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記事 41件
  • 波乱と激動のさなか、海燕が出逢った2020年のベスト作品はこれだ!

    2020-12-31 16:54  
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     2020年ももう終わりですね。ついこのあいだ正月を迎えたばかりに思えますが、時が経つのは速いものです。
     来年は何といっても『シン・エヴァンゲリオン劇場版』が楽しみです。もちろん、ネタバレを避けるため、初日の初回で見に行こうと思っています。予告を見る限り、もともと素晴らしい映像はさらに洗練されているようで、期待は高まるばかり。
     『エヴァ』との四半世紀に及ぶ付き合いもこれで終わりかと思うと一抹の寂しさもありますが、壮大なストーリーがついに完結することにわくわくを抑えられません。めちゃくちゃ面白いものが見れるといいな。
     さて、今日は大晦日(おおみそか)ということで、一年のベストを挙げていきたいと思います。
     今年もいろいろな作品と出逢うことができました。しかし、いいかげん読書量が減って来ているので、来年はもっと多くの本を読むことを目標に掲げたいと思います。ウワサの『三体』もそろそろ読まないといけないしね。
     そういうわけで、2020年のベスト。発表します! じゃじゃーん! 
  • バグいっぱいの『サイバーパンク2077』はそれでもやっぱり傑作だ!!!

    2020-12-29 23:08  
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     先日、Steamで購入した『サイバーパンク2077』を少しずつプレイしています。ダークな世界観とシリアスな物語、そして広大かつ印象的なマップによってスマッシュヒットを記録した傑作『ウィッチャー3』を作り上げたポーランドのメーカーの新作です。
     『ウィッチャー3』と同じいわゆる「オープンワールド」ゲーム、ただし今回は西暦2077年の未来世界を舞台にしたサイバーパンクゲームとなっています。
     いままで本格的なサイバーパンクオープンワールドはなかったから、その意味では斬新な作品と云えるでしょう。サイバーパンクって、映画でも『ブレードランナー』以来あまり成功作が見あたらないし、意外に鬼門のジャンルなんですよね。
     昔、ウィリアム・ギブスン原作の『JM』とか見に行ったなあ。しみじみとひどい出来だった。
     さて、『サイバーパンク2077』、相当にハイスペックのPCでもなかなかまともに動作してくれない
  • エロティシズムは「禁止」されてこそ輝く!

    2020-12-28 22:58  
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     バタイユの『エロティシズム』を読んでいるので、それに関連した本をリストアップして集めています。こんな感じ。

    ・代々木忠、二村ヒトシ
    ・サド
    ・マゾッホ
    ・澁澤龍彦
    ・三島由紀夫
    ・江戸川乱歩
    ・歌舞伎
    ・ハンス・ベルメールと球体関節人形
    ・クリムトと「頽廃芸術」
    ・オスカー・ワイルドと『サロメ』
    ・エロティックアート
    ・ポルノグラフィ
    ・詩歌
    ・フェミニズム
    ・『どうすれば愛しあえるの』
    ・『感じない男』
    ・『性のタブーのない日本』
    ・『性と文化の源氏物語』
    ・『官能教育』
    ・『エロティック美術の読み方』
    ・『セックス依存症』
    ・『吉原と日本人のセックス四〇〇年史』
    ・『性依存者のリアル』
    ・『孤独とセックス』
    ・『恋愛依存症』
    ・『エロティシズム』
    ・『ソドムの百二十冊』
    ・『文学と悪』
    ・『血と薔薇』
    ・『エロティック・ジャポン』
    ・『源氏物語』
    ・『美学文芸誌エステティーク』
  • 趣味として「占い」を始めよう。

    2020-12-27 23:28  
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     ども。「何とかして文章を書いて生きていく」と決めたことで、いままで趣味だった読書や映画鑑賞はほぼ「仕事」になってしまいました。そこで、新しい趣味を探しています。
     インターネットのその手のサイトを見ると数百もの趣味が羅列されているのだけれど、一定以上のお金がかかったり、手先を使ったりするものはなるべく避けたいところ。
     その上で、「室内で完結するもの」と「身体を動かすもの」をひとつずつくらい始めたいところですね。いろいろと考えたのですが、いまは「占い」はどうだろうと思っています。
     なぜ占いなのかと思われる方もいらっしゃるでしょうが、手軽に始められることが大きいですね。その上、うまくすれば人とコミュニケーションをとれる手段になる。また、ぼくはやはりこの種の「魔術的な世界」に興味があるのです。
     占いというと非科学的と眉を顰める向きがあることもわかりますが、人が自分の運命に謎と神秘を見る限
  • 北村薫が描きだす、弱者たちの「悪意」や「暴力」との戦い。

