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宇野常寛 月島花は坊屋春道を超えられたか――クローズ/WORSTが描いた男性性の臨界点(PLANETSアーカイブス)
2019-03-29 07:00550pt
今朝のPLANETSアーカイブスは、宇野常寛による髙橋ヒロシ論をお届けします。傑作不良漫画『クローズ』の続編として描かれ、12年の歳月をかけて昨年完結した『WORST』。坊屋春道なきあとの鈴蘭を描いた本作を通じて見えてくる『クローズ』が描いた男性性の臨界点とは。(初出:ダ・ヴィンチ2013年11月号) ※この記事は2015年3月16日に配信された記事の再配信です。
〈「オレはおまえらと同じで/よそを放り出されて鈴蘭へ来たただの勉強ぎらいさ/ただちょっと違うのは/オレはグレてもいねーしひねくれてもいねえ!/オレは不良なんかじゃねーし悪党でもねえ!!〉
髙橋ヒロシによる90年代を代表するヤンキー漫画『クローズ』は、主人公・坊屋春道の自分は不良「ではない」という宣言ではじまった。引用したのはそんな彼=春道が物語の冒頭、転入してきたばかりの高校で貴様は何者だと問われたときの返答だ。舞台となる架空の高校・鈴蘭男子高校はとある街にあるいわゆる「底辺」高校だ。不良少年の巣窟である同校では、その社会の「覇権」をめぐって常に派閥抗争が繰り広げられている。しかし所属する生徒の大半が不良高校生である鈴蘭は常に群雄割拠の状態にあり、もう何世代にもわたり「統一政権」が生まれていないのだという。世代を超えて数えきれないほどの不良少年がその統一を夢見て入学し、3年間をケンカに明け暮れて過ごし、そして鈴蘭統一の志半ばで卒業していく……そんな無限ループが永遠に続く世界に、春道は転校してきたのだ。
春道は圧倒的な戦闘力を見せつけ、彼に戦いを挑む鈴蘭内の各派閥の領袖たちをことごとく破ってゆく。その勇名はやがて彼を他校との抗争の中に導いてゆくが、春道はその挑戦者たちをもことごとくほぼ初戦でノックアウトしてゆく。なぜ春道は「強い」のか。
答えは既に春道自身の口から語られている。春道は「グレてもい」なければ、「不良なんか」でもないからだ。
坊屋春道は劇中でほとんど唯一、鈴蘭の統一など不良少年社会での権力の獲得に興味を「示さない」人物として描かれている。そう、「グレてもいない」し「不良でもない」春道は単に「勉強が嫌い」で「ケンカが好き」なだけで、決してアウトローであることに意味を見出していないのだ。したがって「鈴蘭のてっぺん」にも「大人社会への反抗」にも興味がない。彼が戦う理由はふたつ、仲間を守るためと自分の快楽、面白さのためだ。そんな春道に、鈴蘭の統一や不良少年社会での覇権を夢見る少年たちが次々と挑戦し、そして敗れていくことで物語は進行する。
これが意味するところは何か。髙橋ヒロシがここで描いているのは、ヤンキー漫画がその数十年の歴史の中で育んできた男性ナルシシズムの更新、「カッコイイ男」のイメージの更新だ。春道は不良少年たちの世界──思春期の数年間だけそこに留まることができるモラトリアム空間、疑似的な社会──の中での自己実現に拘泥する少年たちを愛情をもって退ける。「不良」である彼らは一般の社会から疎外されたアウトローであるという自覚を持ち、それゆえにもうひとつの社会での自己実現を権力奪取というかたちで目論む。しかし、そんな自己実現に全く興味を示さない春道に敗れることで、彼らはことごとく転向してゆく。疑似社会での期間限定の自己実現ではなく、ケンカすることそれ自体を楽しみ、魂を燃焼させることに美的な達成を見るという春道の示したモデルに転向してゆくのだ。(劇中で春道と互角以上の戦いを展開することができたのは、同様に権力闘争に興味を持たない林田恵・通称リンダマンのみだ。)
ここで髙橋が坊屋春道という男に託したのは、これまでのヤンキー漫画の美学の延長線上にありながらも、少なくとも従来の意味では「グレてもい」なければ、「不良なんか」でもない男の理想像、「大人社会への反抗」に意味を見出し、アウトローであることにアイデンティティを見出さ「ない」男の理想像に他ならない。だからこそ、この物語では従来のモデルの不良少年が春道の影響下に転向してゆくという物語が描かれたのだ。
そんな坊屋春道の最後の戦いは、全国的な勢力を誇る不良少年グループ「萬侍帝國」の幹部・九頭神竜男とタイマンだ。不良少年社会=疑似社会の頂点に君臨する九頭神はまさにこの物語で描かれてきた古い、従来の「不良」を代表する存在だ。そう髙橋ヒロシは物語の結末に、春道のこれまでの戦いとは何だったかを総括し、改めて読者に示すエピソードを配置したのだ。
