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記事 13件
  • 「陰謀論というSNS劣化現象」小林よしのりライジング Vol.470

    2023-05-23 14:30  
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     影の組織が世界政治を裏から支配しているとか、日々の主要な出来事は全て誰かが操って起こしているとかいう、 「陰謀論」 を信じてしまう人がいる。
     それは古くから世界中に存在する現象ではあるが、現在の自称保守派の多くが信じ込んでいるという事態には、やはり異常さを感じざるを得ない。
     先週、月刊WiLL別冊の 『この1冊で世界のウラが丸わかり! もう陰謀論とは言わせない』 と題する本が発行された。
     このタイトルだけでも、相当にイタイ。何しろ 「世界のウラが丸わかり」 という言い回し自体が陰謀論者の常套句なのに、それを堂々と掲げているのだから始末に負えない。もちろん、 「もう陰謀論とは言わせない」 とか言っても、中身は陰謀論のオンパレードである。
     最初に定義をしておくが、わしは 「陰謀論」 を、 「ある事件や出来事を、何者かの陰謀・策略によって起こされたとする、事実や常識的な思考では検証も理解もできない説」 と認識している。
     ポイントは 「事実や常識的な思考では検証も理解もできない」 というところだ。
    「陰謀」自体は、現実に存在する。例えばベトナム戦争の引き金になったトンキン湾事件は米国の陰謀であり、それは確たる証拠によって証明されている。
     だが「陰謀論」はそれとは全く異なる、荒唐無稽で一切論証できない妄説なのだ。
     問題の本の巻頭記事は 『コロナ・ワクチン・昆虫食・LGBT問題…「陰謀」が明るみに出る時代になった』 と題する、 元駐ウクライナ大使・馬渕睦夫 と、日本近現代史研究家・渡辺惣樹の対談である。
      馬渕睦夫 は 『ディープステート 世界を操るのは誰か』 という著書で、 近現代の世界史における大きな出来事の全ては「ディープステート」という「世界を陰から支配する勢力」 が起こしたと主張している。 ウクライナ戦争もディープステートがプーチンに仕掛けた陰謀 だとしており、全面的にプーチンを援護する論陣を張っている、当代随一の陰謀論者だ。
     その馬渕を巻頭に出しているというだけでも、これがどういう本かは明白というものだが、そもそも馬渕の著書『ディープステート』の版元も、「WiLL」と同じワック出版なのである。
     対談の冒頭、馬渕は 「今まで隠されていた事実が、どんどん明るみに出ています」 と切り出し、渡辺は 「ええ、特にコロナ関連が顕著です」 と応える。
     こうしてまずコロナ関連、特にワクチンの危険性についての話題となり、河野太郎・初代ワクチン接種推進担当大臣が「私は運び屋に過ぎない」と逃げを打ったことを批判するのだが、渡辺はここでこう言うのだ。
    「ワクチン接種を推奨したのが、ビル・ゲイツです。ゲイツは周知の通り『人口削減論者』です」
     ビル・ゲイツが人口削減の陰謀のためにワクチンを推奨した!?
     この対談ではこんな陰謀論と、ワクチンの危険性やマスクの無意味さといった、わしの『コロナ論』シリーズの主張とも共通する論点が、ごっちゃに混在している。これではわしにとっては、迷惑でたまらない。
      ビル・ゲイツが「人口削減」の陰謀を企てているというのは最近の陰謀論者のド定番だが、これは完全なデマである。
     デマの出所は、ビル・ゲイツが2010年に行った講演だ。
     ここでゲイツは世界の人口爆発とそれに伴うCO2排出量増加への対策について話しているのだが、その趣旨は、
    「ワクチンによって発展途上国の公衆衛生を改善すれば死亡率が下がり、子供が死ぬことへの不安が解消され、出生率も下がる。それと正しい避妊の普及も併せて、人口増加を抑制することができ、CO2排出量を減らすことができる」
    ということであり、特におかしな主張ではない。
      それを陰謀論者は、ビル・ゲイツが「殺人ワクチン」を普及させて世界人口の削減を図っているなどという、異次元の曲解をして大騒ぎしているのだ。
     そもそも「常識的な思考」さえできれば、こうやってわざわざ事の真偽を確かめなくても、「ビル・ゲイツが人口削減計画を実行している」と聞いた瞬間に「ありえない!」と一蹴するはずだ。
     こんな話は、フィクションの世界にしかない。というか、今どきこんなのフィクションでも陳腐すぎてボツになりそうな話だ。それが現実に起きていると疑いもなく思えるだけで、もう完全に常識がぶっ壊れているのだ。
     どうやら、最近の陰謀論のトレンドは 「人口削減計画」 らしい。
     馬渕は 「昆虫食」 についても 「何か邪悪な意図が隠されているはず」 と根拠もなく言い出し、 「そもそも昆虫食を食べなければいけないほど、食糧難なのでしょうか」 と疑問を呈し、しまいには 「気候変動とあわせて、食糧難を煽り、人口を少しでも抑制したいと考えているのでしょう」 とまで飛躍する。
     そしてさらに呆れたのは、この発言だ。
    「LGBT理解増進」政策にしても、人口削減計画の一環ではありませんか。男女の性交への関心を低下させれば、子孫を減らすことができます。
     馬渕は、LGBTへの理解が増せば同性愛者が増えて、男女間の性交への関心が低下して、人口が減ると本気で思っている! ど うやら、自分が気に食わないことや、腑に落ちないことがあれば、何でもかんでも「人口削減計画」の「陰謀」にしてしまうようだ。
     そしてさらに馬渕・渡辺は、米大統領ジョン・F・ケネディと弟のロバート・ケネディの暗殺も陰謀、9.11世界同時多発テロも米政府による陰謀、ウクライナ戦争も陰謀で、被害映像はヤラセということにしていく。
     しかしもっと驚いたのは、馬渕が 「安倍晋三元首相の暗殺の背景に、今回のウクライナ戦争が大いにかかわっているとみています」 と言っていることだ。
  • 「ウクライナ戦争1年で証明されたこと」小林よしのりライジング Vol.461

    2023-02-28 16:50  
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     ロシアがウクライナに侵攻してから、24日で1年が経った。
     戦争開始直後からわしが描き続けてきたことは『ウクライナ戦争論』にまとめたが、いま読み返しても全く間違ったところがない。
     そして3月12日には『ウクライナ戦争論2』が発売される。日本人にとってのウクライナ戦争とは何なのかを知るためには、これ以上の本はないとわしは自信を持っている。
     2月21日、ロシア連邦議会でプーチンは「年次教書演説」を行った。
     これは内政・外交の基本方針を示す、年に1度の演説で、ウクライナ侵攻後では今回が初であった。
     ここでプーチンは、ウクライナへの侵略を 「我々の歴史的な土地に住む人々を守るため、我が国の安全を保障するため、そして2014年のクーデター後にウクライナで生まれたネオナチ体制による脅威を取り除くため」 の 「特別軍事作戦」 であると強調するなど、1年前の開戦時のプロパガンダと何ひとつ変わらない主張を繰り返した。
     未だにこれが「戦争」であることすら認めていないのだが、それにしても、 ウクライナの 「ネオナチ体制」 によってロシアが脅威にさらされているなんて与太話、ロシア以外で誰が信じるのだろうか?
