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記事 55件
  • 「小室圭バッシングは愚民大衆の差別である」小林よしのりライジング Vol.395

    2021-04-20 18:10  
    150pt
     愚民大衆やメディアは、小室圭氏が何をどうしても集団リンチを止めはしない。大衆はただ集団リンチが大好きなだけなのだ。
     小室氏がどんなに意を尽くした文書を書こうと、そんなものマトモに読む気などサラサラない。それほどまでに、愚民大衆は残酷・冷酷なのだ。
     わしは小室圭氏の文章に赤線を引っぱりながら読んだが、ここで特に指摘しておきたいことが三点ある。
      一点目は、元婚約者の「代理人」が弁護士でも何でもなく、週刊現代の記者だったということだ。
     これは驚くべき事実だ。スキャンダル記事を書く側の人間に、当事者同士の話し合いの内容が全部筒抜けの状態になっていたわけで、そんなことが許されていいはずがない。
     4月11日のゴー宣道場で倉持麟太郎弁護士が言っていたように、代理人と称して交渉に当たっていた人が弁護士でも何でもなかったということが事実であれば、 これは弁護士法違反の「非弁行為」となる疑いが強い。
      二点目は、婚約破棄したのは男の方だったということだ。
     しかも一方的に婚約破棄しておいて、その理由も語っていない。
      男が一方的に理由の説明もなく婚約破棄したのなら、男が慰謝料を払わなければならないはずなのに、その男の側が「金返せ」と言い始めるなんて、全くありえないデタラメな話である。
      そもそも、貸したお金だったら借用書を取っていなければならないのに、借用書も一切ないのだ。
     元婚約者は今回、お金が一方から一方へ移動したという事実があるのだから、それは返さなければならないとか、わけのわからないことを言い出した。
     別にお金に足が生えて勝手にトコトコ歩いて行ったわけじゃないだろう。自分の意思で渡したんだろう。移動したお金は返さなければならないというのなら、この世には「贈与」というものは存在しないということになってしまう。
     およそ正気の大人が言っているとは思えない、子供の屁理屈にすらなっていない妄言である。
      三点目は、これは小室氏にとって名誉の問題だったということだ。
     借金じゃなかったものを、借金だったと認定されてしまったら、自分は借金を踏み倒そうとした女の息子ということになって、眞子さまはその妻ということになってしまう。だから、それは絶対に認められなかったわけだ。
     小室氏がそう考えることは、全く真っ当である。
     例えば痴漢冤罪をかけられてしまった場合、否認したら逮捕・勾留され、裁判にかけられ、自分の無実を証明するために大変な時間と費用と労力を必要とするし、それで無罪を勝ち取れるかどうかもわからない。だからもしそうなってしまったら、本当は無実であっても罪を認めて、お金を払って示談にして、さっさと終わらせた方がいいという考え方もあるだろう。
     だが、お金には代えられない名誉があると考える人はいるのだ。
      小室氏の場合は自分と母の名誉だけではなく、眞子さまの名誉まで関わっているのだから、なおさらのことである。
     ところが、こんなことはテレビではほとんど誰も言わない。  どういうわけだか玉川徹は一貫して小室氏を擁護しているが、これは極めて珍しいケースだ。週刊誌に至っては、小室氏を擁護する論調は0%、完全に皆無である。
     元婚約者の「代理人」がスキャンダルを書き立てる週刊誌の記者だという、誰もがびっくり仰天するはずの事実もスルーし、勝手に婚約破棄しながら慰謝料も払わず、それどころか借用書もないのに「金返せ」と言っている、世にも浅ましい男の側に全国の大衆が味方しているのだ。
     あまりにもデタラメな状態である。少しでも常識があったらすぐおかしいと思うはずの異常なことが、なぜここまで堂々とまかり通ってしまっているのか、わしにはさっぱりわからない。
  • 「ジェンダー炎上」小林よしのりライジング Vol.394

    2021-04-06 15:40  
    150pt
     ヒステリック・フェミのポリコレ暴走が止まらない。
     森喜朗、CMディレクター佐々木宏の次はテレビ朝日「報道ステーション」のCM動画が標的にされ、削除・謝罪に追い込まれてしまった。もはやほとんど週替わりで誰かが「女性蔑視者」に仕立て上げられ、血祭りに上げられているような状態だ。
      報ステのCM で特に問題にされたのは 「どっかの政治家が『ジェンダー平等』とかってスローガン的にかかげてる時点で、何それ時代遅れって感じ」 という女性のセリフだ。
     だがこれは、いまや「ジェンダー平等」なんて自明のもので、もう実行されている(CMでは産休も託児所もある)会社だってあるし、政治家がことさらにスローガン的に力入れて言っていることの方が時代遅れに見えると言っているわけで、 むしろジェンダー・フリーの側に媚びた描写だった。
      ところがそれでもヒステリック・フェミは「『ジェンダー平等』が時代遅れなんて、けしからん!」と、国語力が皆無としか思えない誤解・曲解をして、ポリコレ棒をぶん回したのである。
     フェミにウケようとして作ったはずの動画でも袋叩きにされる。理屈も通じない、議論もできない、謝罪しないと収まらない。こんな暴力団みたいな奴らが跋扈しているのでは、メディア関係者はみな戦々恐々だろう。
