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脚本家・井上敏樹エッセイ『男と×××』第30回「男と食」【毎月末配信】
2017-07-31 07:00550pt
平成仮面ライダーシリーズなどでおなじみ、脚本家・井上敏樹先生のエッセイ『男と×××』。最近調子が悪いという敏樹先生。こんなときこそ美食だと西麻布の割烹で鮎を食しますが、その帰りに敏樹先生に話しかけた不思議な存在とは……?
男 と 食 井上敏樹
最近調子が悪い。鬱と言うわけではないが心が晴れない。これ、という理由があるわけではない。ただ、なんとなくだ。連日の猛暑の影響もあるかもしれない。アメリカのどこかでは気温が50度を越えているという。50度とは驚異である。蚊やら蠅やらも死ぬらしい。蚊や蠅がいなくなるのは結構だが、50度は嫌だ。こちらも死んでしまう。とにかくやる気が出ない。こころがどんより、頭がぼんやりである。私にとってこういう時の特効薬はひとつしかない。美食である。
私は単純な人間だ。美味い物を食うと心に窓が開いたように光が差す。闇が払われ、人生は素晴らしいという啓示に打たれる。だが、一晩経てばそれも幻。またどんよりぼんやりに襲われる。だからまた美食となる。先日は西麻布の割烹に行った。今の時期はなんと言っても鮎である。今は輸送手段の発達で京都や四国から活きたままの鮎が届く。鮎は活きている事がとても大事で、死んだ鮎を焼くとハラワタが流れ出てしまうのだ。そうなっては台無しである。ハラワタのほろ苦い味と香りがケシ飛んでしまう。かの北大路魯山人も鮎に目がなかった。だが、魚を活かしたまま輸送するための発砲スチロールも酸素注入器もない時代である。魯人は人足を雇って鮎を運んだ。人足は天秤棒に鮎を入れた桶を吊るし汽車の中で水を揺らし続ける。そうやって水に空気を入れたわけだ。
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京都精華大学〈サブカルチャー論〉講義録 第26回 ノスタルジー化する音楽・映像産業――〈情報〉よりも〈体験〉が優位になった時代に【金曜日配信】
2017-07-28 07:00550pt
本誌編集長・宇野常寛による連載『京都精華大学〈サブカルチャー論〉講義録』。今回はこれまでの講義のまとめとして、音楽・映像産業の現在を取り上げます。情報環境の変化は、人々のコンテンツ消費にどのような変化をもたらしたのでしょうか。(この原稿は、京都精華大学 ポピュラーカルチャー学部 2016年7月22日の講義を再構成したものです)
〈情報〉から〈体験〉〈コミュニケーション〉へ
この講義ではこれまで、マンガやアニメ、アイドルを中心に取り上げてきましたが、ここからは最後のまとめとして「二次元から三次元へ」という話をしてみたいと思います。ひとつの鍵になるのは、これまで中心的には取り上げてこなかった「音楽」というジャンルの現在の姿です。
今の音楽市場では、CDの売上がどんどん下がっています。これは音楽だけでなく、DVDや本もそうなのですが、人間はもう情報をパッケージしたソフトというものと手を切ろうとしています。テキストや音声や映像はすべてネットワーク上でクラウド化されて、スマホなどの端末からいつでもアクセスできる状態になっている。そうなると人間が物理的なパッケージに記録した情報を所有することに意味がなくなっていくわけで、当然レコードも売れなくなっていく。
この変化は当然のことですが、これからの音楽産業を考える上では、「人々が音楽に求めるものが変わってきている」という認識を持つことも大事です。90年代後半をピークにCDの売上は右肩下がりなのですが、逆にゼロ年代以降に増えているものがあります。それは、音楽フェスの動員数です。
