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【特別対談】桑原悠×宇野常寛  日本最年少町長に聞く、津南町の生存戦略

今朝のメールマガジンは、新潟県中魚沼郡津南町(つなんまち)町長、桑原悠さんと宇野常寛の対談をお届けします。少子高齢化による過疎化や、財政など、さまざまな問題に直面している津南町。全国最年少町長として奮闘する桑原さんに、さまざまな地方自治体を見てきた宇野常寛が切り込みます。※こちらの記事は、新潟県中魚沼郡津南町の旅1日目の夜に収録されました。旅のレポート記事はこちらから。 【特別対談】桑原悠×宇野常寛日本最年少町長に聞く、津南町の生存戦略 34歳、若き町長の挑戦 宇野 まず、桑原さんがそのご年齢でどういった経緯で町長を務められているかについてお伺いしたいんですが。この2年間で1万回くらい聞かれていると思いますが(笑)、改めて。 桑原 一つは郷土愛ですね。私はここで生まれ育ったんですが、いったんは広い世界に出たくて、東京の大学へ行きました。東大の院にはできる人がいっぱいいて、もちろん勉強にはなったんですが、実体経済への実感が湧かなかったんです。そこで、実際に働いてみようと思って。1年休学して、箱根の旅館で働いていました。ところが、箱根の旅館から大学院に復学してちょっとしてから、東日本大震災が起こりました。津南町はその次の日に長野県北部地震で被災して、すごく衝撃を受け、価値観が変わりました。東京ではご飯や水をお金で買わないと得られない。でもこの環境は、実はすごく不安定なんじゃないかと思って、危機感を感じたんです。  ちょうどその年の10月に町議選があると知って、これはやはり帰郷するタイミングなんじゃないか、と思って。家族や大切な人たちがいる地元に帰って、手伝いたいと思って立候補しました。 宇野 いきなり町議に立候補するのはなかなか勇気のいることだと思うんですが…… 桑原 あまり深く考えてなかったんですが(笑)、今振り返ってみると勇気のいることだったと思います。そこから町議は6年半務めました。  その間、途中で結婚して出産を経験しました。自分が母親になって、自分の将来だけでなく、この子たちの将来に責任があるんだと思いました。その時、このまま議員を続けるか、それともちょっと別の道を選択するかを考え、執行権のある行政のトップという選択肢が出てきました。郷土愛と母親としての思いが次の挑戦になっていきました。 宇野 でも、町議をやるのと町長をやるのとでは次元が全然違いますよね。まず立候補すると決めた時の周囲の反応はどうでしたか?  桑原 皆さんやはり、首長をやるのは老練で、歳を重ねた人というイメージが強くて。 宇野 日本の地方の、特に町村や郡部の首長は、いわゆる地元の名士の「あがり」のポジション、というイメージが強いですよね。 桑原 私の場合、「経験が少ない」とか「小さい子供がいるのに」という声は多くありました。今はいろいろな方法があり、両立できる自信があったので、そうじゃないんだけどなぁと思っていましたね。おかげさまで子どもたちは心身ともに健康に育ってます。 宇野 そういう声が上がってしまうというのは、今の日本の悲しい現実ですね。たとえばニュージーランドの首相は在任中に出産してましたよね。だいぶ前からそれが国際標準になってるはずなんですが……。 桑原 多くの女性が悩んでいらっしゃいますよね。でもわたしはその悩みを経験できてとても良かったと思うし、家族や町役場の協力も得て両立しているので、後に続く人も周囲の理解や協力を得る努力をしながら、自分の進みたい道を進んでもらいたいと思っていますね。 宇野 いろいろな記事を読むと、議会も大変そうですし、若い女性というだけで色眼鏡で見られているところもある印象を受けました。でもこういうケースが日本の、しかも地方から生まれてくるということは、無条件にこの国を前に進ませると思います。 桑原 若くして政治の道に入るくらいだから何か野心があるんだろう、といった先入観や偏見があるのではないかと思います。