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宇野常寛 地理と文化のシーソーゲーム――Ingress(PLANETSアーカイブス)
2019-10-25 07:00
今朝のPLANETSアーカイブスは、Googleが提供する位置情報ゲーム「Ingress」についての宇野常寛の論考です。現実の世界をプレイフィールドに読み替えるゲームが示唆する、現実と虚構との新しい関係とは――?(初出:『ダ・ヴィンチ』2014年11月号) ※本記事は2014年11月13日に配信した記事の再配信です。
今年の夏は東京の街を実によく歩いた。ゴールデンウィークに高田馬場の自宅からお台場のガンダムまで歩いて行ったのを皮切りに、毎週ある有楽町での仕事の帰りは徒歩で自宅まで帰っていた。札幌出張から戻った朝は羽田空港から京急で品川まで戻ったあと、やはり歩いて帰宅した。阿佐ヶ谷で会食したあとも、目黒で打ち合わせをしたあとも歩いて高田馬場まで戻った。休日は東京駅のトミカショップを目的地に定めて、地下鉄東西線のほぼ真上をひたすら東進したこともあった。東京に引越してから七年、なかなか土地勘がつかなくて困っていたが、さすがに随分と道も詳しくなった。近所の自動販売機のラインナップにも精通し始めた(なかなか売っていないゼロカロリーのクリームソーダを見つけたときは歓喜した)。神田では、東京では食べられないと思っていた、父の実家のある山形県河北町名物「冷たい肉そば」を出す店も見つけた。
僕が散歩を趣味にしていることは、以前にもこの連載で触れたことがあると思う。僕が「歩く」理由は大きくわけてふたつある。ひとつは健康管理とダイエットのため。もうひとつは、散歩することそれ自体の快楽のため、要するに歩くことそれ自体が「面白かった」からだ。普段電車で移動していると、街の文脈を読むことは難しくなる。しかし歩くとそれが手に取るようにわかる。住宅地と商業地がどう配置され、社会階層や文化が道路や川を隔ててがらりと変わる。そしてこうしたモザイクを生み出す歴史の厚みがその背景に存在する。気が付くと、僕は余暇の時間の何割かを散歩に費やすようになっていたのだが、この夏のその情熱は我ながら異常なものがあったように思う。単純に考えて僕がほぼ毎週歩いていた有楽町から高田馬場までだけでも8キロ強あり、雨の日以外はほぼこれくらいの距離か、少なくとも新宿までの往復を日課にしていたので、この夏僕は週に少なくとも20~30キロは歩いていた計算になる。そして、この情熱は実のところ、この夏僕が出会った街を歩く第三の理由に大きく支えられていた。それが今年Google社がリリースし世界中で僕と同じような中毒患者を生み出している拡張現実ゲーム『Ingress』だ。
Ingressとは一言で言えば現実空間を舞台にした、世界規模の陣取りゲームだ。プレイヤーは青と緑、どちらかの陣営に所属し、世界中に点在する拠点(Portal)を奪い合う。Portalとなっているのは世界各地の史跡名勝や鉄道の駅、その土地ならではの商店や建造物などだ。「Ingress Intel Map」というサイトにアクセスすると、世界が今、両軍によってどう分割されているかをほぼリアルタイムで確認することができる。北米とヨーロッパ、そしてアジアのほとんどの都市部がすでに両陣営によって分割されている一方でアフリカ大陸はほぼ手付かずの状態にある。これは単純にIngress及びその前提となるスマートフォンの普及状況が可視化されていると考えていいだろう。なぜならば、地図が青か緑に染まっているということは、そこにIngressのプレイヤーがいて、そしてプレイヤーが自身の行動範囲の史跡名勝や建造物をPortalとして運営に申請していることを意味するからだ。
ユーザーはこのPortalにIngressをインストールした端末をもって接近することで、敵のそれを攻撃できたり、味方のそれを防御することができる。そう、Ingressはプレイヤー自身がその身体を世界各国のPortalに接近させることを要求するのだ。
