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記事 348件
  • 「森鴎外と脚気」小林よしのりライジング Vol.417

    2021-11-23 15:00  
    150pt
    『ゴーマニズム宣言SPECIAL コロナ論4 ワクチンの「嘘」とファシズム化する日本』がついに発売され、発売日に重版が決定した。
     発売即重版はシリーズ4作連続で、第4作となっても勢いが衰えないどころか、シリーズ最高傑作との感想も来ている。
     それは逆にコロナ騒動がまだまだ終わっていないことの証明でもあるので、喜んでいいのかどうかは微妙なのだが。
    『コロナ論4』はワクチンの危険に警鐘を鳴らすことをメインとしつつ、コロナ禍において「公共の福祉」の一言で蹂躙される憲法の問題や、最も被害を受けながら声を挙げることのできない子供の問題など、多岐にわたる内容を描いている。
     そしてもうひとつ重要なのが、新コロウイルスの感染経路について、大阪市立大学名誉教授・井上正康氏の研究を紹介した第11章『新コロは腸を目指す』である。
      この2年近く、新コロは「飛沫感染」であり、呼吸器系(鼻・のど・肺)がメインターゲットとなる感染症であるということを大前提に、全ての感染対策が行われてきた。
      ところがそれは根本的な間違いで、糞便とともに排出されたウイルスが手に付着し、口に入って感染する「糞口感染」がメインルートだったのだ!
     既に読んだ人はわかると思うが、この説は実に論理が通っている。
     そして実感としても、いくら「密」を避けてマスクをしても感染が増え続けていたし、しかも逆に、自粛に飽きた人々が街に繰り出すようになってから感染が減ったわけで、これはそもそも飛沫感染じゃなかったからなのかと考えれば、実に腑に落ちる。
     また、病院を脱け出してスナックに行った患者が馴染みのホステスと隣に密になって座り、カラオケを歌いまくったのにそのホステスには感染せず、離れた場所で化粧をしていた別のホステスが感染したというケースが以前あったが、これも感染源が飛沫ではなくトイレだったのだとすれば、全く納得がいくわけである。
     わし・小林よしのりの公論サポーターたちは、「ゴー宣道場」や「オドレら正気か?」のLIVEイベントのたびに、「場外乱闘」という酒を飲む宴会に30名から50名の設営隊が集まり、毎月のように騒いでいたが、感染者など一人も出ていない。
     ところが世の中の「専門家」とか「権威」とか言われる者たちは、どういうわけだか頑として「糞口感染説」を認めない。
     免疫学の権威ということになっている大阪大学の宮坂昌之教授は、「潮」12月号でこう書いた。
    「新型コロナウイルスは、ノロウイルスと一緒で便から人にうつる。だからマスクは必要ない。手さえ洗えばよい」と主張する人がいますが、これは完全に誤りです。ウイルスは飛沫を通して感染するからです。  何の科学的根拠も示さず、ただ「完全に誤りです」「飛沫感染です」とだけ断言している。まるで「STAP細胞は、ありまぁす!」と言ってるようだ。「やだいやだい!糞口感染じゃないやい!飛沫感染なんだい!」と駄々をこねているようにも見える。
     宮坂に限らず、「専門家」と呼ばれる者たちはなぜ揃いも揃って、ここまではっきり論理が通っていて、現実に起きている事象とも辻褄が合っている説を、こうも頑なに否定しているのか?
     そこで連想されるのは、 「森鴎外の脚気論争」 だ。
     明治の文豪・森鴎外、本名・森林太郎の本職は陸軍軍医だった。
     13歳の時、年齢を2歳偽って東京医科大学予科に入学、16歳で医学部本科へ入学し、20歳で卒業すると軍医として陸軍省へ入省し、23歳のとき衛生学研究のためドイツへ留学。まさにエリート中のエリートである。
     当時、日本軍最大の健康問題は脚気だった。
      脚気は末梢神経の障害と心不全を起こす病気で、足のしびれやむくみの他に、動悸、息切れ、感覚麻痺などの症状があり、最悪の場合は心不全が悪化して死に至る。
      そのころ脚気は日本人の「国民病」と呼ばれ、年間1万から3万人の死者が出ていた 。軍隊でも問題は深刻で、明治17年(1884)の全陸軍疾病統計調査では 兵員1000人に対して脚気新患者が263人で、なんと4人に1人以上がこの病気に罹り、致死率は2~6%だった。
     そして当時はこの病気の原因は全く不明で、欧米には全く見られないことから アジアの「風土病」 とも見られていた。
  • 「いるいる詐欺を殲滅せよ」小林よしのりライジング Vol.416

