるようなイメージを持ってしまうこと自体がおかしい。ただそんなこと、大根さんは百も承知だと思うので、あえて内側の人間として番組のコンセプトに乗っかったのかもしれませんけどね。
    【1】『容疑者、ホアキン・フェニックス』
    監督/ケイシー・アフレック 出演/ホアキン・フェニックス 公開/2012年
    『グラディエーター』などで知られる俳優ホアキン・フェニックスが、義弟と共に製作したフェイクドキュメンタリー作品。08年に突如歌手転向を宣言するところから始まり、ヒップホップに傾倒して髭面で奇行に走る姿を映し出す。
    宇野 まぁ、とにかく僕が指摘したかったのはYouTubeで少し検索すれば世界中のリアルで面白い映像を無料で観賞できて、そしてその映像がどこまで真実かもわからない今にあって、作家が一生懸命どこまで“嘘”でどこまで“本当”かわからないものを作り上げて、そのグレーゾーンに面白さを見出すフェイクドキュメンタリー的な「映像」は明らかにその存在意義を後退させているってこと。そんな厳しい状況下で、山下・松江両監督はまだフェイクドキュメンタリーだからこそできるものを必死に探し当てようとしているわけなのだけど、要するにその答えとは、存在意義を失いつつある映像を撮ることの自意識を訴えることだったのだというのが僕の見解ですね。そしてこの作家たちの自意識は、作中で描かれる山田孝之の「演じる」ことをめぐる自意識の迷走と、その結果としての自分探しに重ね合わされている。「映像」というものが20世紀に持っていた魔力が解体されつつある時代に生きる、映像作家と映画俳優の迷いだけがリアルだという(笑)。
    松谷 その点で、公開中の映画『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』【2】と『赤羽』は比較することができると思う。『バードマン』にはふたつの自己言及があって、ひとつはハリウッド文脈に対する俳優の自己言及。もうひとつは映画表現史への自己言及。僕は後者のほうが重要だと思う。この2年で、映画界には『ゼロ・グラビティ』と『インターステラー』という宇宙ものが2つあった。つまり、“現実”じゃないものを見せようと思うと、もう宇宙に行くしかなかった。もちろん宇宙は現実にあるんだけど、人が簡単には見られない究極として。さらに、ハリウッドではアメコミ大作やアニメが量産され、実際にディズニーは結果を出している。
    【2】『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』
    監督/アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ 出演/マイケル・キートンほか 公開中
    かつてヒーロー映画『バードマン』で一世を風靡したが、現在は落ちぶれている俳優リーガン。自身が脚色した舞台で再起を図ろうとするが、そこに現れた才能ある男の存在や、家族との不仲に苦しみ、やがて彼は舞台の役柄に自己を投影し始める。アカデミー作品賞受賞。
     映画表現にはリアリズムと非リアリズム(あるいは超リアリズム)のふたつの流れがあって、それが近寄ったり離れたりしながら進んできた。ここ最近は離れていたんだけど、今これを急速に結びつけようとする動きがあって、そのひとつが『ゼロ・グラビティ』の前半13分の長回し映像であり、同じ撮影監督のエマニュエル・ルベツキが撮った『バードマン』の、ワンカットで全部を撮り切る表現。非現実をリアリズムで表現しようとしていて、これは批評的だった。4K・8Kテレビの普及やそれに対応したカメラの低価格化で、映像の解像度の高さという映画の優位性すら崩れるときが近づいている。その中で映画は果たしてどうあるべきなのか、というときに、ハリウッドが出したひとつの回答が『バードマン』だとするなら、日本の回答は『赤羽』だったんじゃないか、と言ったら大げさすぎるかな。
    宇野 そう、『バードマン』と『赤羽』はほぼ同じ問題意識に基づいていると思う。20世紀における「映像」は、リアリティの大規模共有装置だったわけじゃないですか。現実の、つまり三次元の体験は、特定の狭い共同体の中のコンテクストをわかっていないと共有できないけれど、映像という二次元に置き直した現実、リアルではなくリアリティであれば広い人間が共有できる。だからこそ映像は社会統合に利用されてきたし、劇映画はずっと自然主義的なリアリズムに基づいた作品を中心に展開されてきた。だけど現代の情報環境はこの前提を崩しつつある。インターネットの登場は、誰もが同じ映像を見ることで大規模な社会が文脈を共有する時代を終わらせつつあるし、作家が作り込んだ映像よりも、中学生がスマホで撮影してネットに上げた映像のほうがよっぽどリアルに感じることができる現実がある。だからこそ劇映画に対する大衆の欲望は現実には撮れないもの・存在しないものを映した表現に向かい、ハリウッドではアニメと特撮ばかりが作られるようになった。そしてアニメや特撮の持つファンタジー的なリアリティのほうが、国家や地域の壁を超えて広く共有されやすい現実が出現している。
     