     一方、ベストセラー『応仁の乱』で知られる 歴史学者・呉座勇一 が、自身のツイッターでイギリス文学者・北村紗衣を誹謗中傷したとして、来年のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の時代考証を降板した。
     呉座は自分のフォロワーだけが見ることのできる鍵垢(鍵アカウント)という設定にして北村への暴言を吐いていたのだが、それを誰かが北村本人にご注進して問題化したらしい。
     グループLINEの会議のボツ案だろうと、鍵垢のつぶやきだろうと表沙汰にされる世の中だ。もっとも鍵垢の方は、フォローさえすれば誰でも見れるのだから、限定であっても公開の場と認識しなければいけなかったのだが。
     呉座は伊藤詩織を揶揄するツイートもしていたようで、もともとミソジニー(女性蔑視)気味の人だったのだろう。しかし時代考証の仕事を任すか否かは歴史学者としての能力で判断するものであり、ミソジニストだから時代考証を降板というのは、全く意味がわからない。
    「女性蔑視」という非難で「炎上」した案件の元祖といえば、昭和50年(1975)のインスタントラーメンのCMの 「私作る人、ボク食べる人」 だろう(YouTubeで視聴できる)。
     このCMに、参院議員・市川房枝ら約500人が参加する婦人団体が 「食事づくりはいつも女性の仕事という印象を与え、男女の役割分担を固定化してしまうものだ」 とクレームをつけ、 「1ヵ月以内に放送を中止しない場合には不買運動も含めた対抗手段を検討する」 と通告した。
     抗議を受けたハウス食品工業は約1か月後に「社会的影響なども無視できない」として放送中止を発表。その際、同社広報は 「消費者などからの反応は、あのままでいい、という声が圧倒的に多かったが、少数の声でも、謙虚に耳を傾けていくのは当然」 とコメントした。
     この時には朝日新聞に 「差別CM、というのも一つの見方かもしれないが、茶の間の大多数の主婦は、そんなものに神経をいらだたせてはいない。そんな感覚では、男女差別の本当のポイントからはずれてしまう」 という女性識者の意見が載った。現在では考えられないことだ。
     今のヒステリック・フェミの原型はこのように50年近く前からあったわけだが、この動きは近年急速に過激化して、森喜朗や報ステCMのように、いまや抗議されたら問答無用で即解任、即放送禁止となってしまった。
      実は、これは2010年代半ばからアメリカで流行っていた「キャンセルカルチャー」という運動の猿マネなのだ。
     些細な誤りひとつを取り上げ、本人がどんなに謝罪しようと反省しようと容赦なく糾弾し、その人の人格や実績の全てを「キャンセル」(破棄)して、社会的に抹殺する徹底的に非寛容な運動が「キャンセルカルチャー」だ。
     キャンセルカルチャーはソーシャルメディアの普及に伴って拡大。2019年アカデミー賞授賞式の司会に起用された黒人コメディアンのケヴィン・ハートが、10年近くも前にツイッターに上げた同性愛嫌悪発言を叩かれて辞退した件を筆頭に、その例は全米で枚挙にいとまがない。
  • 「太ってるから人気出た芸人はダメか?」小林よしのりライジング Vol.393

    2021-03-23 17:30  
    150pt
     東京五輪・パラリンピック開閉会式のクリエイティブディレクターだった演出家・佐々木宏が内部のグループLINEでのアイディア会議で、渡辺直美にブタの格好をさせて「オリンピッグ」という案を出していたことを週刊文春にすっぱ抜かれ、「女性蔑視」だと非難を浴びて辞任に追い込まれた。
     週刊文春は記事のタイトルを 『「渡辺直美をブタ=オリンピッグに」東京五輪開会式「責任者」が差別的演出プラン』 として、 「渡辺直美をブタに」 というアイディアこそが最大の問題であるかのようにポリコレ棒を振り回してスキャンダラスに煽り立てた。
     どんな卑怯な手段を使っても 「女性蔑視発言」 を仕立て上げ、ポリコレの問題にして騒ぎ立てさえすれば、誰でも失脚させることができる時代になったのだ。
     そもそもアイディア会議というものは、戯れにどんなものでも言ってみるのが基本であって、それを禁じられたらクリエイティブなことなんかできやしない。
     しかし今やポリコレ優先、創作など二の次というのが世界的な潮流になってしまっていて、創作者であるわしにとってはそれが不愉快でならない。
     週刊「SPA!」編集部も一度ヒステリック・フェミのポリコレ軍団に目をつけられて、あわや「新潮45」の二の舞かという思いをして以来、どうしようもないほど臆病になってしまった。
    「よしりん少女像」の章はボツにされたし、他の雑誌に持ち込めば即掲載で、単行本にも収録した。「SPA!」だけが掲載できなかったのだ。
    「ポリコレ修正」を要求されると、延々と時間をかけて説得しなければならないので、仕事が進まないし、ストレスが溜まる。
    「ちょっと持ち帰って、もう一度考えてみます」なんて言われることがあり、そうなるとものすごい不愉快を溜め込んだまま寝なければならなくなって、その欲求不満が翌日にまで持ち越されてしまう。
     アイディアというものは、脳の前頭葉にドーパミンという快感物質が噴出している状態でないと、面白いものが浮かばない。不愉快は創作活動にブレーキをかけることなのだが、それが創作者にとってどれだけ辛いことなのかが、誰にも分かってもらえない。
      どうして誰も彼もそんなにポリコレに弱いのか? ポリコレ軍団の言ってることなんか、100万パーセント間違っているじゃないか。
     ポリコレ軍団は自分が「リベラル」と思っているのだろうし、「平等主義者」なのは間違いない。特に 「男女平等主義者」 なのだろう。
