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勝負漫画にリアリズムの時代がやって来た。(1826文字)

 あいも変わらず漫画の話ばかりで申し訳ありませんが、一色まこと『ピアノの森』がようやくクライマックスを迎えている。きわめて遅々としてしか進まない作品なので、ここに来るまで実に長かったのだが、ついにショパンコンクールも大詰め、主人公一之瀬海の演奏が披露されているのだ。  この作品はいわゆる「天才漫画」に属するだろう。海は各国屈指の才能たちが集まるショパンコンクールのなかでもずば抜けた天才で、その演奏はライバルたちに脅威と驚異を感じさせる。  おもしろいのは、海が格別のバックグラウンドストーリーを持っていないこと。いや、ほんとうは「手を怪我していて、このコンクールで優勝しないと治療してもらえない」という設定があったのだが、いまではそれもどこかへ吹き飛んでしまった。  海は「幼い頃不幸な経験をしてそれをバネにして才能を開花させた」といった物語を背負っていない、いわば「純粋天才」なのだ。一方、あきらかにそういったドラマツルギーを背負っていたのが海の最大のライバル、パン・ウェイである。  かれは幼少期、みじめで絶望的な生活を送っていたところをある大富豪に買われてピアノをひかせられるという壮絶な過去を持っている。ほんとうならかれが主人公であってもおかしくないくらい濃密な物語がパン・ウェイには設定されているわけだ。  しかし、その負の情念は演奏直前、心の師である阿字野に出逢ったことで解消される。パン・ウェイは阿字野と出会えた喜びをそのまま演奏に託し、いままでのパン・ウェイを乗り越えるピアノをひいて観客と審査員たちを驚かせるのだ。  長い物語の感動のフィナーレ。「物語力学」からいえば、このままパン・ウェイの優勝でもおかしくない展開といえるだろう。だれよりも凄絶な過去を背負っている人間が、その過去を乗り越えて演奏する、という最高の物語が繰り広げられたのだから。  しかし、どうも『ピアノの森』はそういう作品じゃないようなのだ。パン・ウェイはたしかに最高のドラマを演じはしたけれど、そのパン・ウェイの演奏ですも至純の天才である海のピアノには及ばないという描写になっている気がする。  何となく「ピアノの演奏に、どんな過去を背負っているとかは関係ない。すべてはそれまで積みあげてきた才能と努力が決する」といわれているような気がする展開である。  これだと、しょせん圧倒的な才能にはどうあがいても敵わないといわれているようなものなので、格別の才能に恵まれていない凡人としては「ぐぬぬ」と思ってしまうのだけれど、同時に「まあ、現実はそんなものかもしれないな……」という気もする。  本番の前に何かしらのドラマを積み上げて積み上げて、そのドラマが濃密なほうが勝つ、という展開はスポーツ漫画なんかでもよくあるものだ。ペトロニウスさんがたまに名前を挙げる塀内夏子さんの作品なんかがそうだ。  しかし、現代のスポーツ漫画はそういう「物語力学重視」の内容からまたちょっと変わっているようにも思える。たとえば『ベイビーステップ』や、先日も名前を挙げた『BE BLUES』なんかを読んでいると、いくら濃密なドラマを背負っていても、負ける時は負けるものだ、という描写なのである。  

勝負漫画にリアリズムの時代がやって来た。(1826文字)

『まおゆう』の作者による異世界料理漫画『放課後のトラットリア』がおもしろい。(1274文字)

 橙乃ままれ&水口鷹志『放課後のトラットリア』読み終わりました。メテオコミックスという聞きなれないレーベルですが、原作が『まおゆう』、『ログ・ホライズン』の橙乃ままれと来たら買わずにはいられません。  ジャンルは『まおゆう』と『ログホラ』に続いて今回もやはり異世界ファンタジー。同じジャンルで三作目となると、いいかげん趣向を変えて来る必要性があるわけで、今回のテーマは「料理」。  ある意味、異世界ファンタジー版『美味しんぼ』みたいなところがありますが、そのヴィジョンはより広く、人類(カエル人間とかも出てくるけれど)にとって料理が何を意味するのか、美味しい料理がどれほど偉大なものか、というあたりにあるようです。  物語はある日、主人公の女の子四人組がなぜか異世界に召喚されるところから始まるのですが、ここらへんはまあ、「お約束」のひとことで済ませてしまってもいい。異世界に落ちたあと、いつ帰れるともしれない生活にあっというまに順応してしまった四人は、いまひとつ美味しくない料理を改善するべく立ち上がったのだった!というのがだいたいのあらすじ。  料理に関するうんちくも盛りだくさんで、楽しめます。これは作画を担当している漫画家さんもうまいのだろうけれど、まあとにかくあいかわらず語り口が達者。物語の河がよどまずたゆまず、すらすらと流れていくのは気持ちいいですね。  このストーリーテリングの才能は天与の部分が大きく、できるひとはできる、できないひとはどうあがいてもできないもののようです。ままれさんはさすがにうまいなあ。アイディアとしては「小説家になろう」によくあるパターンに過ぎないのだけれど、その語りの巧みさが全然違う。  

