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記事 26件
  • 成馬零一 テレビドラマクロニクル(1995→2010)宮藤官九郎(2) 演劇とお笑い クドカンを育んだ小劇場演劇

    2019-05-15 07:00  
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    ドラマ評論家の成馬零一さんが、90年代から00年代のテレビドラマを論じる『テレビドラマクロニクル(1995→2010)』。今回は、宮藤官九郎のルーツである戦後の演劇文化を論じます。新左翼の強い影響下にあった小劇場演劇は、80年代以降は学生運動を相対化する「笑い」に転じ、「身体の再解釈」という主題を得て、つかこうへい、野田秀樹、鴻上尚史、平田オリザといった才能を輩出します。
     小劇場演劇からキャリアをスタートして、テレビドラマで成功した二大脚本家と言えば、三谷幸喜と宮藤官九郎だが、今もテレビドラマと小劇場演劇の交流は活発だ。 現在放送中の『腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。』(NHK)の脚本を担当する三浦直之も劇団ロロの主宰で、小劇場演劇で高く評価されている。本作は浅原ナオトの小説『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』(KADOKAWA)をドラマ化した原作モノではあるものの、ボーイミーツガール・ストーリーの名手として知られる三浦の筆致はみずみずしいもので、珠玉の青春ドラマに仕上がっている。  昨年はインスタグラムのストーリー機能で配信された縦長の画面を駆使したショートドラマ『デートまで』『それでも告白するみどりちゃん』(現在はどちらもYouTubeで視聴可能)が評価され、いつか長尺の連ドラを書いたら面白いのではないかと思っていたのだが、NHKのよるドラ枠という、新鋭クリエイターを積極的に起用する深夜枠(夜11時30分放送)の脚本家として起用された。このタイミングで三浦を起用したNHK関係者の眼力は確かで、今後のテレビドラマを考える上で重要な作品となるのではないかと思う。他にも岩井秀人(劇団ハイバイ)や根本宗子(月刊「根本宗子」)など、小劇場演劇からキャリアをスタートしてテレビや映画といった他ジャンルに進出していくという流れは定着している。
    旧劇と新劇
     古くは寺山修司から近年の三浦直之に至るまで、小劇場演劇を拠点に様々な才能が誕生した。今回はそんな小劇場演劇の歴史について振り返ることで松尾スズキの歴史的立ち位置について検証する。
     まず、日本の演劇には「旧劇」と「新劇」がある。 旧劇は能、文楽、狂言、歌舞伎といった江戸時代までに生まれた伝統演劇。明治以降、ヨーロッパ演劇に影響を受けた演劇が新劇だ。 前者が様式的な時代劇、後者がリアリズムを基調とした現代劇だと言えよう。 宮藤官九郎の大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』(NHK)を見ていると、スポーツと体育が、外国人との身体能力の落差に追いつくための手段として国家規模で推し進められていたことがよくわかる。  夏目漱石や森鴎外が持ち込んだ近代文学にしても同様だ。鎖国を解いて世界を向き合うことになった日本は江戸時代までの古い文化を捨てて、近代に適応するため政治や軍事技術はもちろんのこと、文学やスポーツも取り入れようとした。 新劇もそういった文化の一つで、ヨーロッパの演劇を取り込むことで日本人は近代の身体と思考法を手に入れようとしたのだ。
    新劇のカウンターとして生まれた小劇場演劇
     左翼的なイデオロギーが強かった新劇は、戦時下には弾圧され戦意高揚の軍事劇に駆り出された。その結果、数々の劇団が解散へと追いやられたが、戦後、再び盛り返す。 文芸坐、俳優座、民芸といった大手劇団や、左翼系の新劇を否定する浅利慶太の「劇団四季」が結成され、三島由紀夫や安部公房らが戦後派の劇作家も活躍した。
     演劇評論家の扇田昭彦は戦後新劇について以下のように語っている。
    これらの劇作家によって、優れた劇作がいくつも生まれたことは間違いない。だが、戦前派の指導者を中心に再出発・再編成されたためもあって、戦後の新劇界は、文学における「戦後文学」に匹敵するような、「戦後演劇」の新しいかたちを総体として作り出さないまま、一九六〇年代を迎えた。 (『日本の現代演劇』著・扇田昭彦(岩波新書)「序章 新劇場がスタートした」)
     そんな旧態依然とした新劇に対するカウンターとして登場したのが小劇場演劇である。 60年代にはじまった小劇場運動は、バラックのような倉庫や映画館、路上や、テントなどで創作劇を上演し、新劇が手をつけてこなかった伝統劇との繋がりをめざし、前近代的なものの再検証がおこなわれた。中心となったのは寺山修司の天井桟敷と唐十郎の赤テントである、彼らの芝居は「見世物小屋の復権」が提唱され、「アングラ演劇」と呼ばれた。
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  • 成馬零一 テレビドラマクロニクル(1995→2010) 第三回 宮藤官九郎(1) 大人計画と松尾スズキ