タイマンの前半、春道は九頭神に対して劣勢を見せる。戦いを見守るのは春道の後輩・花澤(通称ゼットン)と九頭神の舎弟・トシオだ。呑気にタイマンを見守るゼットンに、トシオは問いかける。「おまえアニキ分がやられているのによくそんなもん食ってられるな!」と。しかしゼットンは動じない。それどころか「オレはあの人(春道)の子分でも舎弟でもない」と告げる。これは間違いなく、春道がその登場時に述べた自己規定の言葉と対応したものだ。「不良」でもなければ「グレて」もいない春道の後輩は「子分」でも「舎弟」でもないのだ。そしてゼットンはトシオに告げる。「九頭神竜男が最強の男なら坊屋春道は最高の男よ! たかが最強程度で最高に勝てるわけがねーだろうが!」と。
「最強の男」とは何か。それはアウトローたちのもうひとつの世界での自己実現=権力奪取を夢見る少年たちの到達点だ。現実の社会と歴史に生きる証を見つけられなくなった代わりに、もうひとつの社会ともうひとつの歴史を生きることで自己実現を果たそうとするアウトローたちの到達点だ。対して「最高の男」とは何か。それは「最強の男」が目指す疑似社会での自己実現に背を向け、いま、ここの一瞬の魂のきらめきに美的な達成を見出す生き方だ。何かのために戦う(ケンカする)のではなく、戦うこと自体が目的なのだ。ある自己実現のモデルを追求し、その中で強弱を競い勝ち抜いた人間が「最強」だとするのなら、最初からそのモデルの限界を前提とし、別のモデルを追求している人間が「最高」なのだ。「最強」が「最高」に「勝てるわけがない」のはそのためだ。
『クローズ』の世界にはたとえばほとんど「大人」と「女性」が登場しない。そう、彼らには乗り越えるべき「父」も、守るべき「女」も存在しないのだ。かつての男性的なもの=最強の男が通用しなくなった新しい世界の、あたらしい男性性のモデルを提示すること、それが『クローズ』の主題であり坊屋春道が体現した「最強から最高へ」の変化なのだ。(そして髙橋ヒロシの手を離れ、オリジナルのストーリーが展開する前日譚の映画「クローズZERO」シリーズはまさに、主人公が父を乗り越え、ヒロインを救い鈴蘭統一を目指す「最強の男」の物語として描かれ、春道の転入直前の春に主人公が鈴蘭を統一を果たせずに卒業するシーンで終わる。映画版の制作者たちは、髙橋ヒロシが坊屋春道という主人公を通して『クローズ』が提示した世界観の本質を正しく理解し、新旧の主人公を対照的に配置したのだろう。)
そして物語は春道の影響下に「最強」から「最高」へとその生き方を変化させていった少年たちの卒業を描いて幕を下ろす。ある者は大工、ある者はボクサー、ある者はミュージシャン──それぞれの夢を現実社会の中に見出し、彼らは卒業していく。たとえその夢が実現できなくとも、夢を追うその過程に快楽を見出すことができれば、彼らは「最高」でいられるだろう。しかし、物語のエピローグは読者をあたらしい迷宮へといざなっていく。当の春道だけが、「最高の男」の頂点に立つ坊屋春道だけが「卒業」することができず、留年し鈴蘭高校に留まったことがエピローグでは描かれるのだ。
そう、この物語では坊屋春道だけが「卒業」することができなかったのだ。もっと言ってしまえば春道だけが「成長」することができなかったのだ。なぜならば、『クローズ』における成長=卒業とは「最強の男」的な生き方からの「卒業」であり、登場した時点で既に「最高の男」である春道にはその必要がなかったからだ。
では、春道はその後どこに向かっていけばいいのだろうか。この巨大な問いに立ち向かったのが、『クローズ』の続編である『WORST』だ。
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重大発表あり!本日20:00から放送!宇野常寛の〈木曜解放区 〉 2019.3.28
2019-03-28 07:30本日20:00からは、宇野常寛の〈木曜解放区 〉
20:00から、宇野常寛の〈木曜解放区 〉生放送です!〈木曜解放区〉は、評論家の宇野常寛が政治からサブカルチャーまで、既存のメディアでは物足りない、欲張りな視聴者のために思う存分語り尽くす番組です。今夜の放送もお見逃しなく!
★★今夜のラインナップ★★メールテーマ「卒業」アシナビコーナー「井本光俊、世界を語る」and more…今夜の放送もお見逃しなく!
▼放送情報放送日時:本日3月28日(木)20:00〜21:30☆☆放送URLはこちら☆☆
▼出演者
ナビゲーター:宇野常寛アシスタントナビ:井本光俊(編集者)
▼ハッシュタグ
Twitterのハッシュタグは「#木曜解放区」です。
▼おたより募集中!
