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2015年6月の記事 5件

「自主独立のために必要な“信頼醸成”とは?」小林よしのりライジング Vol.138

 第48回ゴー宣道場は6月14日、「戦争と道徳」をテーマに、思想家・東浩紀氏と社会学者・宮台真司氏をゲストに迎えて開催された。  東氏が主宰する「ゲンロンカフェ」がゴー宣道場をジャックするというコンセプトで、第1部では司会を東氏に任せ、宮台氏とわしらの議論を自由に仕切ってもらうという初の試みに挑戦した。  試みは成功したようで、参加者のアンケートを見ても好評なものが多く、特に二人の人柄の面白さに好感を持った人が多かったようだ。  だが、言うまでもなく東・宮台両氏とわしの意見が完全に一致しているわけではない。むしろ、相違点があるからこそゲストとして招く意味があるのだ。  会場が和気あいあいの雰囲気になったのはいいが、それに流されてしまわぬように、当日の宮台氏の発言の中で、わしが疑問を感じた部分を挙げておこう。  宮台氏は、「 戦争に負けたんだから、戦勝国のレジーム引き受けるのは当たり前 」という。そうしなければ、誰も戦後復興に協力してくれなかったからだという。  その上で、「東京裁判史観」とは日中共同声明で周恩来が繰り返した「 日本国民は悪くない。日本国民も中国国民も、共通して日本の軍国主義者の被害者である 」というものだという。   つまり「A級戦犯」とは天皇陛下や日本国民から戦争責任を免罪するためのスキーム(仕組み)だというのだ。  要するに宮台氏は、東京裁判の図式を認めれば中国と友好関係が築けると考えている。  村山談話のような謝罪を繰り返して、靖国神社からいわゆるA級戦犯を分祀するか、国立追悼施設を作るなどしてしまえば、首相の靖国参拝も天皇陛下の御親拝も許されるし、宮台氏の言う重武装中立が可能になるというわけだ。  まあ、いわゆるA級戦犯の方々に申し訳ないが、軍部=悪、国民=犠牲者の図式を建前上だけ認めておくという偽装ができれば、確実に自主防衛が出来るというなら、妥協してもいいかもしれない。  だが、わしは宮台氏の意見に異論を呈しておいた。  わしは、中国には日本を「永遠の敗戦国」にしておきたいという意図があると見ている。  日本を、ポツダム宣言に言われているような「世界征服を企んだ悪の国」だったことにして、国連の「敵国条項」の中に封じ込め、国際社会の覇権ゲームに参加させないというのが中国の意志であり、それはアメリカもロシアもそうであり、そして韓国も事大主義で日本のプレイヤーとしての復活を願っていないと思うのだ。  この意見に対して、宮台氏はこう言った。 「 それはわかる。しかし問題はね、その状態からどうやって僕たちが脱することができるかということだよね。そこから脱するという目標を立てた場合はですね、基本、政治家がやってきたことは非常によくないことなんだよね。  まず、僕たちは敗戦しました。で、僕たちが民主主義国として再建できるためには、日本国民は駄目な国民ではないという枠組みを作る必要があるので、まあ、極東国際軍事裁判(東京裁判)図式は不可避。それ以外の図式で日本が民主主義国として再出発することはありえない。これまず認める必要がある 」  さあ、読者諸君はこの意見をどう思うか?  さらに宮台氏は、中国は日本を単に「永遠の敗戦国」にしておきたいと思うほど感情的なバカではなく、偉い人はたくさんいると言った。  そして大事なことは、 中国が危惧しているのは、日本が本当に戦前と手を切ったのかという問題なのだという。  中国はそのことに危惧を抱き続け、1970年代、田中角栄の日中国交正常化の頃には、もうそろそろ危惧するのはやめてもよいかなと思った時期もあったが、すぐその危惧は復活し、現在に至っているというのだ。