      差別に反対するのがリベラルで、差別に反対するリベラルは善人であり、差別に反対するためなら言葉狩りでも弾圧でも粛清でも何でも正義であるという思い込みが強いのだろうし、その思い込みにマスコミも、エセ知識人も逆らえない状態になっている。
     実は「リベラル」なんて名称は定義が曖昧で、その正体は 「枯れ左翼」「うす甘いサヨク」 、自由より平等を重んじる 「極左」 と言った方が実態に近づける。しかもSNSという匿名の武器を使って、個人より集団で破壊衝動を満たす卑怯者なのだ。
     極左ポリコレ軍団は、世の中に破壊しかもたらさない悪魔である。奴らが今回のようなことをやった時には、ネットを使える者は全員でこれに抗議し、叩き潰すようにしなければならない。そういう反動勢力を作らなければ、社会は破壊されるがままになってしまうだろう。
     最近は極左ポリコレ軍団に怯えた企業や雑誌社が、CMを中止したり、作家に自主規制の圧力をかけてくるようになった。
      先日は『ゴー宣』でわしが引用した女性読者の文章まで、修正してくれと言ってきた。他人の文章を勝手に改変させるなんて、あまりにも非常識で絶対にOKしなかったのだが。
     果たして、その作品が発表されても、誰も抗議して来ない。
      そもそも今回の「ブタ鼻」事件で奇妙なのは、肥満体の女性芸人を「ブタ」に例えたら「女性蔑視」になるのか?
     マスコミ知識人は、「女性の容姿を笑いものにするのはいけない」とかきれいごとを言っているが、渡辺直美は、最初から自分の肥満体を利用して出てきたのだ。
  • 「コロナ禍の被害者」小林よしのりライジング号外

    2021-03-16 11:05  
    100pt
     コロナ禍の本当の被害者は誰か?
     それは、コロナに罹って死ぬ高齢者ではない!
     わしはこれまで何度もそう言ってきたが、それでも未だに本当の被害者に目を向け、手を差し伸べようという動きが一向に高まらないので、今回も改めてこの問題についてまとめて述べておきたい。
     東京新聞は3月12日、『コロナと障害者』と題する社説を掲載し、コロナ禍のしわ寄せが社会的弱者に集中していることを指摘、障害者も例外ではないと主張している。
      例えば 視覚障害者 は、外出先で声をかけてくれる人が少なくなっていて、危険が増しているという。
     確かに、以前だったら白杖をついて電車のホームを歩いている人がいたら、周囲の人が腕を取って案内することもできたが、今では人との接触を避けるということでそれができなくなっている。そのためか、視覚障害者が線路に転落して列車にはねられ、死亡するという事故も相次いでいる。
     しかも視覚障害者がマスクをすると嗅覚が鈍くなるため、これも危険を増すことになり、ストレスを高めているらしい。
     そしてさらには、 視覚障害者が多く働く鍼灸院やマッサージ業も客が激減しており、解雇が相次いでいるという。
     一方、 施設で暮らす 知的障害者 は家族らとの面会が制限され、孤立感を募らせているし、自立訓練などを行う障害福祉事業所も、コロナ禍で経営難に直面している。
     事業者への報酬は、利用回数を基にした日額払いとなっているので、利用者がコロナ禍で減れば減収となってしまい、それでも固定費は重くのしかかるのだ。
      障害者には健常者に比べ、手洗いやマスクの装着が難しい人が少なくなく、しかも精神科病院では、換気が十分ではない閉鎖病棟のためにクラスターが多発しており、これまで30以上の病院での発生が確認されている。
     ところが一般病院へ転院させようとしたら、患者の対応の難しさを理由に拒まれ、死亡する例も出ているという。
     このような完全に弱者の立場にいる人たちが、とてつもない地獄に追い込まれてしまっているのだ。
     女性が置かれている状況も深刻である。同じく東京新聞3月12日付に掲載された「データで見るコロナ禍の女性」では、 非正規労働の女性は、休業を命じられても補償を受け取れない人が多い と指摘している。
     総務省が発表した2020年平均の労働力調査によると、非正規労働者は前年から約75万人減少して2090万人。
     これを男女別で見ると、 男性が約26万人減の665万人に対して女性が約50万人減の1425万人と、減少数が約2倍になっているのだ。
      さらに「失業予備軍」とされる休業者は、男性が35万人増の104万人に対し、女性は45万人増の152万人。
     しかも、パートやアルバイトのシフトが5割以上削減された上に、労働基準法が定める休業手当も受け取れず 「実質的失業者」とされる女性は、推計90万人に上っている。
     ところがこのようなデータも、十分には浸透していない状態だ。
     そのうえコロナ禍による経済不安や自粛生活によるストレスは、女性への暴力を深刻化、増大化させている。
     内閣府の調査によると、 ドメスティックバイオレンス の相談件数は昨年4~12月の総数で約14万7000件と、これまた過去最多。特に5、6月は前年同月の約1.6倍に増加している。
      性暴力被害 も増大していて、支援センターに寄せられた 相談件数は、昨年4~9月の累計が前年同期の約1.2倍。
     外出自粛で家庭内性暴力が深刻化したり、虐待や暴力から逃れるために家出した少女がSNSで知り合った男の家に泊まって性的搾取に遭ったりする事案があり、望まぬ妊娠の相談件数も急増しているという。
  • 「官僚バッシングの行きつく先」小林よしのりライジング Vol.392

    2021-03-10 18:05  
