• このエントリーをはてなブックマークに追加

タグ “現役官僚のニューヨーク駐在日記” を含む記事 19件

連続と不連続の間|橘宏樹

橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「現役官僚のニューヨーク駐在日記」。 ニューヨークの社交場では、どのような振る舞いが求められるのでしょうか好機をつかむための社交戦術を紹介します。 橘宏樹 現役官僚のニューヨーク駐在日記第16回 連続と不連続の間|橘宏樹  こんにちは。橘宏樹です。本稿は総括編3部作の第2部です。前号では、日系人社会内部の連係の重要性と改善点の話をしました。特に駐在組日本人の社交のあり方について長々と綴ってしまいました。NYは世界最高の社交場のひとつです。ひょんな出会い、ほんの小さな会話が、本当にビッグ・ビジネスへと繋がります。展開のスピードやスケール感にはシビれるものがあります。日本人もこの場の力を活かさない手はありません。そのためにはどうすればいいか。今号では、社交の話をもう少し掘り下げつつ、何でも繋がっている、一見繋がってなさそうなものでも、繋げて考えましょう、ていうか繋げましょう、NYでは特にそれが問われます、というお話をしたいと思います。 1 攻めと守りの社交術──日系人社会の生存戦略 攻めの社交──気前よく「貸し」を仕掛ける  NYは、世界屈指の社交の舞台です。偶然の出会いや何気ない会話が、驚くほどのスピードとスケールで大きなビジネスに結びつくことがあります。この場の力を活かすためには、受け身で待つのではなく、自ら積極的に仕掛けていく社交が欠かせません。相手との距離を一気に縮め、「また会いたい」と思わせるための戦術が必要です。  前号では、初対面の相手と仲間になるための「三段構えの社交戦術」──相手のニーズを瞬時に読み取り、それに応えられる姿を示し、さらに気前よく提供する──について述べました。当たり前のように聞こえますが、重要なのは、それを人々がどれだけ多くの初対面相手に対して、その場その場で的確かつ瞬時に実行できるかです。立食パーティーのように一人と話せる時間が限られる場では、この瞬発力が勝敗を分けます。そして、その行動を積み重ねていけば、やがて巨大な「貸し」の資産、つまり社会関係資本(Social Capital)が築かれます。これはビジネスにおいて「どれくらいの人に、どれだけ頼めるか」という債権総量そのものであり、その構築には、日頃の情報収集、気前よく提供できる手札の充実、相手と向き合うときに貢献できるポイントを探す姿勢、そして総合力としての機転が欠かせません。  もっとも、「損得を考えず自然体で付き合うことこそ人間関係の本質だ」と考える方もいるでしょう。確かに、自然体のまま、初対面から人種・宗教・貧富を問わず相手への貢献を第一にできる人間であれば、それで十分です。しかし、自然体ではそうすることが難しい人々──特にNYで失点が多い駐在組──にとっては、意識的に打算を組み込むことが有効になります。要は、目の前の相手の幸福を左右する要素に無頓着なままでは仲間は増えない、ということです。  

