• このエントリーをはてなブックマークに追加

今なら、継続入会で月額会員費が1ヶ月分無料!

記事 19件
  • 脚本家・井上敏樹エッセイ『男と×××』第24回「男と怪我」【毎月末配信】

    2017-01-31 07:00  
    550pt
    平成仮面ライダーシリーズの脚本家・井上敏樹先生のエッセイ『男と×××』、今回は「男と怪我」にまつわるエピソードを語ります。ジム通いを日課にしている敏樹先生ですが、ある日のベンチプレス中、手が滑って100キロのバーベルを口に落としてしまい……?
    男 と 怪 我   井上敏樹
    怪我をした。しかも年末ークリスマス・イブである。私は職業柄運動不足になりがちなので、もう随分前からジムに通っている。人間、やはりたまには汗をかいた方がいい。気分がさっばりするしささやかな達成感を得られる。その日も私はいつものようにベンチプレスから始めた。ベンチプレスというのはフラットな台に横になりバーベルを上下させて大胸筋に刺激を与えるというものである。私は数あるエクササイズの中でもこのベンチプレスが一番好きだ。筋トレと言えばベンチプレスー重い重量を扱う者はジム内でも尊敬を集めたりする。以前、私はこの運動に凝り過ぎて大胸筋がやたらと発達した結果、うつ伏せで寝られなくなった事がある。胸の筋肉が邪魔になってしまったのだ。そんな私が、その日に限ってやってしまった。全く信じられないような話だが、バーベルを口に落としたのだ。百キロのバーベルである。汗で手が滑ったのだが、最初はなにが起こったのか分からなかった。

    ▶︎PLANETSチャンネルの月額会員になると…
     ・入会月以降の記事を読むことができるようになります。
     ・PLANETSチャンネルの生放送や動画アーカイブが視聴できます。
     
  • HANGOUT PLUSレポート 宇野常寛ソロトークSPECIAL(2017年1月23日放送分)【毎週月曜配信】

    2017-01-30 07:00  
    550pt
    毎週月曜夜にニコニコ生放送で放送中の、宇野常寛がナビゲーターをつとめる「HANGOUT PLUS」。2017年1月23日の放送は、宇野常寛ソロトークSPECIALをお送りしました。メールテーマは「旅の話」。好評の「PLANETSライブラリー」のコーナーでは、『ジ・アート・オブ・シン・ゴジラ』を含む3冊をご紹介しました。(構成:村谷由香里)
    ※このテキストは2017年1月23日放送の「HANGOUT PLUS」の内容のダイジェストです。
    1月23日放送のHANGOUT PLUSの動画アーカイブはこちらからご覧いただけます。
    評論家の宇野常寛がナビゲーターとなり、政治からサブカルチャーまであらゆる角度から「いま」を切る取るトーク番組、「HANGOUT PLUS」の番組情報はこちら。
    「HANGOUT PLUS書き起こし」これまでの記事はこちらのリンクから。
    前回:HANGOUT PLUSレポート 坂口孝則×宇野常寛「日本人はこれから何にお金を落とすのか」【毎週月曜配信】
    宇野さんが旅先で大事にしていることは?
     月に一度のソロトークSPECIALは、宇野さんの近況報告からスタートしました。今年は月に一度のペースで一人旅をするのが目標と語る宇野さん。年末に大林宣彦監督の映画を見直したのをきっかけに、さっそく週末に「尾道三部作」の舞台となった広島県尾道市へ旅行してきました。
     ということで、今回のメールテーマは「旅の話」。旅にまつわるさまざまなエピソードがリスナーから寄せられますが、その中に「ガイドブックに載ってる観光地を巡る旅には疑問を感じる」という声がありました。
     実は、宇野さんも観光地が苦手。「絵葉書で知った観光地を訪ね、その場でウィキペディアを引く」旅は「ちょっと手の込んだ読書のようなもの」だといいます。旅の価値は、自分と違う生活をしている人々の存在を知ることであり、異郷での生活によって世の中の見え方が変わるような体験を大事にしている。だから、地元の人が使うレストランやスーパーも積極的に訪れるし、その土地の人々の文化や環境、生活リズムをできるだけ味わうようにしているとのこと。結局、その土地のことは腰を落ち着けて生活してみなければわからない。もし自分が住み着いたらどんなことを感じるのか。そのシミュレーションとして旅を捉えている、と宇野さんは語ります。
     そこで考えているのがメルマガの新企画「観光しない京都ガイド」。宇野さんが学生時代に住んでいた京都について、あえて観光地は一切紹介せずに、「まるで住んでいるかのように」地元の人の通うレストランやお店、面白い場所を巡るためのガイドを作って、観光とは違った旅の醍醐味を伝えてみたいそうです。

    ▶︎PLANETSチャンネルの月額会員になると…
     ・入会月以降の記事を読むことができるようになります。
     ・PLANETSチャンネルの生放送や動画アーカイブが視聴できます。
     
  • 浅草橋から蔵前――ものづくりと物流の街を歩く(「東京5キロメートル――知ってる街の知らない魅力」第4回)【毎月配信】

    2017-01-27 07:00  
    550pt

    「普段は歩かないような地域をつなげて散歩することで、東京を再発見する」こちらの企画。今回は、秋葉原から浅草まで歩きました。途中で通過する浅草橋から蔵前といった古い問屋街で見つけた、新しい街の変化とは?

    ◎監修:白土晴一
    ◎取材・文:松田理沙+PLANETS編集部
    ◎写真:PLANETS編集部
    1月初めの晴れた日。私たちは秋葉原駅の電気街口に集合しました。街は、すでにお仕事を始めている人と、まだ冬休みの人たちが入り混じった、なんともいえない不思議な活気に包まれていました。

    今回私たちは、秋葉原から浅草までを歩くことにしました。距離にしてざっと3キロメートル。この二つの街が歩いて移動できること、ご存じでしたでしょうか。今日の街歩きでも、いろいろな発見をすることができそうです。

    (1)CHABARA
    出発はJRの秋葉原駅電気街口前。「オタクの街」秋葉原ですが、アドバイザーの白土さんに案内されて向かったのは高架下のちょっとオシャレな建物。中に入ってみると、全国の珍しい食べ物が勢揃いしています!

    この「CHABARA」という施設には、「日本百貨店しょくひんかん」、「やなか珈琲店」、「こまきしょくどう -鎌倉不識庵-」のほか、期間限定のお店なども入っていました。秋葉原駅から御徒町駅にかけての高架下を再開発するJRのプロジェクト「2k540 AKI-OKA ARTISAN」の第2段としてオープンしたのがこの「CHABARA」だそうです。
    そのなかで、全国の食の作り手と、それを食べる生活者が直接出会う場所というコンセプトでつくられたのが「日本百貨店しょくひんかん」です。一風変わった味付けのご飯のおともやおつまみ、調味料から、都内ではなかなか入手できないけれど現地では知られたお菓子まで。バイヤーさんの厳選したちょっと気の利いた逸品が各地から集められています。

