• このエントリーをはてなブックマークに追加

今なら、継続入会で月額会員費が1ヶ月分無料!

記事 21件
  • 日本の町工場から鮮やかに蘇る東映怪人たち――「メディコム・トイ」代表・赤司竜彦インタビュー ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.271 ☆

    2015-02-27 07:00  
    216pt
    ※メルマガ会員の方は、メール冒頭にある「webで読む」リンクからの閲覧がおすすめです。(画像などがきれいに表示されます)


    日本の町工場から鮮やかに蘇る東映怪人たち――「メディコム・トイ」代表赤司竜彦インタビュー
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.2.27 vol.271
    http://wakusei2nd.com


    ▲東映レトロソフビコレクション仮面ライダー旧2号(『仮面ライダー』より)


    本日のメルマガは、「BE@RBRICK」のヒットなどでも注目を集めるトイメーカー「メディコム・トイ」代表の赤司竜彦さんへのインタビューです。
    そもそものきっかけは、特撮オタクの宇野常寛がメディコム・トイのソフビシリーズ「東映レトロソフビコレクション」に注目し、コレクションし始めたこと。「このシリーズ面白いから、一度製作者の人の話を聞いてみたいよねー」そんな何気ない一言がきっかけで、編集部はメディコム・トイに取材を打診してみました。
    するとなんと、代表の赤司さん自らインタビューに答えていただけることに。ディープな趣味の話だけではなく、日本の「ものづくり」の本質と未来像、そして文化の世代継承をめぐる対話となっています。(怪人やヒーローたちのレトロな造形と鮮やかな色彩にも注目です!)


    ▼メディコム・トイ「東映レトロソフビコレクション」ラインナップ一覧は下記リンクから。
    http://www.medicomtoy.co.jp/prod/1/
     
    ▼プロフィール
    赤司竜彦(あかし・たつひこ)
    株式会社メディコム・トイ代表取締役社長。

     
    ◎聞き手:宇野常寛
    ◎構成:有田シュン
     
     
    ■日本の地場産業「スラッシュ成型」を活用すべく誕生した
     
    宇野 僕は普段、評論家として活動しつつメルマガの編集長としていろいろな記事を出しているんですが、時々完全に自分の趣味の世界の記事を出しているんです。そんな僕が今一番ハマっているものが「東映レトロソフビコレクション」シリーズです。ほぼ毎月買っています!
    赤司 本当ですか?(笑)
    宇野 そのくらいハマっているんです。それに「ハイパーホビー」(徳間書店)が休刊になったことが非常にショックで、僕はこれからどうやって「東映レトロソフビコレクション」の最新情報をゲットすればいいのだろうと途方に暮れていたんですが、「もう自分で取材に行くしかない」という結論に至り、今日お伺いした次第です。
     
    ▼ちなみに、メディコム・トイの運営する新たなソフビ総合情報サイト「sofvi.tokyo」が2/1よりオープンしています!(編集部より)

     
    赤司 なるほど! ありがとうございます。
    宇野 今日はこの「東映レトロソフビコレクション」シリーズを手掛けてらっしゃる、赤司さんのお仕事について伺っていきたいと思います。そもそもこの「東映レトロソフビコレクション」シリーズを立ち上げたきっかけは何ですか?
    赤司 まずちょうど三年くらい前に、いわゆる日本の地場産業であるソフビを作る上でのスラッシュ成型を持つ工場の仕事がない、というお話をひんぱんに聞くようになってきたんです。当時は、大体ソフビ商品の9割が中国で生産されていたという時期だったのですが、その話を聞いて改めて「今、日本の工場はそんなに大変なんだ」「じゃあ日本の工場でできる仕事を何か考えないと」と考えるようになりました。
     ただ、弊社も日本での製造自体は、会社の創業当時以来12年くらいブランクがあったんです。そんな時にとあるメーカーの同世代の方からソフビ工場をいくつか教えてもらい、「東映レトロソフビコレクション」を作りたいんだけど、と相談したんです。
     そしたら、皆さん「えっ、メディコムさんってうちでやるんですか?」と意外にもびっくりされていました。もちろん中国と比べて、日本の方は製作費が高いというような背景はあったものの、「こんな小さなソフビフィギュアを作れるんだ」という技術力の高さもあって、ちょっとずつ仕事を始めたんです。
     そして一番最初に出たのが、『仮面ライダー』の「ドクガンダー」と『人造人間キカイダー』の「グレイサイキング」の2つです。2011年の発売です。なぜ『キカイダー』かというと、「なんで『キカイダー』のスタンダードのソフビはないんだろう」っていう夢を見たからなんです(笑)。 
     

    ▲東映レトロソフビコレクション グレイサイキング(『人造人間キカイダー』より)
     
    宇野 なるほど(笑)。 
    赤司 なんで当時作られていなかったんだろう……。まあ多分、20時台のオンエアだったとか、あんまり子供が観てなかったとかいろんな理由があったのかもしれないですけど、あったら欲しいなぁ、から始まっているんです。そこからライセンス周りで半年くらいかけて何とか東映さんにご尽力いただいて、ライセンスをオープンしていただけるような環境ができてきて。そこから、やっと実際に商品を作り始めることになったわけです。 
    宇野 全国のソフビオタクにとってはなるほど、っていう感じのお話ですよね。最初に雑誌で見た時は、「あ、なんか変わったものが始まったな」と思っていたんですが、実際に現物を見てみるとびっくりするくらいクオリティが高くて、「ああ、これはもう集めるしかないぞ!」と思いました。僕はたぶん『仮面ライダーV3』の「ガマボイラー」ぐらいから買い始めました。(2013年10月発売)
     

    ▲東映レトロソフビコレクション ガマボイラー(『仮面ライダーV3』より)
     
    赤司 そこから遡るのは結構大変ですね。
    宇野 大変でした。だから中古ショップで買い漁ったり、ヤフオクを駆使して集めました。ザンブロンゾあたりが結構大変でしたね。
     
     
    ■「東映レトロソフビコレクション」シリーズの制作体制
     
    宇野 どういう体制で制作されているのでしょうか。
    赤司 熊之森恵という原型師さんを中心に据えて、その他の6人の原型師さんチームにオペレーションを任せます。当然原型師さんごとに技術的な差やスピードの違いもあるのですが、その辺を熊之森さんがうまくコントロールしてくれています
    宇野 レトロ感のあるスタンダードサイズでありながら、造形の精度は21世紀のレベル。当時のスタンダードソフビが結果的に持っていたデフォルメの面白さというものを、ものすごく引き出しているアイテムになっていると思います。
    赤司 あまり具体的に定義したことはないんですけど、ネオレトロとか言われているようなジャンルなんだろうとは思うんですよね。当然マーケットには、レトロをレトロのまま再現することしか認めない!という方もいらっしゃるんですが、実はレトロという方向性で商品の構成とアレンジを詰めていくと、意外と物足りなく感じるようになったり、色々な玩具を見た上でレトロな方が物足りないって感じる方が多いのも事実なので、そこらへんのさじ加減はさすが熊之森アレンジといったところですね。
    宇野 本当にそうですよね。でも、僕はこのスタンダードサイズのソフビの頃はまだ生まれていなくて、スカイライダーの方の『仮面ライダー』(1979年放送)の一年前に生まれているので、後からビデオで70年代の特撮とかを見て好きになった世代なんですよ。
     ですので、スタンダードサイズのソフビとか全然知らないで育っているんです。同サイズの500円ソフビとか700円ソフビしか知らないで生きているのですが、この「東映レトロソフビコレクション」を見た時に、70年代の東映キャラクターの良さというものが150%引き出されていると非常に感動したんです。本当にそれぞれのキャラクターの魅力というものを、とてもうまく引き出すデフォルメになっていると思います。
     他のスタンダードサイズのレトロソフビというのは、言ってしまえば当時の思い出をリフレインしているだけの商品になっていると思うんです。でも「東映レトロソフビコレクション」シリーズは、明らかにこのサイズでデフォルメすることを利用して、元のキャラクターの魅力を引き出すというゲームを戦っています。
    赤司 ありがとうございます。私もキャラクターの魅力を引き出すという点では、このアレンジは有効だと感じています。 
    宇野 現代の造形センスとすごく合っていて、特にこの「ドクガンダー」のカラーリングとか……!
     

    ▲東映レトロソフビコレクション ドクガンダー(※成虫。『仮面ライダー』より)
     
    赤司 ニヤっとしちゃいますよね。 
    宇野 個人的なエピソードになりますが、中古ショップでまず「ドクガンダー」の「ワンフェス2012冬開催記念モデル」を買ったんです。これは素晴らしいなと思って飾っていたんですが、カタログ見てたらオリジナル版もどうしても欲しくなって、そっちはそっちでまたヤフオクに出た瞬間を狙って落札。以来、毎日眺めてます。どうやったらこのカラーリングにたどり着くことができるんでしょうか。
    赤司 たぶん、世代的なものもあるのかもしれないですね。自分たちからすると、意外とナチュラルなカラーリングなんですよ。劇中に出てきた「ドクガンダー」を、70年代のフィルターに通すとこんな感じになるだろうなあと。ソフトビニールという素材を使ってキャラクターをどうディフォルメ、カリカチュアするかというメソッドに、70年代風でありながら、そこだけではないみたいなところがきっとあるんでしょうね。
    宇野 そこがやはり、このシリーズの魅力だと思います。ただ当時のスタンダードサイズのソフビを再現しました、っていうシリーズだったら、たぶん僕は買ってないと思います。
    赤司 なるほど。その辺りはさじ加減の問題ですよね。一個一個の商品を見てみると、原型師さんによって微妙にテイストは違うんですけど、最後に熊之森さんがうまくアレンジをしてくれるんです。
     生産の方のメソッドになって、ちょっとテクニカルな話になっちゃうんですけど、元々作った粘土原型を一度蝋(ワックス)に置き換えるんですが、この作業は全部熊之森さんがやっていて、そこで彼独自のテイストとかアレンジが施されます。そうしながら最後に蝋を落としているんですが、その工程が一番シリーズとしての統一感を出しているところなんじゃないかな、という気がします。
    宇野 なるほど。ちなみに、このラインナップはどう決められているんですか?
    赤司 僕と熊之森さんが、ほぼ一日かけて半年分くらいを決めます。
    宇野 第一弾が「ドクガンダー成虫」という恐ろしい決断を下されたわけですが、結果的に大傑作だったと思います。このセレクションはどこから生まれてきたんですか?
    赤司 意外とここは明快です。当時、バンダイさんが出していたソフビの中で、頭から消していって、たぶん一番最初に欠けているのが「ドクガンダー 幼虫」なんです。そこで、「幼虫はダメだろう!」という話になって、最終的に成虫になったという感じだった気がします(笑)。
    宇野 そうだったんですね! その後の「スノーマン」、「ザンブロンゾ」という2号編の怪人が最初に来てるのもそういう理由ですか?
    赤司 そうですね。この辺も、やっぱり最初は立体化に乏しいものを作っていこうという発想からだと思います。 
    宇野 「ガニコウモル」とかは有名怪人だし、なんとなくわかるんですけど、「スノーマン」「ザンブロンゾ」、「イソギンジャガー」って結構すごいラインナップですよね。
     

    ▲東映レトロソフビコレクション イソギンジャガー(『仮面ライダー』より)
     
    赤司 なぜ「イソギンジャガー」を選んだかというと、この回は石ノ森章太郎先生が監督をされているんですよ。


     
    【ここから先はチャンネル会員限定!】
    ▼PLANETSの日刊メルマガ「ほぼ日刊惑星開発委員会」は2月も厳選された記事を多数配信予定!
    配信記事一覧は下記リンクから更新されていきます。
    http://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/201502

     
  • 「2.5次元って、何?」――テニミュからペダステまで、「2.5次元演劇」の歴史とその魅力を徹底解説 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.270 ☆

    2015-02-26 07:00  
    216pt
    ※メルマガ会員の方は、メール冒頭にある「webで読む」リンクからの閲覧がおすすめです。(画像などがきれいに表示されます)


    「2.5次元って、何?」――テニミュからペダステまで、「2.5次元演劇」の歴史とその魅力を徹底解説
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.2.26 vol.270
    http://wakusei2nd.com



    すっかり人気を不動のものとした「テニミュ」、さらには近年の『舞台弱虫ペダル』(=ペダステ)の爆発によってますますその地位を確立しつつある「2.5次元演劇」。本日のメルマガは、その「2.5次元演劇」の歴史と魅力について、誕生から定着までを見守ってきた編集者・真山緑さんに聞いたインタビューをお届けします!

     
    ▼プロフィール
    真山緑(まやま・みどり)
    雑誌編集者。TERMINALにてテニミュを中心に、2.5次元ミュージカルやそこから広がる舞台・若手俳優などについて語るZINE「PORCh」(ポーチ)の編集・発行に関わっている。TERMINALに関する詳細はブログにて、「PORCh」はZINE書店Lilmagにて購入可。
     
    ◎聞き手:編集部
     
    ▲『舞台「弱虫ペダル」インターハイ篇 The First Result2014』出演: 村井良大ほか
     
     
    ■2.5次元って、何?
     
