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記事 250件
  • 「ラグビーだってナショナリズムだ」小林よしのりライジング Vol.333

    2019-10-16 14:40  
    150pt
     オリンピックをはじめ、スポーツの国際大会が盛り上がると、ナショナリズムは危険だという刷り込みがある左翼が、決まって「ナショナリズムを煽るな」という全く意味のわからないイチャモンを言い出す。
     そして現在開催中のラグビーワールドカップでも案の定、その手の文句が上がっている。
     特にラグビーの日本代表チームは一見すると「なんで外国人ばっかりなの?」という印象になるから、左翼はここぞとばかりにこれを「アンチ・ナショナリズム」の象徴に仕立て上げようとしてくる。
     ラグビーはオリンピックやサッカーのワールドカップ等と違い、国籍が異なる国の者でも、代表選手になれる規定があり、今大会では日本代表選手31人のうち15人が外国出身で、日本に帰化していない外国籍の選手が7人いる。
     だがこれで、国境なんてもう関係ないんだなどとジョン・レノンの『イマジン』みたいに思っていたら、見当違いも甚だしい。
      あくまでもラグビーワールドカップは「国別対抗戦」であり、各チームはナショナルチームである。 グローバルチームでもなければ、国境を無視したカオスチームでもないのである。
     ラグビーの選手は「本人、もしくは両親、祖父母のうちひとりがその国の出身」「その国で3年以上継続して居住、または通算10年にわたり居住」の条件のうちどれかを満たしていれば、国籍が異なる国でも代表選手になれる。ただし、ひとりの選手は1カ国の代表にしかなれない。
     なお、「3年以上継続して居住」の要件は今大会後は「5年以上」になる。
     ラグビー代表が国籍を重視しない理由には、ラグビーという競技が生まれた時代の背景がある。
     ラグビーは19世紀初めにイングランドで誕生し、その後ウェールズ、スコットランド、アイルランドとイギリス全域に広がり、パブリックスクールや大学で盛んに行われた。
      当時のイギリスは全世界の陸地と人口の4分の1を版図に収める「大英帝国」の全盛期であり、ラグビーを経験したエリートたちは世界中の植民地に赴任し、現地でラグビーを普及させていった。
      そこで、イギリス人は世界中のどこの国に行ってもイギリス人のままその国の代表になれるようにということで、国籍よりも地縁・血縁を重視する考え方が生まれ、その名残が現在まで続いているのだ。
     つまり、これは「ラグビーに国籍は関係ない」という価値観から始まったわけではなく、もともとはイギリスの都合だったのである。
     なお、「日本は強豪国じゃないから、助っ人外国人に頼っている」と思っている人も多いようだが、それは誤解で、ウェールズやスコットランドといった強豪国でも外国出身選手の割合は高い。
      しかも外国人選手は決して「助っ人」ではない。彼らはれっきとした日本代表の一員だ。
     日本代表チーム主将のリーチマイケル選手は、父はニュージーランド出身のスコットランド系白人、母はフィジー出身である。
     リーチマイケルは15歳で留学生として来日、今では日本での生活の方が長く、日本人と結婚し、2013年に日本国籍を取得している。
     リーチはニュージーランドやフィジーの代表になる資格もあったが、日本を選んだ。彼が高校2年生の時、ニュージーランドの実家が火事に遭い、その時、高校の監督が関係者に呼びかけて義援金を集め、何も言わずに実家に送っていた。後になってそのことを知ったリーチは感動したといい、 「その恩はラグビーで返すしかない。何があっても、日本以外の国の代表になるわけにはいかないと思いました」 と語っている。
     リーチマイケルはワールドカップ開幕前、宮崎での強化合宿を終えた後、メンバーと共に日向市の大御(おおみ)神社にある「さざれ石」を訪れ、その前で『君が代』を斉唱し、本殿でお祓いを受けた。
     リーチはこのことについて、次のように語っている。
    「このチームはダイバーシティー(多様な人材を積極的に活用しようという考え)、いろんな国の人がいる。もっと日本のことを知ってもらわないといけない」
    「日本は1000年以上の歴史を持っている。たくさんいい感じのもの(文化)を持っているし。知ることで日本が好きになるし、もっとがんばらないといけないと思うようになる」
    「ここ(大御神社のさざれ石)に来たのは、日本の国歌の意味まで知ることが重要だと思ったからです」。
    「日本代表には色々な国の人がいて、それぞれのナショナルアンセム(国歌)があると思います。だからこそ日本の国歌、君が代の意味を知ることは非常に大事です。桜のジャージはできた時から1人の力だけじゃなくて、みんなで大きくなっていると思うので、そこからさらに新しい歴史を作って行くのが僕たちの責任です」
    「今日しっかりこれを見て、次、国歌を歌うときに思い出してもらいたいと思います」
     リーチマイケルは日本人としてのアイデンティティを強く意識しており、チーム全員でさざれ石を見に行き、君が代の意味を知って、チーム全員のアイデンティティを統一させたのだった。
     出身国や国籍は問題ではない。彼らは日本に対する愛国心を持ち、桜のジャージに誇りを持つ、日本チームのメンバーなのである。
     ただし、彼らはただ一方的に日本文化に傾倒しているような、いかにも自称保守・アナクロ保守が喜びそうな存在ではない。一方では外国人の目で冷静に日本を見ているところもある。
      例えば、日本人は失敗しても「ドンマイ」で曖昧に済ましてしまい、同じ失敗を繰り返す傾向があるとして、これを改め、失敗の原因は徹底的に追及するようにしたそうで、これも日本代表チームが強くなった一因だという。
     このようにして今、新しい日本チーム、新しい日本人が作られている最中なのである。
  • 「立憲主義どころじゃないって無茶苦茶」小林よしのりライジング Vol.332