    2019-04-04 07:00  
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    ドラマ評論家の成馬零一さんが、90年代から00年代のテレビドラマを論じる『テレビドラマクロニクル(1995→2010)』。今回より宮藤官九郎編が始まります。劇団・大人計画を主宰する松尾スズキによって才能を見出された宮藤。後に平成を代表する脚本家となる宮藤と、近年は純文学作家として評価が高い松尾の資質の違いについて、90年代に2人が脚本を共作した、ある深夜ドラマを手がかりに考えます。
     現在放送中の大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』(NHK)をてがける宮藤官九郎は宮城県出身の1970年生まれ。連続ドラマ『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系)や連続テレビ小説『あまちゃん』(NHK)など、数々の名作を手がける宮藤は、現代のテレビドラマを代表する脚本家の一人だ。脚本以外にも俳優、ミュージシャン(グループ魂)、タレント、放送作家、映画監督、ラジオパーソナリティなど、宮藤の活動は多岐に渡っているが、何より外せないのは、彼が松尾スズキの主宰する劇団・大人計画に所属しているということだろう。
    ▲大人計画OFFICIAL WEB SITE
     高校時代に聴いていたラジオ番組「ビートたけしのオールナイトニッポン」でビートたけしに合いの手を入れていた構成作家・高田文夫に憧れていた宮藤は、高校を卒業したらたけし軍団に入りたいと漠然と思っていた。
     高校卒業後、日本大学藝術学部放送学科に入学した宮藤は、1991年に松尾がWAHAHA本舗の公演用に戯曲を書いた『神のようにだまして』のボランティア・スタッフとして参加し、そこで松尾スズキを知る。 その後、宮藤は演出助手として大人計画に参加。  宮藤の仕事は、松尾スズキが口だてで言ったことを脚本に起こすというものだった。
     あいつとは、師弟関係とか、そんな感じじゃなくて、歳下の遊び相手みたいな感じだったんだよね。作家的スタンスで、面白いことについて語り合える人間と、やっと出会えたというか。(中略)宮藤がオレに対して意見を言うってことはほとんどないんだけど、なんかね、九州と東北の末端で育った人間の出会いみたいな、持たざる者同士が出会って、お互いに「面白い」と感じるものを共有できる気持ちよさがあったんだよなあ。(文藝春秋『「大人計画」ができるまで』著:松尾スズキ、聞き書き:北井亮)
     思うに、松尾スズキの演出助手をしていた時の宮藤は、ビートたけしを補佐する高田文夫のような気持ちだったのかもしれない。  出会った時の宮藤について松尾は以下のように語っている。
    「こいつすげぇ、オレを超えている」とか、そういう劇的なことはなかったけど、なにかあるやつだな、とは思った。小器用とかではなく、むしろ不器用だと思ってたんだけどね。ところが、「こうしないと客には伝わらないよ」っていうことを最初のうちはオレがアドバイスしていて、そりゃすごくアドバイスしていて、でも、気がついたらオレよりもすごく伝わることをやってたっていう。(同書)
     92年、宮藤は大人計画の舞台『殴られても好き』の作・演出を担当。その後、大人計画で数々の作品を手がけることになる。
    大人計画と松尾スズキ
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  • テレビドラマクロニクル(1995→2010)番外編 宮藤官九郎 『いだてん~東京オリムピック噺~』とフィクションの最前線

    2019-03-12 07:00  
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    ドラマ評論家の成馬零一さんが、90年代から00年代のテレビドラマを論じる『テレビドラマクロニクル(1995→2010)』。今回は番外編として、現在放送中のNHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』を取り上げます。宮藤官九郎作品の総決算的な意味を持つ本作が、大河ドラマの鬼門である「明治以降」をどのように描こうとしているのか、スポーツや落語を通じて、政治性抜きの「男の子の物語」を復権させようとする、その試みについて読み解きます。
    次回からこの連載では、クドカンこと宮藤官九郎について語ることになるのだが、今回は番外編として宮藤の最新作『いだてん~東京オリムピック噺~』(NHK)について触れておきたい。おそらく本作はクドカンドラマの中で、もっとスケールが大きな野心作であり、今まで彼が追求してきたテーマの総決算となるのではないかと思う。
    『いだてん』は日曜夜8時から放送されているNHKの大河ドラマだ。プロデューサーは訓覇圭、音楽は大友良英、チーフ演出は井上剛と、宮藤が手がけた連続テレビ小説(以下、朝ドラ)『あまちゃん』(NHK)のスタッフが再結集している。同時に外部ディレクターとして『モテキ』(テレビ東京系)などで知られる大根仁とVFXスーパーバイザーとして『シンゴジラ』などを手がけた尾上克郎が参加している。
    物語の舞台は1964年の東京オリンピックを控えた昭和の東京からはじまり、50年前の明治時代へと遡り、二つの時代を行き来しながらオリンピックに関わった人々の姿が次々と描かれていく。  主人公は日本マラソンの父と言われる金栗四三(中村勘九郎)と、東京オリンピックの招致に尽力した日本水泳連盟元会長の田畑政治(阿部サダヲ)ということになっているが、脇を固める俳優も役所広司、綾瀬はるか、森山未來、生田斗真、杉咲花、シャーロット・ケイト・フォックス、竹野内豊、神木隆之介、星野源、小泉今日子、ビートたけしetcと実に豪華。 作品の規模、出演俳優、参加スタッフの座組を見るだけでも、本作が2019年現在におけるフィクションの最前線をひた走っていることは明らかだろう。まさに総力戦である。  宮藤にとってはもちろん日本のテレビドラマ史、サブカルチャー史においてもっとも重要な作品となることは間違いないだろう。
    全員主役の群像劇
    『いだてん』は、主演級の俳優が多数出演しているため、全員主役の群像劇を見ているかのようである。
    日本人初のオリンピック参加を目指して大日本体育協会を設立し、ストックホルムオリンピックの参加資金のために奔走する嘉納治五郎(役所広司)の物語は、昨年役所が主演を務めた『陸王』のようなTBSの日曜劇場で放送されている池井戸潤原作ドラマのようでもあるし、金栗四三と美川秀信(勝地涼)が故郷の熊本を後にして東京高等師範学校の寄宿舎で暮らす姿は、夏目漱石の『三四郎』のような青春文学の味わいがある。 一方、裏の主人公と言えるのが、語り部の落語家・古今亭志ん生(ビートたけし)だろう。若き日の志ん生・美濃部孝蔵(森山未來)が落語家の橘家円蔵(松尾スズキ)と出会い落語家として成長していく姿が金栗の物語と併走する形で描かれるのだが、町のチンピラとして浅草で放蕩生活を送っている孝蔵を取り囲む遊女の小梅(橋本愛)や車夫の清さん(峯田和伸)たちが啖呵を切る姿は宮藤の『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系)を思い出させる。 また孝蔵と円蔵の弟子と師匠の関係を軸とした落語家の物語や、落語の演目「富久」が本編と重ねて語られるという虚実入り混じったストーリー展開は、同じく宮藤の『タイガー&ドラゴン』(同)を思わせる。 そして、スポーツを愛する若者たちの集団・天狗倶楽部のパリピ的な振る舞いは明治時代の『木更津キャッツアイ』(同)と言えるだろう。 天狗倶楽部は実際に明治時代に存在したスポーツ同好会だが、彼らの姿を見つけた時、宮藤は歓喜したに違いない。彼らのリーダー的存在の三島弥彦(生田斗真)のやけにタメのあるドヤ顔的な演技は『木更津』の主人公・ぶっさん(岡田准一)を彷彿とさせるが、第一話で全体像を見せた後で、2~5話をかけて第一話で見せた予選会の裏側を見せるという構成自体、『木更津』で見せた野球の試合になぞらせて、物語を表と裏の視点から見せていく手法の発展したものである。 まだ序盤だがこの時点で宮藤の『池袋』『木更津』『タイガー&ドラゴン』という初期代表作のテイストが散見できるあたり、本作にかけるクドカンの本気度が伺える。
    ▲『池袋ウエストゲートパーク』『木更津キャッツアイ』『タイガー&ドラゴン』
    群像劇がもたらす多様性と政治的正しさ
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  • テレビドラマクロニクル(1995→2010)堤幸彦(9) 『SPEC』(後編)  超能力から〈病い〉へ

