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タグ “清貧” を含む記事 2件

夢の生活ブックガイド。

 前の記事でも書いた通り、ぼくには充実した生活を送りたいという野望があります。  しかし、充実した生活といっても、それだけではいかにもあいまいで、捉えどころがない。具体的にどういう暮らしを行えばいいのか。  ぼくはなんでも本から入る人なので、色々な本を読んでいます。  まず、理想の生活の第一は「働きたくないでござる」ということ。  いや、労働とかしたくないですよね! いかにして働かないで生きていくかと考えると、ニート系の本と出逢います。  代表的なのはPhaさんの『ニートの歩き方』や『持たない幸福論 働きたくない、家族を作らない、お金に縛られない』。  働かないままで楽しく豊かに生きていくための知恵が記された本です。  ぼくはとっても共感するのですが、それでは自分が真似できるかというと考え込んでしまいます。ある種、ぼくの理想の生き方が綴られた二冊。  あと、より具体的な「働かない生活」の指南書としては、ファイナンシャルプランナーがひきこもりのままでも生きていける人生プランを考えた『ひきこもりのライフプラン――「親亡き後」をどうするか』もあります。  一生ひきこもりのままでどうやって生きていくかが書かれた本なので、とても具体的に参考になります。ぼくも一生ニートを続けようと思っているので、素晴らしい本ですね。  ニートを「若隠居」ととらえた本としては、『20代で隠居 週休5日の快適生活』があります。  20代で早くも「隠居」して、気ままな生活を送っている著者の人生録です。ぼくの場合は「週休7日」なのですが、それでもなかなか参考にできます。  日々、最低限の収入だけ稼いで暮らす男を描いた『稼がない男』はとてもいい本です。  年収わずか100万円ちょっとというほんとうにわずかな金銭収入を計画的に使い、幸せに生きていっている様子を見ると励まされます。  『減速して生きる:ダウンシフターズ』という本もあります。  これは人生を「ダウンシフト」してゆっくり生きることのススメ。スローライフにあこがれながら忙しく生きることにも惹かれるぼくとしては共感しつつも、やや反感も感じる本です。  より具体的にお金のことが書かれた本としては、『年収100万円の豊かな節約生活術』が参考になるでしょう。  年収100万円だけでもじっさい豊かに生きていけるということが豊富な実例とともに記された良書だと思います。  もう少し緩めの節約生活指南書としては『年収200万円からの貯金生活宣言』もいいと思います。  また、具体的な節約の役には立ちませんが、思想的な参考にするためには年収300万円で暮らすことを薦める『プア充 高収入は、いらない。』もいいかもしれません。  さらに究極まで行ってしまうと、『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』に書かれているような「豊かなホームレス生活」が視野に入ってきます。  いざというときはホームレスでも生きられるということは憶えておくといいかも。  より切実なドキュメンタリーとしては、一時的にホームレス状態に陥った作家が記した魂の記録『ホームレス作家』もありますね。  これは、書かれた当時は「特殊な人の特殊な体験の記録」だったのですが、最近の不況によって「だれにでも起こりえること」というリアリティを感じ取れるようになってきました。恐ろしい時代です。  しかし、まあ、そうはいってもやっぱり家は欲しいよね、ということで、安く家を作る方法も知りたいところ(ぼくはこのまま実家暮らしを続けるつもりですが)。  『Bライフ 10万円で家を建てて生活する』はなんとわずか10万円(!)でともかくも家を建ててしまった人の記録。いや、こういう人もいるんですねえ。  もう少しちゃんとした家が欲しいという場合は、『セルフビルド―家をつくる自由』が参考になるかもしれません。自分で家を作る方法について書かれた本です。  さらに、どうせなら「隠れ家」も欲しいというぼくのような空想家には『かわいい隠れ家』が考える材料をくれます。  また、『大人が作る秘密基地 屋外、ツリーハウス、リノベーション、シェアオフィスまで』といった本も読んでみるとわくわく感がつのることでしょう。秘密基地! いいですよね。ぼくも欲しい。  しかし、大きな家を建てることは財政的にむずかしいという場合は『スモールハウス』を読んで小さな家を構想してみるのもありでしょう。  『二畳で豊かに住む』を読むと、日本人が昔から狭い空間を苦にせず暮らしてきたことがわかります。  ぼくも「狭さ」はまったく苦にならないほうなので、こういう暮らしもいいかもなあ、と考えます。  また、どうせ夢の生活、理想の暮らしを考えるなら、田舎暮らしというのもいいかもしれません。  ただ、「ほんとうの田舎暮らし」は色々と苦しそうではある。そこで、『週末移住からはじめよう:田舎に小さな家をもつ2拠点ライフ』や『週末は田舎暮らし ゼロからはじめた「二地域居住」奮闘記』に書かれている「なんちゃって田舎暮らし」もいいと思うのです。  田舎と都会に複数の拠点を持つ他拠点生活には惹かれますね。まあ、ぜいたくという気もしますが、考えるだけならタダ。せいぜい妄想を膨らませることにしたいと思います。  もう少し本格的にやりたい場合は『フルサトをつくる』が役に立つかも。  田舎に自分でかってに「フルサト」を作ってしまおう!という本で、読んでいると、ああ、いいかもなあ、などと思えてきます。  まあ、フルサトを作るためにはある程度のバイタリティが必要でしょうが……。  田舎暮らしまで行かなくても、家庭菜園などを楽しみたいという気もします。  古来、「晴耕雨読」は最上の生き方とされてきました。それを実現させるために、『半農半Xという生き方』、『シティ・ファーマー:世界の都市で始まる食料自給革命』といった本は考える材料を提供してくれると思います。  「半農半X」とは「農業」をやりながらべつの仕事(「X」)も行うという生き方のことで、本格的に農業に乗り出すつもりはないぼくには役立ちそうな内容です。  『シティ・ファーマー』のほうは各国の都市部での菜園が描かれています。  一方、ぼくは「農」だけではなく「猟」にもあこがれを抱いたりします。  『ぼくは漁師になった』はこのジャンルで名著として知られる一冊。  『わたし、解体はじめました ─狩猟女子の暮らしづくり─』は賛否両論ながら個性的な「狩猟女子」を描く一冊です。ちょっと衝撃的な内容となっています。  さて、こうやって理想的な人生を追い求めていくと、最終的には「禅」あたりにたどり着きそうです。  その世界を知るにあたっては、たとえば『「見えないもの」を大切に生きる』がわかりやすいでしょう。  『禅的生活ダイエット』もなかなかいい本です。  シンプリズム、ミニマリズムという考え方からすると、『シンプルに生きる』も非常に参考になる内容だといえます。  ぼくはたとえば良寛の清貧な生き方に惹きつけられるのですが、真似できるかというとむずかしそうですね。  あるいは、こういう 

