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田中ユタカ入魂の最新作、美少女エッチ漫画の王道を往く『初愛』を貫く肯定の信念。(1314文字)

 田中ユタカ『初愛』、『初愛2』を読み終えた。これはちょっともう、素晴らしいね。『愛人』、『ミミア姫』を経た田中ユタカ、貫禄の「美少女エッチ漫画」である。  田中はもともと胸焼けがするほど甘ったるい「ラブラブエッチ漫画」の描き手だった。作者自ら「同じようなもの」と呼ぶまさに変わりばえしないラブストーリーを、延々、数十作(もっと?)も描いているはずだ。  その、ちょっと男性向けエロ漫画のイメージとはかけ離れた暴力性のかけらもない世界は、ある種、無二の存在感を持っていた。しかし、田中は『愛人』で一時、エロ漫画を離れ、ほろび行く世界を描くことに没頭した。  そうしてできあがった『愛人』は素晴らしい作品だった。完結までに長い時間がかかったが、まさに待つだけの甲斐がある作品に仕上がっていた。あえて分類するなら「セカイ系」ということになるのかもしれないが、ただそれだけのものではなく、世界の肯定と戦いの信念が描かれた傑作だった。  続く『ミミア姫』は、エンターテインメントとしては際立って抽象性が高い作品だった。田中ユタカは「美少女エッチ漫画」を卒業してはるか前人未到の領域にまで到達したように見えた。しかし、いま、かれは「美少女エッチ漫画」に帰ってきた。『初愛』はその成果の結晶である。  感嘆のあまり、言葉もない。際立ったアイディアがあるわけではなく、重厚な物語があるわけでもない。何組かの恋人たちの「始めてのセックス」を短編の形で描いた、ただそれだけの漫画。それなのに何か圧倒的なものに出逢った感動を感じるのはなぜなのだろう。突き詰めて行けば「美少女エッチ漫画」はここまで到達することができるのだという、その感動だろうか。  

田中ユタカ入魂の最新作、美少女エッチ漫画の王道を往く『初愛』を貫く肯定の信念。(1314文字)

地上5センチメートルの寓話『草原の椅子』に魅了される。

 映画『草原の椅子』を観て来ました。原作は宮本輝。主演は佐藤浩市。まあ、大人向きの映画ですね。ぼくもこういう映画を見に行くようになったか、と思うとなかなか感慨深いものがある。  帰りにはちょっとお高い寿司屋で寿司など頬張ってきたのですが、こういうことやっているとほんとに大人みたいだという気がする。まあ、いいかげん大人になっていないといけない歳なんですけれどね……。来年35歳。土方歳三が北海道で戦死した歳です。うーん。  映画と関係ない方向に話が進んでしまった。この映画は、ある壮年の男ふたりと女性ひとりが、偶然に知りあった四歳の子供と関係を築いていく物語です。四人は最後には何者かに導かれるように「世界最後の桃源郷」といわれる土地フンザに赴くことになるのですが、この場面はじっさいにフンザでロケをして撮影したのだとか。  見どころといえばそのフンザの荒々しくも峻険な自然ということになるのかもしれませんが、やはり人間ドラマのほうに目が行きます。監督は『八日間の蝉』の成島出で、丹念にひととひとの心の綾を描いていきます。  といっても、リアルなストーリーというよりは、これはファンタジーですね。あまり現実感はなく、地上から5センチばかり浮揚しているようなエピソードの連続に思えます。  そもそも主人公である佐藤浩市演じる遠間と、冨樫がある出来事をきっかけに50歳にして親友になる、という話がどこか現実離れしている。ふつうはサラリーマンと取り引き先の社長がこんな簡単に胸襟を開きあう関係になれないよな、と思ってしまうのです。  あとまあ、四歳の子供を虐待する親たちも、あまりといえばあまりな描写ではある。こちらはまあ、「現実にこんなひどい親はいない!」といい切れない辺りが哀しいところですが、とにかくいっそユーモラスなほどのひどさの描写になっています。  小池栄子の怪演が実に光っていますね。リアリティよりも寓話性を意識しているのでしょう。その演出は効果を挙げていると思います。公式サイトにも「大人のための素敵な寓話が誕生した。」って書いてあるし。  ちなみにこの公式サイト、何を考えているのか話が結末まですべて書いてあるのでびっくりしてしまいました。これから映画を観る可能性があるひとは公式サイトは見に行かないこと。  それはまあ、サスペンスが売りの作品ではないけれど、一応は結末まで気を揉むところをあらかじめ書いてしまうのはルール違反だと思うぞ。いやあ、映画を観に行く前にこのサイトを見なくて良かった。  そのほかは、まあ、いい映画です。ラストのフンザの荒涼たる砂漠を四歳の少年が駈けるシーンが実に素晴らしい。四歳にして人生の哀しみを知っている子供が、その哀しみも嘆きも、すべてを振りきってひとり、駈けていく。そんな場面。  