    2019-02-14 07:00  
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    ドラマ評論家の成馬零一さんが、90年代から00年代のテレビドラマを論じる『テレビドラマクロニクル(1995→2010)』。9回に及んだ堤幸彦論は今回がラストです。「超能力(スペック)を使う犯罪者」という設定を取り入れながら、当初は『ケイゾク』の作風を反復していた『SPEC』ですが、主人公がスペックに覚醒したことで、物語は新しい展開を迎えます。
    『SPEC』は2010年にTVシリーズ(起)が放送され、2012年にSPドラマ『SPEC~翔~』と映画『劇場版SPEC~天~』、2013年に当麻と瀬文が出会う前の前日譚を描いたSPドラマ『SPEC~零~』、そして完結編となる映画『劇場版 SPEC~結~』の前編『漸ノ篇』と後編『爻ノ篇』が放送された。  「ミステリーから超能力へ」というジャンルの変化を通して90年代から00年代への変化を描いた『SPEC』だったが、では、ストーリーと演出はどのようなものだったのか?
    ▲『SPEC~翔~』『劇場版SPEC~天~』(2012)
    ▲『SPEC~零~』(2013)
    ▲『劇場版 SPEC~結~漸ノ篇/爻ノ篇』(2013)
    組織と個人
    TVシリーズが始まった当初、『SPEC』が描こうとしたのは「人間VS超能力者」の戦いだった。 1~4話では、スペックホルダーと当麻たちミショウの刑事たちとの戦いが描かれる。スペックを表現するためにドラマでは異例の量のCGが用いられたが、漫画やアニメでは定番化している超能力をいかに可視化するか。というのが演出面での一番の課題だったと言えるだろう。これに関しては「時間が止まった世界」の描写も含めて、本作ならではの映像が展開できていた。その意味でも、最初の課題はクリアできていた。 5話以降になると、スペックホルダーの存在を追って研究・捕獲・監視していた警察内組織・公安零課(アグレッサー)が物語に絡んでくる。物語はより複雑化し、誰が敵で誰が味方なのかわからない混乱状態になっていく。 この展開は、『ケイゾク』後半の反復だが、スペックホルダーをヒューマンリソース(人的資源)として利用しようとする謎の秘密組織・御前会議が登場する陰謀論的展開は類型的で、やはり印象に残るのは、国家や御前会議の思惑を超えて暴走するスペックホルダーたち、中でも自由気ままに振る舞う時間を止めるスペックホルダー・ニノマエの圧倒的な存在感だ。 物語も、暴走するニノマエをいかに止めるのか? というクライマックスへと向かう展開が一番見応えがある。 ニノマエの「時を止める」能力が、超高速で動く能力で、それと引き換えにニノマエの体感速度が常人の数万倍だと気づいた当麻が、毒を混ぜた雪を浴びせることでニノマエを倒すという展開も、「人間VS超能力者」という構図にこだわった本作ならではの展開だったと言えるだろう。
    心配だったのは、この対立軸を作り手が放棄して、当麻や瀬文がスペックホルダーに目覚めて超能力者同士のバトルになってしまうのではないか? ということ。 特に「時間を止める」という圧倒的な力を持ったニノマエを冒頭で出してしまったため、彼に対抗するには『ジョジョの奇妙な冒険』第三部における空条承太郎とディオ・ブランドーの対決のように、主人公サイドも敵と同じ(時間を止める)能力に目覚めさせるしかないのではないか? と心配だった。『ジョジョ』の映像化なら、それでも構わないのだが、本作の斬新さは、人間が超能力者に立ち向かうという構図にあり、これを放棄してしまえば、作品自体のアイデンティティが瓦解すると思っていた。 その意味で、対ニノマエ戦までは見事だったと言えよう。 しかし、最終話で、当麻の恋人・地居聖(城田優)が、実は人の記憶を操作するスペックホルダーで当麻の記憶も地居に操作されたものだったことが唐突に明かされると、雲行きは一気に怪しくなる。
    心から身体へ
    心の闇を描こうとしたサイコサスペンステイストの『ケイゾク』に対し、『SPEC』では身体性が強調されている。これは堤がチーフ演出を務めた『池袋ウエストゲートパーク』(TBS系)を経由して『ハンドク!!!』(同)や『TRICK』などにも現れていた00年代的な傾向だろう。 中でも『SPEC』は、当麻が餃子を食べるシーンを筆頭に、食事のシーンが多い。同時に出てきた時から包帯を巻いている当麻を筆頭に、身体の損傷や痛みを通して身体性が強調されている。「死」の描き方も重みが増しており、瀬文の部下だった志村が事故で意識不明の重体となって入院する姿が執拗に描かれていた。 そこには「心から身体へ」とでもいうような流れが伺える。これは『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』の「破」にも見られた傾向で、漫画ではよしながふみの『西洋骨董洋菓子店』(新書館)、テレビドラマでは木皿泉の『すいか』(日本テレビ系)などに現れていた、食事を通して身体性とコミュニティを取り戻そうという、00年代のフィクションに現れていた一つの流れだったと言える。
    当麻たちは地居によって記憶を操作されてしまうのだが、サイコメトリー(触った人間の記憶を読み取る能力)のスペックを持った志村美鈴(福田沙紀)の協力によって真実を思い出す。記憶を取り戻した瀬文は「人間の記憶ってのはなぁ、頭の中だけにあるわけじゃねぇ、ニンニク臭え人間のことはなぁ、鼻が、この傷の痛みが、身体全部が覚えてんだよ!」と、地居に宣言する。
    おそらく、「記憶を書き換える」スペックを持ち真実は存在しないとうそぶく地居は、『ケイゾク』の朝倉のような90年代的な悪意を象徴する存在なのだろう。地居が当麻と瀬文に倒される姿を通して90年代から00年代、『ケイゾク』から『SPEC』へという時代の変化を描いたのであれば、最終話が、地居との対決で終わるのは、必然だったのかもしれない。 ここまでは納得できる。しかし最後の最後で本作は「人間VS超能力者」という対立構造を放棄してしまう。 地居に追い詰められた当麻は怪我で動かない左手で拳銃を構えて「左手動けぇ!」と叫び、発砲する。すると、時間が止まり、地居が撃った弾丸は地居に命中する。死んだはずのニノマエが生きていたのか? それとも当麻がスペックを発動したのか? 謎は宙吊りにされたままTVシリーズは終了する。
    盗用と借用 呪われた力
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  • 成馬零一 テレビドラマクロニクル(1995→2010) 堤幸彦(8) 『SPEC』(前編)ミステリーから超能力へ