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  • 月曜ナビゲーター・宇野常寛 J-WAVE「THE HANGOUT」6月15日放送書き起こし! ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.349 ☆

    2015-06-22 07:00  
    216pt

    【お詫びと訂正】
    6/19(金)に公開・配信した記事「"雨傘の女神"の90日戦争――10代オタク女子が戦った香港大規模デモ/「学民思潮」元スポークスマン・周庭さんインタビュー」において、周さんが最初に参加した社会運動が「国民教育反対運動」であるとの記述がありましたが、正しくはそれより前の「普通選挙運動」でした。お詫びして訂正いたします。


    月曜ナビゲーター・宇野常寛J-WAVE「THE HANGOUT」6月15日放送書き起こし!
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.6.22 vol.349
    http://wakusei2nd.com


    大好評放送中! 宇野常寛がナビゲーターをつとめるJ-WAVE「THE HANGOUT」月曜日。ほぼ惑月曜日は、前週分のラジオ書き起こしダイジェストをお届けします!
     

    ▲先週の放送は、こちらからお聴きいただけます!
     
    ■オープニングトーク
     
    宇野 時刻は午後11時30分を回りました。みなさんこんばんは、評論家の宇野常寛です。ついに僕は、会ってきました……ヒロキさんに。みなさん、ヒロキさんのことを知っていますか? 横浜市立金沢動物園にいらっしゃる、ウォンバットのヒロキさんのことです。おとといの土曜日、僕は三浦半島をぶらぶらしてきたんです。最近、僕の中で三浦半島ブームで、休日は京急線に乗って半島をぶらぶらしながらおいしいごはんを食べたり本を読んだりするのにハマっているんです。それで、その日はなんとなく金沢文庫駅で下車してうろうろしようと思っていたんですが、「金沢文庫駅の近くって金沢文庫以外に何があるんだろう」と思って調べたら、どうやら山の上に動物園と植物園があることがわかったんですよ。じゃあ行ってみようかなと思って、足を運んでみたんです。で、金沢動物園というのは、草食動物のラインナップがすごく豊富なことで有名な動物園らしいんですよ。ライオンとかトラとかそういった猛々しい動物はいないんだけれど、ヤギとかヒツジとかツチブタとかがやたら充実しているんですよね。なので、ヤギとヒツジの違いとかがやたら詳細に説明してあって、けっこう一日ぶらつくと変な方向に詳しくなっていく感じの動物園なんです。この動物園のもうひとつの売りは、オセアニア系が充実していることなんです。オーストラリアとかニュージーランドに住んでいる動物ですね。カンガルーの大群とかもいるんですよ。僕はそこでカンガルーがあのポーズでぴょんぴょん跳んでいるのをはじめて見ました。
     あと、人生で初めてコアラを見ました。コアラはけっこう大物感がありましたね。説明によると、コアラは1日のほとんどを寝て過ごしているらしくて、その日も3匹か4匹いたコアラが全員ユーカリの木にしがみついて寝ているんですよ。そこに大量の人間たちが集まって、パシャパシャ写真を撮っているんですよね。コアラから「そんなに俺さまたちの写真を撮りたいんだったら、まあ睡眠の邪魔しない程度には構わないぜ」くらいの余裕を感じましたね。
     
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  • "雨傘の女神"の90日戦争――10代オタク女子が戦った香港大規模デモ/「学民思潮」元スポークスマン・周庭さんインタビュー ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.348 ☆

    2015-06-19 07:00  
    216pt

    "雨傘の女神"の90日戦争――10代オタク女子が戦った香港大規模デモ「学民思潮」元スポークスマン・周庭さんインタビュー
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.6.19 vol.348
    http://wakusei2nd.com


    2014年9月28日から、約3カ月間にわたって世界を揺らし続けた、香港の普通選挙を求める大規模デモ「雨傘運動」。6月18日に、親北京派が推進していた選挙改革法案が立法会(香港の議会)で否決されたのも、雨傘運動の大きな成果の一つと言えるでしょう。
    当時、その中心部にいたのが17歳の学生運動家・周庭(アグネス・チャウ)さんです。「学民の女神」と呼ばれ、学生によるデモ活動の中で大きな役割を担った中心メンバーの一人ですが、その素顔は日本のサブカルチャーを愛好する、ごく普通の女の子です。
    雨傘運動の終結から約半年、来日した周庭さんをPLANETS編集部に招いて、葉錦龍さん、張彧暋さんの通訳で、学生運動を始めた経緯から、香港の社会運動の実情についてまで語ってもらいました。
    先日、周さんが出演したPLANETSチャンネルのニコ生はこちら!→“香港雨傘運動の女神リーダー・周庭さんが降臨! 緊急ニコ生「末期オタクの革命闘士に聞く、日本のアニメとアイドル」周庭×張イクマン”
     
