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記事 8件
  • どうすれば『FGO』のような大ヒットを生み出せるか。

    2017-11-25 15:34  
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     うーん、星海社新書の『TYPE-MOONの軌跡』が売っていない。電子書籍にもなっていないし、Amazonでは「通常1~2か月以内に発送します。」とかふざけたことが書かれているし、いったいどうやって入手したらいいのやら。
     こういうとき、電子書籍がないというのは不便ですね。たぶん部数的に電子書籍にしても利益が出ないのだろうけれど、いいかげん紙の本なんて増やしたくないぼくとしては、可能な限り電子書籍を出してほしいものです。まあ、弱小出版社に無理をいってもしかたないんだけれどね。
     以前、『FGO』のような世界トップクラスの利益を生み出すゲームを作りだすためにはどうすればいいか?という話をしたことがあるのですけれど、あらためてそのプロセスを文字にしてみると、社長こと武内さんという人もまず奈須さんに劣らない凄い人だな、ということがあらためてわかりました。
     まず、高校で奈須きのこと隣の席に座らな
  • 『Re:ゼロ』は骨太にして王道の傑作ループファンタジーだ。

    2016-04-22 00:05  
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     『Re:ゼロから始まる異世界生活』の第2話を見ています。
     ほんとうは世間は第3話が放送されているのだけれど、ぼくの住んでいる地域では見れないので、ニコニコで第2話を視聴しているわけです。
     このペースで行くと次の次くらいで原作第1巻の内容が終わるかな?という感じ。
     さすがに面白いですね。いまどきのアニメのなかでは特別に目立つ内容ではないかもしれませんが、物語としてのクオリティはぴかいちなので、未見の方がいたらぜひ見てみることをお奨めします。いい作品ですよ。
     以前にも書きましたが、ぼくはこの作品は一本の物語としては『Fate』に匹敵するくらいのポテンシャルを持っていると考えています。
     つまり、現代最高水準ということです。
     それくらいこの『Re:ゼロ』という物語への評価は高い。めちゃくちゃよくできたシナリオだと思うのですよ。
     少しずつ「面白さ」を積み上げていく王道にして正統派のストーリー。
     ただ、まさに正統派であるだけに「掴み」は弱いかもしれないんですよね。
     ループものという設定も最近ではありふれているし。
     最近ではもっと変則的な作品も増えているわけだし。
     『はいふり』とか『はいふり』とか『はいふり』とかね(第1話の終盤で初めて『ハイスクール・フリート』という真のタイトルがあきらかになった作品。おかげで第2話を録画しそこねた人が続出しているようですね……)。
     そういう作品と比べると、『Re:ゼロ』はある意味で直球勝負だし、べつの意味では古くさく思えるかもしれない。
     非常にストレートなだけに骨太な力強さがあって、ぼくとかペトロニウスさんみたいな「物語」を愛するタイプの人は好きになるわけだけれど、現代においてはどうなんだろうなあ。ウケるのかなあ。
     純粋な「物語」の骨格という文脈では『Fate』とかに匹敵するにしても、キャラクターの魅力という意味では奈須きのこ作品みたいなスーパー個性を持っているわけではありませんしね。
     いってしまえば地道で地道な作品なのです。
     いや、物語としての面白さはずば抜けているので、ほんとうにヒットして第二シーズンまで行ってほしいのですが、どうなんだろ。
     アニメは非常にていねいに作られているので、大切にされている作品だということはわかるのですが。
     これも以前に書きましたが、『Re:ゼロ』は必ずしも「小説家になろう」的な作品ではありません。
     「なろう小説」としてはあまりにも構成が秀抜すぎる。文章もうますぎる。ようするに一本の小説としての完成度が高すぎるのです。
     小説としての品質はおそらく「なろう」でもトップクラスにある。