人間って希少なものに価値を感じるんですね。僕が中学生〜高校生だった90年代までは、好きな音楽をいつでも好きなときに聴けるとか、好きな映画をいつでも観れるっていうのはすごく贅沢なことだったんです。CDはアルバムだと3000円以上するし、ビデオソフトは当時VHSという規格で高いものだと1万円以上しました。CDもビデオも高くて買えないからレンタルソフト屋がこれだけ普及したんですね。パッケージを買っていつでも好きなときに観れるようにするなんて、すごく贅沢なことだった。
でも、今やテキストも音声も映像も、どこでも無料で鑑賞できる一番手軽なものになっていますよね。「蛇口をひねれば水が出てくる」というのとほとんど似たような価値しかない。砂漠のど真ん中のミネラルウォーターって無限の価値があるけれど、東京のど真ん中ではミネラルウォーターって100円ぐらいじゃないですか。音声や映像って昔は本当に「砂漠の中のミネラルウォーター」で、数千円払うのが当たり前だった。でも、今は蛇口をひねれば出てくるものでしかない。
今はそれよりも生の〈体験〉のほうに希少価値を感じるようになっている。「あの日、彼氏と一緒にフジロック行ったな」「友達と一緒にアイドルの握手会に行って、◯◯ちゃんといい話ができたな」とか、そういう自分だけの〈体験〉を求めるようになっていて、それにしかお金の価値につかなくなっているわけです。
〈体験〉のなかでも一番強いのは「人とのコミュニケーション」です。その点、アイドルって自分の憧れの存在と直接コミュニケーションできるし、「推す」ことによってその人の人生に貢献できる。アイドルってコミュニケーションとやりがいが結びついたものを売っているわけですが、「推す」という体験を盛り上げるために、ある種の蝶番として音楽が使われている。この形式は非常に強力で、だからアイドルがレコード市場の大部分を占めるようになったんです。
その次に〈コミュニケーション〉の力が強いジャンルが、アニソンやボーカロイドです。こちらも単に音声データそのもの売るのではなく、キャラクターをコミュニケーションの対象にしてCDを売っているわけです。
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本日21:00から放送☆ 今週のスッキリ!できないニュースを一刀両断――宇野常寛の〈木曜解放区 〉2017.7.27
2017-07-27 07:30
本日21:00からは、宇野常寛の〈木曜解放区 〉生放送です!
〈木曜解放区〉は、宇野常寛が今週気になったニュースや、「スッキリ!!」で語り残した話題を思う存分語り尽くす生放送番組です。
時事問題の解説、いま最も論じたい作品を語り倒す「今週の1本」、PLANETSの活動を編集者視点で振り返る「今週のPLANETS」、週替りアシスタントナビゲーターの特別企画「たかまつななの木曜政治塾」、そして皆さんからのメールなど、盛りだくさんの内容でお届けします。
★★今夜のラインナップ★★
メールテーマ…「夏祭り」アシスタントナビゲーター特別コーナー…「たかまつななの木曜政治塾」 and more...
今夜の放送もお見逃しなく!
▼放送情報
放送日時:本日7月27日(木)21:00〜22:45☆☆放送URLはこちら☆☆
▼出演者
ナビゲーター:宇野常寛
アシスタントナビゲーター:たかま -
鷹鳥屋明「中東で一番有名な日本人」第3回 中東の民族衣装の差異と着用法
2017-07-27 07:00550pt
鷹鳥屋明さんの連載『中東で一番有名な日本人』、今回のテーマは日本人にはあまり馴染みのない、湾岸アラブ諸国の民族衣装です。個人でのアラブの民族衣装の保有数は日本一、現地でも日本国内でも民族衣装を着こなしている鷹鳥屋さんが、各国の衣装の違いや着用法について徹底的に解説します!
