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「公が狂うとき」小林よしのりライジング Vol.358
2020-05-26 20:05150ptわしは「個と公」をテーマに『戦争論』を描き、「公」の重要さ、「公共心」の大切さを訴えた。
その主張は今も変わっていないが、ただし現在は、ここに大きな注意を加えておく必要がある。
それは、 「『公』は狂うことがある」 ということだ。
今は日本中、「自粛」「STAY HOME」が「公」であり、たとえ緊急事態宣言が解除されても、新型コロナを恐れて決して気を緩めず、なるべく外出を控え、「ソーシャルディスタンス」を保つことこそが「公共心」のある行動であるということとされている。
政治家から、学者から、芸能人から、一般人まで、誰もがこぞって「家にいよう、大切な人のために」などと唱え、それこそが常識であるとまで信じ込んでいる。
だが、わしはそんなものは全く「公」だとは思っていない。 日本においてはインフルエンザよりもはるかに弱い新コロなんかを恐れて自粛して経済を止めてしまうのは愚の骨頂であり 、外出して消費して経済を回すことこそが「公」だとずっと主張している。
ところが今は、そういう行動はあたかも公共心に反することであるかのように、 「自粛警察」の取り締まり対象にされるような「公」が形成されてしまっているのである。
金沢市の市会議員が、新コロに感染・入院し、退院した後の自宅待機中にパチンコ屋に行ったとして、市民から糾弾された。
その市議は今月7日に退院し、医師から2週間の自宅待機を命じられていたが、その期間をあと2日残した19日に、休業要請の出ているパチンコ店に行ったという。
自粛警察の総本部であるテレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」は21日の放送で、女性リポーターが市議本人に電話取材して「吊し上げショー」を行った。
市議は若い頃からパチンコをたしなんでいるといい、その日は客としてではなく「視察」に行ったものの、店内がガラガラで大変厳しい状態になっているのを見て、たまたまポケットに5000円札が一枚あったので、せっかくだからと打ってしまったと、実に苦しい釈明をした。
女性リポーターは嵩にかかって「今後議員辞職する考えはないんでしょうか?」と質問し、市議はひたすら反省の弁を述べ続けた。
番組では何の疑いもなく、 新コロに感染していた者が自宅待機中にパチンコに行くなど言語道断であり、それを糾弾することが「公」に適うと信じている様子だったが、もしもその「公」が間違っていたらどうなるのか?
これがインフルエンザを発症した人だったら、治った後にパチンコ屋に行ったところで、誰も一切非難などしなかったはずだ。
それが新コロならこんな大騒ぎになるということは、 新コロ感染者はたとえ治っても、危険人物視されるという差別が存在しているのではないか?
医師からの自宅待機指示を破ったというが、PCR検査で2回連続陰性だったから退院しているはずで、その時点でもう治っているのに、 さらになお2週間も自宅待機せよという医師の指示は明らかにおかしい。
医師も医師としての判断ではなく、世間の差別感情におもねった指示を出したのではないだろうか?
もっとも今回の場合、それが「市議会議員」でなければ、単に新コロの元感染者がパチンコをしただけでは、こんな騒ぎにはならなかったはずだ。
ということは、 この騒ぎの本質は、「公務員」である市議が、県の自粛要請を無視して営業していたパチンコ店に行って、パチンコをしたことがいけないということだったのだろうか?
だが、そもそも「パチンコ屋は営業自粛せよ」という公の要請そのものがおかしかったらどうなるのか。公務員というものは、間違った公にも従う義務があるのだろうか?