     そして、王道にして骨太の物語でもある。
     ただ、 
  • 『Fate/stay night』、背徳と頽廃の第三ルートがいま始まる。

    2016-04-19 17:17  
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     タスクオーナ『Fate/stay night (Heaven's Feel) 』最新刊読了。
     既に発売から十数年を経るロングヒットコンテンツ『Fate』の第三ルート、漫画版です。
     『Fate』は2004年の発表以来、さまざまな形でメディア展開して来たわけですが、『HF』はいままで触れられて来ませんでした。
     この作品は満を持しての初漫画化というわけです。
     また、『HF』は2017年に映画化も決定しているので、ほぼ同時に映像と漫画で同じ物語が展開することになりますね。
     映画も楽しみですが、まずは漫画の話。
     結論から書くと、とてもよくできている作品だと思います。
     『HF』は正義の味方を目ざす少年・衛宮士郎と、かれを慕う少女・間桐桜の物語であるわけですが、『Fate』全編でも最も昏く淫靡な話なので、なかなか漫画にはしづらいところがあります。
     しかし、作者はこの漫画版で可能なかぎり深いところまで描くことにチャレンジするつもりのようです。その覚悟やよし。
     ちなみに、この第2巻まではまだ「共通ルート」の話で、いままでの『Fate』と同じ展開をたどっています。
     セイバーの召喚とか、ランサーとの死闘といったところですね。
     新しい物語が始まるのは次の巻から。だから、次巻がとても楽しみです。
     ところどころ挟まれるオリジナルエピソードは『Fate』や『Fate/Zero』を意識した内容で、作者の原作への愛情を感じさせます。
     この漫画版は読者が本編の物語を知っていることを前提として構築されているといっていいでしょう。
     その意味では新味はないわけですが、作者がこの『Fate』第三の物語をどう料理して来るかという興味は尽きません。楽しみ楽しみ。
     『HF』は『Fate』の三つのルートのなかで最も賛否が分かれる物語です。
     ぼくは大好きなのですが、嫌いな人は嫌いらしい。
     その理由は、 
  • 『Fate/Grand Order』で英雄王を引いたよ。

    2015-09-04 00:31  
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     ども。いまのところ無課金で『Fate/Grand Order』を遊んでいる海燕です。
     無課金でもけっこう遊べる、というかほぼ問題なく遊べる。
     いやー、お金をかけずにこんなに遊んでいいのかというくらい時間を費やしていますね。
     ストーリーは第二章の序盤まで行きました。例によってTYPE-MOONがシナリオを務めているわけですが、さすがにこなれた展開。
     どこまで奈須きのこが手掛けているのかわからないけれど、十分に遊べることはたしか。
     ただ、奈須きのこが関わっていると思うと一気に要求水準が高くなってしまうわけで、「もっと、もっとだ……!」と福本信行漫画に出て来るギャンブルマニアみたいに高みを望んでしまう。
     実に個性的な面々が関わりあう掛け合いの面白さはとてもとても素晴らしいのだけれど、それを超えた大きな物語のうねりが感じられるかというと、もうひとつ。
     「よくできた二次創作」という印象なんですよね。
     このくらいなら西尾維新でも書けるぞと思ってしまいます(暴言)。
     いや、清姫とエリザベート・バートリーの竜種サーヴァントコンビとか、とても可愛いのですが、それだけといえばそれだけ。
     戦力度外視で戦闘に使いたいくらいには魅力的なのですが。
     もっとも、「邪竜百年戦争オルレアン」とか「永続狂気帝国セプテム」とかいう中二心をそそる言語センスはさすがのひとこと。
     何かめちゃくちゃ面白い物語が始まりそうに思えるものね。
     課題だったシステム面も、最近、バランス調整が進んで、だいぶ遊びやすくなっているようです。