連続と不連続の間|橘宏樹

日本の命運を握る「三種類の日本人」「三段構えの社交戦術」「三次元の国家間関係」について|橘宏樹

現役官僚である橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「現役官僚のニューヨーク駐在日記」。 今回は、〈出張組〉〈駐在組〉〈永住組〉という三層の日本人コミュニティを読み解きます。 橘宏樹 現役官僚のニューヨーク駐在日記第15回 日本の命運を握る「三種類の日本人」「三段構えの社交戦術」「三次元の国家間関係」について|橘宏樹 こんにちは。橘宏樹です。トランプ政権も100日が経過しました。関税政策にせよウクライナ和平にせよ、まずは高目から吹っかけて落としどころを探る「ディール(取引)」スタイルが展開しています。世界は、振り回されながらも、なんだか妙に慣れてきた、といったところではないでしょうか。株価の乱高下の幅も小さくなってきているように見えます。しかし、もちろん、トランプ大統領は、お騒がせして申し訳ありませんなどと、決して詫びません。トランプ・ディールの最終目的が、国内雇用を取り戻すべく、安過ぎる為替レートや投資制限で独善的保護主義政策をとる中国を追い込むことにあるとしても、この恣意的急変動に世界が慣れていくことそれ自体によって、彼による世界に対するある種の「調教」が進んでいる感もなきにしもあらずです。 関税交渉の合意一番手はイギリスでした。これまで両国間に大した貿易摩擦が生じていなかったことが早期合意できた主要因だとは思いますが、右往左往する他国を尻目に、こうやって妥結するもんなんだぜ、とばかりに、早々にイチ抜けするところ、やはり英国の手早さ、鮮やかさのようなものを感じて「さすが」と思ってしまうのは僕だけでしょうか。スターマー首相の手腕以前に、英米関係の「特別さ」を裏打ちする極太の外交パイプが、縦横無尽に通っているんだろうなと想像させられます。ベッセント米財務長官とマンデルソン駐米英国大使との個人的な信頼関係が効を奏したとの報道もありました。 転じて、リーディング・ケースになるはずだった日本政府は苦心しています。外交関係者は全力を挙げて交渉にあたっています。しかし、トランプにパイプがない、交渉力が弱い、と、石破政権は批判にさらされています。ですが、対米関係をマネジメントする上で、改善が必要な存在は、果たして石破政権と外務省関係者だけなのでしょうか。 国家間関係は、社会間関係の上に乗っています。社会間関係は非常に多種多様な分野に渡り、重層的で有機的に関連し合っています。とどのつまり、日系人社会が米国社会に深々と「食い込んで」いればいるほど、人脈と情報が本国の手に入り、日本の対米交渉力はアップします。僕は、日系人社会自体は、米国社会にボチボチ食い込んではいるものの、むしろ日系人社会内の連係プレーができていないため、せっかくの食い込み分すら活用し切れていないところに課題があるのではないか、と見ています。対米交渉の遅滞要因は、実は、今日に始まった問題ではないのです。 本連載の最終章として、3回に分けて、NY駐在の総括編をお送りします。今号では、僕が約3年間、NYの日系人社会で生活して気が付いた、日本の国益を最大化するためのヒントを、日系人のキャラクターの種類、日本人の社交戦術、国家間の社会間関係の3つの観点からご共有したいと思います。  

