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記事 19件
  • 田中芳樹『奔流』を読む。(1131文字)

    2013-02-27 23:29  
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    ■生放送告知http://live.nicovideo.jp/watch/lv1281138613/2(土) 21:00~「小説家になろう」ニコ生 歴史は一本の河である。ときに凪ぎ、ときに荒れながら、ただはてしなくながれていく。血が河面を赤く染めることもある。後世のひとは、そんな哀しみの時代を指して乱世と呼ぶ。
     三世紀から六世紀にわたるいわゆる魏晋南北朝時代は、中華帝国の長い歴史のなかでも屈指の乱世にあたるだろう。この頃、中国は南北に分裂し、まとまることがなかった。
     もちろん、統一しようとする意思そのものは存在し、しばしば人馬の奔流と化して北から南へ押し寄せ、そのたびに死闘を生んだ。そんな死闘のひとつに鐘離の戦いがある。南朝梁がまだ建国まもない頃、北朝魏はその数、80万におよぶ大軍を編んで梁に攻め入った。
     守る梁軍は30万。はたしてかれらはいかにして圧倒的な奔流を食い止めたのか? 田中はこの地上最大の大軍が淮河のほとりにに敗れ去るまでを、丹念に描き出していく。
     ちなみに、この数十年後を舞台とする梁亡国の物語が「長江落日賦」であり、その後日談が「蕭家の兄弟」ということになる。そしてそのさらに後、隋の時代のことは『風よ、万里を翔けよ』で語られている。
     歴史は一本の河であり、ひとつの物語はかならずほかの物語へと続いている。優れた歴史小説はそんなことを思い出させるものだ。しかし、とりあえず『奔流』に話を限ることにしよう。
     本書の主人公は陳慶之という青年だ。この物語が始まる年に、かれは若干23歳、しかし、既に梁国の将軍の地位にある。寒門の出身でありながら、その才能を見出され、栄達したのだ。驚くべきことに、この陳慶之は実在の人物である。
     
  • 幻想と奇跡の短篇集。スティーヴン・ミルハウザー『イン・ザ・ペニーアーケード』の風景。(1257文字)

    2013-02-25 20:31  
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     スティーヴン・ミルハウザーの短篇集『イン・ザ・ペニーアーケード』を読んだ。
     ある晴れた冬の朝。少年が目を覚まし、何気なく窓の外を覗いてみると、そこに奇跡の光景が広がっている。昨夜目にした景色がどこにもない。真夏のような青空の下、見渡すかぎり広がるのは、うねる波までそなえた白銀の海。雪が降ったのだ。
     その歳の少年にのみ許された歓喜につらぬかれ、うきうきと街をねり歩く。すると街角のそこかしこに見なれない純白の彫刻が目に付くことに気づく。細部に至るまで情熱をこめて形づくられた雪の彫像。ありふれた雪だるまの次元をはるかに超えた、精緻な芸術品である。
     はじめは稚拙な雪のかたまりに過ぎなかったものが、対抗意識に駆られた模倣合戦のうちに進化したのか? あるいは、どこかの天才的なこどもが奔放な想像力のままに作り出し、ほかの者が必死にそれを真似たのだろうか? 
     いずれにせよ、それが始まり。時を経ずして雪人間は雪の動物たちへと姿を変え、二日めには雪の樹木が生み出される。冬のあざやかな陽射しを受けて、純白に照り光る雪のカエデ、雪のモミジ。ありふれた街並みのなかに、ありえないほど神秘的な雪世界が生み出されていく。
     そして三日目、遂に雪像は現実の地平を乗り越え、雪の幻獣たちを生み出すに至る。雪の有翼獅子、雪の一角獣、雪の海大蛇、幻想の博物誌にのみその名を記載されるふしぎな生き物たちが、雪の彫刻家たちによって作り出されていく。
     
  • 巨匠、貫禄の傑作。リチャード・マシスン『奇術師の密室』を読む。(2016文字)