    2019-10-08 20:35  
    150pt
     立憲民主党という政党ができ、立憲主義、立憲主義と何度となく繰り返してきたため、「立憲主義」という言葉だけは一般にも知られるようになってきた。
     ところが、「立憲主義」とはどういう意味か、それ以前にそもそも「憲法」とは何なのかということを理解している人が全然いないのだから、全く途方に暮れてしまう。
     れいわ新選組代表・山本太郎は、東京新聞9月22日付のインタビューでこう発言した。
    「『立憲主義に基づいた政治を』との主張は大切だが、それどころじゃない。厳しい生活を少しでも楽にする政策は何なのか、具体的に話さなければいけない」
    「憲法二五条が定める『健康で文化的な最低限度の生活』ができている人がどれだけいるのか。現行憲法を守らずに憲法を変えようという人たちは信用できない」
     これを読んでわしは即座にブログに「山本太郎、終了!」と書いた。
     先の参院選では、わしは山本太郎に投票した。そのこと自体は、重度身障者を2名も国会に送り込み、一気に国会をバリアフリー化してしまうという快挙につながったから良かったと今でも思っている。
     だが、憲法について、立憲主義について、ここまで完全なる無知であることがわかってしまっては、もうこの先は支持できない。
      憲法とは、国民が権力を縛る命令書である。
     そして、権力は憲法に書いてあることを守らなければならないというのが、立憲主義である。
     憲法25条には「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と書いてあるのだから、権力はこれを守り、国民に「健康で文化的な最低限度の生活」を保障しなければならない。これが立憲主義というものだ。
      山本太郎は、憲法25条が守られていない、すなわち立憲主義が守られていないと憤慨しておきながら、その一方で「いまは立憲主義どころじゃない」などという暴言を吐くのだから、もうシッチャカメッチャカである。脳みそがひん曲がっているとしか思えない。
    「立憲主義どころじゃない」 というのは、 「権力は憲法の縛りに従っている場合じゃない」 という意味である。つまりは事実上 「権力は憲法を守らなくていい」 と言っているわけで、山本太郎は 「権力の暴走を容認する」 と表明していることになるのだ。
     そして、まさに安倍政権も「立憲主義どころじゃない」と思っているから、憲法を守らないのだ。 憲法25条だけでなく、憲法53条に規定された臨時国会召集を無視したケースもそうだし、あいちトリエンナーレの補助金不交付も憲法21条に書かれている「表現の自由」の保障に違反している疑い が濃い。
     政権がそんな状態だからこそ「立憲主義を守れ!」と言わなければならないのに、「立憲主義どころじゃない」なんて言ったら、もうおしまいである。政権にしてみたら、「山本太郎さん、ありがとう! お言葉に甘えて、憲法は守りません!」ってなもんだろう。
     しかし、山本太郎の発言がとてつもなくヘンだということに気づいた人は、果たしてどれだけいただろうか?
     政治家でさえレベルが著しく低下していて、立憲主義とは何かを正確に理解している人の方が少数派だろう。
     ましてや国民は立憲主義なんか一切理解しておらず、山本太郎の発言に違和感も持たずにスルーした者の方が大多数なのではないか?
     日本では、誰も「憲法」も「立憲主義」もわかっていないのだ。
     安倍首相は4日の臨時国会の所信表明演説の最後に「令和の時代の新しい国創り」について触れ、 「その道しるべは、憲法です」 と述べ、憲法改正への意欲を見せた。
      安倍晋三は、憲法を「権力を縛る命令書」ではなく「国創りの道しるべ」だと思っている。安倍も立憲主義を一切理解していないのだ。
     もっとも安倍は以前も国会で、「憲法は国家権力を縛るもの」というのは 「かつて王権が絶対権力を持っていた時代の考え方」 であり、今の憲法は 「日本という国の形、そして理想と未来を語るもの」 だなどと、八木秀次あたりから吹き込まれたのであろうトンデモ憲法論を堂々と答弁していたくらいだから、今さら驚かない。
     ともかく安倍は参院で「改憲勢力」3分の2を割った今国会においても、憲法改正に意欲を見せている。それ自体は良い。わしは憲法改正の意欲を持ち続けていることは好意的に評価する。
     ところが共同通信の世論調査では、「内閣が優先して取り組むべき課題」(2つまで回答)のトップは「年金・医療・介護」(47.0%)で、次が「景気や雇用など経済政策」(35.0%)。 「憲法改正」はわずか5.9%で、8番目だった。
     つまり、国民の大多数も山本太郎と同様に、憲法なんか後回しでいい、今は目の前の暮らしの方が大事だとしか思っていないわけで、立憲主義もへったくれもありゃしないのである。
  • 「地球温暖化の原因はCO2(二酸化炭素)か?」小林よしのりライジング Vo.331