服装による湾岸アラブの見分け方
第2回でお伝えしたように、最近の湾岸アラブ間では外交状況の変化によりそれぞれの国民性が強調されるようになってきました。その時代の中で湾岸アラブの装いの差異に対して見極めをつけることが少々重要になってきたと言えます。
最新のニュースではサウジアラビアの女性がミニスカートで宗教的に厳しいと言われる地域を歩き警察に逮捕される、という話が出てきております。女性の自由について、という点では議論が多くありますが、ミニスカート以前に現地の方々がどういう服装をしているのか、という点を知ることは中東に皆様が出向く際にお役に立つと思います。
日本と他の東アジアの民族衣装のまだ見分けがつきやすいですが、アラブ諸国の民族衣装の差異はなかなかつきにくいかもしれません。ですが昨今外交上のトラブルが多い湾岸アラブ諸国の中でサウジアラビアの人に向かってカタール人か、と聞いたり、アラブ首長国連邦(以下、UAE)人にサウジアラビア人か、と聞いたりするのは相手の第一印象に大きく影響することになります。
多くの人は中東の衣装、といえば真っ白な衣装に頭に黒い紐を巻いて、時にはサングラスをしてというイメージがほとんどだと思います。石油王ルックスなどと呼ばれていますが決して王族ばかりが着ているわけではなりません。なかなか面白いことなのですが、中東の湾岸アラブ諸国では例えばサウジアラビアやUAEやカタールなどでは身分の違いにより服装が大きく変わることはありません。デザインに関しては民族ごとの特徴はそのままで、高価な物は素材が大きく変わります。
イメージとしては国ごとに特徴的なスーツのデザインがあり、国民が皆同じワイシャツとスーツを着ていますが、廉価版と高級版では素材が大きく異なってると考えていただければと思います。
今回の推薦書:星海社コミックス『サトコとナダ』
▲ハロウィーンでよく着られている石油王コスプレ衣装今回はこのコスプレ衣装についてではなく、本物について詳しく説明したいと思います。まずこの男性用民族衣装の名前についてですが、コスプレ衣装では「カンドゥーラ」と呼ばれていますが、これは主にUAEでの呼び方になります。
▲例外もありますが大きく分けるとこのような形になります。
男性用民族衣装はサウジアラビアやバーレーンでは「ソーブ」もしくは「トーブ」と呼びます。クウェートやオマーン、イラク等では「ディスターシャ」という名前になります。それぞれ服の特徴として、UAEの「カンドゥーラ」は襟がなく、糸を固めたボタンが3つ正面に付きます。それに対してサウジアラビアの「ソーブ」「トーブ」は襟首が中学校、高校の制服のカラーのような形になります。それに対してカタールの「ソーブ」「トーブ」は通常のワイシャツと同じような襟型のカラーが付きます。「ディスターシャ」はクウェートのタイプだとサウジアラビアの形に近いのに対して、オマーンの「ディスターシャ」はUAEの形に近いものになります。
基本的にこれらの服の色は白がほとんどですが、サウジアラビアの西岸、ジェッダなどの方では線模様や袖にデコレーションが付いたりします。UAEだとクリーム色や黒色などがあり、クウェートでもクリーム色や藍色などバリエーションがあります。この中ではUAEやオマーンが装飾も多く、一番カラフルと言えます。
▲中東の男性ファッションをまとめたイラスト ©Liz Ramos Pardo
*バーレーンはサウジアラビアと同じスタイルが多くイラストのような服はあまり着ません。 *イラスト上のサウジアラビアとクウェートの「トーブ」がそれぞれ逆になっています。サウジの「トーブ」はボタンのラインが下までおりません。胸前で止まります。 *最近はサウジもクウェートも胸にポケットが付くものが多いです。
▲UAE内での「カンドゥーラ」販売店の様子
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更科修一郎 90年代サブカルチャー青春記~子供の国のロビンソン・クルーソー 第10回 水道橋から神楽坂へ・その2【第4水曜配信】
2017-07-26 07:00550pt
〈元〉批評家の更科修一郎さんの連載『90年代サブカルチャー青春記~子供の国のロビンソン・クルーソー』、前回の水道橋駅から総武線に乗って、飯田橋駅に降り立った更科さん。ランチを食べる場所を探しながら、富士見にあるKADOKAWAとの思い出を回想します。
第10回「水道橋から神楽坂へ・その2」
