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記事 20件
  • 【新連載開始!】井上敏樹 新作小説『月神』第1回(無料公開) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.399 ☆

    2015-08-31 07:00  
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    【新連載開始!】井上敏樹 新作小説『月神』第1回(無料公開)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.8.31 vol.399
    http://wakusei2nd.com


    平成仮面ライダーシリーズでおなじみの脚本家・井上敏樹先生。その敏樹先生の新作小説『月神』を、PLANETSチャンネルで本日より週1回、集中配信します! 『仮面ライダーアギト』『555』『キバ』といった平成ライダーシリーズ、さらには昨年発表の書き下ろし小説『海の底のピアノ』を経て敏樹先生が切り拓いた新境地とは――? 今回は連載初回につき、全文無料での公開です。(※毎週月曜日はハングアウト書き起こしを配信していますが、本日は予定を変更してお届けします。ハングアウト書き起こしは今週水曜に配信予定です)
    その前に……PLANETSチャンネルの井上敏樹関連コンテンツ一覧はこちらから!入会すると下記のアーカイブ動画がご覧いただけます。
    ▼井上敏樹先生、そして超光戦士シャンゼリオン/仮面ライダー王蛇こと萩野崇さんが出演したPLANETSチャンネルのニコ生です!(2014年6月放送)
    【前編】「岸本みゆきのミルキー・ナイトクラブ vol.1」井上敏樹×萩野崇×岸本みゆき
    【後編】「岸本みゆきのミルキー・ナイトクラブ vol.1」井上敏樹×萩野崇×岸本みゆき
    ▼井上敏樹先生を語るニコ生も、かつて行なわれています……! 仮面ライダーカイザこと村上幸平さんも出演!(2014年2月放送)
    【前編】「愛と欲望の井上敏樹――絶対的な存在とその美学について」村上幸平×岸本みゆき×宇野常寛
    【後編】「愛と欲望の井上敏樹――絶対的な存在とその美学について」村上幸平×岸本みゆき×宇野常寛
    ▼井上敏樹先生脚本の「仮面ライダーキバ」「衝撃ゴウライガン!!」など出演の俳優、山本匠馬さんが登場したニコ生です。(2015年7月放送)
    俳優・山本匠馬さんの素顔に迫る! 「饒舌のキャストオフ・ヒーローズ vol.1」
    ▼井上敏樹先生による『男と×××』をテーマにした連載エッセイです。(※メルマガ記事に関しましては、配信時点で未入会の方は単品課金でのご購入となります)井上敏樹『男と×××』掲載一覧
    ▼井上敏樹先生が表紙の題字を手がけた切通理作×宇野常寛『いま昭和仮面ライダーを問い直す』もAmazon Kindle Storeで好評発売中!(Amazonサイトへ飛びます)

    月 神

     おれは春が嫌いだ。ぬるい。夏が嫌いだ。うだる。秋が嫌いだ。沈む。冬が嫌いだ。痛い。なぜこの世には四つの季節しかないのだろう。おれには住むべき季節がない。
     今は夏だ。おれはひどい汗かきなので、ぐっしゃりと汗を吸ったTシャツが痛いくらいに体を締めつけている。おれは家に帰ってシャツを脱ぐ時の事を考えてうんざりした。きっと濡れた生地が体に絡みついて苦労するに違いない。最後にはシャツを引き裂いて床に叩き付けることになるだろう。
     せめてもの慰めは空に月が出ている事だ。このマンションの屋上からは満月に近い月がよく見える。おれは月が好きだ。きっと月には春でも夏でも秋でも冬でもない未知の季節が存在する。おれに優しい季節だ。
     目の前の男はずっと身の上話を続けている。屋上のフェンスに寄り掛かり膝を抱えて座ったままなぜ死にたくなったのかを低い声で時々涙を拭いながら訴えている。男はもう若くはない。頭の頂点が白いのは髪を染めた色が抜けかけているからだ。薄汚れた白いワイシャツの腹の所には黄色い吐瀉物が染み込んでいる。おれと会う前にいやというほど酒を飲んだのだろう。考えてみればこの男はおれと同じだ。この男にも住むべき季節がなかったのだ。月に生まれていればもしかしたら別の人生があったかもしれない。
     男は指輪をしていない。だからと言って独身とは限らないが、おれはそうあって欲しいとふと願った。男が死んだ後の家族の悲しみを想像したからだがすぐにそんな気持ちを否定した。おれには関係のないことだ。
     おれは男から目を離してもう一度月を見上げた。日本では月の表面に餅を搗く兎が見えるという。その他にも外国ではバケツを運ぶ少女や本を読む老婆や吠えるライオンを見るらしい。だが、いくら凝視しても想像力の足りないおれにはなんの映像も浮かんで来ない。おれは月に物語を読める奴らが羨ましい。そういう奴らはおれよりも月に近づいているのではないだろうか。
     おれは生まれてから一度も本を読んだ事はないが竹取物語ぐらいは知っている。まだあの島にいた頃、月ばかり見上げている幼いおれに誰かが話してくれたんだろう。話してくれた相手は覚えていないが物語の内容ははっきりと記憶に残っている。まあ言うまでもないだろうが、昔々貧乏な老人がいて竹を切っていると中から小さな女の子が現れて、老夫婦に育てられた女の子は成長してとてもきれいな女になるが数人の鬱陶しい求婚者共を惨殺して大勢の役人たちに追われるものの最後には月からお迎えが来て天空に消える、そういう話だった。
     その話を聞いて以来、頭の悪いおれは夜な夜な鉈を手に島の竹林に行っては竹を切った。もちろん小さな女の子を探すためだ。だが、当然、女の子などいるはずもない。いくら切っても竹の中身は空っぽだった。いや、一度だけ、奇妙な体験をした事がある。いつものように竹を割り続け疲労困憊したおれはこれが最後の一本と決めて振り上げた鉈を叩きつけた。中を覗くとなにやら黒いものが入っている。引っ張り出してみるとそれは一匹の鼠だった。おれにはわけが分からなかった。いまだに全く分からない。密閉状態の竹の中にどうやって鼠が入ったのか。おれは鼠を掌に乗せて顔を寄せた。死んでいるのか眠っているのかそいつはぐったりと動かない。おれは黒い毛並みを指先で撫で、それからギュッと握りしめてから放り出したが、そいつは地面に落ちた瞬間一度大きく飛び跳ねるとそのままどこかに姿を消した。
     足元でライターの擦過音がする。
     身の上話を終えた男が座った姿勢のまま煙草に火を点けようとしているが南からのなまぬるい風のせいが手が震えているためかうまくいかない。
     おれは男の正面にしゃがみ込んだ。おれを見る男の瞳がぎゅっと小さく縮まるのが分かる。怯えているのだ。気持ちは分からないではないがこれはおかしな話だ。おれは相手にどんな感情も抱いていない。殺意もない。死を選んだのは男自身なのだ。だから怯えるならばおれに対してではなく自分自身に怯えるべきではないだろうか。
     おれは男の手から百円ライターを奪い取り煙草に火を点けてやる。
     男は二度三度大きく煙草を吸いよろけながら立ち上がると街の明かりを見降ろし月を見上げた。地上からの熱波となまぬるい風のせいで街の明かりがゆらゆらと揺れ、物語の読めない月がクリスタルのように澄み切った光を放射している。きっと明日も晴れだろう。
    「どうする?」男に訊ねた。「死ぬか?」
     男は煙草の空き箱を握り潰した。屋上の外に投げ捨てた。頷いて笑った。
     なまぬるい風が熱風になる。
     おれは男を殺した。投げ捨てた。