女性だからか弱いだろうとか。かえって私にとっては、若くなければ挑戦できなかったと日に日に実感しています。エネルギーを使いますよ(笑) 人口減にどう立ち向かうか 宇野 今の一番の課題はなんだと思われますか? 桑原 住民の所得を増やしたい、ということですね。町議の時から思っていたんですが、町長になってからは、改めてこの9300人の町民に生活してもらわなければならない実感が、より強くなりました。 宇野 桑原さんには「この町がこうなってほしい」という理想はありますか? 桑原 そうですね……。東京に住んでいる豊かさと質・量が変わらないような豊かな環境を作りたいという気持ちはあります。 宇野 難しいですね。もちろん、人間は生まれる土地を選べないので教育の機会や、医療の水準で不公平があってはいけないと僕は思いますが、東京水準の消費生活を目指すというのは、逆にその土地の良さを殺してしまいかねないところがあると思います。  東京みたいな暮らしがしたいなら、東京か、せめて数十万の人口が集積しているような地方の中核都市に住むしかないと思っています。田舎に住むのであれば多少の不便を甘受しても自然とともに生きたいと考えるような、田舎の良さを愛している人じゃないと、そもそも住むべきではないと思うんです。 ■PLANETSチャンネルの月額会員になると…・入会月以降の記事を読むことができるようになります。・PLANETSチャンネルの生放送や動画アーカイブが視聴できます。  

【特別対談】桑原悠×宇野常寛  日本最年少町長に聞く、津南町の生存戦略

【インタビュー】柴野大造 「世界一のジェラート」はなぜ能登から生まれたのかーー地方の職人の世界との戦い方【PLANETSアーカイブス】

今朝のPLANETSアーカイブスは、石川県能登町でジェラートショップ「マルガージェラート」を営む柴野大造さんへのインタビューをお届けします。ジェラートの世界大会でアジア人初の世界チャンピオンとなるなど職人として国際的な評価も高い柴野さんにとっての地元・能登の価値とは? 地方から新しい「モノ」と「コト」を生み出していく方法について、柴野さんに伺いました。(取材:PLANETS編集部 構成:友光だんご)※この記事は2018年11月28日に配信した記事の再配信です。 柴野さんも登場する石川県能登町「春蘭の里」の旅のレポートはこちら 奥能登の知られざる魅力を満喫!奇跡の地方創成モデル「春蘭の里」訪問記(前編・後編) 外の世界へ出て気づいた、実家の牧場でつくる生乳の価値 ―― まず、柴野さんはなぜ能登でジェラート作りを? 柴野 僕は能登で生まれ育ったんですが、実家が牧場だったんです。東京農大で勉強したあと、家業を継ぐために能登へ戻ってきました。当時は農産物自由化や生産調整など、酪農家を取り巻く環境が非常に厳しい状況で、なんとかしたいという思いがありました。乳加工品のなかで一番幅広い年代の方に好まれる食品を考えた時に、アイスクリーム、とりわけジェラートだったんです。 ―― 家業を継ぐにあたって、葛藤みたいなものはなかったんですか? 柴野 はい。というのも、牛乳の価値に衝撃を受けた経験がありまして。大学3年の夏休みに実家の牧場を手伝っていて、冷蔵庫に入ってる牛乳を何気なく飲んだら、驚くほど美味しかったんですよ。 ―― それは、今まで意識したことはなかった? 柴野 ええ。当時は実家を離れて、一人暮らしをしていた時期。近くにいたら見えないけれど、外に出て改めて価値に気づかされることってあると思うんです。僕にとっては、それが牛乳でした。その時の「このおいしさをもっと多くの人に知ってもらいたい」という気持ちが原点にありますね。 ―― 実家で搾る生乳のポテンシャルを活かそうと思って、その手段がジェラートだったと。 柴野 あとは、牧場を継いだときに「生産者と消費者の遠さ」を感じたんです。僕たちが情熱をかけて搾った生乳が、飲んだ人にどんな感想を持たれているのかなかなか伝わってこない。