• このエントリーをはてなブックマークに追加

記事 34件
  • 「リコール署名偽造の怪」小林よしのりライジング Vol.400

    2021-06-01 19:00  
    150pt
     今回で「小林よしのりライジング」は第400号だそうだ。
     何か400号にふさわしいものをと言われたのだが、何がふさわしいのかよくわからないし、「SPA!」では書かないだろう話題を記録しておこうと考え、通常運行で書くことにする。
     愛知県の大村秀章知事に対する リコール運動の署名偽造事件 は、リコール団体の事務局長ら4人が逮捕されるという事態に至った。
     一昨年に行われた芸術祭・ あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」 で慰安婦像や、昭和天皇の肖像画を燃やす映像が展示されたことに抗議して、ネトウヨ連中がリコール運動を起こしたものの、一般人の賛同がちっとも得られず、署名が全然集まらなかったので偽造したというわけで、やっていることが陳腐すぎる。
     しかも 約43万5千人分の署名のうち8割超の約36万2千人分が偽造 だったというのだから、醜いのに加えて、あまりにも幼稚でバカである。
     このリコール団体の会長を務めていたのが、美容外科・高須クリニック院長の高須克弥で、高須の女性秘書が署名簿指印の不正に関与していたとして警察に事情聴取され、関係会社が家宅捜査を受けている。
     そしてリコール運動に応援団として加わっていたのが名古屋市長の 河村たかし で、高須と共に街頭で署名を呼びかけたりしていたのだが、署名偽造の疑惑が浮上すると、市長選を控えていた河村は高須と距離を置き、 「リコール運動の発案者は自分ではない」 と発言した。
     これに対して 高須は、発案者は間違いなく河村だと激怒し 、 「うそを言うのは許せない」「河村市長の正体がわかって嫌になった」 として、河村とは「絶交する」と表明。これまた醜い様相を呈している。
     高須は 「偽造は知らなかった」 と言う一方、 「全責任は僕が取る」 と言っている。もっとも、具体的にどう責任を取るつもりなのかは全くわからない。
     高須は全身癌で、「人体実験」みたいな先進医療を受けて生き永らえている状態だというから、そんな老い先短い人を批判するのは心苦しいのだが、この人自身が完全なネトウヨで、ネトウヨ業界の巨大スポンサーになって手が付けられない有様になっているのだから、批判しなきゃしょうがない。
     今回のリコール運動も、高須の出した金で行われたことはまず間違いない。そうでなければこんな運動に専任の事務局長らスタッフを置いて、佐賀にアルバイトを集めて36万もの署名を偽造するなんてことをやる資金など、あるわけがない。
     仮に高須が本当に偽造を知らなかったとしても、高須におべっか使って金の世話をしてもらっているような奴らが、のぼせ上って高須の金を使ってやったのだろうから、やはり高須自身の責任も大きいというしかないだろう。
     終末期の「SAPIO」誌はどんどんネトウヨ記事ばかりになっていき、それとともに毎号必ず、高須が上半身裸で大きく写っている高須クリニックのカラー広告が表紙裏などに1ページどーんと載っていて、おぞましくてたまらなかった。
     おそらくそんな調子で、今も高須はネトウヨ雑誌の大スポンサーになっているのだろう。
      花田紀凱編集長の「月刊Hanada」に至っては、昨年 『高須克弥院長熱烈応援号・"愛知のテドロス"大村秀章愛知県知事リコール!』 と題する、単行本扱いの別冊まで発行している。
     その誌面に登場するのは百田尚樹、有本香、竹田恒泰、武田邦彦、門田隆将、小川榮太郎、島田洋一、高橋洋一、長谷川幸洋、岩田温、ケント・ギルバート、デヴィ・スカルノといった、自称保守・ネトウヨオールスターズだ。
     そしてさらに、高須の「わが天皇論」「わが靖国論」や「感動の半生記」なんてものまで載せている。よく恥ずかしくないものだと思うしかないおべんちゃら本まで作って高須を持ち上げ、リコール運動を応援したのだ。
     しかしこんな売れるはずのない本、よく出せたものだ。高須クリニックが出版費用を全額持って作ったんじゃないかという気すらする。
     それにしても、こうまで臆面もなく自称保守たちが高須マネーに寄ってたかって群がってきて、高須をヨイショしている様子がものすごくキモイ。すさまじい下品さだ。
     一体なぜ、こうも下品になるのか。それについては、高須がどうやって大儲けしたのかを見ていけば、なんだか納得がいく。
     高須は、「チンコの皮」で財を成したのだ。
     それまで日本ではあまり行われていなかった「包茎手術」を、一大産業に仕立て上げた張本人こそが高須克弥である。
     そもそも基本的に仮性包茎に手術は必要なく、真性包茎でも不要という見方もある。しかも、実は男性の6割超は仮性包茎で、こっちの方が多数派なのだ。
     歴史的には、江戸時代や戦前には日本にも包茎を「恥」とする感覚があったらしいが、戦後にはそのような意識は薄れ、消え去る寸前になっていた。
     ところが1980年代頃から、男性雑誌に「包茎は恥ずかしい」「包茎は男じゃない」「包茎は不潔」「包茎は女にモテない」といった記事がガンガン載るようになり、「包茎は恥」「包茎は手術が必要」といった価値観が「常識」になっていったのである。
     なぜそんなことが起きたのか? それについて、高須克弥は自らミもフタもなくネタバラシしている。
  • 「地球温暖化の原因はCO2(二酸化炭素)か?」小林よしのりライジング Vo.331