    ――今回は、このところ話題になっている「2.5次元舞台」について、真山さんに解説をお願いできればと思います。まず2.5次元という概念についてお聞きしたいですが、そもそも「2.5次元」という言い方が定着したのはここ数年ですよね? 
    真山 そうですね。あくまで私が劇場に足を運んでいた体感的なところとデータから見たものでお話しますが、2012年あたりから……だと思います。その前にまず単語として説明すると、2.5次元というのは、マンガ・アニメ・ゲームが原作のものを舞台化――つまり2次元のものを3次元化したからその間をとって2.5次元、という認識でいいと思います。
    元々キャラ性の強い特撮作品や声優さんたちに対しても「2.5次元」という言葉は使われてきていましたが、ここ数年で一気に舞台化作品が増えメディアで紹介されたり、昨年「日本2.5次元ミュージカル協会」という組織ができたりしたこともあり、そういった舞台作品を総称して「2.5次元」舞台というジャンルで捉える動きが出てきています。
    ――2.5次元ブームというと、やはり『ミュージカル・テニスの王子様』(以下『テニミュ』)から『舞台・弱虫ペダル』(以下『ペダル』)の流れを中心に広がっている印象ですが、作品としてはやはり女性向けのものがメインなんですか?
    真山 観劇に足を運ぶ層に女性が多いのもあって過去の舞台化作品を見ても、女性ファンが多い作品が選ばれることが多いです。実は、ここ数年で作品数自体も相当増えていて、私は「PORCh」というテニミュを中心とした評論のZINE(=自主制作・自主流通の同人誌のこと)を作っているのですが、2012年に「おいでよ!2.5次元」という特集をしました。これを出した理由は、観劇に行く中で「最近、急に2.5次元作品が増えたよね」と体感したことなんです。「日本2.5次元ミュージカル協会」の資料をみると、数字的にも2011年は30作品以下だったのに対し、2012年は60作品を超える形で、2011年から2012年にかけて爆発的に作品数が増えたのがわかります。
    ――震災後に爆発的に増えているわけですね。
    真山 2011年がちょうど『テニミュ』の2ndシーズンが始まった年で、2012年は『ペダル』のシリーズ初演と、乙女ゲームの人気作の舞台化『ミュージカル薄桜鬼』(=薄ミュ)シリーズの初演と、『テニミュ』の関東立海公演――これは『テニミュ』のシリーズとして後半戦に入る直前の盛り上がる公演です――その三つが重なって観劇に行くお客さん自体も増えたように思います。2011年から2012年にかけては、動員数も60万人以下から120万人規模とほぼ倍に増えていることが協会の資料からもわかります。
    ―― 一気に2倍以上になってるんですね。
    真山 資料には、2013年には160万人突破とまで書いてありますが、リピーターもかなりいるのでユニークユーザーがどれくらいかわかりませんけど(笑)。『テニミュ』は「Dream Live」という楽曲だけのガラコンサートをするんですが、昨年の2ndシーズンを締めくくるライブではさいたまスーパーアリーナが埋まりました。それまでは横浜アリーナ(最大収容人数17000人)で毎回公演をしていて、さいたまスーパーアリーナ(最大収容人数37000人)でやるという告知があったときに、ファンは「え、埋まるの!?」という感じでしたが、意外とチケットが取れない人もいたりしていて。
    ――スーパーアリーナぐらいの規模だとはむしろ「行ってあげる」くらいの気持ちでいたら、意外と取れなかったわけですね。
    真山 あんなに油断せずに行こうと言われてたのに(笑)! ただ、その公演で『テニミュ』2ndシーズンのキャストが卒業だったので、さいたまスーパーアリーナに最後を見届けようというのも大きかったと思います。
     ここまで爆発的にファンが増えたのは、『テニミュ』を中心とした観劇ファンだけでなく『ペダル』や『薄桜鬼』といった別の作品のヒットとその原作から劇場に足を運ぶファンが増えたことも大きいです。『テニミュ』は知っていたけど観たことはないという層が、原作の舞台化をきっかけに2.5次元の世界に入ってきた。その流れに合わせて作品数も増えたのではないかと思います。 
    ――『テニミュ』の成功を背景に、ネルケプランニングといった舞台の制作会社とその周辺の企業が動いたというわけですか。作品数が増えていくと同時に『テニミュ』で培われた人材が分散していったということなんでしょうか?
    真山 『テニミュ』出身のキャストを「テニミュキャスト」(ミュキャス)と呼んだりするのですが、彼らが卒業後別の2.5次元舞台に出ることはとても多いです。『テニミュ』は基本的に舞台経験の少ない若手俳優を役に据えるので、2.5次元舞台をやる上での若手俳優養成所的な役割も担っていると思います。
     
     
    ■「発明」から生まれるヒットシリーズ
     
    真山 ファン自体も『テニミュ』をきっかけとして舞台にハマって出演者を追いかけて他の作品を観に行ったりするファンや、2次元(アニメ・マンガ)を平行して追いかけている原作ファンもいるので、『テニミュ』で入ったファンがそのままずっと『テニミュ』を観続けるとは限らない。2012年からお客さんがどっと増えたのは、『ペダル』と『薄桜鬼』が舞台化されたことが大きいですけど、どちらも初演から満員だったわけではなく、シリーズを続けることで徐々に原作や役者のファンから作品のファンへと観客を増やしていった印象です。
     それに加えてこの2作は、演出に小劇場系の人を呼び、すでに2.5次元系の作品の出演歴があるキャストに演じさせることで、それぞれの作品にカラーが出たことも大きかった。それが結果的に「あの原作(2次元)がこうやって舞台(2.5次元)になりました」という驚きをあたえることができた。特に『弱虫ペダル』は驚きでしたね! まさかああくるとは(笑)。
    ――想像では、クロスバイクを持ち込んでみんなで漕ぐのかと思っていたら、実際はハンドルだけを持ってみんなで漕いでるアクションをやるという――衝撃でしたよね。
    真山 本当にあれは「発明」でした! 元をたどれば、演出の西田シャトナーさんが「惑星ピスタチオ」という劇団でやっていた「パワーマイム」と呼ばれるもので、小道具を極力使わずに役者の身体で表現をする、パントマイムを使った演出方法なんです。それを『弱虫ペダル』の原作に活かすことによってああいった表現になった。これは『テニスの王子様』も同じで、実際にボールを打っているわけではないんですよね。ただ、ラケットの振りに合わせて、スポットライトと音を効果的に使うことで、ちゃんと打っているように見える。映像だと全てをきちんと表現しないと描けない原作の要素が、舞台では観客の想像力で補われる。そこに「.5(てんご)」の部分が生まれる。そこが2.5次元のおもしろさだと思います。
    ――2.5次元演劇の魅力のひとつが「見立ての美学」であるというのは共有されつつある気がするのですが、『ペダル』のDVDを観たら、舞台としても洗練されているという印象を受けました。メタ視点の入れ方も良いし、原作のまとめ方も良いし、そこにさらにクレイジーな「見立ての美学」という要素が加わっていて。
    真山 これまで「舞台」というと「ちょっと高尚な趣味」という感じで、宝塚や東宝ミュージカルも含めて少し敷居が高い大人の趣味と思われがちでしたが、『テニミュ』や『ペダステ』といった2.5次元系の作品が増えたことで、観に行く敷居が下がったところはあると思います。昔は『テニミュ』ファンだけだったのが、作品数が増えることによって2.5次元舞台ファンが細分化して、広がっていった印象です。
    ――ちなみに『薄ミュ』は、『ペダステ』のようにぶっ飛んだものではないんですか?
    真山 『薄ミュ』は、意表をつく演出があるというわけではないですが、乙女ゲームが原作なので乙女ゲームにあるキャラクターの「ルート」をうまくシリーズに昇華させています。ゲームの『薄桜鬼』はキャラクターごとに主人公と結ばれるルートごとの物語があって、『薄ミュ』では、このゲームの1ルートを1作で見せる形式だったんです。
     『テニミュ』は、主人公の学校が全国大会優勝までを描く物語が一本筋で続いて、その対決を学校ごとに1作で見せていく形式なんですが、こちらは、パラレルワールドとしてストーリーを毎回見せる形でした。お客さんも「このキャラのルートが観たい」という形で原作ファンを定期的に呼び込めるのが上手い点だと思います。
     もうひとつ『薄桜鬼』の発明は、男性キャストは基本的に変えずに「沖田総司篇の千鶴(主人公)役はこの人で…」という形で、1作ごとに主人公を演じる役者さんを変えたことです。その理由は簡単で、パラレルワールドのストーリーになるので、毎回同じ人が演じたら、主人公が移り気過ぎに見えるじゃないですか(笑)。そのやり方で、結果的に「今回の千鶴は~」という風に話題にできたのも良かったと思います。
    ――なるほど。クラスタとして、「2.5次元ファン」というのが生まれつつあるんですか?
    真山 クラスタが生まれているかというと、中々むずかしいと思います。「2.5次元舞台だから追いかける」というとちょっと違う気がするんですよね。2.5次元作品から舞台を観るようになって、キャストのファンになったりすることも多いので、そうすると下北沢の小劇場だったり、もしその人が蜷川幸雄の作品に出ることになったら彩の国に行くことになるので(笑)。原作や俳優が好きで観に行くことはあっても、「2.5次元だから観に行く」というそれを中心としたクラスタはそこまで生まれてないと思います。
    ――たとえば「アイドルオタク」って、AKBだったり、ももクロだったり、もっとマイナーなアイドルもみんな好き、という人が多い気がするんです。自分が推しているグループはあるけれど、基本的にはアイドル全体が好きで、その時々によって好きなグループや好きなメンバーがちがう、という。そういう形にはなっていないということなんでしょうか?
    真山 それは若手俳優のファンが近い感じですね。『テニミュ』から好きになった若手俳優を追いかけて別の舞台を観に行って、さらに別の若手俳優を好きになってその人が出る別の舞台に行く……そういうおっかけ的な習性は、いわゆる「ドルオタ」と近いかもしれません。
    ――つまり、「2.5次元クラスタ」というよりは、観劇ファンの中に、オタク勢力の女性ファンが今いっぱい流れ込んできている。
    真山 そうだと思います。ただその中にも、そこから若手俳優を追う人もいれば、私のような考察するのが好きな人間もいて、自分の好きな作品が舞台化したら舞台も観るよという2次元に準拠したファンもいるので様々ですね。
     
     
    ■斎藤工も!? 役者育成機関としての2.5次元
     
    真山  「観劇」を趣味とする人の増加も大きな変化ですが、こういった2.5次元舞台が増えることで、若手俳優がデビューするための登竜門の役割が強まったことも大きな変化だと思っています。『テニミュ』以前は、スタイルや見た目の良い若い男の子が芸能活動をしてみたいと思ったときになかなか入り口がなかったところに、そういった2.5次元舞台を経由することでファンを付けられる。それが結果的に2.5次元舞台を盛り上げるところに還元されているんですよね。
    ――なるほど。男性アイドル文化ってジャニーズの存在で発展しづらいところがあるけれども、その分をこの2.5次元を登竜門とする若手俳優が代替しているとも言えるかもしれないですね。
    真山 『テニミュ』が広く知られるようになったとされる1stシーズンのキャストには、ナベプロ(ワタナベエンターテインメント)のD-BOYSという俳優集団のメンバーが多いんですが、彼らは俳優としての活動だけではなく、イベントで歌ったり握手会したりと、限りなくアイドルに近い活動をしているんです。いまでこそ若手俳優がユニットを組んで歌ったり踊ったり、握手会などのイベントをしたりしますが、アイドルとしては売り出しにくいものに対して、それとは別の男性「アイドル」的な回路をナベプロが作ったんだと思っています。2ndシーズンから握手やハイタッチなどの接触系イベントが増えたこともあって、『テニミュ』や他の2.5次元系舞台がそういった流れを組んで、いまの若手俳優の売り方に影響を与えているとは思います。
    ――ちなみに『テニミュ』の出世頭といえば、城田優と加藤和樹という感じなんでしょうか?
    真山 他には、斎藤工ですね。氷帝の忍足侑士役でした。
    ――なるほど、斎藤工!
    真山 いまや「情熱大陸」です! 『テニミュ』などの多くの2.5次元舞台を制作しているネルケプランニング自体も舞台経験なしの若手俳優を一から役者として育てるのでそういった育成機関としてうまく機能していると思います。そこから特撮や朝ドラ、東宝ミュージカルなどに出演する人も多いです。
    ――ネルケプランニングは芸能事務所として機能してたんですか?
    真山 いえ、あくまで舞台制作会社なんですが、何も知らない……事務所にも入っていないような子を採用しているので結果教えることになるんだと思います。役のイメージに合う男の子をスタッフがカフェでスカウトもしていたくらいなので(笑)。
    ――つまり普通の制作会社の域は超えていて、なかばプロデュースに近いこともしているAKSに近いのかもしれないですね。


     
    【ここから先はチャンネル会員限定!】
    ▼PLANETSの日刊メルマガ「ほぼ日刊惑星開発委員会」は2月も厳選された記事を多数配信予定!
    配信記事一覧は下記リンクから更新されていきます。
    http://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/201502

     
  • いま、「もう一度、男女を出会わせる」ことは可能か? ――『ごめんね青春!』でのクドカンの挑戦と挫折を考える(宇野常寛×中川大地) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.269 ☆

    2015-02-25 07:00  
    216pt
    ※メルマガ会員の方は、メール冒頭にある「webで読む」リンクからの閲覧がおすすめです。(画像などがきれいに表示されます)



    いま、「もう一度、男女を出会わせる」ことは可能か?――『ごめんね青春!』での
    クドカンの挑戦と挫折を考える(宇野常寛×中川大地)

    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.2.25 vol.269
    http://wakusei2nd.com



    本日のメルマガは、昨年話題となった宮藤官九郎の新作『ごめんね青春!』をめぐる、宇野常寛と中川大地の対談です。『池袋ウエストゲートパーク』『木更津キャッツアイ』など初期作からクドカンを見守ってきた二人が、『あまちゃん』大ヒット以降の新たな挑戦を考えます。

    初出:『サイゾー』2015年2月号(サイゾー)
     

    宮藤官九郎『ごめんね青春!』シナリオ集(KADOKAWA/角川マガジンズ、2014年)
     

    ごめんね青春! Blu-ray BOX(製作著作・発売元:TBS 販売元:TCエンタテインメント)
     
    ▼作品紹介
     『ごめんね青春!』
    プロデューサー/磯山晶 脚本/宮藤官九郎 演出/山室大輔、金子文紀 出演/錦戸亮、満島ひかり、永山絢斗、斎藤由貴ほか 放映/TBS系にて毎週土曜21:00〜21:54(14年10月〜12月)
    TBS「日曜劇場」枠にて放映された、クドカン脚本作品。経営難を理由に合併話が持ち上がった、駒形大学付属三島高校(通称「東高」トンコー)と、カトリック系の聖三島女学院という不仲の別学校を舞台に、その教師であり高校時代に後ろめたい過去を持つ原平助(錦戸)と、シスターでもある蜂矢りさ(満島)ら教師、そして学園の生徒たちの恋愛と青春を描く。
     
