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  • 「自衛隊、中東派遣の虚妄」小林よしのりライジング Vol.343

    2020-01-21 20:05  
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     右と左が意見を激突させている時は、右の意見も左の意見もヘンで、お互いピントのずれた主張をぶつけ合っていて、どんどん本質がぼやけて行っているということが実に多い。
     そして今回も、毎度おなじみの光景が展開されている。
     昨年末のどさくさ閣議決定で海上自衛隊が中東に派遣されることになり、今月11日にはP3C哨戒機2機が出国して20日から活動を始め、来月には護衛艦1隻が派遣される予定となっている。
     これに対して野党は猛反発しているのだが、その理由がなんと、 「米国とイランの軍事的な衝突で、現地の緊張が高まっているから」 だそうで、立憲民主党国対委員長・安住淳は 「こんな中で派遣するという感覚はちょっと信じられない」 と強調している。
     要するに 「危ないから行くな」 と言っているわけで、これでは話にならない。自衛隊が行ってはいけないほど危ないのなら、 非武装の民間タンカーなどなおさら危ないわけで、アラビア海の運航を一切禁止しなければおかしい。 つまり、日本に石油が入って来なくてもいいと言っているのも同様になってしまう。
     左側の 「危ないから行くな」 が論外であることは言うまでもなく、これを右側が批判し、嘲笑しているのは正しい。
     ところが、さらに右側は 「イランをめぐる情勢が悪化しているからこそ、自衛隊派遣が必要だ」 と主張するので、こうなると手放しには賛成できなくなる。
     なぜなら、そもそも 今回の自衛隊派遣は 「調査・研究」 が目的であって、民間タンカーの警備・護衛が任務ではない からである。
     自衛隊は憲法9条の規定によって「戦力」ではないとされている。 軍隊じゃないから、派遣を合法化するには防衛省設置法の 「調査・研究」 を根拠にするしかない。 「調査・研究」は防衛省内で「打ち出の小槌」と呼ばれるほど使い勝手のよい規定だそうで、自衛隊が日本周辺で行っている警戒監視や情報収集も「調査・ 研究」ということになっている。
     今回も、「有志連合」への参加を求める米政府の顔を立てるための「アリバイづくり」の派遣をしつつ、イランとの伝統的な友好関係も壊したくないという虫のいい目的を果たすために「打ち出の小槌」を振るったというわけだ。
      調査・研究目的でも、自衛艦が直接攻撃を受ければ自衛隊法の 「武器等防護」 を根拠に、武器を使用して反撃することができる。
     しかし調査・研究では、自国の民間船が襲撃されていても、それを助けに行くことはできない。 そこで今回の中東派遣に当たっては、不測の事態が起きた場合には自衛隊法に基づく 「海上警備行動」 に切り替えることになっている。
     海上警備行動は海上での人命・財産の保護、治安維持を目的とするもので、緊急時は電話閣議を経て防衛相が命令し、 警察権の範囲内で武器使用や進路妨害などの 「強制力を伴う措置」 ができる。
     そして河野太郎防衛相はその活動範囲も 「他の海域を排除しない」 と発言しており、イランへの配慮から今回の「調査・研究」の対象から外した ホルムズ海峡やペルシャ湾での海上警備行動の可能性も示している。
     相当に無理を重ねているものの、これでともかく自国のタンカーがホルムズ海峡で襲われても自衛隊が助けに行けることにはなっているわけだが、ところがここにまだ問題がある。
     公海上では国際法上は、船舶は船籍を登録している国の政府が保護する 「旗国主義」 を原則とする。 旗国主義の例外となっている海賊対処以外で安易に武力行使をすれば、国際法違反となる恐れがあるのだ。
     中東のシーレーンには、船籍は外国でも日本の海運会社が運航していたり、日本人が乗っていたり、日本向けの重要な貨物を載せている船舶が多数往来している。
     日本船主協会によると、日本の海運会社が運航する船舶のうち、日本籍の割合はわずか10.5%だそうで、 昨年6月にホルムズ海峡付近で、何者かによって吸着機雷の攻撃を受けたタンカーはパナマ籍だった。
     自衛隊がこういう船舶を守るために武器使用や進路妨害など 「強制力を伴う措置」 を行なったら国際法違反になってしまい、 攻撃している船に大音量の警告や強い照明を浴びせるなど 「強制力のない手段」 による対応しかできない。
      もしも自衛艦が中東で、船舶が攻撃されている場面に遭遇したら、現場の自衛官は洋上で瞬時に襲われている船が日本船籍か他国船籍かを見極め、武器を使用するかしないかを判断するという、ほとんど無理なことを求められるのである。