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記事 14件
  • 「リコール署名偽造の怪」小林よしのりライジング Vol.400

    2021-06-01 19:00  
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     今回で「小林よしのりライジング」は第400号だそうだ。
     何か400号にふさわしいものをと言われたのだが、何がふさわしいのかよくわからないし、「SPA!」では書かないだろう話題を記録しておこうと考え、通常運行で書くことにする。
     愛知県の大村秀章知事に対する リコール運動の署名偽造事件 は、リコール団体の事務局長ら4人が逮捕されるという事態に至った。
     一昨年に行われた芸術祭・ あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」 で慰安婦像や、昭和天皇の肖像画を燃やす映像が展示されたことに抗議して、ネトウヨ連中がリコール運動を起こしたものの、一般人の賛同がちっとも得られず、署名が全然集まらなかったので偽造したというわけで、やっていることが陳腐すぎる。
     しかも 約43万5千人分の署名のうち8割超の約36万2千人分が偽造 だったというのだから、醜いのに加えて、あまりにも幼稚でバカである。
     このリコール団体の会長を務めていたのが、美容外科・高須クリニック院長の高須克弥で、高須の女性秘書が署名簿指印の不正に関与していたとして警察に事情聴取され、関係会社が家宅捜査を受けている。
     そしてリコール運動に応援団として加わっていたのが名古屋市長の 河村たかし で、高須と共に街頭で署名を呼びかけたりしていたのだが、署名偽造の疑惑が浮上すると、市長選を控えていた河村は高須と距離を置き、 「リコール運動の発案者は自分ではない」 と発言した。
     これに対して 高須は、発案者は間違いなく河村だと激怒し 、 「うそを言うのは許せない」「河村市長の正体がわかって嫌になった」 として、河村とは「絶交する」と表明。これまた醜い様相を呈している。
     高須は 「偽造は知らなかった」 と言う一方、 「全責任は僕が取る」 と言っている。もっとも、具体的にどう責任を取るつもりなのかは全くわからない。
     高須は全身癌で、「人体実験」みたいな先進医療を受けて生き永らえている状態だというから、そんな老い先短い人を批判するのは心苦しいのだが、この人自身が完全なネトウヨで、ネトウヨ業界の巨大スポンサーになって手が付けられない有様になっているのだから、批判しなきゃしょうがない。
     今回のリコール運動も、高須の出した金で行われたことはまず間違いない。そうでなければこんな運動に専任の事務局長らスタッフを置いて、佐賀にアルバイトを集めて36万もの署名を偽造するなんてことをやる資金など、あるわけがない。
     仮に高須が本当に偽造を知らなかったとしても、高須におべっか使って金の世話をしてもらっているような奴らが、のぼせ上って高須の金を使ってやったのだろうから、やはり高須自身の責任も大きいというしかないだろう。
     終末期の「SAPIO」誌はどんどんネトウヨ記事ばかりになっていき、それとともに毎号必ず、高須が上半身裸で大きく写っている高須クリニックのカラー広告が表紙裏などに1ページどーんと載っていて、おぞましくてたまらなかった。
     おそらくそんな調子で、今も高須はネトウヨ雑誌の大スポンサーになっているのだろう。
      花田紀凱編集長の「月刊Hanada」に至っては、昨年 『高須克弥院長熱烈応援号・"愛知のテドロス"大村秀章愛知県知事リコール!』 と題する、単行本扱いの別冊まで発行している。
     その誌面に登場するのは百田尚樹、有本香、竹田恒泰、武田邦彦、門田隆将、小川榮太郎、島田洋一、高橋洋一、長谷川幸洋、岩田温、ケント・ギルバート、デヴィ・スカルノといった、自称保守・ネトウヨオールスターズだ。
     そしてさらに、高須の「わが天皇論」「わが靖国論」や「感動の半生記」なんてものまで載せている。よく恥ずかしくないものだと思うしかないおべんちゃら本まで作って高須を持ち上げ、リコール運動を応援したのだ。
     しかしこんな売れるはずのない本、よく出せたものだ。高須クリニックが出版費用を全額持って作ったんじゃないかという気すらする。
     それにしても、こうまで臆面もなく自称保守たちが高須マネーに寄ってたかって群がってきて、高須をヨイショしている様子がものすごくキモイ。すさまじい下品さだ。
     一体なぜ、こうも下品になるのか。それについては、高須がどうやって大儲けしたのかを見ていけば、なんだか納得がいく。
     高須は、「チンコの皮」で財を成したのだ。
     それまで日本ではあまり行われていなかった「包茎手術」を、一大産業に仕立て上げた張本人こそが高須克弥である。
     そもそも基本的に仮性包茎に手術は必要なく、真性包茎でも不要という見方もある。しかも、実は男性の6割超は仮性包茎で、こっちの方が多数派なのだ。
     歴史的には、江戸時代や戦前には日本にも包茎を「恥」とする感覚があったらしいが、戦後にはそのような意識は薄れ、消え去る寸前になっていた。
     ところが1980年代頃から、男性雑誌に「包茎は恥ずかしい」「包茎は男じゃない」「包茎は不潔」「包茎は女にモテない」といった記事がガンガン載るようになり、「包茎は恥」「包茎は手術が必要」といった価値観が「常識」になっていったのである。
     なぜそんなことが起きたのか? それについて、高須克弥は自らミもフタもなくネタバラシしている。
  • 「アフガン撤退」小林よしのりライジング Vol.396

