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  • 犬飼博士 安藤僚子 スポーツタイムマシン 第5回 あゆみはじめたスポーツタイムマシン 山口の人々と共創したメディア運動会

    2019-08-01 07:00  
    550pt

    山口でスポーツとITが融合した新しい〈eスポーツ〉のかたちを提示するメディアアート装置「スポーツタイムマシン」を制作した犬飼博士さんと安藤僚子さんが制作当時を振り返るノンフィクション連載、なんと2年ぶりの再開です…! いよいよクライマックスとなる今回、2013年の夏から秋にかけて2期にわたって展開した開催期間中の出来事とその意味を、多くの体験者の皆さんの声をまじえながら語ります。
    「スポーツタイムマシン」の連載第5回目です。前回の第4回掲載から、まる2年もの月日が経ってしまいました。読者の皆様には、なんの経過報告もなく時間が過ぎてしまっていたことを心よりお詫びいたします。  この連載は、2013年夏、山口県山口市の山口情報芸術センター[YCAM]の10周年記念祭での公募事業「LIFE by MEDIA」の選出作品として、犬飼博士と安藤僚子が作家として行ったメディアアート「スポーツタイムマシン」の顛末を記述するものです。YCAM本体のアートセンターの中ではなく、そこから徒歩20分くらいの距離にある山口市中心商店街(の一部である道場門前商店街)の空き店舗を改装して、市民と一緒に新しい遊び場のような「スポーツ」の「タイムマシン」を作り、運営するプロジェクトです。  これまでの連載では、犬飼と安藤が設営時に別れて行動していたこともあり、それぞれの視点から見えていた風景を交互に執筆してきましたが、今回からはオープン以後、実際に犬飼と安藤が合流して行った活動についてお話しさせていただくため、二人一緒に執筆をさせていただきます。  今回初めて読まれるかたは、ぜひ第1回から読み返していただけたら幸いです。
    「スポーツタイムマシン」過去の連載記事一覧はこちらのリンクから。
    オープン前夜の光景
     さて、第4回では安藤さんの視点からオープン前夜(2013年7月5日)まで、山口の地元の方々を巻き込んで一緒に設営し、現地での準備の模様を書いてもらいましたが、本題に入る前に少しだけ時間を遡って補足しておくと、同じころ僕(犬飼)は東京でシステムの開発を進めて1週間ほど前に山口入りしており、残すは現場への実装段階というところまで漕ぎ着けていました。  機材をすべて現場に送り、安藤さんと山口のみなさんがつくった実際の会場にパソコン、プロジェクター、センサーを導入し、オペレーション手順を決め、山口で出会ったアナウンサー萬治香月さんにナレーションをオープン前夜にお願いしたりしていました。  メイドプログラマーの岡本美奈子ちゃんと山口の河口隆さん、大石みかげさん、福田達也くんはじめ、現地のITエンジニアたちも現場に合わせてプログラムを拡張し、最後の最後まで手伝って設営してくれました。特に河口さんと美奈子ちゃんが行ったセンサーで撮った「情報」を、現場の現実空間にピッタリ合わせて置いていくキャリブレーション作業は、このスポーツタイムマシンの思想的・技術的なユニークさが顕著に現れている作業であり、とても大変でしたがエキサイティングな作業でした。
     河口さんは、この時の様子をこう振り返ります。