番組では、皆さんからのおたよりを募集しています。番組へのご意見・ご感想、宇野に聞いてみたいこと、お悩み相談、近況報告まで、なんでもお寄せくだ -
前田裕二 仮想ライブ文化創造試論 ー“n”中心の体験設計ー 第3回 パブリックとプライベートの“中間”にある欲望
2019-03-28 07:00550pt
SHOWROOMを率いる前田裕二さんの連載「仮想ライブ文化創造試論 ―“n”中心の体験設計―」。第3回では、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)にはないアジア的発想から生まれたSHOWROOMを、パブリックとプライベートの中間に位置するメディアであるとし、その具体的戦略として「半匿名性」と「半UGC」を挙げながら、アジア的プラットフォームの先にある新しい文化の可能性を探ります。(構成:長谷川リョー)
2つの形態で発現する“自分の物語”時代の欲望
宇野 インターネット以降、すべての動的なコンテンツは他人が作ったものを受信するよりも、自らが発信者の一部となって自分の物語にする方が快楽が大きいのは間違いない。とはいえ、そうした自分の物語時代の形態が、本来分散的であるはずのインターネットに擬似的な中心を与える、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)的なプラットフォームを経由し続けるかどうかには疑問がある。
WWW(World Wide Web)的なものとP2P(Peer to Peer)的なものの形態を考えると、ブロックチェーン技術の可能性も含めて、後者の存在感が大きくなっていく気がします。iモードからLINEに至る流れを振り返っても、中心を経由せずにローカルな仲間だけで数珠的につながっていく快楽が相対的に大きくなっているのは揺るがない。つまり、21世紀初頭の巨大なプラットフォームの形から〈自分の物語〉の行く末を議論すると、射程が狭くなってしまう可能性がある。
前田 その通りだと思います。今までは〈他人の物語〉をベースとしたコンテンツを人々が一方通行的に享受する社会観のなかで、その完成された他者の物語を提供する何らかの「中心」を経由することを前提に、文化が形成されてきた。その世界においては、当然、オーディエンスはオーディエンスであるから、「受信すること」が所与になっていた。でも、その人たちが、「発信側に回る」快楽にひとたび気づけば、もはや中心を経由したり、中心から他人の物語を発信してもらってそれを単に受信することだけでは、満足しなくなる可能性がある。そうやって、もっとP2P的なコミュニケーションが広がっていく未来は、確かに見えてきますね。
宇野 今後、〈自分の物語〉の快楽がどう拡大していくかを考える上で、二つの流れを分けておきたい。まずは21世紀初頭のGAFA的なプラットフォームの思想。擬似的な中心を経由させることで、重要な情報を峻別させ、本来は分散的であるインターネットを集権的に使うようにした。
もう一つは、ショートメールから現在のインスタントメッセンジャーにつながっていく、P2P的な文化。これは、スマホが登場するまでは、日本でiモードが優位に立っていたジャンルだと思う。つまり、我々が必要としているのは友達との簡単な連絡方法と仲間内でのグループチャットだけで、パブリックな場所なんて別に期待していない。
二つの潮流はともに「〈自分の物語〉時代の欲望」ではあっても、パブリックな場所に自分を表現したい欲望と、より仲間内のプライベートにこもっていく欲望は異なる。前田裕二という起業家が、こうした現状をどう捉えているか。ここから議論を始めたい。
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與那覇潤 平成史ーーぼくらの昨日の世界 第3回 知られざるクーデター:1993-94(後編)
2019-03-27 07:00550pt
今朝のメルマガは、昨日に続いての連続配信、與那覇潤さんによる「平成史ーーぼくらの昨日の世界」の第3回(後編)をお届けします。1993年の政変の内部で行われていた「父殺し」。その中心となったのは、左翼運動からの転向経験を持たない世代の学者たちでした。そして同時期、「女(少女)」という論点から旧守派を批判する、2人の若手社会学者が登場します。(この記事の前編はこちら)
転向者たちの平成
ほんらいの細川ブレーンだった香山健一や、佐藤誠三郎らのビジョンの相対的な穏和さを考えるとき、鍵となるのは彼らが昭和の「転向者」の系譜を引くことだと思います。じつは香山は、60年安保で活躍した共産主義者同盟(一次ブント、非共産党系)の創立者で、つまり中沢事件で佐藤とともに東大を去った西部邁の先輩格。佐藤も都立日比谷高校で民青同盟(共産党系の学生組織)のキャップを務め、東大文学部の在学中には反共的な教員への抗議運動を組織して大学院に落第、法学部で学士からやりなおした硬骨漢でした[11]。
転向とは、もとは昭和戦前期、激しい弾圧のもとで共産主義の思想を放棄することを指す用語ですが、戦後の場合はむしろ、左翼運動への「失望」を契機とする点に特徴があります。そうした「戦後転向」のピークは、ざっくり言って3つあげられるでしょう。
ひとつめは戦後初期で、渡邉恒雄氏(のち読売新聞主筆)や氏家齊一郎(日本テレビ会長)に共産党への入党歴があるのは有名ですね。彼らと旧制高校・東大時代の親友で、終生左翼の立場をつらぬいた網野善彦(日本中世史)も、朝鮮戦争(1950~53年)のもとでの武装闘争路線の惨状をみて、党の活動から離れました。逆に、強固な反マルクス主義の実証史家になる伊藤隆さん(昭和政治史)のほうが、むしろその後の武装闘争の放棄を機に党中央と対立し、ハンガリー動乱(56年)に際して離党、やはり転向した佐藤誠三郎と生涯の盟友になるのも、この時代の不思議な綾でした。
