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記事 4件
  • 「『大東亜論』からイラン危機まで」小林よしのりライジング Vol.316

    2019-05-28 19:55  
    150pt
    『大東亜論 最終章 朝鮮半島動乱す!』 (以下『最終章』)が、本日発売となった。
     シリーズ4冊目、ブックデザインは同じシリーズとは思えないくらい毎回変わったが、最後にしてこれが一番決まったように思う。
     中味も、こんなに濃厚で熱量のある漫画って今どきあるだろうかと、我ながら呆れる程の出来上がりになっている。

     
     物語はいよいよ日本を離れ、アジアを駆け巡った内田良平ら若き志士たちの血沸き肉躍る冒険活劇に突入しようというところだったのだが、掲載誌「SAPIO」の事情により未完の最終巻となってしまったのは、実に残念である。
     連載が続いていれば、描きたいことはまだまだあった。
    『最終章』のあとがきにも書いたが、もともとの構想では日清戦争の講和の際に、日本が対シナ政策で決定的に誤った道を歩んでしまったことを描き、そしてそれを全力で止めようとして果たせなかった荒尾精の苦悩とその死を描いて「第四章」を閉じる予定だった。
     そして続く「第五章」で、最初の大きな物語として描きたかったのが、 「閔妃暗殺」 だ。
      明治28年(1895)10月8日未明、李氏朝鮮の王妃・閔妃が暗殺された。
     暗殺の首謀者は、頭山満の盟友だった朝鮮公使・ 三浦悟楼 。実行グループの中には、来島恒喜の最期を見届けた玄洋社員・ 月成光 もいた。
     閔妃暗殺事件に関しては、自虐史観には賛成しないという人にも、これだけは弁護できないという意見が多い。
     だが、『最終章』の中でも伏線的に描いているように、閔妃こそが東アジアの動乱の元凶だったのである。
      朝鮮の王朝を、日本の皇室と重ねて考えてはいけない。朝鮮王朝には全く「公」がなかった。それは、現在の北朝鮮の「金王朝」を見ればわかる。
      当時の王朝もあれと同じで、全くの独裁によって富を一族で独占し、民衆はひたすら搾取され、塗炭の苦しみにあえいでいたのだ。
     だからこそ、王朝打倒を目指して 「東学党の乱」 も起きたわけで、皇室が人民を搾取したこともなく、皇室打倒を目指す民衆の武装蜂起も起こったことがない日本とは全く違うということは、常識にしておかなければならない。
      腐敗しきった朝鮮の王朝を糾すには、クーデターを起こすしかない。そのために 金玉均 も 「甲申事変」 を起こした わけだが、これは閔妃らを立てたまま、腐敗した政府要人だけを排除して改革しようとしたために、閔妃の裏切りに遭って失敗してしまった。
      閔妃は金玉均殺害を切望し続け、そして金玉均は8年間の亡命生活の末、暗殺者の手にかかって命を落とした。
     その後、閔妃一族の横暴はいよいよ甚だしくなり、これを憂慮した朝鮮人の有志たちが閔妃暗殺計画を立てた。そしてこれに、 朝鮮人だけではとても実行は難しいと見て、日本人が加わったのである。
      もし現在、北朝鮮人民が金正恩暗殺計画を立て、他の国の人間が協力して実行したら、これをそんなに非難できるだろうか? それと同じことである。
     現在の韓国では閔妃を「明成皇后」という諡(おくりな)で呼び、「国殉后」(国に殉じた皇后)として「国母」の扱いをしており、 しかも暗殺者に朝鮮人がいたことは完全に隠して、日本人の悪行として教えている。 毎度おなじみ、韓国の歴史捏造である。
     一方、当時は日本にとっても閔妃を生かしておくことは、直接自らの危機になるという認識があった。
      日本は朝鮮を清の支配から切り離すために日清戦争を行ったのだが、閔妃は露・独・仏の三国干渉に屈した日本を侮り、ロシアに迎合するようになってしまった。 そして、このままでは日清戦争の成果が無になるどころか、朝鮮半島がロシアのものになり、さらに日本までがロシアの危機にさらされるという状況になってしまった。
     そこで閔妃一人を犠牲にすれば、日本とロシアが戦争になることを防げるという判断があったのである。
      ただしこれは完全に裏目に出て、閔妃の死により朝鮮はロシア迎合の姿勢を一層強めてしまい、結局は日露戦争に至ってしまったのだが。
     さて、それでは日本は、いつどうすれば朝鮮と良好な関係を築けたのだろうか?
  • 「娘を犯す父親の無罪判決は、新たなブラックボックスを生む!」小林よしのりライジング Vol.315

