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記事 3件
  • 「財務省、怒る。コロナ特別措置はいい加減にしろ!」小林よしのりライジング Vol.453

    2022-11-22 19:25  
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     11月7日、財務省の財政制度分科会・増田寛也会長代理が記者会見を行い、 コロナワクチンの全額国費負担について、廃止を検討すべきだ と述べた。
     財務省は、コロナだけを特別扱いし、多額の国費を割いている現状に問題があると指摘しており、ワクチンだけでなく医療の面でも特例的な措置については見なおすべきだという「厚労省批判」ととれる見解を発表。
     ワクチン接種そのものに反対しているわけではないが、財務省が財政制度審議会に提出した資料は、なかなかの内容だったので、今日はそれを紹介したい。
    ●2022.11.7 財務省 財政制度分科会 議題「社会保障」配布資料
    https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/fiscal_system_council/sub-of_fiscal_system/proceedings/material/zaiseia20221107.html
     今回、財務省は、「ウィズコロナへの移行と全世代型への制度改革」を掲げ、社会保障の現状について精査している。
     まず、現状の日本では、今後3年間で後期高齢者が急増する一方、 コロナによって少子化が加速したことで、人口減少が、推計されていたものよりも7年程度前倒しされている状況である と報告。
     
     人に会うな、近づくな、人を見たらコロナと思えと喧伝し、経済はわざわざ悪化させる一方で、不安が膨らむばかり。おまけに、妊婦は強制PCR&帝王切開という扱いだ。躊躇する夫婦も増えただろうし、出生率が下がるのは当然だろう。
     
     さらに、2番目のグラフを見ると、後期高齢者人口の増え方が、今年以降の3~4年間で急角度の右肩上がりになっているのがわかる。1947~49年の第1次ベビーブームで生まれた団塊の世代が、ごっそり75歳以上のゾーンに入るからだろう。
     このうち一定の割合が、毎年寿命を迎えて死んでいくことになる。
     コロナでは、他国に比べて死者の出なかった日本だが、これからは避けようのない寿命を迎え、毎年どんどん死者数が増えることになるわけだ。
    「あれだけ自粛を強いて、経済を犠牲にし、一体なにを守ったんでしたっけ?」
    という話である。
     また、この後期高齢者人口の急増については、話題の「超過死亡」について捉えるとき、頭のなかに置いておかなければならない点でもあると思う。(※今回は超過死亡についての記事ではないよ!)
    「コロナによって少子高齢化が、ますます加速したぞ!」「今後は後期高齢者が急増だ!」と印象づけたあと、財務省は、「新型コロナの重症化率等の推移」について独自に分析した結果を発表。
    〇オミクロン株への変異により、感染者数は大きく増加したものの、重症者数は減少している。
    〇直近の新型コロナの重症化率等については、季節性インフルエンザの比較も含め様々なデータが示されており、これらを踏まえて今後の政策を検討していくべきである。
     
     出所は、厚労省のオープンデータだ。武漢株、デルタ株の時期よりも、現在ははるかに新規感染者数が増えているにもかかわらず、重症者数はそれに比例して増えているわけではないことがよくわかる。
     さらに、東京における第7波の致死率をズバリ。
  • 「WGIP(ウォーギルト)洗脳」小林よしのりライジング Vol.452

    2022-11-08 16:00  
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     統一協会の被害救済法案を巡る議論で、「洗脳」や「マインドコントロール」の定義が問題になっている。
     与党側は「マインドコントロール」の定義が難しいとして、法案にこの言葉を使うことに難色を示しているという。
     だが、定義が難しいからといって「洗脳」や「マインドコントロール」の概念を曖昧にしてはいけない。これは統一協会などカルトの問題だけには留まらないので、一度整理しておく必要がある。
     そもそもの 「洗脳」の語源は中国語 で、成立から間もない中華人民共和国が、旧体制の知識人などを監禁のような特異な環境下に置き、物理的・社会的圧力を加えて 強制的に行った「思想改造」 のことを意味しており、 1950年代から 広まった言葉である。
     一方、 「マインドコントロール」は強制力を伴わない手段を用い、心理操作によって自律的な決定権を奪い、様々な判断を自らの意思ではできない精神状態にしてしまうことをいう。 これは90年代に統一協会が問題になった頃から一般化した言葉である。
     そして、実は学校や刑務所での 「教育」も、ある情報操作によって人の心理を一方向に導くものであり、これもマインドコントロールの一種 なのである。
     本来の「洗脳」は、あくまでも強制的な手段を用いて行われるものを指していたのだが、「洗脳」の語は一般的に使われるようになるにつれ、意味合いが拡がっていった。
     そして今では強制力の有無とは関係なく、人の主義・思想を恣意的に改めることは全て、普通に「洗脳」と呼ばれるようになっている。
     つまり、狭義の洗脳は強制力を伴う本来のものに限られるが、広義の洗脳はものすごく幅があり、強制力を伴わない「マインドコントロール」も「教育」もその中に含んでいるのである。
     なお、平凡社の百科事典「マイペディア」では 「程度の差、手法の巧拙はあれ、あらゆる教育が洗脳である」 と明記している。
     というわけで、普通に使われる広義の意味での「洗脳」は、
    【狭義の洗脳】>>>【マインドコントロール】>>>【教育】
    となっている。
     その強制力の程度にはかなり差があるが、それぞれの境界はグラデーションになっていて、はっきり区別することはできないものなのである。
     さて、わしは『新ゴーマニズム宣言SPECIAL戦争論』(1998年・幻冬舎)で、日本敗戦後の米軍による占領政策について、次のように描いた。
    アメリカGHQは「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」という、日本人に戦争の罪悪感を植えつける洗脳計画を実行した。
    あらゆるマスコミを検閲し、日本は戦争中こんな残虐なことをした、悪の軍隊だった、原爆落とされても仕方ないくらいの愚かな国だった、日本人は軍部にだまされていたのだ…という情報を、映画・ラジオ・新聞・書物などで徹底的に流し続けたのである。
    日本国民はコロ~ッとこれに洗脳され…
    「軍部にだまされていた私たちを救ってくれたのはアメリカ様だ、GHQ様だ」
    「日本に民主主義のプレゼントありがとう」
    「日本人の戦犯はさっさと処刑しちゃってください」
    「戦争はもうイヤです」
    「もうしません。歯向かいませんとも」