    2021-11-16 18:25  
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     わしが出演したYouTube松田政策研究所チャンネルの動画「特番『男系維持はできないのか?皇位継承問題を小林よしのり氏に問う』」が5日に配信され、4万1千回以上再生されている。
     https://www.youtube.com/watch?v=--PB81TIPj8
     もともと松田政策研究所代表・松田学氏の持論は「男系維持」であり、動画の説明欄でも
    「男系継承を守っていくためには、女系天皇容認論者の主張をよく把握した上で、十分な理論武装をしておく必要があると考えられます。今回、女系天皇容認論者として知られる小林よしのり氏との対談番組を配信するのは、そのような趣旨も踏まえてのものであり、当チャンネルとして女系天皇論を推進することを意味するものではありません」
    と断り書きをしている。支持者が男系論者ばかりだから、わしを出すにはあらかじめそう釈明しておかなければいけないのだろう。
     だがそれでも、議論のためには反対意見もよく聞かなければならないと、反発も承知でわしを呼び、あえて自分の主張はせずに聞き役に徹した松田氏の姿勢を評価しておこう。
     動画の前半は小室眞子さん・圭さんバッシングの批判で、17分30秒あたりから25分ほど皇位継承問題を話しているが、わしはここで徹底して「リアリティ」にこだわっている。
     今の皇室には、次世代の皇位継承資格者は悠仁さまだけで、このまま女性皇族が結婚して民間人になっていけば、将来の皇室は悠仁さまたったおひとりになってしまう。
     悠仁さまが結婚され、男の子が何人も出来るという「神風」が吹かない限り皇室は存続できないが、 「神風頼み」など絶対にできない!大東亜戦争も最後は「神風頼み」で負けたのだから。
     そもそも、男子が産まれなかったがために適応障害になってしまわれた雅子さまのケースを知りながら、それでも自分が男子を産まなければ皇室が消滅するというとんでもない重圧を負うことを覚悟して、悠仁さまと結婚する女性が現れるだろうか?
      もともと「男系継承」は「側室」とセットで、これが両翼となって維持されていた。側室が欠けて片翼になったら墜落するしかないのだ。
     男系が伝統というなら側室も伝統であり、大正天皇が事実上側室をやめ、昭和天皇が制度上も側室を廃止した時点で、男系の伝統も終わったのである。
      男系派は、旧宮家系の男系男子国民を皇族にするよう主張しているが、そうするには皇室典範改正が必要で、それには対象となる当事者が必要だ。
     いない人のために法律を変えることなどできないのだから、 まずは新たに皇族となるべき旧宮家系の男系男子とはどういう人か、国民に紹介して典範改正を訴えなければならない。
     それをせずに、ただ「当事者はいる」と言うだけでは 「いるいる詐欺」 である。ネッシーやビッグフットや宇宙人が「いるいる」と言っているのと同じだ。
     しかも、男系男子は1人では足りない。確率的には4つの宮家が必要だというから、それなら4人必要となる。
      今までの国民としての身分、職業、家族、人間関係の全てを捨てて、皇族になる人が4人もいるだろうか?
     さすがにそんな人はいないとわかってくると、櫻井よしこらは旧宮家系の「子供」を宮家の養子にするという案を言い出した。
     だが、自分の子供を養子に差し出す親がいるわけがないし、子供も親から離れて自由も人権もない所に行きたくもなかろうし、もし強制などしたら完全な人権侵害で、憲法違反になる。
      しかも養子を受け入れる宮家もなくて、養子になる側、養子をとる側、両側からいないのだ。
     すると今度は、櫻井らは廃絶した宮家に「家族ごと」入ってもらうという案を言い出したが、これはかつて竹田恒泰が言っていた説である。
  • 「自称保守派こそ、皇室を破壊する【勢力】である」小林よしのりライジング Vol.415