JR飯田橋駅は川沿いの湾曲した土地にあるため、電車とホームの間が大きく、降り立つたびに緊張する。 ホームから眺める飯田橋界隈は、大きく3つのエリアに分かれている。 東口から北東の後楽や三崎町は、老舗の編集プロダクションや中小出版社が点在している。ネット上でよくネタにされている竹書房の自虐的な広告も、東口改札前にある。 対して、橋上駅舎の西口から神楽河岸を越えると、神楽坂が長く続いている。坂の上の矢来町には新潮社があり、平河工業社などの印刷所や製版所、中小の編集プロダクションが周辺の住宅地と一体化している。 そして、西口から富士見二丁目へ向かうと、角川書店改め、KADOKAWAの本社がある。
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振り返ってみると、編集者としては、KADOKAWAとの縁は数えるほどしかない。 何故か、社屋の上にある天河神社の祠を見たこともあったが、角川春樹事務所の会議室にも同じ神棚があったから、前体制の名残りなのだろう。 批評家の仕事で行くことも稀だった。 唯一、レギュラー執筆者だった『Comic新現実』でも、ササキバラ・ゴウ氏の紹介で編集長に挨拶へ行ったのと、「戦時下のアニメ」と題した鼎談で呼ばれただけだ。 そもそも、『Comic新現実』で書くようになった理由も、ササキバラ氏の唐突な飛び込み依頼で、大塚英志氏とも面識はなかった。 ササキバラ氏は徳間書店で『少年キャプテン』編集長だったこともあるが、友人Kがアシスタントを始めた頃には退社していた。むしろ、最後のパイプ役だったササキバラ氏が退社したことで、『少年キャプテン』でも大塚英志の名前は禁句となっていた。最後の編集長は休刊後、AICへ「天下り」し、その後、YMO評論家へ転じている。わけが分からない。 件の鼎談は論点がいまいち噛み合わなかったが、改めて読み返すと、それほど悪い内容ではない。わざわざ読み返すほどの話題でもないのだが。 途中で何故か香山リカ氏が来たことを覚えている。弟の中塚圭骸氏が参加していたからかも知れないが、いきなり大塚氏と世間話を始め、鼎談はしばらく中断した。 香山氏が帰ると圭骸氏が恐縮し、ようやく再開したが、この頃、知人の音楽ライターから香山氏が年上の著名なミュージシャンと付き合っている、というゴシップを聞かされていたので、余計なことを言わぬよう黙っていた。
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ブラック・バウヒニア行動と初めての逮捕拘束|周庭
2017-07-25 07:00
香港の社会運動家・周庭(アグネス・チョウ)さんの連載『御宅女生的政治日常――香港で民主化運動をしている女子大生の日記』。7月1日の返還記念日を前にデモに参加した周庭さんは、初めての逮捕拘束を経験しました。公民的不服従を主張しデモに参加する上での覚悟、逮捕後の様子を語ります。(翻訳:伯川星矢)
御宅女生的政治日常──香港で民主化運動をしている女子大生の日記第10回 ブラック・バウヒニア行動と初めての逮捕拘束
▲7月1日の返還記念日デモに参加する周庭さん
先月の連載を見返してみると、京都や台湾への旅、そして六四燭光晩会など、すべてが遠い昔に起きたことのような気がします。ここ一ヶ月であまりにたくさんの出来事がありました。香港の情勢は激しく変化していて、毎月さまざまなことが起きているものですが、それでもこの一ヶ月、わたしは人生で初めての体験をいくつもしました。それはわたし自身の視野を広げ、 -
【特別再配信】京都精華大学〈サブカルチャー論〉講義録 第7回 〈鉄人28号〉から〈マジンガーZ〉へ――戦後ロボットアニメは何を描いてきたか
2017-07-24 07:00550pt
本誌編集長・宇野常寛による連載『京都精華大学〈サブカルチャー論〉講義録』。 今回からはロボットアニメがテーマです。日本独特の「乗り物としてのロボット」が生まれた経緯を『鉄人28号』『マジンガーZ』という草創期のヒット作から紐解きます(この原稿は、京都精華大学 ポピュラーカルチャー学部 2016年5月13日の講義を再構成したものです/2016年8月5日に配信した記事の再配信です)。
戦後日本で奇形的な進化を遂げた「乗り物としてのロボット」
今日はロボットアニメについて講義をしていきたいと思います。
日本の戦後アニメーションにおいて、ロボットは中心的なモチーフでした。ロボットアニメの歴史を追うことによって、戦後アニメーションが何を描こうとしてきたのかが見えてくると言っても過言ではありません。ところが、日本の戦後アニメーションが描いてきたこの「ロボット」はちょっと変わっている。今日はそこから話していきたいと思います。
ここに日本のアニメーションを代表する「ロボット」たちが並んでいます。
鉄腕アトム、鉄人28号、マジンガーZ、ガンダム、そしてエヴァンゲリオン――みなさん、どうですか? 実はこの中に厳密には「ロボット」とはいえないものが混じっています。どれかわかりますか?