    「戦争は悪です」
    「軍隊もいりません」
    「平和が何よりです」
    「ギブミーチョコレート」
    「ギブミー日本国憲法」
    当時、GHQには「マッカーサー様ありがとう」と感謝する手紙が次々と舞い込んだという。
    こうしてオウムの信者並みにGHQにマインドコントロールされた日本人は50年たった今も、よりキツイ「洗脳されっ子」となって、当時、東京裁判でもまったく問題にならなかった戦場慰安婦のことまでも「従軍慰安婦」と名づけ、自ら…
    「ここにも犯罪があったじゃないか――」
    …と世界に叫び始めたのである。
    (第4章『東京裁判洗脳されっ子の個人主義』)
     この部分は『戦争論』の中でも特に反響が大きく、「自分も洗脳されていた」「目が覚めた」といった感想を実に数多くもらった。
      当時は「従軍慰安婦」が全ての中学歴史教科書に記載され、自虐史観が極限まで達していた。
     なぜ教科書までがここまで自虐史観に染まり切ってしまったのかといえば、それは確実に洗脳の結果だった。
      だからこそわしは西尾幹二氏、藤岡信勝氏らと共に「新しい歴史教科書をつくる会」を作り、自虐史観をひっくり返そうとしたのである。
     ところが『戦争論』から24年経って、 「自虐史観はGHQの洗脳のせいではない」 と主張する本が出て来た。名古屋大学大学院特任准教授・賀茂道子著 『GHQは日本人の戦争観を変えたか 「ウォー・ギルト」をめぐる攻防』 (光文社新書)である。
     もしこの本が正しければ、わしは『戦争論』の記述を大幅に修正しなければならないが、果たしてどうなのか?
  • 「“拉致監禁して脱会強要”これ、統一協会のキャンペーン用語です」小林よしのりライジング Vol.451

    2022-11-01 15:20  
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    「月刊Hanada」が、統一協会擁護へと完全に振り切れた。
     2022年12月号では、福田ますみというノンフィクション作家を起用し、『新聞・テレビが報じない“脱会屋”の犯罪』なるルポをスタート。すっかり「統一協会の機関誌」として商売する方向で固めたようだ。
     
