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記事 17件
  • ライフスタイル化するランニングとスポーツの未来 『走るひと』編集長・上田唯人×宇野常寛・後編(PLANETSアーカイブス)

    2018-10-15 07:00  
    550pt

    今朝のPLANETSアーカイブスは、雑誌『走るひと』編集長の上田唯人さんと宇野常寛の対談の後編です。ランニングが持つシンプルさと間口の広さ、「ライフスタイルスポーツ」人口の増加とその背景、新しいホワイトカラーの生活とテーマコミュニティ化するランニングの今後についてなど、「PLANETS vol.10」と『走るひと』のコラボレーションの、思想的な背景がわかる対談となっています。(構成:望月美樹子) ※この記事は2016年2月19日に配信した記事の再配信です・前編はこちら
    【告知】 本記事に登場する『走るひと』編集長の上田唯人さんが、10月17日(水)に開催されるオンラインサロン・PLANETS CLUBの第8回定例会で、ゲストとして登壇されます。イベントチケットはこちらで販売中。PLANETS CLUB会員以外のお客様も購入可能です。ご参加お待ちしております!
    ▼雑誌紹介
    雑誌『走るひと』
    東京をはじめとする都市に広がるランニングシーンを、様々な魅力的な走るひとの姿を通して紹介する雑誌。いま、走るひととはどんなひとなのか。プロのアスリートでもないのになぜ走るのか。距離やタイム、ハウツーありきではなく、走るという行為をフラットに見つめ、数年前とはひとも景色もスタイルも明らかに異なるシーンを捉える。 アーティストやクリエイター、俳優など、各分野で活躍する走るひとたちの、普段とは少し違った表情や、内面から沸き上がる走る理由。もはや走ることとは切っても切れない音楽やファッションなど、僕らを走りたくてしようがなくさせるものたちを紹介している。
    https://instagram.com/hashiruhito.jp
    https://twitter.com/hashiruhito_jp

    ■「走ること」の持つシンプルさが間口を広げている
    上田:2020年のスポーツ文化を考える時に、もっとこういう視点で読み解いたらいいのにと思うところや、他のカルチャーから学ぶことはありますか?
    宇野:他のカルチャーから学べることで言うと、エンターテインメントジャンルのノウハウを取り入れることで、スポーツをアップデートできると思うんですね。まさにeスポーツ学会が実践していることです。近代スポーツや近代体育のロジックが画一的な身体観に基づいている一方で、エンターテインメントは個々のプレイヤーの個性や多様性を使って盛り上げていく特性を持っているので、それを取り入れることでスポーツというゲームの更新ができるはずです。
    もう一つはライフスタイルでしょうね。現在のランニング文化の変化は、適度な運動が健康管理の上でポジティブな効果を持つという認識がようやく浸透して、運動がカジュアルなライフスタイルとしてしっかり根付いてきた結果ですよね。その中で、身体を動かすことを含んだ生活を、多様性を帯びつつどうポジティブに見せていくのかということです。運動することが特別ではなくなるのが大事だし、勝手に変わっていくとも思います。
    上田:これまで取材をしてきた中で、面白いと思っているのが、ロックバンドのアーティストにめちゃめちゃ走る傾向があることなんです。特に、ボーカルとドラムの人がすごく走っているんですよ。
    宇野:へえー。ギターやベースのひとはあんまり走らない(笑)
    上田:走ってる人もいるんですけど、気付いたらボーカルとドラムが一緒に走っている。理由の一つはボーカルとドラムが特に体力を使うことです。アーティストにとって、今はCDを売ってどうこうよりも、ライブツアーをしていかに食っていくかが重要だから、それに耐える体力が必要になったということです。
    でも、それ以外の背景があるような気もしているんです。ロックの表現が衝動的なことや、有り余ったエネルギーを表現のモチーフにしていることと、走ることの間に関係があるのかなという想像もしていて、『走るひと2』でロックの精神性のようなテーマを少し紐解いてみたんですよ。
    例えば、AKB48のまりやぎちゃんが走ったというので、その理由を聞いたんですけど、喘息を患わっていたぱるるの快気を祈って走ったと言うんです。「祈って走る」というのは、論理的に因果関係がないですよね。でも、彼女にとっては、走るという方法で祈りを示すことが、ぱるるを勇気付ける手段になっている。これはどういうことなのかと疑問に思ったんです。
    宇野:まりやぎ結構いい奴ですね(笑)。
    上田:良い奴なんですよ。クールに見せて、割とそういう人間ぽいところがある。話を聞いているとすごく家族思いだったり、近しい人間への愛情がある人だなというのをすごく感じました。そういうふうに、『走るひと』では人が走ることをいろいろな捉え方でやっているんです。
    宇野:面白いですね。変な例えですけど、僕の中で長距離ランナーといえば村上春樹なんです。趣味でずっと走っていて、マラソンまで出ちゃう。ああいう人って、イメージとしては草食動物で穀物を食べている感じなんですよ。一方で、ロックバンドとか短距離ランナーの人たちは、朝まで飲んで喧嘩するような、肉食のイメージがある。だから今のアーティストの話を聞いて思ったのは、もともと草食な人たちのものだったランニングが、肉食の人たちまで巻き込もうとしてるということです。ランニングが多様になってメジャー化していく中で、本来ならコツコツ走ることが性に合わないタイプの人も巻き込みつつある。この比喩で言うと、僕自身はお酒を飲まなくて甘いものが好きなので、お菓子の人間なんですよね。
    上田:お菓子の人間かわいいですね(笑)。
    宇野:だから僕は歩いて適当にカフェに入って、本読んだりお菓子つまんだりする。僕みたいに、酒飲まなくて甘いモノが好きでオタクで、というようなお菓子型の人間も、ロッカーのような肉食型の人間も、ランニングは同時に包摂しようとしている。僕はランニング史には詳しくないのですが、ガジェットが充実してきたことや、ランニングが都市部のライフスタイルとして定着してきているといった背景があって、間口がどんどん広くなっている。それで、本来なら対象外にあるタイプの人間まで巻き込もうとしている感触があるんですよね。
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  • 野球をめぐるいくつかの現代的寓話――『カルテット』とWBC中継延長問題(文化系のための野球入門 vol.5)

    2017-06-09 07:00  
    550pt

    野球という〈古い日本の象徴〉を、新たな視点で捉え直す「文化系のための野球入門」。今回は、この春に行われた野球の世界大会「WBC」のテレビ放映をめぐって起こった文化的対立をヒントに、現代社会における〈野球〉の位置を考えます。(文:中野慧<PLANETS編集部>)
    「カルテット民 VS やきう民」紛争でフラッシュバックした世紀末の光景
     今年(2017年)の春先、野球の世界大会ワールド・ベースボール・クラシック(以下WBC)の第4回が開催されました。「侍ジャパン」こと野球日本代表は、事前の壮行試合で苦戦したこと、イチローやダルビッシュやマー君(田中将大)といった誰もが知るスター選手の不在などもあり前評判はあまり高くなく、「世間的な盛り上がりに欠ける」というようなことも言われていました。しかし、いざ蓋を開けてみると本大会では6連勝と快進撃を続け、準決勝で優勝国アメリカに敗れはしたものの、終わってみればそれなりに盛り上がった――少なくとも野球ファンのあいだでは――といえそうです。
     私自身、二次ラウンドの日本VSイスラエルを東京ドームで観戦したのをはじめ、日本戦以外もテレビや現地などで観戦しました。健闘したイスラエルやオランダ、そして4回目にしてようやく初優勝した「野球の母国」アメリカ代表の戦いぶりなども含め、とても見応えのある大会だったと感じました。
     しかし、「侍ジャパン」や他のチームの戦いぶりなどのゲームの内容以上に、マスメディアでの報道やネットユーザーたちの論じ方で見えてきた「WBCと日本社会」の構図が大変興味深かったという印象を持っています。
     WBCが開催されていた2017年春季はちょうど、TBS系『カルテット』(出演:松たか子、松田龍平、満島ひかり、高橋一生 脚本:坂元裕二)というテレビドラマがドラマファンのあいだで注目されていました。このドラマは火曜22時(『逃げるは恥だが役に立つ』と同じ枠)の放送だったのですが、ちょうど3/7のWBC1次ラウンド日本VSキューバ、3/14に行われた2次ラウンドの同じく日本VSキューバが火曜日に行われ、野球中継が延長に延長を重ねてドラマの放映開始時間が後ろ倒しになる、という事態が起こっていました。
     私はふだんテレビ番組を観る際、2ちゃんねるやツイッターなどネット上の書き込みを追っているのですが、このときネット上では『カルテット』を楽しみにしている視聴者(ここでは「カルテット民」と呼びます)とWBC視聴者(同じく「やきう民」と呼びます)のあいだで小競り合いが起こっていました。カルテット民は「野球ウザい早く終われ」、やきう民は「どうせ低視聴率不人気ドラマでしょ」と応酬するという、いつかどこかで見たような不毛な光景が繰り広げられていたのです(なお、『カルテット』はドラマファン内での評価は高かったものの、リアルタイム視聴率は多くの回で一桁台でした)。