正解は、鉄腕アトム以外全部「ロボット」ではありません。ほかは全部、「ロボット」ではなく人型の道具で、マジンガーZ、ガンダム、エヴァンゲリオンは「乗り物」です。実は戦後アニメーションは厳密な意味では「ロボット」をほとんど描いてこなかったんです。
そもそも「ロボット」とは何でしょうか。実はロボットの定義とは、「人工知能をもち、自律的に動くもの」です。だから鉄腕アトムはロボットだけれど、リモコンで動く機械である鉄人28号はロボットではないし、ガンダムに至っては「人型の乗り物」にすぎません。逆に、現代では人型をしていなくても人工知能で制御されていればロボットだと分類されていますね。
特にこの「乗り物としてのロボット」は日本アニメーションの発明です。要するに、戦後アニメーションは間違ったロボット観を普及させてしまって、その結果日本人のほとんどが「ロボット」とは何か、そもそも分からない状態になってしまっていると言っていいでしょう。ただこの「乗り物としてのロボット」が20世紀の映像文化やその周辺のサブカルチャーに与えた影響は絶大で、たとえば2013年に公開され話題になった『パシフィック・リム』というハリウッド映画では「乗り物としてのロボット」が出てきますが、これは監督のギレルモ・デル・トロが日本のアニメや特撮に強く影響を受けているからですね。
本来は人工知能の夢の結晶だったロボットに対して、「乗り物としてのロボット」というまったく別の文脈を与え、奇形的な進化を遂げたのが日本のロボットアニメなんです。今日はその歴史を考えていきたいと思います。
みなさんは「ロボット工学三原則」を知っていますか? アイザック・アシモフという20世紀のSF作家の『われはロボット』(早川書房、2004年)という有名な小説に出てくる、科学者がロボットを作る上で守るべき三つの原則で、こういう内容です。
第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
この原則は、人工知能が暴走して人類や社会に害をなしたり事故を起こすことのないように考え出されたものです。科学技術が飛躍的に進歩し、人類がコンピュータを生み出した1950、60年代には「科学の力で疑似生命を生み出すことができるんじゃないか?」という期待が膨れ上がっていました。そういう状況のなかで、SF小説でロボットがテーマとして扱われるようになります。そうなると必然的に「擬似生命を生み出せるというのは、人間が神になるってことじゃないか?」「ロボットが自由意志を持ったとき、本当に社会に有用なものになるのか?」「本当に人間にとって友好的な存在になるのか?」という問いも生まれていくんですね。人工知能の正の可能性、負の可能性の両方を検討するなかでSF小説が発展していったんです。
ところが、ロボット工学三原則が代表する20世紀的な人工知能の夢というテーマは、少なくとも戦後のロボットアニメというムーブメントの中では主流になることはありませんでした。初の国産アニメーションである『鉄腕アトム』は、人工知能の夢を正面から扱った作品です。そこには、人間が人工知能を生むことによって生命を創りだすことができるのか、つまり「人間は神になることができるのか?」という問いや、ロボットの人権や政治参加といったテーマ、あるいは人工知能が独自の意志で人類に反乱を起こすといったエピソードが頻出します。少なくともその誕生時において、日本のアニメーションは正しく「ロボット」と向き合っていた。しかし、そんな時代はすぐに終わってしまいます。
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京都精華大学〈サブカルチャー論〉講義録 第25回 〈近さ〉から〈遠さ〉へ――48Gの停滞と坂道シリーズの台頭【金曜日配信】
2017-07-21 07:00550pt
本誌編集長・宇野常寛による連載『京都精華大学〈サブカルチャー論〉講義録』。今回は、10年代半ば以降の48Gの停滞、坂道シリーズの台頭で見えてきた、今後のアイドルカルチャーの課題を語ります。(この原稿は、京都精華大学 ポピュラーカルチャー学部 2016年7月8日の講義を再構成したものです)