    ◎聞き手:宇野常寛
    ◎構成:葉錦龍、張彧暋◎写真:小野啓
     

    ▲周庭さん
     
     
    ■ 女子中学生が社会運動家になるまで
     
    ――まずは自己紹介からお願いします。日本語でも広東語でも大丈夫ですよ(笑)。
    周庭 日本語だと自信がないので広東語でいいですか?(笑)。私の名前は周庭(アグネス・チャウ)。1996年生まれの18歳です。香港の中学生が中心となって2011年に結成された学生運動組織「学民思潮」の中心メンバーの一員として、雨傘運動に参加しました。担当した役職はスポークスマンですが、雨傘運動が始まってまもなく、強烈なプレシャーに晒されて、10月10日に辞退しました。その後も学民思潮の中心メンバーとしての活動は続けていて、オキュパイエリアの占拠にも参加しました。
    ――そもそも周庭さんが雨傘運動に参加したきっかけは何だったんですか?
    周庭 もともと学民思潮のメンバーだったので、雨傘運動以前から社会運動には参加していました。最初に参加した社会運動は、2012年に行われた学生組織による普通選挙を求める運動です。
    ――その運動では、どのような活動を行ったのでしょうか?
    周庭 大学生と専門学校生による社会運動組織「香港学生連盟」(HKFS)が中心となって、授業への出席を拒否する大規模なボイコットが行われました。そのときに私を含む学民思潮のメンバーの一部が、最終日のみボイコットに合流したんです。ボイコットが終結した27日夜、学民思潮と学生連盟は、3年前の国民教育反対運動で中心地となった政府官舎前広場に回帰する臨時決議を採択し、政府が設置したバリケードを突破して広場に突入しました。このとき警官隊と衝突となり、黃之鋒(ジョシュア・ ウォン)を始めとする運動のリーダーの多くが逮捕されました。この事件が、後の雨傘運動へと繋がっていくことになります。
     

     
    ――その頃、周庭さんは中学生ですよね。国民教育反対運動に参加した動機は何だったんですか?
    周庭 元々は政治に無関心な普通の中学生でしたが、Facebookで学民思潮の存在を知りました。当時、学民思潮では国民教育反対の機運が高まっていて、自分と同じ中学生が学生運動を引き起こせるのは凄い、自分もそういう人間になりたいと感じました。その後、香港政府のホームページを調べて初めて、国民教育とは何かについて真剣に考え始めました。国歌斉唱を強制されたり、「国旗を見るときに涙を流さなければならない」といった態度の押し付けがあったりして、これは教育ではなく洗脳ではないか。そういう思いから学民思潮への参加を決意しました。
    ――なるほど。香港には周庭さんのような10代の学生が社会運動に参加する風潮は、以前からあったんですか?
    周庭 学生運動は昔からありましたが、基本的に参加するのは大学生に限られていました。1989年の天安門事件も当時の大学生が中心ですし、90年代、00年代と続く学生運動の中で、中学生が運動に参加した例もあるにはありますが、規模は小さかった。中学生によって大規模な社会運動が引き起された最初の例は、やはり国民教育反対運動ですね。中学生は知識や経験では大学生にかないませんが、公民の一員として運動に参加する権利と責任がある、というの学民思潮の中心的な思想です。
    ――その運動の中で、周庭さんが学民思潮のスポークスマンという重要な役割を担うようになったのは、どういうきっかけからですか?
    周庭 私がスポークスマンに就いたのは、国民教育反対運動が終わってからのことです。運動が一段落した後に、問題の本質は社会制度にあることに気付いた私たちは、今度は社会制度の民主化を求める主張を始めました。その中で、クレーン車から巨大な横断幕を吊り下げる運動があったのですが、リーダーの黃之鋒ともう一人が、クレーンに上がらなければなかったんですね。そのとき、ほかのメンバーから「周さん、やってみたら?」と推されて上がったことで注目されて。その直後のメディアの囲み取材が、スポークスマンとしての最初の仕事になりました。当時はあまりに突然の出来事で、自分がどういう状況にあるのか理解できず、初仕事の内容は散々でした。ただ、周囲からは「成長の見込みがある」ということで、スポークスマンを続けるように薦められたので、自分としても挑戦してみようと思いました。
     

     
     
    ■ 路上占拠中の息抜きは日本のアニメ
     
    ――雨傘運動では3カ月近くも香港都市部の路上を占拠していたわけですが、その間、どういう生活を送っていたんですか?
    周庭 私はアドミラルティの占拠には最初期から参加していて、週に一度は着替えを取りに帰宅して家族と食事をしますが、それ以外は基本的にアドミラルティで過ごしていました。毎日3回のミーティングがあり、そこで今後の計画などを話し合って、後は自分のテントの近くで携帯電話をいじったり、ぶらぶらとリラックスしてました。日本のアニメやバラエティもそこで観てました。
     