    2019-01-16 07:00  
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    ドラマ評論家の成馬零一さんが、90年代から00年代のテレビドラマを論じる『テレビドラマクロニクル(1995→2010)』。『ケイゾク』の続編として企画された『SPEC』は、ミステリドラマにも関わらず、本物の超能力者が登場します。それは「謎」が存在する世界の終わり、インターネットカルチャーとニューエイジ思想が融合した、10年代の「圧倒的な現実」の投影でもありました。
    2010年10月8日『SPEC~警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別係対策事件簿~』(以下『SPEC』)の甲の回(第一話)が金曜ドラマ(TBS系夜10時枠)で放送された。
    ▲『SPEC』
    プロデューサーは植田博樹、脚本は西荻弓絵。堤幸彦の出世作となった『ケイゾク』チームが再結集した本作は『ケイゾク』と同じ世界観の続編的な作品という触れ込みで、幕を開けた。
    舞台は「ミショウ」と呼ばれる警視庁公安部に設立された未詳事件特別対策係。 捜査一課が取り扱うことのできない超常現象が絡んだ科学では解明できない犯罪を捜査する部署だったが、警視庁の中では、変人が集まる吹き溜まりと見られていた。
    所属しているのは『ケイゾク』にも登場した係長の野々村光太郎(竜雷太)とIQ210の女刑事・当麻紗綾(戸田恵梨香)の二人のみ。 そこに元特殊部隊(SIT)所属の瀬文焚流(加瀬亮)が異動してくるところから、物語ははじまる。瀬文は任務の最中に部下の志村優作(伊藤毅)を誤射した疑いで聴聞会にかけられる。突然、隣りにいたはずの志村が目の前に飛び出してきて発砲、そして何故かその銃弾は志村に命中したと瀬文は主張。確かに着弾した銃弾は志村のものだったが、上層部は瀬文が銃をすり替えたのだと取り合おうとしない。真相がわからぬまま事件は迷宮入り。瀬文はSITを除隊となり、左遷に近い形で「ミショウ」に配属となった。 やがて、ミショウに、政治家の五木谷春樹(金子賢)と秘書の脇智宏(上川隆也)が訪ねてくる。懇意にしている占い師・冷泉俊明(田中哲司)が、明日のパーティーで五木谷が殺されると予言したため、調査を依頼しにきたのだ。冷泉は2億円払えば「未来を変える方法」を教えると言う。当麻と瀬文は冷泉の元へと向かい、恐喝の容疑で逮捕する。しかし、冷泉の予言したとおり、五木谷はパーティーで心臓麻痺で命を落とす。 ここまでは『ケイゾク』や『TRICK』(テレビ朝日系)などで繰り返されてきたミステリードラマの展開である。 定石どおりなら、ここから冷泉の予言と殺害のインチキ(トリック)を暴くという展開になるところだろう。しかし、物語は予想外の方向へ傾いていく。 やがて、五木谷を殺したのは第一秘書の脇智宏(上川隆也)だったとわかる。元医師の脇は、無痛針で五木谷にカリウムを注射して殺害したのだ。そして証拠の注射針を天井に突き刺して隠したのだった。 しかし、当麻の推理を聞いた脇は凄まじい豪腕でテニスボールを投げて天井に刺さった注射針を破壊。先に証拠の存在に気づいた当麻たちは注射針を確保していたものの、真相を知られた脇は凄まじい腕力でテニスボールを当麻と瀬文に投げつけ、二人を殺そうとする。猛スピードで動き、瀬文の銃を奪い取った脇は瀬文めがけて発砲。 そこで突然、時間の流れが停止して謎の少年・一+一(ニノマエジュウイチ・神木隆之介)が現れる。 ニノマエは銃弾の軌道を反転させて脇を殺害。そして姿を消す。残された瀬文は、志村の時と同じ現象が起きたことに戸惑うが、何が起きたのかは理解できない……。
    いい意味で「裏切られた」と感じた第一話である。
    オカルトの皮を被ったミステリードラマかと思いきや、超能力者が本当に登場したのだ。何より驚いたのがニノマエの登場シーンである。いきなり「時間を止める」という圧倒的な力を持ったラスボス的存在が姿を現したのだ。
    アナログ放送が終わり、地デジ化へと向かう2010年
    この第一話が放送された10月8日のことは、よく覚えている。 筆者はこの日、地デジ(地上デジタル)対応の薄型テレビを購入し、はじめて画面に映ったテレビ映像が、この『SPEC』だったからだ。
    『SPEC』が放送された2010年。テレビは過渡期を迎えていた。 翌2011年にアナログ放送が終了して地上波デジタルに完全移行することが決まっていた。その結果、今のアナログテレビでは番組が映らなくなるため、地デジ対応テレビの買い替え特需が起きていたが、一方で、地デジ化によってテレビの視聴者が大きく減るのではないかと、不安視されていた。 同じ頃、WEBではYouTubeやニコニコ動画といった動画サイトが勢いを増していた。テキストが中心だった時代はテレビ局にとっては対岸の家事だったインターネットの隆盛は、動画サイトが登場し、映像の複製と拡散が簡単になると、他人事ではなくなっていた。やがて、映像文化は、テレビからWEBに取って代わるのかもしれない。まるで、超能力者に人類が支配されるかのように。そんな地殻変動の気配が2010年にはあった。
    翌2011年に3月11日に東日本大震災が起きたこともあり、今となっては忘れられているが、当時の地デジ化報道の背後には、時代の変化に対する期待と不安が渦巻いていた。
    そんな時代状況を反映してか、この年のテレビドラマは、2010年代のはじまりを象徴する作品が多数登場している。
    NHKでは後の連続テレビ小説(朝ドラ)ブームの先駆けとなる『ゲゲゲの女房』と大河ドラマの映像をアップデートした大友啓史がチーフ演出を務めた『龍馬伝』が放送。  テレビ東京系ではAKB48総出演の『マジすか学園』と、大根仁の出世作となった『モテキ』が放送され、深夜ドラマブーム、アイドルドラマブームの先駆けとなった。 そして、日本テレビ系では2010年代を牽引する脚本家・坂元裕二の『Mother』が登場。今振り返ると、これらの作品は、テレビドラマの方向性を決定付ける新しい流れの始まりだった。 同時に宮藤官九郎脚本の『うぬぼれ刑事』(TBS系)と木皿泉脚本の『Q10』(日本テレビ系)という00年代を象徴する脚本家の集大成となるドラマも登場しており、2000年代の終わりと2010年代のはじまりを象徴する作品で賑わっていた。
    そんな中『SPEC』は、『ケイゾク』の続編ということもあり、00年代の終わりを象徴する過去の作品という印象だった。 すでに『ケイゾク』は伝説のカルトドラマとして神格化されていた。定期的に続編が作られて大衆化した『TRICK』と違い、熱狂的なファンが多い作品だっただけに、続編を作るということの意味はとても重かったと言えるだろう。
    『ヱヴァ』と『SPEC』
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  • 成馬零一 テレビドラマクロニクル(1995→2010)堤幸彦(7)『TRICK』小ネタ消費とカルト批判

