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記事 371件
  • 「ジョーカーって傷ついた人なの?」小林よしのりライジング号外

    2019-11-12 09:50  
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     久しぶりに映画評を書こう。
     映画評を書くのが億劫になっていたのは、少しでも踏み込んだ内容に触れると「ネタバレだ!」と騒ぎまくって炎上させようとする「ネタバレ警察」が跋扈するようになってウザいという理由がひとつ。
     そしてもうひとつの理由は、どんな映画でも相当の制作費と人手がかかっていて、費用を回収するために多くの人が宣伝に必死になっていることを考えると、褒めの批評ならともかく、けなす批評は書き難いという気分になっていたからだ。
     とはいえ、世間の評価とわしの評価があまりにもかけ離れているのに、それについて何も言わずにいるとフラストレーションがたまってくる。
     それに、ネタバレが嫌なら読まなきゃいいだけなのに、わざわざ読んで文句をつけてくる者の気が知れない。
     そんなわけで、有料webマガジンの「小林よしのりライジング」なら、本当に読みたい人しか読まないだろうし、しかももう大ヒットしちゃっている映画なら、ここでわしが酷評したところで誰の迷惑にもならないだろうということで、書くことにした次第である。
     完全ネタバレありだから、これから見ようと思っている人や、すでに見て、良かったと思った人は決して読まないように。
     前置きが長くなったが、今回取り上げる作品は、ホアキン・フェニックス主演、トッド・フィリップス監督作品 『ジョーカー』 である。
     この映画は『バットマン』の悪役・ジョーカーの「誕生秘話」を、原作コミックスにはないオリジナル・ストーリーで描いた作品で、第79回ベネチア国際映画祭のコンペティション部門で、アメコミの映画化作品としては史上初めて最高賞の金獅子賞を受賞した。
     10月29日時点で世界累計興行収入は7億8810万ドル(約857億円)にも上り、R指定映画の興収ランキングでは史上トップ。日本でも10月27日時点で興収は約35億円、公開から4週連続首位という大ヒットで、評論家の批評も観客のレビューも、絶賛の嵐となっている。
     ところがわしは、この映画は全然ダメだと思ったのである。
     バットマンは何度も映画化され、何人もの俳優がジョーカーを演じているが、わしはクリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト』(2008)でヒース・レジャーが演じたジョーカーがベストだと思っている。
     今回の『ジョーカー』も、てっきりヒース・レジャー版ジョーカーの前日譚を描いたものと思い込んでいたのだが、それは全然違った。
     これは今までのバットマン映画とは一切関係なく、独自のジョーカー像を創作した上でその誕生までを描いた単発映画であり、続編は作らずシリーズ化もしないという。そのため、この映画にはゴッサムシティの市長の息子で、後にバットマンになるブルース・ウェインの子供時代は登場するものの、バットマン自体は一切登場しない。
     もちろん『バットマン』は原作誕生から80年にもなる作品であり、作風もキャラクターの造形も、時代によって全く異なる。わしが子供の頃にテレビで見た『バットマン』なんかコントみたいな作りで、ジョーカーも無害なおふざけキャラだった。
     だから人それぞれに好きなジョーカーが違っても全然かまわないというのは前提である。明石家さんまはティム・バートン監督の『バットマン』(1989)でジャック・ニコルソンが演じた陽気なジョーカーがベストで、ヒース・レジャーのジョーカーもホアキン・フェニックスのジョーカーも暗くてダメだったと言っている。
  • 「アメリカの文明の野蛮」小林よしのりライジング Vol.335

    2019-11-06 14:40  
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     以前も紹介したが、岡本太郎は70年大阪万博のテーマ館プロデューサーに就任し、「人類の進歩と調和」というテーマに対して「人類は進歩なんかしていないし、調和もしていない」と断言した。
    「人類の進歩と調和」は「科学技術万歳」で、科学力さえ進歩すれば人類も進歩するという発想によるものだったが、それを真っ向から否定したのだ。
     50年後の今、岡本太郎は完全に正しかったと常に思わされる。
     先月27日、アメリカのトランプ大統領はホワイトハウスで「昨夜、アメリカは世界最悪のテロリストのリーダーに正義の鉄槌を下した」と演説し、米軍の軍事作戦によって武装過激派組織イスラム国(IS)の指導者、アブ・バクル・アル・バグダディが死亡したと発表した。
     米軍は数週間前にシリア北西部のバグダディの潜伏先を突き止め、2週間ほど前から秘密裏に作戦を計画。
     作戦は現地時間26日夜に実行され、米軍の特殊部隊がヘリコプター8機で潜伏先の建物を急襲。建物の正面には爆弾が仕掛けられていたため、部隊は建物の横に穴を開けて侵入し、応戦してきた戦闘員5人と、自爆ベストを着ていたバグダディの妻2人を殺害。
     バグダディは周辺のトンネルに逃げ込むが、軍用犬に追い詰められて自爆ベストを起動させ、一緒にいた3人の子供と共に死亡したという。
     トランプはホワイトハウス地下の作戦指令室で現地からの生中継を視聴、「映画を見ているようだった」と言い、自爆する直前のバグダディについて「臆病者のように泣き叫んでいた」と述べた。
     本当にバグダディが泣き叫んでいたかどうかについては、記者会見で作戦の詳細を説明した中央軍司令官が「確認できない」と述べており、トランプがバクダディを「臆病者」として印象づけるために話を「盛った」のではないかと言われている。
     ともかくトランプは、現地から遠く離れた全く安全な場所で、まるでゲームのように面白おかしくそれを見物しておけばいいのだ。
     前任の大統領で、なぜかノーベル平和賞受賞者であるオバマも、かつて同じことをやった。
     2011年、米軍が9.11テロの首謀者とされるオサマ・ビンラディンを殺害した際、オバマら政権中枢は今回と全く同じようにホワイトハウスの作戦指令室で現地からの生中継を見物し、ビンラディンの死亡を確認すると、記者会見で「正義はなされた」と宣言したのだった。
     科学力の進歩が、そういう事態を作り上げてしまった。アメリカという「文明国」だから、それが出来るのだ。
     わしは基本的に、イスラム国は大嫌いである。あれは日本の自称保守派と同じ男尊女卑の連中だから、潰して全然構わない。とはいえ、その指導者が無惨に殺害されていく様を、全くの他人事のように高みの見物で眺めていられる神経には、呆れ果てるばかりだ。
     トランプは、少しは自分の身に置き換えてものを考えるということができないのだろうか。
     例えばものすごく性能のいいドローンが開発されたら、トランプだってどこかの何者かからどんどん追い詰められて、暗殺されてしまうことだってあり得るのではないか?
     大国にしかできないこととは限らない。このままメカの性能がどんどん発達して行ったら、中東からの遠隔操作で暗殺ドローンが大量にホワイトハウスを襲撃することだって、不可能とはいえない。
     そんなことになったら、トランプはどんな臆病者の醜態を見せることになるだろう? 泣き叫びながら小便垂れ流して逃げ回った挙句、惨めな死にざまをさらすんじゃないか?
     そんなことを一切想像もせず、たまたま自分が圧倒的に有利な立場にいるということだけに乗っかって、追い詰められて死んでいく敗者をせせら笑う精神は、とてつもなく野蛮だとしか言いようがない。
     トランプはイスラム国を潰すために利用したクルド人を、あっさり裏切った。
     米国は2014年、イスラム国の支配圏拡大を阻止するためにクルド人に協力を要請。武器と金を渡し、訓練と後方支援を行い、戦闘に当たらせてきた。
  • 「教師いじめのみじめなポリコレ」小林よしのりライジング Vol.334

