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稲葉ほたて×宇野常寛 実況者のファンは誰なのか? 闘会議から見えるオタクの現在(PLANETSアーカイブス)
2019-11-01 07:00
今朝のPlANETSアーカイブスは、2015年に幕張メッセで開催されたイベント「闘会議2015~ゲーム大会とゲーム実況の祭典~」をめぐる、稲葉ほたてさんと宇野常寛の対談をお届けします。〈実況〉に〈ゲーム〉が従属しているという状況が明らかになった2015年の「闘会議」。かつて総合芸術の最新型だった〈ゲーム〉は、プラットフォーム優位の時代にどこへ向かうのかを考えます。(初出:「サイゾー」2015年4月号)※本記事は2015年4月21日に配信された記事の再配信です
■ 闘会議で明らかになった「実況生主好きの女子中高生」と「昔ながらの男性オタク」の分断
宇野 「闘会議2015」(以下、「闘会議」)には、公式放送のコメンテーターとして最終日の午後から参加したんだけど、正直カルチャーショックだった。まず目についたのは、若い女子が実況生主【1】系のブースに大量に押しかけていたこと。彼女たちが「アイドル」として生主や実況者を消費していて、その動員力もすごい。いや、もちろん「歌ってみた」「踊ってみた」の頃からある現象なんだろうけど、それ以上のショックだった。
それに合わせて、客層の断絶も感じた。例えば中村光一【2】さんの来場に盛り上がる往年のサブカル/ゲーム好きと、実況生主好きの女子中高生という2つの世界観に分かれていて、それらが基本的には没交渉という(笑)。
ただ、こうした断絶も含めて、ここにはいま「ゲーム」をめぐる状況が全部詰まっていると思った。要するに、スマホがプラットフォームのひとつとして定着した現代のゲーム業界地図がきれいに出ていたと思うのね。大手ソフトメーカーとガンホーのような新興勢力が並んで、中央にはかたくなにスマホを拒否している任天堂が独立して静かに鎮座している、みたいな(笑)。そしてそれとは別にニコニコ動画を中心に、実況というゲームプレイを見るだけ、つまりコミュニケーションツールとしてのゲームという文化が定着した。
ゲームバブルの崩壊からさらに二重三重の破壊があって初めてゲーム業界の硬直化が結果的にほぐれて、全体性を記述しうるイベントができるようになったんだな、というのが僕の大雑把な感想だね。
【1】実況生主
ここでは、ゲームのプレイ動画を「実況」放送する配信者のことを指す。以後の「ゲーム実況者」「実況者」も同様。ひたすらゲームの内容をしゃべりながらプレイする動画を流しており、ニコニコ動画の初期からあったジャンルだったが、ここ数年で一気に存在感を増している。ゲームの腕だけではなく、しゃべりの面白さやキャラの強さなども人気のポイントになる。若年層に絶大な支持を受け、人気実況者4人のユニット「M.S.S Project」は昨年3月に渋谷公会堂でライブイベントを開催した。
【2】中村光一
ゲームクリエイター。スパイク・チュンソフト代表取締役、ドワンゴ取締役。『ドラゴンクエスト』をつくった人物のひとりとして知られる。その他代表作に『弟切草』『トルネコの大冒険 不思議のダンジョン』『かまいたちの夜』ほか。
稲葉 ニコニコ動画の初期は、同人文化が盛り上がっていったシーンを経験したオタクたちの作ったカルチャーで、目立つ担い手は明らかに男が多かったんです。ところが、その後ボカロや歌い手の勢力が強くなるにつれ、10代女子のユーザーが増えていった。宇野さんは「断絶」と言いましたが、それも奇妙な断絶の仕方になっていて、いわゆるかつての同人的なサブカルチャーを相当変質した形で引き継いでいるのが実は10代女子のカルチャーなんです。『艦隊これくしょん』に続いてDMMが出した『刀剣乱舞』【3】が女子に爆発的に受けているのがわかりやすい例ですが、これは近年のオタクカルチャー全体における隠れた論点です。深夜アニメのタイムラインで興奮してるアニメアイコンって、実はいま女子が相当に多いじゃないですか。
【3】『刀剣乱舞』
DMMゲームズとアダルトゲームメーカー・ニトロプラスによる「刀剣育成」シミュレーションゲーム。ブラウザゲームで、ユーザーは「物に宿る心を目覚めさせて引き出す能力者"審神者"となり、武具から目覚める戦士「刀剣男士」を司る。彼らを束ねた「白刃隊」を率いて、過去に干渉して歴史を改変しようとする「歴史修正主義者」を討伐してゆく。今年1月のサービス開始から即ヒットしており、pixivランキング上位を同作の二次創作が占めるようになっている。