     オープン前夜は、ひたすらキャリブレーションという作業をしていました。スポーツタイムマシンのシステムは、走者のモーションを記録するKinectというセンサーが12台と、出力像を投影するプロジェクターが6台という構成で、つまりプロジェクター1画面に対してKinectが2つあるんですね。その2つのKinectが「ちょうどいい感じ」の位置になるように調整するという作業がキャリブレーションです。Kinectは3Dのデータを記録するので、正面・側面・上面の3点から見た画の位置と大きさをぴったり合わせるようにしなければいけないんです。それが結構難しくて、何を基準に合わせていいのかがわからない。けれど、走り高跳びで使うような長い棒を持ってきて、それぞれの方向を向きながら棒を基準に合わせていくといいぞ、というのを美奈子さんが編み出してくれて。それでひたすら調整していく作業を、4〜5時間はやっていました。  それに加えて、ケーブル類を通すために天井に開けた穴を隠すという作業を、当日の朝5時くらいまで延々とやっていたんですね。それで、開会時間ギリギリになって、やっとキャリブレーションが終わって、機材が動いたのを確認して、どちらかといえば普段はクールな美奈子さんと抱き合って喜んだのをよく覚えてます。
    オープン前夜
    スポーツタイムマシンの記憶 つくられていた  4:20Ver
     そんなこんなで、オープン当日の早朝まで、体力の限界の中でなんとか準備を間に合わせた僕たちは、サウンドエンジニアの高橋琢哉さんがつくった軽快でさわやかなBGMの中「私はスポーツタイムマシンです」という音声を聞きながら、皆で会場のセットでもあるゴザで、オープンまで休憩しました。
     ということでバタンキューしてしまった僕たちに替わって、いよいよ始まったスポーツタイムマシン会期初日からの様子は、安藤さんにバトンタッチして語ってもらいたいと思います。
    Part.1 「スポーツ」から「祝祭」へ──山口市民の熱狂と共創を巻き起こした第1期
    不安と期待との中でオープンした「YCAM10周年祭」初日
     はい、お久しぶりです、安藤僚子です。  2013年7月6日。ついにスポーツタイムマシンが始まりました。  YCAM10周年祭として、同じく山口市中心商店街に会場を設置した「YCAM DOMMUNE」と、「LIFE by MEDIA」に選出された他の2作品、深澤孝史さんの「とくいの銀行 山口」と西尾美也さんの「PUBLOBE」も一緒にスタートしています。  YCAM10周年祭は、7月6日から9月1日までの第1期と、11月1日から12月1日までの第2期とに分かれているのですが、予算や準備などの諸事情で、スポーツタイムマシンは第1期だけの開催の予定でした。だから、とにかくこの夏休みを全力で駆け抜けることしか、私たちの頭にはありませんでした。
     さて、商店街で10周年祭の開会式が行われました。山口市長とYCAM館長の足立明男さん、DOMMUNEの宇川直宏さんが集まっての、賑やかな開会です。  さっそく、スポーツタイムマシンにもYCAM関係者や製作に協力してくださった地元の人たちが、初日はけっこう走りに来てくれましたが、はたしてこの先どうなっていくのか。これから2ヶ月間、山口の市民たちにウケるだろうか…と不安になりながら、翌7日、ひとまず東京に戻りました。
    ▲山口市中心商店街で行われたYCAM10周年祭開会式。
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  • 犬飼博士 安藤僚子 スポーツタイムマシン 第4回 「絶対カワイイものつくる! オープンに向け結集した山口の地元力」【不定期連載】