    ▲「野球 延長」でGoogle検索するとレコメンドで出てくる単語群。「うざい」「ムカつく」といった感情的なワードから、「何時まで」といった実利的な情報を求めるものまで様々。
     松井秀喜などを擁し、まだ巨人が盤石の人気を誇っていた90年代半ば、私はまだ野球の魅力に目覚めていない漫画やドラマが好きな小学生だったのですが、野球中継の延長により楽しみにしている番組が後ろ倒しになる、もしくはVHSでの録画に失敗するといった経験を通して、テレビの番組表を乱す「野球」の傍若無人な振る舞いに深い恨みを抱くようになりました。特に、日テレ系列土曜21時の放映枠だった少年少女向けドラマ『家なき子』『金田一少年の事件簿』『銀狼怪奇ファイル』などを楽しみにしていたのですがいずれも野球の犠牲となり、悲しい思いをしたことを覚えています。
    今の野球中継はどうなっているのか? 
     おそらく前世紀末、まだ一家にテレビ一台が普通だった時代は、あくまでも比喩ですが「野球中継を観たい父親 VS ドラマを観たい娘」といった思想的対立が、広く日本中の家庭で起こっていたのではないでしょうか。今年の「カルテット民 VS やきう民」もそれを彷彿とさせるもので、ドラマファンからは「なぜ野球は延長するのか? BSやサブチャンネルを使えばいいのでは?」という声が上がっていました。
     私はそういった光景を眺めていて、その種の感想が出てくること自体が興味深いと感じました。というのも、「野球が傍若無人に番組表を乱す」ということは以前よりも明らかに少なくなっていることが、事実としてあるからです。
     ふつうプロ野球のナイターは18時に試合開始で、おおむね3時間で終わると想定されています。そこでテレビで野球中継を行う場合は、中盤から試合終了までの19〜21時の放映枠を取っていることが多いです。しかし野球が3時間で終わることのほうが実は少なく、昔は平均的には10〜30分ぐらい延長することが多かったわけです。
     しかし野球中継の延長は近年、急速に減少しました。なぜかというと巨人戦が以前ほど視聴率を取れなくなり地上波での放映数が減少し、その一方で90年代以前は映像で観ることが難しかった巨人戦以外のセ・リーグ球団やパ・リーグの試合が、BS・CSなど多チャンネル化やネット放送(ニコニコ生放送、スポナビライブ、DAZN、Abema TV、SHOWROOM等)の充実によって様々な方法で視聴できるようになり、プロ野球の「巨人頼み」の構図が大きく転換したからです。
     テレビ放送についても、たとえば地上波の日テレで巨人戦を放送する際には(18時に試合開始で)19-21時のみ放送し、試合時間が放送枠を超えた21時以降はBS日テレに移行、そしてもし22時を超えてBSの放送枠に食い込むようだったらサブチャンネルで放送するなどし、放送枠を乱さないような改善が行われました。少なくとも、昔のように頻繁に地上波で野球が延長するということがなくなり、棲み分けができるようになってきているわけです。これは今や野球ファンのなかではほとんど共通了解のようになっています。

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  • 地理と文化と野球の関係(「文化系のための野球入門――ギークカルチャーとしての平成野球史」vol.4)☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.698 ☆

    2016-09-27 07:00  
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    地理と文化と野球の関係(「文化系のための野球入門――ギークカルチャーとしての平成野球史」vol.4)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2016.9.27 vol.698
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    今朝のメルマガは「文化系のための野球入門」をお届けします。今回は「野球人気の地域差」に着目し、日本社会に暮らす人々が、野球というスポーツ/エンターテインメントに接する際の温度差について考えます。
    ▼執筆者プロフィール

    中野慧(なかの・けい)
    1986年生、PLANETS編集部。文化、政治からスポーツまで色々な書籍・記事を担当しています。過去の構成担当書籍に『静かなる革命へのブループリント』(宇野常寛編、河出書房新社)、『ナショナリズムの現在』(著・小林よしのり他、朝日新聞出版)、『「絶望の時代」の希望の恋愛学』(宮台真司編、KADOKAWA/中経出版)等。

    過去の配信記事一覧はこちらから。

    前回:いま野球界の構造はどうなっているのか? 選手育成過程と、今夏の「女子マネージャーと硬式球」問題(「文化系のための野球入門――ギークカルチャーとしての平成野球史」vol.3)

    本記事に関するご意見、ご感想等は、こちらまでお送りください。
    ■昔から「地域密着」していたプロ野球
     前回に引き続き、野球界の基底構造を試論として述べてみたいと思います。
     先日、広島東洋カープが25年ぶりの優勝を果たし、ニュースやSNSのタイムラインを賑わせていたと思います。そこで意外な人がカープファンだったことが明らかになり、驚いたりした人も多いのではないでしょうか。「◯◯という野球チームのファンである」ということは、当人たちがあえて日常のコミュニケーションで表明しようと思わないぐらいに身体化されていたりします。
     その一方で、例えばしばしばメディアで「高校野球は国民的行事だ」といういうことが言われるわけですが、「そもそも高校野球に関心がないから、国民的行事だなんて1ミリも思わないよ」と反発を覚える人もいると思います。
     ここで考えてみたいのは、個々人の出身地域や所属する文化的クラスターによって「野球」というスポーツ/エンターテインメントの受け取り方に大きな差が出てくる、ということです。そこで今回は「地域によって『野球』というものの重みがどう違うか」に着目して、野球文化の内実を考えてみたいと思います。
     この連載のもとになった記事(いま文化系にとって野球の楽しみ方とは?――「プロ野球ai」からなんJ、『ダイヤのA』、スタジアムでの野球観戦、そしてビヨンドマックスまで)では、「野球人気低下」の実相について検討しました。よくマスメディアで言われる「野球人気」のバロメーターは、つまるところ「テレビにおける巨人戦の視聴率」だったわけです。現在の地上波における巨人戦中継数や視聴率はたしかに減少傾向であるものの、スタジアムに足を運ぶ観客の数や、野球を実際にプレーする選手の数は21世紀に入って右肩上がりになっています。野球人気を考える上では、「マスメディアを通した薄く広いファン層」ではなく、球場に足を運んだり自分でやったりする「濃い」ファン層の推移を考える必要があるという論旨だったのですが、地域の野球人気を考える際もやはり観客動員の数に着目する必要があります。
     近年、プロ野球においてJリーグをモデルとした「地域密着」型の球団経営が志向されていることは、野球に詳しくなくても知っている方が多いのではないかと思います。北海道では2004年に札幌に本拠地を移した北海道日本ハムファイターズ、東北では2005年に新規参入を果たし仙台に本拠を置いた東北楽天ゴールデンイーグルス、福岡では2006年に親会社が変わった福岡ソフトバンクホークスといったパ・リーグ球団が、それぞれ地域での人気を確立しています。
     実際に2008〜2015年に開催されたプロ野球公式戦の各チームのホームゲーム観客動員数の推移を見てみると、ソフトバンク、日本ハムの観客動員数は高水準を維持していますし、2005年に球界に参入したばかりの楽天も急上昇中です。

    ▲日本野球機構 統計データより作成。
     では、プロ野球において「地域密着」が進んだのは最近かというと、必ずしもそういうわけではありません。大阪府・兵庫県の阪神タイガース、愛知県なら中日ドラゴンズ、広島県なら広島東洋カープといったいくつかのセ・リーグ球団は、戦後にプロ野球が復活して以降、長きにわたって地域住民に愛されてきており、現在の観客動員数でも上位に位置しています。
     たとえば広島東洋カープは、ある種の「戦後復興・反戦平和の象徴」として生まれ、市民の支持を受けてきました。被爆都市である広島で戦後にプロ球団が誕生した経緯、市民の受容過程や、カープがどのような「意味」を背負っていたかについては、『はだしのゲン』で有名な中沢啓治の漫画作品『広島カープ誕生物語』でも描かれています。

    ▲中沢啓治『中沢啓治著作集(1)広島カープ誕生物語』DINO BOX
    ■日本で一番野球が盛んな都道府県はどこか
     野球文化は大きくプロ野球とアマチュア野球のふたつに分けられるわけですが、大阪・愛知・広島の3府県は戦前から高校野球も盛んであり、全国優勝経験のある強豪校を多く抱えていてアマチュア野球が市民の身近にあることも、野球人気の高さを下支えしています。
     では、日本で一番野球が盛んな都道府県はどこか? と問われたとき、暫定的には「大阪府」と答えるのが、もっとも正解に近いと思います。プロ野球においては阪神タイガースが伝統的に根強い人気を誇り、阪神以外にも近鉄バファローズ(前身も含めて1952年より大阪に本拠を置き、2004年に消滅)、南海ホークス(現在の福岡ソフトバンクホークス。1952年〜1988年まで大阪に本拠を置き、89年より福岡に移転)、阪急ブレーブス(現在のオリックス・バファローズ。1952年〜2004年まで兵庫県に本拠を置き、現在は大阪府を本拠としている)と、20世紀後半には4つものプロ球団が大阪周辺に本拠を置いていました。

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  • 日本人はリオ五輪から何を学ぶべきか――『オリンピックと商業主義』著者・小川勝氏インタビュー ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.668 ☆

    2016-08-16 07:00  
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    日本人はリオ五輪から何を学ぶべきか――『オリンピックと商業主義』著者・小川勝氏インタビュー
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2016.8.16 vol.668
    http://wakusei2nd.com



    今朝は『オリンピックと商業主義』の著者であるスポーツジャーナリスト・小川勝さんのインタビューをお届けします。
    新国立競技場問題をはじめ、さまざまな問題を抱えながらも、4年後に迫っている東京オリンピック。政治とカネとノスタルジーが複雑に絡みあったこの状況を解きほぐす鍵は、本来のオリンピックの理念に立ち返ることだと語ります。現在開催中のリオ五輪を参照しながら、日本人は「2020年」にどう向き合うべきかを考えます(このインタビューは2016年7月22日に収録しました)。

    『PLANETS vol.9 東京2020 オルタナティブ・オリンピック・プロジェクト』好評発売中です!

    『PLANETS vol.9』は2020年の東京五輪計画と近未来の日本像について、気鋭の論客たちからなるプロジェクトチームを結成し、4つの視点から徹底的に考える一大提言特集です。リアリスティックでありながらワクワクする日本再生のシナリオを描き出します。
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    ▼プロフィール

