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記事 333件
  • 「伊藤詩織著『Black Box』事件全容一覧」小林よしのりライジング Vol.304

    2019-02-19 20:50  
    150pt
     ジャーナリストの伊藤詩織さんが実名で顔を出してレイプ被害を訴えたのち、出版された『Black Box』(文藝春秋)。
       この本のなかで、詩織さんをレイプしたとして描かれているY氏は、捜査の末に逮捕状が発布されたにも関わらず、逮捕当日に警視庁上層部からの鶴の一声で「逮捕中止」の“恩恵”を受けている。Y氏は安倍晋三、麻生太郎らと個人的に非常に近しい間柄であり、その様子はY氏本人が出版した『総理』(幻冬舎)につぶさに描かれた。
    ■公私ともに総理と親しいY氏
     
    『総理』(幻冬舎)より抜粋
     7月26日、私は逆風の渦中にあった安倍と東京・富ヶ谷の私邸でじっくり話す機会があった。白いサマーセーターにチノパンというくつろいだ姿でリビングルームのソファに腰かけた安倍は――
     またしばらくの沈黙の後、今度は安倍が口を開いた。
    「お通夜に行くんだけど、一緒に行かないか?」
    「もちろんです。ありがとうございます」
     富ヶ谷の安倍の自宅で待ち合わせをして、安倍の車で中川(昭一)の東京・世田谷の自宅に向かった――
     麻生と安倍。私は何度となく3人で食事をし酒席をともにした。この経験を通じて断言できるのは、永田町広しといえどもこの二人ほど、いわくいいがたい独特かつ特別な関係は見たことがないということだ――
    「本年4月より8%の消費税を国民の皆様に(…中略)」
     安倍は本番さながらに、私に向かって語りかけた。目の前で、現職の総理が解散を宣言している。私はまるで自分が、官邸1階の記者会見室にいるような錯覚にとらわれた――
     翌日日本に向かう政府専用機の機内で安倍が麻生と協議した末に増税時期を最終決断するという段取りになっていた。しばらく考え込んだ安倍は、
    「Yちゃん、ちょうどいいからさ、麻生さんが今何を考えているかちょっと聞いてきてよ」
     これは大変なことになったと私は思った。解散と増税をめぐる、総理と財務大臣の腹の探り合いを私に仲介しろというのだ――
     
     Y氏が出版した『総理』(幻冬舎)には、Y氏が第一次安倍政権退陣後、辛酸をなめている間もずっと安倍に寄り添いつづけた様子とともに「復活を遂げ生まれ変わったスゴイ安倍首相」がたっぷりと描かれている。
     私邸で会う仲であるだけでなく、安倍に誘われて一緒に中川昭一氏のお通夜に出向き、意見を出し合って戒名をつけたり、民主党政権時に起きた東日本大震災で、安倍に誘われて一緒に東日本大震災へ支援物資を運びにいったりと「公私ともに」密着している間柄だ。2014年の「消費増税先送り解散」の際には、前夜に同じホテルに宿泊していた安倍晋三と麻生太郎それぞれから、気楽に部屋に呼びつけられ、それぞれの部屋を往復して、首相秘書官よろしく「首相見解」と「財務大臣見解」の綿密な伝令役まで果たしていた。
    ■「ストップを掛けたのは警視庁のトップです」
     一方、伊藤詩織さんの『Black Box』では、Y氏との生々しい会話やメールでのやりとり、その時の詩織さんの心情とともに、最初に相談した高輪署の刑事の対応、意識がなくなった詩織さんを抱えて部屋に連れ込むY氏が映り込んだホテルの防犯カメラの映像、その際に二人を乗せたタクシー運転手の証言、ホテルの部屋を掃除した記録などひとつひとつ「犯行」と「Y氏の嘘」の証拠を積み重ねてゆくも、逮捕状の執行が止められてしまうという一部始終が記録されている。
  • 「平成のわし、活躍しまくり」小林よしのりライジング Vol.303