当時ブームになり始めていた「6次産業化」のように、酪農家自身がブランドを立ち上げて消費者に直接届けることで、消費者と近づくことができるメリットもありました。 「組成理論」との出合いがジェラートを変えた ―― 柴野さんのジェラートを先ほどいただきましたが、本当においしかった。ただ、それだけではなく、ジェラートの世界大会で入賞したり、「世界ジェラート大使」にアジアから初めて選ばれるなど、国際的にも高い評価を受けていますよね。先ほどの「実家の牛乳の素晴らしさを知ってもらいたい」という動機から、ここまでのレベルのジェラートをつくってしまうことの間には、相当な距離があると思うのですが。 柴野 独学で始めて、10年目くらいでジェラートの本場であるイタリアを意識し始めたんです。地方でやっていると情報も回ってきづらいし、自分オリジナルの味が本場でどう評価されるのか知りたくて、イタリアの大会へ出場するようになりました。ただ、箸にも棒にもかからないわけです。それで3回目か4回目になぜ自分の味が通用しないのか、一から研究し始めました。 ―― その原因はなんだったんでしょうか? 柴野 エクセレントなジェラートをつくるためには、組成理論(composizione gelato finito) に裏付けされた基本ルールがあったんです。つまり、ベストなジェラートの水分率・固形分率・空気含有率の配合比率は既に決まっており、もっと言えばイタリアで通用する固形分の中の脂肪分のパーセンテージも実は化学的根拠のもとに決まっている。その基本ルールの中で既存の素材同士をどう組み合わせるかが職人の想像力の見せ所です。そこに自分のエッセンスを少し加えることが、世界で通用する日本のジェラートを生み出すコツ。そのことが、イタリアの職人と交流してわかってきました。 日本人はここのfantasia(ファンタジー)の世界がどうしても弱い。どの食品の組み合わせでどのような味わいを目指すのか。イタリアの職人たちは普段の何気ない感性に至るまで圧倒的に上の領域にいましたね。 そこからイタリアで売られている分厚い専門書を買って、自分で翻訳して勉強しました。新しい味を生み出す基礎となる構成理論が身についてくると、どんな素材がきても食品成分データベースに照らし合わせて、固形分やたんぱく質の割合を調べて、そこに自分の感性をぶつけることができるようになってきました。すると、世界大会で次々とタイトルをとることができたんです。 ―― ジェラート作りには化学理論が必要というのは面白いですね。どんな素材が出て来ても取り入れられるのはすごいと思うのですが、何かロールモデルのような人はいるんですか? 柴野 「ガストロノミージェラートの父」と呼ばれるクラウディオ・トルチェという人がローマにいるんです。その人がアンチョビのジェラートやモルタデッラハムのジェラートを作っていて(笑)。しょっぱい味でもおいしいジェラートになるんだと衝撃を受けて、ジェラートの概念が変わりました。 ―― それはちょっと、味が想像もつかないですね。 柴野 全部に砂糖が入って、ジェラートの固形分を構成するんです。本当に奥深いんですよね、ジェラートの世界は。 「地方だからこそ」のアドバンテージがある ―― 柴野さんのお話を伺っていると、地方だからこそのアドバンテージみたいなものを感じます。結果論かもしれませんが、ジェラートが好きだったからではなく、「自分の持っている手持ちのカードを最大限活かす方法」としてジェラートを選んだことが、マルガージェラートのユニークさになったのかなと。 柴野 なるほど。本場のイタリアで言葉の壁を超えていろんな理論を教えてもらえたのも、僕のジェラートへの情熱ゆえだったと思うんです。その情熱も、情報が少ない地方にいるからこそ生まれたのかなと。 ―― マルガージェラートは石川県内の2店舗のみですよね。メディア露出も多いですし、県外出店の話は来たりしないんですか? 柴野 たくさんありますが、すべてお断りしています。東京や大阪に行った時に、大量消費の波に飲み込まれるんじゃないかっていう怖さもあるし。