    2021-05-05 09:55  
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     あれからもう20年も経つのかと思うとかなり感慨深い思いもするのだが、 今年の9月11日で、アメリカ・同時多発テロから丸20年になる。
     これを機にアフガニスタン紛争が勃発、米軍の派兵はその後19年以上に及んだが、 バイデン大統領は今年9月11日までにアフガンの米兵を完全撤退させると発表。「米国史上最長の戦争」 と呼ばれた紛争が終結しようとしている。

     20年前のわしは「新しい歴史教科書をつくる会」で運動をしていたが、9・11テロをきっかけに他の理事・会員たちとの間に埋めがたい溝が生じ、翌年2月に会を辞めた。
     最近、会の重鎮だった東大名誉教授・伊藤隆氏が「文春オンライン」のインタビューを受け、当時の「つくる会」の活動についても述べている。
     伊藤氏は「木戸幸一日記」など戦前・戦後史の検証に欠かせない第一次史料を数多く発掘してきた近現代史の大家であり、88歳の現在も第一線で研究を続けている。また、「保守論客」の一人としても知られている。
     わしは「つくる会」で伊藤氏に歴史研究の基礎を教わった。それが20数年前ということは、あの頃の伊藤氏が今のわしと同じくらいの年齢だったわけだ。

     伊藤氏は、当時の歴史教科書が「日本のことを散々に悪く書いている」のを見てびっくりしたことがきっかけで、「つくる会」に参加したという。
     ところが、会の中では何かというと大喧嘩が起きていたと伊藤氏は述懐している。それは実際そのとおりで、その大喧嘩の場にはわしも何度も何度も遭遇したし、その都度いつも仲裁に回ることになって、ものすごい労力を費やす破目になった。
     わしはそういった実情も「SAPIO」誌で連載していた『新ゴーマニズム宣言』で情報公開したから、当時からの読者はご存じだろう。
     伊藤氏は、その喧嘩の原因のほとんどが藤岡信勝氏にあったと言っている。また、わしが「つくる会」を辞めてからしばらくして伊藤氏も会を離れたが、その事情については次のように語っている。
    「藤岡氏が、なんというのかな、敵を作って物事を進めるような人だったから、それをやっつけろという人たちも出て来て。僕はこういうところにはいたくないと思って、数人の人と一緒に辞めて別の組織を作ったんです」
     これが「つくる会分裂騒動」などといわれる事件だが、「コップの中の嵐」みたいな出来事であり、わしはすでに会を出た後のことなので、特に関心も持たなかった。

     このインタビューの中で伊藤氏は、わしについてこう述べている。
    「小林さんはね、ずいぶん僕のことを好きになってくれたんだけど、彼がものすごく強い反米になっちゃったんだよね。それでだんだん離れていったのかな。彼を支えていたアシスタントの人が辞めていった影響もあったのかなあ。」
     この「アシスタントの人が辞めていった影響」云々というのは、何のことだかよくわからない。ネトウヨ的になったアシスタントが辞めたことはあったが、それはわしが「つくる会」と決裂するよりもかなり前のことで、この件とは何の関係もない。
     それよりも注目すべきなのは、「彼がものすごく強い反米になっちゃったんだよね。それでだんだん離れていったのかな」という発言である。
     どうやら伊藤氏は、今もなお「ものすごく強い反米」というのはよくないことだと認識していて、わしが反米であることを肯定的には捉えていないようだ。

      確かに伊藤氏を含め、当時の「つくる会」の理事や会員のほとんどは「親米」で、9.11テロの際には100%アメリカの側に立ち、「テロとの戦い」を主張した。
      それに対してわしは、アメリカが自らの価値観を一律に世界中に押し付けようとした「グローバリズム」こそがイスラムの価値観との衝突を招き、テロリズムを生んだのだとして、アメリカの方を批判した。
     この時「つくる会」の中で、唯一わしと同じ意見になったのが西部邁氏で、わしと西部氏は会の中で完全に孤立してしまった。
     他の理事たちは「政治と思想は分けて考えるべきだ」だの「いまはアメリカを批判すべき時ではない」だのと言い出した。
     そのためわしは、目先の政治状況次第で思想や言論の自由が奪われるような場だったら、そんなところにいる必要はないと思い、西部氏と共に会を辞めたのだった。

     それから20年経つ。もう、どちらの判断が正しかったのか総括するには十分すぎる時間が経過した。
     9・11テロの後、アメリカはアフガニスタン紛争、イラク戦争へと突き進み、日本は何ら主体性もないままアメリカについていき、アフガニスタン紛争では海上自衛隊がインド洋で給油活動を行い、イラク戦争では陸上自衛隊がイラク南部のサマワに復興支援として派遣された。
      わしはこのアメリカ追従には断固として反対し、特にイラク戦争は大義のない侵略戦争であり、この戦争は失敗し、中東を混乱に陥れるとして徹底的に批判した。
     だが「親米派」の保守論客たちは声を揃えてアメリカ支援に賛成し、ここでアメリカに協力したら、アメリカはイラクの次には北朝鮮をやっつけてくれると主張したのだった。
     それでその結果、どうなった?
  • 「伊藤詩織『Black Box』裁判記録とその検証〈2〉」小林よしのりライジング Vol.311