    ▲静岡県発の塩辛。「海老ガーリック」なんて、とても珍しい味です。

    ▲徳島県からきた、「お餅バー」。国産水稲もち米100%の生地に、いろいろな味がついています。食べてみたかった!
    「やなか珈琲店」は注文ごとに、こだわりの珈琲豆を焙煎してくれるお店。早速テイクアウトしていただきましたが、香りの高い珈琲に包まれて、幸せな気分でした。
    さらに「こまきしょくどう -鎌倉不識庵-」では、店内で、本格的な精進料理を食べることができるようでした。次回訪れた際は、ぜひチャレンジしてみたいです!
    (2)柳森神社
    「CHABARA」を出て、まっすぐ浅草橋に向かって歩こうとしたところ、「タヌキを祀っている神社があるんですよ。行ってみませんか?」と白土さんから提案が。神田川を渡って少し歩いたところに、小さな神社がありました。「柳森神社」です。

    ▲本当にタヌキの像が!
    こちらの神社は、太田道灌によって江戸城の鬼門の守りとして祭られた神社です。そのなかに、タヌキが鎮座しているではありませんか! このタヌキは、五代将軍・徳川綱吉の生母桂昌院が江戸城に創建したもので、大奥の女性に信仰されたものだそうです。いわく、大奥につかえる女性たちは、他(た)を抜(ぬ)いて将軍に寵愛されたい、玉の輿に乗りたい…と願ったそうです。と、いうことで「タヌキ」。現代においては、仕事や恋愛で「他を抜いて勝ち抜く」という願いをこめてお参りにくる人たちが多いのかもしれないですね。訪問時には、ランチタイムだからか、会社員と思われる女性の人たちがたくさんお参りに来ていました。

    ▲コンクリート製のこちらの鳥居は、関東大震災で倒れたものを再建したものだそう。
    さらに神社の壁面には、鯉(?)の鏝絵が。

    ▲白土さんいわく、左官屋さんが、漆喰を使いコテで描いたものだそうです。力強い!
    柳森神社から、秋葉原駅の昭和通り口の周辺に戻ってきました。

    小さな駅前の広場のようになっているこのエリア。「佐久間橋」という石碑があり、かつての川を埋め立てた場所であることが伺えます。かつてこの場所は、神田川からの河岸、つまり船着き場だったそう。たしかに、駅の入り口に向かって、まっすぐ開けた空間になっています。秋葉原は、昔は船から運ばれてくる荷物を卸す街だったんですね。
    (3)高架下の倉庫群
    続いて、中央総武線の高架下に沿って、まっすぐ浅草橋駅を目指して歩いていきます。この一帯は、かつて秋葉原に卸された貨物たちを保管する、倉庫群だったそう。倉庫だった名残が、今でも少し残っています。


    ▲倉庫が取り除かれたであろう高架下の風景も、なんだか味があります。
    途中に、佐久間公園という小さな公園がありました。この公園は、ラジオ体操発祥の地なんだとか!

    ▲小さな神社もあります。かつてこの地域は木材の倉庫が多かったため、火事が頻発したことから、火除けを願ってたくさんの神社が建てられたのだそうです。

    ▲国民の健康促進のために考えられたのがラジオ体操だったそうです。国家の予防医学的なプログラムだったんですね。
    (4)浅草橋駅前
    高架下を線路に沿って15分ほど歩くと、浅草橋駅に到着しました!

    ▲浅草橋駅前。電車の線路のあとから駅のホームが作られたため、外側に出っ張っている構造になっているそうです。
    このあたりは昔、問屋が多かった名残で、アクセサリーや人形、ビーズや革製品を扱っているお店が多いとのこと。実際に歩いてみると、たしかにそういった個性的なお店が並んでいることがわかります。

    ▲手芸品に特化した、細かいパーツが売られています。

    ▲革を取り扱うお店の店頭には、なんと鹿の剥製がありました!
    このエリアはこうして昔ながらのお店が多く残る一方、再開発とともに新しいオフィスやお店が目立ち始めているそうです。古い問屋街のなかに、ぽつんとお洒落な飲食店があったり、突然今風のオフィスビルが建っていたりと、新旧入り混じっている町並みが他では見たことのない不思議な光景でした。

    ▲婦人服とダンス用品を扱うお店の名前はなぜか「ビッグバン」。
    (5)BASE2500
    駅前の手芸店たちを一通り眺めたあと、私たちが訪れたのは「BASE2500」。こちらは宇野さんが集めている拡張型都市開発トレーディングフィギュア「ジオクレイパー」の公式ショップ兼ジオラマギャラリーです。なんと先月(2016年12月)にオープンしたばかりとか。
    過去にPLANETSメルマガでもインタビューさせていただいたことがある「ジオクレイパー」は、一つ一つが6cm角の正方形をしています。正方形のユニットにはいくつかのパターンがあり、高層ビルが建っていたり、コンビナートがあったり、高速道路があったり。まるで近代都市としての東京が圧縮されたようなシリーズなのです。「BASE2500」には、大迫力のスケールでこのジオクレイパーたちが敷き詰められていました!

    ▲1216個のユニットで作られたジオラマ。湾岸部と都市部など様々なユニットが組み合わさっており、圧巻です。手前には羽田空港も!

    ▲こだわりを感じられる高速道路のジャンクションユニット。

    ▲湾岸地区を表現したコンテナターミナル。赤いキリンがかわいい!

    ▲まるで、都心の高層ビル群を上空から眺めているような気分です。

    ▲飛行場の1ユニット。壁の裏側まで細かく作り込まれていることがわかります。

    ▲ジオクレイパーを企画する、日本卓上開発株式会社・代表取締役の内山田昇平(うちやまだ・しょうへい)さんと、スタッフの金子さん。
    「実際にお客様にいじってもらって、初めて細かい作り込みがわかってもらえるんですよね。」と内山田さん。たしかに、写真では伝わりきらない魅力があります。小さな正方形のユニットを組み合わせて都市を作り出すという世界に私は触れるのが初めてで、感動してしまいました。特に湾岸部のコンビナートの精巧な作りに魅せられてしまい、私も初めてのジオクレイパーを1つ購入しました!

    ▲配管のひとつひとつまで細かく作り込まれていて素晴らしいです。
    単純にユニットを組み合わせて街を作るだけではなく、自分でアレンジした作品を作っている方たちもいらっしゃり、店内ではアレンジした作品群を見ることもできます。
    ジオラマについて全く知識を持っていなかった私もかなり楽しめたので、ふだんはフィギュアやジオラマに触れたことがないという皆さんもぜひ足を運んでみてください。ここまで大きなジオラマも、滅多に見ることができません。

    ☆★ジオクレイパー情報★☆
    ジオクレイパーHP
    Facebook
    2017年6月には、人気アニメ『エヴァンゲリオン』の舞台:第三新東京市を【TOKYO-Ⅲシーナリー】として発売が決定。ジオクレイパーならではの細かい作り込みで、劇中に登場する兵装関連施設を精巧に再現します。
    また、2月19日(日)に幕張メッセで開催される『ワンダーフェスティバル2017冬』に出展予定。当日は開発中のTOKYO-Ⅲシーナリーをいち早くご覧頂けます。

    (6)友安製作所
    「BASE2500」から歩いて数分のところに、DIYがコンセプトのカフェ、「友安製作所」があります。飲み物だけでなく食事メニューも充実しており、午後のひとときをゆっくりと過ごすのにぴったりなお店でした。

    ▲店内ではタイルやカーテンが売られています。

    ▲壁にはカーテンをかける器具がずらりと並んでいます。

    ▲シールでDIYできるタイルグッズも、一つから購入することができます。いろんなパターンがあって、目移りしてしまいます!
    インテリアやDIYに関するフリーペーパーも置かれています。カフェを楽しんだり、DIYグッズを買うだけではなく、情報を集めることもできる場所でした。