夢の生活ブックガイド。

ひとはなぜこうも正義に酔い、極論に走るのか。

 『減速して生きる ダウンシフターズ』という本を読む。  人生のギアを下げ、「減速」して生きる人々・ダウンシフターズについて書かれた本だ。  といっても、インタビュー集のようなものではなく、ほぼ著者の生き方が淡々と綴られているだけである。  否応なくダウンシフトして生きているぼくは非常に共感するところもあるのだが、一方で著者の主張が素朴すぎるように思えて苛立つところもあった。  戦争反対、環境優先、無農薬の美味しい野菜を、といった主張のひとつひとつはたしかに正論なのだが、それが全部合わさるとどうにも胡散くさく感じられてしまう。  あまりにもきれいすぎる理屈であるため、現実を無視しているように感じられてしまうのだ。  人生のダウンシフトは悪くない考えだと思うが、それを経済とか政治の問題とダイレクトに結びつけてしまうと、どうにも違和を覚えずにはいられなくなる。  ダウンシフトのほかにも、シンプルライフとか、スローライフとか、ロハスとか、清貧とか、プア充とか、貧乏道とか、「お金を使い過ぎない生活」を称揚した言葉は多い。  それらは往々にして「物質文明からの解放」や「持続的でない資本主義サイクルからの脱出」をうたっている。  しかし、ぼくはそこにどうしようもなく欺瞞を感じ取ってしまう。  それは人間のきれいな一面だけを切り取ってそこだけを称える思想であるように思えてならないのである。  ダウンシフト、シンプルライフ、プア充、いずれも大いにけっこうだとは思うが、行き過ぎると巨大な欺瞞を抱え込むことになるのではないか。  昔から思っていた。どうしてひとはこう極端に走るのだろう、と。  以前、タバコについて記事を書いたことがある。  どうして愛煙家と嫌煙家はああも不毛な議論を続けるのだろうかという疑問について書いたつもりだった。  愛煙家は嫌煙家を「禁煙ファシスト」と呼び、嫌煙家は愛煙家を「ニコチン漬けの哀れな病人」と決めつける、その構図にぼくは深刻な疑問があったのである。  その記事はどうやら愛煙家を擁護するものと受け取られたらしく、その文脈で賛否両論があったが、ぼくがいいたいのはそういうことではなかった。  ある人が愛煙家でも嫌煙家でもべつにかまわない。それぞれの人にそれぞれの立場があることだろう。  ただ、それならなぜ、少しでも相手の立場に立って相手寄りの姿勢で考えることができないのか。  なぜ、これほどまでに相手を軽蔑し、憎悪し、レッテルを貼り、一方的に攻撃しなければならないのか。  そうぼくは問いたかったのである。  タバコに限らず、憲法問題でも原発問題でも環境問題でもそうだ。  それらはそもそも 

ひとはなぜこうも正義に酔い、極論に走るのか。
弱いなら弱いままで。

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海燕

1978年新潟生まれ。男性。プロライター。記事執筆のお仕事依頼はkenseimaxi@mail.goo.ne.jpまで。

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