    2019-04-16 22:25  
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     伊藤詩織著『Black Box』がフランスと台湾で翻訳出版された。台湾版の帯には、元警察トップの侯友宜氏による《「正義」は私の人生の信念です。この本は社会への警笛です。性暴力の被害者は、ほかのすべての犯罪被害者と同じく、非難ではなく同じサポートを必要としていることを理解してください。》という推薦文が掲載されている。
     殴打された、刺された、轢かれた、首を絞められたなどの被害者には親身になって耳を傾けるのに、「レイプされた」となると途端に被害を受けた女性に対して「落ち度があった」という言い分が通りはじめる。それがいかに異様で、どこかにいる別の女性にまで沈黙と泣き寝入りを強いる空気を作っているのだという認識を、もっと広めていかなければならないと思う。
    ■カルバン・クラインのCMと下着
     伊藤詩織さんは「カルバン・クライン」のキャンペーン(動画はこちら)に起用されたが、そのかっこよさ、美しさはもとより、 「サイレンスブレーカー(沈黙を破る人)」 と添えられていることも印象的だった。2017年の「#MeToo運動」で、顔と実名を出して性暴力被害を訴えた女性たちを賞賛する呼称として広まったものだが、カルバン・クライン側から詩織さんへこの呼称の提案があったようだ。
    「被害を受けたなら、被害者らしくふるまえ」 というような、狭い了見と偏見の中に他人を押し込めたがる高圧的な無知とは正反対の姿勢である。
     カルバン・クラインからのオファーについて、詩織さんは次のように発言している。
     カルバンクラインから連絡をいただいた時は、いくら女性をエンパワーしたいと言われても下着と聞いて、お断りするつもりでした。被害後、自分の体が嫌で体を脱ぎ捨ててしまいたいと何度も思いました。
     しかし 「レースの下着を履いていたから同意していた」と無罪判決になったアイルランドでのニュース (※あとで解説)を見て、これまで自分自身に向けられた服装への批判などがフラッシュバックしたと同時に、このCKオファーについて考え直し、参加させていただくことにしました。
     どんな格好をしていようが、どんな下着を身につけていようがそれは同意にはなりません。
     これまで多くの方々に支えられ勇気付けられ、前を向いて歩き続けることができました。身の危険を感じ日本に帰るたびに自分を隠していた変装もやめました。
     そして今まで「被害者」をはじめ色々なラベルが付けられましたが、今回は「サイレントブレーカー」という新しいラベル付けをされました。被害者より、ずっといい。
     撮影、インタビュー中に被害について一切触れなかった、このキャンペーンに関わってくださった方々の配慮に感謝です。被害者でなく、一個人、人間として扱っていただいたそんな嬉しいものでした。ありがとうございます。
    (伊藤詩織さんfacebookへの記述より)
      アイルランドでのレースの下着による無罪判決 とは、2018年11月5日に報じられたレイプ裁判のことだ。17歳の少女が、強姦されたとして27歳男性を訴え、泥地の上を30メートル近く引きずられたことなどを証言し、また、男性が少女の首に手を当てているところを見たという目撃証言も出た。
     だが「レイプではなく、お互いに惹かれあってセックスした」と主張する被告人の弁護を担当した女性弁護士が、なんと法廷で、事件当日に少女が身に着けていた下着を広げて示し、 「少女が当時どのような姿だったかを確認してほしい。彼女はレースの紐パンツを身につけていた。彼女が男性を魅力的に思い、関係を結んだという可能性がある」 との旨を主張したのだ。
     これによって合意の上でのセックスだったのではという印象が持ち上がり、陪審員によって無罪判決が下された。12名の陪審員のうち8名は男性で、一部情報によれば、協議は1時間程度だったとも言われている。
     判決を受けて、アイルランドでは女性たちの怒りが大爆発。 「レースの下着は性行為の同意をしたことにはならない」 と抗議運動が起きた。
     この怒りには共感する。もし自分が被害者だったなら、訴え出るだけでも相当な思いをしているのに、はいていた下着を衆人の前に広げて見せつけられるなど、恥辱の極みだ。さらにその下着が誘惑的だのなんだの評されて、レイプを正当化され、責任をなすりつけられたのでは絶望してしまう。
     だが、下着を理由にレイプが正当化されたのははじめてではない。
  • 「LGBTを巡るリベラルと保守の違い」小林よしのりライジング Vol.279