     もちろんこの演説はひたすら国内向けの戦意高揚が目的で、国際社会向けには何の説得力もないことは、最初から明白ではある。
     だが、そのニュース映像を見て驚いた。 演説を聞いている連邦議会議員たちのリアクションが、とにかく薄いのである。
     戦争真っ最中の国で、最高指導者が戦意高揚演説をしているのだ。普通だったら、その指導者を戴いて戦争遂行に邁進すべき立場である国会議員ならば、もっと熱烈な反応をするものだろう。ましてや戦争が長期化し、国家総動員体制を作らなければならないという状況なのだから、なおのことである。
     ところが聞いている議員たちの表情には、全く高揚感も覇気も感じられない。プーチンの言葉に説得力を感じ、感情移入している表情を見せる者もいない。何か頭の中に疑念が渦巻いているような雰囲気で、困惑したような表情の者、腑に落ちないという様子の者、みんなどこか中途半端な顔をしていた。
     なぜみんな揃いも揃って、そんな曖昧な表情をしているのだろうと不思議だったのだが、どうやらあれは「必死で睡魔と戦っている顔」だったようだ。
     プーチンの演説は1時間40分にも及び、相当に冗長で退屈だったらしく、演説の後半には寝落ちしてしまう議員が続出。プーチンの下僕として知られ、第1期プーチン政権と第2期プーチン政権の間の「中継ぎ」で1期4年間、傀儡の大統領を務めたメドベージェフまでが最前列で居眠りしてしまい、その様子がSNSで全世界に晒された。
     
     プーチン一人だけが悦に入って長々と演説をやっているが、こんなものを聞かされている方は迷惑そのもの。力関係のために出席を断れずに仕方なく座っているだけで、感動して聞いている者なんかいるわけもなく、いつの間にかみんなスヤスヤ居眠り。
     まるで、落語の『寝床』そのものだ。
     演説ひとつとっても、ゼレンスキーとプーチンでは雲泥以上の差である。
     ゼレンスキーの演説を聞いて居眠りするなんてことはまずないだろうし、もしそんなことがあったら、寝る方がおかしい。
      昨年の米国議会での演説は特に凄かったが、ゼレンスキーの演説は感動的である。国家の存亡を賭けて、命がけで侵略者と戦っているという本気の覚悟が伝わってくるのだから当然だ。
     それに対してプーチンは、自らが「ピョートル大帝」になりたいというナルシシズムの妄想から何の大義もない侵略戦争を起こし、演説もひたすら自分のナルシシズムを満足させるためだけにやっているのだから、それは『寝床』の旦那になるわけである。
     とはいえ、これが中国や北朝鮮だったら、どんなに演説が退屈だろうと、あんなに何人もの議員が居眠りしている様子が海外メディアに流されることはなく、無理やりにでも満場一致で演説に賛同し、熱狂したかのように見せかけたはずだ。
     もうロシアではそんな報道統制もできないのか、国家の最高機関の議員たちが演説の最中に浮かない顔だったり寝ていたりで、誰もプーチンの言うことなど信じていないようにしか見えないザマを、世界中にさらけ出した。
  • 「ゼレンスキーとプーチン、天地の差」小林よしのりライジング Vol.455

    2022-12-27 19:30  
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     ゼレンスキーは今のところ、確かに「英雄」である。
     ウクライナ戦争勃発以前は、政治経験のないコメディアンが大統領に当選したことを「ポピュリズムの極み」と非難し、「ゼレンスキーは間違いなく失敗する」と断言した知識人もいたらしい。
     実際に戦争前には失政も多かったようだし、まだ戦争の行方も定まらない現在、戦争後にどうなっていくかなんてことはわかりようもない。
      しかし、ゼレンスキーは現時点では間違いなく「英雄」である。
     ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は21日、アメリカ・ワシントンを訪問、バイデン大統領と会談し、米国連邦議会の上下両院合同会議で演説した。
     2月24日にロシアがウクライナ侵攻を開始してから300日、ゼレンスキーが国外に出たのはこれが初めてである。
     ゼレンスキーが訪米するとの報を聞いた際に、わしがまず気になったのは服装をどうするのだろうということだった。
     オリーブ・グリーンのTシャツ、冬季の今は軍用トレーナーがトレードマークになっているゼレンスキーだが、戦争前は普通にスーツを着ていた。
     さすがに米大統領と会談し、議会演説をするのだから、今回はスーツを着てネクタイをするのかと思っていたのだが、 それがいつものオリーブ・グリーンのトレーナーのままだったので驚いた。
     それと同時に、 自分はどこに行こうと、ウクライナ大統領として戦時下にあるということを、スタイルで示しているのだろうとわしは感心した。
     ところがアメリカの「保守派」の中には、この服装が「無礼だ」と激怒した者もいたという。
     だがその批判に対しては、第2次世界大戦中の1941年に英国のチャーチル首相がホワイトハウスを訪れた際に、「サイレンスーツ」というツナギ服を着ていた事例を挙げて反論する者がいた。
     
     サイレンスーツとは、ドイツ軍の激しい空襲に遭っていたイギリスで、空襲警報のサイレンが鳴ったらすぐ服の上に着て避難できるように作られたものだ。そしてこのスーツは単に実用性だけでなく、国民が一致団結して戦い抜く象徴的な意味合いも持つようになったという。
     ゼレンスキーがチャーチルのサイレンスーツを意識していたかどうかはわからないが、 ロシアが軍事侵攻を開始すると、ゼレンスキーは直ちにスーツとネクタイをやめ、ロシア軍と戦うウクライナ国民に近い服装であるTシャツ姿になることで国民との団結を示し、それ以降、どこに行くにもそのスタイルを貫いている。やはりそのセンスは素晴らしいというしかない。