今は自粛が「公」であって、自粛することこそが「公共心」のある行為であるという認識が、世間の大多数の感覚になってしまっている。
だがそれは後世になったら「間違った公」だったと評価されるかもしれないし、必ずそうなるとわしは確信している。
公務員ならば自粛に従わなければならないと無条件に思っていること自体、本当はおかしい。 公務員は「これは本当の公ではない、今の公は間違っている」と告発したっていいはずだ。
公務員が「集」に埋没せず、「個」が強ければ、国や自治体が決めたこの度の「公」は狂っていると主張することも可能だろう。
もっとも件の金沢市議のおっさんにそんなことはできないし、それを望むべくもない。そこまでの自覚もなく、ただパチンコがしたいという「私心」を抑えられなかっただけなのだろうから。
「公務員は、間違った公にも従うのか?」
これは本当に難しい問題である。 -
「コロナはまだ流行していなかった!? 迷走モーニングショー」小林よしのりライジング Vol.357
2020-05-19 22:15150ptテレ朝『羽鳥慎一モーニングショー』が、いま、揺れに揺れている。
5月15日(金曜)の放送は、まずはいつもの流れで「PCR検査体制が甘い」「緊急事態宣言の解除の基準が甘い」「専門家会議の見解が甘い」と次から次へと文句をつけはじめることからはじまった。流れのなかで、岡田晴恵教授が何気なくこう発言した。
「(新規感染者数は) 夏は上がりようがない と思うんですね」
「本番は秋冬の大流行が来るか来ないかですから、ここで良くなったなとか、終わりなんだなとか、そういう風にはあまり考えない方がよろしいかと思います」 (岡田晴恵)
夏は上がりようがない。つまり 「自粛解除後の6月以降に大きなリバウンドが起こり、感染爆発となって指数関数的に感染者数が上がるなんてあり得ない」 という見解を、岡田教授は、はっきりと表明してしまっているのだ。
だが、「だから安心していつも通りの生活を送りましょう」とは言わない。 「コロナの恐ろしさはこんなもんじゃない。これで終わったとは思うなよ」 という暗雲漂う未来をうかがわせて次回作へとひっぱる、「to be continued..」的な手法で、秋冬の感染爆発と、それに乗じた 『玉川とコロナの女王2』 に向けた意欲を燃やしたのだった。
だが実はこの日の未明、テレ朝よりも早く、TBSが「独自入手」として驚くべきニュースを報道していた。厚労省と日本赤十字社が協力して、4月半ばに行い、公表を予告していた抗体検査の結果だ。『モーニングショー』では、パネル解説のさなか、午前9時になってスタジオ内に情報がもたらされた。
『速報:抗体検査、東京の陽性率0.6%』
生放送中の出演陣に、にわかに動揺が走った。
この検査は、献血協力者の血液を利用するため、「市中の健康な人の中で、どれほど感染が進んでいるか」を知る目安になるものとして待たれていた。結果は、0.6%。検査キットの精度や、検体数がまだ少ないという前置きはつくものの、 ほとんど感染が広がっていなかった ということがうかがえる。
2月半ばからつい先ほどまで、3か月間に渡って 「市中感染がかなり広がっているはずだが、PCR検査が絞られているので全貌がわからない」「肺炎死の中にたくさんのコロナ死が紛れている」 などと、陰謀論にまぶした恐怖をさんざんばら撒いてきた岡田教授は、この速報を見て、咄嗟にこう発言。
「かかった人が0.6%ということは、99.4%の人がかかってないということになります。ですから、 まだ流行が来てない 、と」
おおおおーーーい! 脳内どないなっとんねん!
これまで岡田教授が唱えつづけ、「PCRシーヤ派」と「自粛警察」の教義となり、人々を委縮させてきた 「人を見たらコロナと思え」 は、一体なんだったの? むしろ「人を見てもほぼほぼノー・コロナ」、検査数を絞ってきたこともぜーんぜん問題なし! という話になっているじゃないか。
こんなもののために、店舗を休業させ、倒産させ、文化を消滅に追い込み、人々の活力を奪い、絶望させ、自殺者まで出しているわけだが、岡田教授は自身のオオカミ熟女っぷりについて、一体どうお考えなのでありましょうか?
このとき、私の脳裏には、これまでの番組出演者たちの数々の発言が走馬灯のようによみがえっていた。
「隔離期間をもっと伸ばす。2週間じゃ不十分」「極力別居する」(倉持仁)
「どこかひとつの子供専用の隔離施設を作る」「物流の人が感染しているかも」(浜田敬子)
「全国民に週1回ずつ、3回PCR検査を行って陽性者を隔離すればいい」
「感染者が公共交通機関を使った場合、法律で罰することが必要」(玉川徹)
「4月10日の時点で東京の実効再生産数が0.5だったなんて、僕ら市中に暮らしてる人間の危機感とは合致しない」(石原良純)
「1億3000万人、いっぺんに検査して陰性と陽性を分ければ、一番の解決策になる」(長嶋一茂)
「誰が見ても、PCRを増やすことに反対するという人はいない」(吉永みち子)
こ、これはもしや、1カ月間つづけてきた私の「モーニングショーいじり芸」のエンドロールなのか!?