    2013-02-23 21:26  
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     あの事件をありていにいうなら、どうなるか。受難劇かと訊かれたら、多少は、と答えるしかない。奇談? もちろんだ。恐怖劇? 惜しい。愛憎劇? そりゃもう。ブラックコメディ? それは見方しだいだろう。まあ、そういったもののごちゃまぜだ。
     一九八〇年七月十七日の午後に、あの屋敷で起こったことについては、奇妙奇天烈といっておけば、まちがいない。
     では、話に入るとしよう。これからはじまるのは、欲と冷血、恐怖と略奪、サディズムと殺人――
     そしてアメリカ式の愛の物語だ。

     リチャード・マシスンの名前をご存知だろうか。直接には知らなくても、スピルバーグが映画化したサスペンス小説『激突!』の作者といえば、ああそうか、とうなずかれる方も多いかもしれない。
     SF、ホラー、ミステリ、サスペンス、とジャンルを股にかけて活躍する娯楽小説の巨匠である。『奇術師の密室』は、そのマシスンが齢七十を超えて書き上げた本格推理小説。
     普通、どんな作家でも、歳を取ればそのしるしが作品にもあらわれるものだが、どうしてどうして、本書を読む限り、マシスンの手際に衰えは見えない。それどころか、この作風の若々しさはどうだろう。全編稚気と諧謔に満ち、最後の最後まで展開を予想させない、その技巧はまさに魔術的。巨匠、貫禄の一作である。
     本書の語り手を務めるのは、かつては「偉大なるデコラート」として一世を風靡した奇術界の大物、エミール・デコラート。ありとあらゆる騙しの技をきわめ、満場の聴衆を手玉に取ったかれも、いまは脱出マジックの失敗がたたって植物人間の身の上。
     意識は曇りもなく鮮明だが、指一本動かすこともできない。この老デコラートの目の前で、凄惨な殺人奇術の幕が開く。
     主な登場人物は、老デコラートを含めてわずか6人。かれの名前を継いだ息子マックスと、マックスの不貞な妻カサンドラ、カサンドラの不倫相手でもあるマネージャーのハリー、カサンドラの弟ブライアン、そして保安官のプラム、それですべてである。
     事件はマックスがハリーを呼び出してかれをいたぶるところから始まる。ハリーが自分を裏切っていることを知ったマックスは、得意の魔術の技でかれを翻弄し、あげくの果てにカサンドラの目の前で毒を飲ませる。
     抵抗も虚しく倒れるハリー。カサンドラは保安官を呼び、マックスを告発するのだが、かれは余裕綽々、たしかにハリーを殺したのは自分だ、そしてその亡骸はこの「マジック・ルーム」のどこかにある、見つけ出してみせろと挑発する。
     死体を持ち去る時間がなかった以上、その言葉には信憑性がある。カサンドラと保安官はさっそく死体さがしを始めるが、敵は奥義をきわめた天才奇術師、場所はさまざまな仕掛けがほどこされたマジック・ルーム、かれらはマックスの掌の上で踊らされることになる。
     はたしてハリーのからだはどこに隠されているのか? そしてマックスの真の目的は何なのか? すべてを目撃しながら口をはさむことができない老デコラートの目の前で、事件は予想外の方向へ転がりつづけていく。
     
  • 『少年マガジン』の読み切り「聲の形」を読んで吐き気を催す邪悪について考えた。(2198文字)