     おれはマンションの屋上からエレベーターに乗り一階に降りた。エントランスを抜けて外に出ると女の悲鳴と人々のざわめきが聞こえて来る。きっとおれが投げ捨てた男の死体が発見されたのだろう。男は体のどこかに拇印の押された遺書を身につけているはずだ。それがおれの仕事の条件だからだ。遺書のおかげで男の死は自殺として処理されることになる。まあ、遺書などなくても自殺には違いないのだが。仕事をするにあたっておれは依頼者にふたつの条件を出す。遺書を書くこと、それからもうひとつ、おれに身の上話を聞かせる事だ。
     もう一度女の悲鳴と誰かの叫び声が聞こえて来る。おれはその場から遠ざかるように道路を反対側に歩き始めた。
     おれには死体のひとつやふたつで大騒ぎする奴らが理解できない。知的障害者なのだろうか。この世は死で溢れている。生は死の海に浮かぶ泡のようなものだ。おれはその事をよく知っている。母親の腹の中にいた時から知っている。
     死を想わぬ者、死を知らぬ者はきっと催眠術にかかっているのだ。この街が、いやこの世界全体が巨大な催眠マシーンだ。絶え間ない騒音、街の明かり、コンクリートや鉄骨やガラスのきらめきに騙されて、人々はなまぬるい幻想に生きている。
     おれはゆっくりと夜の街を走り始めた。おれが電車や車を利用する事は滅多にない。人間には足がある。だからどこかに行きたければ歩くか走るかすればいい。簡単な事だ。今度の仕事の場所は家から走って四時間ほどの距離だったからうまくいけば午前二時には帰宅できる。
     おれの前方斜め上には澄み切った月が懸かっている。おれは月に向かって走るのが好きだ。すうっと体が浮かび上がって月に吸い込まれて行くような気がする。車や電車ではこうはいかない。
     都会の催眠術から離れ真実に生きたいなら月の光に頼る事だ。月の光だけが物事の真実を暴き出す。あの島にいた頃、おれは月光に照らされた樹々がまるでレントゲン写真のように透き通っていくのを何度も見た。透明な幹の中を幾状もの樹液の流れが上昇し、枝葉の隅々にまで循環していて、樹全体が内側からぼんやりと青く発光していた。おれは知っている。あれが樹というものの本当の姿なのだ。
     樹、だけではない。月の光は人間の真実をも暴き出す。街灯ひとつないあの島で見る女たちの姿は昼間とはまるで違っていた。愛想のいい顔が月光を浴びて悲しみに爛れ、無表情な顔が怒りの炎に燃え、また、無邪気な顔に底知れぬ絶望の穴が開いていた。
     三十分ほど道路を走り、自宅を目指して南に曲がった。いつまでも月に向かって走るわけにはいかない。さらに十五分ほど走ると繁華街に出る。高層ビルが月を隠した。
     テイクアウト専門のお好み焼き屋の前で三人の若者が肥満体の男をいたぶっていた。
     若者たちの意味不明の怒声が響き渡り、店の窓口から髪を引っ詰めにした若い女店員が事の成り行きを見守っている。その顔は『お好み焼き』と書かれた提灯と同じくらい無表情だ。
     肥満男は路上に倒れ、体を丸めて頭を両腕で庇っていた。タンクトップの若者たちは贅肉の揺れる男の腹を蹴り、踏みにじり、唾を吐いた。男の白いTシャツに点々と血痕が散り、股間は小便で濡れている。
     通行人たちは何事もなかったように通り過ぎる。或いは、安全な距離を保って事態を見守る。
     おれはその場を走り過ぎようとして立ち止まった。暴行を続ける若者たちの足元に包装紙に包まれたお好み焼きが落ちている。
     おれはお好み焼きを拾い肥満男を蹴り続ける若者のひとりに歩み寄った。
    「これはお前のか」若者に言った。「食べ物を粗末にしてはいけない」
     若者が振り向き、おれを見上げる。その顔が一瞬、きょとんとなり、すぐに凶悪なものに歪んでいく。
     なんだテメェ関係ねぇやつは引っ込んでろ。
     おれは相手の顎を掴み強引に開かせた口にお好み焼きをねじり込んだ。
    「食べ物を粗末にしてはいけない」
     喉を詰まらせたそいつは胸を叩きながら胃袋の中身と一緒にお好み焼きを吐き出した。他のふたりがおれの方に近寄って来る。どの目もどこかとろりとしている。こいつらはなにかに酔っているに違いない。酒か、クスリか。普通なら二メートルを越える身長に筋肉の鎧をまとったおれに逆らう奴は滅多にいない。
     消えな、おっさん、怪我するぜ。
     ひとりが言う。
    「おっさん? 幾つに見える?」おれが訊ねる。
     先程まで走り続け大きく上がっていたおれの心拍数が急速に下がっていく。
    「幾つに見える?」おれは質問を繰り返す。
     若者のひとりがローキックを放った。おれは脚を外側に開いてその蹴りを膝で受ける。相手の脛がほぼ直角に折れ曲がり若者は膝を抱えて路上に転がる。
     おれはおれの質問に自分で答える。若者たちにおれの歳を教えてやる。おっさん、などと呼ばれるほど若くない。おれは歳よりずっと若く見えるのだ。
     三人目の若者がお好み屋に走り込み、包丁を手に戻って来た。タンクトップの二の腕に青い龍の刺青が見える。こいつも催眠術にかかっている、とおれは思う。この街の、この世界の催眠術にあきたらず自分で自分に催眠術をかけている。
     おれは人を殺す際、時に相手の肛門に指を入れる。そうして前立腺を刺激して束の間の快感を与え相手が射精した瞬間に首を捻じって骨を折る。だが、おれが目の前の若者を殺す事はない。おれが殺すのは死にたがっている者に限られている。
     若者は包丁を頭上に構えて突っ込んで来た。
     おれは振り降ろされる包丁の軌跡を読みながら手拍子を打つように両手をぱんっと打ち鳴らした。同時に真っ二つに割れた刃が甲高い音を立てて地面に落ちる。
     それで、終わった。戦意をなくした若者たちは逃げる事も出来ず両腕をだらりと体の前に垂らして立ち尽くしている。脛を折られた奴だけが相変わらず路上を転がり呻いていた。肥満体の男の姿はすでにない。お好み焼き屋の女の顔は同じままだ。提灯と同じように無表情だ。おれは呻き続ける若者に近づき脛を元の形に戻してやる。足を引っ張り手を放すと、カチリと音がして骨が繋がる。三カ月もじっとしていれば治るだろう。
     おれは軽くその場でジャンプして再び走り始めた。遠巻きの野次馬たちがおれのために道を開ける。早く家に帰りたかった。家に帰ってゆっくり風呂に浸かりたかった。(続く)
    ▼執筆者プロフィール
    井上敏樹(いのうえ・としき)
    1959年埼玉県生まれ。大学在学中の81年にテレビアニメの脚本家としてのキャリアをスタートさせる。その後、アニメや特撮で数々の作品を執筆。『鳥人戦隊ジェットマン』『超光戦士シャンゼリオン』などのほか、『仮面ライダーアギト』『仮面ライダー龍騎』『仮面ライダー555』『仮面ライダー響鬼』『仮面ライダーキバ』など、平成仮面ライダーシリーズで活躍。2014年には書き下ろし小説『海の底のピアノ』(朝日新聞出版)を発表。
     
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  • 【緊急対談】「松井玲奈とSKE48の8年間」吉田尚記・宇野常寛が語る松井玲奈の卒業 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.398 ☆

    2015-08-28 07:00  
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    【緊急対談】「松井玲奈とSKE48の8年間」吉田尚記・宇野常寛が語る松井玲奈の卒業
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.8.28 vol.398
    http://wakusei2nd.com

    (画像)松井玲奈さんが表紙を務めた『PLANETS vol.7』(2010年発売)より 

    今日は、SKE48を卒業する松井玲奈さんをテーマに、アナウンサーの吉田尚記さんと宇野常寛の対談をお届けします。ラジオ番組「ミューコミ+プラス」の舞台裏で見せた松井玲奈の知られざる素顔。また、SKE48での8年間の活動の中で彼女が果たした役割と卒業後の可能性について論じました。
    ▼対談者プロフィール
    吉田尚記(よしだ・ひさのり)
    1975年12月12日東京・銀座生まれ。ニッポン放送アナウンサー。2012年、『ミュ〜コミ+プラス』のパーソナリティとして、第49回ギャラクシー賞DJパーソナリティ賞受賞。「マンガ大賞」発起人。株式会社トーンコネクトの代表取締役CMO。おそらく史上初の生放送アニメ『みならいディーバ』製作総指揮。2冊目の著書『なぜ、この人と話をすると楽になるのか』(太田出版)が発売3ヶ月で累計12万部(電子書籍を含む)を越えるベストセラーに。マンガ、アニメ、アイドル、落語など多彩なジャンルに精通しており、年間数十本のアニメイベントの司会を担当中。ラジオ、イベントを通して、年間数百人の声優・アニメクリエイターにインタビューしたり、アニメソングのDJイベントを自ら企画・主催したりしている、世界で一番幸せなアニメファン。
    アマゾン著書ページ http://www.amazon.co.jp/-/e/B0041LAHFW
    Twitterアカウント @yoshidahisanori
     
    ■ 突出したラジオパーソナリティの能力
    宇野:今日はよろしくお願いします。玲奈ちゃんのことを話すなら、相手はよっぴー以外にいないだろうということで。
    吉田:でも、松井玲奈歴で言うと、宇野さんの方が長いですよね。
    宇野:僕は最初に好きになったアイドルがAKBで、『マジすか学園』でいっぺんにハマったんです。『マジすか学園』ってストーリー的には完全にヤンキー漫画のパロディで、今にして思うと、当時のAKBの比喩になっているような、気の利いたあてがきをしていたんだけど、そういうことは素人はわからないんですよ。ただ、演技は素人の女の子たちがものすごくマジでやってるのは伝わる。しょうもないドラマだけど、それを信じられなくらいみんな本気でやっていて、ドラマというよりはむしろドキュメント的な魅力に掴まれてしまった。ああ、アイドルってこれが魅力なんだなってはじめて気づいた感じで。
    その中で一番いいと思ったのが、松井玲奈のゲキカラの回だったんですね。あんな化学反応が起きるとは誰も予測してなかった。アイドルってああいう奇跡が起きるんだってことに僕は衝撃を受けた。あれに僕は一発でやられて、当時編集していたPLANETSっていう雑誌の7号の表紙をお願いしたんです。撮影は恵比寿のマジックルームっていう、今はなくなっちゃったんですが、若いアーティストたちが、色んなドローイングをしているアートスペースで、特に二次元のキャラクターをモチーフにした作品が多かった。彼女はアニメが好きだから、二次元のキャラクターたちと三次元の松井玲奈っていう対比で撮ってもらって。だから、僕のアイドル入門は松井玲奈だったんだよね。
    吉田:僕はアイドル自体はもう20年追っかけてるんですけど、AKBを見たのは、2005年の始まった直後にライブで番組を告知をするって話があって、そのときに秋葉原のドンキホーテで観たのが最初なんですが、ほとんど印象に残ってないんですよね。
    それから5年くらい経った2010年に、渋谷公会堂で「アイドルユニットサマーフェスティバル2010」というイベントの司会の仕事があって、bump.y、スマイレージ、SKE48、ももいろクローバーが出演したんですよね。ちなみに、当時のももクロは、「スマイレージだー!」ってはしゃいで写真撮って喜んでるような状態でしたね。たった5年でこんなにも変わるもんなんだなって、色んなことを考えさせられますが。
    そのイベントでは、出演4グループのパフォーマンス的にはももクロとスマイレージの一騎打ちに近い状態でした。その時点でも松井珠理奈と松井玲奈って子がいるんだ、くらいの認識でしかなかった。
    で、次はもう「ミューコミ+プラス」の月曜のアシスタントで来るって話になってて、その時は『マジすか学園』も何も、ほぼ見てないという状態。「まあ、普通に受け止めてみようか」っていうところがファーストコンタクトですよ。で、そこからはもうひたすら「すげぇなぁ」のオンパレードっていう。
    今までラジオパーソナリティとして、色んな人と一緒に仕事をしてきたけど、その中でも1位2位クラスの実力がある。ラジオパーソナリティで重要なポイントは2つあって、1つはものを良く知っていること。これはダントツに重要。もう1つが、これはエモーショナルな部分ですが、イージーに泣かない。これが長く活躍する人が備えている条件なんですよ。そういう意味で言うと、20代でこの両方を満たしている人って、男女共にほとんどいない。30代40代でも少ないくらいで、彼女がまだ24歳ってことを考えると、驚きのスペックですよ。
    宇野:単に上手いんじゃないんですよね。なんだろうね。ラジオならではの距離感をつかんでる感じ。AKBのオールナイトニッポンって裏番組が強いせいで、担当ディレクターからよく意見を求められるんですよね。以前僕が提案したのは、パーソナリティを一人にして、そこにゲストが来る方式にしないと駄目だと。そして、今のメンバーでそれに耐えうるのは指原と松井玲奈しかいない。つまり、「指原莉乃のオールナイトニッポン」もしくは「松井玲奈のオールナイトニッポン」以外ありえないって言ったんですよね。だから卒業発表の時のオールナイトで、玲奈さんの一人語りだけで2時間が実現したときは複雑な心境だった。やっとこれが聴けた、と思ったら卒業(笑)。もちろん、松井玲奈とラジオの関係は続くわけだけど……。
    吉田:これはラジオの不思議なところなんですが、覚悟が決まっている人じゃないと聞いてて面白くないんですよ。ラジオに出ること自体は覚悟がいることでもなんでもないんですけど、その人が最終的に追い詰められたとき、こうやって生きていくと決めてます、みたいな感じが出ているか、そういう腹のくくり方が見えてしまうんですね。
    ■「ドルオタなアイドル」の第一世代として
    宇野:実は僕がアイドルのファンになりたての頃に、なんとかしてアイドルを語るロジックを自分の中に構築しようと思って、現代的なアイドルに必要な三要素みたいな感じで三角形を書いていたことがあるんですよね。
    ひとつは、自分はこういうキャラクターだ、と自分から演じる女優的な能力で、もうひとつが逆に自分では自覚していないキャラを発見されて、それを打ち返していく能力。これがアイドル的な能力の核だと思う。そして三つ目がファンとの接触の能力、要するに握手会やSNSを通じて関係性を構築する能力ですね。松井玲奈はこの三要素をすべてを兼ね備えてる、ゆえに神である。みたいなロジックを考えていて。だから「松井玲奈こそ完璧なアイドルである」みたいな論陣を強く主張していた記憶がありますね。
    吉田:彼女について、「孤高」とも言われてるじゃないですか。人見知りで、他のメンバーとも積極的にコミュニケーションしないと。でも、うちの番組に来ると延々しゃべって帰るので、そういう姿を見たことがないんですよね。だから、SKEのドキュメンタリーを見た時にビックリしたんですよ。あまりにイメージと違って。世間のSKEファンが見ているのはこっちの姿なのかと。乃木坂やSKEを観に行くと、全然違うなと思いますもん。うちの番組では笑ってるイメージしかない。多分すごく珍しいんでしょうね。
    宇野:僕も何回か個別握手会に行ったことがあるんですけど、あれはかなり無理をして、自分の能力をフル活用しながら神対応やってるんじゃないかって思ったことが何度かあった。SKEって握手会はくらいついていくものって文化があると思うんですけど、松井玲奈は頭をフル回転させて話題を補うタイプの握手なんですよね。1枚10秒のサッと流れるような握手に、なんとか話題が途切れないように自分から言葉を足していく。こんなことやっててどこかで擦り切れないのかなって思っていたら、本当につまづくことなく昇りつめて行った。だからこういうこというのもなんだけど、松井玲奈って、僕が推し始めた頃よりもすごく成長してる。
    吉田:自身がアイドルオタクで、デビュー前から自分は芸能界に入るものだと思っていたっていう話をよくしますよね。だから、自分がやってることに対してビックリしてないんですよね。アイドルとはこういうものであり、こういう風になるためにはこうっていうルートを辿るってことが、なんとなくわかってる。
    宇野:松井玲奈って、オーディション受ける前からAKBが好きで入ってきた最初の世代で、その中で最初にトップクラスの超選抜に入った。ユーザー側から出てきたアイドルなんですよね。僕らオタクの分身としてのアイドルっていうのは、今やアイドルのキャラとしては鉄板になってるけど、それを最も大きい舞台で、しかもかなり早い時期に実践した先駆者だと思うんですよね。
    吉田:この間、中川翔子さんがゲストに来てたんだけど、玲奈ちゃんがえらい緊張してテンションあがってたんですよね。「中川さんを見て芸能界に入ろうと思った」って話を本人にしてたんですが、彼女はこういう話を絶対に安売りしない。本当に中川翔子にあこがれて芸能界入りして、その事実を具体的に説明できる。そういうところに誤魔化しがないというか、アイドルが全方位から検証される存在であることが身に染みてわかってるんですね。やっぱり覚悟のあるアイドルなんだと思いますよ。
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  • 公式認定「Yelpエリート」の基準が曖昧なワケは?――Yelpコミュニティマネージャー中澤理香が語る"口コミ"が生まれる運営 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.397 ☆