    2019-02-12 22:35  
    150pt
     平成って、わしがすごく活躍した時代だったのよ、知ってる?
     先日は保守思想誌「表現者クライテリオン」が「平成の小林よしのり」でインタビューに来たし、今度は西日本新聞が「平成の小林よしのり」でインタビューに来ることになっている。
     それで意識したのだが、平成は、小林よしのりの時代だったのだよ。
     そういえば『おぼっちゃまくん』のテレビアニメ放送開始は、平成元年1月15日だった。
     1989年1月15日のスタートは前年から決まっていたのだが、昭和天皇の御病気で全国を上げての自粛ムードになってしまい、こんなアニメが放送できるのかと危ぶまれた。
     そして昭和64年(1989)1月7日、昭和天皇崩御。
     これはもう放送延期もやむなしかと思っていたら、その後、自粛ムードは予想外に早く解消して、1週間後には世の中の雰囲気もほぼ平常通りに戻り、放送は予定通り開始された。
     そんなわけで、決して意図してそうなったわけではないのだが、『おぼっちゃまくん』は「平成最初のテレビアニメ」となったのだった。
     思えば、手塚治虫が死んだのが平成元年2月9日。手塚は昭和3年生まれだったから、ほとんど昭和と共に生まれ、昭和と共に逝ったようなものだ。
     手塚治虫の昭和が去り、小林よしのりの平成が来た…なんて言ったら、さすがに言い過ぎか?
     その平成も、再来月いっぱいで終わりを迎える。
     そんなわけで、今回は平成のわしの活躍を、年ごとに振り返っておこうと思う。なお、登場する人物の肩書等はすべて当時のものである。
    平成元年(1989)
      テレビアニメ『おぼっちゃまくん』放送開始。
     この年、わしは『おぼっちゃまくん』で第34回小学館漫画賞児童向け部門を受賞した。
     しかし審査員の老漫画家が講評で 「絵は下手だし品はない」「次回からはヒットしているとか、アニメになったとか関係なしに選びたい」 とボロクソ言ったためにブチキレて、受賞スピーチで 「絵が下手で、品のない漫画を描いて漫画賞をもらった小林です。この漫画賞の汚点になるかもしれないのに、わしの作品に賞を与えてくれた審査員の勇気に感謝します」 と皮肉をかました。
     これはかなりの問題になったようで、次回から審査員は総入れ替えになった。
      
    平成2年(1990)
     アニメが大ヒットとなり、『おぼっちゃまくん』を描きまくっていた。
    「コロコロコミック」は月刊誌だが、本誌の他に別冊、増刊にも描いていたし、コロコロの初代担当編集者が移動していた関係で「小学4年生」でも連載、他にも「少年サンデー」や、コロコロの妹雑誌「ぴょんぴょん」(というのがあったらしい)に出張掲載したこともある。
     時はまさにバブル絶頂期で、『おぼっちゃまくん』は完全に時代を捉えていた。
    平成3年(1991)
     この年も『おぼっちゃまくん』を描きまくっていた。
     そして『おぼっちゃまくん』のヒットによって、『東大一直線』をはじめとする過去の作品が続々と新装版で出版されていった。
     一方、 月刊誌「宝島」でも、『おこっちゃまくん』というタイトルの見開き2ページのエッセイ漫画を描いていた が、編集者が作品を全く理解していないので、嫌になって自分で連載を打ち切った。
     すると、「週刊SPA!」の渡邊直樹編集長が「うちで描いてほしい」と言ってきて、これが『ゴーマニズム宣言』につながる。
    平成4年(1992)
      年明けから「週刊SPA!」で『ゴーマニズム宣言』の連載開始。
     スタート時は隔週2ページだったが、評判が良く、11回目から毎週連載になった。
     他愛ないエッセイ漫画的な内容も多いが、後の『差別論』の原点といえる『差別だらけの社会を糾弾せよ!』『青春の差別』はすでにこの年に描いている。
     また、編集者の企みで薬害エイズ訴訟の傍聴に出かけ、怒りでブチキレそうになったという心情も描いている。
     一方で『おぼっちゃまくん』も、1回50ページ・前後編の長編エピソードを描くなど、表現の幅を広げていった。
  • 「運動のなれの果ての狂気」小林よしのりライジング Vol.302