    小川勝(おがわ・まさる)
    1959年、東京生まれ。青学大理工学部からスポーツニッポン新聞入社、野球、米国4大プロスポーツ、長野五輪などを担当、2001年に退社してスポーツライターに。著書に「イチローは『天才』ではない」(角川ONEテーマ新書)「オリンピックと商業主義」(集英社新書)「東京オリンピック 『問題』の核心は何か」(集英社新書)など。
    ◎聞き手:菊池俊輔
    ◎構成:森祐介
    ■どこまでを五輪開催の費用とするべきか
    ――今年はブラジルでリオオリンピックが開催され、4年後には東京でのオリンピックも近づいています。まずは現在のオリンピックをとりまく状況をお聞きかせください。
    小川 現在のオリンピックの開催について、もっとも耳目を集めやすいのは経済的な話題でしょう。2020年の東京オリンピックを誘致するにあたっても、とにかく経済効果の大きさばかりが語られていた印象です。しかし、オリンピックというものは、本来は税金を投入して当たり前の奉仕活動でした。黒字だ赤字だと、お金の話ばかりの「商業主義」に変わってしまったのは、1984年のロサンゼルスオリンピック以降のことです。
    当時の報道を知っている人にとっては、あそこから商業五輪がはじまったことは一般常識なのですが、僕より年下の方から「若い人にとっては、ロサンゼルスオリンピックは歴史上の出来事ですよ」と言われてしまって……。
    そういう意味でも、『オリンピックと商業主義』を出版した2012年は良い時期だったのではないかと思います。4年前は、まさに東京五輪の誘致活動が行われている最中でしたからね。
    ――東京オリンピックの誘致活動が行われていたとき、「税金の無駄遣いになるから誘致はやめよう」という意見が根強くありました。しかし、実際に何にお金がかかるのかについては、なかなか分かりづらいところがあります。
    小川 「何にいくらお金がかかるか」という議論の前提があやふやなのは確かです。よく「東京オリンピック開催にかかるお金」という言葉が使われますが、この言葉を使っているメディアの人たちも、内容をよく整理できていないという印象が強いです。
    前回の東京オリンピックでは、柔道の会場として日本武道館を税金で作りました。あれから50年以上が経った今、「日本武道館を建てた税金はムダだった」という人はまずいません。現在ではコンサート会場としてメッカになっているなど、当時の人たちが想定していなかった使われ方もしていますが、歴史のある施設ですので、少々赤字だとしても「潰してしまおう」とはならない。
    代々木第一・第二体育館や国立競技場にしても同じです。建設費用は「オリンピック開催に必要なお金」とも言えますが、同時に「公共財産をつくる事業としてのお金」でもあったわけです。東京オリンピックに間に合わせるためにつくった施設ではありますが、東京オリンピックだけにかけたお金ではない。黒字だ、赤字だという枠に、この建設費を入れてしまうのは間違いだと思います。
    ――当時とは社会状況も変わっています。たとえば新国立競技場について、また前回と同じような施設が必要なのでしょうか?
    小川 あの場所に競技場を作ること自体は大賛成です。自然環境への影響など、まだまだ検討が必要な部分もありますが、あの施設が持つ、伝統を引き継ぐことが何より重要だと思います。サッカーの天皇杯や関東学生陸上競技連盟の大会など、さまざまな競技において、国立競技場はとても大きな意味をもった場所です。
    サッカー選手にとっては、お正月に天皇杯で優勝してカップを掲げることは大きな目標のひとつですし、高校サッカーの学生たちにとっては、準々決勝まで残って国立で試合をするのが憧れです。こういった伝統はお金で買えるものではありません。多少赤字があったとしても、税金で補填して維持していく価値があるといえます。
    世界的に見ても、1964年の東京オリンピックは、西洋文化の外部で開催された初めてのオリンピックです。初めてアジアで開催されたオリンピックの場所であるというだけでも、残すに値するといえます。
    また、伝統の中身としては、デザインも重要です。たとえば甲子園球場にあるスコアボードはその象徴です。ほかの球場のバックスクリーンは、電光掲示板を使うのが当たり前になっています。甲子園でも導入されたのですが、「手書きの味わいは残そう」と、電光掲示でも、手書きに似たものになりました。鮮明な動画を使ってエンターテイメント的な演出をする球場もありますが、甲子園はそうあるべきではないという考え方ですね。合理性を考えたら、ほかの考え方もあるでしょう。しかし、阪神タイガースの縦縞ユニフォームがずっとそのままなのと同じで、これは理屈ではないのです。ファンが応援してきたタイガースの名シーンの記憶には、縦縞が一緒に入っている。それと同様、ファンと球団が抱えている歴史は絶対に失ってはいけないのです。
    ――新国立競技場に関しては、当初とは計画も変わってきました。
    小川 僕は最初の計画には絶対反対の立場から、いろいろな批判を書いてきましたが、新しい計画では、多少は良くなったと考えています。ただ、いまだに施設が巨大すぎるのは事実です。2002年に日韓共催ワールドカップを行った日産スタジアムは603億円でつくれましたが、新国立競技場は計画全体の予算が1550億円となっています。日本サッカー協会は、将来的にワールドカップを招致するために「8万席の固定席をつくるように」と言っていますが、あの場所の施設に8万席を造ればそれだけ大きな競技場になる。岡田武史元代表監督も「招致できるかもわからないし、可能だとしても何年先かわからない」と仰っている。開催できたとしても使うのはそのときの1回だけです。そんなことのために競技場が大きくなり過ぎるのであれば、日産スタジアムを増築するなど、他の可能性を考えるべきでしょうね。
    ■ブラジル経済の影響を受けて準備がギリギリに
    ――今回のリオデジャネイロオリンピックについて、小川さんはどう見ているのでしょうか?
    小川 比較的最近のオリンピックの開催地には大きく分けて2種類がありました。伝統国での開催と、新興国での開催。これが交互に行われてきました。たとえば2004年のアテネ大会。これは第1回オリンピックが行われた伝統国ですよね。その次の2008年の北京大会は新興国で、中国では初開催でした。2012年は開催3度目のロンドン大会。今回は新興国のリオ大会。これは南米で初めての五輪です。
    今回のリオの標語は「A New World」です。オリンピックの創始者であるピエール・ド・クーベルタンが、IOC(国際オリンピック協会)を作ったときの趣旨は「世界に五輪を広げていく」というもので、それに沿ったものとなっています。


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    2016年は清原元選手の逮捕、巨人選手の野球賭博問題、プロ球団の試合前後の金銭授受など、野球界で様々な問題が噴出しました。またアマチュア野球においては、この夏も女子マネージャーの高校野球への参加をめぐって「炎上事件」が起きています。本記事では、野球界が抱える構造的な問題を、より俯瞰的な視点から解説します。
    ▼執筆者プロフィール
    中野慧(なかの・けい):1986年生、PLANETS編集部。文化、政治からスポーツまで色々な書籍・記事を担当しています。過去の構成担当書籍に『静かなる革命へのブループリント』(宇野常寛編、河出書房新社)、『ナショナリズムの現在』(著・小林よしのり他、朝日新聞出版)、『「絶望の時代」の希望の恋愛学』(宮台真司編、KADOKAWA/中経出版)等。
    過去の配信記事一覧はこちらから。
    前回:「高校野球カルチャー」の本当の問題点とは?――高野連、坊主頭、夏の大会「一票の格差」を考える(「文化系のための野球入門――ギークカルチャーとしての平成野球史」vol.2)
    本記事に関するご意見、ご感想等は、こちらまでお送りください。
    ■野球文化の問題点は「特別扱い」「異常なことを異常だと感じられなくなっていく構造」
     久しぶりの配信になりますが、最初に宇野編集長より与えられたこの連載のミッションは「いま文化系にとって野球とは?」を語っていくことでした。野球文化にはまだ明示的に語られていない面白い要素があるのでそこをメインにしたい――と思っているのですが、前回の記事を配信した際に様々な方から感想をいただいて、野球に詳しくない人にはまだまだ不親切な部分があったと感じました。
     今、野球界は様々な問題を抱えています。まずは、「現状のプロ、アマチュア含めた野球界の全体像はどういうものか?」「いま騒がれている問題の根源はどこにあるのか?」について、野球に詳しくない人に対してもわかりやすく見取り図を整理したいと思います。そこで今回の記事は編集担当者でもある僕(中野)の発表パートにして、その後にこれまで座談会に参加してくれた皆さんも含めて、討議形式で考えてみたいと思います。この発表パートでは、野球に詳しい人であれば「そんなの当たり前でしょ」と思うような部分も詳しく解説していきます。
     結論から言うと、野球文化の問題点は「特別扱い」「異常なことを異常だと感じられなくなっていく構造」にあると思っています。
     まずは、現状メディアに出ている問題の数々を順番に整理してみることにします。今年(2016年)、元プロ野球選手の清原和博が覚醒剤で逮捕され、巨人選手が野球賭博に関与していた事件の詳細もより明らかになりました。さらにプロ12球団中8球団で、試合前に各選手が現金を拠出し合い、試合前の円陣で声出しを担当した選手に、勝った場合には「ご祝儀」と称して金銭を与え、負けた場合には当該選手が現金を支払うという慣習が定着していたことも発覚しました。
     基本的に刑法の賭博罪において、「ゴルフで勝負して負けた人が勝った人にジュースをおごる」というような行為は、その場で消費できる少額のものであるので許容されています。「声出し金銭授受」に関しては数万円と金額が大きくなるので賭博罪に該当する可能性も高くなってくるのですが、まだグレーゾーンの範囲のため、プロ野球を統括するNPB(日本野球機構/プロ野球の統括団体)は選手たちに処罰を下しませんでしたし、刑事事件に発展する可能性も低いとされています。
     ただ、巨人選手の賭博行為に関しては、そもそも野球賭博は公営ギャンブルではないため関与すると賭博罪に該当します。また、NPBが制定している「野球協約」というルールでは野球賭博に関与することが明確に禁止されているため、NPBは3選手を永久追放、1人を1年間の出場停止という処分を下しました。この件については警察も動いており、主犯格の1人が今年4月に逮捕されています。
     そしてこの問題と前後して、西武・巨人・オリックスで活躍したスーパースターである清原和博が覚醒剤取締法違反で逮捕されています。保釈時に報道陣が大挙して押し寄せるなどメディアスクラムが加速した一方で、「覚醒剤のような依存症に対しては『刑罰』ではなく『治療』によって対処すべきだ」という意見も出ています。
    (参考)
    薬物依存症は罰では治らない(松本俊彦/精神科医)SYNODOS-シノドス-
    薬物問題、いま必要な議論とは(松本俊彦×荻上チキ)SYNODOS-シノドス-
     清原事件と巨人選手の野球賭博問題に関しては、「タニマチ」の存在がクローズアップされました。タニマチとはもともと相撲界の言葉で、スターと私的に付き合い、金銭的なバックアップをするお金持ちの支援者のことです。相撲、芸能界、野球界など比較的古い世界では、こうしたインフォーマルな関係はよくあることだとされています。
     ただ、タニマチは必ずしも善人ばかりではなく、中には裏社会と繋がりのある人たちもいたりします。そういった「悪い人」の中には野球賭博を開帳している人もいたりしますし、芸能界との繋がりのなかでスターを薬物使用に引き込んでいくような文化もあるわけです。
     プロ野球界においては、巨人・阪神という伝統的に人気のある2球団の選手にタニマチがつく場合が多いとされています。また巨人・阪神に限らず、アマチュア時代から人気のある選手にもタニマチがつく場合があります。そういったインフォーマルな付き合いのなかで、清原も、そして巨人選手たちも悪事に手を染めていったのではないか、というのが現状出ている議論ですね。
     また、今年7月になって「ハンカチ王子」こと日本ハムの斎藤佑樹選手も、個人的につながりのあるベースボール・マガジン社の社長に「ポルシェをねだる」ということをしていた疑惑が「週刊文春」によって報じられました。これに関しては基本的には違法性はない(あるとすれば車庫証明違反等)わけですが、「高い年俸を貰っているプロ野球選手である以上、ポルシェに乗りたいなら自分で稼いだお金で買うべきだ」という批判も出ています。ここでは違法かそうではないかというよりも、スポーツ選手としてのイメージが問題になっているわけです。
     こうした数々の問題に、深いところで共通するものが、「野球の特別扱い」と、「異常なことを異常だと感じられなくなっていく野球界の構造」だと思っています。たとえば「出版社の社長にポルシェをねだるとお金を出してもらえる」というのはとても普通の感覚ではありえないことですが、そういった異常なことを「異常だと感じられなくなっていく」構造が野球界には深く根付いています。
    ■「高校球児のコスプレ」をする野球エリートたち
     なぜそうなってしまったのか。様々な要因が考えられますが、社会と野球との関わりということで言えば「戦後社会で野球があまりにも特別扱いされすぎてきた」、そして野球界内部の問題で言えば「野球エリートの育成課程に問題がある」ということだと思います。
     先に結論を言ってしまうと、サッカーのJFA(日本サッカー協会)のように、プロ・アマを総合的に統括するような組織が野球にはないことが最大の要因です。これはしばしば色んな人が言及していることですが、もっともっと強調されていいことです。
     日本の野球界はアマチュアとプロがずっといがみ合ってきた歴史があります。さらにアマチュア野球界内部でも高校と大学では統括する組織が違いますし、大学野球界ではさらにひどい縄張り争いが繰り返されてきました。そういった歴史の積み重ねと、日本社会における「野球」というものの独特のプレゼンスの大きさが歪みを引き起こし、ここに来て様々な症状として噴出しているのだと思っています。
     まずは、「野球エリートの育成課程」の特殊性について説明していきたいと思います。基本的にプロ野球選手になる人の多くは、小学生のときに野球やソフトボールを始めている場合が大半です。学童野球はゴムでできていて安全な「軟式球」を使うことが多く、軟式野球の場合は、年代別に小学校低学年なら「D球」、高学年は「C球」、中学は「B球」、高校〜一般は「A球」とそれぞれサイズと重さが違う球を使います。軟式球は日本発祥の規格です。
     しかし、特に才能がありそうな子はプロと同じ「硬式球」を使う「ボーイズリーグ」「リトルリーグ」「ヤングリーグ」といった組織に所属するクラブチームでプレイします。「将来にわたってトップレベルでプレイし続け、プロ野球選手を目指すのであれば、早めに硬式球に慣れていたほうがいい」というわけです。ちなみに「本場」であるアメリカでは野球といえば硬式球を使うものなんです。アメリカ人は軟式球の存在すら知らないことが多いですね。日本における軟球の代わりとしてソフトボールがすごく人気があったりします。

