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記事 334件
  • 「書くのも大事、読むのも大事、会話も大事」小林よしのりライジング Vo.299

    2019-01-15 20:35  
    150pt
     不動産屋とマンションの契約をしたら、「今後もし困りごとがあればメールで連絡して欲しい」とメールアドレスを渡された。マンションの困りごとなんて、水漏れや鍵の紛失など急ぎの要件が多いのだから、メールより電話じゃないのと思ったが、相手はメールのほうが応答しやすく都合が良いらしい。それならいいが、困りごとで不安になっている時は、人の声で安心できるところもあるから、私は電話のほうがいいのだけど。
     こんなことを言うと年寄りみたいだが、 「用件は電話でなくメールで」 と言う人がものすごく増えた。私自身、かなりの長時間パソコンで仕事をしているので、連絡事項ならメールでやりとりできるほうが便利だともちろん思っているが、複雑な感情や考えのすり合わせ、些細なニュアンスなど、電話で話したほうが良さそうな内容でも、長々とメールでやりとりしなければいけない時もあって、ちょっと面倒だ。メールで通信している相手に電話をかけると、「どうしました!?」とびっくりされたりもする。
     いまやそれが当たり前なのかもしれないけれど、私の感覚では、人と話すことをしていないと、言葉を選ぶ頭の回転がにぶり、ボキャブラリーがどんどん貧弱になっていくように思う。話すことの中でしか使われない表現というものもあると思うのだ。
    ■庶民の生活から飛び出す言葉
    「世の中ものすごい超高齢化よな。うちのおばあちゃんも93歳で相当な年寄りやと思ってたけど、病院へ行ったら、同じようなお年寄りが 佃煮にするほど寝とるんさ! 」
     母が、祖母を入院させた時のことをこう語った。
    「佃煮にするほど寝とる」 というのは、 小魚やイナゴのように有り余って佃煮にするほど大勢の人が寝ている という意味で、感情を込めて強調したいときに出る表現だ。書き言葉というよりは、庶民の生活の中から話し言葉として《飛び出す》タイプのものだと思う。母や祖母が使うのを7~8年に1度聞く程度だが、そういやこんな表現が飛び出すことはもうほとんどないよな、と思った。
     まったく聞いたことがないという人もいると思うが、方言ではない。雰囲気的に落語から広まったように想像するが、もとは間違いなく佃煮を作る地域から出たものだろう。太宰治や坂口安吾らと共に無頼派と称された織田作之助は、この言い回しが気に入っていたようで、戯曲や小説に使っている。
      死んでもいい人間が佃煮にするくらいいるのに、こんな人が死んでしまうなんて、一体どうしたことであろうか。
    (織田作之助『武田麟太郎追悼』)
      この阿呆をはじめとして、私の周囲には佃煮にするくらい阿呆が多かった。就中、法科志望の点取虫の多いのには、げっそりさせられた。
    (織田作之助『髪』)
     そもそも佃煮は、漁村から広まった保存食だから、この表現が定着しやすい地域とそうでない地域があったのかもしれない。私の地元は旧漁村で潮干狩りの名所だから、祖母がよく貝の佃煮を腐るほど作っていた。バケツに何倍分もの佃煮にするほどの貝を腐るほど佃煮にするんだから、すごい。ただ、自宅で佃煮を作ったことがない家も多いだろうし、スーパーやコンビニで小さな佃煮パックしか見たことがない人になると、正確なニュアンスは想像できないだろう。
     でも面白い表現だし、佃煮は日本の特有の食べ物だからチャンスあらば使っていこうと思っている。ネトウヨをからかうのにももってこいだ。なにしろ佃煮にするほどいるからね。
    ■4歳下の代で消えていた言葉
    「子供の時はまだこの辺りは田んぼでさあ、夏になると、よく地面にしゃがみこんで、 かんぴんたん 拾って遊んだよなあ」
    「姉ちゃん、 かんぴんたん て何?」
    「え! あんた、 かんぴんたん 知らんの?」
  • 「IWC脱退 クジラを食うべし」小林よしのりライジング Vol.298

    2019-01-08 19:50  
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     昨年12月26日、日本政府は国際捕鯨委員会(IWC)に脱退を通告、今年7月より30年ぶりに商業捕鯨を再開することとなった。
     年末に、何の国内論議もなく重大なことをやっつけてしまうというのは、もはや安倍政権の年中行事である。