    2019-10-01 20:40  
    150pt
     純粋まっすぐ少女が、国連に出てきて顔をゆがめて居丈高に大人たちを糾弾する演説をしている映像なんか見たら、まずその時点で少なくとも『ゴー宣』の読者ならば、直感的に警戒心が湧くのではないだろうか?
     9月23日、国連の温暖化対策サミットでスウェーデンの16歳の活動家、グレタ・トゥーンベリが各国代表を前に演説を行い、経済成長を優先して温暖化対策の取り組みに消極的だった「大人たち」への怒りをぶつけ、涙ながらにCO2(二酸化炭素)削減を訴えた。
     グレタは昨年8月から毎週金曜日に学校をボイコットして「気候のための学校ストライキ」と書かれたプラカードを手に、国会議事堂の前で座り込みを始め、同様の行動をするようにと、SNSで世界中の若者に呼びかけた。
     その活動は「#FridaysForFuture(未来のための金曜日)」と呼ばれて瞬く間に広がり、今年3月15日の金曜日に行われた「未来のための世界気候ストライキ」には、世界125カ国で100万人以上の学生が学校をさぼって参加した。
     グレタはたった1人で始めた運動を1年足らずで世界規模に拡げたということで、ノーベル平和賞の候補にノミネートされ、TIME誌の「世界で最も影響力のある100人」にも選ばれている。なおグレタは現在、学校を1年間休学して地球温暖化をアピールする活動に従事しているという。
     国連温暖化対策サミットを前にした、9月20日金曜日の抗議行動は世界160カ国で行われ、参加した学生は400万人以上にも上った。
     ニューヨーク市の公立学校は、デモ参加のための欠席を認める異例の対応を取り、このデモに参加したグレタは 「きょう学校や仕事を休んだとしても、気候変動対策のほうが大切です」 と訴えた。
     「バカ言うな! 学校や仕事の方が大切だ! 日常に戻れ!」と言いたくなるが、『脱正義論』を読んだ者なら分かるだろう。
     ところが、現在マスコミはグレタを大絶賛して英雄扱いしている。
     ただ「若者」であることだけを武器にして、 「あなた方は私たちを裏切っています。しかし、若者たちはあなた方の裏切りに気付き始めています。未来の世代の目は、あなた方に向けられています。」 などと演説し、大人を糾弾するグレタに対して、特に左翼マスコミは惜しみない賛辞を贈るのだ。
     朝日新聞は9月25日の社説でグレタの演説から 「若者はあなたたちの裏切りに気づき始めている。もし私たちを見捨てる道を選ぶなら、絶対に許さない」 の言葉を引き、 「こうした若者たちの怒りを重く受け止めねばならない」 と唱えた。
     NHK「クローズアップ現代+」では9月26日の放送でグレタを特集し、キャスターの武田真一アナが 「グレタさんの言葉に、大人の一人として私も目を覚まさせられました」 なんて言っていた。
     マスコミは、本当に責任持てるのか?
     グレタは11歳の時に地球温暖化への不安から鬱になり、12歳で自らビーガン(完全菜食主義者。肉・魚だけでなく、卵・乳製品も一切摂らない)になり、同じく12歳の時から環境への負荷を抑えるためとして飛行機に乗ることをやめ、国連に出席する際にはCO2排出量ゼロのヨットで15日間かけて大西洋を横断して来た。
     グレタの父はスヴァンテ・トゥーンベリという俳優兼作家・プロデューサー、母はマレーナ・エルンマンというオペラ歌手で、二人とも環境保護の活動家である。
     両親はグレタと共に頻繁にメディアに登場、グレタがヨットでニューヨークに向かう際には父親が同伴。母親は 「娘は空気中のCO2を裸眼で見ることができる」 というイタい発言をしたことがある。
     また、グレタは発達障害の一種である「アスペルガー症候群(自閉症スペクトラム症)」を抱えている。これは「コミュニケーションや対人関係が苦手」「興味の偏りやこだわりの強さ」「感覚の偏りや動きのぎこちなさ」といった特徴がある障害だが、両親はグレタの発達障害や摂食障害などについても積極的に発言しているという。
     両親がどこまで意図的にグレタを自分の活動に利用しようとしたのかはわからないが、グレタは両親が学校に行くようにと注意しているのに聞かないというし、ビーガンになることを両親にも強要したり、海外公演に行く機会の多い母親にも飛行機に乗らないよう要求したりもしているそうだから、むしろ両親の思惑をも超えた、過激な活動家になっているのかもしれない。
     おそらく両親は、思い込んだら突っ走る性質を持つアスペルガー症候群を抱えた子供に幼少時から「地球温暖化の恐怖」を刷り込んでいたはずで、そのためにグレタは鬱になり、育ち盛りの時に自らビーガンを選んでしまい、そして環境活動家になってしまったのだろう。これは虐待の結果だと言っていい。
     わしは地球温暖化よりも、この娘の将来の方がずっと心配だ。
     ネット上では、グレタについて「胡散臭い」「どう見てもヤバい子供が周りの大人に利用されてる構図」「彼女に必要なのは学校に行く事と適切な治療だと思います」といった、実にごもっともな声があふれているが、マスメディアでは絶賛しか許されない状態になっている。
  • 「山本太郎のポピュリズムは大衆迎合ではない」小林よしのりライジング Vol.325