    150pt
     いつもいつも重大なことが起きていながら、マスコミ及び大衆はそれを単なる話題として消費するだけで、片っ端から忘れ去っていく。
     そして、これが重大な問題なのだということを、誰ひとり指摘しない。
    「SPA!」で描きたいが、他のテーマで描いている時はつい描きそびれ、ライジングでしか書けないこともしばしばある。この話もライジングでだけになってしまうかもしれない。
     山田真貴子内閣広報官が、菅義偉首相の長男が勤める「東北新社」から7万円ほどの接待を受けたことを追及され、辞職した。
     その接待が、利益誘導につながっていたのかどうかも明らかではないのに、マスコミ大衆は自粛警察みたいに過剰な倫理を振り回して、徹底的に追い詰め、辞職させてしまったのである。
     しかもマスコミ大衆はそれだけでは飽き足らず、なぜ菅首相はすぐに山田を辞めさせなかったんだ、また後手後手に回ったじゃないかと批判した。
     そしてこの「後手批判」を気にした菅はその後、小池都知事らが要請しようとしていた緊急事態宣言の延長を「先手」を取って発表するという、「後ろ向きの先手」を取ってしまったのだ。実に馬鹿馬鹿しい。
     内閣広報官にまで出世した官僚が、汚職だったのかどうかの検証もされないまま、ただ接待を受けただけでマスコミ大衆から完全に「悪」として袋叩きにされ、失脚してしまった。こんな光景を見て、今後官僚を目指そうとする優秀な若者など出て来るだろうか?
     かつては確かに官僚が驕ってしまい、接待漬けになって汚職に手を染めた時代があった。
     平成10年(1998)に発覚し、官僚7人が逮捕・起訴され有罪判決が確定した大蔵省接待汚職事件、いわゆる「ノーパンしゃぶしゃぶ事件」はその象徴として強い批判を浴びた。
     さらにこれと前後して住専破綻や防衛庁調達本部巨額背任事件、特養老人ホーム汚職事件など官僚不祥事が相次ぎ、これに天下り問題も絡み、官僚バッシングがブームのようになってしまった。
     わしが追及に加わった薬害エイズ事件も、官僚バッシングを激しくした要因となったわけだが、わしはこの当時から「単なる官僚バッシングには与しない」と明言していた。
     一部に不祥事を起こす者がいたとしても、基本的に日本の官僚は優秀であり、官僚の働きによって日本が支えられていることを否定できるはずはない。
     官僚バッシングなど、その実は無能な大衆の単なる破壊衝動の表れでしかなく、そんなことによって、優秀な官僚の足が引っぱられることがあってはならないとわしは考えたのである。
     ところが世間では「官から民へ」が合言葉となり、官僚が諸悪の根源だと主張するオランダ人ジャーナリスト、カレル・ヴァン・ウォルフレンの本がベストセラーとなり、官僚バッシングは激しくなる一方で、歯止めがかからなくなってしまった。
      官僚には潔癖なほどの倫理観が求められるようになり、接待などまず受けられなくなってしまったが、それでも官僚バッシングは一向に収まらなかった。
      とにかく官僚よりも「民」の代表である政治家の方が圧倒的に強くなければならないという風潮が強まり、官僚は政治家の「小間使い」に徹しさせろというような勢いにまでなっていった。
     そして一連の官僚バッシングの完成形として成立したのが、 政府が官僚人事を完全に掌握する 「内閣人事局」 だった。
     かつての官僚人事は実力主義・実績主義で組織内で行われていたが、これによって実力・実績よりも「内閣に都合のいい人」が出世できるようになり、公務員の権限はもうなくなってしまった。
      以前の日本は「政治は三流だが、官僚が一流だからもっている」と言われていた。 そして官僚にもその自負があって、この国は我々が支えているのだという誇りと、我々がこの国のためにやらねばならぬという使命感を持っていた。
     だからこそ、東大を出た一番優秀な者は民間企業には行かずに官僚になって、そういう人たちがずっとこの国家を繁栄させてきたのだ。
     官僚支配が日本を不幸にしているなどと外人ジャーナリストが唱え、それを日本のマスコミ大衆がありがたがっていたが、実際には「官僚支配」が最も強かった頃の日本は高度経済成長期であり、その頃こそが、日本が一番強い時期だったのである。
     それなのに、日本人が自ら官僚をどんどんぶっ叩いて、どんどん日本を弱くしていってしまったのだ。
  • 「本当の女性活躍社会とは?」小林よしのりライジング Vol.391

    2021-03-02 18:00  
    150pt
     橋本聖子が東京オリンピック・パラリンピック組織委員会会長に就いたら、やっぱりすっかり話題は終息してしまった。森喜朗バッシングはコロナ禍の一時的なストレス発散のためのスケープゴートだったので、追放したらすっきりしてしまったのだろう。
     よりによってセクハラ&パワハラの女王・橋本聖子が次期会長になったのは、なかなか皮肉が効いていて可笑しかったが、橋本がただ女性というだけで、こんな大変な状況で「火中の栗を拾う」役目を押し付けられたのは気の毒でもある。
     こうなったら森喜朗には「娘」同様という橋本聖子が何とかオリンピックを成功させてほしいと願うばかりである。
     その手始めに、女性理事の割合を40%に引き上げることから始めるのだという。白々しいが「ヒステリック・フェミ」のご機嫌取りから始めなければならないのだろう。だが、ヒステリック・フェミは左翼だから、自民党支持じゃないので、心から喜びはしないのだが。
