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  • 「リベラルの方が好戦的」小林よしのりライジング Vol.431

    2022-03-22 19:10  
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     ロシアがウクライナへの侵略戦争を始めて、3週間以上が経過した。
     その間に、日本人の戦争に対する感覚があまりにも世界の常識からずれているということが明らかになった。何しろ侵略されたら逃げろとか、降伏しろとかいう発言が、テレビで平然と流れてしまうのだから。
     そして、日本人の感覚がずれていると感じたことは他にもある。
     アメリカのジョー・バイデン大統領が、無茶苦茶な表現でロシアのウラジーミル・プーチン大統領を罵倒している。
     侵攻後は 「プーチンは侵略者だ。プーチンがこの戦争を選んだ」 という具合に「大統領」の呼称を省いて呼び捨てにすることが多くなり、さらには 「戦争犯罪人」 と断定し、 「ウクライナの人々にモラルに反した戦争をした真の悪党だ」 と言い放った。
     そして極めつけには 「殺人的な独裁者、根っからのThug(サグ)だ」 と、チンピラ、極悪人、ギャング、殺人者など幅広いワルを意味する「Thug」というスラングまで使って罵倒したのだ。
      各国の指導者で、他国の指導者をここまで罵った人などほとんどいない。
     プーチンでさえ、自国民を統制するためには 「ロシア国民は、真の愛国者と人間のクズや裏切り者を常に見分けることができる。口の中に入り込んできたハエを道端に吐き捨てるように排除するのだ」 とかなりの暴言を吐いているが、バイデンに対してそんな言い方はしていない。中国の習近平だって、アメリカを非難はしても罵詈雑言は言わない。あんな罵倒をするのは、他には北朝鮮の金正恩くらいだろう。
     ネットでは、バイデンは年を取り過ぎて感情のコントロールが利かなくなっているのではないかという憶測も出ていたが、いくらバイデンが年寄りだといっても、あれは決して耄碌して言っているわけではない。
     一般的には、ドナルド・トランプ前大統領の方が過激な男だというイメージがあり、いかにもトランプこそああいう口汚い暴言を吐きそうだと思われているが、実際のところ、トランプからそんな発言は出ていない。
      トランプはビジネスマンであり、経済のことを第一に考える。物事を善悪だけでは判断しないから、ああ見えてもこういう場面では案外慎重に言葉を使うのだ。
     それに対して、 バイデンはリベラルである。
      リベラルは損得勘定よりも、善悪や正義といった倫理観を最も意識するから、こういう場面では逆に過激になる。人権が徹底的に蹂躙されるようなことが起きようものなら、怒髪天で激怒するのだ。
     日本人の感覚としては、アメリカでは「保守」の共和党の方が過激で好戦的な「タカ派」であり、「リベラル」の民主党の方が穏健で平和的な「ハト派」だというイメージだろう。
     ところが違うのだ。 共和党は「損か得か」 で考えるが、 民主党は「正義か悪か」 で考える。 だから実は「リベラル」の民主党政権の時の方が、戦争は起こりやすいのである。
      そもそも第二次世界大戦に参戦した当時のアメリカ大統領は、 民主党のフランクリン・ルーズベルト だ。
     ルーズベルトは日本にハルノートを突き付けて開戦を余儀なくさせ、真珠湾攻撃を受けるとこれをプロパガンダに最大限利用し、厭戦ムードの強かった国内世論をひっくり返してヨーロッパ戦線への参戦も実現させた。
     また、時代をさかのぼれば 第一次世界大戦に参戦した際の大統領も、 民主党のウッドロウ・ウィルソン だった。
      朝鮮戦争は民主党の ハリー・トルーマン の時。 ベトナム戦争 は、共和党のアイゼンハワー政権時代に紛争が始まっているが、 大幅に兵力を増派したのは民主党の ジョン・F・ケネディ 、 トンキン湾事件を起こして泥沼の戦争にしたのはこれも民主党の リンドン・ジョンソン である。
      ビル・クリントン大統領はソマリア内戦への介入や、ユーゴスラヴィア空爆への参加、イラクに対する「砂漠の狐作戦」と呼ばれる大規模空爆、スーダンへのミサイル攻撃を行っている。
     湾岸戦争を起こしたジョージ・ブッシュ、アフガン戦争、イラク戦争を起こした息子のジョージ・W・ブッシュは共に共和党だが、イラクのクウェート侵攻だの、9.11テロだのが起きては、この時の大統領が民主党だったとしても、間違いなく戦争に踏み切っていただろう。
     ブッシュJrの次の大統領となった民主党、 バラク・オバマ は就任直後の演説ひとつでノーベル平和賞まで取ってしまったが、 実際にはその任期8年の全期間にわたって戦争をしており、イラク、シリア、アフガニスタン、リビア、イエメン、ソマリア、パキスタンに対して2015年は2万3144発、2016年には2万6171発の爆弾を投下している。