「自主独立のために必要な“信頼醸成”とは?」小林よしのりライジング Vol.138

「安保法制:『砂川判決』は合憲の根拠となるのか?」小林よしのりライジング Vol.137

第59回「もくれんの『中国びっくり取材紀行』その4」  なんだか目がしぱしぱする。  この日の蘇州の空は、朝から一段とスモーキーだった。  街なかでは、ビルに遮られて空の様子などさほど気にはならないが、車で高速道路に乗り込むと、途端にゾッとする。見晴らしのよい道路で、数百メートル先の景色が霞んで見えない。  蘇州は、自然エネルギーによる発電設備が発展しており、特に農村部には、大きな風車がいくつも立ち並んでいるのだが……    その景色も、昼間から霞んでしまっている。  思わず、日本から持参したマスクで顔を覆わずにはいられなかった。  今日は、蘇州市の素朴な田園風景の撮影だ。  高速道路を降りて、風車のある農村部へと車を走らせてゆく。どんな暮らしが広がっているのだろうか。   な~んて、旅情モードに入る、その前に!  さあ、今日も合言葉が現れたよ! ハイ、復唱~ッ!     ふ、富強、民主、文明、調和、じ、じゆう、びょおどお……もう、いやああああっ! ◆やっと出会えた…のどかな中国  高層ビルが乱立しまくる都心部から、車で15分。  蘇州の農村部は、市街地と同じく運河の支流が流れ込み、小舟のたゆたう水辺を、生活の一部として取り込むようにして農家が建てられていた。  どの家も、比較的しっかりとした作りで、日本で言う「うだつ」のキュピーンと上がっているような建物が多かった。    このあたりは、稲作のほかに、蟹の養殖も盛んに行われている。自宅の裏庭にあたる水辺にネットを張った養殖場があちらこちらに見られた。  ちなみに、「上海蟹」って、上海で養殖しているのかと思ったら、蘇州で獲れるものが主流なのだという。千葉産でも「伊勢海老」っていうのと同じだな。  水面を眺めていると、アヒルの親子がふわふわふわとかわいらしく横断したりする。この風景ののどかさは、写真で伝えたい。     映画『マディソン郡の橋』を思い起こさせるなあ。     水のほとりの老人。いつもここに佇んでいるのだろう。     この農道、美しかった。映画の撮影に使えそう。     働く大工さんたち。

「安保法制:『砂川判決』は合憲の根拠となるのか?」小林よしのりライジング Vol.137

「砂川判決は対米従属の決定的証拠である!」小林よしのりライジング号外

ゴーマニズム宣言 「砂川判決は対米従属の決定的証拠である!」  集団的自衛権行使を認める安全保障関連法案に関して、6月4日の衆院憲法審査会に参考人として憲法学者3人が招致され、全員が「違憲」と断言した。  特に自民・公明・次世代が推薦した長谷部恭男早稲田大教授まで「違憲」と断言したのは与党には大ダメージとなったが、そもそも普段の長谷部教授の意見を知っていればこの結果は自明だったわけで、要するに自民党の議員どもは憲法なんか関心もなく、どの学者がどんな学説を唱えているのか調べもしなかったのだろう。  その前日には、憲法研究者173人が安保関連法案は違憲であるという声明を発表(6月11日現在では226人に増えている)。  慌てた菅官房長官は「全く違憲でないと言う著名な憲法学者もたくさんいらっしゃる」と発言した。  これに対して6月10日の衆院特別委員会で辻元清美衆院議員が「違憲じゃないと発言している憲法学者の名前を、いっぱい挙げてください」と当然の質問をすると、菅が挙げたのは百地章、長尾一紘、西修のたった3人。それをさらに辻元が突っ込むと、菅は「私は数じゃないと思いますよ」と居直った。  自分で「たくさんいる」と言っておいて、たくさんいないとわかると「数の問題じゃない」なんて言っても、ガキの言い訳にすらならない。  翌11日には、平沢勝栄衆院議員が「合憲」とする憲法学者として10人の名前を挙げ、「『合憲だと思うが名前を出すことは差し控えたい』と言う方も大勢いた」と付け加えた。  200人を超える憲法研究者が実名を出して「違憲」と表明しているのに、「合憲」を唱える人は10人以外実名が出せないという。これでは「合憲」は実名じゃ言えないほど根拠が乏しいと認めたにも等しく、頭の悪すぎる発言としか言いようがない。   この安保関連法案は本来、憲法改正なしに成立させることは無理であり、改憲しないまま強行すれば憲法は形骸化し、立憲主義は破壊される。  これは改憲・護憲の立場には関係ない。改憲派でも護憲派でも、憲法に意義があるという考えを前提にする立場のはずだ。立憲主義を守るべきとするマトモな憲法学者であれば、今の安保法案は「違憲」と言うに決まっている。「合憲」という憲法学者がいたら、それは日米同盟のためなら憲法の形骸化も可とするインチキ学者でしかないのだ。  国会に招致した憲法学者が全員「違憲」と断じた事態を受け、政府は9日の衆院憲法審査会で安保法案を「合憲」とする見解を野党側に示した。  その根拠として挙げたのが 昭和34年(1959)の 最高裁砂川事件判決 (以下「砂川判決」)なのだが、ここで砂川判決が出てくるのがデタラメの極みである。  今回は、砂川判決とは何だったのかを説明しておこう。