    2015-08-27 07:00  
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    公式認定「Yelpエリート」の基準が曖昧なワケは?――Yelpコミュニティマネージャー中澤理香が語る"口コミ"が生まれる運営
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.8.27 vol.397
    http://wakusei2nd.com


    「地域ポータルサイト」とは、たとえば東京都豊島区に住んでいるなら豊島区の、様々な飲食店やクリニックといった「そこでしか受けられない」サービスの情報をネット上で一覧できるようにしようという試みです。誰もが「あったら便利だな」と思うため、これまで様々なかたちで試みられてきたのですが、成功事例はなかなか生まれせんでした。
    しかし、その「地域ポータル」というサービスを「グローバルに」展開し、日本でも急成長を遂げているのが「Yelp」です。今回はコミュニティマネージャーを務める中澤理香さんに、そのYelpの運営思想について聞いてきました。

    ▼プロフィール
    中澤理香(なかざわ・りか)
    1988年生、東京都出身。早稲田大学文化構想学部を卒業後、ミクシィに入社。サービスディレクターとしてスマホアプリやwebサービス等の立ち上げに携わる。退職後、フィリピン留学・サンフランシスコでライター活動等を経て、2014年8月よりYelp日本初のコミュニティマネージャーとして、東京のマーケティング責任者を務める。
    Yelp:http://www.yelp.co.jp/
    ◎聞き手・構成:稲葉ほたて
    ■ Yelp(イェルプ)とはなにか
    ――まずはYelpがどういうサービスなのかを教えていただけますでしょうか。
    中澤理香(以下、中澤):基本的には、「地域のローカル情報をユーザーが共有する」サービスです。日本では2014年4月に進出が始まって、その日本で初めてのコミュニティマネージャーとして私が東京の担当者になりました。
    Yelp日本語版のTOPページ。(URL)
     Yelpは日本ではまだまだ知られていませんが、アメリカでは既に日常で使うローカル情報メディアとして地位を確立しています。実際、Yelpにジョインする前にサンフランシスコに住んでいた時期があるのですが、現地では生活に欠かせないサービスになっていました。
    ――「海外の食べログみたいなものでしょ」と思っている人も多いのかなと思います。
    中澤:確かに飲食店のローカル情報は多いのですが、それに留まらない地域情報を提供しているのが特徴だと思います。Yelpは会社のミッションとして、「To connect people with great local businesses」という言葉を掲げているんです。つまり、人々と素敵なローカルビジネスをつなぐという思想が強くあるんですね。
     だから、海外のYelpには地域の医者や車の修理工、弁護士事務所や税理士事務所の情報もたくさんあるし、刺青師なんかにレビューが沢山ついていたりするんですね。向こうにはタトゥー文化がありますから。
     そういう中でサクセスストーリーも生まれています。例えば職業訓練を受けたホームレスが水道屋を開業して、Yelpでのレビューの高評価から地域で愛される水道屋になったエピソードが話題になったこともありました。
     基本的には大手のチェーン店が強くなりがちなビジネスにおいて、優れた活動をしている個人や小規模の店舗をエンパワーメントしていくことを大事にしているんですよ。
    ――インターネットの思想を、ローカルビジネスの領域に持ち込んだサービスなんですね。
    中澤:そうです。だけど、あくまでもそれを評価するのはユーザーであるという考え方も徹底しています。
     ですから、店舗が編集できる情報にはかなり大きく制約をかけているし、検索結果で特定の店舗を有利に表示するような広告サービスもつけていません。情報の「aucenticity(真実性)」を重視していて、それはユーザーの評価から生じてくるものだと考えるんです。
    ■ 「国家」ではなく「都市」を単位に考える
    ――かなりインターネットの思想に"潔癖"なサービスだという印象を受けるのですが、CEOは所謂「ペイパルマフィア」の人ですよね。
    中澤:そうです。
     ただ、CEOのジェレミー・ストッペルマンは、派手な人が多いペイパル出身者の中では、あまり目立った存在ではないですね(笑)。それに、色々な意味でシリコンバレーのCEOとしては変わっていると思います。そもそも自分の作った会社を10年間も売らずにおいて社長を続けていること自体が、シリコンバレーでは異例です。
     そもそも彼は、ペイパルではソフトウェアエンジニアリングの責任者を務めた技術者でした。今でも本社のプロダクトチームに席があって、そこに座って仕事をしています。ビジネスの戦略や提携にも、ほとんど関わっていません。
     とにかく純粋にユーザーが使いやすいものを作ることだけに注力していて、この10年間でユーザー数を増やすための無理な博打は打ったことは一度もない。それどころか、ユーザー獲得のための広告費すらほとんど打っていない。良質なサービスを作り、コミュニティマネージャーが各都市でコミュニティを形成していく――それだけを続けてきたのがYelpです。
     このジェレミーの気が長いというか、長距離ランナーみたいな思想は、Yelpという会社全体に大きく反映しているように思います。
    ――ずいぶんとのんびりしたやり方というか……そうなるとYelpがここまで伸びた勝因が気になるのですが、そもそもどういう経緯で始まったサービスなんですか?
    中澤:ジェレミーがペイパルで働いていた時期、次々に周囲が起業していたんです。ジェレミー自身も2004年頃にハーバードビジネススクールに1年だけ通ったのですが、その夏休み、良い歯医者を探していたときに、役立つ情報がないことに愕然としたそうです。そこで、今で言う「ヤフー知恵袋」みたいなサービスを作ったそうです。ただし、不特定多数ではなく、友達限定で質問を投げかけるサービスでした。これがYelpの原型になっています。
     コミュニティ活動を重視するようになったのは、その後のことです。最初はユーザーがオフ会を勝手に主催していたのですが、そこに当時数名だった社員が行ってみたら、大盛り上がりしてしまったそうです。そこで公式でもオフ会を主催するようになりました。そして、ここで見つけた「イベントを主軸にしたコミュニティ運営」というのが、その後のYelpのユーザー獲得の肝になっていきました。

    ▲YelpがIKEAとコラボして開催したイベントのひとコマ。家具の組み立て選手権を行っている。
    ――とはいえ、こういうローカルBBSとかローカルSNSの類で、グローバルプラットフォームになり得たのはYelpくらいだと思うんです。何が成功の要因だったのでしょうか?
    中澤:それは、いつも聞かれる質問ですね(笑)。でも、別に凄いことはやっていないと思います。
     他の競合他社とYelpが一つだけ違ったのは、最初のサービスをサンフランシスコだけに絞ったことなんですよ。
     他のサービスは外へと拡大することを考えた結果、結局、単なる広く浅いサイトにしかならなかったんです。一方でYelpは徹底的に狭い場所で濃いサービスを展開した結果、ユーザーのコミュニティに熱気が生まれて、レビューが次々に書かれていくループがどんどん回転していき、ついにはサンフランシスコの地域情報におけるナンバーワンサイトになりました。
     その後のYelpの歴史は、こうやってゼロから新しい都市を開拓していくことの繰り返しです。でも、それを繰り返すことで、プラットフォームの機能はどんどん充実していくし、コミュニティ運営のノウハウもどんどん溜まっていくわけです。
    ――まさに元楽天執行役員の尾原和啓さんがPLANETSの連載で論じた、プラットフォーム運営の基本どおりに展開したわけですね【※】。
    中澤:今でもYelpは、基本的には国単位でサービスを見ていないんです。
     もちろん言語の問題があるので、全く国のことを考えていないというのは言いすぎなのですが、ことコミュニティ運営という点では、やはり「東京」「大阪」「福岡」のように都市の単位で見るんです。これは海外でも同じで、フランスやイギリスというくくりよりは、パリやロンドンのように都市の単位で考えていますね。

    【※】
    「最初に広く浅いコミュニティを狙ってはいけない」ということです。なぜなら、ユーザーの熱量がない場所には、全く投稿数もなく読者も増えないからです。そのため、My SpaceにしてもFacebookにしても、海外のSNSは非常に特殊なカテゴリの、狭くて濃い対象から徐々に広げていきました。(出展:mixiが流行した理由"をサイト設計から理解する)