    2019-10-01 20:40  
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     純粋まっすぐ少女が、国連に出てきて顔をゆがめて居丈高に大人たちを糾弾する演説をしている映像なんか見たら、まずその時点で少なくとも『ゴー宣』の読者ならば、直感的に警戒心が湧くのではないだろうか?
     9月23日、国連の温暖化対策サミットでスウェーデンの16歳の活動家、グレタ・トゥーンベリが各国代表を前に演説を行い、経済成長を優先して温暖化対策の取り組みに消極的だった「大人たち」への怒りをぶつけ、涙ながらにCO2(二酸化炭素)削減を訴えた。
     グレタは昨年8月から毎週金曜日に学校をボイコットして「気候のための学校ストライキ」と書かれたプラカードを手に、国会議事堂の前で座り込みを始め、同様の行動をするようにと、SNSで世界中の若者に呼びかけた。
     その活動は「#FridaysForFuture(未来のための金曜日)」と呼ばれて瞬く間に広がり、今年3月15日の金曜日に行われた「未来のための世界気候ストライキ」には、世界125カ国で100万人以上の学生が学校をさぼって参加した。
     グレタはたった1人で始めた運動を1年足らずで世界規模に拡げたということで、ノーベル平和賞の候補にノミネートされ、TIME誌の「世界で最も影響力のある100人」にも選ばれている。なおグレタは現在、学校を1年間休学して地球温暖化をアピールする活動に従事しているという。
     国連温暖化対策サミットを前にした、9月20日金曜日の抗議行動は世界160カ国で行われ、参加した学生は400万人以上にも上った。
     ニューヨーク市の公立学校は、デモ参加のための欠席を認める異例の対応を取り、このデモに参加したグレタは 「きょう学校や仕事を休んだとしても、気候変動対策のほうが大切です」 と訴えた。
     「バカ言うな! 学校や仕事の方が大切だ! 日常に戻れ!」と言いたくなるが、『脱正義論』を読んだ者なら分かるだろう。
     ところが、現在マスコミはグレタを大絶賛して英雄扱いしている。
     ただ「若者」であることだけを武器にして、 「あなた方は私たちを裏切っています。しかし、若者たちはあなた方の裏切りに気付き始めています。未来の世代の目は、あなた方に向けられています。」 などと演説し、大人を糾弾するグレタに対して、特に左翼マスコミは惜しみない賛辞を贈るのだ。
     朝日新聞は9月25日の社説でグレタの演説から 「若者はあなたたちの裏切りに気づき始めている。もし私たちを見捨てる道を選ぶなら、絶対に許さない」 の言葉を引き、 「こうした若者たちの怒りを重く受け止めねばならない」 と唱えた。
     NHK「クローズアップ現代+」では9月26日の放送でグレタを特集し、キャスターの武田真一アナが 「グレタさんの言葉に、大人の一人として私も目を覚まさせられました」 なんて言っていた。
     マスコミは、本当に責任持てるのか?
     グレタは11歳の時に地球温暖化への不安から鬱になり、12歳で自らビーガン(完全菜食主義者。肉・魚だけでなく、卵・乳製品も一切摂らない)になり、同じく12歳の時から環境への負荷を抑えるためとして飛行機に乗ることをやめ、国連に出席する際にはCO2排出量ゼロのヨットで15日間かけて大西洋を横断して来た。
     グレタの父はスヴァンテ・トゥーンベリという俳優兼作家・プロデューサー、母はマレーナ・エルンマンというオペラ歌手で、二人とも環境保護の活動家である。
     両親はグレタと共に頻繁にメディアに登場、グレタがヨットでニューヨークに向かう際には父親が同伴。母親は 「娘は空気中のCO2を裸眼で見ることができる」 というイタい発言をしたことがある。
     また、グレタは発達障害の一種である「アスペルガー症候群(自閉症スペクトラム症)」を抱えている。これは「コミュニケーションや対人関係が苦手」「興味の偏りやこだわりの強さ」「感覚の偏りや動きのぎこちなさ」といった特徴がある障害だが、両親はグレタの発達障害や摂食障害などについても積極的に発言しているという。
     両親がどこまで意図的にグレタを自分の活動に利用しようとしたのかはわからないが、グレタは両親が学校に行くようにと注意しているのに聞かないというし、ビーガンになることを両親にも強要したり、海外公演に行く機会の多い母親にも飛行機に乗らないよう要求したりもしているそうだから、むしろ両親の思惑をも超えた、過激な活動家になっているのかもしれない。
     おそらく両親は、思い込んだら突っ走る性質を持つアスペルガー症候群を抱えた子供に幼少時から「地球温暖化の恐怖」を刷り込んでいたはずで、そのためにグレタは鬱になり、育ち盛りの時に自らビーガンを選んでしまい、そして環境活動家になってしまったのだろう。これは虐待の結果だと言っていい。
     わしは地球温暖化よりも、この娘の将来の方がずっと心配だ。
     ネット上では、グレタについて「胡散臭い」「どう見てもヤバい子供が周りの大人に利用されてる構図」「彼女に必要なのは学校に行く事と適切な治療だと思います」といった、実にごもっともな声があふれているが、マスメディアでは絶賛しか許されない状態になっている。
  • 「カジノでなにが起きるのか?」小林よしのりライジング Vol.330

    2019-09-24 21:45  
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     今月20日、神奈川県横浜市議会は「カジノを含む統合型リゾート施設(IR)」の誘致準備費用2億6000万円を盛り込んだ補正予算案を成立させた。カジノに反対する横浜市民は多く、パブリックコメントに寄せられたのも9割が反対意見だったというが、一切無視して2020年代開業へと突き進むようだ。
     挙手しているカジノ企業は、主に外資系だ。トランプ大統領のスポンサーでもある米カジノ最大手ラスベガス・サンズは、今年6月の段階では大阪湾・夢洲への進出計画を言及し、「東京と横浜はチャンスなし」などと言っていたが、8月になると一転。大阪への入札を見送って「東京と横浜に注力」と真逆の発表を行った。
     