宇野 オタクの人数の割合として、起業したり制作側に回るのは男性が多いから目立っていなかっただけで、アニメやマンガはもともと女性ユーザーが多いという説はずっとあるんだよね。それがニコ動経由で、歌い手文化などをきっかけにゲームに流れ込んできたというのは有力な仮説かもしれない。
稲葉 それに加えて、この10年くらい、二次創作の現場を含めて女性のオタク業界に関しては「ステージの下で盛り上がる」という文化がずっとありました。ジャニーズやV系、2・5次元舞台などの流れの中で、ネタが投下されたときの盛り上がり方が共有されている。そういうステージカルチャーへのリテラシーがあった上で、いろんなジャンルにいたファンたちが「ゲーム実況が面白いらしい」という情報を得て参入してきているようです。
宇野 これは僕がよく言うことだけど、そもそも今の男性向けのアイドルブームも、AKBの「宝塚文化の密輸入」から始まっているからね。そして間接的にV系の文化なども入ってきていると思う。つまりステージカルチャーやファンコミュニティの文化においては、女性のほうが先進的なんだよね。そしていまや、より複雑化した素人の神格化に突入していて、それがおそらく今のゲーム実況者ブームなんだと思う。「ゲーム実況ブーム」じゃなくて「ゲーム実況者ブーム」だということがポイント。
稲葉 これはすごく重要ですね。というのも、実はブームといってもニコニコでのゲーム実況者の数自体は増えていないんですよ。近年のステージカルチャーの特徴に、ステージと客席間の疑似恋愛的関係が挙げられますが、これは実況者も同じ。つまりファンが増えても「ステージ下でキャーキャー言っているのが楽しいから、ステージに上がろうとしない」ということが起こる。
ただ、そもそも「実況」の文化って、ニコニコに限らずネットの中に古くからあるカルチャーなんです。みんなで「バルス」と書き込むこと【4】かもしれないし、あるいは2ちゃんねるでスレを立てて、ということかもしれないけど、テキストなり音声なりでリアルタイムの事象を追いかけながら、わいわい盛り上がるという。それを擬似同期的に実装した場所で生まれたのがニコニコの実況で、その中でいまはゲームがいちばん人気がある、という視点が重要です。最近は、ゲーム実況者が別のジャンルの実況もやっているのがいい例で、「旅動画」【5】なんかも広義の実況でしょう。これはつまり、ゼロ年代のカルチャー論でよくいわれていたような「ゲームや音楽にネットワークが入ってくることによってネタ消費になった」というところから7〜8年が経って、「ネタ消費の仕方そのものに形式やジャンルがあって、楽しみ方にパターンがある」ということが構造化されて見えてきたんだと思うんです。そして、もはやゲーム実況を考える上では、実況こそが本質にあって、ゲーム論は二義的なものでしかないというくらいに事態は反転した。そうなると、もうこういう「遊び」の分析に焦点を合わせないと、カルチャーを語るのは難しい。
【4】みんなで「バルス」と~
アニメ『天空の城ラピュタ』がテレビで放映される際、リアルタイムで視聴している人たちが劇中の展開と同時にツイッターに「バルス!」と書きこむのがここ数年お約束となっている。13年8月の放映時には秒間14万3199ツイートという過去最高の数字に到達し、ツイッター運営側を驚かせた。
【5】「旅動画」
人気実況者が各地に旅行にいく様子を撮影した動画。『水曜どうでしょう』風の企画などもある。
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【特別座談会】「なぜゲーム実況は人気ジャンルになったのか?」青山雄一×石岡良治×稲葉ほたて×井上明人 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.131 ☆
2014-08-08 07:00
【特別座談会】
「なぜゲーム実況は人気ジャンルになったのか?」
青山雄一×石岡良治×稲葉ほたて×井上明人
☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
2014.8.8 1vol.131
http://wakusei2nd.com
今やニコニコ動画だけではなく、世界的なムーブメントになりつつあるゲーム実況。ほとんどかえりみられることのない歴史を振り返りつつ、ますます加速する動画文化の最先端に迫ります!