    2013-02-21 21:55  
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     今週号の『少年マガジン』の読み切り『聲の形』が何やら話題になっているらしい。読めといわれたので、読んでみました。うーん、ぼく的にはいまひとつ。
     作者は『マルドゥック・スクランブル』の漫画版を手がけた描き手で、本来ならこの『聲の形』がデビュー作となるところを、この作品の掲載なしで連載を始めることになったらしい。
     というのも、『聲の形』は編集部によって問題作と判断され、「これを載せてもいいのか?」という議論が起こり、一時はお蔵入りになりかけたのだとか。しかし、「この作品をぜひ掲載したい」という編集部の熱意が身を結び、最終的にはこうして掲載される運びとなったらしい。
     その理由は、まあわかる。障害者がひたすらいじめられる話だからだ。物語はひとりの少女が主人公たちの学校に転向してくるところから始まる。彼女は耳が聴こえないという障害を抱えていた。ひとと少しだけ違う彼女が、いつしか大人と子供の共謀によっていじめの被害者になっていくさまを作者は克明に描いてゆく。
     この作品のいじめの描写は、きわめてリアルというか、生々しい。そうそう、いじめってこうだよな、と思わせるだけの説得力がある。じっさいにいじめがこうであるかどうかはともかく、一本の漫画として完成された表現であるといえるだろう。
     この作品は61ページの内容だが、そのうち50ページくらいはひたすら彼女がいじめられる話が続く。その陰惨きわまりない展開はたしかにイヤになる。人間の邪悪さというものを作者はきわめて優れたタッチで描けている。そう思う。問題はその後だ。
     この吐き気を催すような物語を、どこに落着させるか? ネタバレになるからくわしいことは省いておくが(ぜひ自分で読んでみてほしい)、数年の時を経て主人公たちは再会する。そのとき、主人公の少年はいう。「あの時 お互いの声が聞こえてたら どんなに良かったか」。
     ぼくはこの台詞になんともいえない違和を感じる。これだと、まるでディスコミュニケーションがあったからいじめが起こったようではないか、と。つまり彼女の耳が聞こえないところに問題があったように思えてしまう。
     
  • 連載漫画ひきのばし、そのふたつのパターン。(2710文字)

    2013-02-19 21:05  
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     連載がひきのばされるとは具体的にどういうことなのか、という話をしたいと思います。ま、いいたいことは単純で、ようするに五話で語れることを一〇話かける、五巻で終われるものに二〇巻費やす、これが物語がひきのばされるということですよね。
     こういうことをした場合、物語の内容が変わらないとすれば、当然、一話ごと一巻ごとに詰め込まれる内容は薄まることになります。そして、自然、作品のテンションも落ちる。
     いまの漫画界、あるいはライトノベルあたりも同じかもしれませんが、とにかくその辺りではこういうことになっている作品が大量に存在するように思います。
     で、ぼくはそれは良くないことだと考えるんですね。この連載のひきのばしは漫画界をじわじわとむしばんでいるガンなのではないか。
     ここまでは、いま一定量以上漫画を読んでいるひとはほとんど賛成してもらえることでしょう。ただ、連載がひきのばされるのはいまに始まったことではないではないか、という意見もあると思います。
     『北斗の拳』を見よ、『ヒカルの碁』を見よ、いずれも連載がひきのばされたあげく終了した作品ではないか、と。
     しかし、こういった過去の例と、いま現在連載中の作品、たとえば『範馬刃牙』や『絶対可憐チルドレン』あたりでは、同じひきのばしとはいっても、その内容が違っていると思うのです。つまり、ぼくはひきのばし方にもふたつのパターンがあると考えているわけです。
     まず、どんな連載にも「それはどういう物語か」という基本コンセプトが存在します。むずかしいことではありません。『ONE PIECE』なら「ルフィが海賊王をめざす物語」、『SLAM DUNK』なら、「桜木花道がバスケットを通して成長していく物語」、といったことです。
     そしてこのコンセプトにしたがって、将来物語がたどり着くべき場面が一緒に設定されることがあります。その内実は宿命のライバルとの決戦であったり、全国大会決勝であったり、様々でしょうが、仮にその場面をA地点と呼ぶことにしましょう。たとえば『北斗の拳』におけるA地点はラオウとの決戦、ということになります。
     連載の当面の目的はこのA地点にたどり着くことなのだけれど、当然ながらそこへ往くまでのルートは色々とあるわけです。直線で進んでいく場合もあるし、迂回路を辿る場合もある。
     で、昔の漫画のひきのばし方というのは、とりあえずこのA地点まで行って、それから蛇足をもうける、というものが多かったように思います。
     『北斗の拳』は典型的な例だけれど、十数巻の辺りでラオウとの決着を描いてしまうわけです。そのあとの連載はもう蛇足としかいいようがない代物ですが、とりあえずそこまではほぼ直線で進んでいるといえる。
     対して、いまのひきのばし連載はこのA地点までのルートをひたすらに冗長化する、というものが多いように思うんですね。
     いい例が『絶対可憐チルドレン』で、超能力者と一般人の戦争が起こり、皆本と薫が対決する、というA地点は連載開始当初から設定されているのだけれど、そこにたどり着くまでが長い。とにかく長い。
     その気になればあっというまにたどり着けるだろうに、ぼくから見ると余計なエピソードを挟みこんで物語を冗長化させている。A地点にたどり着けば物語は終わるのに、なかなかそこにたどり着かない、という展開になっているわけです。
     