「砂川判決は対米従属の決定的証拠である!」小林よしのりライジング号外

「未熟な国で老いに抗う者たちの煩悩」小林よしのりライジング Vol.136

 わしが若者だった頃、老人の気持ちがわからなかった。  悟りを開いた、欲望の少ない境地になるのかと思っていた。  子供が興味を持つ遊びや、子供が欲しがる甘いお菓子など、老人は嫌いで、囲碁や将棋をやったり、酒を飲み、塩辛いものを食うのが老人の嗜みだと思っていた。  老人の青春は戦時中の苦労話で、好きな歌は演歌と懐メロ、ロックをうるさいと言い、漫画をバカにして、タバコを吸いながら、新聞を読んでいた。   それが近頃の老人は何だ!?  NHKの「クローズアップ現代」で「老いて 恋して 結ばれて~超高齢化社会の“男と女”~」というドキュメントをやっていた。  いま、シニア世代の婚活が活発化しているという。65歳以上で結婚する人は1990年以降、4倍も増加している。結婚相談所には初婚や再婚を希望するシニア男性が殺到しているらしい。  その男たちが求めるのは年齢差のある女性、つまり40代や30代の女性だという。 なんか厚かましい気がするが、60代半ばの男が「自分が全然年とった気がしない」と言いながら、筋トレして体を鍛え、30代女性との結婚を希望して、子供も作ろうと思って婚活しているのだ。  ひとことで言えばキモい!  よくよく見れば、筋トレで体に筋肉がついているのだが、髪を染めている。恐らく白髪のはずだ。そして顔がアップになると、間違いなく老人の顔なのだ。   人工的にアンチ・エイジングして、年齢を誤魔化している。  もがいとるな、もがいとるな、老人として~~~~~~~~~と言いたくなるが、なんか不気味なこの男に騙される30代女性が本当にいるのだろうか?  田原総一郎は2回も妻に先立たれたそうだから気の毒だが、73歳のときの同窓会で、かつて高校の頃のマドンナだった女性を誘い、80代で熱烈な恋愛をしていると告白している。  田原は外見的にアンチエイジングせずに、80代で恋愛するパワーがあるのだから凄い。これはやっぱり個人的な特殊性だろう。  そういえば70代の加藤茶が20代の嫁をもらったのが話題になったが、あれは老人には相当うらやましかったのかもしれない。  だがそれはカネの力だ。カネ目当てで結婚したと言ったら失礼だが、カネ目当てでも70代の男に夢を見させる覚悟があるのなら、それは大した野心だと言わざるを得ない。  超格差社会で、恋愛バブルが崩壊した今日では、貧しく将来の安定を期待できない同年代の男との結婚生活を望むより、まだ元気な老人にひとときの夢を見させて、遺産を相続して第二の人生を歩んだ方が、幸福になれると計算しても悪いことではない。  老化した夫の介護が苦痛でなければ、遺産は確実に入って来るのだ。