     服装ひとつにも文句をつけたように、アメリカの「保守派」にはゼレンスキーを快く思わない者がおり、特にトランプ前大統領の一派にはそれが顕著である。
     その理由として、巨額に上るウクライナ支援が、トランプの掲げた「米国第一」の政策に反するということがある。
     トランプの「親衛隊長」といわれる共和党のグリーン下院議員は巨額支援を「ばかげている」とSNSに投稿し、ゼレンスキーを「(米国を操る)影の大統領」と、陰謀論めいた呼び方で揶揄した。
     また、トランプの長男・ジュニアはゼレンスキーを「恩知らずな国際的福祉の女王(welfare queen)だ」と罵っている。
     もともと「福祉の女王」とは1970年代、巨額の福祉支援金を詐取してぜいたくな暮らしをしていた女性詐欺師に付けられた呼称である。
     当時大統領を目指していたレーガンが、これを政府の福祉政策の無駄を批判するキャンペーンに利用し、それ以降 「福祉の女王」は、米国の保守派が社会福祉の縮小を主張する際に使う特有の表現となった。
     日本のネトウヨの「生活保護バッシング」も、これと似たような感覚だろうが、トランプ政権では特に「福祉の女王」が唱えられていたらしい。
     だが、 トランプ一派がゼレンスキーを目の敵にするもっと大きな理由は、もともとトランプがプーチンとズブズブの関係だったからだろう。
     そもそもトランプが2016年に大統領に当選できたのも、ロシアがサイバー攻撃やSNSによるプロパガンダなどの世論工作・選挙干渉を行ったためと言われているし、同様の選挙干渉は前回の大統領選でも行われたとされている。
      そしてトランプは、プーチンが侵攻直前にウクライナ東部の親ロシア派地域の「独立」を承認したことを「天才的だ」と称賛し、同地域へのロシア軍派兵が「最強の平和維持軍になる」とまで言っていたのである。
      日本のネトウヨがゼレンスキーを叩いているのも、Qアノン的なトランプシンパが多いからではないか。
     アメリカではトランプが今なお復権を狙っていて、その支持者も一定数存在する。そして、トランプの支持者ではなくとも、巨額な支援に反発する者はかなりいる。
  • 「鈴木宗男の呆れた北方領土発言」小林よしのりライジング Vol.450

    2022-10-18 16:40  
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     いよいよ23日は『ゴーマニズム宣言SPECIAL ウクライナ戦争論』の発売日だ。
     これはウクライナ戦争を他人事としか思わず、「どっちもどっち」などと平気で言っている平和ボケ日本人に「覚悟」を迫る書である。
     ウクライナのゼレンスキー大統領は7日夜、ビデオ演説の冒頭で 「本日、重要な決定がなされた。歴史的だ」 と述べた。
     その歴史的に重要な決定とは、
    「ロシアに一時的に占領された北方領土を含め、日本の主権と領土の一体性を尊重することを再確認する」
    というものだった!
     そしてゼレンスキー大統領は同じ趣旨の大統領令に署名し、ウクライナ最高会議(議会)も同じ内容の決議を採択したことを明らかにした。
     確かにこれは、歴史的な決定である!
     ウクライナ議会の決議は、 「日本の北方領土は1945年にソ連が何の法的根拠もなく占領した」「全ての日本の市民を強制的に追放した」 と強調した上で、 「(北方領土は)ロシアの占領下にあり続けている」 として、 ロシアに返還を求める日本の立場を支持し、国際社会が解決のためにあらゆる手段を講じるように訴えている。
     そしてゼレンスキー大統領も演説で北方領土について、
    「ロシアはこれらの領土に何の権利も持っていない。世界中の人々がよく知っている。我々は行動しなければならない。私たちはロシアが占領する全ての土地を解放するため行動しなければならない」
    と重ねて述べ、こう訴えた。
    「ウクライナと国際法秩序に対する今回の戦争によって、かつてロシアに奪われたものすべてが真に解放されるのも時間の問題になった。ロシアはこの状況に自ら陥った」
    「侵略者は敗北しなければならない。戦争が再び起きないように。そして平和が本当に長く続くために。侵略者には何も残すべきではない。我々のパートナーの国々のために正義が復活すると信じている」
     よくぞ言ってくれた、ゼレンスキー大統領!
     ロシアに領土を不法占拠されているという点においては、ウクライナも日本も同じである。
      現在ロシアと領土問題を抱えている国は、他にもジョージア、モルドバがあり、さらに歴史をさかのぼれば、フィンランド、ポーランド、バルト三国など、ロシアに侵攻され、泣く泣く領土を放棄させられた国は数多い。
     このようなロシアの横暴は、今度こそ終わらせなければならない。これは、世界史的な転換点となる戦争である。
     ロシアに対するウクライナの戦いは、日本にとって決して他人事ではない。むしろ積極的にウクライナと共闘し、日本もロシアから北方領土を取り返し、世界に正義を復活させるための戦いを展開すべきなのである!
     ところが、このウクライナの歴史的決定に対する日本のニュースの扱いは、極めて小さかった。
     しかも報道はしても「日本政府に対して、ロシアへの制裁とウクライナへの支援を継続してほしい意向があるものとみられる」などと、いかにもウクライナ側の「打算」の産物のように示唆する、冷ややかな論調が目立った。
     何が何でも「他人事」にしておきたい、どんな事情があろうと戦争にだけは関わりたくない、頑としてお花畑に居座り続けたいという情けない日本人は、まだまだ多いと言わざるを得ない。
     とはいえ、関わり合いたくないと逃げる臆病者は、まだマシな方だと言うべきなのかもしれない。
     中には「他人事」どころか完全にロシアの側に立って、ゼレンスキーを非難する信じられない人間までいるのだ!