    2019-02-05 20:15  
    150pt
     わしは「運動」が大嫌いである。
     ここでいう「運動」とは、「体育・スポーツ」の「運動」ではない。
    『広辞苑』でいえば4番目の意味で、 「目的を達するために活動すること」 。つまり 「社会運動」 とか 「市民運動」 とかのことである。
     わしは特に、ある政治的主張を掲げて、なんらかの団体行動によって圧力をかける行為を「運動」と認識している。
     右派の運動だろうと、左派の運動だろうと、わしはこれには常に警戒感を抱いている。
     ところがわしは、どういうわけだかすぐ運動に関わってしまう。どうやら、そういう体質を持っているようだ。
     大学の時は、学生運動に関わりかけた。
     きっかけは学費値上げ反対運動だった。友達に貧乏で服が買えずに、いつもジャージで過ごしている奴がいたものだから、このうえ学費が上がったらそいつがかわいそうだと思ったのだ。
     そもそも、どんどん学費値上げをして、新しい校舎を建てたりする必要があるのかと素朴に思ったし、当時は文部省が「期待される人間像」なんてものを提唱していて、我々を権力が資本家にとって都合のいい人間に改造しようとしているのかと、反発を覚えてもいた。
     デモに参加するとブラックリストに載せられて、就職に不利になってしまうので、みんなタオルとヘルメットで顔を隠していた。ところがわしはそんなダサいことをすることが嫌で、普段の恰好のまま加わっていたから、デモの中で目立ってしまって違和感ありすぎだった。
     だが実は「学費値上げ反対」は、別の運動に引っ張り込むための入り口で、デモをしていると、他にどんどん違うシュプレヒコールが上がってくる。そして、次は佐世保に原子力潜水艦が入港するから、反対運動をしようとか誘われるようになった。 
     わしはそのうち、何なんだ、これは? という感覚になってきた。漫画家になる前に本を読むため大学に来たのに、なんでデモなんかやっているのだと思い、 「個の確立が先だ」 と運動から手を引いた。そして読書と漫画制作に没頭し、雑誌に投稿を続けて、漫画家になったのである。
     薬害エイズ訴訟の支援運動は、原告の少年たちが仕事場にやって来て頼まれてしまったから、かわいそうになって、これは「情」の問題だということで始めた。
     けれどもこのとき運動に加わった学生たちは、自分はこれで完全に正義の側にいると信じ、正義に酔いしれ、それがなくなったら、自分のアイデンティティが揺らぐというくらいの感覚にまでなってしまった。
     その有様を見て、わしはもうこれはあかんと思い、国の謝罪を勝ち取り、裁判の和解が確実になったことを見極めた上で、これで運動は終りだ、「日常に戻れ!」と唱えた。
     そうしたら猛反発を受けたので、徹底して運動というものを総括しておかねばダメだと、『脱正義論』を描くことになったのだった。
     ところがそんなことがあったのに、わしはその直後に「新しい歴史教科書をつくる会」の運動に参加した。
     これは西尾幹二に誘われたのだが、その時は『ゴー宣』で慰安婦問題について描いていたので、なんでこんなに自虐史観で自分の国を貶めることに血道を上げているんだという怒りが、まずわしの中にあった。
     わしの祖父はそんな悪人じゃなかったし、戦争に行って大変な苦労をしたのに、なぜその世代が、まるで犯罪者だったかのように蔑まれなきゃいけないのかという憤りが出発点で、これもまた、祖父の世代に対する「情」の問題である。
     それで、完全に分断されてしまった祖父の世代と孫の世代を繋いで、 「死者の民主主義」 を達成しようと、歴史教科書運動に参加したのである。
     ただし、この時には薬害エイズ運動の教訓があるから、読者を運動自体に参加させることはせず、常に 「よき観客になれ!」 と釘を刺しながらやっていた。
     歴史教科書については、主に「採択」に関して運動が必要となった。
  • 「制度のために眞子さまを駒として扱えない」小林よしのりライジング Vol.301

    2019-01-29 16:50  
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     秋篠宮家の長女・眞子さまと小室圭さんのご結婚が延期になっていることについて、わしは「FLASH(2月5日号)」の『よしりん辻説法』で、 「眞子さまがかわいそう…」 と嘆き、週刊誌が何を書こうが、大衆がどう言おうが、そして、たとえ秋篠宮殿下が難色を示そうが、 「眞子さまと小室圭くんを結婚させてほしい!」 と訴えた。
     これが、原稿を描いたのは数週間前なのに、発売と同じ日に小室さんのコメントが公表されて、あまりにもタイムリーなものになったので驚いてしまった。
     ところがその翌日からの週刊誌やワイドショーは、そのほぼ全てが小室さんの母の元婚約者「金返せ男」の言い分を一方的に流し、小室さんバッシングに拍車をかけてきたのだから、本当に呆れてしまった。
     結婚を約束した女性と、その子供のために使ったお金を、別れたからといって 「あれは貸したものだ、返せ!」 なんて言い出す奴は、どっからどう見てもサイテー男としか言いようがないのに、なぜそんなのをみんなで応援するのだ? どう考えても、感覚が狂っている。
     しかも小室さん母子は実名・顔出しなのに、「金返せ男」は匿名・顔出しNGで言いたい放題なのだから、卑怯にも程があるというものである。
    「週刊文春(1月31日号)」のトップ記事は、 『小室圭の乱「眞子さま洗脳」』 というおどろおどろしいタイトルを大々的に掲げていた。
     ところがその記事の中身は、「金返せ男」の言い分の他は、匿名の「宮内庁関係者」が語る小室さんへの誹謗と、秋篠宮殿下も不信感を持たれているようだとする憶測ばかりで、確証のある事実は何も書かれていない。
     タイトルにデカデカと掲げられている「眞子さま洗脳」に至っては、匿名の「宮内庁関係者」が言った 「眞子さまはまるで“洗脳”されている状態と言えます」 という、このたった一言だけを基にしているのだから、これでは「羊頭狗肉」にすらならない。詐欺にも等しい完全な看板倒れである。
     そもそも根拠が、誰だかわからない、実在するのかどうかもわからない「関係者」の話にすぎないのだが、その言においてすら、あくまでも個人の論評にすぎず、しかも「まるで〝洗脳〟」という「比喩表現」に留まっているのである。
     それをタイトルで「眞子さま洗脳」として「事実」扱いにしているのだから、こんなのを書いた奴、出版した奴には、もう死んでもジャーナリズムを名乗ってほしくはない。
     こんなことが許されるのなら、誰ともわからない何者かが「まるで○○だ」と言いさえすれば、どんなことだって「事実」扱いにして週刊誌のトップ記事のタイトルにすることができて、それを新聞広告や電車の吊り広告に載せて宣伝しまくることも可能じゃないか。
     これじゃまるで極悪犯罪集団だ。そして「まるで極悪犯罪集団」と言えるのなら、「週刊文春は極悪犯罪集団」と事実扱いにして言いまくってもいいということになるわけだ。
      週刊文春に載る匿名の「宮内庁関係者」の証言がいかにインチキかということは、25年前の皇后陛下バッシング記事を見れば明白である。
     あの時文春は、皇后陛下のことをワガママ放題、贅沢三昧で天皇陛下にも制御できない「女帝」として書きまくり、皇后陛下を失声症に追い込み、右翼に銃弾を撃ち込まれてようやくバッシングをやめたのだ。
     その時の記事の全てが事実無根であったことは、今や完全に明白になっているのだが、文春はそれを一切総括も反省もしないままに、似たようなことを繰り返している。
     文春は、小室家バッシングなら右翼に銃弾撃ち込まれることもないと、調子に乗っているのかもしれないが。
      本来、わしの主張は「女性宮家創設」であり、眞子さまには、ご結婚後も宮家の当主として皇室に残っていただきたいというのが、わしの望みである。
  • 「NGT48強姦未遂事件の闇」小林よしのりライジング Vol.300