    2021-11-09 20:15  
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     小室眞子さん、圭さんが2021年10月26日に結婚された。
     圭さんの母親の金銭トラブルが報じられて以降、週刊誌は毎号のようにバッシング記事を掲載し、ネット配信記事のコメント欄には読むに堪えない罵詈雑言がこれでもかと書きこまれた。一方、尊皇心があると自認する自称保守派もまた、バッシングを繰り返している。ここ数ヵ月、彼らは何を言ってきたか? 果たしてそれは本当に尊皇心の発露なのか? 自称保守派の人々の発言を徹底的に見ていきたい。
    ■上から目線をやめられない男たち
    「自称保守論壇ムラ」に生息する典型的なタイプが、「歴史」「伝統」を持ち出して皇室のことに口出しする人々だ。圧倒的に男性が多く、ほとんど例外なく「上から目線」である。何を根拠にそう思っているのかは不明だが、自分は皇族の誰よりも皇室のことがわかっていると信じて疑わない。
     こういう根拠なき上から目線タイプは、「皇室を敬愛しているからこそ、あえて言うのだ」というスタンスを崩さない。
     かつて評論家の加瀬英明は、「皇太子殿下に敢えて諫言申し上げます」と題して、皇太子殿下(当時)の「人格否定発言」を 、「御皇室を尊崇する一人として、殿下の御発言はその御位にふさわしいものではなかった、と思う」 と批判している(『WiLL』2005年2月号)。尊崇すると書いておきながら、 「御皇室のありかたは、御皇室の方々が考えられるべきものではない。(中略)国民が決めることである」「天皇、皇后両陛下は、なるべく静かになさっていらしていただきたい」 とのたまうのだから、開いた口が塞がらない。
     このタイプで最近の典型例は、著作家の宇山卓栄だ。彼は次のように書いている。
    (眞子さま、圭さんの)結婚に反対すると、皇族のなさることに口を出すとは、不敬ではないかと言う人がいます。このような人は 皇室の御意向に黙って従うのが忠義であると勘違いしている のです。 「ならぬものはならぬ」と諫言することが真の忠義 です。
    (『WiLL』2021年11月号)
     呆れてものも言えない。「ならぬものはならぬ」とは、会津藩の「什の掟」に使われていた言葉だ。「年長者を敬え」「嘘をつくな」「卑怯な振る舞いをするな」などと、年長者が藩士の子供たちにあるべき姿を説いて、最後に「ならぬものはならぬものです」と、言い訳やごまかしを許さない強い言葉で締めくくられる。
     つまり宇山は、自分こそが敬われるべき年長者であり、道理のわからない子供(=皇族)に正しいことを教え諭すぞと言っているに等しい。何という思い上がりか。不敬以前に不遜である。
     そのくせ、眞子さまの結婚に際して、天皇皇后両陛下にごあいさつをされる「朝見の儀」、一般の結納にあたる「納采の儀」が行われなかったことに対し、 「天皇陛下も秋篠宮殿下も、この結婚を認めていない。これこそが正式な皇室の御意」 だとして、結婚に祝意を述べる人々を 「皇室の意に逆らってもよいと考えているのか。それこそが不忠・不敬ではありませんか」 と述べている。
     言っていることがムチャクチャだ。自分にとって都合のいいことは「御意」で、都合が悪いことに対しては諫言の士を気取るのだからタチが悪い。我こそが真の忠義、我こそが真の尊皇派。でもそれって突き詰めると、結局は自分勝手、自己満足でしかない。
     もう一つ見逃せないのは、宇山は、 「こんな不当な結婚を認めないということを、 結婚後も言い続けなければなりません 」 と記していることだ。それが 「国民にできる、せめてもの良識の表明」 だと言い切っている。
     本気か!!! 結婚して皇籍を離れた眞子さんは一般人だ。その人に向かって、生涯「結婚は認めない」と言い続けるのか? 良識なんてとんでもない、狂気の沙汰だ。「ストーカーは犯罪です!」とムラの仲間は必死で教えてやるべきだ。
     この粘着気質は、「御忠言シリーズ」を書いた評論家の西尾幹二を彷彿とさせる。西尾は13年前、「これが最後」と言いながら、5回にわたって皇太子殿下(当時)の「人格否定発言」への批判と雅子さまの悪口を雑誌に書き続けた。タイトルだけ列記しておこう。
    「皇太子さまに敢えて御忠言申し上げます」 (『WiLL』2008年5月号)
    「皇太子さまへの御忠言 第2弾! 皇族としての御自覚を」 (同6月号)
    「これが最後の皇太子さまへの御忠言」 (同8月号)
    「もう一度だけ皇太子さまへの御忠言」 (同9月号)
    「皇太子さまへの御忠言 言い残したこと」 (同10月号)
    ……しつこい!!
    ■勉強不足を思い込みでカバーする女たち
  • 「厚労省が忘れた『薬害を学ぼう』」小林よしのりライジング号外

    2021-11-02 16:15  
    100pt
     厚生労働省のサイトには『薬害を学ぼう どうすれば防げるのか? なぜ起こったのか?』という薬害教育のサイトがある。
     一般国民向けに制作された、日本の薬害の歴史や被害者の声などを掲載した教本が掲載されているほか、中学生向けの薬害教育教材や、指導の手引きまで配布されている。
     
      薬害教育副教本「薬害を学ぼう」より
     私の記憶にあった薬害事件は、「薬害エイズ」「薬害肝炎(C型肝炎)」「薬害イレッサ(抗がん剤)」「サリドマイド」ぐらいだった。だが、厚労省の教本を見ると、1950年頃からのたかだか50年間で、国が認めた薬害事件だけでもこんなにあったのかと驚く。
     掲載されていたものから一部をさらに掘り下げて、当時の記録や論文などを調べてみた。その内容も盛り込みながら紹介したい。

    ●1948年/ジフテリア予防接種による健康被害
    被害者:924人(死亡83人)
    製薬企業のミスが原因で、ジフテリアの毒素が残っていたために、乳児83人が死亡。

     この薬害は、GHQが占領中の日本の衛生状態を嫌い、日本政府にジフテリアの予防接種対応を求めたことに始まる。
     表向きは、日本国民の健康のための伝染病政策とされていたが、のちに発見されたGHQの文書では、 上陸米軍の中でのジフテリア発生率が予測を超えていることに驚愕し、米軍兵力維持のために、日本人に対して無差別予防接種を提起していた ことがわかっているという。
     GHQは性急な実施を要求したが、日本では薬の製造が整わず、厚生省は夏のチフスの流行などを理由に、約2年間、何度も実施の延期を説明。1948年になってやっと接種する体制が整ったが、この時すでに日本では、終戦後の栄養状態の回復とともにジフテリアは急激に減少しており、流行は沈静化していた。
     だが、厚生省は、GHQの指令に従ってジフテリアを含む12疾病の予防接種を義務化。接種を行わないと罰金3000円(現在の貨幣価値で30万円)を科すという強力な強制接種法を施行し、子どもたちに対して強制的に接種がすすめられることになった。
     先駆けとなった京都府では、1948年10月21・22日に第1回、11月4・5日に第2回の接種が行われた。第2回の接種を受けた15,561人の中で、接種箇所が腫れあがり、発熱する子どもが出はじめ、その後、腕全体が腫れあがり、紫色になった注射局所を中心に、やけどのような水疱ができるという患者が600人以上にまで急増。乳幼児68人が死亡した。
     11月5日からは、島根県で接種が開始されたが、京都からの「接種見合わせ」の電報を受けて中止。ところが、「死ぬ心配はない」という楽観コメントがあったことや、厚生省から、被害が起きたロットナンバー以外のものを使えという指示があったことから再開されてしまった。
     実際には、厚生省が示した以外のロットにも毒性があり、島根県内で300人以上の被害者が出て、16人の乳幼児が死亡した。
     