     捕鯨については17年前に個人雑誌『わしズム』の創刊号に描いた。その年・平成14年(2002)は下関でIWCの会議が行われ、そこで日本が商業捕鯨の再開を訴えることになっていたため、その前に世論を盛り上げようとしたのだ。
     ところが、その後IWCで商業捕鯨が認められそうな気配は全くないまま時間が流れていき、むしろ反捕鯨国のペースに拍車がかかる一方となってしまい、ついにIWC脱退という結論に至ったわけだ。
      商業捕鯨ができるのは日本近海と排他的経済水域(EEZ)に限られ、これまで南極海などで行われていた「調査捕鯨」はできなくなる。
     日本近海とEEZ内ではこれまでも、IWC管轄外の小型のクジラを捕獲していたが、今後はそれに加え、この水域に入って来るミンククジラ、イワシクジラ、ニタリクジラの三種を捕獲する予定だという。
     水産庁は、漁獲量はこれまでと変わらないと試算しているが、調査捕鯨ができなくなったことで、漁獲量はむしろ減少するのではないかという懸念もあるらしい。
     IWC脱退という決断が吉と出るのか凶と出るのかは、まだ現時点ではわからない。
     だが、ここでわしが最も腹の立つのは、「クジラごときで、そこまで強硬な手段を取ることないじゃないか」という意見が出てくることだ。
     今さら商業捕鯨を再開しても、鯨肉の消費量が増えるわけじゃないとか、わざわざ鯨肉なんか食べなくても、他に美味しいものはいくらでもあるとかいう声が普通に出てくるのは、実に不快である。
      クジラの刺身は、わしが小中学生の頃、父親が生姜醤油に漬け込んだものが特に好きで、しばしば食ったものだ。クジラのベーコンは、今でも福岡に帰った時は博多料理で出されるから食っている。これは抜群に美味い。
     昔はステーキというと鯨肉だったが、牛肉のステーキが普通に食えるようになったら、食わなくなった。竜田揚げも好きではない。
     
      しかし、そんな鯨肉であっても、料理人というものはどうにかして美味しく食べさせる方法を開発してしまうものである。
     わしは以前、ヒツジが臭くて食べられなかったのだが、今では美味しいヒツジ料理を食べられる店がいくつもある。
     ジビエだって、素材自体は決して美味いものではないはずなのだが、それをいろいろ工夫して、ブームにまでしてしまっている。
     クジラの美味い食べ方など、まだまだ開発できる余地はあるはずなのに、もうどうせ誰も食わないとか言って放り出そうとするのは、あまりにも浅はかなことである。
     クジラが食べたいという程度の理由で、国際協調を崩していいのかという意見にも、全く賛成はできない。
  • 「倉橋耕平という劣化サヨク」小林よしのりライジング Vol.297

    2018-12-25 20:55  
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     平成30年もあと1週間。
     今年は何といっても4月に『ゴーマニズム宣言』が「週刊SPA!」で23年ぶりに連載再開し、12月に単行本『ゴーマニズム宣言2nd season』第1巻が発売されたことが大きな出来事だった。
     65歳にして週刊連載、しかも毎号違った題材で描いていくことなどできるのだろうかとの危惧も当初はあったが、実際始めてみれば、毎日でも描きたいこと、描かねばならないことが次から次に出てきて、ネタは貯まる一方で消化しきれない状態になっている。
     この『ゴー宣』復活劇は、ライジング版「今年の出来事」の第1位に選ばれ、読者にとっても非常に大きなことだったようだが、これはアンチ・小林よしのりの連中にとっても相当に大きな脅威として映ったようだ。今年は特にわしに対するバッシングや誹謗中傷が多く、ついには立憲民主党の公式ツイッターがわしに関するデマを書いた記事を拡散する事態まで起きてしまった。
     とはいえ匿名のネトサヨはともかく、マスメディアにまで実名で登場してわしの悪口を言っていた者は実際のところ、二人しかいない。文筆家の古谷経衡と、社会学者の倉橋耕平だ。 
     以前は朝日新聞が社説まで使ってわしを批判してきたものだが、近年のわしは安倍政権を徹底批判し、安保法制にも共謀罪にも反対するなど、左翼とも歩調の合う意見も多く、時々朝日の紙面にも登場するようになっているから、朝日新聞はわしを批判しにくくなっている。
     そんな中で、とにかく小林よしのりを全否定するような論調を唱える者がいれば、左翼メディアは大喜びで飛びつくのだ。
     ところが生憎、そんな無謀な左翼言論人もなかなかいない。かくして出番は古谷と倉橋というチンカス言論人に回ってくるようになる。彼らはわしを批判することで仕事がもらえる「商業アンチ」なのである。
     