     参入を狙うライバル企業は多く、牽制球を投げたり、契約を有利に運ぶためのブラフにかけたりしているのかもしれないが、「東京と横浜は、住民理解と行政対応が整わない」と言ってみたり、「大阪はインフラ面が整わない」と言ってみたり、要求も甚だしい。
     おかげで各自治体は、すっかり舶来のカジノ屋にあやつられ、 「なんとかカジノ様にお越しいただきてぇ!」 とばかりに目の色変えて立ち回っているというありさまである。
    ■カジノ企業は最高権力者のスポンサー
     米サンズはトランプ大統領のスポンサーと書いたが、2018年10月11日の朝日新聞デジタルによれば、安倍首相は、2017年2月に訪米してトランプ大統領の別荘でキスアスしていた時に、どうやらサンズへの日本での事業許可を検討しろと要求されていたらしい。
     参入を狙って根回ししているのは外資系だけではない。
     日本でも、セガサミー、ユニバーサルエンターテインメントなど、海外でカジノを展開したり、カジノ向け決済サービスを牛耳っている企業が何社もある。特にパチンコ・パチスロ機メーカーでもあるセガサミーは熱心だ。
     日本でのカジノ解禁をにらんで、2017年に韓国の現地法人と組み、仁川国際空港の近くにカジノを開業。韓国は、日本の4分の1ほどの国土に17か所ものカジノが存在するという“カジノ先進国”でもある。ここに日本人スタッフを送り込み、ノウハウを蓄積しようというらしい。
     日本でのカジノ推進議論は1999年頃からはじまり、2012年の政権交代を経て2013年に突如沸騰、2013年12月に「IR推進法」が提出されてブイブイ風が吹きはじめ、2016年12月の臨時国会で成立。このさなか、絶妙のタイミングで、こんな出来事があった。
     2013年9月、ホテルオークラ東京で開催されたある披露宴である。
      新郎は経産省若手キャリア官僚の鈴木隼人氏、新婦はセガサミー・里見治会長の令嬢。この宴の席には、現職総理である安倍晋三を筆頭に、小泉純一郎、森喜朗など元首相が並び、菅義偉官房長官ほか閣僚が勢ぞろいしたという。
     セガサミー・里見氏は資産1113億円とされる大富豪で、安倍とは第一次政権時代から親しく、下野した際も「物心両面で面倒を見た」と言われる“超極太スポンサー”だ。安倍政権が、披露宴直後の通常国会会期末ギリギリにカジノ実施法案を成立させたのは、トランプ大統領へのキスのほか、日本のギャンブル王へのご祝儀でもあったのではないか? 
     ちなみに、新郎の鈴木隼人氏は、披露宴翌年の衆院選で自民党・東京ブロック比例代表で出馬して当選。名簿順位は25位だったが、その上の24人は小選挙区で立った候補者で、事実上の名簿1位、当確候補だった。
    ■カジノ施設は地場産業から消費を吸い上げる
  • 「人にはいろんな生きざまがある」小林よしのりライジング Vol.329

    2019-09-17 19:25  
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     リンカーンコンチネンタル・リムジンのお迎えで、筒袖に段袋といういでたちの男たちが「押忍押忍押忍」と整列する屋敷に案内された私の母・京子、18歳。壁に日本刀がずらりと掛けられた「100人殴り込んで来ても、ダイジョーブ!」といった様子の玄関をくぐり抜け、鉄火場を横目に、極道家族の住まいへと手を引かれてゆく。
     ベッドつきの洋間をあてがわれた京子は、銀の食器がずらりと並ぶダイニングで豪勢な食事を楽しんだあと、その晩、子供たちを引き連れて、海辺で開催される花火大会へと案内された。
     花火大会は、このヤクザが毎年催しているもので、地域住民たちの大きな夏のお楽しみだった。
     特に花火がよく見える港の周辺にはテキヤがずらりと並んで、集まった住民たちをにぎやかし高揚させている。たこ焼きや焼きそばを焼いたり、小さな子供にりんご飴を手渡して頭をなでてやったりしているのは、組が世話をしている若い衆だったり、昔から友好関係を築いてその花火大会を縄張りとしているテキヤの集団だったり、縄張りの外から商売をしにやってくる馴染みの露天商だったりするらしい。

     京子がたこ焼きの香りに惹かれていると、極妻は、従えていたカンカン帽の荷物持ちに 「たこ焼き、買うてきてくれる? 〇〇はんの焼いてるやつね。それと子供らに、わたあめ」 と命じた。
    「京子ちゃん、たこ焼きはね、上手に焼く職人さんと、そうでない人がおるんよ。いま、一番おいしく焼いてくれる人から買うてくるからね」
     お祭りの露天でたこ焼きを買っても、どうも焼き過ぎてボールのようになっていたり、とろみがあるのかと思ったら生焼けだったり、あまり「おいしい!」と思えた記憶がなかったが、当たり前だが、技術に差があるのだ。
     極妻によれば、特にわたあめは、相当長年の経験を経て「職人芸」と呼べるレベルの技を持った人でなければ、美味しく、見栄えよく、ふわふわ、かつ満足のゆく密度に仕上げることができないものらしい。入りたての若者が2年や3年練習した程度では、とてもじゃないがモノにはならず、テキヤ集団の親分級の人が、露店の花形として良い場所を陣取るという。
     そうこうするうちにカンカン帽がお遣いから戻る。
     子供たちは大喜びで職人芸のわたあめにかぶりつき、そして京子が口にしたたこ焼きは、ふわふわとろとろの美味だった。それ以降、母は、露店で食べ物を買うときは、テキヤの熟練具合をよくよく観察してから選ぶようになったらしい。
     花火大会は大盛況、露店も大繁盛だった。

     ヤクザや、後ろ暗い過去を背負っている人たちは、日頃は一般社会の人々からは「付き合いたくない」と思われがちで、なんとなく避けられている存在だ。しかし、「ハレ」の場面においては、その感覚も一時的に解かれて、「お祭り会場を一緒に盛り上げるために必要な一員」としてふわっと受け入れられているところがあったと思う。
     見るからにヤクザと思われる人物が商売しているわけではなくとも、この会場のテキヤを仕切っているのはヤクザで、売り上げの一部は上納されており、自分が露店で買い物をすることが、ヤクザに金を流すことにつながっていると多くの大人がわかっていた。けれども、 「まあ、今日はお祭りなんだし、それがヤクザさんの食い扶持なんだから」 と、ひとまず置いておく感覚があったわけだ。
     一般社会には馴染まない、どこか異質な空気感をまとった人々が演出する非日常の舞台こそが、人々に「ハレ」を体感させ、わくわくさせているところもあると思う。
     一方、現在は、ヤクザのイメージがあまりに悪すぎるのもあって、 「反社会勢力、許さない!」「反社会勢力とつきあいのある人間も、許さない!」 という徹底排除の感覚のほうが圧倒的に強くなっている。夏祭りの露店からは、ヤクザや、ヤクザとつながりの濃いテキヤは締め出され、「クリーンな商売人」だけが露店を出すべきで、ヤクザには1円たりとも金を流してはならないという圧力が高まっている。
     