    2019-05-21 17:10  
    150pt
    第127回「娘を犯す父親の無罪判決は、新たなブラックボックスを生む!」  名古屋地裁岡崎支部で、実父による19歳の娘に対する準強制性交罪が問われた事件について、今年3月26日に無罪判決が下った。先日、この判決文の全文を入手することができたので、時間をかけて読んだが、やはり問題のありすぎる判決だと思う。
     
     被害を受けたAさんは、かねてから暴力や性的虐待を行う父親と、抵抗できない精神状態で同居してきた上、性行為を強要され続けてきたことを訴えた。父親からの性行為の強要は中学2年生からはじまったが、この裁判では、19歳の時、休日中の父親の会社事務所へ連れ込まれての性交と、ラブホテルに連れこまれての性交の2回についてが公訴され、 「同意がなかった」ことは認められたが、「抗拒不能」に当たるとは認められず、準強制性交罪としては無罪となった。
    ■Aさんの生い立ち
     判決文には、Aさんが受けた仕打ちの一部が綴られているが、あまりに残酷で気の毒すぎるものだ。要約して時系列を組み立てなおしつつ、綴ってみる。
     Aさんは、父親と母親、そして3人の弟と暮らしていた。父親は、平成22年から事件発覚時まで、生活保護を受給しているという家庭だった。
     Aさんが小学生の頃から、父親は、勉強が理解できないことを理由に、Aさんを殴ったり蹴ったりしており、母親は、暴行があまりにひどい時に口頭で止める程度で、ほとんどは黙って傍観したり、時には父親に加勢するなどしていたという。この時点で完全なる児童虐待であり、父親から度重なる虐待を受けた末、真冬に冷水を浴びせられて亡くなった栗原心愛ちゃんの家庭を思い起こさせる。
     Aさんは、中学2年生の頃から、父親に性行為を強要されるようになる。信頼できない母親には相談できず、性行為は高校を卒業するまで週に1~2回、専門学校入学後は週に3~4回となった。父親が迫ってくると抵抗したが、行為が頻繁になるにつれ、その抵抗の程度は弱まっていったという。
     高校3年生になると、両親には相談せず、4年生大学の推薦入試を受けて合格したが、必要な費用全額を納めることができなかったため、進学は断念。そこで、進学に反対する両親と話し合って、 「入学金や授業料の費用については、いったん父親が支払い、Aがその費用と生活費を合わせた金額を返済する」 という条件で専門学校に進学した。
      Aさんは、父親の性的虐待から逃れるため、一人暮らしを考えていた という。その将来のためにもなんとか進学して勉強しなければならないと考えたのだろう。
     当時、Aさんの毎月のアルバイト代は8万円で、父親は月額8万円を返済せよと要求。Aさんの希望で返済額は4万円となったが、専門学校に通いながら18歳の少女がアルバイトして稼ぐとなると、大変な苦労だ。しかも、そのカネの返済相手である父親からは、週に3~4回も性行為を強要され続けるのだ。地獄の苦しみである。
     この頃、Aさんは初めて弟らに父親からの性的虐待を相談。一時期は、弟らが一緒に寝ることで守ってくれて、行為は止んだ。しかし、一緒に寝るのをやめると、また父親がAさんの寝室に入り込む。抵抗すると、父親はAさんのこめかみの辺りを数回拳で殴り、大きなあざができるほど太ももやふくらはぎを蹴った上に、背中を踏みつけるという暴行をはたらいた。
     暴行のあと、父親はAさんの耳元で 「金をとるだけとって何もしないじゃないか」 などと言ったという。学費の見返りにレイプをさせろと娘に強要したのだ!
     これだけでもはらわたが煮えくり返るが、さらに父親は、この件について、 娘のAさんのほうから、進学費用の援助を求める見返りに性行為を誘ってきたのだ という旨のとんでもない供述をしている。読むに堪えない捏造セリフが述べられており、散々蹂躙してきた娘を、裁判所でもまだ貶め、セカンドレイプに及んだのである!
     もちろんこんなデタラメは、「矛盾」「不自然・不合理」と断罪され、「到底信用することはできない」と退けられているが、とても許せるものではない!
    ■Aさんは弟らを守るため地獄を背負った
     Aさんは、専門学校に入ってからは、数人の友人らに父親の件を相談するようになっていた。その際、ある友人が警察に相談するよう勧めたが、Aさんはこう答えたという。
    「(父親が)逮捕されると弟らが犯罪者の息子になってしまい、弟らが生活できなくなってしまうことが心配だ」
     なんとAさんは、絶望的な両親が支配する家庭のなかで、3人の弟を守る姉として、ずっと父親の仕打ちを一人で背負おうとしていたのだ!
     生活保護を受給する家庭でもあり、4人もの子供がいて、ずっと生活の厳しさを感じながら育っただろうし、進学にあたって父親からの無茶な要求を飲んだのも、 「弟たちの生活もあるから」 という気持ちがはたらいたのだろうと想像されて、胸が痛む。
     