■ 先駆的な批評 「Review House 03」の座談会
稲葉 いま、まさに様々な問題を抱えながらも、ゲーム実況が大きく市場化され始めている状況があるんですね。任天堂のYouTubeへのTwitterでの言及が話題になりましたが、他にもGoogleのTwitch買収の話やUnityのApplifier買収のように、世界的にゲームプレイ動画が商業化する機運が強まっています。一方でniconico内ではゲーム実況の人気が過熱していて、企業とのコラボ事例がどんどん生まれて、実況から人気に火がついた『霧雨が降る森』が漫画化されていくような、新しいコンテンツビジネスの生態系も生まれ始めています。
そういう中で、今回の座談会ではゲーム実況の歴史を総括的に話しながら、そのポテンシャルなどを考えていければと思うんです。
それでなのですが、まずゲーム研究者の井上明人さんと批評家の石岡良治さんは、4年前に一度「ゲーム実況」の座談会に参加されているんですよね。
石岡 2010年に「Review House 03」で美術評論家の黒瀬陽平さんが企画した座談会ですね。
▲Review House vol.03
ゲームについて語るときに作品からアプローチをすると、「ドラゴンクエストの物語性とは」みたいな設定資料集的な世界観構築に注目しがちじゃないですか。それに対して当時考えていたのは、ゲーム実況を語ることを通じて、むしろゲーム世界にプレイヤーが参加していく状況から作品を見ていけないかということでした。
あの時期、濱野智史さんが『アーキテクチャの生態系』の元になった連載で、「マリオカート」のゴーストを使ったリプレイについて議論していたのですが、実況をつけた動画を投稿するという原始的な行為でそれにかなり近いことが出来てしまうし、そこから新しいファンコミュニティも生まれていた。
そうした状況それ自体を「批評」として見ようという試みでもあったんです。例えば、音楽ではラジオDJの紹介が音楽文化に大きく影響を与えるわけでしょう。それと同様のレビュアーや批評家に似た役割がゲーム文化の中でゲーム実況に生まれつつあるのではないかという、そんな興奮の中で行われたものでした。
井上 雑誌での「ゲーム批評」が上手く行かずに萎んでしまった問題って、端的に言って引用が難しいことにあるんです。根本的な話としては、「あのプレイ経験が良くて…」と話しても、「いや、俺はクリアできなかったし……」と言われたら会話が続かなくなってしまう(笑)。要は、同一のプレイ経験というものが存在しないんですね。
もっと即物的な側面としてはそもそもゲーム画面をキャプチャするのも大変で(笑)、もう10年前とか15年前なんて一つキャプるのでも一苦労ですよ。ゲームの中で「死の表現がどう変遷していったか」について書いたことがあるのですが、例えばDQ3でカンタダが「シャンパーニュの塔」で倒しても死なないで逃げていくのをキャプチャしようとしても、もう許した直後にヒュッと逃げていく(笑)。
まあ、そういう下らないレベルでの障害も非常に大きかったのですが、そもそもゲームにおける作品論は難しいんです。一つにはクリエイティビティの二重性ですね。集団制作でゲームを作ると部分と、ユーザーがプレイする部分の二つでクリエイティビティが発揮されてしまうので、他のジャンルのように作品論が創作物だけで完結しないんです。その辺は、ユーザーがプレイし終わったところ辺りで「作品」とするわけですが、そうすると今度は「大体の人間はこういうプレイをするんじゃないだろうか」みたいな非常に曖昧なロジックを起ち上げて議論することになってしまう。
そうなると、逆にリアルタイムで実況されている作品について論じる方が、よほど批評しやすいという構造もあったわけです。
稲葉 「批評」の視点からゲーム実況にポテンシャルを見出した座談会でもあったわけですね。
■ 「僕はその状況に怒りを覚えていたんです」(青山氏)