    2018-12-13 07:00  
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    ドラマ評論家の成馬零一さんが、90年代から00年代のテレビドラマを論じる『テレビドラマクロニクル(1995→2010)』。『池袋ウエストゲートパーク』『ケイゾク』を経て、映像作家としての全盛期を迎えた堤幸彦。その次に手がけたのが、カルト批判をテーマにしたミステリードラマ『TRICK』ですが、その結末には、フィクションの衰弱と自己啓発の時代の到来が刻印されていました。
     2000年春クール(4~6月)に『池袋ウエストゲートパーク』(以下『池袋』、TBS系)の放送を終えた堤幸彦は、休むことなく夏(7~10月)クールに連続ドラマ『TRICK』(テレビ朝日系)を金曜ナイトドラマ枠(23時9分~0時4分)で手がけることになる。
    ▲『TRICK』
     堤は作品数の多い映像作家だが、2000年は『ケイゾク/映画Beautiful Dreamer』『池袋』『TRICK』と立て続けに発表していたことになる。どの作品も堤にとっては代表作といえるもので、この年に堤のスタイルが完成したと言えるだろう。
    『TRICK』は、売れないマジシャンの山田奈緒子(仲間由紀恵)と物理学者の上田次郎(阿部寛)が、超能力者や霊能力者が起こす超常現象のインチキ(トリック)を暴いていくというミステリードラマだ。 『金田一少年の事件簿』(以下『金田一』日本テレビ系)、『ケイゾク』(TBS系)と続いてきた堤幸彦のミステリードラマ路線の延長にあるものだが、同時に今まで積み上げてきたことの集大成だといえる。
     ドラマシリーズが三作、スペシャルドラマが三作、映画版が四作、スピンオフドラマ『警部補 矢部謙三』が二作も作られた『TRICK』は、断続的に2014年まで制作されたロングヒットシリーズである。 本作の成功によって映像作家としての堤幸彦のキャリアは決定的なものとなったと言っても過言ではないだろう。それは他の関係者にとっても同様だ。
    『金田一』や『ケイゾク』では、裏方として関わってきた蒔田光治は、本作ではメインの脚本家としてクレジットされている。本作以降、蒔田は脚本家兼プロデューサーという立ち位置を確立し、『富豪刑事』や『パズル』(ともにテレビ朝日系)といった作品を手がけるようになっていく。つまり『TRICK』の成功によって、堤が作り上げてきたミステリードラマのスタイルは拡散していき、一つのジャンルとしてテレビドラマに完全に定着するようになるのだ。  今では多くのドラマや映画を手がけているオフィスクレッシェンドの木村ひさしと大根仁も演出家としてクレジットされている。『TRICK』が、堤だけでなく、オフィスクレッシェンドという制作会社にとっても大きな転機となったことがよくわかる。
     オフィスクレッシェンドの代表・長坂信人が執筆した『素人力 エンタメビジネスのトリック?!』(光文社新書)は、自社を立ち上げたきっかけや、手がけた映像作品にまつわる秘話がまとめられたものだ。本書の冒頭で長坂は、『TRICK』の制作費が持ち出しとなってしまい、3000万円の大赤字を出したことを告白している。  オムニバス形式(1エピソード1~3話)でその都度、オールロケで撮影を行なっていたため、予算が大幅にオーバーしたのだ。 会社は大打撃を受けて危機的状況に追い込まれた。  責任を感じた堤は監督としての印税をオフィスクレッシェンドに全額譲渡。その後、DVD-BOXが売れ、オリジナル企画として『TRICK』に可能性を感じた長坂はシーズン2を制作することを決断、実家の駐車場を抵当に入れて制作費を捻出したという。  本書に収録された長坂との対談で堤は、「失敗していたら今ごろうらぶれて、地元テレビ局の下請けをやってると思います」と語っているが、様々な困難を乗り越えて『TRICK』を作り続けたからこそ、今の堤とオフィスクレッシェンドはあるのだと言えるだろう。
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  • 『逃げるは恥だが役に立つ』――なぜ『逃げ恥』は視聴者にあれほど刺さったのか?そのクレバーさを読み解く(成馬零一×宇野常寛)(PLANETSアーカイブス)

    2018-12-03 07:00  
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    今朝のPLANETSアーカイブスは、2016年10月から年末にかけて放送されていたヒットドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』をめぐる成馬零一さんと宇野常寛の対談です。「恋ダンス」の流行でも話題を呼んだ本作が、いかにしてテレビドラマの文脈の中で優れた作品となりえたのかを論じます。(構成:橋下倫史/初出:「サイゾー」2017年3月号) ※本記事は2017年3月23日に配信した記事の再配信です。


    ▼作品紹介

    『逃げるは恥だが役に立つ』
    原作/海野つなみ 脚本/野木亜紀子 演出/金子文紀、土井裕泰、石井康晴 出演/新垣結衣、星野源、石田ゆり子ほか 放送/TBS系にて、毎週火曜22:00~22:54(16年10~12月/全11話)
    心理学の大学院まで出たが就職活動に失敗し、派遣で働いていた森山みくり(新垣)。派遣契約を切られて嘆いていたところ、父親の知り合いである津崎平匡(星野源)の家の家事代行として働くことになる。その後両親が東京を離れることになり、困ったみくりは就職としての結婚を平匡に提案。2人の奇妙な契約結婚生活がスタートする。最終話の視聴率は20・8%に到達。原作は「Kiss」(講談社)にて連載されていた。