「未熟な国で老いに抗う者たちの煩悩」小林よしのりライジング Vol.136

「漫画・沖縄、弱者認定の落とし穴」小林よしのりライジング Vol.135

 5月28日の朝日新聞「論壇時評」で、作家・明治学院大学教授の高橋源一郎が自民党の「改憲マンガ」や「嫌韓マンガ」を批判している。  わしは問題の「改憲マンガ」も「嫌韓マンガ」も読んでいないが、それらのマンガに「 作家の主観がない 」ことを知っている。「改憲マンガ」は自民党の改憲政策のCMだし、「嫌韓マンガ」は2チャンネルの匿名の嫌韓情報の絵解きマンガである。  高橋はこれらのマンガを批判するとき、どうやら暗に『ゴーマニズム宣言』も射程に入れてるようなので、彼のマンガ文化に対する偏見を指摘しておかねばならない。  高橋はこう書くのだ。 マンガは、素晴らしい表現力を持つ文化だ。なのに、これらの作品は、マンガの幼稚な部分ばかりを強調する(たとえば、善人はいい人っぽく、悪人は悪い人っぽく描く、とかね)。マンガへの愛も尊敬も感じられない。そこでは、マンガは、作者の主張(その主張が何であろうと)のために用いられる単なる手段、いや作家の横暴に反抗できない奴隷のようなものにすぎない。何かを奴隷にして苦痛を感じない人間は、他のなにかを奴隷のように扱うことにも無頓着になるんじゃないかって、ぼくには思えるんだ。  何とも気色の悪い文章だ。それは、64歳にもなって新聞で「…、とかね」だの「…って、ぼくには思えるんだ」だのと、カワイコぶった言い回しをしているせいだけではない。  高橋は明らかに、漫画に対して特別な偏見を持っている。「マンガは、素晴らしい表現力を持つ文化だ」と持ち上げられてもわしは特に嬉しくはない。映画でも、小説でも、音楽でも、素晴らしい表現力を持つ文化であって、漫画が特別というわけではない。   漫画に限って持ち上げるのは、漫画は相変わらず一段低級な文化のはずだと、高橋自身が思い込んでいる表われだろう。漫画を少数者・弱者の括りに入れ、勝手に美化しているのだ。  サヨク傾向の知識人が、「アイヌは、素晴らしい文明を持つ民族だ」というのと同じ感覚である。   そして、「虐げられているアイヌ民族」を捏造して「弱者の味方」になろうとする連中と同様に、高橋も「虐げられている漫画文化」をかばう「弱者の味方」を気どっているのである。 どうしてもサヨクにはこのように、「弱者」に対して特別な偏見を持つ習性があるのだ。  全てのジャンルの文化には、良質から悪質まで、ピンからキリまである。漫画には幼児性愛マンガだってあるし、映画にはピンク映画もあるし、小説には官能小説だってあるし、低級と思われるそれらの作品群の中でも良質と悪質があるかもしれない。  文章ならばどう書き、どう読んでもいいが、漫画というものは愛を持って描いて、愛を持って読まなければならないものだなんていう感覚は、完全に差別である。  善人はいい人っぽく、悪人は悪い人っぽく描くというのは、『ゴーマニズム宣言』に反感を持つ者らから、耳にタコができるほど毎度毎度言われていることだが、わしはそれを「漫画の幼稚な部分」とは思わない。

「漫画・沖縄、弱者認定の落とし穴」小林よしのりライジング Vol.135
小林よしのりライジング

常識を見失い、堕落し劣化した日本の言論状況に闘いを挑む!『ゴーマニズム宣言』『おぼっちゃまくん』『東大一直線』の漫画家・小林よしのりのブログマガジン。小林よしのりが注目する時事問題を通じて、誰も考えつかない視点から物事の本質に斬り込む「ゴーマニズム宣言」と作家・泉美木蘭さんが圧倒的な分析力と調査能力を駆使する「泉美木蘭のトンデモ見聞録」で、マスメディアが決して報じない真実が見えてくる! さらには『おぼっちゃまくん』の一場面にセリフを入れて一コマ漫画を完成させる大喜利企画「しゃべらせてクリ!」、硬軟問わず疑問・質問に答える「Q&Aコーナー」と読者参加企画も充実。毎週読み応え十分でお届けします!

著者イメージ

小林よしのり(漫画家)

昭和28年福岡生まれ。昭和51年ギャグ漫画家としてデビュー。代表作に『東大一直線』『おぼっちゃまくん』など多数。『ゴーマニズム宣言』では『戦争論』『天皇論』『コロナ論』等で話題を巻き起こし、日本人の常識を問い続ける。言論イベント「ゴー宣道場」主宰。現在は「週刊SPA!」で『ゴーマニズム宣言』連載、「FLASH」で『よしりん辻説法』を月1連載。他に「週刊エコノミスト」で巻頭言【闘論席】を月1担当。

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