稲葉 一方で、今日はドワンゴでゲーム実況の企画などを担当している青山さんに来ていただきました。青山さんは、ドワンゴ入社前にゲーム実況者を特集したおそらく最初の本を出していらっしゃいますね。
▲『つもる話もあるけれど、とりあえずみんなゲーム実況みようぜ!』小説家の乙一や研究者の金田淳子らの論考も掲載されている。
青山 この本が出たのは、ちょうど2011年の夏くらいでした。まだゲーム実況者は日陰の存在で、メディアとの関わりも、せんとすさんとえどふみさんがニコ生の公式番組である「ゲームのじかん」に出演したのと、「実況野郎Bチーム」さんが幻冬舎でWEBマガジンの連載をしていたくらいの頃です。当時の僕は、そういうゲーム実況を巡る状況に怒りを抱いていたんです。
一同 おお(笑)。
青山 そもそもゲーム実況が突出し始めたのは、2007年の後半くらいからのことで、ニコニコでもかなり早かったくらいなんです。
石岡 実は、ボカロの台頭と同時期ですよね。
青山 そうです。でも2011年当時でも、特にメーカーの風当たりなんかは強くて、腫れ物に触るような扱いを受けていました。実況者、視聴者、メーカー、ニコニコ動画運営……誰もがすれ違っていたんです。このお互いがお互いを知らない状況を変えて、上手く繋げなければいけなかった。そこで、当時はまだドワンゴ社員ではなかったのですが、「ゲームのじかん」プロデューサーに取材したり、視聴者からアンケートを取ったり、メーカーの人にインタビューをしに行きました。
稲葉 メーカー取材はいま見てもかなり踏み込んだ内容を聞いているんです。匿名とはいえ、かなり勇気のいる回答を企業側から引き出していますよね。
青山 やはり企業は、主にネタバレを気にするんですね。これをOKと言ってしまうことで、著作権を放棄していることになるのではないかという不安を覚えています。あとはゲーム自体の改変も厳しくて、たとえば人気プレイスタイルであるオワタ式などはほぼダメです。遊び方としてはかなり面白いと思っても、企業的にはなかなか認められないというスタンスなんですね。
■ ゲーム実況の歴史――1.ゲーム実況前史:「面白く」ゲームを語る文化
稲葉 ゲーム実況について考えていくにあたって、まずはその歴史をさらってみたいんです。人気が爆発したのは明らかにニコニコ動画以降ですが、それ以前からネットラジオの文脈でpeercastなどで行われていたという話がありますよね、永井先生とか(笑)。
石岡 ネット以前の時代にまで遡ってしまうと、『ゲーメスト』のようなアーケード雑誌がスーパープレイのビデオを販売していたんですよ。そこにオマケで大道芸みたいなネタプレイ動画をつける構成があったんです。それは、一つの起源じゃないかと思いますね。
稲葉 「面白さ」重視のプレイを見たいという欲求に応えるコンテンツは、昔から供給されていたわけですね。
石岡 ただね、当時のゲーセンってかなり殺伐としていたんです。ガチのヤンキーみたいなのが一杯いて、上手さで上下関係もあったわけです。そういうところで勝ち残った人たちは、若干気味が悪いことにスーパープレイを隠したがるんですよ。特にシューティングゲームが顕著だったけれども、稼ぎ方をバラさずにスコアだけで争ったりね。だから、古いタイプのゲーマーはゲーム動画の文化に対してずっと懐疑的でした。今でも「動画勢」という物言いにそうした名残をみることができると思います。
その点で大きかったのが、実は2000年代前半の「ゲームセンターCX」の流行です。僕も細かい動きを把握しているわけではないですが、やはりオタク的な知識を誇るような、謎のマウンティングのゲームを終わらせた点で画期的ですよ。
▲ゲームセンター「CX」
稲葉 CXはたぶんネットの「ゲーム実況」文化の誕生に直接的な影響もあるでしょうからね。最俺のキヨさんなんかも影響を公言していましたし。