日本の命運を握る「三種類の日本人」「三段構えの社交戦術」「三次元の国家間関係」について|橘宏樹

老骨に自ら入れる鞭の驚くべき強さ~バイデン大統領一般教書演説~|橘宏樹

現役官僚である橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「現役官僚のニューヨーク駐在日記」。今回は11月のアメリカ大統領選挙に向けての展望をお届けします。民主・共和両党の代表がそれぞれバイデンとトランプに決まったなかでおこなわれたバイデンの一般教書演説からは、何が読み取れるのか。「現役官僚」ならではの視点で語っていただきました。 橘宏樹 現役官僚のニューヨーク駐在日記第12回 老骨に自ら入れる鞭の驚くべき強さ~バイデン大統領一般教書演説~  お久しぶりです。橘宏樹です。だいぶ間が開いてしまって申し訳ありませんでした。仕事が忙しいことに加えて、1歳数ヶ月となる子供の世話で毎日ドタバタです。子育てあるあるですが、お風呂に入れて、添い寝しながら寝かしつけると、日中の疲れもあいまって、いつの間にか自分も寝入ってしまいます。すんでのところで睡魔に打ち勝ち、ようやく自分の時間ができたとしても、そこから何か文章を書く気力はやはり残っていない……という日々の連続です。  さて、今年のアメリカは何と言っても、大統領選挙の年です。先日、両党の候補者がそれぞれバイデン大統領、トランプ前大統領に決まりました。  そんななか、当地時間3月7日(木)昼のバイデン大統領の一般教書演説(今年1年の所信表明演説)のニュースをご覧になった人はおられることと思います。僕は、仕事をしながらではありますが、CNNで一部始終を視聴していました。  政策的に何が語られたかについては、他の記事に詳しいのでそちらに譲るとして、本稿では、僕の興味を惹いたポイントを2つ述べたいと思います。 【詳細】バイデン大統領 2024 一般教書演説で何を語った?NHK 2024年3月8日 バイデン米大統領、ウクライナやガザのほか自分の年齢にも言及 一般教書演説 2024年3月8日 BBC News Japan  1つ目は、CNNの演説映像それ自体の作品性です。まず、カメラワークが凄いです。バイデン大統領を、前から上から横から後ろから、と、目まぐるしく視点を変えながら映し出します。ロックスターのライブフィルムさながらです。生放送とはいえ毎年の定例行事ですから、だいたい段取りも決まっているので、飽きさせないような工夫が積み上げられてきているのかもしれません。  また、演説は上院議会で行われ、上下両院の議員と特別ゲストが議場に集まってびっしりと埋め尽くされているのですが、彼らのリアクションが非常に面白いです。特に、上下両院議長の「顔芸合戦」は見応えがあります。バイデン大統領の真後ろ、向かって左には、カマラ・ハリス副大統領兼上院議長(民主党)が、右には、マイク・ジョンソン下院議長(共和党)が座っているのですが、大統領が政権の実績を強調すれば、ハリス副大統領は、いちいち立ち上がって、拍手します。大きな笑顔で口元も賞賛の言葉を発しているように見えます。対して、ジョンソン下院議長は、その都度、白けたような不機嫌顔をつくったり、いやいやいや、と顔をしかめて首を小さく横に振ったりします。トランプ前大統領への批判が展開する際も同様です。面白いのは、プーチン批判など、共和党として、また、自身の政治スタンスとして、それほど反対ではない話では、ほんの少しだけ肯定的に頷いてみたりするところです。顔芸がいちいち細やかです。   ▲バイデン大統領の2024年一般教書演説の映像(CNN)後ろに座る上下院議長の「顔芸合戦」は要注目。  議場も同様です。大統領が実績を強調すれば、民主党員が陣取っている辺りは、みな立ち上がって拍手喝采。共和党員が陣取っている辺りは、しらーっとノーリアクションです。そうした様子をCNNのカメラは天井付近のカメラでしっかり捉えています。民主党員は、本当に、いちいち立ち上がって拍手喝采してはまた座り、を繰り返すので、もう演説中ずっと立ってたらいいんじゃないか、とすら思います。  こうした政治家らのオーバーリアクションについては、さすがはコミュ力高いアメリカ人という見方もあるかもしれませんが、僕は、むしろ、彼らがさらされている視線の厳しさの方に思いが至ります。雇用、投資、トランプ、中東、ウクライナ等々、それぞれのトピックでバイデン大統領の意見に対してどのようなリアクションを取るか、地元支援者や利益団体が厳しく見つめています。カメラ越しの彼らに向けて、自分のスタンスをはっきりかつ細やかにアピールしているのだと思います。いつカメラで抜かれてもよいように、というよりもむしろ、あわよくば抜いてもらいたいという前のめりな姿勢で大統領の演説に「参加」しているように見えます。そう、議場の政治家らはお笑い番組のひな段に並ぶガヤ芸人なのです。大統領という指揮者が振るタクトに呼応するオーケストラの団員なのです。議場の全員が「演者」なのであって、実はあの場に演説の純粋な「聴衆」は1人もいないのです。  転じて、日本の首相の所信表明演説の国会中継はどうでしょうか。カメラワークは普段の国会中継も含めて、ひと昔前より多角性が増している印象もありますが、野次る議員をアップで抜いたりするでしょうか。また、「演者」の方々は、地元支援者や利益団体の目線をカメラ越しにビキビキに意識しているでしょうか。国会議員の議場での居眠りがよく批判されていますが(あんな長時間ただ椅子に座らされているのは、普通に酷だとは思います。)もしカメラが、居眠り監視の域を超えて、国会議員のリアクションをこまめに拾い、おまけに実況中継や解説もつくようになれば、彼らのカメラを意識したジェスチャーも増えて、民主主義的なコミュニケーションはより豊かになるかもしれません。  