    ▼対談者プロフィール
    中川大地(なかがわ・だいち)
    1974年生まれ。文筆家/編集者。著書に『東京スカイツリー論』(光文社新書)ほか。
     
     
    宇野 「つまらないわけじゃないんだよなぁ」という感想ですね。宮藤官九郎(以下、クドカン)&磯山プロデューサー【1】コンビのドラマは、長瀬智也くんと一緒に年を取ってきたところがあるわけじゃないですか。思春期の終わりに直面している『池袋ウエストゲートパーク』(00年〜)、大人になって地に足をつけた共同体や家族的なものと向き合わないとやっていけないというのが『タイガー&ドラゴン』(05年)で、大人になりきった後にホモソーシャル空間でどう生きていくかというのが『うぬぼれ刑事』(10年)だった。その流れの中で一番重要な作品がやはり『木更津キャッツアイ』(02〜06年)ですよね。これはまさに男の子のモラトリアムとその終わりの話で、今でいう「マイルドヤンキー」的な、部活動の延長線上にあるような同世代のホモソーシャルに依存したまま年を取って死んでいく、というモデルを提示したわけで、これはやはり決定的に新しかった。その後のクドカンはむしろ、『木更津キャッツアイ』的なものを自分で信じられなくて試行錯誤していったところもあると思うんですよね。
    【1】磯山プロデューサー
    TBSのドラマプロデューサー・磯山晶。『IWGP』以降のクドカンTBS作品をすべて手がけた、クドカンを育てたゴッドマザー。
     磯山ドラマで培ったものを、80年代以降の消費社会の総括に応用して大成功を収めたのが『あまちゃん』(13年)だったと思うんです。そして今回クドカンがTBSに帰ってきたわけだけど、今度は長瀬くんより5歳若い30歳の錦戸くんを主人公にして、もう一回青春との決別の話をやった。『木更津〜』シリーズでケリをつけたはずだったところに、戻ってきてしまった。もちろん、あれから10年くらい経っていて、相応のアップデートは随所に見え隠れしていたんだけど、全体的には単ににぎやかな楽しい話を無難に描いて終わってしまったように思うんです。もちろん、それはそれでいいんだけど、なぜ今この作品を描く必要があったのか、よくわからないんですよね。
    中川 「先に進めなかったな」という感想は、僕も同感。はじめは、すごく期待感があった。基本的にクドカンが得意としていたのは、『木更津〜』以降の、ホモソーシャル的なコミュニティで異性愛を絶対視しない幸福像を描くことだったわけだけど、だんだん世の中がそこに追いついてきて、2014年に至っては『アナと雪の女王』で「ソフト百合な女子バディもの最強!」になりましたよね。で、これに対して男女共にホモソーシャルな世界観が広がってきた中で、今度は女子高と男子校の合併話を通じて2つのホモソーシャリティがぶつかると、どのように軋轢を起こし融和するかのプロセスを描くという、そのコンセプト性はすごく刺激的でした。実際、最初の2〜3話くらいまではそれがいきいきと描かれていてワクワク観てました。最近ネットで神経質になりがちな性愛にまつわるジェンダー問題も相当先回りして取り込んだ上で、「そうはいっても一緒にやっていかないといけないよね」という描き方は非常に巧みだった。だけど、その葛藤が解消されてからドラマがなくなってしまった。
    宇野 90年代の日本のポップカルチャー全体は、Jポップに代表されるように、恋愛至上主義的だったわけですよね。ゼロ年代はその反動で、脱恋愛の流れがやってきた。というか、恋愛やファミリーロマンスでは人間の欠落は埋められない、という世界観が支持を集めていって、まず『ONE PIECE』的な仲間主義が台頭し、さらに先鋭化したものはだんだん「ホモソーシャリティ最高!」となっていった。クドカンはその先鋭化を担っていた中心的な作家ですよね。そのクドカンが、人間はホモソーシャル抜きでは生きていけないことを前提にした上で、もう一回男女をどう出会わせるか、ということを今回やったわけだけど、コンセプトが途中で空中分解してしまったところがあると思う。
     中川さんが言う通りそのモチーフは、第3話で生徒会長(黒島結菜)が「男子」と書いて「アリ」と読んだ瞬間に終わってしまった。でも、それを「アリ」としてしまったら、ただの共学青春ものになってしまう。
     『木更津〜』って「人は死なないと青春を卒業できない」という話だったと思うんですよ。「青春」や「卒業」といった概念自体を崩していった作品だともいえる。だって木更津にいる大人も、キャッツの連中とやっていることはあまり変わらない。「そういうところから究極的に離脱する唯一の方法が死なんだ」として、モラトリアムが終わって意識の高い大人になっていくという従来の青春観を打ち破っていくところが斬新だった。なのに『ごめんね青春!』では、最後に平助が「卒業」してしまう。
    中川 「遅れてきた卒業」モチーフって、日テレ土曜9時枠の『マイ☆ボス☆マイ☆ヒーロー』(06年)や『35歳の高校生』(13年)で、さらに赤裸々なシチュエーション設定でやられちゃったからね。
    宇野 そう、まさに00年代クドカン磯山ドラマのライバルだった河野英裕プロデューサー【2】が立脚していた、オーソドックスな成熟観に寄り添ってしまって、しかもそれをクドカン自身が信じきれていない。

     
    【ここから先はチャンネル会員限定!】
    ▼PLANETSの日刊メルマガ「ほぼ日刊惑星開発委員会」は2月も厳選された記事を多数配信予定!
    配信記事一覧は下記リンクから更新されていきます。
    http://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/201502

     
  • 井上敏樹エッセイ『男と×××』第6回「男と親」 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.268 ☆

    2015-02-24 07:00  
    216pt
    ※メルマガ会員の方は、メール冒頭にある「webで読む」リンクからの閲覧がおすすめです。(画像などがきれいに表示されます)


    井上敏樹エッセイ『男と×××』 第6回「男と親」
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.2.24 vol.268
    http://wakusei2nd.com




    本日のメルマガは、平成仮面ライダーシリーズなどでおなじみ、脚本家・井上敏樹先生のエッセイ連載『男と×××』の第6回。
    今回のテーマは「男と親」。昭和仮面ライダーシリーズなど数々の名作を手掛けた父・伊上勝氏とご母堂との知られざるエピソードを語ります。


    井上敏樹エッセイ連載『男と×××』これまでの連載一覧はこちらから。
     

    ▲井上敏樹先生が表紙の題字を手がけた切通理作×宇野常寛『いま昭和仮面ライダーを問い直す[Kindle版]』も好評発売中!
     
    【PLANETSチャンネル会員限定! 井上敏樹関連動画はこちらから。】
    ・関連動画(1)
    井上敏樹先生、そして超光戦士シャンゼリオン/仮面ライダー王蛇こと萩野崇さんが出演したPLANETSチャンネルのニコ生です!(2014年6月放送)
    【前編】「岸本みゆきのミルキー・ナイトクラブ vol.1」井上敏樹×萩野崇×岸本みゆき
    【後編】「岸本みゆきのミルキー・ナイトクラブ vol.1」井上敏樹×萩野崇×岸本みゆき
    ・関連動画(2)
    井上敏樹を語るニコ生も、かつて行なわれています……! 仮面ライダーカイザこと村上幸平さんも出演!(2014年2月放送)
    【前編】「愛と欲望の井上敏樹――絶対的な存在とその美学について」村上幸平×岸本みゆき×宇野常寛
    【後編】「愛と欲望の井上敏樹――絶対的な存在とその美学について」村上幸平×岸本みゆき×宇野常寛
     
     
    男 と 親
              井上敏樹
     私の事、愛してないの?
     母は父にそう言った。実家の冬の居間でストーブが赤々と燃える中、父はべろべろに泥酔し、母は泣きながら何度も鼻をかんだ。この時、私と弟は高校生で父が死ぬまでまだ十年、母には十五年の時間があった。
     私は母の言葉にびっくりした。愛してないのかと問うという事は、母はまだ父を愛している事になる。
     事の起こりは少々複雑だった。まず、父の愛人が死んだ。私も弟も、大分前から愛人の存在には気づいていた。父はほとんど家に帰らず、たまに帰宅すると激しい夫婦喧嘩を繰り返していたからだ。
     父は特撮界ではそれなりに名のある脚本家だった。だが、書き飛ばすようなペースで仕事を続けた結果、父はすっかり擦り切れていた。締切りを何度も伸ばし、居留守を使い、プロデューサーを平気で裏切り、仕事の依頼も減っていた。それに反比例して増えたのが酒量である。酒は目から人を殺す。痛飲を重ねる父の目は、この頃、いつもとろんと爛れていた。そして愛人が死んだ。スナックのママだった父の女は店の階段から落ちて死んだらしい。私は父と母の夫婦喧嘩のやりとりでそれを知った。
     
    【ここから先はチャンネル会員限定!】
    ▼PLANETSの日刊メルマガ「ほぼ日刊惑星開発委員会」は2月も厳選された記事を多数配信予定!
    配信記事一覧は下記リンクから更新されていきます。
    http://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/201502

     
  • 月曜ナビゲーター・宇野常寛 J-WAVE「THE HANGOUT」延長戦2月16日放送書き起こし! ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.267 ☆

    2015-02-23 07:00  
    216pt
    ※メルマガ会員の方は、メール冒頭にある「webで読む」リンクからの閲覧がおすすめです。(画像などがきれいに表示されます)

    月曜ナビゲーター・宇野常寛J-WAVE「THE HANGOUT」延長戦2月16日放送書き起こし!
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.2.23 vol.267
    http://wakusei2nd.com

    大好評放送中! 宇野常寛がナビゲーターをつとめるJ-WAVE「THE HANGOUT」月曜日。ほぼ惑月曜日は、前週分のラジオ書き起こしダイジェストをお届けします!
     

    ▲今夜23:30からの放送は、こちらからお聴きいただけます!
    ※前回の放送(2/16OA)は事情によりYoutube Liveでのアーカイブはございません。ご了承ください。
     
    ■「THE HANGOUT」延長戦
     
    宇野 あらためましてみなさんこんばんは評論家の宇野常寛です。PLANETSチャンネル深夜のたまり場「THE HANGOUT」延長線のお時間がやってまいりました。この延長線では、引き続き私宇野がラジオ放送では読みきれなかったお便りを読み、さらに、語りきれなかったお題をどんどんフォローしていきたいと思います。まずは今週のメール復活のコーナーです。今日もたくさんのメールをもらっています。それでは読んでいきましょう。ラジオネーム、もんちゃさん。

    「私にとってのJ-POPは、地上波の音楽番組に出ている曲です。例えば20時に生放送されているあの番組などで流れている、音楽に詳しくない人にも聴きやすく、誰にでも好かれる曲が大衆音楽なのではないでしょうか」

    宇野 その「誰にでも好かれる曲」がもう存在しないということを、いまのオリコンとカラオケのランキングが証明していますからねえ。マスメディアが異様に支配力を持っていた80年代90年代にしか、ミリオンセラーが山のように出てくることはないと思いますよ。マスメディアがあそこまで力を持つまで、ソフト産業が発達してミリオンセラーが連発なんてことにはなっていませんからね。なので、「誰にでも好かれる曲」なんてものは存在しません。ちなみに僕は、音楽番組とかはAKBが出た時ですら見ないですね。なぜかと言うと、僕の推しメンがあまりああいった番組で喋らないので、見なくなりました(笑)。まあ、そんなもんですよね、世界は。
    続きましてラジオネーム、橋本アナ追加はるっぴ推しのパチプロさんです。

    「宇野さんこんばんは。遠い将来、J-POPに限らず音楽の地域性そのものがなくなりそうな気がします。水野さんが将来これからも残したい、残っていって欲しいJ-POPの部分ってなにかありますか」

    宇野 これ、いい質問ですね。ゲスト本人がいるときに読みたかったですね。代わりに僕の考えを言うと、J-POPってすごくユニークだと思うんですよね。すごくガラパゴスに発展していて、もちろんアーティストにもよりますが、ああいう感じの音楽って日本にしかない可能性が高いわけです。なので、J-POPがいずれ輸出価値を持つ可能性はけっこう高いと思います。日本のアニメとかもそうですからね。戦後にガラパゴスに発達していって、それが意外と外国から見るとクールに見えるよねっていうことで、むしろ外国の影響をそこまで受けなかったからよかったと。これ、変な話ですけど、洋楽の劣化コピーみたいなことをやっているよりも、日本の歌謡曲の流れのもののなかでぶっ飛んだことをやっているアーティストの方が、将来的には国際的に評価される可能性が高いと思うんですよ。これは、楽曲のレベルの問題ではなくて、単純に差異が生む商品価値の問題ですね。なので、そこが実はJ-POPの逆襲のキーワードなのかもしれないなってことを僕は思っています。
    これはですね、ラジオネーム鼻からボタモチさんです。

    「今日のテーマですが、私の周りにはJ-POPを踏み台に自分の価値を上げようとする人が多いです。というのも、みんなが好きなものをあえてディスることによって、評価された人間のアラを探すことによって、他人と違う自分に酔っているんですね。誕生日にこのラジオを聞けて嬉しいです」

    宇野 おー誕生日ですか、おめでとうございます。まあでも、音楽というものが、「私これ聞いているの」っていう自己主張になるってことは、それだけ音楽が多様であることの証拠なので、実は文化状況が豊かであることの証拠でもあるんですよね。このメールを送ってくれた人は16歳なんですけど、たぶん20歳くらいになると、そういったコミュニケーションとってくるやつはイタいということによって、自然と周りからは脱落して、敬遠されて友達がいなくなっていくと思います。なので、鼻からボタモチさんが他人の顔を伺う必要はないんだけど、周りの人と楽しい関係を築くことに価値があるというタイプの人間になっていけば、必然とそういった人は離れていきますね。
    次ですね。ラジオネームおかゆさん。

    「J-POPに偏っていた音楽観が邦楽ロックにも幅を広げる今日このごろなのですが、そのジャンルの違いがいまいちよくわかっていません。グーグル大先生に聞いてもあんまり納得できていないので、簡単にその違いを教えて欲しいです」

    宇野 これはもう、あれですね。三国志の例えで言うと、蜀の中の主流派か、反主流派かということですよね。諸葛亮孔明派か、魏延派かっていうことですよ。
     
    【ここから先はチャンネル会員限定!】
    ▼PLANETSの日刊メルマガ「ほぼ日刊惑星開発委員会」は2月も厳選された記事を多数配信予定!
    配信記事一覧は下記リンクから更新されていきます。
    http://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/201502

     
  • 【再配信】無印良品、ユニクロから考える「ライフデザイン・プラットフォーム」の可能性 ーー浅子佳英×門脇耕三×宇野常寛「これからの『カッコよさ』の話をしよう」第2弾 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 号外 ☆

    2015-02-21 16:30  
    216pt
    ※メルマガ会員の方は、メール冒頭にある「webで読む」リンクからの閲覧がおすすめです。(画像などがきれいに表示されます)

    無印良品、ユニクロから考える 「ライフデザイン・プラットフォーム」の可能性 (浅子佳英×門脇耕三×宇野常寛「これからの『カッコよさ』の話をしよう」第2弾)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.2.21 号外
    http://wakusei2nd.com


    「ほぼ惑」では不定期で過去の好評記事を再配信中! 今回は昨年10月に配信した、建築家の門脇耕三さん、インテリアデザイナーの浅子佳英さん、そして宇野常寛を交えた鼎談シリーズ「これからのカッコよさの話をしよう」第2弾をお蔵出しします。 この回のテーマは、「無印良品」「ユニクロ」です!
    今月PLANETSチャンネルに入会すると、前回記事(これからの「カッコよさ」の話をしよう ――ファッション、インテリア、プロダクト、そしてカルチャーの未来)も読むことができます!
    なお、この「カッコよさ」鼎談シリーズの第3弾「住宅建築でめぐる東京の旅」は来月初旬に配信予定です。戦後の住宅建築の名作をまわりながら、「住まい」のデザインと機能について考えます。そちらもお楽しみに!
     