    2019-10-22 20:15  
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     小学校の教師が、別の教師にいじめをやっていたというニュースを最初に聞いた時、わしは何のことやらわからんという感覚になった。
     思いもよらない、あり得るはずがない幼稚な事件が起こっていたので、リアル感がなかったのだ。
     いじめを止める側の立場である教師が、同僚教師にいじめをやっているなんて社会の劣化がまた一段階進んだと思うしかない。20年前に「学級崩壊」といわれた時は、崩壊していたのは子供の秩序だけだったが、ついには教師の秩序崩壊まで始まったのか!
     
     その後、具体的な状況が報じられてきたが、いい歳した大人が、人を羽交い絞めにして食えないような激辛カレーを無理やり食わせたり、キムチ鍋の原液を大量に飲ませたり、相当に愚劣なことをやっている。
     さらに加害教師たちがやったことを列挙していくと… 「髪の毛や衣服を接着剤まみれにする」「熱湯の入ったやかんを顔につける」「プロレス技で首を絞め上げる」「ビール瓶を口に突っ込み、飲ませた後に瓶で頭を叩く」「かばんに氷を入れる」「ダメージ加工のジーンズをビリビリに破く」「同僚教員にわいせつ文言を無理矢理送らせる」「『ボケ』『カス』『性病』『犬』、ポンコツを意味する『ポンチャン』等、暴言、侮辱の言葉の数々」「被害教師の車の上に乗る」「車内に飲み物をわざとこぼす」「車に大量の灰皿の水をまき散らす」「送らせた後、窓から下車したり、足でドアを閉める」「トマトジュースをかける」「携帯電話を隠す」「携帯電話にロックをかける」「お土産を催促して、買ってきたら捨てる」「仕事が終わってないのに、せかして悪口を言う」「指導案に落書きする」「ラーメン屋で、卓上にあった生姜の汁、酢を水に入れて飲ませる」「大量の菓子を口に詰め込む」「輪ゴムを顔に当てる」「背中を肘でグリグリと押す、足を踏みつける」「乳首をあざになるほどつねる、掃除機で吸う」「酒を強要し、拒否すると平手打ち」「印刷用紙が入った段ボール箱をいきなり頭に置く」「コピー用紙の芯で尻をミミズ腫れができるほど殴る」 …
     加害行為は50種類にも及ぶという。よくこれだけ思いつくなと思ってしまうが、よっぽど楽しかったんだろう。
     さらに加害教師たちは、児童に対しても被害教師の悪口を言ったり、いじめの様子を面白おかしく話したり、被害教員が受け持つ児童に対して、学級をめちゃめちゃにするようけしかけたりもしていたという。
     しかも加害行為は他の教師数名にも及んでおり、中でも他の男女教師に性行為をするよう強要し、その証拠画像を被害教師に送らせていたと週刊文春が報じている。もう完全に犯罪行為である。
     しかも、主犯格のいじめ教師が女性で、子分の男性教師3人にいじめをさせていたというのだから、もうわけのわからなさが度を超えている。妙なところで「女性の地位向上」が進んでいるが、かつての赤軍派の永田洋子みたいなものかもしれない。
     被害教員は2年余りいじめを受けており、昨年には被害を当時の校長に訴えたが、主犯格の女教師がその校長のお気に入りだったために、もみ消されていたらしい。
     被害教師は今年4月ごろから吐き気や睡眠障害、動悸などの症状が強く出るようになった。7月には現在の校長が事態の一部を把握して加害教員4人を指導したが、主犯女教師が現校長よりも権力の強い「女帝」と化している状態だったために効果はなく、被害教師は「くそやな」「ママによしよししてもらえ」などの暴言を浴びせられ、さらにいじめを受ける結果となった。
     被害教師は8月には「2学期が始まれば、またやられる」と思い詰めて精神状態が悪化し、9月から仕事を休んで療養を余儀なくされ、それでようやく事態が表沙汰になったのである。
     大人のイジメはもっと陰湿で巧妙にやるものかと思っていたが、その手法は子供と全く同じに幼稚で直接的で、激辛カレーを食わせてケタケタ笑っている様子などクソガキそのものだ。
     加害男性教師は、「嫌がっているとは思わなかった」と言っているらしいが、これも子供の言い訳そのもので、これだけのことをして本当に相手が嫌がっていると思わなかったのなら、もう人間の基本的な情緒が欠落している。
     加害教師4人は「謝罪文」を公表したが、これまた子供が叱られて渋々書いた反省文みたいな文面だった。
     それどころか、主犯女教師に至っては 「本当にそれまでは、被害教員には自分の思いがあって接していたつもりです」「彼が苦しんでいる姿を見ることは、かわいがってきただけに本当につらいです」 などと一切悪いことをしたとは思っていない様子で、読んで寒気を感じた。
     こんなのには懲戒免職は当然で、さっさと立件して刑務所にぶち込むべきだ。
     いじめは、いじめる側が100%悪いのは当然だ。「いじめられる側にも非がある」といった観念が蔓延しているから被害者はなかなか人に相談できず、中には本当にいじめられる自分の方が悪いと思い込んでしまい、自分だけを責めた挙句、自殺に至ってしまう場合すらある。
     だから、いじめは加害者が100%悪いということは、常識にしなければならない。
     だが同時にそういう判定が常識になったとしても、競争社会であり、優劣をつける社会である以上、いじめられる側の大人にも言っておくべきことはあるのではなかろうか?
      大人であって、社会人である。子供と一緒に扱わなくともいいのではないか?
  • 「ラグビーだってナショナリズムだ」小林よしのりライジング Vol.333