    成馬 本作の感想は「良いドラマだった」の一言に尽きます。2016年にこの作品があって本当に良かったと思いました。今のテレビドラマは、物語が複雑で敷居の高いドラマと、『ドクターX』(テレビ朝日)のような単純でわかりやすいドラマの二極化が進んでいる。その中にあって、『逃げ恥』はちょうど中間だった。「ガッキー可愛い」「星野源可愛い」「恋ダンス楽しい」という軽いノリで入ってくる人たちでも楽しめる敷居の低さで視聴者を引きつける一方、深く観ていくとフェミニズムや今の社会問題を扱っていることがわかってくる。大絶賛する人もいる一方で、「この程度の作品」と低く見る人もいるけど、この幅の広い観られ方が、最終的に視聴率20%に到達した理由だと思う。だから単純に「面白い」とか「好き」というより、「正しいドラマ」という感じがします。「今面白いドラマを作りたいなら、最低限これはやらないといけない」ということをちゃんとやっていた。旬の俳優である新垣結衣と星野源を主演に起用して、脚本は『重版出来!』で注目されつつある野木亜紀子【1】、演出家は金子文紀・土井裕泰・石井康晴【2】というTBSのエースを3人揃えるという座組みの見事さ。
     それとやっぱり「恋ダンス」ですよね。1話放映後に完全バージョンをYouTubeでオフィシャルに公開して、「踊ってみた」をやる人のために星野源の所属レーベルが「ドラマの放映期間中は音源の使用を認める」と発表したことで爆発的に広がった。これも、アニメの世界では『涼宮ハルヒの憂鬱』で10年前に起きていたことだけど、ドラマの場合は芸能界的なしがらみがありすぎてできなかった。そういう、今の時代に作品を観てもらうために、やらなくてはいけないことをちゃんとやったことが、勝因だったと思います。
    宇野 そのあたりは、嫌な言い方になるけど、民放ゴールデンタイムのドラマがやっと21世紀基準に追いついたともいえる。堀江貴文さんやひろゆきさんが「もっとわかっている人がネット回りをやれば、『恋ダンス』は『恋するフォーチュンクッキー』になれたのに、テレビ局や芸能事務所は頭が固くてそこまでいかなかった」と批判していたけど、その通りだと思う。TBSのアナウンサーが恋ダンスに出てきたのは、本当にサムいからやめたほうがいいと思ったし。
     『逃げ恥』自体の感想は僕も、とにかく良くできたドラマだと思った。キャストもいいし演出も適切だし、しっかり作り込んである。原作を読んでなかったので、第1話を観たときはちょっと良妻賢母思想への回帰というか、保守反動的じゃないかと思ったんですよ。高学歴ニートみたいなヒロインが家事代行をやるうちに本当の恋愛に発展する、というような。それがアイロニーでわざとやっているということが1話を観たときにはあまりわからなかったんだけど、観ていく内に、これはフェミニズムの成果を一通り受け止めた上で、それをどう現代に軟着陸させるかという話なんだ、とわかった。フェミニズムへの距離の取り方と取り込み方が、いい意味でクレバーでいやらしくて、非常に感心した。

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  • 成馬零一 テレビドラマクロニクル(1995→2010) 堤幸彦(6)『池袋ウエストゲートパーク』後編ーー堤、クドカン、窪塚洋介。それぞれのIWGP

    2018-11-01 07:00  
    540pt

    ドラマ評論家の成馬零一さんが、90年代から00年代のテレビドラマを論じる『テレビドラマクロニクル(1995→2010)』。今回は『池袋ウエストゲートパーク』論の後編です。ドラマ版と原作小説を比較しながら、作品に関わった3人のクリエイター、石田衣良と堤幸彦と宮藤官九郎の影響を検討。さらに本作以降、窪塚洋介が背負うことになった時代性について考察します。
    石田衣良からみた『IWGP』
     次に原作小説とドラマのストーリーの違いについて考察したい。   石田衣良はシナリオ版『池袋ウエストゲートパーク』(角川書店)の解説で、小説とドラマの違いについてこう書いている。
     メディアが違うから、原作(寒色系シリアス)とドラマ(暖色系コメディ)のトーンは違うけれど、両者は最も大切な部分で共通していたとぼくは思う。  それは圧倒的なスピード感とキャラクターの立体感だ(もうひとついうなら池袋という現実の街のライブ感)。ぼくも作家なので、文体にはかなり気をつかう。IWGPでなにを一番大切にしているかというと、人物の描写と文章のスピード感なのだ。  それを宮藤さんは即興性豊かな組み立てと特異なコメディセンス(その場の思いつきともいう、だがなんと切れ味のいい思いつきか)でしっかりと再現してしまった。(「風を切ってフルスイング 石田衣良」:『宮藤官九郎脚本 池袋ウエストゲートパーク』著:宮藤官九郎・角川書店より)
     石田はドラマ化に際して「小説とテレビではメディアが違います。原作に気兼ねなどしなくていいから、とにかく思い切りフルスイングしてください。そしたら空振りだって納得できますから」(同書)と磯山に伝えたそうだが、ドラマ版『池袋』と小説を比べると、物語の流れは大筋では同じだが、細部が微妙な変更が施されており、その改変の仕方が見事だというのが当時の印象だった。
     のちに数々のオリジナルドラマを手がけることになる宮藤だが、本作は原作モノだったこともあり、作家性に関してはまだ未知数だったが、まずは優秀なアレンジャーとして、その才能は大きく印象づけたと言えよう。
    「ダサさ」をまとうことで見えてくるもの
     原作の改変ポイントは多数あるが、中でも大きく変わったのは主人公のマコトの造形だろう。小説はマコトの一人称で進むハードボイルド小説の構造となっている。台詞もカッコよくてクールだ。  それをドラマ版では工業高校上がりの馬鹿なヤンキーで素人童貞という側面を強く打ち出している。
     原作小説の第一巻が発売されたのは1998年、ドラマ化されたのは2年後だが、最先端の都市の風俗(ストリートカルチャー)というものは、活字になった時点でどんどん古びてしまう。 小説の『池袋』もその側面は強く、情報の鮮度という意味ではドラマ版は圧倒的に不利である。また、小説では成立したカッコいい語りも生身の人間が喋ったら台無しになることも多い。仮に小説をそのまま映像化していたら目も当てられない作品となっていただろう。  だが、宮藤の脚本はカッコよく書かれていた石田衣良の世界を少し斜めから見て、あえてかっこ悪く――宮藤がドラマ内で用いる言葉で言うなら「ダサく」――することで、物語を読み替えて言った。
     それはそのまま、トレンディドラマで描かれていたような匿名性の高いおしゃれな街としての東京ではなく、地元(ジモト)としての池袋という、具体的な土地の持つ固有性を打ち出していくという作業だった。  宮藤の脚本は脚本の構成はごちゃごちゃしているが、一つ一つが具体的だ。会話の中には固有名詞がたくさん登場し、その延長で、実在するテレビ番組や芸能人が登場する。  権利関係の処理の問題もあってか、実在する商品名や固有名詞を出すことをためらうドラマは今も少なくないが、固有名詞が具体的であればあるほど、そこに描かれている人間たちの実在感は増していく。すべてのものに固有の名前があり、ワイドショーや雑誌で語られる記号としての東京や女子高生やカラーギャングではなく、くだもの屋のマコトや風呂屋のタカシといった、固有名を取り戻すことで、流行り廃りの激しい風俗の根底にある地に足の付いた感覚を取り戻したことこそが、テレビドラマにおける宮藤の最大の功績だろう。
     それは人間関係の描き方にも現れている。特に画期的だったのはマコトの母親・リツコ(森下愛子)の描き方だ。  原作小説では、ほとんど描写されてないリツコのディテールはコミカルではあるが、シングルマザーながらにマコトを育ててきた母親としての優しさやたくましさが描かれていた。
     のちに織田裕二主演の連続ドラマ『ロケット・ボーイ』(フジテレビ系)の脚本を宮藤に依頼するプロデューサーの高井一郎は『池袋』の脚本について「よく見ると普遍的な親子愛や友情が隠れて描かれていますよね」(「特集・宮藤官九郎」『クイックジャパンvol.35(太田出版)』より)と語っている。  小ネタで彩られたサブカルドラマとして語られがちな宮藤の作風の奥底にある本質を高井は早くから見抜いていた。  それは一言で言えば家族も含めた共同体(仲間)に対する信頼である。  80年代のトレンディドラマ以降、テレビドラマで家族が描かれる機会は年々減っていた。橋田壽賀子・脚本の『渡る世間は鬼ばかり』(TBS系)を例外とすれば、家庭内暴力や不倫といったネガティブな形でしか家族は描かれなくなっていた。  『未成年』(TBS系)等の野島伸司のドラマは、その反動もあってか、家族再生を試みるのだが、そこで描かれたのは血の繋がらない中間共同体的なもの、『池袋』で言うとGボーイズ的な共同体だった。そういった共同体は反社会的な性質を帯びて、やがては暴走して崩壊する。それは学生運動末期の連合赤軍事件やオウム真理教の地下鉄サリン事件などに連なる、日本の疑似家族共同体の失敗の歴史の反復とも言えよう。  対して宮藤が面白いのは、一方で疑似家族的な仲間のつながりを描きながら、対立軸として血縁関係にある親子を描かないところだ。むしろ、親子も友達のように付き合ってしまうことで、今まで重々しいものだった家族という概念自体を軽いものとして扱っていたのである。
    原作小説とドラマ版の大きな違い
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  • 成馬零一 テレビドラマクロニクル(1995→2010)第7回 堤幸彦(5)『池袋ウエストゲートパーク』前編ーーリアルな場所でめちゃくちゃ虚構

