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  • キルギス人が支配する中央アジア経済の心臓|佐藤翔

    2021-02-16 07:00  
    550pt

    国際コンサルタントの佐藤翔さんによる新連載「インフォーマルマーケットから見る世界──七つの海をこえる非正規市場たち」。新興国や周縁国に暮らす人々の経済活動を支える場である非正規市場(インフォーマルマーケット)の実態を地域ごとにリポートしながら、グローバル資本主義のもうひとつの姿を浮き彫りにしていきます。今回は、中国に隣接する中央アジアの小国キルギスの広大なコンテナ・マーケットから、冷戦体制崩壊後の旧ソ連圏で拡大したインフォーマルマーケットの役割の重要性を考察します。
    佐藤翔 インフォーマルマーケットから見る世界──七つの海をこえる非正規市場たち第2回 キルギス人が支配する中央アジア経済の心臓
     冷戦構造崩壊後に膨れ上がったインフォーマルマーケット。旧東側諸国に冷戦後登場した数々のコンテナ・マーケットは、インフォーマルマーケットとグローバル経済の新興国における実態を理解するうえで格好の事例です。今回はその中でも規模・商流・商品などの観点から代表的と言える、中央アジアの小国、キルギスのドルドイ・バザールについて、佐藤が2018年に訪問したときに撮影した写真を都度掲載しつつ、考察していきたいと思います。
    ▲ドルドイ・バザール、入り口付近。(筆者撮影)
    「鋼鉄のキャラバンサライ」ドルドイ・バザール
    ▲中国に隣接する中央アジアの小国、キルギス。(出典)
     キルギスと聞いて、どのような国かピンとくる読者は少ないかもしれません。2015年にニューヨークタイムズの記者はキルギスをキルズベキスタン(Kyrzbekistan)と間違えた表記をして笑いものになりましたが、キルギスは残念ながら国際社会であまり知名度の高い国とは言えないのは事実です。アメリカ人や日本人が知らないのに限った話ではなく、私の米国大学院時代のキルギス人のクラスメートは、「中国はキルギスの隣国で影響力も大きいのに、中国人の留学生は誰もキルギスを知らない」と嘆いていました。もっとも、世界情勢に詳しい方の中には、イシククル湖の傍らに咲き誇るチューリップ畑などを思い浮かべる人もいるでしょうし、テレビや新聞のニュースから、チューリップ革命をはじめ、たびたび社会騒乱が起きていることを知っている人もいるでしょう。文学に詳しい方なら、ギリシアの「オデュッセイア」やインドの「リグ・ヴェーダ」よりもはるかに長大な、50万行という超大作としてギネス記録にも認定されている世界最長の叙事詩、「マナス」の存在を知っている人がいるかも知れません。
    ▲「マナス」のイメージ。東洋文庫で3冊の抄訳が出ています。(出典)
     ただ、ビジネスのイメージ、つまり「彼らがどのようにして食べているのか?」というイメージをはっきり持っている人は、現地に住んでいた人でもないかぎりほとんどいないはずです。中央アジアの国々の中では、カザフスタンやトルクメニスタンは石油採掘が、ウズベキスタンは綿花栽培が主産業ですが、キルギスはカナダの企業が開発したクムトール金鉱山や水銀の採掘を除けば、石油もなく目立った産業はありません。とはいえキルギスは人口600万人近い国ですから、まさか全員が金と水銀の採掘だけで食べていけるわけもありません。一人当たりGDPが1,148ドルと日本の約40分の1に過ぎず、アジアでも最下位クラスの貧しい国において、一体人々はどこで何をして生きているのでしょうか?