    2019-10-16 14:40  
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     オリンピックをはじめ、スポーツの国際大会が盛り上がると、ナショナリズムは危険だという刷り込みがある左翼が、決まって「ナショナリズムを煽るな」という全く意味のわからないイチャモンを言い出す。
     そして現在開催中のラグビーワールドカップでも案の定、その手の文句が上がっている。
     特にラグビーの日本代表チームは一見すると「なんで外国人ばっかりなの?」という印象になるから、左翼はここぞとばかりにこれを「アンチ・ナショナリズム」の象徴に仕立て上げようとしてくる。
     ラグビーはオリンピックやサッカーのワールドカップ等と違い、国籍が異なる国の者でも、代表選手になれる規定があり、今大会では日本代表選手31人のうち15人が外国出身で、日本に帰化していない外国籍の選手が7人いる。
     だがこれで、国境なんてもう関係ないんだなどとジョン・レノンの『イマジン』みたいに思っていたら、見当違いも甚だしい。
      あくまでもラグビーワールドカップは「国別対抗戦」であり、各チームはナショナルチームである。 グローバルチームでもなければ、国境を無視したカオスチームでもないのである。
     ラグビーの選手は「本人、もしくは両親、祖父母のうちひとりがその国の出身」「その国で3年以上継続して居住、または通算10年にわたり居住」の条件のうちどれかを満たしていれば、国籍が異なる国でも代表選手になれる。ただし、ひとりの選手は1カ国の代表にしかなれない。
     なお、「3年以上継続して居住」の要件は今大会後は「5年以上」になる。
     ラグビー代表が国籍を重視しない理由には、ラグビーという競技が生まれた時代の背景がある。
     ラグビーは19世紀初めにイングランドで誕生し、その後ウェールズ、スコットランド、アイルランドとイギリス全域に広がり、パブリックスクールや大学で盛んに行われた。
      当時のイギリスは全世界の陸地と人口の4分の1を版図に収める「大英帝国」の全盛期であり、ラグビーを経験したエリートたちは世界中の植民地に赴任し、現地でラグビーを普及させていった。
      そこで、イギリス人は世界中のどこの国に行ってもイギリス人のままその国の代表になれるようにということで、国籍よりも地縁・血縁を重視する考え方が生まれ、その名残が現在まで続いているのだ。
     つまり、これは「ラグビーに国籍は関係ない」という価値観から始まったわけではなく、もともとはイギリスの都合だったのである。
     なお、「日本は強豪国じゃないから、助っ人外国人に頼っている」と思っている人も多いようだが、それは誤解で、ウェールズやスコットランドといった強豪国でも外国出身選手の割合は高い。
      しかも外国人選手は決して「助っ人」ではない。彼らはれっきとした日本代表の一員だ。
     日本代表チーム主将のリーチマイケル選手は、父はニュージーランド出身のスコットランド系白人、母はフィジー出身である。
     リーチマイケルは15歳で留学生として来日、今では日本での生活の方が長く、日本人と結婚し、2013年に日本国籍を取得している。
     リーチはニュージーランドやフィジーの代表になる資格もあったが、日本を選んだ。彼が高校2年生の時、ニュージーランドの実家が火事に遭い、その時、高校の監督が関係者に呼びかけて義援金を集め、何も言わずに実家に送っていた。後になってそのことを知ったリーチは感動したといい、 「その恩はラグビーで返すしかない。何があっても、日本以外の国の代表になるわけにはいかないと思いました」 と語っている。
     リーチマイケルはワールドカップ開幕前、宮崎での強化合宿を終えた後、メンバーと共に日向市の大御(おおみ)神社にある「さざれ石」を訪れ、その前で『君が代』を斉唱し、本殿でお祓いを受けた。
     リーチはこのことについて、次のように語っている。
    「このチームはダイバーシティー(多様な人材を積極的に活用しようという考え)、いろんな国の人がいる。もっと日本のことを知ってもらわないといけない」
    「日本は1000年以上の歴史を持っている。たくさんいい感じのもの(文化)を持っているし。知ることで日本が好きになるし、もっとがんばらないといけないと思うようになる」
    「ここ(大御神社のさざれ石)に来たのは、日本の国歌の意味まで知ることが重要だと思ったからです」。
    「日本代表には色々な国の人がいて、それぞれのナショナルアンセム(国歌)があると思います。だからこそ日本の国歌、君が代の意味を知ることは非常に大事です。桜のジャージはできた時から1人の力だけじゃなくて、みんなで大きくなっていると思うので、そこからさらに新しい歴史を作って行くのが僕たちの責任です」
    「今日しっかりこれを見て、次、国歌を歌うときに思い出してもらいたいと思います」
     リーチマイケルは日本人としてのアイデンティティを強く意識しており、チーム全員でさざれ石を見に行き、君が代の意味を知って、チーム全員のアイデンティティを統一させたのだった。
     出身国や国籍は問題ではない。彼らは日本に対する愛国心を持ち、桜のジャージに誇りを持つ、日本チームのメンバーなのである。
     ただし、彼らはただ一方的に日本文化に傾倒しているような、いかにも自称保守・アナクロ保守が喜びそうな存在ではない。一方では外国人の目で冷静に日本を見ているところもある。
      例えば、日本人は失敗しても「ドンマイ」で曖昧に済ましてしまい、同じ失敗を繰り返す傾向があるとして、これを改め、失敗の原因は徹底的に追及するようにしたそうで、これも日本代表チームが強くなった一因だという。
     このようにして今、新しい日本チーム、新しい日本人が作られている最中なのである。
  • 「立憲主義どころじゃないって無茶苦茶」小林よしのりライジング Vol.332