     中でも倉橋耕平なる者に至っては、わしを批判することで初めてメディアに出てきた、全く無名の人物である。
     プロフィールを見ると1982年生まれ、関西大学大学院で社会学の博士号を取ったらしいが、現職は「立命館大学ほか非常勤講師」。大学の非常勤講師なんか「高学歴ワーキングプア」のアルバイトみたいなもので、何の肩書にもならない。
     どうやら倉橋は博士号を取得しながらマトモに就職できなかった、典型的な「野良博士」らしい。肩書は「社会学者」だが、確たる実績がなければそれはあくまでも「自称」でしかない。
     倉橋は今年2月に 『歴史修正主義とサブカルチャー』 という著書を出版、その中の1章を 「『慰安婦』問題とマンガ――『新・ゴーマニズム宣言』のメディア論」 と題して、わしへの批判に充てた。
     これが左翼業界内で評判になり、「世界」10月号に論文が掲載され、ついには朝日新聞10月24日付のオピニオン面に写真付き4段組みのインタビューが載った。
     また、「世界」の論文は掲載から3か月も経った12月20日の朝日新聞「論壇時評」で小熊英二がわざわざ取り上げ、評価している。
     一介の野良博士が、わしを批判しただけで左翼メディアにこぞってちやほやしてもらえて、いっぱしの「識者」の扱いで朝日新聞にまで登場できるのだ。
     社論としては書けないようなことを、外部の「識者」に言わせて載せるというのは、朝日に限らず新聞の常套手段である。
     朝日新聞は、社論としてはわしの批判がしづらくなってしまったが、それでも社の内部にも、読者にも、わしを嫌う硬直左翼がまだまだ大勢いる。そんなところにわしを批判する本を出した者がいるとなれば、そりゃもう大喜び。それが本当に「識者」なのかどうかなんてことはどうでもよく、紙面に載せてしまうのだ。
     もちろん、野良博士だろうと誰だろうと、正当な批判であればわしは真摯に耳を傾ける。
     だが倉橋の主張は、実に愚にもつかない代物なのだ。
  • 「中国、国家資本主義の全球化」小林よしのりライジング Vol.296

    2018-12-18 19:50  
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     12月1日、世界有数の通信機器メーカーである中国・ファーウェイの次期トップと目される孟晩舟副会長が、カナダの捜査当局に逮捕された。
     この逮捕はアメリカの強い要請によって行われたもので、アメリカは以前から、中国人民解放軍とのつながりが指摘されるファーウェイを強く警戒し、ファーウェイ製品が広く普及するとサイバー攻撃などに利用され、国家機密が危険にさらされかねないと主張していた。
     孟副会長が逮捕されたまさにその日、アルゼンチンでは米中首脳会談が行われ、トランプ大統領と習近平国家主席が1年ぶりに会い、貿易戦争の一時休戦を決めていた。
     完全に顔に泥を塗られた形となった中国は、報復にカナダ人の元外交官を拘束。報復合戦は泥沼化する可能性が高く、米中貿易戦争のエスカレート、長期化が懸念されている。
     日本では未だに右派(産経新聞)から左派(朝日新聞)まで、世界は「グローバリズム」に向かうのが歴史の必然で、全世界が国境をなくしてひとつの市場、ひとつの世界になり、「地球市民」みたいなものができると夢見ている馬鹿ばかりだが、現実に世界で起きていることは、国家エゴと国家エゴの熾烈な戦いである。
     そもそもグローバリズムの正体は、アメリカが自国に都合のいい新自由主義(弱肉強食・自由貿易)の経済ルールを、世界中に押しつけようというものでしかなかった。
     貿易は、自国に有利なルールの取り合いである。ルールの設定の仕方によっては大負けし、国内産業が壊滅してしまうこともある。
      アメリカはグローバリズムによって金融業では圧倒的に勝っていた。
      ところが、そのグローバリズムのために日本の自動車や中国の安い製品が入ってきて、アメリカ国内の製造業が没落してしまった。
     そこでアメリカはTPPを利用して、アメリカに有利な輸出入のルールを各国に押しつけようとしたが、これもなかなかうまくいかず、頓挫し始めた。
      そこへトランプが保護主義的政策を掲げて登場した。 大統領選の対抗馬だったサンダースも反グローバリズムであり、グローバリズムによって産業が没落し、移民に職を奪われるとなると、保護主義が支持されるのは自然な流れだったのだ。
     ところが、アメリカのグローバリズムの挫折と入れ替わるように、 中国版グローバリズムである「全球化」がものすごい勢いで台頭してきた。
     それは、アメリカでさえこのままでは飲み込まれかねないという危機感を抱かせるほどであり、そのためにアメリカは、ファーウェイの副会長逮捕という強引な手段にも出たのだろう。