  • 粛々となろうを読む。『THE FIFTH WORLD』&『盾の勇者の成り上がり』。(1993文字)

    2013-02-17 21:42  
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     すでに自動で連絡が行っているかもしれませんが、このチャンネルの「動画」コーナーに自作の動画をアップロードしました。自作動画といっても当然、ぼくにそんなものを作れる能力があるはずもなく、ただニコ生の記録をそのまま上げただけの代物です。
     でも、これでタイムシフトが終わったあともニコ生を記録として残せるぜ! まあ、なぜか途中の放送40分ほどがうまく動画にできなかったのでやむを得ず前後編に分けているのですが……。
     基本的にこれからニコ生をやったときは会員限定で動画をアップするつもりなので、もし良ければ聴いてください。ほんとうはコメントもそのまま移植したほうがいいんだろうけれど、ぼくの技術力ではどうしてもうまく行かないんですよねー。
     こういうとき動画制作能力がない身でニコニコを使いこなすむずかしさを実感します。うーん、どうにかしたいなあ。
     さて、それはそうとして、今日も今日とて「なろう」で小説を読む日々です。評価が高い『THE FIFTH WORLD』を最新話まで読み上げました。もっとも、ほんとうはもっと先まで公開されていたのだけれど、書籍版刊行もあって消されたようです。今後、再アップされるかどうかは不明。
     いやー、これはおもしろい。基本的にはよくあるヴァーチャル・リアリティMMORPGものなのだけれど、デスゲーム設定ではなく、普通にRPGしているところが興味深い。となると緊迫感が薄れるようだけれど、そこは種々のSF設定でカバーしている。
     どうしても『ソードアート・オンライン』の亜流たる宿命を負っているこの手の作品として斬新な作品といえるでしょう。とにかくキャラクターが多彩にして強烈で、正義の味方から悪の化身まで、色々な人物がそろっている。
     そしてその正義も悪も、すべては仮想空間上でキャラクターをロールプレイングしているに過ぎず、現実世界に帰ればそこにはあたりまえの生活があるという設定もいい。主人公を史上最悪のプレイヤーキラーに位置づけるあたりの感覚もお見事。ぼく的に非常に好みの作品ですね。
     何より、最新話近くの展開にはびりびり来るような強烈なセンス・オブ・ワンダーがある。なるほど、そう来たか!と膝を打つ設定の開陳。読み返してみるときちんと伏線が敷かれているあたりが心憎い。
     必ずしも「なろう」らしい作品とはいえないかもしれませんが、エンターテインメントとしての純度の高さでは「なろう」の作品のなかでも傑出した一作なのではないでしょうか。
     とにかく素晴らしく狂った出来なので、未読の方にはオススメ。このまま続きが再アップされないようなら書籍版を買うかも。
     
  • Kindleで「小説家になろう」作品を快適に読む方法。(1751文字)