    2020-12-25 17:53  
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     北村薫『中野のお父さん』を読みました。じつはこの本は自分で読むために買ったわけではなく、退職して暇を持て余している母への贈り物だったのですが、せっかく買ったのだからと一頁目を読み始めたところ、すらすらと読み耽ってついに読み終えてしまったしだい。
     はっきり云ってこの作品自体はあまりどうということはないごく軽い小説なのだけれど、それでも北村薫という人の「凄み」は十分に感じさせられます。とにかく文章が巧い。いっそばかばかしいくらい巧い。
     どう云えばいいのか、読み始めてから読み終えるまで一切つっかえるところがないのですね。かれの書く文章はただ清らな小川のようにさらさらと流れていくばかりで、決して濁ることがない。読み終えた後は、「ああ、もう読み終えてしまったか」という意外さばかりが残ります。
     特に気を衒ったところがない、あたりまえの日本語のようではあるのだけれど、どういうわけか際立った清冽
  • 男性読者よ、もっとおがきちか『Landreaall』の華麗なる群像劇を読むべし!

    2020-12-25 16:58  
    50pt

     どうも申し訳ありませぬ。昨日公開予定だった『クイーンズ・ギャンビット』の記事は遅々として進まず、結局、昨日は公開できませんでした。
     このままだと今日も完成しそうにないので、今日は昨日の分と合わせて二本短い記事を更新することとし、『クイーンズ・ギャンビット』の記事は明後日に先送りしたいと思います。
     どうも先行きが不安になるような力作記事の船出ですが、ちゃんと完成させますので、どうかお待ちいただければ、と。
     さて、そういうわけで今日の一本目として『Landreaall』の話をしたいと思います。昨日、最新刊が出たばかりなのですね。これが驚くほど面白い。
     いま、物語はあるダンジョンの探索を巡る「ダンジョン編」に入っているのだけれど、膨大な人数がそれぞれの役割を果たしながら探索を続ける群像劇になっていて、素晴らしく読ませるのです。
     『Landreaall』はもともとDX・ルッカフォート
  • 萌え絵は公的に認められてはならないのか? 「フェミニスト」の誤謬を追う。

    2020-12-23 20:00  
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     あるるもさんという現役女子高生がいわゆる「萌え絵」的な絵画で大きな賞を受賞したことがTwitterで話題となっている。該当ツイートを引用したいところだが、あらためて探してみると見あたらない。本人の手で削除されてしまったらしい。
     まあ、あきらかに性的な「萌え絵」が公的に認められたということで、例によって「フェミニスト」が怒っているので、その批判の対象になることを厭ったのだろう。
     とはいえ、何しろその絵を描いて賞に応募したのは少女本人だから、追求し指弾する言説も弱いものにならざるを得ないようだ。これがもし同じ歳の少年が描いた絵だったなら嵩にかかって弾劾したことだろうが。
     「フェミニスト」たちの主な主張はこうである。「本人の表現行為を責めはしない。だが、このような絵に賞を与えることは問題だ」。
     しかし、これはさすがに通らない話だろう。いうまでもなく、性的な表現は美術、芸術のひとつの主流となるものだからである。
     フラヴィオ・フェブラオの『エロティック美術の読み方』を捲ってみると、エロティックアートがどれほど長い歴史と膨大な作品を有するかを知ることができる。
     いまから3000年以上前の古代エジプトにはすでに性行為を描いた絵画が見られる。そして、性の抑圧に熱心であったはずのキリスト教国も含め、どこの国や文化圏でもエロティックな絵画や彫刻は存在したのだ。
     もしかしたらいや、そのような作品はあくまで「芸術」なのであって、ポルノとして消費されている「萌え絵」とは違うと強弁する人もいるかもしれない。
     しかし、アートとポルノを明確に分断することは不可能である。たとえば田中雅志の『エロティック美術館』を読むと、貴族たちが収蔵していた美術品がポルノ的に消費されていた事実を知ることができる。性と芸術は両立する。「わいせつか、芸術か」という問いは無意味なのだ。
     もっとも、すでに高い評価を得ている性的な芸術作品を市場や美術館から追放しようとする動きもないではない。すぐに思い出すのは、ピカソに「20世紀最後の巨匠」と激賞されたバルテュスの『夢見るテレーズ』に対して撤去や但し書きを求める署名運動が巻き起こったことだ。  性的とみなされうる作品は、たとえどれほど高度な芸術であれ、公共の場にはふさわしくないと考える人は少なくない。しかし、そのような発想は 
  • 2020年のベストを考えているよ。