老骨に自ら入れる鞭の驚くべき強さ~バイデン大統領一般教書演説~|橘宏樹

ニューヨークのイノベーションシーンについて(後編)#1|橘宏樹

現役官僚である橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「現役官僚のニューヨーク駐在日記」。さまざまな人種、あらゆる分野の企業のるつぼであるニューヨークではどのようにイノベーションが起きているのか。今回はファッション業界で国際的なイノベーションをリードしている日本のプロジェクトを紹介していただきました。 橘宏樹 現役官僚のニューヨーク駐在日記第11回 ニューヨークのイノベーションシーンについて(後編)#1  おはようございます。橘宏樹です。8月のニューヨークは7月に比べて少し涼しく感じます。しかし、過ごしやすいなどと、のんきなことを言っていられる状況ではありません。現在、ニューヨークでは、移民の増加が大問題になってきています。中南米やアフリカからの移民は陸路でメキシコ側の国境を通り、テキサス州やアリゾナ州にたどり着くわけですが、これらの州の知事は共和党で、バイデン政権の移民受け入れ政策に「寛容過ぎる」と批判的です。なので、これらの州では移民たちをバスに乗せて、移民受け入れに寛容なニューヨーク市に送り込むということを行っています。ニューヨーク市は、在留資格を問わず、全ての人に、無料で、教育・医療・食料・住宅を提供することを法律で定めています。過酷な旅を経た貧しい彼らがほっと一安心できるという点ではよいのですが、その反面、移民たちのケアのために、ニューヨーク市の財政は超絶悲鳴を上げているという状況です。最近では、住宅の提供が追いつかず、路上生活者が溢れてしまっている状況です。私の住んでいるエリアでも間違いなくホームレスが増えています。炎天下が続いた7月など非常に過酷だったろうと思います……。 NY市、移民殺到で施設がパンク 路上生活余儀なく(日経新聞 2023年8月3日) NY州のメディケイド、1000億ドル突破へ 流入移民で増加、史上空前規模(DailySun New York 2023年8月2日)  アダムズNY市長はホークルNY州知事に財政措置を要求したり、ニューヨーク市近郊の他の街の受け入れを求めたりしていますが、治安悪化や財政負担への懸念から断る自治体も多く、上手くいっていません。  また、移民に住宅を確保するために廉価なホテルやアパートを市が借り上げているため、マンハッタン内のホテルは軒並み値上がりし、ごく普通のビジネスホテルに泊まるだけで1泊3万円かかるような状況です。地価も上昇し、家賃が払えず潰れていくレストランが続出しています。我々のお気に入りの、比較的リーズナブルな和食レストランも立て続けに閉店してしまいました。テレワークの浸透でマンハッタンに出勤してくる人が減りお客さんがいなくなってしまっていることも背景にあります。住宅不足と空き店舗。非常にちぐはぐな状況です。  人権尊重を重視するか。ハングリーで多種多様な移民が今日のアメリカを築いたと考えるか。治安悪化や財政負担を受け容れるか。国境コントロールは連邦政府が行いますが、共和党の現在最有力の大統領候補であるトランプ前大統領は、はっきりと移民受け入れに反対です。移民問題は、間違いなく、来年の大統領選挙の争点になってくることでしょう。   ▲NY市の移民向けのガイド。日本語版もあります。全ての人に医療・教育・保育・食料・住居を与えるとあります。  さて、今回は、ニューヨーク界隈のイノベーションシーン三部作の最終回です。前編ではジョンソン・エンド・ジョンソンの「帝国的」イノベーションエコシステムの凄味について、中編ではブルックヘブン国立研究所が基礎研究で世界を制し続けていることの意味についてお話ししました。 ニューヨークのイノベーションシーンについて(前編)|橘宏樹(遅いインターネット) ニューヨークのイノベーションシーンについて(中編)|橘宏樹(遅いインターネット)  最後に、ニューヨークでイノベーションを起こしている日本勢を2例ご紹介したいと思います。 1 日本の伝統×海外のデザイン「サクラコレクション」  一つ目はファッション業界からです。ニューヨークは、言うまでもなく、世界有数のファッショントレンドの発信地です。