    2019-01-22 19:45  
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     わしはもうAKBヲタはやめたと公言しているのだが、何か事件が起こるとわしの意見を聞きたいと思う人がまだずいぶんいるようで、NGT48・山口真帆さんへの強姦未遂事件が明るみに出ると、わしの個人サイトへのアクセス数が一気に3倍にも激増してしまった。
     はっきり言って、この事件の真相は今のところネットの情報が一番信憑性がある。AKBグループはもはや行政やマスコミを巻き込む利権産業となっているので、マスコミですら真実は暴きにくい。
     そうなると真実の隠蔽はAKBグループの運営とマスコミ、場合によっては警察も含めて、総ぐるみで行われるので、山口真帆さんを守る媒体は、ネットの中にしかないのかもしれない。
     ネットの中では、山口さんや他のメンバーや襲撃犯の、すでに削除したツイッターや動画まで復元されてしまうので、事件に至る経緯や痕跡が把握され、週刊文春の記事の疑わしさもバレてしまう。
      週刊文春が実名を出しているし、ネットの中ではメンバーの実名を出しまくりなので、わしだけが実名を避けるのは却って不自然だ。
      ネットの情報には確実な証拠もないので、憶測になるが、憶測ならそれを否定するのはNGTの運営の責任である。運営が事実で反論しない限り、ネット内の信憑性のある憶測で判断するのはやむを得ない仕儀になる。
      しかも、運営が「事件を隠蔽していた」という事実は100%事実なのだから、「山口真帆さんを守りたい」という目的がある限り、ファン(わしも王道アイドルまほほんのファン)としては、頼るものがネットの情報にしかない。
    「SPA!」のような部数の多い雑誌では書けないだろうが、この『小林よしのりライジング』は、ある程度閉ざされた有料配信なので、信憑性の高い憶測で書くのは許されるだろう。
     かつてわしは、NGTを猛烈に推したことがある。
     2017年の選抜総選挙の時、公式ガイドブックの予想で「NGT48メンバーを選抜に入れて、フレッシュ48にするしかない!」と主張し、NGTメンバーを5人入れたのだ。
     この年はNGTにとって2回目の総選挙参加で、前年は生え抜きメンバーでは加藤美南が76位に入っただけに留まったこともあり、他の識者はNGTにはほぼノーマークで、わしだけが推していた。
     そして結果は、荻野由佳の5位を筆頭に10人のNGTメンバーがランクインして予想的中となり、周囲を驚かせた。
     わしはAKBの初期のような、そして一時期まではHKTに感じていたような一途な純粋さが、NGTには存在するように思って推したのだ。
     だが、こんな事件が起きてしまっては、その幻想も吹き飛んだ。
     この事件の核心は、NGTの不良メンバーが、不良ヲタを相手に「枕営業」をすることが常態化し、運営がそれを黙認していたということに尽きる。「枕営業」という言葉が悪ければ「援助交際」だ。どっちでも同じことだが。
    「風紀の乱れ」などというオブラートに包んで、実態を直視しない書き方はしないので、読むのが苦痛ならやめた方がいい。
      真面目にアイドルをやっていた山口真帆さんは、不良メンバーと不良ヲタとの異常な関係性をやめさせようとして今村悦郎支配人に直訴したが、不良メンはそれを恨み、不良ヲタを唆して山口さんを襲わせた。
      犯行は未遂に終わり、警察沙汰になったが、今村ら運営は不良メン・不良ヲタの側とベッタリになっていて、山口さんを切り捨て、事件のもみ消しを図った。 これが、真相だろう。
     まずは、山口さんが1月9日にツイッターで行った告発(後に削除)を転載しよう。明らかな誤字や重複のみ修正した(引用部分、以下同)。
  • 「書くのも大事、読むのも大事、会話も大事」小林よしのりライジング Vo.299