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  • サイボーグ化する身体と社会――〈人間〉はいかに拡張し得るのか(後編)/井上明人×稲見昌彦×山浦博志×小笠原治×宇野常寛 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.347 ☆

    2015-06-18 07:00  
    216pt

    サイボーグ化する身体と社会――〈人間〉はいかに拡張し得るのか(後編)井上明人×稲見昌彦×山浦博志×小笠原治×宇野常寛
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.6.18 vol.347
    http://wakusei2nd.com


    本日は、『PLANETS vol.9』刊行記念イベント「サイボーグ化する身体と社会」の内容の後編をお届けします。サイボーグ的な義肢装具が普及することで社会制度や、私達の「人間観」はどう変わるのか――? 前編では義肢装具開発や光学迷彩研究、ゲームデザインなど様々な立場から議論しましたが、後編はさらに掘り下げて「サイボーグ化時代に人間の美意識はどう変わるのか?」について考えました。
    前編はこちらから。
     
     
    ■ 「人々がフェアだと感じられる楽しいゲーム=社会」をどう設計するのか
     
    宇野 『PLANETS vol.9』で僕らは、井上くんを中心にいろんなプランを考え、いろんなところに取材に行きました。そこで思ったのは、handiiiのように「高い技術による義肢装具を作っていく」のももちろん大事なんだけれど、それと同じぐらい「多様化する身体を受け入れられる社会のルールを整備する」ということについてしっかりと考えなければならいということだったんです。
     近代スポーツがそうですが、現代社会のルールってどこかで「健康な成人男性」を標準にしているんですよね。実はこれは民主主義にも同じようなことが言えて、「教育を通過した人間にはある程度の判断力が宿る」という幻想をもとにして動いているんです。その幻想をみなが共有していたから、何となく世の中がフェアに回っていると思っていた。
     でも今はその幻想が壊れつつあるわけですよね。「健康な成人男性」中心主義はマイノリティを抑圧してしまうし、「意識の高い市民」を前提にした民主主義はこの規模と複雑さをもつ社会に対応できなくなってきている。そのときに、どういったルールであれば人々に納得感を与えることができるのか――そういった議論を、僕らはこの本のなかでずっとしているんです。
     井上くんは、自分が関わってないページも含めて、この本のなかの議論を読んでどんなことを思いましたか?
    井上 僕が直接関わってないページで「おぉー!」と思ったのは、実際のパラリンピックの選手のインタビューですね。僕自身の原稿で「パラリンピックではこういう問題が起こっている」という話をしているんですが、どういう問題かというと「クラス分けを雑にしてしまうと、不利益を被る選手がたくさん出てきてしまう」という話だったんです。インタビューのなかでパラリンピックの選手の皆さんは、このこと問題について競技者として深く認識しつつも、それでも受け入れざるを得ないという話をしていて、すごく複雑な気持ちになりました。「その不平等を受け入れる事がリアリストなんだ」、というような認識が出てきてしまっているわけです。
     「良くない」と思っていてもそれを受け入れざるを得ないのはなぜかというと、その摩擦を調整する仕組みを動かす人が、現時点ではまだあまりいないからだと思います。このままだと不平等な状態がリアリズムによって維持されるという逆説的な状態が続いていってしまうので、『PLANETS』みたいな雑誌で新しい法則を打ち立てることを、とにかく何度もやっていくことが重要だと改めて思いましたね。
    小笠原 要するに「諦め」の境地に至ってしまっているわけですよね。でも一方で、義手はその「諦め」を無くすために作っていたりするわけですよね。諦める人がいるから逆に諦めない人も生まれる、そういうバランスもあると思うんですが、どうなんでしょうね。
    宇野 これは「フェアである」ことと「フェアと感じられる」ことの差の問題だと思います。人間が幸福だと思えるために必要なのは後者なんですよ。
     本当にフェアなゲームというのは、強い奴が勝ってしまう。それだとみんな嫌なんです。ゲームのルールって、裏技があったり運に左右される要素が多いほうが人々はフェアだと感じるし、もっと言うと幸福だと思えるわけですよね。現代の社会は残念ながら三歩手前くらいにいて、スポーツでいえば健康な成人男性以外はマイノリティとして不利になってしまう。
     これはスポーツだけではなく社会そのものにも当てはまる。仮に今日山浦さんや稲見先生が仰ってるようなサイボーグ化が身体的な条件を覆す――少なくともハンディキャップが単なる不利な条件ではなく、個性になるレベルまでは行ったとしたとき、その上で人々がフェアだと感じられる楽しいゲーム、面白いゲーム、やり甲斐を感じるゲーム=社会をどう設計するのか、という問題が浮上するのだと思うんです。
     この問題に対する井上くんの今回の本での回答は、「集団戦にすることによって運の要素を拡大すると皆フェアに感じやすいですよ!」ということだったと思います。この件に関して、他の三人がどう思うか聞いてみたい。稲見先生どうですか?