     まあ、ソーシャルゲームの初期運用期間はどうしても完成度がいまひとつになるようで、いろいろ叩かれたりしているゲームではありますし、じっさい単調なところも多いのですが、シナリオの面白さとキャラクターの魅力ですべて許せてしまうというのがぼくの実感。
     超面白いというほどではないけれど、魅力的なキャラクターがびしばしと出て来るところはやっぱり素晴らしい。
     特に『Fate』の強みは可愛い女の子だけでなくさまざまな個性を持った老若男女が大量に出て来るところですね。
     ダレイオス三世とか、萌え的な意味での人気が出そうなキャラクターではありませんが、強烈な個性がある。
     ていうか、背が低かったという伝承のイスカンダルが大男になったために、かれより背が高いというダレイオスは超巨漢になってしまったんだな。
     なんといいかげんな、という気もしなくはありませんが、まあ、そこがTYPE-MOONらしいともいえる。
     TYPE₋MOONらしさといえば、今回はいままで以上に各キャラクターがデフォルメされていて、「TYPE-MOON世界史」とでもいうべき「もうひとつの歴史」を形作っているあたり、やはり面白いです。
     アーサー王やジャンヌ・ダルクといった既出のキャラクターに加えて、カエサルとかカリギュラとか、モーツァルトとか「黒ひげ」ティーチとか、歴史上の偉人がたくさん出て来るのだけれど、どれも萌えフィルターがかかっていて、実にいまふうにデザインされているのがすごい。
     ちなみに、戦闘でつまづく人もいるかと思いますが、ぼくは最初のガチャでヘラクレスを引いたので、戦闘にはそれほど苦労していません(自慢)。
     あと、フレンドにレベル60のタマモキャットがいるので、非常に活躍してもらっています。
     加えて、レベル50のアルトリアさんとか、かなり強い。
     いやー、持つべきものはハイレベルのフレンドですね!
     さらに自慢させてもらうと、先日、わくわくと二度目のガチャを引いたところ、キャンペーン期間中にのみ出るという英雄王ギルガメッシュが出ました(どやぁ)。 
  • 物語論。奈須きのこの世界は「拡散」する一方で「前進」しない。

    2015-07-20 07:30  
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     昨夜、LINEで話したことがちょっと面白かったのでメモしておこう。
     最近、『アベンジャーズ』とか『バットマンVSスーパーマン』とか、本来、独立しているヒーローの映画を組み合わせた映画作品が次々と発表されて話題をさらっている。
     映画史的にはそれなりに画期的な事態だと思うのだが、この種のクロスオーヴァーは、アメコミの歴史のなかではくり返し行われてきたことであるらしい。
     というのも、本来、「なんでもあり」のアメコミでは、バットマンやスパイダーマン、ウルヴァリンといったキャラクターだけを活用してさまざまな実験的な作品が描かれてきたからだ。
     それもこれも作家ではなく出版社が著作権を有しているからではあるのだが、あるキャラクターが何度も死んだり、そのたびに生き返ったり、いろいろなキャラクター同士がくっついたり離れたりすることはかなり常識的に行われているのだとか。
     日本人の目から見るとかなり奇妙にも思える話ではあるが、あらゆる物語の根源である神話や民話に近いと考えると、こちらのほうが正統な物語の系譜であるといえるかもしれない。
     一方、より作家的/近代的な作品が多いと思われる日本ではそういうオールスターキャスト的作例は少ないと思われる(ないことはない)。
     『ガンダム』とか『仮面ライダー』あたりは比較的近いだろうか。
     もっとも、『ガンダム』でさえひとつの宇宙を共有しているというわけではない。
     その一方で「ある作家が描いた複数の作品がひとつのバックグラウンドを共有する」という真逆の現象はよく起こる。
     それはたとえば永井豪の作品がそうなったように、独立して描かれた複数の作品が最終的にはひとつの物語世界へ流れ込んでいく、という形を取ることもあるし、奈須きのこの作品がそうであるように、初めからひとつのバックグラウンド世界を想定して書かれることもある。