    2019-08-13 19:30  
    153pt
     案の定、ともに今回の参議院に議席を得て、政党要件を満たした「れいわ新選組」(れいわ)と「NHKから国民を守る党」(N国)を一緒くたに論じる動きが出てきた。
     れいわとN国は全然違うということは、ここではっきりしておかなければならない。
     週刊新潮(8月8日号)は 「衆院選に100人擁立をぶち上げた!『山本太郎』を台風に育てる慄然『衆愚の選択』」 という記事を組み、れいわをN国と一緒に扱って 「参院選で生まれた新しい芽は、所詮は衆愚の選択のたまものであるということか」 と書いた。
     そして「月刊Hanada」編集長の花田紀凱は産経新聞(8月3日)のコラムでこの記事について、 「ここで、『か』は不要。衆愚の選択そのものではないか」 と評している。
     ネトウヨ愚民の雑誌を作っている編集長のくせに、自分を衆愚のひとりとは思いもせずに、上から評論しているのには笑わされる。
      れいわの躍進は衆愚の選択ではない。
     N国の方は衆愚の選択の極致である。
     その違いも見抜けないのでは、その目はフシ穴である。
      そもそも山本太郎には、参議院議員としての6年間の実績に対する信用があり、今回ネットで急に人気が出ただけのN国とは決定的に違う。
     山本のイラク戦争や消費税、原発などに関する発言を見て行くと、具体的な国家像といえそうなものが垣間見える。
     山本が国会で、イラク戦争の際に自衛隊が米兵をファルージャまで運んだじゃないかと追及するのを見たが、あれは素晴らしかった。 そこには、アメリカに追従して侵略戦争にまで加担するような日本ではいけないという国家像があり、それはわしと全く一緒だ。
      消費税廃止の主張は、消費を増やすことによって経済を回していこうという資本主義の考え方であり、これもわしと考えが同じだから支持できる。 消費税を財源に、国税で社会保障をやろうというのはむしろ社会主義的なのだ。
      また原発反対には、原発事故によって国土を喪失してしまったという思いがあり、それもわしと同じである。
      しかも原発問題について天皇陛下(当時)に山本が渡した直訴状は、毛筆縦書きで、使用する紙の質も正式なものだったらしく、これは単なるパフォーマンスではできない。 もしかしたら山本は、かなり保守的な人間なのかもしれない。
     陛下がその後「私的ご旅行」で、足尾銅山の鉱毒被害を明治天皇に直訴しようとした田中正造の記念館を訪れ、その直訴状をご覧になったのは、明らかに山本の直訴状にお応えしてのことだろう。
      小沢一郎が開いた皇統問題の勉強会にわしが呼ばれた時にも山本は来ていて、れいわでは女性天皇・女系天皇を認める方針を明言している。
      さらに、憲法については護憲派ではないらしい。
     全部が理想的に備わった政党なんか出てくるわけがないのだ。ある程度具体的に共感できる国家像を持っていて、なおかつ身障者など社会的弱者を助けようという感覚もあり、バランスが取れているという判断でわしは支持した。
     それを、地上波に乗らず、ネットで人気が出たからというだけの理由でN国と一緒に扱っては絶対にいけない。
     もっとも、日本が韓国に対する輸出管理を強化したことに対して、山本が 「『なめられてたまるか、ぶっ潰してやれ』という小学校高学年くらいの考え方はやめましょうって話なんですよ」「大人になろうぜってことなんですよ」 などと言っていたのはいただけない。これはまだリベラル左翼な気分から抜けきっていないのだろう。
     国と国との約束を守らない韓国をこのまま甘やかすことこそ、大人の態度ではない。 大人の態度=甘やかす態度ではない。むしろ韓国のためを思えばこそ、厳しくすべき時には厳しくしなければいけないのだ。
     こういう感覚が残っていてはまだ全幅の信頼を置くわけにはいかず、用心して見ておく必要があるということは前提として、以下の論を進めていく。
     評論家の東浩紀は、 「れいわ新選組ってかなりポピュリズム的な政党だと思うんです。つまり、『現実に実現できないかもしれないけど、そうなったらいいな』という口当たりのいい政策を使い、かなり劇場型政治を演出して、一気に浮動層をかき集めることがポピュリズムだとしたら、今回のれいわ新選組はまさにそう」 と批判した上で、 「ここでポピュリズムに巻き込まれないでほしいなと僕は思っています」   と警告を発している(J-WAVE『JAM THE WORLD』7月22日)。
  • 「芸人の闇営業や、哀れ」小林よしのりライジング号外