かくして、僕もまた今年の夏はスマートフォンを片手に都内を闊歩することになった、というわけだ。
そしてIngressのプレイヤー自身がPortal設置を運営に申請することができるというシステムは、この東京にPortalの氾濫をもたらした。都内のPortalは鉄道駅や史跡名勝にとどまらず、「ちょっと珍しい看板のある店」や無数に点在する地蔵の類までがPortalとして申請され、あろうことかGoogleに認可され、争奪戦の対象となっていた。現在においてはPortalの大半は、その地域の特色を表すものでもなければ、歴史的な建造物でもなく、おそらくは日本の文化風俗に明るくないであろう運営スタッフを騙してPortalとして認可させられそうなちょっとした特徴のある建造物や場所が無闇矢鱈に申請されてしまったものである。いちばん驚いたのは、僕の事務所の近くの結婚式場のオブジェが「高田馬場聖母」と名付けられPortalになっていたことである。
こうして、都内はIngressを通さなければなんでもない場所をひたすら奪い合う戦場と化し、そしてプレイヤーたちは明らかに氾濫しすぎているPortalを求めて幹線道路や駅前から離れ、住宅地の奥の地蔵や、児童公園のちょっと変わったオブジェを求めて自動車が侵入できないような場所や人気のない町外れの森林の中に分け入っていくことになったのだ。
さて、このIngressというゲームについては非常に多岐にわたる問題提起が可能だが、ここでは主に2つの点に絞って論じてみよう。第一にそれは僕たちの社会の抱く虚構観の問題だ。このIngressは「拡張現実(AR)」ゲームと言われる。「仮想現実(VR)から拡張現実(AR)へ」とは世紀の変わり目に発生した情報技術のトレンドの変化を表現したキャッチフレーズだ。ネットワーク技術とサービスの進化を背景に、情報技術の応用トレンドは「もう一つの現実をつくりこむこと(仮想現実)」から「現実それ自体に情報を付加すること(拡張現実)」に切り替わった。そしてこのキャッチフレーズは技術そのものだけではなく、比喩として情報サービス全体のトレンドの変化に当てはまる。つまり、この技術トレンドの変化はさらに、情報技術を背景にしたサービスや文化のトレンドの変化でもあるのだ。このころ世界中で「もうひとつの現実をつくり込む」ために、つまりインターネットにもうひとつの社会をつくることよりも、現実それ自体を多重化し、拡張することで充実させるために情報技術が用いられるようになったのだ。
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宇宙の果てでも得られない日常生活の冒険――Ingressの運営思想をナイアンティック・ラボ川島優志に聞く ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.246 ☆
2015-01-22 07:00
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・宇野常寛書き下ろし『「母性のディストピア2.0」へのメモ書き』第1回:「リトル・ピープルの時代」から「母性のディストピア2.0」へ
宇宙の果てでも得られない日常生活の冒険――Ingressの運営思想をナイアンティック・ラボ川島優志に聞く
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2015.1.22 vol.246
http://wakusei2nd.com
本日の「ほぼ惑」は、社会現象ともなりつつある位置情報ゲーム「Ingress」の担当者・川島優志さんへのインタビューをお届けします。運営側の川島さんは現在のIngressブームをどう見ているのか? そしてこれまでの家庭用ゲームにも、数多のウェブサービスにもできなかった「現実をHACKする」エンターテインメントの真の可能性とは――?