     『エヴァ』とか『ジョジョ』とか『ファイブスター物語』などを見て行くと、まったく異なる作品を作り出そうとしても最終的には同じものに仕上がってしまう作家がいることもわかる。
     その作家が自分の内面世界を象徴的に描き出しているだけなのだと考えるなら、それは当然のことであるのだろう。
     『エヴァ』にしても、新劇場版のシリーズは「まったく新しいものを作ろうとしても『エヴァ』になってしまう」というところから「それなら『エヴァ』にしよう」ということになったらしいし……。
     とにかく、このように、それぞれ独立した物語であるように見えていた物語がひとつの物語世界の出来事として語られることは洋の東西をまたいで少なくない。
     もっというなら、その際、「公式」か「非公式」か、一次創作か、二次創作か、という話は原理的にはあまり意味がない。
     重要なのは、一度発表された魅力的な物語は、その瞬間から「拡散」しはじめるということである。
     たとえば、コナン・ドイルのシャーロック・ホームズものは発表以来、数知れない「パスティーシュ(贋作小説)」を生み出している。
     その数、数万ともいわれるパスティーシュは出来も内容もさまざまだが、シャーロック・ホームズないし類似の人物が登場していることだけは共通している。
     これをすべてひとつの世界のパラレルワールドの出来事として考えると、ちょっと面白い。
     というか、こういう「同じキャラクターが登場するが内容的に矛盾する複数の物語」を合理的に整理しようとすると、必然的に「平行世界(パラレルワールド)」を持ちださざるを得なくなるということだろう。
     逆にいえば、その設定さえ持ち出してしまえばどんな異質な物語であろうと、異なる世界線の出来事として整理してしまえるということでもある。
     先述した奈須きのこの作品世界は、それぞれの作品がパラレルワールドの関係にあり、しかもひとつの作品内でもパラレルな複数の物語が展開しているという非常に複雑な構造になっている。
     そこに『Fate/Zero』を初めとする「外典」がいくつも加わるわけで、もう何がなんだか、という状況ではある。
     だから、たとえば『Fate』なり『月姫』の番外編的新作が作られても、それは必ずしも『Fate』や『月姫』の物語が先へ進んだことにはならないわけだ。
     それぞれ「Fate」とか「Unlimited Blade Works」と名付けられた物語はあくまですでに完結しており、それはもう変わることはないということなのだろう。
     ここまで書いてきて、それでは、一本の連続した物語とはどう定義すればいいのだろう、ということが頭に浮かんだ。 
  • アニメ『Fate』最終回にこの世界の真実を見た。

    2015-06-29 03:36  
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     ども。ペトロニウスさんが日本に帰国したことを機に、ひさしぶりに東京へ遊びに行って来ました。
     いやー、めちゃくちゃ楽しかった&疲れた。
     旅先だと気が昂って眠れない癖はなんとかしないといけないですね。睡眠導入剤でも使うしかないのかも。
     プアなニートの身の上にもかかわらずフォアグラだのなんだの美味しいものを片っ端から食べてきたので、この上は働くしかないでしょう。そういうわけで記事を更新します。
     まずはアニメ『Fate/stay night [Unlimited Blade Works]』最終回の話。
     聖杯戦争が終わったあとを描くこの回はほぼアニメのオリジナル展開。
     魔術協会の統治機構である「時計塔」が存在する街ロンドンに住む遠坂凛と衛宮士郎が描かれます。
     激烈を究める闘争が終わったあとの平和な日々。癒やされますね。
     あの過酷な事件を生き抜いた魔術使いである凛と士郎もここでは一学徒。
     ふたり、幸せな時間を過ごしています。こいつら、いちゃいちゃしやがって。
     聖杯戦争の物語がすべて終わったあと、舞台を変えることによって生じる「世界がひろがっていく」感覚が素晴らしいですね。
     本編では聖杯戦争がすべてだったわけですが、ことここに至ってはそれも数ある事件のひとつに過ぎない。