     ちなみに、 最近の露店は、やたらと国際化している。
  • 「セカンドレイプ魔・小川榮太郎」小林よしのりライジング号外

    2019-09-10 16:10  
    153pt
     日本人は、未だに近代人にはなっていない。
     野蛮人としか言いようのない、知性も品性もない人間が「知識人」の扱いで「言論誌」に論理のかけらもない文章を載せている。
     しかもその内容が、レイプ被害者を侮蔑・嘲笑する「セカンドレイプ」以外の何物でもない代物なのだ。
     こんなものが平気で流通しているということだけは、決して海外には知られたくない。
    「月刊Hanada(10月号)」に、自称文芸評論家・小川榮太郎の 『性被害者を侮辱した「伊藤詩織」の正体』 と題する文章が載っている。
     詩織さんは性犯罪被害者のまさに当人なのに、その人をつかまえて「性被害者を侮辱した」とは、一体どういうつもりだろうか?
     まあ小川の目的が、詩織さんをレイプした容疑で逮捕状が出ていながら、逮捕を免れたジャーナリスト(元ジャーナリストか?)Yの擁護にあることは、読まなくてもわかる。小川もYも、共に安倍政権の提灯持ちである。同じ提灯を持つ者同士、お仲間意識も連帯感も相当に強かろう。
     文章は冒頭、熱海のホテルにおけるYの様子の描写から始まる。
     詩織さんがYを訴えた民事訴訟の裁判が行われた日、小川がYを熱海に誘ったそうで、小川は 「人生を賭けた裁判の疲労は並々ならなかっただろう」 とYをいたわっている。
     そして小川は、Yの父親が事件のショックから体調を崩し、昨年亡くなったことに触れ、 「私も先年、父を亡くした。レイプ犯の汚名を着た息子が孤立するなかで、病重くなり続けた氏の父上のことを思う都度、私は何度いたたまれぬ思いにかられたことだろう」 と、深い同情の気持ちを表明している。
     案の定、完全にYの味方をするつもりで書いている文章である。
     ところが信じられないことに、小川はこれだけYに肩入れしたすぐ後に、ヌケヌケと 「が、この件に情実は、絶対あってはならない」 と言ってのける。
     そしてさらに、 「私は山口氏を『信じる』という選択は、この件では全くするつもりはなかったし、してはならないと思っている」「私は、山口氏を信じるのではなく、証拠資料、証言を通じて、より真実に近い当日の出来事を知りたいと思った」 と強調して、中立・客観的な立場でこの件を論評するかのような態度を装うのだ!
     一体、どのツラ下げて?
     あれだけ、Yと個人的に親しいことを自ら明かし、Yの無実を願って死んだであろう父親に同情し、Yが父を死に追いやるような親不孝をしたのではないかとは露ほども疑っていない心情を吐露している人物が、今さらこの件を中立の視点で検証するなどと言ったところで、どこの誰が信用するか?
     この客観性皆無の頭の悪さには本当に驚く。フリチンで街中を闊歩しながら、「私は露出狂ではない!」と叫んでいるようなものである。
     Yはホテルの自室に詩織さんを連れ込み、性交したことは認めている。
     そこで争点は、その性交がレイプだったのかどうかに絞られる。
      レイプか否かを決定づける最大の要件は、「合意の有無」である。
     合意なく行われた性交はレイプ。それに尽きる。
     ライジングVol.307(https://ch.nicovideo.jp/yoshirin/blomaga/ar1743157)や『ゴーマニズム宣言』第50章「レイプ裁判の判決がおかしい!」(「SPA!7月2日号」)で詳述したように、現在の日本の裁判では「抗拒不能」(抵抗・拒否できない)という要件が過剰に考慮され、理不尽な判決が連続しているが、あくまでも第一に考えなければならないのは、というより、唯一考慮すべきなのは、「合意の有無」であると言っていい。この認識は、今日の世界的な潮流として定着しつつある。
     ところが小川は信じられないことに、最重要の要件である「合意の有無」を 「密室のことで、判定のしようはない」 とあっさり放り出し、完全に論点から切り捨ててしまうのだ!
     これでは話にならない。 小川は法的・社会的にレイプがどう定義づけられているのか、特に最近はどう考えられているかを一切調べようともせず、完全な無知のまま、 「合意の有無など言っても意味がない」 と決めつけているのだ。
     小川は「新潮45」の廃刊号となった昨年10月号に載せた、杉田水脈の「LGBTは生産性がない」発言を擁護する文章でも 「LGBTという概念について私は詳細を知らないし、馬鹿らしくて詳細など知るつもりもない」 と開き直り、LGBTを「全くの性的嗜好」と完全に間違ったことを平然と書き、LGBTよりも 「痴漢症候群の男の困苦こそ極めて根深かろう」 とまで暴言を吐き散らした。
     議論の前提として必要最低限の知識すら知ろうともせず、完全無知のまま、自分の思い込みだけで平気で誤りを書きまくることを常とする小川榮太郎には、根本的に物書きの資格などないのだ。
     小川は、Yが詩織さんをレイプしたとされる2015年4月3日の詩織さんの行動について、いちいち批判を加えていく。
     その日、詩織さんは靖国神社の奉納相撲の取材をした後、砂埃を浴びた服を着替えるため自宅に寄り、待ち合わせ場所の居酒屋に時間に遅れて着いているが、それに小川はこんな難癖をつけるのだ。
  • 「関東大震災犠牲者慰霊法要レポート」小林よしのりライジング Vol.328

    2019-09-03 17:50  
    153pt
     9月1日、関東大震災の犠牲者を追悼する大法要が東京都墨田区の都立横網町公園にある東京都慰霊堂で営まれた。取材に赴いたのだが、日曜日でもあり、かなりの人が集まっており、公園に入ってからなかなか中心部にたどり着けないほどだった。新聞発表では約700人が集まったという。
     東京都慰霊堂での大法要は、都慰霊協会が主催するものだ。昨年まで出席されていた秋篠宮ご夫妻に代わり、次女の佳子さまが初めて参列された。また、この大法要とは別に、公園内にある朝鮮人犠牲者追悼碑の前では、日朝協会東京都連合会による朝鮮人犠牲者追悼式も開催された。
     