    2019-01-15 20:35  
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     不動産屋とマンションの契約をしたら、「今後もし困りごとがあればメールで連絡して欲しい」とメールアドレスを渡された。マンションの困りごとなんて、水漏れや鍵の紛失など急ぎの要件が多いのだから、メールより電話じゃないのと思ったが、相手はメールのほうが応答しやすく都合が良いらしい。それならいいが、困りごとで不安になっている時は、人の声で安心できるところもあるから、私は電話のほうがいいのだけど。
     こんなことを言うと年寄りみたいだが、 「用件は電話でなくメールで」 と言う人がものすごく増えた。私自身、かなりの長時間パソコンで仕事をしているので、連絡事項ならメールでやりとりできるほうが便利だともちろん思っているが、複雑な感情や考えのすり合わせ、些細なニュアンスなど、電話で話したほうが良さそうな内容でも、長々とメールでやりとりしなければいけない時もあって、ちょっと面倒だ。メールで通信している相手に電話をかけると、「どうしました!?」とびっくりされたりもする。
     いまやそれが当たり前なのかもしれないけれど、私の感覚では、人と話すことをしていないと、言葉を選ぶ頭の回転がにぶり、ボキャブラリーがどんどん貧弱になっていくように思う。話すことの中でしか使われない表現というものもあると思うのだ。
    ■庶民の生活から飛び出す言葉
    「世の中ものすごい超高齢化よな。うちのおばあちゃんも93歳で相当な年寄りやと思ってたけど、病院へ行ったら、同じようなお年寄りが 佃煮にするほど寝とるんさ! 」
     母が、祖母を入院させた時のことをこう語った。
    「佃煮にするほど寝とる」 というのは、 小魚やイナゴのように有り余って佃煮にするほど大勢の人が寝ている という意味で、感情を込めて強調したいときに出る表現だ。書き言葉というよりは、庶民の生活の中から話し言葉として《飛び出す》タイプのものだと思う。母や祖母が使うのを7~8年に1度聞く程度だが、そういやこんな表現が飛び出すことはもうほとんどないよな、と思った。
     まったく聞いたことがないという人もいると思うが、方言ではない。雰囲気的に落語から広まったように想像するが、もとは間違いなく佃煮を作る地域から出たものだろう。太宰治や坂口安吾らと共に無頼派と称された織田作之助は、この言い回しが気に入っていたようで、戯曲や小説に使っている。
      死んでもいい人間が佃煮にするくらいいるのに、こんな人が死んでしまうなんて、一体どうしたことであろうか。
    (織田作之助『武田麟太郎追悼』)
      この阿呆をはじめとして、私の周囲には佃煮にするくらい阿呆が多かった。就中、法科志望の点取虫の多いのには、げっそりさせられた。
    (織田作之助『髪』)
     そもそも佃煮は、漁村から広まった保存食だから、この表現が定着しやすい地域とそうでない地域があったのかもしれない。私の地元は旧漁村で潮干狩りの名所だから、祖母がよく貝の佃煮を腐るほど作っていた。バケツに何倍分もの佃煮にするほどの貝を腐るほど佃煮にするんだから、すごい。ただ、自宅で佃煮を作ったことがない家も多いだろうし、スーパーやコンビニで小さな佃煮パックしか見たことがない人になると、正確なニュアンスは想像できないだろう。
     でも面白い表現だし、佃煮は日本の特有の食べ物だからチャンスあらば使っていこうと思っている。ネトウヨをからかうのにももってこいだ。なにしろ佃煮にするほどいるからね。
    ■4歳下の代で消えていた言葉
    「子供の時はまだこの辺りは田んぼでさあ、夏になると、よく地面にしゃがみこんで、 かんぴんたん 拾って遊んだよなあ」
    「姉ちゃん、 かんぴんたん て何?」
    「え! あんた、 かんぴんたん 知らんの?」
  • 「IWC脱退 クジラを食うべし」小林よしのりライジング Vol.298