    2018-08-07 22:20  
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     自民党衆院議員・杉田水脈の 「LGBTは生産性がない」 発言が炎上し続けている。
     リベラルの者たちは当然、これを猛烈に非難している。
     一方で保守の側は、ただ杉田から距離を置こうとしている。
     そんな中、自民党衆院議員・谷川とむが、同性愛は 「趣味みたいなもの」 と発言し、さらに火に油を注いだ。
     谷川は、男と女が結婚して子供を授かるのが「伝統的な家族のあり方」で、男が男だけを好きになり、女が女だけを好きになっていたら、国が滅びると発言している。
    「伝統的な家族のあり方」は否定しないが、同性愛カップルがそんなに増えるはずもなく、この議員、同性愛は本人の意思でやめられると思っているようだ。
      同性愛は趣味の問題ではなく、先天的な脳の問題であり、本人の意識では、どうにもならない。
     この認識が一般に浸透し、常識となってからもう20年以上は経つというのに、未だにその知識が皆無の国会議員がいるという事実には驚くしかない。それも、ジジイならまだ仕方ないかもしれないが、谷川は42歳だというから二度びっくりである。
      生まれつき女しか愛せない女(L=レズ)、男しか愛せない男(G=ゲイ)、男も女も愛せる人(B=バイセクシャル)は、一定の割合で存在する。
     男の体に女の脳、女の体に男の脳を持つ人(T=トランスジェンダー)も、必ず一定の割合で生まれてくる。
     生物学的にそうなっているのだから、認めるしかない。
     これは保守とかリベラルとかいう観念を超えている。
      生物学的に全くやむを得ない、先天的な脳内の問題であり、それを差別したり、偏見を持ったり、その人たちが普通に抱く感情を、不道徳だと言うことはできない。
     昔はわしもそういうものとは知らなかったから、ヘンな趣味があるものだと思っていたが、もうその認識はすっかり変わっている。
     最初にはるな愛を見た時は、可愛いなあと思ったものだ。だが、その後のコミカルな挙動に失望してしまったのだが。
     最近は見なくなったが、椿姫彩菜などは元男性とは思えない美しさで、この人となら付き合えるかもと思ってしまった。それを『ゴー宣』の中で言ったら、宮崎哲弥が読んで、小林よしのりがあなたを好いてるよと本人に伝えてしまったようだ。
     そのように、すっかり綺麗な女になっている人もいるのだから、普通の男でも、気づかぬまま惚れてしまい、のちに元男性と知っても、結婚してしまうことだってあるかもしれない。
     こんなに美しいなら、出生時の性なんかどうでもいいと思えるようになり、手術して、ちんこもなく、おっぱいがついているのなら、あとは子供が生まれないということさえ覚悟すれば、それは、十分いけるかも…
     …って、LGBTに対する差別意識はもうないと言おうとして、何かヘンなことをつぶやいているようだ。
      とにかく、LGBTに対する差別や偏見はいけないということについては、保守もリベラルもない。
     ただし、そこから先は保守として警戒しておかなければならないこともある。
  • 「飲み屋潰しのセクハラ糾弾に言っとく!」小林よしのりライジング Vol.271

    2018-05-22 19:00  
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      《お酒を飲みながらの会話は、重篤なセクシャルハラスメントを引き起こし、社会的制裁を受ける可能性があります》
     缶ビールやチューハイに、こんな警告表示が義務付けられたら――。
     5月16日の朝日新聞オピニオン欄に、「セクハラ許す日本の謎」と題する巨大なセクハラ糾弾キャンペーンが繰り広げられた。このなかで、企業広告の効果測定やチェックを行うビデオリサーチ社の「ひと研究所」から研究員の村田玲子という人が登場し、テレビコマーシャルや番組、企業広告に対する所感を述べている。
     研究所では、企業やテレビ局の依頼を受けて、CMや番組に不快な表現が含まれていないかのチェックを行っており、たとえば視聴者から 「女性のくちびるを映した映像がアップになりすぎていて不快な印象を持つ」 などの声があれば、それを企業側に届けるという。
     企業はいまやネットでの炎上対策に保険をかけるほど神経を尖らせているから、くちびるのサイズひとつにもビクビクしている状態なのだろう。
     
      保険会社も「ネット炎上対応保険商品」を販売している時代…。
     しかし、女性のくちびるがアップになりすぎているって、資生堂からカネボウ、花王、ライオンまで化粧品や歯ブラシ関係などのCMは軒並みNGだと思うが。放映されているものをざっと眺めるだけでも相当あった。
     