    ▼プロフィール
    門脇耕三(かどわき・こうぞう)
    1977年生。建築学者・明治大学専任講師。専門は建築構法、建築設計、設計方法論。効率的にデザインされた近代都市と近代建築が、人口減少期を迎えて変わりゆく姿を、建築思想の領域から考察。著書に『シェアをデザインする』〔共編著〕(学芸出版社 、2013年)ほか。
    浅子佳英(あさこ・よしひで)
    1972年生。インテリアデザイン、建築設計、ブックデザインを手がける。論文に『コム デ ギャルソンのインテリアデザイン』など。
    ◉構成:中野慧
     
    ファストファッション、IKEAやニトリ、アップル製品など、ゼロ年代以降の私たちの生活に欠かせなくなった様々な「モノ」と「デザイン」について考えた前回の鼎談企画「これからの『カッコよさ』の話をしよう」。第2弾となる今回は、鼎談の収録前に、まず実際に門脇・浅子・宇野の3氏で、銀座の街にある様々なお店を廻ることにしました。
     
    3氏がまず足を運んだのは、世界一巨大な規模を誇るユニクロ銀座店。

    ▲銀座の中央通沿いにある、ユニクロ店舗でも世界最大のグローバル旗艦店「ユニクロ 銀座店」。12階建てだそうです。
     

    ▲床から天井まで隙間なく服が並んでいます。
     

    ▲Tシャツフロア。フロア全体に多種多様なデザインのTシャツがひしめいていました。ぶらぶらと見ていたら、浅子さんが当日着ていたスヌーピーTシャツと似たようなデザインのものを発見。「このTシャツけっこう高かったのにw!」(浅子さん)
     

    ▲女性ものの丈長のスウェットシャツが気になるという門脇さん。このあと「XLサイズなら僕でもダボッと着れそう」とのことで、お買い上げになっていました。
     
     
    ユニクロ銀座店の次に3人は、ユニクロ銀座店と渡り廊下でつながっているお隣のドーバーストリートマーケット(コム・デ・ギャルソンの川久保玲氏がトータルプロデュースするセレクトショップ)へと向かいました。

    ▲ドーバーストリートマーケット ギンザ。
     
    渡り廊下を渡るとそこには、ユニクロとはまるで別世界が広がっていました。好対照だったのはお店のレイアウト。通路は広く取りつつも縦にぎっしりと服を並べるユニクロと違い、様々なアイテムがゆったりと店内に配置されていました。
     
    ドーバーストリートマーケットを出た一行は、「無印良品 有楽町店」へ向かいました。
     

    ▲無印良品有楽町店。ここもかなりの大型店舗です。
     

    ▲無印良品の家。
     
    無印らしいアースカラーの服が並ぶ店内を分け入っていくと、目に入ってきたのはスチールの外壁(「金属系サイディング」というものだそう)の、「家」でした。そう、最近、無印では「無印良品の家」を販売しているとのこと。コンパクトなサイズながら、吹き抜けと、ガラス張り(でも断熱性も高いそうです)による採光のよさもあって、見た目以上にゆったりとした住空間。「暮らしに合わせて間取りが変えられる」とのことです。(出典:「無印良品の家」ホームページ )
     
    その後、一行はクロムハーツ、ミュウミュウ(MiuMiu)、Aesop(イソップ)、フライターグなどを回ってこの日の街歩きを終えました。
     
     
    ■ユニクロとコム・デ・ギャルソン、何が明暗を分けたのか?
     
    宇野 まず簡単に前回のおさらいをすると、今の時代のファッションは、ノームコア(※ノーマル+ハードコアという意味の造語。スティーブ・ジョブズの「いつも黒のタートルニットにジーンズ」というスタイルに代表されるような、極めてシンプルなファッションのこと。最近のファストファッションの隆盛を受けたトレンドでもある)的なものが優位になっている。そしてその潮流は一部で「身体自体を鍛えるのが真のオシャレであり、自分の身体さえしっかり鍛えていれば着るものはなんでもいい」という五体満足主義的な思想に回収されつつある。それはファッションが本来持っていた「やせっぽちでも太っていても、工夫しだいでカッコよく、気持ちよくなれる」という、文化としての豊かさがやせ細ってしまっているということでもある。こういう現状に対する違和感は共有されていますよね。
    そこに対して例えばデザイナーである浅子さんは、ノームコア的なものを批判して「新しいラグジュアリー」のような価値を提示していくことが必要なのではないかという立場でした。
    また、鼎談のなかで見えてきたのは、ファッションだけでなく、インテリアや建築のような「デザイン」と言われる世界ではどこでも、90年代以降に似たようなことが起こっているのではないか、ということでした。
    今日は第二弾ということで、ファストファッションからデザイナーズブランドまで、銀座のいろいろなお店を実際に回ってきたわけですが、みなさんは改めてどう感じましたか?
    浅子 やっぱりユニクロが今強いのは、面白いデザインの服を揃えているわけではないけれど、カラーバリエーションやちょっとしたデザインの違いの製品を大量に揃えていて、その「多くのものから一つを選ぶ」という体験自体に楽しさがあるからなんだと思いましたね。
    宇野 ショッピングにゲーム的な楽しさがあるということですよね。
    浅子 そうです。銀座店は特に、12階建てなのにもかかわらず、フロアのレイアウトがほとんど同じだったりして、あの感じは僕自身はそんなに好きじゃないんだけど、実際に上から下まで全部見て回ると本当にゲーム空間にいるようで面白かったです。
    門脇 ユニクロの店内のレイアウトは「とにかく下から上まで整然と服を並べる」という思想ですよね。対照的だったのはそのあとに行ったドーバーストリートマーケットで、店内に余白をたくさん取っていました。あれは「アート的に見せる」というテクニックなんだけど、物量としてはユニクロよりも全然少ないですよね。そうすると服の一点一点が高くならざるをえない。置いているモノはカッコいいんだけど、トータルで見るとどうしても元気がないように見えてしまった。
    浅子 僕は立場的にコム・デ・ギャルソンを擁護するしかないんだけど、たしかに銀座店は少しゆったりしすぎているかもしれないですね。ただ、最初にできたロンドンのドーバーストリートマーケットはとてもエキサイティングな空間です。もともとオフィスか何かだった建物に、川久保玲やセットデザイナーなどが介入して百貨店にしてしまっている。たとえばエスカレーターでなく階段で登らないといけなかったりとか、フロアの使い方もわけのわからないことになっていて。
    そもそもドーバーストリートマーケットの面白さって、コム・デ・ギャルソンというブランドが、自分たちの服を売るだけではなく様々なブランドの服を売ったり、アーティストの作品を展示するスペースをつくったり、ある種のプラットフォームとしてお店を構えたところにあると思うんですよ。
    ただ銀座のお店はやっぱり、「ギンザコマツ」という百貨店の建て替えで用意された空間に出店しているから、そういう面白い化学反応が起こらなかったんだと思います。だからそこを責めるのはちょっと気の毒な感じがするんですよね。
    門脇さんは店内のレイアウトのことを指摘されたけど、インテリアのデザイナーとして言うとやっぱり余白というか、そもそも白い壁が良くないと思う。確かに白い壁にするとニュートラルであるかのようにふるまいながらも簡単に綺麗に見せることができるんだけど、それは何も考えていないということの裏返しでもあるんですよね。
    門脇 結局現代アートもそうだけど、白いところにポツーンと何かゴミが置いてあるだけでアートに見えたりするんですよ。それ以外の見せ方を開発できてないのはちょっと残念だった。そういう意味ではユニクロの見せ方のほうが面白かったですよね。
    宇野 ユニクロって、ある時期まではフリースだったり、インナーや寝間着を買うお店というイメージで捉えられていましたよね。で、誰が着てもそこそこ似合うものを、豊富なカラーバリエーションで提供していたのがフリース時代だとすると、今は第2段階、いわばUT(=ユニクロのTシャツ)以降の時代に入っていると思うんですよ。
    UTって色々な企業のロゴだったり、スヌーピーやディズニーなどのキャラクターイラストに、多種多様なカラーバリエーションを掛け合わせるという発想でつくられていますよね。あれってインターネット以降の感覚だと思っていて、要するに統一されたフォーマットに多様なコンテンツを流し込むことで無限にバリエーションを生成できるということだと思うんです。そういう思想が商品ラインナップだったり、レイアウトの方法とも結びついていて、UTという独特のジャンルを生んでいるんじゃないか、と。
    門脇 フォーマットが決まっているからこそ多様な表現が生まれてくる、ということですよね。僕には商品そのものとしてあれが良いのかどうかピンと来ないところがあるけど、でもあれだけのバリエーションがあるなかで選ぶという体験はたしかに楽しかった。さっきもスウェットを買ったけれど、たぶんドーバーストリートマーケットに並んでても買わないんじゃないかな。たくさんのバリエーションが並んでいるなかで気に入ったものを見つけて、買ってしまう。そういう体験を含めて買っている気がしますね。
     
     
    ■「バブルの鬼子」としての無印良品
     
    宇野 これは都市部に限った話かもしれないけど、ユニクロと無印良品ってもうインフラみたいになっているじゃないですか。「あ、この街って駅前にユニクロと無印あるんだ、便利だね」とみんな思ったりする。だからこの2つの企業って、日本の生活文化においては非常に強いと思うんだけど、でも今日見ていて改めて思ったのは、ユニクロはまだ無印を倒せていないということなんですよ。要するに今の無印良品はライフスタイルそのものを提案できているけど、ユニクロはまだそこまで行けていない。
    たとえばユニクロの主力製品であるヒートテックひとつとっても、「冬のファッションで重ね着させない」ということを目標にしたもののはずです。厚着させないということは、つまり「こういう身体が美しい」とか「こういう屋内ライフスタイルが気持ちいい」という提案であるはずで、それを延長していくと僕たちの身体観やライフスタイルの変革へと結びついていくはず。でも、今のユニクロのラインナップからはまだ「新しいライフスタイルの提案」まで読み取ることはできない。アイテム1個1個の持っている快楽やゲーム性に留まっていて、総合的なビジョンがまだないんだなあ、と思ってしまいました。
    一方で無印は、僕の考えでは言わばディフェンディング・チャンピオンだと思うんですよ。あそこに行くと衣食住全部ある――というか、今は家具だけでなく家まで売っているわけですからね。総合的なライフスタイルを提案できているわけです。たとえば僕はあの透明の衣装ケースも使っているし、食べ物にしても僕はMUJIカフェによく行くし、無印カレーも大好きなんですよ。
    そもそも、無印良品のコンセプトって基本的に「アンチバブル」だったわけですよね。80年代の消費社会=バブル的な価値観に対して距離をとりつつ、かといってニューエイジや昔のヒッピーのように消費社会を全面的に批判するわけでもなく、要するに「消費社会に対してはこれぐらいの中距離で付き合いましょう」というライフスタイルを提案している。
    浅子 いや、それもあるけれど、その前にみんな忘れているのは、僕らが子どもの頃の昭和の時代って、ともかくダサイもので溢れていたんですよ。布団がなぜか花柄だったり、家具も変な色に塗られていたり、ほとんどの家庭にはわけのわからないデザインのものがいっぱいあって、子ども心にあれがすごく嫌だったわけですよね。そこに対して無印は、「柄のない布団のほうがいい」というようなニュートラルでフラットでシンプルなデザインを提案し、支持を受けた結果、今やそれがスタンダードにまでなったと。
    宇野 無印だけが、モノだけでなく「こういうライフスタイルがいい」という世界観を提示するに至っているんじゃないかなと思うんです。そしてそれは90年代以降の世界的な潮流ともマッチしていた。たとえば宮台真司さんがよく言っているけど、スローフードが好きな奴って、エアコンの効いた部屋でスターバックスのコーヒーを飲みながら環境問題の本を読んで悩んだふりをしている人なんですよ。要するにスローフードとはグローバル資本主義下におけるアッパーミドル向けの優秀な商品にすぎないわけです。でも、それでいいと思う。だから無印良品は強い。僕も大好きです。あの「素材を大切にした」シリーズのカレーやスープのレトルトパウチは家に常備している。あれは、「レトルトのスローフード」という矛盾するコンセプトが同居しているわけなんですが、そこが素晴らしい。
    門脇 レトルト食品を排除するのではなく、レトルトをいかに美味しくて栄養バランスもいいものにしていくかという発想ですよね。ただ、無印の提案しているライフスタイルって、今ではちょっと古くなってしまっている気もするんです。「家族で郊外に住み、お父さんは電車で都心に通勤する」という昭和的モデルのバージョンアップで、まだその先に突き抜けられていないというか。
    宇野 無印はやはりバブルの落とし子なので、どうしてもそうなってしまうところはありますよね。それに、当初のコンセプトである「アンチバブル」が実はすごく狭いイデオロギーなので、その価値観が押し付けがましいと感じる人も多いと思うんですよ。たとえばこれだけ無印大好きな僕でさえも、ほぼアースカラーオンリーの衣料や、家具類の「柔らかい木目」のゴリ押しはちょっとしんどく感じることがある。浅子 正直、僕もそう思っていますよ。
    門脇 無印良品ってすごく哲学がしっかりしていて、「文明は共通化して文化は差異化する」という未来予測を展開しています。つまりグローバル化のなかで「感じのよい暮らしをリーズナブルに」という方向性はぶれずに追求していきつつ、それだとほかの国や地方、あるいは「無印的価値観にドンピシャな世代」以外には展開できないから、地域性や時代性に紐付いた文化で彩っていくということになるんだと思いますが、それだとどうしても既成の価値観を無印的にセレクトすることになってしまうから、まったく新しいものを生み出すことが難しくなってしまう。
    無印も本当は「新しいラグジュアリー」のようなものを追求すべきなんだけど、そもそものコンセプトが「オルタナティブなスタンダード」なので、クリエイションに根拠を与えるものが既にあるものにしかならない。無印のインパクトって確かに大きいし、それがいよいよ浸透してきた勢いも感じますが、次の時代を考えるとそこが弱いところだと思うんですよね。
    浅子 無印のデザインって文化の多様化と言うにはちょっと一本調子すぎますよね。たとえばヤンキーが作るわけのわからないバイクのようなものって、文化の多様化そのものだと思うけれど、そういうデザインのものは絶対に製品ラインナップに入ってこない。だからすごく偽善的な感じがするわけです。これは無印だけでなく、アップルのデザインにも言えることだと思うんですけど。
     