位置情報を用いたゲーム「Ingress」について、たびたびPLANETSでは取り上げてきた。
▼関連記事
・世界と自分を一直線に繋げる――睡眠時間を削ってまで散歩がしたくなる、位置情報ゲームIngress(イングレス)って何?(中津宗一郎)
・地理と文化のシーソーゲーム――Ingress(宇野常寛)今回「ほぼ惑」は、このIngressの担当者であるナイアンティック・ラボ(Niantic Labs)の川島優志氏にインタビューすることに成功した。宇野との対話は、「食べログ」や「コロプラ」などの位置情報サービスから、クリストファー・ノーラン監督の『インターステラー』との比較にまで及び、Ingressの背景にある思想を考える内容になった。▲川島優志氏
◎聞き手:宇野常寛、稲葉ほたて
◎構成:稲葉ほたて
ハリウッドに対抗できるのはIngressだけ
宇野 先日、うちの事務所裏にある結婚式場のマリア像が「高田馬場聖母」という名前をつけられて、ポータルに登録されていて、もう愕然としたんです。「ナイアンティック・ラボはこれを通していいのか、騙されているぞ」と(笑)。東京は結構そういうものが多いですが、外国でもこういう事例はあるんですか?
▲「高田馬場聖母」
川島 「どうなんだ」っていうのはいっぱいありますよね(笑)。
台湾の台北に立っている電信柱に装飾された通信ボックスがついているんです。その一つ一つの電信柱がポータルとして申請されていて、現地の人も「こんなにあっていいのか」と言ってるそうです(笑)。あまりにふさわしくないものは、ユーザーからのフィードバックで消していますが、基本的にはまあ、不思議なものは全てポータルになりつつありますよね。
――Ingressはユーザーも面白いですけど、運営も良い意味でいい加減ですよね。
宇野 いや、でもIngressはまだ死人が出ていないことのほうが不思議なくらいじゃないですか。僕は『頭文字D』を最も多くの人間をリアルで死に追いやった漫画だと思っているのですが(笑)、下手をするとアレよりも危険かもしれない。
川島 確かにリスクはあって、以前、巨大なリンクを張るために飛行機をチャーターして、アラスカに飛んだ人がいたんです。ところが、アラスカに降り立ってポータルで作業している20分の間に、エンジンが凍り付きそうになったらしくて、一歩間違えればそこで凍死してしまう状況に陥ったそうです。大変な冒険です。
宇野 僕は今、ハリウッドに唯一対抗できそうなエンターテイメントがIngressだと思っているんです。
現在のハリウッドで流行している作品って、ピクサーやディズニーのようなアニメとX-MENや『ゼロ・グラビティ』のような特撮になっていて、徹底的に作り込まれた物語なんです。90年代に流行したような、手ブレさせてリアリティを出すような映像がYouTubeに無限に溢れかえる時代になった結果、映画館にわざわざ観に行くような映像の役割は、むしろ徹底的に作家によってコントロールされた純度100%のファンタジーという方向になりだしている。
そういう流れの真逆にあるのが、おそらくIngress的なものでしょう。ユーザーが自分たちで物語をどんどん生成していくプラットフォームとしての究極形と言えるのではないでしょうか。
川島 先日、日本が覆われたときに「現実がいかに予想外で面白いか」を思いました。本当に、そのまま映画にできるくらいの色んなストーリーが、毎日のように世界中で起きています。
例えば、1年くらい前にオブジェクトを13個ほど世界に散らばらせて、リンクを繋いでそれを運ぶという「大玉ころがし」みたいなものを初めてやりました。レジスタンスはブエノスアイレスに運んだら勝ちで、エンライテンドはサンフランシスコに運んだら勝ちというルールでやったのですが、もう大冒険でした。
例えばロシアでは、「今からすぐにヴォルゴグラードへ飛んでくれ」みたいな指令が飛ぶわけです。それに対して「いつだ」「4時間後のフライトで飛んでもらわなければ間に合わない」なんて話し合い、「よし、俺が行く」みたいな展開になったそうです。ハリウッドもかくやのスリリングな物語ですよね。Ingressによって、予想を超える形で「現実ってこうだったのか」というのが「見える化」されるのは面白いところです。
コロプラとIngressの違いとは?