    2018-10-02 07:00  
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    ドラマ評論家の成馬零一さんが、90年代から00年代のテレビドラマを論じる『テレビドラマクロニクル(1995→2010)』。今回は、2000年に放送されたドラマ『池袋ウエストゲートパーク』を取り上げます。宮藤官九郎が脚本を手掛け、長瀬智也や窪塚洋介といったキラ星のごとき若手俳優たちが出演していた本作は、以降のテレビドラマの方法論を劇的に変えることになります。
    『ケイゾク/映画 Beautiful Dreamer』が公開された直後の2000年4月。堤幸彦は石田衣良の小説をドラマ化した『池袋ウエストゲートパーク』(以下、『池袋』)をTBSで手がけることになる。
    ▲『池袋ウエストゲートパーク』(2000)
     物語の舞台は池袋。くだもの屋の実家で母親と暮らす真島マコト(長瀬智也)は、仲間たちとつるんで楽しい日々を送っていたが、ある日、友達のリカ(酒井若菜)が何者かに殺される。リカが援助交際をしていて、あやしい男に付きまとわれていたことを、ヒカル(加藤あい)から聞かされたマコトは、カラーギャングのGボーイズたちの協力の元、独自の調査をはじめる。やがて世間を騒がしている性犯罪者・絞殺魔(ストラングラー)に犯人の目星をつけたマコトたちはストラングラーを捕獲。リカを殺した犯人とは別人だったが、この事件をきっかけにマコトの名前は池袋中にとどろき、警察には相談できないイリーガルな事件の解決を依頼されるようになる。
     リカを殺した犯人はいまだ不明だったが、トラブルシューター(便利屋)として池袋で起こる事件を次々と解決していくマコト。一方、池袋では勢力を拡大するGボーイズに対抗するカラーギャングのB(ブラック)エンジェルズが勃興、やがて、池袋を巻き込んだ抗争へと発展する。
    『池袋』は今となっては伝説的な作品だ。
     まずは豪華な出演俳優。主演の長瀬智也を筆頭に佐藤隆太、山下智久、窪塚洋介、坂口憲二、妻夫木聡、高橋一生といった、のちに頭角を表す若手俳優が勢揃いしている姿は壮観だ。同時に脚本を担当したのが大人計画の宮藤官九郎だったこともあって、阿部サダヲ、荒川良々、池津祥子といった大人計画所属の俳優も脇で活躍しており、大人計画以外にも古田新太、河原雅彦、きたろう、峯村リエといった小劇場系の俳優が出演している。三谷幸喜という先行例はあったものの、小劇場系の才能がテレビドラマに一気に流入してくるきっかけとなったという意味でも画期的な作品である。
     この見事な配役を行ったのが、プロデューサーの磯山晶。『ケイゾク』の植田博樹と同じ1967年生まれ。1990年にTBSに入社した二人は同期である。
    『池袋』は、今はなくなった金曜夜9時枠で放送されていたドラマで、夜10時からの金曜ドラマでは植田がプロデュースする『QUIZ』が放送されていた。 『QUIZ』は『ケイゾク』にあったアメリカン・サイコサスペンスの要素をより強めた劇場型犯罪を題材にしたもので、閑静な住宅街で起きた誘拐事件を精神を病んだ女刑事・桐子カヲル(財前直見)が追いかけていくというドラマだ。チーフディレクターは『ケイゾク』に参加した今井夏木が担当した。
     一方、『池袋』には『ケイゾク』に参加していた金子文紀がセカンドディレクターとして参加している。磯山と金子、そして本作でプライムタイムの連続ドラマの初執筆となった宮藤が『池袋』でチームを組むことになる。後にクドカンドラマと呼ばれる一連の流れはここから始まったのだ。