ふたつめは60年安保の挫折によるもので、香山・西部ら左翼組織の幹部のほか、市民派との共闘を見切って「完全に保守化した」という意味では、江藤淳や石原慎太郎さん(作家。のちに自民党の国会議員をへて東京都知事)も広義の転向者に入るでしょう。みっつめはご想像のとおり、70年安保とも呼ばれた全共闘世代の転向組です。
転向者とは「一度は自分もまちがえた」体験をもち、そのことを公にしている人たちなので、その後の行動パターンは2つに分かれます。西部邁のように、異なる立場にたいしても一定の鷹揚さを示す「懐の深い人間」としてふるまうか、1995年春に自由主義史観研究会を組織して以降の藤岡信勝さん(教育学者)のように、かつての「汚点」の払拭を期してもう一方の極端へと歩みを進めるかですね。
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與那覇潤 平成史ーーぼくらの昨日の世界 第3回 知られざるクーデター:1993-94(前編)
2019-03-26 07:00550pt
今朝のメルマガは、2日連続配信で與那覇潤さんによる「平成史ーーぼくらの昨日の世界」の第3回をお届けします。1993年、自民党一党支配の55年体制が終焉し、細川護煕首相による連立内閣が発足します。しかし、日本型多元主義に基づく「穏健な多党制」を志した改革は、いつしか小沢一郎とそのブレーンである若手学者たちによる『日本改造計画』、小選挙区制による「集権的な二大政党制」へとすり替わっていきます。
フェイクニュースだった大疑獄
1993年(平成5年)が、日本政治の分水嶺だったことを否定する人はいないでしょう。この年7月の衆院選(いわゆる嘘つき解散)をうけて、8月に非自民8党派による細川護煕連立内閣が発足、自民党一党支配の別名である55年体制が崩れ落ちました。翌94年3月に同政権が成立させた政治改革四法により、衆議院選挙に小選挙区制(比例代表との並立制)が導入され、やがてそれが2000年代前半の小泉改革や、2010年前後の民主党政権を生みおとすのは周知のとおりです。
よほどの保守派をのぞくと、このとき行われた改革は――後に混乱や副作用をもたらしたにせよ――戦後の政治経済体制の行きづまりが生んだ、時代の「必然」だったとみなす人がほとんどです。じつは私も、かつてそのように書きました[1]。しかし、それはほんとうだったのでしょうか。
このとき国民の政治改革熱が高まった主たる要因は、昭和最末期の1988年夏から政界を揺るがしたリクルート事件でした。新興企業として勢いのあったリクルートが、値上がり確実と目された子会社の未公開株を有力政治家にばらまき、便宜を得ていたとされる事件ですね。当時の竹下登首相、中曽根康弘前首相、後継候補の本命だった安倍晋太郎・宮澤喜一らがこぞって譲渡を受けていたため、派閥領袖ではない「子供」の宇野宗佑内閣が生まれた経緯は先にふれました。
しかし政治報道の第一線にたっていた田原総一朗さんは後日、この事件を冤罪だと断言しています[2]。田原氏は当時「朝生」以外にも多くの番組でキャスターを務め、93年5月31日の「総理と語る」で宮澤首相から「今国会で政治改革を必ずやる」との言質をとったことが、2か月後の衆院解散と政権交代をもたらしたとされました。
その政治改革のシンボルだった田原さんが、なぜリクルートを冤罪と呼ぶのでしょうか。じつは公開に先立ち未公開株を有力者に譲渡して、会社に箔をつけるのは当時広くみられた慣行(=業界人のつきあい)でした。近日だと、ソフトバンク株が2018年末の上場時に公開価格を下回って話題となりましたが、思った値段がつかなければ未公開株を持っても損をするので、一概に利益供与とは言えないのです。リクルートの側が見返りを得た事実もこれといって見当たらず、当初は検察も立件は無理という判断だったそうです。
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宇野常寛 NewsX vol.24 ゲスト:たかまつなな 「社会を変える〈お笑い〉とは」【毎週月曜配信】
2019-03-25 07:00550pt
宇野常寛が火曜日のキャスターを担当する番組「NewsX」(dTVチャンネル・ひかりTVチャンネル+にて放送中)の書き起こしをお届けします。2月26日に放送されたvol.24のテーマは「社会を変える〈お笑い〉とは」。お笑いジャーナリスト/(株)笑下村塾 取締役のたかまつななさんをゲストに迎え、「お笑い」を通じて、社会問題の認知や主権者教育などをいかに広げていくか。笑下村塾の活動を紹介しながら、その手法や可能性について議論しました。(構成:籔 和馬)
NewsX vol.24 「社会を変える〈お笑い〉とは」 2019年2月26日放送 ゲスト:たかまつなな(お笑いジャーナリスト/(株)笑下村塾 取締役) アシスタント:加藤るみ
宇野常寛の担当する「NewsX」火曜日は毎週22:00より、dTVチャンネルで生放送中です。 番組公式ページ dTVチャンネルで視聴するための詳細はこちら。 なお、弊社オンラインサロン「PLANETS CLUB」では、放送後1週間後にアーカイブ動画を会員限定でアップしています。