宇野 まず、僕のGoogleに対する考えを言うと、Googleがネット上のサイトを検索するサービスだった時代って随分と昔のことだという認識なんです。
だって、もはや僕らが普段の生活で検索エンジンを使うときって、実は飲食店を探すか知らないワードを調べるときくらいで、僕なんかはGoogleはもう食べログとWikipediaのインデックスくらいの感覚さえあります(笑)。この10年でわかったのは、人間の吐き出すWebページなんて、所詮はいくつかのキラーサイトに集中してしまうだけだということで、そこに向けてコンテンツを作ることが僕にはそれほど重要とは思えなくなっています。
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地理と文化のシーソーゲーム――Ingress ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.200 ☆
2014-11-13 07:00
地理と文化のシーソーゲーム――Ingress
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2014.11.13 vol.200
http://wakusei2nd.com
本日のほぼ惑は、「ダ・ヴィンチ」に掲載されている宇野常寛の批評連載「THE SHOW MUST GO ON」のお蔵出しをお届けします。今回取り上げる題材は、Googleが提供する位置情報ゲーム「Ingress」。現実の世界をプレイフィールドに読み替えるゲームが示唆する、現実と虚構との新しい関係とは――?
初出:『ダ・ヴィンチ』2014年11月号(KADOKAWA)
今年の夏は東京の街を実によく歩いた。ゴールデンウィークに高田馬場の自宅からお台場のガンダムまで歩いて行ったのを皮切りに、毎週ある有楽町での仕事の帰りは徒歩で自宅まで帰っていた。札幌出張から戻った朝は羽田空港から京急で品川まで戻ったあと、やはり歩いて帰宅した。阿佐ヶ谷で会食したあとも、目黒で打ち合わせをしたあとも歩いて高田馬場まで戻った。休日は東京駅のトミカショップを目的地に定めて、地下鉄東西線のほぼ真上をひたすら東進したこともあった。東京に引越してから七年、なかなか土地勘がつかなくて困っていたが、さすがに随分と道も詳しくなった。近所の自動販売機のラインナップにも精通し始めた(なかなか売っていないゼロカロリーのクリームソーダを見つけたときは歓喜した)。神田では、東京では食べられないと思っていた、父の実家のある山形県河北町名物「冷たい肉そば」を出す店も見つけた。
僕が散歩を趣味にしていることは、以前にもこの連載で触れたことがあると思う。僕が「歩く」理由は大きくわけてふたつある。ひとつは健康管理とダイエットのため。もうひとつは、散歩することそれ自体の快楽のため、要するに歩くことそれ自体が「面白かった」からだ。普段電車で移動していると、街の文脈を読むことは難しくなる。しかし歩くとそれが手に取るようにわかる。住宅地と商業地がどう配置され、社会階層や文化が道路や川を隔ててがらりと変わる。そしてこうしたモザイクを生み出す歴史の厚みがその背景に存在する。気が付くと、僕は余暇の時間の何割かを散歩に費やすようになっていたのだが、この夏のその情熱は我ながら異常なものがあったように思う。単純に考えて僕がほぼ毎週歩いていた有楽町から高田馬場までだけでも8キロ強あり、雨の日以外はほぼこれくらいの距離か、少なくとも新宿までの往復を日課にしていたので、この夏僕は週に少なくとも20~30キロは歩いていた計算になる。そして、この情熱は実のところ、この夏僕が出会った街を歩く第三の理由に大きく支えられていた。それが今年Google社がリリースし世界中で僕と同じような中毒患者を生み出している拡張現実ゲーム『Ingress』だ。