    ■ プラットフォームにとってイベントとは
    ――中澤さんは、そんなYelpの日本進出における最初のコミュニティマネージャーでもあったわけですよね。
    中澤:新卒でミクシィに入社して新規事業やサービスの立ち上げなどに携わってにいたのですが、一昨年に退職してからはしばらく海外に語学留学したり、サンフランシスコで過ごしたりしていたんです。
     アメリカで生活していると、Yelpは本当に生活に欠かせないツールなんですよ。そんなときに前職の同僚から、Yelpが日本進出の最初のメンバーを探していからと聞いて、いまの上司となる人とお茶したんです。そのときにオフィスに行って話を聞き、興味が湧いてコミュニティマネージャーの採用試験に応募しました。
    ――コミュニティマネージャーというのは、各地域でコミュニティを盛り上げて地域情報をドンドン追加してもらうように動きまわる担当者ということでいいですか。
    中澤:だいたい合ってると思います(笑)。
     日本では私が東京の担当者として最初に採用されましたが、現在は大阪などの様々な地域に担当者が一人ずつ採用されています。
     ちなみに、コミュニティマネージャーはオフィスも特にないし、仕事の時間も自由に決められます。そうして自分の足で街を歩いてまわれ、という考え方なんですね。打ち合わせも、地域で話題のカフェにあえて行ったりしています。
     ただ最近、アメリカでは新しい取り組みも始まっています。コミュニティマネージャーほどフルコミットはせずに、ユーザーが週に何時間かだけ運営の手伝いをする「コミュニティアンバサダー」という制度が試されています。これが上手く回れば、コミュニティマネージャーが出向かない都市でもYelpを発展させられる可能性があります。
    ――そろそろ今日の本題に入りたいのですが、Yelpで特徴的なのはこのコミュニティ運営の独自ノウハウにあると思うんですよ。例えば、先ほども話に出たように、Yelpはかなりイベントドリブンでサービスを伸ばしていますが、これは効果的だからやっているわけですよね?
    中澤:効果はありますね。
     格好良く言うと「エンゲージメントが深まる」という言い方になるのですが、要はYelpがユーザーの「自分ごとになる」という感じです。具体的には、イベントに来たユーザーがどんどんサイトに投稿してくれるきっかけになるという効果がありますね。
    ――たぶん、ウェブサービスの最先端で近年発見された面白いトピックが、コミュニティ運営におけるイベントの有効性だと思うんです。ニコニコ動画なんて、イベントドリブンのサービスになってるのが良い例ですね。でも、単純に露出だけを考えると、イベントの数字って特に大きいわけではないでしょう。その有効性がどこから生じるのかを、あまりみんなうまく説明できていないと思うんです。
    中澤:Yelpって最初にも述べたように、多くの人にはブラウザから検索で見に行く情報サイトなんです。
     でも、そこにあるコンテンツはヘビーユーザーが投稿したもので、その人たちのコミットメントは凄まじいものがあるんです。サイトへの貢献度で言えば、送り手と受け手の間には、もう何十倍もの圧倒的な差があると言っていいんじゃないかと思います。
     ハッキリ言えば、そこに来た10人のユーザーの1人でも、そういう送り手のユーザーに転換してくれれば、その人が何十倍も動いてくれるわけですから十分に効果があるんですよ。
     イベントの良いところを言うと、そういうユーザーを効率よく生み出すことにあります。
     ネットの1PVもイベントに足を運んだ人数も、露出という数字だけで見れば同じかもしれない。でも、そこにあるコミットメントはぜんぜん違うんです。結局のところ、ネットのPVの多くは、Twitterで流れてきたリンクを踏んで、すっと通り過ぎていくようなものでしかない。でも、イベントはそういうものではないと思うし、イベントへの参加自体がコミットメントを上げていくんですね。

    ▲Yelpイベントの様子

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  • 国内アーケードの変容と海外オープンワールドの拡大〜『アイマス』『戦場の絆』『GTAⅣ』 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.396 ☆

    2015-08-26 07:00  
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    国内アーケードの変容と海外オープンワールドの拡大〜『アイマス』『戦場の絆』『GTAⅣ』(中川大地の現代ゲーム全史)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.8.26 vol.396
    http://wakusei2nd.com


    今朝のメルマガは『中川大地の現代ゲーム全史』の最新回です。携帯型ゲーム機や携帯電話向けゲームアプリの優勢で存在意義を奪われていったアーケードゲーム。そんななか「アーケードならでは」のゲーム体験を提供し成功した『アイマス』『戦場の絆』のゲーム史的意義とは? そして、現在も世界のゲーム市場の主流を占める「オープンワールド」の雄、『グランド・セフト・オート』登場のインパクトを振り返ります。
    「中川大地の現代ゲーム全史」(これまでの配信記事一覧はこちらから )
    第10章 「ゲーム」を離れはじめたゲーム/コミュニケーション環境が変えたもの
    2000年代後半:〈拡張現実の時代〉確立期(4)
    前回記事:「ガラパゴス」と「グローバルスタンダード」の狭間で〜PSP・PS3におけるソニーの生存戦略と『モンハン』〜
    ■『アイマス』『戦場の絆』が拓いたアーケード文化の昇華の道
     『モンハン』が街中どこにでも現出する〈拡張現実〉型のゲーム風景を切り拓くのと対応して、ゲームセンターという特定の空間に足を運ばせる工夫を宿命づけられているアーケードゲームの領域でもまた、ネットワーク技術の力を援用しながらロケーションの価値を高めるための飽くなき追求が続けられていた。
     前章に述べたアーケードTCGに続き、新たに登場した通信型マルチプレイゲームのスタイルが『THE IDOLM@STER(アイマス)』(ナムコ)であり、『機動戦士ガンダム 戦場の絆』(バンダイナムコゲームス)であった。
     05年に稼働を開始した『アイマス』は、プレイヤー各自が新米プロデューサーとなり、トゥーンレンダリングによって二次元描画のアニメ風に描画されたフルボイスの3Dキャラとして描かれる10人のアイドル候補生の中から好みの1〜3人を選び、アイドルユニットを組ませてプロデュースするという趣向の、育成SLGの一種だ。ゲームとしての基本構成は、自ら決めたユニット名で活動するアイドルたちの歌唱力やダンス力といったパラーメーターを各種のミニゲームによって向上させていく「レッスン」と、恋愛SLG風の会話によってメンタル状態の好転をはかる「コミュニケーション」の繰り返しによる育成である。そしてテレビ番組への出演を目指した「オーディション」を行い、その合否などによって増減するファン獲得数を得点として、アイドルランクの上昇を目指していく。
     この時代のアーケードゲームの特徴として、自身のプロデューサーとしてのランクやプレイ履歴を記録するものと、アイドルユニットの成長状態を記録するものとの2種類のリライタブルカードが発行され、家庭用ゲームと同様に継続的にプレイすることが前提となっている。さらにオーディションは、基本的に全国でリアルタイムにプレイしている他のプレイヤーたちの作成ユニットとのオンライン対戦での競い合いとなっており、番組出演を勝ち取ることができると、報償としてライブタワーと呼ばれる筐体のモニターにて育成ユニットの出演ステージの3Dアニメーション映像が流される。こうした仕掛けにより、ロケーションに何度も足を運ばせつつ、アーケードならではのライブな体験共有ができるような仕様が実現されていたのである。
     この仕掛けが奏効し、 CVを担当した声優陣による劇中アイドル名義での楽曲サウンドトラックの発売や、07年の360など家庭用ゲーム機への移植、本作を原案とするテレビアニメの制作といったメディアミックス展開に発展。ゲーム/アニメの領域でグループアイドルもののコンテンツが活況を呈していく潮流の先駆けともなった。

    ▲『THE IDOLM@STER(アイマス)』の筐体
    (出典)https://ja.wikipedia.org/wiki/THE_IDOLM@STER
     本作におけるグループアイドル像は、1990年代後半から2000年代前半にかけて一世を風靡した「モーニング娘。」と中核とするつんく♂プロデュースのハロー!プロジェクトのそれを彷彿とさせる。モーニング娘。は、テレビ東京のバラエティ番組「ASAYAN」内でのオーディション企画から発足したグループであったが、アイドル候補たちのキャラクター性や成長過程を舞台裏含めて見せていくリアリティショー的な手法や、10数人の女性メンバーから順列組み合わせのユニットを形成してテレビ番組向けにプロデュースするといった構造を、誰にでも疑似体験できるかたちで開放したのが『アイマス』だったとも言えるだろう。
     おりしも同じ05年には、ハロプロ的なアイドルプロデュースの方法論をさらに徹底化し、東京・秋葉原の専用劇場での定期公演をベースに、「会いにいけるアイドル」をコンセプトに掲げた「AKB48」が誕生していた。これを契機として、以後は地下アイドルやライブアイドルのブームが盛り上がっていくことになるが、ロケーションベースでの現場の臨場感と、ネットを利用したユーザー体験のシェアとを車の両輪にしているという意味で、『アイマス』とAKBのムーブメントの在り方には少なからず通底するものがあった。
     とりわけ360移植後の『アイマス』は、ニコニコ動画などの動画共有サービスにて、パフォーマンスシーンを流用したMADムービーなどのn次創作型UGCの人気供給源にもなっていくが、これはAKBがプロデューサーである秋元康の意図をも超え、現場とネットの結託によるユーザーコミュニケーションをフィードバックすることで巨大な潮流を生み出していったことと、完全に要因を同じくする出来事だ。つまり、二次元か三次元かの別を超えて、アイドル文化が大きく〈拡張現実〉型に更新されていく同時代現象として、『アイマス』とAKBはそれぞれのムーブメントを引き起こしていたのである。
     他方、06年稼働の『戦場の絆』もまた、以後のゲームセンターの風景を大きく変えていくことになる。本作は、1980年代以降の日本アニメを観て少年期を過ごした層にとっての擬似戦記的な共通体験となっている『機動戦士ガンダム』に登場する地球連邦軍とジオン軍の両陣営の各種モビルスーツ(巨大ロボット兵器)への搭乗体験を、コクピットを模したP.O.D.と呼ばれる大型筐体によって再現し、4〜8人ずつのチーム対戦ができるという趣向の体感型バトルシミュレーターである。
     似たようなスタイルで巨大ロボット兵器に搭乗しての戦闘を擬似体験させようとしたアミューズメント施設としては、1990年代初頭にアメリカや日本で専用施設を設けて営業していた「バトルテックセンター」のような先行例があった。その後の15年以上のテクノロジーの進歩を受け、一般的な都市型ゲームセンターでも充分に展開可能なかたちで登場した点が、『戦場の絆』の特徴と言える。その設計趣旨どおりにチーム対戦ができる規模でP.O.D.筐体を設置できるロケーションは、資本力のある大きな集約型施設に限られていたが、アーケードゲーム業界全体が選択と集中を迫られていた趨勢を前提に、初めて実現したタイプのプロダクトだったわけである。