     その後、Aさんは専門学校に通学しなくなり、友人に、性行為が続いていること、ひどい暴力を受けたこと、児童相談所に相談しようと調べたが予約制だったことなどを打ち明けている。
     またある友人は、Aさんが父親の送迎で出かけようとしていることを知り、父親の申出を断らないAさんの態度をたしなめているが、これも、弟らのことが頭にあったAさんならば、 「ここまで我慢してきたのだから、私が我慢すれば……」 という錘を引きずらされていたのだろうと想像できる。ましてや、母親までが暴力に加担するような家庭だ。思春期の14歳から5年間に渡って性行為を強要されて、すでに虚無の精神状態に陥っていたのではないかともすぐ想像がつく。
     Aさんをたしなめた友人の気持ちは、もちろんAさんを思ってのものに違いないが、健全な環境で育つことのできなかったAさんにとっては、友人に打ち明けるまでが精一杯で、あとは泥のような現実の闇をさまよい歩くしかなかったのだ。
     友人にたしなめられた翌日、Aさんは父親の車でホテルへ連れ込まれる。そしてとうとう耐え兼ねて市役所へ赴き、学費の相談とあわせて父親について相談、ようやく長年に渡る性的虐待を公的機関に打ち明けることができた。
    ■なぜ有罪にならない?
  • 「男系カルト・阿比留瑠比、論破まつり」小林よしのりライジング Vol.314

    2019-05-14 21:20  
    150pt
     新天皇陛下の即位により、現状では皇位継承資格者がたった3人、次世代の者は悠仁さまたった一人という恐るべき事実が誰の目にも明らかになった。
     そしてこれに対処する方法は、女性宮家を創設し、女性・女系天皇を認める以外にないということも、大多数の国民の共通認識となってきた。
     これに対して尋常ではない危機感を抱いているのが、男系男子固執の自称保守陣営だが、追い詰められて主張がどんどんトチ狂っていくのがなかなか見ものではある。
     この問題は、必ず女系(双系)公認の側が勝つ。その時に、逆賊たちが何を言っていたかは確実に歴史に残しておく必要があるので、このライジングの『ゴー宣』も、随時そんな記録の場としたいと思う。
     新天皇ご即位の記事が紙面を賑わした5月2日の産経新聞には、「皇位継承 歴史の重み 女性宮家創設には問題」という記事が載った。
     
     筆者は産経のエース記者・阿比留瑠比だが、どう見ても「問題」なのは阿比留の頭の中の方だ。
     なにしろ、阿比留は 「『女性宮家の創設』には、見逃せない陥穽(かんせい)がある」 として、こんなことを書いているのだ。
     現在、与野党を問わず女性宮家創設や、現在は皇室典範で父方の系統に天皇を持つ男系の男子に限られている皇位継承資格を、女性や女系の皇族の子孫に拡大することを検討すべきだとの意見が根強くある。
     とはいえ、これはあまりに安易に過ぎよう。
     仮に女性宮家を創設しても、一時的に皇族減少を防ぐだけで皇位継承資格者が増えるわけではなく、その場しのぎでしかない。
     何を言ってるのか、全くわからない。
      女性宮家を創設して、皇位継承資格を女性や女系の皇族まで拡大すれば、当然皇位継承資格者は増える。
     それなのに阿比留は、女性宮家を創設しても 「皇位継承資格者が増えるわけではなく、その場しのぎでしかない」 と書いている!
      どうやら阿比留は「女性宮家創設」と「女性・女系皇族への皇位継承資格拡大」を、全く別物と考えているらしい。
      女性宮家とは、皇位継承権がなく公務をするだけのものと、勝手に思っているのだ!
     確かに野田政権下で検討された「一代限りの女性宮家」はそういうもので、「公務の負担軽減」だけを目的とする「その場しのぎ」でしかなかったが、今回は違う。退位特例法の付帯決議は、こう書いているのだ。
     政府は、安定的な皇位継承を確保するための諸課題、女性宮家の創設等について、皇族方のご年齢からしても先延ばしすることはできない重要な課題であることに鑑み、本法施行後速やかに、皇族方のご事情等を踏まえ、全体として整合性が取れるよう検討を行い、その結果を、速やかに国会に報告すること。  つまり、 「安定的な皇位継承を確保するための諸課題」、具体的には「女性宮家の創設等について」 検討するよう政府に求めているのである。
     ところがこの文章を、八木秀次(麗澤大教授)は信じられない解釈で読んだ。
  • 「即位のお言葉から見える主体的意思」小林よしのりライジング Vol.313