    ▶︎PLANETSチャンネルの月額会員になると…
     ・入会月以降の記事を読むことができるようになります。
     ・PLANETSチャンネルの生放送や動画アーカイブが視聴できます。
     
  • 『この世界の片隅に』――『シン・ゴジラ』と対にして語るべき”日本の戦後”のプロローグ(中川大地×宇野常寛)【月刊カルチャー時評 毎月第4木曜配信】

    2017-01-26 07:00  
    550pt

    話題のコンテンツを取り上げて批評する「月刊カルチャー時評」、今回のテーマはアニメ映画『この世界の片隅に』です。戦時下の一人の女性の視点を通して個人と世界の対峙を描き、大好評を博した本作。しかし、その出来の良さゆえに逆説的に明らかになった「戦後日本的メンタリティの限界」とは?(構成:須賀原みち/初出:「サイゾー」2017年1月号)

    (出典)
    ▼作品紹介
    『この世界の片隅に』
    監督・脚本/片渕須直 原作/こうの史代 出演(声)/のん、細谷佳正ほか アニメーション制作/MAPPA 配給/東京テアトル 公開/16年11月12日より全国順次
    1944年の広島県呉市。広島市で育ったすずは、知らない青年のもとに嫁いできた。戦争が激化し、呉もたびたび激しい空襲を受ける中で、絵を描くことが好きで得意だったすずが生活を守ろうとする姿と、ある出来事によってふさぎ込んでゆくさまを描く。
    08年に単行本が刊行された、こうの史代の代表作のアニメ化。劇場版製作に至るまでのクラウドファンディングという手法も話題となった。
    中川 本作は、『シン・ゴジラ』と対にして語るのに今年一番適した作品だと思いました。『シン・ゴジラ』は日本のミリタリー的な想像力が持ってきた最良の部分をリサイクルして、従来日本が苦手といわれてきた大局的な目線での状況コントロールに対する夢を描いていた。一方で、『この世界の片隅に』は『シン・ゴジラ』で一切描かれなかった庶民目線での大局との向き合い方を描ききった。この両極のコンテンツが2016年に出てきたことは、非常に重要です。
     すでに多くの人が語っていますが、雑草を使ってご飯を作るような戦時下の生活を“3コマ撮りのフルアニメーション”に近い手法で丹精に描くことにより、絵として表現できる限りの緻密さと正確さで日常描写を追求するという高畑勲の最良の遺産を、見事に現代的にアップデートしていた。そうした虚構の力によって、劣化していく現実へのカウンターを打てていたのは、素晴らしいと思う。
    宇野 片渕さんは高畑勲的な「アニメこそが自然主義的リアリズムを徹底し得る」というテーゼを、一番受け継いでいる人なんだと思う。高畑勲が前提にしていたのは、自然主義とは要するに近代的なパースペクティブに基づいた作り物の空間であるということ。だからこそ、作家がゼロから全てを生み出すアニメこそが自然主義リアリズムを貫徹できるという立場に立つ。対する宮﨑駿は、かつて押井守が批判した「塔から飛び降りてしまうコナン」問題が代表する反自然主義的な表現、彼のいう「漫画映画」的な表現こそがアニメのポテンシャルであるとする。
     片渕さんの軸足は高畑的なものにあるのだけど、『アリーテ姫』【1】や『マイマイ新子と千年の魔法』【2】がそうであったように「アニメだからこそ獲得できる自然主義リアリズム」をストレートに再現するのではなく、常に別の基準のリアリズムと衝突させることでアニメを作ってきた。比喩的に言うと、本作はその集大成で、“高畑的なもの”と“宮﨑的なもの”がひとつの作品の中でぶつかっていて、しかもそれがコンセプトとして非常に有効に機能している。そういう意味で、戦後アニメーションの集大成と言ってもいいんじゃないかと思いますね。

    【1】『アリーテ姫』:01年公開の、片渕監督の出世作。制作はSTUDIO 4℃。
    【2】『マイマイ新子と千年の魔法』:09年公開。片渕監督の代表作。制作はマッドハウス。

    中川 そうした大前提の上で、原作が持っていたコンセプトとのズレや違和を語るなら、こうの史代の幻想文学性とでもいうべきものが、映画では児童文学性に置き換えられて失われてしまった部分もある。片渕さんは「子どもだから見ることのできる世界」といった児童文学的なものへのこだわりが非常に強く、これはむしろ“宮崎的なもの”に近い。
     『この世界の片隅に』は、周りから大人になることを押し付けられて嫁に行ったすずさんの日常の鬱憤が、最終的に戦争という理不尽さの受け止め方につながる構造になっている。映画では周作と水原哲に対するすずさんの目線は、子どもでいたかった人が大人の性愛関係を拒絶するように描かれている。それは、片渕さんがすず役の声優として、『あまちゃん』以来ユニセックスなイノセンスを持ち続けているのんという女優にこだわったことにも表れています。でも、こうのさんはミニマムな人間関係の中で表出する世界の残酷さに対する感性が非常に高い人で、『長い道』【3】でも描かれたように、こうの作品のヒロインは大人の性愛関係を前提に織り込んだ上で、男性との間の丁々発止のバーター関係を築いている。その違いが、片渕さんによるこうの史代解釈の限界とも感じました。

    【3】『長い道』:訳ありで結婚した夫・壮介と妻・道の、穏やかだが奇妙な生活を描いた短編連作集。01~04年連載。


    ▶︎PLANETSチャンネルの月額会員になると…
     ・入会月以降の記事を読むことができるようになります。
     ・PLANETSチャンネルの生放送や動画アーカイブが視聴できます。
     
  • 御宅女生的政治日常――香港で民主化運動をしている女子大生の日記 第4回 15日間、日本の旅【毎月第3水曜配信】 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.777 ☆

    2017-01-25 07:00  
    550pt

    御宅女生的政治日常――香港で民主化運動をしている女子大生の日記第4回 15日間、日本の旅【毎月第3水曜配信】
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2017.1.25 vol.777
    http://wakusei2nd.com



    香港の社会運動家・周庭(アグネス・チョウ)さんは12月から1月にかけて日本を訪れました。香港の現状を日本の学生に伝えようと来日した周庭さんは、たくさんの友だちと出会うことになります。初めて訪れた関西での驚きや、友だちとの観光や忘年会、ゲストレクチャーの様子など、15日間の日本旅行の思い出を振り返ります。

    ▼プロフィール
    周庭(アグネス・チョウ)
    1996年香港生まれ。社会活動家。17歳のときに学生運動組織「学民思潮」の中心メンバーの一員として雨傘運動に参加し、スポークスウーマンを担当。現在は香港浸会大学で国際政治学を学びながら、政党「香港衆志」の副秘書長を務める。
    ◎翻訳:伯川星矢
    『御宅女生的政治日常――香港で民主化運動をしている女子大生の日記』これまでの連載はこちらのリンクから。

    前回:御宅女生的政治日常――香港で民主化運動をしている女子大生の日記 第3回 わたしの学校生活

    この文章を書いている今、時刻は午前4時頃。日本からの飛行機が、ちょうど香港に到着したところです。わたしはこの15日間、日本を旅していました。今回はこの日本旅行についてお話ししたいと思います。

