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記事 2件
  • 宇野常寛ロングインタビュー 「2020年東京五輪に向けて、僕たちはどんな未来を構想し、そして実行していくべきか?」(PLANETSアーカイブス)

    2019-05-06 07:00  
    550pt

    今朝のPLANETSアーカイブスは、2020年の東京オリンピックについての宇野常寛へのインタビューです。『PLANETS vol.9 東京2020 オルタナティブ・オリンピック・プロジェクト』の発売を控えて、東京とオリンピックが抱える課題と目指すべき未来像について徹底的に語りました。(構成:中野慧) ※この記事は2014年9月13日に配信された記事の再配信です。
    ▲『PLANETS vol.9 東京2020 オルタナティブ・オリンピック・プロジェクト』
    ■「64年の東京五輪をもう一度!」というノスタルジーにどう向き合うか
     
    ――ポップカルチャーをはじめとした「文化」の側から発言してきた宇野常寛という評論家が、スポーツの祭典であるオリンピックについて提言しようと考えたきっかけはどんなものだったんでしょうか。
    宇野 2020年の東京オリンピックが決定したとき、これは放っておけないなと思った。このままだと2020年の東京五輪は、戦後日本の最後の盛り上がりに、線香花火が落ちる前にぱっと輝くあの最後の一瞬になってしまうんじゃないかと思ったんですよ。実際に、今回の東京五輪招致運動には、1964年の最初の東京五輪の時代の、高度成長の頃の日本を取り戻したいという願望が終始見え隠れしていたと思うわけ。あの日本人が自信を取り戻した64年よもう一度、とね。
    でも、当時とは何もかも違う今の下り坂を転がり落ちる日本に、無理矢理オリンピックを呼んで表面的に元気なふりをしても何も生まないと思う。いい加減にこの国は「プロジェクトX」や『ALWAYS 三丁目の夕日』的な「あの頃はよかった」というノスタルジーから脱却すべきだと思う。
    だから僕は逆に、自分たちが考える2020年のオリンピックを提案してやろうと思ったんですよね。亡くしたものの数を数えながら、過去の成功体験に逃げ込んで現実から目を逸らすのではなく、2020年に五輪がやってくることを「利用」して、〈古い日本人の思い出を温めるもの〉から〈新しい日本人の希望になるもの〉に変えていくことが必要なんですよ。
    そこで、僕自身が編集長となって刊行している「PLANETS」の最新号、『PLANETS vol.9』(以下、『P9』)の特集を「東京2020」として、オリンピックに関連する社会提案を出していこうと考えたんです。
     
     
    ■「テレビオリンピック」から「インターネット以降のオリンピック」へ
     
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  • オリンピックシティに発生する「ボーダー」と「バウンダリー」、2つの"境界"に介入せよ!――建築家・白井宏昌の考える未来の東京の作り方(PLANETSアーカイブス)

    2019-05-03 07:00  
    550pt

    今朝のPLANETSアーカイブスは、建築家の白井宏昌さんのインタビューです。内外の様々なオリンピック都市計画を研究してきた白井さんが提案する、“失敗しないオリンピック”にするための、たったひとつの冴えたやり方とは――?(聞き手:宇野常寛 構成:真辺昂+PLANETS編集部) ※この記事は2014年9月30日に配信された記事の再配信です。
    ▲『PLANETS vol.9 東京2020 オルタナティブ・オリンピック・プロジェクト』
    ■「負の遺産」としてのオリンピック・レガシー問題
     
    ――まず、白井さんがなぜオリンピックにこれほどまでにこだわって研究しているのか、その理由を教えてください。
    白井 最初は2008年の北京オリンピックがきっかけでした。中国には、CCTV(China Central Television=中国中央電視台)という国営のテレビ局があるんですが、北京オリンピックに合わせてCCTVの本社ビル立て替えプロジェクトが始まったんですね。その当時僕はオランダの設計事務所に勤めていたんですが、そのコンペに応募してみたら、たまたま一等になって、それから北京オリンピックに関わるようになったんです。
    それで北京に引っ越して現場近くの27階のビルに住むようになったんです。最初はビルから現場がよく見えていたのですが、そのうちに超高層ビルがものすごい勢いで建ち始めて、半年後には現場がまったく見えなくなってしまった。街の風景がまるっきり変わる様をリアルタイムで目の当たりにして、オリンピックが都市を変える力の凄まじさを思い知らされましたね。それから「オリンピックと都市」というテーマに強く興味を持つようになって、今度はロンドンに移って、研究をするようになりました。
    オリンピックの研究をやっていて何がいちばん面白いかっていうと、「成功例」じゃなくて「失敗例」なんですよ。ちなみに前回、1964年の東京オリンピックは「成功例」として位置付けられることが多いですよね。「オリンピックのおかげで東海道新幹線ができ、首都高が整備され、世界的にもオリンピックを契機に東京はファーストシティになった」、そう位置づけられています。これらの建造物は、成功例としての「オリンピック・レガシー(遺産)」です。
    しかし、1970-80年代に開催された大会を中心として、失敗例もたくさん生まれた。2000年以降、そういった「負の遺産」としてのオリンピック・レガシーの問題が注目されるようになって、IOC(国際オリンピック委員会)もこの問題をすごく気にするようになっていったんです。
    そんななかで、ロンドンの2012年のオリンピック招致戦略は、そのオリンピック・レガシーに初めてフォーカスしたものでした。ロンドンは「私たちは、IOCが気にしているレガシー問題に対して解決策を示せますよ」というプレゼンテーションを行って、見事に開催を勝ち取ったわけです。もちろん、ロンドンが開催を勝ち取った要因はそれだけではないですが、レガシーを考慮したプレゼンが与えた影響は大きかったと思います。
    ――なるほど。白井さんがそうやってオリンピックの歴史を研究していくなかで、特に面白いと思ったのはどんな部分なんでしょうか。
    白井 一番は、いろんなことが表裏一体になっていることですね。オリンピックを開催するとなると、どの国もアイキャッチな建築物をつくったりして世界中をびっくりさせようとする。1936年にナチス・ドイツ政権下で行われたベルリン・オリンピックがまさにそうですね。最近だと2008年の北京五輪もそうだと思います。
    そういうオリンピックの特定の期間中だけ花火のようにポンと上がるものって、その瞬間が派手であればあるほど、終わった後の悲惨さが際立ってしまう。その光と影の部分が本当に面白いなと思います。
    もう一つは、建築や都市の設計・デザインの世界のセオリーが、オリンピックにかぎっては通用しない場合があるということですね。たとえば「ミクスト・ユース Mixed Use」というセオリーがあって、これは「ある都市や建築物をつくるときに、単一ではなく色んな機能を入れた方が持続する」というものなんですが、これがオリンピックでは効かなかったりするんです。
    オリンピックではいろんな競技場が集まったオリンピックパークを造って、大会終了後はそこを一般の人も使えるスポーツ・コンプレックスにするのが一般的ですが、でも結局スポーツだけの機能だと長続きしない。機能が単一であるが故に持続させるのが難しいわけです。
    そこで、持続的に使われる施設にするためにいろんな機能を詰め込んでいくのですが、スポーツという特殊な機能が他のどんな機能と組み合えば有効な都市空間がつくれるかいう実践がまだあまりないので、そういう視点から見ても今回の東京五輪は面白いと思います。
     
     
    ■東京の都市構造は「分散型」で「わかりにくい」
     
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