      日本維新の会副代表の参院議員・ 鈴木宗男 は、ゼレンスキーの北方領土発言について10日のブログにこう書いた。
    「単純に考えれば日本を支持する立場のように見えるが、有難迷惑な話である」
     宗男が「ロシアの手先」だということは、知ってる人にとっては「何を今さら」の事実なのだが、ウクライナ戦争開戦以降は、もうそれがなりふり構わぬ様相と化している。
     宗男は開戦直後・2月26日のブログで、
    「ゼレンスキー大統領になってから、ミンスク合意、停戦合意を履行しなかったことが今日の事態を招いている」 と述べ、メディアについても、
    「一方的にロシアを批判する前に、民主主義、自由主義は約束を守るのが基本である。その約束を守らなかったのはどの国で誰かをメデイアは報じないのか」 と非難した。
      宗男は戦争の原因がゼレンスキーの約束違反であり、正義はロシアの側にあり、ウクライナの自業自得であると決めつけ、その後も何があろうがロシアの立場を正当化する発言のみを続けている。 今回のゼレンスキーの発言に対する非難も、その一環である。
     宗男は北方領土についても、ロシアの支配を正当化してこう言う。
      それは、戦後の国際的諸手続き(ヤルタ協定、国連憲章、ポツダム宣言、サンフランシスコ平和条約等)で、ロシアが現在実行(ママ)支配しており、二国間で解決すべき問題であり、いわんやロシアを刺激しても何も得るものはない。
     まず、これが何を言っているのかよくわからない。
     普通は「国際法に基づきロシアが実効支配」と書くはずだ。
      国際法ではなく 「戦後の国際的諸手続き」 によって 「ロシアが実効支配」 とは、どういう意味なのだろうか?
     わかりにくいのも無理はない。これは宗男が自分で考えて言っているわけではなく、現在のロシアの主張をそのまんま鵜呑みにして言っているだけなのだ。
    「ヤルタ協定、国連憲章、ポツダム宣言、サンフランシスコ平和条約」 を基に、北方領土は合法的にソ連に移り、それをロシアが引き継いだというのは、ロシアの言い分そのものであり、 鈴木宗男は忠実なるロシアの手先として、それを繰り返しているのである。
  • 「ウクライナから台湾へ?」小林よしのりライジング Vol.444

    2022-08-16 16:50  
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      もしもロシアがウクライナ侵略を達成し、国際法秩序の破壊に成功したら、中国は迷わず台湾を侵攻するだろう。だが逆にロシアが失敗したら、中国も一蓮托生となるかもしれない。今は世界史的な分水嶺にある。
     8月2日から3日にかけ、米国の大統領・副大統領に次ぐ「ナンバー3」といわれる下院議長、ナンシー・ペロシが台湾を訪問した。
     これに中国は猛反発、事前には米中首脳会談で習近平国家主席がバイデン大統領に 「火遊びすれば身を焦がす」 と警告した。
     この言い回し、ほとんどマフィアの恫喝だが、ペロシはこれに動じず台湾訪問を実行。中国はその「報復」のように、台湾近海での軍事演習を4日から9日まで行った。
     そしてこれとちょうど時を同じくして3日から5日までの間、カンボジアの首都プノンペンでは、ASEAN関連の国際会議が開催されていた。
     台湾問題に関してASEAN各国の対応は分かれていて、シンガポールやマレーシアなど、米中双方と経済的な結びつきが強い国は「中立」的な態度を取り、カンボジアやラオスなど、中国に経済で大きく依存している国は「台湾や新疆ウイグル自治区、香港などは全て中国の内政問題」として、中国寄りの態度を取っている。
     ウクライナ戦争について、ロシアへの依存度によって各国の態度が変わるのと同じ現象である。
     そんな中、4日に行われた会議で日本の林芳正外相は、中国の軍事演習に「懸念」を示した。
      すると、これに対して中国の王毅国務委員兼外相が激怒。 王は台湾の現状について日本の 「歴史的な責任」 を持ち出し、 「日本には発言する資格がない」 と声を荒らげたという。
     中国外務省も報道官(外務次官補)が記者会見で 「日本は台湾問題で歴史的な罪を負っており、とやかく言う資格はない」 と発言した。
      王毅は4日に予定されていた、対面では1年9カ月ぶりとなる日中外相会談を開始予定の2時間前に急遽キャンセル。
      翌5日の東アジアサミット外相会議では林外相の発言の際、ロシアのラブロフ外相とともに退席した。
     一国の外相が国際会議の席で声を荒げて激怒し、その後にドタキャンだのボイコットだのを繰り返すとは、あまりにも子供じみていて外交的には失態としか思えないが、それほどまでに余裕を失っているようにも見える。
     中国は日本に対しては、居丈高に 「歴史的な責任」 を言いさえすれば勝てると思っているから、今回も 「日本は台湾を植民地にしていたのだから、台湾のことを言う資格はない」 と言えば、日本は黙ると思ったのだろう。
      そして実際に、中国に「歴史カード」を出されたら直ちに平伏する、歴史を全く知らないバカな日本人もいるのだから、始末に悪い。
     そこで今回は、この中国のイチャモンに対して反論しておこう。
     とはいえ、細かい検証などする以前に、いくらなんでも 「台湾を植民地にしていた日本には、台湾のことでモノ申す資格はない」 というのは、呆れるほど見当はずれな言いがかりであることは明白である。
      だったら、ミャンマー(ビルマ)を植民地にしていたイギリスは、現在のミャンマーにおける人権侵害に対して何も言う資格はないのだろうか?  もちろんそんなことはなく、イギリスはミャンマーの軍事政権に制裁措置を行っている。ミャンマーに対しては、なぜか日本政府の方が制裁に消極的なのだが。
     さて、まず強調しておかなければならないことは、 現在の中国=中華人民共和国は、歴史上一度も台湾を国土としたことがないという事実である!