    ――当時を振り返ると、「ケイゾク」の植田さんと、「池袋ウエストゲートパーク」(2000年TBS)の磯山晶プロデューサーという、TBSの2人のプロデューサーがドラマ界に新しい風を吹き込んだような印象があります。
    「磯山の『池袋』もそうですけど、それまでのTBSのドラマ作りのフォーマットを大きく変えたとは思いますね。スタジオ2日、ロケとリハで3日みたいな、それまで何十年も続けてきたクラシックな撮り方ではなく、オールロケで、編集室を3ヶ月押さえっぱなしにして編集し続けるとか、音楽も、劇伴をそのまま使うのではなく、コンピューターに取り込んで音の要素だけを使うとか。『JIN-仁-』(2009年TBS系)も、音楽は『ケイゾク』のチームが担当しましたし、その後のTBSのドラマは、当時のチームの分派が作ってるものが多い。『ケイゾク』や『池袋』で始めたドラマ作りのノウハウは、今のTBSドラマに着実に受け継がれていると思いますね」【テレビの開拓者たち/植田博樹】「地上波のドラマもできるし、ネットで見ても面白い、というドラマを作るのが理想」(2/3)

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  • 成馬零一 テレビドラマクロニクル(1995→2010)第6回 堤幸彦(4)『ケイゾク』ーー柴田純の限界と朝倉の悪意

    2018-09-04 07:00  
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    ドラマ評論家の成馬零一さんが、90年代から00年代のテレビドラマを論じる『テレビドラマクロニクル(1995→2010)』。押井守作品の強い影響下にありながら、刑事ドラマとしては真逆の方向を向いていた『踊る大捜査線』と『ケイゾク』。そして、堤幸彦が『ケイゾク』で鋭く追求したオタク/匿名性の問題は、後のフェイクニュースの時代を予見することになります。
    『踊る大捜査線』と『ケイゾク』ーーアニメの影響下に生まれた真逆のドラマ
    「否定すること自体がテーマだった」という『ケイゾク』だが、その否定していった作品の一つに、1997年に登場した刑事ドラマ『踊る大捜査線』(フジテレビ系、以下『踊る』)も含まれていたのが、今振り返ると興味深い。 『踊る』と『ケイゾク』。この二作は90年代に盛り上がりを見せていた『新世紀エヴァンゲリオン』などのアニメの影響が、テレビドラマに移植されていった代表作だと言える。 しかしその影響の現れ方は、今振り返ると正反対だったと言えるだろう。
    まず、『踊る』について簡単に説明したい。 本作は1997年にフジテレビ系で放送された刑事ドラマだ。
    ▲『踊る大捜査線』
    主人公は脱サラして刑事になった青島俊作(織田裕二)。コンピューター会社の営業として働いていた青島はサラリーマン的なしがらみに幻滅して刑事となるが、刑事ドラマのような世界は現実には存在せず、警察の世界もサラリーマンと同じく、組織のしがらみに縛られた場所だったという現実に直面する姿を描いたドラマだ。
    本作には過去の刑事ドラマや『新世紀エヴァンゲリオン』等のロボットアニメからの影響が強い。監督の本広克行(1965年生まれ)はアニメ監督の押井守の影響を受けており、その影響を隠そうとしないオタク世代の監督だった。
    『踊る』は、舞台となる湾岸署を中心とした箱庭的世界観が実に豊かで、細部まで作り込まれた、繰り返しの視聴に耐えうる作品だった。そのためテレビドラマでは珍しいオタク的なファンが多数生まれた。 視聴率こそ当時の基準ではヒット作といえるものではなかったが、熱狂的なファンの後押しもあってか、放送終了後にレンタルとビデオセールスが盛り上がり、SPドラマが三本放送された後に映画化された。 こういった、テレビ放送時は低視聴率で打ち切りに近い形で終わるものの、熱狂的なファンコミュニティが生まれ、再放送で人気に火が付き、雑誌やラジオといったメディアの後押しと口コミで話題となり、やがて劇場映画が公開されて大ヒットしイベント化していく流れは、1974年の『宇宙戦艦ヤマト』や1979年の『機動戦士ガンダム』といったアニメで起きた現象だ。1995年に放送された『新世紀エヴァンゲリオン』も、テレビ放送終了後に同じ流れを辿り社会現象となっていき、インターネットのファンサイトがその後押しをした。 つまり、『踊る』は作品自体も繰り返しの鑑賞に耐えうるマニアックな作品だったが、ファンの消費行動や、放送終了後のメディア展開も、『ヤマト』、『ガンダム』、『エヴァ』といったアニメ作品をなぞるようなものとなっていったのだ。
    深夜ドラマの『NIGHT HEAD』(フジテレビ系)など、「ドラマから劇場映画へ」という流れはそれ以前にもあったが、この流れを決定的にしたのが『踊る』だった。 今ではドラマシリーズの続きが劇場版として放送されるというモデルは当たり前のものとなっているが、視聴率偏重だったテレビドラマの評価軸に、新しい成功モデルを持ち込んだドラマだったといえよう。 テレビシリーズが終了した後にSPドラマ、劇場版が作られた『ケイゾク』も、基本的には『踊る』と同じビジネスモデルを展開していたといえる。 しかし、同じアニメの影響下にあるオタク的なテレビドラマでありながら、画面に現れている世界観は、真逆のものだったと言える。
    それはどちらも押井守作品を参照していながら、『踊る』の劇場版タイトルが『踊る大捜査線 THE MOVIE』という『機動警察パトレイバー』の劇場版タイトル『機動警察パトレイバー the Movie』 を連想させるものとなっていたのに対し、『ケイゾク』の劇場版タイトルが『ケイゾク/映画 Beautiful Dreamer』であったこと。押井守の初期代表作で、『パトレイバー』に較べるとアニメ的なビジュアルが全面に出ていて、記号的な映像だからこそできる観念的な世界を展開した『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』から引用されていたという違いに、大きく現れている。
    ▲『踊る大捜査線 THE MOVIE』/『機動警察パトレイバー2 the Movie』
    ▲『ケイゾク/映画 Beautiful Dreamer』/『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』
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