    2017-08-24 07:00  
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    山口に新しいeスポーツのための装置「スポーツタイムマシン」を作った犬飼博士さんと安藤僚子さんのタッグが、制作当時を振り返る連載『スポーツタイムマシン』。今回の執筆は安藤さん。2013年6月23日、犬飼さんよりも先に山口入りした安藤さんは、7月6日の初日に向けて設営を開始します。「カワイイ」ものを作りたいという安藤さんの思いに、地元の人の力がどんどん集まってきます。

    こんにちは。安藤です。前回は犬飼さんが、主に東京で開発されたスポーツタイムマシンのデザインやプログラムの事を書きましたが、今回は私が山口での制作の話を書きます。スポーツタイムマシン4回目の連載は、4年前の2013年6月23日、3回目の山口入りのことから書きはじめます。この日から、スポーツタイムマシンのオープンまで、いよいよ山口での滞在制作のスタートです。
    滞在制作スタート! ライバル(?)たちの動向を横目に
    YCAMへ着くやいなや、すぐに2年前の山口国体のメイン会場だった維新百年記念公園陸上競技場へ移動。山口市の職員で陸上スポーツ少年団のコーチをしている金子さんが県にかけあってくださり、国体で使った陸上用床材を貸していただけることになりました。維新百年公園は山口県の施設で、YCAMからも車で10分くらいのところにあります。最初に山口を訪れた時、地元の人がスポーツする場所を見学したいと思い、犬飼さんと見学に来た場所でした。レノファ山口FCの試合も小学生の陸上競技大会をリサーチしに来たのもこの公園です。 前回2回目の山口滞在では、足りないお金を工面するために山口中を駆け回ってました。募金箱を首から下げて歩き、とにかくいろんな人を紹介してもらい会って話し、お金だけでなく人材や機材の提供もお願いを続けていました。
    6月17日ブログ「スポーツタイムマシンを一緒につくろう!」 
    その成果が、山口県から国体で使った床材をお借りできるということにつながり、幸先の良いスタートとなりました。OPENまであと2週間、久しぶりに戻った山口市の街中を歩くと、YCAM10周年記念祭が始まる前のソワソワとした気配が感じられました。スポーツタイムマシンの会場がある山口市中心商店街には、外灯にフラッグが吊り下げられ、いたるところにポスターが貼られています。おなじLIFE BY MEDIAの出展仲間のブースも着々と建設されていました。 
     LIFE BY MEDIAでは、私たちを含め3組の作家が選ばれました。 そのうちの一人が、西尾美也さん。ナイロビにアーティスト留学の経験を持ち「服」をテーマに活動しているアーティストです。 様々な芸術祭でよく名前を目にするくらい活躍しており、滞在型制作に慣れた先輩アーティストという印象でした。山口では、市民の人から要らなくなった服を集めて、服の貸し借りができるパブリックなワードローブを作る「パブローブ」という作品の制作でした。 会場は商店街の中心的存在、井筒屋百貨店の目の前の広場でした。西尾さんはまだ山口入りしておらず、作品を展示する為の木造の屋台やポスターなどの制作は、YCAMスタッフが手配をして、彼が来なくとも既に出来上がっていました。3組とも同じ予算での制作です。与えられた、限られた予算の中で、無駄な行動や出費をしないで効率よく制作を進めている様子が伝わってきました。
    西尾美也「パブローブ」ウェブサイト
    一番乗りで山口入りしていたのは、深澤孝史さん。深澤さんも、様々な芸術際での滞在制作を手掛けているアーティストです。 お金ではなく自分の得意なことを銀行に預けて、預けた人同士が、得意なことを貸し借りできる「とくいの銀行」という作品です。西尾さんの会場のすぐ斜め前の、小さくてきれいな空き店舗が会場でした。店内を覗くと、店舗を銀行の支店に見立てるべく、深澤さんと地元の人で内装の準備を着々と進めていました。
    深澤孝史「とくいの銀行」ウェブサイト
    滞在制作に慣れている2人と比べ、アーティストとして新参者の私たちスポーツタイムマシンは、無駄に動き足掻いているだけで、まだ何も出来上がっておらず、ずいぶん置いていかれている気持ちでした。
    東京を出る前、念のためブログでこんな呼びかけをしておきました。
    6月18日ブログ「【募集】山口で会場づくりを手伝ってくれる人!」
    スポーツタイムマシンの会場に着き、東京から送った荷物を下しYCAMの町中展示担当の伊藤友哉さんが帰ると、何もない広い会場にポツンと一人投げ出された気持ちになりました。何からすれば良いのか…。とりあえず段ボール箱を机にPCを立ち上げ、ひとりでブログを書きました。 誰か手伝ってくれる人が入ってくるかもしれないという期待から、わざと入口近くに座っていましたが、通りすがりのおばあさんが「何か出来るのか?」とのぞき込んでくるだけでした。明日から本格的に現場施工の開始です。
    本当に誰か来てくれるのだろうか? 前回山口に滞在した時にお会いして手伝いのお願いをした人たちは、本当に来てくれるのだろうか? 不安と孤独感でこの日を終えました。
    少しずつ現れ始める山口コミュニティの底力
    6月24日(月)、現場初日。 午前中に訪ねてくれたのは、舞台照明を専門に施工しているottiの伊藤馨さんと秦電機工業の秦睦雄さんの2名。どうしてもプロでないとお願いできない、壁づくりと電気配線の作業は事前に伊藤さんに依頼していました。 プロが2名も居るとさすがに心強く、サクサクと明日からの工事の段取りの打ち合わせが進みました。しかし、私たち以外に、元々100円ショップだったこの空き店舗に映像とかけっこが出来るスポーツのタイムマシンができるなんて誰も分からないだろう、という不安は拭えません。少しでも町の人に気づいてもらいたい、関わりを持ちたい。手書きの「スポーツタイムマシン建設現場工程表」を表に貼り出し、模型と、手伝ってくれる人募集のチラシを置いて、中の工事の様子の見える化を試みました。

    ▲スポーツタイムマシン建設現場工程表

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  • 犬飼博士 安藤僚子 スポーツタイムマシン 第3回 「山口の人にバトンを渡すため、まず僕らの全力疾走」【不定期連載】