石岡 もちろん、かつてはゲーム雑誌のライターなんかが、そういう一種のコミュニケーターを担っていたんですよ。堀井雄二さんだって、元々は『Wizardry』のような洋ゲーの紹介者ですね。でも、雑誌文化の場合は物書きのスキルがいるし、広告会社との折衝も必要になる。実況のように、喋りだけでパッと出て行けないんです。しかも登場する人は、東京の業界と繋がれる一部のコネクションに限られていましたからね。
井上 TRPGのリプレイ文化も実況の源流と言えるかもしれません。リプレイ文化は、ボードゲーマーやTRPGゲーマーの中では、それなりに大きな存在感がある。「リプレイをどれだけ楽しそうに書くか」は、一つ重要な芸でした。あと、1997年から1998年くらいにクソゲーライターも流行りましたよね。あれも、ゲームで理不尽な経験をするプロセスそのものを記述するという点では一つの源流といえるかもしれません。
▲超クソゲー
石岡 あと、セガマニアとかね。まあ、セガマニアには別のマウンティングがあるけど(笑)。
井上 セガマニアは、「貴様らはわかっとらん…!!!セガは、昔から64bitだ…!」みたいにツッコミながら自虐をやる文化ですよね。……マウンティングしながら、その行為が虚しいことを知りつつ、でもやっぱりマウンティングするという(笑)、大変にハイソな世界でしたね。
石岡 サブカルバッドテイストみたいなボンクラ文化ですよね。僕はあの文化を愛していましたが、それ故に現在は超批判的でもあります。
あと、もう一つ重要なのは、ニコニコ動画が出た時期って、ちょうどレトロゲーマーたちが昔の知恵を語り始めた時期だったんです。いま思うと、ニコ動は凄くタイミングが良かったんだと思いますよ。2007年とか2008年って、ちょうどWiiでバーチャルコンソールが出て、Xbox360とかPlayStation3も登場した時期でしょう。ゲームマシンって、世代が代わるごとにレゲーでちょっと小銭を稼ぐんですよ(笑)。ファミコンですら、ある意味でインベーダーは前時代機のレゲーだったと言えるしね。
▲「レトロゲームという言葉が雑誌で発見できるのが88年からです。レゲーという概念はその時期からあるんですね」(井上)
稲葉 確かに、僕もバーチャルコンソールのレゲーの攻略動画を探して、ゲーム実況に入っていった記憶があります。
■ ゲーム実況の歴史――2.ニコ動への移行期:視聴者の急激な拡大
稲葉 大学時代の後輩の知人が「ニコニコ動画(仮)」の頃に話題になっていた、当時2ちゃんねるに貼られまくっていたドラクエ実況をしている動画の実況主だったんですよ。彼が言うには、当時peercastなんかのネットラジオ界隈でゲーム実況はコンテンツとして凄く流行っていて、彼はその界隈にノベルゲームの実況を持ち込んだ男として有名だったらしいんです(笑)。
▲ 「ライブドアねとらじ」で配信されていた『羅刹ラジオ』 青山 黎明期からニコニコの実況者もゲームをやらないラジオ放送はよくやっていました。有名なところでは2008年くらいに当時一番人気だったゆとり組さんが企画したラジオがありました。当時はまだニコ生もなくて、Ustreamも浸透していなかった時期です。
peercastとニコ動では、実況する層もリスナーの層も大きく変わりました。peercastは聴くだけでもハードルが高かったし、何よりも小さなコミュニティだったんです。それこそ、ゲーセンで台に集まってくる人たちみたいな感じですね。ノリも面白いところもみんな共有していたんです。それが2007年頃にニコ動に変わって、一気に見る人の数が増えたんですね。
なんとなくゲームをプレイしている人を見る面白さ、みんなでわーっと盛り上がる面白さ、あるいは「よくわかんねーけどすげーうめー」みたいな盛り上がり方――そういう現在につながるカオスな面白さが出てきたのは、そこからですね。
稲葉 具体的にどういう流れだったんですか?