    2020-12-22 23:13  
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     突然の疾病に明け暮れた激動の2020年がゆっくりと幕を閉じようとしています。ぼくにとってはなかなかの波乱の年でしたが、皆さんはいかがでしたでしょうか。
     ぼくはいま、今年のベストを考えたりしています。いざ振り返るとなると、どんな作品にふれてきたかよくわからなくなりますが、電子書籍のラインナップをたしかめてみると、今年も意外にいろいろな本を読んで来たなあと思い出します。
     そのなかからトップを一つ選びだすなら、非常にベタになってしまいますが、ぼくたちが「後期新世界系」と呼んでいるところの『鬼滅の刃』、『チェンソーマン』あたりになるか、それともバタイユの『エロティシズム』、あるいは予想以上の名作ぞろいの『リテラリー・ゴシック・イン・ジャパン』などになるか、微妙なところです。
     また、今年最大の掘り出し物の『せんせいのお人形』もあるし、ゲームなら『サイバーパンク2027』もありました。アニメだ
  • だれでもふたつ憶えておくだけで文章が上手くなる豆知識。

    2020-12-21 06:08  
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     文章術の本が好きだ。少しでも上手く文章を書けるようになりたいと日々切望しているから、参考になりそうな本は片端から読むことにしている。
     ところが、この手の本で実践的に役に立つものというと、意外に少ない。有名な本はいくらでもあるが、いずれも意外に内容が抽象的で曖昧なのだ。
     あの大文豪・谷崎潤一郎の高名な『文章読本』など、最初からいきなり「感性を磨きなさい」みたいなことが書かれてある。それはたしかにその通りだろう。しかし、いかにも迂遠な話で、すぐに役に立つとは惟(おも)われない。
     音楽の教本にはあまり「感性が大事」みたいなことは書かれていないだろうから、文章技術の話がいかに曖昧になりやすいかがわかる。
     世の中にはあきらかに「良い文章(名文)」と「酷い文章(駄文)」があるのだが、その両者がどこがどう違うのかは意外に説明しづらいものなのだ。
     そのわかりそうでわからない微妙な、それでいて決定的な違いをどうにか明快に語った本はないものだろうか、ぼくはずっと探していた。で、ここで巷で話題の古賀史健『20歳の自分に受けさせたい文章講義』の話になる。
     この本は「名文」と「駄文」の違いをかなり明瞭に断定している。それは「論理性」にもとづく「リズム」の違いだというのだ。
     「論理」とは「論」が「理」によって裏打ちされていることである。つまり、文章は「そこで語られている論」が綺麗に「理」で説明されているほどリズミカルになり、読みやすくなるという理屈である。
     これは一面的ではあるが、真実だろう。ぼくも文章においてまず大事なのは論理性だと考える。もちろん、一定の限度はある。自然言語での論理性は、どうしても完璧とはいかない。それでも、可能な限りクリアにロジカルに書くべきだ。
     それができて、初めて「美しい文章(美文)」を目ざす門のまえに佇(た)てる。美文とはただ感傷的な語句を並べ立てれば良いというものではない。そこにはどうしても透徹した論理が必要であり、それがあって初めてレトリックの「美」が際立つのだ。
     まあ、ほんとうに一読して「美しい」と感じさせられる文章を書ける人など、いまの日本にもめったにいないとは惟うけれど。
     そういうわけで、『20歳の自分に受けさせたい文章講義』はなかなか良い本だった。文章術の本としては初歩的な内容だが、この本を読んでいるといないのとでは大きな違いがあるだろう。オススメである。
     ちなみに、ぼくの場合の文章術の基本を、以下にほんの少しだけ公開しておこう。ぼくはいわゆる「上手い」文章を書くためには最低限、以下のふたつの認識が必要であると考えている。