    2017-05-09 07:00  
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    山口に新しいeスポーツのための装置「スポーツタイムマシン」を作った犬飼博士さんと安藤僚子さんのタッグが、制作当時を振り返る連載『スポーツタイムマシン』。今回は、山口と東京で見つけた仲間たちの協力のもと、スポーツタイムマシンが少しずつ形になっていく様子を、犬飼さんの視点から語ります。
    こんにちは犬飼です。
    今回は前回の安藤さんに引き続きスポーツタイムマシンを作るための山口のリサーチと、主に僕が行った電子プログラム開発部分のお話しをさせていただきます。
    展示開始は2か月後です。
    YCAMの人たちからは「間に合わせてね」とやさしい言葉と厳しい目つきで指定されております。そんな緊張感ある時期のお話しです。 
    プロジェクトが目指すゴールのデザイン
    ライフバイメディアというテーマの作品であるスポーツタイムマシンの事前リサーチ。つまり山口のライフサイズを調べる活動は、僕たちが山口を知ることと同時にスポーツタイムマシンをいっしょに”作って”、”運営して”、”遊ぶ”ための仲間探しでした。
    「こんにちは。突然すみません。」
    「こんな場所にこんなマシンを設置しようと思っています。」
    「このアイデアはどう思いますか?」
    「このマシンを7月にオープンさせるので一緒に作りませんか?」
    「物もお金も人も足りないのです。協力してくれませんか?」
    こんな会話をあっちこっちでする旅です。
    安藤さんは内装というモノ、僕はコトの設計と制作をおこないます。
    コトの設計というのは、ある物や者の間にある「関係」をデザインするということです。
    スポーツタイムマシンというモノと山口を、人々の関係を作っていく、それがこの時に僕が始めたことです。
    今回は電子プログラムだけでなく人や町、商店街そのものがメディアになるための事前リサーチで、人と会う行為そのものが制作になっていきます。
    コトをデザインする手法の一つに、僕がずっと携わってきたゲームデザインがあります。モニター画面の中だけのゲームではなく、モニターを飛び出してしまったゲームのデザインです。
    ゲームデザインでは、なんらかのゴールと報酬を用意します。
    報酬では失礼なのでプレゼントと言い換えます。
    山口の人たちに用意したプレゼントは”笑顔になってもらうこと”だと
    この段階で決めました。
    初対面の人にはわざわざ「笑顔をプレゼントします」とは言いませんが
    少し仲良くなって負担を多くかけてしまう仲間には、「あなたを含め、山口の人が自ら行動して内発的に笑顔になってもらうように頑張りましょう」と伝えていました。
    僕は当時のブログにこう書きました。

    YCAM10周年のお祭りを、YCAM、商店街、山口市、県、県外の人たち全員で参加して盛り上がるイベントにして、みんなを笑顔にしたいのです。
    笑顔があればいいです。
    ただそれだけなのです。
    そして
    その先にはもっと大きな
    絶対イエーイはあるはずなんです。
    (中略)
    25年前、石井聰互さんが、キューブリックの「2001年宇宙の旅」等をさして絶対映画というのがあるんだと言いました
    その先です
    人類はもう25年も拡張をしてきたのです
    絶対イエーイ
    ジョン・レノンがピースというように、
    ジェーン・マクゴニガルがエピックウィンというように
    ぼくは絶対イエーイというんです。
    (ブログ 絶対イエーイはあるんですよ。)

    つまらないレトリックに聞こえてしまうかもしれませんが、お祭りやスポーツ、遊びで得たい報酬は「楽しくなる気持ち」しかなく、それが得られたとき身体というデバイスに表示されたものが笑顔であり、僕らは“口角の上がり具合”で楽しんでくれたと認識するしかないという意味です。
    安藤さんは、この時期しきりに「ゼッテーかわいい物を作る」と言っていました。
    安藤さんは“かわいい物”、僕は“笑顔”を。
    この2つは、この山口から数年たった今もなおゴールとして掲げられています。
    デザインをするメディアの差からこのような言葉の差が生まれます。
    安藤さんがなにかをつくると、かわいいものが出来上がってくるのですが
    「そのかわいいって何?」という僕の質問にはなかなか言葉が出てきません。
    うーんと眉間にしわを寄せて睨んでくるか無視されます。
    信じてとにかく任せるしかないのです。信頼しています。待ちます。
    ですが、待っているだけでは平行してするべき僕の作業もすすまないので困ることもあります。「それ、かわいくない。」僕はずっとこの安藤さんが何度も口にする「かわいい」について苦心します。
    コトのデザインとして内発的な「かわいい」をめぐるデザインのやりとりは、また後の連載でふれたいと思います。
    とにかくスポーツタイムマシンを“作って”、“運営して”、“遊ぶ”あいだに「笑顔とかわいい」をプレゼントできるようになることが全員の共通の目標として、山口に触れていったのです。