ブレイク後のAKBに立ちはだかる「戦後日本の芸能界」という壁
AKB48が停滞してしまった理由のもうひとつは、やはり「慣れ」でしょう。昔は多くの人が「人気投票でアイドルを選抜し、それにファンが盛り上がるなんて常軌を逸している」と思っていた。ところが、もうみんな慣れてしまったし、後発のアイドルたちもみな似たようなことをやるようになって、珍しさが薄れてしまった。アイドルの選抜総選挙という特異なシステムによってAKB48は注目を集めることができたけれど、今はそうではなくなっているわけです。
それと、実は地方展開もあまりうまくいっていません。もちろんSKEもNMBもHKTも、他のアイドルよりははるかに売れているし動員力もある。でも結局のところ、指原莉乃が象徴するように、芸能界で生き残っていくには東京のメディアに出て、〈テレビタレント〉になるしかないわけです。昔ながらの戦後日本の芸能界の構造を、48グループは結局は崩すことができていない。地方グループの人気メンバーになるより、東京のAKBの不人気メンバーでいるほうが有利なんです。SKEなんかは、いつ崩壊してもおかしくない状態です。
それと、規模の問題も大きくなっています。僕が好きになった頃は推しメンに100票入れるだけでも順位が変動するような状況だったんです。ところが今では総得票数が何百万票になっていて、1位の指原なんて24万票ですから、1人の人間が投じられる票数で状況を変えることが難しくなっている。そのことも停滞の原因になっています。まあ、これはゲーム設計の問題だから仕組みで対応できると思うのですが。
総じて言えるのは、テレビの問題が大きいということです。たとえば最近の総選挙では中継の演出ひとつとっても仕掛けがすべてテレビバラエティ的になってきています。「にゃんにゃん仮面」とかね(笑)。
〈ライブアイドル〉というジャンルを作ったのはAKBなんだけれど、ある程度の規模を維持しようと思ったら指原=〈テレビタレント〉にならざるをえず、結局は昔のテレビカルチャーに回帰していくしかない――だとしたら、これまでAKBがやってきたことは何だったのか、ということになります。
さらに、秋元康も自信を失っていると思いますね。AKBはもともと高校野球とかと同じで、若い子たちが過酷なゲームを戦わされて、喜んだり傷ついする姿を僕らが見て楽しむというリアルドキュメントだった。でも、今のAKBは自然発生するドラマだけではもう人々の関心を引きつけることはできないのではないか、という認識がある。だからテレビバラエティ的な「仕掛け」が多くなっているのだと思います。
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【最終回】「ポストギアス」と今後のロボットアニメ/『石岡良治の現代アニメ史講義』第5章 今世紀のロボットアニメ(9)【不定期配信】
2017-07-20 07:00550pt
「日本最強の自宅警備員」の二つ名を持つ批評家・石岡良治さんによる連載『現代アニメ史講義』。最終回となる今回は、「ポストギアス」の諸作品や、『ガンダム』『マクロス』などの最新作の動向からロボットアニメの今後を展望します。
「ポストギアス」をめぐる試行錯誤――『ギルティクラウン』『ヴァルヴレイヴ』
前回は『コードギアス』の達成について、主として終盤の主題展開の独自性という点から考察しました。今回は「ポストギアス」アニメをいくつか検討した上で、あらためて今世紀のロボットアニメについての総括を試みたいと思います。『ギアス』前後の谷口悟朗監督作品はすでに検討しましたが、彼は『ギアス』以降は仕事のペースを一時緩めています。『ジャングル大帝 -勇気が未来をかえる-』(2009)監督、『ファンタジスタドール』(2013)原作などですね。2015年の『純潔のマリア』をきっかけに、2016年の『アクティヴレイド -機動強襲室第八係-』、2017年の『ID-0』と立て続けに監督をつとめ、いずれも渋い佳作ですが、ややベテランアニメファン向けのきらいがあります。「コードギアス10周年プロジェクト」ではそうした円熟した作風を一部手放す必要があるかもしれません。