Ingressとは一言で言えば現実空間を舞台にした、世界規模の陣取りゲームだ。プレイヤーは青と緑、どちらかの陣営に所属し、世界中に点在する拠点(Portal)を奪い合う。Portalとなっているのは世界各地の史跡名勝や鉄道の駅、その土地ならではの商店や建造物などだ。「Ingress Intel Map」というサイトにアクセスすると、世界が今、両軍によってどう分割されているかをほぼリアルタイムで確認することができる。北米とヨーロッパ、そしてアジアのほとんどの都市部がすでに両陣営によって分割されている一方でアフリカ大陸はほぼ手付かずの状態にある。これは単純にIngress及びその前提となるスマートフォンの普及状況が可視化されていると考えていいだろう。なぜならば、地図が青か緑に染まっているということは、そこにIngressのプレイヤーがいて、そしてプレイヤーが自身の行動範囲の史跡名勝や建造物をPortalとして運営に申請していることを意味するからだ。
ユーザーはこのPortalにIngressをインストールした端末をもって接近することで、敵のそれを攻撃できたり、味方のそれを防御することができる。そう、Ingressはプレイヤー自身がその身体を世界各国のPortalに接近させることを要求するのだ。
かくして、僕もまた今年の夏はスマートフォンを片手に都内を闊歩することになった、というわけだ。
そしてIngressのプレイヤー自身がPortal設置を運営に申請することができるというシステムは、この東京にPortalの氾濫をもたらした。都内のPortalは鉄道駅や史跡名勝にとどまらず、「ちょっと珍しい看板のある店」や無数に点在する地蔵の類までがPortalとして申請され、あろうことかGoogleに認可され、争奪戦の対象となっていた。現在においてはPortalの大半は、その地域の特色を表すものでもなければ、歴史的な建造物でもなく、おそらくは日本の文化風俗に明るくないであろう運営スタッフを騙してPortalとして認可させられそうなちょっとした特徴のある建造物や場所が無闇矢鱈に申請されてしまったものである。いちばん驚いたのは、僕の事務所の近くの結婚式場のオブジェが「高田馬場聖母」と名付けられPortalになっていたことである。
こうして、都内はIngressを通さなければなんでもない場所をひたすら奪い合う戦場と化し、そしてプレイヤーたちは明らかに氾濫しすぎているPortalを求めて幹線道路や駅前から離れ、住宅地の奥の地蔵や、児童公園のちょっと変わったオブジェを求めて自動車が侵入できないような場所や人気のない町外れの森林の中に分け入っていくことになったのだ。
さて、このIngressというゲームについては非常に多岐にわたる問題提起が可能だが、ここでは主に2つの点に絞って論じてみよう。第一にそれは僕たちの社会の抱く虚構観の問題だ。このIngressは「拡張現実(AR)」ゲームと言われる。「仮想現実(VR)から拡張現実(AR)へ」とは世紀の変わり目に発生した情報技術のトレンドの変化を表現したキャッチフレーズだ。ネットワーク技術とサービスの進化を背景に、情報技術の応用トレンドは「もう一つの現実をつくりこむこと(仮想現実)」から「現実それ自体に情報を付加すること(拡張現実)」に切り替わった。そしてこのキャッチフレーズは技術そのものだけではなく、比喩として情報サービス全体のトレンドの変化に当てはまる。つまり、この技術トレンドの変化はさらに、情報技術を背景にしたサービスや文化のトレンドの変化でもあるのだ。このころ世界中で「もうひとつの現実をつくり込む」ために、つまりインターネットにもうひとつの社会をつくることよりも、現実それ自体を多重化し、拡張することで充実させるために情報技術が用いられるようになったのだ。
この変化は国内のコンピューターゲーム史にも概ね合致すると言えるだろう。 -
世界と自分を一直線に繋げる――睡眠時間を削ってまで散歩がしたくなる、位置情報ゲームIngress(イングレス)って何? ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.171 ☆
2014-10-03 07:00
世界と自分を一直線に繋げる――睡眠時間を削ってまで散歩がしたくなる、位置情報ゲームIngress(イングレス)って何?
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2014.10.3 vol.171
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現在ブームの兆しを見せ始めている位置情報サービスを利用したゲーム・Ingress(イングレス)。今朝のほぼ惑では、このゲームの魅力に取り憑かれた男が、現実を楽しむ新しい方法について語ります!
