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  • 「アンチと過去に居座る退行の欲求」小林よしのりライジング Vol.345

    2020-02-11 19:15  
    150pt
     日々つくづく思うのは、人間の内面というのは、常に正反対の欲求に引き裂かれているものなんじゃないかということだ。
     特に思うのは、 「未来に向かいたい」 という気持ちと、 「過去に居座っていたい」 という気持ちの引っ張り合いだ。 「進化・成長したい」という欲求 と、 「退行・安住したい」という欲求 とも言える。
     人の集団が 「進化・成長派」 と 「退行・安住派」 に分裂することもあるが、ひとりの人間のなかにも、このふたつの欲求は同時に存在していて、右へ左へと綱引きが行われているのではないかと私は思っている。
     人間、大した過去も経験もないうちは、希望ばかり持って未来に向かって生きていけるのだが、つまづいたり、不条理な体験をしたり、怠け癖がついたりしてモチベーションを失うと、その痛みや屈辱、“できなさ”から生じる劣等感などをやわらげるための“言い訳”を探してしまうことがある。
    「あの時、ああいうことがあったせいで……」
    「あの時にすべてが変わってしまったのさ……」
     過去のある時点にあえてスポットライトを当てて、そこに自分の時間を巻き戻し、居座ることで、それより先の未来へと歩いていく大変さを拒絶し、困難から逃避するのである。
     こういうことはよくある。若者ならそういった経験から自分の弱さを見つけて成長していくものだと思うが、なかには、いい大人になっても極端に過去に居座りつづける、退行・安住欲求の度合いが異常に強すぎる人がいる。
    ***
     10年ほど前、新宿歌舞伎町の小さな飲み屋でママをやっていた時のことだ。
     ある晩、常連客のひとりだった男性Kが、「許せないジャーナリストがいるんだ」と言いはじめた。自分の命の恩人でもあるAさんを、ジャーナリストJがツイッター上で誹謗中傷しているのだという。
     スマホでツイッター画面を見ると、どうやらジャーナリストJが雑誌に書いた音楽業界に関する記事について、その業界で著名なバンドマンAが真っ向反論、それに対してJが上から目線で嘲るような返答を繰り返し、Aが「乗り込む」と脅迫めいたことを書いたことがきっかけで、騒ぎになったらしい。
     私にはどっちもどっちにしか見えなかったが、Kは自分自身がバンドマンでもあり、Aを慕っていた。「Aさんは本当に素晴らしい先輩なんだ」と擁護する。男同士の関係性があるのだろう。
     だが、そんなKのツイッターを見て、すごく驚いた。KはJに向かって、暇さえあればほぼ数分おきに、ストーカーのようにコメントを書き込んでいたのだ。
    「Jさん、Kです。いつ質問に答えていただけるんですか? わたくしの命の恩人、A氏に対する誹謗中傷について、今すぐ謝罪して欲しいんですけど?」
    「Jさん、完全にAさんに論破されてますよね。それで無視するなんて、プロのジャーナリストとして恥ずかしくないですかあ? 謝罪していただきたい!」
    「どうも、Kです。臭い物にはフタですか? Jさん、あなたの原発取材記事はすべて読みましたよ。次はあなたが僕の質問を読む番です」
    「論破されたJさん。原発を糾弾したいなら、自分が悪いことをした時は素直に謝りなさい! いつまで僕を無視するつもりだ!」
    「Jさんは実名至上主義なんですね。匿名のツイッターは無視するそうなので、僕は実名にしました。顔も晒しましたよ。さあJさん、早く返事して下さい。もっと論破して追い詰めますよ」
     Jからは何の反応もないという。そりゃそうだろう。Kに論破できる気はしなかったが、とにかくJのこと以外は考えられないらしい。ツイッターのプロフィール欄には、中指を立てた自撮り写真を載せて、 「命の恩人Aさんを誹謗中傷するエセジャーナリストJ氏に発言の撤回と謝罪を要求するために、私は実名と顔を出して戦います」 と宣言していた。
     だが、さらに驚く話があった。それほどまでに恩人Aさんとの関係性が深いのかと思ったら、Kは 「面識はないよ」 と言うのだ。