毎年2月と9月に開催される「ニューヨーク・ファッション・ウィーク」では、マンハッタン内のあちこちで世界の新進気鋭のデザイナーがコレクションを競い合い、新しい流行を作りだしています。もちろん、五番街に旗艦店がズラリと居並ぶセレブ向けのハイブランドも強い発信力を持っています。  そもそも、ニューヨークは、普段、街を歩く人々からして、だいぶ個性的な服装をしています。パーティー文化が盛んなので、日本人は到底着ないような非日常的な服装で街中を歩く人々はまったく珍しくありません。よくファッションショーの映像で奇抜なコレクションを目にするとき、僕を含む日本人は、こんなの普段着れるわけないよなあ、と思って見ていますが、ここでは違うのです。普通に「ああいう服」を着るのです。ニューヨークには、ああいう服を着て歩ける街、着ていく場所があるのです。このマーケット認識は日本国内の感覚と根本的に異なるので注意が必要です。 2023年春夏ニューヨークSNAP──ファッションの歓びとエネルギーに溢れた、百人百様のストリートスタイル。(VOGUE Japan) https://twitter.com/H__Tachibana/status/1688047891351314432?s=20https://twitter.com/H__Tachibana/status/1688048181571989506?s=20https://twitter.com/H__Tachibana/status/1688048551517880320?s=20 ▲ニューヨーク・ファッション・ウィーク2022のとある会場の様子。作品もさることながら、観覧者たちの服装の方がむしろ尖ってた印象……  そんな個性が溢れる街ニューヨークですが、我らが日本も、当地で十二分に戦える強い個性を持っています。それは伝統織物です。日本の津々浦々には、西陣織、佐野正藍、遠州紬、加賀友禅などなど、非常に美しく高品質な伝統織物がたくさんあります。僕自身は、それほどファッションに詳しいほうではないですけれど、それでも、様々なセンスが入り混じる文化のるつぼニューヨークで暮らしていると、多少目が肥えてくるところはある気がしていて、日本の高級な伝統素材の持つ柄や質感のユニークさには、贔屓目を抜きにしても、あらためて際立つものを感じさせられます。個性の溢れる場所では、価値なき個性は埋もれるのでしょうが、価値ある個性はますます輝いて見えてきます。イブ・サンローランの言葉のひとつに、「ファッションは廃れる。スタイルは永遠だ。」というものがありますが、日本の伝統織物は、まさしくある種の「スタイル」を体現しているんだろうと思います。  実際、こちらのインテリアデザイナーの方が伝統織物を手に取って本当に感激しながら、半ば眩しそうな顔をして検分している様子を見たことがあります。おそらく、日本人が、国内でとても良質なペルシャ絨毯とか、フランスの本物のタペストリーなどを見かけたときに感動を覚えることがあるように、ニューヨーカーもまた、こうした日本の伝統素材に対し、文化の違いを超えた畏敬の念を抱くようです。 ▲とあるクラブ内の一室。日本の伝統織物の柄や手触りに興味津々  しかし、日本の織物をそのままニューヨークに持ってきて、軒先に反物を並べてみても 大したフィーバーは起きません。『鬼滅の刃』のコスプレイヤーなど余程の日本好きや日系人以外、和服は着ません。当然ですが、その地域の文化にカスタマイズさせて、定着させること。すなわちローカライズすることが重要です。ではいかにしてローカライズすればよいか。ここが超難題で誰もが悩んでいるポイントなのですが、正解への道筋自体はいたってシンプルです。その地域の人に使ってもらえばよいのです。 ▲僕も参加しているNPO法人ZESDAが研究・イノベーション学会と共著で書籍「新版プロデューサーシップのすすめ」を出版しました。「和」を尊ぶ日本らしいイノベーション手法としての「プロデュース」について掘り下げています。以前PLANETSでの連載を取りまとめて出版した「プロデューサーシップのすすめ」を大幅リニューアルしたものです。幅広い分野でのプロデュース事例も豊富に所収しています。ぜひお手に取ってみてくださいませ。  