味の監修などの店舗プロデュースや期間限定のデパート出店は時々実施しますが、やはり”出来たての生きているジェラート”は石川県に来ないと食べられない状況ですね。 ―― 能登のお店も金沢近郊のお店も、ずいぶん駅から遠いですよね。車でないとたどり着けないような。それでも、遠方からお客さんがいらっしゃっていると聞きます。 柴野 僕が狙っていた状態ですね。これはFC展開していたら起こっていなかったと思うんです。「ここに来なければ体験できない」「ここに来なければ食べれない」「ここに来なければ会えない」……これらがすべてのキーワードかなと思ってます。僕のジェラートをきっかけに、世界中から能登へ人が集まってくる仕組みを生む起爆剤になるんじゃないかと。 地域素材をジェラートに加工することもできますから、地域の生産者さんと連携することで、彼らに自信を取り戻してほしい。顔の見える生産者さんとお付き合いして、農産物の背景を知り、その人の空気に触れることで、お客様にジェラートとして提供する際にそのストーリーを語りたいですよね。そこが商品の価値だと思うので。 ―― 猫も杓子も「地方創生」と叫ばれて、どこにでもあるようなご当地コロッケやゆるキャラを作るような現状がある。そこには実は東京の同じ代理店が関わっていて、東京のシーンに合わせて地方が背伸びをしている。この状況は、絶対に間違いだと思うんです。地方で何かしようとしている人たちが「東京からいかに人と金を引っ張ってくるか」を考えすぎている。でも、本当はマルガージェラートのように、東京や大阪の人たちをいかに地方に来させるか、合わさせるかのゲームをやらなければいけない。 柴野 体感してる時間も流れている空気感も都心と地方ではまったく違うので、こちらのペースで自分たちが継続していける仕組みができればいいと思いますね。 ―― これだけインターネットも流通も発達すると、鮮度は落ちるけど遠方のモノを食べるハードルは下がっている。そこで、いかに実際に足を運んで人に会う経験を作るか。そこには物語が必要です。モノではなくてコト込みで人に価値を提供するということがないと、独自性は存在し得ないと思うんです。「Amazonでポチれるものに人は物語を感じられるのか」って話ですよ。 柴野 マルガージェラートに来ないと、この圧倒的に美しい能登の風景には出会えませんから。面白いことに、金沢近郊のお店と能登のお店で食べるのでは、ジェラートの味が違うって言われるんです。ミルクもレシピも使ってる機械も同じなのに。雰囲気や空気感も、味を作る大きな要素なんだなと思います。 ■PLANETSチャンネルの月額会員になると…・入会月以降の記事を読むことができるようになります。・PLANETSチャンネルの生放送や動画アーカイブが視聴できます。  

【インタビュー】柴野大造 「世界一のジェラート」はなぜ能登から生まれたのかーー地方の職人の世界との戦い方【PLANETSアーカイブス】

【インタビュー】柴野大造 「世界一のジェラート」はなぜ能登から生まれたのかーー地方の職人の世界との戦い方

石川県能登町でジェラートショップ「マルガージェラート」を営む柴野大造さん。ジェラートの世界大会でアジア人初の世界チャンピオンとなるなど職人として国際的な評価も高い柴野さんにとっての地元・能登の価値とは? 地方から新しい「モノ」と「コト」を生み出していく方法について、柴野さんに伺いました。(取材:PLANETS編集部 構成:友光だんご) 柴野さんも登場する石川県能登町「春蘭の里」の旅のレポートはこちら 奥能登の知られざる魅力を満喫!奇跡の地方創成モデル「春蘭の里」訪問記(前編・後編) 外の世界へ出て気づいた、実家の牧場でつくる生乳の価値 ―― まず、柴野さんはなぜ能登でジェラート作りを? 柴野 僕は能登で生まれ育ったんですが、実家が牧場だったんです。東京農大で勉強したあと、家業を継ぐために能登へ戻ってきました。当時は農産物自由化や生産調整など、酪農家を取り巻く環境が非常に厳しい状況で、なんとかしたいという思いがありました。