     例によって今回も、全く無責任に男尊女卑糾弾運動だけが、一瞬にして燃え盛り、何が「女性蔑視」なのか、何が「男女平等」なのか、そもそも「男女平等」は可能かという本質には一切触れることもないままに、女性の人数だけが問題だったという結論になってしまった。
     もちろん、ライジングの読者はそんなふうに話題を消費して満足する人たちではないはずなので、この機会に本当の「女性活躍社会」のあり方というのはどういうものなのかを考えてみたい。
     実はこの問題を考える場合、いま「ゴー宣道場」がサンプルとして実に面白い状況になっている。
     ゴー宣道場では「3大目標」として「皇位の安定継承」「立憲的改憲」と共に「女性の地位向上」を掲げている。
     そして現在、「全国推進隊長」として道場開催の設営等のトップに立っているのが、ちぇぶという女性である。
     だが、これは誰でもいいから女をお飾りで置いたわけではない。
     ちぇぶという女は「全国推進隊長」という名目を与えられるや、本気で全国拡大を実践し始め、そのためには自分の権力を固めることにも躊躇しない。
     設営隊の一部の男たちを親衛隊として取り込み(男たちも望んでそれを受け入れる度量があるのだが)、先にできていた派閥との権力抗争を始めてしまった。
     どんな小さな集団でも、往々にして人が集まれば派閥ができ、権力抗争が起こるものだ。それには男女は関係ない。女だったら権力抗争をしないなんてことはないのだ。
     わし自身は困ったことになったと思いながらも、まるで天皇の下で武家同士が権力の奪い合いをしているようなもので、成り行きを見守るしかなかった。(わしを天皇に例えるのは不遜だが、分かりやすい例として)そして、詳細を書くのは差し控えるが、結局はちぇぶが権力を掌握して、今の体制を作りあげてしまったのだ。
     ちぇぶは設営のための実務的な能力が非常に高い。しかも飛び込みの「新規開拓営業職」という、「ゴミ扱いの視線を向けられるところからスタート」の修羅場で鍛えられているから、メンタルがむちゃくちゃ強い。営業職というのは、「呼んでもいない、邪魔なのが来た」と、ゴミでも見るような目で見られるのが最初なのだ。
     ちぇぶは地方で開催するとなったらどこへでも出かけていって、地元の設営隊に全部の指示をしてくる。これでは地方の設営隊に依存心ができるし、独裁制が高まるから大概にしろとわしが注意したので、今は地方の自主性を損なわない程度にアドバイスするようになった。
     ともかくこのフットワークの軽さも、営業職で鍛えられたからこそできたものだ。
     そうして、ちぇぶは地方の設営隊諸君と、東京にいるわしをつないでいるし、もしも地方の設営隊に何かあったら、いざという時には自分が乗り込んでいって、どこの設営隊だろうと全部仕切って、その支部の設営を遂行してしまうことだってできる。
     そんな実力を持っている人間は、今まで男でも一人も現れたことはなかった。
     持っている実力は、認めなければどうしようもない。
     しかもちぇぶの考えていることはもっとすごい。
  • 「橋本聖子までの後任人事」小林よしのりライジング Vol.390

    2021-02-23 19:10  
    150pt
     森喜朗の辞任から橋本聖子の後任就任に至るまで、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会の会長人事は迷走に迷走を重ねた。
     森が「女性蔑視発言」をしたとして辞任に追い込まれ、女性の会長が誕生したわけだが、ではこの一連の事態は「女性の地位向上」のためになったのだろうか? そんなはずはない。
      むしろ「女尊男卑」だという意見が膨れ上がり、「女性の地位向上」のためには、公益にならない大きな分断を生んでしまった。
     森の辞任の経緯から、 後任選考の条件は能力や実績における適性はさておき、まずは何よりもジェンダー問題で内外の反発を受けない人物であるか否かが問われるという、実に馬鹿げた仕儀となった。
     IOC(国際オリンピック委員会)はなんと 「男女1人ずつの共同会長」 という狂った提案までしていたが、これはむしろ、より一層性別を意識していることになる。そんなこと言うんだったら、両性具有の人物を連れてきて会長職に据えればいいじゃないか。
     玉川徹などは、組織というものは誰がトップになっても機能するようにしておくものなんだから、次の会長には実績は要らない、女性という性別があれば誰でもいいと言い放った。それこそが女性差別だということもわからないほどの馬鹿なのだから、どうしようもない。
     実際には五輪組織委員会の会長は、IOCのバッハ会長はもちろん、首相や全国の知事、有力国会議員やスポンサーなど、あらゆる方面との折衝を行うため、根回しやコネクションの力がものすごく必要であって、誰でもいいから女を据えればいいなんて簡単な職務ではない。
      森の交渉力は、自民党の五輪相経験者が 「1年しか総理をしていないのに、外交関係は20年分ぐらいの影響力がある」 と評価したほどだった。
     誰でもよければ志望者がすぐ手を挙げるはずだが、そういうものではないし、実際に立候補する者もいない。それで森は、後を託せる能力と実績のある人物として、川淵三郎に後を頼もうとしたわけだ。
     ところが、それにも関わらずマスコミがこれを 「密室人事」 だと騒ぎ、大衆がそれに乗っかって叩き潰してしまったのである。
     こうして、大会開催5か月前になって、組織委会長を白紙から選び直すという、ありえない事態となった。
     そしてここでマスコミは 「透明性を確保せよ」 の大合唱を行った。