    ①「構想」と「構成」は違う。
    ②「文」と「文章」は違う。

     この二点を頭に入れるだけで、文章は劇的に上手くなる。必ず。少なくとも他の多くの人の文章とは確実に差がつく。なぜなら、プロの書き手はともかく、ほとんどの一般人はこの単純な事実を理解していないからである。
     偉そうなことを云っているようだが、ぼく自身、このことに気づいて言語化できるようになったのは随分と最近になってからだ。気づいてしまえばどうということはない事実なのだが、気づくまでは意外と大変なのである。
     どういうことか? まず①。この場合の「構想」とは「頭のなかで書きたいテーマについて思いを巡らすこと」、そして「構成」とは「その巡らせた想いを正しい順番に並べること」である。
     違いがわかるだろうか? つまり、「構想」は古賀さんが「ぐるぐる」と云っているものを頭のなかに浮かべる行為なのだ。「何を書こうかなあ」と脳裡に思考を展開し、ああでもないこうでもないと考える。
     あるいは紙に書いたり、エディタにメモしたりするのも良いだろうが、とにかく「ぐるぐるぐるぐる」と延々、考えるわけである。これはいわば文章の「素材」を用意することだと云っていい。
     それに対し、「構成」はその「ぐるぐる」を的確に並べていく作業になる。云わば用意された「素材」を「料理」することに相当するだろう。
     『20歳の自分に受けさせたい文章講義』には、「起承転結」とか、「序論・本論・結論」といった構成のスタイルが紹介されている。そのいずれを採用するかはともかく、とにかく適切な順番で話を展開することが重要だ。
     ちなみにぼくは我ながら構成力がいまひとつのところがある。それもこれもすべての文章を一切構成せずに頭のなかで完結させて書いているからである。はい、手抜きですね。どうもごめんなさい。
     いや、ちゃんとした依頼を受けて文章を書くときは ブログの文章くらいは良いかな、って。イイワケですね。ごめんよー。この文章も文頭からつらつらと書いています。ダメじゃん。
     それはともかく(と、強引に話を変える)、②である。この「文」と「文章」の違いがわかると、文章力が劇的に成長します。注目。この場合の「文」とは、即ち「一文」を指す。つまり、

     わたしは丹念に薔薇の花びらを摘み取った。

     とか、

     かれは人情家で、始終、金を貸しては逃げられている。

     といった、句点で区切られた文のことだ。この「文」が集まって、全体として「文章」を形づくる。だから、「文」と「文章」を「一文」と「文章全体」と云い換えれば、もう少しわかりやすいだろうか。
     それがどうした、あたりまえのことだろう、と惟われるだろうか。そうではない。重要なのは、この「文」と「文章」には、それぞれに「構成」が存在するということなのだ。
     そして、「文(一文)」の構成とは単語を順番に並べることである。それに対し、「文章(文章全体)」の構成とは、 
  • さらにいろいろ考えたこと。

    2020-12-21 02:23  
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     うーん、また迷っている。週に一本くらい、力作記事を書くのは良いとして、それとはべつに毎日、一般記事(?)を更新しようかなと。ただし、いままでよりもう少し気合いを入れる。
     その上で日に二本はどう考えても多いので、一本にする。それでバランスが取れるかも。ぼくの場合、平均的な記事一本は2000文字程度なので、週に一本6000文字文字くらいの力作記事を一本書くくらいが良いような。
     そういうわけで、今日から再び毎日更新します。ただ、それが続くかどうか。むずかしいな。いろいろ試しているので、読者の皆さまにはご迷惑をおかけしますが、どうかご容赦ください。 とりあえず、『クイーンズ・ギャンビット』と依存症の記事は力を入れて書こうと思っています。たぶん木曜日か金曜日あたりに更新するのではないかと。よろしくお願いします。