『まおゆう』の作者による異世界料理漫画『放課後のトラットリア』がおもしろい。(1274文字)

オタクがハッピーに生きられる条件とは何か? 鈴木みそを読んで考える。

 鈴木みそ『限界集落温泉』全4巻、いっきに読み終えました。いやー、おもしろかった。ちなみにAmazonで電子書籍版を購入したので、4冊で1300円。個人的には十分もとが取れる価格でした。  やっぱり第1巻が100円だと買ってみる気にもなるし、それがおもしろければ続刊も合わせて買っちゃいますよね。初巻を安くするのは作家にとっては冒険なのでしょうが……。  さて、このタイトルからはわからないでしょうが、この漫画は「オタクによる地方興し」のお話です。ある寂れた温泉にひとりの敏腕な企画屋とネットアイドルが流されてきて、というところから始まる温泉宿再興の物語は、荒唐無稽でありながらどこかリアルで、「いまの時代、ひょっとしたらこういうこともありえるかも」と思わせる出来となっています。  この作品が電子書籍で刊行されたことによって作者の懐には相当額のお金が入った模様で、やはり電子書籍はうまくやれば可能性があるんだなあ、とあらためて思わされます。  読者が安く変えて、作者には多額の印税が入る。それが電子書籍ドリームの最高の形であるわけですが、この作品はそれをある程度達成してしまっているように思えます。  レスター伯も書いているように(http://earlofleicester.hatenablog.com/entry/2013/02/22/235525)、作中には「エンターテインメントでお金を得るのはもう無理」という言葉が出てくるにもかかわらず、作者が作品をネットを通じて金銭的利益に繋げてしまっているという事実がちょっと愉快ですね。  そう、この作品全体において「エンターテインメントのマネタイズ」がひとつのテーマになっています。主人公が手を変え品を変えオタクたちからお金を絞り上げようとする企画屋であることもあり、「エンターテインメントがお金にならなくなった時代において、いかにしてオタクの楽園を築きあげるか?」という問題が一貫して作中には存在しています。  

オタクがハッピーに生きられる条件とは何か? 鈴木みそを読んで考える。

田中芳樹『奔流』を読む。(1131文字)

■生放送告知http://live.nicovideo.jp/watch/lv1281138613/2(土) 21:00~「小説家になろう」ニコ生 歴史は一本の河である。ときに凪ぎ、ときに荒れながら、ただはてしなくながれていく。血が河面を赤く染めることもある。後世のひとは、そんな哀しみの時代を指して乱世と呼ぶ。  三世紀から六世紀にわたるいわゆる魏晋南北朝時代は、中華帝国の長い歴史のなかでも屈指の乱世にあたるだろう。この頃、中国は南北に分裂し、まとまることがなかった。  もちろん、統一しようとする意思そのものは存在し、しばしば人馬の奔流と化して北から南へ押し寄せ、そのたびに死闘を生んだ。そんな死闘のひとつに鐘離の戦いがある。南朝梁がまだ建国まもない頃、北朝魏はその数、80万におよぶ大軍を編んで梁に攻め入った。  守る梁軍は30万。はたしてかれらはいかにして圧倒的な奔流を食い止めたのか? 田中はこの地上最大の大軍が淮河のほとりにに敗れ去るまでを、丹念に描き出していく。  ちなみに、この数十年後を舞台とする梁亡国の物語が「長江落日賦」であり、その後日談が「蕭家の兄弟」ということになる。そしてそのさらに後、隋の時代のことは『風よ、万里を翔けよ』で語られている。  歴史は一本の河であり、ひとつの物語はかならずほかの物語へと続いている。優れた歴史小説はそんなことを思い出させるものだ。しかし、とりあえず『奔流』に話を限ることにしよう。  本書の主人公は陳慶之という青年だ。この物語が始まる年に、かれは若干23歳、しかし、既に梁国の将軍の地位にある。寒門の出身でありながら、その才能を見出され、栄達したのだ。驚くべきことに、この陳慶之は実在の人物である。  

田中芳樹『奔流』を読む。(1131文字)
弱いなら弱いままで。

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海燕

1978年新潟生まれ。男性。プロライター。記事執筆のお仕事依頼はkenseimaxi@mail.goo.ne.jpまで。

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