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記事 2件
  • 宇野常寛『母性のディストピア EXTRA』第2回「SDガンダム三国伝」とさまよえる男性性(2)

    2018-03-02 07:00  
    540pt

    2017年に刊行された『母性のディストピア』に収録されなかった未収録原稿をメールマガジン限定で配信する、本誌編集長・宇野常寛の連載 『母性のディストピア EXTRA』。戦後の日本文化の中で育まれた「ロボット」の持つ「ねじれ」。今回は「ガンダム」のなかでもさらなる奇形として三重の「ねじれ」を負うことになった「SDガンダム」を題材に、日本的なキャラクター文化について考察します。 (初出:集英社文芸単行本公式サイト「RENZABURO[レンザブロー]」)
    ▲『G-SELECTION 機動戦士SDガンダム』
    3 ハイブリッドとしての「三国伝」
     そんな中で、本稿で特に注目するのが膨大な「ガンダム」の名を冠した作品のうち、特に「SDガンダム」についてだ。この「SD」とはスーパー・デフォルメの略で、「SDガンダム」はティーンを対象にしたアニメ本編に対し、未就学児から小学生までをターゲットにモビルスーツを三頭身に再デザインし、かつ「擬人化」したキャラクター群のことをさす。SD化によって頭身を下げられたモビルスーツの身体は、兵器でありながらまるで幼児のような「かわいらしさ」を纏うようになる。それは子どもの身体を持ちながら、数々の武器(性器さながらの「銃」や「剣」)を用いて「戦う」(男性的なコミットメント)=社会参加するネオテニー的な存在なのだ。1985年の『Zガンダム』放映時の玩具展開の一環として登場したこの「SDガンダム」は80年代後半から90年代前半まで、ブーム終焉後の「ガンダム」ブランドの維持に大きく貢献し、1980年前後生まれの世代の共通言語となっている。しかしここで重要なのはこの「擬人化」によって、70年代に剥奪されたロボットの「心」が再び植えつけられたということだろう。それも、「心」を失った日本的「ロボット」の中でも富野喜幸によるメタ的な介入によって発生した奇形児たる「ガンダム」に再び「心」が宿ったのだ。
     そのため「SDガンダム」は日本的ロボットの奇形である「ガンダム」のさらなる奇形として、三重の「ねじれ」を負うことになった。それは一度、「心」を奪われた身体に再び「心」を与える過程で発生する「ねじれ」だ。
     たとえば「百式」という『Zガンダム』に登場するモビルスーツが存在する。このロボットは前作(『機動戦士ガンダム』)からの人気キャラクターであるシャア・アズナブルの搭乗機として人気を博している。このロボットが「SD」化=擬人化されたとき、どのような処理が行われたか。このロボットは全身金メッキというおおよそ軍用兵器とは思えないファンタジックな設定を持っているのだが、そのカラーリングとスマートなフォルムから、SD「百式」はキザなナルシシストとして描かれることが多い。さらにここには劇中でのパイロットであるシャアというキャラクターのイメージ、たとえばニヒルで陰のあるイメージが重ねあわされる。「ガンダム」という原作の性質上、SD化されたモビルスーツは常に複数のキャラクターイメージのハイブリッドにならざるを得ないのだ。そして、このハイブリッド性こそが「SDガンダム」を「ガンダム」という日本的ロボットの奇形のさらなる奇形化をもたらすことになる。
     80年代に男子児童向け玩具としてヒットした「SDガンダム」は80年代後半から90年代前半にかけて、そのバリエーションを多方面に展開した。たとえば「SD戦国伝」というシリーズでは中世日本風の甲冑を纏ったモビルスーツ(武者ガンダム)(※3)たちの物語が、「SDガンダム外伝」シリーズでは『ドラゴンクエスト』などのテレビゲームを意識した中世ヨーロッパ風の世界を舞台に、西洋風の甲冑を身に着けたモビルスーツ(騎士ガンダム)たちの冒険譚が展開した。身体でありながら工業製品であるという奇妙な「ねじれ」を孕んだモビルスーツという中間的存在は、このように複数のキャラクターイメージを同時にその身体に宿すことを可能にしたのだ。こうしたSDガンダムのアドバンテージは、商品展開を主導した玩具メーカー「バンダイ」の同時期のキャラクター商品展開と比較することでより明確になる。この時期バンダイはウルトラマン、仮面ライダーなどの特撮ヒーロー番組、そして『機動警察パトレイバー』など80年代のロボットアニメなどを素材に「SD化」を進めたが、「武者ガンダム」「騎士ガンダム」などのバリエーションを産んだのは「ガンダム」のみだ。その中間的な機械の身体こそが、あるいは性的な「ねじれ」を多重に引き受けたそのネオテニー的な身体こそが、ハイブリッドな複数のキャラクターイメージの統合の器として最適だったのだ。
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  • 【新連載】宇野常寛『母性のディストピア EXTRA』第1回「SDガンダム三国伝」とさまよえる男性性(1)