地上5センチメートルの寓話『草原の椅子』に魅了される。

巨匠、貫禄の傑作。リチャード・マシスン『奇術師の密室』を読む。(2016文字)

 あの事件をありていにいうなら、どうなるか。受難劇かと訊かれたら、多少は、と答えるしかない。奇談? もちろんだ。恐怖劇? 惜しい。愛憎劇? そりゃもう。ブラックコメディ? それは見方しだいだろう。まあ、そういったもののごちゃまぜだ。  一九八〇年七月十七日の午後に、あの屋敷で起こったことについては、奇妙奇天烈といっておけば、まちがいない。  では、話に入るとしよう。これからはじまるのは、欲と冷血、恐怖と略奪、サディズムと殺人――  そしてアメリカ式の愛の物語だ。  リチャード・マシスンの名前をご存知だろうか。直接には知らなくても、スピルバーグが映画化したサスペンス小説『激突!』の作者といえば、ああそうか、とうなずかれる方も多いかもしれない。  SF、ホラー、ミステリ、サスペンス、とジャンルを股にかけて活躍する娯楽小説の巨匠である。『奇術師の密室』は、そのマシスンが齢七十を超えて書き上げた本格推理小説。  普通、どんな作家でも、歳を取ればそのしるしが作品にもあらわれるものだが、どうしてどうして、本書を読む限り、マシスンの手際に衰えは見えない。それどころか、この作風の若々しさはどうだろう。全編稚気と諧謔に満ち、最後の最後まで展開を予想させない、その技巧はまさに魔術的。巨匠、貫禄の一作である。  本書の語り手を務めるのは、かつては「偉大なるデコラート」として一世を風靡した奇術界の大物、エミール・デコラート。ありとあらゆる騙しの技をきわめ、満場の聴衆を手玉に取ったかれも、いまは脱出マジックの失敗がたたって植物人間の身の上。  意識は曇りもなく鮮明だが、指一本動かすこともできない。この老デコラートの目の前で、凄惨な殺人奇術の幕が開く。  主な登場人物は、老デコラートを含めてわずか6人。かれの名前を継いだ息子マックスと、マックスの不貞な妻カサンドラ、カサンドラの不倫相手でもあるマネージャーのハリー、カサンドラの弟ブライアン、そして保安官のプラム、それですべてである。  事件はマックスがハリーを呼び出してかれをいたぶるところから始まる。ハリーが自分を裏切っていることを知ったマックスは、得意の魔術の技でかれを翻弄し、あげくの果てにカサンドラの目の前で毒を飲ませる。  抵抗も虚しく倒れるハリー。カサンドラは保安官を呼び、マックスを告発するのだが、かれは余裕綽々、たしかにハリーを殺したのは自分だ、そしてその亡骸はこの「マジック・ルーム」のどこかにある、見つけ出してみせろと挑発する。  死体を持ち去る時間がなかった以上、その言葉には信憑性がある。カサンドラと保安官はさっそく死体さがしを始めるが、敵は奥義をきわめた天才奇術師、場所はさまざまな仕掛けがほどこされたマジック・ルーム、かれらはマックスの掌の上で踊らされることになる。  はたしてハリーのからだはどこに隠されているのか? そしてマックスの真の目的は何なのか? すべてを目撃しながら口をはさむことができない老デコラートの目の前で、事件は予想外の方向へ転がりつづけていく。  

巨匠、貫禄の傑作。リチャード・マシスン『奇術師の密室』を読む。(2016文字)
弱いなら弱いままで。

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海燕

1978年新潟生まれ。男性。プロライター。記事執筆のお仕事依頼はkenseimaxi@mail.goo.ne.jpまで。

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