    ▲『戦場の絆』のコックピット
    (出典)公式サイト 
     ここに、プラモデルを中心とする立体造形化のノウハウを3DCG化以降のデジタルゲームの領域にフィードバックするかたちで、その時々の最新テクノロジーを駆使して劇中世界の手触りをリアリスティックに再現しようと試み続けてきた『ガンダム』ゲームの文脈が加わる。アーケードでのモビルスーツ対戦ものとしては、すでにカプコン開発による三人称視点のバトルゲーム『機動戦士ガンダム 連邦vs.ジオン』(バンダイ 2001年)が大きな成功を納めていたが、だいたいこの時期までに「ザクやジムのような量産型機体ならこの程度、ガンダムやシャア専用ゲルググのようなワンオフ型なら高コストながら段違いのジャンプ力やスピード感が味わえる」といった、機体ごとの〝らしさ〟をファンに納得させるだけの個性が確立されていた。そんなプレイヤーの体感レベルでの操作性の傾向を、一人称視点でより臨場感あふれるかたちで擬似体験できるようにさらに一歩押し進めたのが、『戦場の絆』であった。
     言うなれば、ナムコ時代最終期の『アイマス』から1年を隔て、バンダイナムコゲームスからリリースされた本作は、キャラクター玩具の版権に強いバンダイが蓄積してきた『ガンダム』ゲームの連綿たる系譜と、『ギャラクシアン3』(1990年)や『ソルバルウ』(1991年)のように、テーマパークや大型アミューズメント施設でのライド型アトラクションを展開してきたナムコの長所を高度に結晶化させ、両社の企業統合の面目躍如を示してみせたわけだ。
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  • "YOSHIKI 2.0"としてのEXILE・HIRO――ヤンキー文化とV系(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第3回) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.395 ☆

    2015-08-25 07:00  
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    "YOSHIKI 2.0"としてのEXILE・HIRO――ヤンキー文化とV系(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第3回)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.8.25 vol.395
    http://wakusei2nd.com


    今朝のメルマガは市川哲史さん・藤谷千明さんによる好評連載『すべての道はV系に通ず』第3回をお届けします。今回のテーマは「ヤンキー文化とV系の関係」。V系はヤンキー文化だとよく言われますが、それはどれぐらい正しいのか? そして、ヤンキーをビジネスにした先駆者・YOSHIKIの正統なる後継者とは? 今回もヴィジュアル系の文化的側面に焦点を当てて語ります。
    『すべての道はV系に通ず』これまでの記事はこちらから。
    ▼対談者プロフィール
    市川哲史(いちかわ・てつし)
    
1961年岡山生まれ。大学在学中より現在まで「ロッキング・オン」「ロッキング・オンJAPAN」「音楽と人」「オリコンスタイル」「日経エンタテインメント!」などで歯に衣着せぬ個性的な文筆活動を展開。最新刊は『誰も教えてくれなかった本当のポップ・ミュージック論』(シンコーミュージック刊)。
    藤谷千明(ふじたに・ちあき)
    1981年山口生まれ。思春期にヴィジュアル系の洗礼を浴びて現在は若手ヴィジュアル系バンドを中心にインタビューを手がけるフリーライター。執筆媒体は「サイゾー」「Real sound」「ウレぴあ総研」ほか。
    ◎構成:藤谷千明
    ■ そもそもV系=ヤンキーなのか?
    藤谷:今回のテーマは「ヴィジュアル系とヤンキー文化」です。前回の対談のときに市川さんが「文化的なことばかり書いて音楽的な部分を語ってこなかった」とおっしゃっていましたが、これまでに市川さんが中心となって語ってきた「ヴィジュアル系≒ヤンキー論」を今一度おさらいしつつ、2015年現在の視点も入れて新たに語りなおす必要があるんじゃないかと思います。たとえば20歳前後のファンたちに話を聞くと「V系とヤンキーって言われてもあまりピンと来ない」と言うんですよ。
    市川:90年代においては<V系≒ヤンキー>が共通認識として誰もが見なしてたんだけども、いまや<V系=オタク文化>って感じだもんねぇ(←しみじみ)。
    藤谷:そうなんです。この20年でゆるやかに変化してきたものだと思うんですが、そこを検証してみたいと思います。例えばですね、斎藤環の『ヤンキー化する世界』に、ヤンキー文化の重要な項目というものがあって、そこに「バッドセンス」「キャラとコミュニケーション」「アゲアゲのノリと気合い」「リアリズムとロマンティシズム」「角栄的リアリズム」「ポエム的な美意識と女性性」とあります。これってもう、完全にヴィジュアル系、というかYOSHIKIのことじゃないですか(笑)。

    ▲斎藤環『ヤンキー化する日本』KADOKAWA/角川書店、2014年
    市川:その通り(爆嬉笑)。でもね、かつてのV系バンドマンが皆ヤンキー出身ではなかったわけ。ほら、ヤンキー的なヴィジュアルとライフスタイルに憧れる、地方の少年みたいなのが大半だったと思うよ。YOSHIKIはボンボンならではのヤンキーだけど、hideは美容院のぼっちゃんだし。まあTAIJIに至ってはヤンキーではなく単なる暴れ者(苦笑)。
    社会の状況にしても、90年代の段階で暴走族は廃れていたし、当時のヤンキーがV系のメイクしてたかっていうとそういうわけではない。V系は、ヤンキー文化の中心ではなく亜流だったんだよね。YOSHIKIを含め、そもそもV系バンドが自らヤンキーと名乗ったことは一度もないはず。のちの氣志團じゃないわけよ。
    ただ僕がV系にヤンキー的なマインドを初めて感じたのは、もしかしたらファンからかもしれない。だって90年代初頭のXのライヴ会場ってなぜか皆、バンド名やメンバー名、歌詞を背中一面に金糸で刺繍した特攻服や長ランを着てくるという。
    藤谷:ヤンキーが地元の祭で派手な格好をしてくるノリに近いですよね。90年代に暴走族は廃れたと言っても、なぜか祭りの日にはすごい派手な頭の人が沢山集まってくるような……。
    市川:でもV系の会場においてはそれが全員女子で、開演の何時間も前から「気合いだー!!」って円陣組んで叫んでるという(懐笑)。
    藤谷:外部からみたヴィジュアル系のイメージってそこだと思うんです。で、それがだんだんオタク的になっていったわけですよね。ゴールデンボンバーなんてその極北ともいえる。
    そもそもブレイクのきっかけがニコニコ動画に上げた『女々しくて』のセルフパロディ動画「パクられる前に自らパクってみた」で、これは2010年当時のネットユーザーの気分に合致してバカ受けしたんです。ここから『女々しくて』のブレイクにつながっていくわけなのですが、他にもGLAYやtheGazettEなど様々なバンドをネタにしたり――それまでにもネタっぽいバンド、メタっぽいバンドはいたれど、徹底的にメタ視点でネタをやるというスタンスはこれまでにないオタク的な視点だったと思います。

    ▲ゴールデンボンバー/パクられる前に自らパクってみた
    市川:もしゴールデンボンバーが1992年にデビューしてたら、間違いなく東京湾に沈んでたな。Xが直接手を下さずとも、周りの舎弟たちが自主的に処分してたと思う(愉笑)。
    藤谷:だから今回は鬼龍院さんが海の藻屑にならなかった理由を考えたいわけです。
    市川:むかしむかしライヴハウスは「不良の溜まり場」だと思われていました。ヤンキーじゃないよ不良だよ。
    藤谷:その時代は体験していないのですが、「パンクとメタルが仲が悪くて暴力沙汰になった」というような都市伝説はよく聞きますね……。
    市川:都市伝説じゃないんだよこれが。パンクスがメタラーを<メタル狩り>、メタラーがパンクスを<パンク狩り>――アンダーグラウンドなシーンの片隅で、バンド同士が不毛な暴力的抗争を繰り拡げてたの。にもかかわらず、そのどっちサイドからも「同じ村の住人」視された稀有な立ち位置の男がYOSHIKIだったわけ。hideが「ヨっちゃんハードコアパンクもジャパメタもOKだったから」と感心しきりで。
    藤谷:そうなんですか。そういうコミュ力あるところもヤンキー的ですよね。
    市川:コミュ力というか、単にメタルもパンクも好きでどっちか選べなかっただけというか(失笑)。するとYOSHIKIの中で両者の境界線が曖昧になっていく。たとえば当時のメタルは絶対上半身裸なんかにならなくて、すぐ裸になっちゃうのはパンクスだった。さてYOSHIKIはすぐ肌を露出するじゃん。髪の毛をダイエースプレーで角状に立ててたのも、メタルよりはパンクス。
    藤谷:頭の半分がツノで半分ウェーブのYOSHIKIの「ウニ頭」ヘアスタイルはそういう意味も込められているかもしれないんですね。
    市川:藤谷さんの解釈は優しいなぁ。初期のXの音は、構造的にはハロウィン(ドイツのヘヴィメタルバンド、84年結成)みたいなメロスピ(メロディックスピードメタルのこと。ヘヴィメタルのサブジャンルの一つ)だから、メタル色が濃かったわけよ。なのにヴィジュアルは裸でウニ頭だから、<自分勝手なハイブリッド>だったんだと思う。だけど同時にTVのバラエティ番組に出て運動会なんかやったりするもんだから、結局最終的には両方からバッシングされちゃったという。わははは。
    藤谷:『天才・たけし元気が出るTV!!(日本テレビ)』ですね……。当時はミュージシャンのTV出演は音楽番組ですらどうなの? という空気があった中、バラエティ番組に出演して食堂でライブをしたり運動会に出たりして、物議を醸していました。『ロッキンf』(リットーミュージック)にYOSHIKIが「自分たちがTV番組に出ることについて」というテーマで手記を寄稿したこともあったそうですね。
    市川:彼はどんなことにおいてもイノベーターであることに、価値を見い出してたと思う。言い換えればそれはまさに「飛び道具」的価値観なんだけども、メタルにもパンクにもなかったその独特な痛快さがV系という独立した社会を生んじゃった。単純明快でわかりやすい美意識って、ヤンキー的だもんね?
    ■ヤンキーV系の衰退とオタクV系の台頭はなぜ起こったのか?
    市川:とはいうものの、V系がヤンキー的な「オラオラ」ロックだった時代は実は短くて、95年くらいには早くもヤンキー性が希薄になってた気がする。既にその頃にはV系がお金を沢山稼いでくれる音楽ビジネスとして確立したもんだから、良い意味でも悪い意味でもスマートに高級に巨大になってしまった。そうなってくると、がむしゃらな創造衝動もヤンキー色も薄れてきてしまう。そしてヤンキー性が希薄になった最大の「裏」理由は――YOSHIKIが本拠地をLAに移して日本からいなくなったこと。だははは。
    藤谷:そんな地理的な問題で済ませてしまっていいんですか!
    市川:うん(←あっさり)。結局そういうことなんだよ。皆勘違いしてるようだけども、Xって四半世紀以上存在しているにもかかわらず、オリジナルアルバムがインディーズ時代のを含めても4枚しかないのよ? 百歩譲ってミニアルバムの『ART OF LIFE』加えてもたったの5枚。後輩のLUNA SEAやGLAYの方がよほどちゃんとリリースしてるし、CDだってはるかに売れてるんだから。実は。
    藤谷:それでも、ジャンル全体の話になるとYOSHIKIの話になってしまうというのがなんとも――。
    市川:アルバム単位で見ても、LUNA SEAが平均100万枚超。ラルクアンシエルが最高300万枚でGLAYのベスト盤に至っては500万枚と、Xの3倍4倍も売れてたわけさ。すると当然、雨後の筍のように出てきた若手もかなりの確率で売れていく。そうなってくると「V系」というブーム自体は活気があって盛況だけども、初期にあったような緊張感は急速に薄まっていったんじゃないかな。
    94〜95年頃からか、それまでV系を扱ったことのないレコード会社や芸能事務所の連中が、私をがんがん訪ねてくるわけ。で「V系バンドを始めようと思うんですが……」って相談されるの。知らんがな(激失笑)。まあ、日本全国にアマチュアV系バンドが溢れてたのは事実なんだけども。
    藤谷:そこで『BREAK OUT!』(※テレビ朝日系列の音楽番組。全国のインディーズバンドをランキング形式で紹介し、V系ブームの隆盛に一役買った)のような、インディーズバンドを取り上げるといいつつも実質は「ヴィジュアル系のための番組」が成立したということでしょうか。
    市川:アレは志の低ーい番組だったよなぁ。青田刈りしたアマチュアV系バンドたちを番組で推してやる代わりに、系列の音楽出版社であるテレ朝ミュージックが「その原盤権を掌握して儲けるぜ!」みたいな大人の欲望丸出しだもの。キリト(PIERROT/Angelo)のような<V系テロリスト>がキレたのはもちろん、あの温厚なyasu(JanneDaArc/Acid Black Cherry)ですら「アレは最低です」と全否定してたくらいだから。
    90年代後半のV系バンドはそれほど金儲けの論理にまみれていたわけだけど、でも言い換えるとそれだけV系が有望なマーケット=ポップ・カルチャーとして成立してた側面もあるんだろうね。
    藤谷:市川さんの『BREAK OUT!』に対する評価は厳しいですけど、少なくとも今35歳以下のヴィジュアル系ファンはあの番組を見て育ったと言っても過言ではないですからね。
    市川:そうなんだよなー。あの番組がV系を日本全国に広めちゃったのは事実だからなー、節操なく。でまあ私は当時、「もうV系はほっといてもいいや」と思っちゃって見限ったのは事実です。だってバンドマンも背広組も、人として加速度的につまんない奴ばかりになっちゃったんだもん。ほら、徳川将軍家と同じでさ、初代の家康から代を重ねてって最後の方になればなるほど小者感が激しく漂うじゃない。やっぱり。
    藤谷:そんな状況を象徴するかのように現れたのが、96年デビューのSHAZNAですよ。徹底的にポップ、徹底的にキャラクターを立てていったことでブレイクしたじゃないですか。私はヤンキー→オタクへのある種の転換点ってSHAZNAだと思っていて。ああいうふうに自分をキャラクター的に表現するというのは、現代の2.5次元的なヴィジュアル系に通じているというか。
    市川:うん、「必要悪」SHAZNAを契機にオタク的な奴らが増殖していくわけですよ。恐竜の時代が終わって哺乳類の時代が始まるようなもんです。いや、ヤンキー漫画がアニメに駆逐されたというべきか? というか、そもそもオリジナルV系が廃れたのはいつからになるんだろう。
    藤谷:私は99年から下降線をたどっていったのかなと思います。98年から99年にかけて何十バンドもデビューしてますから。DIR EN GREYやPIERROTを筆頭にD-SHADEやLastierといった『BREAK OUT!』バンドや、もう名前も思い出せないようなバンドもたくさんいます。
    とはいえ20万人も動員した、今から考えるとワンマンライブとしてはありえない規模で行われた《GLAY Expo》も、99年です(幕張メッセに併設されている巨大駐車場で行われた。会場の総面積は東京ドーム約4個分に相当)。それにラルクが起こした通称「ポップジャム事件(ラルクがNHKの音楽番組『ポップジャム』に出演したさい「ヴィジュアル系」と呼ばれて激怒したとスポーツ新聞やワイドショーで報道された事件)」や、IZAMと吉川ひなのが結婚してすぐに離婚したのもこの年でした。
    だから「終わりの始まり」といいますか、ピークを迎えたのも99年ですし、芸能ニュース的にオワコン扱いされだしたのも99年なんじゃないでしょうか。
    市川:そして最後に残ってたのが、実は作品的にまったくV系じゃないGLAYと、誰がどう観ても聴いてもV系のくせにV系であることを頑なに拒否し続けたラルク――よりにもよってこの2バンドだったことが何かを象徴しているというか、<ブームの終焉>感をより醸しだした気がする。
    藤谷:そしてですね、ブームも終わって「ヴィジュアル系・冬の時代」と呼ばれていた00年代前半に早稲田にヴィジュアル系研究会ができ、一方で慶応のインカレサークルのメンバーが中心になって結成されたのが後の「彩冷える」です。個人的にこれがすごく興味深くて。もちろん高学歴のヴィジュアル系ミュージシャンは昔からいましたけど、それを公表していた最初の世代なんじゃないかと。
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  • 月曜ナビゲーター・宇野常寛 J-WAVE「THE HANGOUT」8月17日放送書き起こし! ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.394 ☆