    ▲着物をきたペコちゃん人形と
    12月20日、大学で最終科目の試験を受けた後、わたしは大きなスーツケースを持って、バスで香港国際空港に向かいました。最初の目的地は関西です。わたしは立命館大学の上久保誠人先生の招待を受けて、日本の学生や留学生に向けて授業の中でお話する機会をいただき、わたしの社会運動の参加経験や、今香港人が直面している状況について話しました。
    日本に行ったのはこれがはじめてではないのですが、実はこれまでは東京にしか行ったことがありませんでした。そのため、関西を訪問するのは今回がはじめてです。大阪でも京都でも、関東とは全く違う雰囲気を感じました。たとえば関西弁はこれまでバラエティ番組でしか聞いたことがなかったのですが、関西では実際に街中で関西弁が聞こえてきて、とても不思議な感じがしました。
    ▲日本のスーパーマーケットが気に入りました
    忘れられない思い出になったのは、留学生を対象にしたゲストレクチャーです。そのレクチャーには、タイ、インド、中国などの様々な国からの留学生が参加していました。わたしが英語で香港の政治状況を簡単に紹介すると、タイやインドの学生たちは熱心に自分の国の社会状況や、香港との相違点を話してくれたのです。母国のデモ活動に参加したことがあると言っていた人たちもいました。
    ゲストレクチャーが終わると、立命館大学の学生たちが私をいろんなところに連れて行ってくれました。みんなで着物を着て京都の清水寺に行ったり、わたしの大好物の抹茶アイスクリームを食べたり。上久保先生のゼミの忘年会にも参加して、たくさんの学生に出会い、みんなから日本や関西のことをたくさん教えてもらいました。たとえば、とっても簡単でかわいい関西弁とか。

    【ここから先はチャンネル会員限定!】PLANETSの日刊メルマガ「ほぼ日刊惑星開発委員会」は今月も厳選された記事を多数配信します! すでに配信済みの記事一覧は下記リンクから更新されていきます。
    http://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/201701
     
  • 更科修一郎 90年代サブカルチャー青春記〜子供の国のロビンソン・クルーソー 第4回 秋葉原・その3 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.776 ☆

    2017-01-24 07:00  
    550pt

    更科修一郎 90年代サブカルチャー青春記〜子供の国のロビンソン・クルーソー第4回 秋葉原・その3
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2017.1.24 vol.776
    http://wakusei2nd.com



    今朝のメルマガは〈元〉批評家の更科修一郎さんの連載『90年代サブカルチャー青春記~子供の国のロビンソン・クルーソー』の第4回をお届けします。
    80年代末、宮崎勤事件により社会的に糾弾されたオタクカルチャーは、90年代になると最適化/畸形化から実験的な美少女ゲームを生み出します。「理系文化」としてのポルノグラフィの隆盛から、web社会という「巨大な子供の国」に至る過程を振り返ります。

    ▼プロフィール
    更科修一郎(さらしな・しゅういちろう)
    1975年生。〈元〉批評家。90年代以降、批評家として活動。2009年『批評のジェノサイズ』(宇野常寛との共著/サイゾー)刊行後、病気療養のため、活動停止。2015年、文筆活動に復帰し、雑誌『サイゾー』でコラム『批評なんてやめときな』連載中。
    本メルマガで連載中の『90年代サブカルチャー青春記』配信記事一覧はこちらのリンクから。

    前回:更科修一郎 90年代サブカルチャー青春記〜子供の国のロビンソン・クルーソー 第3回 秋葉原・その2

    ■第4回「秋葉原・その3」
     昼食を終え、再び万世橋を渡ると、「安心お宿」というカプセルホテルにチェックインする。カラオケボックスで知られるパセラリゾーツのホテル部門だ。
     夜、仕事の打ち合わせがあるので、その前に風呂に入りたかったのだ。
     秋葉原には、昌平橋の裏手に「神田アクアハウス江戸遊」というスーパー銭湯があり、朝まで営業している。
     料金も手頃なので、昔は深夜によく立ち寄っていたが、昌平橋より万世橋の方が駅に近く、宿泊できるなら、割高でも使い勝手が良い。
     特に、15時にチェックインして12時にチェックアウトできる滞在時間の長さは、睡眠時間帯が一定ではないフリーランスには有り難い。
     二階にはフリードリンクの漫画喫茶風なラウンジがあり、夜はかなり混んでいるが、16時ではそれほどでもない。
     打ち合わせの内容も定期報告が大半で、たいしたものではないが、書類のやり取りはあるので、手持ちのノートパソコンで資料をまとめ、備え付けのプリンターで印刷する。
     ビジネスホテルの機能もだいたい揃っている。
     はじめてカプセルホテルに泊まったのは、1985年の国際科学技術博覧会――つくば科学万博だ。
     当時の筑波研究学園都市は開拓されたばかりの原野で、宿泊施設は著しく不足していた。
     そのため、急ごしらえでプレハブ建てのカプセルホテルが建てられたのだ。
     存在を知ったのは、たぶん、赤塚不二夫が描いた子供向けの『ニャロメの非公式科学万博おたのしみガイドブック』(学習研究社)という本で、万博に相応しい未来の宿泊施設、とかなんとか紹介されていた。
     もっとも、カプセルホテル自体は、1979年に大阪で発明されている。
     つくば科学万博の時点では、ほとんど知られていなかったが。
     小学生の筆者と共に泊まった父親は「カイコ棚のドヤだな」と呆れたが、未来的イメージを纏わせて、別物を装うあたり、いかにも日本らしい発想だ。
     後に、設計者は黒川紀章で、氏が得意としていたメタボリズム建築の延長線上にあったと聞いた。
     なるほど、新橋の中銀カプセルタワービルと同じ発想だったのだ。
     とはいえ、1985年の貧しかったカプセルホテルと比べると、現在のカプセルホテルは充実している。
     もうひとつ、つくば科学万博の記憶を付け加えると、本当は国鉄の臨時寝台列車「エクスポドリーム号」に乗りたかった。だが、予約は埋まっていた。
     これは、始発の土浦駅で一晩停車し、翌朝、そのまま万博中央駅へ向かうだけの、わずか10km足らずの夜行列車だった。
     そんな奇妙な手段を講じなければならないほど、宿泊施設の不足は深刻だった。
     そもそも、東京や横浜からの日帰りが不可能に近いほど、交通の便が悪かったのだ。
     秋葉原とつくば市をわずか45分で結ぶ「つくばエクスプレス」が開通したのは、万博から20年後の2005年で、筆者は『つくば科学万博クロニクル』(洋泉社)という本の企画に関わっていた。
     懐古的な文章をいくつも書いたが、科学技術に彩られた未来予想図は、未来から振り返ると、面白くも滑稽なものばかりだった。
     だが、80年代の少年少女が抱いた科学技術……ハイテクノロジーへの幻想は、それまでの「文系文化」だったサブカルチャーとは違う、「理系文化」を形成していくことになる。
     未来予想図には記されていなかった、最適化/畸形化されたポルノグラフィを開拓しながら。
    ■■■
     秋葉原へ通うようになったのは、高校時代――1992年頃だ。
     父親が転勤族で、小学校時代は横浜で暮らしていたから、遊び場は横浜駅か伊勢佐木町だった。ラジオ会館のNEC Bit-INNは噂に聞いていたが、秋葉原は遠かった。
     中学校の三年間は、日本にすらいなかった。東南アジアのとある国で暮らしていた。海外転勤した父親がそのまま脱サラし、現地で会社を興してしまったのだ。
     バブル経済の真っ盛りとはいえ、経営は厳しく、日本人学校の担任からは「お前の父親は寄付金が少ない」と罵られ、殴られた。
     草なぎ剛主演のテレビドラマ『嘘の戦争』(関西テレビ)の冒頭で、現地在住の日本人が日本人を騙す、バンコクでの日日詐欺が描かれていたが、日系企業の転勤族以外でわざわざ東南アジアへ流れてくるような人間は、その半分以上が屑だ。
     日本人学校の教師も例外ではなく、親の寄付金の多寡で殴る生徒を選んでいた。帰国後に調べたところ、この羽山(仮名)という体育教師は、過去に千葉の中学校で暴力事件を起こしていた。
     資金繰りに困り、社員の給料をゲンティン・ハイランドというリゾート地のカジノで稼いで払ったこともあった。父親は「最低限、稼ぐだけなら、方法はある。まったく面白くないがな」と言っていた。
     そんな調子であるから、三年間、一度も一時帰国できなかった。
     LCCのエア・アジアもない時代だ。往復の航空運賃だけで三十万近くかかるから仕方なかったのだが、同時にそれは、昭和天皇崩御から宮崎事件にかけての数年間を体感していない、ということだ。
     宮崎事件の顛末自体は数日遅れで届く新聞で知っていた。しかし、一ヶ月遅れで届くテレビ番組の録画ビデオの大半はドラマやアニメで、ワイドショーはなかった。
     だから、テレビで加熱していく報道を観ることはなかった。
     アニメやパソコンといったホビー系雑誌でしか、日本のカルチャー状況を知らなかった筆者は、80年代の牧歌的な世界がそのまま続いていると思っていたのだ。
     家族からは、現地のインターナショナルスクールへ進学するよう薦められたが、筆者は「まんがの森もない国で暮らせるか」と啖呵を切った。
     英語の成績が悪かったからだが、それ以上に、このままでは二度と日本へ帰れないのではないか、という恐怖があった。
     結局、紆余曲折の末に、単身、日本へ帰ることになった。