    2019-01-08 19:50  
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     昨年12月26日、日本政府は国際捕鯨委員会(IWC)に脱退を通告、今年7月より30年ぶりに商業捕鯨を再開することとなった。
     年末に、何の国内論議もなく重大なことをやっつけてしまうというのは、もはや安倍政権の年中行事である。
     捕鯨については17年前に個人雑誌『わしズム』の創刊号に描いた。その年・平成14年(2002)は下関でIWCの会議が行われ、そこで日本が商業捕鯨の再開を訴えることになっていたため、その前に世論を盛り上げようとしたのだ。
     ところが、その後IWCで商業捕鯨が認められそうな気配は全くないまま時間が流れていき、むしろ反捕鯨国のペースに拍車がかかる一方となってしまい、ついにIWC脱退という結論に至ったわけだ。
      商業捕鯨ができるのは日本近海と排他的経済水域(EEZ)に限られ、これまで南極海などで行われていた「調査捕鯨」はできなくなる。
     日本近海とEEZ内ではこれまでも、IWC管轄外の小型のクジラを捕獲していたが、今後はそれに加え、この水域に入って来るミンククジラ、イワシクジラ、ニタリクジラの三種を捕獲する予定だという。
     水産庁は、漁獲量はこれまでと変わらないと試算しているが、調査捕鯨ができなくなったことで、漁獲量はむしろ減少するのではないかという懸念もあるらしい。
     IWC脱退という決断が吉と出るのか凶と出るのかは、まだ現時点ではわからない。
     だが、ここでわしが最も腹の立つのは、「クジラごときで、そこまで強硬な手段を取ることないじゃないか」という意見が出てくることだ。
     今さら商業捕鯨を再開しても、鯨肉の消費量が増えるわけじゃないとか、わざわざ鯨肉なんか食べなくても、他に美味しいものはいくらでもあるとかいう声が普通に出てくるのは、実に不快である。
      クジラの刺身は、わしが小中学生の頃、父親が生姜醤油に漬け込んだものが特に好きで、しばしば食ったものだ。クジラのベーコンは、今でも福岡に帰った時は博多料理で出されるから食っている。これは抜群に美味い。
     昔はステーキというと鯨肉だったが、牛肉のステーキが普通に食えるようになったら、食わなくなった。竜田揚げも好きではない。
     
      しかし、そんな鯨肉であっても、料理人というものはどうにかして美味しく食べさせる方法を開発してしまうものである。
     わしは以前、ヒツジが臭くて食べられなかったのだが、今では美味しいヒツジ料理を食べられる店がいくつもある。
     ジビエだって、素材自体は決して美味いものではないはずなのだが、それをいろいろ工夫して、ブームにまでしてしまっている。
     クジラの美味い食べ方など、まだまだ開発できる余地はあるはずなのに、もうどうせ誰も食わないとか言って放り出そうとするのは、あまりにも浅はかなことである。
     クジラが食べたいという程度の理由で、国際協調を崩していいのかという意見にも、全く賛成はできない。
  • 「倉橋耕平という劣化サヨク」小林よしのりライジング Vol.297

    2018-12-25 20:55  
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     平成30年もあと1週間。
     今年は何といっても4月に『ゴーマニズム宣言』が「週刊SPA!」で23年ぶりに連載再開し、12月に単行本『ゴーマニズム宣言2nd season』第1巻が発売されたことが大きな出来事だった。
     65歳にして週刊連載、しかも毎号違った題材で描いていくことなどできるのだろうかとの危惧も当初はあったが、実際始めてみれば、毎日でも描きたいこと、描かねばならないことが次から次に出てきて、ネタは貯まる一方で消化しきれない状態になっている。
     この『ゴー宣』復活劇は、ライジング版「今年の出来事」の第1位に選ばれ、読者にとっても非常に大きなことだったようだが、これはアンチ・小林よしのりの連中にとっても相当に大きな脅威として映ったようだ。今年は特にわしに対するバッシングや誹謗中傷が多く、ついには立憲民主党の公式ツイッターがわしに関するデマを書いた記事を拡散する事態まで起きてしまった。
     とはいえ匿名のネトサヨはともかく、マスメディアにまで実名で登場してわしの悪口を言っていた者は実際のところ、二人しかいない。文筆家の古谷経衡と、社会学者の倉橋耕平だ。 
     以前は朝日新聞が社説まで使ってわしを批判してきたものだが、近年のわしは安倍政権を徹底批判し、安保法制にも共謀罪にも反対するなど、左翼とも歩調の合う意見も多く、時々朝日の紙面にも登場するようになっているから、朝日新聞はわしを批判しにくくなっている。
     そんな中で、とにかく小林よしのりを全否定するような論調を唱える者がいれば、左翼メディアは大喜びで飛びつくのだ。
     ところが生憎、そんな無謀な左翼言論人もなかなかいない。かくして出番は古谷と倉橋というチンカス言論人に回ってくるようになる。彼らはわしを批判することで仕事がもらえる「商業アンチ」なのである。
     