      ※不快に思われる方を配慮して一部モザイク処理をしております
     村田研究員によると、企業のCM製作者には、“自分たちの視点が今の生活者の感覚に合っているのか”を意識する者が増えており、全体的にはCMやテレビ番組での性的な表現は減る傾向にあるという。そして、 「それでも一部のウェブ向け宣伝動画などでは、多くの人が不快と感じる表現がみられる」 と続ける。
     ふーん……。
     子供の頃、『志村けんのバカ殿様』で、おっぱい丸出しの女性をたくさん床に寝かせ、女体で神経衰弱ゲームをやるというコントが普通に放送されていて、お茶の間で見ていたりしたが、もうあんな企画は遺跡状態だし、公共の場で懐かしんでいたら 「時代錯誤のアナクロおばさん」 ということになってしまう。
     とにかく、私には特に文句を言いたくなるほど性的に不快なテレビ映像なんてのは見たことがない。YouTubeを開くと、広告として強制的に流れはじめる、「あべりょう」とかいう風刺音楽みたいなやつのほうが、口やかましい上に、いかにもネット的な安っぽく押しつけがましい音で非常に不快に感じるのだが。それでも自分で音を消すから別に苦情を申し立てるほどじゃない。
     それにだいたいが、たかだかくちびるがアップになっただけで「不快」とまで感じてしまう“今の時代の生活者の感覚”って、本当にくちびるが原因なのか?  あまりにも超高解像度・超高精細で大画面のテレビを見ているから、セクシャル的な問題というより、映像がいちいちリアルに大きく見えすぎて気持ち悪い 、という理由だってあるんじゃないかと思うがどうなんだろう?
     見たくもない顔がよく見えすぎて「きもっ」と思うときなら私にもある。
     薄型の大画面テレビの価格が下がり、データ放送の技術は毎年のように進歩、4Kだ8Kだと映像が高密度になる。色彩も階調も進化。通信速度もどんどん向上するから、パソコンやスマホで見る映像もやたらと綺麗な世の中だ。
     高密度・巨大映像に感覚が追いつかなくて、疲れているんじゃない? 女のくちびるひとつでゲンナリさせられる時代になってしまったんじゃないですかっ?
    ●そんなに性的な表現に反応してるの?
  • 「芸術家と偏執性~ロダンとカミーユ編」小林よしのりライジング Vol.269

    2018-05-08 20:35  
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     彫刻『考える人』を知らない人はいないと思う。
    “近代彫刻の父”と称されるフランスの彫刻家オーギュスト・ロダン によるものだ。
     
      (C) 江戸村のとくぞう (Edomura no Tokuzo) in 静岡県立美術館
     ロダンには『地獄の門』『カレーの市民』『接吻』など数えきれないほどの傑作がある。
     時代の先を走りすぎていて、当時は酷評・嘲笑されて引き下げられ、死後ようやく絶賛された超有名作もある。 『バルザック記念像』 という高さ3メートルの像だ。
     1891年、フランス文芸家協会から、『ゴリオ爺さん』などで知られる小説家オノレ・ド・バルザックを顕彰する像の注文を受けたロダンは、バルザックのすべての小説、書簡を何度も丹念に読み込み、バルザックの服の仕立て屋まで探し出して、正確な体の寸法を得るなど徹底調査していった。
     しまいには、まるで自身がバルザック作品の登場人物になったかのようにふるまいながら生活するという命の懸けっぷりで、なんと 7年 もかけて、裸体から着衣まで、さまざまなポーズ、表情、年齢のものを大量に彫り上げている。
     そうしてようやく「最終形」として仕上がったものをサロンに出品すると……
     
      ロダン 『バルザック記念像』(最終作)
    「なにこれ傾いてるやん」
    「ひっくり返るよ。酔っぱらったバルザック?」「雪だるま(笑)」「袋に入ってるよ」「借金取りに叩き起こされてベッドから起き上がる瞬間のバルザックですか(笑)」「眼がなくて怖いんだけど」
     まったく理解されず、嘲笑われた挙句、文芸家協会からは受け取りを拒否され、挙句の果て、代金も支払われないという結果に。
     なんとも気の毒な話だが、ロダン本人は、この作品について、 「右後方、台座から20歩離れたところから見よ」 と不思議なコメントを残している。そういうわけで、指定の場所から眺めると、こうなる。
     
      松岡茂雄「ロダンのバルザック 右側のプロフィルに隠されたファロスの表像」
    (『美術史論集 第7号』,神戸大学美術史研究会,2007)より
      ロ、ロダン・・・!
     おわかりいただけるだろうか。屹立した男性像が、「ナニ」を表現しているのかを。
     正解を書くと、Appleの都合により伏字対応か、削除依頼がくるかもしれない。
     当初傾斜角度は8°だったが、ロダンは 「もっとグ~ンとそそり立たなあかんよ~」 と、わざわざ12°まで傾けて調整したそうだ。
     バルザックという作家を研究し尽くし、作風と感性を吸い上げた巨匠ロダンが「バルザックの創作の根源とはなにか」を削り出してしまった、という話であった。
    「人が嘲笑い、破壊できないためしつこく笑いものにしたこの作品は、私の全人生の成果であり、私の美学の軸そのものである」 オーギュスト・ロダン
    (1908年、ル・マルタン紙にて)
    ■“ロダンのミューズ”カミーユ・クローデル
     偏執的で鬼気迫る彫刻家ロダンだが、彼の傍らにはこれまた鬼のように凄まじい才能を持つ女性が常に一緒にいた。
     
     
      美貌の彫刻家カミーユ・クローデル である。
  • 「民主制より大きな問題を語るべきか?」小林よしのりライジング Vol.266

    2018-04-17 17:15  
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      森友疑惑なんて小さなことばかり、いつまで国会で問題にしているんだ。もっと論じるべき、大きな問題があるだろう。
     …主に右派の(しかも安倍信者の)知識人たちが、こんなお決まりの物言いを偉そうにやっている。
     