     この追悼碑の隣には、 「一九二三年九月発生した関東大震災の混乱のなかで、あやまった策動と流言蜚語のため六千余名にのぼる朝鮮人が尊い生命を奪われました」 という文章からはじまる石板が立てられている。
     大震災直後に 「朝鮮人が井戸に毒を入れた」「朝鮮人が火をつけて歩いている」 などのデマが発生し、あちこちで結成された自警団によって、“朝鮮人狩り”が行われたという出来事だ。
     平成20年3月現在、政府が公表している専門調査会報告書によれば、 「武器を持った多数者が非武装の少数者に暴行を加えたあげくに殺害するという虐殺という表現が妥当する例が多かった」「加害者の形態は官憲によるものから官憲が保護している被害者を官憲の抵抗を排除して民間人が殺害したものまで多様である」「殺傷事件による犠牲者の正確な数は掴めないが、震災による死者数の1~数パーセント(1,000人から5~6,000人)」 (1923 関東大震災【第2編】第4章 第2節「殺傷事件の発生」より)とされている。
     したがって、この政府報告書に従うならば、石板に書かれた「六千余名」は、正確な人数かどうかはわからないが、推定される最大の犠牲者数ということになる。
     朝鮮人犠牲者の追悼式典には、2016年まで、東京都知事が毎年追悼文を寄せていたが、2017年に小池百合子都知事が取り止めて、そのまま今年まで3年連続で見送られた。この件がもとで左派が反発を強めており、また、式典当日に同じ場所で「朝鮮人虐殺はなかった」と訴える右派の集会も行われるという情報があったため、気になって現場へ向かったのだ。
    ●「朝鮮人虐殺はなかった」の団体演説
     現場では、追悼碑を囲んで慰霊式典を行っているその周辺に、式典を支援する左派の団体がおり、フェンスと大量に配備された警察官を挟んで、右派の団体がテントを張って集会を行っていた。
     右派側は 「真実の関東大震災石原町犠牲者慰霊祭」「六千人虐殺の濡れ衣を晴らそう」 という看板を掲げており、何人かがマイクの前に立ち、式典にぶつけるような形で 「朝鮮人虐殺はなかった」「慰安婦の強制連行もなかった。徴用工問題も見てみろ」「関東大震災の時は、朝鮮左翼による横暴、計画されていたテロがあり、それに対処するための自警行為はあった。しかし、虐殺はなかった」「6000人も虐殺したという証拠を出せ」 という演説を繰り返していた。また、左派の団体を名指しして 「なんの縁もゆかりもない過去の朝鮮人に肩入れしている」 と揶揄する演説者もいた。
     名指しされた側としては、式典を妨害されたことにもなり、相当な怒りに満ちており、フェンス越しに警官の制止を受けながら怒鳴り声を挙げたり、スマホやビデオカメラで撮影するなどかなりピリピリした様子だった。
     怒りの矛先は警官にも向いており、 「なんで東京都は差別主義者を守るんだ」 という話し声が聞こえた。警察官の配備が、追悼文を取りやめた小池都知事と結びつくようだ。あとで知ったが、小競り合いがあり、左派側に逮捕者も出たという。
    ●「軍国主義が行った残虐行為」を訴えるパネル展示
  • 「抗議・恫喝・脅迫が表現の自由を委縮させる」小林よしのりライジング Vol.327