      組織委はその声におもねって、男女4名ずつの理事による「候補者選定委員会」なるものを立ち上げ、必死で体裁を作って見せた。
     しかも、その会合では誰を候補とするかという個人名を出すのではなく、 まず会長にふさわしい人物に求められる資質を5点発表して、これに合う人物を考えるなどと言い出した。
     そんなことを言うのなら、「候補者選定委員会」のメンバーの選定方法そのものが不透明なんだから、まずは候補者選定委員を選定する選挙から始めなければならないはずだ。
      あまりにも幼稚に「透明性」なんてものを金科玉条に掲げていけば、民主党政権時の「事業仕分け」とそっくり同じ学級民主主義に嵌りこんで、中学2年生レベルに落ちてしまうしかない。
      そして、結果的に選ばれた会長が橋本聖子なのだから、もう馬鹿の度合いがぶっ飛んでいる。
     橋本聖子が7年前、選手団長を務めたソチ五輪の打ち上げパーティーで酒に酔い、フィギュアスケートの高橋大輔選手に無理やりキスをしたことは、誰でも知っている。
     わし自身としては、本当はこんなセクハラなど、大したことではないと思っている。
      だが男女平等を「理念・原理主義」にしているリベラルの者たちは、それでは済まない。
     森喜朗の場合は言葉だけの問題で、被害者もいない。しかも、発言そのものは問題でもなかったのに、マスコミが「女性蔑視発言」にでっち上げて騒いだだけだった。 ところが森は撤回しようが謝罪をしようが許されず、問答無用で会長職を追われてしまったのである。
      その後釜が、地位的に上司に当たる女性からの「キス強要」という、明らかな被害者のいるセクハラ&パワハラをやった女なんてことが、許されるだろうか?
  • 「森喜朗発言は女性差別ではない」小林よしのりライジング Vol.389

    2021-02-16 21:30  
    150pt
     とうとう森喜朗はオリンピック組織委員会会長の職から追放された。
    「女性蔑視発言」をしたとされる老人を、マスコミが叩き、大衆が集団リンチで糾弾し、全世界が袋叩きにして追放したわけだが、こういう「糾弾」「集団リンチ」が女性差別の解消になるのだろうか?
     男尊女卑に虐げられた女性のルサンチマンが炸裂して、一人の老人を血祭りにあげただけだと主張する人がいてもいいが、まるでフランス革命の構図そのものだ。
      糾弾は左翼、集団リンチは左翼、王殺しは左翼、それがわしの認識である。
     先週のライジングではわしはまだ森の発言の全文を読んでおらず、マスコミ報道のみを根拠に書いてしまった。
     森は古い価値観の持ち主で、男尊女卑的な感覚を残しているのも確かだと思うのだが、そもそもわしは「森が何を言おうが大した問題ではない」と思っている。
     それに先週号は「たとえ森がどんなに酷いことを言ったとしても、それよりも優先して怒らなければならないことがある」という主旨だったため、森の発言そのものには関心が湧かなかったのだ。
     とはいえ「何の根拠もなく、ただ化石化したような男尊女卑感覚だけで言ってる、ろくでもないものだ。その発言を擁護するつもりもないし、女性が憤慨するのもわかる」などと書いたのは間違っていた。
     先週号のコメント欄に、森発言は「女性蔑視」ではないと指摘する人がいたので、そこで気になって全文を読んでみた。そうしたら、確かにその発言の真意は報道とは全く違うものだった。
     わしの読者はわしの「信者」になっているわけではなく、わしが間違っていると思ったらちゃんと指摘してくれる。実にありがたい。
     それにしても、新型コロナの件でマスコミは嘘ばっかり言っているということを散々見てきたのに、時間がなかったりするとついマスコミ報道を基に考えてしまったりする。だが今回の件で、それは本当に危ないと思った。マスコミ報道には、もっと徹底的に警戒してかからなければならない。
     では、ここで問題とされた森の発言の全文を、区切りながら解説していこう。
      これはテレビがあるからやりにくいんだが、女性理事を4割というのは文科省がうるさくいうんですね。だけど女性がたくさん入っている理事会は時間がかかります。これもうちの恥を言いますが、ラグビー協会は今までの倍時間がかかる。女性がなんと10人くらいいるのか今、5人か、10人に見えた(笑いが起きる)5人います。
     まず注意しなければならないのは、ここで森が言っている「時間がかかる会議」はオリンピック組織委員会のことではなく、いわば森の「身内」である「ラグビー協会」のことなのだ。
     ラグビー協会の5人の女性理事のうち、元選手は1人しかいない。女子ラグビーはまだマイナー競技で、理事になれる女性の人材が足りないのだ。
     だがそれでも文科省が理事の4割を女性にしろとうるさく言うもんだから、専門外の人を理事にせざるを得なくなる。しかしそうなると、知識のない理事から初歩的な発言や的外れな発言が出たりする。それで、会議に時間がかかると言ったのだろうということは、容易に想像がつく。
      女性っていうのは優れているところですが競争意識が強い。誰か1人が手を挙げると、自分も言わなきゃいけないと思うんでしょうね、それでみんな発言されるんです。結局女性っていうのはそういう、あまりいうと新聞に悪口かかれる、俺がまた悪口言ったとなるけど、女性を必ずしも増やしていく場合は、発言の時間をある程度規制をしておかないとなかなか終わらないから困ると言っていて、誰が言ったかは言いませんけど、そんなこともあります。
     一般論としては、女性が集まると話が弾んで止まらなくなるなんてことは日常的にあって、当たり前のこととして言われているのではないか?