    ▲下段左が硬式球、真ん中が軟式球。硬式球はコルクの周りに糸を巻き付け牛革で覆っているが、軟式球は内部が空洞になっており外皮はゴム(ちなみに一番右のボールは準硬式球と呼ばれ、内部構造は硬式とほぼ同じだが外皮が軟式と同じゴムでできていて、中間的な球。準硬式球のプレイヤー数は硬式・軟式と比べるとかなり少ない)。硬式球はほとんど石のような固さで、投球や打球が直接身体に当たるととても痛く、骨折の危険性も高いが、軟式球が当たって骨折するケースは非常に少ない。(画像出典)野球図鑑|ホームメイト・リサーチ 

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  • スポーツは本当に人間形成につながるのか?(体育学者・中澤篤史インタビュー『AmazingでCrazyな日本の部活』第3回) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.587 ☆

    2016-05-10 07:00  
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    スポーツは本当に人間形成につながるのか?体育学者・中澤篤史インタビュー『AmazingでCrazyな日本の部活』第3回
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2016.5.10 vol.587
    http://wakusei2nd.com

    今朝のメルマガでは、体育学者・中澤篤史さんへの連続インタビュー第3回をお届けします。第2回までは日本と海外の部活事情の違い、そして運動部活動が抱える本質的な問題点について伺ってきましたが、最終回となる今回は、スポーツと地域の関係の再編、そして「スポーツは人間形成につながる」という言説の正否について深掘りしてお話ししていただきました。
    ▼これまでに配信した記事一覧
    体育学者・中澤篤史インタビュー『AmazingでCrazyな日本の部活』第1回:外国にも部活はあるの?
    体育学者・中澤篤史インタビュー『AmazingでCrazyな日本の部活』 第2回:「メンバーによる自主的なマネジメント」にこそ部活の価値がある?
    ▼プロフィール

    中澤篤史(なかざわ・あつし)
    1979年、大阪府生まれ。東京大学教育学部卒業、東京大学大学院教育学研究科修了、博士(教育学、東京大学)。一橋大学大学院社会学研究科准教授を経て、2016年4月より早稲田大学スポーツ科学学術院准教授。専攻は体育学・スポーツ社会学・社会福祉学。主著は『運動部活動の戦後と現在:なぜスポーツは学校教育に結び付けられるのか』(青弓社、2014)。他に、『Routledge Handbook of Youth Sport』(Routledge、2016、共著)など。

    ▲中澤篤史『運動部活動の戦後と現在: なぜスポーツは学校教育に結び付けられるのか』青弓社、2014年
    ◎聞き手・構成:中野慧
    ■「ハコの空気を読む」だけではなく「ハコそのものをつくる」
    ――本誌編集長の宇野常寛がテレビの討論番組に呼ばれたときによく、「日本の学校文化は教室という1つのハコの中の空気を読む能力を養成しているだけ。でも、たくさんあるハコのなかから自分に合ったものを複数選んで組み合わせる能力のほうが大事だ」という話をしています。
     それを部活に延長して考えてみると、たとえば自分が野球がやりたいとして、自分の高校の野球部は一つしかなくて、学校に紐付けられているせいで同調圧力や息苦しさがある。もしそうなのであれば、青少年スポーツはもっと学校から地域クラブなどに移行されていっていいはずで、現実にもそういう動きがあると思うのですが、その点についてはいかがでしょうか。
    中澤 スポーツの学校から地域への移行は、歴史的には「社会体育化」という言葉で何度か試みられてきましたが、上手くいきませんでした。その後も、「学校スリム化」とか「総合型地域スポーツクラブ」という言葉が出てきて、試みられ続けていますが、うまくいっていません。良くも悪くも、部活はやはり残ったまま。地域にハコがたくさんあって選ぶことができる状況にはなっていませんね。
     宇野さんの仰るように、「ハコを選ぶ能力」は大事だと思いますが、同時に「ハコをつくる能力」も大事だと思います。ハコを選ぼうと思っても、実は自分に合ったハコとか、自分の好きなハコはこの世の中にあんまりない。だったらそれを創っちゃえばいいんじゃないか。つまり部活を創造する。難しいけど、大事なことです。
     野球であれば試合をするには9人必要です。Aさんが「野球をしたい!」と思っても、まずは自分以外に8人を集めなければいけない。その仲間をつくるのが第1段階になります。クラス内で「野球、興味ない?」と声をかけて、「キャッチボールくらいならいいよ」という人が出てきて、だんだん仲間が増えていく。野球を成立させていくために、自分がしたいことをするために、仲間と相談したり協力したりするわけですが、そのプロセスのなかに人生で学ぶべきいろいろなことが入っている。時には子どもの力だけではできないことを、大人がサポートしなければいけない場面も出てくるでしょう。そうやってスポーツを成立させるために子どもが試行錯誤して学んだことは、なかなか汎用性が高そうだなと思います。
     それを外側から、「部活の仕方はこうなんだ!」って決めちゃうと、肝心の自主性そのものが死んでしまう。部活は自主性を育てると言いながら、それで自主性が育つわけがない。そもそも「自主性を育てる」って矛盾した表現じゃないですか? 
    ――たしかに、そうですね。
    中澤 「自主的になれ!」って命令されて、「はい! 自主的になります!」って返事したらもう自主的じゃない。だから、内側から出てくる子どもの気持ちがないと何も始まらないはず。そういう気持ちをいかに活用するかが部活の肝で、それが「ハコをつくる」という創造性の溢れる教育につながる可能性がある。部活の地域移行の話に関連づけると、「学校でやるスポーツは窮屈で地域はバラ色」と単純に想定されがちですけど、実は地域は冷たかったりします。
    ――それは、どういうことなんですか? 
    中澤 たとえば、子どもが一市民として、「野球をやりたい」と思ったとする。ならば大人がそうするように、市民球場に予約しに行かなきゃいけない。すると、「予約が埋まっているので無理です」と断られたり、「まずは来年、地域の会議に出るところから始めてください」と言われたりする。学校を出た瞬間に、子どもは保護されるべき児童・生徒ではなく一市民として扱われてしまう。まだ子どもなのに大人社会のルールに従わなければいけない。それはとても大変で困難なことです。そもそもなぜ子どもが学校に通うのかというと、「一人前の大人」になるための練習をするためです。そういうときこそ、知識も能力もある教師が支援して、子どもが「一人前の大人」になれるように学校が頑張らなきゃいけない。「ハコを選ぶ能力が大事だ」といって窮屈な学校を抜け出してみたはいいものの、自分にあったハコがなかった。その後、「自分に合ったハコをつくってみよう」と子どもが思ったとき、もう一度学校に戻ってハコをつくる練習をする、そんな場所に学校や部活がなればいいと思います。
    ――ただ、「ハコをつくる」ためには、ある程度の高度な能力が必要になりませんか。
    中澤 何が難しいかというと、結局「あれがやりたい」という思いだけではハコは作れないからです。せっかく集めた仲間とケンカしてしまうこともある。そのときにどう指導ができるか。顧問教師はスポーツのルールを知っているだけじゃなくて、人間関係をどうつくるかや、道徳そして市民性をどう育成するか、といった指導力が求められます。それはまさに、一般的に教師に期待されている、子どもを「一人前の大人」に育てるための指導力です。顧問教師に求められる指導力とは、スポーツの経験があるかどうか、だけではありません。教師の一般的な教育的指導力そのものが部活に必要になります。部活を教育のなかで立て直そうとするのであれば、単なるスポーツ知識だけにとどまらないような教師の力量が問われるはずです。

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  • 体育学者・中澤篤史インタビュー『AmazingでCrazyな日本の部活』 第2回:「メンバーによる自主的なマネジメント」にこそ部活の価値がある? ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.562 ☆

    2016-04-12 07:00  
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    体育学者・中澤篤史インタビュー『AmazingでCrazyな日本の部活』
    第2回:「メンバーによる自主的なマネジメント」にこそ部活の価値がある?