      これから世界の脅威になるかもしれないのは、中国の「全球化」だ。
     アメリカの「グローバリズム」に対抗して中国が「全球化」と言い出した時は、例によって単に用語だけ中国語訳して、あとはまるまる真似っこしているだけかと思ったのだが、そんな甘いものではなかった。
      中国の全球化はアメリカのグローバリズムとは根本的に異なり、「資本主義」の概念を根こそぎ変えてしまいかねないものだったのだ。
     日本やアメリカなど資本主義国の経済は、民間が自主的に活動する仕組みになっている。
     ところが、中国ではあらゆるシステムを国家が主導する。
     アメリカの4大ネット企業 「GAFA」(Google、Apple、Facebook、Amazon)は今後、世界をも支配するかもしれないと言われている。
    (参照:小林よしのりライジングVol.278 泉美木蘭のトンデモ見聞録・第90回「米国ネット企業“GAFA”への警戒心」
    http://ch.nicovideo.jp/yoshirin/blomaga/ar1634474)
     ところが、中国にはそのGAFAでさえ自国内に入れなかった。中国政府が許可しなかったからである。
      中国はアメリカのネット企業をシャットアウトし、その間にバイドゥ、アリババ、テンセントといったGAFAのビジネスモデルを丸パクリしたネット企業を作り、中国14億人の市場で成長させた。
      中国のネット広告のシェアは中国企業が大半を占め、Google Chinaのシェアはわずか3.3%にとどまるという。
     そして、中国ネット企業はアメリカにも対抗しうるまでに育て上げられ、どんどん海外へと進出して行った。これが中国の推進する「保護主義」からの「全球化」なのだ。
      ファーウェイも同じように国家戦略として保護され、育てられ、海外に進出した。そしてついに今年、スマホの出荷台数でアップルを抜き、世界第2位に躍り出たのである。
  • 「『ゴー宣2nd』第1巻の秘密の意義」小林よしのりライジング Vol.295

    2018-12-11 21:05  
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     いよいよ明日・12月12日、『ゴーマニズム宣言2nd season』第1巻が発売される。
     わしが「龍皮」と呼んだカバーの質感や、表紙を開くと出てくる中トビラのかっこよさなどは、電子書籍では味わえない魅力であり、ぜひ手に取って、ブックデザインも込みで楽しんでほしいと思う。
     今回の収録作品は、以下の通りである。
     第1宣言 復活の狼煙を上げる
     第2宣言 西部邁、属国に死す
     第3宣言 権力忖度システムの愚劣
     第4宣言 立憲的改憲という選択がある
     第5宣言 女人禁制は伝統ではない
     第6宣言 セクハラより人材だ
     第7宣言 枝野幸男・コスタリカ・ガンジー主義
     第8宣言 長谷部恭男の愚民思想を撃つ
     第9宣言 地位協定と憲法9条
     第10宣言 安倍「自衛隊明記」の危険
     第11宣言 「自衛隊明記」に潜むコンプレックス
     第12宣言 君たちはどう生きるか
     第13宣言 オウム教祖・幹部、死刑執行
     第14宣言 なぜ高学歴の若者がオウムに入ったか
     第15宣言 VXガス暗殺団との戦い
     第16宣言 吉本隆明らインテリの犯罪
     第17宣言 オウムを利する危険なリベラル
      BEFORE 2nd Season
     特別収録 教育勅語で道徳は復活しない
     特別収録 憲法と山尾志桜里の真実
    「週刊SPA!」掲載時とは章立てが異なるので、雑誌連載では「第〇章」、単行本では「第〇宣言」として区別することにした。
     雑誌での第13章『明治憲法も押しつけだった<1>』は、<2>以降をまだ描いていないため、それを描いてからまとめて収録する予定である。
     各章の間にはトッキー、みなぼんとの「公開密談」や解説、「週刊エコノミスト」で連載した『読書日記』から選んだ3作などを収録。特に巻末の檄文は心して読んでもらいたい。
     収録した『ゴー宣』については、ライジングの読者には既に雑誌連載時に読んだという人も多くいるだろうが、それでもう読み終えたと思っていたら、ちょっと認識が甘い。
     実は、これらの作品を1冊の本にまとめたことで、ここに大きな思想的問題が封じ込められたのだが、それがわかるだろうか?