▼プロフィール中津 宗一郎(なかつ・そういちろう)
1968年生まれ。早稲田大学卒。広告代理店・ゲーム会社を経て、現在は文芸含めて色々やっている編集者。
Ingress(イングレス)というゲームについては、日々ネットからの情報に触れている人であるならばもう数回は目にしたことがあるだろう。
僕がIngressというゲームの噂を耳にしたのは、1年ほど前。プレイをし始めたのは、7月12日のiPhone版リリースからのわずか2ヶ月にすぎないけれども、こんなにゲームにハマるのはここ20数年記憶にないというぐらい、プレイに熱中している(ちなみにその前にハマったゲームはPBM「蓬莱学園の冒険!」(注1) )。一体、Ingressの何が面白いのか、そしてこのゲームからかいま見られるGoogleの目指す未来と思想、そして新しい現実拡張の世界をちょっと語ってみたい。
まず簡単に概略を説明しよう。IngressはGoogleが無料で提供している位置情報を利用したスマートフォン用のソーシャルゲームだ。プレイヤー(以下、エージェントと呼称)は、地球に出現したエネルギー「エキゾチックマター」(XM)を巡って、エンライテンド(覚醒者:緑)とレジスタンス(反抗者:青)の2つの陣営に分かれて、実際の地図上に点在する「ポータル」と呼ばれる拠点を奪いあいながら、Portal同士を直線で結んで作る「コントロールフィールド」(CF)と呼ばれる陣地を広げる闘いをしていく。
▲実際の地図上を陣取りをしていく
GPS情報を利用したゲームは、現実に世界に情報を上書きして重ねているという意味で、AR(拡張現実)ゲームとも呼ばれる。アニメ「電脳コイル(注2) 」を彷彿とさせ、また既知の街を拠点として戦い合う雰囲気は、コミック「GANTZ(注3) 」に近いと言ってもいいかもしれない。
ゲーム画面は、スタイリッシュで、英語で通知される情報に加えて、闇の中を探索しているバックグラウンドエフェクトや、目標に近づくに連れて間隔が短くなるピンガー音などがSF的な雰囲気をよりいっそう高めている。実際、夜に自転車に乗りながら、英語でしゃべるIngressをプレイしていると、気分は「攻殻機動隊」だ。
▲サイバー感あふれるプレイ画面
その雰囲気をよく伝える動画がある。
▲Ingress - It's Time To Recruit - YouTube
街でプレイしていた主人公が、敵と遭遇する――。この動画はIngressのプレイ風景をイメージで作ったCMだけれども実はGoogle製作によるこうした動画は数多く作られている(お金かけてるね)。
▲Playing Ingress
ちなみにプレイヤー自身が、ゲーム内容を説明した最新動画はこちら。6分とちょっと長め。この2つを見ればほぼIngressがどのようなものかが分かるだろう。
(注1)「蓬莱学園の冒険!」…1990年に遊演体が運営したPBM(Play by mail:郵便で行なうRPG)と小説、ゲームなどの関連作品。南海の孤島に作られた巨大学園にて、地球の存亡を巡る戦いがおこる。ゲームデザイナーは柳川房彦(作家名:新城カズマ)。現実の出来事を多く取り込んだ設定が特徴。参加者の多くが後にクリエイターとして活躍することが多かったため、伝説的なゲームと言われている。
(注2)「電脳コイル」…2007年にNHK教育で放送されたSFアニメ。ウェアラブル端末が普及した田舎の街で、現実と電脳が交錯するなか、子どもたちが君ょ言うな都市伝説と遭遇していく。(注3)「GANTZ」…奥浩哉による漫画作品。事故で死んだ主人公が、謎の黒球GANTZによって死後再生され、地球を侵略する宇宙人と街で戦うことを宿命付けられる。緻密な作画とスタイリッシュなスーツデザインで人気を博す。