と思いきや、さすがのコロナの女王、打たれ強い……というよりも、打たれるような芯がなかった。おもむろに、ある図の前に立つ。 -
「吉田豪という臆病者」小林よしのりライジング Vol.356
2020-05-12 20:30150pt人の本性というものは、いざという時に露呈するものだ。
普段愛想よく近づいてくる人がその腹の底で何を考えているか、頼みもしないのに洗いざらいぶちまけてしまう場面など、わしは何度も目撃している。
新型コロナ(新コロ)をめぐる出来事――ここでは「珍コロ騒動」で定着しそうだが――でも、絵に描いたようなパターンに嵌った者がいる。
新コロに関するわしの意見に対して、書評家・プロインタビュアーの吉田豪がツイッターやネット番組で無茶苦茶な非難をしているという話は耳に入っていたが、わざわざチェックするヒマもないので放っておいた。
吉田はわしにも何度もインタビューをしていい記事も書いているし、わしの雑誌「わしズム」のレギュラー執筆者でもあったから、見て見ぬふりで済ませてあげてもよかったのだが、言っていることがあまりにもひどいという報告も入って来る。
それでその発言内容を聞くと、実に典型的な、ある種の人間の思考パターンが暴露されていて面白くなってきたので、ちょっと分析しておこうと思う。
吉田豪は4月12日、こんなツイートをした。
この切り取り方に既にかなりの悪意があるのだが、これが5000以上リツイートされてちょっとした「炎上」となり、 「ゴーマニズムじゃなく、デマゴーグ宣言のお粗末。」 とか 「万一、自分が罹患してもこういう軽口が叩けるのでしょうか…。」 とか、吉田に焚きつけられてわしを非難するコメントが殺到した。
そして4月20日、吉田はネットの生放送で、雑誌編集者・フリーライターの久田将義と、わしの新コロ論をボロクソに罵ったのだった。
久田は実話雑誌の元編集長で、ゴシップ、犯罪、アウトロー等々を扱い、「日本の裏社会をえぐり出す!」と標榜しているライターだ。
吉田豪も、「アンタッチャブル」な存在と思われているような人まで直撃してインタビューを取るのを得意としており、二人とも「怖いもの知らず」や「男臭さ」を売り物にしている物書きである。
ところがこの日の放送は、二人がそれぞれの自宅にこもって会議ソフト「Zoom」で話すという「テレワーク対談」で、画面は薄暗いわ、音声はプチプチ途切れるわで、ものすごく見苦しいものになっていた。
しかも、ふたりともどうやらずっと外出せずに自粛生活をして疲れ切っている様子で、表情には全く精彩がなく、吉田などは憔悴しているようにも見えた。
もうこの光景が、爆笑である。
わしは新コロなどインフルエンザよりも怖くないと確信しているから、ネット生放送の『オドレら正気か?』でも泉美木蘭さんと密閉空間で、「ソーシャル・ディスタンス」なんてクソくらえの至近距離で濃厚接触してしゃべりまくっているし、泉美さんも全くそれを気にもしていない。
ところが吉田と久田は、新コロが怖くて怖くて家から出られず、いつもつるんで話している相手と顔を合わせることすらできないのだ!
わしは世の中が、いくら自粛が善だとか「うちにいよう、大切な人のために」とか言おうと一切無視してマスクもせずに普通に外出している不良だが、こいつらは普段からアウトローを気取っていたくせに、今はあろうことか、小池百合子なんかの言いつけに黙って従っておとなしく「STAY HOME」している、従順なよいこちゃんに成り果てているのだ!!
番組ではまず吉田が「SPA!」4月14日号掲載の『ゴー宣』の上のコマのわしのセリフを読み上げ、そして言った。
「だから、高齢者は、死んでもいい。しょうがないっ!寿命だしっ!ってね。それよりも、経済を回そうというね、話をしていて」
そんな乱暴な言い方はしていないことは普通に読めばわかるはずだが、吉田はまず、わしがとんでもない暴言を吐いたかのようなイメージ操作から始める。
その上で吉田は、わしが 「命よりもまずはお金」 という考えだと決めつけた上で、こう言ったのだ。
「怯えるよりもまず経済という発想になっていくとね、老人どうせ死ぬんだしという発想になって、この発想の先って、障害者は別にね、救わないでも(いい)みたいな発想と同じじゃないですか、これ。経済的な意味がないなら(死んでもいい)、みたいな発想になっちゃうから、それはやっぱり怖いなと」
吉田豪がここまで幼稚だとは思わなかった。これは「命VS経済」の問題ではない。経済が落ち込めば確実に自殺者が増える。経済も人の命なのだ。ところが吉田はそんなことすら一切理解できず、わしが「津久井やまゆり園」事件の植松聖死刑囚と同じことを言っていると思い込んでいるのだ! -
「PCR検査=隔離って意味あるか?」小林よしのりライジング Vol.355
2020-05-05 20:25150pt新型コロナの緊急事態宣言は、今月末まで延長されることになってしまった。
そこには何の科学的根拠も必然性もない。ただただ恐怖に駆られた大衆の作り出す「空気」に逆らえなかったからで、その恐怖を煽って来たのはマスコミ、特にテレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」であり、その罪はあまりにも大きい。
その羽鳥モーニングショーの今朝(5月5日)の放送には驚いた。
番組ではパネルでこのグラフを示して、日本はPCR検査の数が少ないと政府を責め立てたのだ!