  • 『昨夜のカレー、明日のパン』『ファーストクラス』から『ゴーストライター』まで――岡室美奈子×成馬零一×古崎康成×宇野常寛による秋ドラマ総括と冬の注目作 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.266 ☆

    2015-02-20 07:00  
    216pt
    ※メルマガ会員の方は、メール冒頭にある「webで読む」リンクからの閲覧がおすすめです。(画像などがきれいに表示されます)

    『昨夜のカレー、明日のパン』『ファーストクラス』から『ゴーストライター』まで――岡室美奈子×成馬零一×古崎康成×宇野常寛による秋ドラマ総括と冬の注目作
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.2.20 vol.266
    http://wakusei2nd.com


    テレビドラマファンの皆様、今回もお待たせしました! 3ヵ月に1度、日本屈指のドラマフリークたちが、前クールのドラマと次クールの注目作を語り尽くす「テレビドラマ定点観測室」。今回も2万5千字の大ボリュームでお届けします。ぜひお手元で「答え合わせ」をしながら、毎週のドラマ鑑賞をお楽しみください!
    これまでの「テレビドラマ定点観測室」記事はこちらのリンクから。
     
    ▼座談会出席者プロフィール
    岡室美奈子(おかむろ・みなこ)
    早稲田大学演劇博物館館長、早稲田大学文学学術院教授。芸術学博士。専門は、テレビドラマ論、現代演劇論、サミュエル・ベケット論。共著書に『ドラマと方言の新しい関係――「カーネーション」から「八重の桜」、そして「あまちゃん」へ』(2014年)、『サミュエル・ベケット!――これからの批評』(2012年)、『六〇年代演劇再考』(2012年)など。
     
    古崎康成(ふるさき・やすなり)
    テレビドラマ研究家。1997年からWEB上でサイト「テレビドラマデータベース」(http://www.tvdrama-db.com)を主宰。編著に『テレビドラマ原作事典』(日外アソシエーツ)など。「月刊ドラマ」「週刊ザテレビジョン」「週刊TVガイド」などに寄稿多数。2011年~13年度文化庁芸術祭テレビドラマ部門審査委員。
     
    成馬零一(なりま・れいいち)
    ライター・ドラマ評論家。主な著作は『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)。週刊朝日、サイゾーウーマンでドラマ評を連載。
     
    ◎構成:飯田樹
     
     
    宇野 みなさん、こんばんは。評論家の宇野常寛です。PLANETSチャンネルプレゼンツ、「テレビドラマ定点観測室2015 winter」のお時間になりました。この「テレビドラマ定点観測室」は、3ヶ月に一度、前クールのドラマの総括と今クールのドラマ期待作のファーストインプレッションを語り合う番組です。今回も「ドラマを語るならこの人!」というドラマフリークの方々にお集まりいただきました。早稲田大学の岡室美奈子先生、ドラマ評論家の成馬零一さん、テレビドラマデータベースの古崎康成さんです。いつもどおり皆さんに前クールのいわゆる秋ドラマのベスト3を挙げてもらいました。いきますよ。せーの、ドン!
    古崎 私は『きょうは会社休みます。』『昨夜のカレー、明日のパン』『シンデレラデート』です。
    成馬 『ファーストクラス』『ロボサン』『さよなら私』です。
    岡室 『ごめんね青春!』『昨夜のカレー、明日のパン』『グーグーだって猫である』で、次点で『Nのために』です。
    宇野 僕が『Nのために』『さよなら私』『ファーストクラス』で、次点に『ごめんね青春!』ですね。
     
     
    ■『すいか』に通じる木皿泉の総決算?『昨夜のカレー、明日のパン』
     
    宇野 被っているところで木皿泉さんの『昨夜のカレー、明日のパン』からいきますか。これは挙げた人2人と挙げなかった人2人で分かれました。
    古崎 最初に見てまず感じたのは今までの木皿作品の底流に常に存在してきた生と死が前面に出てきたな、というところですね。これまではそれが底流にはあったもののそれ自体を表には出さなかった。今回に関しては「死んだものが生きるものに徐々に継承されていく」というところまでを描き出していました。この点については前回の期待ドラマのところで話題に出て、宇野さんが前回「そういうテーマは木皿ドラマの底流にあるのならいいのだが、前面に出しすぎるのはどうかな」という疑問をおっしゃっていて、私もそれは危惧していたわけなのですが、ひととおり見終わってみると、案外上手く着地させられたんじゃないか、という印象をもちまして、選んでおります。
    岡室 古崎さんがおっしゃったとおり、生と死が前面に出ているドラマでしたよね。実際に幽霊も出てくるんだけれど、星野源の幽霊がすごく良かったし、仲里依紗や溝端淳平など役者陣も全体的に良かったです。
     今回に関しては原作小説があるので木皿さんも安定して書けたのか、非常に完成度の高いドラマだったと思います。
    成馬 美保純と星野源の幽霊がうろうろしているのが溝端くんにだけ見えてしまう、あの部分はオリジナルですよね。木皿さんは『すいか』でも、「お盆で幽霊が帰ってくる」というのをやっていましたよね。だから今回は、過去にやったいろんな要素の総決算になっていると思いました。
    古崎 最初はそれぞれの人間関係がバラバラで、どういう人物関係なのか判然としないままの導入部だったのです。それが徐々に人間関係が見えて、「どういう関係性でこの物語が成り立っているのか」というのがわかってくる。このあたりは地上波の民放ゴールデンタイムのドラマではなかなか視聴者に不親切であるがゆえにやりにくい手法で、まさにBSならではの「わかりにくさから入っていくことの面白さ」を表現できていましたよね。
    岡室 出てくる人たちがみんな「何かしら足りない」人たちじゃないですか。座れない僧侶とか、仕事中についつい笑ってしまう産婦人科医とか、ミムラが演じた「ムムム」っていう隣の子とかもそうだし。全体的に、出てくる人たちに対する眼差しの優しさが、すごく良いと思いました。
    宇野 しかし僕と成馬さんは、『PLANETS』の創刊の頃から木皿泉推しでやってきたんですが、どっちもこの作品を挙げていないですよね(笑)。
    成馬 ちょっと慣れてしまっている部分がある。初期が好きだったからこそ、どんどん伸びていって欲しいけれども、「これくらいの伸びじゃちょっと点入れられないよ」みたいにどうしても厳しく観てしまいますよね。
    宇野 よく会う木皿ファンの中で、この作品に対して比較的評点の辛い人って「やっぱり『すいか』のセリフリメイク感が強すぎるんじゃないか」って言っていて、当たってなくはないかなという感じがしました。それだけ木皿さんにとってはライフワーク的なテーマなんだと思うけれど。
    成馬 この『昨夜のカレー、明日のパン』は、もうちょっと時間が空いてふと観たら、すごく好きになると思うんですが、リアルタイムで観るドラマという感じがどうしてもしなかった。どこか時間から切り離されている作品で、「別に2014年にこれをやらなくてもよかったな」と。
    宇野 ちょっとメタ的な表現になるんだけれど、結局この作品は「人間一人の力では絶対に回収しきれないものが世界にあるんだ」という前提から始まっているんだけど、そういったものをどう処理していいか木皿さん自身がわかってしまっている感じがするんですよね。「まとめ」的な作品であまり冒険はしていないのかもしれない。
     そして僕は見ていて、「それって本当の意味で回収されえないものなのかな」とも思ったんですよね。ファンタジー的な要素の用い方に顕著なんだけれど、『Q10』や、舞台の『すうねるところ』のほうが、今の木皿泉にとっての「絶対に回収されないもの」に対して向き合っていたんじゃないのかなという気がする。『Q10』第1話の「助けてください」という虚空への叫びは、どこにも回収されていないけれど、この作品に出て来る人たちの叫びはちゃんと宛先が分かっている感じがする。
    成馬 「ぼんやりした不安」みたいなものがすべて死に回収されているじゃないですか。人が死ぬことが……っていう。でも、人が死ぬのがつらいとか喪失感があるって、それは当たり前なんじゃないかってどうしても思ってしまうから、「死」というものの扱い方が狭くなっている気がするんです。
    宇野 今からスーパー変なことを言いますね。例えば僕は昔の富野由悠季ファンなんですよ。それが、最近の若者向けガンダムとか見ると、ちょっと文弱な少年の成長物語とかは全部なくなって、過剰にみんな強くて過剰に全能感バリバリで過剰にナルシストなやつらが、ちょっと優雅なセリフを言いながら男同士イチャイチャするみたいなアニメばっかりなわけですよ。あれはあれでけっこう面白いなと思うんだけれど、それの逆バージョンを感じるんです。今どきこんなに内面がウジウジしているやついないよ、という感じの近代人たちがことごとく心に傷を負っていて、ほとんど「弱さのインフレ」になっている。
    成馬 セルフパロディーみたいなところがけっこうあるということですかね。「こういうものだ」と思われているものを演じているというか。
    宇野 木皿泉が描こうとしていたものって、ほんとうにああいった弱さや喪失を通してしか描けないものだったんだろうかということが、引っかかるんですよ。日本テレビの河野英裕さんと組んでいる青春ドラマの木皿泉を観てしまっていると、そこがどうしても引っかかる。
    成馬 この世界を嫌っている人が基本的に出てこないですよね。『野ブタ。をプロデュース』なら、蒼井かすみが出てくるし、『セクシーボイスアンドロボ』だったらお歯黒女みたいな敵対する他者がいっぱい出てきたじゃないですか。こういう居心地のいい小さな世界があるとして、そこを壊しにくる人たちがいないから、予定調和に見えてしまう。
    宇野 日テレの9時という時間枠が要求していた、ある種の同時代性や若者向けのフォーマット、究極的には「ジャニーズ」というものって木皿泉作品にとってポジティブな外部性として機能していた側面がものすごくあったはずなんですよね。社会的なテーマや同時代性が盛り込まれていれば必ずしもいいわけじゃないけれど、作家の内面にあるものが外のものとぶつかる緊張感をもたらしていたことは間違いない。
    古崎 作家が描きたい世界を世間一般の視聴者にもわかるように作らなくてはならない制約がむしろ地上波のゴールデンタイムの民放ドラマの魅力であって、一方、BSだと視聴者を意識するよりも作家性を優先できる良さがある。そのあたりの違いをどう評価するかということなのでしょうね。
    岡室 おっしゃることはすごくよくわかるし、私も作品としては破綻していたとしても『Q10』のような作品のほうが好きなんですよ。それはわかるんだけど、でもやっぱり実際に私はこのドラマにすごく感動して、泣きながら観たんです。
    宇野 もちろんこの作品をけなす気はないんです。良いか悪いかの二択になったときに悪いっていう人間はほとんどいないと思うんですよね。でも逆にだから僕は挙げなかったんです。だいぶ悩んだんですよ。本当にギリギリまで悩んで挙げなかった。『すいか』はともかく『野ブタ。をプロデュース』や『セクシーボイスアンドロボ』は賛否が分かれるドラマだと思う。10人いたら8人は肯定派だけど2人は否定派に回る。でもこの作品はたぶんほとんどの人が肯定はすると思う。そこが逆に引っかかったんですよね。
    成馬 今回の『昨夜のカレー、明日のパン』では最終話で家の話になっていて、家にレイヤーを重ねるという話になっていましたよね。実は『すいか』のシナリオ本の文庫の最終話に、10年後の話が載っているんですよ。そこでは家をリフォームしていって違う人がまた入ってくるという、人のつながりではなく家を主役にしたイメージを描いていたと思うんですが……。
    古崎 今まで「性と死」の問題を根底に描いてきた木皿さんとしては、次へ進むためにも、今まで抱えていたものをここでぜんぶ出したかったとも思えるのですよ。そのために今回の作品を出す必要があった、と。作家として次のステージに進むため本作は不可欠であったのではないかと。そういう場がBSだから用意できた面があると思います。
    宇野 『すいか』から10年続いた木皿泉の総決算ではあるでしょうね。
     