    【ここから先はチャンネル会員限定!】PLANETSの日刊メルマガ「ほぼ日刊惑星開発委員会」は今月も厳選された記事を多数配信します! すでに配信済みの記事一覧は下記リンクから更新されていきます。
    http://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/201701
     
  • HANGOUT PLUSレポート 坂口孝則×宇野常寛「日本人はこれから何にお金を落とすのか」(2017年1月16日放送分)【毎週月曜配信】 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.775 ☆

    2017-01-23 07:00  
    550pt

    HANGOUT PLUSレポート
    坂口孝則×宇野常寛
    「日本人はこれから何にお金を落とすのか」
    【毎週月曜配信】
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2017.1.23 vol.775
    http://wakusei2nd.com


    毎週月曜夜にニコニコ生放送で放送中の、宇野常寛がナビゲーターをつとめる「HANGOUT PLUS」。2017年1月16日の放送では、日本テレビ系「スッキリ!!」で宇野と共演中の調達・購買コンサルタント坂口孝則さんをゲストにお迎えしました。坂口さんの新刊『日本人はこれから何にお金を落とすのか?』を主軸とした議論は、日本人の消費スタイルの変遷から、EC社会における新しい消費社会論の期待へと発展していきました。
    坂口孝則さんがご出演のHANGOUT PLUSの動画アーカイブはこちらからご覧いただけます。 PLANETSチャンネルで、J-WAVE 「THE HANGOUT」月曜日の後継となる宇野常寛のニコ生番組を放送中!
    〈HANGOUT PLUS〉番組に関する情報はこちら
    ▼ゲストプロフィール
    坂口孝則(さかぐち・たかのり)
    大学卒業後、メーカーの調達部門に配属される。調達・購買、原価企画を担当。バイヤーとして担当したのは200社以上。コスト削減、原価、仕入れ等の専門家としてテレビ、ラジオ等でも活躍。企業での講演も行う。
    「HANGOUT PLUS書き起こし」これまでの記事はこちらのリンクから。
    前回:HANGOUT PLUSレポート川田十夢×宇野常寛「新春うのとむ対談スペシャル 2017年の矢印を考える会」【毎週月曜日配信】
    ※このテキストは2017年1月16日放送の「HANGOUT PLUS」の内容のダイジェストです。
    ◎構成:村谷由香里
    ■日本人の消費の移り変わり
     坂口さんは著書『日本人はこれから何にお金を落とすのか?』の中で、過去60年間の日本人の消費スタイルを4段階に分けて論じています。自動車や家電などの量産品が好まれた「大量消費の時代」、ファッションなど他者との差別化に人々が関心を向けた「顕示消費の時代」、他者と繋がるために携帯電話などの通信にお金が費やされた「社会的消費の時代」。そして、その先に「宗教消費の時代」が到来すると予想しました。
     坂口さんによると、宗教消費とは、いわゆる「カリスマ」と呼ばれる存在に、人々がお金を費やす消費行動を意味します。近年では、ライブによるファンの動員や有料メールマガジンといった、新しいマネタイズの手法が一般化していることを指摘しつつ、興味深いポイントとして、かつては雲の上の存在だったカリスマが、等身大で身近に感じられる「凡人カリスマ」へと変化している点を挙げています。
     日本人の消費対象が〈モノ〉から〈コト〉へと移行しているとよく言われますが、坂口さんはさらにその先に〈コト〉から〈カタ〉(=方)への変化があると分析しています。世の中の見方を変えてくれるオピニオンリーダーにお金を払う傾向が、人々の間で強くなりつつあることから、今後はライブやメールマガジンといったコンテンツの内容そのものよりも、「この人にならお金を払ってもいい」という人間への信用が、消費に繋がるようになるだろうと論じました。

    【ここから先はチャンネル会員限定!】PLANETSの日刊メルマガ「ほぼ日刊惑星開発委員会」は今月も厳選された記事を多数配信します! すでに配信済みの記事一覧は下記リンクから更新されていきます。
    http://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/201701
     
  • 【新連載】山本寛監督インタビュー「いまだからこそ語るべきアニメのこと」第1回 アニメには人生を賭ける価値がある【不定期連載】 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.774 ☆

    2017-01-20 07:00  
    550pt

    【新連載】山本寛監督インタビュー「いまだからこそ語るべきアニメのこと」第1回 アニメには人生を賭ける価値がある【不定期連載】
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2017.1.20 vol.774
    http://wakusei2nd.com