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  • 犬飼博士 安藤僚子 スポーツタイムマシン 第2回 「山口のライフサイズをさがして」【不定期連載】

    2017-03-28 07:00  
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    犬飼博士さんによる連載「スポーツタイムマシン」。今回から制作のパートナーでもある安藤僚子さんが執筆に加わります。全く新しいeスポーツのための装置「スポーツタイムマシン」を作ることになった二人がタッグを組んだ経緯や、山口で活動を始めた頃の様子を安藤さんが振り返ります。

     はじめまして、空間デザイナーの安藤僚子です。
     連載第1回では、2013年のお正月に私が犬飼博士さんを焚きつけて、山口情報芸術センター(YCAM)の10周年記念祭で企画された公募展示「LIFE by MEDIA国際コンペティション」への応募案として、「スポーツタイムマシン」のアイデアが誕生。同年4月、審査を経て見事に受賞するまでの発端の経緯を、犬飼さんが語ってくれました。
     今回は私の視点から、山口を初めて訪問していよいよスタートした、スポーツタイムマシンの作りはじめの時の様子を振り返ってみたいと思います。
     しかし、その前にまず、私と犬飼さんがタッグを組んだ経緯を、すこし遡ってお話ししておきます。

    ▲完成した「スポーツタイムマシン」の様子
    凸凹タッグのはじまり
     2013年のお正月に犬飼さんを焚き付けた、これがそのメールです。
    スポーツタイムマシンの始まり | スポーツタイムマシンで走ろう! Sports Time machine Blog
     今は2017年の3月なので、もう4年前です。どうしてこんなメールを送ったかというと、このころ私が抱いていたある不安と希望からでした。
     私は店舗などの商業施設の設計の仕事をしているのですが、IT時代に実店舗よりもECサイトにお金をかける企業も多くなり、私のような実空間をデザインする仕事はそのうち必要とされなくなるのだろうか、という不安を感じていました。
     でも私たちの身体は、この実空間にある……。情報と空間をうまく融合させることが、今後の自分の大きな課題になると考えていました。犬飼さんと一緒に仕事をした、日本科学未来館の常設展示「アナグラのうた」の開発で、その思いは一層強くなりました。このプロジェクトは、まさに空間情報科学がテーマでした。
     私のような物質空間(アトムの世界)でモノをつくっている人と、犬飼さんのように情報空間(ビットの世界)でモノを作っている人同士が対話し、考え、モノを作ることに、豊かな未来の可能性と希望を感じたのです。
     一方で、「アナグラのうた」がある場所は国立の科学館です。お金を払い、科学を学ぶ意識のある人しか訪れない特別な場所です。誰もが普通に生活をしている場所に「アナグラのうた」のような空間と情報を融合させた幸せな場をつくることはできないのだろうか。もっと実生活に落としていかないと意味がないのではないか、という満足しきれない思いも生まれました(もっとも、それは今だからこそ言える言葉で、2013年当時の私は、そんな悩みを言語化することさえできない状態だったのですが……)。
     ともあれ、漠然とした思いで悶々とする中、「LIFE by MEDIA国際コンペティション」の公募を見つけ、犬飼さんにメールを出したことから、前回の経緯にあるように、「スポーツタイムマシン」はスタートしたのでした。
    受賞決定! まずはブログをつくろう
     そして、受賞の連絡が来たのが4月の頭、正式発表が4月中旬。
     その時の感想を正直に言うと、「えっ、本当に決まっちゃった!?」
     私たちが受賞したコンペは、賞金として制作費100万円と1往復分の交通費が支給され、山口での滞在場所は用意してもらうという、いわゆるレジデンスアーティストと呼ばれる滞在制作型の公募でした。
     しかし、スポーツタイムマシンの構想は、実のところ100万円では機材費も開発費も足りません。それは、選んだYCAM側も承知の上でのことでした。
     さらに、LIFE by MEDIAの開催日は7月6日。制作期間は、ほんの2ヵ月ちょっと。
     お金も時間も足りない、なんとも無計画なアイデアを作ることになってしまいました。どこから手をつければよいのだろうか?
     4月中は2人でそんな話を繰り返しながら、まだ「つくる」という実感を持てない、モラトリアムな期間だったように思います。
     そんな中、犬飼さんから「まずはブログをつくろう。」という提案がありました。犬飼さんのすごいところは、なんでも動画で記録をするところです。映画監督をやっていたからかもしれないのですが、すぐ録画して、youtubeにアップして、ブログで公開する。
     デザイナーの私は、「作品は形になってから発表するもの」という固定観念があったので、まだできるかどうかもわからないアイデアを公開するという提案には驚きました。
     4月26日、スポーツタイムマシンのブログがスタートします。
     今後スポーツタイムマシンで起こっていくことを記録していくため、これから出会う人々に私たちが何をしているのか説明するため、私たち自身が何をしているのかを整理するために。
     これでもう、後戻りはできなくなりました。
    初めてのYCAM訪問で受けたプレッシャーと衝突
     そんな凸凹タッグで、いよいよ山口に行ったのは5月7日。
     私も犬飼さんも、地方でありながら優れたテクノロジーと研究能力を持ち、先進的なメディアアートを発信することで有名なYCAMの存在は知っていましたが、実際に訪問するのはこれが初めて。メディアアートの作品を見るためだけに山口へ行くほどではなかったし、山口で作られた作品がその後東京で上演させることも多いので、気になる施設だけど、なかなか訪れる機会がなかったのです。
     いろいろ不安はあったものの、国際コンペで選ばれたことは純粋に嬉しく、初めて訪れる場所で、しかも招かれて行くという、ちょっとした旅行気分もありました。そして、なんだかんだ作ることが好きな私は、憧れのメディアアートのセンターで創作の場をもらえることに、ワクワクした気持ちでYCAMに向いました。