    2019-07-09 14:40  
    102pt
     芸人の「闇営業」問題には、可哀そうで気の毒でたまらない思いがする。
     あれを謹慎処分にするなんてことは、しちゃいけない。しかも無期限だなんて、あんまりだ。
     そもそも芸人の間では、事務所を通さない営業は「直(じか)営業」とか、内職をひっくり返して「ショクナイ」とかいって、普通に行われていたことだという。
     なにしろ吉本興業の若手芸人って、事務所を通した仕事では本当に食えないのだ。
     吉本興業には6000人の所属芸人がいるが、お笑いで食えているのはほんの一握り。
     現在、吉本の芸人になりたい者はまず吉本が運営する吉本総合芸能学院(NSC)に入るが、NSCを卒業しても吉本芸人として身分が保証されるわけではない。
     NSC東京校の場合、卒業生は劇場でネタバトルランキングを行い、客の投票でギャラがアップしていくシステムとなっている。
       ギャラが出るのは上位190組で、それ以下はノーギャラ。しかもギャラが出るといっても、最底辺のランクでは1ステージ500円だという。
     1日放送のテレビ朝日系「羽鳥慎一モーニングショー」で証言した元芸人の場合、1ステージ500円で、しかもトリオだったから1人がもらえるのはわずか167円。横浜の自宅から渋谷の劇場まで行っていたから、交通費が往復1100円かかり、一度ステージに立つごとに933円の赤字だったという。
     そのうえ吉本には所属芸人が山ほどいるので、ライブは1カ月1回、60秒しかチャンスがない。そこで勝てば3分とか、月3回とか出られるようになり、吉本社内から注目され、仕事やオーディションの声がかかるようになるが、それまでが過酷だという。
     しかもそこを乗り越えたとしても、若手芸人は月10~15本のライブをこなしても月収2万円程度で、とても食っていけるわけがなく、飲食店アルバイトなどで生活費を稼ぐしかないという。
     ところがこの話が放送されたら、現役の芸人がツイッターに「そういう『ぬるい』情報を流すのはどうかと思う」「俺ならもっと厳しい現実を言える」と書いたというから、実際にはどこまで暗黒が広がっているのか想像もつかない。
     テレビ等のギャラの、芸人と所属事務所の配分は通常「5:5」か「6:4」で、良心的な事務所だと「7:3」という場合もあるが、吉本の若手はなんと「1:9」だという。
     実際、ある程度売れている若手でも、同じ程度の芸歴の人の同じ程度の仕事のギャラを比べたら、吉本よりも他事務所の方が何倍も高いということなどザラだそうだ。
     それを「ケチモト」とか、「ピンハネじゃなく『ピンクレ』だ」(ピン=1割をかすめ取るのではなく、1割しかくれない)とか言ってネタにもしていたのだが、もうさすがに笑い事では済まなくなっている。
     わしにも新人漫画家だった時代はあるから、そういう話を聞くと身につまされる思いがする。
     わしは幸いにもデビューしてすぐ「週刊少年ジャンプ」で連載が決まったものの、その時は大学を出たてで全くお金がなかった。原稿料は作品が雑誌に載ってから1カ月くらい経たないと入らないので、生活費も底をついて、ついにはバイトをしながらじゃないと描けないという状態になってしまった。
     そんな時に編集者から「次のコンテをなぜまだ送ってこないのか」と催促の電話が来たので、素直に「バイト先を探していたもので」と言ったら編集者がびっくりして、連載も始まっているのにバイトなんかやられちゃ困る、専属契約にして契約金を払うから描き続けてくれということになり、それで原稿料とは別に50万円が入ってきて、安心して執筆に専念できるようになったのである。
     わしはその時の50万円がそれまで見たこともない巨額の大金に思えて、仰天したものだ。昭和50年(1975)のことで、当時の大学初任給が平均89300円だったというから、給料約5カ月半分。現在の価値に換算すると90万5000円くらいに相当するらしいが。
     専属契約金は2年目以降、100万円、150万円と上がっていった。
     その代わり専属契約だから集英社以外の出版社では一切描けず、それが後々には嫌でたまらなくなってきた。連載が終わっても他社の雑誌に移ってすぐ次の連載を起こすということはできず、集英社の雑誌からお声がかかるのをじっと待っていなければならないのだ。
     それで、わしはもう勝手にどこででも描きたいと思って専属契約を打ち切り、少年画報社の「週刊少年キング」で連載を始めたのだった。
     吉本興業は最低限の生活保証もせず、あれほど酷いギャラしか払わないのに、それで若手芸人はどうやって食っていけばいいんだ?
     バイトで生活するにしても、芸人はいつ仕事が入るか分からないから、拘束時間が決まっている普通のバイトはなかなか出来ない。
     そうなると若手芸人が直営業をやるのも無理はない。拘束はないし、基本的にギャラは高い。新人でも相場は最低3万円、運がよければ、テレビのギャラならM-1優勝芸人クラスに相当する10万円以上になる。しかもそれが事務所を経由しない「取っ払い」でもらえるとなれば、それは手を出して当然というものである。
     そもそも吉本興業には契約書すらないのだ。契約を交わしていないのなら、事務所と関係なくどこでどんな仕事をやっていても、法的に何の問題もないはずではないか。
     いまでは食えない芸人の窮状もある程度知られているから、今回の「闇営業」に関しては、売れていない芸人に対する風当たりはそれほど強くはなく、もっぱら売れている雨上がり決死隊の宮迫博之と、ロンドンブーツ1号2号の田村亮が矢面に立たされている。
     ただしこれにも事情があるようで、闇営業の仲介をしていたカラテカの入江慎也は人の懐に入って恩を売るのがものすごく上手いらしく、明石家さんまでさえ「俺、入江には世話になっているから、入江に頼まれたら俺も絶対に行っていた」と、参加した芸人たちに同情を示していた。
     そう考えれば、行かなくても食えるのに後輩のために闇営業に行って、特に激しく叩かれて仕事を失った宮迫と亮も、かなり気の毒という気がしてくる。
  • 「正しい宗教のつくりかた」小林よしのりライジング Vol.320