    2018-02-09 07:00  
    540pt

    今回から本誌編集長・宇野常寛の新連載『母性のディストピア EXTRA』が始まります。2017年に刊行された『母性のディストピア』に収録されなかった未収録原稿をメールマガジン限定で配信します。戦後の日本文化の中で育まれた「ロボット」の持つ「ねじれ」。第1回のテーマはその意匠に更なる奇形的な進化をもたらした『機動戦士ガンダム』です。 (初出:集英社文芸単行本公式サイト「RENZABURO[レンザブロー]」)
    ▲『G-SELECTION 機動戦士SDガンダム』
    1 「ロボット」の戦後史
     1950年、アメリカのSF小説家アイザック・アシモフはその短編集『われはロボット』の中で、彼の創作した未来社会におけるロボット運用の倫理規則を登場させた。

        * 第一条 ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
        * 第二条 ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
        * 第三条 ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。

    「ロボット三原則」と呼ばれるこの三つの掟は、アシモフの小説においてその思考実験的な側面を大きく担った。作中のロボットたちはこの三原則に忠実であるがゆえに、様々な事件を起こし、また巻き込まれる。そして登場人物たちはこの三原則を厳守する人工知能の思考をシミュレートすることで謎を解いてゆく。それはアシモフが設定した物語の駆動エンジンである以上に、人工知能の夢が実現した未来社会のシミュレーションでもあった。その結果、「ロボット三原則」はアシモフの下を離れ、他のSF作家たちはもちろん、後の人工知能研究にも大きな影響を与えることになった。
     だが、本稿において重要なのはアシモフの偉大な功績ではなく、ロボットという空想物がその黎明期から常に人工知能の夢の象徴だったということだ。自ら思考し、行動を選択し、そして苦悩する人工物としての「ロボット」。神ならぬ人類が真の創造主となる夢をその一身に背負った機械の身体。国内においても、その鋼鉄の四肢に託された夢は創作物の中で大きく花開くことになった。たとえば手治虫はアトムという「科学の子」=ロボットに十万馬力の力を与え、その活躍と苦悩を描くことで国産初のテレビアニメーションを産み出した。それは人工知能の夢の直接的な表現であると同時に、ロボットたちのもつ機械の身体に近代の精神がもたらす人間疎外を重ね合わせる行為でもあった。ユートピアとディストピアが同居する近代、そしてその臨界点の象徴としてのロボットという存在を描いた作品が『鉄腕アトム』だったのだ。だが国内におけるロボット、特に国内のテレビアニメーションにおけるそれは、こうした人工知能の夢が象徴する近代の精神の両義性といった主題を程なく喪失し、独自の発展の道を歩むことになる。そしてその萌芽は、既にアトムの活躍中に芽生えていたのだ。
    『鉄腕アトム』のオルタナティブとして横山光輝が産み出したもうひとつの機械の身体――鉄人28号がそれだ。大戦末期、旧日本軍の決戦兵器として開発されたという設定を持つこの「鉄人」は、遠い未来への夢ではなく近過去に漂う亡霊を背負って登場した。そして当然、鉄人は「心」を持っていなかった。ほとんど玩具のようなリモート・コントロールによって制御される鉄人は、その操縦者によって正義の味方にもなれば悪の使者にもなった。正義感溢れる少年がその手にリモコンを握ればそれは首都東京の守護者として君臨し、犯罪者たちの手に渡れば空襲の記憶さながらに街を破壊する魔人と化す。それが鉄人――人工知能の「夢」を忘れたロボットだった。
     では、人工知能の夢を忘れた私たちは、この機械の身体に何を求めたのか。それは成熟への「ねじれ」た意思だ。鉄人28号を操る金田正太郎少年は、何ゆえその鋼鉄の巨体を手に入れたのか。その正当性は横山の原作漫画がテレビアニメ化される際に設定レベルで強化されることになる。それは鉄人の開発者が正太郎の父親である金田博士であるという設定だ。正太郎は父親から与えられた巨大な身体を用いることで、少年でありながら大人たちに混じって「正義」を執行する=社会参加するのだ。アメリカに去勢された永遠の「12歳の少年」として歩み始めた戦後日本……正太郎は敗戦の記憶を逆手に取ることで、サンフランシスコ体制下のネオテニー・ジャパンにおいて成熟を仮構することに成功したのだ。鉄腕アトムは、孤児だった。その産みの親である天馬博士は亡き息子の似姿としてアトムを産み出したが、天馬はその身体が「成長しない」ことに業を煮やしアトムを捨てたのだ。しかしアトムは捨てられることではじめてお茶の水博士という新しい父を得て、成長しない身体を抱えたまま正義の味方として活躍することになった。それは、敗戦という決定的な記憶を経由してはじめて、「科学のもたらす明るい未来」を再び信じられるようになった戦後日本の似姿でもあったに違いない。だが、その商業的なオルタナティブとして産み出された鉄人が描いていたのはアメリカにはなれない日本、人工知能の夢をストレートには信じられない日本の姿だった。機械の身体は、人間が神になるためではなく、まず去勢された人間(日本)がその人間性を取り戻すために、人間(父)になるためにこそ用いられなければならなかったのだ。戦時中の決戦兵器として開発されたはずの鉄人28号の「顔」が、高い鼻を持つ白人男性のそれに似せたものであることは、この「ねじれ」を端的に表している。
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