     この本の中には、あらかじめ重大な矛盾を含ませている。
     この本に収録した作品の大きなテーマの一つは、「立憲的改憲」である。
     その一方で、わしはオウム真理教幹部の死刑執行に関連して、死刑制度に賛成する主張を展開している。
     この二つの主張は、実は衝突するのである。
  • 「大阪万博はスカスカのリピート経済でしかない」小林よしのりライジング Vol.294

    2018-12-04 19:50  
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     2025年の大阪万国博覧会(万博、EXPO)が決まってしまった。
     2020年の東京オリンピックが終わればお祭り馬鹿騒ぎから解放されると思っていたのに、それがさらに5年続くのかと思うと、本当にうんざりだ。それで次は札幌で二度目のオリンピック開催を目指す動きが加速するのだろう。
    「高度経済成長の夢よもう一度」というノスタルジーでお祭りをリピートしようとする「ノスタル爺」のバカバカしさは、「FLASH(11月27日号)の『よしりん辻説法』でも描いた。
     二度目の大阪万博に湧きたっている者など、年寄りばっかりだ。中には70年万博の時に子供だった、わしより年下の者もいるが、ガキの頃のおぼろな記憶だけでノスタルジーに嵌っているのだから、わしより脳が老いているのではないか?
     若者にしてみれば、オリンピックならまだわかるけれども、「万博って、何?」って感じだろう。
     そもそも70年大阪の後も、日本で万博は75年沖縄海洋博、85年つくば博、90年花の万博、2005年愛・地球博と行われている。「大阪で55年ぶりの万博!」とか騒いでいるが、大阪では90年に「花博」をやっている。だから注意して聞くと、「大阪で55年ぶりの大規模な万博」と言っていたりする。
     万博とは「国際博覧会条約」に基づいて行われる博覧会で、5年に1度開かれる大規模な「登録博」(旧名称は「一般博」)と、比較的小規模な「認定博」(旧名称は「特別博」)に分類される。
     70年万博は「一般博(大規模)」、90年花博は「特別博(小規模)」で、2025年万博は「登録博(大規模)」だから、大阪で「大規模な」万博は「55年ぶり」だというのだ。
      しかし、2005年の愛知万博は「登録博(大規模)」だったから、「大阪では55年ぶり」といっても、「日本では20年ぶり」である。
     自分でも説明しながらよくわからなくなってきたが、要するに、2025年大阪万博の何がめでたいのか、さっぱりわからない。
      結局は70年万博を知っている世代が、ノスタルジーで当時を過剰に美化して、再び大阪万博さえやれば、ありもしない美化された過去が現代に出現するものと妄信しているだけなのだ。 当時を知らない若い世代にとってみれば、何が何だかわからなくて当たり前である。
      70年大阪万博の時わしは高校生の修学旅行で会場にも行ったが、わしの記憶に残っているのは岡本太郎の「太陽の塔」だけだ。
     そして、70年大阪万博の建築物で現存しているのも太陽の塔だけで、今となっては70年万博=太陽の塔というイメージになっている。
      だが、岡本太郎は太陽の塔を「反・万博」の象徴として建てたのだ。
     そのいきさつは、岡本敏子著『岡本太郎に乾杯』(新潮文庫)に詳しい。
     そもそも、岡本は万博に何の興味も持っていなかった。
     70年万博はアジア初の万博で、1965年に開催が決定して日本万国博覧会協会が発足したものの、全く未経験の巨大プロジェクトで、開催のためのノウハウも何もなく、手探り状態のスタートだった。
     そんな中、東京都庁舎や東京オリンピックの代々木競技場第一・第二体育館などの実績を持つ建築家の丹下健三は早くから会場計画の中心となり、素人集団の万博協会をリードしていた。
     丹下と岡本は盟友といえる間柄だったが、それでも岡本は万博についてはひとごととして傍観していたという。
     ところがそんな岡本に、万博テーマ館のプロデューサー就任の依頼が来る。その際、万博協会事務総長の新井真一が言った言葉がすごい。
    「先生以外には誰もほかに考えていません。70年3月15日からと会期も決定し、間もなく世界中に参加招請状を発送します。その中心となるテーマ館です。
     いま10億の予算があります。この予算を全部お渡しして、お任せしますから、どのようにお使い下さっても、口は出しません。もし絵を一枚描いて、これがテーマだよとおっしゃれば、それでも結構です」
     真剣にそう言うので、さすがの岡本太郎も唖然としたという。
  • 「移民政策の行く末」小林よしのりライジング Vol.293

    2018-11-27 16:40  