    2019-10-08 20:35  
    150pt
     立憲民主党という政党ができ、立憲主義、立憲主義と何度となく繰り返してきたため、「立憲主義」という言葉だけは一般にも知られるようになってきた。
     ところが、「立憲主義」とはどういう意味か、それ以前にそもそも「憲法」とは何なのかということを理解している人が全然いないのだから、全く途方に暮れてしまう。
     れいわ新選組代表・山本太郎は、東京新聞9月22日付のインタビューでこう発言した。
    「『立憲主義に基づいた政治を』との主張は大切だが、それどころじゃない。厳しい生活を少しでも楽にする政策は何なのか、具体的に話さなければいけない」
    「憲法二五条が定める『健康で文化的な最低限度の生活』ができている人がどれだけいるのか。現行憲法を守らずに憲法を変えようという人たちは信用できない」
     これを読んでわしは即座にブログに「山本太郎、終了!」と書いた。
     先の参院選では、わしは山本太郎に投票した。そのこと自体は、重度身障者を2名も国会に送り込み、一気に国会をバリアフリー化してしまうという快挙につながったから良かったと今でも思っている。
     だが、憲法について、立憲主義について、ここまで完全なる無知であることがわかってしまっては、もうこの先は支持できない。
      憲法とは、国民が権力を縛る命令書である。
     そして、権力は憲法に書いてあることを守らなければならないというのが、立憲主義である。
     憲法25条には「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と書いてあるのだから、権力はこれを守り、国民に「健康で文化的な最低限度の生活」を保障しなければならない。これが立憲主義というものだ。
      山本太郎は、憲法25条が守られていない、すなわち立憲主義が守られていないと憤慨しておきながら、その一方で「いまは立憲主義どころじゃない」などという暴言を吐くのだから、もうシッチャカメッチャカである。脳みそがひん曲がっているとしか思えない。
    「立憲主義どころじゃない」 というのは、 「権力は憲法の縛りに従っている場合じゃない」 という意味である。つまりは事実上 「権力は憲法を守らなくていい」 と言っているわけで、山本太郎は 「権力の暴走を容認する」 と表明していることになるのだ。
     そして、まさに安倍政権も「立憲主義どころじゃない」と思っているから、憲法を守らないのだ。 憲法25条だけでなく、憲法53条に規定された臨時国会召集を無視したケースもそうだし、あいちトリエンナーレの補助金不交付も憲法21条に書かれている「表現の自由」の保障に違反している疑い が濃い。
     政権がそんな状態だからこそ「立憲主義を守れ!」と言わなければならないのに、「立憲主義どころじゃない」なんて言ったら、もうおしまいである。政権にしてみたら、「山本太郎さん、ありがとう! お言葉に甘えて、憲法は守りません!」ってなもんだろう。
     しかし、山本太郎の発言がとてつもなくヘンだということに気づいた人は、果たしてどれだけいただろうか?
     政治家でさえレベルが著しく低下していて、立憲主義とは何かを正確に理解している人の方が少数派だろう。
     ましてや国民は立憲主義なんか一切理解しておらず、山本太郎の発言に違和感も持たずにスルーした者の方が大多数なのではないか?
     日本では、誰も「憲法」も「立憲主義」もわかっていないのだ。
     安倍首相は4日の臨時国会の所信表明演説の最後に「令和の時代の新しい国創り」について触れ、 「その道しるべは、憲法です」 と述べ、憲法改正への意欲を見せた。
      安倍晋三は、憲法を「権力を縛る命令書」ではなく「国創りの道しるべ」だと思っている。安倍も立憲主義を一切理解していないのだ。
     もっとも安倍は以前も国会で、「憲法は国家権力を縛るもの」というのは 「かつて王権が絶対権力を持っていた時代の考え方」 であり、今の憲法は 「日本という国の形、そして理想と未来を語るもの」 だなどと、八木秀次あたりから吹き込まれたのであろうトンデモ憲法論を堂々と答弁していたくらいだから、今さら驚かない。
     ともかく安倍は参院で「改憲勢力」3分の2を割った今国会においても、憲法改正に意欲を見せている。それ自体は良い。わしは憲法改正の意欲を持ち続けていることは好意的に評価する。
     ところが共同通信の世論調査では、「内閣が優先して取り組むべき課題」(2つまで回答)のトップは「年金・医療・介護」(47.0%)で、次が「景気や雇用など経済政策」(35.0%)。 「憲法改正」はわずか5.9%で、8番目だった。
     つまり、国民の大多数も山本太郎と同様に、憲法なんか後回しでいい、今は目の前の暮らしの方が大事だとしか思っていないわけで、立憲主義もへったくれもありゃしないのである。
  • 「地球温暖化の原因はCO2(二酸化炭素)か?」小林よしのりライジング Vo.331