青山 まだゲーム実況という言葉が生まれる前は、フルボイスというジャンルが強かったんです。実は、当初のゲームに声を入れるスタイルの動画でランキングに上がってきていたのは、RPGのセリフを読み上げるタイプの朗読動画だったんですよ。
井上 あの、素人な味わいにあふれたフルボイスですよね(笑)。
青山 ところが、彼らがいつの間にか、ゲームのキャラクターを読み上げるだけじゃなくて、自分の話をしはじめめたんですよ。「いやぁー、ちょっと飯食ってさー」とか「学校めんどくさくって」みたいな。
そういった動画が「ゲーム実況」とか「実況プレイ」と言われるようになったんです。
ゲーム実況動画がランキングで上に行きだしたときに、その反動として逆に「ゲームを楽しもう」という風潮も始まりました。
そうなると、「お前の話はいいからゲームを楽しめ!ムービー中は喋るな!」みたいな視聴者がいたり、逆に「この実況者は面白いからもっといろんな話してよ!」といろいろな視聴者がいたりと、視聴する側の嗜好も多様化しました。そういう感じで、色んな視聴者がいてメチャメチャな状態から、徐々に今の状態に移行したという感じです。
■「永井先生」は当時の最先端だった
石岡 ところで、いま少し名前が出てきていますけど、永井先生ってどうしてるんですかね。彼の人気って、やはり他とは一線画したものがあって、実はゲーム実況というジャンルと関係ないものがありますよね。実際、最初に出てきた「Review House」でも、永井先生は全く位置づけられていない(笑)。でも、やっぱり僕の知り合いにも、永井先生だけTwitterでフォローしている人とかいるわけです。
【参考】
永井先生ツイッター
https://twitter.com/nagaikouji1
永井先生ブログ
http://nagaikouji072.blog.fc2.com/
稲葉 僕もフォローしていますけど、いまは本格的に日々スロットを回す人になってますよね(笑)。基本的には2chのネットウォッチ板で、特に炎上したわけでもないのにスレが立ってる類の……古式タンとかの楽しまれ方の系譜じゃないかと……。メチャクチャ五目並べが下手とか日本語が読めないこととかが面白がられていたわけで、いまも基本はそういうものなのかなと思います。
▲永井先生の五目並べ(かちました)
▲永井先生過去作品55連発
石岡 いや、近所にスロットを売ってる店があるんですけど、「これを買ったら永井先生になってしまうんだろうか……」とか思うわけです(笑)。しかし、最近の状況を見ると、一種のリアリティショーみたいになっている感じなんですかね。この人が生きているというだけでサバイブ感があるというか。
青山 ただ、初期の実況者が出てきたキッカケとして、間違いなく永井先生は大事だと思いますよ。実際、みんなあんなに見ていたわけじゃないですか。だって、ああいうふうに好き勝手に喋って、それに反応したコメントが大量に流れてくるわけですよ。「あー、やっぱり永井先生は馬鹿だなー」とか「凄いなー」とか。そういった送り手と受け手がいて、言葉と文字のコミュニケーションが数万人単位で行われるのって、当時としてはとんでもなく珍しくて、超最先端だったわけです。まだニコニコ生放送もなかったですしね。
そもそも初期の実況者って、まだゲーム実況って何? みたいな時代に、小説を書くでもなく、日記を書くでもなく、でも何か俺には喋りたいことがあるという人が単に表現の場として始めたところがあるんですよ。
石岡 要するに、まだ彼らはそこに暮らし始めただけだったわけですね。……ちなみに、なんかいま永井先生のニコニコ大百科を見たら"ブロントさん"(ブロントさんとは - ニコニコ大百科)と隣接して扱われていて(笑)、その象徴的意味合いを考えておりました。あれですよね、有名コテハンとか、文章の特徴ですぐ特定される厨房とか、そういう愛されキャラの系譜なんですよね。
■ ゲーム実況の歴史――3.黎明期~成熟期:クリエイターの台頭
稲葉 そうして2007年のニコ動の大ブームの中でpeercastのような場所からニコニコ動画への移行が起きて、ゲーム実況は大人気ジャンルに育っていったわけですね。ボカロのように表立って語られることはなかったですけど。