     製薬会社の製造過程や厚生省の検査がずさんであったこと、被害発生後の現状把握や指示があまりに雑であったこと、そこには、アメリカの要求に従って、子どもたちに強制接種していくと決めていた、つまり 「接種ありき」で推し進めていた という背景がある。
     しかも、日本ではすでに下火になっていた感染症なのだから、健康であれば不要だった注射を、わざわざ乳幼児に打って殺したわけだ。
     予防接種をめぐるアメリカとの力関係が、GHQの時代にスタートしていたことに、暗澹とした気持ちになる。
    ※国が認めた被害者数は冒頭の通りだが、複数の記録を突き合わせると、死者84人、被害者1000人以上、後遺症など不明となる

    ●1953年~1970年/キノホルム製剤によるスモン薬害
    被害者:1万人以上
    整腸剤キノホルムを服用することで、スモンと呼ばれる神経障害を発症する人が多数。企業が製造を停止するまで大勢が被害に遭った。

     1955年頃から、下痢などが続いたあと、足の感覚がなくなる、しびれる、重症の場合は麻痺して歩けなくなる、目が見えにくくなるなどの症状をきたすスモン患者の集団発生が見られるようになった。
     なかでも埼玉県戸田での集団発生は、東京オリンピックのボート競技の予定地であったこともあり、「戸田の奇病」と報道され、世間の関心が高まった。
  • 「NHKが伝えなかった米ワクチン接種後副反応報告」小林よしのりライジング Vol.414

    2021-10-26 19:10  
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     10月20日(水曜)に放送されたNHK『クローズアップ現代+』では、mRNAワクチンの接種後死亡と副反応について取り上げられた。
     番組では、今年5月に死亡した91歳女性「れいこさん」の甥を取材。毎週出歩くほど活発な女性だったが、自宅で心肺停止の状態で見つかったという。遺品整理のために、れいこさんの自宅を訪れた甥は、居間にあったカレンダーを見て、死亡したのはワクチン接種の翌日だったと知る。
     ワクチンと関係があるのではないかと気になった甥は、自分で情報を集めるようになり、厚労省の公開資料に行きつく。だが、接種後死亡リストに掲載されていたれいこさんの欄には、たった1行 「γ(ガンマ)/情報不足で因果関係は評価できない」 としか記されていなかった。
     さらに、他の死亡例についても見てみると、 1190人のうち「評価不能」とされていた人は、99.3%にのぼっていた ことに気が付いたという。
     甥は疑念を語る。
    「本当に調べているのか? 何を調べた結果、因果関係は評価できないと言っているのか」
    「『γ(ガンマ)』という記号1つで受け入れろというのは、無理です」
     自宅で亡くなった場合、事件性がないと判断されれば解剖されることはなく、れいこさんも解剖されないまま火葬されていた。
     さらに法医学の世界では、たとえ解剖しても、死因を特定することはできても、それがワクチンによるものかどうかを調べることは難しく、世界的にもそのような検査手法は明らかになっていないという。
     そこで、アメリカでは、 接種後に出た症状との因果関係を統計的に検証するシステム「VSD(ワクチン安全データリンク)」 が運用されているという。
    「VSD」は、1990年にCDC(米疾病対策センター)が設置したもので、全米各地の9つの病院グループが参加し、およそ1200万人の医療データが日常的にほぼリアルタイムで集められているらしい。
     CDCのwebサイトで「VSD」について調べてみると、拠点となっている病院が、西海岸の高所得者層の住む地域などを中心に、ごく一部でしかなかったので、思わず「これだけ?」と驚いたが、そもそも1人1人に出た症状について調べるものではなく、新型コロナ発生以前から蓄積されている医療データ全体から、ワクチンを接種した人と接種していない人とを比較して、統計的に因果関係を調べるシステムだという。
     