    2019-10-01 20:40  
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     純粋まっすぐ少女が、国連に出てきて顔をゆがめて居丈高に大人たちを糾弾する演説をしている映像なんか見たら、まずその時点で少なくとも『ゴー宣』の読者ならば、直感的に警戒心が湧くのではないだろうか?
     9月23日、国連の温暖化対策サミットでスウェーデンの16歳の活動家、グレタ・トゥーンベリが各国代表を前に演説を行い、経済成長を優先して温暖化対策の取り組みに消極的だった「大人たち」への怒りをぶつけ、涙ながらにCO2(二酸化炭素)削減を訴えた。
     グレタは昨年8月から毎週金曜日に学校をボイコットして「気候のための学校ストライキ」と書かれたプラカードを手に、国会議事堂の前で座り込みを始め、同様の行動をするようにと、SNSで世界中の若者に呼びかけた。
     その活動は「#FridaysForFuture(未来のための金曜日)」と呼ばれて瞬く間に広がり、今年3月15日の金曜日に行われた「未来のための世界気候ストライキ」には、世界125カ国で100万人以上の学生が学校をさぼって参加した。
     グレタはたった1人で始めた運動を1年足らずで世界規模に拡げたということで、ノーベル平和賞の候補にノミネートされ、TIME誌の「世界で最も影響力のある100人」にも選ばれている。なおグレタは現在、学校を1年間休学して地球温暖化をアピールする活動に従事しているという。
     国連温暖化対策サミットを前にした、9月20日金曜日の抗議行動は世界160カ国で行われ、参加した学生は400万人以上にも上った。
     ニューヨーク市の公立学校は、デモ参加のための欠席を認める異例の対応を取り、このデモに参加したグレタは 「きょう学校や仕事を休んだとしても、気候変動対策のほうが大切です」 と訴えた。
     「バカ言うな! 学校や仕事の方が大切だ! 日常に戻れ!」と言いたくなるが、『脱正義論』を読んだ者なら分かるだろう。
     ところが、現在マスコミはグレタを大絶賛して英雄扱いしている。
     ただ「若者」であることだけを武器にして、 「あなた方は私たちを裏切っています。しかし、若者たちはあなた方の裏切りに気付き始めています。未来の世代の目は、あなた方に向けられています。」 などと演説し、大人を糾弾するグレタに対して、特に左翼マスコミは惜しみない賛辞を贈るのだ。
     朝日新聞は9月25日の社説でグレタの演説から 「若者はあなたたちの裏切りに気づき始めている。もし私たちを見捨てる道を選ぶなら、絶対に許さない」 の言葉を引き、 「こうした若者たちの怒りを重く受け止めねばならない」 と唱えた。
     NHK「クローズアップ現代+」では9月26日の放送でグレタを特集し、キャスターの武田真一アナが 「グレタさんの言葉に、大人の一人として私も目を覚まさせられました」 なんて言っていた。
     マスコミは、本当に責任持てるのか?
     グレタは11歳の時に地球温暖化への不安から鬱になり、12歳で自らビーガン(完全菜食主義者。肉・魚だけでなく、卵・乳製品も一切摂らない)になり、同じく12歳の時から環境への負荷を抑えるためとして飛行機に乗ることをやめ、国連に出席する際にはCO2排出量ゼロのヨットで15日間かけて大西洋を横断して来た。
     グレタの父はスヴァンテ・トゥーンベリという俳優兼作家・プロデューサー、母はマレーナ・エルンマンというオペラ歌手で、二人とも環境保護の活動家である。
     両親はグレタと共に頻繁にメディアに登場、グレタがヨットでニューヨークに向かう際には父親が同伴。母親は 「娘は空気中のCO2を裸眼で見ることができる」 というイタい発言をしたことがある。
     また、グレタは発達障害の一種である「アスペルガー症候群(自閉症スペクトラム症)」を抱えている。これは「コミュニケーションや対人関係が苦手」「興味の偏りやこだわりの強さ」「感覚の偏りや動きのぎこちなさ」といった特徴がある障害だが、両親はグレタの発達障害や摂食障害などについても積極的に発言しているという。
     両親がどこまで意図的にグレタを自分の活動に利用しようとしたのかはわからないが、グレタは両親が学校に行くようにと注意しているのに聞かないというし、ビーガンになることを両親にも強要したり、海外公演に行く機会の多い母親にも飛行機に乗らないよう要求したりもしているそうだから、むしろ両親の思惑をも超えた、過激な活動家になっているのかもしれない。
     おそらく両親は、思い込んだら突っ走る性質を持つアスペルガー症候群を抱えた子供に幼少時から「地球温暖化の恐怖」を刷り込んでいたはずで、そのためにグレタは鬱になり、育ち盛りの時に自らビーガンを選んでしまい、そして環境活動家になってしまったのだろう。これは虐待の結果だと言っていい。
     わしは地球温暖化よりも、この娘の将来の方がずっと心配だ。
     ネット上では、グレタについて「胡散臭い」「どう見てもヤバい子供が周りの大人に利用されてる構図」「彼女に必要なのは学校に行く事と適切な治療だと思います」といった、実にごもっともな声があふれているが、マスメディアでは絶賛しか許されない状態になっている。
  • 「カジノでなにが起きるのか?」小林よしのりライジング Vol.330