    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2016.4.12 vol.562
    http://wakusei2nd.com


    今朝のメルマガでは、体育学者・中澤篤史さんへの連続インタビュー第2回をお届けします。
    第1回では現代の体育全体の事情や、アメリカやイギリスの部活がどうなっているのかについて伺いましたが、第2回では、日本の部活が海外ではどう見られているのか、そして運動部活動が抱える本質的な問題点についてお話を伺いました。

    前回:体育学者・中澤篤史インタビュー『AmazingでCrazyな日本の部活』第1回:外国にも部活はあるの?
    ▼プロフィール

    中澤篤史(なかざわ・あつし)
    1979年、大阪府生まれ。東京大学教育学部卒業、東京大学大学院教育学研究科修了、博士(教育学、東京大学)。一橋大学大学院社会学研究科准教授を経て、2016年4月より早稲田大学スポーツ科学学術院准教授。専攻は体育学・スポーツ社会学・社会福祉学。主著は『運動部活動の戦後と現在:なぜスポーツは学校教育に結び付けられるのか』(青弓社、2014)。他に、『Routledge Handbook of Youth Sport』(Routledge、2016、共著)など。

    ▲中澤篤史『運動部活動の戦後と現在: なぜスポーツは学校教育に結び付けられるのか』青弓社、2014年
    ◎聞き手・構成:中野慧
    ■ 日本の部活は海外からどう見られているのか
    ――イギリスを含むヨーロッパでは、スポーツ選手の育成は地域クラブが担うという形式が一般的なんでしょうか? 
    中澤 はい、イギリスも含めて多くのヨーロッパ諸国では、学校の部活よりも地域クラブが盛んです。とくにドイツが典型的です。ドイツには「フェライン」(Verein)と呼ばれる地域クラブがあります。フェラインは学校よりはるかに歴史が古くて、街とともに誕生していることが多い。学校や企業とは独立した、地域の人々の生活に溶け込んだスポーツをする場所があります。
    ――そうすると、青少年のスポーツ文化と学校の人間関係は、日本のように紐付いていたりしないんでしょうか。
    中澤 ドイツの場合、長らく学校制度自体が午前授業で、午後は全部放課後というのが一般的でした。地域には学校の隣にクラブがあったりするから「紐付いている」と言えなくもありませんが、時間的には完全に分離している。友達関係も紐付いていないことはちょっと考えにくいですが、学年やクラスのようなまとまりでやっているわけじゃないので、その点では日本と違います。ただ、最近では「やっぱり学校でも鍛えたほうがいいかも」ということになって、14〜15時ぐらいまでは授業をやったりとか、「今まで放課後の部活ってなかったけど、やってみようか」という流れも出てきたようです。そのときの指導員は教師ではなくコーチを雇ったりもしますが、ともかく最近のドイツでは部活がちょっと芽生えだしたという状況です。
    ――先日、文部科学省が「部活などの日本式教育を輸出する」という取り組みを始めることがニュースになっていました。このニュースは日本国内ではポジティブにもネガティブにも捉えられていたと思うのですが、すでにドイツでは日本の部活の事例が参考として取り入れられ始めていたりするんでしょうか?
    (参考リンク)「日本式教育」輸出します 文科省、16年度に新組織 部活や掃除など、新興国にらむ:日本経済新聞
    中澤 いえ、まだほとんど知られていないと思います。日本の部活に対する海外からの反応だと、第1回で話したように「Amazing!」と驚きとともに賞賛してくれている声もあるんですが、一方でむしろ「Crazy!」と非難し批判する声もあります。たとえば、柔道での子どもの死亡事故は大きな話題になり、The New York Timesも、世界中に「日本の部活はこんなに人を殺しているのか!」と厳しく報道しました。2012年に起きた桜宮高校のバスケ部体罰自殺事件のときも、海外のメディアは「なぜ学校の教師が、生徒を自殺に追い込むまでの暴力を振るうんだ!」と厳しく報道しました。
     私が直接取材を受けたものだと、The Japan Timesという日本に住んでいる外国人向けの英字新聞の記者が「外人ママたちが日本の部活に困っているんです」と言っていました。「どこが困っているんですか?」と聞いたら「放課後、夏休み、春休み、冬休みもずっと部活。休みでやっと家族で過ごせると思ったら、毎日部活で子どもが出かけてしまう、部活って何なんですか!?」ということらしいです。その記事のタイトルは「部活は親を困らせている All-consuming school clubs worry foreign parents」というものでした。
    (参考リンク)All-consuming school clubs worry foreign parents | The Japan Times
     部活があることは、一方で、「気軽にスポーツをするチャンスを与えている」という点で良いし、外国人も褒めてくれる。しかし、それに喜んでばかりもいられない。もう一方で、これだけ規模が大きくなって強制的に行わせることになってしまったり、さまざまな問題が山積してくると、やはり悪い部分があるし、外国人はそこも見ています。本インタビュー記事のタイトル通り、「AmazingでCrazyな日本の部活」というわけですね。
    ――ただ、保護者からしたら程度の問題はありますが、部活によって「助かっている」部分もあるような気もするのですが。
    中澤 実際、日本の保護者にとっては、部活で「助かっている」部分はあります。2000年に文部省がスポーツ振興基本計画を作ったとき、「土日は部活をやめましょう」という案も議論されました。週休2日制の段階的な施行と合わせて、学校だけが子どもの居場所になるのではなく、家庭や地域にも開いたゆとりのある生活にしていくことを目指して、土日の部活を禁止にしようとしたわけです。しかし、反対したのが保護者でした。「土曜にまで家にいられちゃ困ります。ウチの子たちはもっと先生たちに部活で鍛えてもらわないと困るんです」と。
     教師にとっても部活は、「負担はあるけど、やはり必要」でした。教師が部活指導に熱心の取り組んできた実践上の理由は、生徒指導のためです。もし部活が無くなってしまうと、生徒は非行に走るんじゃないか。放課後に良からぬことに巻き込まれたり、ゲームセンターにたむろしてトラブルを起こすんじゃないか。だったら生徒は部活に一生懸命になった方が良い。学校にとって生徒指導にとって部活は必要だ。だから負担はあるけど、教師は部活を指導しようじゃないか。というように、部活指導を生徒指導の一環として意味づけてきたから、教師は部活にかかわってきました。部活を地域に移行すべきと喧伝されながらも、結局は学校が抱え込むことになってしまったのは、そういう背景があります。
    ■ 全国大会なんていらない?
    ――第1回でも触れたアメリカと日本との比較という点で気になったことがひとつあります。元セントルイス・カージナルスの田口壮さんが著書『野球と余談とベースボール』のなかで、「アメリカにいると『日本って高校野球の全国大会があるんでしょ?それってすごくうらやましい』と言われるんだ」と書いていらしたんですね。
    中澤 アメリカでは高校段階でどの競技も全国大会がなくて、州大会が最高レベルです。そのように規制されています。お金がかかるし、大変だし、高校生なんだからそこまでしなくていい、という理由です。
     他方で、日本では、高校生はもちろん、中学生も全国大会を行っています。昨年、北海道で開催された中学校の全国大会である「全中」を視察してきました。北海道開催と言っても、種目ごとに地域はばらばらで、私は帯広でサッカーの全国大会を見て、札幌で陸上の全国大会を見て、旭川でバレーボールの全国大会を見てきました。それぞれたいへん盛り上がっているし、生徒にとって大きな目標になっています。でも実は、日本でも1960年代ぐらいまで、中学生の全国大会は禁止されていました。理由はアメリカと同じように、お金がかかるし、大変だし、中学生なんだからそこまでしなくいい、と。当時から高校生は全国大会をしていたわけですが、中学生には全国大会はまだ早い、という教育的な配慮があったわけです。
    ――野球の甲子園も最近、大会期間中の選手たちの滞在費が問題になっていたりしますね。あとは例えば「わざわざ8月の一番暑い時期に開催するのはどうなんだ」という疑問も上がっていたりしますが、8月に開催するのは学校が夏休みで全国的に集まれるから、というのが理由ですよね。
    中澤 はい、全国大会への出場には、交通費や滞在費の問題があります。たとえば甲子園出場が決まったら、それぞれの高校がOBや保護者や地域から寄付金を集めることが慣例となっています。結局、その寄付金に頼って大会が成立しているので、成立基盤が危うい。
     アメリカでも交通費や滞在費や日程の問題は同じですが、その問題解決のために、民間のスポンサーをつけたりします。部活の商業主義化です。たとえば、バスケットボールの強豪チームがあったとする。そのチームには観客やファンも多いから、バスケットボールのグッズを展開している会社にとって、恰好の広告宣伝材料になります。すると、ユニフォームやシューズを用意するかわりに、そこに企業ロゴをつけてもらって宣伝する、といった契約を持ち込んできます。極端なケースになると、長距離遠征用の飛行機まで用意する企業も出てきたようです。で、チームが強くなって大会で優勝したりすると会社も喜ぶんですが、もし負けたりしたら、すぐ撤退して別のチームのスポンサーに移る。そうすると、部員や保護者から「スポンサーがいてしっかりお金をかけてもらえるから、この高校に入ったのに、話が違うじゃないか」と怒りの声が寄せられる。さらに怒りの収まらない生徒や保護者は、その高校を辞めて資金の潤沢な別の高校に転校したりすることもある。もしくはコーチが選手を連れて移動したりする。お金を求めて彷徨い歩く、みたいなこともあるようです。
    ――日本でも高校や大学のスポーツ選手に企業が用具提供をしたりしていますが、アメリカではそれがさらに極端になっているんですね。
    中澤 いわゆる商業主義の弊害です。教育的にどうなのかも含めていろんな問題が起きていると指摘されています。さらに言うとお金の問題だけではなく、アメリカではドーピングの問題も根深い。たかが部活でそこまでして勝ちに行くのかと驚きますが、高校の州大会に出て勝ったりすると、奨学金を貰いながら大学に進学できたりもするので、生徒や保護者にとっては人生を賭けた闘いにもなっています。そこに大人たちのいろんな思惑が絡んだりして、闇の深い世界といえるかもしれません。だからアメリカでも「教育の側から商業化を規制しよう」とする意見があります。
    ――PLANETSにもときどき出てくださっているライター/リサーチャーの松谷創一郎さんが昨年夏に、Yahoo! 個人の記事で夏の甲子園の日程分散案を提案していました。甲子園ではそもそも入場料がとても安く、一番高いバックネット裏ですら2000円で、外野席は無料で入れたりするんです。それは安すぎるから少し値上げをして、余った収益の分を滞在費に回そうというものです。
    (参考リンク)高校野球を「残酷ショー」から解放するために――なぜ「教育の一環」であることは軽視され続けるのか?(松谷創一郎) - 個人 - Yahoo!ニュース
     この松谷さんの提案はとても意義のあるものだと思うのですが、一方でこういった「商業化」に対して運営主体の高野連(高等学校野球連盟)は頑なに抵抗し続けています。たとえば高校球児の使う用具には強い規制をかけていて、スポーツメーカーのロゴが大きく表示されているものは禁止だったりします(甲子園のテレビ中継などでロゴが大写しにされたときに「広告価値」が生まれてしまうため)。なのですが、高野連も戦後日本の教育理念に強い影響を受けていて、「商業化」の負の側面を警戒しているとすると、彼らが商業化を拒否するのも理解できないでもないですね。
    中澤 アメリカの場合、お金は重要問題で、同級生や保護者が学校のスポーツチームの試合を見に行くにのにも入場料を取る場合があります。また保護者会も、寄付金を集めたりして、観客席を整備したり、優秀だけど経済的に恵まれない子に独自の奨学金を与えたりしています。部活でお金を集めること自体がひとつの論争点になるのですが、もうひとつの論争点は「集めたお金をどう使うか」です。もし、みんなが納得できるいい使い方があるならば、日本でも「部活でお金を集める」ことは一つの手段として議論されてもよいかもしれません。
     他方で、お金を使わずに大会はできないかを考えた時に、過去の日本に面白い事例があります。先ほど、中学生の全国大会が禁止されていた時代について触れましたが、実は当時から陸上競技連盟や水泳連盟は全国大会をしたがっていました。1964年に東京オリンピックが開催されることになって、ぜひともメダルを獲れる選手を育成したかったからです。しかし、全国大会は禁止されている。では、どうしたか。陸上競技連盟は、全国のNHKに協力してもらって「放送陸上競技大会」を開催しました。各都道府県の競技場に生徒がそれぞれ集まって、「よーい、ドン!」で走る。その記録を集めて東京で集計して、「全国一位は栃木県の◯◯君でした」というランキングを作りました。水泳連盟は、全国の朝日新聞社に協力してもらって「通信水泳競技大会」を開催しました。これも同じように都道府県のプールの会場で「よーい、ドン!」で泳いで、各都道府県の記録を集めて、東京でランキングを作りました。陸上や水泳は記録の勝負なので、サッカーや野球みたいに相手が目の前にいなくても大会ができる可能性があります。実はこの方法は、国土の広いアメリカでも採用されていたりしています。交通費や滞在費などのお金をかけないで大会を開催する、ひとつのやり方です。しかし、そんな時代もあったけど、「やっぱり人を集めてしよう」ということになって、70年代以降、全国大会は中学校レベルでも行われるようになって今のかたちに落ち着いています。
    ――もしかしたら、今ぐらい通信技術が発達した時代であれば、ホログラムなどの立体的なテクノロジーを使って遠隔地をつないで全国大会をやるということを検討してみてもいいかもしれないですね。これは本誌の『PLANETS vol.9』で猪子寿之さんが提起されていたホログラムによる体感型オリンピック構想や、犬飼博士さんの「スポーツタイムマシン」の議論とも繋がってくる気がします。
    ■ 教育的理念が抜け落ちたいまの部活
    ――日本のスポーツ文化には、「部活」というものが大きな影響を与えていますよね。そんな中で、今は「ブラック部活」と言われたりもしますが、生徒の側は拘束時間が長すぎて他の活動ができなかったり、体罰やセクハラに遭ってしまったりすることが問題視されています。その一方で、教師も大きな負担を抱え込むことになっている。教師は通常の授業準備・運営や校務に忙殺されているなかで、さらに放課後や休日に部活の指導にも携わっても、わずかな手当しか支給されない。そういう従来の在り方を見直すべきだ、というわけですが、こういった問題についてはいかがですか。