     その答えとなるのが中央アジア最大とされるインフォーマルマーケット、「ドルドイ・バザール(Dordoi)」です。このバザールはキルギスの首都ビシュケクの北東部に位置します。“Informal Market Worlds”によると、総面積は250ヘクタール以上に達しており、日本の最大規模のショッピングモールである埼玉県越谷市のイオンレイクタウンの敷地面積(33.7ヘクタール)の7倍以上というとんでもない広さとなっています。世界銀行の2009年の調査によると、ドルドイ・バザールの年間売上は4,000億円前後と推定されていますが、キルギスの2009年のGDPが46.9億ドルであることを考慮に入れると、規格外の売上規模であることがうかがえます。
    ▲ドルドイ・バザールの内部。写真は玩具街。(筆者撮影)
     このコンテナだらけのマーケットの中に、30,000から40,000もの店舗が存在すると言われています。2020年11月のBBCロシア語版の記事によると、ドルドイ・バザールにおいて、15万人が職を得ているとされています。言い換えると、首都の人口の6分の1程度がこのインフォーマルマーケットで直接職を得ているという計算になります。運送業やインフラ関連など、このマーケットがあることで生まれる国内外の職業を足し合わせると、60万人以上にものぼるとされており、このバザールの雇用創出力ははかり知れません。
     ここには、衣料品、家具から玩具、メディア用品、文具、テレビやPCなどの家電製品に到るまで、あらゆるものが売られています。このドルドイ・バザールの中に入ると、両脇に二段積みのコンテナがずらっと並び、一段目が店舗で、二段目が倉庫、という仕組みになっています。商品がない場合、店主ははしごをかけて二階に商品を取りに行きます。コンテナには緑、青、灰色などと、扱っている商品によって違う色が塗られています。コンテナの中で客引きをする商人だけではなく、手押し車を引いた商人もコンテナ街の間をせわしなく走り回り、コンテナに商品を供給したり、街の人に食べ物を販売していたりします。このドルドイ・バザールにはビシュケク市民が買い出しに来るだけではなく、カザフスタンやウズベキスタンなど、近隣の国の商人も商品を買い付けにやってきます。卸街や小売街といった分別はなく、B2BとB2Cが混然一体となっています。
    ▲ドルドイ・バザール、食料品コーナー。厳冬下でパイナップルが売っている。(筆者撮影)
     このドルドイ・バザールの主要製品は衣料品です。帽子やコート、スポーツウェア、靴などあらゆる製品が販売されています。コンテナで衣料品を扱っている商人は女性が非常に多いです。ちなみに、世界銀行が発行している“Borderless Bazaars and Regional Integration in Central Asia”というレポートに掲載されている2008年の調査によると、ドルドイ・バザールを始めとする中央アジア各国のバザールで働いている商人の7~8割が女性となっています。家庭内で奥さんが商品販売を、夫が運び屋をやる、という分業が成り立っているわけですね。
     ここで売られている多くの衣料品は中国からの輸入品が多いですが、最近は中国から輸入した布をキルギス国内で加工してドルドイ・バザールで販売する製造業も発達してきています。もっとも、製造業とは言っても、家庭内での零細な業者がほとんどのようです。
    ▲ドルドイ・バザール、衣料品街。大部分は中国製品だ。(筆者撮影)
     ドルドイ・バザールは約10のエリアで構成されており、それぞれのエリアに「ヨーロッパ」、「キタイ(中国)」といった名前が付けられています。エリアによって取り扱っている商品は大まかに異なりますが、必ずしもあるエリアが玩具街、あるエリアが電気街と決まっているわけではありません。例えば、ほとんどのエリアで何かしらの衣料品が扱われています。エリアのオーナーはそれぞれ異なり、全体の計画、警備や広告、ロビー活動などのバザール全体に共通する事柄については、後述するドルドイ・アソシエーションが統括をしています。このようなかたちにすることで、緩やかな連合体形式の組織を作りつつも、エリア同士で競争をさせ活気を生み出しているのです。
    ▲ドルドイ・バザールの全体地図。コーナーごとに「ヨーロッパ」、「キタイ(中国)」などと名前が付けられている。(出典)
     コンテナの賃料はエリアによって異なり、例えばヨーロッパマーケットは月600~1,000ドル、キタイ・マーケットは月500〜800ドル、最も安いAZSマーケットでは月100〜150ドルとなっています。場所によってはコンテナの買い取りもできるようです。この価格の上に警備代などのサービス料金が上乗せされるかたちになっています。一応、国からの事業税はあるようですが、売上が不透明なため、しっかり納めている業者は少ないようです。