    今朝のメルマガは新連載です。『らき☆すた』や『かんなぎ』で知られるアニメ監督・山本寛さんの、これまでの活動を総括するロングインタビューをお届けします。
    第1回では、宮﨑駿監督の影響のもとアニメ監督を志し、京都大学のアニメ同好会で自主制作映画を作っていた頃のエピソードについてお話を伺いました。
    ▼プロフィール
    山本寛(やまもと・ゆたか)
    アニメーション監督、演出家。1974年生。大阪府出身。京都大学文学部を卒業後、1998年に京都アニメーションに入社。『涼宮ハルヒの憂鬱』(2006年)ではシリーズ演出とEDの絵コンテ・演出を担当。なかでも第12話「ライブアライブ」での臨場感あるライブシーンやEDの斬新なダンス演出で注目を集める。京都アニメーション退社後は、自身が代表となりOrdetを設立。主な監督作に、『らき☆すた』(2007年)『かんなぎ』(2008年)『フラクタル』(2011年)『Wake Up, Girls!』シリーズ(2014年・2015年)など。ほか、実写映画『私の優しくない先輩』(2010年)監督、小説『アインザッツ』(2010年)執筆や、評論・講演などその活動は多岐にわたる。
    オフィシャルブログ
    高瀬司(たかせ・つかさ)
    『Merca』編集長。ほか『ユリイカ』(青土社)でサブカルチャー批評、『アニメ!アニメ!』(イード)でアニメ時評、「SUGOI JAPAN Award」(読売新聞社)でアニメ部門セレクターなど。
    Merca公式ブログ
    ◎取材・構成:高瀬司
    ■命を賭するに値するもの
    ――本日は山本寛監督のこれまでのご活躍を総括する、かなりの長時間インタビューをお願いしておりますが、取材に先立ち、山本監督が現在、お立場上語ることのむずかしいトピックについて確認させてください。ブログやTwitterなどでは『Wake Up, Girls!』の現状や今後については何も発言できないともおっしゃられていましたが(※編注:2016年12月11日に『Wake Up, Girls! 新章』が発表された)、同様に以前所属されていた京都アニメーションさんについても、公に語るのはむずかしいのではないかと思うのですが……。
    山本 基本的に話せることであればなんでも話すつもりですよ。『Wake Up, Girls!』についても、トピックが限定されてはしまいますが、なるべく話したいとは思っています。また古巣の京都アニメーションについては、確かに以前は語りづらかったんですが、いまとなっては一周回って逆に一番話しやすくなってるんですよ(笑)。『涼宮ハルヒの憂鬱』から10年が経ち、もう時効になったような話も多くなりましたし、むしろ積極的に語っていきたいという気持ちがありますね。
    ――それは個人的にも非常に楽しみです。では本日は、山本監督のこれまでの歩みのなかで、Ordet設立までを中心にうかがわせてください。特に情報の少ない京都アニメーションさんの舞台裏やことの顛末については、知りたがっているファンがたくさんいると思います。
    それでまずはじめに、定番の質問となりますが、山本監督にとってのアニメの原体験をうかがえるでしょうか。
    山本 決定的だったのは、中学1年生のときに偶然テレビで観た『天空の城ラピュタ』(1986年)ですね。空からシータが降ってきた翌朝、彼女が屋根の上に登るとハトが一斉に飛んでくるシーンから観はじめたんですが、その時点でもう夢中になってしまって。それが僕にとってのアニメの原体験です。もちろんそれ以前もアニメを観てはいましたが、『ラピュタ』のそのシーンを観た瞬間、一気にアニメの魅力に引きこまれたんですよ。
    ――ちなみにそれ以前の、子どものころご覧になっていた作品というのは?
    山本 当時はゴールデンタイムにアニメを放映していた時代だったので、夕飯どきに流れていた『Dr.スランプ アラレちゃん』(1981-1986年)や『パタリロ!』(1982-1983年)、『小公女セーラ』(1985年)や『愛少女ポリアンナ物語』(1986年)といった「世界名作劇場」シリーズなどを、お茶の間で家族と一緒によく観ていました。
    ――しかしその当時はまだ、アニメを特別なものとは感じてはいなかったと。
    山本 テレビっ子だったので自然と、なんとはなしに観ていただけでしたね。そのころはマンガ家になりたいと思ってたんですよ。小学生のころに藤子不二雄先生の『まんが道』(1977-1982年)に出会い、ものすごく影響を受けたんです。だから藤子先生のアシスタントになりたいと、ファンレターを出したりもしましたね。ただ、当時から自分の画力では不十分だという自覚があって。練習はしていたのですがこのクオリティではダメだと、マンガ家の道は中学に入ったころに諦めたんです。そんなとき『天空の城ラピュタ』と出会い、俄然アニメに心惹かれるようになりました。さらに調べてみると、高畑(勲)さんや押井(守)さんなど、アニメは自分で絵を描かなくても監督ができるということがわかってきて……それで「アニメだ!」と(笑)。
    ――(笑)。そのころ印象的だったりよく観ていたりした作品というと?
    山本 ひたすら宮﨑駿さんの研究をしていましたね。『ラピュタ』は70回以上は観ましたし、『風の谷のナウシカ』(1984年)も50回は観ています。ほかにも『月刊アニメージュ』を買って、宮﨑さんについてのインタビューや紹介記事、当時連載中だった『風の谷のナウシカ』の原作マンガを読んだりしていました。その後『トップをねらえ!』(1988-1989年)と『ふしぎの海のナディア』(1990-1991年)を通じて庵野(秀明)さんの存在を知ってからはガイナックスにもハマるわけですが、それまではひたすら宮﨑さんでしたね。それで徹底的に研究して、アニメというものが自分の人生を賭けるに値するかどうかを見極めようしたんですよ。それで、中学3年生の夏休みにはもう、自分は将来アニメ監督になると心に決めていました。

    【ここから先はチャンネル会員限定!】PLANETSの日刊メルマガ「ほぼ日刊惑星開発委員会」は今月も厳選された記事を多数配信します! すでに配信済みの記事一覧は下記リンクから更新されていきます。
    http://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/201701
     
  • ティーンズの「性と死」を描けるジャンルとしてのロボットアニメ(『石岡良治の現代アニメ史講義』第5章 今世紀のロボットアニメ(3))【不定期配信】 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.773 ☆

    2017-01-19 07:00  
    550pt

    ティーンズの「性と死」を描けるジャンルとしてのロボットアニメ『石岡良治の現代アニメ史講義』第5章今世紀のロボットアニメ(3)【不定期配信】
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2017.1.19 vol.773
    http://wakusei2nd.com


    「日本最強の自宅警備員」の二つ名を持つ批評家・石岡良治さんによる連載『現代アニメ史講義』。今回はロボットアニメの「性と死」にまつわる表現の歴史に触れつつ、「多彩なドラマ展開が可能なブースター」としての側面を論じます。
    (※あす1/20(金)20:00より、石岡さんの月1ニコ生「最強☆自宅警備塾」が放送予定! 2016年秋クールのアニメを徹底総括、今期の期待作についても語ります。視聴ページはこちら)
    ▼プロフィール
    石岡良治(いしおか・よしはる)
    1972年東京生まれ。批評家・表象文化論(芸術理論・視覚文化)・ポピュラー文化研究。東京大学大学院総合文化研究科(表象文化論)博士後期課程単位取得満期退学。青山学院大学ほかで非常勤講師。PLANETSチャンネルにて「石岡良治の最強☆自宅警備塾」を放送中。著書に『視覚文化「超」講義』(フィルムアート社)、『「超」批評 視覚文化×マンガ』(青土社)など。
    『石岡良治の現代アニメ史講義』これまでの連載はこちらのリンクから。

    前回:前世紀ロボットアニメを支えた「ホビー」としてのプレイアビリティ(『石岡良治の現代アニメ史講義』第5章 今世紀のロボットアニメ(2))

    ■ガンプラは体系性への欲望を喚起する
     前回は、ガンプラの1/144スケールについて、手頃な大きさゆえにたいていのメカが模型化されていたことによって、ある種の「コンプリート欲」を喚起するものとなっていた話に触れました。ガンプラのそうした側面をよく示すキットが通称「武器セット」と呼ばれたモデルです。ガンプラ熱が最高潮のときには、ガンダムやザク・グフなどの人気モデルが手に入らず、この武器セットだけ先に買う人もいたほどで、私もその一人だったりします。