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  • 体育学者・中澤篤史インタビュー『AmazingでCrazyな日本の部活』第1回:外国にも部活はあるの? ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.552 ☆

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    体育学者・中澤篤史インタビュー『AmazingでCrazyな日本の部活』第1回:外国にも部活はあるの?
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    2016.3.30 vol.552
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    PLANETSメルマガでは今回から3回にわたって、体育学者・中澤篤史さんへのインタビューをお届けします。
    近年、子どもに理不尽を強いたり、顧問教師に多大な負担をかける「ブラック部活」の問題が取り沙汰されています。一方、ベネッセ教育総合研究所「放課後の生活時間調査 第2回」によると、中学1〜2年生の部活加入率は9割、そのうちスポーツ系部活に所属している割合は7割を超えており、多くの人が「学校の部活でのスポーツ」を経験していることが伺えます。サブカルチャーの世界では今も部活をテーマにしたアニメや漫画が大人気ですが、それは多くの人が身近に経験していて、題材として取り上げやすいからなのかもしれません。
    日本の部活は、なぜこれほどまでに大規模化したのか。そこにはどのような問題があり、どうやって解決していったらいいのか。運動部活動の歴史や諸外国の事情に詳しい中澤さんに、様々な観点からお話を伺いました。

    ▼プロフィール

    中澤篤史(なかざわ・あつし)
    1979年、大阪府生まれ。東京大学教育学部卒業、東京大学大学院教育学研究科修了、博士(教育学、東京大学)。一橋大学大学院社会学研究科准教授。専攻は体育学・スポーツ社会学・社会福祉学。主著は『運動部活動の戦後と現在:なぜスポーツは学校教育に結び付けられるのか』(青弓社、2014)。他に、『Routledge Handbook of Youth Sport』(Routledge、2016、共著)など。

    ▲中澤篤史『運動部活動の戦後と現在: なぜスポーツは学校教育に結び付けられるのか』青弓社、2014年
    ◎聞き手・構成:中野慧
    ■ いま体育はどうなっている?
    ――中澤先生は著書『運動部活動の戦後と現在』で、「運動部活動」という文化の日本特殊性について分析されています。今回は、その日本の部活文化について色々とお話を伺ってみたいと思いインタビューをお願いしました。
     PLANETSはもともとカルチャー批評を出発点としているのですが、昨年の2月に出した『PLANETS vol.9 東京2020 オルタナティブ・オリンピック・プロジェクト』という本で、スポーツに関しても今までのスポーツジャーナリズムとは違う角度から考えていく記事をいくつか作っています。サブカルチャーという点では、最近の漫画・アニメで『ハイキュー!!』『弱虫ペダル』『ダイヤのA』といったスポーツ系部活をテーマにした作品が大人気になっていたりするのですが、そういった一見爽やかなスポーツや部活の裏にある様々な問題について、一般にはそれほど理解が進んでいるわけではないと思います。現実の「スポーツ文化」「部活文化」を形作っているものについて、ぜひ色々な角度からお話を伺っていきたいと思います。
     最初に少しだけ、今回のメインテーマである部活からは外れてしまうのですが、学校の体育では2012年度から中学校で武道が必修化されました。こういった動きがなぜ起こったのか、現在の体育が抱えている問題についても簡単に伺ってみたいのですが。
    中澤 よろしくお願いします。武道の必修化については、2006年に教育基本法が改正され、教育の目標で「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」と、いわゆる愛国心に触れたことが追い風になりました。武道関係者は、学校を介して普及できるので好意的に受けとめていますが、教育や体育が保守化することに懸念の声もあります。一方で教育現場では、道場がなかったり剣道の用具がなかったりと、困っています。で、剣道の用具を揃えるのは大変なので、多くの学校では柔道をするようになる。しかし、学校の柔道では多くの生徒が亡くなっていたことが明らかになりました。名古屋大学の内田良先生(教育社会学者)が2013年に『柔道事故』という本を出して、警鐘を鳴らしました。メディアは「そんな危険な柔道が授業で必修化されたら大変だ」と飛びついたのですが、内田先生の調査結果が示していたのは「柔道の授業よりも、柔道の部活で死亡事故が起こっている」ということでした。つまり、柔道の危険性と柔道を必修授業で行うことの危険性は、直接には結びついていません。
    ――そうだったんですね。その武道の必修化と合わせて、ダンスも必修化されましたよね。これにはどのような背景があったんでしょうか?
    中澤 武道は保守的なイメージがある一方で、ダンスには「モダン、リベラル」というイメージがあるので、抱き合わせで入ったとも言われています。またダンスによって、「表現をする」「コミュニケーションをする」という内発的な、あるいは自分の身体を使って他者とつながることが期待されています。最近の教育界で「生きる力」「コミュニケーション能力」が重視されているのはよく知られていることだと思いますが、体育の領域ではダンスがその象徴かもしれません。ただ、指導経験のある先生が少ないので、やはり現場は困っています。iPadを片手に持って、画面を見ながら、「ああかな、こうかな」とドタバタでダンス指導が行われるような状況もあります。
    ――素朴な質問になってしまうのですが、「体育の時間にベーシックな知識として習いたいものってなんだろう?」と考えたとき、「心身ともに健康な生活を送るためにはどうすればいいか」というノウハウであったり、女性であれば「正しいダイエット知識」のようなものがあるといいんじゃないか、とも思ったりするのですが。
    中澤 健康という部分は保健体育科の保健分野がカバーしていて、食生活という部分は技術・家庭科の家庭分野がカバーしています。運動という部分はもちろん体育で、ヨガやピラティスなどの実践が広がっているわけではありませんが、色々やっています。いま小中高の体育では、「体つくり運動」がはじまりました。これは競技をするのではなくて、自他の心や体を見直すことを目指しています。たとえば、二人一組でストレッチ体操をする。体が固いと痛かったり、自分が痛いことは相手も痛かったりする。そうして、身体と意識が結び付いていることを学び、その結び付きは自然的なメカニズムであり普遍的なものであることも学んだりする。人間の身体の不思議を実践的に学習する、と期待されたわけです。でも、これも実際にカリキュラムに落とし込んで50分の授業として実施する際に混乱しています。ねらいは面白いが、実践するのは難しい。
    ■ アメリカの部活事情
    ――ここからはメインテーマである部活の問題についてどんどん深掘りして伺っていきたいと思います。中澤先生の著書『運動部活動の戦後と現在』では「日本ではスポーツが教育になぜか結び付けられてしまう」という状況を詳細に描かれていました。改めてお聞きしたいのですが、こういった状況は世界的に見ても日本特殊な現象なんでしょうか?
    中澤 「スポーツは教育に役立つ」とか、「スポーツは人格を形成する」という言説は世界中にあります。しかし、ただ言うだけでなく、実際に、学校教育とスポーツがこれほど大規模かつ強く結びついているのは日本だけです。たしかに、アメリカやイギリスにも部活はありますが、日本とは違う。日本とアメリカの違いで言うと、日本は「教育のための部活」で、アメリカは「スポーツのための部活」。より正確に言うと、アメリカの部活は「少数エリートの競技活動」と特徴づけられます。アメリカではアメフト部などが人気ですが、「トライアウト」という選抜試験制度があって、上手い人しか部活に入れません。
    (参考リンク)運動部活動は日本独特の文化である――諸外国との比較から / 中澤篤史 / 身体教育学 | SYNODOS -シノドス-
    ――そもそもアメフトって、アメリカのスポーツ文化のなかでは一番象徴的な位置にあるものなんですよね?
    中澤 そうですね。アメリカでは、高校アメフト部の州大会がすごく盛り上がります。日本の甲子園野球のようなものです。「高校でアメフト部に入って、1軍のクォーターバック(編集部注:司令塔的ポジションで、アメフトの花形とされる)になってタッチダウンを成功させる」というのが、アメリカの子どもたちが抱く典型的な夢の一つです。『フライデー・ナイト・ライツ(邦題:プライド 栄光への絆)』という、アメリカの高校アメフト部を描いた小説・映画があります。タイトルは「金曜の夜にスタジアムの光が輝いている」という意味ですけど、要はアメリカの田舎町ってあんまり娯楽がない。だけどどんな田舎町でも高校はあるし、そこにスタジアムがある。アメリカのアメフトは秋に行われますが、金曜は高校生の試合、土曜は大学の試合、日曜はプロのNFLの試合……というふうに、秋の週末は大盛り上がり。地方都市には大学は無いかもしれないし、NFLもやってこない、しかし高校のアメフトの試合は見られる。金曜の夜は、光り輝くスタジアムに、みんな駆けつけるわけです。