     現地の一人当たりGDPが1,000ドルをやや上回る程度でしかないキルギスでは、賃料を始めとするこれらの負担は相当なものですが、この高い賃料を補って余りあるほどの売上のチャンスがあるようです。実際、ドルドイ・バザールのコンテナ一つで商売をし、家族4、5人を養い、子どもを大学に通わせている、という家庭は多数存在します。中には莫大な売上を上げ、億万長者とはいかないまでも百万長者になり、コンテナを複数買い上げ、他の商人に貸して賃料だけで生活しているという人もいるとのことです。
    ▲ドルドイ・バザール、家庭小物街。(筆者撮影)
     キルギスだけではなく中央アジアの経済に欠かせないドルドイ・バザールですが、知財侵害品が多数取引されているのも事実です。ドルドイ・バザールはアメリカの通商代表部が発行する『悪質市場レポート』の常連です。2019年版のレポートには、今もなお膨大な数の知財侵害品が扱われており、まともな取り締まりが全く行われていないと書かれています。実際私も2018年に訪問した際に、ドルドイ・バザールのメディア系ショップ街で、違法コピー品のゲームなどが多数販売されているのを目にしました。
     このようにドルドイ・バザールで知財侵害品が多数扱われているということは紛れもない事実ですが、世界の最貧国の一つでもあるキルギスにおいて、このような巨大な商業施設が機能し、キルギスのみならず中央アジア全体の経済を支えているというのは驚くべきことと言えます。
    ▲ドルドイ・バザール、メディア街の一店舗。書籍、音楽メディア、ゲームの海賊版などが売られていた。(筆者撮影)
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  • [新連載]インフォーマルマーケットから見る世界──七つの海をこえる非正規市場たち 序説:「インフォーマルマーケット」とは何か|佐藤翔

    2021-01-20 07:00  
    550pt

    今月から、国際コンサルタントの佐藤翔さんによる新連載「インフォーマルマーケットから見る世界──七つの海をこえる非正規市場たち」がスタートします。新興国や周縁国に暮らす人々の経済活動を支える場として、実は欠かすことできない存在である非正規市場(インフォーマルマーケット)たち。世界五大陸に広がるそのネットワークの実態を地域ごとにリポートしていきながら、グローバル資本主義のもうひとつの姿を浮き彫りにしていきます。初回は、世界に拡がるインフォーマルマーケットの全体像について解説します。
    佐藤翔 インフォーマルマーケットから見る世界──七つの海をこえる非正規市場たち序説:「インフォーマルマーケット」とは何か
     はじめまして、ルーディムス株式会社代表の佐藤翔と申します。ゲーム業界専門のシンクタンクであるメディアクリエイトという会社で数年間にわたり、世界各地のゲーム市場の調査をしてまいりました。現在はコンテンツ市場の海外進出に関するお手伝いをさせていただいています。とりわけ新興国のゲーム産業や市場、そして正規の販売ルートを外れた非正規市場、すなわち「インフォーマルマーケット」との付き合いは、コンサルタントとしての私の最初の勤務国であるヨルダンで働いていた頃から数えて、10年目になります。 この連載では、その過程で接することになった五大陸に広がる多様なインフォーマルマーケットと、それらをつなぐ七つの海を股にかけた人々のネットワークという視点から、私なりの考察を展開していければと思います。
     まず、なぜ私がこのように五大陸のインフォーマルマーケットを研究するハメになったのか、というところから、お話しをしていきましょう。
    ヨルダンで出会った『シェンムー』
     2011年、ヨルダンの首都、アンマンにあるゲーム業界団体、Jordan Gaming Taskforceというところで私が勤務していた頃の話です。私はチェルケス人の上司の指導の下、ヨルダンのゲーム会社の海外進出のために、戦略を策定するという仕事を任されていました。仕事が終わってから町を歩いていると、違法コピーの店をそこら中に見かけました。やけに数が多いな、とは何となく感じてはいましたが、その頃には自分には関係のないことだなと思い、ちょっと中を覗く程度で、あまり気にかけることなく通り過ぎることがほとんどでした。
    ▲ヨルダンでの佐藤の講演の様子。
     私が少しだけ考え方を変えたのが、ヨルダンのゲーム屋の店主との対話です。断食月(その年は8月でした)のころ、マーケティングの勉強だと思って現地の人を見習い断食しながら働いていた頃だったかと思いますが、私の友人で、新しい風力発電機を発明しようとしているヨルダン人の起業家が、彼の知り合いのゲーム屋の店長を紹介してやる、インタビューをしてみてはどうか、と言ってくれたのです。