■「何をしていいか分からない」から始まる、発見のゲームさて、最初にゲームをスタートさせた時には、何をしていいのか分からないエージェントが大半だろう。説明もマニュアルも英語であるため、最初の一歩のハードルが非常に高いゲームだ、けれども進めていくうちに、「現実の世界を舞台にした巨大なRPG」のような体験をしていくこととなる。そして最終的には、自分ひとりだけのストーリーが組み上げられていってしまうのが、このゲーム最大の魅力だ。
Ingressのキャッチフレーズは、"The world around you is not what it seems." (あなたの周りの世界は見えたままとは限らない)。東京中心部に住む僕がまずプレイを始めて驚いたのは、街中に存在するPortalの多さだ。神社やお寺、歴史的建造物、石碑、彫刻や郵便局……加えて街中の変なもの……などがエージェントたちの申請によってPortalとして登録されている。
このPortalを探して、hackという作業をして、経験値APとアイテムを集めるのがレベル1のエージェントの最初のミッションだ。そのためエージェントは街中を歩き回るハメになるのだが、まずこの時点で、自分の生活範囲にこんなに多くの歴史的な建造物があることに驚くに違いない。
参加者が増えた現在では、すぐにでも敵や味方と遭遇することになる。Ingressをインストールするまで、こんな戦いが街の日常の裏で行われていたなんて! と驚くのは必至だ(ストリートファイトに紛れ込んだ素人という感じを否応なく味わう)。
僕は浅草橋に住み、九段下の職場へと通っているのだが、普通ならば見逃して通りすぎてしまう道祖神などを、レベルアップを目指して、iPhone片手に探しまわる生活になってしまった。というのもIngressをプレイすると、レベルアップのために、色々な場所を歩きまわる必要が出てくるからだ。
動きまわる範囲を通勤路線に限定してしまうと、全然経験値(AP)が稼げない。そこで徒歩や自転車を使って、生活圏以外の場所をドンドンと動き回るワケ。結果、普通の都市生活では気付けないような街の成り立ちを記した碑文、ビル影に残された稲荷神社などに次々と遭遇してしまうのだ。
東京は電車網が非常に発達しているので、少しでも歩く距離を減らすために遠回りでも地下鉄に乗ってしまうことも多い。けれどもIngressをやっていると、「自宅から日本橋なんて歩いてすぐじゃん」「早稲田と雑司が谷ってこんなに近かったのか?」「こんな身近にこんなにゆっくり時間を過ごせる公園があるなんて」「都市生活者の最良の移動手段はロードバイクだ」ということを次々と発見していく。
例えばPortalにはこんな面白いものもある。
■「100年続く田中食堂」
このPortalは、上野・浅草という緑の陣営が強い所に位置するPortalで、正直、Googleの提示する基準ギリギリのグレーな拠点であるのだが、普段は前を通り過ぎるだけだった定食屋が「ここ百年も営業しているのか?」と違った視点で見えてくる。
街を再発見するのが、Ingressの喜びだが、絵のように美しいコントロールフィールドを敵と共同で作ったり、南国も飛び越えるlinkをはるなどその楽しみ方は多彩だ。
▲「100年続く田中食堂」ポータル
こうしたIngressエージェントの面白い活動は、ネット上に散見しているのでぜひ見て欲しい。
(参考リンク)
ingressの面白いPortalとコントロールフィールド
Ingressナニコレ面白ポータル
Ingressナニコレ面白ポータル2
Ingressナニコレ面白ポータル3
こうして未知のPortalを探索する楽しみに目覚め始めると、現実と同じように、「際限がない」ことがわかってくる。MMORPGのプレイで出てくる、製作時間の都合のための「時間つぶしのためのミッション」などはない。逆説的だが、Ingressをプレイすることで、現実世界ってこんなに巨大なのかということが再確認される。
休日に18時間かけてロードバイクで走り回っても、「全地球的な闘い」の前では、自分が寄与できる範囲は、初心者のうちは、ほんのちょっとなのだ。その結果、躍起になるまでハマったエージェントは、1日に10キロから20キロも歩くようになってしまう(スゴイね)。