    2019-09-24 21:45  
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     今月20日、神奈川県横浜市議会は「カジノを含む統合型リゾート施設(IR)」の誘致準備費用2億6000万円を盛り込んだ補正予算案を成立させた。カジノに反対する横浜市民は多く、パブリックコメントに寄せられたのも9割が反対意見だったというが、一切無視して2020年代開業へと突き進むようだ。
     挙手しているカジノ企業は、主に外資系だ。トランプ大統領のスポンサーでもある米カジノ最大手ラスベガス・サンズは、今年6月の段階では大阪湾・夢洲への進出計画を言及し、「東京と横浜はチャンスなし」などと言っていたが、8月になると一転。大阪への入札を見送って「東京と横浜に注力」と真逆の発表を行った。
     
     参入を狙うライバル企業は多く、牽制球を投げたり、契約を有利に運ぶためのブラフにかけたりしているのかもしれないが、「東京と横浜は、住民理解と行政対応が整わない」と言ってみたり、「大阪はインフラ面が整わない」と言ってみたり、要求も甚だしい。
     おかげで各自治体は、すっかり舶来のカジノ屋にあやつられ、 「なんとかカジノ様にお越しいただきてぇ!」 とばかりに目の色変えて立ち回っているというありさまである。
    ■カジノ企業は最高権力者のスポンサー
     米サンズはトランプ大統領のスポンサーと書いたが、2018年10月11日の朝日新聞デジタルによれば、安倍首相は、2017年2月に訪米してトランプ大統領の別荘でキスアスしていた時に、どうやらサンズへの日本での事業許可を検討しろと要求されていたらしい。
     参入を狙って根回ししているのは外資系だけではない。
     日本でも、セガサミー、ユニバーサルエンターテインメントなど、海外でカジノを展開したり、カジノ向け決済サービスを牛耳っている企業が何社もある。特にパチンコ・パチスロ機メーカーでもあるセガサミーは熱心だ。
     日本でのカジノ解禁をにらんで、2017年に韓国の現地法人と組み、仁川国際空港の近くにカジノを開業。韓国は、日本の4分の1ほどの国土に17か所ものカジノが存在するという“カジノ先進国”でもある。ここに日本人スタッフを送り込み、ノウハウを蓄積しようというらしい。
     日本でのカジノ推進議論は1999年頃からはじまり、2012年の政権交代を経て2013年に突如沸騰、2013年12月に「IR推進法」が提出されてブイブイ風が吹きはじめ、2016年12月の臨時国会で成立。このさなか、絶妙のタイミングで、こんな出来事があった。
     2013年9月、ホテルオークラ東京で開催されたある披露宴である。
      新郎は経産省若手キャリア官僚の鈴木隼人氏、新婦はセガサミー・里見治会長の令嬢。この宴の席には、現職総理である安倍晋三を筆頭に、小泉純一郎、森喜朗など元首相が並び、菅義偉官房長官ほか閣僚が勢ぞろいしたという。
     セガサミー・里見氏は資産1113億円とされる大富豪で、安倍とは第一次政権時代から親しく、下野した際も「物心両面で面倒を見た」と言われる“超極太スポンサー”だ。安倍政権が、披露宴直後の通常国会会期末ギリギリにカジノ実施法案を成立させたのは、トランプ大統領へのキスのほか、日本のギャンブル王へのご祝儀でもあったのではないか? 
     ちなみに、新郎の鈴木隼人氏は、披露宴翌年の衆院選で自民党・東京ブロック比例代表で出馬して当選。名簿順位は25位だったが、その上の24人は小選挙区で立った候補者で、事実上の名簿1位、当確候補だった。
    ■カジノ施設は地場産業から消費を吸い上げる
  • 「人にはいろんな生きざまがある」小林よしのりライジング Vol.329

    2019-09-17 19:25  
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     リンカーンコンチネンタル・リムジンのお迎えで、筒袖に段袋といういでたちの男たちが「押忍押忍押忍」と整列する屋敷に案内された私の母・京子、18歳。壁に日本刀がずらりと掛けられた「100人殴り込んで来ても、ダイジョーブ!」といった様子の玄関をくぐり抜け、鉄火場を横目に、極道家族の住まいへと手を引かれてゆく。
     ベッドつきの洋間をあてがわれた京子は、銀の食器がずらりと並ぶダイニングで豪勢な食事を楽しんだあと、その晩、子供たちを引き連れて、海辺で開催される花火大会へと案内された。
     花火大会は、このヤクザが毎年催しているもので、地域住民たちの大きな夏のお楽しみだった。
     特に花火がよく見える港の周辺にはテキヤがずらりと並んで、集まった住民たちをにぎやかし高揚させている。たこ焼きや焼きそばを焼いたり、小さな子供にりんご飴を手渡して頭をなでてやったりしているのは、組が世話をしている若い衆だったり、昔から友好関係を築いてその花火大会を縄張りとしているテキヤの集団だったり、縄張りの外から商売をしにやってくる馴染みの露天商だったりするらしい。

     京子がたこ焼きの香りに惹かれていると、極妻は、従えていたカンカン帽の荷物持ちに 「たこ焼き、買うてきてくれる? 〇〇はんの焼いてるやつね。それと子供らに、わたあめ」 と命じた。
    「京子ちゃん、たこ焼きはね、上手に焼く職人さんと、そうでない人がおるんよ。いま、一番おいしく焼いてくれる人から買うてくるからね」
     お祭りの露天でたこ焼きを買っても、どうも焼き過ぎてボールのようになっていたり、とろみがあるのかと思ったら生焼けだったり、あまり「おいしい!」と思えた記憶がなかったが、当たり前だが、技術に差があるのだ。
     極妻によれば、特にわたあめは、相当長年の経験を経て「職人芸」と呼べるレベルの技を持った人でなければ、美味しく、見栄えよく、ふわふわ、かつ満足のゆく密度に仕上げることができないものらしい。入りたての若者が2年や3年練習した程度では、とてもじゃないがモノにはならず、テキヤ集団の親分級の人が、露店の花形として良い場所を陣取るという。
     そうこうするうちにカンカン帽がお遣いから戻る。
     子供たちは大喜びで職人芸のわたあめにかぶりつき、そして京子が口にしたたこ焼きは、ふわふわとろとろの美味だった。それ以降、母は、露店で食べ物を買うときは、テキヤの熟練具合をよくよく観察してから選ぶようになったらしい。
     花火大会は大盛況、露店も大繁盛だった。