むしろシリーズ構成・副構成をそれぞれつとめた大河内一楼と吉野弘幸が、『ギアス』のテイストを意識したかのような展開をいくつかのアニメで入れたさいに、反発を呼んだケースの方が目立つように思われます(もっとも、アニメファンが「苦手な展開」をもっぱらシリーズ構成に帰す慣習が実際のスタッフワークと一致しているとは限らないと思いますが)。
以下、この二人が関わっているか否かを問わずに次の3つのアニメを簡単に検討したいと思います。『ギルティクラウン』『革命機ヴァルヴレイヴ』『クロスアンジュ 天使と竜の輪舞(ロンド)』です。
まず『ギルティクラウン』ですが、これはロボットアニメというよりは異能力もので、ギアス能力をめぐる人対人のバトル要素を、ギスギスした展開込みで取り入れしようとしたところがあります。けれども実際にはメインヒロインいのりの造形(かわいさ)に大幅に依拠しつつも、本編では空気ヒロイン気味、といった風情の作品でした。これはちょうど、最初は男女双方の視聴者獲得を目指していたと思しき『K』で男性視聴者を狙いに行った女性キャラ「ネコ」の存在感と似た事態です。『K』は「抜刀」アクションが盛大に女性受けした結果、男性狙いの方向性は後退していったがゆえに、宙に浮いた形となったわけです。『ギルティクラウン』は企画の随所に野心的なところがありつつも、それらがうまく機能したとはいえませんが、2017年にまさかのパチスロ展開をみているので、今後再評価される可能性がないとはいえません。
さて『革命機ヴァルヴレイヴ』は今では主題歌とラストの「銅像エンド」が有名かもしれません。すでにこの連載では「性的な場面」について触れました(ティーンズの「性と死」を描けるジャンルとしてのロボットアニメ/今世紀のロボットアニメ(3))。学生だけのコミュニティがギスギスしていき崩壊の危機を迎える、というアイディアは『無限のリヴァイアス』を思わせますが、「ポストギアス」ゆえによりエクストリームな展開になっています。共感性にあまり寄り添わないキャラクターたちの恋愛感情をめぐるゴタゴタは興味深く、ロボットアニメでなければ成立不可能だったと思わせますが、ルルーシュやスザクのようにはいかなかったきらいがあります。両作はどちらも「クリフハンガー」「全方位を少しずつ苛つかせる」など、『コードギアス』メソッドを志向したところがありますが、なかなかうまくいかないようにみえます。まとめると、『ギアス』が出した解決も、「ポストギアス」の困難も、ともに作品が抱える「卑近さ」の扱いに起因するのではないでしょうか。ギアスの場合、ルルーシュの卑近さ=シスコンというシンプルなフェチに駆動されつつ、国際政治や戦闘をめぐるポリティカル・フィクションともうまくブレンドされていたわけですが、「ポストギアス」アニメの多くはそこを短絡的に流用してしまった感があります。
ロボットアニメのポテンシャルを十全に発揮した『クロスアンジュ 天使と竜の輪舞』
そんな中、スタッフ的にはあまり『ギアス』と関連するところはないのですが、個人的に「ポストギアス」アニメの快作といってよいのが『クロスアンジュ 天使と竜の輪舞』だと考えています。なぜなら、『コードギアス』の重要な点としては、卑近な欲望と「高貴」な主題の並置という、富野由悠季が得意としたロボットアニメならではのスタイルを『クロスアンジュ』が巧みにアレンジしていると思うからです。ハイファンタジー志向だった『聖戦士ダンバイン』の後半では結局東京が舞台になるのですが、こうした側面は、例えば宮崎駿作品と比べると、ファンタジーを作りきれていないという批判となるでしょう。大きなテーマを卑近な欲望に落とし込む手法がいわば嫌われているわけで、『ダンバイン』後半の東京はその象徴といえます。けれども『ダンバイン』終盤の魅力は、舞台が東京であるがゆえに生まれているところは無視しえません。