    2019-06-25 20:55  
    153pt
    ●わたしの先生
    「溶田研究会にご寄付をしてくださったみなさま、本当に、本当にありがとうございました。厚く、厚く、御礼申し上げま……あっ、溶田先生」
    「今日の練習かい? 偉いなあ。鶴見さん、よろしく頼むね。きみはこの溶田研究会の期待の星だよ。素直で真面目な良い子だし、きみのような若い女の子は、ただ存在するだけでいいぐらいだ。溶田研究会のアマテラスだね」
    「そ、そんな、畏れ多いです。先生、昨日配信の溶田宗泰チャンネルも拝見して勉強させていただきました。今日は先生のお役に立てるよう、精一杯がんばります!」
     楽屋前の廊下で緊張して立ち尽くし、挨拶の練習を繰り返していた私をわざわざ励ましに来てくれたのは、尊敬する溶田宗泰先生だった。旧皇族の溶田家に生まれ、日本と皇室についての著書をたくさん出版している溶田先生は、多数のテレビ出演をこなしながら、国史や伝統文化を学ぶ「溶田研究会」を主宰し、全国で講演活動を行っている。私は研究会に参加して学ぶ一女子大生に過ぎないが、今日は先生の講演の場で、特別に挨拶の時間を任されることになった。壇上で大勢に向かって話すのははじめてのことで、昨夜は緊張で眠れていない。
    「あれ、目が充血してるぞ? 鶴見さんはがんばり屋だからな。僕ね、きみを一番評価しているんだ。リラックスしていこうね」
    「は、はい!」
     四角い眼鏡の奥でやわらかく微笑みながら、先生が一歩こちらへ近づき、私の左肩にそっと手を置いた。先生がこんなに近くにいて、私に触れている――!
     その途端、先生の触れた部分から痺れるような熱い電流が走り出すのを感じた。それは渦を巻いてたちまち全身をかけめぐり、脳の隅々の神経細胞から手足の指先まで細密にゆきわたって、私の内側を感激の恍惚でいっぱいにした。
     なんてことだろう、旧皇族の溶田宗泰先生が、歴代の天皇の血を引く御方が、いま私の体に触れている。そして、私だけを見て微笑んでいるのだ。ここには溶田先生と私だけがいる。先生は、私が緊張でよく眠れていないことに気づいてくれた。一緒にこの会場へやってきた両親ですら言ってくれないことを、すぐに悟ってくれた。やっぱり先生は普通の人じゃない。そんな普通じゃない凄い人に、私は評価されているなんて。
     大地から浮き上がるような感覚だった。胸がいっぱいになり、涙があふれ出そうだった。
    「溶田先生、まもなくお時間です」
     呼び掛けるスタッフのほうを振り向き、壁の時計を確認した先生は、右手でさっと眼鏡の位置を整えると、表情を引き締めて舞台袖へと向かっていった。
     なんて素敵なんだろう。勉強会でもテレビでも、私は先生の横顔を見るのが好きだった。大きな下顎と立派に突き出た喉仏。そこには男性としての強さと逞しさが宿っている。けれども決して粗暴なイメージはなく、全体の佇まいは上品そのもの、時に激しく、時に相手を説き伏せるように、とめどなく繰り出される知識もやはり旧皇族としての凄さを感じさせた。
     生まれも育ちも私なんかとはまるで違って、本来は同じ空間にすらいられない人のはずだ。そんな人が気さくに励ましてくれる。それどころか、肩に手まで置いてくれる。そんな溶田先生のために、今日はがんばらなければ。
     ほどなくして、「君が代」の前奏が流れだした。溶田研究会開幕の合図だ。
  • 「運動のなれの果ての狂気」小林よしのりライジング Vol.302

    2019-02-05 20:15  
    153pt
     わしは「運動」が大嫌いである。
     ここでいう「運動」とは、「体育・スポーツ」の「運動」ではない。
    『広辞苑』でいえば4番目の意味で、 「目的を達するために活動すること」 。つまり 「社会運動」 とか 「市民運動」 とかのことである。
     わしは特に、ある政治的主張を掲げて、なんらかの団体行動によって圧力をかける行為を「運動」と認識している。
     右派の運動だろうと、左派の運動だろうと、わしはこれには常に警戒感を抱いている。
     ところがわしは、どういうわけだかすぐ運動に関わってしまう。どうやら、そういう体質を持っているようだ。
     大学の時は、学生運動に関わりかけた。
     きっかけは学費値上げ反対運動だった。友達に貧乏で服が買えずに、いつもジャージで過ごしている奴がいたものだから、このうえ学費が上がったらそいつがかわいそうだと思ったのだ。
     そもそも、どんどん学費値上げをして、新しい校舎を建てたりする必要があるのかと素朴に思ったし、当時は文部省が「期待される人間像」なんてものを提唱していて、我々を権力が資本家にとって都合のいい人間に改造しようとしているのかと、反発を覚えてもいた。
     デモに参加するとブラックリストに載せられて、就職に不利になってしまうので、みんなタオルとヘルメットで顔を隠していた。ところがわしはそんなダサいことをすることが嫌で、普段の恰好のまま加わっていたから、デモの中で目立ってしまって違和感ありすぎだった。
     だが実は「学費値上げ反対」は、別の運動に引っ張り込むための入り口で、デモをしていると、他にどんどん違うシュプレヒコールが上がってくる。そして、次は佐世保に原子力潜水艦が入港するから、反対運動をしようとか誘われるようになった。 
     わしはそのうち、何なんだ、これは? という感覚になってきた。漫画家になる前に本を読むため大学に来たのに、なんでデモなんかやっているのだと思い、 「個の確立が先だ」 と運動から手を引いた。そして読書と漫画制作に没頭し、雑誌に投稿を続けて、漫画家になったのである。
     薬害エイズ訴訟の支援運動は、原告の少年たちが仕事場にやって来て頼まれてしまったから、かわいそうになって、これは「情」の問題だということで始めた。
     けれどもこのとき運動に加わった学生たちは、自分はこれで完全に正義の側にいると信じ、正義に酔いしれ、それがなくなったら、自分のアイデンティティが揺らぐというくらいの感覚にまでなってしまった。
     その有様を見て、わしはもうこれはあかんと思い、国の謝罪を勝ち取り、裁判の和解が確実になったことを見極めた上で、これで運動は終りだ、「日常に戻れ!」と唱えた。
     そうしたら猛反発を受けたので、徹底して運動というものを総括しておかねばダメだと、『脱正義論』を描くことになったのだった。
     ところがそんなことがあったのに、わしはその直後に「新しい歴史教科書をつくる会」の運動に参加した。
     これは西尾幹二に誘われたのだが、その時は『ゴー宣』で慰安婦問題について描いていたので、なんでこんなに自虐史観で自分の国を貶めることに血道を上げているんだという怒りが、まずわしの中にあった。
     わしの祖父はそんな悪人じゃなかったし、戦争に行って大変な苦労をしたのに、なぜその世代が、まるで犯罪者だったかのように蔑まれなきゃいけないのかという憤りが出発点で、これもまた、祖父の世代に対する「情」の問題である。
     それで、完全に分断されてしまった祖父の世代と孫の世代を繋いで、 「死者の民主主義」 を達成しようと、歴史教科書運動に参加したのである。
     ただし、この時には薬害エイズ運動の教訓があるから、読者を運動自体に参加させることはせず、常に 「よき観客になれ!」 と釘を刺しながらやっていた。
     歴史教科書については、主に「採択」に関して運動が必要となった。
  • 「反知性ワードに動揺する弱い個じゃダメだ」小林よしのりライジング号外