    ▲1/144 モビルスーツ用武器セット (機動戦士ガンダム)
     ファッション好きにみられる購買活動として、仮に靴が気に入った場合、「靴合わせ」で服装一式を新調する人が出るなど、付属物とされやすいアクセサリーの側が「本体」を規定するケースはまま見られるわけですが、ガンプラにおける「武器セット」も、まさにそうした役割を演じていたわけですね。『オルフェンズ』でもこの「武器セット」の伝統は健在で、武器ユニットだけの「オプションセット」が複数発売されています。

    ▲HG 機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ MSオプションセット7 1/144スケール 色分け済みプラモデル
     現在ではさすがに「本体よりも先に武器を買う」ような購買活動はまれだと思いますが、ここには「コレクション」を駆動する重要な要素があると思います。マイナーなオプション武器が揃うことから生まれる「体系性」への欲望こそが、ガンプラが一つのワールドを形成した重要な理由のように考えられるからです。ちょうどレゴブロックが「なんでも作れるのではないか」と思わせるように、ガンプラには「今ここ」にある模型だけでは完結せず「その次」へと駆り立てる要素に満ちています。単体で興味を惹くロボやメカは他の作品でも生み出されていますが、メカ群のトータルな集合体そのものの魅力を、ガンダム以外のロボットアニメが作り出すことはできなかったように思います。
     現在このような「コンプリート」への欲望を担っているのは、トレーディングカードであったり、収集系のRPGであったりするわけで、ロボットがそうした役割を演じるために超えなければならないハードルはかなり高いと言わざるを得ません。ガンダムにおいてなぜ執拗に「宇宙世紀もの」が制作されるのか、また『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の「ブグ」のような、人によっては蛇足と感じられるモビルスーツがなぜ増殖していくのか、というその増殖原理は、体系性への欲望にあるんですね。個別のエピソードが少しぐらい崩れようとも、モビルスーツの体系の方に魅力を感じる人がいるわけです(例えば個人的に『機動戦士ガンダムUC』のネオ・ジオングはあまり好きではないのですが、あの造形も『逆襲のシャア』における「アルパ・アジール」の系統を意識しており、「体系を埋める」造形ではあるわけです)。
    ■ガンプラ視点で捉える『∀ガンダム』の達成
     このように、ガンダムのモビルスーツが、プラモを介して体系性を喚起させるものであることについては、『∀ガンダム』(1999-2000年)のコンセプトが批評性を備えた画期的なものとなっているので少し触れてみたいと思います。『∀ガンダム』は、今では日常語となった感のある単語「黒歴史」を生み出したことで知られています。「黒歴史」は有史以来の戦争の歴史として位置付けられており、そこに代々のガンダムシリーズが並列的に含まれるわけですが、作品世界ではその歴史は「忘却されている」という設定です。しかし他方で、数々の過去のモビルスーツが遺跡として埋まっていて、それを発掘して使っているという秀逸な設定があります。とりわけ、ガンダムを知っている者からはどうみても「ザク」にしか見えないモビルスーツを掘り出した地球人が、勝手に「ボルジャーノン」と名付けるところが批評的に興味深いと言えるでしょう。言葉の記憶が失われてしまっても、モビルスーツというガジェットさえ健在であれば、そこに勝手な命名を施して好き勝手に使うことができるという、「記憶を掘り返すこと」の魅力を示しているように思うからです。他方月に住むムーンレィスは「正しい記録」を保持しているので「ザク」と呼んでおり、同じモビルスーツを前にした言葉の齟齬が、文化摩擦としてうまく描かれているわけです。

    【ここから先はチャンネル会員限定!】PLANETSの日刊メルマガ「ほぼ日刊惑星開発委員会」は今月も厳選された記事を多数配信します! すでに配信済みの記事一覧は下記リンクから更新されていきます。
    http://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/201701
     
  • 古川健介『TOKYO INTERNET』第5回 なぜ日本が世界共通語「Emoji」を生み出したのか、そしてその影響とは【毎月第2水曜配信】 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.772 ☆

    2017-01-18 07:00  
    550pt
    【チャンネル会員の皆さまへ】
    本記事では、本文に絵文字が含まれています。テキストメールでは、リンクをクリックすることで絵文字の画像がご覧いただけます。本文に絵文字を表示した状態で読むために、Webでの閲覧をおすすめしています。
    ※Webでの閲覧はこちら:http://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/ar1174874

    古川健介『TOKYO INTERNET』第5回なぜ日本が世界共通語「Emoji」を生み出したのか、そしてその影響とは【毎月第2水曜配信】
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2017.1.18 vol.772
    http://wakusei2nd.com


    ほぼ日刊惑星開発委員会では毎月第2水曜日に、古川健介さんの連載『TOKYO INTERNET』を配信しています。連載の過去記事はこちらから読むことができます。
    今回のテーマは、日本社会で生まれ世界中に普及した「Emoji」です。この独特の表現形式がどのようにして生まれたのかを、日本語のデザイン特性や表現の歴史から紐解きます。

    絵文字の簡単な歴史を振り返る
    今回のテーマは「絵文字」です。絵文字の普及には日本が大きな影響を与えており、日本が絵文字を生み出した、といっても過言ではありません。
    絵文字の起源には諸説あり、いま使われているような絵文字の原型は、もともとはアメリカの雑誌で使われた顔文字から、という説(※1)や、「:-)」という横から見た時に笑顔に見えるという、英語圏の顔文字が起源だ、という考え方、またJ-PHONEによるメールの絵文字がブームのきっかけだ、など様々なものがあります。
    その中で僕は「デジタルであり若者内に爆発的に普及した」という意味で、絵文字ブームの起源は、ポケベルであり、そこからつながりdocomoの絵文字が、今使われている絵文字のはじまりだと考えています。
    そこで本記事では「日本がなぜ絵文字を生み出せたのか」を考察し、そこから「今後、日本からはどのようなサービスを生み出すポテンシャルがあるのか」を考えていければと思います。
    そもそも絵文字の使われ方とは
    まず絵文字の使われ方を整理したいと思います。絵文字の使われ方は2種類あります。それは
    ・「感情表現としての絵文字」
    ・「意味を持った文字としての絵文字」
    の二つです。
    感情表現としての絵文字は、要は「今日楽しかったね」「おなかすいた」みたいな形であり、文字では表現できない気持ちを付け加えたものです。「!」などと近い使われ方ですね。
    意味を持った文字としての絵文字、とは、簡単にいうと主に名詞としての役割を果たせるということです。「晴れなので車で釣りにでかけたんだけど、財布を忘れて大変だった」という文章を「なのででにでかけたんだけどを忘れて大変だった」みたいな使い方です。絵文字自体に名詞としての意味を持っているので、それで表現できるということですね。
    ちなみにもちろん「I NY」みたいな形で動詞として使うことも可能です。
    すべての始まりは「ハートマーク」だった
    絵文字の初期は、主に感情表現として使用されました。
    ポケベル時代の絵文字が、絵文字文化の起源といいましたが、この時代の実態としては絵文字=ほぼハートマークといってよいでしょう。そして、このハートマークは、ほぼ感情表現として使われたのです。
    ポケベルはせいぜい10文字くらいしか送れない上に、電話機がないとメッセージを送れなかったので、文字数が少なく感情が伝えづらいという問題がありました。10文字といえば、たとえば「ナニシテル?」と送った時に「コレカラゴハン」と返す、そのくらいのやり取りしかできないわけです。
    しかし、そこで「コレカラゴハン」と入れれば、かなりメッセージ性が変わります。感情が入ります。少なくともポジティブな感情を伝えようとしていることがわかるわけです。
    このように、初期の原始的な絵文字は、まずは「!」のような、文字へ感情を補完するために使われていました。男性では、愛を伝える時が主ですが、女性の場合「これおいしいね」のような使い方もされます。しかし、男性がむやみにハートマークを使うと気持ち悪がられることが多いです。
    余談ですが、2006年に、徳島大学の男性教授が女性職員へ送ったメールの文面の末尾にハートマークを付けていた、という理由でセクハラで懲戒戒告されたということがありました。とても痛ましい事件でした。
    そんなポケベルの絵文字、ハートマークですが、あまりに絶大に若者に使われていたため、「ハートマーク事件」というものがおこりました。どのような事件かというと、docomoのポケベルがインフォネクストという端末になったときに、漢字などは使えるがハートマークが廃止されたことをきっかけに、高校生の間では「docomoはハートマーク使えない!」と広まり、ハートマークが使える東京テレメッセージ社のポケベルへ、顧客が移動したのです。私も当時は高校生でありポケベルを持っていましたが一瞬にして「docomoはダメ」という風潮が急激に広まったことを記憶しています。
    絵文字たった一つで、顧客が大量に移動するほどの力を持っていた、ということを象徴する出来事でした。そして、これがdocomoのiモードで絵文字が生まれるきっかけとなったともいえます。以下は、docomoの絵文字の生みの親と呼ばれる栗田穣崇氏の発言です。