     ヤクザや、後ろ暗い過去を背負っている人たちは、日頃は一般社会の人々からは「付き合いたくない」と思われがちで、なんとなく避けられている存在だ。しかし、「ハレ」の場面においては、その感覚も一時的に解かれて、「お祭り会場を一緒に盛り上げるために必要な一員」としてふわっと受け入れられているところがあったと思う。
     見るからにヤクザと思われる人物が商売しているわけではなくとも、この会場のテキヤを仕切っているのはヤクザで、売り上げの一部は上納されており、自分が露店で買い物をすることが、ヤクザに金を流すことにつながっていると多くの大人がわかっていた。けれども、 「まあ、今日はお祭りなんだし、それがヤクザさんの食い扶持なんだから」 と、ひとまず置いておく感覚があったわけだ。
     一般社会には馴染まない、どこか異質な空気感をまとった人々が演出する非日常の舞台こそが、人々に「ハレ」を体感させ、わくわくさせているところもあると思う。
     一方、現在は、ヤクザのイメージがあまりに悪すぎるのもあって、 「反社会勢力、許さない!」「反社会勢力とつきあいのある人間も、許さない!」 という徹底排除の感覚のほうが圧倒的に強くなっている。夏祭りの露店からは、ヤクザや、ヤクザとつながりの濃いテキヤは締め出され、「クリーンな商売人」だけが露店を出すべきで、ヤクザには1円たりとも金を流してはならないという圧力が高まっている。
     
     ちなみに、 最近の露店は、やたらと国際化している。
  • 「セカンドレイプ魔・小川榮太郎」小林よしのりライジング号外

    2019-09-10 16:10  
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     日本人は、未だに近代人にはなっていない。
     野蛮人としか言いようのない、知性も品性もない人間が「知識人」の扱いで「言論誌」に論理のかけらもない文章を載せている。
     しかもその内容が、レイプ被害者を侮蔑・嘲笑する「セカンドレイプ」以外の何物でもない代物なのだ。
     こんなものが平気で流通しているということだけは、決して海外には知られたくない。
    「月刊Hanada(10月号)」に、自称文芸評論家・小川榮太郎の 『性被害者を侮辱した「伊藤詩織」の正体』 と題する文章が載っている。
     詩織さんは性犯罪被害者のまさに当人なのに、その人をつかまえて「性被害者を侮辱した」とは、一体どういうつもりだろうか?
     まあ小川の目的が、詩織さんをレイプした容疑で逮捕状が出ていながら、逮捕を免れたジャーナリスト(元ジャーナリストか?)Yの擁護にあることは、読まなくてもわかる。小川もYも、共に安倍政権の提灯持ちである。同じ提灯を持つ者同士、お仲間意識も連帯感も相当に強かろう。
     文章は冒頭、熱海のホテルにおけるYの様子の描写から始まる。
     詩織さんがYを訴えた民事訴訟の裁判が行われた日、小川がYを熱海に誘ったそうで、小川は 「人生を賭けた裁判の疲労は並々ならなかっただろう」 とYをいたわっている。
     そして小川は、Yの父親が事件のショックから体調を崩し、昨年亡くなったことに触れ、 「私も先年、父を亡くした。レイプ犯の汚名を着た息子が孤立するなかで、病重くなり続けた氏の父上のことを思う都度、私は何度いたたまれぬ思いにかられたことだろう」 と、深い同情の気持ちを表明している。
     案の定、完全にYの味方をするつもりで書いている文章である。
     ところが信じられないことに、小川はこれだけYに肩入れしたすぐ後に、ヌケヌケと 「が、この件に情実は、絶対あってはならない」 と言ってのける。
     そしてさらに、 「私は山口氏を『信じる』という選択は、この件では全くするつもりはなかったし、してはならないと思っている」「私は、山口氏を信じるのではなく、証拠資料、証言を通じて、より真実に近い当日の出来事を知りたいと思った」 と強調して、中立・客観的な立場でこの件を論評するかのような態度を装うのだ!
     一体、どのツラ下げて?
     あれだけ、Yと個人的に親しいことを自ら明かし、Yの無実を願って死んだであろう父親に同情し、Yが父を死に追いやるような親不孝をしたのではないかとは露ほども疑っていない心情を吐露している人物が、今さらこの件を中立の視点で検証するなどと言ったところで、どこの誰が信用するか?
     この客観性皆無の頭の悪さには本当に驚く。フリチンで街中を闊歩しながら、「私は露出狂ではない!」と叫んでいるようなものである。
     Yはホテルの自室に詩織さんを連れ込み、性交したことは認めている。
     そこで争点は、その性交がレイプだったのかどうかに絞られる。
      レイプか否かを決定づける最大の要件は、「合意の有無」である。
     合意なく行われた性交はレイプ。それに尽きる。
     ライジングVol.307(https://ch.nicovideo.jp/yoshirin/blomaga/ar1743157)や『ゴーマニズム宣言』第50章「レイプ裁判の判決がおかしい!」(「SPA!7月2日号」)で詳述したように、現在の日本の裁判では「抗拒不能」(抵抗・拒否できない)という要件が過剰に考慮され、理不尽な判決が連続しているが、あくまでも第一に考えなければならないのは、というより、唯一考慮すべきなのは、「合意の有無」であると言っていい。この認識は、今日の世界的な潮流として定着しつつある。
     ところが小川は信じられないことに、最重要の要件である「合意の有無」を 「密室のことで、判定のしようはない」 とあっさり放り出し、完全に論点から切り捨ててしまうのだ!
     これでは話にならない。 小川は法的・社会的にレイプがどう定義づけられているのか、特に最近はどう考えられているかを一切調べようともせず、完全な無知のまま、 「合意の有無など言っても意味がない」 と決めつけているのだ。
     小川は「新潮45」の廃刊号となった昨年10月号に載せた、杉田水脈の「LGBTは生産性がない」発言を擁護する文章でも 「LGBTという概念について私は詳細を知らないし、馬鹿らしくて詳細など知るつもりもない」 と開き直り、LGBTを「全くの性的嗜好」と完全に間違ったことを平然と書き、LGBTよりも 「痴漢症候群の男の困苦こそ極めて根深かろう」 とまで暴言を吐き散らした。
     議論の前提として必要最低限の知識すら知ろうともせず、完全無知のまま、自分の思い込みだけで平気で誤りを書きまくることを常とする小川榮太郎には、根本的に物書きの資格などないのだ。
     小川は、Yが詩織さんをレイプしたとされる2015年4月3日の詩織さんの行動について、いちいち批判を加えていく。
     その日、詩織さんは靖国神社の奉納相撲の取材をした後、砂埃を浴びた服を着替えるため自宅に寄り、待ち合わせ場所の居酒屋に時間に遅れて着いているが、それに小川はこんな難癖をつけるのだ。
  • 「関東大震災犠牲者慰霊法要レポート」小林よしのりライジング Vol.328