    2015-08-24 07:00  
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    月曜ナビゲーター・宇野常寛J-WAVE「THE HANGOUT」8月17日放送書き起こし!
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.8.24 vol.394
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    大好評放送中! 宇野常寛がナビゲーターをつとめるJ-WAVE「THE HANGOUT」月曜日。ほぼ惑月曜日は、前週分のラジオ書き起こしダイジェストをお届けします!

    ▲先週の放送は、こちらからお聴きいただけます!

    ■オープニングトーク
     
    宇野 時刻は午後11時30分を回りました。みなさんこんばんは、宇野常寛です。結論から言うと、惨敗でした。土曜日の夜に、カブトムシを捕りに行ってきたんですよ。僕は小学校低学年くらいから昆虫が本当に好きで、昆虫採集が一番の趣味だったんですよね。冬場はさすがにやっていなかったけれど、小さい頃はほぼ1年中、虫を追いかけていた人間なんです。それで、事務所のアルバイトに立石という首都大学の院生のやつがいたんですが、ある日彼がカブトムシマニアであることが発覚したんです。彼の話を聞いているうちに少年の心が蘇ってきて、2011年からは毎年、立石のガイドでカブトムシを捕りにいくのが恒例行事になったんです。捕るといっても、僕は飼育には興味がありません。深夜の夏の盛り場で、クヌギの木とかに集まって食欲と性欲をフル解放しているやつらを激写するということに喜びを求めているんです。
     
     例年、南大沢の雑木林に行っていたんですけれど、去年そこが公園の整備のために伐採されちゃったんですよね。だから去年はカブトムシを捕りに行けなかったんです。それが悔しかったので、今年はいろんな人に聞いたりネットで調べたりして、カブトムシがいるらしい都内某所の公園をつきとめたんです。そういうわけで、土曜日の午前中にふと思い立って、知り合いに手当たり次第召集をかけて、一年越しでカブトムシを捕りに行ってきたんです。もの好きにも8人ものメンバーが応じてくれて、終電の某駅に集合しました。ちなみに、今まさに目の前でYouTube Liveを配信してくれているOKPさんも誘いましたね。しかし、FM関係者は「サマソニがある」と言ってことごとく断ってきましたよ。これがおしゃれ人類のライフスタイルですよ。こっちは40歳の某健康雑誌の編集者から、大学1年生のプチリア充くんまでと、謎のメンツが揃っていましたね。
     
     ネットの情報によると、その公園は2年前にカブトムシが大量発生したらしく、舗道に近いところでさえ簡単に見つけることができたらしいんです。でね、行ってみると実際に大量発生していましたね。カブトムシではなく、セミが。【ここから先はチャンネル会員限定!】PLANETSの日刊メルマガ「ほぼ日刊惑星開発委員会」は今月も厳選された記事を多数配信します! 

     
  • 是枝裕和が到達した「ファンタジー的想像力の洗練」とは? 岡室美奈子・宇野常寛の語る『海街diary』 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.393 ☆

    2015-08-21 07:00  
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    是枝裕和が到達した「ファンタジー的想像力の洗練」とは?岡室美奈子・宇野常寛の語る『海街diary』
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.8.21 vol.393
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    今朝のメルマガは、公開中の映画『海街diary』について岡室美奈子さんと宇野常寛が語った対談をお届けします。ドキュメンタリー作家として出発した是枝裕和監督が、『ゴーイング マイ ホーム』『そして父になる』を経て、今回の『海街diary』で到達した「ファンタジー的想像力の洗練」とは? 原作と映画版の違いから考えていきます。

    初出:「サイゾー」2015年7月号(サイゾー)
    ▼作品紹介
    『海街diary』
    監督・脚本/是枝裕和 原作/吉田秋生 出演/綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すずほか 配給/東宝・ギャガ公開/6月13日より
    幼い頃に父が出奔、その後母親も出ていき、育ててくれた祖母は亡くなった香田家の3姉妹(幸・佳乃・千佳)のもとに、父の訃報が届いた。葬式に出かけた先で3人は、異母妹のすずがいたことを初めて知る。産みの母もすでに亡くしていたすずに幸は「一緒に暮らそう」と声をかけ、すずは鎌倉にやってくる。