     中でも倉橋耕平なる者に至っては、わしを批判することで初めてメディアに出てきた、全く無名の人物である。
     プロフィールを見ると1982年生まれ、関西大学大学院で社会学の博士号を取ったらしいが、現職は「立命館大学ほか非常勤講師」。大学の非常勤講師なんか「高学歴ワーキングプア」のアルバイトみたいなもので、何の肩書にもならない。
     どうやら倉橋は博士号を取得しながらマトモに就職できなかった、典型的な「野良博士」らしい。肩書は「社会学者」だが、確たる実績がなければそれはあくまでも「自称」でしかない。
     倉橋は今年2月に 『歴史修正主義とサブカルチャー』 という著書を出版、その中の1章を 「『慰安婦』問題とマンガ――『新・ゴーマニズム宣言』のメディア論」 と題して、わしへの批判に充てた。
     これが左翼業界内で評判になり、「世界」10月号に論文が掲載され、ついには朝日新聞10月24日付のオピニオン面に写真付き4段組みのインタビューが載った。
     また、「世界」の論文は掲載から3か月も経った12月20日の朝日新聞「論壇時評」で小熊英二がわざわざ取り上げ、評価している。
     一介の野良博士が、わしを批判しただけで左翼メディアにこぞってちやほやしてもらえて、いっぱしの「識者」の扱いで朝日新聞にまで登場できるのだ。
     社論としては書けないようなことを、外部の「識者」に言わせて載せるというのは、朝日に限らず新聞の常套手段である。
     朝日新聞は、社論としてはわしの批判がしづらくなってしまったが、それでも社の内部にも、読者にも、わしを嫌う硬直左翼がまだまだ大勢いる。そんなところにわしを批判する本を出した者がいるとなれば、そりゃもう大喜び。それが本当に「識者」なのかどうかなんてことはどうでもよく、紙面に載せてしまうのだ。
     もちろん、野良博士だろうと誰だろうと、正当な批判であればわしは真摯に耳を傾ける。
     だが倉橋の主張は、実に愚にもつかない代物なのだ。
  • 「中国、国家資本主義の全球化」小林よしのりライジング Vol.296

    2018-12-18 19:50  
    150pt
     12月1日、世界有数の通信機器メーカーである中国・ファーウェイの次期トップと目される孟晩舟副会長が、カナダの捜査当局に逮捕された。
     この逮捕はアメリカの強い要請によって行われたもので、アメリカは以前から、中国人民解放軍とのつながりが指摘されるファーウェイを強く警戒し、ファーウェイ製品が広く普及するとサイバー攻撃などに利用され、国家機密が危険にさらされかねないと主張していた。
     孟副会長が逮捕されたまさにその日、アルゼンチンでは米中首脳会談が行われ、トランプ大統領と習近平国家主席が1年ぶりに会い、貿易戦争の一時休戦を決めていた。
     完全に顔に泥を塗られた形となった中国は、報復にカナダ人の元外交官を拘束。報復合戦は泥沼化する可能性が高く、米中貿易戦争のエスカレート、長期化が懸念されている。
     日本では未だに右派(産経新聞)から左派(朝日新聞)まで、世界は「グローバリズム」に向かうのが歴史の必然で、全世界が国境をなくしてひとつの市場、ひとつの世界になり、「地球市民」みたいなものができると夢見ている馬鹿ばかりだが、現実に世界で起きていることは、国家エゴと国家エゴの熾烈な戦いである。
     そもそもグローバリズムの正体は、アメリカが自国に都合のいい新自由主義(弱肉強食・自由貿易)の経済ルールを、世界中に押しつけようというものでしかなかった。
     貿易は、自国に有利なルールの取り合いである。ルールの設定の仕方によっては大負けし、国内産業が壊滅してしまうこともある。
      アメリカはグローバリズムによって金融業では圧倒的に勝っていた。
      ところが、そのグローバリズムのために日本の自動車や中国の安い製品が入ってきて、アメリカ国内の製造業が没落してしまった。
     そこでアメリカはTPPを利用して、アメリカに有利な輸出入のルールを各国に押しつけようとしたが、これもなかなかうまくいかず、頓挫し始めた。
      そこへトランプが保護主義的政策を掲げて登場した。 大統領選の対抗馬だったサンダースも反グローバリズムであり、グローバリズムによって産業が没落し、移民に職を奪われるとなると、保護主義が支持されるのは自然な流れだったのだ。
     ところが、アメリカのグローバリズムの挫折と入れ替わるように、 中国版グローバリズムである「全球化」がものすごい勢いで台頭してきた。
     それは、アメリカでさえこのままでは飲み込まれかねないという危機感を抱かせるほどであり、そのためにアメリカは、ファーウェイの副会長逮捕という強引な手段にも出たのだろう。
      これから世界の脅威になるかもしれないのは、中国の「全球化」だ。
     アメリカの「グローバリズム」に対抗して中国が「全球化」と言い出した時は、例によって単に用語だけ中国語訳して、あとはまるまる真似っこしているだけかと思ったのだが、そんな甘いものではなかった。
      中国の全球化はアメリカのグローバリズムとは根本的に異なり、「資本主義」の概念を根こそぎ変えてしまいかねないものだったのだ。
     日本やアメリカなど資本主義国の経済は、民間が自主的に活動する仕組みになっている。
     ところが、中国ではあらゆるシステムを国家が主導する。
     アメリカの4大ネット企業 「GAFA」(Google、Apple、Facebook、Amazon)は今後、世界をも支配するかもしれないと言われている。
    (参照:小林よしのりライジングVol.278 泉美木蘭のトンデモ見聞録・第90回「米国ネット企業“GAFA”への警戒心」
    http://ch.nicovideo.jp/yoshirin/blomaga/ar1634474)
     ところが、中国にはそのGAFAでさえ自国内に入れなかった。中国政府が許可しなかったからである。
      中国はアメリカのネット企業をシャットアウトし、その間にバイドゥ、アリババ、テンセントといったGAFAのビジネスモデルを丸パクリしたネット企業を作り、中国14億人の市場で成長させた。
      中国のネット広告のシェアは中国企業が大半を占め、Google Chinaのシェアはわずか3.3%にとどまるという。
     そして、中国ネット企業はアメリカにも対抗しうるまでに育て上げられ、どんどん海外へと進出して行った。これが中国の推進する「保護主義」からの「全球化」なのだ。
      ファーウェイも同じように国家戦略として保護され、育てられ、海外に進出した。そしてついに今年、スマホの出荷台数でアップルを抜き、世界第2位に躍り出たのである。
  • 「『ゴー宣2nd』第1巻の秘密の意義」小林よしのりライジング Vol.295