    稲見 まず、強い人が勝ってしまう、戦う前から結果が見えてしまうのはゲームをする意味がない、というのはその通りだと思います。何か不確定な要素を残しておくことが良いゲームデザインだと率直に思いますね。
     先日、「リアリティってなんだろう?」という話になって、色んなリアリティの考え方の一つとして、「パーフェクトじゃないものがリアリティかもしれない」という話をしました。つまりアイディアルな平面や直線は現実世界には存在しないわけじゃないですか。パーフェクトに予測された通りにならない部分を残しておくこと自体を、我々はリアルだと感じるのかもしれない。その部分では井上案に賛成します。
     また、そこまで制度を頑張って考えなくてはいけないのは移行期だからですよね。なぜならパラリンピックで「近視部門」なんてないわけでしょう。たとえば今日、この会場に来ている人で近視で眼鏡をかけている人はマジョリティですよね。
    宇野 そうですね。この場は圧倒的に眼鏡が多いですね。
    稲見 私はもともと小学生のときは宇宙飛行士になりたかったんですが、当時のスペースシャトルに関する本には「視力の悪い人は宇宙飛行士になれない」と書いてあって、諦めたんです。
     でも眼鏡やコンタクトが普通に存在する現代のスポーツでは、決して何か諦める必要はないですし、眼鏡をかけるようになったから別のカテゴリーでスポーツをやらないといけないということもありません。つまりサイボーグ技術や義手義足の技術がきちんと実装されたときには、眼鏡と同じぐらいの扱いになるべきですし、コンタクトレンズぐらいになった時に我々はそんな区別は気にしなくなるものだと思います。
     逆に言うと「眼鏡のためのスポーツ」が作られてきたわけではありませんし、「眼鏡をかけている人のための社会制度変革」も今まで行われてきませんでした。そう思うと私はあまり心配しなくてもいいのかなと、楽観的に考えています。
    山浦 総得点方式などの競い方をしたらいいんじゃないか、という提案についてですけど、私が義手を作っていてよく思うのが本当に義手義足ってパラメーターの振り分けだと思うんですよ。とにかく力が強い義手というだけなら、ただただ重いモーターを積めばできるんですけど、そうすると持続時間が短くなる。逆にただ持続時間の長い義手にすると力も弱くなる。そのトレードオフがあるんです。だから開発する上ではそのパラメーターの振り分けがキモになってくる。
     何かを競うときに、総得点方式にしてパラメーターの振り分けの上手さを競うというのは見ていても面白いと思うんですね。そういう意味で義手義足を使う人と、そうじゃない人も含めて競うという形はすごくアリですし、私自身、面白いなと思いました。
    小笠原 僕は「強い奴が勝つ」というのは、強くなるところまでがその人の努力であるということも含めてルールだと思っていて、その代替手段として例えば違う道具を使うというのはいいかもしれない。
     一方で、総得点方式はゲームとして面白いですけど、ルールに慣れてしまうと攻略法やパラメーターの振り分けの話だけにフォーカスしてしまう気がしていて、僕はそんなに長く楽しみにくいかなと思ってしまいましたね。
    宇野 つまり集団戦にするところまでは良いんだけれど、総得点方式のようなやり方でいくと意外と早くハックの方法が分かってしまって、ヌルゲーと化すんじゃないか、という疑問ですね。井上くんはお三方の反応を見てどう思いました?
    井上 小笠原さんの「ハックしやすそうだな」という話は最初のざっくりとしたルール案を作って当てはめた段階では、その通りだと思うんです。ただ、将棋などが典型的ですが、対人のルールの面白さは千年ぐらいかけて少しづつルールを修正しながら進化していくものです。「ズルされてつまんなくなる部分をもっているけど基本構成はすごくいいよね」という人が一定数いたら、どんどん修正パッチが作られてルールが洗練されていくと思うんですね。修正パッチを入れていく構造みたいなものまで含めて作れたら、そこで初めて成功だと言えるんだろうと思っています。
     山浦さんには基本構想に同意していただけたので、是非何か一緒に考えていければいいなと。稲見先生の眼鏡の話がありましたけれど、半分はおっしゃる通りだと感じました。ただ、眼鏡の基本的なコンセプトって、「普通の人よりも目がよく見えるようになる」道具ではなく、「普通の人のように目が見えるようになる」道具だと思うんです。その眼鏡が例えば、「この眼鏡を付けると透視能力が発現する」となってしまうとまた話が違ってしまうのかなと。
    稲見 最近コンタクトレンズ型デバイスで、ウィンクするとズームと普通とを切り替えられるのが出てきましたよね。市販はされていませんが、研究としては出始めています。
    (参考リンク)ウィンクでズーム! 望遠鏡機能つきのコンタクトレンズ : ギズモード・ジャパン 
    井上 あ、そうなんですか! ではその望遠鏡レベルの機能が付いたコンタクトや眼鏡が社会に普及して、普通に歩いている人が「実は500m先のマンションで何のテレビ見てるとかもう丸見えです」というような状態になってきたら、それは法制度なりの規制を入れなきゃいけないと思うんですね。現在の眼鏡と同様に上手く調和できれば話は早いと思うんですけど、オーバーテクノロジーつまり普通の人のさらに先を行ってしまったときにどうするかという問題が生まれます。社会的な身体ということで宇野さんが整理してくれましたが、そこで単に物理ではないところで対応していかなければいけないのかなという風に思いますね。
     