      VSDに参画している全米の病院グループ(CDCサイトより)
     素人ながら浮かぶ疑問は、「統計」ということは、一部少数の人に起きる死亡や、非常に重篤な副反応、不妊や流産などについては、いくら当初から疑念の声や、本人・家族の実体験から察したことが訴えられていたとしても、長い期間をかけて大勢の犠牲者を出しつつデータを集めてからでないと、 「まだ、因果関係があるとは判断できない」 としか言えないのではないかということだ。大規模統計はもちろん必要だが、やはり同時に、死者や症状が出た1人1人に対して、真剣に対応することも必要だと思う。
     ただ今回の『クロ現+』は、 「VSD推し」 というテーマがあるようで、「日本版VSD」を構築しようと奮闘している日本の研究者を取り上げていた。日本では、自治体などが個人情報の提供に難色を示すケースが多いため、アメリカと同じ仕組みを作るのは難しいらしい。
     番組では、「VSD」によって、心筋炎が指摘されたという点が報じられた。
     ファイザーやモデルナのワクチンを、受けた人と受けていない人とを比較すると、10代や20代の若い世代では、ワクチンを受けた人のほうが発症数が高かったという。
     接種後に胸の痛みを訴えたアメリカ人の若者がインタビューに応じ、「VSD」のおかげですぐに心筋炎とわかり、治療体制も整っており、無事に回復できたなどと語り、だから安心だという話になっていた。
     番組全体から 「軽い心筋炎が起きる可能性はあるけど、すぐ治せる準備ができているから大丈夫!」 というムードが醸し出されていたが、私はここに逆に不信感を持った。
      今年8月6日のCDCからの発表では、ファイザーのワクチンを接種した12~17歳に発現した副反応9,246件のデータを解析したところ、 9.3%が心筋炎を含む「重篤な副反応」だった とされていたからだ。 (※詳細は、第227回「若者、子どもにワクチンを打ってはいけない~心筋炎・心膜炎について」を参照のこと)
    「軽い心筋炎」なら、たしかに「軽い」のかもしれないが、死者もいるし、ICUに運び込まれ、一命をとりとめても、その後、重い後遺症を抱えて生涯を過ごすことになる若者もいるのだ。
     また、『クロ現+』は「VSD」しか取り上げなかったが、このシステムの前提となっているのは、同じく1990年に創設され、CDC(米疾病対策センター)とFDA(米食品医薬品局)が管理している 「VAERS(ワクチン有害事象報告システム:https://vaers.hhs.gov)」 だ。
     全米の医療機関や医師、または症状に見舞われた本人が、ワクチン接種後に起きた有害事象を報告するためのオンラインシステムで、報告数は、年間40,000~50,000件。比較的迅速にシグナルを検出することができ、「ごく稀」と言われる有害事象も検知することが可能で、さらに誰もがデータを閲覧することができるという仕組みになっている。
    「VSD」が全体の統計なら、「VAERS」は1人1人の報告から、安全性の問題を早期発見するものと言える。
     ただ、この「VAERS」単独では、 「報告者のバイアスがかかっている」「データが不完全な場合がある」「関係のない報告もすべて受理されている」「接種者・未接種者の比較ができない」「因果関係の検討ができない」 などの欠点があるため、「VSD」などが創設されて、補完しつつ運用されているわけだ。
     では、「VAERS」では、アメリカのワクチン有害事象はどのように報告されているのか?
  • 「反論権のない皇族への壮絶な誹謗中傷」小林よしのりライジング Vol.413

    2021-10-20 17:05  
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     第101回「ゴー宣道場」は10月10日、岡山で「女性天皇・女性宮家は不可能なのか?」をテーマに開催された。
     岡山での開催は昨年3月以来2回目で、今回の応募者数は前回の倍にも及び、新規の参加者は20%強、大盛況といえる結果となった。
     参加者の応募受付期間は7月20日から8月17日までで、この間の社会はオリンピック・パラリンピックとコロナのデルタ株感染拡大の話題に染まり、皇室にはほとんど関心が向いていないような状態だったため、一時は会場が埋まるかどうか心配になった。
     だが、さすがに「ゴー宣道場」に関心を持つ人たちはそこまで世間の空気には左右されないようで、締切が近づくにつれて急速に応募者が増えたのだった。
     とはいえ、まだ世間の興味はコロナ禍にあり、そんな中で皇室をテーマにしても一般的には注目されないのではないかと思っていたのだが、開催間近となったところで、コロナは急激にピークアウトして話題がしぼんでいき、それと入れ替わるように小室圭氏の帰国、眞子さまの複雑性PTSD公表で、一気に皇室関連の話題で世の中は騒然となった。
     結果的にはこれ以上ない、絶好のタイミングでの開催ということになったわけで、やっぱり「ゴー宣道場」、何か持ってる。
     会場では、眞子さまと小室氏に対して「誹謗中傷した者一覧」をホワイトボードに書き出してもらった。記録として、その人名一覧を転載しておこう。
    岩田太郎 高橋真麻 竹田恒泰 亀山早苗 小田部雄次 安積明子 辛酸なめ子 清原博 加藤綾子 デーブ・スペクター 河西秀哉 アンミカ 山下晋司 牧嶋博子 窪田順生 宇山卓栄 山口真由 神田修一 宮下純一 篠田博之 青沼陽一郎 木村盛世 北原みのり 宮西憲春 片岡珠美 竹内久美子 おぎやはぎ小木 高岡達之 橋本琴絵 吉川美代子 篠原常一郎  もちろんこれでもほんの「氷山の一角」であり、芸能人・著名人ではむしろ「擁護した人」を見つける方が難しいのではないかという気さえする。
     また、この一覧の中には、自分が誹謗中傷していたことを「なかったこと」にして、今ではシレっと擁護に回っている者もいる。
     岡山の公論サポーター有志諸君は、さらにそれぞれの誹謗中傷発言についての詳細な資料までまとめてくれたのだが、あまりにも膨大なので、これにひとつひとつ批判していったら、とてもじゃないがライジングに収まる分量では済まなくなる。
     そこで今回はこれらすべてのバッシングに共通する、根本的な問題を指摘して批判を加えることにする。
     第一に指摘すべきことは、眞子さまら皇族に対するバッシングをやっている連中は、 「天皇や皇族の方々には反論権がない」 ということすら知らないバカどもだということだ。
     天皇・皇族は、名誉毀損や侮辱を受けても事実上、告訴はできない。刑法には一応 「天皇・皇后・皇嗣などの場合は、内閣総理大臣が代わって告訴する。その他の皇族は国民と同様に自ら告訴する」 とは書かれているが、この条文通りに告訴が行われたことはかつて一度もないのだ。
     高森明勅氏が紹介していたが、政府の見解は、こういうものだそうだ。
    「皇族という御身分の方が一般の国民を相手どって原告・被告で争われるというようなことは、これは事実問題としては考えさせられる点が非常に多いですから、まああまりないと思います」
    (昭和38年3月29日、衆院内閣委員会での瓜生順良宮内庁次長の答弁)
      これはつまり、皇族は事実上「告訴できない」と言っているに等しく、天皇・皇族を名誉毀損や侮辱から守る法的措置が、実際には何も存在していないということを意味している。
     もちろん問題は法的措置に留まるものではない。それならば皇族が一般国民を相手取って、言論を用いて争うことだって「考えさせられる点が非常に多い」ことになるのは当然で、もし皇族が国民と泥仕合の論争をやろうものなら、皇族の品位が大きく汚されてしまいかねないということも、重く考えなければならなくなる。
      つまりは、皇族は法的のみならず、言論においても一切の反論権はないのである。
      皇室バッシングをやっている連中は、反論権のない人を誹謗中傷しておいて、さらに 「なぜ批判に対して、何も説明しないのか」 と責め立てる。
     やろうとしたってできない反論を求めておいて、「なぜ反論しないのだ」と責めているわけで、まるでチンピラのイチャモンである。
     しかも、そこまで皇室について無知蒙昧であるにもかかわらず、そいつらは決まって、 あたかも自分は皇室に関心を持ち、皇室のことを思っているからこそ言っているのだというポーズをとっている。
  • 「コロナデマ大行進・第2回」小林よしのりライジング号外