    2018-12-11 21:05  
    150pt
     いよいよ明日・12月12日、『ゴーマニズム宣言2nd season』第1巻が発売される。
     わしが「龍皮」と呼んだカバーの質感や、表紙を開くと出てくる中トビラのかっこよさなどは、電子書籍では味わえない魅力であり、ぜひ手に取って、ブックデザインも込みで楽しんでほしいと思う。
     今回の収録作品は、以下の通りである。
     第1宣言 復活の狼煙を上げる
     第2宣言 西部邁、属国に死す
     第3宣言 権力忖度システムの愚劣
     第4宣言 立憲的改憲という選択がある
     第5宣言 女人禁制は伝統ではない
     第6宣言 セクハラより人材だ
     第7宣言 枝野幸男・コスタリカ・ガンジー主義
     第8宣言 長谷部恭男の愚民思想を撃つ
     第9宣言 地位協定と憲法9条
     第10宣言 安倍「自衛隊明記」の危険
     第11宣言 「自衛隊明記」に潜むコンプレックス
     第12宣言 君たちはどう生きるか
     第13宣言 オウム教祖・幹部、死刑執行
     第14宣言 なぜ高学歴の若者がオウムに入ったか
     第15宣言 VXガス暗殺団との戦い
     第16宣言 吉本隆明らインテリの犯罪
     第17宣言 オウムを利する危険なリベラル
      BEFORE 2nd Season
     特別収録 教育勅語で道徳は復活しない
     特別収録 憲法と山尾志桜里の真実
    「週刊SPA!」掲載時とは章立てが異なるので、雑誌連載では「第〇章」、単行本では「第〇宣言」として区別することにした。
     雑誌での第13章『明治憲法も押しつけだった<1>』は、<2>以降をまだ描いていないため、それを描いてからまとめて収録する予定である。
     各章の間にはトッキー、みなぼんとの「公開密談」や解説、「週刊エコノミスト」で連載した『読書日記』から選んだ3作などを収録。特に巻末の檄文は心して読んでもらいたい。
     収録した『ゴー宣』については、ライジングの読者には既に雑誌連載時に読んだという人も多くいるだろうが、それでもう読み終えたと思っていたら、ちょっと認識が甘い。
     実は、これらの作品を1冊の本にまとめたことで、ここに大きな思想的問題が封じ込められたのだが、それがわかるだろうか?
     この本の中には、あらかじめ重大な矛盾を含ませている。
     この本に収録した作品の大きなテーマの一つは、「立憲的改憲」である。
     その一方で、わしはオウム真理教幹部の死刑執行に関連して、死刑制度に賛成する主張を展開している。
     この二つの主張は、実は衝突するのである。