     
     
    ■ 稲見昌彦は、超身体を活用する為の脱身体をどう位置付けているのか?
     
    宇野 何となく対立点が明らかになってきたと思います。この五人の中では僕と井上君が、どちらかというとエンターテインメント的な考え方をしていますね。人々が幸福になるため、あるいは面白く参加するためにはゲームに運や偶然性の要素が大きく作用している必要がある。人々は単にフェアなだけでは参加してくれない、「フェアに思える」ということが大事なんだという発想をもっている。これはゲームデザイナー的な発想ですね。
     それに対してお三方、特に稲見さんや小笠原さんは、そんな単純な立場ではないことを承知で大雑把に言うと「そんなものはテクノロジーの進歩で基本的に打ち砕くことができるのだ」という立場ではないかと思います。稲見さんの冒頭のプレゼンの中で人間の身体の拡張のマップがありましたね。
     

     
     これって要するに、超身体と脱身体の関係の問題だと僕は思っているんです。要するに、僕や井上くんはゲームデザインの思想を背景に、超身体を社会が受容するためには脱身体のレベルにフォーカスした社会設計が必要だと考えていることになる。
     だから僕がここで聞きたいのは「稲見昌彦は超身体を活用するための脱身体をどう位置付けているのか?」ということなんです。
    稲見 たしかに、現代は〈脱身体〉の時代という言い方をしますが、今の技術レベルで実現できるオンライン上の身体ってまだそこまで発達しきっていないと思っていて、そういう脱身体的なテクノロジーが進化する前に、物理的な身体のほうを拡張しておこうという発想です。
     オンラインでアバターを使っているよりも物理的な身体のほうが楽しくなるのであれば、わざわざオンラインに行かなくてもいいわけじゃないですか。肉体だと食べ物も美味しいですし。『マトリックス』にも食べ物のシーンが出てきますが、それは大切なことです。そういう段階を経た後に、最終的に行くのが「分身体」「融身体」かなと思っています。ですから、いま私がやっているのはもしかすると「いったん脱身体から超身体に戻す」という作業なのかもしれません。
     
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  • 「同人ゲーム」と「アーケードTCG」が告げた〈拡張現実の時代〉の足音〜『東方Project』『月姫』『ムシキング』『ラブandベリー』〜(中川大地の現代ゲーム全史) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.346 ☆

    2015-06-17 07:00  
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    「同人ゲーム」と「アーケードTCG」が告げた〈拡張現実の時代〉の足音〜『東方Project』『月姫』『ムシキング』『ラブandベリー』〜(中川大地の現代ゲーム全史)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.6.17 vol.346
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    本日は『中川大地の現代ゲーム全史』最新回をお届けします。今回論じるのは2000年代前半。『東方Project』『ひぐらしのなく頃に』『月姫』といった同人ゲーム、そして『ムシキング』『ラブandベリー』といったアーケード・トレーディングカードゲームの隆盛を振り返ります。
    「中川大地の現代ゲーム全史」(これまでの配信記事一覧はこちらから )
    第9章 和ゲー成長期の終わり/二極化してゆくゲーム産業
    2000年代前半:〈仮想現実の時代〉終期(7)
     
    前回記事:FPSが先導するグローバル・ゲームの転回〜『Halo』『ハーフライフ2』〜
     
     
    ■「同人ゲーム」ムーブメントが担った役割
     
     ただし、パソコンとインターネットの普及によってゲームエンジンなどの開発環境がオープン化し、一定の規格化がなされたゲームジャンルでのコンテンツ制作が活性化されたのは、海外FPSに限った話ではない。国内でも同様の構造によってアマチュアの個人やインディーズ集団によるゲーム制作がエンパワーメントされていく流れは、グローバルな動向とは切り離された回路において、独自のかたちで進行していたのである。
     