で、たぶんここから2011年くらいまでが、おそらくここにいる人たちが最も熱狂的に見た時期なんじゃないかなと思うんです。ちなみに、2011年に出た青山さんの本では、ゲーム実況の成長過程を「黎明期」「成長期」「成熟期」などに時期区分をしていらっしゃいましたよね。
青山 ああー、そんな分類をしましたね。
大体、2007年から2008年の夏くらいまでで、ひと通り有名なゲーム実況者が出揃うんです。この頃は、まだ単純にゲームをしゃべりながらプレイしているだけの動画スタイルがほとんどでした。それが、2008年の秋あたりから「垂れ流しだけじゃいかんぞ」という風潮になりました。ラジオもやる、編集も字幕も入れて、効果音や音楽も入れるぞ、となる。どんどんクリエイター気質になっていったんですね。
稲葉 少し当時のネット全体の雰囲気を思い出すと、Twitterが日本で本格的に普及し始める前夜なんですよね。Twitterがどんどんリアルタイムの情報取得ツールとして使えるようになってきて、Ustreamも使われだして、その空気の中でニコニコ生放送も2008年末にユーザー開放されていく。いま思えば、そういうリアルタイム性の強い「だだもれ文化」の台頭の中で、動画投稿で表現することのアイデンティティが問われだしたのかな、と思います。
▲【マリオ64実況】 奴が来る 壱【幕末志士】
▲【ゆめにっき】何も知らない友人に無理やり実況させてみた 第一夜前半
実況者という点で象徴的なのが、ボルゾイ企画と幕末志士が2008年の11月に登場してきて、M.S.SProjectと最終兵器俺達が――まだ当時は人気はなかっただろうけど――2009年に初投稿していることですね。企画性が強くなって、キャラクター性で勝負する人たちも出てきて……という。
青山 なんとなく、自分の表現したいことを表現している人たちが人気になってきて、ここは凄い場所なんじゃないかという雰囲気が、2008年の秋以降に起きてきたんです。で、2009年辺りからは「よし、ワンチャン俺も」という人たちが登場してきた。
稲葉 MSSPって、現在はもう一番人気ですし実は僕も大ファンなんですけど(笑)、やはり元々は自分たちの音楽活動を知ってもらうために……という動機ですからね。そういう意味では典型かもしれないですね。
■ 「ボルゾイ企画の神格化を進める座談会ですか(笑)?」(石岡氏)
稲葉 最近、『青鬼』の映画化が話題になっているけど、あれって怖ろしいことに、この時期のボルゾイ企画の実況動画から始まった人気じゃないですか(笑)。歴代の総合ランキングでも上位に来ている、ニコニコ動画の中でもレジェンド級の動画だと思うのですが。
▲【青鬼】絶叫に定評のある友人に無理やり実況させた【実況】part1
それで思い出すのが以前に、はるしげさんが「"ボルゾイ企画"以前/以降」があるとトークイベントで話していたことなんです。
青山 実はボルゾイ企画って当時、新しい実況者という扱いだったんですよ。ボルゾイより前にゲーム実況を始めていた人たちがいわゆる「古参」と言われてたんです。まあ、時代は流れて、いまはボルゾイも古参なんですけどね(笑)。
石岡 僕の記憶では、ボルゾイは「キャラ性」が異様に強かったんですよ。お互いにいじり合うような感じとかもあって、そういうシチュエーションの面白さのようなもので見せるのは、確かに現在のシーンの黎明と言えるかもしれないですね。
青山 女性のファンが多かったです。掛け合いでの関係性の面白さもあったし、イケボイスで格好いいことも言う。しかも、ホラーゲームをやってびびってる姿が、ちょっとカワイイ。
稲葉 確かに、初期の実況者って基本はぎゃあぎゃあ言って遊んでたり、あるいはぶつぶつ呟きながら黙々とゲームしてる感じですからね。トークショー的な面白さは別にないですよね。
石岡 確か『ゆめにっき』の実況もボルゾイですよね。あれってホラーフリーゲームの実況シーンの原型ですよ。遡ると、どうしてもそこに行き着く。
青山 まさにそうです。ボルゾイの『青鬼』と『ゆめにっき』の実況が重要です。現在のフリーゲームの流行自体が、そもそもここから来ていると思います。
稲葉 つまり、ゲーム実況における一つのスタイルを確立すると同時に、メジャーシーンからも注目を浴び始めているホラーゲーム人気の始まりにもなっているという。いまや映画化ですからね。
石岡 この座談会は、ボルゾイの神格化を進める座談会ですか(笑)?