  • 「ウクライナが徹底抗戦しているのが悪い!?怒りのデスロードだぜ!」小林よしのりライジング Vol.441

    2022-07-19 16:25  
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     あんな事件が起きてしまった以上、安倍晋三や統一協会について書かないわけにはいかないのだが、それは次回以降にする。
     それよりも先に、前々回・前回と続けている「表現者クライテリオン」7月号のウクライナ戦争に関する論評の批判を済ませなければ、これがすっかり霞んでしまいかねない。これだけは、どうしてもやらねばならないのだ。
     同誌は「『ウクライナ』からの教訓」と題して約100ページにもわたる特集を組んでいるのだが、ライジングで2回書いても、まだ藤井聡編集長による巻頭言と、藤井氏が筆者であろう匿名の巻頭コラムしか批判できていない。それほどまでに酷いのだ。
     今回はようやく特集そのものを扱うことができる。その冒頭に収録されているのは、藤井氏と元外交官・東郷和彦氏のオンライン対談である。
     わしは藤井氏らと本を出す予定だったが、「オンライン」で話して作ると言われたので断った。しかし藤井氏にとってはオンライン対談での記事づくりは普通のことらしい。
     対談の冒頭、藤井氏はこんなあいさつをする。
      このたびはお時間をいただきまして、ありがとうございます。我々『表現者クライテリオン』は、東郷先生もお付き合いいただいていた西部邁先生がつくられた『発言者』『表現者』の後継の雑誌としてやっております。
     わざわざ「我こそは西部邁の後継者なるぞ」と宣言してから対談を始めることに違和感を覚える。権威主義的な態度に見えて、つい顔をしかめてしまった。クライテリオンは皇室論にしろ、ウクライナ問題にしろ、西部の思想を受け継いでいるとは到底思えないから、なおのことそう思わざるを得ない。
     続けて藤井氏は、対談の趣旨をこう説明する。
      今回の企画は「『ウクライナ』からの教訓」です。テレビ・新聞・雑誌を見ると、「ロシアの軍事侵攻は許されざる暴挙であり、ロシアが全面的な悪でウクライナが完全に被害者である」という勧善懲悪のストーリーになっています。
     それで何も悪くないはずなのだが、藤井氏はそれにこう異議を唱える。
      もちろん、そういう側面があることには同意するのですが、それ以外の様々な文脈もあることもまた事実です。そうである以上、アメリカ・ウクライナ側の激しいプロパガンダ戦も割り引きながら、第三者の視点で冷静にウクライナとロシアの戦いを眺め解釈し、淡々と教訓を引き出していく必要があります。
     要するに、 「『ウクライナ=善、ロシア=悪』以外の視点もある」という「価値相対主義」 を言っているのだ。
     だが、そんなことを言い出せば、これは間違いなく前々回に詳しく批判した 「どっちもどっち論」 に行きつく。
    (https://ch.nicovideo.jp/yoshirin/blomaga/ar2106378)
     それは確実にロシアの「悪」から目をそらし、ロシアの味方をする結果となる。そう批判されるのが分かっているから、藤井氏は 「もちろん、そういう(勧善懲悪の)側面があることには同意するのですが」 という逃げの一言を用心深く、忘れずに入れておくのだ。その学校秀才優等生的臆病さには、もう笑うしかないが。
     そもそもロシアの国際法無視、ウクライナ侵略というあまりにも明らかな事実を目の前にしながら、なおも 「第三者の視点で」「冷静に眺め解釈し」「淡々と教訓を」 なんて呑気なことを平気で言っていられる藤井氏は、日本人としての立場を完全に忘却しているとしか思えない。
      日本とロシアの間には未だに第二次世界大戦の講和条約も締結されておらず、北方領土を不法占拠されたままである。
     ロシアは日本にとって「敵国」であり、しかも「隣国」である。ロシアに侵略されているウクライナのことは 「明日は我が身」 として見なければならないのだ。
    それを全くの他人事のように「第三者の視点」だの「冷静に」だの「淡々と」だのと言えるのは、価値相対主義に芯まで染まって、日本人としてのナショナリズムを完全に失っているからである。
      ナショナリズムのない保守なんて、ありうるのだろうか?
     そんな藤井氏は、北方領土問題に関してはこう言っている。
      しかも、日本はロシアとの間で北方領土問題を抱えています。そうした関係がある中で、単に欧米と同じ論調でロシアを非難し、ウクライナを支援するだけでは適当とは言い難いように思います。
     何を言っているのだろうか? 北方領土問題があるからこそ、ここは欧米と歩調を合わせてウクライナを支援し、ロシアを追い込むべきじゃないか。 ロシアが徹底的に弱体化した時にこそ初めて北方領土返還のチャンスが生まれるはずであり、むしろ領土拡張に意欲を燃やす「帝国主義化」しているときに、北方領土を日本に返すなんて、100%ない!
    今回に関しては欧米と協調すること日本の国益になるのだ。
    ところが、藤井氏は決してそうは考えない。むしろ欧米とは違う論調を探るべきだと思っている。
     藤井氏は、どの立場にも立たずに高みに上り、「第三者」として「冷静に」「淡々と」見ることが「中立」で「客観的」で「知的」な態度であり、これこそが知識人たる態度だとでも思っているのだろうか? だとしたら、あまりにも単純で幼稚な感覚だと言うしかない。
     以上、疑問だらけの前口上を述べた上で、藤井氏は本題に入る。
  • 「ロシアと戦前の日本が同じだと?」小林よしのりライジング Vol.440

    2022-07-05 18:45  
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     先週予告したとおり、「戦前の日本」と「プーチン・ロシア」は同じだと主張する「表現者クライテリオン」7月号の巻頭コラムを徹底批判する。
     それにしても、仮にも西部邁門下を名乗る知識人たちが、臆病者の戦後民主主義サヨクと全く同じ心性によって価値相対主義に陥り、誰一人わしの『戦争論』にも追いついていなかったという事実には、唖然とするばかりだ。
     問題の巻頭コラムで、匿名の筆者(どう見ても編集長の藤井聡氏だろう)は、次のように述べている。
      さらに言えば、今回のプーチンの決断を眼にした際に思い浮かべるべきは、「ヒトラー」などではなくて、むしろ、追い詰められていった先で暴発した戦前の日本だろう。 (中略) 戦前の日本がアメリカと衝突する直接の切掛けを作ったのは、「日本の利益線・生命線」であるところの満州――ロシアにとってのウクライナ――であったことを想い出すべきである。そんな過去を持ちながら、今回の戦争を前に、狂気の膨張主義者の所業だと他人事のように批判できてしまう日本人の感覚が私には分からない。
     えらそうに言っているが、言ってることが全て間違っている。
     プーチンが戦前の日本と同様に 「追い詰められていった先で暴発した」 なんてことは、断じてない!!