    ▲山口情報芸術センター(YCAM)全景
     しかし、実際に現地に到着し、LIFE by MEDIAの企画者である田中みゆきさんとの打ち合わせが始まると、旅行気分は一気に吹き飛びます。
     彼女の要望はたった一つ。
     「YCAMの10周年祭として、ふさわしいクオリティの作品にしてください」。
     突きつけられる現実。私たちとしては、「実際この予算では作れないのは明確なんだから、100万円で作れる規模に縮小したプランで制作します」と言うと、YCAMとしては「そんなもののために100万円払えません。応募してきたんだからちゃんとつくってもらわないと困る」となる。まあ、当然ですね……。
     制作費が足りない、時間がない、土地勘がない。
     そんなことは、受賞したときから分かっていました。それに加えて新たに重くのしかかったのが、スポーツタイムマシンというまだ形のないアイデアによって、私たちの思いだけでなく、山口の人々のためのフェスティバルを盛り上げないといけないという使命をも背負ったことです。
     この使命に対して、私は考え始めました。「与えられた予算で、なんとか実現するにはどうしたらいいか?」と。
     ところが、犬飼さんの感想は全然違ってました。
     「なぜ山口市民でもない僕たちが市民を楽しませなきゃならないの? なぜスポーツタイムマシンをYCAM10周年という3ヶ月だけのお祭りを盛り上げるために作らないといけないの?」
     びっくしりた私は、その後、5月21日のブログにこんなことを書いています。

    「安藤です。今日、考えた事を書きます。私と犬飼さんの2人で始めたプロジェクトですが、実は2人はかなり考え方が違うタイプであること。
    犬飼さんはアーティストで、私はデザイナーであると思う。
    アーティストは社会に問題を提議し、デザイナーは社会の問題を解決するとよく言われる。職能が違うと言うか、考え方のアプローチが全く違う。
    私と犬飼さんもそうで、2人の考え方は違うことが多いです。
    犬飼さんは、スポーツタイムマシンという新しいスポーツのあり方を山口の人にインストールできれば、後は本来は山口の人達でこのマシンを作るのが良いと言う。私はあくまでも作ることにこだわっていて、私たちで考えて真剣に作ったものを山口の人たちに体験してもらって、初めて何かを伝えられるのだろうと思っている。
    この2人の禅問答のような膨大な話し合いの先にどういうタイムマシンが生まれるのか!?」
    (アーティストとデザイナー | スポーツタイムマシンで走ろう! Sports Time machine Blog)

     凸凹タッグではじめたスポーツタイムマシンは、これほど考え方が違う2人でつくるという宿命も背負っていたのでした。初めての山口への訪問は、犬飼さんとのバトルの日々の始まりでもあったのです。


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