    2021-10-12 14:10  
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     先週に引き続き、コロナデマ大行進の第2回である。わしとしてはすでに『コロナ論5』の「戦犯篇」か「総括篇」に入っている。この原稿を『コロナ論5』に使ってもいいし、漫画化して使ってもいい。
     この2年、どれだけアホらしいデマが氾濫したかを記録しておかねばならない。来年になってようやく指定感染症の5類になれば、テレビの感染速報がなくなってしまい、しかも「ワクチンの効果で終息した」というデマが横行してしまう。
     デマで始まりデマで終わる、マスクと外出規制の全体主義で始まり、ワクチンのファシズムで終わる。そして真相には誰も見向きもしなくなり、またコロナに替わるウィルスが侵入したら、またしてもインフォデミックが繰り返される。こんな馬鹿なことをやってていいのだろうか?
     コロナデマも、真のワクチンデマも、片っ端から記録しておくしかなかろう。
    ● 若者が会食中に騒いで感染を拡げ、医療崩壊の危機を招いている。
    ⇒ デマである。 新型コロナウイルスはACE2受容体に吸着する。従ってメインルートは糞口感染であり、若者が会食中に騒いで飛沫を飛ばしたくらいで、大して感染は広がらない。しかも医療崩壊の危機を招いたのは5類感染症に落とさないから、ただそれだけ。二重のデマで若者に濡れ衣着せて、国家国民の活力を奪おうというのだから、この国の大人はもうダメだ。
    ● 小林よしのりが「老人は死んでもいい」と言っている。
    ⇒ 悪意でわざと拡散したアンチ・デマである。 わしは「寿命が来た老人が死ぬのは仕方がない」と言ったのだ。「インフルエンザは老人の最後の灯りを消す病気」と言われていたが、コロナも同じだと言ったまで。こんな当たり前のことが受け入れられない幼稚さに呆れるしかない。このデマは吉田豪、町山智浩らサヨクサブカル界隈で流行ったが、こんな幼稚な知性・感性で人物評やら映画評やらをやっていたのだということを、自らバラシてしまったわけだ。
    ● 気の緩みが感染を拡大させる。
    ⇒ 一目瞭然のデマである。 精神論を唱えるのは科学ではない。10月現在、みんな自粛に耐えきれなくなって、気が緩みまくって、街や行楽地に人出があふれている中で、デルタ株がピークアウトして、陽性者が激減している。その理由を説明できない「専門家」など、全員廃業すべきだろう。
    ● インフルエンザとコロナの同時流行が懸念される。
    ⇒ 完全に結果が出たデマである。 「ツインデミック」は、ついに起こらなかった。だが、外れた予言は全て「なかったこと」にされる。
    ● 変異ウイルスによって指数関数的に重症者・死者が増える。
    ⇒ これもデマと証明されたデマである。 デルタ変異では陽性者こそ増えたが(それでも「指数関数的」というほどではない)、重症者・死者の伸びはわずかだった。世界的に見れば、日本の新規陽性者数は「さざ波」だった。それでもマスコミは重症者・死者数をスルーして「感染者数激増!」と煽った。
    ● スウェーデンのコロナ対策は失敗したと、国王が認めた。
    ⇒ 情報操作のデマである。 何が何でもスウェーデンが失敗したことにしたい世界中のマスコミが、国王の発言を歪曲したのだ。酷すぎるのは、立憲君主が、政府の個別の政策について、失敗だの成功だのとは言わないということすら知らない無知っぷりである。
    ● スウェーデンもロックダウンに追い込まれた。
    ⇒ さらに酷いデマである。 国王発言の件は、一応は基になる情報があり、それを歪曲したものだが、ロックダウンに至っては何の根拠もない。完全に事実無根のでっち上げだから、一層悪質である。驚いたことにウイルス学の権威とされる宮坂昌之氏が著書の中でこのデマを書いているのである。
    ● 政府のコロナ対応のまずさは「ガダルカナル戦」と同じ。
    ● 政府のコロナ対応のまずさは「インパール作戦」と同じ。
    ⇒ 決まり文句のデマである。 旧日本軍に関する知識など何もないのに、とにかく「旧日本軍と同じ失敗をしている!」とさえ言えばカッコがつくと思っている、薄っぺらいエセ知識人が必ず言う。
    ● 「野戦病院」を作らなければならない。
    ⇒ 意味不明のデマである。 5類に落とせばたちまちベッドは足りるのに、急ごしらえで設備も行き届かない「野戦病院」を作れって、どこまで転倒しまくったら気が済むのか。
    ● ウイルスが弱毒化するのは何百年単位の話。
  • 「コロナデマの大行進!」小林よしのりライジング Vol.412