     『Fate』全編を内包してさらに続いてゆく広大な世界を感じさせるこの構成は凄いです。
     アニメ版未視聴の原作ユーザーも、この最終回は一見の価値ありといえるでしょう。
     しかし、ひとときの幸せはまるでまどろみの夢。おそらく士郎はいつかまた再び戦いのなかに身を投じることになるに違いありません。
     それがかれがかれであるということ。
     いっときの幸福を味わうことはできても、そこに浸りきるためにはあまりにも気高い理想を抱えているのが衛宮士郎という人間なのです。
     また、それがあってこその『Fate』であるということもできるでしょう。
     そんな士郎を凛はどこまでサポートすることができるのか? これから続いてゆく物語を予感させて長い物語は終わります。
     平和が夢か、それとも戦いの時こそが夢なのか、むずかしいところですが、全編、戦いが続いたこの物語の終幕には、この平穏なエピローグこそがふさわしいのかもしれません。
     それにしても、 
  • どこまでもオリジナルあっての二次創作だと思うのだ。

    2015-06-21 02:31  
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     アニメ『Fate/staynight [Unlimited Blade Works]』の最終回をニコニコ生放送で視聴しました。
     「フェイカー」衛宮士郎が本物の神話の王であるギルガメッシュを上回る迫力の展開を、よく映像化してくれていると思います。
     「Unlimited Blade Works」はかっこいいよなあ、やっぱり。
     ぼくは原作をプレイ済みなのでどうしてもその視点でしか見れないのだけれど、初見の皆さまはさぞ感動したことでしょう。
     『Fate』が恐ろしいのはこれだけのシナリオであっても三部作の一でしかないということで、さらに物語は最終章「Heaven's Feel」へと続いていきます。
     「Heaven's Feel」の映画版、18禁で上映しないかな、と思うのですが、さすがに無理だろうなあ。ここまで大きくなったプロジェクトだと。
     でもなるべくえろえろしくしてほしい。桜のあの淫靡な背徳の魅力をどこまで描き出せるかで作品の出来が決まってくるのではないかしらん。上映されたら見に行こうっと。
     それにしても、『Fate』もほんとうに大きくなりましたね。
     前作『月姫』に続く同人サークルTYPE-MOON最後の仕事として企画された物語が、商業作品となって誕生してはや11年。
     そのあいだ『Fate』は膨大な派生を生んできました。
     しかし、オリジナルなのはあくまで『Fate/stay night』の三つのシナリオです。これは未来永劫変わらないでしょう。
     初めて『Fate』をプレイした時の感動は忘れられません。セイバーシナリオで「終わった……。なにもかもみななつかしい」みたいな感動に沈んでいたのに、「じゃあ、そういうわけで全部もういちど初めからやるからね」と凛シナリオが始まり、その果てにはさらに桜シナリオまでがあって、というあの膨大なボリューム。
     ひたすら圧倒されてプレイしていたことを思い出します。
     ああ、まだあの頃はぼくもそこそこ純真だったんだなあ。いまだって枯れ切ったとは思っていないけれど。
     で、『Fate』シリーズはさらに番外編のファンディスク『Fate/hollow ataraxia』へと続いていくことになります。
     当時はまだエロゲが元気だった時代ですから、それはもうわくわくして『hollow』を待ちました。
     そして発売されたものをプレイしてみた感想は――うーん、まあこんなものか、と。
     発売されるまでは心待ちにしていたんだけれど、じっさいに『hollow』を読んでみたら、「ああ、二次創作は一次創作に勝てないものなんだな」ということを痛感させられたんですよね。
     ファンディスクはファンディスクで悪くはないけれど、それはやっぱり「おまけ」の域を出ないんだなあ、と。
     いや、 
  • 安西先生、TYPE-MOONの完全新作をプレイしたいです。