    2019-08-27 20:05  
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     慰安婦少女像は政治的プロパガンダのための木偶(でく)人形である。韓国の恥の象徴である。
     韓国内にも慰安婦少女像に恥を感じる人たちはかつていたらしい。そりゃそうだろう。慰安所を利用していた老人がいたはずだから。
     世界中に国家の恥の象徴をバラまく今の韓国人の感性は「反日」イデオロギーのせいで、相当に劣化している。
     本来なら日本や世界中であの少女像を展示するということは、韓国の恥を展示することであり、自国に対するヘイトスピーチに近いので、わしとしては腹も立たない。自国民をヘイトするヘンタイ国民だなと思って、嗤ってしまう。
     恥のイコン・慰安婦少女像を日本で展示してやろうという相当意地悪なことを企んだ津田大介という男は天罰が下っても止むをえない馬鹿である。
     呉智英氏によれば、慰安婦少女像はぜんぜん「表現の不自由」じゃなくて、日本大使館前でも、韓国中でも、アメリカでも展示されているのだから、「表現の自由」を謳歌している、それをわざわざ展示して、炎上を誘って「表現の不自由」をねつ造してしまったのだから、津田大介という人間は「当たり屋」みたいなものだと言っている。これはなかなか凄い見方だ。
     その恥のイコンを「芸術」とまで勘違いする輩が現れているようだから、あの木偶人形に対する「批判」や「嘲笑」や「侮蔑」は構わないのである。いくらでも罵ればいい。慰安婦像が「神聖不可侵」にならないように、批判と侮蔑をしておけばいいのだ。
      ただし、抗議・恫喝・脅迫はダメなのだ!
     日本ではできる限り広い範囲で「表現の自由」を担保しておかねばならない。
    「表現の自由」の範囲が広ければ広いほど、その国は民主主義が発達していて、中国や韓国や北朝鮮などは、「表現の自由」が狭い分、民主主義が未発達であり、独裁制が幅を利かせているということなのだ。
     愛知県で3年に1度開かれている国内最大規模の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の企画展「表現の不自由展・その後」が、開催3日で展示中止に追い込まれた。
     同展は4年前に東京で行われた、各地の美術館で展示できなくなった作品などを並べる「表現の不自由展」を見たトリエンナーレ芸術監督の津田大介が、当時の実行メンバーに「その後」展をやってほしいと打診して実行されたものだった。
     先の「表現の不自由展」では在特会が拡声器を持って「ぶっ殺してやるから出てこい」と罵倒、なんと来場者の姿を勝手に撮影してネットに上げるなどの嫌がらせをしたため、会期中は総勢80人のボランティアが警備に当たり、来場者が無断撮影されないようシーツで出入り口を隠すなどの対応に追われたという。
     そんなことから、実行メンバーは「その後」展の実行委を引き受ける際には「相当の覚悟と準備が必要」と考え、津田にも不当な暴力に屈しないよう釘を刺していた。そして津田も、圧力に屈しないよう「僕も一緒に闘う」と言っていた。
     ところが開幕してみると案の定、慰安婦少女像の展示や、昭和天皇の肖像を燃やす映像展示に対する抗議が殺到した。
     その抗議のやり方は尋常なものではなかった。 トリエンナーレ事務局は大量の抗議電話によって事務所機能が完全に失われ、トリエンナーレとは無関係の組織にまで大量の抗議電話が押し寄せた。
     中には 「お前の母親の写真を燃やしてやるぞ」「実名をネットでさらす」 といった、抗議というより恫喝というべき電話も多く、連日未明まで続いた対策会議では、「このままでは自殺者も出かねない」という報告も出されたという。
     2日目早朝には 「ガソリン缶を持って行く」 と、京アニの事件を思わせる脅迫ファックスが届き、その翌日には、このままでは円滑で安全な運営ができないとの判断から、トリエンナーレ実行委員会会長の大村秀章愛知県知事が「表現の不自由展・その後」の展示中止を発表した。
     同展の実行委は、「一緒に闘う」と言っていたはずの津田が3日で折れ、何の相談も説明もなく中止が決められてしまったことに相当憤慨している
     十分予想のついていたリスクに対して全然対応できなかったことに対して、津田は 「準備不足だったことは認めます。ただ、どのような準備をすれば可能だったのか…」 と泣きごとを言っていた。
     この件ではトリエンナーレ実行委委員会会長代行の河村たかし名古屋市長が会場を視察し、 「日本国民の心を踏みにじる行為」 だとして大村知事に展示中止を求める抗議文を出していたことから、権力による「検閲」だとの声もあったが、大村知事や津田は「検閲」を否定している。
     まあ、「検閲」よりも、津田が説明しているとおり、 過剰な抗議と恫喝・脅迫によって運営が機能不全となり、死者が出かねないと判断したものだろうと思う。
     最初の脅迫ファックスの犯人は逮捕されたが、展示の中止後も愛知県の関連施設には 「県庁職員らを射殺する」「県内の小中学校、高校、保育園、幼稚園にガソリンを散布して着火する」 といった脅迫メールが770通以上届き、その脅迫犯はまだ捕まっていない。
      このような抗議・恫喝・脅迫が、表現の幅を確実に狭めてしまうのだ。
  • 「田原総一朗のデマはたちが悪い」小林よしのりライジング Vol.326

    2019-08-20 17:30  
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     ゴー宣道場は10年目に突入し、前回で83回を数えたが、前もって用意していたテーマについて、ほとんど議論できないままに終わってしまったという事態は、これが初めてだった。
     8月4日に開催した第83回ゴー宣道場のゲストには、本人の強い要望で田原総一朗を招いた。
     テーマは「皇室と憲法における平和主義」と設定し、以下のような議題について話し合う予定だった。
    「昭和天皇は平和主義者だったのか? ならば戦争責任はなかったのか? なぜ戦後どこかの時点で、退位されなかったのか?」
    「上皇陛下は戦争の反省を使命として慰霊の旅をなさったのか? それは国政に関わる行為にならないか? 日本国として大東亜戦争を反省することにならないか?」
    「現憲法は本当に平和主義なのか? 沖縄基地は米軍の兵站ではないのか? イージス・アショアは米国を守るためではないのか?」
    「イラク戦争の反省をなぜ日本人はしないのか? イラン戦争が勃発したら、日本はどうなるのか? 言論は戦争を防ぐことができるのか? ジャーナリズムは権力の監視になっているのか?」
     いずれも田原の日頃の発言などを考慮し、田原が興味を持ち、意見を述べたがりそうな事柄を絞り込んだつもりだった。
     ところが、田原はテーマを無視した脈絡のない話や自慢話をするばかりで、全く議論にならないまま、無駄に時間が流れてしまった。
     中でも特に困ったのが、田原が事実に反する発言を平然とすることだった。
     田原は 「左翼はもういないよ!」「いま護憲派なんかいない!」 と言い放った。
     何を根拠にそんな断言ができるのか全くわからない。 田原の認識においては、日本共産党は「いない」ことになっているのだろうか?
     いないどころか、ゴリゴリの左翼も護憲派もまだたくさんいて、立憲民主党に食い込んでいる。だから枝野幸男代表も「立憲的改憲」を全く言わず、護憲一辺倒になってるんじゃないか!
     この日の第2部には参院選に立民から立候補して惜敗したフリーアナウンサーの安田真理が登壇したが、その日、彼女のツイッターにはこんな罵詈雑言が殺到した。
    「バカウヨの元凶となり、ヘイトの元凶となり、歴史修正主義を蔓延させた、女性蔑視、韓国蔑視の小林よしのりとの関係を断つべき」
    「山尾倉持の改憲論に簡単に乗ってしまうところに立憲の危うさを感じる。与党と同じだ」
    「もうこれだけで立憲民主党の支持をやめていい話」
    「あなたにがっかりした」
     これらのコメントをした人々のツイッターの書き込み内容には、 「共産党支持」「天皇制反対」「レイシスト反対」「アイヌヘイト反対」「ネトウヨを罵倒する」「アホウヨはブロック」 …などの言葉が散見された。
      これこそ100%左翼じゃないか。極左じゃないか!
     呆れたことに、田原が言った「左翼はいない」がデマであることは、その日のうちに証明されてしまった。
     天皇退位については、わしが 「天皇退位させないっていうのが安倍首相だったんだから。それをこっちがねじ込んだんだよ、退位させるように」 と言うと、田原はムキになったように 「こっちがねじ込んだなんてんじゃない。圧倒的国民が退位って言ったんだよ。小林さんが言ったからじゃない。僕も安倍に直接言ったよ!こんなもんやんなきゃダメだと。安倍もそのとおりだと思うと言ったよ!」 と言い返し、ゴー宣道場の功績を完全否定した。
     田原は控室で、SPA!の『ゴー宣』もFLASHの『よしりん辻説法』も読んでいると言っていた。
     だったら、ゴー宣道場がなければ退位は実現しなかったという事実を描いた『ゴー宣』第44章「退位を阻止しようとした者たち」(SPA!4月30日・5月7日号)も読んだはずだ。
     にもかかわらず田原は、 圧倒的国民の声があったから自動的に退位が決まったか 、 あるいは自分が安倍に直言したから実現した かのように言ったのだ!
    「圧倒的国民の声」は大前提だが、世論調査の結果が即、政権によって実現されたら、「間接民主制」の否定になり、「直接民主制」ならば「独裁制」に限りなく近くなる。田原は「圧倒的国民の声」を受けて、軍部が戦争に邁進していった事実に、まだ正面から向き合っていない。学習能力というものがないのだろう。
      しかも残念ながら、安倍は圧倒的国民の声に反して、政府の有識者会議に退位反対論者ばかり呼んで、退位を妨害しようとしていた。それは紛れもない事実である。
  • 「山本太郎のポピュリズムは大衆迎合ではない」小林よしのりライジング Vol.325