    2021-10-05 19:30  
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     先週は「デマもある民主主義」と「デマを許さない全体主義」だったら、「デマもある民主主義」の方がいいと書いた。
     ただし、その中でも念を押しておいたように、だからといってわしはデマを許容しているわけではない。
      デマはよくないが、何がデマかを権力が判断して消去するようなことはあってはならない。デマか否かは、自分で判断させろと言っているのだ。
     そこで今回は、わしが判断したコロナやワクチンに関するデマを記しておく。
     発言内容を正確に引用して、いつの誰の発言というデータを詳細につけていく書き方もできるが、それでは「資料集」になってしまい、煩雑で読み物としてあまり面白くなりそうにないので、要旨だけを箇条書きにして列挙してツッコミを入れておこう。
     なおこれには、7月の「北海道ゴー宣道場」のために作成されたものの、テーマ変更のため使用されなかった資料を活用させてもらった。
    ● 新型コロナはスペイン風邪以来の、100年に1度の感染症である。
    ⇒ デマである。 スペイン風邪は日本本土で45万人、当時日本だった朝鮮・台湾を含めると74万人が死んだと言われるが、新コロは去年は4000人、今年は死者にPCR検査して陽性者を全部コロナ死とカウントしたために、思いっきり水増しで、15000人。実際は毎年流行っていたインフルエンザ以下というのが真相だ。
    ● コロナウイルスは根絶させることが重要。
    ⇒ デマである。 そもそもウイルスを「根絶」させられると思うこと自体が、「人間中心主義」というカルト思想の妄想。根絶させねばならないのは、コロナ脳である。
    ● 国難と言うべき危機的状況。
    ⇒ デマである。 もしこれが国難というのなら、それはウイルスによるものではなく、むしろ人災によってもたらされたものだ。平和ボケそのものの意見である。
    ● 東日本大震災を上回る規模の対策が必要。
    ⇒ デマである。 このデマに煽られて自衛隊まで駆り出されることになってしまったが、5類感染症にすればよかっただけのこと。
    ● コロナウイルスは空気感染する。
    ⇒ 途方もないデマである。 飛沫感染にしろ、エアロゾル空気感染にしろ、このデマを作るのに貢献したのが「富岳」で、たとえ世界一のスパコンでも、使う人間がバカだとろくなことにならないという見本。このデマの与えた経済的損失は計り知れない。
    ● PCR検査が陽性であれば「感染者」である
    ⇒ デマである。 しかし厚生労働省がこの定義を容認しているため、ほとんど全てのメディアがこの「感染者数」で危機を煽りまくった。厚労省の罪は思い!
    ● PCR検査の徹底と陽性者の隔離で、コロナは封じ込められる。
    ⇒ 悪質なデマである。 玉川徹はこれを毎日毎日、オウムのように繰り返した。今も言っている。PCR開発者のキャリー・マリスが、そういう目的で使用してはいけないと遺言していたことを、未だに知らないというのはあまりにもおかしい。
    ● 何もしなければ国内で85万人重症化し、42万人死ぬ。
    ⇒ デマであり、ホラである。 ところがこれを言ったことで、西浦博は京大教授に出世した。
    ● この感染症は平均すると1人当たりが2.5人に二次感染させる。
  • 「デマもある民主主義」小林よしのりライジング Vo.411