だが、このグラフで注目すべきところは、「日本の検査数の少なさ」ではない!
「日本の死亡者数は、圧倒的に少ない」 というのが最大のポイントだ!
他の国は、PCR検査数が日本よりはるかに多いにも関わらず、日本よりもケタ外れに死亡者が多い。
PCR検査数を増やしても、死亡者を減らせるわけではないのだ!
このグラフが語っているのは、そういうことだ。
専門家会議も、 「PCR検査数は各国と比較して明らかに少ないが検査陽性率は十分に低く、潜在的な感染者をより捕捉できていないというわけではない」 と言っている。単純に検査数を増やせばいいというものではないのである。
極端な話、PCR検査なんかしなくても、死亡者さえ増えなければいい。
感染者を完全に捕捉する必要はない。感染しても8割は軽症・無症状で、重症者を含め、感染者の8割は他人にうつさないのだから、医療は重症者に特化して、死亡だけ防げばいいのだ。
それなのに番組では、日本のPCR検査数が少ないということだけを躍起になって糾弾した。
コメンテーターの玉川徹は、いつものごとく居丈高に「がっかりしましたね」と吐き捨て、自分たちは2月からPCR検査数を増やせと言っているのに、専門家会議は検査数を増やせない言い訳しかしていない、言い訳なんか聞きたくない、どうすれば検査数を増やせるかを聞きたいんだとまくしたてた。
PCR検査数を増やすことだけが絶対真理の信仰になってしまい、このグラフを見ても 「日本の死亡者数は少ない」「他国はPCR検査数が多いのに、死亡者が多い」 ということが全く頭に入らないのだ。
PCR検査数と死亡者の抑制には関連がないということを認めたら、玉川は自分の絶対信仰が崩れてしまうのだ!!
完全に「PCR真理教」と化した番組では、コロナの女王・岡田晴恵も、他のコメンテーターも日本の圧倒的な死亡者数の少なさについて一切言及せずにひたすらPCR検査の拡充を訴え続け、わしはその姿に悪寒がした。
少なくとも日本では、新型コロナはインフルエンザよりも弱いウイルスである。 5月5日時点で感染者数は1万1968人、死亡者数は521人。 (厚労省発表)。 インフルエンザの年間感染者数は約1000万人、死亡者数は直接死で約3000、間接死を合わせて約1万人 だから、依然として及ぶべくもなく、こんなものに過剰に反応して、経済に壊滅的打撃を与えるなんて愚の骨頂と言うしかない。
ところが、マスコミがこんな「弱毒性ウイルス」を「罹ったが最後、周囲にうつしまくって死に至る悪魔のウイルス」であるかのように煽り立て、恐怖に駆られた大衆がパニックに陥り、マスクやトイレットペーパーや食料品を買いあさり、「政府はなぜ緊急事態宣言を出さないんだ!」と騒ぎまくった。
安倍政権は経済への影響を考慮して緊急事態宣言の発令には慎重だったが、同様に慎重姿勢だったはずの小池百合子東京都知事が、東京オリンピックの延期が決まるやたちまち豹変、ここがチャンスとばかりに大衆に迎合して、緊急事態宣言を出せと政府を突き上げた。
大衆の不安に付け込んで、とにかく強硬そうな姿勢さえ見せれば支持率は上がるという現象を見た各地の知事もこれをマネして政府を責め立て、ついに政府は4月7日、緊急事態宣言の発令を余儀なくされた。
それから1か月、ゴールデンウイークの稼ぎが丸ごと消失して瀕死の店や企業がどれだけあるか、想像するだけでも恐ろしいのに、それでも緊急事態宣言は延長されることになり、テレビではそれに「反対する人はいない」と平然と言っている。狂気の集団自殺全体主義社会の出現である。
実際には、わしの他にもホリエモンなど、延長に反対の人はいるのだが、そういう人にはネットの 「自粛警察」 の連中が寄ってたかって大バッシングを繰り広げている。自粛警察は街に繰り出し、まだ営業している店があると110番通報したり、店に嫌がらせの貼り紙を貼ったりと、手の付けられない有様だ。
どれもこれも、マスメディアが 「まだ終わってない! まだ怖い! 自粛続行! 従わない奴は非国民!」 という空気を作り出してきたからである。
そして前述のように「羽鳥慎一モーニングショー」が、毎日毎日狂気の信仰で 「徹底的にPCR検査をして、陽性反応者を隔離しろ」 と繰り返した。
4月30日の放送では、玉川徹がなんと、 「全国民に毎週1回のPCR検査」 を実施せよという、驚異の提言をしていた。
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