     確かに戦前の日本は、経済制裁によって極限まで追い詰められた末に戦争に踏み切った。ただし、わしは決してそれを「暴発」とは言わない。
     日本は「ABCD包囲網」(A=アメリカAmerica、B=イギリスBritain、C=中国China、D=オランダDutch)と呼ばれる対日経済封鎖網によって対外資産を凍結され、さらに石油やゴム、タングステン、ボーキサイトなど、生活必需品の原料となる資源をことごとく禁輸され、徹底的に経済を締め付けられた挙げ句に開戦を決断したのだ。
     だが、 ロシアが欧米から経済制裁を受けたのは 「開戦後」 である!
     ロシアが経済制裁で追い詰められて開戦したという事実は一切ない。
     たった4,5カ月前の出来事の前後関係も分からないのだろうか?
     戦前の日本がアメリカから受けた経済制裁の中で、致命的だったのは 「石油全面禁輸」 だった。
     石油のほとんどを輸入に頼る日本では、 「石油の一滴は血の一滴」 と言われていた。石油備蓄量は平時で2年分、戦時で半年分しかなく、これを使い切ったら軍も産業も全てが崩壊する。日本はまさに国家存亡の崖っぷちまで追い込まれたのだ。
      それに対してロシアは、 世界第3位の原油産出国 である!!
     ロシアはウクライナ侵略後に強力な経済制裁を受けても、「石油輸出」をカードにして欧州に脅しをかけ続けることができて、今も石油で1日10億ドルの利益を上げている。
      これでどうして、戦前の日本と現在のロシアが同じと言えるのか?
     これだけでも、あまりの狂いっぷりに大爆笑である。
     だが、藤井氏の歴史認識の誤りはこれに留まらない。あまりに多すぎて手が付けられないほどだが、なるべく丁寧に解説していこう。
      対米開戦前、日本・東条英機内閣は戦争を回避すべく、アメリカに「甲案」「乙案」という譲歩案を提出した。
    「甲案」の概要は以下のとおりで、軍の猛反対に抗して東郷茂徳外相が必死にまとめたものだった。
      1.日本と支那の間に和平が成立した際は、支那に展開している日本軍を2年以内に全面撤兵させる。
     2.支那事変が解決した際は、「仏印」(フランス領インドシナ=現・ベトナム)に駐留している日本軍も撤兵させる。
     3.通商無差別待遇(自由貿易)が全世界に適用されるなら、太平洋全地域と支那に対してもこれを認める。
     4.日独伊三国同盟への干渉は認めない。
     後の「東京裁判」において、アメリカ人弁護人・ブレークニーは 「日本の真に重大な譲歩は東条内閣が作成した『甲案』であり、『甲案』において日本の譲歩は極限に達した」 と言っている。
     そして東条内閣は「極限の譲歩」をした上さらに、甲案での交渉が決裂しても、 日米開戦だけは防ぐための暫定協定案として「乙案」も用意していた。 その概要は以下のようなものである。
      1.蘭印(オランダ領東インド=現・インドネシア)での物資獲得が保障され、アメリカが在米日本資産の凍結を解除し、石油の対日供給を約束した際には、南部仏印から撤退する。
     2.更に、支那事変が解決した際には、仏印全土から撤退する。
     経済制裁さえ解除されれば撤退するというわけで、つまり日本の南方進出はあくまでも経済的問題のためであり、 「領土的野心」はないという意思の表明だったのである。
     ところが、アメリカは「甲案」「乙案」を一顧だにせず、それまで積み重ねてきた日米交渉の経緯も全て無視した 「ハル・ノート」 を突き付けた。その概要は以下のとおりだ。
      1.日本軍の支那・仏印からの無条件撤兵。
     2.支那における重慶政権(蒋介石政権)以外の政府・政権の否定(日本が支援する南京国民政府=汪兆銘政権の否定)。
     3.日独伊三国同盟の死文化(独伊両国との同盟を一方的に解消)。
      つまり、日本に対して明治以降大陸に築いた権益の全てを放棄せよと迫ったわけである。
     これは、後に「東京裁判」で パール判事 が、このようなものを渡されたら 「モナコやルクセンブルクのような小国でも矛をとってアメリカと戦ったであろう」 と評したほどのものだった。
     しかも、これを渡したら戦争になるということはアメリカの側も百も承知で、ハル国務長官は「ハル・ノート」を日本側に手交した後、スチムソン陸軍長官に、 「私は日米交渉から足を洗った。今や、この問題は貴方とノックス(海軍長官)、すなわち陸海軍の手中に落ちた」 と言った。
     ハル・ノートを渡したらもう交渉はなく、あとは軍隊の仕事だと分かっていたのである。
      さて、ロシアは戦争を回避するために「甲案」「乙案」を出したか?
      アメリカはロシアを開戦に追いこむために「ハル・ノート」を突き付けたか?
     そのようなことは一切なかった。
      ロシアは一方的に軍を展開し、戦争回避のための外交交渉など何ひとつやらず、問答無用で侵略を始めたのだ。
     また、日本は米英に「宣戦布告」をして(米国への通達が遅れるという大使館のミスはあったが)戦争を行ったが、ロシアはウクライナに宣戦布告もしていないし、「特別軍事作戦」と称して未だに「戦争」であることすら認めていない。
     どこをどう探しても共通点が見つからないではないか!