実際、僕の場合は7月14日にiPhone版が解禁になってから、仕事をしながら睡眠時間を削って100キロも歩いてしまった(で、GoogleのイベントでIngressシールもらいました)。とはいえ、歩き過ぎて足が痛いからロードバイクを買った(これを通称リアル課金という)。僕なんてまだまだで、多くのエージェントが集まるPortalの密集地へ足を運ぶと、大抵、一人くらいは歩き過ぎて足を痛めて杖を付いている廃人レベルの人間がいるのだから恐ろしい。
■一人一人の特別なゲーム体験を産むシステムと、遭遇する面白エピソード
現実とリンクしているゲームであるためか、普通のゲームでの目標にあたるものを、自分で決め、そのために努力出来るのも楽しい。僕がやって個人的に達成したものにこんなものがある。
『皇居を全部、自陣営に染める』
皇居の内堀の外をロードバイクで何周もして、ある程度まで成功。ただどうやっても皇居内――しかも通常の参賀では絶対に入れない箇所――に侵入しないと出来ないPortalがあるのだが、これは一体、誰が設置したのだろう? 流石に僕には皇宮警察の目を盗んでまで、二重橋奥のPortalをhackする勇気はなかった。ちなみに首相官邸内のWi-Fiから、Ingressにアクセスしてしまい、その結果、外部には秘密にしているルーターのIPアドレスが漏れ、一悶着という事態もあったらしい。
『隅田川の花火会場を全部緑に染める』
Ingressを初めて2週間目ぐらいに、隅田川花火大会があったため、その時までの隅田側の河畔をつないで自陣営にしようと画策。朝の4時から隅田川に掛かる橋を雨の中、山岳用のゴアテックスのレインコートを着込んで行ったり来たり。これまたある程度までは成功したのだけれども、花火大会が終わったら敵の猛反抗を受けて挫折。『埼玉スタジアムを攻略する』これは緑側プレイヤーの間で、都市伝説的に広まっていた話。埼玉スタジアムに、青側の有力エージェントたちの手によって作られたファームがあった(ファームとは、レベルの高いPortalが集まった場所で、強力なアイテムを入手しやすい)。
埼玉スタジアムを落とすことで、都内へ通勤している彼奴らの、首都襲撃の威力を弱めたいのだが、生半可な攻撃ではすべてを壊せないばかりか、あっという間に修復されてしまう。いつかLevelが高い仲間が集ったら、ぜひ埼玉スタジアムの攻略に行こう……というわけだ。「まるでゾウの墓場を探そうとか、ショッカー基地みたいな扱いだなぁ」と感心した記憶がある。
▲レジスタンス(青)側に占拠された埼玉スタジアム
こうした個人的なチャレンジや、不可思議な都市伝説が、街のアチコチで発生している。ガチのエージェントは、自分の庭に、Amazonで買った燈籠(税別7万円)を設置してPortalに申請していたりするとかしないとか。
そんな「自宅Portal」も、眉唾話だと思っていたら、先日、あるエージェントたちが、地方で深夜に寺の敷地内のPortalを攻めていたら、急にお坊さんが登場。門が空いているとはいえ、参拝でもない深夜の進入を怒られるかとビクビクしていたそうだ。と思ったら、「Ingressですか? まあほどほどに」と諭されたとか。僧侶でもIngressを知っているのか、さすがにブームも加熱しているなと思ったら、なんとそのお坊さんは敵側のエージェントだった。
寺を離れるやいなや、たちまちのうちにPortalを奪還されてしまう。ちなみにその坊さんのエージェント名が「アナンダ」(釈迦の弟子)。「坊さん、自宅をPortalにしているのか」「このAgentは聖お兄さん気取りかよ!」とひとしきり話題になったそうな。
架空現実のゲームではありえない巨大さのため、ハマった廃人のエピソードは単に日本に限らず、中には「私有地に電波塔をカンパで建てちゃった」という米国人プレイヤー集団もいるそうだ。
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