    2019-08-13 19:30  
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     案の定、ともに今回の参議院に議席を得て、政党要件を満たした「れいわ新選組」(れいわ)と「NHKから国民を守る党」(N国)を一緒くたに論じる動きが出てきた。
     れいわとN国は全然違うということは、ここではっきりしておかなければならない。
     週刊新潮(8月8日号)は 「衆院選に100人擁立をぶち上げた!『山本太郎』を台風に育てる慄然『衆愚の選択』」 という記事を組み、れいわをN国と一緒に扱って 「参院選で生まれた新しい芽は、所詮は衆愚の選択のたまものであるということか」 と書いた。
     そして「月刊Hanada」編集長の花田紀凱は産経新聞(8月3日)のコラムでこの記事について、 「ここで、『か』は不要。衆愚の選択そのものではないか」 と評している。
     ネトウヨ愚民の雑誌を作っている編集長のくせに、自分を衆愚のひとりとは思いもせずに、上から評論しているのには笑わされる。
      れいわの躍進は衆愚の選択ではない。
     N国の方は衆愚の選択の極致である。
     その違いも見抜けないのでは、その目はフシ穴である。
      そもそも山本太郎には、参議院議員としての6年間の実績に対する信用があり、今回ネットで急に人気が出ただけのN国とは決定的に違う。
     山本のイラク戦争や消費税、原発などに関する発言を見て行くと、具体的な国家像といえそうなものが垣間見える。
     山本が国会で、イラク戦争の際に自衛隊が米兵をファルージャまで運んだじゃないかと追及するのを見たが、あれは素晴らしかった。 そこには、アメリカに追従して侵略戦争にまで加担するような日本ではいけないという国家像があり、それはわしと全く一緒だ。
      消費税廃止の主張は、消費を増やすことによって経済を回していこうという資本主義の考え方であり、これもわしと考えが同じだから支持できる。 消費税を財源に、国税で社会保障をやろうというのはむしろ社会主義的なのだ。
      また原発反対には、原発事故によって国土を喪失してしまったという思いがあり、それもわしと同じである。
      しかも原発問題について天皇陛下(当時)に山本が渡した直訴状は、毛筆縦書きで、使用する紙の質も正式なものだったらしく、これは単なるパフォーマンスではできない。 もしかしたら山本は、かなり保守的な人間なのかもしれない。
     陛下がその後「私的ご旅行」で、足尾銅山の鉱毒被害を明治天皇に直訴しようとした田中正造の記念館を訪れ、その直訴状をご覧になったのは、明らかに山本の直訴状にお応えしてのことだろう。
      小沢一郎が開いた皇統問題の勉強会にわしが呼ばれた時にも山本は来ていて、れいわでは女性天皇・女系天皇を認める方針を明言している。
      さらに、憲法については護憲派ではないらしい。
     全部が理想的に備わった政党なんか出てくるわけがないのだ。ある程度具体的に共感できる国家像を持っていて、なおかつ身障者など社会的弱者を助けようという感覚もあり、バランスが取れているという判断でわしは支持した。
     それを、地上波に乗らず、ネットで人気が出たからというだけの理由でN国と一緒に扱っては絶対にいけない。
     もっとも、日本が韓国に対する輸出管理を強化したことに対して、山本が 「『なめられてたまるか、ぶっ潰してやれ』という小学校高学年くらいの考え方はやめましょうって話なんですよ」「大人になろうぜってことなんですよ」 などと言っていたのはいただけない。これはまだリベラル左翼な気分から抜けきっていないのだろう。
     国と国との約束を守らない韓国をこのまま甘やかすことこそ、大人の態度ではない。 大人の態度=甘やかす態度ではない。むしろ韓国のためを思えばこそ、厳しくすべき時には厳しくしなければいけないのだ。
     こういう感覚が残っていてはまだ全幅の信頼を置くわけにはいかず、用心して見ておく必要があるということは前提として、以下の論を進めていく。
     評論家の東浩紀は、 「れいわ新選組ってかなりポピュリズム的な政党だと思うんです。つまり、『現実に実現できないかもしれないけど、そうなったらいいな』という口当たりのいい政策を使い、かなり劇場型政治を演出して、一気に浮動層をかき集めることがポピュリズムだとしたら、今回のれいわ新選組はまさにそう」 と批判した上で、 「ここでポピュリズムに巻き込まれないでほしいなと僕は思っています」   と警告を発している(J-WAVE『JAM THE WORLD』7月22日)。