     そして何よりも、この立論の根本である 「日本にとって満州が『生命線』だったのと同様に、ロシアにとってもウクライナが『生命線』である」 という主張が、根本的におかしいのである。
  • 「【どっちもどっち論】の臆病保守」小林よしのりライジング Vol.439

    2022-06-28 17:45  
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     常識的な庶民感覚で見れば、どっからどう見たってプーチンが悪であり、ゼレンスキーが善である。
     国際法の視点から見ても、他国の主権を侵して、武力で領土に踏み入ったら「侵略」であって、侵略以外の評価はない。
     日本は国際法秩序を守るという立場から、欧米諸国と協調してロシアと戦わなければならない。
     この非常時に、たったこれだけの判断ができない「知識人」がいるのが驚きだ。
     藤井聡氏(京都大学大学院教授)が編集長の雑誌「表現者クライテリオン」7月号が、『「ウクライナ」からの教訓 来たるべき“有事”にどう備えるか?』と題する特集を組んでいる。
     約100ページにわたり、14人もの論者が登場する大特集なのだが、皇室論と同様に、やはり保守の劣化を感じる。掲載された人物の誰もが「善悪の価値判断を避け、「価値相対主義」に陥っている。
     彼らは「価値相対主義」という批判を「レッテル貼り」と言って、避けようとしているが、笑ってしまうことに「価値相対主義」なのだ。
     何しろ、表紙を開くとすぐ載っている藤井編集長の巻頭言からこうだ。
    (略)日本国内のマスコミ世論は「英雄ゼレンスキー大統領VS悪魔プーチン」とでも言うべき構図一色で塗りつぶされることとなった。
     ただしこうした「勧善懲悪」構図だけでは、今回の「ウクライナ」問題を解釈し尽くす事など到底できない。(中略)こうした単純な認識構図だけでは、貴重な教訓の大半をみすみす廃棄してしまうことになる。
     そのうえで藤井氏は「 多様な知見・教訓を得ることを目途に」「多面的な視点・角度から様々に論ずる特集を企画することとした」 と宣言するのだ。
     笑うしかない「言い訳」である。ここまで周到に「言い訳」を宣言してから持論を披露する態度に、「ベルト歌舞伎」にも似た臆病さを感じてしまうのが「保守」の庶民的感覚だろう。
     思い出すことがある。 1995年3月、地下鉄サリン事件と警察によるオウム強制捜査以降、マスコミ世論は 「悪=麻原彰晃・オウム真理教VS善=警察・市民社会」 とでも言うべき構図一色になっていた。
     ところが、これにいわゆる知識人たちが 「そんな勧善懲悪の単純な認識では、事件の深層は理解できない」 などと言い出し、 「警察にも『悪』はある」 だの、 「市民社会に受け入れられないオウムの側にも理はある」 だのと主張した。
     そしてついには、「戦後最大の思想家」とまで評された吉本隆明が 「麻原は偉大な宗教家だ」 と褒め称え、テレビには 「一連の犯罪はオウムの犯行ではない」 と断言する人物まで出てくる始末となってしまったのである。
     大衆批判を建て前にして、「善悪二元論を否定するのが知識人」という、これも形式化したえらそうな立場を取る手法は、「相対主義」という思想形式の流れに沿ったものだった。
      わしはオウム事件の最中に麻原が「悪」だと断定し、事件はオウムの犯行だと断言した。 ところが上のようなえらそうな知識人たちから反発され、「正義を言う者は馬鹿」であるかのような批判にさらされた。
     ところが可笑しなことに、大衆批判をしていた西部邁氏が、こう言ったのである。
      オウム問題では「オウムがやった」と断言し、薬害エイズ問題でも「厚生省が悪い」といい放って行動し、自分の言動に伴う責任を貫徹した小林よしのりは偉い。みんな四の五のいわずに褒めるべきなのです。
    (「発言者」1996年5月号、『新・ゴーマニズム宣言』1巻に収録)
     そういえば、薬害エイズの時にも、目立ちすぎるわしに水をぶっかけようとして 「厚生省がそんなに悪いのか?」 などと言った知識人がいた。
     善悪の価値観をはっきりさせ、自分の責任で勧善懲悪に徹すると決めて行動したわしを理解していた知識人は、後にも先にも西部氏しかいない。
     その後継を自認する藤井聡氏ら一派は、西部邁の「時処位」の感覚を全く理解していない。そもそも西部邁の大衆批判は、知識人をも大衆として批判していたのである。
      プーチンは麻原彰晃と何も変わらない。そしてロシア国民は「権威主義」に嵌り、オウム信者のように「洗脳」されているのである。
     相対主義で善悪の区別もつけられなくなった「表現者クライテリオン」が、プーチン擁護だと判定され、恥をかくのは、それほど先のことではないだろう。
     
     しかも巻頭言だけでは足りないのか、本論である特集に入る前にもうひとつ「巻頭コラム 鳥兜」というコーナーがあり、同様の主張を力いっぱい展開している。
     その匿名筆者(「鳥兜氏」としておこう)は、冒頭こう書いている。
  • 「生娘シャブ漬けと道鏡コンプレックス」小林よしのりライジング Vol.434

    2022-04-26 17:15  
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    「生娘をシャブ漬け戦略」
    「田舎から出てきた右も左もわからない若い女性を無垢・生娘のうちに牛丼中毒にする。男に高い飯を奢って貰えるようになれば、絶対に食べない」
     …よくまあこんなに、いろんな差別意識がゴチャマゼに入り込んで、どこから手をつけたらいいのかわからない発言が出てきたものだ。
     驚くのは、この発言をした吉野家常務(当時)・伊東正明が49歳で、わしよりも20歳近くも若いということだ。
     しかも伊東は、マーケティング戦略のプロとしてヘッドハンティングされた「敏腕マーケター」だったというのだ。
     それなのに、言っていることはものすごく古い昭和の感覚だ。田舎から出てきた女は世間ずれしていない処女だなんて、まるで昭和30年代の「集団就職」で上京してきた、赤いほっぺの少女みたいなイメージである。
     その時代を知っているジジイが言うのならまだわかるが、49歳でそんなことを言っているのが不思議でならない。どういうわけだか、そんな偏見が世代を越えて引き継がれてしまっているのだ。