     9.11テロの首謀者・ ビンラディンを暗殺したのもオバマ政権 である。オバマ政権では毎週火曜日の会議で「ベースボールカード」と称されるテロリストたちの履歴書を確認し、 大統領自身が暗殺リストを決定していた という。
  • 「アカデミー賞に見るアメリカの理念の復元」小林よしのりライジング号外

    2018-03-13 16:15  
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     今年のアカデミー賞は、作品賞・監督賞など4部門で 『シェイプ・オブ・ウォーター』 が受賞した。
     これまでアカデミー賞といえば、「なんで?」と思うような作品が受賞してポカーンとすることが多かった。
     例えば昨年の『ムーンライト』にしても、映画そのものに対する評価はともかく、作品賞にしてはあまりにも小粒すぎて、黒人のゲイというマイノリティーを描いた作品だったから、ゲタを履かせて受賞させたのではないかという「偽善」を感じざるを得なかった。
     だが、今年の『シェイプ・オブ・ウォーター』は全く納得のいく結果だった。
    『シェイプ・オブ・ウォーター』 もマイノリティーの映画で、主人公は唖の女性清掃員だし、周りの人間たちもゲイの画家とか黒人の同僚とか、一見、善意で描かれた映画のような作りにはなっている。
     しかしそれが偽善に感じないのは、作品のオリジナリティーが突出していて、ある意味、偽善を凌駕する不気味さに満ち満ちていたからだ。
     マイノリティーの女性が、アマゾンの奥地から運ばれてきた半魚人を助けようとする。もちろん、半魚人もマイノリティーの極致としての存在だ。
     主人公と半魚人は、言葉は通じないが、心が通い合っている。
     ところが心の通わない残忍な白人が、半魚人を軍事目的のために解剖しようとする。
     白人は半魚人を人間と思っていないが、唖の女性清掃員にとっては半魚人の方がよっぽど人間的で、言葉が通わないけれども、心が通い合えるのだ。
     ……と、こう書くとすごく陳腐な話のようになってしまうのだが、これがあのメキシコからの移民であるギレルモ・デル・トロ監督の映像のスタイルで描かれることで、怪物映画の趣も感じさせるものになっていた。
     主演女優のサリー・ホーキンスも、全然美人じゃなく、本当に便所掃除のおばさんみたいなリアルな雰囲気のあるところが見事で、なんと半魚人とセックスするというのはあまりにも悪趣味で、おぞましいほどである。
     一方、主演女優賞を受賞した 『スリー・ビルボード』 のフランシス・マクドーマンドが演じた主人公も、全然美人じゃない逞しい生活感のある女だった。
     ところがこの女が、周囲の住民たちから嫌がらせを受けても全く意に介せずに堂々と権力と戦っていき、その姿が実に痛快なのだ。
    『スリー・ビルボード』は田舎町で孤立していく女性が主人公であり、これもマイノリティーの映画だといえる。
     こうして見ると、昨年はマイノリティーの映画が次々に公開され、しかもそれがおそるべき傑作ぞろいだったことに気付く。
    『グレイテスト・ショーマン』 は、フリークスばかりを集めてサーカスを始める興行師の話で、これもマイノリティーの団結を描いている。
     偽善になりかねないテーマを作品化して、それがしっかり独特の世界とエンターテインメントを兼ね備えつつ、非常に芸術性の高い映画に仕上がっており、すごく楽しかった。
    『デトロイト』 も、白人の黒人に対する差別心と、その裏返しの恐怖心によって起こされた、警官による暴行殺人事件を描いており、まさにマイノリティーの問題を真正面から扱った映画である。
    『グレイテスト・ショーマン』は挿入歌が歌曲賞にノミネートされただけで受賞を逃し、『デトロイト』に至ってはノミネートすら一切なかった。この結果、特に『グレイテスト・ショーマン』については、わしは不満である。
    『ゲット・アウト』 もまた黒人に対する恐るべき白人の差別心を、恐怖映画の域まで高めてリアリティーを崩さない見事な作品だった。
     この1年間、映画の醍醐味を満喫できる傑作が続出し、しかもそれがなんとマイノリティーの映画ばかりで、アカデミー作品賞に『シェイプ・オブ・ウォーター』が選ばれるという結果は、まるでドラマを見ているようで、あまりにも劇的だった。
     トランプ政権を生み出したレイシズムの横行が、これらの映画が作られるきっかけとなったのだろうが、それが昨年の「#MeToo」運動の盛り上がりを経て、こういう形で結実したわけである。
     アカデミー賞授賞式のスピーチでは、『シェイプ・オブ・ウォーター』のギレルモ・デル・トロ監督をはじめ、受賞者やプレゼンターが、女性や移民、性的マイノリティーの問題について堂々と政治的な主張を行い、それ自体がまたトランプ政権に対する批判になっていた。
      ところが、授賞式の視聴率は前年比で2割も落ちたという。政治的メッセージを前面に出されると、説教されているような気がするとして敬遠する視聴者が多かったのだそうだ。
     どうやらアメリカでも、政治的メッセージは大衆には嫌われる傾向にあるようだ。