     櫻井よしこは「週刊ダイヤモンド」3月31日号で 「森友文書だけが日本の問題ではない 国の安全への責務を政治家は自覚すべきだ」 と題するコラムを書いている。
     ここで櫻井は、 「急展開する国際情勢を見れば、国会が同問題だけにかまけていてよいはずはない。国会は日本の命運を左右する大きな国際情勢問題に急ぎ取り組むべきだ 」 とした上で、北朝鮮問題に関して 「日本国の安全を確固たるものにする責務を政治家は自覚すべきだろう」 と主張する。
     櫻井よしこがそういうのはわかる。安倍政権を守るためだったら詭弁はおろかフェイクだって言うのだから。
     しかしこれとそっくりなことを、西部邁の弟子筋である佐伯啓思(京大名誉教授)が、よりによって朝日新聞(4月6日付)に書いたのには驚き、呆れ果てた。
     佐伯は、国会やメディアにおける森友問題への追及を 「事実も想像力も、また様々な政治的思惑も推測もごちゃまぜになったマス・センティメント(大衆的情緒)」 でしかないと決めつけたうえで、 「その時その時の不安定なイメージや情緒によって政治が右に左に揺れ動くのが大衆民主政治というものだ」 と冷笑して切り捨て、こう嘆くのだ。
    私がもっとも残念に思うのは、今日、国会で論じるべき重要テーマはいくらでもあるのに、そのことからわれわれの目がそらされてしまうことなのである。トランプ氏の保護主義への対応、アベノミクスの成果(黒田東彦日銀総裁による超金融緩和の継続、財政拡張路線など)、朝鮮半島をめぐる問題、米朝首脳会談と日本の立場、TPP等々。   もっと論じるべき大きな問題があるのに、森友疑惑のような小さな問題をいつまでもやっている場合ではないなどという言い草は、正しいのか?
      櫻井や佐伯は、天下国家の「大文字」の問題さえ議論しておけば、その足元で民主制が崩壊していてもかまわないと言っているようなものだ。
     なぜなら、森友問題は権力者が「妻」や「お友達」のために国有財産をタダ同然で渡そうとして、それをごまかすために公文書の改ざんまで起こしてしまったという、民主制の根幹に関わる問題だからだ。
     さらに言えば、 天下国家の「大文字」の問題があるから国内の「小文字」の問題にこだわるなというのは、「日本は、中国になれ」と言うのに等しい。
      中国では、国内問題は「小文字」の問題として放置されている。民主制もなく、権力さえ握れば利益誘導も縁故主義もやり放題。憲法には美しい理念が書かれているが、何一つ守られていない。
     しかし国外に対する「大文字」の問題では、中国はアメリカやロシアとも対等に渡り合える「世界の超大国」として振る舞っており、そのための戦略は徹底的に考え、実行している。
     足元の国内問題がガタガタになっているのにもかまわず、「天下国家」のことだけ考え、強国の体裁だけを保っているのが中国だ。 国家は国民のことを顧みず、国民も国家を一切信用していない。櫻井や佐伯は、そんな国がいいのか? 日本をそんな国にしたいのか!?
     そしてさらに、問わなければならないことがある。
      そもそも日本には「大文字」の政治課題を語れる資格などあるのか?
     例えば北朝鮮の問題について、日本の国会で何をどう論じられるというのか。
     もし米朝会談が実現したとしても、アメリカは自国のことしか考えていないのだから、テーマに乗せるのは北朝鮮に、アメリカ本土まで到達できる核搭載ICBM(大陸間弾道ミサイル)を放棄させることだけだ。
     もちろん、日本の拉致問題だの、日本を標的にした短距離核ミサイルだのの問題なんか、アメリカの眼中には一切あるわけがない。
     そんな状況で「森友問題なんかより北朝鮮」と主張する櫻井よしこは、具体的には何をするべきだと言っているのか?
  • 「一般常識を敵にする安倍信者」小林よしのりライジング Vol.265