     翌日、彼にその店に連れて行ってもらいました。店に入ってすぐの所には"Microsft"や"Micosoft"というロゴの入った中国製の携帯ゲーム機ケースがあり、左右には海賊版としか思えないゲームが置かれた棚がいくつも並んでいるという所で、奥の方にやや体格の大きい店主さんが立っていました。パッと見はヨルダンではどこにでも見かける、どうしようもない店です。しかし、私が彼に最近のアンマンにおけるゲームの売れ行きなどについてのインタビューをしながら、店内をよく見渡すと、『シェンムー』、それもきれいなパッケージの、まごうことなき正規品のドリームキャスト『シェンムー 一章 横須賀』日本語版が、神棚よろしく、店の一番立派な棚の最上段に、それはそれは丁寧にまつられていたのです。私が店主さんにそのことを尋ねると、「『シェンムー』は俺の人生を変えたゲームなんだ。俺は『シェンムー』に出会ったからゲームを売る商売をしているんだ!」と、なぜか誇らしげに返答してきました。
    ▲『シェンムー I&II』プロモーション映像
     だったらちゃんと正規品を売ってセガのクリエイターに利益を還元しろよ、と私が心の中でツッコミを入れたのはさておき、この時に私が率直に感じたのは、こんな怪しげなゲームの販売店をやっているような奴は、確かにどうしようもない奴だけれども、彼らは単に儲かるから、それしか売り物がないからではなく、彼らなりにゲームが好きだからこんな商売をやっているんだな、ということでした。当時は今ほど様々な調査技法を身に着けていませんでしたし、「インフォーマルマーケット」という表現も知りませんでしたが、今にして思えば、この経験こそがこうした正規市場でないマーケットでものを売っている人々、さらにはそのマーケット自体の生態系に目を向けるようになったきっかけだったようです。
    新興国のリアリティとしてのインフォーマルマーケット
     さて、話は前職での仕事に移ります。私は日本におけるゲーム業界のシンクタンクであるメディアクリエイトに入社して2年後、新興国のゲーム市場の調査を行うようになりました。自分のバックグラウンドはヨルダンですが、中東だけではなく、南アジア、東南アジア、中南米など、世界のあらゆる新興国のゲーム市場について、可能なかぎり的確な情報提供を行うことを求められるようになりました。
     そうして様々な場所を訪れる中で最も印象的だったものの一つがモロッコでの体験です。モロッコの私の友人は、正規のショッピングモールのゲーム販売店を見せてくれた後、モロッコ最大の非正規市場デルブ・ガレフに連れていく際にこう言ってくれました。「Sho Sato、ショッピングモールで見て分かるものなんてのは見せかけの、薄っぺらなものに過ぎないんだ。あんなところで誰もゲームなんて買っちゃいない。あれは仮想現実みたいなもんでリアルじゃあない。このデルブ・ガレフこそが俺たちのリアルなんだよ!」。
    ▲正規市場であるモロッコのショッピングモールのゲーム屋と玩具屋。(筆者撮影)
    ▲モロッコのインフォーマルマーケットのひとつ、デルブ・ガレフのゲーム屋とPC屋。(筆者撮影)
    ▲デルブ・ガレフの上空写真(出典)
     彼は、自分がどれだけここに流れ着いたありとあらゆる日本の中古ゲームを買って遊んできたかをとうとうと語ってくれました。親子三代で非正規流通品のゲームをさばいている店も案内してもらいました。そして彼は今や、モロッコを代表するゲーム開発者の一人になっています。きれいなショッピングモールを見て、きらびやかなオタクコンベンションに参加するだけでは、ゲームがどのような商流になっているのか、ユーザーがどのようにゲームを遊んでいるのか、そしてどのようにゲームが生まれてくるのか、こうした新興国のリアリティを把握することは絶対にできません。
     驚くべきことは、こうしたマーケットが一地域に限らないことです。ダウンロード版のゲームが増えてきたとはいえ、オフラインの商流は、家庭用ゲームの比率が高い日本企業にとっては現在でも非常に重要です。結局、ゲーム市場の実態を可能なかぎり客観的なかたちで知るには自分の足で稼ぎ、自分の目で確かめる以外に手段はありません。そのため、お客様に新興国市場の正確な姿をお伝えするため、私は休みの日であっても寸暇を惜しみ、世界各国のゲーム市場を回るようになりました。
     こうした調査の結果、東南アジア、中南米、インド、中東、サブサハラアフリカ、東欧、中央アジア、ありとあらゆる地域にインフォーマルのマーケットがあり、しかも地元経済に重要な役割を果たしており、ゲームユーザーの好みさえ規定し、さらには現地のゲーム開発者のゲームプレイ経験に大きな影響を与えていることを目の当たりにしてきました。そしてこうした観察を通じて、大部分の新興国ではフォーマルマーケットがインフォーマルマーケットを規定しているというよりも、インフォーマルマーケットが圧倒的な存在で、フォーマルマーケットはそこに乗っかっているに過ぎないのだ、ということが分かってきました。 さらに、どうも非正規市場には、一定の特殊性と共通性があるのだ、ということがつかめてきました。
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