     脈絡を遡れば、プログラミングを要さずに個人がゲーム作品を制作できるオーサリングツールとしては、すでにアスキー(現:エンターブレイン)が1986年の時点で、『アドベンチャーツクール』を「LOGin」誌面で発表していた。これを嚆矢として、1990年代初頭にはMSX用の『Dante』に始まる『RPGツクール』シリーズを発売。以来、国産パソコンや家庭用ゲーム機の高機能化に合わせて、同社からはシューティング(STG)やサウンドノベル、対戦格闘など、様々な人気ゲームジャンルの「ツクール」が継続的にリリースされていた。
     

    ▲RPGツクール2(アスキー 1996年)
     
     さらに同社が刊行するパソコン誌などの主催により、ちょうど1980年代マイコンブーム期から行われていたゲームプログラミングコンテストの延長線上に、「コンテストパーク」(1994〜1997年)や「アスキーエンタテインメントソフトウェアコンテスト」(1995〜2001年)といったコンテストを開催。各種「ツクール」で制作したユーザーの自作ゲームを表彰し、入賞作がFDDやCD−ROMといった雑誌の付録メディアや、パソコン通信のダウンロードで配布されて遊ばれるというフリーゲームのエコシステムが、インターネット普及以前から根強く築かれていたのである。
     ここでのコンテストと、縦スクロールSTGの『ALLTYNEX』(SITAR SKAIN 1996年)シリーズやホラーAVGの『コープスパーティー』(チームグリグリ 1996年)、現代日本風RPG『Moon Whistle』(神無月サスケ 1999年)など、各年度の受賞作が、「ツクラー」と呼ばれる自作ゲームコミュニティ内で注目を集めた。しかしながら、家庭用ゲーム機を主戦場に、商用ゲームが爆発的な進化を遂げていた1990年代の時点にあっては、あくまでニッチなホビーの領域に留まり、かつての中村光一や田尻智の登場のように、ゲームシーン全体へのインパクトを残すほどのケースは、まだ輩出されていなかったと言ってよいだろう。
     
     これに加えて、同じく90年代にはコミックマーケットなどの即売会や「とらのあな」「メッセサンオー」といったショップなど、オタク二次創作系のマンガ同人誌が確立した販路とカルチャーに密着するかたちで、同人ゲームを頒布するチャンネルも大きく発展している。
     こちらの土壌では、東京電機大学生の同人サークルに所属していたZUNによる固定画面アクション『東方霊異伝』(Amusement Makers 1995年)を嚆矢とする「東方Project」がスタートしたり、前章に述べたLeafやKeyのアダルトビジュアルノベル作品の登場人物を流用した対戦格闘『THE QUEEN OF HEART』(渡辺製作所 1998年)シリーズに代表される「葉鍵系」の二次創作ジャンルが勃興したりと、特に美少女キャラクターの図像を全面に押し出すタイプの自作ゲームが、とりわけ大きく注目され始めていた。
     そしてインターネット以降は、2D対戦格闘の作成エンジンである「M.U.G.E.N」や、シミュレーションRPG用の「SRC」、テキストシナリオと一枚絵を組み合わせるノベル式のAVGのスクリプターである「吉里吉里」「NScripter」など、フリーウェアでの開発環境が相次いで登場。これにより、コミケ文化の中核をなすアニメ的なキャラクターの同人絵師たちや、DTMによる同人音楽の作り手や歌い手たち、さらには文字だけの表現ではなかなか人気を獲得できない同人小説の書き手たちといった、あらゆる同人ジャンルの人材がコラボ可能なメディアとして、同人ゲームのプレゼンスは大きく高まっていったのである。
     
     このように、ツクール系とコンテストが培ってきたフリーゲームの脈絡と、コミケ的な同人創作カルチャーの複合メディア化としての同人ゲームの脈絡が、インターネットというインフラを得て相交わるようにして、00年代以降はかつてない規模と形態で、日本国内でも自作ゲーム発のムーブメントが影響力を獲得していくことになる。これはちょうど同時期の欧米圏では、インターネット以前からのハッカーコミュニティやMOD文化が、インディーゲームシーンの母体になっていったこととも対応する動向と言える。
     その最初の開花となったタイトルが、2000年のコミックマーケットで初めて頒布された『月姫』だ。本作は、元々はゲーム開発会社でグラフィッカーとして働いていたグラフィック担当の武内崇と、その中学時代からの友人でWeb小説『空の境界』を発表していたシナリオ担当の奈須きのこを中心に結成された同人サークルTYPE-MOONの手で、NScripterを使って制作されたビジュアルノベルである。基本的な題材傾向はLeafの『雫』『痕』に近い路線ながら、奈須が温めてきた緻密な世界観体系に基づく斬新な伝綺ロマンを、商業作品に匹敵するボリュームとクオリティで展開したことで話題を呼び、口コミやネット上での評価を通じて、従来の同人ゲームとは桁違いのヒットを飛ばす。
     そして人気がブレイクした結果、ファンによる二次創作アンソロジーやアニメ化、グッズといったメディアミックスや派生商品の発売が商業ベースで行われるという異例の展開に発展し、コンテンツビジネスの世界に同人ゲーム発の新たなサクセスパターンを確立するに至ったのである。
     