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     ドイツは、 全人口の約14%にあたる1200万人が移民 という超移民大国だ。2015年のヨーロッパにおける難民・移民危機では、メルケル首相が移民受け入れを主導し、約110万人を受け入れた。
     しかしその年末、大事件が起きた。2015年12月31日から翌1月1日にかけて、ケルンの駅前広場に集まった新年を祝う群衆のなかで、外国人男性らによる集団レイプ事件が発生したのだ。判明しているだけで1000人以上の女性が大勢の男性らに取り囲まれ、その場で強姦・強盗の被害に遭った。被害者は10代~20代の女性たち、容疑者の多くは北アフリカやアラブ諸国からの難民希望者や不法移民だった。
     ドイツでも特に西側のケルンは、治安が良く安全と言われていたが、この事件によってドイツ社会は震撼。以降、反移民デモが続発し、極右政党の支持が勢いを増した。結果、メルケル首相は地方選挙で連敗し、与党党首と首相の座を「今期限りで退任」と表明するに至った。
    ■ドイツの教訓「ガストアルバイター」
     2015年の移民危機以前から、 ドイツはもともと「移民受け入れに失敗した国」という教訓を持つ国 だった。失敗の原因は、1950年代、戦後復興のために南欧から受け入れられてきた外国人労働者たちの存在だ。
     多くの肉体労働者が必要だった西ドイツは、送り出し国へドイツ人医師を出向かせ、現地の男女の身体検査・能力検査を行い、「合格」と判断した者に就労を許可していった。裸の労働者たちが並んで身体検査を受ける古い映像が残っているが、さながら「奴隷市場」である。
     イタリア、スペイン、ギリシャなどから多くの労働者が西ドイツを訪れたが、それでも人手が不足すると、大勢のトルコ人が国境を渡った。
     当時のドイツ政府は 「就労期限が過ぎたら帰国させる便利な低賃金労働力者で目下の人手不足が補える」 と考え、送り出す側の国は 「ドイツで外貨を稼ぎつつ、最新技術を母国に移転できる」 と考えていた。そして外国人労働者たちは 「短期間で高収入を得られる」 と考え、ドイツ国民たちは 「きつい・汚い・危険な肉体労働を外国人にやってもらえる」 と考えていた。
      ドイツの経済発展が見えていた時代、それぞれの “目先の期待” が一致していたのだ。
     彼ら外国人労働者は、 「ガストアルバイター」 と呼ばれた。「ガスト」はドイツ語で「客(ゲスト)」という意味だ。 当初は「労働契約満了後には母国に帰る人々」と認識されており、あくまでも短期の出稼ぎ労働者とみなされていた。
  • 「徴用工問題、個人請求権について」小林よしのりライジング Vol.292

    2018-11-20 21:30  
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     戦時中、日本に動員された元徴用工とされる韓国人4人が新日鉄住金に損害賠償を求めた訴訟で、韓国の大法院(最高裁)において1人あたり約1千万円を支払うよう命じた判決が確定した。
     安倍首相は 「1965年の日韓請求権・経済協力協定によって完全かつ最終的に解決している」「判決は国際法に照らしてありえない判断だ」 と、珍しく真っ当なコメントをした。
     また、原告となった元工員4人についても 「政府としては『徴用工』という表現ではなく、『旧朝鮮半島出身の労働者』と言っている。4人はいずれも『募集』に応じたものだ」 と指摘した。
     この判決に対する反応で、わしが特に注目していたのは朝日新聞の社説である。これまでの所業からすれば、こんなデタラメな判決にでも理解を示すようなことを書きかねないと思ったのだ。
     ところが判決翌日・10月31日の社説では、冒頭から
     植民地支配の過去を抱えながらも、日本と韓国は経済協力を含め多くの友好を育んできた。だが、そんな関係の根幹を揺るがしかねない判決を、韓国大法院(最高裁)が出した。
     と、一方的に判決を批判する論調となっていた。
     朝日社説は 「日本政府や企業側は、1965年の国交正常化に伴う請求権協定で元徴用工への補償問題は解決済みとし、日本の司法判断もその考えを踏襲してきた」 とした上で、 「政府が協定をめぐる見解を維持するのは当然」 と主張する。
     もっとも、その後に 「としても、多くの人々に暴力的な動員や過酷な労働を強いた史実を認めることに及び腰であってはならない」 と付け加えているところがいかにも朝日的なのだが、それでも明らかに日本政府の方を支持しているのだ。
     その上、さらに朝日社説はこう書いている。
     原告側は、賠償に応じなければ資産の差し押さえを検討するという。一方の日本政府は、協定に基づいて韓国政府が補償などの手当てをしない場合、国際司法裁判所への提訴を含む対抗策も辞さない構えだ。