     
    ■『ファーストクラス』は『きょうは会社休みます。』と対に観る
     
    宇野 じゃあ次の作品。『ファーストクラス』はどうでしたか?
    成馬 正直に言うと、僕は第2話くらいで一旦観るのをやめてしまったんですよ。理由は、裏の『きょうは会社休みます。』と両方観るのが大変だったから。でも、5話分くらい溜まった時点で一気に観たらすごく面白かった。演出が暴走していて、とにかく作っている人たちが楽しそうなのが良かったです。
     『ファーストクラス』は脚本が変わったんですよ。第1期は『名前をなくした女神』などのイジメ系のドラマを書いていた渡辺千穂さんだったのですが、第2期は及川博則さんという方がやっています。この人は第1期ではプロデューサーだった人で、第7話の演出も担当してます。ドラマの中での「心の声」のようなものはあの人が考えたらしくて、演出レベルでの暴走を意図的に仕組んだドラマにしています。
     第1期はドラマとしてかなり壊れてたんだけど、第2期では壊れていたはずの『ファーストクラス』というドラマの文体をどうやったらある種の美学に昇華できるかを演出の西浦正記さんたちがどんどん追求していった結果、“ファーストクラス”としか言いようがない作品に仕上がった。だから、ストーリーレベルではひどいところもいっぱいあるのですが、このドラマがやりたかったことは全部できたと思います。この路線でどんどんやってほしいし続編を作ってほしいですね。
    宇野 『ファーストクラス』の第1期というのは、バラエティーの手法を使って、今までとは違った切り口の女性の職業ドラマをやろうとしていたと思うんですよ。「マウンティング」という言葉が代表する、いわゆるサブカル系の女子語りのキーワードを取り込んで毎週登場人物の格付けを発表したり、心の中の声を過剰にナレーションしたり(笑)。
     で、この第2期はこうしたバラエティ要素をぐっとピックアップしていて、見ていてすごく楽しいのだけど物語としては完全に破綻している(笑)。登場人物の動機や目的がさすがに一貫しなさすぎているし、そもそも脚本の都合で基本的なキャラ設定すらブレている。それぐらいいい加減なんだけれど、ジェットコースター的なストーリー展開と、全能感に溢れきった妙齢の女性たちがいちいち右往左往するのを見るのが楽しいというところだけに特化して力技で10話突っ切っている。これが妙に爽快だったのは間違いない。
    成馬 チーフ演出の西浦正記さんが入ったことで、『リッチマン、プアウーマン』の流れも繋がっているんですよ。あの職業ドラマの流れは実は『ファーストクラス』に移ってきているんじゃないかと思います。
     それから、第一期のナレーションでは沢尻エリカのことを「エリカ」って呼んでいたのですが、今期は「ちなみ」って呼んでいるんですよね。それって「今回はちゃんとフィクションをやっていますよ」という証明なんですよね。
    宇野 第2期のコンセプトの象徴が木村佳乃だと思うんだよね。木村佳乃は一応設定的には超切れ者の役で、思想的にも深いはずなんだけど実は何も考えていない(笑)。
    岡室 『ファーストクラス』は、裏番組の『きょうは会社休みます。』と対にして観ると面白かった。『きょうは会社休みます。』は、なんの努力もしない女の子が7歳年下の男の子と歳上の男の両方から言い寄られて、してほしいことを何もかもしてもらえて、言ってほしいことを言ってもらえて……という全く努力のないドラマです。それに対して『ファーストクラス』は女子の野心の物語じゃないですか。その裏表が面白いなと思いました。その意味では私はやっぱり『ファーストクラス』のマウンティング物語のほうが面白かったですね。
    宇野 これを30代既婚男性が言うのは政治的に問題かもしれないけれども、やはり『きょうは会社休みます。』は完成度の高いファンタジーだと思うんですよ。あの設定自体が、「ああ、ポスト男女雇用機会均等法時代の”非モテ・内気女子”の自意識語りってもう食傷気味だよな」と思わせてしまう。普及しきったファンタジーは本当にファンタジーとして機能するのか、という問題ですよね。
    岡室 『ファーストクラス』はあからさまにファンタジーだけど、本当は『きょうは会社休みます。』のほうが全くのファンタジーですよね。ファンタジーなのに「こじらせ女子」とか言ってリアルなふりをしているのが嫌だな、と(笑)。
    古崎 『きょうは会社休みます。』は、実はファンタジーだけどそれを本物っぽく見せてくれた力があります。大きな事件を出すこともなく、これだけ地味な出来事だけで淡々とした話運びのままラストまでちゃんと観る者を引っ張り込んだのは並大抵の手腕ではないですよ。まさに事件連発で話を引っ張る『ファーストクラス』と対極の手法です。
     しかもそういう脚本をそのまま通した局側の度量もすごいものがある。裏番組に連ドラがあるし、つい、もう少し視聴者をひきつけるような事件みたいなものを劇中に入れてしまいがちなところを我慢して最後まで違和感なく端正に仕上げている。脚本としては大変地道な描写力がないとできない。私はどちらかと言えば『ファーストクラス』のほうが書きやすいとは思うんですけどね。
     
     
    ■死を描いたのは正解だったのか?――『さよなら私』
     
    宇野 あとは、僕と成馬さんが『さよなら私』で被っていますね。
    成馬 『さよなら私』は、『昨夜のカレー、明日のパン』と『ごめんね青春!』とセットで考えることができると思っていて、三作ともモチーフとしては、ゼロ年代から続く「理想の中間共同体探し」の行き着いた先ですよね。脚本の岡田惠和さんはそれを超悪意を込めてやっている印象があります。それこそ重婚のようなものが肯定されたらみんながハッピーになるけれど、そのハッピーエンドにはグロテスクで気持ち悪いところもあるよね、というところも同時に描いている。
     『ちゅらさん』ぐらいから「優しい人ばかり出てきて良いですね」と言われてきたことに対する、岡田さん本人の思うところがふつふつと湧き上がっているんじゃないでしょうか。ただ、新境地ではないですよね。
    宇野 序盤のほうが面白くて、後半はわりと予定調和になっちゃったかな、とは思いますね。この作品ってやはり『最後から二番目の恋』のカウンターパートだと思うんですよ。
     『最後から二番目の恋』はキョンキョンと中井貴一の、なかなか最後までは踏み込まない関係が象徴しているけれど、血縁の共同体が友愛の共同体に拡張していくモデルで、何も生まずに、ただ死に向かって行くホスピスのような共同体の魅力を描いている。
     それに対して『さよなら私』はああいった拡大家族的な共同体でどう子どもを産んで、育てるかという思考実験をしたんだと思う。その結果、ほとんどカルト宗教みたいな共同体になってしまって、そこが面白かったのだけど、今回はその先に何が待っているのかを描くところまではいっていなくて、なんとなくヒロインを殺して終わらせちゃった気がするんだよね。
     要するに、普通の近代人の感覚からすると目を背けたくなるような、あのグロテスクさを本気で希望として描くのだったら、ヒロインたちの共同体があのまま歳をとっていくところまでを描く必要があったと思う。僕はあれだけの作品にこういうことを言いたくはないけど、この10話ではやりきれなかったようなところがあるのかなと。
    岡室 私も『さよなら私』はすごく好きで、号泣しながら見たんですよ。挙げようかとも思ったのですが、なぜ最後に死なせちゃったのかが気になったんです。『最後から二番目の恋』って、死の臭いをいっぱい散りばめながらも人が死なない、というドラマでしたよね。そこに岡田さんがすごく大事にしているものがあったと思うんです。『私という運命について』でも江口洋介が死んじゃいますよね。だから、最近の岡田さんはどうして死なせちゃうのかなというのは心にひっかかっています。
    成馬 セックスを描くようになったから死も描けるようになった、ということじゃないですかね。この両方を描かないから『ちゅらさん』では中間の生ぬるい関係を描けたんだけど、セックスを描いたら、死を描くこともオッケーになったということだと思います。
    宇野 『さよなら私』と『最後から二番目の恋』の2つを並べたときに、恐るべきことにどっちが批判力のある強い虚構になっているかというと『最後から二番目の恋』な気がするんだよね。あの宙ぶらりんの友愛の共同体のほうが、表面的にはカジュアルなんだけれど魅力的な、強い虚構になっているというこの逆転をどう考えるか、だよね。
     普通はいい歳してくっつくかくっつかないかの微妙なラインの空気感を楽しむドラマよりも、家族と性と愛のドラマ、子供が生まれたり生まれなかったり、ガンになって死んだり死ななかったりするほうを描く方が、人生の深淵まで達している本質的なドラマだと人々は考えがちなんだけど、ふたつ並べてみたときに、どっちのコミュニティのイメージとか、どっちの歳のとり方のイメージのほうがショッキングかと言われると、僕は『最後から二番目の恋』のほうなんですよね。「子どもを生んで育てる」という要素を入れた途端に、誰が書いてもとても窮屈で教条的なものになってしまうのはどうしてなんだろうかと思う。ここに、岡田さん自身が『最後から二番目の恋』をなかなか超えられない問題があるように思えるんですよ。
    岡室 岡田さんの基本はずっと『めぞん一刻』じゃないですか。限られた時間空間のコミュニティみたいなものがあって、その中でみんながいい時間を過ごして、でもそこは出て行かなければならない時間で……という『ちゅらさん』的な世界が中心だった。そして、『最後から二番目の恋』では、「どうしたらそこから出て行かなくていいか」をやっている気がするんです。でも『さよなら私』では、そこから出て行くのが死だったというのが後退のような気がしたんですよ。
    古崎 岡田惠和さんのここ最近の傾向って、先ほど木皿泉がこれまで底流で描いてきた「生と死」を前面に出したのと符合していて、こちらもこれまで底流で常に「死と別れ」を描いてきた書き手で、『最後から二番目の恋』も『泣くな、はらちゃん』も「死という別れの恐怖」が裏に流れていたテーマだった。で、それは裏にあるからこそ魅力があった可能性があったのに、『尾根のかなたに』『チキンレース』を経て前面に出し始めている。岡田さんもおそらく次へ進むためにそういうテーマを出していこうとされているんじゃないか、という気がするんですよ。
     ただ今回の『さよなら私』でちょっとひっかかるのは「遊び」すぎなところでして、例えば尾美としのりと谷村美月のシーンで流れる、ちょっとはかない雰囲気のピアノの旋律は「さびしんぼう」のパロディかと見まがいますし、尾美としのりが退院していく病院の看板が最終回で「岡田病院」とチラリと出てくる。こういうのはどう理解していいのか。ちょっと「遊び心」に走りすぎな面があるんですよね。
    岡室 『泣くな、はらちゃん』などの、岡田さんのファンタジー路線もありますよね。そのあたりを描いてほしいですが、どうなっていくのかなと思っています。
    宇野 これは一回「岡田惠和スペシャル」とか、「岡田惠和白熱論争」とかやりたいですよね。
     
     
    ■脚本と演出で役者の実力を引き出したのが鍵――『Nのために』
     
    宇野 あとは『Nのために』が被っていますね。ちなみに、最初に言っておくと『Nのために』の原作って本当に面白くないですよ。
    岡室 私、『Nのために』評を書くために原作を読んだのですが、のけぞりましたよ。特に、ドラマを支えていた成瀬くんの造形がぜんぜん違うんですよね。
    宇野 湊かなえさんって基本的に「出オチ」の作家ですよね。描写とか文章力で魅せるタイプではなくて、ショッキングな材料をぽんぽん並べていって、最後まで逃げ切るところがあるわけですよ。そこが彼女のアドバンテージでもあるわけなんだけど。
     対して、ドラマ版の『Nのために』が良かったと思うのは、描写力なんですよね。過去編の離島ロケの叙情感だったりとか、成瀬くん(=窪田正孝)もそうだし、賀来賢人もそうだし、なかなか主役にならないいわゆる当て馬俳優、当て馬イケメンたちの実力を150%引き出すリリカルな脚本と演出によって魅せていく。
     いちばん感動したのが、引っ張るだけ引っ張った話のオチは全く大した事件じゃないですよね。でも、あれだけキラキラした美しい窪田正孝くんや賀来賢人くんの青春がこんなしょうもない事件で損なわれてしまうんだという喪失感が逆に襲ってくるんですよ(笑)。あれって多分ドラマの人が計算してやっていると思う。
     
    【ここから先はチャンネル会員限定!】
    PLANETSの日刊メルマガ「ほぼ日刊惑星開発委員会」は2月も厳選された記事を多数配信予定です!(配信記事一覧は下記リンクから順次更新)
    http://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/201502

     
  • 『刻命館』『カオスシード』『moon』『たまごっち』——〝逆RPG〟から転じたジャンルの複合と批評的ゲームの勃興(中川大地の現代ゲーム全史) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.265 ☆

    2015-02-19 07:00  
    216pt
    ※メルマガ会員の方は、メール冒頭にある「webで読む」リンクからの閲覧がおすすめです。(画像などがきれいに表示されます)

    『刻命館』『カオスシード』『moon』『たまごっち』――〝逆RPG〟から転じたジャンルの複合と批評的ゲームの勃興(中川大地の現代ゲーム全史)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.2.19 vol.265
    http://wakusei2nd.com


    本日のメルマガは月イチ連載『中川大地の現代ゲーム全史』です。今回は、「ドラクエ」「FF」が一世を風靡して以降、90年代後半の「ポストRPG」の時代のゲーム市場の地殻変動を、ソフト・ハードの両面から振り返ります。
     
    「中川大地の現代ゲーム全史」

    第8章 世紀末ゲームのカンブリア爆発/「次世代」機競争とライトコンテンツ化の諸相
    1990年代後半:〈仮想現実の時代〉盛期(7)