    ▲『FRIDAY NIGHT LIGHTS(プライド 栄光への絆)』ビリー・ボブ・ソーントン (出演), ティム・マッグロウ (出演), ピーター・バーグ (監督) 
    ――新国立競技場の問題が話題になっているなかで、アメリカのスタジアムの収容人数ランキングを調べた記事を書いていらした方がいたのですが、トップ10がすべて大学のフットボールスタジアムで、しかもすべて10万人規模なんですよね。日本人には想像もできないほど、アメリカ人にとってアメフトは大きな存在感を持っているわけですね。
    (参考リンク)8万人でも26位!アメリカのスタジアム収容人数ランキングがスゴすぎる 
     しかし、高校でアメフト部に入って活躍するためには、入学後のトライアウトにまず合格しないといけないわけですよね。そのためには高校入学前までに何か準備をしたりするんでしょうか?
    中澤 アメフトは危険も伴うスポーツなので、基本的には高校生から始めることになっています。しかし、その準備として、中学段階で、タッチフットボールのような簡易化した競技をやって鍛えておくことが一般的になっていたりする。さらに、その中学のクラブに入るのにもトライアウトがあったりするので、小学生のうちからクラブに入らなければいけなかったりもする。だから子どもが高校のアメフト部に入るまでには保護者の支援がかなり必要になります。
    ――「ステージママ」(子どもを芸能界に入れるために、膨大な時間と労力を投入しマネージャー的役割をも担う親のこと。子どもをサッカー選手や野球選手、フィギュアスケート選手等のスポーツエリートに育てようとする親たちのことを指す場合もある)という言葉もありますが、日本の少年スポーツと似た構造がアメリカのアメフトでもあるわけですね。
    中澤 アメリカの高校アメフト部は、1軍、2軍、3軍と分けられていたりと、高度に組織化されています。たとえば、私が見学に行ったカリフォルニアの高校では、2軍がグラウンドで実践練習をしている間に、1軍の選手は専用のウェイトリフティングルームで、アメリカのロック音楽をガンガンかけながらノリノリでウェイトトレーニングをしている。それが終わったらグラウンドに出て、交代して実践練習に入る、というようにすごく組織化されている。高校生たちにとっては憧れでやりがいもあるし、保護者や学校、地域社会からの期待も大きい。
    ――日本の部活では最近特に「顧問教師が土日も駆り出されたりして負担が膨大で、手当もわずかしか出ない」ということが問題になっていますが、アメリカの高校ではアメフトの指導はどのように行われているんでしょうか?
    中澤 アメリカは全然違うかたちになっています。教師がコーチに付く場合は、手当が出ます。また学校が公募を出して、専門のコーチが雇用されます。先ほどのカリフォルニアの高校の事例だと、もともとアメフト部の卒業生の方が、コーチとして雇われていました。その後、そのコーチは歴史科の教師としても採用され、いまは、あらためて教師かつヘッドコーチとして指導にあたっています。その場合、この人は教師としての給料だけでなく、ヘッドコーチとしてのプラスαの手当を貰っています。そして、さらにそのヘッドコーチのまわりに7人のアシスタントコーチと1人のトレーナーが付いていました。アシスタントコーチやトレーナーは、教師ではなく地域の人だったり、OBだったり、プロコーチだったりします。そうして高校のアメフト部が魅力的なスポーツチームとして組織され、その試合は学校全体にとって大切なイベントになっています。
     このように海外の部活文化を知ることは、それ自体とても興味深いことですが、日本の部活文化を見直す上でも役に立ちます。日本の部活って「問題も課題も多いし大変だ」ということで国内では騒がれていますが、それを相対化するような視点をもつことが、問題の解決に必要です。だから、海外の事情や歴史を調べて今の日本の部活を相対化する試みはどんどんやっていきたい。そうして初めて、今のがんじがらめになっている状況を乗り越えるための方策を考えることができます。
     一つ論点を出してみましょう。良くも悪くも、日本ではスポーツができることが当たり前になっています。しかし、アメリカの学校では、スポーツはやるべきことをやった後に与えられる特権と考えられています。たとえば学業成績が一定基準以上でないと部活に参加させなかったりします。日本では逆に、勉強ができない生徒ほど、部活に入れられて、しごかれたりする。
    ――日本のトップアスリート校の場合は本当に、運動のできる子に対して「お前は授業は寝ていてもいいから部活だけ頑張れ」という特別扱いをしてしまっていたりしますね。
    中澤 アメリカでは、部活の参加にトライアウトや学業成績以外にも、医師による健康な状態のチェックや、親の同意書も必要だったりと色んな条件を設けています。したいことをするための条件チェックであり、特権を行使するための土台の確認です。ある意味で、スポーツの素晴らしさや楽しさを、とても尊重していると思います。だから、「お前に、スポーツをする資格があるのか?」と問うわけですね。日本とアメリカのどちらが良いとは一概に言えませんが、アメリカと対照することで日本の部活の特徴が見えてきます。
    ■ スポーツ系部活とスクールカースト
    ―― 疑問に思ったのは「部活をやっていないアメリカの高校生ってなにをやっているんだろう?」ということなのですが、そのあたりはどうなっているのでしょうか。
    中澤 先ほどアメリカの部活は「少数エリートの競技活動」と言いましたが、要は下手な子どもは入れないし、加入率も30%くらいで低い。日本の加入率は50%〜70%で高く、多くの子どもが経験するものですから、ちょっと意味合いが違います。他方で部活といっても運動部活動ばかりではなく、もちろん、アメリカにも文化部があります。グリー・クラブ(合唱部)もブラスバンドもあるし、私が調査に行ったカリフォルニアの中学校には、ハリーポッタークラブがありました。ハリーポッターが好きな中学生が集まって、ハリーポッターを語ったり、衣装をつくって楽しんだりしているようです。
    ――日本でいう漫画研究部のようなものかもしれないですね。
    中澤 そうかもしれないです。ちなみに、日本ではサッカー部員はサッカー部でしか活動しないですが、アメリカのスポーツはシーズン制なので、秋にアメフトをやって、冬にバスケットをやって、春に野球をやったりする。部活ごとにトライアウトがありますが、全部が上手ければ全部のスポーツをプレイすることもできます。アメフトのクォーターバックがバスケットボールのエースになって、野球では4番でピッチャー、みたいなことになる。学校中の大スターになって、チアリーディング部で一番可愛い子をゲットして、幅を利かせたりもする。
    ――アメリカではアメフト部員のような体育会系で学校内で幅を効かせる人たちを「ジョック」、チアリーダーなどのように学校内地位の高い女子生徒を「クイーン・ビー」と呼ぶんですよね。1999年に起きたコロンバイン高校銃乱射事件で、学校内の地位格差(スクールカースト)に恨みを持った犯人たちが「All the jocks stand up !」と叫んでジョックの生徒たちを撃ち殺したとされていて、それ以来スクールカーストが大きな社会問題としてクローズアップされるようになったと聞きます。

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  • ライフスタイル化するランニングとスポーツの未来 『走るひと』編集長・上田唯人×宇野常寛・後編(毎週金曜配信「宇野常寛の対話と講義録」) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.523 ☆