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ショッピングモール&テーマパークの発想でつくる東京五輪「選手村計画」――デザイナー・浅子佳英が考える”職住近接”の都市生活の未来(PLANETSアーカイブス)
2019-03-22 07:00550pt
今朝のPLANETSアーカイブスは、デザイナーの浅子佳英さんによる都市論です。2020年の東京オリンピックの中心となる東京湾岸部はいかに再開発されるべきか。ショッピングモールとテーマパークの発想を持ち込んだ、新しい都市空間の構想を伺いました。(聞き手:宇野常寛/構成:真辺昂+PLANETS編集部) ※この記事は2014年10月7日に配信した記事の再配信です
■タワーマンションが立ち並ぶ今の東京湾岸部に足りないもの――浅子さんは、新国立競技場の問題から、都市設計の問題まで、オリンピックに関する建築の問題についてシンポジウムやソーシャルメディアで発言されていますよね。そこで今日はデザイナーあるいは建築家である浅子佳英が、2020年の東京をどうしたいと思っているのかをダイレクトに聞かせてください。
浅子 選手村をはじめとするオリンピック各種施設の計画案を見ていると「小規模でお金をかけずやればいいんじゃないか」という消極的なメッセージしかなくて、非常につまらないなと思います。今さら「そもそもオリンピックは東京でやるべきではなかった」と言っても、開催が決まってしまった以上は意味がないし、それよりも「東京を世界のなかで戦っていける都市にするための機会として、オリンピックを活用しよう」というふうに発想を切り替えるべきだと思っているのですが、実際に新しい都市のビジョンを出そうと動いている人はなかなかいない。一方で新しいビジョンがない状態のまま、オリンピックに向けた開発だけは進むという状態になっています。
たとえば2020年の東京五輪では、選手村や競技施設・メディアセンターなどが建設されていく東京湾岸部のまちづくりが焦点になるわけですよね。実際に湾岸の街を歩いてみたんですが、勝鬨(かちどき)ぐらいまではまだしも、豊洲、東雲のあたりまで行くと歩いていてもまったく楽しくない。湾岸部は完全な埋立地にゼロから都市計画をして作っているわけですが、広く公開空地をとってタワーマンションが20個ぐらい並び、その間にショッピングモールが1個あるというつくりです。結局、今は郊外も湾岸のような都心部も、タワーマンションとショッピングモールだけで作られるようになっていて、この状況に対するオルタナティブが出せていないわけです。
――湾岸ってこの20年の日本の迷走の象徴だと思うんですよ。国や都はずっと湾岸に新都心をつくろうとして、その度に失敗してきた。直近では90年代の、まさにアフターバブルの新しい日本の「つくりなおし」の象徴としての開発計画があって、それが見事に頓挫した。その結果、フジテレビがその代表だけど中途半端に現代的なデザインの建築物と、バブリーなタワーマンションと原野が点在するちぐはぐな空間になっている。まるで、行政改革だ、構造改革だと旗を振ったけど、ポスト戦後の社会モデルについては結局中途半端な軟着陸しか残せなかったこの二十年の日本社会の姿、そのものですね。
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『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』第10回 物議を醸すモノづくりのはなし(栗原一貴・消極性研究会 SIGSHY)
2019-03-20 07:00550pt
消極性研究会(SIGSHY)による連載『消極性デザインが社会を変える。まずは、あなたの生活を変える。』。今回は栗原一貴さんの寄稿です。2015年のパリでのテロ後、Facebookではプロフィール写真の背景をフランス国旗に変えて追悼の意を示す運動が流行しました。しかし、消極的な人間は安易に流行に飛びつきません。どうせやるなら全世界の平和を祈るべし、と栗原さんが発明したものは……?
皆さんこんにちは。「物議を醸すモノづくり」が得意な情報科学者、栗原一貴と申します。2012年に珍妙な賞として世界的に知られている「イグノーベル賞」を受賞し、自らのマッドサイエンティスト人生を運命づけられました。現在は「秘境の女子大」と巷で呼ばれているらしい津田塾大学学芸学部情報科学科で、リケジョの育成に邁進しています。 拙著「消極性デザイン宣言」で私は、一対一、あるいは一対少数のコミュニケーションにおける「自衛兵器」の研究を紹介しました。 おしゃべりな人を邪魔する銃「スピーチジャマー」、性能の悪い人工知能の暴走を装って自分のスマホやパソコンの画面を覗く人を撃退する「PeepDetectorFake」、耳の「蓋」として働くことで聞きたくない声や音を遮断する「開放度調整ヘッドセット」、そして人の目を見て話せない人のために視界のすべての人にモザイクをかける「視線恐怖症的コミュ障支援メガネ」などです。
さて、前回の連載では、消極性デザインによって身近な環境改善を図る事例として、音声エージェントのアレクサを用いた育児について論じました。 本日は、「物議を醸すモノづくり」の最近の事例として、「The Universal Background Filter」と「痴漢冤罪対策音ゲー」を紹介します。身近な(?)社会問題に対して、ある種常軌を逸したモノづくりで挑みます。
The Universal Background Filter
まず小さなところから。 以下のリンクは、私のFacebookのプロフィール写真です。よろしければ御覧ください。動画になっているので、再生ボタンを押す必要があるかもしれません。