    2019-09-03 17:50  
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     9月1日、関東大震災の犠牲者を追悼する大法要が東京都墨田区の都立横網町公園にある東京都慰霊堂で営まれた。取材に赴いたのだが、日曜日でもあり、かなりの人が集まっており、公園に入ってからなかなか中心部にたどり着けないほどだった。新聞発表では約700人が集まったという。
     東京都慰霊堂での大法要は、都慰霊協会が主催するものだ。昨年まで出席されていた秋篠宮ご夫妻に代わり、次女の佳子さまが初めて参列された。また、この大法要とは別に、公園内にある朝鮮人犠牲者追悼碑の前では、日朝協会東京都連合会による朝鮮人犠牲者追悼式も開催された。
     
     この追悼碑の隣には、 「一九二三年九月発生した関東大震災の混乱のなかで、あやまった策動と流言蜚語のため六千余名にのぼる朝鮮人が尊い生命を奪われました」 という文章からはじまる石板が立てられている。
     大震災直後に 「朝鮮人が井戸に毒を入れた」「朝鮮人が火をつけて歩いている」 などのデマが発生し、あちこちで結成された自警団によって、“朝鮮人狩り”が行われたという出来事だ。
     平成20年3月現在、政府が公表している専門調査会報告書によれば、 「武器を持った多数者が非武装の少数者に暴行を加えたあげくに殺害するという虐殺という表現が妥当する例が多かった」「加害者の形態は官憲によるものから官憲が保護している被害者を官憲の抵抗を排除して民間人が殺害したものまで多様である」「殺傷事件による犠牲者の正確な数は掴めないが、震災による死者数の1~数パーセント(1,000人から5~6,000人)」 (1923 関東大震災【第2編】第4章 第2節「殺傷事件の発生」より)とされている。
     したがって、この政府報告書に従うならば、石板に書かれた「六千余名」は、正確な人数かどうかはわからないが、推定される最大の犠牲者数ということになる。
     朝鮮人犠牲者の追悼式典には、2016年まで、東京都知事が毎年追悼文を寄せていたが、2017年に小池百合子都知事が取り止めて、そのまま今年まで3年連続で見送られた。この件がもとで左派が反発を強めており、また、式典当日に同じ場所で「朝鮮人虐殺はなかった」と訴える右派の集会も行われるという情報があったため、気になって現場へ向かったのだ。
    ●「朝鮮人虐殺はなかった」の団体演説
     現場では、追悼碑を囲んで慰霊式典を行っているその周辺に、式典を支援する左派の団体がおり、フェンスと大量に配備された警察官を挟んで、右派の団体がテントを張って集会を行っていた。
     右派側は 「真実の関東大震災石原町犠牲者慰霊祭」「六千人虐殺の濡れ衣を晴らそう」 という看板を掲げており、何人かがマイクの前に立ち、式典にぶつけるような形で 「朝鮮人虐殺はなかった」「慰安婦の強制連行もなかった。徴用工問題も見てみろ」「関東大震災の時は、朝鮮左翼による横暴、計画されていたテロがあり、それに対処するための自警行為はあった。しかし、虐殺はなかった」「6000人も虐殺したという証拠を出せ」 という演説を繰り返していた。また、左派の団体を名指しして 「なんの縁もゆかりもない過去の朝鮮人に肩入れしている」 と揶揄する演説者もいた。
     名指しされた側としては、式典を妨害されたことにもなり、相当な怒りに満ちており、フェンス越しに警官の制止を受けながら怒鳴り声を挙げたり、スマホやビデオカメラで撮影するなどかなりピリピリした様子だった。
     怒りの矛先は警官にも向いており、 「なんで東京都は差別主義者を守るんだ」 という話し声が聞こえた。警察官の配備が、追悼文を取りやめた小池都知事と結びつくようだ。あとで知ったが、小競り合いがあり、左派側に逮捕者も出たという。
    ●「軍国主義が行った残虐行為」を訴えるパネル展示