     
    前回までの連載はこちらのリンクから。
     
     
    ■〝逆RPG〟として始まったジャンルの複合と究極進化〜『刻命館』と『カオスシード』
     
     大手メーカーが3DCGを用いた大作シリーズのゲームデザインや演出手法を確立していく一方で、中小クラスのディベロッパーが手がける実験的なスタイルの作品も、着々と独自の洗練を重ねていった。
     とりわけ、ひとつの傾向として指摘できるのが、スーファミ時代に爛熟を重ねてRPGやSLGを中心とするゲームジャンルがいったん飽和状態に達したことを前提に、その構造をシステム的・シナリオ的に捉え返すアイディアで複合させたり、批評的なメッセージ性を込めようとする作風である。
     そうした意識がわかりやすく立ち現れているのが、例えばテクモの『刻命館』(1996年)シリーズであろう。そのゲームデザインは、『ウィザードリィ』以降のいわゆる「ハック&スラッシュ」型RPGの構造を引っ繰り返したものである。つまり、冒険者がダンジョンを探索してモンスターを倒したり財宝を探索するという図式を逆さまにし、主人公が直接戦闘はせず「刻命館」に侵入してくる人間たちを捕獲したり狩ったりしていくもので、迷宮の奧で待ち構えるボス側の立場をプレイヤーに体験させるトラップシミュレーションだ。
     システム面の逆転のみならず、王位を簒奪された亡国の王子が人間狩りをすることについての倫理的葛藤の如何によってエンディングが変わるなど、シナリオ的にも捻ったダークファンタジーが展開されることになり、文芸面での成熟性も高められることになる。
     同様のアプローチから、さらなる究極に到達したのが、『仙窟活龍大戦カオスシード』(ネバーランドカンパニー)である。本作は1996年のスーファミ版『カオスシード 〜風水回廊記〜』を初出に、98年にセガサターンに移植されたタイトルだが、人々から「洞仙」という忌まわしい存在と思われている主人公が「仙窟」と呼ばれるダンジョンを構築して侵入者を撃退するという骨格は『刻命館』と同傾向ながら、それに加えて侵入者と戦闘する部分ではアクションRPG、仙窟防衛のユニット運営面ではリアルタイムSLG、さらに対話式にシナリオが分岐していく部分ではテキストAVGの要素など、2D時代の長編ストーリーゲームで考えられる可能なかぎりのゲームデザインをハイブリッドさせた、きわめて複雑高度な作品となった。
     

    ▲『仙窟活龍大戦カオスシード』(ネバーランドカンパニー、1998年)
     
     文芸面では、『刻命館』のようにあからさまに偽悪的なダークファンタジーではないものの、『クーロンズ・ゲート』などと同様、風水を基調にした東洋的な意匠による自然観のもつ力を主人公側の立場として採用して、西洋ファンタジー風の勇者や冒険者が敵になるという図式で、一般的なRPG等の逆を衝こうとする世界観が通底している。
     また、シナリオ毎に異なる平行世界に飛ばされるというストーリー展開を通じて、当初の悲劇的な結末を変えていくという、2000年代のサウンドノベルや美少女ゲームで流行していくことになる「ループもの」の構造を、きわめて早い時期に導入していた点も大きな特徴だ。これは、一定のスパンでのプレイの繰り返しを要請される、他の物語メディアとは異なるゲームならではの特性を最大限に活かした作劇手法と言える。2D時代のゲームシステムの究極的な進化を追求した本作の方向性の帰結として、こうした作劇に辿り着いたわけである。
     
     
    ■〝ゲーム〟を批評しだしたゲーム〜『moon』という前衛
     
     以上の2作は、家庭用ゲームの王道となっていたJ−RPGにおける「勇者と魔王」の図式を、あくまでゲームデザインの範疇の中で攻守を入れ替えるところから発想された例にあたるが、その批評意識をさらに先鋭化させて、「プレイヤーが家庭用ゲームを遊ぶこと」そのものへの問いかけへと結びつけていったタイトルも登場する。
     その最たる例が、ラブデリックの開発したプレイステーション用タイトル『moon』(アスキー 1997年)である。『ドラクエ』風の勇者が町中の家に入りこんでアイテム探しをするという、誰もがRPGのプレイ時に身に覚えのある風景を実写で再現して「おやめください、勇者さま!」と住民に叫ばせ、「もう勇者しない。愛と平和のRPG」と続けるCMでキャッチーに伝えられているとおり、本作の基本的なコンセプトはRPG(のもつ通俗的なプレイイメージ)への風刺にある。

    ▲『moon』(アスキー、1997年)
     
     CMで描かれていた風景は、実際のゲームでは、物語の導入部で主人公の少年がプレイする、スーファミ時代の『ドラクエ』『FF』を露悪的に模したようなドット絵表現の「FAKE MOON」と題されたゲーム内ゲームとして表現される。そこで、勇者が悪の魔物を倒しながら宇宙船を手に入れて月に住むラスボスを倒しにいくまでのプロセスがダイジェストして描かれるのだが、「ゲームなんてやめて早く寝なさい」という母親の呼びかけとともに中断しかけたところで、少年がテレビ画面に吸い込まれてゲーム内ゲームの世界に落ちてゆき、姿のない影のような存在となってゲーム本編がスタートする。
     これ以降の本編は、擬似スーファミ風のドット絵ではなく、プレステ本来のポリゴン表現を活かした、童話絵風のキャラクター陣やパペット調のアニマルたちなど、より生命感のあるタッチのグラフィックで描かれた「REAL MOON」の世界として区別される。そこでは、少年が「FAKE MOON」のプレイを通じて操っていた勇者が、実はCMで戯画化されていたように町の住人たちに迷惑をかけていたり、罪のないアニマルたちを殺戮していたという真相が明らかになる。そして、自分の分身である勇者の足跡を追いつつ、その不始末を少年が解消してアニマルの霊を取り戻して蘇らせたり、住民の抱える問題を解決したり心を通わせたりすることで、世界に「ラブ」を取り戻していくというのが、本作の基本概要だ。
     つまりは、プレステ時代になって実現できるようになった、相対的に精細で深みのある質感の視覚表現での〈仮想現実〉世界を「リアル」と位置づけ、スーファミ時代にRPGのゲームシステムの氾濫とルーティーン化・形骸化によってファンタジーを頽廃させてしまった平板で「フェイク」な体験性を批判するという重層的な表現が採られている。
     ただ、それだけであれば、単に視聴覚表現や容量の向上に任せて前時代までになしえた表現のリアリティレベルの低さにツッコミを入れ、〝勇者するRPG〟の暴力性に対して〝愛と平和のRPG〟の牧歌性を称揚する、ゲームの嗜好についてのイデオロギッシュな価値観表明以上のものにはなりえない。
     
    【ここから先はチャンネル会員限定!】
    PLANETSの日刊メルマガ「ほぼ日刊惑星開発委員会」は2月も厳選された記事を多数配信予定です!(配信記事一覧は下記リンクから順次更新)
    http://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/201502

     
  • 統計学者・鳥越規央インタビュー(後編)「ゲームデザインはポピュリズムとどう向き合うか――スポーツからAKBまで」 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.263 ☆

    2015-02-17 07:00  
    216pt
    ※メルマガ会員の方は、メール冒頭にある「webで読む」リンクからの閲覧がおすすめです。(画像などがきれいに表示されます)

    統計学者・鳥越規央インタビュー(後編)「ゲームデザインはポピュリズムとどう向き合うか――スポーツからAKBまで」
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.2.17 vol.263
    http://wakusei2nd.com


    本日は、日本における「セイバーメトリクス」の第一人者、統計学者・鳥越規央さんへのインタビュー後編をお届けします。前編ではセイバーメトリクスの日本ローカライズ事情について語ってもらいましたが、今回はセイバーメトリクス的な思想を応用した先にある、普遍的な「ゲームデザイン」とマスメディア的公共性の関係について聞きました。
    前編はこちらのリンクから。
     
    ▼プロフィール
    鳥越規央(とりごえ・のりお)
    1969年生。現在の研究分野は数理統計学、セイバーメトリクス、スポーツ統計学。各メディアにて、確率や統計に関する監修を行う。著書に『勝てる野球の統計学――セイバーメトリクス』(岩波科学ライブラリー、2014年)、『本当は強い阪神タイガース: 戦力・戦略データ徹底分析』(ちくま新書、2013年)、『プロ野球のセオリー』(仁志敏久との共著、ベスト新書、2012年)などがある。
    Facebookページ
    https://www.facebook.com/torigoenorio
    Twitter
    http://twitter.com/NorioTorigoe
     
     
    ■ゲームデザインはポピュリズムとどう向き合うか
    宇野 鳥越さんは48グループのペナントレースの設計にも関わられていますよね。セイバーメトリクスの歴史は、可視化できない、しにくいものをどんどん可視化、数値化していったことでその射程距離を伸ばして来た歴史だと思うのですが、ああいった主観的な評価がからむ演技や表現を評価するというのは、まだまだ難しいんでしょうか。
    鳥越 誰もが納得できる採点基準を作れるかという意味で大変難しいと言わざるを得ない。いい例がフィギュアスケートでしょう。昨年のソチオリンピックのフリーで浅田真央は6種類8回の3回転ジャンプを飛び、ファンのみならず世界のフィギュア関係者からも絶賛を受けたのですが、そんな彼女でも技術点は全体の2位。そのからくりはGOE(Grade of Execution)という各演技要素に対して、その技がきれいに決まったかどうかを審査員がプラス3からマイナス3までの幅で加減点するポイントにあります。技術点は基礎点とGOEで構成されていまして、難しい技を組み込めば基礎点は上がります。浅田の基礎点は全選手の中で最も高く、次に高い選手よりも5点以上差がついていました。ご存知のとおり、浅田はフリーをノーミスで演技を終えました。しかし浅田の12個ある演技要素に対するGOEでプラス1を超える評価は2つしかありませんでした。それに対し技術点1位の選手のGOEは11個。過去5人しか成功させたことないトリプルアクセルに果敢にチャレンジし、結果成功させても「それきれいじゃない」と判断されたら高得点が期待できないシステムなんです。このGOEがプラスに評価される基準ですが、正直ガイドラインには抽象的な表現が多く客観性があるとは言いづらい。
     さらに言えば、演技構成点(いわゆる芸術点)に関してはもう何が何やらです。だって選手ですらどうすれば高得点になるかわかってないようですし。
     先程宇野さんもおっしゃったように、私はAKB48グループのペナントレースの設計に携わりまして、AKBに関してどんなものが数値化できるかということに関して運営のみなさんと議論を重ねてきました。残念ながら諸事情があってペナントは中止となってしまいましたが、私の中ではAKBに限らず、アイドルを評価するための基準を作るために必要なデータって何だろうってことを常々考えていました。そこで提案なのですが、『朝までオタ討論!』で論客の皆さんに自分の知っている色んなデータを挙げてもらい、それについて議論してみたいと思っていまして。
     いま、『クイズいいセン行きまSHOW!』っていうボードゲームが巷で来ているらしいんですが、これはまず――例えば「48グループの卒業適正年齢は何歳?」っていうお題を出したとします。それに対して5人、もしくは7人の回答者に答えてもらい、その中央値をそのお題の適正とするという遊びです。
     平均値だと、各人のポイントにものすごく格差がある場合、その極端な数値に引っ張られるという特性があるので、感覚的にどうかな?と思うものが出てしまう場合があります。でも中央値ってそういうことが起きにくいので、この方が「代表値」として我々にしっくりくる値になることがあるんです。で、ゲームとしては、その中央値を出した人に100ポイントを与え、最大値と最小値の人はマイナス50ポイント。これをいろんなお題で何回か繰り返していって、ポイントが最も多い方がAKBマイスターの称号を得られるというルールにしてみる。そんな感じで「AKB48グループに関する事象の数値化」というのを、ゲーム性を織り込んで議論してみると面白いんじゃないかと思っています。
    宇野 情報技術の発展が生んだものの一つとして、コミュニケーションや「空気」といったこれまで数値化できなかったものの数値化が可能になったことが挙げられると思うんです。たとえばFacebookの「いいね!」数やTwitterのリツイート数だったり、トラフィック数だったりと色んなものが数値化されている。ああいった情報化以降に新しく生まれた数値を使うのも、セイバーメトリクス的な思想の延長線上の可能性としてあるんじゃないかと思うんです。
    鳥越 いわゆる「テキストマイニング」というものですね。Twitterとかウェブ上に流布してる大量のテキストデータから、情報を取り出していくわけですよね。ただ問題は、取り出した情報が、人気や実力にどれだけ寄与するものかを判断する術をどうするかってことですよね。天気予報を例に挙げれば、昔は気圧や風の変化といった地上で取れるデータで行っていたものが、今は衛星からの画像だったり、上空の気温だったりとさまざまなデータから推測していくわけです。テクノロジーが増えるごとに見るべきデータも増えていって、より予測性能が上がっていく。だから、どういうテクノロジーを開発すればより精度が高くなるのかを考えていかないといけない。
    宇野 この議論でいちばん出てきやすいのって、選挙制度だと思うんですよね。データをどう活用すれば、より民意に近いものを選挙結果に反映させることができるのか。でも、選挙制度を考えるときにこういったアプローチってあんまり聞かないですが、これはなぜなんでしょうか?
    鳥越 だって民意を反映させることによって、政権与党が不利になるような制度にしないでしょう(笑)。ドント式(日本の比例代表選挙で用いられている議席配分の方式)ですら大政党に有利なゲームデザインですし。
    宇野 つまり、民意を反映させようと思ったらもっと公平性のあるゲームデザインが可能なんだけど、それだと政権与党にとって不都合になりかねないという問題が大きいということですか。
    鳥越 いちばん良いのは、比例代表で自民党が18%取ったら、100議席の18%だから18議席を配分する、とやれば簡単ですけど、おそらくそれでは最大政党に不利ですよね。少数政党でも議席が獲得しやすくなりますし、今のように選挙のタイミングでの趨勢で議席が大きく動くようなことにはなりにくいですから。
    宇野 つまり今のやり方は、おそらくプレイヤーの側の充実感や納得感を優先して、現実的なフェアネスを犠牲にしているような仕組みになっている、と。
    鳥越 あとゲームデザインを考える上で、テレビの存在は非常に大きい。たとえば今年度のJリーグがまた2ステージ制に変わることになって、ファンの多くは「それはゲームデザインとして悪すぎるんじゃないか」と大反対している。でもJリーグ側が2ステージ制にこだわったのは、結局プロ野球のクライマックスシリーズが興行的に大成功しているからですね。
    ――クライマックスシリーズは12球団のうち6チームが出場できて、リーグ戦の3位でも日本一になれるという明らかにダメなゲームデザインですけど、興行としては上手くいっていますよね。
    鳥越 そう、Jリーグも2ステージ制にすれば、「チャンピオンシップ」でお客さんをたくさん集められるし、テレビの放映権料もしっかり入ってくる。リーグ戦だけだとどの試合で優勝が決まるかわからないけど、チャンピオンシップがあればそこで優勝が決まるので、テレビ的な注目を集めやすいわけです。
     テレビを意識するという意味では野球やサッカーだけでなく他の競技も同じ問題に直面していて、たとえば今のバレーボールは実はあんまり良いデザインではないんです。バレーボールってサーブを受ける側のほうが点数を取りやすい。だから昔はサーブ権を持っているチームがラリーに勝ったら一点というルール(=サイドアウト制)だったんですが、そうなると試合時間が4時間とかかかってテレビサイズに合わなくなってしまう。だから今のようにラリーポイント制(サーブ権の有無に関わらず、ラリーに勝ったチームに点数が入る)になったんです。
     でもそうなると、24対21ぐらいになった時に勝っているチームがサーブ権を持っていると、わざとサーブを外して24対22にしてからサーブを受けたほうが先に25点を取れる確率が高くなる。実際にラリーポイント制になった当初はそれをやっているチームが多かったですね。本当はサーブ側と受ける側で得点の重み付けを変えたりできたらいいんですが、そうなると別の問題も出てくるし、何よりわかりづらいルールになるでしょう。
     
    【ここから先はチャンネル会員限定!】
    PLANETSの日刊メルマガ「ほぼ日刊惑星開発委員会」は2月も厳選された記事を多数配信予定です!(配信記事一覧は下記リンクから順次更新)
    http://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/201502

     
  • 月曜ナビゲーター・宇野常寛 J-WAVE「THE HANGOUT」2月9日放送書き起こし! ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.262 ☆

    2015-02-16 07:00  
    216pt
    ※メルマガ会員の方は、メール冒頭にある「webで読む」リンクからの閲覧がおすすめです。(画像などがきれいに表示されます)

    月曜ナビゲーター・宇野常寛J-WAVE「THE HANGOUT」2月9日放送書き起こし!
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.2.16 vol.262
    http://wakusei2nd.com

    大好評放送中! 宇野常寛がナビゲーターをつとめるJ-WAVE「THE HANGOUT」月曜日。ほぼ惑月曜日は、前週分のラジオ書き起こしダイジェストをお届けします!
     