https://www.facebook.com/qurihara/videos/1726840290729754/?l=2889760844340208902
冴えない男で申し訳ありませんが、主にお話したいのは、私の肖像ではなく背景のことです。このチカチカする背景、実は意図してそのように作っています。
少し前のことになりますが、2015年のパリのテロのあと、Facebookが「自分のプロフィール画像の背景をフランス国旗にして哀悼の意を示そう」という画像加工サービスをはじめました。多くの著名人、そしてあなたの身の回りの方々も、しばらく背景がトリコロールカラーになったことと思います。
私はといえば、もちろんテロの犠牲者を気の毒に思う一方で、なんとなく流行りに流されてプロフィール画像を自分にあまりゆかりのない特定の国にすることに抵抗を感じ躊躇しておりました。自分にあまりゆかりのないハロウィンイベントに仮装して参加するのを躊躇するのと似たような気持ちです。一方は哀悼で、一方はお祭りですから、比較して論じるのも不謹慎でしょう。しかし結局フランス国旗背景の方々がFacebookでポストし続けているのは、日常のおいしい、かわいい、ためになる、などですから、喪服着ながらはしゃぐのと似たようなもので、それもそれで不謹慎さを感じます。
消極的な人は、考え過ぎな人。流行りを流行りとして取り入れて、日常に彩りを与えたり楽しんだり、人と共感したりすることに対し、素直になれない人たちだと自己分析します。
一方、世界的な流れを追いかけてみますと、その後Facebookのこの機能に対し、「パリだけじゃないだろ。全世界の平和を祈るべきだ」という批判が相次ぎました。 超・積極的な人からすると、フランスだけでは手ぬるいというわけです。世界平和。大変結構なことですね。 私はこの主張に感じるところがあり、自分の心のモヤモヤを自画像的に表出させたくて、文字通り全世界の国の国旗を背景にすることで平和を消極的に祈るプロフィール画像加工アプリ「The Universal Background Filter」を作りました。 ちょうどFacebookが動画によるプロフィール画像の登録を開始した時期だったので、私のFacebookプロフィールはそれ以来、このアプリで加工したものになっています。
数秒以内という制限のあるプロフィール動画の中で、全世界の平和を祈れるよう、超高速で全世界の国の国旗を切り替えています。その結果、どうでしょうか。速すぎてどの国旗もほとんど見えません!
私はこの結果に対し、失望と納得の入り混じった奇妙な気持ちになり、とても気に入りました。 私はたぶん、フランスとかベルギーとか特定の国に限定せず、世界中のすべての国の平和を思っています。でもそれは、つまりどの国もたいして思っていないのと同じということです。 平等に何かに思いを寄せるというのは、キレイなようで、同時にとても薄っぺらい気持ちであることがわかります。まさに薄っぺらい、自分にぴったりのプロフィール画像だなと思いました。
無理やり効用を挙げるとすれば、以下のようなことが言えるかもしれません。テロは私たちの過剰反応を得るのが目的の一つであるので、予めすべての国への配慮を表明していれば、どの国に今後テロが起きてもすでに「配慮済み」ですから、特段なにもする必要がありません。それによって結果的にテロに与しないという意思表示になります……たぶん。
時事ネタとして特定の国のテロを悼み、たくさんの友人とともに自分のプロフィール画像の背景をその国の国旗にし、盛り上がるとともに消費していく。 普段から人知れずこの技術によってすべての国の平和を祈っているが、微量すぎて誰も気づかないし、自分自身もそれぞれの国への思いの至らなさを自覚している。
あなたはどちらの自分を、世界に発信したいですか?
※The Universal Background Filter のソースコードはGitHubで公開しておりますので、興味のあるかたはどうぞ。http://www.unryu.org/home/ubf
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鷹鳥屋明「中東で一番有名な日本人」第17回「YUZU」は中東にどれだけ響くのか?
2019-03-19 07:00550pt
鷹鳥屋明さんの連載『中東で一番有名な日本人』。以前も取り上げた中東最大の食の見本市・ガルフードですが、今年は日本食の中でも「お茶」や「柚子」が特にプッシュされ、香りにうるさい中東の人々も興味津々だった模様。後半は、断交中のカタールとUAEが準決勝で激突したAFCアジアカップのスタジアムの様子を報告します。
食の見本市「ガルフード」の今年の見どころ
第11回の記事「中東で日本食はどれだけ通用するのだろうか?」においてドバイのガルフードについての記事を書きました。この2月に行われたガルフードについて、再度レポートすると共に、中東現地で活躍しようとする日本企業や日本の製品についてもお知らせいたします。
▲ガルフード2019年の会場
今年の中東の食品・飲料見本市のガルフードは去年と同じく大盛況でした。このイベントでは2019年の2月17日から21日までの5日間の間行われます。出展者は約4000社近くで来場者数は10万人近くのイベントです。 去年と比べて驚いたことに、変な気づきとも言えますがコンパニオン女性の露出の高さがあります。ドバイは他の湾岸諸国に比べて色々と規律がオープンな環境と言えますが、それに拍車がかかってきた印象があります。 一例としては、ヨーロッパの乳製品の会社のコンパニオンの、「MILK RICH」というTシャツを着た、乳製品を扱うにふさわしいお姉様達の存在があります。このブースはかなり人気で、ヨーロッパの乳製品に興味があるのかないのかわかりませんが、多くの人、多くの男性が集まっていました。