    2018-11-13 18:10  
    102pt
    『戦争論』を出版して20年、これまで左翼から何回 「ネトウヨの生みの親」「歴史修正主義」 という言葉を浴びせられたかわからない。
     だが、そもそも本当に『戦争論』がネトウヨを生んだと言えるのか、「歴史修正主義」とはどういうもので、それに『戦争論』が該当するのかといった根拠を論理的に示した上でこの言葉を使ったケースには、まだ一度も出会ったことがない。
    「ネトウヨの生みの親」も、「歴史修正主義」も、根拠もなくただネガティブなイメージだけを刷り込むための「思考停止ワード」である。
     言ってみれば子供が「お前の母ちゃんデーベーソ!」と叫んでいるのと何一つ変わらない、論理を完全に放棄した 「反知性ワード」 なのである。
     ネトウヨもネトサヨも全く同じで、誰かを攻撃しようとしたら、ものすごく単純な「思考停止ワード」のレッテル貼りをする。
     ネトウヨはわしを含めて気に食わない相手には、誰彼構わず「サヨク」だの「チョーセン人」だのという「思考停止ワード」を浴びせて罵倒する。ただ、特にわしに対して「ネトウヨの生みの親」や「歴史修正主義」のように攻撃力のあるワードは編み出していないから、ネトサヨよりもネトウヨの方がもう一段レベルは低いのかもしれない。
      なぜ右も左も思考停止ワードを使うのかというと、それは、論理では戦えないからだ。
      どっちも知性ゼロで、論理では絶対に勝てないから、根拠のない負の言葉を貼り付けて軽蔑し、イメージダウンを図るという手段しか取れないのだ。
      ところが世間の人間というものは不思議なことに、こんな単純な手段にいとも簡単に引っかかるのである。
     そのレッテルは正しいのだろうかと疑問を持つ者もいない。それじゃあ小林よしのりという人は、実際にはどんなことを言っているのだろうと自分で確かめてみる人もいない。
     ただ、小林よしのりとはそんな言葉をぶつけられて、軽蔑されている人なのかと思うだけなのだ。
     いくらこっちが論理で説いても、右も左も議論から逃げ、ただ悪いイメージがつく反知性・思考停止ワードを貼り付けるだけという攻撃をしてくる。
     そもそも「ネトウヨの生みの親」という言葉は、朝日新聞が何度も使った。
      朝日新聞がそう言えば、その言葉のみで、左翼は『戦争論』を読みもせず、何も考えもせずに、そういうものだと結論付けてしまう。
     かつてシールズの学生と対談したら、いきなり面と向かって「ネトウヨを生み出したことを謝れ」と責めてきたが、この学生は『戦争論』を読んでもいなかったはずだ。
     実はその対談には、シールズの学生がもう一人参加する予定だった。そのツイッターを時浦が追跡したところ、その学生は対談前夜、律儀にも『戦争論』を読んでいたが、読んでみて、これはとても勝てないと怖気づいた様子で、当日ドタキャンしていたそうだ。
      どんなにネガティブな単語を貼り付けられようと、わしが何を主張しているのかを理解している本当の読者ならば、そんなものに動揺するはずがない。
     右も左も、わしの読者のことを 「小林よしのり信者」 と呼ぶが、これなんかはまさにネガティブイメージを貼り付けるためだけの反知性ワード・思考停止ワードである。
      ところが実際には「信者」の単語に動揺して、そうは言われたくないと思ってしまう人が出てくる。
     ゴー宣道場の門下生にも「自分は信者じゃない」と言い出す人がいるのだが、実はそれはもう、その時点で罠に嵌っているのだ。
  • 「新元号を巡る議論を整理する」小林よしのりライジング Vol.282

    2018-08-28 21:00  
    153pt
     来年4月30日の天皇陛下の退位を控え、何でもかんでも「平成最後の」という枕詞がつけられるようになってきた。
     SNSでは「平成最後の夏」というキーワードが話題になっているそうで、特に若い世代は天皇の代替わり・改元を生まれて初めて迎えるということで、元号に対する関心が高くなっているらしい。
     そして今、「平成の次」の元号の発表の仕方について議論が起きている。