    2013-02-16 09:49  
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     タイトル通り、Kindle paperthiteを購入しました。某家電量販店で7980円なり。買うまでずいぶん迷ったけれど、やっぱりiPhoneで膨大な文章を読むのは目が疲れるし、iPhoneは少々画面が小さすぎる。ここは片手で持てるくらいの大きさの電子書籍リーダーがほしいところだったのです。
     ipad miniやNexus7などの7インチタブレットという選択肢も考えたのだけれど、やっぱりいっぺんは噂のKindleを試してみたいということで購入に至りました。
     Kindle paperwhiteは6インチ。日本人の手の大きさになじむ素敵なサイズです。じっさいにAmazonアカウントに接続し、クラウド上の電子書籍を落として読んでみると、たしかにこれは読みやすい。ほとんど紙の本を読むのと変わらない。
     特に暗いところで見ると、まるで印刷されているように見える。フォントサイズを調節できたりするぶん、紙より読みやすいかも。ちなみにライトが付いているので、暗いところでも問題なく読めます。便利ですね。
     使い勝手もいまのところ特に問題はないけれど、「本棚」の整理はちょっと課題かも。一画面で最大9作品しか見えないので、「本」が数千冊とかになった時には管理が大変になりそうではある。フォルダ分けしての管理もできるらしいけれど、いちいち分けるのも面倒なので、ここはなんとかしてほしい。
     まあ、でも基本的にはかなり便利です。さすがにアメリカでの評判をフィードバックしていると思われるだけの機体ではある。Kindleストアの電子書籍を読むためのデバイスとしては完成度高い。
     しかし、ぼくがKindleを買ったのは、なんといっても「小説家になろう」の作品を読みたかったから。はたしてこれでなろう小説を読めるのかどうか、まず、本体とパソコンをUSBで繋いで「なろう」から落とした『THE FIFTH WORLD』のテキストファイルを数十個、送り込んでみました。
     うむ、読める。読めるね。ただし、当然ながら横書き。行間の調節とかもうまくいっていないように見える。できれば縦書きで読みたいぼくとしては、ちょっと不満が残る。また、iPhoneのi文庫sほど気楽にファイル間を移動できないKindleでは、一ファイルを読み終えるたびに次のファイルに移るのは億劫。ここもなんとかしたい。
     もっといえばファイルを送る時、USBを繋ぐのも面倒。ほんとうはここはクラウドでなんとかしたい。Dropboxと連携できたらいいのですが、当然というか、それはできないらしい(Sony Readerはできるらしいのだけれど)。うーむ。
     まあ、そこはあきらめるとしても、縦書きと移動の手間を省くことはどうにかしないと使いものにならないぞ。ということで、悪戦苦闘の末、方法を見つけ出しました。わかってみれば簡単。
     
  • 何が欺瞞で何が真実なのか。この世界を戦場として受け止めること。(2091文字)

    2013-02-14 21:41  
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     「小説家になろう」の『無職転生』を最新話まで読み終えた。最新話近くの物語が素晴らしい。一度に数百もの感想が寄せられたという意外性のある展開だ。ここに来て物語としてのレベルが一段上がったように思える。
     この期に及んでまだ主人公が11歳というのが気になるが、もしみごとに完結までたどり着いたなら紛れもない秀作といえるだろう。ただでこれだけのものが読めるのだからありがたい。
     ほんとうに最近の展開には「そうだよ! そうなんだよ!」と膝を叩く思いだった。前回の記事で「なろう的なるもの」に欺瞞を感じていると書いたが、この展開にはその欺瞞を乗り越えようとする意思が感じ取れるように思えたのだ。
     そうなのだ。どんなご都合主義なお話でも、真摯に突き詰めていけば、真実と向き合わざるを得なくなるはずなのだ。「異世界でチートでウハウハ」なんてことにはなりえないはずなのである。
     なぜなら、その作り物の世界でもひとは必死に生きており、決してお仕着せの運命を与えられてそのレールの上を歩んでいるわけではないはずだからである。
     ヒロインにしても、決して主人公のために生まれて主人公のために死んでいくわけではない。どんな端役の女の子にも彼女だけの人生があり、物語があり、主人公だけのために存在しているわけではないのだ。
     「異世界でチートでウハウハ」という物語にはやはりウソがある。そのウソをわかった上で楽しむのもいいが、ぼくはやはり真実の物語を読みたいと思う。
     その真実とは、この世界で生きていくことは決して楽なことではありえないということである。ひととひとの間では常に競争と闘争が続いていて、敗れた者は時に命すら奪われるということである。
     ここらへんのことを書いていくと長くなるが、ぼくが『グイン・サーガ』を好きなのはそこのところがきわめてシビアに描かれているからだ。たぶん多くのひとにとって、『グイン・サーガ』はどこか遠い世界の出来事を綴ったヒロイック・ファンタジーに過ぎないと思う。
     しかし、違う。あれはようするに戯画化された現実の姿そのものなのだ。生命を賭けた戦いが続く中原の物語は、現実世界での戦いのありさまをことさらに強調して描いた物語なのである。
     『グイン・サーガ』だけではなく、『真夜中の天使』を嚆矢とするボーイズ・ラブ小説も同じように現実の姿を戯画的に描いた作品群である。それらの作品のなかでは一様に主人公は何十人もの男にレイプされ、支配され、隷属させられるわけだが、あれは栗本にとってはこの世界の真実の姿だったに違いないとぼくは思っている。
     