▲「MILK RICH」のTシャツを着込んだお姉様たちが乳製品を紹介してくれます。
食品とは関係ないですが、このような露出度が高いコンパニオンが許されるようになったことはかなり驚きで、今後このような流れがどんどん拡大していくのか、あるいは規制されていくのか気になるところです。コミコンなどのコスプレに関しての規制も、露出が高いものに関しては今では許されていますが、今後どのようになるか同じく興味深いです。
さて、話を食品に戻すと、日本でも最近力を入れている和牛の輸出ですが、オーストラリア産の和牛すなわち「WAGYU」が展開されていました。中東の高級店ホテルやレストランでも、日本産の和牛ではなく、オーストラリア産のWAGYUを多く見ることができます。昨今のニュースでもあるように、日本の品種改良された和牛は世界各国から狙われていると言えます。日本の和牛は中東ではまだまだ展開しておらず、展開する前にオーストラリア産や中国産などに市場を蹂躙される可能性が高いと言えます。それに対して日本産がどのように戦うべきなのか、今後の課題とも言えるかと思います。
▲アンガスビーフと共にWAGYUを扱うオーストラリアの業者のブース
また飲料においては近年、中東の大きな動きでもある健康税とも言うべき清涼飲料水に対する税金の付加があります。宗教上の理由でお酒が浸透しない代わりに、コーヒーやエナジードリンクなどカフェインが多い飲料を飲むことが多い中東において、エナジードリンクは数多くのバリエーションが出ています。世界各国のエネジードリンクが現地のマーケットに自社製品を浸透させようとプロモーションに余念がありません。様々な味や高カフェイン、パッケージなどで差別化の努力を行なっている様子でした。
▲「emoji」と言う名前のドイツのエナジードリンクとカザフスタンのお姉さん
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宇野常寛 NewsX vol.23 ゲスト:藤川大祐 「学校はいじめにどう立ち向かうか」【毎週月曜配信】
2019-03-18 07:00550pt
宇野常寛が火曜日のキャスターを担当する番組「NewsX」(dTVチャンネル・ひかりTVチャンネル+にて放送中)の書き起こしをお届けします。2月19日に放送されたvol.23のテーマは「学校はいじめにどう立ち向かうか」。千葉大学教育学部教授の藤川大祐さんをゲストに迎え、いじめ問題に対して今、学校で行われている対策についてや、藤川さんのNPOが現場で取り組んでいるスマホアプリ活用を促す授業などについてお話を伺いました。(構成 籔 和馬)
NewsX vol.23 「学校はいじめにどう立ち向かうか」 2019年2月19日放送 ゲスト:藤川大祐(千葉大学教育学部教授) アシスタント:後藤楽々
宇野常寛の担当する「NewsX」火曜日は毎週22:00より、dTVチャンネルで生放送中です。 番組公式ページ dTVチャンネルで視聴するための詳細はこちら。 なお、弊社オンラインサロン「PLANETS CLUB」では、放送後1週間後にアーカイブ動画を会員限定でアップしています。
時代による、いじめの変化とその対策
後藤 NewsX火曜日、今日のゲストは千葉大学教育学部教授、藤川大祐さんです。
宇野 藤川先生のメインの研究は「授業をどうおもしろくするのか」で、エンタテイメントの手法で、より効果的な授業をする研究成果をまとめた『授業づくりエンタテイメント!』という本を出されています。
▲『授業づくりエンタテイメント!』
藤川 エンタテイメントに学んで、楽しい授業をつくろうという研究をしています。
宇野 また藤川先生は授業づくりの研究の一方で、メディアリテラシー教育をどうするか、いじめ対策をどうしたらいいかということも研究されていて、実際の教育現場で実験をされたりしているんですよ。なので、今日はいじめというテーマで、あらためて藤川先生と議論したいなと思っています。
後藤 最初のキーワードは「なぜ、いじめ被害は起き続けるのか」です。
宇野 「なぜ、いじめ被害は起き続けるのか」とテーマ設定をしたんですけど、今日大津の事件の裁判判決が出たりしましたけど、社会を挙げていじめ対策をしなきゃいけない動きがずっとあると思うんですよ。近年その声が高まっているんだけど、実際にどのような取り組みが行われて、どういう成果があって、どんな課題があるのかという前提は共有されていないというか、ブラックボックスになっていると思うんですね。そこを藤川先生に解説してもらうところから議論を始めたいと思っています。
藤川 まず文部科学省の統計から見ていきたいと思うんですね。上のグラフが文部科学省のいじめ認知件数です。いくつかの線がありますが、一番上が合計なので、一番上の線を見ていただくとわかるんですが、ここのところ急激に多くなっているんですね。平成18年が少し多くて、平成24年からずっと多いですよね。これはちょうど今日判決が出た大津の事件が平成23年に発生して、平成24年からさまざまないじめ対策をきちんとやっていこうという動きが急速に強まって、いじめをしっかりと認知しようという動きになったので、こういう変化が起きているんです。
宇野 つまり、きびしく取り締まろうと思ったことで、計上されるいじめの件数が増えたんですか?