     昔から「女三人寄れば、かしましい」という。「かしましい」は漢字で「姦しい」と書くことから言われているのだが、これも女性蔑視になるのか?
     今後は、ママ友が集まってやってる井戸端会議も、立派な議論でございますとか言わなければならないのか?
     別に男だって、井戸端会議的な無駄話をすることもなくはないだろうが、これは一般的な常識として現実に言われている話の範囲内だとわしは思う。
     発言時間の規制云々というのは、一般論とすると女性蔑視的になるが、これはラグビー協会の話だろう。
     専門外の女性が無駄に長い発言をすることに相当手を焼いていて、素人でも何でもいいからとにかく必ず女性を増やせと言うのなら、発言時間の規制くらいしないと会議が終わらないという感覚があったのではないか。
  • 「森喜朗の失言」小林よしのりライジング Vol.388

    2021-02-10 17:20  
    150pt
     何かに「怒り」をぶつけるにしても、「優先順位」というものがある。
     それは「公」のための怒りなのか? 単なる「私憤」で、「八つ当たり」や「憂さ晴らし」なのではないか?
     怒るべきものに対して、然るべきボルテージの怒りを向けているかどうかが大事なことなのだ。
     今は、森喜朗の「女性蔑視発言」が日本中の怒りの的となっている。
     東京オリンピック・パラリンピック(以降「東京五輪」と略す)組織委員会会長の森は今月3日、日本オリンピック委員会(JOC)の会議で、JOCが女性理事の割合を増やす方針であることについて 「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」 などと発言。男女平等を推進する五輪精神に反するとして猛批判を浴びた。
     森は翌4日に記者会見を開いて発言を撤回・謝罪したが、それが全く謝罪になっておらず、さらに火に油を注いで大炎上となり、収拾がつかない状態になってしまった。
     会見翌日・5日の朝日新聞は社説で 「森会長の辞任を求める」 と題して、明確に辞任を要求。
     毎日新聞社説は 「五輪責任者として失格だ」 、東京新聞社説は 「五輪の顔として適任か」 という題で、直接的な「辞任」の語はないものの、明らかに辞任を求めている。
     日本経済新聞社説も 「撤回することは当然だが、それだけですむことではないだろう」 と書いた。もちろんこれも「辞任」を示唆したものだろう。
     さらに翌6日には読売新聞社説が 「発言の影響を踏まえて、身の処し方を再考すべきではないか」 と、これまた辞任を示唆した。
     そして産経新聞社説は、 「問題の根本を分かっていない」「角が立つ物言いを、世間が受け入れたわけではない」 と森を厳しく非難した上で、 「森氏がトップに立つことが開催機運の障害となっている現実を、組織委は自覚してほしい」 と、組織委に対して暗に森の解任を求めている。
     かくして、全国紙・東京紙6紙すべてが社説で森の会長辞任もしくは解任を求めるという、尋常ではない状況が出現してしまった。その他の地方紙も、間違いなく辞任要求一色だろう。
      確かに森の発言は何の根拠もなく、ただ化石化したような男尊女卑感覚だけで言ってる、ろくでもないものだ。その発言を擁護するつもりもないし、女性が憤慨するのもわかる。
     しかし、それでもあえて言いたい。これが、そこまで怒らねばならない問題なのか? 犯罪だったのか? 新聞全紙が揃って袋叩きにするほどの不祥事だったのか? それよりも、他にまだ怒るべきことがあるのではないか?
     もっと若くて影響力のある人物が言ったのなら非難してもいいが、83歳の森喜朗がいくら女性蔑視発言をしたところで、世の中がこれに影響されて、女性差別の風潮が強まるなんてことは決してない。
     森の発言なんか、 「また爺さんが時代遅れのバカなこと言ってるよ、もうあの歳で考えを変えるなんて不可能だし、どうせ間もなくいなくなる世代なんだから、せいぜい言わせとけ」 と、呆れて見ておけばいい程度のものだ。
      そもそも人権問題を考えるのなら、森発言なんかより、新型コロナに関する「特措法」や「感染症法」の改正の方が遥かに大問題だ。
     特措法の改正で緊急事態宣言の前段階として 「まん延防止等重点措置」 が新設された。これにより 都道府県知事は、事業者に対して営業時間の変更などを命令でき、違反すれば20万円以下の過料となる。 また、 命令に伴う立ち入り検査も可能となり、拒むと20万円以下の過料となる。
     しかもこれは緊急事態宣言と比べて発動要件が極めて曖昧で、政府の主観的判断に委ねられているといっても過言ではない。 解除基準も法律上、なきに等しい。 また、強制力の伴う命令ができるにもかかわらず、 国会の承認決議は必要なく、国会への報告も明記されていない。  つまり国会の歯止めは皆無なのだ。
     さらに期限は「最長6カ月」だが、何度でも延長を繰り返すことが可能で、 事実上期間の歯止めもない。
      感染症法改正では、入院を拒否した場合は50万円以下の過料、濃厚接触者の調査を拒否した場合は、30万円以下の過料が定められた。
     改正案にあった刑事罰ではなく、前科のつかない行政罰になったとはいえ、罰則に変わりはない。罰則による人権制約を正当化する根拠はなく、感染者の基本的人権を脅かす点では同じである。
     しかもこれにより 強制的に入院させられる人は、長期入院になれば解雇の不安もあり、非正規やフリーランスならば無収入になるが、そのような場合に対する補償措置は何もない。
     特措法、感染症法ともに私権を制限する内容であるにもかかわらず、国会で徹底的な議論が行われることもなく、わずか4日間の審議で成立してしまった。
      明らかに基本的人権の無視であり、これに怒らなければ、人権問題についてモノを言う資格はない。
     ところが、「リベラル」を自称しているはずの朝日も毎日も東京新聞も、これにはちょっとばかり懸念を示した程度で、森喜朗に対してぶつけている怒りに比べれば、何も怒っていないにも等しい。
     そもそも、緊急事態宣言自体に対しては、なぜ誰も怒らないのだろうか?