    2015-03-14 03:19  
    50pt


     電撃文庫から『Fate』の新作が出ていますね。成田良悟『Fate/strange Fake』。未読なので内容はわかりませんが、ほんとに『Fate』の世界は果てしないなあ、と感嘆しきり。
     正直、もう『Fate』はいいから他のシリーズを始めてよ、という気もなくはないのですが、発表される新作を読んでみるとじっさい面白いからあまり文句もいえない。むずかしいところです。
     それにしても、『Fate』って過去11年間で何作くらい出ているんだろ? まずはシリーズの「正典」ともいうべき『Fate/stay night』、そのファンディスクの『Fate/hollow ataraxia』がありますよね。
     それから虚淵玄が圧倒的迫力と完成度で『Fate』の前日譚を描いた『Fate/Zero』。それにプレイステーション・ポータブルのゲーム『Fate/EXTRA』、その続編『Fate/EXTRA CCC』。
     『Fate』の原型を小説化した『Fate/Prototype 蒼銀のフラグメンツ』、さらにパラレルワールドを描いた小説『Fate/Apocrypha』、何だかよくわからん漫画『Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ』があります。
     さらにさらに、この春から『Fate/Grand Order』と題する何やらやたら面白そうなRPG(?)が始まるとか。もちろん、これらの作品群はそれぞれがアニメ化したり漫画化したりしているわけで、全部で何シリーズになるのかはちょっと数えきれない感じ。20作くらいは行っているのではないでしょうか。
     いや、もうほとんど『ガンダム』とかに匹敵する、日本のオタク業界を代表する一大エンターテインメントシリーズに成りおおせた印象ですが、でも、これでいいのか?という一抹の疑問が残ることもたしか。
     何といってもいまに至るも『Fate』のなかでいちばん面白いのはオリジンの『Fate/stay night』であって、その後の『Fate』はいわば「番外編」に過ぎません。
     だから、ひたすら「番外編」を増やすのはこれくらいにして「新作」をこそ描いてほしい、そう思っても無理はないところではないでしょうか。
     じっさい、『Fate/stay night』以降、『Fate』の実質的な「作者」である奈須きのこは、それらの「番外編」の展開に関わりながら、ほとんど「新作」を発表していないわけで、もういいかげんにしてくれないかな、と思ってしまう気持ちも正直あります(『DDD』とかあるけれどね)。
     たしかに『Fate』の二次展開はどれもそれなりには面白い。なかには、『Zero』のようなオリジンをも超えたのではないか?と思わせられる破格の作品もある。
     しかし、それでもなお、それらはどこまで行っても「外伝」、「外典」、「番外編」、「前日譚」、「パラレルワールド」の類であるに過ぎず、純粋に『Fate』を乗り越えたとはいえない。
     そうだとすれば、いまこそ純然たる新しいイマジネーションを以って、『Fate』よりもさらに面白いエンターテインメントを志してほしい。そう願っているのはぼくだけではないでしょう。
     いやまあ、永野護が『ファイブスター物語』を描きつづけているように、荒木飛呂彦が『ジョジョの奇妙な冒険』を更新しつづけているように、奈須きのこはひたすら『Fate』を書いていればいい、そういう考え方もあるとは思う。
     しかし――やっぱりもったいないよなあ。本来、奈須さんの作品世界は『Fate』をも超えてもっとはるかに壮大に広がっているはずで、「それ」をこそ見せてほしいわけですよ。
     たしかに『Fate』は面白い。単なる「番外編」であってなお、どれも十分以上に面白いのだけれど、でもね、ぼくは「最高」しか求めていない。
     奈須きのこには「超一流」であってほしい。「最高」、「至上」の作品をこそ生み出してほしい。それだけの桁外れの才能を持ったクリエイターなのだから――そういうふうに思う。
     初めて奈須きのこの名前を知ったのは15年前、血まみれの20世紀がようやく終わろうとしていた頃。『月姫』という同人ゲームのタイトルが耳に入って来たときでした。