    ドコモのポケベルがインフォネクストになってハートマークが送れなくなった途端、女子高生が大量にドコモからテレメッセージに乗り換えたのを目の当たりにしたのがiモードで絵文字を開発した最大の動機なので、ハートマークには足を向けて眠れない。
    ― 栗田穣崇Shigetaka Kurita (@sigekun) 2015年11月4日
    iモードで、176種類の絵文字の中で、ハートの絵文字が4種類も用意されてたのはハートマーク事件があったからです。今の絵文字でも、ハートマークが多いのはこの名残ですね。
    そんなハートマークといったような、語尾につけて、簡単に感情を示す、という原始的な絵文字の使い方から始まった絵文字ですが、iモード時代に入ると、絵文字の種類がドッと増えます。176種類になりました。前述の、栗田氏による開発ストーリーはすでに伝説になっているほどです。
    絵文字が増えると、様々な表現が可能になります。たとえば、「今日、持っていっていないよね?で迎えにいこうか?」みたいな使われ方が可能になります。つまり「傘」を「」と表現できるということですね。
    この時から、絵が文字になる、という、文字としての絵文字が本格的にスタートしたといってよいでしょう。もちろん、「今日楽しかったね」のように、感情表現として使われることも引き続き使われていきます。
    ここまでをまとめると
    ・ポケベルでハートマークなどが使えるようになり、感情表現として若者が使い始める
    ・iモード時代には感情表現だけではなく、意味のある文字としても使われるようになる
    ・現在の絵文字は、感情表現と意味のある文字としての2つの側面がある
    ということになります。(※2)
    世界への普及、そしてemojiへ
    そんな絵文字が世界へ普及したのは以下の2点が大きくありました。
    一つはGoogleによるUnicode化、です。
    Googleの開発者が、日本の携帯電話から始まった絵文字に感銘を受け、2007年から開発を始めて、絵文字をUnicodeへ採用したのです。
    Unicodeとは、「符号化文字集合や文字符号化方式などを定めた、文字コードの業界規格である。(Wikipedia)」のことです。2010年には、Unicode 6.0として採用されました。なぜUnicodeが重要かというと、業界規格に入ることで、世界的に「文字として利用できるようになった」ということなのです。日本人からしてみると、絵文字はずいぶん前からある気がしますが、世界的に見ると、割と最近ということですね。
    そして、iOSでは、2011年5月に標準キーボードに絵文字が搭載されました。それにより、世界中のiPhoneユーザーが絵文字に出会うことになるのです。
    日本のガラパゴス文化だった「絵文字」は、ITにおけるGoogleとAppleという超巨大グローバル企業によって、世界で使われる「emoji」になったといえるでしょう。日本のdocomoで絵文字が作られた時は、日本内にある共通のコンテキストを利用していたため、Unicodeへの採用に関しては、いろいろな議論もあったのですが、複数の日本人による尽力によって、日本の絵文字の雰囲気を損なわないまま、国際基準になったという背景もあります。
    「emoji」は日本語の絵文字をそのまま呼んだのですが、おそらく、Emotionalという意味に見える「Emo」が入っており、また「e-mail」などの「e」から始まることからも、外国人にも理解しやすかったからなのでは・・・と思っています。(実際に、emojiを「イーモジ」と発音する人も多いそうです)。
    そんなこんなで、「emoji」は世界中に爆発的に広がりました。2015年では英オックスフォード辞書の今年の言葉に「うれし泣き」が選ばれるほどです(※3)。イギリスの言語学者によると、文字の広がり方としては、歴史上最速といわれています(※4)。
    政治レベルでもemojiは活用されています。オバマ大統領が日本文化の例として「カラテ、カラオケ、マンガ、アニメ、そして絵文字」とあげたりなど、絵文字は世界的に有名な日本文化となりました。オバマ大統領はアメリカの現状を絵文字で演説する「State of the Union in emoji」というコンテンツを作っています。これはミレニアル世代と呼ばれる若者に興味を持ってもらうための施策と思われます。

    State of the Union in emoji | US news | The Guardian
    アメリカ以外でもよく使われています。ちなみにQuartzの記事によると、Instagram上で絵文字をもっとも使っている国はFinlandらしく、日本は8位でした。意外ですね。

    The most emoji-crazed countries
    そのフィンランドは、自国ではじめてマーケティングのために、政府が絵文字を作って公表していたりして、なかなかにおもしろいことをしています。

    Finland Emojis - thisisFINLAND
    そんな感じで、世界中のあらゆるところでemojiが使われているわけです。Twitterの調査によると、2015年の1年間で60億回使われたというデータもあります。
    日本人からしてみたら、絵文字のブームはもうはるか昔に終わり、あまり多用するものではなくなって来ているという感覚ではないでしょうか。「明日はだからでデートしよ」とか来たら、正直、ちょっとやりすぎて気持ち悪いくらいの感覚です。しかし、世界で見ると、まだまだ新鮮な文化であり、ブームの最中という感じなのかもしれません。
    さて、なぜ日本からこのように、世界最速で普及する文字である「emoji」が生まれたのしょうか。ここから、仮説を考えていきたいと思います。
    仮説1:異物を取り込める日本語のデザイン
    仮説の1つ目は、「日本語の性質上、異物を入れても文章が読みやすい」というものです。
    もともと、日本には文字というものがありませんでした。音声のよる日本語があり、一方で海外(中国)からは漢語が入ってきていたわけです。

    【ここから先はチャンネル会員限定!】PLANETSの日刊メルマガ「ほぼ日刊惑星開発委員会」は今月も厳選された記事を多数配信します! すでに配信済みの記事一覧は下記リンクから更新されていきます。
    http://ch.nicovideo.jp/wakusei2nd/blomaga/201701