     8月15日放送のTOKYO MX「モーニングCROSS」で、「新元号事前公表めぐり政府苦慮」という話題を取り上げていた。
     政府は「平成」の次の元号の公表時期について、国民生活に混乱を生じさせないよう、 皇位継承1か月前の公表を念頭に準備を進めているが、保守派からは新天皇即位の当日である5月1日に公表すべきとの意見があり 、安倍首相は自民党総裁選への影響を避けるため、結論を当面先送りする見込みだという。
     そこでコメンテーターの鳥越俊太郎が、今回は昭和天皇の場合と違って事前に4月30日の退位が決まっているのだから、 「1か月前に事前にちゃんとやって、全ての世の中のシステムを準備するというのは、僕はアリだと思いますよ」 と発言した。
     全て利便性だけで判断して、元号そのものの意味については何も考えていないという、いかにもリベラルサヨクらしい意見だが、これを受けてもう一人のコメンテーターの古谷経衡がこう言った。

    「保守派が反対って書いてましたけど、生前譲位の時の有識者会議の時もカッコ保守派という人が変なことばかり言って、天皇とはこうあるべきだとか、元号とはこうあるべきだとかいうことを、この国のカッコ保守派は押しつけ過ぎなんですよ。
     鳥越さんがおっしゃったように、これはあらかじめわかっている、近代初めての生前ご譲位なわけですから、別に1か月前、2か月前でもいいわけであってね、何か『私の考える天皇』を押しつけがちなんです、変な」

     カッコ保守派、というのはカギカッコ付きの、いわゆる「保守派」、という意味だろう。わしが「自称保守派」と言うのと同じようなものだ。
     古谷は「カッコ保守派」を批判して、むしろ自分の方が本当の保守だと言いたいのかも知れないが、この発言には古谷が決して保守ではないことがはっきり表れている。
      来年の4月30日が終わるまでは、あくまでも「平成」であり、今の天皇陛下の御世なのである。
     それなのに、平成のうちに次の元号を公表するということ自体が、非常に不敬なことなのだ。
     平成はまだ終わっていない。ご譲位まであと8か月余りの間にも、まだ何が起こるかわからない。つい最近も平成最大の豪雨災害があったばかりで、陛下はおそらく現地訪問のご意向をお持ちだろう。
     そしてこの先さらに重大事が起これば、陛下が特別のおことばを発表されることだって、まだあるかもしれない。
      あくまでもこの時代は今上陛下の世であり、譲位されるまでは今上陛下がこの時代に責任を持っておられるのだ。
     今上陛下としては、この平成という時代に阪神大震災、オウム真理教事件、東日本大震災、原発事故等々ろくでもないことばかり起こり、その度に、これは自分に徳がないからではないかとお心を痛めてこられたことだろう。
      そんな中で陛下は、ご自身が始められた被災地訪問や、ご自分のテーマとされている戦地の慰霊を重ね、一生懸命苦難しつつ、今の自分の時代に責任を持とうとしておられるし、それはご譲位が完了する瞬間まで続くのである。
     それなのに今から次の元号のことを言うとは、なんと失礼なことではないか。

     そもそも 元号は、1300年以上前に初めて制定された「大化」以来一貫して「天皇の元号」であり、その時の天皇が決めるものなのだ。
  • 「飲み屋潰しのセクハラ糾弾に言っとく!」小林よしのりライジング Vol.271

    2018-05-22 19:00  
    153pt
      《お酒を飲みながらの会話は、重篤なセクシャルハラスメントを引き起こし、社会的制裁を受ける可能性があります》
     缶ビールやチューハイに、こんな警告表示が義務付けられたら――。
     5月16日の朝日新聞オピニオン欄に、「セクハラ許す日本の謎」と題する巨大なセクハラ糾弾キャンペーンが繰り広げられた。このなかで、企業広告の効果測定やチェックを行うビデオリサーチ社の「ひと研究所」から研究員の村田玲子という人が登場し、テレビコマーシャルや番組、企業広告に対する所感を述べている。
     研究所では、企業やテレビ局の依頼を受けて、CMや番組に不快な表現が含まれていないかのチェックを行っており、たとえば視聴者から 「女性のくちびるを映した映像がアップになりすぎていて不快な印象を持つ」 などの声があれば、それを企業側に届けるという。
     企業はいまやネットでの炎上対策に保険をかけるほど神経を尖らせているから、くちびるのサイズひとつにもビクビクしている状態なのだろう。
     
      保険会社も「ネット炎上対応保険商品」を販売している時代…。
     しかし、女性のくちびるがアップになりすぎているって、資生堂からカネボウ、花王、ライオンまで化粧品や歯ブラシ関係などのCMは軒並みNGだと思うが。放映されているものをざっと眺めるだけでも相当あった。
     