     そんなことになれば政府間の関係悪化にとどまらず、今日まで築き上げてきた隣国関係が台無しになりかねない。韓国政府は、事態の悪化を食い止めるよう適切な行動をとるべきだ。
      朝日は韓国政府にのみ「適切な行動」を求めている。かつての朝日を考えれば、隔世の感を覚える。
     11月11日に開催されたゴー宣道場「『戦争論』以後の日本と憲法9条」終了後の控室トーク『語らいタイム』では高森明勅氏が、 この朝日の論調が『戦争論』によって日本が変わった実例であり、20年前だったらこうは書かなかったはずだと指摘した。
     道場では、『戦争論』出版から20年経っても、日本の現状はちっとも変わらないという面ばかり強調されてしまったが、やはり目に見えて変わっているところもあるようだ。
     だがそれでも往生際悪く、1965年の国交正常化の際の日韓基本条約・請求権協定で「完全かつ最終的に解決」したといっても、 「個人請求権」は存在していると言っている者もいる。
     衆院外務委員会で共産党の穀田恵二が、日本政府も個人請求権の存在を認めて来たのではないかと質問、これに河野太郎外相が 「個人請求権が消滅したと申し上げるわけではございません」 と答弁したら、それを韓国・ハンギョレ新聞が鬼の首でも取ったかのように書いていた。
      だが、個人請求権は消滅していないというのは以前からの政府見解で、別に「不都合な真実」ではない。
      請求権協定によって、日本は韓国に「経済協力金」の名目で、無償で3億ドル、有償で2億ドル、民間借款で3億ドル、合計8億ドルを支払っている。当時の韓国の国家予算の2.3倍、今の貨幣価値では1兆800億円 に相当する額である。そして、この経済協力金には個人に対する補償も含まれている。
     韓国政府は個人に対する補償金も一括して日本から受け取り、それを国内で分配するとしていた。 ところが韓国政府はその経済協力金を産業育成に投じ、個人への補償に十分回さなかったために不満が沸いていたのだ。
      つまり、個人請求権は消滅していないが、その請求先は日本政府ではなく、韓国政府なのである。
     しかも、経済協力金に個人への補償が含まれていることは、かつて韓国政府も認めており、 さらに現大統領の文在寅はその政府見解のとりまとめに深く関わった張本人なのである。
  • 「反知性ワードに動揺する弱い個じゃダメだ」小林よしのりライジング号外

    2018-11-13 18:10  
    100pt
    『戦争論』を出版して20年、これまで左翼から何回 「ネトウヨの生みの親」「歴史修正主義」 という言葉を浴びせられたかわからない。
     だが、そもそも本当に『戦争論』がネトウヨを生んだと言えるのか、「歴史修正主義」とはどういうもので、それに『戦争論』が該当するのかといった根拠を論理的に示した上でこの言葉を使ったケースには、まだ一度も出会ったことがない。
    「ネトウヨの生みの親」も、「歴史修正主義」も、根拠もなくただネガティブなイメージだけを刷り込むための「思考停止ワード」である。
     言ってみれば子供が「お前の母ちゃんデーベーソ!」と叫んでいるのと何一つ変わらない、論理を完全に放棄した 「反知性ワード」 なのである。
     ネトウヨもネトサヨも全く同じで、誰かを攻撃しようとしたら、ものすごく単純な「思考停止ワード」のレッテル貼りをする。
     ネトウヨはわしを含めて気に食わない相手には、誰彼構わず「サヨク」だの「チョーセン人」だのという「思考停止ワード」を浴びせて罵倒する。ただ、特にわしに対して「ネトウヨの生みの親」や「歴史修正主義」のように攻撃力のあるワードは編み出していないから、ネトサヨよりもネトウヨの方がもう一段レベルは低いのかもしれない。
      なぜ右も左も思考停止ワードを使うのかというと、それは、論理では戦えないからだ。
      どっちも知性ゼロで、論理では絶対に勝てないから、根拠のない負の言葉を貼り付けて軽蔑し、イメージダウンを図るという手段しか取れないのだ。
      ところが世間の人間というものは不思議なことに、こんな単純な手段にいとも簡単に引っかかるのである。
     そのレッテルは正しいのだろうかと疑問を持つ者もいない。それじゃあ小林よしのりという人は、実際にはどんなことを言っているのだろうと自分で確かめてみる人もいない。
     ただ、小林よしのりとはそんな言葉をぶつけられて、軽蔑されている人なのかと思うだけなのだ。
     いくらこっちが論理で説いても、右も左も議論から逃げ、ただ悪いイメージがつく反知性・思考停止ワードを貼り付けるだけという攻撃をしてくる。
     そもそも「ネトウヨの生みの親」という言葉は、朝日新聞が何度も使った。
      朝日新聞がそう言えば、その言葉のみで、左翼は『戦争論』を読みもせず、何も考えもせずに、そういうものだと結論付けてしまう。