  • いまさらながらiPhoneで「小説家になろう」を読んでいる件。(2006文字)

    2013-02-13 23:25  
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     タイトルどおりなのですが、iPhoneで「小説家になろう」の作品を読むことに嵌まっています。「小説家になろう」とは、日本のウェブで最大の小説投稿サイト。異世界ファンタジー系の作品がやたらに多いことが特徴で、たまにおもしろい作品があることが一部でよく知られています。
     いままでも読んではいたのですが、iPhoneを入手して初めて本気で読む気になりましたね。いやー、iPhoneで読むと読みやすい。iPadと全然違う。何しろ軽いし、片手で読めることが大きい。おまけに一画面に映る文字数が少ないから、精神的負担が全くない。
     これが意外と重要なポイントで、紙の小説を読むより圧倒的に楽なのです。ぼくは最近だとライトノベルなんかもKindleで落として読むことが習慣化しかけているので、世間より一歩だけ早く電子書籍になじんでいるといえるかもしれません。
     ほんと、電子書籍は素晴らしい。これで価格が下がっ
  • バレンタインデーに『バレンタインデー』を観よう!(1014文字)

    2013-02-12 11:00  
    52pt
     さてさて、あと二日でバレンタインデーです。個人的にバレンタインデーといえばいい記憶は何もないのですが、ドワンゴから依頼が来たので仕方なく更新することにします。
     バレンタインデーに絡めた作品を何か紹介しようと思ったのですが、日本のラブコメはたいてい何かしらこの日を扱っているので、あえてそのなかから一作を選び出す気にはなれません。そこでハリウッドのオムニバスラブロマンス映画『バレンタインデー』をご紹介することにしました。
     ぼくはこの手の胸キュン映画が好きでねえ。恋人がいるひとはそのひとといっしょに観ると楽しめる作品だと思います。いないひとはひとりで見てリア充末永く爆発しろと叫びましょう。それなりにビターな味わいを感じさせながらも、最後はハッピーな気分になれる映画です。
     物語の舞台はバレンタインデーのロサンゼルス。町中が愛に溺れるこの日に、スウィートだったりビターだったりする物語は始まります。主人公を務めているのはそれぞれに複雑な想いを抱えた男女十数名。学校の女教師に告白しようと決意している少年や、その先生自身、彼女の親友の男など、複雑に入り組み絡みあった人間関係を楽しめます。
     ここらへんのもつれにもつれた糸をどう解き明かすかがこういった映画の作り手の腕の見せ所であるわけですが、この作品はそこでも外していません。Amazonを見るとやはりというか名作『ラブ・アクチュアリー』と比較している意見が多いけれど、たしかに同じジャンルに属する作品ですね。同時進行ラブストーリー映画とでもいうか。