    ▲前回放送はこちらからお聴きいただけます!
     
     
    ■オープニング・トーク
    宇野 時刻は午後11時30分をまわりました。深夜のたまり場、「THE HANGOUT」月曜ナビゲーターの宇野常寛です。たびたびこの番組でもお話させていただいておりますが、僕が編集している雑誌「PLANETS」の最新号、東京オリンピック特集がこのたび発売になりました。同世代のクリエイターや研究者が結集して、2020年の東京オリンピックの、理想の計画案を1冊にまとめた本です。そして、先週の水曜日には渋谷のヒカリエで、この本の刊行イベントをやりました。おかげさまで、消防法の限界に近い超満席で、ものすごく大盛況だったわけなんですけども、そこで一つ問題が発生しちゃったんですよ。
    この刊行記念イベントは、PLANETSのイベントには珍しく、わりと女性のお客さんが多かったんですよ。自慢じゃないけど、僕が主催するイベントに来てくれるお客さんって、95%が男子なんですね。だいたい、メガネをかけていて気難しそうで、ちょっと暗い顔をした男性が、僕のイベントにくるお客さんの95%なんですけど、その日は女性がすごく多かったんですよ。しかも、かわいい子が目立っていたんです。早い時間から来て会場の前の方の席に座っていたりして、これはもしかしたら僕の時代が来たんじゃないかって思ったんですよ。1年以上かけてつくった渾身の1作によって、なんか自分の未来が大きく別方向に開けていったんじゃないかって、内心「きたー!」とか思っていたんですよ。
    で、トークが終わった後に、僕を含むパネラーとの交流タイムに入ったんです。僕はもう、今から数10分間、女子ファンからアツい眼差しを注がれるのかなとか思って、ちょっとドキドキしていたんですよ。そしたら目の前の席に陣取っていた女子たちが、いっせいに僕の隣のやつのところにやってくるんですよ。あの、僕の隣にね、オリンピックの開会式や競技中継のアイデアを担当した、チームラボの猪子寿之がいたんですよ。それで、女子たちがもうまたたく間に猪子さんの前に列をなしているわけですよ。もう、ほとんどアイドルのチェキ会みたいな状態なんですね。「猪子さーん、ツーショットお願いできますか?」「あっ、いいよー」みたいな感じで、猪子さんが軽快なピースで次々と女子と写真を撮っていく列が僕の隣にできているんですよね。
    もうね、これはなんの会場なんだろう? みたいな感じですよね。なんか、2020年の近未来の日本の、オリンピックに象徴される日本の未来を考える知的なイベントじゃなかったのかと。なんだこりゃと思って、僕の内面にすごく嫉妬の青い炎が燃えてきていたんですけど、来たんですよ。僕のところにも。「宇野さん、写真撮りましょう!」って声が! で、「ついに来たー!」って思って振り返ったら、ちょっと韓流スターみたいな感じが入っている、イカツイ系の男子学生たちが、僕を熱いまなざしで見ているんですよ。で、「僕たち明治大学の、門脇耕三研究室のメンバーです!」とか言っていて、あの、この本で都市開発のプランを担当した、建築学者の門脇耕三さんって人がいるんですけど、彼のゼミ生たちが、僕をいつのまにか囲んでいるんですよ。もう、猪子さんのところに並んでいるファンたちが、『けいおん!』とか『ひだまりスケッチ』とか、まあAKB48みたいな感じだとしたら、こっちは、なんて言ったらいいのかな、『新機動戦記ガンダムW』、『頭文字D』とか『聖闘士星矢』とか、そっち系ですよね。「ああ……僕って一生こっち側なんだろうなあ……」と思いながらね、僕も、満面の笑みでね、彼らと一緒に写真を撮りました。それが、僕の刊行記念イベントの美しい思い出です。
    えー、ということで、イカツイ男子大学生にモテモテのナビゲーター宇野常寛がお届けする、J-WAVE「THE HANGOUT」今夜もスタートです。
    〜♪
    宇野 J-WAVE深夜のたまり場「THE HANGOUT」月曜日担当ナビゲーター宇野常寛です。もうね、猪子寿之とは近いうちに決着をつけるしかないですね、ほんとに。マジで。いまピクシブの社長の片桐孝憲さんって人と相談していて、猪子寿之を48時間くらいどこかのホテルとかに監禁して、その間ずっと『けいおん!』とか『らき☆すた』とか『とらドラ!』とかそういうアニメを見せて、二次元美少女オタクとして覚醒させようと思っているんですよ。もうね、洗脳するしかないなって。なので、彼には30代なかばで人生の曲がり角を迎えてもらう予定です。いやー、でもね本当に、僕は世界を真っ二つに分割したらこっち側の人間なんだなっていうことを実感した出来事でしたね。ということで、今日のゲストですが、まあ、こっち側の住人というか、こっち側の人間のための夢の城を築き上げた人に来てもらったので、じっくりお話を聞いていきたい思います。
    この番組は、夜更かし族のみなさんのたまり場です。ツッコミや質問も大歓迎。みなさんの積極的な番組参加をお待ちしております。ハッシュタグは、#hang813です。メールの方は、この番組のホームページのメッセージボタンから送ってください。「PLANETS vol.9」の感想もお待ちしております。今夜のメールテーマは「男女の友情」。YouTube Liveでスタジオの様子を同時生配信中です。というわけで、宇野常寛がナビゲートするJ-WAVE「THE HANGOUT」それではここで、本日の1曲目をお聞きください。こっち側の世界の男たちの生き様を歌い上げた1曲です。アニメ『まんが水戸黄門』のオープニングテーマで、「ザ・チャンバラ」。
    〜♪
    宇野 お送りいたしましたのは、塚田三喜夫で、「ザ・チャンバラ」でした。あらためましてこんばんは、J-WAVE深夜のたまり場「THE HANGOUT」月曜日担当の宇野常寛です。さっそく「PLANETSvol.9」の感想を頂いております。これはラジオネーム、なかがわんさん。

    「宇野さんこんばんは。そして、『PLANETS vol.9』発売おめでとうございます。自分は、書店でフライングゲットしました。ゆっくり読んでいるのですが、特に、古田敦也さんのインタビューで話題になった、スポーツと地域の問題について、地方球場の活用や、地域型総合スポーツコミュニティの話が出てきたことは、とてもよかったと思います。東京だけでなく、地方も五輪に対して、どう向き合うのか、考えるきっかけになると思いました」

    宇野 ありがとうございます。そうなんですよ、あの古田敦也さんが出てくださっているんです。僕とNHKの番組で一緒になったことがご縁で、取材を受けてくれたんですけど、取材当日は白熱した議論になったんです。いま地域コミュニティはどんどん衰退していっているので、カルチャーを使ったようなテーマコミュニティしかないんですよ。要するに、野球が好きとか、アイドルが好きとか、アニメが好きとか、いろいろある中で、いま日本が持っているインフラでいちばん強いのが野球のインフラなんじゃないかっていう話で、古田さんと盛り上がっていたんです。スポーツを使った地域の盛り上げ方といっても、いろいろ難しいじゃないですか。それこそ、ちょっと暴走してしまうようなファンコミュニティができてしまったり、そういった歴史を踏まえつつ、スポーツを使って地域社会というものを再編していくことができるのかっていう議論をしているので、是非ともチェックしてください。
    〜♪
    ■ゲストトーク
    宇野 J-WAVE深夜のたまり場「THE HANGOUT」六本木ヒルズ33階J-WAVE Bスタジオから生放送。月曜日は宇野常寛がお届けしております。今夜は、DMM.make AKIBAのプロデューサー、株式会社nomad代表、小笠原治さんをお迎えいたしました。よろしくお願いします。
    小笠原 よろしくお願いします。小笠原です。
    宇野 よろしくお願いします。小笠原さん、ちょっと前に、awabarで会って以来ですかね。六本木に小笠原さんがつくった、IT企業や今の小笠原さんが支援しているものづくりベンチャーの人たちが集まるバーがあるんですよね。
    小笠原 外からは、「高いシャンパンを金持ちが飲んでるんでしょ」って言われるんですけど、一杯500円からの、安っぽい立ち飲みですけどね。
    宇野 こう言っちゃなんですけど、うなぎの寝床みたいなところに、ものすごく濃い面子、過剰にオーラのある人たちが、ずらーっと並んでいる感じなんですよ。あれ、たぶん日本で一番濃い空間だと思います。
    小笠原 濃いですねえ。だいぶ濃いですけれど、でも外からみると、普通の方からみると、誰がいるのかわからないのでね。
    宇野 そこがいいですよね。あの、お店に来やすい感じがね。っていうかリスナーのみなさんからしたら、この人はバーを経営している人なのかなみたいな空気になっていると思うので、自己紹介的なものをお願いできますか。
    小笠原 そうですね。僕は15年ぐらい前からインターネットの仕事をしています。で、さっき紹介して頂いたように、サーバーを貸すような仕事をずっとしてきたんですけど、最近はネットの仕事というよりは、ネットと繋がったモノをつくったりするための場所づくりみたいなことをしています。
    宇野 その象徴が、DMM.make AKIBAなんですよね。ここはどういう場所だというふうに言ったらいいんですか?
    小笠原 そうですね、ちょっと大げさな言い方になりますけど、例えば、スマホを一台まるまる完成させられるような場所なので、家電をつくったりもできるし、これからいろんなものをつくっていきたい人に必要なものが全部そろっている場所、という言い方をしています。
    宇野 これ、パッと言うとなんでもないことのように聞こえますけど、すごいことなんですよね。ふつう、超大企業しかひと通りのものを自社でつくるってなかなかないわけですよね。
    小笠原 そうですね。設備だけでもたぶん今回5億円以上、設備だけでかかっていますしね。
    宇野 そうなんですよね、ふつう小さい会社がスマホをつくりたいとか、電子ジャーをつくりたいとか思ったとしても、製品まで自分のとこでつくるって事実上不可能なんですよ。
    小笠原 あと、ふつうは検査試験が無理になってくるので、そのへんの機械もたくさんあります。
    宇野 いま日本で家電ベンチャーっていうか、小さい企業がどんどんものづくりに乗り出しているので、彼らのシェアオフィスをつくって、そこにどーんと設備を置くことによって、日本のものづくりを活性化させようというのがコンセプトなんですよね。ちなみに、なんでインターネット屋さんがものづくりにシフトしたのかっていうのが、多くの人の疑問だと思うんですけど
    小笠原 特に、なぜDMMとしてやっているのかって、かなり不審がると思うんですけれど、15年ぐらい前のインターネットの黎明期と、いま新しくネットに繋がった家電をつくろうっていう業界って、すごく似ているんですよ。できることの幅が広がったり、オープンになろうとしたり、大手企業から人が辞めて、自分たちでやろうとしたりね。また、いまお金の環境とか、そういうのもすごく似ていますね。
    宇野 まあ、つまり15年前のインターネットって超フロンティアだったじゃないですか。それと同じことが今家電ベンチャーとかものづくりの世界にあると。それはなんで起こったんですか?
    小笠原 すごく簡単に言ってしまうと、まず部品とかモジュールが、手に入るようになりました。例えば、みなさん普通に何気なく使っていますけど、Wi-Fiとか、Wi-Fiを使うための部品とかモジュールって、少し前まで個人が手に入れるってすごく難しかったんですよね。でも今は、例えば中国のアリババとか、ああいうところで頼んでしまえばすぐに、ひとつからでも手に入ったりしますからね。
    宇野 みんな気づいていないだろうけれど、インターネットが生まれることによって、ものづくりの敷居が一気に5段ぐらい下がっているっていう理解でいいですか。
    小笠原 5段どころか、10段ぐらい下がったイメージですね。
    宇野 そのことがいま、世界的なメイカーズ・ムーブメントってのを下支えしていると。
    小笠原 そうです、一番大きなポイントですね。
    宇野 でも、僕がいまお話を聞いていて思ったのは、それはものづくりがアツイという理由ではあるけど、小笠原さんがなぜインターネットからものづくりにシフトチェンジしたのかっていう、決定的な理由ではない気がするんですよね。
     
    【ここから先はチャンネル会員限定!】
    ▼PLANETSの日刊メルマガ「ほぼ日刊惑星開発委員会」は2月も厳選された記事を多数配信予定!
    配信記事一覧は下記リンクから更新されていきます。
    http://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/201502