乳加工品のなかで一番幅広い年代の方に好まれる食品を考えた時に、アイスクリーム、とりわけジェラートだったんです。 ―― 家業を継ぐにあたって、葛藤みたいなものはなかったんですか? 柴野 はい。というのも、牛乳の価値に衝撃を受けた経験がありまして。大学3年の夏休みに実家の牧場を手伝っていて、冷蔵庫に入ってる牛乳を何気なく飲んだら、驚くほど美味しかったんですよ。 ―― それは、今まで意識したことはなかった? 柴野 ええ。当時は実家を離れて、一人暮らしをしていた時期。近くにいたら見えないけれど、外に出て改めて価値に気づかされることってあると思うんです。僕にとっては、それが牛乳でした。その時の「このおいしさをもっと多くの人に知ってもらいたい」という気持ちが原点にありますね。 ―― 実家で搾る生乳のポテンシャルを活かそうと思って、その手段がジェラートだったと。 柴野 あとは、牧場を継いだときに「生産者と消費者の遠さ」を感じたんです。僕たちが情熱をかけて搾った生乳が、飲んだ人にどんな感想を持たれているのかなかなか伝わってこない。当時ブームになり始めていた「6次産業化」のように、酪農家自身がブランドを立ち上げて消費者に直接届けることで、消費者と近づくことができるメリットもありました。 「組成理論」との出合いがジェラートを変えた ―― 柴野さんのジェラートを先ほどいただきましたが、本当においしかった。ただ、それだけではなく、ジェラートの世界大会で入賞したり、「世界ジェラート大使」にアジアから初めて選ばれるなど、国際的にも高い評価を受けていますよね。先ほどの「実家の牛乳の素晴らしさを知ってもらいたい」という動機から、ここまでのレベルのジェラートをつくってしまうことの間には、相当な距離があると思うのですが。 柴野 独学で始めて、10年目くらいでジェラートの本場であるイタリアを意識し始めたんです。地方でやっていると情報も回ってきづらいし、自分オリジナルの味が本場でどう評価されるのか知りたくて、イタリアの大会へ出場するようになりました。ただ、箸にも棒にもかからないわけです。それで3回目か4回目になぜ自分の味が通用しないのか、一から研究し始めました。 ―― その原因はなんだったんでしょうか? 柴野 エクセレントなジェラートをつくるためには、組成理論(composizione gelato finito) に裏付けされた基本ルールがあったんです。つまり、ベストなジェラートの水分率・固形分率・空気含有率の配合比率は既に決まっており、もっと言えばイタリアで通用する固形分の中の脂肪分のパーセンテージも実は化学的根拠のもとに決まっている。その基本ルールの中で既存の素材同士をどう組み合わせるかが職人の想像力の見せ所です。そこに自分のエッセンスを少し加えることが、世界で通用する日本のジェラートを生み出すコツ。そのことが、イタリアの職人と交流してわかってきました。 日本人はここのfantasia(ファンタジー)の世界がどうしても弱い。どの食品の組み合わせでどのような味わいを目指すのか。イタリアの職人たちは普段の何気ない感性に至るまで圧倒的に上の領域にいましたね。 そこからイタリアで売られている分厚い専門書を買って、自分で翻訳して勉強しました。新しい味を生み出す基礎となる構成理論が身についてくると、どんな素材がきても食品成分データベースに照らし合わせて、固形分やたんぱく質の割合を調べて、そこに自分の感性をぶつけることができるようになってきました。すると、世界大会で次々とタイトルをとることができたんです。 ―― ジェラート作りには化学理論が必要というのは面白いですね。どんな素材が出て来ても取り入れられるのはすごいと思うのですが、何かロールモデルのような人はいるんですか? 柴野 「ガストロノミージェラートの父」と呼ばれるクラウディオ・トルチェという人がローマにいるんです。その人がアンチョビのジェラートやモルタデッラハムのジェラートを作っていて(笑)。しょっぱい味でもおいしいジェラートになるんだと衝撃を受けて、ジェラートの概念が変わりました。 ―― それはちょっと、味が想像もつかないですね。 柴野 全部に砂糖が入って、ジェラートの固形分を構成するんです。本当に奥深いんですよね、ジェラートの世界は。 < 「地方だからこそ」のアドバンテージがある ―― 柴野さんのお話を伺っていると、地方だからこそのアドバンテージみたいなものを感じます。結果論かもしれませんが、ジェラートが好きだったからではなく、「自分の持っている手持ちのカードを最大限活かす方法」としてジェラートを選んだことが、マルガージェラートのユニークさになったのかなと。 柴野 なるほど。本場のイタリアで言葉の壁を超えていろんな理論を教えてもらえたのも、僕のジェラートへの情熱ゆえだったと思うんです。その情熱も、情報が少ない地方にいるからこそ生まれたのかなと。 ―― マルガージェラートは石川県内の2店舗のみですよね。メディア露出も多いですし、県外出店の話は来たりしないんですか? 柴野 たくさんありますが、すべてお断りしています。東京や大阪に行った時に、大量消費の波に飲み込まれるんじゃないかっていう怖さもあるし。味の監修などの店舗プロデュースや期間限定のデパート出店は時々実施しますが、やはり”出来たての生きているジェラート”は石川県に来ないと食べられない状況ですね。 ―― 能登のお店も金沢近郊のお店も、ずいぶん駅から遠いですよね。車でないとたどり着けないような。それでも、遠方からお客さんがいらっしゃっていると聞きます。 柴野 僕が狙っていた状態ですね。これはFC展開していたら起こっていなかったと思うんです。「ここに来なければ体験できない」「ここに来なければ食べれない」「ここに来なければ会えない」……これらがすべてのキーワードかなと思ってます。僕のジェラートをきっかけに、世界中から能登へ人が集まってくる仕組みを生む起爆剤になるんじゃないかと。 地域素材をジェラートに加工することもできますから、地域の生産者さんと連携することで、彼らに自信を取り戻してほしい。顔の見える生産者さんとお付き合いして、農産物の背景を知り、その人の空気に触れることで、お客様にジェラートとして提供する際にそのストーリーを語りたいですよね。そこが商品の価値だと思うので。 ―― 猫も杓子も「地方創生」と叫ばれて、どこにでもあるようなご当地コロッケやゆるキャラを作るような現状がある。そこには実は東京の同じ代理店が関わっていて、東京のシーンに合わせて地方が背伸びをしている。この状況は、絶対に間違いだと思うんです。地方で何かしようとしている人たちが「東京からいかに人と金を引っ張ってくるか」を考えすぎている。でも、本当はマルガージェラートのように、東京や大阪の人たちをいかに地方に来させるか、合わさせるかのゲームをやらなければいけない。 柴野 体感してる時間も流れている空気感も都心と地方ではまったく違うので、こちらのペースで自分たちが継続していける仕組みができればいいと思いますね。 ―― これだけインターネットも流通も発達すると、鮮度は落ちるけど遠方のモノを食べるハードルは下がっている。そこで、いかに実際に足を運んで人に会う経験を作るか。そこには物語が必要です。モノではなくてコト込みで人に価値を提供するということがないと、独自性は存在し得ないと思うんです。「Amazonでポチれるものに人は物語を感じられるのか」って話ですよ。 柴野 マルガージェラートに来ないと、この圧倒的に美しい能登の風景には出会えませんから。面白いことに、金沢近郊のお店と能登のお店で食べるのでは、ジェラートの味が違うって言われるんです。ミルクもレシピも使ってる機械も同じなのに。雰囲気や空気感も、味を作る大きな要素なんだなと思います。 ■PLANETSチャンネルの月額会員になると…・入会月以降の記事を読むことができるようになります。・PLANETSチャンネルの生放送や動画アーカイブが視聴できます。  

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