     そもそも、田舎娘は無垢・生娘という認識がナンセンスすぎて笑うしかない。
    「生娘」という言葉に至っては、江戸時代のスケベ代官がタイムスリップしてきたのかと疑いたくなる。
     本当はヤンキー文化が残っている田舎の方が、若い娘がすぐ男とくっついたりするものだ。沖縄だって、若いうちにさっさと男と付き合って結婚して子供つくって離婚している女性が多い。むしろ今はそっちの方が「田舎娘」のイメージだとわしは思っていたのだが。
     普通は時代がどんどん変わっていけば、感覚もいつの間にか変わるものだ。今じゃチョンマゲ姿には絶対なれない。わしの感覚だって、時代と共に自然に変化している。
     ところがどんなに時代が変わっても、古い感覚のまま変わらない人間がいる。それどころか、新しい時代の人間のはずなのに、古い感覚をそっくり引き継いで「田舎から出てきた女は無垢な生娘」だなんて、本気で思っている者がいるのだ。
      その感覚は、皇統の男系固執保守たちとそっくりである。これだけ男女差別は野蛮だという意識が浸透してきた時代にありながら、今なお女の血など認めない、男の血統しか許されない、男系男子しか国民の象徴にはなれないなどと、まだ言っている者がいるのだ。 この意識の古さ、意固地さにわしは愕然とするしかない。
     たとえ「女性天皇はいいけど、女系天皇はダメ」と言っても、実質「女性天皇から生まれる子供は女系」として、女性天皇も拒否しているわけだから、奈良時代より感覚が古くなっている。肝心なのは「男の血」であって、「女の血」を否定しているのである。
      天皇陛下の実の娘がいらっしゃるというのにそれではダメで、それよりも600年以上さかのぼらないと天皇陛下とはつながらない「男の血」の方が重要だなんて、到底理解のできない感覚だ。
     600年も離れたら血が薄まり過ぎているはずだが、そんな感覚すら一切ない。結局は「神武天皇のY染色体」とかいうものを信じて、純粋なる「男系血統」なるものがあると信じ込んでいるのだ。
     本当に医学的に考察すれば、「神武天皇のY染色体」を持っている人など日本中にいくらでもいて、誰でも天皇になれてしまうという結論になってしまう。
     しかももっと本来的なことをいえば、「純粋血統」を追求しようという発想自体に、全く意味なんかないのである。
     そもそも「純粋日本人血統」なんてものはあるだろうか?
     今どきそんな感覚なんか通用するはずもない。もう今の日本人にはいろんな人々との混血が進んで、誰になに人の血が入っているのかわかったものではなくなっている。
     試しに「外国人の血が流れていて驚く有名人」というサイトを見たら、ブラックマヨネーズ・小杉竜一(曽祖父がアメリカ人)、平野レミ(祖父がフランス系アメリカ人)、安室奈美恵(祖父がイタリア系アメリカ人)、布袋寅泰(父親が韓国人、母親が日本人とロシア人のハーフ)、宮沢りえ(父親がオランダ人)といった名前がズラッと並んでいる。この先、出会って好きになった相手に、実はロシアの血が入っていたとかいうことだって、いくらでも起こりうるのだ。
     仮に外国人の血が入っていなければいいとしたところで、それなら琉球の血はいいのかとか、アイヌの血はいいのかとかいう話になっていくだろう。純粋血統種という発想自体がもう、ナンセンスとしか言いようのないものなのだ。
  • 「こびナビは知っていた~『治験停止するほどの有害事象が出ている』」小林よしのりライジング Vol.433

    2022-04-19 19:00  
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     こびナビの峰宗太郎と日経の編集者・山中浩之の共著 『新型コロナとワクチン 知らないと不都合な真実』 という本をたまたま入手した。
     2020年12月8日に日経BPから出版されていた本だが、読み始めてみると、驚くべき記述の連続だった。
     こびナビでは、「ワクチンを打て!」と煽りまくっている張本人が、本書では、mRNAワクチンが猛スピードの開発競争案件になってしまっており、治験の判断基準も激甘だと指摘。そして、 「治験停止するほどの有害事象が出ている」 と明かしているのだ。さらに、接種後の副反応だけでなく、 「10年後に何が起きるか誰も分からない」 とまで言及。
     本書は「危険性を知っていて、ワクチンを打てと煽りまくっていた」という証拠でもある。その内容をここに報告しておきたい。
     
    ●「テレビに出ている人で専門の人はいません」
     序盤で、峰は、コロナの感染経路についてみずからの知見を披露している。
    「飛沫感染がメインで、マスクに効果あり」 という考え方が基本で、 「だからユニバーサルマスクには意味がある」 と結論づけるというありがちな発言が続くのだが、 「接触感染、糞口感染も起こりうると早くに分かってもいる」 と述べ、この2つの感染経路を徹底的に否定する論者とは距離を置いているようだ。
     手が汚染される部分として、ドアノブ、ボタン類、銀行ATM、現金などを挙げ、「洗っていない手で目、鼻、口などの粘膜にふれるのはやめましょう」という。この点は、同意する。鼻をいじるのはやめられないが。
     さらに、 「テレビに出ている人で専門の人はいません」 と述べ、実名を挙げることは避けているものの、あきらかに、岡田晴恵、北村義浩、児玉龍彦、二木芳人、西浦博などを批判してもいる。
     この流行はいつまでに終息するかという予測とか、長期的、中期的展望を述べる人は全部、根拠の薄弱な発言をしていると思っています。 端的に言えばうそつきです。
     ところが、人脈の問題なのか、持ち上げておけば自分がトクをする相手なのか、「うそつき」の中から、尾身茂と西浦博のことだけは、名指しをして急角度のフォローを入れる。
     尾身茂には 「述べる資格がある」 、西浦博は 「疫学モデリング分野の第一人者」 と持ち上げ、西浦の予測については 「かなり精度が高い」 と褒め上げた。
     尾身には資格がある、という上から目線は一体なんなのか、そして、西浦の予測が大外れだったことなんて、本書刊行時点で日本中が知っているのに、アンタこそ、どんだけ見え透いたうそつきなのかと言いたい。
    ●「薬物には慎重派」だった!
     読み進めて驚いたのは、薬に対する見解だ。