    2019-05-07 22:20  
    150pt
     実にいろいろあったが、平成から令和への御代替わりが無事に行われ、まずは安心している。
     それにしても、天皇が生前退位したら「国体の危機」だとまで言って反対した自称保守言論人たちが、いざ生前退位の実現を目の前にしても誰一人諌死するわけでもなく、それどころか相次いで祝意まで述べたのには心底呆れ果てた。
     共同通信の世論調査では、 今後の天皇についても退位を「認めるべきだ」とする回答はなんと93.5% 、 「認めるべきではない」はわずか3.5% だった。安倍政権や自称保守がいくらご譲位を「特例法」に基づく「一代限り」のものだと言おうと、今回が先例となり、今後もご譲位が行われるようになるのは確実である。 もっとも、その都度特例法を作るのではなく皇室典範を改正する必要があるし、女系・女性天皇、宮家を認める典範改正はさらに速やかに行わなければならないということは、言うまでもない。
     さて、今回は新帝陛下の天皇として最初のおことば(令和元年5月1日、即位後朝見の儀)に注目したい。
     まずは全文を掲げよう。
     日本国憲法及び皇室典範特例法の定めるところにより、ここに皇位を継承しました。
     この身に負った重責を思うと粛然たる思いがします。
     顧みれば、上皇陛下には御即位より、30年以上の長きにわたり、世界の平和と国民の幸せを願われ、いかなる時も国民と苦楽を共にされながら、その強い御心を御自身のお姿でお示しになりつつ、一つ一つのお務めに真摯に取り組んでこられました。上皇陛下がお示しになった象徴としてのお姿に心からの敬意と感謝を申し上げます。
     ここに、皇位を継承するに当たり、上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し、また、歴代の天皇のなさりようを心にとどめ、自己の研鑽に励むとともに、常に国民を思い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い、国民の幸せと国の一層の発展、そして世界の平和を切に希望します。
     これを、上皇陛下の天皇として最初のおことば(平成元年1月9日、即位後朝見の儀)と比較すると、興味深いものが見えてくる。
     なお文中の「大行天皇」とは、崩御した天皇が諡号を贈られるまでの呼び名で、ここでは昭和天皇のことである。
     大行天皇の崩御は、誠に哀痛の極みでありますが、日本国憲法及び皇室典範の定めるところにより、ここに、皇位を継承しました。
     深い悲しみのうちにあって、身に負った大任を思い、心自ら粛然たるを覚えます。
     顧みれば、大行天皇には、御在位60有余年、ひたすら世界の平和と国民の幸福を祈念され、激動の時代にあって、常に国民とともに幾多の苦難を乗り越えられ、今日、我が国は国民生活の安定と繁栄を実現し、平和国家として国際社会に名誉ある地位を占めるに至りました。
     ここに、皇位を継承するに当たり、大行天皇の御遺徳に深く思いをいたし、いかなるときも国民とともにあることを念願された御心を心としつつ、皆さんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たすことを誓い、国運の一層の進展と世界の平和、人類福祉の増進を切に希望してやみません。
     構成も内容もほとんど同じで、同じ言葉も多く見られる。つまり、同じ部分は新天皇陛下が上皇陛下からそのまま引き継ごうとされていること、そして違っている部分は、新天皇陛下が新たに考えておられることであろうと推察できるわけである。
     まず目につく違いは、もちろん当然なのだが、 新天皇陛下のおことばには先帝に対する追悼がないこと で、新天皇陛下の即位が上皇陛下の時とは違い、「深い悲しみのうち」のものではなくてよかったと、改めて思わされる。
     そして今回特に話題になっているのは、最後の段で上皇陛下の時は 「日本国憲法を守り」 とおっしゃった部分が 「憲法にのっとり」 に変わったことだ。