    2021-09-28 17:10  
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    「デマは決して許してはならない」
     そう言われると、否定できない正論のように思うかもしれないが、実はそこに大きな落とし穴がある。
     それでは 「デマもある民主主義」 と、 「デマを許さない全体主義」 だったら、 どっちがいいだろうか?
     決してデマを許容するとか、容認するとかいうわけではないが、民主主義は自由な議論が行われることが前提であって、自由に意見が交わされるのであれば、その中にデマが紛れ込んでくるのはどうしたって仕方のないことだ。
      あらゆる意見が提出され、それを見た上で国民が自分の頭で考え、どの意見が正しく、どの意見がデマかを見極め、選択する。これが民主主義の基本というものだ。
      意見や情報の真偽を国民に判断させず、権力があらかじめある種の意見や情報を「これはデマだ」として排除していって、特定の方向の意見しか表明されてこないような社会は、全体主義社会である。
     もちろんデマによって被害が生じることはよくあるし、それは時には人の命に係わることもある。悪意でわざとデマを流す奴だっていっぱいいる。だからデマがどんどん流れる世の中であっていいはずはない。
     あくまでも「デマもある民主主義」と「デマを許さない全体主義」だったら、どちらがよりよい社会だろうかという選択の話だ。
     そもそもデマのない社会をつくろうというのは、「ゼロコロナ」の社会をつくろうというのと似たような発想である。 世の中には必ずどこかにデマ情報が入り込んでいるもので、人は常日頃デマに曝露し、時には軽く感染して、痛い目に遭ったりして、情報の真偽を見抜く「リテラシー能力」という免疫を自らの中に作っておいた方がいい。
     デマのない「無菌室」のような社会を作ろうという考えは、非常にいびつで危険なものだ。
      しかも「デマを許さない」と言った時に、デマか否かを権力が決めていくというのは大問題である。
     ところがこのことに対して「リベラル」を自称する者までが一切警戒していないのは、全く理解ができない。
     今、政府や厚生労働省が、ネットの中に「ワクチンデマ」があると決めつけている。権力が特定の意見を「デマ」と認定していくということが堂々と行われているのだ。
     それを、国民の大多数がそれを許容しているというのはあまりにもおかしな現象であり、それだったら日本国民って実はみんな、中国共産党が好きなのだと見なすしかない。
      中国共産党は、デマは許さない。そして、何がデマかは党が決めるのだ。
      中国共産党にとっては、1989年6月4日、天安門広場に集結した民主化を要求するデモ隊を中国人民解放軍が虐殺したというのは、デマだということになっている。
      香港もこれからは、何がデマかは権力が決めることになる。民主派が何を言っても、それはデマだということにされるのだ。
     このままでは日本もそんな社会になってしまいかねないところに来ているのに、なぜそれをみんな許しているのだろうか?
  • 「アフガン大使館の恥辱」小林よしのりライジング Vol.410

    2021-09-21 16:00  
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    「かつて 日本人は清らかで美しかった
     かつて 日本人は親切でこころ豊かだった」
    「どうして どうして日本人は こんなになってしまったんだ」
     30数年前、マレーシアの元国会議員、ラジャー・ダト・ノンチックはそう嘆いた(『戦争論2』に全文引用)。
     だが、その後も日本人の劣化は止まらず、ついに行き着くところまで行ってしまったという感がある。
     8月15日、アフガニスタンの首都カブールをタリバンが制圧し、政権を掌握した。
     図らずも8月15日が二つ目の「終戦記念日」となったわけで、これにより20年にもわたったアフガン戦争における、米国の敗北が確定した。
     もちろん日本も、同盟国として米国に協力してきたのだから、同じく「敗戦国」であることに変わりはない。
     しかもこの時、日本人として信じがたい国辱行為が行われていたということを、決して見過ごしてはならない!
     タリバンの政権掌握によって、それまで米軍などに協力していたアフガン人は今後迫害を受ける危険が生じ、国外に退避しようと空港に殺到、大混乱となった。
      その際、イギリスやフランスなど各国の大使や大使館員は空港内に大使館機能を移転し、アフガン人のためにビザの発給を続けるなどの業務をしていたという。
     ところが、そこに日本の大使や大使館員の姿はなかった。
      カブールが陥落した8月15日、大使の岡田隆はすでにアフガニスタンから退避していた!
     そして、駐アフガニスタン日本大使館員12人も17日に全員、英軍機で出国した!
      現地の民間日本人や、日本関係機関で働いていたアフガン人現地スタッフを全員置き去りにして、大使館員が真っ先にトンズラしたのである!!
     もう日本に「杉原千畝」は現れないのだ。
     それどころか、かつて杉原千畝のような人がいたことを、日本人として誇ることすらもはや恥ずかしくてできたものではない。
     7年前、韓国で旅客船「セウォル号」の沈没事故が起きた際、船長が真っ先に逃げたことをネトウヨ界隈は「やっぱり韓国人は民度が低い」などと嗤っていたものだが、今回は日本の大使館員が全員「セウォル号の船長」になってしまったのだ。
     その一方、今回の 韓国大使館の動き はどうだったか。
     韓国の駐アフガニスタン大使館員らも8月17日に国外に退避したが、韓国ではカブール陥落前の早い時点から退避を進めており、 大使館員は民間の韓国人全員を退避させた後、最後に現地を離れた。しかもその後、4人の外交官がカブールに戻っている。
     雲泥の差という他ない。
     韓国の外交官4人がカブールに戻ったのは8月22日で、同日深夜には韓国軍が現地に展開。経由地となるパキスタンの了解を取り付け、韓国大使館などに勤務していたアフガン人とその家族390人の移送を開始した。
     カブール空港周辺はタリバンが厳しい検問を敷いており、自力で空港まで行くのが困難だったことから、韓国政府は6台のバスを手配。
      こうして韓国関連のアフガン人は25日の時点で全員が空港に集合、パキスタンのイスラマバードを経由して、27 日までに全員仁川に退避した。
      その間、現地職員との連絡やバスの早期手配、タリバンとの交渉などは、現地に戻った外交官が行った。彼らが危険を冒して戻ったからこそ、退避は成功したのである。
     一方、日本の民間人と現地スタッフを退避させるための自衛隊機が日本を出発したのは8月24日で、明らかに遅かった。
     しかも、大使や大使館員は全員トンズラしており、現地で救出作業に必要な調整や交渉事を行う人がいない。
     そうこうするうちに26日に空港で爆破テロが起き、移送ができなくなった。空港周辺でテロが起きる可能性については22日頃から米軍が呼びかけており、迅速に動かなければならなかったのに、それを怠ってみすみす退避の機会を失ったのだ。