ニューヨークのイノベーションシーンについて(後編)#1|橘宏樹

「パレード」から読み解くニューヨーク(後編)|橘宏樹

現役官僚である橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「現役官僚のニューヨーク駐在日記」。ニューヨークの名物イベントである「パレード」は、さまざまな異文化との接点になっています。時には政治的な主張に利用されるこのパレードから、グローバルな文化状況を分析しました。前編はこちら。 橘宏樹 現役官僚のニューヨーク駐在日記第10回 「パレード」から読み解くニューヨーク(後編) 4 イスラエル・パレード  毎年6月に行われるイスラエル・パレードは、AAPIパレード以上に「政治的」です。今年は特別な事情もあって、一層バチバチしていました……。 ▲ホークル知事(左手を挙げた白いジャケットの女性)も参加。横にはニューヨーク州選出の連邦下院議員はじめ有力政治家がズラリ。(JCRC-NY Celebrate Israel Paradeのtwitterより) ▲子供の参加が特に多いパレードです。(JCRC-NY Celebrate Israel Paradeのtwitterより)  イスラエル・パレードは、ニューヨークのユダヤ人たちが、イスラエル国家の存続を訴えサポートの意志を表明する目的で行われ、1965年から約70年続いています。今年は6月4日に開催され、イスラエル建国75周年の祝賀の意味も込められていました。今年はセントラル・パークの東側、57番通りから73番通りまで南から北に歩いていました。  毎年約4万人もの人々が練り歩きに参加しているとのことですが、パレードはイスラエルの国旗で埋め尽くされ、どのグループもほとんどみんな同じような青色のTシャツを着ています。パフォーマンスを行うグループは少なく、フロートの上のDJやミュージシャンの演奏に合わせて時々踊りながら、基本的には歩くだけのグループが多く、ジャパン・パレードに比べると、実に「一様」です。また、さすが子だくさんのユダヤ人だけあって、小学生から高校生くらいまで、非常にたくさんの子供たちが参加しているのが、印象的です。  主催団体はJCRC-NYというニューヨークにたくさんあるユダヤ系団体を取りまとめるアンブレラ組織で、政治的影響力が非常に強い団体です。パレードには、アダムズ市長のみならずホークル知事も参加します。今年のグランド・マーシャルは、ハーレー・リップマン氏という、米国最大の IT コンサルティング・人材派遣系会社の一つGenesis10 の創設者兼 CEOでした。要は大富豪です。パレードにも莫大な金額を寄付していることでしょう。Foxによる生中継も行われます。さすがはメディアを制するユダヤといったところです。  以前、本連載で、ユダヤ・コミュニティには、左派から右派まで色々な人々がいることについて述べましたが、今年のイスラエル・パレードでは見た目の一様さとは裏腹の、ユダヤ・コミュニティの「多様性」が面白いほどはっきりと見て取れました。 「現役官僚のニューヨーク駐在日記」第4回「あなたの持ちものを欲しがる人に売ることをビジネスとは言わない(前編)」  まず、イスラエル・パレードは、イスラエル国家を祝福するのが目的なのですが、ユダヤ教の超正統派の人々は、メシア(救世主)が現れないと真のユダヤ国家は実現できない、しかし、まだメシアは現れていない、だから現在のイスラエル国家は偽物であり、認められない、という立場を取っています。なので、沿道の片側のある場所で横断幕やプラカードを立てて、パレードに対し、「イスラエルはユダヤ国家ではない」と、しっかりと抗議しています。ちなみに、彼らは大声で怒鳴ったりはせず、粛然と居並んで淡々と反対の態度を示すのみです。 ▲イスラエル・パレードに「イスラエルはユダヤ国家ではない」と抗議する超正統派の人々  他方で、今年は特別な事情から、パレードは左派からの抗議にもさらされていました。現在、イスラエル国内では、極右政権が、最高裁の判断を国会が覆せるようにするなどの司法制度改革案を通そうとしています。これに対し、民主主義の根幹である三権分立・司法の独立を脅かすものであるとして、大規模な抗議デモが続いたり、軍の予備役の一部は任務を拒んだりと、大揉めに揉めています。アメリカのユダヤ団体や有識者らも、いつもは中東におけるイスラエルの存続のサポートに徹するのみで、イスラエル内政については口出ししないのが常なのですが、こればかりは、民主主義の国アメリカの国民として看過できないようで、各種メディアで批判が展開されています。 イスラエル国会、司法制度改革で紛糾 (2023年6月15日、KWPニュース)  そんな状況下での今年のイスラエル・パレードに、イスラエル本国からは、複数の国会議員らとともに、なんと司法制度改革を押し進める張本人であるロズマン法相が練り歩きに参加していました。これに対して、左派の人々が、超正統派が陣取る沿道の逆の沿道を、拡声器を持って、ロズマン法相や国会議員らの練り歩きグループにずっと並走しながら、「司法制度改革は民主主義の危機だ、直ちに止めろ」「植民地でのパレスチナ人いじめは恥だ。すぐ止めろ」と、訴えかけていました。少しうがった見方かもしれませんが、法相らの前を行くフロート上のスピーカーからは大音声の音楽が流されていたのですが、それは、こうした拡声器の声をかき消すためだったのかな、などと沿道から見ていて思いました。 ▲「Shame(恥を知れ)」「イスラエル国家は愛するが現政権は支持しない」などのプラカードを持って沿道でパレードに並走する人々。  さらには、アジアン・ヘイト・クレイム以上に長い歴史のある、反ユダヤ主義の人種差別の人たち(髭もじゃで服装の汚い白人中高年ばかり。多分トランプ派)もまた、拡声器を持って、パレードに並行しながら、汚い言葉で罵声を浴びせたりしているのも何度も見かけました。パレードに割って入ろうとする人もいて警備員に咎められたりしていました。  文字通り、右から左から、大変です……。これに比べたら、ジャパン・パレードはなんて平和なんだろう、とつくづく思います。 Annual Celebrate Israel parade held in New York City(CBS New York) イスラエル・パレード2023のニュース動画  