『クロスアンジュ』が興味深いのは、『ガンダムSEED』で今世紀のロボットアニメとしては記録的なヒットを飛ばし、続編の『ガンダムSEED DESTINY』もヒットさせながらも、納期に間に合わなくなる事態の多発などもあってか、しばらく沈黙を余儀なくされたようにみえる福田己津央が、「総監督」として見事に復活したことでしょう。端的にいうと、「ポストギアス」アニメの多くが扱いかねていた偽悪要素を、うまくシナリオ展開と結びつけているがゆえに、卑近な要素がかえって爽快な物語になるという結果をもたらしています。主人公のアンジュは「ミスルギ皇国」の皇女として、特殊能力「マナ」を使えない「ノーマ」と呼ばれる人々を侮蔑する選民思想を抱くようになっていたのですが、ある日自分自身がノーマだったことが判明し、皇女の地位を剥奪されたあと、ほぼ牢獄といってよい「アルゼナル」へと追放されます。そして当初は「私はミスルギ皇国の皇女よ!」とあくまでも過去の栄光にすがるかのような言動をみせていたアンジュですが、しだいにアルゼナルの劣悪な環境に馴染んでいきます。実はこの初期設定が、図らずも福田己津央の巧みな自己批評になっているように思われます。なぜなら、このアンジュの状態はまさに「私はガンダムSEEDの福田己津央だぞ」と主張しているのも同然だからです。けれどもそうした過去の栄光は今やなく、一度底辺にまで落ち込んだ境遇からたくましく再起を図るしかない。そういう醒めた自己批評ができていることが、『クロスアンジュ』にある種の凄みを与えているのではないでしょうか。そして実際に福田己津央は再起を果たしたのではないかと考えています。
『クロスアンジュ』のジャンル的な位置付けをざっくりとまとめるならば、映画『女囚さそり』シリーズ(1972-1973)の流れをくむ「女囚もの」といえるでしょう。興味深いのは、『クロスアンジュ』では「自称正義」を揶揄する要素は少なめなので、オタクコンテンツでしばしばみられる「正義をやっつける欲望の肯定」原理が嫌味にならず、むしろラスボスがコテコテの童貞臭漂うキモオタ博士であることがうまく活かされています。
『クロスアンジュ』にはある部分では『ガンダムSEED』の性別逆転シナリオといえるところがあって、それは後にアンジュのパートナーとなる男性「タスク」と出会う第5話にあらわれています。無人島と思しき島に行くと実はそこには人が住んでいて……という流れのこうした単発回は、ファーストガンダムの異色エピソード『ククルス・ドアンの島』(15話)に由来します。本編から切り離され、別の視点で物語を展開できるメリットはありますが、『ふしぎの海のナディア』の「島編」のように、制作リソースの不足を補うための「水増し」であったり、キャラクターの「記憶喪失」並に濫発される「デバイス」となっている感も否めません。『ガンダムSEED』では24話でのアスランとカガリのエピソードがよく知られており、男女が(昨今では性別を問わないですが)島から出られないというシチュエーションからは、恋愛ないし性的な展開が期待されることも多いわけです。
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本日21:00から生放送☆ 今週のスッキリ!できないニュースを一刀両断――宇野常寛の〈木曜解放区 〉2017.7.19
2017-07-19 07:30
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〈木曜解放区〉は、宇野常寛が今週気になったニュースや、「スッキリ!!」で語り残した話題を思う存分語り尽くす生放送番組です。
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放送日時:本日7月19日(水)21:00〜22:45☆☆放送URLはこちら☆☆
▼出演者
ナビゲーター:宇野常寛
アシスタントナビゲーター:長
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