    ▲月姫(TYPE-MOON 2000年)
     
     これに続くかたちで、02年には竜騎士07によるサウンドノベル『ひぐらしのなく頃に』(07th Expansion)の頒布が開始される。本作は、もはやAVGとしての展開分岐を排し、恐怖を中心とした情動に訴えかけるための純粋なテキスト演出のメディアとしてNScripterによるノベルゲーム形式を採用した、マルチメディア型のホラーミステリーとも言うべき作品だ。しかし、ユーザーに挑みかかるように出題編と回答編が数年間かけて交互にリリースされたことで、物語のアクロバティックな真相をめぐる議論なども発生。結果的にミステリーという文芸形式が持つ元々のゲーム的な性格を利用する、メタミステリーとしての性格をも帯びていったのが、「ゲーム」としての本作のひとつの特徴だろう。
     加えて18禁ゲームではなかったことで、ライトノベルの読者に近い男女中高生を中心とした広範な層に訴求し、コミカライズやアニメ化などを通じて、『ひぐらし』は『月姫』以上のポピュラリティを獲得してゆく。
     

    ▲ひぐらしのなく頃に 鬼隠し~暇潰し編(07th Expansion 2002〜2004年)
     
    (参考リンク)『ひぐらしのなく頃に』が到達したところ――「共同性」と「公共性」の相克の果てに(中川大地)
     
     さらに同年、ゲーム会社に就職したZUNがサークル名を上海アリス幻樂団と改め、Windowsプラットフォームでは初めての作品となる『東方紅魔郷』で、4年ぶりに「東方Project」を再開する。『東方封魔録』から『東方怪綺談』にかけての初期作がPC-98向けにリリースされていた時代から、アーケードゲームの『怒首領蜂』(ケイブ 1997年)などと並び、「東方」は同人ゲームでありながら、敵キャラの発射する膨大な弾がまるで花火のように画面を埋め尽くす中をかいくぐっていく「弾幕STG」なるサブジャンルを代表する作品へと発展を遂げていた。
     STGとしての「東方」の特色は、無機的な戦闘機を自機にしたSF的な世界観やバックストーリーが主流だったジャンルの王道に反し、日本神話に材を採った東洋風のファンタジー世界を舞台に、巫女や魔女などの美少女キャラクターを自機に据えつつ、ちょうど対戦格闘ゲームのように複数から選択できるようにしたことにある。各ステージのボスとして登場する敵キャラとの戦闘時には、互いのバストアップ図像や台詞テキストによって会話劇が展開するという、やはり対戦格闘に近い演出方法を導入。これにより、あくまで反射神経を競うストーリー性の薄弱なジャンルとしてのイメージを覆し、濃密なキャラクタードラマの器にもなりうるフォーマットとして、縦スクロール型STGのポテンシャルを再発掘したのである。
     

    ▲東方紅魔郷(上海アリス幻樂団 2002年)
     
     加えて、敵キャラごとに差別化された弾幕攻撃の視覚効果と、ZUN自身の作曲による高BPMのトランサブルなBGMやSEによる聴覚演出が組み合わさることで、そのプレイ体験はほとんど音ゲーやDJセッション、あるいは舞踏に近いものになってゆく。こうした音楽性の充実もまた、「東方」のもうひとつの特徴であった。
     元よりスクロール型のSTGというジャンルは、黎明期の『ゼビウス』の時点から、細野晴臣がアルバム『Video Gme Music』をするなど、アンビエントな音楽体験の生成ツールとして、多くの作り手やゲームミュージックファンによって意識され続けてきた系譜がある。ゆえに同時期には、そんなSTGの即興音楽的なポテンシャルを最大限に突き詰めたタイトルとして、水口哲也の『Rez』(セガ 2001年)のような作品も登場していた。ただしこちらの場合は、自機のシンボルを斜め後方から見下ろす立体的な視点のサードパーソンシューター(TPS)としての骨格を採りつつ、具象的なキャラクター性や物語性を排するミニマルなメディアアート型の演出を特徴としていた。
     これとは対照的に、「東方」の場合は同じく音楽体験を強めるインタラクティブな視覚表現の追求でありながら、浮世絵のような独特の平面性を徹底した画面構成の中での弾幕の様式美や過剰な意匠性を強める方向への進化を遂げていったわけである。
     
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