「パレード」から読み解くニューヨーク(後編)|橘宏樹

ニューヨークのイノベーションシーンについて(前編)|橘宏樹

現役官僚である橘宏樹さんが、「中の人」ならではの視点で日米の行政・社会構造を比較分析していく連載「現役官僚のニューヨーク駐在日記」。今回はジョンソン・エンド・ジョンソンの社内体制から、アメリカ企業のイノベーション・エコシステムについて分析します。 橘宏樹 現役官僚のニューヨーク駐在日記第8回 ニューヨークのイノベーションシーンについて(前編) ▲トルコの国連代表部・在米トルコ人協会の前。被災した母国に物資を送る作業が昼夜問わず行われています。  おはようございます。橘宏樹です。2023年も2月に入りました。昨年末は寒波に襲われたかと思えば、1月は雪ひとつふらない暖冬でした。そのくせ今月に入ると、体感マイナス20度級の極寒日が続きました。なんとも寒暖差が激しく、体調を崩しやすい日々です。  年末年始は育休を取得しており、更新が少し滞りました。子育て経験がおありの方はよくご存知のとおり、毎日毎日、ミルク、おむつ替え、寝かしつけの無限ループが続き、夜中も2時間置きに対応せねばならず、慢性的な寝不足で毎日朦朧としていました。  妻の「手伝い」ではなく、父親として、当然子育てをしているという主体的な意識を持ちつつも、やはりこの局面では、父は母の指揮命令下に入った方が合理的ですし、夫としては、妻の基準で妻のやりたいようにできること、また彼女の負担を最大限減らすことが重要だと考えまして、なるべくサポート業務に従事するようにしました。例えば、赤ちゃんの風呂上がりにバスタオルを敷いて周りにパウダーやクリームやら蓋を開けておいて待ち構えるとか、次の次のミルクの下ごしらえをするとか。おむつ替えや授乳や寝かしつけといった「基幹業務」も妻の2/3くらいはできたかと思います。特に、心がけていたのは、判断を都度都度仰ぐのは鬱陶しかろうと思って(この涎掛けでよいか、とか、靴下は必要かとか。)、妻の望みを毎瞬先読みしつつ、自分の裁量で動くようにしていました。自分の生活リズムを完全に崩され、常に気忙しく、クタクタでした。日中も本当に朦朧としていて、役に立たない時間や、至らないことも多かったと思います。  現在日本に一時帰国している妻からは、僕がおらず大変だ、育休期間は助かっていたんだなと今はよくわかる、という言葉をもらいまして、ちょっとは癒されている今日この頃です。ともかく、赤ちゃんは可愛いどころの騒ぎではない存在ですね。親になるとはどういうことか、こういうことだと言葉で言い表すのは難しいですが、なにかしら実感が胸の奥でふつふつと醸成されてきているのは感じます。  さて、本題ですが、今号から3回に渡って、ニューヨークのイノベーションシーンについて取り上げたいと思います。 1 ジョンソン・エンド・ジョンソン(JLABS@NYC)からの学び  皆さんはジョンソン・エンド・ジョンソン(以下J&J)という会社をきっとご存知だと思います。バンドエイドやベビーパウダー、コンタクトレンズ、そしてコロナワクチンで有名ですよね。1886年創業の同社は、初期はもっぱらガーゼや包帯をつくっていましたが、約150年経った今、ご存知の通り、コロナワクチンをも製造する最先端の医薬品メーカーになっています。この成長力の秘密はどこにあるのでしょうか。それは、戦争のたびに売上を増やし、資本力をテコに買収を繰り返したからだ、と片づけてしまう方もおられるかもしれません。それはそれで否定されないと思いますが、先日、J&Jのインキュベーション施設「JLABS@NYC」を見学する機会を得まして、どのように買収の目利き力を養っているか、買収先との関係を築いているか、に関するあたり、もうちょっと高い解像度で、J&Jの発展の秘訣を見つけられたような気がしましたので、簡単に共有したいと思います。 ▲JLABS @ NYCの紹介動画 ▲JLABS玄関。白い箱は動画通話専用ルーム。 ▲JLABSのコモンルーム。ヴェルヴェット生地のソファーが放つ光沢がゴージャスさを醸し出しつつも、華美過ぎず、リラックスできる雰囲気。入居しているベンチャー企業が打ち合わせやイベントに活用。 ▲内部には研究設備が整う(JLABSウェブサイトより。僕が撮影した写真では机や棚の上などに置きっぱなしにされている入居各社の機密を含んでしまうので不使用)。 ▲コワーキングスペース。入居した各社が事務作業するスペース(JLABSウェブサイトより。僕が撮影した写真では机や棚の上などに置きっぱなしにされている入居各社の機密を含んでしまうので不使用)。  JLABSは、J&Jのライフサイエンス関係のインキュベーション組織です。米国を中心に欧州やアジアなど世界13カ所に拠点があり、JLABS@NYCはそのひとつです。残念ながら日本にはありません。これまでに、全世界で約800社以上のベンチャー企業がJLABSに所属・卒業し、そのうち約50社はIPOを実施、約40社をJ&Jが買収しました。また、日本を含む数えきれないほどの世界中の研究機関や医薬系関連会社や公的機関との連携ネットワークを有し、イノベーション・エコシステムを形成しています。 対日投資成功事例サクセスストーリー Johnson & Johnson Innovation(JETRO 2021年8月) 阪大と米J&J、健康・医療で連携事業展開(日刊工業新聞 2017年9月22日) 京大とJ&J、医療機器・創薬で連携(日経新聞 2018年7月2日)  JLABS@NYCはマンハッタンの南部の、ファッションやアート、フードなど、何かにつけイケてるエリアとして有名なSOHO(ソーホー)エリアのど真ん中にあります。新薬開発、MedTech等の分野で起業した約60社が所属しています。  上の写真のとおり、実験設備がひととおり用意されていて、事務作業するデスクもあるので、極端な話、入居しているベンチャー企業では鞄ひとつでこのオフィスに来て、研究や仕事をして帰ることができます。  もちろん研究や会社経営について助言をくれるJ&Jのスタッフが張り付いており、研修やマッチングイベントも提供されています。  J&JのR&D(研究開発)への投資額は2021年で約150億ドルに達しており、医薬品業界ではトップ3に入っています。2010年には約70億ドルだったので10年で2倍以上になっています。また同社の2021年の総売上は約940億ドルなので売上の約1/6は投資に回っているということですね。(僕は収入の1/6を自己投資に使ってるかなあw) ▲ニューヨーク科学アカデミーの年次総会パーティー(Academy of Science in NY 2022 GALA)の模様。顕著な実績を上げた若手を表彰。 ▲Academy of Science in NY 2022 GALAの宴席。11番の札の向こうに見える紳士はノーベル経済賞受賞者のスティグリッツ教授 ・帝国としてのイノベーション・エコシステム  さて、施設がある。たくさんの会社や研究所等とネットワークがある。ベンチャー企業には育成担当も張り付けている。エコシステムを形成している――。そういう話は日本でもたくさん聞きます。なんちゃらプラットフォーム事業といった国の政策もよく聞きます。それらの成否の評価についてはさておきつつ、今回JLABS@NYCを訪問し関係者のお話を聞いていて、圧倒的に悟った、非常にシンプルで当たり前な、普遍的な真実についてお話ししたいと思います。  

ニューヨークのイノベーションシーンについて(前編)|橘宏樹
PLANETS Mail Magazine

評論家の宇野常寛が主宰する、批評誌〈PLANETS〉のメールマガジンです。 文化・社会・ビジネス・テクノロジー等、幅広いジャンルの記事を不定期配信中!

著者イメージ

PLANETS/第二次惑星開発委員会

PLANETS/第二次惑星開発委員会 評論家・宇野常寛が主催する企画ユニットです。不定期配信のメルマガをはじめ、生放送&トークイベント、紙雑誌や書籍の発行(『モノノメ』、『PLANETS vol.10』、落合陽一『デジタルネイチャー』)など様々なコンテンツを発信しています。

http://wakusei2nd.com/
メール配信:ありサンプル記事更新頻度:不定期※メール配信はチャンネルの月額会員限定です

月別アーカイブ


タグ