  • 「非常識なルールに従うべからず」小林よしのりライジング Vol.387

    2021-02-02 18:25  
    150pt
     戦後民主主義は「学級民主主義」だと何度も批判してきたが、ついにそれも極まれりで、国会が本当に小学校のホームルームそのものとしか言いようのない有様になってしまった。
     今国会で、蓮舫ら野党議員が与党議員の「会食」を非難している様子は、ホームルームで風紀委員が生活態度の乱れを指摘しているようにしか見えない。
    「菅くんが、二階くんに呼ばれてステーキを食べました! いけないと思いまーす!」
    「石破くんが、9人も集まった席で、ひとり4万円のふぐを食べました! なんてことでしょうか!」
    「松ジュンくんが、銀座のクラブをハシゴしてました! 反省してくださーい!!」
     あまりにも、幼稚過ぎる!
     自分の支持者に呼ばれて行った先で、何人も集まっていてふぐ懐石が用意してあったら、そこで「会食は自粛だと言われているから、ボクは食べません」なんて言えるわけがない。たったそれだけのことで、ふぐを食べていたとは何事かと責められたのでは、たまったものではないだろう。
     銀座のクラブで飲み食いできるなんて羨ましいというのはわかるが、銀座のクラブのママだって、今は大変なのだ。ただ店を開けていても誰も来なくて、「同伴」で確実に客が来るようにしなければ、店を開くことすらできないのだ。
     そんな時に馴染みのママさんから声をかけられたら、もう助けるつもりで行かなきゃしょうがないだろう。ところがそれをまた風紀委員が、ケシカランと批判するのだ。じゃあ銀座のクラブは潰れろと言うのか?
     その他にもやり玉に上げられた国会議員の会食を列挙すると…
    ・橋本聖子オリンピック・パラリンピック担当大臣が、都内の寿司屋において6人で会食。
    ・自民党・宮腰光寛元特命担当大臣が富山市内で約30人が集まる懇親会に出席、飲酒の後転倒、出血して救急搬送される。
    ・石原伸晃元幹事長と坂本哲志地方創生担当相ら3人が派閥の会合で会食、石原はその翌日コロナ感染が判明。
    ・公明党・遠山清彦前財務副大臣が、銀座のクラブを訪れていた。
    ・自民党・金田勝年元法相が、高級ホテルにて4人でランチ会食。
     マスコミは誰がどこで何人で食事したかを血眼で追い回し、野党は国会でいちいちそれを取り上げて追及する。
     他にも、自民党のコロナ対策会議に100人ほどが出席して、「密」な状態だったなんてことまで国会で批判している。
      国会は「コロナ風紀委員会」か?
     そんなことのために国会を開くのは、税金の無駄遣いだ!
     全部どうでもいいことなのに、野党は懸命に批判している。
     おかげで、ずっとマウスシールドだった麻生太郎まで黒マスクを着けるようになってしまった。あの何の役にも立たないマウスシールドを平然と着け続けているところがよかったのに、全くひどい有様だ。
     確かに、国民に自粛しろとか、会食は4人までとか、くだらないルールを押し付けた国会議員が、自分たちはこそこそルール破りしていたなんて聞けば、なんじゃそりゃとは思うが、だったら国民もそんなルールは守らなきゃいいだけのことだ。
     政府がバカバカしいこと言い出したけど、勝手に言わせとけと、せせら笑って従わなければいいのだ。
     わしは今でも普通に大人数で会食している。よしりん企画だけでも4人以上になってしまうのだ。そんなバカげたルールなど守ったことはないし、飲食店だって、それを拒否するようなところばかりではない。向こうも商売だし、黙って入れてくれる店はあるものだ。
      あまりにもくだらない政策が出てきたら、それなりに対策をとってやろうという態度でいればいいだけだ。中国人のお家芸だが、「上に政策あれば、下に対策あり」を、公のために学べばいい。
     公のためにならぬ馬鹿馬鹿しいお上の言いつけにただ従順に従っておいて、お上はそれを守っていないじゃないかと文句をつけている感覚が、わしには全く理解できない。
     そもそも、会食は4人までなどという幼稚過ぎるルールが、いったい何の感染対策になるというのだろうか?