    2016-02-19 07:00  
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    ライフスタイル化するランニングとスポーツの未来 『走るひと』編集長・上田唯人×宇野常寛・後編(毎週金曜配信「宇野常寛の対話と講義録」)
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    今朝は、雑誌『走るひと』編集長の上田唯人さんと宇野常寛の対談の後編をお届けします。ランニングが持つシンプルさと間口の広さ、「ライフスタイルスポーツ」人口の増加とその背景、そして新しいホワイトカラーの生活とテーマコミュニティ化するランニングの今後について、語りました。(前編はこちら)
    毎週金曜配信中! 「宇野常寛の対話と講義録」配信記事一覧はこちらのリンクから。
    ▼雑誌紹介
    雑誌『走るひと』
    東京をはじめとする都市に広がるランニングシーンを、様々な魅力的な走るひとの姿を通して紹介する雑誌。いま、走るひととはどんなひとなのか。プロのアスリートでもないのになぜ走るのか。距離やタイム、ハウツーありきではなく、走るという行為をフラットに見つめ、数年前とはひとも景色もスタイルも明らかに異なるシーンを捉える。 アーティストやクリエイター、俳優など、各分野で活躍する走るひとたちの、普段とは少し違った表情や、内面から沸き上がる走る理由。もはや走ることとは切っても切れない音楽やファッションなど、僕らを走りたくてしようがなくさせるものたちを紹介。
    待望の第3弾となる『走るひと3』(2016年1月16日発行)は、発売後まもなくAmazonカテゴリー新着「1位」、総合「19位」をつけるなど、大変な好評を博している。
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    ▼プロフィール
    上田唯人(Yuito Ueda)
    走るひと編集長 / 1milegroup株式会社 Founder CEO。早稲田大学在学中にアップルコンピューター(現Apple Japan)にてipodのプロモーション、上場前のDeNAで新規事業に携わる。卒業後、野村総合研究所に入社、企業再生・マーケティングの戦略コンサルタントとして、主にファッション・小売業界のコンサルティングを行う。その後、スポーツブランド役員としてファイナンス・事業戦略・海外ブランドとの事業提携などを手がける。
    2011年7月、1milegroup株式会社を設立。『走るひと』の前身となるWEBメディア・クリエイティブ組織を立ち上げ、様々なブランドのクリエイティブ、ブランディングプロジェクトを実施。2014年5月、雑誌『走るひと」創刊。
    現在、ひととカルチャーに関わる領域にて様々な制作・メディア事業を手掛ける。
    http://instagram.com/yuito_ueda
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    ◎構成:望月美樹子
    ■「走ること」の持つシンプルさが間口を広げている
    上田:2020年のスポーツ文化を考える時に、もっとこういう視点で読み解いたらいいのにと思うところや、他のカルチャーから学ぶことはありますか?
    宇野:他のカルチャーから学べることで言うと、エンターテインメントジャンルのノウハウを取り入れることで、スポーツをアップデートできると思うんですね。まさにeスポーツ学会が実践していることです。近代スポーツや近代体育のロジックが画一的な身体観に基づいている一方で、エンターテインメントは個々のプレイヤーの個性や多様性を使って盛り上げていく特性を持っているので、それを取り入れることでスポーツというゲームの更新ができるはずです。
    もう一つはライフスタイルでしょうね。現在のランニング文化の変化は、適度な運動が健康管理の上でポジティブな効果を持つという認識がようやく浸透して、運動がカジュアルなライフスタイルとしてしっかり根付いてきた結果ですよね。その中で、身体を動かすことを含んだ生活を、多様性を帯びつつどうポジティブに見せていくのかということです。運動することが特別ではなくなるのが大事だし、勝手に変わっていくとも思います。
    上田:これまで取材をしてきた中で、面白いと思っているのが、ロックバンドのアーティストにめちゃめちゃ走る傾向があることなんです。特に、ボーカルとドラムの人がすごく走っているんですよ。
    宇野:へえー。ギターやベースのひとはあんまり走らない(笑)
    上田:走ってる人もいるんですけど、気付いたらボーカルとドラムが一緒に走っている。理由の一つはボーカルとドラムが特に体力を使うことです。アーティストにとって、今はCDを売ってどうこうよりも、ライブツアーをしていかに食っていくかが重要だから、それに耐える体力が必要になったということです。
    でも、それ以外の背景があるような気もしているんです。ロックの表現が衝動的なことや、有り余ったエネルギーを表現のモチーフにしていることと、走ることの間に関係があるのかなという想像もしていて、『走るひと2』でロックの精神性のようなテーマを少し紐解いてみたんですよ。
    例えば、AKB48のまりやぎちゃんが走ったというので、その理由を聞いたんですけど、喘息を患わっていたぱるるの快気を祈って走ったと言うんです。「祈って走る」というのは、論理的に因果関係がないですよね。でも、彼女にとっては、走るという方法で祈りを示すことが、ぱるるを勇気付ける手段になっている。これはどういうことなのかと疑問に思ったんです。
    宇野:まりやぎ結構いい奴ですね(笑)。
    上田:良い奴なんですよ。クールに見せて、割とそういう人間ぽいところがある。話を聞いているとすごく家族思いだったり、近しい人間への愛情がある人だなというのをすごく感じました。そういうふうに、『走るひと』では人が走ることをいろいろな捉え方でやっているんです。
    宇野:面白いですね。変な例えですけど、僕の中で長距離ランナーといえば村上春樹なんです。趣味でずっと走っていて、マラソンまで出ちゃう。ああいう人って、イメージとしては草食動物で穀物を食べている感じなんですよ。一方で、ロックバンドとか短距離ランナーの人たちは、朝まで飲んで喧嘩するような、肉食のイメージがある。だから今のアーティストの話を聞いて思ったのは、もともと草食な人たちのものだったランニングが、肉食の人たちまで巻き込もうとしてるということです。ランニングが多様になってメジャー化していく中で、本来ならコツコツ走ることが性に合わないタイプの人も巻き込みつつある。この比喩で言うと、僕自身はお酒を飲まなくて甘いものが好きなので、お菓子の人間なんですよね。
    上田:お菓子の人間かわいいですね(笑)。
    宇野:だから僕は歩いて適当にカフェに入って、本読んだりお菓子つまんだりする。僕みたいに、酒飲まなくて甘いモノが好きでオタクで、というようなお菓子型の人間も、ロッカーのような肉食型の人間も、ランニングは同時に包摂しようとしている。僕はランニング史には詳しくないのですが、ガジェットが充実してきたことや、ランニングが都市部のライフスタイルとして定着してきているといった背景があって、間口がどんどん広くなっている。それで、本来なら対象外にあるタイプの人間まで巻き込もうとしている感触があるんですよね。

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    2016-02-12 07:00  
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    今朝は、雑誌『走るひと』編集長の上田唯人さんと宇野常寛の対談をお届けします。東京マラソン以降現れたアスリートとも、かつてのジョギングブームで走っていたランナーとも異なる、新しいタイプの「走るひと」たち。体育とは違うランニングのあり方や、自分の物語性が求められるようになったスポーツの現在、そして2020年の東京オリンピックとスポーツの関係について語りました。
    毎週金曜配信中! 「宇野常寛の対話と講義録」配信記事一覧はこちらのリンクから。
    ▼雑誌紹介
    雑誌『走るひと』
    東京をはじめとする都市に広がるランニングシーンを、様々な魅力的な走るひとの姿を通して紹介する雑誌。いま、走るひととはどんなひとなのか。プロのアスリートでもないのになぜ走るのか。距離やタイム、ハウツーありきではなく、走るという行為をフラットに見つめ、数年前とはひとも景色もスタイルも明らかに異なるシーンを捉える。 アーティストやクリエイター、俳優など、各分野で活躍する走るひとたちの、普段とは少し違った表情や、内面から沸き上がる走る理由。もはや走ることとは切っても切れない音楽やファッションなど、僕らを走りたくてしようがなくさせるものたちを紹介。
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    上田唯人(Yuito Ueda)
    走るひと編集長 / 1milegroup株式会社 Founder CEO。早稲田大学在学中にアップルコンピューター(現Apple Japan)にてipodのプロモーション、上場前のDeNAで新規事業に携わる。卒業後、野村総合研究所に入社、企業再生・マーケティングの戦略コンサルタントとして、主にファッション・小売業界のコンサルティングを行う。その後、スポーツブランド役員としてファイナンス・事業戦略・海外ブランドとの事業提携などを手がける。
    2011年7月、1milegroup株式会社を設立。『走るひと』の前身となるWEBメディア・クリエイティブ組織を立ち上げ、様々なブランドのクリエイティブ、ブランディングプロジェクトを実施。2014年5月、雑誌『走るひと」創刊。
    現在、ひととカルチャーに関わる領域にて様々な制作・メディア事業を手掛ける。
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    ◎構成:望月美樹子
    ■「体育」ではなく「ライフスタイル」としてのランニング
    上田:日本に「走るひと」というのはすごく多いんですね。トップアスリートもいるし、1970年くらいにジョギングブームがあって、マラソンをする中高年の方も大勢現れました。だけど、東京マラソンが2007年に始まって以降、それまでとは違うタイプの20代〜30代で走る人が増えてきたんです。
    そこで雑誌『走るひと』では、今までの「ランナー」という言葉を使わずに「走るひと」という象徴的な言葉を使って、これまでの枠組みとは関係のない動機で走ってる人たちを大きく捉えて、その人たちがなぜ走っているのか、そこから文化として何が言えるのかを紹介しています。アーティストやタレント、モデル、文化人の方に話を聞いていくことで、新しい「走るひとのリアル」が見えてくるというのが、『走るひと』を始めた動機であり、作っている中での結果でもあります。
    宇野:なるほど。よくわかります。
    上田:走ることは身体を動かすということなので、東京オリンピックに向けて東京がどうなるのかについての関心は我々としてもすごく高かったんです。それでオリンピックにどう関わっていくかを考えていた時に『PLANETS vol.9』を拝見しました。そこで、どんなことをお考えなのかや、この本ができた経緯、見えてきた視点を伺えればというのが、今回取材をお願いさせていただいた経緯です。今ざっくりと、我々が見たランニングの市場の変化や様子をお話したんですけど、どんなことを思われましたか?
    宇野:まず、僕自身のランニング経験から話しましょうか。震災前後くらいの半年間ですけど、一時期走ってたんですよ。時間のある時に自宅から新宿東口のヨドバシカメラまで走って、ミニカー1台買って帰ってきていました。ダイエットが目的だったんですけど、今は、事務所に電話して仕事しながらできるし、人と話しながら歩くのも楽しくてウォーキングに切り替えています。自営業だから細かい時間を取れるので、1日5キロとか7キロとか、時間があれば10キロくらい歩いてるんですよ。
    僕はずっとマラソン大会を始めとする「走ること」が大嫌いでした。走ること自体も嫌いだったけど、「苦しさを我慢して肉体を痛めつけないと一人前にはなれない」というような、マッチョな世界観に基づいた体育会系なイデオロギーがものすごく嫌だったんですね。走ることが苦手な人も、体が弱い人もいるのに、そういうところを全然考慮せずに、あるタイプの運動を我慢してこなせないと「ちゃんとした」人間じゃない、という価値観が嫌で、スポーツ文化自体にどちらかというと苦手なものを感じていたんです。
    でも、会社をやめて独立して少し経ったころかな、体重が80キロくらいになっていた時期があって、医者に「あんたこの数年ですごい太ってるから痩せなよ」と言われ、食生活を変えて運動も始めて20キロくらい痩せたんです。その時に友達から「最近ランニングが面白い」と言われたんですね。当時NIKE+がすごく流行ってる時期で、彼が言うには、自分の走っているスピードや消費カロリーが全部計測されるから、どうすれば速くなるかを考えながらゲーム的に走るのが面白いということだったんです。
    それで、友達と一緒に新宿東南口のオッシュマンズに行って、ランニング用のウェアやグッズを一通り大人買いしました。僕は普段からジャージとかを着ている人間なんですよ。伊勢丹のメンズ館にある衣類よりも、オッシュマンズにある服の方がデザイン的に好きで。トレーニングウェアは普通にかっこいいし、ガジェット的にスペックにも萌えられるし、オタク的な感性にフィットするんですよね。そうやってグッズを身に付けて走ったらすごく楽しくて、それでハマりました。その流れで今でもウォーキングしています。

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