    ●家族による保護を「拉致監禁・監視」と言い換え
     このルポは、統一協会に入信したのち、家族に引き戻されて脱会説得を受けたものの、協会に戻ったという信者の「証言」を元に書かれている。
     目玉は、後藤徹という信者だ。
     1986年、兄と兄嫁が入信したのをきっかけに、後藤氏とその妹も統一協会入り。だが、この時すでに悪質な勧誘や霊感商法は問題となっており、後藤氏の両親は、子どもたちを心配して、脱会を請け負う牧師に相談。数か月後に兄夫婦が脱会、次いで妹も脱会していた。
     1人協会に留まった後藤氏は、父親からホテルの一室に呼び出され 【監禁された】 が、隙をついて逃げ出す。8年後、再び東京都内の実家に帰宅したところを、家族・親族に取り囲まれて、無理やりワゴン車に押し込まれた。その後は、家族の暮らすマンションで 【監禁】 され、両親と兄夫婦、妹から 【24時間監視】 される生活を長年送ったという。
    【監禁、監視】 というのは、あくまでも後藤氏と執筆者が使っている言葉で、家族や説得を請け負った牧師にとっては 「保護」 である。当時についてこう書かれている。
     部屋はマンションの高層階にあり、飛び降りて逃げることもできず、そもそもそうした窓や玄関には防犯錠や南京錠が取り付けられ、開閉できないようになっていた。
    「(説得を請け負った牧師の)宮村は、合計73回、元信者を引き連れてやってきて、親族を含め、10人ほどが私を取り囲んでずらっと座るんです。
     宮村は、教義がいかにおかしいかを指摘する。こちらが聞き入れず、『これは監禁だ!』『人権侵害だ!』と言うと、『偉そうなことを言うな』『監禁なんかしていない。家族が保護してるんだ』『ほんとうなら、ぶん殴って半殺しにしてやるところだ』とみなで怒鳴りつける。完全なつるし上げです」
     まず、脱会説得のために1人のところへ73回も足を運ぶとは、請け負った牧師の根気強さに脱帽する。それほど大変な作業なのだ。
     家族も、一度逃げ出して協会に戻った経緯がある限り、厳重に管理するのは理解できるし、自暴自棄になって窓から飛び降りる危険を考えれば、施錠するのも当然だろう。
     このまま協会に戻せば、親類・友人を騙して集金活動したり、悪質な霊感商法や勧誘に手を染め、犯罪者になるかもしれない。ぶん殴ってでも留め置かなければならないという家族の絶対的な覚悟、責任感、そして後藤氏への愛も感じる一節だ。
     その後も、玄関に突進して脱出しようとする後藤氏を、家族が布団でぐるぐる巻きにして保護したり、兄とは、服が破れて流血するほどのもみ合いになるなど、かなり壮絶な格闘があったようだ。
     また、後藤氏は、1か月におよぶハンガーストライキ(絶食)を3回も行った。それでも家族は、協会に帰さなかったという。凄まじい。だが、続く文章がおかしい。
     出される食事は次第に質量ともに粗末なものになり、70キロあった体重は50キロまでやせ衰えた。後藤氏はついに生ゴミを漁るようになる。  1か月もの絶食を、3度もやられたら、普通の食事を出せなくなるのは当たり前だろう。
     私が母親なら、食事を拒否され続けたら、無理やり口に詰め込むわけにもいかず、せめて、冷めても食べられるようなおにぎり、漬物、卵焼き、みかんやバナナなど、刃物を使わずに食べられる果物などを置いておくようにする。
     さらに拒否されて絶食が続いた場合は、いきなり食事をとると、内臓に負担がかかるし、胃が受け付けないかもしれないと思って、流動食に近いものを考える。医療的にも、衰弱した患者や絶食者には、重湯や具のないスープから再開するのが常識だろう。
     自分から食事を拒否してガリガリになっておいて、生ゴミを漁る後藤氏のほうが圧倒的におかしいではないか。
     しかも、刑務所の独房ばりに一室に閉じ込められていたのかと思ったら、腹が減って台所まで出てきて生ごみを漁っているのだから、自宅内では普通に過ごしているのである。 
     だが、2008年、家族は、とうとう脱会説得を諦めてしまう。後藤氏を家から追い出したのだ。12年5カ月もの格闘の末だった。ついに疲労困憊して、見放したのだろう。
     解放された後藤氏は、10キロ離れた協会本部まで歩いて戻り、そして病院に搬送され、全身筋力低下、栄養失調などで50日間入院したという。
     ルポには、ガリガリになって車いすに座る後藤氏の写真が掲載されている。世界日報にも掲載されているものだ。
     犯罪被害者ぶりをアピールする1枚だが、 そもそもガリガリに痩せたのは、自分で絶食したからであり、それだけ痩せ衰えても、自力で10キロも歩いて本部に帰ったのだから、一体何を言っているのかとしか思えない。
     その後、後藤氏は、母、兄夫婦、妹、脱会説得を行った牧師たちへの告訴状を提出。警察は 「家族の案件だから簡単ではない」 として逮捕も捜査も行わず、不起訴処分になった。
     だが、後藤氏は、さらに民事訴訟を起こし、こちらで全面勝訴する。
     判決では、憲法20条「信教の自由」が適用され、 「ある宗教の教義がどのようなものであったとしても、それが直接対外的に他の人々や他の団体等の権利や自由を侵害したり、危害等を加えたりするものでない限り、他から干渉されない自由が保障されているものである」 とされた。
     12年間も家族ががんばって自宅に留め置いた状態で、それでも統一協会の教義を信仰していると主張されたら、信仰そのものが内心で維持された状態になり、こうなってしまうのか。
     なんとか脱会させたいという家族の情念があるからこそ、強硬な手段になることもあるわけだが、最終的に裁判所に持ち込まれ、粉々になってしまったのだから、無残としか言いようがない。脱会をめぐって家族崩壊が起きること自体が、統一協会の異常性を示しているとも言えるだろう。
    ●まったく逆の目線から読むと…
     さて、ここまでの話を、まったく逆の目線、 「後藤氏に対して、家族と一緒に脱会を説得した立場」 から語った記事がある。