    映画『海街diary』公式サイト
    ▼ゲストプロフィール
    岡室美奈子(おかむろ・みなこ)
    早稲田大学演劇博物館館長、文化構想学部教授。専門はベケット論、テレビドラマ論、現代演劇論など。
    ■ すずを主人公に据えなかった映画版『海街diary』
    岡室 すごく良い映画でしたね。原作を大事にしながらも違ったテイストが織り込まれていて、それが違和感なく溶け込んでいるのが良かったし、映画を観て原作を再発見したところもある。以前に原作を読んだときは「サラサラしてきれいな話だな」と思っていたけれど、淡々とした日常がはらむ強い決意というのが今作を通して見えてきました。
    宇野 原作と映画で一番違うのは、すずちゃん【1】(広瀬すず)の扱いですよね。マンガでは、特に後半になるほど彼女が主役になるけれど、映画では主人公というよりは、むしろ彼女に対しての周囲の登場人物の言動を通して、映画の世界観を表現する構造になっていた。
    岡室 そうですね、これは幸【2】(綾瀬はるか)が母になっていく物語で、すずちゃんの話ではなくなっている。それと、原作より映画で強く感じたのが、これは「サイクルの物語」なんだな、ということです。原作に比べて四季が強調されているし、お葬式から始まってお葬式で終わるでしょう。大きな自然のサイクルの中で、人が生きて死んでいく──その流れの中で、何を受け継いで何を断ち切っていくのかを描いていた。原作にももちろんそういう部分はあるんだけど、すごく強調されているところでした。
     特に、受け継いでいくものがたくさん描かれていましたよね。この映画は“不在”の映画でもあって、お父さんが死んでしまうところから始まって、おばあちゃんもすずのお母さんもすでに亡くなっている。その不在の人たちから何を引き継いでいくのかが強調されている。わかりやすいのはカレーの話です。香田家には、お母さんのシーフードカレーがあって、おばあちゃんのちくわカレーがある。両親のことを覚えていない三女の千佳ちゃん【3】(夏帆)はちくわカレーを受け継いでいて、お母さんのことを嫌いな幸がシーフードカレーはしっかり受け継いでいる。梅酒や二ノ宮さん【4】(風吹ジュン)のアジフライもそうですが、大きなサイクルの中で受け継がれていくものがあるわけです。
     その一方で、断ち切ってゆくものもある。その最たるものが幸の決断でしょう。不倫相手の椎名さん(堤真一)から「一緒にボストンに来てくれ」と誘われたとき、幸は断るわけです。それは、娘たちを捨てて男の元に逃げた母【5】(大竹しのぶ)の行為を繰り返さないで、すずの母になるほうを選んだということでもあるし、緩和ケアを通じて人の生死に向き合うことを選んだということでもある。
    宇野 吉田秋生には初期に『河よりも長くゆるやかに』という作品がありますけど、あれは基地の街を舞台にした男子高校生たちの群像劇だったわけですよね。つまり「川」が思春期の物語だとするのなら、「海」は吉田にとって人生の終着点だと思うんですよ。実際、このマンガはホスピスみたいなものであって、鎌倉という時間が止まった街で、もうこれ以上は世界が広がらない、人生の限界が見えている人たちがそこで絶対に許容できないものや割り切れないものとどう折り合っていくのか、という物語を展開している。それが後半になるとすずちゃんの成長物語にシフトしていって、「幸福なホスピスとしての鎌倉」から離陸する回路を展開しようとしている。それに対して映画はすずちゃんの成長物語はバッサリ切って、原作の描き出した鎌倉という舞台を是枝さんなりの解釈で提示することに集中していたと思うんですよね。
    岡室 私はむしろ映画のほうが死のイメージに満ちていながら、そこから生命につながっていくサイクルを描こうとしているような気がしました。冒頭で、姉妹3人がお父さんのお葬式に行ったとき、そこにいたすずちゃんは1人でお父さんを看取った後の、暗くて翳のある佇まいでしたよね。でも姉たちと出会って、自分の好きな風景が実は鎌倉と似ていたということを知って、お父さんとの思い出を通して姉たちとつながっていく。その流れが「一緒に暮らさない?」という幸の台詞にも通じるし、「行きます」というすずちゃんの答えにも通じている。そのやりとりのあと、姉たちが乗った電車をすずちゃんが見送るとき、思いっきり元気よく手を振りますよね。お葬式という死の場所から生命に裏返っていく──死と生が循環していく構図をかなり意識的にやっているぶん、死の匂いも、生命力も、原作より映画のほうが強かったんじゃないかな。
    【1】すずちゃん
    主人公である香田家の4女で、3人の姉の異母妹。中学生で、サッカーをやっている。父は香田家の婿だったがすずの母親と不倫して出奔し、彼女亡き後、すずを連れて別の女性と再婚していた(それゆえ、すずだけ名字が浅野)。
    【2】幸
    香田家の長女。看護師で、鎌倉の病院に勤めながら小児科の医師と不倫をしている。しっかり者で小言が多い。
    【3】千佳ちゃん
    姉妹一の自由人。スポーツ用品店に勤めている。原作ではアフロヘアーだが、さすがに夏帆はアフロにはせず。
    【3】二ノ宮さん
    すずたち姉妹や友人が通う定食屋「海猫食堂」の店主。アジフライが名物。末期がんを患い、幸が勤務する緩和病棟で穏やかに亡くなる。
    【4】母
    3姉妹の実母。夫の出奔後、母親(3姉妹の祖母)に娘たちを預けて再婚相手の元へと去る。幸とは反りが合わず、会うと衝突している。
    【5】『空気人形』
    公開/2009年
    ある日心を持ってしまったラブドールの少女が、さまざまな人と出会い、心を持つということはどういうことなのかを描いたファンタジー映画。ペ・ドゥナ主演。
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  • わずか6年で日本人の寿命は25年伸びた――私たちが知らないGHQの人類史的偉業(石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第4回) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.392 ☆

    2015-08-20 07:00  
    216pt



    今朝のメルマガは予防医学研究者・石川善樹さんの連載『〈思想〉としての予防医学』の第4回です。今回のテーマは「予防医学の戦後史」。今や世界に冠たる長寿大国となった日本ですが、その基礎を築いたのはGHQだった? 第二次大戦後に進駐してきた彼らが、日本人の〈健康〉に対してどのような介入を行ったのかを歴史的に紐解き、さらには「ポスト戦後の予防医学」を展望します!
    石川善樹『〈思想〉としての予防医学』前回までの連載はこちらのリンクから。
    ■ GHQと予防医学
     今回は、日本人のすべてが知っておくべきだと僕が考える、ある人物について話したいと思います。その人物の名前は――クロフォード・F・サムス。おそらく、その名前を知っている読者はほぼいないでしょう。しかし、この無名の米国人こそが、現代の日本人の高水準な衛生と健康を作った人物にほかなりません。
     話は、終戦間もない頃の日本にさかのぼります。
     第二次世界大戦で敗戦国となった日本は、米国の占領下に置かれました。そこに降り立ったのが、マッカーサー率いるGHQです。マッカーサーの下には、日本再建の中核を担ったSix Men(6人の男たち)が組織されており、その一人が戦時中は軍医をしていたサムスでした。
     当時の日本の総人口は8000万人。終戦とともに彼らが一斉に疎開先や戦地から引き揚げてきて、一気に人口の大移動が始まりました。
     これだけの人間が移動すると、感染症の問題が深刻になります。しかし、連合国の方針はといえば、「放っておけ」というもの。日本の敗戦は自業自得であり、特にサポートする必要などない、というスタンスだったのです。しかし、当時の日本に降り立ったGHQの人間たちはその方針に耳を貸しませんでした。彼らは、日本人の健康状態を改善するために動き始めたのです。
     例えば、サムスは米国の本国に頼み込んで、ヨーロッパの同盟国に渡すはずの食料を、わざわざ日本へと引っ張ってきました。そうして彼らが始めたのが「給食」です。
     当時の日本の食事内容は実にひどいもので、まだ幼い子どもたちの健康状態を改善するには食事環境の改善しかないのは明白でした。ところが、そこでGHQが出してきた「給食」という施策に、当時の日本政府は大反対しました。「今ある食料は、働いている世代に渡すべきだ。10年後、20年後にしか国力にならない子供に食料を上げるのはおかしい」と言うのです。
     そう主張する日本政府と、GHQは大げんかを繰り広げます。中でも怒ったのはサムスです。サムスは「もうお前らには頼らん」とばかりに、米国から脱脂粉乳を輸入してきて、東京で子どもたちに給食を与える実験を行いました。すると、たった1年で目覚ましい健康改善の成果が上がり、子どもたちの体格も一気に変わっていきました。
     その成果を、今度はサムスは時の総理大臣・吉田茂のところに持って行きました。この吉田茂という人は、156cmの身長にコンプレックスを抱えていることで有名でした。サムスは吉田に説明します。なぜ日本人は身長が低いのか? それは栄養が足りないからだ、と。
     瞬く間に、日本政府の方針は変わりました。あっという間に給食バンザイです。給食の全国的な導入が決まり、ついには無償で提供するべきだとの論が巻き起こりました。
     ところが、ここでもサムスは猛反対したのです。彼は、給食を導入するのは良いが、無償で提供すべきではないと言いました。彼は、「給食を無料にしていたら、今度は朝食と夕食まで無料にせよと望むようになる。それでは日本人の自立性を奪うことになる」と主張しました。私たちが学校に給食費を納めることになったのは、このサムスの主張が通ったからです。
     サムスは、「個人には価値がある」と強く信じていた人物だったそうです。彼は「天皇万歳」の日本人たちにその「個人」という価値観を植え付けることで、民主主義を日本に根づかせたいと考えていました。その一方でサムスは、どこまでも科学者らしい、謙虚な態度を貫いていました。というのもサムスは生前、「自分は正しいと信じることを日本で行ったが、それが本当に日本人にとって良いことだったかはわからない」とし、「それは歴史が証明してくれることだ」と語っていたそうです。
    ■ GHQは日本人の特性を調べ上げた
     戦後、焼け野原にあった日本を再建したGHQのマッカーサーとシックスメン、とりわけこのサムスこそが、日本の予防医学の歴史の起源に当たる人々です。
     それまでの日本には、予防医学の思想は存在しませんでした。戦前の日本は、ハエが飛び回り、ネズミが走り回り、蚊がうじゃうじゃといる、決して美しいとは言えない国でした。江戸時代の諺に、「良い料理人の台所にはハエがたかる」という言葉があるのがよい例です。ネズミも、仏教の輪廻転生の概念にのっとって、「おじいちゃんかもしれないから、殺すな」と注意される始末でした。
     サムスはDDTを用いてそんな日本を徹底的に洗浄しました。その後、DDTには副作用があったと判明しますが、それでもなお、日本を現在のような綺麗な国に作り変えたのが彼とGHQであったのは確かです。
     GHQの方針は徹底的なトップダウンの手法でした。それは彼らが日本を占領する際に、日本人の特性を調べたことにあります。GHQは日本の統治にあたって、大英帝国の植民地の統治術を研究したそうです。というのも、大英帝国は世界中を最少の武力で統治してきた歴史があり、マネジメント能力にとても長けているからです。企業でも、P&Gのような米国企業が途上国の攻め方が下手な一方で、ユニリーバのような英国企業はとても上手です。その秘密は、大英帝国には「占領国の国民性を徹底的に調べあげる」という方針があったからです。国民性を踏まえた手法こそが、最少のコストで最大の効力を発揮する統治術――GHQはそれを大英帝国に学び、さっそく日本文化の調査をはじめました。
     そうしてGHQが日本人の国民性を調査した結果、たどりついた結論とは何だったのか?
     それは、「勝てば官軍、負ければ賊軍」というオリエンタルマインドでした。
     日本人は強いものにはおもねるが、弱いものには徹底的に厳しい。だからこそ、マッカーサーは天皇と総理大臣以外には原則的に会わなかったのです。それより下の人間と会うと、途端に日本人は見下してくるような国民だと、少なくとも彼らは判断したのです。そして、こういう国民性にぴったりな統治手法は、お上から強権的に一気に下へと方針をおろしていくことだと彼らは考えたのでした。
     実は、第二次世界大戦後のアメリカの占領軍の統治は、日本以外ではあまりうまく行かなかったそうです。私が思うに、それはGHQが、日本再建にあたってその国民性を徹底的に調べあげ、日本人にふさわしい手法を選択したことにあるのだと思います。そのことは、彼らの改革の手法の成果にもあらわれています。
    ■ 生存権はGHQが制定した
     このGHQの健康に対するこだわりがもっとも強く現れているのが、憲法第25条の「生存権」です。以下に、その内容を引用しましょう。

    第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
    2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

     この生存権については、しばしば朝日訴訟などの文脈で、当時の社会党が盛り込むことを主張したことで有名な「健康で文化的な最低限度の生活」の部分が語られがちです。しかし、予防医学の観点から言えば、実は2 の「国が国民の健康を見るべし」をうたう、一見して私たちには当たり前に思えてしまう一文こそが重要です。
     実はこんな文言はアメリカの憲法などには全く存在していません。彼らは地方分権の国であり、まして国が国民の面倒を見る必要などないと考えるのです。しかし、サムスたちGHQは日本人の国民性の調査結果を考えたときに、「生存権」としてこの一文を入れることで、それを根拠に一挙にトップダウンで日本人の衛生環境を変革するべきだと考えたのでした。
     そこで、サムスが創案したのが全国的な「保健所」のシステムです。
     