    2018-04-11 11:30  
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     世の中には、一般の常識・良識とは真っ逆さまの理屈を「常識」「良識」だと、大真面目に主張する人たちがいる。
     一般人から見ると「頭がおかしい」としか思えないが、その人たちは自分に都合の悪いことは一切見ようとせず、一般社会の方がおかしいと思っている。
     世の大多数から批判されると、迫害されたと被害妄想を抱き、同じ理屈を共有する者だけで結束を固めて閉ざしていく。時には存在しない「敵」を想定し、それを攻撃することで自己を正当化する。
     そうして主張はどんどん先鋭化し、より一層、一般常識から乖離していく。
     読売新聞社の全国世論調査では、佐川前国税庁長官の国会における証言に75%が「納得できない」と回答している。
     安倍昭恵を国会に呼んで説明を求めるべきだとの意見は60%で、「そうは思わない」の36%を大きく上回っている。
      国有地の8億円値引き、そして公文書の改ざんという前代未聞の不祥事を官僚が勝手にやるわけがなく、もし官僚が忖度して勝手にやったとしても、安倍昭恵の存在なしにこんなことが起きたはずがないというのは、ごく真っ当な一般庶民の常識的感覚だ。
     ところが、無条件に安倍昭恵が「潔白」だと信じ、その証人喚問を求めることは 「人権侵害」 だと主張する、「頭がおかしい」としか思えない人がいる。
     産経新聞の「エース記者」、 阿比留瑠比 だ。
     しかも産経にはこれに賛成する読者がいるようで、阿比留は4月5日の産経新聞コラム「極言御免」で、そんな読者の声を紹介している。
    「昭恵さんの証人喚問が実現すれば日本の社会に大混乱をもたらすだろう。知らぬ間に隣人や知人に犯罪容疑者にされる恐怖が社会全体に疑心暗鬼を生むからです」
     昭恵は「知らぬ間に」疑われたわけじゃないでしょう! 怪しすぎる状況証拠が山積みでしょうよ!!
     安倍昭恵を証人喚問したら、社会全体が恐怖に覆われ、日本社会が大混乱に陥る!? どこのノストラダムスだ!?
    「知らぬ間に犯罪容疑者になる恐怖」だったら「共謀罪」の方が百万倍大きいと思うが、この人は共謀罪に反対したのだろうか?
     阿比留はさらにこんな読者の意見も紹介する。
    「臆測で『裁判』にかけられるようになったら自由に意見も言えなくなる。何とかまっとうな世の中になってほしい」
     あまりの無知に、唖然とする。
      国会の証人喚問は「裁判」ではない!
     時には「公開裁判」のように見られることもあるが、これはあくまでも議院証言法に定められた、国政調査のための証言を求める制度である。証人は「被告」として扱われているわけじゃないし、そこで裁きを受けることもない。
      安倍は「真相究明に全力を挙げる」と言っているのだから、それならば真相究明のために安倍昭恵の証言は必要不可欠だと思うのは、全くの常識である。
     ところがこの読者は、昭恵の証人喚問を求めたら「自由に意見も言えなくなる」、「まっとう」ではない世の中になるという。
     そして阿比留はこれに全面的に賛同し、こう書くのだ。
      日本社会の現状に深い閉塞感を覚え、今後の日本のあり方についても憂慮しているのが伝わってくる。現代の魔女狩りに、おぞけをふるう人は少なくない。
     証人喚問は裁きの場でもリンチの場でもなく、国政調査のための証言の場でしかない。本当に潔白なら、堂々と出てきて潔白だと言えばいいだけのことだ。それに「深い閉塞感を覚え」、「現代の魔女狩り」呼ばわりして「おぞけをふるう」とまで非難する意味が全くわからない。
      ひょっとしたら、阿比留も産経読者も実は内心、昭恵が「真っ黒」だと思っていて、証人喚問に出したらオシマイだと予感しているから、こうもヒステリックになっているのではないか?
     続けて阿比留は、野党やメディアが昭恵の証人喚問を求めることをこう非難する。
  • 「朝日新聞を憎み過ぎるエセ保守は韓国に似ている」小林よしのりライジング Vol.261

    2018-03-06 21:50  
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     自称保守論壇誌「月刊Hanada」の朝日新聞バッシングが、トンデモない状態になっている。
     朝日新聞社は昨年末、安倍政権の太鼓持ち・小川榮太郎が書いた、「モリカケ疑惑」はすべて朝日新聞のでっち上げだと主張するフェイク本 「徹底検証『森友・加計事件』 朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪」 が名誉棄損に当たるとして、小川と出版元を相手取り、5000万円の損害賠償と謝罪広告の掲載を求める訴訟を起こした。
      実はその出版元が「月刊Hanada」を出している飛鳥新社で、同誌の編集長・花田紀凱自身が本の刊行にも深く携わっているのだ。
     そりゃ負けたら死活問題になるから、必死のキャンペーンも張るだろう。
     先月号では 「総力大特集 朝日新聞の提訴と断固、戦います!」 と題し、今月号では 「総力大特集 赤っ恥、朝日新聞!」 と題して誌面を組んでいる。
     そしてこれを産経新聞の全面広告で大々的に宣伝し、 「朝日新聞と徹底闘争宣言!」 などと謳っているのだ。
      
     わしは裁判に訴えたことも訴えられたこともあるが、その経験から、裁判というものは勝っても負けても、ものすごい費用と労力が必要になるということが身にしみてわかった。
     もちろん裁判で争うことになれば、一個人よりも、資金・人員ともにはるかに体力のある大企業や政治家・政党などの方が圧倒的に有利になる。そのため、大企業や政治家などが個人を名誉棄損で訴えたりすると、それだけで大きな圧力となり、個人の活動を封じ込めることができる。
      そのような、社会的に優位な立場の者が相対的弱者を相手取って訴訟を起こし、それによって恫喝や報復の効果を与えることを「スラップ訴訟」(SLAPP=Strategic Lawsuit Against Public Participation)という。
     Hanadaは 「これはスラップ訴訟だ!」 と主張、小川も 「これは『言論の自由』に対する禁じ手、訴訟自体が業務妨害、圧力だ」 と朝日を非難している。
     確かにスラップ訴訟によって言論が萎縮させられるようなことはあってはならないし、言論には言論で戦い、訴訟には持ち込まないというのが原則であるべきだ。
      実は朝日新聞社もその原則はわきまえていて、これまでどんなデタラメな批判を浴びても、抗議はするものの、実際に裁判に訴えることはほとんどなく、業界内では「弱腰」とまで言われていたらしい。
      一方、逆にスラップ訴訟を何度も起こしているのが読売新聞社だ。
     読売新聞社は、新聞販売店に実際の購読数よりも多くの新聞を押しつけ、その部数の分の金額を請求するという法外な手法で販売部数を水増ししていた 「押し紙」問題を取り上げたジャーナリストを名誉棄損で訴えるなど、自社に都合の悪い記事を書く個人を標的にした訴訟を連発してきた。
     読売側はそのほとんどに敗訴しているのだが、裁判の勝敗など関係なく、裁判を起こすこと自体で相手に負担をかけることができるわけで、これは典型的なスラップ訴訟であり、言論弾圧訴訟である。
     それに比べれば朝日新聞社ははるかに良識的と言ってよく、今回の提訴は朝日としては極めて異例の事態なのだ。
  • 「天皇陛下に公然と叛逆する国賊たち」小林よしのりライジング Vol.188