      ※不快に思われる方を配慮して一部モザイク処理をしております
     村田研究員によると、企業のCM製作者には、“自分たちの視点が今の生活者の感覚に合っているのか”を意識する者が増えており、全体的にはCMやテレビ番組での性的な表現は減る傾向にあるという。そして、 「それでも一部のウェブ向け宣伝動画などでは、多くの人が不快と感じる表現がみられる」 と続ける。
     ふーん……。
     子供の頃、『志村けんのバカ殿様』で、おっぱい丸出しの女性をたくさん床に寝かせ、女体で神経衰弱ゲームをやるというコントが普通に放送されていて、お茶の間で見ていたりしたが、もうあんな企画は遺跡状態だし、公共の場で懐かしんでいたら 「時代錯誤のアナクロおばさん」 ということになってしまう。
     とにかく、私には特に文句を言いたくなるほど性的に不快なテレビ映像なんてのは見たことがない。YouTubeを開くと、広告として強制的に流れはじめる、「あべりょう」とかいう風刺音楽みたいなやつのほうが、口やかましい上に、いかにもネット的な安っぽく押しつけがましい音で非常に不快に感じるのだが。それでも自分で音を消すから別に苦情を申し立てるほどじゃない。
     それにだいたいが、たかだかくちびるがアップになっただけで「不快」とまで感じてしまう“今の時代の生活者の感覚”って、本当にくちびるが原因なのか?  あまりにも超高解像度・超高精細で大画面のテレビを見ているから、セクシャル的な問題というより、映像がいちいちリアルに大きく見えすぎて気持ち悪い 、という理由だってあるんじゃないかと思うがどうなんだろう?
     見たくもない顔がよく見えすぎて「きもっ」と思うときなら私にもある。
     薄型の大画面テレビの価格が下がり、データ放送の技術は毎年のように進歩、4Kだ8Kだと映像が高密度になる。色彩も階調も進化。通信速度もどんどん向上するから、パソコンやスマホで見る映像もやたらと綺麗な世の中だ。
     高密度・巨大映像に感覚が追いつかなくて、疲れているんじゃない? 女のくちびるひとつでゲンナリさせられる時代になってしまったんじゃないですかっ?
    ●そんなに性的な表現に反応してるの?
  • 「一般常識を敵にする安倍信者」小林よしのりライジング Vol.265

    2018-04-11 11:30  
    153pt
     世の中には、一般の常識・良識とは真っ逆さまの理屈を「常識」「良識」だと、大真面目に主張する人たちがいる。
     一般人から見ると「頭がおかしい」としか思えないが、その人たちは自分に都合の悪いことは一切見ようとせず、一般社会の方がおかしいと思っている。
     世の大多数から批判されると、迫害されたと被害妄想を抱き、同じ理屈を共有する者だけで結束を固めて閉ざしていく。時には存在しない「敵」を想定し、それを攻撃することで自己を正当化する。
     そうして主張はどんどん先鋭化し、より一層、一般常識から乖離していく。
     読売新聞社の全国世論調査では、佐川前国税庁長官の国会における証言に75%が「納得できない」と回答している。
     安倍昭恵を国会に呼んで説明を求めるべきだとの意見は60%で、「そうは思わない」の36%を大きく上回っている。
      国有地の8億円値引き、そして公文書の改ざんという前代未聞の不祥事を官僚が勝手にやるわけがなく、もし官僚が忖度して勝手にやったとしても、安倍昭恵の存在なしにこんなことが起きたはずがないというのは、ごく真っ当な一般庶民の常識的感覚だ。
     ところが、無条件に安倍昭恵が「潔白」だと信じ、その証人喚問を求めることは 「人権侵害」 だと主張する、「頭がおかしい」としか思えない人がいる。
     産経新聞の「エース記者」、 阿比留瑠比 だ。
     しかも産経にはこれに賛成する読者がいるようで、阿比留は4月5日の産経新聞コラム「極言御免」で、そんな読者の声を紹介している。
    「昭恵さんの証人喚問が実現すれば日本の社会に大混乱をもたらすだろう。知らぬ間に隣人や知人に犯罪容疑者にされる恐怖が社会全体に疑心暗鬼を生むからです」
     昭恵は「知らぬ間に」疑われたわけじゃないでしょう! 怪しすぎる状況証拠が山積みでしょうよ!!
     安倍昭恵を証人喚問したら、社会全体が恐怖に覆われ、日本社会が大混乱に陥る!? どこのノストラダムスだ!?
    「知らぬ間に犯罪容疑者になる恐怖」だったら「共謀罪」の方が百万倍大きいと思うが、この人は共謀罪に反対したのだろうか?
     阿比留はさらにこんな読者の意見も紹介する。
    「臆測で『裁判』にかけられるようになったら自由に意見も言えなくなる。何とかまっとうな世の中になってほしい」
     あまりの無知に、唖然とする。
      国会の証人喚問は「裁判」ではない!
     時には「公開裁判」のように見られることもあるが、これはあくまでも議院証言法に定められた、国政調査のための証言を求める制度である。証人は「被告」として扱われているわけじゃないし、そこで裁きを受けることもない。
      安倍は「真相究明に全力を挙げる」と言っているのだから、それならば真相究明のために安倍昭恵の証言は必要不可欠だと思うのは、全くの常識である。
     ところがこの読者は、昭恵の証人喚問を求めたら「自由に意見も言えなくなる」、「まっとう」ではない世の中になるという。
     そして阿比留はこれに全面的に賛同し、こう書くのだ。
      日本社会の現状に深い閉塞感を覚え、今後の日本のあり方についても憂慮しているのが伝わってくる。現代の魔女狩りに、おぞけをふるう人は少なくない。
     証人喚問は裁きの場でもリンチの場でもなく、国政調査のための証言の場でしかない。本当に潔白なら、堂々と出てきて潔白だと言えばいいだけのことだ。それに「深い閉塞感を覚え」、「現代の魔女狩り」呼ばわりして「おぞけをふるう」とまで非難する意味が全くわからない。
      ひょっとしたら、阿比留も産経読者も実は内心、昭恵が「真っ黒」だと思っていて、証人喚問に出したらオシマイだと予感しているから、こうもヒステリックになっているのではないか?
     続けて阿比留は、野党やメディアが昭恵の証人喚問を求めることをこう非難する。