もちろん、神格化はしなくていいと思いますけど、確かに『電車男』の時はマスコミレベルで食いついたけど、本当は『青鬼』の方がよっぽど異常なことが起きているのに気付かれにくいという問題はありますね。やはり、ゲームというのは現在でもオールドメディアの人にはわかりにくいんでしょうね。
稲葉 あの辺りのホラーゲーム実況って、普段わざわざ話題にのぼらないだけで、実は結構な数のネットユーザーが見たことがあるんですよ。再生数を見れば当たり前なんですけどね。有名ボカロ曲とかなんかよりずっと多いわけですから。
【参考】カテゴリ合算 合計 総合ランキング -ニコニコ動画:GINZA
http://www.nicovideo.jp/ranking/fav/total/all
■ ゲーム実況の歴史――4.現在:スター化と女性人気の本格化
稲葉 だいぶ駆け足に見てきましたが、ここからが現在の状況ですね。たぶん、ニコニコ動画に限定してゲーム実況を見るならば、顕著な傾向は一部のゲーム実況者の「スター化」になると思うんです。これに関しては、やはり運営による公式生放送で、ゲーム実況が取り上げられ始めた影響が大きかったと思うんです。
青山 そうでしょうね。最初は、2012年の1月の「DARK SOULS60時間実況」の公式生放送でした。ここからゲーム実況の人たちがニコニコの公式生放送に出てくる流れができました。それまでは、やはり本当になかったですよ。
稲葉 で、その流れを決定的にしたのが、たぶん同年4月に開かれたニコニコ超パーティで、3Dミクも含めてステージに立った全出演者で一番人気だったのが最終兵器俺達だったという事件(笑)だと思います。いまは一番人気はマックスむらいさんですか?
青山 たしかに、マックスむらいさんは、今のニコニコの生放送においてかなり人気だと思いますね。だって、この間チャレンジ企画をやったら、2時間で約100万人の視聴者が来ましたからね。
石岡 えー、100万人!? それはちょっと凄いな……。
稲葉 確か、先日のAKB総選挙の中間発表でも、そこまで行ってないですよね。ニコニコとの相性の問題はあるとはいえ、異常な数字ですよね。
ただ、「スター化」のような状況が起きている一方で、実は2008年頃からゲーム実況に熱狂していたネットオタクたちは、むしろ最近はゲーム実況のメインストリームから離れ気味な印象なんです。
少なくとも、現在イベントなどで人気を博している、MSSP、最終兵器俺達、チーム湯豆腐あたりって、彼らとは全く異なるユーザー層の、特に必ずしもゲーマーではない女性ユーザーの人気が膨れ上がっている。彼らのイベントに行くと実際、女の子ばかりじゃないですか。しかも、その人気のあり方も結構アイドル的で、ちょっと「疑似恋愛」的なんですよね。ほとんどの人が顔出ししてないのに。
例えばこの間、つわはすさんの誕生日があったのですが、そのときに上がった動画がこれです。
▲【実況】つわハッピ.ーシン.セサイザ【手描き】
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