     かつてシールズの学生と対談したら、いきなり面と向かって「ネトウヨを生み出したことを謝れ」と責めてきたが、この学生は『戦争論』を読んでもいなかったはずだ。
     実はその対談には、シールズの学生がもう一人参加する予定だった。そのツイッターを時浦が追跡したところ、その学生は対談前夜、律儀にも『戦争論』を読んでいたが、読んでみて、これはとても勝てないと怖気づいた様子で、当日ドタキャンしていたそうだ。
      どんなにネガティブな単語を貼り付けられようと、わしが何を主張しているのかを理解している本当の読者ならば、そんなものに動揺するはずがない。
     右も左も、わしの読者のことを 「小林よしのり信者」 と呼ぶが、これなんかはまさにネガティブイメージを貼り付けるためだけの反知性ワード・思考停止ワードである。
      ところが実際には「信者」の単語に動揺して、そうは言われたくないと思ってしまう人が出てくる。
     ゴー宣道場の門下生にも「自分は信者じゃない」と言い出す人がいるのだが、実はそれはもう、その時点で罠に嵌っているのだ。
  • 「民主主義国家ではジャーナリストが謝罪なんかしない」小林よしのりライジング Vol.291

    2018-11-06 19:45  
    150pt
     シリアで反政府武装集団に3年もの間監禁されていたフリージャーナリスト・安田純平氏が解放され、帰国したが、するとまたもやネトウヨどもが「自己責任」を唱えてバッシングし始めた。
     わしがこれをブログで 「安田純平氏をバッシングするヘタレ虫ども」 と批判したら、(https://yoshinori-kobayashi.com/16823/)、ネトウヨどもはわしの4年前のブログ 「後藤さんはプロなのだから自己責任だ」 (https://yoshinori-kobayashi.com/6780/)を引っぱり出してきて、 「小林は、フリージャーナリストの後藤健二氏が殺害された時は『自己責任だ』と言っていた、ダブルスタンダードだ!」 と騒いでいたらしい。
     度外れた馬鹿である。馬鹿は死ななきゃ治らないと昔から言われているが、その言葉に尽きると、しみじみ情けなくなるのがネトウヨの腐乱脳みそである。
     そもそもこの件で「自己責任」という言葉を使うこと自体には、別に問題があるわけではない。
     プロの戦場ジャーナリストは誰だって、自分の意思で危険地帯に入っている。自分の身は自分で守るのが原則であり、たとえ命を落とすようなことがあっても、誰のせいでもない。「自己責任」だ。そんなのは当たり前のことである。
     だから後藤健二というジャーナリストが殺されても「自己責任」であり、国家のせいでも、誰のせいでもない。
     他方で、日本国の国民には 「基本的人権」 が保障されると憲法には書かれている。
      憲法は国民から国家権力への命令書である。
      憲法に書いてあるということは、権力は国民から「基本的人権を守れ」と命令されているのであり、国家は自国民であればどんな人でも守らなければならない。
      その国民個人の思想信条などは関係なく、反権力の人でも等しく守らなければならないのだ。
      だから、この場合に権力者が絶対に「自己責任」という言葉を使ってはいけないことは、言うまでもない。
     それが「立憲主義」の基本であり、 「自己責任で、勝手に行ったのだから、政府は守る必要はない」「政府に迷惑をかけた」「国民に謝罪しろ」 と言うネトウヨは「立憲主義」を知らない腐乱脳の馬鹿どもなのだ。
     橋下徹はツイッターで、安田氏の取材活動について、 「単に自分自身が現地に行ったというところにしか価値がない。それなら世界の報道機関が報じているもので十分だ」 とこきおろしている。
     安田氏の取材活動には、ジャーナリストとして価値のある成果があったのかと疑問を呈しているわけだが、これはただの難癖にすぎない。
      戦場ジャーナリストが価値のある仕事の成果を挙げられるかどうかなんて、実際に危険地帯に入ってみなければわからない。そこはバクチであり、どんなに腕のあるジャーナリストだって、大ネタをつかめるかどうかは運次第なのである。
     それに、少なくとも今回の安田氏の活動によってわかったことはたくさんあり、十分な成果があったといえる。
      現地では「人質ビジネス」が拡大していて、100人もの人質を収容する建物まであるということ、各組織から身柄を預かり、人質の世話を受託するビジネスが成立しているという驚くべき事実が明らかになった。これだけでも安田純平氏の体験取材は大成果だと言える。
     人質になるとどんな目に遭うのか、どんな虐待があるのかも、得難い情報である。
     また、安田氏解放のための身代金を払ったのはカタールだが、なぜカタールの国が身代金を支払ったのかという事情も見えてきた。