藤川 そうです。きちんといじめを認知しましょうとなりました。いじめは曖昧なものなので、先生の主観によって「これはいじめかな?どうかな?」と思ったときに、あまりいじめが多いと嫌だという気持ちも働きますから、「この程度だったらいじめとしてカウントしない」という主観的な判断が働きやすかったんですね。それを変えようというのが、大津のいじめ事件をきっかけにかなり進んだということですね。 それまでのいじめの問題は、ずっとグラフがありますけど、1980年頃、葬式ごっこがなされたことで知られる中野富士見中の鹿川くんという生徒が亡くなった事件あたりから、かなり注目されるようになり、何年かに一回深刻ないじめ事件が起きて、そのときは注目されるんだけど、しばらくすると冷めてしまう。それの繰り返しだったんですね。 いじめについての研究も、社会学的な分析が多いんです。教室の空気があって、誰かを排除する空気ができあがって、その人を排除するんじゃないか。あるいは、いじめを傍観者で見ている人がいじめに影響を与えているんじゃないか。そもそも学級組織のような、同じ人がずっといるような組織がよくないんじゃないか。そういった分析はたくさんあったんです。でも、対策の議論がほぼなかったんですね。だから、対策はほとんど経験則で、先生たちが工夫するばかりだったんです。 それを変える契機になったのが、大津のいじめ事件で、平成23年に起きて、翌平成24年に注目されるようになりました。私がいじめ研究に取り組むようになったのも実は新しくて、そのへんからなんですよ。それまでも関心があって、いろいろと文献を見ていたんですけども、本来授業づくりが専門だったものですから、あまり縁がなくて少し距離を置いていたんです。でも、やっぱりこれほどのことが起きていて、また同じことを繰り返してはいけないと私を含めて多くの人が思いました。ジャーナリストの荻上チキさんもそのように思って、当時いじめのデータをいろいろ分析して「ストップいじめ!ナビ」という組織をつくって、データに基づいたいじめ対策をしようと動きました。 私は過去のいじめの事例をきちんと振り返って、どういう教訓があるのかをもとにいじめ対策を進めようというような議論で本を出したりしていました。『授業づくりエンタテイメント!』のひとつ前の本は、いじめの本(『いじめで子どもが壊れる前に』)です。 ということで、平成24年を期にかなり研究の流れが変わった。それまでのアカデミックで社会学的な路線から、実効性のあるいじめ防止対策を実践的に研究しようという流れに変わった。政治の側でも、平成25年に、「いじめ防止対策推進法」という法律ができまして、いじめについて初めて法律に基づいた対策をすることになりました。 この法律で大きなポイントは、いじめについて計画を立てて、組織的に対応することを決めたことなんですね。それまで、いじめの対策は各学校にほとんど任せられていたんですけど、学校がいじめについて対策の方針を決めて、それを公表しましょうとなりました。そして、担任の先生が個人で動くのではなくて、学校の組織で対応することになった。そこが大きい変化です。その中で、いじめについては誰かがイヤな思いをしたら、それはもういじめですよと広く捉えようとなったんですね。だから、急激に件数が増えてきました。それもまだ数え方が足りていないんじゃないかと毎年言われているので、ここ2〜3年でどんどん増えていて、新聞の見出しではいじめの件数は41万件ぐらいと出ます。でも、件数が多いのは悪いことではなくて、きちんと数えるようになってきたということですね。こういう変化が今起きています。
宇野 実際に教育現場でのいじめ対策は変わってきているんですか?
藤川 もちろん温度差は学校や地域によって、かなり違います。実は、私は今千葉大学教育学部附属中学校の校長をやっていますが、私がいる学校や周りの学校では、いじめに該当する事案があると、見つけた教員は学年や組織で必ず共有して、その日のうちに管理職まで報告するようにしています。管理職の指示のもとで一定の方針を立てて、どんなに小さい事案でも対処していくようにしています。
宇野 藤川先生はもうひとつの大きい研究テーマとして、メディアリテラシーの問題があると思うんですよ。今インターネットがあることによって、いじめの形態も変わってきていると思うんですけど、そのへんはどうなんですか?
藤川 これは文科省が2006年から統計を公表しているものを私がグラフ化したものなんですが、一番上の緑が高校、真ん中の赤が中学校なんですね。同じようなカーブを描いていますけど、平成19年度にちょっと多いんですね。また下がって、平成25年から多いんです。これはピークが2回あったということです。平成19年度のところが多いのは、ガラケーでプロフィールサイトや学校裏サイトなどが流行った時期です。その後啓発が進んで、ネットいじめが下がってくるんですね。 ところが、今多いのはLINEなどのSNSのいじめです。これはスマホの普及から始まっていて、スマホが子どもたちに普及したのは、はっきりと平成25年度なんです。ちょうどいじめ防止対策推進法ができたときなんです。その時期に、たまたまスマホが一気に普及しました。やっぱりLINE関係のいじめが多くて、LINEで悪口を書いたり、仲間はずれにするとかはもちろんありますし、最近はバレないようにする方法で、タイムラインという機能で日記みたいなのがありますね。あれでちょっと悪口を書いておいて、しばらくすると消すんです。ということは証拠が残らないんですよ。今では24時間以内なら消せるようになってしまいましたけど、LINEでメッセージを送っちゃうと、誰かの端末に証拠が残ってしまいますからね。あるいはアカウントの下にちょっと一言を書く、ステータスメッセージがLINEにはありますよね。あそこに、「ちょっとうざいんだけど」や「ちょっと私のほうを見ないで」など誰のことかは見る人が見ればわかるようなことを書いて、また少ししたら変える。このように証拠が残らないようにして、ネチネチいじめるのも多いですね。 一方で、たとえば、女の子が男の子と一緒に歩いている写真を撮って「こいつら仲がいい」みたいなことを流しちゃう。(後藤さんに向けて)そういうのイヤですよね?
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