     当時のGHQの合言葉は「革命は急げ、ゆっくり行けばつまずくぞ」だったと言います。彼らは日本の46都道府県800ヶ所に瞬く間に保健所を作り、一つの保健所につき10万人を見る想定で、当時の日本人8000万人全員の健康を管理することにしました。そうして、そこで徹底的に衛生状況の改善や健康教育などを行ったのです。
     実はこの保健所のシステムは、サムスをして、「もっとも誇りとする仕事」と述べています。占領下という特殊な状況を活かし、他のいかなる国にも追従を許さない、きわめて近代的なシステムを作り上げたのです。
     その結果はどうなったか?
     ――GHQが統治した6年の間に、日本人の平均寿命は25年も伸びました。
     それほどわずかの期間に、8000万人もの人口の寿命をこれほど延ばしたというのは、人類史上に類を見ない偉業です。なにしろ、アメリカでは寿命を25年延ばすまでに10倍の60年がかかっているのです。
     ちなみにその頃、アメリカでは「日本人をそんなに健康にして、一体どうするのだ?!」という批判があがっていました。というのも、そもそも日本人は人口が増えすぎたために、国内でまかなえなくなって、戦争に走ったと考えられていたからです。しかし、そのときもサムスは「日本人が健康になり、経済が活発になるのは、アメリカにとっても良いことのはずだ」と敢然と批判を切りかわしたと伝えられています。
     そうして、サムスが築いた基盤の下、日本は着々と健康への道を歩み始め、ついに1978年、世界最高の長寿大国となるのです。
     一体、このサムスという人物は何者だったのでしょうか? 
     彼のウィキペディアは英語圏にはありません。あるのは日本だけです。しかし、日本人の健康にこれほど大きな影響を与えた人間であるとは、ほとんどの日本人は認識していないでしょう。

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  • 真夏の廃墟と怪獣たち――「ウルトラマンフェスティバル2015」レポート ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.391 ☆

    2015-08-19 07:00  
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    真夏の廃墟と怪獣たち――「ウルトラマンフェスティバル2015」レポート
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    今日は池袋・サンシャインシティ文化会館で開催されている「ウルトラマンフェスティバル2015」のレポートをお届けします。見どころはなんといっても、ウルトラ
  • 落合陽一・魔法使いの研究室 vol.1「光」 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.390 ☆

    2015-08-18 07:00  
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    落合陽一・魔法使いの研究室vol.1「光」
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.8.18 vol.390
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    今朝のメルマガは、メディアアーティスト・落合陽一さんの新連載をお届けします!その名も「魔法使いの研究室」。筑波大学の助教にも就任した落合さんの最新の研究・関心事を追いかける連続講義シリーズです。
    初回のテーマは「光」。人類はこれまで光をどう扱ってきたのか、そして来るべき「魔法の世紀」に、私たちにとっての「光」とはどういう存在になっていくのか。その歴史と展望を解説します。
    ※この連載は、PLANETSチャンネルでのニコ生講義シリーズ「魔法使いの研究室」(第1回放送日:2015年5月1日) の内容を再構成したものです。(◎構成:真辺昂)
     落合陽一です。本日付で筑波大学の図書館メディア研究科の助教に着任になりました。デジタルネイチャーという研究室を始めます。それと同時に、PLANETSの方でもニコ生での授業をはじめることになりました。名づけて「魔法使いの研究室」。今日はその第一回目ということで、テーマを「光」とさせていただきました。
     まず今回は「光ってどういう起源を持っているの?」とか「光と人類はどんな関係性を保ってきたの?」みたいな話をしながら、最終的には最先端の研究を紹介することで、僕の研究テーマに関わる、従来の光の認識に関する研究や芸術の文脈をこれからどうやって乗り越えていけるかという話をしていきたいと思います。
     さて、そもそも光ってなんなんでしょうか? この授業は公開授業のかたちをとっているのでたくさんの生徒が実際に来てくれているのだけれど――せっかくだしいろいろ質問してみようかな。みなさんは「光」という言葉でどんなものを思い浮かべますか?
    生徒1 えっと、レーザーとか……。
    生徒2 ライトとか……?
    生徒3 希望です!
    落合 いいっすね、希望(笑)。確かにその通りで、みなさん間違ってないです。俺の場合、光に関してまず思うのは日本語の「光」という漢字のその象形文字としての完成度の高さについてです。

    落合 この「光」という漢字は象形文字として非常に優秀です。例えば、絵としては「燭台」に見えますよね。理系の学生ならLEDに見えるかもしれない。あるいは、上の部分ならば物理の授業によくでてくる「光の反射の図」に見えますよね。こんなふうに考えてみると、われわれ日本人は「光という言葉」と「光という現象」が直接結びついている稀有な人種だと言えるかもしれません。それってすごく面白いことで、ものや意味に形をもたせているということは概念を直接絵で描けるということですよ。俺はこれって僕ら日本人が西洋人に対してかなり有利なことだと思っています。

    落合 さて、そんな象形文字としての「光」の起源って何でしょうか。中国語の辞典とかをパラパラめくって見ると「火族」って書いてあることがわかります。つまり、「光」という文字は松明を持った人間からきているんです。下の部分が人で、上の部分が松明をあらわしています。

    落合 イメージとしてはこんな感じですね。……ちなみにこれは『DARK SOULS』というおそろしく人間をいじめるゲームなんですけれども、これについて語るとちょっと長くなりそうなので、気になった方はぜひググってみてください(笑)。人間性を捧げるゲームです
     要するに、穴蔵の中で松明を灯している人から、光という概念が生まれました。そしてその真っ暗闇の洞窟の中に光を灯して、人類が何をやりだしたかというと、絵を描きはじめました。紀元前1万3000年前ぐらいのことです。

    落合 さて、これはどこで描かれたでしょう?
    生徒 えーっと……わかんないです。
    落合 実は左下に書いてあるんだけどね(笑)、これはフランス南西部の「ラスコー」という洞窟にある、人類が描いて残っている中で、最も古い絵と言われています。これ、狩猟の絵とかが描かれているんだけれど、要するに「今日何があったか」ってことがひたすらに描いてあるんですよね。日記みたいなものかもしれません。人間が農耕や狩猟などの協調作業をするためにはイメージの共有が非常に重要です。そういうイメージの共有のために、こういった絵を描いたんじゃないかなぁと思います。

    落合 あるいは絵巻物ってみなさん知っていますよね。あれ右から左にストーリーが流れていくフィルムのようなものだと思うんですけれども、それを何に使っていたかというと、バッと広げて「俺は合戦で勝ったんだぜ!」とか「カエルの妖怪がこんなことをした!」という、時間ベースでの情報を語っていたんです。
     ラスコーの絵画や絵巻物からわかることは、われわれ人類は昔から「空間と時間をどうやって記録し、他人に伝えるか」ということを非常に重要なテーマにしていたということです。そしてそのための方法が、歴史とともに変化してきました。まずはじめに「写実的な絵を描く」という時代を終わらせたのが、写真技術の台頭でした。16-18世紀のことです。

    落合 さてさて、この絵の機械はなんでしょう?
    生徒 遠くのものが近くで見える……もの?
    落合 まあ、合ってるといえば合ってるね(笑)。これは「カメラ・オブスキュラ」という、光の反射を使って外の景色をあのテーブルに映す機械です。まあ、単に映るだけなんですが、当時の人からすると「うわ、外の景色がテーブルに映っているよ、やべえ,魔法だ」って感じで、衝撃的だったのだと思います。
     ただ、このカメラ・オブスキュラでは、このテーブルの空間のイメージを写しとろうと思った時に、映像の上から手でなぞって描いていたんですよね。完全にオートマティックに転写されるのは19世紀初頭のことで、現存する最古の写真はジョセフ・ニセフォール・ニエプスという人が撮った「ル・グラの窓からの眺め」という写真で、1827年のことでした。
     こうした写真技術の登場、光景を「転写」できることは思いのほか重要だったりします。なぜなら、それによって人類は「直接見ている世界」と「映っている世界」をはじめて分離することができたからです。それまでのわれわれの世界認識というものは、単に頭の中にあるイメージでしかありませんでしたが、それを直接頭の外に持ち出すことができるようになったのです。
     そしてそのあとに起こった変化というのは、その外にあるイメージを「動かせるようになる」という、映像技術の誕生でした。18-19世紀のことです。

    落合 この左の画像のやつはなんでしょう?
    生徒 映画を映す機械でしょうか?
    落合 おー、近いね。これは幻灯機って名前の機械ですね。あの真ん中の部分に紙芝居みたいに静止画を差し込むと、絵が壁に映る仕組みになっています。右の画像のやつは見たことある?
    生徒 隙間を覗くと絵が動いているように見える、あの……。
    落合 それそれ、ゾードロープってやつです。こいつをコマみたいにくるくると回すと、ここに描いてある馬が走って見えるんですよ。そういうわけで、この幻灯機とゾードロープを組み合わせて発明されたのが「映像」というものでした。20世紀のことです。
    落合 映像の登場によって何が起こったかというと、人間の持っているイメージを恣意的に他人に伝えられるようになりました。そういうわけで、映像技術の発達とマスコミの誕生を考えると面白くて、偉い人が「俺はこう思う」って言った映像を、遠くにいる大量の人に届けることができるようになったんです。だから、20世紀、つまり「映像の世紀」というのは、映像の力によってひとつの考えが全員で共有されるような時代でした。
     これまでの話にもあった通り、「時間と空間をどうやって記録し、他人に伝えるか」というのは、われわれ人類の究極目標でした。そんな中で登場した映像という装置は、空間にある光を時間ベースで記録できたんです。これはかなり画期的なことでした。絵巻物を並べて語っていた時代からはじまり「映像の世紀」に突入した瞬間、このイメージを使った伝達文化はある種の究極形をむかえてしまいました。
     そして時を同じくしてもう一つ、20世紀には重大な発明があったことを忘れてはいけません。

    落合 さてさて、これは何でしょう?
    生徒 パソコン……ですか?
    落合 うん、ほとんど正解っすね。これはMITにかつてあったTX-2という名前のメインフレームって機械で、要はばかでかいコンピュータのようなものだと思ってください。で、画像の彼が右手で描いているのがSketchpadというアプリケーションで、これがコンピュータにおける初めてのCGソフトでした。ちなみにこの人はアイバン・サザランドという人で、彼が何をやったかというと、最初のグラフィカルインターフェースや最初のオブジェクト指向言語などを発明して、あらゆるユーザーエクスペリエンスの基礎を作っていった人なんですよね。
     そうして、20世紀に生み出された映像と計算という二つの技術が、サザランドを介して出会って生まれたのがコンピュータグラフィックスでした。20世紀後半のことです。

    落合 コンピュータグラフィクスの登場によって、われわれは現実の映像のみならず、あるはずのないものを計算によって画面の中に自由に描きだせるようになりました。『ジュラシックパーク』みたいに死んだ恐竜を蘇らせたりとか、『ターミネーター』みたいに液体金属のお化けに人を襲わせるとかね。
     それまでの人類がイメージしてきたことって、せいぜい、人間が悪魔と戦う絵だったり、キュビズムの絵だったり、シュールレアリズムの絵だったりするんですけれども、コンピュータグラフィクスの力によって、それを遥かに超越したわけのわからなさで、なおかつ高精細でリアルな世界が作れるようになったんです。これは人間の認識に関わるすごい変化でした。
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