    2016-08-16 20:15  
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     多くの人が感じたとおり、8月8日に発表された天皇陛下のビデオメッセージは、昭和20年の敗戦時に続く2度目の「玉音放送」というべきものだった。
     天皇陛下が生前退位=譲位を望んでおられることは、もう疑いの余地がない。
      何よりも驚いたのは、陛下が「摂政」の設置に否定的であるというところにまで踏み込まれたことだった。
     先月「生前退位」に関する第一報が流れた後、皇室典範改正に反対する「Y染色体保守派」から 「退位はさせず、摂政を置くべき」 という意見が続出したことを陛下は明らかに知っておられ、それを自らのお言葉で否定されたのである。
     現在、政府は 「一代限りの特別立法」 で対処しようとしているが、それも陛下のご意思に反していることは、このお言葉で明らかである。
    これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました。 「一代限りの特別立法」 では、 「皇室がどのような時にも国民と共にあり」「象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていく」 ことにはならない。 陛下は間違いなく恒久法である皇室典範の改正を望んでおられるのだ。
     その上で陛下は締めくくりに、 「国民の理解を得られることを、切に願っています」 とおっしゃっている。 畏れ多いことに、天皇陛下が国民にお願いされているのである!
      ここまで言われれば、国民は「承詔必謹」で陛下のご意向に従うのみであろう。
     71年前の玉音放送ではほとんどの国民が粛然として敗戦を受け入れ、陛下のご意思に反しても抗戦を続けようとした者はごくわずかだった。
      ところが今回2度目の「玉音放送」では、徹底して陛下のご意思を無視しようとする者が続出している。
     しかもその多くが「保守」を自称し、自分には「尊皇心」があるという風を装っているのだから、71年間の日本人の堕落もここに極まれりである。
      天皇陛下の「切なる願い」に逆らおうというのだから、これは「国賊」以外の何物でもない。
     そこで今回は、平成28年8月8日の玉音を拝してもなお反逆を続けた「国賊」を列挙し、歴史の記録としたい。
     自称保守・似非尊皇派の牙城、産経新聞の1面コラム 「産経抄」 は、先月第一報が駆け巡った際には 「たとえ公務がかなわなくなっても、天皇陛下のままでいていただきたい」 と、譲位に反対していた。
     だが陛下のビデオメッセージの翌日、8月9日の紙面では 「大いに反省した。なんとも、甘ったるいことを書いたものだ」 と書き、結論でもこう述べている。
    皇室典範に規定がない「生前退位」の実現までには、課題が山積している。陛下はそれを十分承知の上で、心情を打ち明けられた。日本と皇室の未来のために知恵を絞ろう。国民はこれまで両陛下に甘えすぎていた。  珍しいこともあるものだ、産経もついに改心したか? なんて思ったら甘い。
     ページをめくり、2面に載っている社説を見ると、最初こそ天皇陛下を賛美して「国民は感謝と敬意を新たにしたい」などと言っているが、後半に入ると 「皇位継承の根幹に関わるだけに、退位を認める皇室典範改正には慎重な意見がある」 と言い出し、結局は 「恒久法の改正ではなく、今上陛下の一代に限り、可能にする考え方もある」 と主張するのだ!
     そればかりか「摂政」についても、 「重病など極めて限られたときに置かれる摂政の運用を緩和することなども考えられる」 として、なおも摂政を選択肢に入れるのだ!!
     いくら慇懃に天皇を敬愛しているふりをしても、産経新聞は陛下のご意思を尊重するつもりなど一切ないのである。
     そして産経社説は、こう主張して締めくくっている。
    旧宮家の復帰など、皇統を厚くする方策についても考えなくてはならない。  …もう、脱力する以外にない。
      何万回指摘しても、産経は 「旧宮家の復帰」 という間違った言葉を使い続けている。
     旧宮家の男性は生きていれば年齢的には90歳にもなる。「旧宮家系で一般国民になった男性」という場合は、「旧宮家系国民男子」と表記するしかないではないか。
     しかも、百万歩譲って用語の問題は措いたとしても、 現実問題として「復帰」する「旧宮家」の人間など、この世に1人もいないのだ!
     このことだって、何万回指摘したかわからないのに、産経は今なおこの世に存在しない人物を皇統存続の切り札と固く信じて、一切疑わない。宇宙人は地球に来ていると言い張るアホとまったく一緒である。
     同紙の3面には 櫻井よしこ が見解を述べているが、これも社説と全く同じ構造になっている。